2025年04月30日

ふるやの森: アマゾンの宇宙文字とアダムスキー金星文字





ふるやの森: アマゾンの宇宙文字とアダムスキー金星文字
封印された神代(かみよ)史:アマゾンの宇宙文字とアダムスキー金星文字
2018-01-14 18:51:10 | 封印された神代史
(GAsiteより抜粋)
http://www.gasite.org/library/ucon122/index.html
マルセル・オメ教授
■愛犬マルアイを抱くマルセル・オメ教授
オメ教授の名がUFO研究界に急速に浮かび上がってきたのは、教授がUFOに関心を持つようになったからではなく、ブラジルの秘境を探検した際にアダムスキー問題と重大な関係のある不思議な古代の文字と図形を発見したからである。この事件はかつてイギリスの『空飛ぶ円盤評論』誌にも報道されたし、各国の研究界でも話題となり、論議の的となったが、一万数千年をへだてて同じような図形が存在したという事実は、アダムスキーの体験の真実性を裏付ける有力な証拠となるように思われる。
オメ教授は1897年にフランスで生まれた。アルジェリア北部のアルジエ大学で考古学を学んだあと、母校でアラビア古典を教えていたが、その後ブラジルヘ渡ってサンパウロに居住するかたわら各種の科学団体のメンバーとなり、同市のアメリカ人博物館の館長となっている。その前にはアフリカ大陸で15年間をすごして、地中海沿岸諸国の古代の遺跡を調査した。
南米奥地の決死の探検
1949年の秋、オメ教授は夫人、愛犬の"マルアイ"その他数名の従者とパーティーを組んでブラジル北地を目指して探検に出た。もちろんこれが最初ではなく、この他にもアマゾン河流域一帯を踏査しているが、これはそのなかの一部分である。場所はブラジルの最北端、ベネズエラと英領ギアナとの国境地帯で人跡未踏の秘境である。
一口にブラジルといっても非常に広大な国土であって、人踏未踏地は至る所に存在する。教授一行の前進路には多大の困難と危険が待ちかまえていたが、愛犬のマルアイが再三教授を危険から救出して事なきを得るということがあった。
大奇岩ペドラ・ピンターダ
■巨大なぺドラ・ピンターダの奇石
一行がタラメという所へ来たときその付近に"ペドラ・ピンターダ"という巨大な一つ岩があるのを発見した。ペドラ・ピンターダとはポルトガル語であって「色を塗った岩」 の意味である。その名の示すとおり、この岩には赤く塗ったドルメンがあちこちに付属している。岩の高さは30メートル、長さ100メートル、奥行き80メートルの花崗岩で、太古の文明の印象的な遺跡として広漠たる平野の中にそびえ立っている。
岩の表面には600平方メートルにわたって奇妙な紋様や図形が刻まれているが、まだ解読されてはいない。岩全体が人間の頭がい骨のような形をした大タマゴ型である。オメ教授自身はこれを「アトランティス文明の石の書物」と呼んでいる。すなわちこれは失われた大陸アトランティスの巨石文化の遺跡の一部であって、現在の文明と は全く関係のない物であると教授は考えているのである。
■古代の金星文字か!
オメ教授がベドラ・ピンクータで発見した不思議な文字と図形。 アダムスキーの金星文字と酷似している。
さて、マルセル・オメ教授のこの探検行における最重要な発見物はこのペドラ・ピンターダそのものではなく、ペドラのすぐ隣りにあった小さな奇妙な図形である。これはある石器に刻まれていたもので、多年風雨にさらされてかなり磨滅していたために教授はさほど気にとめなかったが、一応参考資料として写し取ったのである。
しかし後になってオメ教授みずからアダムスキーの最初の著書『空飛ぶ円盤は着陸した』を読んだとき、飛び上がらんばかりに驚いた。なんとそこには教授が持ち帰った紋様とほとんど同じ種類の紋様と図形が金星人から与えられたものとして掲げられていたからである。
この点については教授は「私はアダムスキーの書物を読むまでは、あの紋様についてほとんど関心はなかった」と述懐している。アダムスキーが『空飛ぶ円盤は着陸した』を出したのはオメ教授が著書『太陽の子ら』を出す前であったから、アダムスキーがオメ教授の発見を知っていたわけはない。
重要な証拠
両者共互いに未知の人で、事前に連絡が行なわれた事実はないのである。これはアダムスキーの金星人メッセージが事実であったことを立証する重要な傍証であって、しかも「いずれ地球の土中からこれと同じような紋様の発見が報告されるだろう」と語った金星人の言葉を裏付けることにもなる。そして1万4千年の太古にも別な惑星の人間がこの地球に来ていた事実を証拠立てることになるのだ!
アダムスキーが金星人からネガフィルムに記されたメッセージを受け取った模様については新アダムスキー全集第一巻『第二惑星からの地球訪問者』に出ている。
オメ教授の紋様(上の図)とアダムスキーのそれとは象形文字が完全に同一ではないが、レンズ形の断面図状の図形とその中に描かれてるスワスティカ(まんじ)は、フリーハンドで描かれているために多少のゆがみはあるにせよ、同一である。しかも両方共スワスティカの中心部に小円が画かれている。
■アダムスキーが受け取った金星文字
前述のとおりこの事件はUFO研究界で大問題となった。そして疑う人のなかには、アダムスキーとオメ教授がグルになって打った芝居であるといって非難する人もいた。これに対してアダムスキーもオメ教授も全く相手にしていない。ただ教授の方が積極的にアダムスキーの体験の真実性を支持しているだけである。そのことは過去の『空飛ぶ円盤評論』誌に大きく掲載された。
オメ教授によると太古において空を飛ぶ機械を用いていた偉大な文明がこの地球上に存在したという。ジャイアント・バード(巨大な鳥)を持つ人々がこの地上に存在した時代があった。その巨大なシンボルは今なおペルーやアンデスの高地に刻まれていて、翼の両端間の距離が150メートルに達するのがある。これは非常な高空からでないと見られない。平たい地面または岩に刻まれたこのシンボル類は、宇宙旅行や空中戦をやった人々のシンボルとみなしてよいだろう。
「私は大西洋沿岸の国々の口碑伝説や伝承詩などを研究したが、すべて巨鳥の伝説が確実に残っていて、それらは空中で火を噴いて大地を破壊しながら絶滅してしまった」と教授は述べている。
ともかく紋様の発見は高度な考古学者によるものであるから、アダムスキーもこれを重視して著者で述べているほどだ。異星人は途方もない年代差と地球の各地とを結ぶ範囲で深遠なプロジェクトを太古から樹立していたのではないかと思われるのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■ステファンビラUFOシンボル事件
(DavidIcke.comより転載)
https://forum.davidicke.com/showthread.php?t=21374
デイビッド・アイク氏は、2008年5月3日にステファンビラUFOシンボル事件に言及した記事を公開した。
ステファンビラUFOシンボルとは、2008年1月8日に宇宙船が、テキサス州ステファンビラ市の上空に出現して、パイロットを含む多数の住民に目撃されてCNNを始め多くのメディアによって報道された事件で、この時に宇宙船が描いた不思議な模様が撮影されてYouTubeに公開されて多くの関心を集めた事件である。
Stephenville, Texas
https://en.wikipedia.org/wiki/Stephenville,_Texas
デイビッド・アイク氏は記事の中で、この時に宇宙船が描いた模様と、ペドラ・ピンダタ碑文・アダムスキー金星文字のシンボルが同一ではないかという推測を示している。
アイク氏は知る由もないが、高橋良典氏は、ペドラ・ピンタダの謎の碑文を神代文字を使って解読に成功している。この碑文は日本の「アヒルクサ文字」
で書かれていることが分かったのである。
イサクとヨセフに船を降りる神を見よ。
イサク、ヨセフとともにこれを手厚く守れ
超古代ミステリー5:世界の謎の碑文は神代文字で読めるのだ!つまり日本語だった!
http://quasimoto.exblog.jp/22377170/
1953年に金星人がアダムスキーに授けた宇宙文字と1万年以上前に刻まれたペドラ・ピンダタ碑文の文字が同一の阿比留草文字で記述され、2008年に宇宙船が上空で描いた模様とも一致した・・・とすれば、
漢字の伝来をはるかにさかのぼる何万年以上も過去に、日本だけではなく、世界の各地で共通に使われていた文字が存在し、その起源が宇宙文字に由来するという仮説が成り立つことになる。
それ以外に、これまで紹介してきた世界の遺跡に刻まれた神代文字の発見を説明する解釈があるだろうか?
☆F★
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《ぺドラピンダタ碑文/アダムスキー金星文字と阿比留草文字の対照》
《ステファンビラUFOシンボルと阿比留草文字の対照》

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アマゾンの宇宙文字
2012-09-12 05:57:28 | 封印された神代史
マルセル・オメ教授が発見したペドラ・ピンタダ巨石の碑文
(ブラジル・ロライマ州ボナビスタ)
オメ教授によると太古において空を飛ぶ機械を用いていた偉大な文明がこの地球上に存在したという。ジャイアント・バード(巨大な鳥)を持つ人々がこの地上に存在した時代があった。その巨大なシンボルは今なおペルーやアンデスの高地に刻まれていて、翼の両端間の距離が150メートルに達するのがある。これは非常な高空からでないと見られない。平たい地面または岩に刻まれたこのシンボル類は、宇宙旅行や空中戦をやった人々のシンボルとみなしてよいだろう。
「私は大西洋沿岸の国々の口碑伝説や伝承詩などを研究したが、すべて巨鳥の伝説が確実に残っていて、それらは空中で火を噴いて大地を破壊しながら絶滅してしまった」と教授は述べている。
オメ教授が発見した金星文字!?
アダムスキーに残された金星文字
1952年12月13日、パロマー山のアダムスキーの住宅上空へ超低空で飛来した金星の円盤が投下したネガフィルムに写し込まれていた不思議な文学と図形。このネガは同年11月20日、カリフォルニア州南部のデザートセンター砂漠地帯に着陸した円盤から出てきた金星人が、アダムスキーが持っていた撮影済みネガをホルダーごと借り受けて行ったもの。この写真はむかしアダムスキーから筆者に贈られた。
重大極まりないUFO問題 第1話
マルセル・オメ教授のこの探検行における最重要な発見物はこのペドラ・ピンターダそのものではなく、ペドラのすぐ隣りにあった小さな奇妙な図形である。これはある石器に刻まれていたもので、多年風雨にさらされてかなり磨滅していたために教授はさほど気にとめなかったが、一応参考資料として写し取ったのである。
しかし後になってオメ教授みずからアダムスキーの最初の著書『空飛ぶ円盤は着陸した』を読んだとき、飛び上がらんばかりに驚いた。なんとそこには教授が持ち帰った紋様とほとんど同じ種類の紋様と図形が金星人から与えられたものとして掲げられていたからである。
この点については教授は「私はアダムスキーの書物を読むまでは、あの紋様についてほとんど関心はなかった」と述懐している。アダムスキーが『空飛ぶ円盤は着陸した』を出したのはオメ教授が著書『太陽の子ら』を出す前であったから、アダムスキーがオメ教授の発見を知っていたわけはない。
オメ教授が発見した金星文字!?
デイビッド・アイクによる2つのシンボルの比較
ペドラ・ピンタダ巨石の碑文は、日本の古代文字、アヒルクサ文字で解読できるという。
「イサクとヨセフに船を降ろせる神を見よ。イサク、ヨセフとともにこれを手厚く守れ」の意味を表す。
世界各地で見られる日本の神代文字?!
ロスチャイルドが異常に関心を寄せたアヒルクサ文字のソフトを全部欧米の研究者がねこそぎ買った

ふるやの森
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ふるやの森:封印された神代(かみよ)史

ふるやの森:封印された神代(かみよ)史
【再投稿】封印された神代(かみよ)史:イラク運輸大臣がシュメール文明のETコンタクトを発表した意味
2018-11-06 03:48:23 | 封印された神代史
2006年10月初旬にインディペンダント祇を始めとする欧米の主流メディアが、イラク運輸大臣の驚くべき記者会見の発表を報道したニュースは、TOCANAが日本語で紹介して大きな反響を集めた。
エキサイトニュースは10月6日に、こう伝えている。
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イラクの大臣が、世界初の空港を建設したのはシュメール人であり、さらには宇宙旅行や惑星探索を行っていたと発言、英「The Independent」紙やアラブ首長国連邦の国際ニュース「アル=アラビーヤ」に取り上げられ大きな話題を呼んでいる。
■大臣の驚愕発言に関係者困惑
 各メディアの報道によると、イラクの運輸大臣カージム・フィンジャーン氏の口から驚きの発言が飛び出したのは、イラク南部ジーカール県で開かれた新空港の開港会見でのこと。
「世界初の空港は7000年前にこの場所、ジーカール県に建てられました」(フィンジャーン大臣)
「シュメール製のUFOはここから他の惑星に向けて飛び立っていました」(同)
 さらには、シュメール人は宇宙船に乗って冥王星にまで到達していたと、シュメール史の権威サミュエル・クレーマー教授やロシア人のシュメール文明専門家に言及しつつ持論を展開したそうだ。
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インディペンダント祇は、10月1日に、これまで階段式ピラミッドの一種とされてきた「ジッグラト(Ziggurat)」の写真を大きく掲載して、「世界初の空港は7000年前にこの場所、ジーカール県に建てられました」という大臣の発表を伝えている。
ここで、「空港(airport)」と伝えられる報道は、厳密に言えば「宇宙港(spaceport)」と翻訳するべきである。大臣がこの記者会見で言おうとした趣旨の1つは、これまで「王族の墓」として建造されてきたとされる階段式ピラミッドの真の目的が、「宇宙船の発着台」であり、古代シュメール人が地球外文明の支援を受けて冥王星を始めとする宇宙旅行を行っていたという報告にある点である。
すでにUFO・ET研究者の間では、4大文明をはるかにさかのぼる数百万年以上前に、進化した地球外文明がレムリア・アトランティス文明の建設に関与したという先史宇宙文明説(Ancient Advanced Alien Civilization Theory)が、周知の事実となっているが、現職の閣僚が公式の発言で、古代におけるETコンタクトの事実を発表した意義は、はかりなく大きい。
☆F
関連記事
【再投稿】GFLJ10/6,2016:地球外文明の真相公開が世界の変化を加速していく
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封印された神代(かみよ)史:契丹古伝が伝える大洪水後の世界
2018-08-10 08:45:40 | 封印された神代史
【資料室】契丹古伝
日露戦争中の明治38年、鴨緑江軍の兵站経理部長として奉天郊外のラマ教寺院に駐屯中の浜名寛祐は、広部精という博識の軍人から奇妙な巻物を見せられた。もとはある古陵墓より出土した秘物であり、兵禍をおそれて移動したのちに、同寺院に厳重に保管するべく託されたものであるという。これを書写した浜名寛祐は十年の歳月をかけて研究し、日韓古語の研究からその解読に成功し、大正15年に『契丹古伝』(日韓正宗遡源)を発表した。本書はその復刻である。
『契丹古伝』は、10世紀に東丹国(契丹の分国)の耶律羽之によって撰録された漢文体の史書で、『耶馬駘記』『氏質都札』『西征頌疏』『神統志』『辰殷大記』『洲鮮記』など、幻の渤海史料によって構成されていた。そのため固有名詞の音借表記が契丹音によるべきか、渤海音によるべきか同定が困難であったが、古代日本語による解読を許容すると推定される部分もあり、古代においては東アジア全域に共通する言語圏が存在したことが想定される。
浜名によれば、『契丹古伝』はスサノオ尊と同定しうる神祖がコマカケとよばれる天の使いである鶏に乗って、聖地・白頭山に降臨したという神話を核心とし、シウカラ(東大神族)とよばれたその末裔たちが韓・満洲・日本の3大民族の祖として大陸に雄飛したことを伝える。
古代中国の尭・舜・殷はこのシウカラ系の国家であったが、「海漠象変」と表現される天変地異とともにシウカラ族は没落し、西族(漢民族)によって中原を追われる。
『契丹古伝』によれば、のちに東夷とよばれるようになる日・韓・満民族こそが中国大陸に超古代王朝を築いた先住民であり、契丹王朝もその末裔であった。また『契丹古伝』は、本州と九州がかつては陸続きであったが人工的に開削されて海峡となったことや、ゴビ砂漠にはニレワタとよばれる幻の湖があったことなど、超古代の地形の変遷についても特異な伝承を伝える。
さらに満洲にオロチ族とよばれる呪術をよくする異民族がいたことを伝えるが、これは『上津文』に登場するオルシ族ではないかと思われる。また鳥人・熊襲族が沖縄・南韓へ侵入したという記述や、匈奴・扶余・高句麗などの騎馬民族国家の成立、倭国と古韓国との交流、馬韓にあった邪馬台国の伝説など、環日本海文明の存在を伝えるきわめて貴重な伝承の宝庫として、今後の再評価が大いに待たれる異色の超古代文献である。
なお、スサノオが大陸を経綸した霊的消息については「霊界物語」にも伝えられ、王仁三郎の入蒙問題とも関連して注目されるところである。
http://www.hachiman.com/books/89350-561-0.html
■【資料室】封印された神代(かみよ)史
紀元前の中国史を書き換えた西から来た人≠ニは何か?
http://ameblo.jp/tsukioto2011/entry-11391175392.html
『史記』以前の記録のすり替えが行なわれたことは間違いないようだ。
いってしまえば、漢の武帝が紀元前一〇八年頃、司馬遷に書かせた『史記』とは、とんでもないクワセモノということになる。
司馬遷は『史記』の執筆中、獄につながれていた。完成後には解放される約束であったにもかかわらず、まもなく殺されてしまった。
これはちょうど、『古事記』の編纂に携わった稗田阿礼が、やはり『古事記』完成後に殺されたという事情とよく似ている。両者は偶然の一致とは思えない。日本の太古史と中国の古い歴史を抹殺しようとした勢力が、それぞれの背後にあったことは間違いない。
私はその正体を追ってみた。その結果私が得た結論は、さきの『契丹古伝』に記されたとおりだった。『契丹古伝』が語るところを引用してみよう。
その昔、地球は大異変に見舞われ、恐るべき洪水が発生して、海と陸の形はすっかり変わってしまった。
この異変で地軸が傾いた結果、大地は中国の北西部で縮んで盛り上がり(ヒマラヤの隆起)、南東部で引き裂かれて沈没した(フィリピン海溝の形成)……。
尭・舜の時代に地球の全土は戦火に包まれ、禹(う)は洪水の後始末に追われた。
ところが、このような戦争と異変の混乱に乗じて、人身牛首の神を祀るもの、蛇身人首の鬼を祀るものが、西から東へ次々とやって来て、我らの地に住みついた……。
前述したように、『契丹古伝』はここで、紀元前の中国大陸のもともとの主人公は今の中国人ではなかった、と述べている。現在では漢民族が最初から中国五干年の歴史の主人公であったかのように説かれているが、それは事実ではないらしい。紀元前の中国の歴史は、西から来た人々によって書き換えられてしまった、というのである。その先をもうすこしみてみよう。
彼らはみずからを我ら東大古族の神の子孫と偽ったばかりでなく、伏犠(ふくぎ)や神農(しんのう)、黄帝(こうてい)、少昊(しょうこう)なる人物を、我らの王の祖先に仕立てあげ、その系図に自分たちの祖先をつなげて、これら偽りの神と王に対する崇拝を我らに強制して、みずからを聖帝の子孫なりと誇らしげに語っている。
ここに書いてあることは非常に重大である。私たち日本人と契丹人は東大古族≠ニいわれていたが、西から侵入してきた人たちが、自分たちこそ東大古族の神の子孫であると偽り、系図や歴史まで自分たちのものとしてでっちあげたというのである。さらに先がある。
けれども彼らは、みずからの祖先と思っていた尭と舜が、彼らの思惑に反して、東大古族の王であったことをはたして知っているのだろうか。
西から中国の地に移住して帰化した人々が、我らの王に仕えたのは、尭・舜のときではなく、その後久しく續いた夏王朝の創始者たる禹のとき以来のことである。彼らは禹を、あたかも彼ら中国人の王であり、中国大陸だけを治めた王であったかのように記しているが、これはとんでもない間違いだ。
これらのことがもしも事実だとすると、これはゆゆしきことである。つまり、中国大陸のもともとの主人公は、いまの中国人の祖先ではなく、東大古族といわれていた日本人と契丹人の共通の祖先だった、ということになるからだ。さらに『契丹古伝』はこう語る。
『史記』に記された禹は、大洪水を生きのびてティルムンの楽園に住んだシュルッパクの王、ウトナピシュティムをさしている。彼の治めた地域は、息子のギルガメシュが活躍したメソポタミアのウルクだけでなく、全世界に及んでいたのである。
我ら東大古族の王である禹は、中国だけの王ではなく世界全体の王であったことが、西族の伝承によっても確かめられるのである。
ここに「西族の伝承」と記されているのは、中国大陸に西から侵入したアッシリヤ人(漢人)が今のイラクあたりに残した粘土板文書に登場するシュメール伝説をさしている。
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「西から来た人々」・・・人身牛首の神を祀るもの、蛇身人首の鬼を祀るものたち(アッシリア人=漢人)が、シウカラ族(日・韓・満族共通の祖先)の領土であった中国大陸に侵入して、中国がもともと自分たちの領土であったかのように歴史を書き換えてしまった。
アッシリア人(漢人)とは、メソポタミア(シュメール)から東に遠征した、アヌンナキ(ネガティブな異星人グループ)によって遺伝子操作されて奴隷化されたシュメール人(ユダヤ人)であり、彼らが信仰する異形の神々とは、アヌンナキ(悪魔)そのものだったのである。
☆F
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封印された神代(かみよ)史:古史古伝が伝える太古日本の歴史
2018-08-10 03:59:48 | 封印された神代史
■記紀以前の歴史書:古史古伝とは?
古史古伝 - Wikipedia
古史古伝(こしこでん)とは、日本の古代史で主要資料とされている「記紀(『古事記』と『日本書紀』)」などの史料とは著しく異なる内容歴史を伝える文献を一括して指す名称。種類が多い。また超古代文献・超古代文書ともいう。なお、古史古伝は今のところ、いずれも学界の主流からは偽書とみなされている。
古史古伝は、
1 写本自体が私有され非公開である、などの理由で史料批判がなされる予定がなく、史料として使えないものも多い
  2 超古代文明について言及されている
  3 漢字の伝来以前に日本にあったという主張がある神代文字で綴られている
  4 上代特殊仮名遣に対応してない(奈良時代以前の日本語は母音が8個あったが、5母音の表記体系である)
  5 成立したとされる年代より後(特に近代以降)の用語や表記法が使用されている
等々の理由で古代史研究における歴史学的な価値は非常に低く、古代からの伝来である可能性もまず無いと考えられている。しかし、古史古伝は種類が多く1?5の特徴もすべての古史古伝に共通しているわけではなく、それらの諸点についての度合いは各書ごとに様々である。江戸時代成立とみられる文献もあり、それらには江戸時代的な特徴はあるが近代以後の用語などは当然存在しない。
ただし、いずれの「古史古伝」においても『偽書である「古史古伝」ではなく、真書である』と主張する人々はかつて存在したか、もしくは現存している。
第2次世界大戦前には「神代史」「太古史」など言われ、戦後(1970年代頃まで)には吾郷清彦が「超古代文書」と呼んでいた。また同じ頃、武田崇元(武内裕)は「偽書」「偽史」「偽典」などといっていたが、「偽書」「偽典」は用語としてすでに確立した別の定義が存在しており紛らわしいので、やがて「偽史」という言い方に統一されていった。
「古史古伝」という言い方は、吾郷清彦が著書『古事記以前の書』(大陸書房、1972年)で最初に提唱したもので、この段階では「古典四書」「古伝三書」「古史三書」とされていたが、著書『日本超古代秘史資料』(新人物往来社、1976年)では、「古典四書」「古伝四書」「古史四書」「異録四書」に発展した。 初期の頃の吾郷清彦は「超古代文書」という言い方を好み、「古史古伝」とは言わなかった。あくまで分類上の用語として「古伝四書」とか「古史四書」といっていたにすぎない。1980年代以降、佐治芳彦がこれをくっつけて「古史古伝」と言い出したのが始まりである。
【吾郷清彦による分類】
古典四書
『古事記』
『日本書紀』
『先代旧事本紀』(旧事紀)
『古語拾遺』
『古語拾遺』を除いて「古典三書」ともいう。この「古典四書」(または古典三書)という分類は、異端としての超古代文書に対して正統な神典としての比較対象のための便宜的な分類であり、「古典四書」はいわゆる超古代文書(古史古伝)ではなく、通常の「神典」から代表的・基本的な四書を出したもので、実質は「神典」の言い替えにすぎない。(神典の範囲をどう定めるかは古来諸説があるがこの四書に加えて『万葉集』『古風土記』『新撰姓氏録』などをも含むことが多い)。
古伝四書
『ウエツフミ』(大友文書、大友文献ともいう[7])
『ホツマツタヱ』(※漢字ではなくカナ書きするのが吾郷の流儀)
『ミカサフミ』
『カタカムナのウタヒ』(いわゆる「カタカムナ」)
「カタカムナ」を除いて「古伝三書」ともいう。
この「古伝四書」は全文が神代文字で書かれているという外見上の体裁による分類であって、内容に基づく分類ではない。
古史四書
「九鬼神伝精史」(いわゆる「九鬼文書」。『天津鞴韜秘文』(あまつたたらのひふみ)は九鬼文書群の一部である)
「竹内太古史」(いわゆる「竹内文献」。「天津教文書」「磯原文書」ともいう)
「富士高天原朝史」(いわゆる「富士谷文書」(ふじやもんじょ)。「宮下文書」「富士宮下古文献」ともいう)
「物部秘史」(いわゆる「物部文書」)
「物部秘史』を除いて「古史三書」ともいう。
異録四書
『東日流外三郡誌』(つがるそとさんぐんし)。いわゆる「和田家文書」の一つ[10]。
『但馬故事記』(たじまこじき。「但馬国司文書」とも。但馬故事記は本来は但馬国司文書の中の代表的な書物の名)
『忍日伝天孫記』(おしひのつたえてんそんき)
『神道原典』(しんとうげんてん)
『神道原典』を除いて「異録三書」ともいう。
「異録四書」は古伝四書や古史四書に含まれないものをひとまとめにしたもので、いわゆる「その他」の枠であり、古伝四書・古史四書のように四書全体に通じる共通の特徴があるわけではない。
【吾郷清彦による分類の発展】
東亜四書
『契丹古伝』(『神頌叙伝』ともいう)
『桓檀古記』
『香山宝巻』
『宝巻変文類』
吾郷は「新しき世界へ」誌(日本CI協会刊)に寄稿した際「東亜四書」という項目を追加している。
泰西四書
『ウラ・リンダの書』(『オエラリンダ年代記』ともいう):自身を由緒正しい古フリーズ貴族の末裔に違いないと信じていた大工コルネリウス・オヴェル・デ・リンデが偽造した、先史時代までさかのぼる年代記。フリーズ人はキリスト教以前に独自の一神教を持つとし、万物創造の唯一神ヴラルダを讃え、ザクセン人やフランク人を見下しフリーズ人の優越性を説く。1872年にオランダで出版され、偽造であるとばれて事件は終わっていたが、ナチズムの台頭の中、1933年にドイツの先史学者ヘルマン・ヴィルトがユダヤによる旧約聖書以前の本物の古文書であると主張し、北方人種の栄光ある過去を創造する道具として利用しようとした。[13]ヘレナ・P・ブラヴァツキーの神智学における根源人種論の元とも言われ、ニューエイジにも影響がある。
『Oahspe: A New Bible』:オアフスペ、オアースプ等いろいろに読まれる。1882年出版。
『モルモン経』
「アカーシャ年代記」(「アカシックレコード」ともいう[14])
他にジェームズ・チャーチワードが実在を主張した「ナーカル碑文(Naacal)」、ヘレナ・P・ブラヴァツキーが実在を主張した『ドゥジャーンの書』、「エメラルド・タブレット」、「トートの書」等がある。また『ネクロノミコン』は当初から小説の中の存在として発表されたが、実在と信じる人にとっては超古代文書の一種である。
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■古史古伝は「偽書」か?
封印された超古代日本史〜「古史古伝」の世界
「古史古伝」とはいったい何なのか? これは、「日本最初」の歴史書、『古事記』(ふることふみ)・『日本書紀』(やまとのふみ)(両者を合わせて、通称『記紀』)よりも、遙かに古い「日本の歴史書」群の総称です。それらの代表的な物を列記すると、
竹内文書
九鬼(くかみ)文書
宮下文書
上記(うえつふみ)
秀真伝(ほつまつたえ)
東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)
等です。
Hotsuma Tsutae Document Tree by Torii
これら「古史古伝」と呼ばれる歴史書は、残念ながら現在の史学界ではその存在自体が認められていない「異端」(「鬼っ子」と言った方が正しいかも知れません)です。その理由はと言うと、
『記紀』や、聖徳太子時代に編纂されたと言う『天皇記』(すめらみことのふみ)・『国記』(くにつふみ)よりも成立年代が古い。
『記紀』等の正統な史書は神武天皇を「初代」とするが、「古史古伝」の多くが神武天皇以前に数十代から数百代の天皇を載せている。つまり、「古史古伝」では神武天皇は初代ではない。
「古史古伝」の多くが漢字渡来以前の古代日本文字「神代文字」によって書かれているか、もしくは、「神代文字」を載せている。
と言った感じで、史学界からすれば、もしこんな「シロモノ」を認めてしまったら、従来の日本史大系が根本から崩壊してしまう訳で、絶対に認められないと言う訳です。この辺は、カトリックの総本山・バチカンが、『死海文書』を「正統」と認めないのと同じです。さて、そんな「古史古伝」ですが、具体的にはいったいどの様な事が書かれているのでしょうか?
億万世一系天皇制
戦前の旧憲法(大日本帝国憲法)では、「日本は「万世一系」の天皇がこれを統治する」と書かれていました。「万世一系」とは初代・神武天皇から現代まで一度も断絶することなく(王朝の交替もなく)連綿と続いてきたと言った意味ですが、現在は「騎馬民族征服王朝説」等によって「否定」されています。ところが、「古史古伝」−特に『竹内文書』の世界では、「万世一系」どころか、それを遙かに越える「億万世一系」の天皇制が描かれています。
ウガヤフキアエズ王朝
『記紀』に登場する神武天皇の父・ウガヤフキアエズ尊(ミコト)が、「古史古伝」では73(又は72)代、あるいは51代続いた「王朝」とされています。又、ウガヤ朝の歴代天皇は皆、「ウガヤフキアエズ尊」の諡号(死後に贈られる称号)を代々世襲した共されています。この辺りは、歌舞伎の名門・「市川団十郎」が名跡を「襲名」しているのと同じです。
万国大変動
「古史古伝」の一つ、『竹内文書』には、「ノアの大洪水」を思わせる「万国大変動」・「万国土(ドロ)の海」と言った天変地異が幾度と無く世界を襲い、その度に「五色人(イツイロヒト)全部死す」等と言った「人類滅亡」の危機に見舞われた事が記されています。又、これら世界規模の天変地異によって、高度に成熟した超古代文明が衰退していった模様も記されています。
天之浮船(アメノウキフネ)
これも同様に『竹内文書』に出てくる物ですが、読んで字の如く、「天(空)に浮く船」です。一日に千里万里を行くその性能からすれば、旅客機かはたまたUFOか・・・と言った感じでしょうか? ちなみに、古代インドの聖典にも「ヴィマーナ」(「飛行車」の意味)と呼ばれる飛行物体が存在した事が記されています。
ヒヒイロカネ
更に『竹内文書』に出てくるのが、謎の金属「ヒヒイロカネ」。純粋な物は純金のように柔らかいが、ひとたび合金にすると、プラチナ(白金)よりも堅くなる希少金属。全体として「ひんやり」としているが、時として表面から「オーラ」のような「ゆらぎ」を出す。超古代天皇の皇居の屋根は「ヒヒイロカネ」葺きで燦然と輝いていた・・・「ヒヒイロカネ」で鍛造した宝剣・・・等の記述があちこちに出てきます。ちなみに、アトランティスの「オリハルコン」(太陽のような輝きを発する)や、古代中国の「金+昆」等の古代希少金属は、「ヒヒイロカネ」と同じ物ではないかと言われています。(「金+昆」を「日に比する金」と解釈すると、正に「ヒヒイロカネ」となる)
まだまだ「古史古伝」には、『記紀』等の「正統な歴史書」には無い様々な内容がちりばめられています。しかし、史学界はあくまでもこれを「異端」として認めていません。中には『竹内文書』の様に、国家権力が狩野亨吉博士(故人 元・京都大学文学部長)等、当代の碩学を総動員して「偽書」の烙印(レッテル)を押した物もあり、言論・研究・思想の自由が保障された戦後日本の現代でさえ、名のある歴史学者は、未だに手を出そうとはしません。よほど、狩野亨吉博士の下した「偽書」鑑定が効いたと見えますが、「古史古伝」は果たして「偽書」なのでしょうか?
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■古史古伝を見直す意義
これまで「神話」とされてきたムー大陸・アトランティス大陸の実在を裏付ける沖縄・与那国遺跡を始めとする海底遺跡の発見が次々に発表されている。「偽書」として封印されてきた竹内文書(たけのうちもんじょ)が伝える太平洋上の失われた大陸「みよい・たみあら」の信憑性は、21世紀の現在、ますます高まっている。
<竹内文書に描かれた「ミヨイ・タミアラ」>
<修正した画像:先史文明研究>
地球外の文明が太古の地球を訪れて、古代文明の建設に関与してきた証明が、数多くの研究者による報告が現在、報告されている。漢字以前の神代文字で記述されているという理由で「正統派」の学会から斥けられてきた、竹内文書を始めとする古史古伝の史料的な価値を私たちは見直すべき時期にあるのではないだろうか?
☆F★
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ふるやの森
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封印された神代(かみよ)史:イラクのウルの大地にあるスターゲイト・ポータル
2018-01-21 01:11:24 | 封印された神代史
(Google翻訳による)
バグダッドの南東約225マイル
彼の農村と歴史のある地域
宗教的意義はあるが唯一の
それを見る人はアメリカ人です
世界中の軍隊国が持っている
真ん中に圧倒的な関心を持った
東部諸国、特にイラクは
一定の力の場所だった
なぜいくつかの人々が
イラクが、
何千もの世界の中心
ウルの街は非常に最初でした
真の世界の都市であり、中央でした
ニューヨークのような古代の活動へ
都市は今日であるか、書面で記録されている
歴史年代は6,500BCと
それはトーラの旧約聖書にさえあります
彼らは数学を含む多くの進歩を遂げました
と天文学はいくつかの名前を付けて、彼らは可能性があります
宇宙人と接触した
私たちは狂った人たちに聞こえるが、
それが本当なら、もし私たちが
あなたは力の闘いが
現代イラクを取り巻く地域は
検索の直接的な結果
古代の技術もし私たちが
Stargateポータルが
そこに発見された
検索はほぼ100年
変化する可能性のある技術
人間の歴史
ちょっと待って
新しい攻撃の直接の応答
ヨーク・シティアメリカ・イギリス軍
イラクを2週間以内に侵略した
イラク軍のミッションを完全に粉砕した
そうです、なぜ米軍
10年以上滞在
最近国を解放した後、私たちは
強く
秘密の目的があることを示唆
私たちはもちろん職業に
最も古い知られているスターゲイト
私たちが知っている地球上の
偉大なジグラートのサイト英国
探検家は
あなたが信じられないほど信じられない
JKを考えて許された
ローリングはそれを夢見て
サダム・フセインは古代を強化した
複雑な
調査官が何を見ていたのか
複合施設内に何千も隠されている

不思議なフセインが空軍基地を置く
この場所でも開発された
化学兵器はこちら
彼は明らかにこれを維持しようとしていた
古代の場所は重く3つを守った
あなたが画像で見る巨大な階段
サダムフセインの下に置かれた
彼らは巨大な古代
偉大なタバコからの物体
彼は私たちが
言い聞かせることで響くことを示唆している
からの超武器を手に入れた
忘れられた年齢
私たちと彼女の同盟国からの先制攻撃
なぜ彼は技術を使用しなかったのですか
たぶんそれは解読できなかったかもしれない
異星人の言語かもしれない
事実、異星人の言語はこれを想像している
米国政府が取得するシナリオ
どこかに隠された知性
中央イラクは実際のスターゲイト
そこにAnunnakiの神々が置いた
古代スメリア、別名、この中のエイリアン
シナリオ新しいbroooo隠されたとき
私たちの太陽系の惑星は
玉ねぎは大丈夫だよ
地球に旅行する機会
このスターゲイトを通じて、我々はセットアップする
イラクの基地と知識を共有する
地域の人々とのアイデア
アヌンナキは神ではありませんでしたが
来て授与された地球外生命
パマシュメールズの技術は
魅惑的な
この技術はそれを社会にしたものです
近代化されたイラクは、
それゆえ同じ運命に
圧倒的な議題は本質的に
より多くの人々が来ているならば
彼らはこれらに関わっている
分類されたプログラム
技術はかなり規則的に使用されています
それらが全面的に見つかった場合
惑星イラクはもう一つの場所です
彼らは最強の利用可能
歴史的存在の証拠
イラクでは、
信念を直接記録し、
古代シュメール人の活動
彼の文明はほとんど始まった
一晩
これらの楔形文字の錠剤のほとんどは関連している
Sumeriansのインタラクションの物語へ
彼らの神々と
ほとんどの考古学者が最初に受け入れた
これらは単にミストであり、
彼らにはあまり重要ではない
神話に洞察を与えるよりも
古代の宗教的信念
視点が受け取ったシュメール人
シュメール人との大きな挑戦
学者Zecharia Sitchinが
彼の本のシリーズの最初の
の翻訳
シュメールの錠剤を治療するよりもむしろ
神の物語
ほとんど確認できない神話
関連性ステッチングの解釈
文字通りの説明としてのタブレット
その時に発生したイベント
これらの現代的視点と視点が出現している
支配された世界の灰から
帝国と独裁政権によって私たちには
単純に歴史を誤解した
何千年も私たちはあなたに真実を語った
あなたが今までにないよりも見知らぬ人かもしれません
それが何を信じるか考えてみてください
あなたはスターゲイトについてどう思いますか?
イラクの彼女のジーグラートでのポータル
看板はどこに書かれています
壁に見てくれてありがとう
VIDEO
Stargate Portal At The Great Ziggurat of Ur In Iraq - Ancient Technology
https://www.youtube.com/watch?v=LEO2q286AmM
Tlanscript
Stargate Portal At The Great Ziggurat of Ur In Iraq - Ancient Technology
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封印された神代(かみよ)史:日本はピラミッドの発祥地だった
2018-01-17 08:20:40 | 封印された神代史
【解説E】よみがえる縄文宇宙文明の記憶(3):日本はピラミッドの発祥地だった
http://blog.goo.ne.jp/flatheat/e/88b41b733d3e4271b34ef0e9102a0adc
(VTS 01 1より抜粋)
https://www.youtube.com/watch?v=UN87xxN5ZZw
広島県庄原にある葦嶽山は最も有名な日本のピラミッドです。 昭和初期に酒井勝軍(かつとき)によって探検され世に知らしめられました。 庄原の地元ではピラミッドの看板さえ立てられ、既に地域ぐるみで観光化されています。
自動車が入れる所から約2時間の獣道行でようやくたどり着くことができます。 奥深い山間部の尾根から忽然と姿をあらわす葦嶽山。瞬間、ピラミッドであることが閃きます。
昭和初期、「日本ピラミッド説」を提唱し、全国にピラミッド探査を展開した人物がいます。「酒井勝軍(かつとき)」です。
キリスト教の牧師で、キリスト教の歴史を研究していた彼は、古代ユダヤ、エジプトのピラミッドへと進展していき、古代ユダヤ民族と日本の天皇に秘められた関係があることを直感、日本の超古代史へと進んでいきます。
その結果、ピラミッドが、古代の日本で発祥したものであることを確信し、日本全国にピラミッド探査を開始。
昭和9年、広島で葦嶽山(あしたけやま)を発見するのです。
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封印された神代(かみよ)史:アマゾンの宇宙文字とアダムスキー金星文字(2)
2018-01-16 02:04:38 | 封印された神代史
(DavidIcke.comより転載)
https://forum.davidicke.com/showthread.php?t=21374
デイビッド・アイク氏は、2008年5月3日にステファンビラUFOシンボル事件に言及した記事を公開した。
ステファンビラUFOシンボルとは、2008年1月8日に宇宙船が、テキサス州ステファンビラ市の上空に出現して、パイロットを含む多数の住民に目撃されてCNNを始め多くのメディアによって報道された事件で、この時に宇宙船が描いた不思議な模様が撮影されてYouTubeに公開されて多くの関心を集めた事件である。
Stephenville, Texas
https://en.wikipedia.org/wiki/Stephenville,_Texas
デイビッド・アイク氏は記事の中で、この時に宇宙船が描いた模様と、ペドラ・ピンダタ碑文・アダムスキー金星文字のシンボルが同一ではないかという推測を示している。
アイク氏は知る由もないが、高橋良典氏は、ペドラ・ピンタダの謎の碑文を神代文字を使って解読に成功している。この碑文は日本の「アヒルクサ文字」
で書かれていることが分かったのである。
イサクとヨセフに船を降りる神を見よ。
イサク、ヨセフとともにこれを手厚く守れ
超古代ミステリー5:世界の謎の碑文は神代文字で読めるのだ!つまり日本語だった!
http://quasimoto.exblog.jp/22377170/
1953年に金星人がアダムスキーに授けた宇宙文字と1万年以上前に刻まれたペドラ・ピンダタ碑文の文字が同一の阿比留草文字で記述され、2008年に宇宙船が上空で描いた模様とも一致した・・・とすれば、
漢字の伝来をはるかにさかのぼる何万年以上も過去に、日本だけではなく、世界の各地で共通に使われていた文字が存在し、その起源が宇宙文字に由来するという仮説が成り立つことになる。
それ以外に、これまで紹介してきた世界の遺跡に刻まれた神代文字の発見を説明する解釈があるだろうか?
☆F★
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《ぺドラピンダタ碑文/アダムスキー金星文字と阿比留草文字の対照》


《ステファンビラUFOシンボルと阿比留草文字の対照》

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封印された神代(かみよ)史:アマゾンの宇宙文字とアダムスキー金星文字(1)
2018-01-14 18:51:10 | 封印された神代史
(GAsiteより抜粋)
http://www.gasite.org/library/ucon122/index.html
マルセル・オメ教授
■愛犬マルアイを抱くマルセル・オメ教授
オメ教授の名がUFO研究界に急速に浮かび上がってきたのは、教授がUFOに関心を持つようになったからではなく、ブラジルの秘境を探検した際にアダムスキー問題と重大な関係のある不思議な古代の文字と図形を発見したからである。この事件はかつてイギリスの『空飛ぶ円盤評論』誌にも報道されたし、各国の研究界でも話題となり、論議の的となったが、一万数千年をへだてて同じような図形が存在したという事実は、アダムスキーの体験の真実性を裏付ける有力な証拠となるように思われる。
オメ教授は1897年にフランスで生まれた。アルジェリア北部のアルジエ大学で考古学を学んだあと、母校でアラビア古典を教えていたが、その後ブラジルヘ渡ってサンパウロに居住するかたわら各種の科学団体のメンバーとなり、同市のアメリカ人博物館の館長となっている。その前にはアフリカ大陸で15年間をすごして、地中海沿岸諸国の古代の遺跡を調査した。
南米奥地の決死の探検
1949年の秋、オメ教授は夫人、愛犬の"マルアイ"その他数名の従者とパーティーを組んでブラジル北地を目指して探検に出た。もちろんこれが最初ではなく、この他にもアマゾン河流域一帯を踏査しているが、これはそのなかの一部分である。場所はブラジルの最北端、ベネズエラと英領ギアナとの国境地帯で人跡未踏の秘境である。
一口にブラジルといっても非常に広大な国土であって、人踏未踏地は至る所に存在する。教授一行の前進路には多大の困難と危険が待ちかまえていたが、愛犬のマルアイが再三教授を危険から救出して事なきを得るということがあった。
大奇岩ペドラ・ピンターダ
■巨大なぺドラ・ピンターダの奇石
一行がタラメという所へ来たときその付近に"ペドラ・ピンターダ"という巨大な一つ岩があるのを発見した。ペドラ・ピンターダとはポルトガル語であって「色を塗った岩」 の意味である。その名の示すとおり、この岩には赤く塗ったドルメンがあちこちに付属している。岩の高さは30メートル、長さ100メートル、奥行き80メートルの花崗岩で、太古の文明の印象的な遺跡として広漠たる平野の中にそびえ立っている。
岩の表面には600平方メートルにわたって奇妙な紋様や図形が刻まれているが、まだ解読されてはいない。岩全体が人間の頭がい骨のような形をした大タマゴ型である。オメ教授自身はこれを「アトランティス文明の石の書物」と呼んでいる。すなわちこれは失われた大陸アトランティスの巨石文化の遺跡の一部であって、現在の文明と は全く関係のない物であると教授は考えているのである。
■古代の金星文字か!
オメ教授がベドラ・ピンクータで発見した不思議な文字と図形。 アダムスキーの金星文字と酷似している。
さて、マルセル・オメ教授のこの探検行における最重要な発見物はこのペドラ・ピンターダそのものではなく、ペドラのすぐ隣りにあった小さな奇妙な図形である。これはある石器に刻まれていたもので、多年風雨にさらされてかなり磨滅していたために教授はさほど気にとめなかったが、一応参考資料として写し取ったのである。
しかし後になってオメ教授みずからアダムスキーの最初の著書『空飛ぶ円盤は着陸した』を読んだとき、飛び上がらんばかりに驚いた。なんとそこには教授が持ち帰った紋様とほとんど同じ種類の紋様と図形が金星人から与えられたものとして掲げられていたからである。
この点については教授は「私はアダムスキーの書物を読むまでは、あの紋様についてほとんど関心はなかった」と述懐している。アダムスキーが『空飛ぶ円盤は着陸した』を出したのはオメ教授が著書『太陽の子ら』を出す前であったから、アダムスキーがオメ教授の発見を知っていたわけはない。
重要な証拠
両者共互いに未知の人で、事前に連絡が行なわれた事実はないのである。これはアダムスキーの金星人メッセージが事実であったことを立証する重要な傍証であって、しかも「いずれ地球の土中からこれと同じような紋様の発見が報告されるだろう」と語った金星人の言葉を裏付けることにもなる。そして1万4千年の太古にも別な惑星の人間がこの地球に来ていた事実を証拠立てることになるのだ!
アダムスキーが金星人からネガフィルムに記されたメッセージを受け取った模様については新アダムスキー全集第一巻『第二惑星からの地球訪問者』に出ている。
オメ教授の紋様(上の図)とアダムスキーのそれとは象形文字が完全に同一ではないが、レンズ形の断面図状の図形とその中に描かれてるスワスティカ(まんじ)は、フリーハンドで描かれているために多少のゆがみはあるにせよ、同一である。しかも両方共スワスティカの中心部に小円が画かれている。
■アダムスキーが受け取った金星文字
前述のとおりこの事件はUFO研究界で大問題となった。そして疑う人のなかには、アダムスキーとオメ教授がグルになって打った芝居であるといって非難する人もいた。これに対してアダムスキーもオメ教授も全く相手にしていない。ただ教授の方が積極的にアダムスキーの体験の真実性を支持しているだけである。そのことは過去の『空飛ぶ円盤評論』誌に大きく掲載された。
オメ教授によると太古において空を飛ぶ機械を用いていた偉大な文明がこの地球上に存在したという。ジャイアント・バード(巨大な鳥)を持つ人々がこの地上に存在した時代があった。その巨大なシンボルは今なおペルーやアンデスの高地に刻まれていて、翼の両端間の距離が150メートルに達するのがある。これは非常な高空からでないと見られない。平たい地面または岩に刻まれたこのシンボル類は、宇宙旅行や空中戦をやった人々のシンボルとみなしてよいだろう。
「私は大西洋沿岸の国々の口碑伝説や伝承詩などを研究したが、すべて巨鳥の伝説が確実に残っていて、それらは空中で火を噴いて大地を破壊しながら絶滅してしまった」と教授は述べている。
ともかく紋様の発見は高度な考古学者によるものであるから、アダムスキーもこれを重視して著者で述べているほどだ。異星人は途方もない年代差と地球の各地とを結ぶ範囲で深遠なプロジェクトを太古から樹立していたのではないかと思われるのである。
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封印された神代(かみよ)史:イースター島ロンゴロンゴ文字は神代文字で解読できる
2018-01-13 15:21:14 | 封印された神代史
(Kazumoto Iguchi's blogより転載)
http://quasimoto.exblog.jp/22377170/
みなさん、こんにちは。
さて今回は再び超古代ミステリーの話をメモしておこう。
偶然先ほどインターネット内で見つけたものだが、「世界の未解決の大不思議15選」というYouTube番組があった。以下のものである。
まあ、素人さんが作った、己の信じる未解決ミステリーの15選というところである。が、この中に無視できない誤解を見つけたので修正しておこう。むしろ、無知というべきだろう。
こういう誤解がどうして生まれるかというと、我が国に何千年も前から神道の神主家のみに伝わってきた「神代文字(かみよもじ)」という岩窟文字や古文書の様式が存在するということが、まだ西洋人には知られていないからである。
少なくとも、神代文字を紹介したり研究した英語本は多くて数冊程度である。また、古いものしかない。つまり、昔の研究の紹介したものしかない。
ところが、1980年代から現在に至って、日本の古史古伝の研究者は激増した。そして、種々の発見や新しい知見がもたらされたのである。
いわゆる、日本の「考古学会」はこの進歩についていっていない。ましてや日本のいわゆる「考古学者」はまったく無知である。だから、ほとんどの学者がこうした新規性のある発見を知らず、知ったとしても、「眉唾もの」扱いして無視してきているわけである。
というのも、日本には「日本人学者病」とも呼ぶべき一種の症候群があるからである。これは、西洋人に認知されて、逆輸入したものしか、国内で認知しない/できないという病気である。
だから、そもそも海外の研究者が存在せず、あるいは、まだまったく未発達の分野では、国内の興味深い研究がなされていたとしても、それが国内の学会から認知されるということがない。こういう現象のことをいう。
実は、例の日本探検協会の高橋良典氏の研究で、これら2つの文字はすでに解読されているのである。今回はこれをメモしておこう。
これらでメモした本
超図解 縄文日本の宇宙文字―神代文字でめざせ世紀の大発見!
上の本の復刻版
カラ族の文字でめざせ!世紀の大発見 カラ族とは原日本人!太古の地球を平和に治めた神々だった!!
の中にその結果が出ている。
イースター島のロンゴロンゴ文字碑文の解読
まずイースター島の謎の碑文という形でそのYouTube番組に紹介されているのがこれである。
これはすでに神代文字研究者の高橋良典氏が、北海道異体文字(俗称アイヌ文字)
とトヨクニ文字
を混用しているという発見に基づいて解読されたのである。
その結果がこれ。(上のヒカルランドの本の266ページ)
「贄=にへ」とは、もちろん生贄のことである。
つまり、イースター島のモアイ像は、雨が降らなくなってしまった島になんとかして雨を降らそうと天の神様に生贄を捧げ、祖先をまつろうと頑張って近郊の島々を諸手船ではせ参じた、ということを書いているのである。
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封印された神代(かみよ)史:中国で発見された神代文字の意味
2018-01-03 10:56:33 | 封印された神代史
【東京新聞2006年3月27日】
中国安徽省蚌埠市でこのほど、約7000年前の新石器時代の遺跡から、風景や人々の生活などを表現した文字のような絵や記号が大量に見つかった。新華社が26日までに報じた。
送料無料! NHK ハイビジョン大百科 DVD-BOX【ASBP-2939】=>18%OFF!★送料無料! NHK ハイビ...専門家は、3000年以上前の中国最古の文字とされる「甲骨文字」を大きくさかのぼる漢字のルーツの1つとみている。絵や記号が刻まれているのが土器か陶器かは不明だが、同省考古研究所の研究者らによると600点以上あり、山や川、太陽、動植物、狩猟、養蚕など多様なテーマを描写。当時の衣食住の状況から、宗教、信仰まで示しているという。
中国では昨年も、寧夏回族自治区で1万年以上前のものとみられる大量の絵文字が見つかったと報じられている。
(以上:共同通信)
豊国(トヨクニ)文字の読み方
■古代文字の真実[6]トヨクニ文字とサンカ文字と中国の絵文字
http://utukusinom.exblog.jp/9661239/
今回発見された中国古代の絵文字が、日本の神代文字の1つ豊国文字であるという解釈が発表されている。豊国文字を基につくられたとされるサンカ文字とも類似すると言われている。
唐代の前後で異なる拓本の価値より
これまでの通説では、漢字の起源と発達は、次のように説明されてきた。
殷(BC1700-BC1046)に於いて卜の結果を書き込むための使用された文字である。これを現在甲骨文字(亀甲獣骨文)と呼ぶ。秦(BC778-BC206)そして後の漢代(BC206-AD220)になると、下級役人を中心に使いにくい小篆の飾り的な部分を省き、曲線を直線化する変化が起こり、これが隷書となった。毛筆で書かれる木簡や竹簡に書き込む漢字から始まった隷書は、書物から石碑に刻まれる字にまで及んだ。この隷書を走り書きしたものは「草隷」と呼ばれたが、やがてこれが草書となった。一方で、隷書をさらに直線的に書いたものが楷書へ発達し、これをさらに崩して行書が生まれた。
(漢字 - Wikipedia)
今回の発見によって、これまで中国最古の文字と考えられてきた甲骨文字のはるか過去に別の絵文字が使われていたことが明らかにされたことによって、甲骨文字の起源が日本の神代文字にある可能性が高まった。日本では、漢字を移入するずっと以前からひらがなやカタカナの原型となる神代文字が使われており、それが世界各地に普及して、それぞれの民族の文字のルーツになったと推測することもできる。これまで最古の歴史書と考えられてきた古事記・日本書紀のはるか過去に神代文字で記述された古史古伝(こしこでん)の信ぴょう性が改めて高まったと言える。
☆F★
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封印された神代(かみよ)史:漢字以前の日本固有のシンボル神代文字とは
2017-12-30 22:58:26 | 封印された神代史
(日本古代文字?漢字以前の世界より転載)
http://ameblo.jp/amaterasu567/entry-11801997441.html
通説によると、日本には漢字以前に文字は存在しておらず、仏教伝来と時を同じくして漢文が日本に伝わり、以後、いくつかの口承をもとに古事記、日本書紀が編纂されたとされている。
しかし、実は真偽がはっきりしていない古文書の中には、記紀以前に、日本独自の文字で編纂されたと思われる歴史書やその他の痕跡が、数多く残っている。
その種類、およそ四十数種類。概ね、それらは平仮名、カタカナのような表音文字であったと思われる。
$スーリヤの暇ならおいで♪
■ほつま基本四十八文字
(「日本古代史:ほつまつたゑ:新歴史誕生 」より)
$スーリヤの暇ならおいで♪
■ホツマツタヱフトマニ図
(日本翻訳センター によるサイト「ホツマツタエ 」より)
上記の2つの図を比べてみると、若干字形は違っているものの、同じ文字であることがわかる。
「ホツマツタヱ」は、真書であれば、日本最古の叙事詩集であり歴史書であるとされているが、現在は事実上黙殺されている状態である。
「フトマニ図」は、「四十九(ヨソコ)神の座席図を五十一文字で表わし授けた」ものとされている。このフトマニ図を用いて吉凶を占おうと考えたアマテル神(天照神)が著したものが「フトマニ」なのだそうである。
$スーリヤの暇ならおいで♪
(「伊勢神宮の神代文字 」より)
「神代文字」には他にも種類があり、例えば、伊勢神宮の神宮文庫に収められている奉納文の中には、藤原鎌足や稗田阿礼のものもあり、これらの奉納文は「アヒルクサ文字」と「イヅモ文字」(他にも数種有り)を主体にしたものだとされる。「神代文字」には他にも種類があり、例えば、伊勢神宮の神宮文庫に収められている奉納文の中には、藤原鎌足や稗田阿礼のものもあるそうで、これらの奉納文は「アヒルクサ文字」と「イヅモ文字」(他にも数種有り)を主体にしたものだと言われている。神社の奉納文には、このように古代文字が使われている例が他にもあって、宮崎の住吉神社にも、「伊予文字」と呼ばれる文字による奉納文が残されているそうである。
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参照
【第3章 古代日本は中国に占領された―漢字文化に抹殺された真実】
http://ameblo.jp/tsukioto2011/entry-11391175392.html
神代文字を抹殺した恐るべき黒い勢力≠ェある。
奈良時代以前の日本に文字があったことは、文献にもはっきり書かれているし、遺物にもはっきり刻まれている。
したがって、文献と遺物の両方から、日本に古代文字があったことはすでに立証済みである。
にもかかわらず、そのことがこれまで周知の事実とならなかったのはなぜだろうか。
古代史の権威が口をそろえて神代文字を否定したり、日本の古代文字を無視してきたのはいったいなぜなのか。
ここには私たち日本人のすべてが、いまだにその真相をつかんでいない歴史上の大きなトリックがあるように思われる。
そこには、これまでの権威すらも呑みこんでしまう歴史上のブラック・ホールのようなもの、つまり私が先に漢字の呪縛≠ニ名づけた、
私たちの目には見えない巨大な意志が存在し、この恐るべきカが日本の古代文字資料を抹殺して奈良時代以前の歴史を封印してきた背景が
あるように思われるのだ。

その恐るべき力の正体とは何か。

私たち日本人の奈良時代以前の歴史に、誰が考えても異常としか思えない巨大な空白をもたらした力の実体とは何か。
日本古来の文字で書かれた文献を奪い取った、途方もない勢力とはいったいなんだったのだろうか。

私には、その力の実体がどんなものであったのか、今のところすべてを正確に述べることはできない。が、一つだけはっきりしていることは、
その勢力が今から千三百五十年ほど前の大化改新(六四五年)と白村江の戦い(六六三年)の時代に、日本海周辺のほぼ全域に台頭し、
それまでの日本にあった固有の文字と文化、王家と有力氏族の記憶をほとんど消し去ってしまった、という点である。
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2023年06月23日

楢崎皐月: カタカムナ研究第八部/体験伝達/総括〜楢崎のノートから

楢崎皐月: カタカムナ研究第八部/体験伝達/総括〜楢崎のノートから
カタカムナ研究第八部 体験伝達...総括
現在時点での問題 (14:26 01/07/14)
1,楢崎が,カタカムナ文献を解読し,カタカナ文字を付記した経緯。
2,「カムヒビキ」十九首,「カムナガラノミチ」百四句の出所。
3,現代物理学と直観物理との関係。
以上の問題点を依然として未解決のまま,第六号に読み入る。第六号を読み続けていると,p114で止まる。
(3)次に,「ウヅメから発生する粒子現象に関するサトリ」を示すものとして,
  タカマクラ  ムカヒツガヒノ
  アマウヅメ  ウマシイツツミ
  ウキツマリ  サヌキアワマリ
  オメタグヒ  イカツミマクリ
  カラミクミ
この歌詞の出所は?八十章からなるカタカムナ図象歌詞,カムヒビキやカムナガラノミチの歌詞を探してみたが探し出せない。何処から来たのだろう。この解読(同じくp114)を読むと,-----『宇宙球の座には,遠心,近心に向う対立した求心力が,番力によつて親和し,アマの渦巻流を現象せしめている。そして,そのアマウヅメからは,個々の微粒子(イツツミ)が生産される(ウマシ)。それは,正反配偶(オメタグヒ)の電気素量(イカツミ)磁気素量(マクミ)並びに力の素量(カツミ)を組み込んだ核粒子(陽子.中性子等と呼ばれるウキツマリ)や,電子.正孔(サヌキ アワマリ)などである。』則ち,対立する粒子の性質(ソコ.ソギ ナミ.ナギ)を統一する正反配偶の素量(潜象マリ)の存在を直観した示しである。
要するに,粒子(電子や核子)の持つ対立的な性質は,それぞれの粒子内部構造に「正反配偶の三素量」を組み込んでいるから,環境に応じて,電気にも磁気にも力にも変換しうるというサトリである。-----と,出ている。
この解読表現は,全くの物理科学用語である。カタカムナの上古代には,こんな科学用語やカタカナ語は勿論のこと,その科学的思念も無いはずである。それらとは無関係の思念を古代人は伝達し合つていたと,私には考えられる。
そこでまたまた原点に立還る。このことに関連して,「相似象誌,第十一号,第五、六首,232頁」には,次の一文がある。
『カタカムナ人は,今我々現代人が使つている日本語は,何も持つていなかつた,ということを,読者はもう一度,よく考えて頂きたい。カタカムナ人は、今,我々が持つている様々な智識は無く,たとえば「脳」という言葉も,「生命」という言葉も,無かつた。人類としての(われわれ現代人と同等の)基本的な生命力(感受性と判断力)を以つて,自分たちの感受し判断したモノを,四十八のコトバを造つて,表明したのである。それ故,カタカムナのサトリをわかりたいと思えば,我々も,現代人の智識や常識のままで読むのではなく,人間が本来もっていた,最も基本的な正直な感受性と判断力になった気持ちで読むのでなければ,わかりようがないのだということを,もう一度よく考えて(自分自身を逆序して起励して),読み進んで頂きたい。』(文中,「四十八のコトバを造つて」とあるが,これは勿論,四十八の声音符号のことであつて,四十八のカタカナ文字では無い,ことは,ハッキリ確認しておかなければならない。)・従つて,解読の方法は,楢崎が「カタカナ」文字を『カタカムナ』渦巻き図象に付記する前の,記号のみのカタカムナ文献を,即ち,記号のみを対象として解読すべきではないか,と考えられる。そこでまたまた,原点に還り,カタカムナの渦巻き図象の,一つ一つの図象符号の,意味の解読に挑戦することにした。物理科学用語やカタカナ文字など知らかつたカタカムナ人に,その原点に立ち還つて。その原点,二万年ぐらい前という,上古代に,私が今居るとする。私は,カタカナも知らなければ,勿論,物理科学用語も知らない,それは,丁度,私の父母のようなものだ。明治初年生まれの私の父母は,本当に,一文不知の尼,入道だつた。明治にさへそんな人がいたのだから,二万年前の私も,父母と変わらなかつたであろう。そんな私の仲間に,偉大な人物がいて,『こんな絵』を創造して,私達に説明したとする。この偉大な,わが日本の先住民族の哲人は,どのような要領で,私に説明してくれたであろうか。そこが知りたい!そこが,このカタカムナ解読研究のキーポイントとなるであろう!手話のような要領だつたであろうか。天空を,夜空を,天地,森羅万象を指さして,どうしたであろうか。鋭い直感の古代人は,思念と思念とで,以心伝心したのであろうか。インスピレーションの心境だつたのだろうか。相似象誌でも探し出せない,私の「直観鍛錬」の不足からだろうか?
・図形を前にして,上古代人の「感得」をみつめる。何も浮かんで来ない。
・ヒラメキ第十二
一応投げ出してはみたが,未練心の中に,ヒラメイて来たのは「神秘性」であつた。
・「カタカムナ神社の御神体」について
「第十号,カタカムナ文献について,p3」に次のような一文がある。『電気物理技術研究家,楢崎皐月が,昭和二十四年,(1949),兵庫県六甲山金鳥山中にて,平十字(ヒラトウジ)と名のる老人より「カタカムナ神社の御神体」として伝えられた巻物を,私共は,カタカムナ文献の原本としている。(三号,八号)』この「カタカムナ神社の御神体」という,神道的な言葉は,誰が言い出したのか,このことについて,三号,八号をひらいてみよう。三号,p8---偶々会い得た平十字氏より,カタカムナの御神体として伝えられた巻物によるものである。
     ---カタカムナ神を祭る平家、食家---
八号,p90---自分は平十字,父はカタカムナ神社の宮司,この巻物は,父祖代々『御神体であるから,見たら目が潰れる』と言われて,厳しく秘匿されて来たものであることを告げ,---・これによると,平十字が,「自分は平十字,父はカタカムナ神社の宮司,」と,カタカムナという言葉を使用しているようであるが,これは「腑に落ちない」。楢崎がこの巻物を筆写した時は,付記されていなかつたのだから,この時点では,平十字といえども,カタカムナというカタカナを知つている筈が無い。知つていたのなら。楢崎に教えていたであろうし,楢崎の生命を賭しての解読作業も必要が無かつたであろう。最も科学的であり,神秘性を意識して避け,嫌つている相似象学会が,このような「神秘性の匂い」のある言葉を使用するのは,自己矛盾ではないか。その他にも,神秘的な場面も幾らか出て来る。1,俗称狐塚辺りで,出合つた。2,「決して狐を撃つな」---(平十字の言葉。)
3,フーフーと,遠くを駆けて来た「けもの」が,息をととのえるような気配がしてから--(楢崎のノートから)
4,「憑かれたか,狐でもよし あやし恋 彼(平十字)待つこころ,吾をゆさぶる」(楢崎のノートから
5,狐塚に「食糧と酒」を供えた。
6,彼(平十字)の指し示した断崖の辺りには「カタカムナ神社」のかげもなく,「毎年一月十五日は祭礼だから」と言つたその日にも----,ただ,夥しい狐の足跡が,辺りの雪の上に認められるのみであつたという。(第八号,p101)
7,半紙に水飴をベツタリと塗りつけて供えたら,これまた,何度供えても,紙は破らず,いつの間にか舐められてしまう。------この事を平さんに話したら,「あれはオレがやったんだ」といった。「でも姿が見えなかつた」といったら,「よく見りゃ見えるんだ」8,(この「よく見りゃ見えるんだ」という平十字の言葉は重要な意味があるので,検討してみたい。)彼(楢崎)はこの時の,平さんが,「よく見りゃ見えるんだが」と言つた,その「よく見える目」の,ナゾを究明する為に,後半生の心血を注いだといえるであろう。(第八号,p100,198,317参照)
・ヒラメキ第十三
・「よく見りゃ見えるんだ」この平十字の言葉は,突然,この日この時(10:21 01/08/04),
「カタカムナと仙道」との,根本的な繋がりを,ゆくりなくも,再び想起させた。
それは,仙道の両翼を形成する「医道」「相道」の「相道」における「気色血色相法」の,
奥義,秘儀に該当するものだからである。この奥義に達すれば,仙道修行も完成に近いと
いう程のものである。参考までに,これに触れてみよう。
「気色血色相法」,(仙道語。技法辞典,p50)
「人間の意識は気色となつて人面の現れ,気色は血色に変じ,血色は現実に具体化してくる。
気色血色は観念の世界に起こつたことが,現実の世界へ具体化する,中間の動態で,この
中間を経て,現実化の成否吉凶を予断することが,取りも直さず「気色血色相法」である。
「よく見りゃ見えるんだ」という眼力養成のためには,能力,努力次第で,数年から数十年
を要するし,我々普通人はなかなかに達し難い境地である。
楢崎が,この「よく見よう」」として,努力した状態は,
1,『一体,これほどの沢山の図象符によつて,何が示されているのか?この ○と十字 の図象符は,文字かどうかもわからないが,これらの図象符を造つた人々は,何か,よっぽど,言いたいことがあったに違いない。彼らは,一体,何が言いたいのか?彼らは一体,何がわかったというのか?とにかく,彼らは,よっぽどえらいことをわかったに違いない。しかし,彼らにわかったことを,私が解らぬ筈はない,何としても,このナゾを解き明かさなければならぬ。この,おびただしい図象符の渦の群と対決して,私なりに 精根こめて,孤軍奮闘,苦心 惨憺 を極めたものでした』と,楢崎皐月は,当時の思い出を筆者に語つている。(第十一号,前書,p3.)2,『何一つ参考書は無く,誰一人たづねるべき先輩もない。それでも何とかして読みつけねばならなかつた。頼りになるものは,自分自身の感受だけしかない-----』『こうして表象物や歌にしている以上,何か ,わかっていたに違いない。上古代人にわかったものが,私にわからない筈はない----。正直のところ,最後は,もう,意地でやったようなものでした.』『最初は文字か何かも全くわからなかったが,盧有三の示唆と,そして図象符だつたから,何か, 物理的な意味 を表してるんじゃないかとヒラメいた。』(第八号,p211)以上のごとく「見よう」として努力を継続した結果,そのヒラメキの心境が深まり,次のような状態となる。『その間,彼は,まさしく自分の身でありながら,自分の意志を越えた,一種の「没我」とか「三昧」とか「アポリヤ」といわれるものに近い状態を体験した。そして,食事も睡眠も受け付けぬ一種の極限状態のもとに,それまでの彼の科学者的な思考には無かつた,彼の理性や意思とは全く異なつた次元からのヒラメキが,次々と発生した。そして,何も食べず,眠ることも出来ず,唯,ひたすら,至烈に希求したものは,<アマウツシ>の補給であつた。一見,従来の神秘思想家の心霊現象(神がかり)にも似た,このような状態が,しかし,それらと峻別される点は,つねに,それが,磨ぎ澄まされた「直観の冴え」に支配されていたことである。』・『自分の意志を越えた,一種の「没我」とか「三昧」とか「アポリヤ」といわれるものに近い状態』とか『理性や意思とは全く異なつた次元からのヒラメキ』とか表現している,楢崎の深奥の心境については,体験者ごとに異なる表現になることは,当然のことで,仙道の「坐忘の境地」に相似する。その一部,相似する点をのべると,
「仙道語.技法辞典,p147」---坐忘とか忘我というのは,頑空や陶酔のような自己忘却状態や 硬直した枯死状態ではなく,宇宙大霊の一部であるとの明確な自覚により,「活気凛 として」,天地に遍満する生命の充実感と,何ものにもとらわれない自由自在の境地に,没入するのである。---
「仙道語.技法辞典,p150」---真に坐忘三昧に達する為には,骨格と筋層に狂いがあつては ならない。坐忘の極致は無想,恍惚の状態であり,それは一切の打算を越えて愛しあつた 男女が,陰陽合徳の極致『エントロピー関係』に達した時と同じような境地である。 それで坐忘が楽しくてやらずにはおれない状態に心境したら,そのひとのは法身がかたく 固まったのであり,やがて出神の可能性が待つている。---・楢崎は,盧有三と出会つてから,その門の入り,仙道修行を僅かの期間ではあつたが,体験しているのだから,「坐忘」の何たるかは知る機会があつたと,推察される。カタカムナと易経との関係,また,易経の流れの仙道との出会いといい,「一筋の強靭なつながり」を,見落としてはならないと,思う。以上は,「よく見りゃ見えるんだ」という平十字の言葉についての重要性を,脇道に入り,述べてきたのであるが,この重要性は,また後で必ず述べることとなる。ここでは,未完の,「カタカムナの神秘性」に戻り,検討を続けていく。神秘性は,狐や狐塚やカタカムナ神社,果ては,平十字その人にも,纏わるものだけでは無い。楢崎皐月,宇野多美恵二人に関しても,記述されている。
1,狐つきと言われた楢崎
「科学でまだ判らぬ自然発生の問題を追及している」などと言うと,常識人の目には,「精神異常」としか映らなかつた-----。これらに関して,楢崎はつぎのように述懐している。(第八号,p102)「私の思想には飛躍がある。そのわけを織り込まなければ,私の研究の価値はわかつてもらえぬと思うから,はじめは随分説明しようとしたのだが,ナンボー言つても承知しない。こっちも実際奇人とみられても仕方のないところはある。奇人と言えば聞こえはよいが,気狂という事ですよ。こっちは気狂なんかでは断然無いのだが,「常識理性で割り出した砦」から一歩も出ず,相手を理解しようとしないタイプの人間は,トテモ度し難いものです。家内にしてみれば,科学者なら科学の範囲で物を言つていれば人は信用するのに,偉い学者達を相手に高度の智識を示す反面,全く非科学的なことを,マコトシヤカにやるところは,『どう見ても狐つきだ』価値判断が狂つている。無駄なことに大金を浪費し,経済能力が無い。いつボロを出し,醜態をさらけ,家族まで大恥をかかされるかと思うとゾオッとする。今のうちに病院に入れた方がよい-----という論理で,夫の欠陥をカバーしてくれてる剣幕だ。研究グループの人々も僕の精神分裂を助長する一味として蔑み,満州以来の部下の出入りまで禁じてしまつた-----。」
2,楢崎の「死」をめぐつて。
・ヨミにカエル相(スガタ)(昇雷と落雷)---(第八号,p112)
1974年7月31日,東習志野に於ける昇雷図。奇しくも会誌が本回で八号(ヤ,とは,極限,飽和,ヤマト,ヤスラギ,ヤブレの思念)を示しているのも,まさに,考えさせられる現象である。叉,逝去の日が,私共の勉強会の夏休み前の最後の日に当つたお蔭で,勉強会のあと,有志の者がこの世のお別れに赴くことになり,折りしも,津田沼の駅から乗り込んだ自動車の中で,行く手の,東習志野の野から立ち昇る,『もの凄い昇雷のイナヅマ』を目の前にし,かねてその生前に明言されていた(後述します)通り,師のタマの,アマに還るスガタを,まざまざと見せられるかの如き,不思議な体験をしたのである。(口絵参照)-----この東習志野の野にあらわれたイナヅマは,息を呑むばかりの巨大な,素晴らしい「昇雷」であつた。同行の人々は,凝然と身震いを覚えつつ,生まれて始めての,恐ろしい程の光条にみとれたが,この時のイナヅマは,私共の他にも,師の心に共振をもつ者が,不思議に逢い得ている。しかもそれだけではなく,翌日の午後,その東習志野の地では,世の常識による葬儀が行われていたが,神泉の地に止まつて,相似象会誌七号の仕上げに打ち込むことを以て,亡き師への至情にかえていた私共の上に,突如,物凄い雷鳴が襲いかかり,これ叉,かねて生前に明言されていた通り,文字通りの「落雷」となつて「乗りうつった」ことを知らされたのである。-----さきに(後述します)と記しておきましたが,ここで述べます。(p114)(師はいつも,小鳥の羽のような銀髪の,美しい温容に明るい笑みを湛えながら言われた。『僕が死んでも少しも困ることはない。直接アマから通信するから,今よりももつと自由にいつでも,一緒に入られる.』『僕は死んでも決して墓などに入らない。真直ぐアマに還つて,直ちに乗りうつる』)(かねて私は,師から,雷には 落雷と昇雷 のある事を,稲妻の写真を前にこまこまと説明されていた。しかし,まさか,師自身,このようなスガタを,私共の眼前に示されるとは思いもよらぬことであつた。-----)・以上,縷々述べてきた,平十字や楢崎皐月に纏わる「神秘性」については,楢崎,宇野も自認していることだが,ここに至り,これが,この「カタカムナ研究」のキーポインントであることが判明したのである。私はさきに,この第八部の冒頭に,---『現在時点での問題 (14:26 01/07/14)
1,楢崎が,カタカムナ文献を解読し,カタカナ文字を付記した経緯。
2,「カムヒビキ」十九首,「カムナガラノミチ」百四句の出所。
3,現代物理学と直観物理との関係。』---
と述べていたが,この中の第一項がそれで,これを氷解してくれたのである。則ち,楢崎が,カタカムナ文献を解読するまでには,この「神秘性」が,一枚加わつていた,ということである。曰く,---『---この,おびただしい図象符の渦の群と対決して,私なりに 精根こめて,孤軍奮闘,苦心 惨憺 を極めたものでした』---『---その間,彼は,まさしく自分の身でありながら,自分の意志を越えた,一種の「没我」とか「三昧」とか「アポリヤ」といわれるものに近い状態を体験した。そして,食事も睡眠も受け付けぬ一種の極限状態のもとに,それまでの彼の科学者的な思考には無かつた,彼の理性や意思とは全く異なつた次元からのヒラメキが,次々と発生した。(第八号、p214)---』狐(狐についての仙道的見解あり)から始まり,楢崎の昇雷死現象に至るまでの神秘性は,神秘性を最も避けている相似象学会にとつては,自己矛盾になるが,しかし,これは,これなしには,楢崎の文献解読も,実現しえなかつたと推定されるものである。この「神秘的な心境」の表現については,これまた各人各様で,今後とも,自由自在であろう。ただし,それが,真実とかけ離れていれば,ただちに看破されるだろう。これこそ『少数者のみ達することの出来る心境』だからである。少数者と言えば,キリスト,釈迦,老子などを初めとして,神秘性を持てる宗祖聖賢も相当数歴史に見える。実際に,悟りとか,超能力とかは,このような,肉体的心境に到達し得てはじめて可能なのである。・「解読はこのような肉体的心境に到達してからのことである。」(10:43 01/08/07)私が今まで解読のため,いろいろと,試行錯誤してきたのもむべなるかなである。私自身が,このような肉体的心境に到達し得ずして,解読し得ようと無理を行つたからである。従つて,今までに述べてきたような,次の諸点,疑問点は,この時点で全く氷解した。1,『四十八の声音の思念を身に付けること』この具体的方法はどんなものか?
2,私の「直観鍛錬」の不足からだろうか?
3,楢崎は,この『こんな絵』を見詰めながら,よくぞ,カタカナ文字をそれぞれの記号に,配置し得たものである。その要領が知りたい。誰でも彼でも,そう簡単に,『登れる山』ではないのである。この山に登る道は,各人各様である。○,カタカムナでは,楢崎が先に述べたように,「ある極限的な肉体的心境」に入つている。
○,仙道で言えば,「真智圏」に入ることである。
○,キリストも,釈迦も,ゲーテもその他の諸聖賢も,それぞれの道から「目に見えない山」に登つている。
「それぞれの山」については「教行信証」に,---
『光明寺の観経義にいはく,-----しかるにわが所愛は,すなはちこれわが有縁の行なり,すなはちなんぢが求むるところにあらず。なんぢが所愛は,すなはちこれなんぢが有縁の行なり,またわれの所求にあらず。このゆえに,おのおの所楽にしたがふて,その行を修するものは,かならずとく解脱をうるなり。行者まさにしるべし,もし解を学ばんとおもはば,凡より聖にいたるまで,乃至佛果まで,一切さわりなし,みな学ぶことをうるなり。もし行を学ばんとおもはば,かならず有縁の法によれ。すこしき功労をもちゐるに,おほく益をうればなりと。-----』---と,出ている。カタカムナ解読のため,「ある極限的な肉体的心境」に入ることを,一つ「行」と考えれば,「かならず有縁の法による」ことが必要かと思う。従つて,楢崎はその「有縁」の,「物理学者」として,物理学用語をもつて表現したのは,最善の法であつた。物理学の素養のない自分には,どんな登山道があるのだろうか。釈尊の真正覚,ゲーテのベンドング,楢崎の「ある極限的な肉体的心境」,仙道の「真智圏」などいろいろあるが,仙道の「真智圏」に触れてみよう。
『「仙道語.技法辞典」,p204---
「人智圏(感覚形象界)に対する語で,大法界のこと。真智圏は,無始無終,無差別、平等,清浄,無垢,無限,無尽蔵,一切秩序法則の原点,陰陽未分の玄界をいい,ここが思考の発生源になつたらその人の心眼には,一切衆生が均しく如来の法輪が展開したものとして写り,迷える衆生は一人もいないことになる。「相道巻三,p3---人間の霊交活動は霊能,霊感,霊媒の三種である。このうち前二者の活動する世界が真智圏であつて,特に霊能者が霊能活動に入るとその意識は全面的に真智圏に占入する。霊能者は普通の人間活動をしている時でも,意識の三分の二は真智圏にある。意識の世界は真智圏の他に動物活動圏(狐、蛇など)と人智圏がある。』このように比較検討してみると,キリスト、釈迦,ゲーテ,楢崎等は皆,仙道的に表現すれば,「真智圏」に入つた「霊能者」であることが分る。・これをカタカムナ的表現でいえば,こうなる。
1,「科学者なら,科学的な証明を示せ」と迫り,彼の発言を誹謗してやまぬ人々との,空しい
論争を避ける道は,要するに,唯々,「心ある人々の,『直観の鍛錬向上』にまつしかない」,というのが,楢崎皐月の『最終的結論』となつた。(第八号,p78)
2,いつの世にも,真理の発見者は,『高度の直観の人』であつた。その直観力を,無意識のままに任せず,「人間の直観は意識して鍛錬しなければならぬものである」という物理を立て,その鍛錬方法を示し,身を以て実験したのが,楢崎皐月である。(同,p80)(『高度の直観の人』につては,仙道では,「生物としての正しい姿勢を取り戻し,『最高の本能』即ち元神の眼を開く他無い」と表現している。)
3,「よく見りゃ見えるんだ」この平十字の言葉の,「見える目」を習得するスベについて。『体験伝達の方法論』(第八号,p154)に,次のように述べている。A,サトリとは,いつの世にも本人一個のものである。(本人自身がサトラぬかぎり,他人から如何とも為し得ぬものである)---B,だが,私共が,「体験伝達の方法論」というのは,サトリ得る根拠を理学的に(神秘思想によらず, 普遍的な物理として)示し,それを,サトリ易い環境条件を整えて,他人に伝授する, そのような方法のことである。(第九号以下に詳述)---
A,のサトリの状態とは,先に述べて楢崎の,『その間,彼は,まさしく自分の身でありながら,自分の意志を越えた,一種の「没我」とか「三昧」とか「アポリヤ」といわれるものに近い状態を体験した。そして,食事も睡眠も受け付けぬ一種の極限状態のもとに,それまでの彼の科学者的な思考には無かつた,彼の理性や意思とは全く異なつた次元からのヒラメキが,次々と発生した。』ということであろう。これもヒラメキの一種であり,「体験伝達の方法論」の伝達する体験の内容もまたヒラメキである。唯々,「心ある人々の,『直観の鍛錬向上』にまつしかない」,というのが,楢崎皐月の『最終的結論』となつた。(第八号,p78)・いつの世にも,真理の発見者は,『高度の直観の人』であつた。その直観力を,無意識のままに任せず,「人間の直観は意識して鍛錬しなければならぬものである」という物理を立て,その鍛錬方法 を示し,身を以て実験したのが,楢崎皐月である。(同,p80)その「人間の直観は意識して鍛錬しなければならぬものである」という鍛錬方法を,次に紹介する。・「体験伝達の方法論」(相似象誌第九号,前書p3より以降。)誰かが,しなければならぬのは,個人(高度の直観の人)の深刻な体験によつて獲得した知恵を,普遍的な物理に抽象して,伝えることである。「物理」として示されていれば,誰でも,自分の「経験」を,自己認識にもって行き,共通の精神波動に達することが出来るからである。
1,根拠をつきつめよ。---(九号,p8)
何事も「根拠」を掴むところまでつきつめねば「ホンモノ」ではない。「根拠」をつきとめることによって,「欠点お改める」ことも,「美点を伸ばす」ことも,叉,「発想の転換」も「独創」も,始めて確かな「場つくり」が可能となる。2,<カタカムナ>の山に登る者の条件。---(九号,p9)アタマの良さでも,智識の高さでもない。唯,心から,自分自身の内心の問題を,つきつめて来た者でなければ,この長く厳しい道中の,根気が続くものではない。
a,「直観力」の鍛錬を,自分自身の,人生の最高の目的と考える者であること。
b,現代科学.現代文明なるものに対する,根本的な疑念を,深く感じている者であること。
c,今までのいかなる宗教.哲学.道徳にも,叉,芸術によっても,真に,生命の満足感(心の救い)を得られなかった者。
d,かねて,「日本語」(日本文化)というものの特殊性に気付き,その「特殊性」の起源に,関心を抱いて居り,<カタカムナ>に出合って,真に,驚くことの出来る「感受性」をもつ者。
e,やがて読者の中から,もっと直観の鋭い,能力の高い人が出て,楢崎皐月の遺志に,真にふさわしいものにして,世に出して頂ける日を,心から念じている。---拙い文章に。今は、こめるしかない<カタカムナ>の<ヒビキ>を,読者の直観力に縋つて汲みとって頂く為に,会誌は,くれぐれも,疲れた夜の頭では無く,新しい朝の,冴えた眼で読むことを,どうか,もう一つの「条件」に加えて頂きたい。(第九号,p15)
3,会誌の用語について。---(九号,p25)
同等の体験者の間なら,文学的表現でも響き合うが,例えば「融通無碍」という言葉が,「潜象」の存在の,「自由な無限さ」を表現するに適しいと思っても,理学的な説明にとり入れると,もう,その意味の内容は伝わらず,漠とした別の概念におきかえられ,その観念の方が,一般化しているのである。筆者の使う「環境」とか「潜象」「感受性」「直観」「物理」等という言葉についても同様のことが言えるのであって,(例えば,「環境」について言えば,それは,我々の生命現象をはじめ,科学で今猶「謎」とされている『鳥の渡り』や鮭の『生まれた川への遡り』等の現象の解明も,この環境---上古代語では<オトワヤマ>---の「物理」の究明に,またねばならぬ筈のものでる。)それ故,ただ「環境」とか「直観」等と言ったのでは誤解を生み易く,それを避ける為には,もっと微波動のきいた物理的な表現が必要である。(そして,そのような <H2>微波動を感じ分ける能力を養成する方法</H2>が示されねばならぬ,ということになってゆくのである。)
しかし,ここで,いかに言葉をつくして説明しても,所詮,正当な理解は得られず,かえって,微波動のきいた表現をすればする程,わかり難く感じさせるという,逆効果しかないのかも知れない。今は唯,読者の「カン」にすがるしかないが,やがて,文献の解読が進むにつれ,一般概念との違いを,ハッキリと認識されるであろう。会誌の文章(表現の苦心)---(九号,p10)<カタカムナのサトリ>は,現代科学で言えば,量子力学や相対性理論を超え,哲学では,弁証法やウバニシャッドを超えたものであるから,従来の哲学や理学の論文よりも,難解な表現をとるのが順当であろう。しかし私達の会誌は,いかに高度な内容も,友人と話をするような,平易な,日常的な用語で表現すべきであると,心している。(p11,12参照)
4,現代人の脳の眠っている部分。---(九号,p12)
現代人の脳細胞は,多くの部分が使わずに眠っていると言われるが,おそらく,現代科学や哲学に於いて未解明の問題は,(「生命」.「精神」の分野の物理は)その,眠っている部分の(則ち,人類の機能として与えられ,そしてカタカムナ人たちは鍛え使っていたに違いない部分)の再開発によって,研究の緒につくのではないかと思われる。---(p12)楢崎皐月の実験は,いわば,この「眠っている分野」(科学では未解明の分野)に,再開発の鍬を入れるものである。---(p13)今、私共が,最も関心を集中しているのは,この,自分自身の内にありながら『眠らせている脳』,則ち,命令系統が異なる為に,使われていない脳の部分の,再開発の問題である。---(p14)
【この「眠っている脳」については,仙道に「腹脳」という見解がある。全く相似しており,その対象も,機能も,重大性も同一で,「存在の根源」に関する問題である。但し,人体内における存在場所が,一つは頭部に、一つは腹部にありとされている点が異なるが,現在,活動している大脳に対する「命令系統は異なる」という点では一致している。「腹脳」は,自律神経系統とされている。】
4a,(−)エントロピー。---(創刊号,p53)
夫婦や愛人たちは,美感電圧地やイヤシロチの大樹の下などで,できるだけ性の交換栄養をとる事が,最高の心身の健康法になることをわきまえるべきである。静かな恍惚の境にあそびつつ,そのうっとりとした状態のままで,一方では二重思考が働いて,大脳はすばらしい活性状態となり,平素どうしても思い浮かばぬようなアイデアが発生する。
5,「バトン」を受け継ぐ者。---(九号,p15)
<カタカムナ>の解読の為の 鍛錬のバトン を受け継いだ者は,筆者一人以外にないのだから,<カタカムナ>に関心を持たれる読者には,辛抱して読んで頂くしかない。
6,読者も述者も自己起励しつつ。---(九号,p26)
もし現代人の常識が,マ違いの無いものなら,何も苦労して,上古代人の<サトリ>を持ち出す必要はない。現代人の理性的な概念には,もう失ってしまつたモノ,しかし,その認識なしには,生物としての本来の生命を,全うすることの出来ぬモノ,それを,私共は,今,カタカムナ人の言葉から, 聴き出さねば ならないのである。それ故,<カタカムナ>の解説は,従来の書物の常識的な論理で,幾つかの(註)を入れただけでは無理で,縦横,立体的に,示されねばならない。しかし,平面的な書物の形をとらねばなぬ以上,<カタカムナ>の解読は,少なくとも日本古来の 絵巻物を展開するように 読者も述者も,カタカムナのサトリの <マワリテメグルの>渦巻 のように,自転.公転を繰り返しつつ 自己起励し,その都度,過去の自己の固有振動には無かった, 新しい心の波動を励発 させて行かねばならない。それによつて,カタカムナ人の心の波動に,少しづつ,少しづつ,共振し,相似して行くという,持続的な努力と,植物的な忍耐を要する仕事なのである。(その一助として「註の目次」を参照されたい。)
7,共振波動.高調波「共振波動」とか「高調波」とか「アマ波動量」「大脳二次波動」等という私共の表現は,<ヒビキ>という上古代語の思念に馴染まぬ読者には,意味が充分に通じないかもしれぬ
が,---(それは,最先端を行く生物学者が「宇宙リズム」「生体内時計」「生の達観得」などとよんで,指向しているものの「物理」を示す用語である。)---やがて,文献解読が,進むにつれ,実感を以て,追体験的に納得されるであろう。
一芸一道に達した人々の言葉をきく時,---技術が少しでも高度になると,『指先でなく「カラダ」で弾きなさい』『アタマではなく「ココロ」で弾きなさい』『「ミ」を入れて』『「キ」」をこめて』『「ハラ」におさめて』等という表現になり,言う方も聞く方も,
「何となく(赤字にすること)」わかり,「マ」に合せているが,少なくとも我々の日本語には,「ミ」とか「キ」トカ「マ」のように,唯の一音で,「何となく」彼らの言いたいことを示す言葉が残つている。
8,諸行無常の中で唯一つ残るモノ---(九号,p28)
生まれながらの「固有振動」に食い入つた,「ミ」についた「波動」は,もうその人の生涯,忘れようとしても決して消えぬ保有量となつて,夢の中とか,無意識の領域にも定着し,「年の功」 ともなり,それぞれの「人柄」を,形づくつて行くものとなるのである。叉,そのような 精神波動(ヒビキ)は,『肉体が風化した後も,物理現象として,環境に残存する。---(心のどん底に受け止めたということ)』
9,自己変革の物理---(九号,p29)
私共は,確信を以て,『先ず,十年,かけてみてくれ』と言つている(註26参照)。---
10,「アタマ」と「ココロ」の平衡的発達 ---(九号,p32)
「生命」(イノチ)と「精神」(「アタマ」と「ココロ」)の,正しい扱い方,言い換えれば,それは,『「アタマ」と「ココロ」の平衡的発達による生命活動の充実』の問題であり,「生まれながらの 固有振動の高調による自己変革の『物量」に支配されるものである。そしてそのことが,一旦,「物理」として「認識」に納得されさえすれば,その後の,めいめいの「アタマ」と「ココロ」の鍛錬の具体的方法は,いくらでも,生み出せるものである。(赤字のこと)---叉,めいめいの「波動量」は,より多く持つ者には,より少ない者の保有量が,極めて明らかに,感知されるものである。なぜなら,それは,物理的な共振量の差異(ヒビキ方の 違い)として,言葉や態度の上に。正直に表れるものであるから,例えば風景にしても,下から上のものは見えぬが,高い所から見れば,一目瞭然であるのと同様に,体格的な正確さで,わからずにいないものである。昔から,「禅問答」や「真剣勝負」の場などで『何となく』知られていた事実を,「物理」として裏書するものである。
・『「仙人」とは「山上の人」である。山の上から見れば,「俗人」則ち「谷の人」の状態がよく分る。と,いう,仙道の見解とよく一致している.』
11,自分の「アタマ」と「ココロ」の使用法---(九号,p33)
専門の仕事を修得する為には,微に入り細を穿った勉強方が研究され,そしてそれをマトモに鍛錬しなければ,一人前になれぬ,ということを認めぬ人は無い。しかし,どんな専門家でも,有名人でも,叉我々無名の凡人でも,それぞれの職業や身分よりも以前に,そもそも人間として生命を保つ上に,時々刻々,何をおいても必要な,「アタマ」と「ココロ」の『使用法については』ピアノの教授法や,拳闘の訓練法ほどの,確かな鍛錬法も研究されていなかつた,ということは,思えば 不思議な現象 ではないか。
宗教や哲学は,昔から,明らかに,その方向を狙うものであったに違いない。殊に釈尊.孔子.キリスト.ソクラテス等の,聖人とよばれる人々は,ひたすらその道を求めた天才であった。しかし, 何を基準にすべきかという根拠 把みきれなかった為に,自分ではわかっていながら,人類の方向を正すだけの,教えを示すことは出来なかつた。
12,二十世紀の「潜象物理」と「人間学」---(九号,p35)
私共は,もはや,世の批判や誤解や,叉は無視にもひるまず,この,人間の「生命」と「精神」の問題をつきつめ,『「ココロ」と「アタマ」の鍛錬法の実験』を進めて,「相似象」 の会誌を,「潜象物理」と「人間学」の研究書として,二十世紀の人類文化の一隅にとどめ, 共振を得られる読者と共に,後世の知己をまつしかない,というところに来ている。---
(p36)直観の鋭い読者は,図象符に付した楢崎皐月の カタカナ訳 だけで,どこまで上古代語の意味が味わえるか?---試してみて頂きたい。
(この一文から,上古代語の味わい方に,次の三段階があることが考えられる。
1,図象符だけで上古代語の意味を味わう。---楢崎の直観のように。
2,図象符に附したカタカナ語をたよりに味わう。---読者の独力で。
3,宇野の解読をたよりに味わう。---宇野の解読に随う。)
13,抽象図象の解読法---(九号,p44)
彼等(カタカムナ人)の言葉が,,図象符で示されていたことが,解説を一そう困難にしたのだが,最後的には,それが救いとなった。象形文字や符号なら,現代人の思考で類推することも可能だが,手がかりは,これらの 不思議な図象 しかない。そこに托された意味を,何とかして知りたい,と思えば,結局,この抽象図象を工夫した人の心に,ヒビキ合う波動 を,こちらも持つしかない。数千年来,誰にも出来なかったこの事は,しかし,全く不可能なことでは無かった---。カタカムナ人の心も我々後代人の心も,本質的には異なるものではなかったのである.その証拠のように,私共の心が,共振波動に達した時,それは,まるで霧の晴れるように
ナゾが解け,そして,もつれた糸をほぐすように,少しづつ,関連用語や,前後の歌詞の脈絡にピントが合っ来て,それぞれの意味が,ハッキリと浮き上ってくるのである。もしどこかにマ違いや曖昧さがあった場合は,やがてスジが通らなくなる。その 正直さ は,物理化学の実験 に同じく,それこそ,私共の 「直観鍛錬の実験」の最高の場である。」
14,日本文化の真の根拠---(九号,p47)
<カタカムナ>文献の解読を,最も喜んで受け容れられるのは,他ならぬ,富永老師に違いないことを,私共は確信している。なぜなら,老師の八十余年の生涯をかけて,死の際まで求め抜いた,日本文化の真の「根拠」が,ここに,明示されていたからである。しかし,その<カタカムナ文献>が,老師によらず,楢崎皐月によつて発見された,ということには,叉,当然の理由があつた,と今にして思われる。なぜなら,<カタカムナ>の解読には,「現代科学の最高度の素養」という裏付けが,必須の条件だったからである。 
15,「イザ という時,」---(九号,p52)
「イザという時」,自分の生命を守るものは,「jasマーク」でも「コンプューたー」でも,
「医者」でも無く,「智恵」でも「組織」でもない。民族の発祥以来,伝統として受け継がれた「知恵」によって,めいめいの生命の 「感受性」を鍛える,という 大原則 を忘れた者は,一寸した異変にも,対処するスベを知らず,ジタバタ運動を起こす夏の虫のように,もろくも亡んで行くのである。いかに高度の智識.経験があつても宝の持ち腐れに等しい。16,楢崎皐月の「実験」---(九号,p64)世に優秀な学者.研究家は多いが,楢崎皐月の試みた「実験」こそ,かって,人類の経験に比類をみぬものだとは,誰が知るであろう。唯,私共が,肝に銘じているのみである。「カタカムナ」は,楢崎皐月の天才をして,『三つ子の魂』から打ち込んで来た科学の研究を抛っても,何としても伝えねばならぬ,と決意させるに足る『より価値高いもの』であつた。しかしながら,この判断が,果たして,彼の,独りよがりの,見込み違いの,つまらぬ事件に過ぎぬものであつたかどうか------,歴史の審判にまつしかない。
17,文献解読.解説の困難さ---(九号,p67)
事に当って必要なのは,悲愴な「覚悟」でも,使命感の「緊張」でもなく,行き届いた「配慮」と,自由な「技術」である。殊に,在来の神秘思想でも科学手段でも 歯の立たぬ<カタカムナ>の山へは,最も適切な道をたどらねばならぬ。  楢崎皐月は,その為に,「直観鍛錬」の実習方法 を開発した。<カタカムナ>の山に向う者は,先ず,この,直観鍛錬の必要を,深く深く,自己鍛錬することから,第一歩を踏み出さねば ならない。それは,人類文化の歴史上では,まだ,誰も知らなかった,新しい <サトリ>に通じる道である。
18,『ホントウのこと』を知らせる勉強法---(九号,p71)
正に,天然自然のいとなみの「相似象」として,恰も,『結晶の進展とか味噌や酒などの発酵』のように,適当な「場」をつくることによって,少しづつ,少しづつ,新しい芽を発生させて行くしか,『ホントウのこと』を知らせる勉強法はあり得ない,ということを,ハッキリとつきとめたのである。---
(九号,p87)---(人間は「試験管ベビー」どころか,雑草の葉一枚,創リ出すことは出来ない。人間に出来るのは,「場つくり」までである。そして,その「場つくり」を,科学の力でいかに整えてみても,昔も今も,十ヶ月を満たねば,マトモな人間の子は生まれず,十年.二十年の酒のコクは,速成はきかない。精神作用も,「アタマ」の方は「一夜漬け」でごまかせても,「ココロ」(ミ)の速成は,決して出来るものではない。)
(九号,p89)---ホントウに知るということは,自分の『わかったモノ』を,他者に,『わからせる』ことが,出来るのでなかれあならなかった。それ故,釈尊.孔子の「悟り」もまだ ホントウの<サトリ>では無く,まだホントウに 救われてはいなかった。
(九号,p91)---『釈尊や孔子の弟子が,師の教えを正しく伝えることが出来なかったのは,師の教え方が悪かったからだ』などと,もし言えば,世人の非難.反感を買うに違
いないし,事実,今まで,誰もそういう言い方はしなかった。師が偉ければ偉い程,弟子はひたすら恭しくかしずいて,後に控えていれば無難であった。実際非凡な師に三人まで出合った筆者も,四十年の間,ただ一すじに師を崇め,自らを卑下するしかなかつた---。その,正真正銘の一介の「凡人」が,天才の師を批判するような事を言いださずにいられなくなったのは,よくよくのことである。それは---,芸術的才能や,学術的業績の上ならいざ知らず,いやしくも人間の「精神的鍛錬」(体験の成熟)という問題を目的とする師弟の間に於いては,「ホントウの師」たるものの偉さ は,『自分の体験を,弟子に伝えることが出来るのでなければならぬ』と,言い切ることの出来る「根拠」を,<カタカムナ>によって,ハッキリと,知り得たからである。(イヤ ヨク ワカリ マシタ--- 16:07 01/08/20)
19,実習は丹念な自然のいとなみの相似象。---(九号,p71)
真の芸術家や職人のしごとは, 実に丹念なもの で,誰の眼にも,天然自然のいとなみの「相似象」を見る思いがするであろう。科学者や技術家の研究も,極めて 丹念な仕事の積み重ね である。何百階の建築も,巨大な橋梁も,叉,宇宙ロケットの打ち上げにも---。一つ一つの過程に,少しのごまかしも許されない。ピアノやヴァイオリンの天才も,子供の頃からの,実に丹念な『「基礎練習の繰り返し」という過渡なしには』,あり得ぬことを否定する者はないであろう。このことは,芸術.科学をはじめ,あらゆる分野で,いかに「独創的な天才」とよばれる人々についても,言えることである。 20,<サヌキ><アワ>の物理。---(九号,p73)百の説法よりも,根本の「物理」を示すのが,ホントウの教育や宗教の役目でなければならなかつた。今私共は,はじめて,自分の直観鍛錬に,<サヌキ><アワ>の物理を追試実験しているわけである。(文献解説の際詳述)21,「考える」と「考へる」---(九号,p73)『「考える」と「考へる」』の感受の違いも,書き分けずにいられぬ筆者の心理すら,微波動を感じ分ける気の無い人々にとっては何の関心も覚えず,『そんな事はどうでもよい。徒に晦渋な文章を弄する』と,うつるであろう。然し『今,自分にとって,自分の直観を鍛える以外に,「緊急に為すべきことは無い」』と,一たび深く認識した者なら,筆者の,拙いながら精一杯の表現を,親身に,読み砕いて下さるに違いない。最後は唯一人でもよい,そういう読者に会い得れば-----という念いでつづり続けている。・『宇野多美恵のココロの波動に触れることが,カタカムナ人の直観に達するミチである。』と,今この時,「考へる」のである。
22,天才者の「バトン」を受けつぐ道---(九号,p93)
何としても,「凡人」によつて,天才の師の「バトン」を 受けつぐ道 が啓かれねばならない。一たび「凡人」が受けつぎ得たら,「凡人」から「凡人」への道は,当然通じるであろう。「凡人」は「凡人」の心を知るからである。(九号,p94),『直観鍛錬の道は難行苦行ではない。』---『人間の純粋な「感受性」や,明晰な「判断力」の発生する条件は,「難行苦行」ではない』と楢崎皐月は観破していた。(『最もウマイ物をいただいて食欲を満たし,豊かなアマウツシを得て生物的な本能を澄まし,人間の智能が,最高度に発揮され得る「場」をつくる知恵を開発しなければ,ホントウの修行(直観鍛錬)は行われるものではない。』(八号二一八頁))
★それ故,「鍛錬」という言い方が,実はそぐわぬもので,もっと何でもない,日常的な
★こまやかな,いとなみであるのだが,問題はそうした天然自然の現象の「相似象」のような,
★丹念な 確かないとなみ を,何年も,繰り返し持続すること が,現代人には困難だと
★いうことである。しかし,そのような過程を経なければ,『体験の成熟』 ということは決して
★あり得ぬことを,「物理」と知り,且つ,いかに努力しても,個人の能力には限度のある
ことをわきまえ,自分の「バトン」をついでくれる者の為に,精一杯の「かけ橋」を,かけておこう,とするしか,道は無いのである。(これは,宇野の心情である。)
23,「発想の転換」とは「成熟」の結果である。---(九号,p94)---・「これは新説」である。「発想の転換」ということが屡々言われているが,それは,「転換」の体験を知らぬ人々の,一方的な表現であって,実は,「成熟」である。充分に成熟すれば,おのずから転換する,という自然現象である。生物の脱皮のように,形態から見ればたしかに「転換」であるが,それは,自然な「成熟」の過程であるのと,「相似象」である。
我々の「心」も,共振波動が増幅され,ある限度に達すれば,おのずからなる「転換」が起きる。それがいかに稀な少数例であっても,そうした転換を体験した人があるということは,人類としての「自然現象」に違いない。且つそれが,人間の「心」の最も見事な成熟状態であることは,凡人の眼にも「何となく」明らかであったから,昔の人は,その現象を,比喩的に,「正覚」とか「悟り」などとよんで崇めたのである。(正覚の究明,八号一六〇頁)楢崎皐月の実験は,古来,偉大な天才者に限られていた,そのような「精神的転換」の現象を究明して,天才の師と,我々凡人との間に,かけ橋をつなぐもの であった。それは,全く過去の難行苦行方式では無く,もっとイキイキした明るい鍛錬方法により,もっと能率よく,人間の体験伝達のリレーのバトンタッチを,実現させようとするものである。(八号一五一頁)・『「発想の転換」とは「成熟」である.』という,この宇野多美恵の説は,「正覚」「悟り」に対する従来の見解を,見事に覆した。何だか,私にも,この「成熟」がやって来るような気がし始めた。「仙道」においては,この「成熟」期間を,五段階用意している。一に斎戒養生門,二に安処制感門,三に存想統覚門,四に坐忘還元門,五に神解自在門である。仙道修行は,十年,二十年,三十年を要しても,なお解決し得ぬ者が多い。
24,天才も凡人も抱擁される天然の物理。---(九号,p96)
今日まで,天才者しか知り得なかったことは,実は,人間であれば,誰でも,「階段さえつけてもらえば,我々凡人にも,知り得ることであった。-----「知ること」は,ものの始まりであり,格別に偉いことでも,何でもなかつた のである。(カタカムナ人は,「知らせること」を,当然の教育としていた。)「知らなかった凡人」は,今日まで,「知っている天才」を,神仏の如くに仰ぐしかなかったか,じつは,誰でも「知っていること」が,「アタリマエ」の社会 が,(<カタカムナ>の世には,)あったのである。そこでは,人々に,「知らせる」ことによって,教育や政治が行われ,つりあいのとれた,様々の,現代科学も及ばぬ程の技術も生まれていた。<カタカムナ>の文献は,我々に,そのスガタを示している。
25,精神のマトモな成熟と,「性」の四相の調和。---(九号,p101)
肉体こそ,「男」と「女」の生まれ直しはできぬが,精神のマトモな成熟 の為には,男.女四相の調和を得ることが最高の条件であることを,カタカムナの世の人々は教えられていた。<サヌキ>(男性)にも「アワ性」が,<アワ>(女性)にも「サヌキ性」が,必ず無いものはない,という四相のサトリ(八号二七五.一九九頁)は,男性にも女性ホルモン,女性にも男性ホルモンがなければならぬ,という現代の科学常識にてらしても頷けるであろう。この「物理」を 体格的感覚によって知り,それに基づき,日々の微波動の次元に於いて,自分自身を,刻々に教えて行く のが,私共の実験である。(・これに類似した行目に, 仙道では「陰陽合徳」,「房中術」というのがある。叉,老子経第四十二章に曰く,「道ハ一ヲ生ジ,一ハ二ヲ生ジ,二ハ三ヲ生ジ,三ハ万物ヲ生ズ。万物ハ陰ヲ負ウテ陽ヲ抱キ,冲気以テ和ヲ為ス。-----」と,ある。)
◎,「『直観の鍛錬向上』にまつしかない」,というのが,楢崎皐月の『最終的結論』である。その言葉に随い,宇野の,「体験伝達の方法論」解説の概要を,25項目にわたり抽出して,記述し,研究してきた。仙道修行に十年も二十年もかかるように,天然自然のように,播種.発芽.生育.開花.結実.収穫と,『成熟』の期間が必要ということが,よく,納得出来た。◎,ここで,第一部から続けてきた「カタカムナ研究」の「総括」を行いたい。
◆総括 
この,楢崎の「最終的結論」,これを,私は私の「カタカムナ研究」の一応の「総括」としての「最終的結語」としたい。楢崎皐月の『最終的結論』とは,『直観の鍛錬向上』である。そのために楢崎は,唯一の後継者宇野多美恵に,死闘四年間の「直観鍛錬」の実験を課して,この世を去る。もっとも楢崎はその死に当たって,<『僕が死んでも少しも困ることはない。直接アマから通信するから,今よりももつと自由にいつでも,一緒にいられる.』『僕は死んでも決して墓などに入らない。真直ぐアマに還つて,直ちに乗りうつる』>と,言い残して去ったのであるが。かくして乗りうつられた宇野多美恵は,師の『最終的結論』に随い,『直観の鍛錬向上』のための『体験伝達の方法論』(相似象誌第九号,前書p3より以降。)を記述し,第十号より「カタカムナ解読」に踏み切り,孤独の死闘に入つて,今日に至つているものと推定される。『直観の鍛錬向上』こそ,楢崎の相似象学の門に入り,「カタカムナ」を解読し,「眼に見えぬもの」の潜象と現象を物理的に解明し,「サトリ」の神秘のブェールを払いのけてその実態を明らかに表現する,唯一の道であると私は確信するに至つた。今後私は,この確信のもとに,『直観の鍛錬向上』を目標に,宇野の「体験伝達の方法論」に随い,日々の努力を続けたいと思う。日々の「直観鍛錬の努力」の結果は,別計画の「カタカムナ辞典」に,記録して行きたいと現在は考えている。それが私の,数十年の仙道修行と数年のカタカムナ研究の結果であり,一日一日の,悔の無い生き方,であると信ずるに至つたからである。
◎,さて,別計画の「カタカムナ辞典」による再出発に当り,現在(10:37 01/08/23)での私が身につけている,「直観の鍛錬」の実態はどんなものか,振り返つてみよう。・先ず直観とは?「ヒラメキ」である。誰にも具わるこの能力は,深浅の度合が甚だしい。深浅に拘わらず,「ヒラメキ」を頂けると言うべきか,獲得すると言うべきか,(ここにも「正反重合」が認められる),どんどん,日常茶飯事に感ずるようになることが,「直観の鍛錬」に当ると思う。ここでは,最高度の「ヒラメキ」について,それを目標にして述べてゆく。「坐忘や坐禅」においては,その意識状態は,大脳の働きが終息して,「無」の状態となる。「無」の実態の表現は,幾種類もあるので,ここでは,芭蕉の俳句を借りて説明する。「古池や 蛙飛び込む 水の音」の句の,「古池」の状態を想像する。神棚の「鏡」も出て来る。「澄み渡る大空」も出て来る。ゲーテのベンドング,釈迦の真正覚,楢崎の『食事も睡眠も受け付けぬ一種の極限状態のもとに,それまでの彼の科学者的な思考には無かつた,彼の理性や意思とは全く異なつた次元からのヒラメキが,次々と発生した。』のときの状態なども相似している。その,「大脳の働きを終息させて,古池の状態に,即ち,意識を保ち,ヒラメキを待機する状態にもってゆくことが,仙道行であり,カタカムナの「直観鍛錬」の行であると思う。その水平面に,ドボンと蛙が飛び込む。その音が「ヒビキ」であり,「ヒラメキ」である,というのが,私の見解。このような「最高度のヒビキ」を直観出来るような意識状態に,日常の自己を持つてゆくことは,稀有の出来事である。カタカムナ図象の「声音符や図象符」を解読出来るのは,こういう意識状態に自己を持つて行くのが,先決だつたのである。それが出来ないでいて,ただ解読にばかり熱中していたのが,この「カタカムナ研究記」だつたのである。今後は,このような「最高度のヒビキ」を到来を念願しながら,それを目標において,普通の「ヒビキ」のキャツチに努力しなければならない。「普通のヒビキ」を,日常の意識状態の中で,則ち,いろいろに錯綜する複雑な物思い(所謂意馬心猿)の中で,「これだ」とどうして見分けることが出来るだろうか。普通には「ピンと来た」という,アレである。それが、本当に「アマ」からの「ヒビキ」であつたと思われるのは,一件が落着してから「あのとき,あゝ思つたが,あの通りしておけばよかつたのに」と後悔するときがある。この時の,あのやわらかな,かすかな思いは,意馬心猿の中では,殆ど,見逃されるときが,私の場合,非常に多いようである。これを,「鈍感」というのであろう。私の場合,この「鈍感」にならないよう努力することが,「直観鍛錬」ではないだろうかと考えて,それを「日常行」として実行している。毎日の,仙道の「坐忘行」のなかで,目覚めの時,湯上り,夢の中,など,いろいろある。これらを,仙道では「第一念」と言つている。こんな努力の他に,基盤となるのは,活気イッパイの肉体,意馬心猿を除去する精神統一,である。このための努力が,また,大変であつた。以上,私の「カタカムナ研究記」は,ここで一応終了して,振りかえってみると,「古池」の中に飛び込んだ蛙の「水の音」のように,果ては,『漣』に終ったようである。・この,『漣』の果てから,私の再出発が出来るかどうか,高齢で余命幾許も無いのに! 「カタカムナ研究」全部終了。
(2001.8.28)
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9:21 01/08/30
・ヒラメキ十四
今朝五時三十分頃,「仙道」の「老子法」を行じていたら,次の事項が浮かび上がつて来た.それは,(2001.8.28)日付きで,一応,「カタカムナ研究」を終了して,一安堵した安らかさの中で,一箇所だけ確信を得たことである。易経の「先天之図」と,カタカムナの「カタカムナとよばれる図」の相似である。

カタカムナ研究
http://www3.ocn.ne.jp/~x484kok8/ktkm8.html







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2021年09月11日

楢崎皐月: 上古代,カタカムナ研究...体験伝達総括

楢崎皐月: 上古代,カタカムナ研究...体験伝達総括
カタカムナ研究
第八部体験伝達...総括
現在時点での問題 (14:26 01/07/14)
1,楢崎が,カタカムナ文献を解読し,カタカナ文字を付記した経緯。
2,「カムヒビキ」十九首,「カムナガラノミチ」百四句の出所。
3,現代物理学と直観物理との関係。
以上の問題点を依然として未解決のまま,第六号に読み入る。

第六号を読み続けていると,p114で止まる。
(3)次に,「ウヅメから発生する粒子現象に関するサトリ」を示すものとして,
タカマクラムカヒツガヒノ
アマウヅメウマシイツツミ
ウキツマリサヌキアワマリ
オメタグヒイカツミマクリ
カラミクミ
この歌詞の出所は?
八十章からなるカタカムナ図象歌詞,カムヒビキやカムナガラノミチの歌詞を探してみたが探し出せない。何処から来たのだろう。
この解読(同じくp114)を読むと,-----
『宇宙球の座には,遠心,近心に向う対立した求心力が,番力によつて親和し,アマの渦巻流を現象せしめている。そして,そのアマウヅメからは,個々の微粒子(イツツミ)が生産
される(ウマシ)。それは,正反配偶(オメタグヒ)の電気素量(イカツミ)磁気素量(マクミ)並びに力の素量(カツミ)を組み込んだ核粒子(陽子.中性子等と呼ばれるウキツマリ)や,電子.正孔(サヌキアワマリ)などである。』則ち,対立する粒子の性質(ソコ.ソギナミ.ナギ)を統一する正反配偶の素量(潜象マリ)の存在を直観した示しである。
要するに,粒子(電子や核子)の持つ対立的な性質は,それぞれの粒子内部構造に「正反配偶の三素量」を組み込んでいるから,環境に応じて,電気にも磁気にも力にも変換しうるというサトリである。-----と,出ている。
この解読表現は,全くの物理科学用語である。カタカムナの上古代には,こんな科学用語やカタカナ語は勿論のこと,その科学的思念も無いはずである。それらとは無関係の思念を古代人は伝達し合つていたと,私には考えられる。
そこでまたまた原点に立還る。
このことに関連して,「相似象誌,第十一号,第五、六首,232頁」には,次の一文がある。
『カタカムナ人は,今我々現代人が使つている日本語は,何も持つていなかつた,ということを,読者はもう一度,よく考えて頂きたい。カタカムナ人は、今,我々が持つている様々な智識は無く,たとえば「脳」という言葉も,「生命」という言葉も,無かつた。
人類としての(われわれ現代人と同等の)基本的な生命力(感受性と判断力)を以つて,自分たちの感受し判断したモノを,四十八のコトバを造つて,表明したのである。それ故,カタカムナのサトリをわかりたいと思えば,我々も,現代人の智識や常識のままで読むのではなく,人間が本来もっていた,最も基本的な正直な感受性と判断力になった気持ちで読むのでなければ,わかりようがないのだということを,もう一度よく考えて(自分自身を逆序して起励して),読み進んで頂きたい。』
(文中,「四十八のコトバを造つて」とあるが,これは勿論,四十八の声音符号のことであつて,四十八のカタカナ文字では無い,ことは,ハッキリ確認しておかなければならない。)
従つて,解読の方法は,楢崎が「カタカナ」文字を『カタカムナ』渦巻き図象に付記する前の,記号のみのカタカムナ文献を,即ち,記号のみを対象として解読すべきではないか,と考えられる。
そこでまたまた,原点に還り,カタカムナの渦巻き図象の,一つ一つの図象符号の,意味の解読に挑戦することにした。物理科学用語やカタカナ文字など知らかつたカタカムナ人に,
その原点に立ち還つて。
その原点,二万年ぐらい前という,上古代に,私が今居るとする。
私は,カタカナも知らなければ,勿論,物理科学用語も知らない,それは,丁度,私の父母のようなものだ。明治初年生まれの私の父母は,本当に,一文不知の尼,入道だつた。明治にさへそんな人がいたのだから,二万年前の私も,父母と変わらなかつたであろう。そんな私の仲間に,偉大な人物がいて,『こんな絵』を創造して,私達に説明したとする。この偉大な,わが日本の先住民族の哲人は,どのような要領で,私に説明してくれたであろうか。
そこが知りたい!そこが,このカタカムナ解読研究のキーポイントとなるであろう!手話のような要領だつたであろうか。天空を,夜空を,天地,森羅万象を指さして,どうしたであろうか。
鋭い直感の古代人は,思念と思念とで,以心伝心したのであろうか。インスピレーションの心境だつたのだろうか。
相似象誌でも探し出せない,私の「直観鍛錬」の不足からだろうか?図形を前にして,上古代人の「感得」をみつめる。何も浮かんで来ない。
■「カタカムナ神社の御神体」について
ヒラメキ第十二
一応投げ出してはみたが,未練心の中に,ヒラメイて来たのは「神秘性」であつた。
「カタカムナ神社の御神体」について
「第十号,カタカムナ文献について,p3」に次のような一文がある。
『電気物理技術研究家,楢崎皐月が,昭和二十四年,(1949),兵庫県六甲山金鳥山中にて,平十字(ヒラトウジ)と名のる老人より「カタカムナ神社の御神体」として伝えられた巻物を,
私共は,カタカムナ文献の原本としている。(三号,八号)』
この「カタカムナ神社の御神体」という,神道的な言葉は,誰が言い出したのか,このことについて,三号,八号をひらいてみよう。
三号,p8---偶々会い得た平十字氏より,カタカムナの御神体として伝えられた巻物によるものである。
---カタカムナ神を祭る平家、食家---
八号,p90---自分は平十字,父はカタカムナ神社の宮司,この巻物は,父祖代々『御神体であるから,見たら目が潰れる』と言われて,厳しく秘匿されて来たものであることを告げ,---
これによると,平十字が,「自分は平十字,父はカタカムナ神社の宮司,」と,カタカムナという言葉を使用しているようであるが,これは「腑に落ちない」。
楢崎がこの巻物を筆写した時は,付記されていなかつたのだから,この時点では,平十字といえども,カタカムナというカタカナを知つている筈が無い。知つていたのなら。楢崎に教えていたであろうし,楢崎の生命を賭しての解読作業も必要が無かつたであろう。
最も科学的であり,神秘性を意識して避け,嫌つている相似象学会が,このような「神秘性の匂い」のある言葉を使用するのは,自己矛盾ではないか。その他にも,神秘的な場面も幾らか出て来る。
2,「決して狐を撃つな」---(平十字の言葉。)
3,フーフーと,遠くを駆けて来た「けもの」が,息をととのえるような気配がしてから---(楢崎のノートから)
4,「憑かれたか,狐でもよしあやし恋彼(平十字)待つこころ,吾をゆさぶる」(楢崎のノートから
5,狐塚に「食糧と酒」を供えた。
6,彼(平十字)の指し示した断崖の辺りには「カタカムナ神社」のかげもなく,「毎年一月十五日は祭礼だから」と言つたその日にも----,ただ,夥しい狐の足跡が,辺りの雪の上に認められるのみであつたという。(第八号,p101)
7,半紙に水飴をベツタリと塗りつけて供えたら,これまた,何度供えても,紙は破らず,いつの間にか舐められてしまう。------この事を平さんに話したら,「あれはオレがやったんだ」といった。「でも姿が見えなかつた」といったら,「よく見りゃ見えるんだ」
8,(この「よく見りゃ見えるんだ」という平十字の言葉は重要な意味があるので,検討してみたい。)
彼(楢崎)はこの時の,平さんが,「よく見りゃ見えるんだが」と言つた,その「よく見える目」の,ナゾを究明する為に,後半生の心血を注いだといえるであろう。(第八号,p100,198,317参照)
■よく見りゃ見えるんだ
ヒラメキ第十三「よく見りゃ見えるんだ」
この平十字の言葉は,突然,この日この時(10:21 01/08/04),
「カタカムナと仙道」との,根本的な繋がりを,ゆくりなくも,再び想起させた。それは,仙道の両翼を形成する「医道」「相道」の「相道」における「気色血色相法」の,奥義,秘儀に該当するものだからである。この奥義に達すれば,仙道修行も完成に近いという程のものである。参考までに,これに触れてみよう。
「気色血色相法」,(仙道語。技法辞典,p50)
「人間の意識は気色となつて人面の現れ,気色は血色に変じ,血色は現実に具体化してくる。気色血色は観念の世界に起こつたことが,現実の世界へ具体化する,中間の動態で,この中間を経て,現実化の成否吉凶を予断することが,取りも直さず「気色血色相法」である。
「よく見りゃ見えるんだ」という眼力養成のためには,能力,努力次第で,数年から数十年を要するし,我々普通人はなかなかに達し難い境地である。
楢崎が,この「よく見よう」」として,努力した状態は,
1,『一体,これほどの沢山の図象符によつて,何が示されているのか?
この○と十字の図象符は,文字かどうかもわからないが,これらの図象符を造つた人々は,何か,よっぽど,言いたいことがあったに違いない。彼らは,一体,何が言いたいのか?
彼らは一体,何がわかったというのか?とにかく,彼らは,よっぽどえらいことをわかったに違いない。しかし,彼らにわかったことを,
私が解らぬ筈はない,何としても,このナゾを解き明かさなければならぬ。この,おびただしい図象符の渦の群と対決して,私なりに精根こめて,孤軍奮闘,苦心惨憺を極めたものでした』と,楢崎皐月は,当時の思い出を筆者に語つている。(第十一号,前書,p3.)
2,『何一つ参考書は無く,誰一人たづねるべき先輩もない。それでも何とかして読みつけねばならなかつた。頼りになるものは,自分自身の感受だけしかない-----』
『こうして表象物や歌にしている以上,何か,わかっていたに違いない。上古代人にわかったものが,私にわからない筈はない----。正直のところ,最後は,もう,意地でやったようなものでした.』
『最初は文字か何かも全くわからなかったが,盧有三の示唆と,そして図象符だつたから,何か,物理的な意味を表してるんじゃないかとヒラメいた。』(第八号,p211)
以上のごとく「見よう」として努力を継続した結果,そのヒラメキの心境が深まり,次のような状態となる。
『その間,彼は,まさしく自分の身でありながら,自分の意志を越えた,一種の「没我」とか「三昧」とか「アポリヤ」といわれるものに近い状態を体験した。そして,食事も睡眠も受け付けぬ一種の極限状態のもとに,それまでの彼の科学者的な思考には無かつた,彼の理性や意思とは全く異なつた次元からのヒラメキが,次々と発生した。そして,何も食べず,眠ることも出来ず,唯,ひたすら,至烈に希求したものは,<アマウツシ>の補給であつた。
一見,従来の神秘思想家の心霊現象(神がかり)にも似た,このような状態が,しかし,それらと峻別される点は,つねに,それが,磨ぎ澄まされた「直観の冴え」に支配されていたことである。』
『自分の意志を越えた,一種の「没我」とか「三昧」とか「アポリヤ」といわれるものに近い状態』とか『理性や意思とは全く異なつた次元からのヒラメキ』とか表現している,
楢崎の深奥の心境については,体験者ごとに異なる表現になることは,当然のことで,仙道の「坐忘の境地」に相似する。その一部,相似する点をのべると,「仙道語.技法辞典,p147」---坐忘とか忘我というのは,頑空や陶酔のような自己忘却状態や
硬直した枯死状態ではなく,宇宙大霊の一部であるとの明確な自覚により,「活気凛として」,天地に遍満する生命の充実感と,何ものにもとらわれない自由自在の境地に,没入するのである。---
「仙道語.技法辞典,p150」---真に坐忘三昧に達する為には,骨格と筋層に狂いがあつてはならない。坐忘の極致は無想,恍惚の状態であり,それは一切の打算を越えて愛しあつた
男女が,陰陽合徳の極致『エントロピー関係』に達した時と同じような境地である。それで坐忘が楽しくてやらずにはおれない状態に心境したら,そのひとのは法身がかたく固まったのであり,やがて出神の可能性が待つている。---
楢崎は,盧有三と出会つてから,その門の入り,仙道修行を僅かの期間ではあつたが,体験しているのだから,「坐忘」の何たるかは知る機会があつたと,推察される。
カタカムナと易経との関係,また,易経の流れの仙道との出会いといい,「一筋の強靭なつながり」を,見落としてはならないと,思う。
以上は,「よく見りゃ見えるんだ」という平十字の言葉についての重要性を,脇道に入り,述べてきたのであるが,この重要性は,また後で必ず述べることとなる。
ここでは,未完の,「カタカムナの神秘性」に戻り,検討を続けていく。神秘性は,狐や狐塚やカタカムナ神社,果ては,平十字その人にも,纏わるものだけでは無い。
楢崎皐月,宇野多美恵二人に関しても,記述されている。
1,狐つきと言われた楢崎
「科学でまだ判らぬ自然発生の問題を追及している」などと言うと,常識人の目には,
「精神異常」としか映らなかつた-----。
これらに関して,楢崎はつぎのように述懐している。(第八号,p102)
「私の思想には飛躍がある。そのわけを織り込まなければ,私の研究の価値はわかつてもらえぬと思うから,はじめは随分説明しようとしたのだが,ナンボー言つても承知しない。こっちも実際奇人とみられても仕方のないところはある。奇人と言えば聞こえはよいが,気狂という事ですよ。こっちは気狂なんかでは断然無いのだが,「常識理性で割り出した砦」から一歩も出ず,相手を理解しようとしないタイプの人間は,トテモ度し難いものです。
家内にしてみれば,科学者なら科学の範囲で物を言つていれば人は信用するのに,偉い学者達を相手に高度の智識を示す反面,全く非科学的なことを,マコトシヤカにやるところは,『どう見ても狐つきだ』価値判断が狂つている。無駄なことに大金を浪費し,経済能力が無い。
いつボロを出し,醜態をさらけ,家族まで大恥をかかされるかと思うとゾオッとする。今のうちに病院に入れた方がよい-----という論理で,夫の欠陥をカバーしてくれてる剣幕だ。
研究グループの人々も僕の精神分裂を助長する一味として蔑み,満州以来の部下の出入りまで禁じてしまつた-----。」
2,楢崎の「死」をめぐつて。
ヨミにカエル相(スガタ)(昇雷と落雷)---(第八号,p112)
1974年7月31日,東習志野に於ける昇雷図。
奇しくも会誌が本回で八号(ヤ,とは,極限,飽和,ヤマト,ヤスラギ,ヤブレの思念)を示しているのも,まさに,考えさせられる現象である。叉,逝去の日が,私共の勉強会の夏休み前の最後の日に当つたお蔭で,勉強会のあと,有志の者がこの世のお別れに赴くことになり,折りしも,津田沼の駅から乗り込んだ自動車の中で,行く手の,東習志野の野から立ち昇る,『もの凄い昇雷のイナヅマ』を目の前にし,かねてその生前に明言されていた(後述します)通り,師のタマの,アマに還るスガタを,まざまざと見せられるかの如き,不思議な体験をしたのである。(口絵参照)-----
この東習志野の野にあらわれたイナヅマは,息を呑むばかりの巨大な,素晴らしい「昇雷」であつた。同行の人々は,凝然と身震いを覚えつつ,生まれて始めての,恐ろしい程の光条にみとれたが,この時のイナヅマは,私共の他にも,師の心に共振をもつ者が,不思議に逢い得ている。
しかもそれだけではなく,翌日の午後,その東習志野の地では,世の常識による葬儀が行われていたが,神泉の地に止まつて,相似象会誌七号の仕上げに打ち込むことを以て,亡き師への至情にかえていた私共の上に,突如,物凄い雷鳴が襲いかかり,これ叉,かねて生前に明言されていた通り,文字通りの「落雷」となつて「乗りうつった」ことを知らされたのである。-----さきに(後述します)と記しておきましたが,ここで述べます。(p114)
(師はいつも,小鳥の羽のような銀髪の,美しい温容に明るい笑みを湛えながら言われた。
『僕が死んでも少しも困ることはない。直接アマから通信するから,今よりももつと自由にいつでも,一緒に入られる.』『僕は死んでも決して墓などに入らない。真直ぐアマに還つて,直ちに乗りうつる』)
(かねて私は,師から,雷には落雷と昇雷のある事を,稲妻の写真を前にこまこまと説明されていた。しかし,まさか,師自身,このようなスガタを,私共の眼前に示されるとは思いもよらぬことであつた。-----)
以上,縷々述べてきた,平十字や楢崎皐月に纏わる「神秘性」については,楢崎,宇野も自認していることだが,ここに至り,これが,この「カタカムナ研究」のキーポインントであることが判明したのである。私はさきに,この第八部の冒頭に,---
■カタカムナ解読
『現在時点での問題 (14:26 01/07/14)
1,楢崎が,カタカムナ文献を解読し,カタカナ文字を付記した経緯。
2,「カムヒビキ」十九首,「カムナガラノミチ」百四句の出所。
3,現代物理学と直観物理との関係。』---
と述べていたが,この中の第一項がそれで,これを氷解してくれたのである。則ち,楢崎が,カタカムナ文献を解読するまでには,この「神秘性」が,一枚加わつていた,
ということである。曰く,---
『---この,おびただしい図象符の渦の群と対決して,私なりに精根こめて,孤軍奮闘,
苦心惨憺を極めたものでした』---
『---その間,彼は,まさしく自分の身でありながら,自分の意志を越えた,一種の「没我」とか「三昧」とか「アポリヤ」といわれるものに近い状態を体験した。そして,食事も睡眠も受け付けぬ一種の極限状態のもとに,それまでの彼の科学者的な思考には無かつた,彼の
理性や意思とは全く異なつた次元からのヒラメキが,次々と発生した。(第八号、p214)---』
狐(狐についての仙道的見解あり)から始まり,楢崎の昇雷死現象に至るまでの神秘性は,神秘性を最も避けている相似象学会にとつては,自己矛盾になるが,しかし,これは,これ
なしには,楢崎の文献解読も,実現しえなかつたと推定されるものである。この「神秘的な心境」の表現については,これまた各人各様で,今後とも,自由自在であろう。
ただし,それが,真実とかけ離れていれば,ただちに看破されるだろう。これこそ『少数者のみ達することの出来る心境』だからである。
少数者と言えば,キリスト,釈迦,老子などを初めとして,神秘性を持てる宗祖聖賢も相当数歴史に見える。実際に,悟りとか,超能力とかは,このような,肉体的心境に到達し得てはじめて可能なのである。
「解読はこのような肉体的心境に到達してからのことである。」(10:43 01/08/07)
私が今まで解読のため,いろいろと,試行錯誤してきたのもむべなるかなである。私自身が,このような肉体的心境に到達し得ずして,解読し得ようと無理を行つたからである。従つて,今までに述べてきたような,次の諸点,疑問点は,この時点で全く氷解した。
1,『四十八の声音の思念を身に付けること』この具体的方法はどんなものか?
2,私の「直観鍛錬」の不足からだろうか?
3,楢崎は,この『こんな絵』を見詰めながら,よくぞ,カタカナ文字をそれぞれの記号に,配置し得たものである。その要領が知りたい。
誰でも彼でも,そう簡単に,『登れる山』ではないのである。この山に登る道は,各人各様である。
○,カタカムナでは,楢崎が先に述べたように,「ある極限的な肉体的心境」に入つている。
○,仙道で言えば,「真智圏」に入ることである。
○,キリストも,釈迦も,ゲーテもその他の諸聖賢も,それぞれの道から「目に見えない山」に登つている。
「それぞれの山」については「教行信証」に,---
『光明寺の観経義にいはく,-----しかるにわが所愛は,すなはちこれわが有縁の行なり,すなはちなんぢが求むるところにあらず。なんぢが所愛は,すなはちこれなんぢが有縁の行なり,またわれの所求にあらず。このゆえに,おのおの所楽にしたがふて,その行を修す
るものは,かならずとく解脱をうるなり。行者まさにしるべし,もし解を学ばんとおもはば,凡より聖にいたるまで,乃至佛果まで,一切さわりなし,みな学ぶことをうるなり。
もし行を学ばんとおもはば,かならず有縁の法によれ。すこしき功労をもちゐるに,おほく益をうればなりと。-----』
---と,出ている。
カタカムナ解読のため,「ある極限的な肉体的心境」に入ることを,一つ「行」と考えれば,「かならず有縁の法による」ことが必要かと思う。従つて,楢崎はその「有縁」の,「物理
学者」として,物理学用語をもつて表現したのは,最善の法であつた。物理学の素養のない自分には,どんな登山道があるのだろうか。釈尊の真正覚,ゲーテのベンドング,楢崎の「ある極限的な肉体的心境」,仙道の「真智圏」などいろいろあるが,仙道の「真智圏」に触れてみよう。
『「仙道語.技法辞典」,p204---
「人智圏(感覚形象界)に対する語で,大法界のこと。真智圏は,無始無終,無差別、平等,清浄,無垢,無限,無尽蔵,一切秩序法則の原点,陰陽未分の玄界をいい,ここが思考の発生源になつたらその人の心眼には,一切衆生が均しく如来の法輪が展開したものとして
写り,迷える衆生は一人もいないことになる。
「相道巻三,p3---人間の霊交活動は霊能,霊感,霊媒の三種である。このうち前二者の活動する世界が真智圏であつて,特に霊能者が霊能活動に入るとその意識は全面的に真智圏に占入する。霊能者は普通の人間活動をしている時でも,意識の三分の二は真智圏にある。意識の世界は真智圏の他に動物活動圏(狐、蛇など)と人智圏がある。』このように比較検討してみると,キリスト、釈迦,ゲーテ,楢崎等は皆,仙道的に表現すれば,
「真智圏」に入つた「霊能者」であることが分る。
これをカタカムナ的表現でいえば,こうなる。
1,「科学者なら,科学的な証明を示せ」と迫り,彼の発言を誹謗してやまぬ人々との,空しい論争を避ける道は,要するに,唯々,「心ある人々の,『直観の鍛錬向上』にまつしかない」,というのが,楢崎皐月の『最終的結論』となつた。(第八号,p78)
2,いつの世にも,真理の発見者は,『高度の直観の人』であつた。その直観力を,無意識のままに任せず,「人間の直観は意識して鍛錬しなければならぬものである」という物理を立て,その鍛錬方法を示し,身を以て実験したのが,楢崎皐月である。(同,p80)
(『高度の直観の人』につては,仙道では,「生物としての正しい姿勢を取り戻し,『最高の本能』即ち元神の眼を開く他無い」と表現している。)
3,「よく見りゃ見えるんだ」この平十字の言葉の,「見える目」を習得するスベについて。『体験伝達の方法論』(第八号,p154)に,次のように述べている。
A,サトリとは,いつの世にも本人一個のものである。(本人自身がサトラぬかぎり,他人から如何とも為し得ぬものである)---
B,だが,私共が,「体験伝達の方法論」というのは,サトリ得る根拠を理学的に(神秘思想によらず,普遍的な物理として)示し,それを,サトリ易い環境条件を整えて,他人に伝授する,そのような方法のことである。(第九号以下に詳述)--
A,のサトリの状態とは,先に述べて楢崎の,『その間,彼は,まさしく自分の身でありながら,自分の意志を越えた,一種の「没我」とか「三昧」とか「アポリヤ」といわれるものに近い状態を体験した。そして,食事も睡眠も受け付けぬ一種の極限状態のもとに,それまでの
彼の科学者的な思考には無かつた,彼の理性や意思とは全く異なつた次元からのヒラメキが,次々と発生した。』ということであろう。これもヒラメキの一種であり,「体験伝達の方法論」の伝達する体験の内容もまたヒラメキである。
唯々,「心ある人々の,『直観の鍛錬向上』にまつしかない」,というのが,楢崎皐月の『最終的結論』となつた。(第八号,p78)
いつの世にも,真理の発見者は,『高度の直観の人』であつた。その直観力を,無意識のままに任せず,「人間の直観は意識して鍛錬しなければならぬものである」という物理を立て,その鍛錬方法を示し,身を以て実験したのが,楢崎皐月である。(同,p80)その「人間の直観は意識して鍛錬しなければならぬものである」という鍛錬方法を,次に紹介する。
「体験伝達の方法論」(相似象誌第九号,前書p3より以降。)
誰かが,しなければならぬのは,個人(高度の直観の人)の深刻な体験によつて獲得した知恵を,普遍的な物理に抽象して,伝えることである。「物理」として示されていれば,誰でも,自分の「経験」を,自己認識にもって行き,共通の精神波動に達することが出来るからである。
1,根拠をつきつめよ。---(九号,p8)
何事も「根拠」を掴むところまでつきつめねば「ホンモノ」ではない。「根拠」をつきとめることによって,「欠点お改める」ことも,「美点を伸ばす」ことも,叉,「発想の転換」も「独創」も,始めて確かな「場つくり」が可能となる。
2,<カタカムナ>の山に登る者の条件。---(九号,p9)
アタマの良さでも,智識の高さでもない。唯,心から,自分自身の内心の問題を,つきつめて来た者でなければ,この長く厳しい道中の,根気が続くものではない。
a,「直観力」の鍛錬を,自分自身の,人生の最高の目的と考える者であること。
b,現代科学.現代文明なるものに対する,根本的な疑念を,深く感じている者であること。
c,今までのいかなる宗教.哲学.道徳にも,叉,芸術によっても,真に,生命の満足感(心の救い)を得られなかった者。
d,かねて,「日本語」(日本文化)というものの特殊性に気付き,その「特殊性」の起源に,関心を抱いて居り,<カタカムナ>に出合って,真に,驚くことの出来る「感受性」をもつ者。
e,やがて読者の中から,もっと直観の鋭い,能力の高い人が出て,楢崎皐月の遺志に,真にふさわしいものにして,世に出して頂ける日を,心から念じている。
---拙い文章に。今は、こめるしかない<カタカムナ>の<ヒビキ>を,読者の直観力に縋つて汲みとって頂く為に,会誌は,くれぐれも,疲れた夜の頭では無く,新しい朝の,冴えた眼で読むことを,どうか,もう一つの「条件」に加えて頂きたい。(第九号,p15)
3,会誌の用語について。---(九号,p25)
同等の体験者の間なら,文学的表現でも響き合うが,例えば「融通無碍」という言葉が,「潜象」の存在の,「自由な無限さ」を表現するに適しいと思っても,理学的な説明にとり入れると,もう,その意味の内容は伝わらず,漠とした別の概念におきかえられ,
その観念の方が,一般化しているのである。筆者の使う「環境」とか「潜象」「感受性」「直観」「物理」等という言葉についても同様のことが言えるのであって,(例えば,「環境」について言えば,それは,我々の
生命現象をはじめ,科学で今猶「謎」とされている『鳥の渡り』や鮭の『生まれた川への遡り』等の現象の解明も,この環境---上古代語では<オトワヤマ>---の「物理」の究明に,またねばならぬ筈のものでる。)
それ故,ただ「環境」とか「直観」等と言ったのでは誤解を生み易く,それを避ける為には,もっと微波動のきいた物理的な表現が必要である。(そして,そのような<H2>微波動を感じ分ける能力を養成する方法</H2>が示されねばならぬ,ということになってゆくのである。)
しかし,ここで,いかに言葉をつくして説明しても,所詮,正当な理解は得られず,かえって,微波動のきいた表現をすればする程,わかり難く感じさせるという,逆効果しかないのかも知れない。今は唯,読者の「カン」にすがるしかないが,やがて,文献の解読が進むにつれ,一般概念との違いを,ハッキリと認識されるであろう。
会誌の文章(表現の苦心)---(九号,p10)
<カタカムナのサトリ>は,現代科学で言えば,量子力学や相対性理論を超え,哲学では,弁証法やウバニシャッドを超えたものであるから,従来の哲学や理学の論文よりも,難解な表現をとるのが順当であろう。しかし私達の会誌は,いかに高度な内容も,友人と話をするような,平易な,日常的な用語で表現すべきであると,心している。(p11,12参照)
4,現代人の脳の眠っている部分。---(九号,p12)
現代人の脳細胞は,多くの部分が使わずに眠っていると言われるが,おそらく,現代科学や哲学に於いて未解明の問題は,(「生命」.「精神」の分野の物理は)その,眠っている部分の(則ち,人類の機能として与えられ,そしてカタカムナ人たちは鍛え使っていたに違いない部分)の再開発によって,研究の緒につくのではないかと思われる。---(p12)
楢崎皐月の実験は,いわば,この「眠っている分野」(科学では未解明の分野)に,再開発の鍬を入れるものである。---(p13)
今、私共が,最も関心を集中しているのは,この,自分自身の内にありながら『眠らせている脳』,則ち,命令系統が異なる為に,使われていない脳の部分の,再開発の問題である。---(p14)
【この「眠っている脳」については,仙道に「腹脳」という見解がある。
全く相似しており,その対象も,機能も,重大性も同一で,「存在の根源」に関する問題である。但し,人体内における存在場所が,一つは頭部に、一つは腹部にありとされている点が異なるが,現在,活動している大脳に対する「命令系統は異なる」という点では一致している。「腹脳」は,自律神経系統とされている。】
4a,(−)エントロピー。---(創刊号,p53)
夫婦や愛人たちは,美感電圧地やイヤシロチの大樹の下などで,できるだけ性の交換栄養をとる事が,最高の心身の健康法になることをわきまえるべきである。静かな恍惚の境にあそびつつ,そのうっとりとした状態のままで,一方では二重思考が働いて,大脳はすばらしい活性状態となり,平素どうしても思い浮かばぬようなアイデアが発生する。
5,「バトン」を受け継ぐ者。---(九号,p15)
<カタカムナ>の解読の為の鍛錬のバトンを受け継いだ者は,筆者一人以外にない
のだから,<カタカムナ>に関心を持たれる読者には,辛抱して読んで頂くしかない。
6,読者も述者も自己起励しつつ。---(九号,p26)もし現代人の常識が,マ違いの無いものなら,何も苦労して,上古代人の<サトリ>を持ち出す必要はない。現代人の理性的な概念には,もう失ってしまつたモノ,しかし,その認識なしには,生物としての本来の生命を,全うすることの出来ぬモノ,それを,
私共は,今,カタカムナ人の言葉から,聴き出さねばならないのである。それ故,<カタカムナ>の解説は,従来の書物の常識的な論理で,幾つかの(註)を入れただけでは無理で,縦横,立体的に,示されねばならない。しかし,平面的な書物の形をとらねばなぬ以上,<カタカムナ>の解読は,少なくとも,
日本古来の絵巻物を展開するように読者も述者も,カタカムナのサトリの<マワリテメグルの>渦巻のように,自転.公転を繰り返しつつ自己起励し,その都度,過去の自己の固有振動には無かった,新しい心の波動を励発させて行かねばならない。
それによつて,カタカムナ人の心の波動に,少しづつ,少しづつ,共振し,相似して行く,という,持続的な努力と,植物的な忍耐を要する仕事なのである。(その一助として「註の目次」を参照されたい。)
7,共振波動.高調波
「共振波動」とか「高調波」とか「アマ波動量」「大脳二次波動」等という私共の表現は,<ヒビキ>という上古代語の思念に馴染まぬ読者には,意味が充分に通じないかもしれぬが,---(それは,最先端を行く生物学者が「宇宙リズム」「生体内時計」「生の達観得」などとよんで,指向しているものの「物理」を示す用語である。)---やがて,文献解読が,進むにつれ,実感を以て,追体験的に納得されるであろう。
一芸一道に達した人々の言葉をきく時,---技術が少しでも高度になると,『指先でなく,「カラダ」で弾きなさい』『アタマではなく「ココロ」で弾きなさい』『「ミ」を入れて』『「キ」」をこめて』『「ハラ」におさめて』等という表現になり,言う方も聞く方も,
「何となく(赤字にすること)」わかり,「マ」に合せているが,少なくとも我々の日本語には,「ミ」とか「キ」トカ「マ」のように,唯の一音で,「何となく」彼らの言いたいことを示す言葉が残つている。
8,諸行無常の中で唯一つ残るモノ---(九号,p28)
生まれながらの「固有振動」に食い入つた,「ミ」についた「波動」は,もうその人の生涯,忘れようとしても決して消えぬ保有量となつて,夢の中とか,無意識の領域にも定着し,「年の功」ともなり,それぞれの「人柄」を,形づくつて行くものとなるのである。叉,そのような精神波動(ヒビキ)は,『肉体が風化した後も,物理現象として,環境に残存する。---(心のどん底に受け止めたということ)』
9,自己変革の物理---(九号,p29)
私共は,確信を以て,『先ず,十年,かけてみてくれ』と言つている(註26参照)。---
10,「アタマ」と「ココロ」の平衡的発達---(九号,p32)
「生命」(イノチ)と「精神」(「アタマ」と「ココロ」)の,正しい扱い方,言い換えれば,それは,『「アタマ」と「ココロ」の平衡的発達による生命活動の充実』の問題であり,「生まれながらの固有振動の高調による自己変革の『物量」に支配されるものである。そしてそのことが,一旦,「物理」として「認識」に納得されさえすれば,その後の,
めいめいの「アタマ」と「ココロ」の鍛錬の具体的方法は,いくらでも,生み出せるものである。(赤字のこと)---叉,めいめいの「波動量」は,より多く持つ者には,より少ない者の保有量が,極めて明らかに,感知されるものである。なぜなら,それは,物理的な共振量の差異(ヒビキ方の
違い)として,言葉や態度の上に。正直に表れるものであるから,例えば風景にしても,下から上のものは見えぬが,高い所から見れば,一目瞭然であるのと同様に,体格的な正確さで,わからずにいないものである。昔から,「禅問答」や「真剣勝負」の場などで,『何となく』知られていた事実を,「物理」として裏書するものである。
『「仙人」とは「山上の人」である。山の上から見れば,「俗人」則ち「谷の人」の状態がよく分る。と,いう,仙道の見解とよく一致している.』
11,自分の「アタマ」と「ココロ」の使用法---(九号,p33)
専門の仕事を修得する為には,微に入り細を穿った勉強方が研究され,そしてそれをマトモに鍛錬しなければ,一人前になれぬ,ということを認めぬ人は無い。しかし,どんな専門家でも,有名人でも,叉我々無名の凡人でも,それぞれの職業や身分よりも以前に,そもそも人間として生命を保つ上に,時々刻々,何をおいても必要な,「アタマ」と「ココロ」の『使用法については』ピアノの教授法や,拳闘の訓練法ほどの,確かな鍛錬法も研究されていなかつた,ということは,思えば不思議な現象ではないか。
宗教や哲学は,昔から,明らかに,その方向を狙うものであったに違いない。殊に釈尊.孔子.キリスト.ソクラテス等の,聖人とよばれる人々は,ひたすらその道を求めた天才であった。しかし,何を基準にすべきかという根拠把みきれなかった為に,自分ではわかっていながら,人類の方向を正すだけの,教えを示すことは出来なかつた。
12,二十世紀の「潜象物理」と「人間学」---(九号,p35)
私共は,もはや,世の批判や誤解や,叉は無視にもひるまず,この,人間の「生命」と「精神」の問題をつきつめ,『「ココロ」と「アタマ」の鍛錬法の実験』を進めて,「相似象」の会誌を,「潜象物理」と「人間学」の研究書として,二十世紀の人類文化の一隅にとどめ,共振を得られる読者と共に,後世の知己をまつしかない,というところに来ている。---
(p36)直観の鋭い読者は,図象符に付した楢崎皐月のカタカナ訳だけで,どこまで上古代語の意味が味わえるか?---試してみて頂きたい。
(この一文から,上古代語の味わい方に,次の三段階があることが考えられる。
1,図象符だけで上古代語の意味を味わう。---楢崎の直観のように。
2,図象符に附したカタカナ語をたよりに味わう。---読者の独力で。
3,宇野の解読をたよりに味わう。---宇野の解読に随う。)
13,抽象図象の解読法---(九号,p44)
彼等(カタカムナ人)の言葉が,,図象符で示されていたことが,解説を一そう困難にしたのだが,最後的には,それが救いとなった。象形文字や符号なら,現代人の思考で類推することも可能だが,手がかりは,これらの不思議な図象しかない。そこに托された意味を,何とかして知りたい,と思えば,結局,この抽象図象を工夫した人の心に,ヒビキ合う波動を,こちらも持つしかない。数千年来,誰にも出来なかったこの事は,
しかし,全く不可能なことでは無かった---。カタカムナ人の心も我々後代人の心も,本質的には異なるものではなかったのである.その証拠のように,私共の心が,共振波動に達した時,それは,まるで霧の晴れるようにナゾが解け,そして,もつれた糸をほぐすように,少しづつ,関連用語や,前後の歌詞の脈絡にピントが合っ来て,それぞれの意味が,ハッキリと浮き上ってくるのである。もしどこかにマ違いや曖昧さがあった場合は,やがてスジが通らなくなる。その正直さは,物理化学の実験に同じく,それこそ,私共の「直観鍛錬の実験」の最高の場である。」
14,日本文化の真の根拠---(九号,p47)
<カタカムナ>文献の解読を,最も喜んで受け容れられるのは,他ならぬ,富永老師に違いないことを,私共は確信している。なぜなら,老師の八十余年の生涯をかけて,死の際まで求め抜いた,日本文化の真の「根拠」が,ここに,明示されていたからである。
しかし,その<カタカムナ文献>が,老師によらず,楢崎皐月によつて発見された,ということには,叉,当然の理由があつた,と今にして思われる。
なぜなら,<カタカムナ>の解読には,「現代科学の最高度の素養」という裏付けが,必須の条件だったからである。
15,「イザという時,」---(九号,p52)
「イザという時」,自分の生命を守るものは,「jasマーク」でも「コンプューたー」でも,「医者」でも無く,「智恵」でも「組織」でもない。民族の発祥以来,伝統として受け継がれた「知恵」によって,めいめいの生命の「感受性」を鍛える,という大原則を
忘れた者は,一寸した異変にも,対処するスベを知らず,ジタバタ運動を起こす夏の虫のように,もろくも亡んで行くのである。いかに高度の智識.経験があつても宝の持ち腐れに等しい。
16,楢崎皐月の「実験」---(九号,p64)
世に優秀な学者.研究家は多いが,楢崎皐月の試みた「実験」こそ,かって,人類の経験に比類をみぬものだとは,誰が知るであろう。唯,私共が,肝に銘じているのみである。
「カタカムナ」は,楢崎皐月の天才をして,『三つ子の魂』から打ち込んで来た科学の研究を抛っても,何としても伝えねばならぬ,と決意させるに足る『より価値高いもの』であつた。
しかしながら,この判断が,果たして,彼の,独りよがりの,見込み違いの,つまらぬ事件に過ぎぬものであつたかどうか------,歴史の審判にまつしかない。
17,文献解読.解説の困難さ---(九号,p67)
事に当って必要なのは,悲愴な「覚悟」でも,使命感の「緊張」でもなく,行き届いた「配慮」と,自由な「技術」である。殊に,在来の神秘思想でも科学手段でも歯の立たぬ<カタカムナ>の山へは,最も適切な道をたどらねばならぬ。
楢崎皐月は,その為に,「直観鍛錬」の実習方法を開発した。<カタカムナ>の山に向う者は,先ず,この,直観鍛錬の必要を,深く深く,自己鍛錬することから,第一歩を踏み出さねばならない。それは,人類文化の歴史上では,まだ,誰も知らなかった,新しい<サトリ>に通じる道である。
18,『ホントウのこと』を知らせる勉強法---(九号,p71)
正に,天然自然のいとなみの「相似象」として,恰も,『結晶の進展とか味噌や酒などの発酵』のように,適当な「場」をつくることによって,少しづつ,少しづつ,新しい芽を
発生させて行くしか,『ホントウのこと』を知らせる勉強法はあり得ない,ということを,ハッキリとつきとめたのである。---
(九号,p87)---(人間は「試験管ベビー」どころか,雑草の葉一枚,創リ出すことは出来ない。人間に出来るのは,「場つくり」までである。そして,その「場つくり」を,科学の力でいかに整えてみても,昔も今も,十ヶ月を満たねば,マトモな人間の子は生まれず,十年.二十年の酒のコクは,速成はきかない。精神作用も,「アタマ」の方は「一夜漬け」でごまかせても,「ココロ」(ミ)の速成は,決して出来るものではない。)
(九号,p89)---ホントウに知るということは,自分の『わかったモノ』を,他者に,『わからせる』ことが,出来るのでなかれあならなかった。それ故,釈尊.孔子の「悟り」もまだホントウの<サトリ>では無く,まだホントウに救われてはいなかった。
(九号,p91)---『釈尊や孔子の弟子が,師の教えを正しく伝えることが出来なかったのは,師の教え方が悪かったからだ』などと,もし言えば,世人の非難.反感を買うに違いないし,事実,今まで,誰もそういう言い方はしなかった。師が偉ければ偉い程,弟子は
ひたすら恭しくかしずいて,後に控えていれば無難であった。実際非凡な師に三人まで出合った筆者も,四十年の間,ただ一すじに師を崇め,自らを卑下するしかなかつた---。
その,正真正銘の一介の「凡人」が,天才の師を批判するような事を言いださずにいられなくなったのは,よくよくのことである。それは---,芸術的才能や,学術的業績の上ならいざ知らず,いやしくも人間の「精神的鍛錬」(体験の成熟)という問題を目的とする
師弟の間に於いては,「ホントウの師」たるものの偉さは,『自分の体験を,弟子に伝えることが出来るのでなければならぬ』と,言い切ることの出来る「根拠」を,<カタカムナ>によって,ハッキリと,知り得たからである。
(イヤヨクワカリマシタ---16:07 01/08/20)
19,実習は丹念な自然のいとなみの相似象。---(九号,p71)
真の芸術家や職人のしごとは,実に丹念なもので,誰の眼にも,天然自然のいとなみの「相似象」を見る思いがするであろう。
科学者や技術家の研究も,極めて丹念な仕事の積み重ねである。何百階の建築も,巨大な橋梁も,叉,宇宙ロケットの打ち上げにも---。一つ一つの過程に,少しのごまかしも許されない。ピアノやヴァイオリンの天才も,子供の頃からの,実に丹念な『「基礎練習の繰り返し」という過渡なしには』,あり得ぬことを否定する者はないであろう。このことは,芸術.科学をはじめ,あらゆる分野で,いかに「独創的な天才」とよばれる人々についても,言えることである。
20,<サヌキ><アワ>の物理。---(九号,p73)
百の説法よりも,根本の「物理」を示すのが,ホントウの教育や宗教の役目でなければならなかつた。今私共は,はじめて,自分の直観鍛錬に,<サヌキ><アワ>の物理を追試実験しているわけである。(文献解説の際詳述)
21,「考える」と「考へる」---(九号,p73)
『「考える」と「考へる」』の感受の違いも,書き分けずにいられぬ筆者の心理すら,微波動を感じ分ける気の無い人々にとっては何の関心も覚えず,『そんな事はどうでもよい。
徒に晦渋な文章を弄する』と,うつるであろう。然し『今,自分にとって,自分の直観を鍛える以外に,「緊急に為すべきことは無い」』と,一たび深く認識した者なら,筆者の,拙いながら精一杯の表現を,親身に,読み砕いて下さるに違いない。最後は唯一人でもよい,そういう読者に会い得れば-----という念いでつづり続けている。
『宇野多美恵のココロの波動に触れることが,カタカムナ人の直観に達するミチである。』
と,今この時,「考へる」のである。
22,天才者の「バトン」を受けつぐ道---(九号,p93)
何としても,「凡人」によつて,天才の師の「バトン」を受けつぐ道が啓かれねばならない。一たび「凡人」が受けつぎ得たら,「凡人」から「凡人」への道は,当然通じるであろう。「凡人」は「凡人」の心を知るからである。
(九号,p94),『直観鍛錬の道は難行苦行ではない。』---『人間の純粋な「感受性」や,明晰な「判断力」の発生する条件は,「難行苦行」ではない』と楢崎皐月は観破していた。
(『最もウマイ物をいただいて食欲を満たし,豊かなアマウツシを得て生物的な本能を澄まし,人間の智能が,最高度に発揮され得る「場」をつくる知恵を開発しなければ,ホントウの修行(直観鍛錬)は行われるものではない。』(八号二一八頁))
それ故,「鍛錬」という言い方が,実はそぐわぬもので,もっと何でもない,日常的なこまやかな,いとなみであるのだが,問題はそうした天然自然の現象の「相似象」のような,丹念な確かないとなみを,何年も,繰り返し持続することが,現代人には困難だということである。しかし,そのような過程を経なければ,『体験の成熟』ということは決して
あり得ぬことを,「物理」と知り,且つ,いかに努力しても,個人の能力には限度のあることをわきまえ,自分の「バトン」をついでくれる者の為に,精一杯の「かけ橋」を,かけておこう,とするしか,道は無いのである。(これは,宇野の心情である。)
23,「発想の転換」とは「成熟」の結果である。---(九号,p94)---「これは新説」である。「発想の転換」ということが屡々言われているが,それは,「転換」の体験を知らぬ人々の,一方的な表現であって,実は,「成熟」である。
充分に成熟すれば,おのずから転換する,という自然現象である。生物の脱皮のように,形態から見ればたしかに「転換」であるが,それは,自然な「成熟」の過程であるのと,「相似象」である。
我々の「心」も,共振波動が増幅され,ある限度に達すれば,おのずからなる「転換」が起きる。それがいかに稀な少数例であっても,そうした転換を体験した人があるということは,
人類としての「自然現象」に違いない。且つそれが,人間の「心」の最も見事な成熟状態であることは,凡人の眼にも「何となく」明らかであったから,昔の人は,その現象を,
比喩的に,「正覚」とか「悟り」などとよんで崇めたのである。(正覚の究明,八号一六〇頁)
楢崎皐月の実験は,古来,偉大な天才者に限られていた,そのような「精神的転換」の現象を究明して,天才の師と,我々凡人との間に,かけ橋をつなぐものであった。それは,全く過去の難行苦行方式では無く,もっとイキイキした明るい鍛錬方法により,もっと能率
よく,人間の体験伝達のリレーのバトンタッチを,実現させようとするものである。(八号一五一頁)
『「発想の転換」とは「成熟」である.』という,この宇野多美恵の説は,「正覚」「悟り」に対する従来の見解を,見事に覆した。何だか,私にも,この「成熟」がやって来るような気がし始めた。
「仙道」においては,この「成熟」期間を,五段階用意している。一に斎戒養生門,二に安処制感門,三に存想統覚門,四に坐忘還元門,五に神解自在門である。
仙道修行は,十年,二十年,三十年を要しても,なお解決し得ぬ者が多い。
■総括
24,天才も凡人も抱擁される天然の物理。---(九号,p96)
今日まで,天才者しか知り得なかったことは,実は,人間であれば,誰でも,「階段さえつけてもらえば,我々凡人にも,知り得ることであった。-----「知ること」は,ものの始まりであり,格別に偉いことでも,何でもなかつたのである。
(カタカムナ人は,「知らせること」を,当然の教育としていた。)
「知らなかった凡人」は,今日まで,「知っている天才」を,神仏の如くに仰ぐしかなかったか,じつは,誰でも「知っていること」が,「アタリマエ」の社会が,(<カタカムナ>の世には,)あったのである。
そこでは,人々に,「知らせる」ことによって,教育や政治が行われ,つりあいのとれた,
様々の,現代科学も及ばぬ程の技術も生まれていた。<カタカムナ>の文献は,我々に,
そのスガタを示している。
25,精神のマトモな成熟と,「性」の四相の調和。---(九号,p101)
肉体こそ,「男」と「女」の生まれ直しはできぬが,精神のマトモな成熟の為には,男.女四相の調和を得ることが最高の条件であることを,カタカムナの世の人々は教えられていた。
<サヌキ>(男性)にも「アワ性」が,<アワ>(女性)にも「サヌキ性」が,必ず無いものはない,という四相のサトリ(八号二七五.一九九頁)は,男性にも女性ホルモン,
女性にも男性ホルモンがなければならぬ,という現代の科学常識にてらしても頷けるであろう。
この「物理」を体格的感覚によって知り,それに基づき,日々の微波動の次元に於いて,自分自身を,刻々に教えて行くのが,私共の実験である。
(これに類似した行目に,仙道では「陰陽合徳」,「房中術」というのがある。
叉,老子経第四十二章に曰く,「道ハ一ヲ生ジ,一ハ二ヲ生ジ,二ハ三ヲ生ジ,三ハ万物ヲ生ズ。
万物ハ陰ヲ負ウテ陽ヲ抱キ,冲気以テ和ヲ為ス。-----」と,ある。)◎,「『直観の鍛錬向上』にまつしかない」,というのが,楢崎皐月の『最終的結論』である。
その言葉に随い,宇野の,「体験伝達の方法論」解説の概要を,25項目にわたり抽出して,記述し,研究してきた。仙道修行に十年も二十年もかかるように,天然自然のように,播種.発芽.生育.開花.結実.収穫と,『成熟』の期間が必要ということが,よく,納得出来た。
◎,ここで,第一部から続けてきた「カタカムナ研究」の「総括」を行いたい。
この,楢崎の「最終的結論」,これを,私は私の「カタカムナ研究」の一応の「総括」としての「最終的結語」としたい。
楢崎皐月の『最終的結論』とは,『直観の鍛錬向上』である。そのために楢崎は,唯一の後継者宇野多美恵に,死闘四年間の「直観鍛錬」の実験を課して,この世を去る。もっとも楢崎は
その死に当たって,<『僕が死んでも少しも困ることはない。直接アマから通信するから,今よりももつと自由にいつでも,一緒にいられる.』『僕は死んでも決して墓などに入らない。
真直ぐアマに還つて,直ちに乗りうつる』>と,言い残して去ったのであるが。かくして乗りうつられた宇野多美恵は,師の『最終的結論』に随い,『直観の鍛錬向上』のための『体験伝達の方法論』(相似象誌第九号,前書p3より以降。)を記述し,第十号より
「カタカムナ解読」に踏み切り,孤独の死闘に入つて,今日に至つているものと推定される。
『直観の鍛錬向上』こそ,楢崎の相似象学の門に入り,「カタカムナ」を解読し,「眼に見えぬもの」の潜象と現象を物理的に解明し,「サトリ」の神秘のブェールを払いのけてその実態を明らかに表現する,唯一の道であると私は確信するに至つた。
今後私は,この確信のもとに,『直観の鍛錬向上』を目標に,宇野の「体験伝達の方法論」に随い,日々の努力を続けたいと思う。
日々の「直観鍛錬の努力」の結果は,別計画の「カタカムナ辞典」に,記録して行きたいと現在は考えている。それが私の,数十年の仙道修行と数年のカタカムナ研究の結果であり,一日一日の,悔の無い生き方,であると信ずるに至つたからである。
◎,さて,別計画の「カタカムナ辞典」による再出発に当り,現在(10:37 01/08/23)での私が身につけている,「直観の鍛錬」の実態はどんなものか,振り返つてみよう。
先ず直観とは?「ヒラメキ」である。誰にも具わるこの能力は,深浅の度合が甚だしい。
深浅に拘わらず,「ヒラメキ」を頂けると言うべきか,獲得すると言うべきか,(ここにも「正反重合」が認められる),どんどん,日常茶飯事に感ずるようになることが,「直観の鍛錬」に当ると思う。
ここでは,最高度の「ヒラメキ」について,それを目標にして述べてゆく。
「坐忘や坐禅」においては,その意識状態は,大脳の働きが終息して,「無」の状態となる。
「無」の実態の表現は,幾種類もあるので,ここでは,芭蕉の俳句を借りて説明する。
「古池や蛙飛び込む水の音」の句の,「古池」の状態を想像する。神棚の「鏡」も出て来る。「澄み渡る大空」も出て来る。ゲーテのベンドング,釈迦の真正覚,楢崎の『食事も睡眠も受け付けぬ一種の極限状態のもとに,それまでの彼の科学者的な思考には無かつた,
彼の理性や意思とは全く異なつた次元からのヒラメキが,次々と発生した。』のときの状態なども相似している。
その,「大脳の働きを終息させて,古池の状態に,即ち,意識を保ち,ヒラメキを待機する状態にもってゆくことが,仙道行であり,カタカムナの「直観鍛錬」の行であると思う。
その水平面に,ドボンと蛙が飛び込む。その音が「ヒビキ」であり,「ヒラメキ」である,というのが,私の見解。
このような「最高度のヒビキ」を直観出来るような意識状態に,日常の自己を持つてゆくことは,稀有の出来事である。カタカムナ図象の「声音符や図象符」を解読出来るのは,こういう
意識状態に自己を持つて行くのが,先決だつたのである。それが出来ないでいて,ただ解読にばかり熱中していたのが,この「カタカムナ研究記」だつたのである。
今後は,このような「最高度のヒビキ」を到来を念願しながら,それを目標において,普通の「ヒビキ」のキャツチに努力しなければならない。
「普通のヒビキ」を,日常の意識状態の中で,則ち,いろいろに錯綜する複雑な物思い(所謂意馬心猿)の中で,「これだ」とどうして見分けることが出来るだろうか。普通には「ピンと来た」という,アレである。それが、本当に「アマ」からの「ヒビキ」であつたと思われるのは,一件が落着してから「あのとき,あゝ思つたが,あの通りしておけばよかつたのに」
と後悔するときがある。この時の,あのやわらかな,かすかな思いは,意馬心猿の中では,殆ど,見逃されるときが,私の場合,非常に多いようである。これを,「鈍感」というのであろう。私の場合,この「鈍感」にならないよう努力することが,「直観鍛錬」ではないだろうかと考えて,それを「日常行」として実行している。
毎日の,仙道の「坐忘行」のなかで,目覚めの時,湯上り,夢の中,など,いろいろある。
これらを,仙道では「第一念」と言つている。こんな努力の他に,基盤となるのは,活気イッパイの肉体,意馬心猿を除去する精神統一,である。このための努力が,また,大変であつた。
以上,私の「カタカムナ研究記」は,ここで一応終了して,振りかえってみると,「古池」の中に飛び込んだ蛙の「水の音」のように,果ては,『漣』に終ったようである。この,『漣』の果てから,私の再出発が出来るかどうか,高齢で余命幾許も無いのに!
「カタカムナ研究」全部終了。
(2001.8.28)
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■易経の「先天之図」と,カタカムナ図の相似
ヒラメキ十四
9:21 01/08/30
今朝五時三十分頃,「仙道」の「老子法」を行じていたら,次の事項が浮かび上がつて来た.
それは,(2001.8.28)日付きで,一応,「カタカムナ研究」を終了して,一安堵した安らかさの中で,一箇所だけ確信を得たことである。
易経の「先天之図」と,カタカムナの「カタカムナとよばれる図」の相似である。
上図の「先天之図」則ち「伏羲八卦図」に見られる,乾.坤.離.震.艮.坎.巽.兌から発展した六十四卦を,孔子が解読して,十翼の中の「彖伝」「象伝」として解説している。
一方「カタカムナ」については,今まで,縷々述べてきたように,楢崎皐月が,これを発掘し,上図の「ヤタノカカミ図象」を最重要基盤として,「カタカムナ八十個の渦巻き図象」を解読し,之を,宇野多美恵が継承して,「相似象学会誌」に解説発表している。
両者の根幹を比較すれば,一は「大極」と「陰陽」であり,一は○と十である。
「大極」と○と相対し,「陰陽」と十が相対している。即ち,「一と|」が陰陽を表しているからである。
易経に於いては,孔子以降も,中国の賢者達が解読を試みて,それぞれの一派を成立している。十干.十二支.陰陽五行説.八幡遁甲術.方術などもその流れである。
現代に至つては,株式相場にまで及び,その上り下がりを陰陽とみて,八十四卦に当て嵌め,相場の予見に活用している。
「易は其の妙極まりなくて,上は天地の利,神明の情より,下は一身の修養,処世の要諦に至るまで,余すところなく包含されている。」と言われているのだから,各方面に活用されているのは,当然の事といえよう。
一方「カタカムナ」の方は,目下解読,解説中であり,未完の状態である。が,その目標として掲げる「相似象学会」の,「相似象」とは何かの中に,『天然,宇宙,自然界,人間界を通ずる森羅万象に,「相似の象」があるという,カタカムナ(日本上古代民衆の直観)に基づく物理でありかす。』と記述されている点たら推して,この方も,広範囲に及ぼされると考えられる。
孔子が「彖伝」「象伝」として解説しているように,論語的道徳修養の面から易経を解読しているように,楢崎の方は,その専門とする物理学の立場から,「カタカムナ渦巻き図象を解読している。と,いうことは,「物理学の立場」以外から---孔子以外からの解読が為されたように---解読される可能性を否定することは出来ないだろう。
この点に関し,私自身,唯今,「カタカムナ研究」を一応「全部終了」したのだが,今後は,カタカムナの解読について,別な立場からの研究もしてよいのではないか,という考えが,浮かび上がつて来た。物理学の素養のない私は,それも含めて,次の,別計画の「カタカムナ辞典」に取り込む
ことにしてみたい。私の再出発が出来るかどうか,高齢で余命幾許も無いのに!終了

カタカムナ研究
http://www3.ocn.ne.jp/~x484kok8/ktkm8.html



















カタカムナについてその2
さっきと同じ葉っぱシリーズ
これから書くことは,カタカムナを学ぶのを止めると決心したあとの話になります。
ところが先月,「カタカムナについて」の記事を書き
その後,カタカムナを検索してみたら,
麻薬と闇の世界がたくさん出てきて,それは驚きを通り越すほどでした。
今度は正真正銘の麻薬の世界です。しかも恐ろしい闇の世界。
氏のマリファナとカタカムナの奇妙な関係を違う形でみたようだった。
というよりも,雛形だったのかも知れない。
まるで何かに誘われているようです。
その詳細は余りにも物騒で記事にはしたくないので
こちらのコメント欄で読んでください。
http://cocorofeel.exblog.jp/9743591/
楢崎氏の捏造だという情報もあるけれどそれはあえて載せていません。
実際,ウタヒが現実に存在してるし,関係者もいることだし。
麻薬と闇の世界以外のことで
一つ気になるのがあるのでそれを取り上げてみます。
60年ほど前の六甲山で,平十字と名乗る猟師が楢崎氏の前に現れ,
○と十字で描かれた図象附を手渡し,それを楢崎氏がカタカナに変換したといわれる
その「カタカムナウタヒ」がお経として残っているのを発見しました。
*平十字はサンカとも考えられるし,○と十字は神秘思想っぽい。
これです。
....................................................................................................................
■もっと不思議なことに,空海大師の真言宗・大日経には舞経と呼ばれる経典があり,そこには「カタカムナノウタヒ」がお経として残っていて,今日でも
「カタカムナヒヒキマノスヘシ
アシアトウアン(舞教では「あしあとおわん」と発音しているようです)
ウツシマツルカタカムナウタヒ」
この言葉を,最初のカの字が中心となるように,左進右退で渦巻き状に写経し,写経することによってこの世が清まると信じられており,空海大師と楢崎氏がどうつながっているのか大きな謎です。
http://www.k2.dion.ne.jp/~well0369/newpage12.html
....................................................................................................................
以上,引用終わり。
お経は大陸からきたものですよね。
大陸からきたとしたら,それは日本のものではない。
楢崎氏が解読したウタヒがすでにお経にある?
これは何を意味してるんだろう?
このお経の存在は楢崎氏は知らなかったのだろうか?
このお経の存在を知って,図象附を作ったとは考えられないだろうか?
以前,カタカムナはユダヤにつながるんじゃないかとチラッと書いたことがある。
最近ではシュメールにつながると思ってる。
金達寿さんの本を書き写している時に「カムナム」の言葉をはじめ
カタカナの言葉をみているうちにカタカムナって古代朝鮮語なんじゃないだろうか,
古代朝鮮語で読むとどういう意味になるんだろうとか,
大陸から来たものなんじゃないかなとか考えた。
ウタヒの「カムナガラ」なんてまさしく古代朝鮮語そのもの。
ウタヒ,眺めれば眺めるほど,古代朝鮮語によく似ている。
金さんがよく言われている「アナ」「アヤ」も出てくるし,
しかもウタヒには,神話の神様の名前がよく出てくるでしょ。
神話の神様は朝鮮半島からですからね。
あ〜,なんだか一気に,カタカムナと古代朝鮮がつながってきた。
でも古代朝鮮をたどるとシュメールに行ってしまうけどね。
ウタヒ,ヘブライ語ではどんな意味になるんだろう?
ひふみもヤハウェをたたえるヘブライ語だといわれてるし(違う?)
行き着く先はやっぱりヘブライ?シュメール?アヌンナキ?
あ,ayさんご紹介の大麻の歴史を読んでると
大麻ってヤハウェと大いに関係あるようですよ。
ここでもつながってくる。
ということは,伊勢神宮の御札を「大麻」というでしょ,
じゃ,伊勢神宮はヤハウェ?
伊勢神宮のユダヤ説は私も知ってるけれど,まんざらでもないのかも。
あ,またひとつ,
ユダ王国『アサ』もありましたね。
イオさんからアメリカにアマナ地区があると聞いてから
カタカムナウタヒに出てくる言葉と同じ地名がたくさんあるような予感がしてきました。
中東周辺やヘブライに関するところは特に多そう。
実際イラクにもアマナがあったしね。
地名の古代史版を世界中でやれば面白いものがみつかりそう。
話をもどして
楢崎氏は平十字に出会う前の満州時代に出会った仙人から色々と学んでるようだし,
上のお経に出てくるということで考えても,やっぱり大陸のものなんじゃないだろうか。
仮に○と十字の図象附が先にあったと考えて
○と十字の図象附のカタカナ変換自体に間違いはないのだろうか?
ウタヒの解釈に間違いはないのだろうか?
完璧なんだろうか?
それとも途中のものなんだろうか?
この変換や解釈に間違いがあるなら,
それを信じて一生を捧げるなんて,あまりにも悲しい。
私はそれを他者に勧めることはできない。
趣味でやるならいいでしょうが。
H氏からある時期から,私は私の直感を否定されたけれど
楢崎氏はカタカムナを学ぶのに一番大切なのは
直感だと,『直感の鍛錬向上』だと言ってるんです。
不思議ですね,このちぐはぐさが。
それからこんなことも書かれてあります。
『<カタカムナのサトリ>は,現代科学で言えば,量子力学や相対性理論を超え,哲学では,弁証法やウバニシャッドを超えたものであるから,従来の哲学や理学の論文よりも,難解な表現をとるのが順当であろう。しかし私達の会誌は,いかに高度な内容も,友人と話をするような,平易な,日常的な用語で表現すべきであると,心している。』と。
やっぱりね。
平易な言葉でないと伝わらないと思う。
難解なものを難解なままで伝えることは誰も出来ること,
平易な言葉で伝えることができるかどうかで,その人の知性が試される,と私は思ってます。
しかし,楢崎氏という方は,
”食事も睡眠も受け付けぬ一種の極限状態”とか”乗りうつる”とかの
表現もあって,神がかりというか,霊がかりというか,不思議な人です。
申し訳ないけれど,星製薬のつながりで麻薬を思い出しました。
http://www3.ocn.ne.jp/~x484kok8/ktkm8.html
しかし思考を鍛錬するのはわかるけれど,直感を鍛錬するなんて出来るのかしら?
どんないきさつにしろ,どんなものにしろ,
自分が気に入れば自分で自由に学べばいいと思う。
誰かから学ぶのではなくね。
そしてたとえどんなに立派な理論を学んでも
行動が伴わないと駄目,頭でっかち,自惚れになるだけ。
信じている理論に間違いがないのか,思い込みじゃないのか。
近場で見続けないで,遠くから別の視点からみることも必要じゃないだろうか。
人生の大半を一つの理論に固執する怖さ,それを最近つくづく感じています。
これって宗教とよく似ている。
一つのものに異常に固執することは止まること,死を意味することになるんじゃないかな。
(止まることは死を意味する,これは90年代に書いたことだけどね)
話は飛びますが,
マヨさんにもメールで聞いたんだけど
大和朝廷って本当にあったんでしょうか。
仮にあったとして,渡来人が作ったものなんじゃないでしょうか。
以前の記事「ヤ・マ・ト」
「ヤマト」とはヘブル・アラム語で「ヤー・ウマト」の意味。
「ヤハウェの民」の意味である。
http://cocorofeel.exblog.jp/8005562
これを書いていたら,BBSに太陽の子さんが情報をくれました。
「君が代」の歌詞は,ヘブライ語で書かれているそうです。
カタカムナを原日本人の素晴らしい文明だと信じたい人は
この国が多くの渡来人で作られたとか
単一民族でないということは絶対受け入れられないんでしょうね。
まず純粋日本人血統の大和朝廷ありきにもなるんでしょう。
DNA調査でも日本人は混血だと証明されてるのに。
これは想像ですが
H氏がカタカムナ文明を引き継ぐ原日本人の血統で
私がそれを乗っ取った渡来人の血統だと,氏は考えているのかも知れない。
だから,異常ともいえる怒りを持っていらっしゃるんでしょう。
血統の純粋さを希求するよりも
混血でも自分自身が純粋ならそれでいいじゃない,それが一番。
この記事を書いていたら,なんだか馬鹿らしくなってきました。
民族って何なの一体。
個人では駄目なの?

つながっているこころ
https://cocorofeel.exblog.jp/9926666/
https://cocorofeel.exblog.jp/10498006/
















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2021年08月20日

Bunno: ドロカエシの沼(神との出会い)〜カタカムナ秘録

Bunno: ドロカエシの沼(神との出会い)〜カタカムナ秘録
カタカムナ秘録
ドロカエシの沼(神との出会い)
これは、我輩が金鳥山で遭遇した、神との出会いの実録である。
カタカムナという文字があります。カタカムナのうたいとも言われるようです。
これは、楢崎氏が平十字と名乗る人物(カタカムナ神社の宮司の息子)から金鳥山でこの文字(カタカムナ神社の御神体)を書き取ったとされる。
これを「金鳥山事件」という人もいる。
さて、カタカムナはこの後解読研究がなされたが、「平十字」がいかなる人物であるのかは謎とされている。
一方、楢崎氏が不思議な体験をしたとされる「ミトロガエシの池」別名「ドロガエシの沼」も謎の池(沼)とされる。
この池で平十字が楢崎氏に「ドロガエシの沼の上で、鳥が急回転し90度方向を変えるのでそのちょうど真下を掘れ、そこに宝物があるので君にそれを授ける」と言ったと伝えられている。
そこを掘ると実際に黒い石(珠)が出てきたと言う。
これは「元素転換によるとも言わているようである」。池の泥がコロイドになっており・・・。コロイドですから砂糖のように溶けないわけです。泥ですからまあそうでしょう。
さて、この池に焦点を当ててみたい。
平十字と楢崎氏は実際この山で合っております。
ただ、この山の「守人」から詳細について語ることは止められております。
理由はもちろん、この山は神が宿る山であるから、荒らされたくないとの事であります。
金鳥山の環状石
外円、内円などから構成されております。
さて、「ドロガエシの沼」を小生はある事が元で発見するに至ったのである。
この山にハイキングに行った折、カタカムナの事を思いだし楢崎氏の謎がふと解きたくなったのである。
なぜなら、ある方角から奇妙な気線が来たからである。
家族を置いて、我輩は藪の中に入ったのである。方向は気を感じた方向である。
そこで我輩が見たものは、文献にあるとうり楢崎氏の実験跡であった。
さて、配線跡も同様に確認し一旦帰宅した。
後日、その先をたどるべく重装備で山に入ったが挫折している。
断崖が険しく道を阻まれて危険であったからだ。
その先には恐らく「ドブガエシの沼」が確かに存在するという確信を持っていたのだが・・・。
再度我輩は、地図で検討をして、この池を発見すべく再挑戦を決意した。
細かく地図を凝視すると、なにやら言いようも無い気を発する地点がある
以前も「天女の池」を地図で見つけようとした折、師範は1週間分析に
費やしたらしいが、我輩は30分であった、この能力は彼は我輩に及ぶべきもないと
脱帽している。(これは自慢の種にしている)
本題に戻って、我輩はある霊能者を訪ねた。この霊能者に地図で確認させた所
我輩と同じ地点を指摘したのである。
確証を得た我輩は再度山に登り、ついにその場所に行きつく事が出来たのである。
そう、「ドロガエシの沼」についにたどりついたのである。
そこで、我輩は驚愕すべき神霊(神)と遭遇することになる。
ここは、藪の中に入ってます。
その池は、なんと神が出現する沼であったのだ。。
そこで、祝詞(天津祝詞であった記憶がある)を奏上すると山の上から巨大な何かが我輩に接近してきたのである。
そして、その時我輩はとてつもないものに遭遇したのである。・・・・。
お教えしよう。
「龍」。
さて、後日我輩は何故あのような事を発見出来たのかが、ある古神道家と話ていて判ったのである。
我輩の自宅の真下には、昔「恵比寿」が祭られていたのである。
今は、産土と合祀されている。この「恵比寿」の上に住んでいる我輩を「龍」が呼んだのである。
ここは楢崎さんがいた所に近いです。
僕は、鋭いきりかぶみたいなので怪我しました。普通ここには入れません。
実は、この沼を我輩がさも一番に発見したと自慢気に書いてますが告白すると、二番煎じなのだ。
ある、霊能者既にに見つけていたのである。
しかし、我輩が尋ねてもあそこは教えないと断られてしまったのだ。だだ、「神」が出現する場所であるとだけ教えてくれたのです。
次に「龍」ですがこれは、古神道家でもあり風水家が我輩の家を鑑定した折、家の周の状況を観察した際に山を見て、あそこに龍脈があると指差しました。
そうです。小生が「龍」を見た場所の方角です。
そして、この家の方角に向かって走ってきているが、ここに何か在ったのかなと言うので、そうですよ、この下に恵比寿が祭られていましたとなったのである。
今回はここまでとします。
詳しくは、小生が講演会で突っ込んで紹介したい。
---------------------------------------------------
謹んで、ご連絡致します。
東京森蔭塾主催で下記講演会を開きますので、
皆様、ご多忙の所とは存知ますが是非お繰り合わせの上お申し込み下さい。
申し込み締めきりは12月10(日)午後12:00迄とさせて頂きます。
但し、定員30名になり次第締め切らせて頂きますので、ご了承お願い申し上げます。
         記
-21世紀衝動 ついにベールを脱ぐ堀川道統-森蔭彬韶先生講演会
日時 2001年1月6日(土) 午後2時から5時過迄
場所 東京 九段「科学技術館」東京都千代田区北の丸公園2-1 
会費 ¥3,000 (会場代・お茶代)
申し込みはメールで。
morikage-jingi@excite.co.jp
氏名 住所 自宅TELを必ずお願いします。
代金の振込みは後日連絡致します。
森蔭先生の演題
「堀川辰吉朗先生と道統の継承」
サブタイトル「知られざる堀川先生と出口王仁三郎聖師」
森蔭塾塾頭基調講演(ぶんぶん)
「霊性革命 カタカムナ秘録」
サブタイトル「桃源郷の記憶」
神祇局長基調講演 (オガP)
「21世紀の霊的展望(仮題)」 
今度は質問コーナーにも出来るだけ時間を取りたいと思います。

異常備忘録
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備忘録
これは、小生が体験した神仏との縁を記録した備忘録である。
小生と神仏とのそもそもの縁の始まりの話である。
奈良は、薬師寺の尼さんが関っている。
人生相談や、体調不良、赤ちゃんの名前などよろずごとなんでも、相談出来るらしい。
例えば、祈祷を最後してもらうのだが。(寺の規定料金である。)
それは今から、6年以上前にさかのぼる、
僕の子供の出生時その不思議は起こった。
生まれる半年ぐらい前、娘に子供が出来ましてと家内の母がここの尼さんと世間話をしたそうだ。
それ以来その尼さんとは、そっれきりだった。
半年後
家内のお産の時、(難産だったのだが)急に尼さんから家内の実家TELがあり親父さんが受けたのだ、
尼さんが言うには、胸騒ぎがする。なにか起ってませんかと。
TELというか、普段交流はないにも関らずTELがあった事自体驚いたそうだ。
そりゃそうだ、普通電話してきませんわね。何か感じたとしても。
家内の父が、娘が今こうこうでと話すと、お祈りしますとTELをきったそうだ。
時間は午後4時だった。
それから、30分後(午後4時30分)に小生の子供は生まれた。
僕は、尼さんに一度もあったことは無いが、いつか行かねばと思う。
兎に角不思議な話だ。
ここで、色々相談するのもいいだろう。
ここなら紹介します。

異常備忘録
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2021年02月28日

マドモアゼル愛: ホツマツタヱ『火水土(ひみつ)の祓い』


マドモアゼル愛: ホツマツタヱ『火水土(ひみつ)の祓い』
■山火事の体験
.........この話は古いファンの方だったら良く何度も何度も聞いてる話だと思いますが,相当昔,自分の別荘のある赤松林の中で焚火をした事があった。。溜まった木片をきれいに整理するため,別荘から十分な距離をとって赤松林で焚火をした。私はその頃,結構羽振りが良く,事業がうまく行き,ベンツや別荘を買って馬鹿みたいになってたわけですよね。
3月30日でした。当時,都会者で若かった私でも赤松がよく燃えるなってるのはよく分かったんです。
十分な距離だったら全く問題ないと思ったけども,でも火事は飛び火するんです。でも東京暮らしの僕には頭悪いからわからなかった。 あれ..林の向こう,100mぐらい先に火が見えるんですよ。その瞬間,アァ僕は全滅したと思った。焚火の松がどれだけ燃えるかわかっている。しかも3月30日というと,冬の乾燥の中で松林は乾きに乾ききった赤松の枯れ木が林の下に堆積していて,油に火を注ぐようなものだと一目で分かった。水はかけるんだけど,もう無理に決まってる。だからこの焚火で林全部を燃やす事だけはわかった。瞬間的に僕は最悪200億の借金をかかえるかもしれないな。。と考えた。まァ実際は50億円くらいだったかもしれませんが。。別荘の住民の中には火災保険入ってる人もいるでしょうしね。
でも自分の焚火によってこの山全部を燃やすということだけはわかったんです。でもこれは自分の運命だと思った。そしたらなんか妙に落ち着いてきて,新築の家に戻る。「そうだ。。小笠原家が伝えるホツマツタヱの中に確か火災を止める呪文がある」と思い出した。で「須田雅子先生っていうホツマツタエの研究家から頂いたホツマツタヱの呪文が書いてある小さな本を自分の鞄に入れたな」と思い出した。鞄を取ると運良く本がある。僕は自分の別荘に土足のまま入る。もう火事で燃えるものだしドタドタドタって土足で入って窓を開ける。と赤松林がゴゥゴゥ燃えている。その前でホツマツタヱの呪文を読んだ。すると火事はおきているけれども進まない。火事は自分の家の敷地だけで鎮火した。救急車を呼んでいたけども,相変わらずウーウー言ってちっとも来ない。道を間違えて近くでウロウロしている。。やっと到着した時には火事はすべて鎮火していた。やっと到着した消防隊員は山火事に慣れているかどうかわかんないけど,皆,何故だろう?という顔をしている。。消えるはずのない火事である。早く水撒いて下さいと言っても立ったまま。その隊員に僕は「こういう呪文があってそれを唱えたんです。それで止まったんです」って言うと,隊員さんは「まァ.....そういう信仰だろうなァ.....」なんて言って。後日消防庁に始末書を書きに行ったんですけども。
■ホツマツタヱの発見
ホツマツタヱに書いてあるのは
火災を止める
いなごの災難を止める
水難を止める
という三つの呪文です。それを『火水土(ひみつ)の祓い』という。今栃木足利で山林火災が起きているということで,もうちょっと民家のそばに迫ってると。でも今日あたり大分火は弱ってるという話ですが。まあこの動画を見て下さるかどうか分からないんだけども,一応,その秘密の『火除けの呪文』を紹介いたしますので,もしご縁のある方は是非私からの方の知り合いがいたら教えて差し上げて,遠方からでもいいので心を込めて不安感なく読み上げていただければと思います。
というのはその松林の火事が消える訳がない,それはよく分かるんです。それで同様のことが実はこのホツマツタエというものの記章をずっと預かっていた小笠原家がある四国でもおきた。この小笠原家の昔のご棟主が四国の大火を,屋根の上に登って,火難除けのまじないを唱えることで2回止めたっていう話がある。そして私が体験した奇跡は3回目だった。本当に偶然の縁としてね。 須田雅子さんにその火事の話をしたら喜んで「良い話を聞いたわ」って。研究家ですから。喜んで下さったんですけども。
ホツマツタっていうのはその小笠原家の中で代々伝わってきたもので,古い書物で極めて重要なものという事で小笠原家が代々伝えてきたものではあるけれども,とある日に,「もうボロボロになっているのでこのまま朽ち果てていくような先祖代々の大事なものを,このまま半端に保持するのはかえってよくない」とご棟主がお考えになって,奥様と相談されて,「わかったじゃあ明日,ご先祖に詫びつつお焚き上げしよう」ということになった。そして一方で,ホツマツタエを世に出した研究家の方がいらして,その方がついにこのホツマツタヱが小笠原家にあるっていうこと,原本があることを突き止めたのがその晩だった。研究家は夜遅いとはいえ,はやる気持ちが抑えられずに小笠原家に電話をされるんですよね。
「あなた様のご自宅にホツマツタヱはあるでしょうか?」っていうことを尋ねると,ご棟主は
「はい,ございます。事情によって虫も喰いボロボロになって,ご先祖様には大変申し訳ないですが,明日の朝,お焚き上げするつもりでございました」というところで命生き延びるという,とんでもない摩訶不思議な生命力を持っている書物であったと。
■ホツマツタヱ本文
話は長くなりますので,これが『火水土(ひみつ)の祓い』でございます。3つの祓いのうちの秘密の火の部分が今回の ご紹介ということになります。
◇火水土(ひみつ)の祓い
もしもほわざのあらんとき
たつたのかみのあらわれば
たとえほのおにあたるとも
たつたにしずめのぞくべし
◇火水土(ひみつ)の祓い
もしも火災(ほわざ)のあらん時
竜田の神現れば
たとえ炎に当たるとも
竜田に沈め除くべし
これを心を込めてはっきりと唱える。日本語は一語一語が神様ですから ,五臓六腑ではっきり発音していくという時にご神意が高まるということでございます。
もしも火災があった時,竜田の神様が現れて,たとえ炎がどんどん攻めてきてたとしても,竜田の神によって鎮めてくれる。
そして私はそれをまさに松林のゴゥゴゥと音がする火災の中で実際に体験した内容です。なのでまあそれは偶然だったのかもしれないけど,しかし松林の火災が偶然に止まることは僕はありえないと考えます。
現在,栃木県足利の山林火災が起きているということで,是非とも私も足利の位置をこれから調べまして,その方向に向かい3回唱えてみようと思います。皆さんも心ある方がいらしたら是非とも足利の方向に向かいまして3回はっきりした言葉で唱えていただきたい。
ーYouTube文字おこし

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2020年06月09日

FB古代史研: 夏至と古代巨石群遺跡


FB古代史研: 夏至と古代巨石群遺跡
■白石の鼻巨石群
日本天文考古学会の学会誌1号の中から論文の一つを紹介します。
「天体と強い相関関係がある松山・白石の鼻巨石群について」の要約です。
白石の鼻巨石群は、愛媛県松山市の海岸にある巨石群で、2008年に篠澤邦彦氏によって発見され、白石の鼻巨石群調査委員会によって継続調査されています。
その発見者である篠澤邦彦氏の論文となります。
全文を読みたい方は、本会誌を入手してください。
日本天文考古学会ホームページのお問い合わせのページからお申し込みできます。
A4版オールカラー84ページ、一冊、送料・税込みで2580円です。
日本天文考古学会のホームページはこちら
https://tenmonkouko.jimdofree.com/
On the Matsuyama Shiraishi-no-hana Megaliths, which have a strong correlation with clestial bodies. (Kunihiko SHINOZAWA)
天体と強い相関関係がある松山・白石の鼻巨石群について
篠澤邦彦
The Matsuyama Shiraishi-no-hana megaliths that accumulate on the sea near Matsuyama City, Ehime Prefecture, are strongly related to the solar orbit.
The author has been observing for over a decade.
It proved that the solar trajectory of the winter solstice coincided with the cavities and arrangement of megaliths.
It proved that the solar trajectory of the solstices and equinoxes (winter solstice,summer solstice.Spring equinox,autumn equinox) coincided with the cavities and arrangement of megaliths.
In addition, we have held a sun observation session on the day of the solstices and equinoxes, aiming to revitalize the area through megaliths.
愛媛県松山市近郊の海岸と海上に集積する松山・白石の鼻巨石群には、太陽軌道との強い関連性がある。筆者は過去、10年以上に渡り観察を行い、春分、秋分、夏至、冬至という二至二分の太陽軌道と巨石群の空洞や配置が一致しているということを実証した。また、巨石群を通じた地域活性化を目指し、二至二分に合わせて太陽の観測会を開いてきた。
■桜井二見ヶ浦夫婦岩
夏至の桜井二見ヶ浦(福岡県糸島市志摩桜井)
夫婦岩の真ん中に、太陽が沈みます!
ここは、櫻井神社の宇良宮。伊弉諾尊、伊弉冉尊を祀り、二人が生んだ初めの島、オノゴロ島(小呂島)が、夫婦岩の間から見えるのです。
この後、7月には、櫻井神社の岩戸宮の、年に二度の岩戸開きが控えています。石室を拝むことのできる貴重な一日となります。
この海岸の西に、ニギの浜 という海岸があり、三国志烏丸鮮卑東夷伝倭人条、いわゆる「魏志倭人伝」に書かれた伊都の長官、爾支(ニキ)にもつながります。この伊都斯馬半島の先端には、ケヤの大門 という国内最大の玄武洞があり、岩窟そのものが御神体。伊弉諾尊の御祓いの地との伝承があり、この地に、伊弉諾尊を祀る大祖神社が鎮座するのです。
#ご来福しよう
#fukuokadeeps
#welcomekyushu
#糸島ドライ部ノゴロ島(小呂島)が、夫婦岩の間から見えるのです。
■田代オリオン座巨石群!  
強烈な太陽光が夏至に向けて田代巨石に入るようになりました。最近の調査で田代巨石は、全体計画の中、夏至を表した場所と分かりました。
■金山巨石群
岐阜県下呂市金山町に、「金山巨石群」と呼ばれる日本を代表する遺跡があります。 巨石の石組みは調査により、 イギリスのストーンヘンジのように太陽暦として機能するように設計され建設されたと推定されています。 世界中には他にも、地平線での日の出・日の入りを観測したと思われる古代巨石建造物が数多くあります。 金山町の巨石群は山中にあるため、地平線上で太陽を観測することはできません。 しかし太陽が通る道筋、つまり太陽軌跡の観測(例えば山から昇る太陽の光が巨石間のどの位置に射込むかの把握)によって、夏至や冬至、春分や秋分など1年の節目の日を知ることができます。
金山町の3ヶ所にある巨石群(岩屋岩蔭遺跡巨石群、線刻石のある巨石群、東の山巨石群)は、いずれもこのような節目の日を読み取ることによって、1年間の周期を知ることができます。
特定の期間に日の光が、巨石と巨石の隙間や空洞へ射込む、またはその頃だけは射込まないといった仕組みになっています。

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2019年08月30日

雑誌ムー: 米ケンタッキー州で浮遊する岩が観測


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2019年6月11日,米国ケンタッキー州スレイド郊外で浮遊する岩が観測された。。

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2019年08月20日

安基米得: 六甲山中で伝授された古代科学・風水学文献「カタカムナ文献」〜イヤシロチ・ケカレチの教え

安基米得: 六甲山中で伝授された古代科学・風水学文献「カタカムナ文献」〜イヤシロチ・ケカレチの教え
「カタカムナ」とは何という胡散臭気なタイトルだろうか。
「ム」をとれば「カタカナ」、普通の人には安っぽくみえるし,何のことやらさっぱりわからない。。
もっとも少しばかり神道霊学的な術後になじんだ人ならば,何かしら霊的な響きを感じ取る事はたやすいだろう。
「カムナ」は「神字(かむな)」,すなわち神代文字を連想させ,何か異端的な裏の古代史に関わる文献である事がただちにわかるだろう。
■数万年前の科学をつたえる書
「カタカムナ文献」。
それは古代から連綿と伝えられてきた謎の古代文書である。
昭和25年ころ,楢崎皐月(ならざきこうげつ)という人が兵庫県六甲山系の金鳥山中で平十字(ひらじゅうじ)と名乗る者から筆写をゆるされたものだという。
楢崎によれば,平十字はカタカムナ神社の宮司と称し,文献は「カタカムナのご神体」として秘うえTぐ匿されてきたものであった。
そして楢崎はこの文献を解読し,楢崎およびその後継者・宇野多美恵氏によれば,10万〜数万年以前の日本列島に生息していた日本人がのこした失われた超古代科学の書であり,
彼らはその「上古代人の直感科学」を復興して
「相似象学」
なる秘教科学・オカルトサイエンスの奇妙な体系を築いたのである。
太古から伝わったという点では
「竹内文献」
「上津分(うえつふみ,別名富士文献)」
等のいわゆる偽書の流れに属するものと考えていい。
ただその伝えるところが,太古の歴史ではなく太古の科学であるという点に特徴がある。
いずれにしても,これを捏造の一言で切り捨てるのはいともたやすい事で,実際,平十字なる人物は楢崎しか知らないし,カタカムナ神社にしても,実際に存在したかどうかも謎のままだ。
しかしひとたびこのカタカムナの世界に足を踏み入れた人は,その幻想味をおびた世界の端々に不気味なリアリティを感じて,理性の光によっては照らし得ない,世界の背後にある第二の現実を感知するにいたるのである。
■金鳥山で猟師に出会う
このテーマのひとつの起源は,楢崎皐月が訪れた兵庫県六甲山系の金鳥山近くの山中で体験したひとつの事件にあるとされる。
金鳥山は高級住宅街として知られる阪急沿線の芦屋と岡本のちょうど中間あたりにある高さ500Mの低い山。
この低山の中腹には保久良神社(ほくらじんじゃ)があって,平安時代に編纂された「延喜式」の「神名帳」に掲載されている事から考えると,いずれ由緒ある神社にはちがいない。
この神社をとりまいて巨石を環状に配置した「磐境(いわさか)」という遺跡がある。
磐境については,社殿などの形式が現れる以前の神道の原始的祭祀形式であるとされる。
昭和24年12月〜翌25年3月にかけての64日間,「大地電気」の調査のために,楢崎は数名の助手とともにこの金鳥山中の狐塚という塚のちかくに穴を掘ってこもっていたという。
ある夜,一行は猟師の訪問をうけた。
猟師は鉄砲をガチャガチャいわせながらこう言った。
「おまえたち,なんのためにここにやってきたんだ?泉に妙なものを仕掛けるから動物たちが警戒して水を飲めなくなっている。すぐに除け。それから狐は撃ってはならない。ここに兔がある。ホレ持ってけ」
と腰に下げた兔を投げた。
「妙なもの」とは微動量計測器の事であった。
楢崎らは言われたとおりに撤去した。
次の夜に再び現れた猟師は上機嫌で,
「お前さんたちは感心だ。穴居しなければ本当の事はわからんもんだ」
とほめた上で,お礼にと古い巻物を開いて見せた。
それは江戸時代の和紙に筆写されたとみられる,80個の渦巻模様に丸と十字を基本とした図象であった。
猟師は平十字と名乗り,父はカタカムナ神社の宮司であると告げた。
平十字は
「今までに刀のツバや定款の絵だろうと解した学者はいたが,そんなものではない」
と語った。
この図を見た楢崎にはふと「八鏡文字」という言葉がひらめいた。
戦時中,旧満州の吉林(キーリン)で製鉄の研究に関わっていた楢崎は満州の職工たちの信仰に敬意を持って,吉林の北山(ペーサン)にあった道院・娘々廟(ニャンニャンびょう)を詣でた。
日本人としてはじめて寄進した事から,道士・濾有三(ラウサン)に招かれて一服の茶をすすめられる。
そして次のような老子経古伝を伝えられる。
「上古代の日本の地に,アシヤ族という高度の文明をもつ種族がおり,八鏡の文字をつくり,鉄をはじめとする様々な生活技法を開発していた。そして後代の哲学・医学はその文化の流れに展開した」
いま目の前にある図象こそが,その道士のいう「八鏡の文字」ではないか。楢崎はピンときた。
そして楢崎はこの図の筆写を請い,平十字は快諾した。
−謎のカタカムナ文明,安基米得

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■イヤシロチ・ケカレチ
カタカムナ文献に出会った楢崎は次のような悟りを得た。。
「ヨモ(四方)のタカミを結ぶトコロはイヤシロチにてミソギに良し。
ヨモのヒクミを結ぶトコロはケカレチにてミソギに不良はず」
タカミ(隆身)とは地形の高い凸状,すなわち山,丘,森林などの高頂部。
このタカミ(高頂部)が同じ方向に重なって見えるとき,真後ろを振り返れば,また同じようにタカミが重なって見える事がおおい。
つまり上から見るとタカミが一直線上に連なっている。これを「高位線」という。
そして高位線と高位線を結ぶ交差地帯がイヤシロチになる。
(十:十字の交差点,山脈と山脈の交差点など)
そこは生命力を盛んにする地。
ヒクミ(低身)とは地形の低いと凹状,すなわち山の鞍部,谷,森林の低い地帯などの低底部。
このヒクミ(低身)もまた同じ方向に重なる場合が多く,これを「低位線」という。
そして低位線と低位線を結ぶ交差地帯がケカレチになり,そこは元気をなくしてしまう「気の枯れた地」を意味する。
(十:十字の交差点,谷脈と谷脈の交差点など)
「イヤシロチ」の語感からは神社の「ヤシロ」を連想させるが,実際にイヤシロチには神社が多く,ケカレチには墓地が多いという。
イヤシロチとケカレチ。それらをむすぶ線。
大地に張り巡らされた幻のパワー・ネットワーク。
それは夢ではなく多分事実なのだ。
■イヤシロチ・ケカレチの作用
ためしにイヤシロチに立つ。
その場合,多少体調がわるいほうがいい。
気分が悪かったり,胃が痛かったりする時に,イヤシロチに立つと,いつの間にかかき消えたように痛みや不快さが消えている。
食生態学者・探検家の西丸震哉氏は,ジュリアス・ファスト著「天候とからだ」の注釈で以下のように書いている。
「古代日本人は負イオンに非常に敏感であった。
彼らは聖地と決定した地に神社を建てたが,そういう土地で測定すると負イオンがおおい。
森閑とした神社で心が洗われるような気になるのは,負イオンの多い,心身の健康に適合した地であることによる」
戦前,千葉医大堂之前研究室の気候研究班で気候と病気の関係の研究を行なった。
その報告によれば,低気圧が来る数日前からイライラするとか頭が重いとか,いろいろな不定愁訴があったが,その要因は気温・湿度・気圧・風によるものではなく,
実は大気中に増加する陽イオンによるものであると考えられるとしている。
ただ,イオンの作用については,その後の北大における論争があったが,一義的には結論できない部分がある。
事実,たいへんに元気の良い人が陽イオンを浴びて,爆発的に元気になるという報告もある。
■サヌキ・アワの作用
イヤシロチ・ケカレチについての考察は,陰陽イオンの作用だけで一義的には結論できないので,もうすこし追求する。
「イヤシロチはミソギに良く,ケカレチはミソギに不良はず」
この「ミソギ」とは何か。
カタカムナの音声の思念により解読すると,それは
「ミ」を「ソグ」
こと。すなわち
サヌキ(電子)とアワ(陽電気性)
を身に吸着させる事で身(ミ)の密度が高まり,外見はソゲた形になることだという。
水浴びとはほとんど関係がないのだ。
ここで,「サヌキ」とは陰電気性あるいは電子にあたる上古代語である。
では「アワ」とは何か。
それは水中のアワ(泡)を想像していただきたい。
この泡は重力と反対方向に移動する。
それと同じように「アワ」は電磁界で電子と反対の方向に動くものだという。
「アワ」とは陽電気性あるいは半導体物理用語である正孔(ポジティブ・ホール)に近いものにあたる上古代語。
さて,楢崎皐月は全国各地の大気電気の分布構造を実地に計測して,イヤシロチ・ケカレチの条件を確認してまわった。
その結果,イヤシロチは地表の電子密度が高く,還元電圧地である事,
また,ケカレチでは地表の電子密度が低く,酸化電圧地である事がわかった。
イヤシロチは電子を与えてくれ,ケカレチでは電子をうばわれるという作用が確認されたわけである。
また,楢崎はアワを測定する機器をつくり測定した。
それによれば,イヤシロチではサヌキ(電子)・アワ(陽電気性)ともに高い密度を計測したが,ケカレチでは低い密度か,偏った状態である事がわかった。
単純化して考えるならば,
還元=生命の活性化
酸化=生命の腐敗化
とするのも面白い。
調査によれば,イヤシロチにある旧家の人たちは健康で長生きが多く,農漁畜産の収穫がおおい。
一方ケカレチは住人がよくかわり,よく病人が出て,建造物が破損されやすく,交通事故がおきやすい「魔の道路」であったりするという。
食品の鮮度も落ちやすい。
■相似象〜万物を貫く相似の法則
タカミとタカミを結ぶ高位線上に,優等と劣等の日本酒を置く。
この場合,電位の高いほうに優等酒を置くように並べると,やがて劣等酒の味が優等酒の味に似てくる。
これは酒だけでなく,食物,繊維類,陶器,はては仏像などいろいろなものにあてはまるという。
それどころではない。
じつはこの相似の法則があらゆるもの,大自然全体を貫いている。
イヤシロチの山が見える。
その山のかたちと高位線上の植物の育成の形,岩石の形,さらには雲の形までが相似している。
この現象は単に自然物の形が似るという次元ではなく,動物や植物の生理現象や人間の精神現象をも貫くという。
実に恐るべき宇宙の根源的システムである。
視覚のみならず聴覚・触覚,あるいはもっと根源的なものに関連している。
それが「相似象」に近づく道なのである。
−謎のカタカムナ文明,安基米得,徳間書店,

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イヤシロチとケカレチ
書庫日記
カテゴリライフスタイル全般
2019/1/11(金) 午前 8:47
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イヤシロチとケカレチ
パワースポット・その二
2019.1.11
イヤシロチとケカレチ
〜イヤシロチは気(風)の通り道〜
■イヤシロチとケカレチ
太古に存在したといわれる超古代文明が記されたカタカムナ文献を御承知でしょうか。
良い土地のことを「イヤシロチ」と書かれてあります。イヤシロチに住む人は、気に溢れて健康長寿で一族が平和に繁栄するといわれています。
農作物も家畜もよく育つといいます。
一方、ケカレチとはその逆で、生命エネルギーに乏しく不健康で地のバランスの良くない場所を指します。
イヤシロチの条件に照らし合わせて該当しそうな地点を隈なく調査してきました。
全国の霊地・神社・山海など気のポイント、パワースポットと言われる地点を巡ってきたわけです。
しかし、文献に書書かれてある条件に該当するイヤシロチにはなかなかに出会えませんでした。
下記にあるような山がV字形で背後前面にあり、山頂の延長点にそのパワーポイントがあるという条件の地形がなかなか見つかりません。
しかし、イヤシロチを探すのとは別に全国の名だたるエネルギースポットに共通したものがあることに気づきました。
どの地点も元気が出ますしストレスが無くなるようです。
現代ではそうしたイヤシロチを霊地、聖地、パワースポット、広くは龍脈、レイラインなどといいます。
良い土地とは住む人に健康と豊かさの気を与えてくれる場所です。
イヤシロチを探索すればするほど該当する場所などあるのかどうか疑問が湧いてきたものです。
家内はそうした大地に特別な気の色を感じるそうです。
私は、感覚的に波動の重さ、軽さ、明るさなどに違いがあると体感しました。
また、見逃せないのが付近住人の波動です。良い気を求めて人々が集まります。
理に適った山地を目指し、都会では豊かな人々が集うのは波動の法則として当然です。
逆にケカレチといわれる場所は、喧騒地帯に多く、湿気の多い場所、気の抜けた、気の淀んだ状態の場所です。
ケカレチに入ると体が悪い波動を受けないように硬直するものです。
■人間の集う場所(栄える場所)には法則がある
独自に各地のパワースポット、人の集まる都市の傾向、高級住宅街の共通点など調べたことがあります。
そこからは風水の原型のような気の基本原理が見えてきます。
○山を北に背にして南下する河川は都市、町を通る場合、沖合から見て河口の左側に位置する場合が多い傾向がありました。
河川は気の流れの場で、常時山と海の間で気の循環が成されています。
その循環の気の流れは水流と同じ法則で右螺旋ないし右回転する場所がイヤシロチとなります。
都市、村、繁華な場所は山を背にして沖合から河口をみて左側に形成される場合が多いのです。
○カタカムナを通して流れる潜象世界は、現界でも隠れて存在すると考えます。
大気の流れが自然界の空間で循環しています。
海底も深層と表層の流れは法則によって混ざり合流し世界を循環します。
○山を北に背にして南下する河川は都市、町を通る場合、沖合から見て河口の左側に位置する場合が多い傾向がありました。
河川は気の流れの場で、常時山と海の間で気の循環が成されています。
その循環の気の流れは水流と同じ法則で右螺旋ないし右回転する場所がイヤシロチとなります。
都市、村、繁華な場所は山を背にして沖合から河口をみて左側に形成される場合が多いのです。
■東京都・京都府・沼津市の例
A.東京は風水で造られていると言われます。
皇居の右手に荒川、隅田川があります。
関東平野から流れ下り東京湾へ出ます。
遠く利根川にも意味があります。
河川は大きな気の流れを作っています。
その流れは北に山を置いて流れ下る気は海に近づくにつれて平野で右螺旋の大気の上昇気流を生みます。
ですから沖から見て河口の左側に気の高い場所が出来ると推測できるのです。
B.京都も北に丹波高地を控え、賀茂川と高野川の合流点の左側に京都御所を始め繁華な街並が形成されています。
C.沼津市は、以前住んだ町です。千本郷林という松林の多い気の良い場所でしたがここも空っ風で有名で富士山から愛鷹を超えて霊気が狩野川を下り地域全体が左螺旋のプラスの気で包みます。
当然そうした場所には宗教関係の建物が多く、街並みの中に寺や神社が多く点在します。
千本郷林はかつて皇室の避暑地でしたから自然と知識人や文化人が町を形づくっていったのでしょう。
■カタカムナ
超太古に存在したカタカムナ文明について書かれた古文書の一部があります。
その中に現代科学を凌ぐと言われる古代の科学が書かれてあります。
○と十字のような文字で書かれたもので私のような素人には解読できません。
使命のある方が現代語に直してくださった原書がありその一部が本になったものがありました。
その中のどうしても頭から離れなかった部分がその後の気の研究にとても役立ったので書いておきます。
その文献では、イヤシロチのありかが書かれています。
○遠くの山と山、近くの山と山の山頂をつないだ場所がイヤシロチであると書かれています。
○また、畑に棒を立てると生育がよくなるとも書かれています。
○住まいの下に炭を一定の法則で埋めると良いとも書かれていました。
書くと長くなりますから、結論からいいますと山と山の重なり頂上の結べる場所などそう或るものではありません。
散々歩いてもありませんでした。これは、京都で色々調べていて分かったことなのですが大原から八瀬にかけて南北に川沿いの道が走っています。
殊のほか気持ちがいいので光明寺で休憩しておりました。
そこでその原因を考えておりますと、山に挟まれて山風が北から南に通り抜ける風の道であることでした。
山梨の昇仙峡もそうです。前回書いた、富士川から車山から糸魚川のレイラインも風の道なのです。
図の絵でもわかるように山に挟まれた場所は風の通り道になるのです。
しかもそれが幾重にも連なる山と山の間を走る気の流れは風の道となり良い気の場所になるということだと感じました。それも蛇行した道です。なぜなら風はストレートでは気を発しません。ぶつかり合い、せめぎ合ってこそ気が発生するのが分かります。
ここまでで、建築関係、デザイン関係で風水に少しでも興味のある方はピンと来るはずです。
ご家庭でもこれは役立つのです。部屋の小窓の開け閉めで気の流れを調整できます。
水晶球をお持ちの方は、家の周囲の風のぶつかり合う場所に一つ埋めるといいのです。
きっと役立つと思います。
■超古代文化の謎解き
前回のブログでは、プレアデスの高度な科学力で地球の歴史の一部を書かせていただきました。
当初、考古学など興味もなかったのですが、ビリー氏を介してもたらされる膨大な情報の中の地球史はどこを調べても後
日整合性が認められたり、オーパーツとして出土した品々がそれを証明できたりするものばかりでした。
以前にも書きましたが、現在のクフ王のピラミッドは、七万年前に外宇宙の人びとによってサイコによって構築されたそうです。中には未来の地球の歴史が刻まれており解読されているといいます。
また、伝説のアトランティス・ムー大陸の存在も明らかになっており、都市の名前や相互の戦争から地球に大災害をもたらしたことなど明らかにしています。
日本人や中国などのモンゴロイド系は、地球史の中では新参者で26000年前にリラ座の太陽系タイゲート太陽系から来ているといいます。ですから白人系とは一味違うのです。霊的にも高い精神性と平和な文化の伝承が現在も受け継がれているのです。
ということは、現代の縄文時代は明らかにアトランティス大陸滅亡の時に始まったようになっていますが実際はこの時にはすでに長い平和な時代を経過していたと考えられます。
記紀の書かれるはるか以前に、現代を凌ぐ超科学文明が存在したとされています。
移民してきた東洋人たちは、まだ昔の科学や文化をもって生活していたのでしょう。
平和な時代が一万年以上続いたとされています。
富士山が現在の形になったのが一万年前と言われていますから日本の象徴の富士山はそれ以降に出来たものです。
本日も読んでいただき有難うございました。
【参照:土地・住まいの気】
【参照:気の通り道】
【参照:運と住まい】
☆今日も明るく元気に参りましょう。
☆太古の日本に存在したと言われる超古代文明が記されたものにカタカムナ文献があります。
現代科学を凌駕する科学力と高い精神性を備えた人びとの存在が浮き彫りにされています。
今は忘れ去れらた高度な文化も、現代日本人の心の奥には遺伝子としてその記憶は残っています。
新時代に太古の記憶が蘇ります。
☆都市と気の関係について以前調べたことがあります。カタカムナの潜象世界が現代の都市にも生きていることが実感できるものでした。風水の大元は太古の科学書の伝承です。カタカムナ文化が二万六千年前の東洋人の祖から来ていると推察できます。
当然長い年月には情報は忘れ去られ葬り去られたのでしょう。現代文に直すと太古には現代を越えた科学の存在が見えてきます。
☆人間は生身の肉体とそれを活かしめる霊体の複合で出来ております。
肉体はその生命を維持するために水分や食物を補給します。
また、肉体を健康に維持するために気のよい健全な場所に住みたくなります。
☆人びとは富と健康と成功をめざして健全で豊かな大地を探し求めてきました。
土地の気の学問のカタカムナのウガヤフキアエズ朝の古文書・情報の一部が伝わっています。土地には正負の磁気的場が存在します。現代のような狭い土地で健全な暮らしをすることは容易なことではありません。何とか自然のパワーの土地や空間を造る手立てを考察し実験を繰り返してきました。
☆これらの基本的仕組みが理解されると、自然界の鉱物界、植物界、人間界、宇宙界のそれぞれが一体化された創造の法則で成り立っていることを意識は個人のレベルに合わせて神秘のすべてを解き明かしてくれます。
☆当然長い年月には情報は忘れ去られ葬り去られたのでしょう。
現代文に直すと太古には現代を越えた科学の存在が見えてきます。
太古の情報が現代の四柱推命や方位学や風水の元になっていると考えられます。
失われてしまった過去が今また浮上してきました。新時代は、霊性と真理と進化の時代です。
物質文明を踏まえつつ一気に新たな文化が再生されることでしょう。
☆≪繰り返しの法則≫
願いや成功達成の願望はいくらやっても効果がないとか潜在意識に届かなという方がおります。
それは、本当は意識に入っているのですが、即結果が欲しいために諦めてしまうのも早い方の場合です。
願いや成功達成の願望の入りやすい方法は瞑想です。
瞑想を繰り返り返すことで意識は肉体だけだと思い込んでいた自分にハイヤーセルフ(高次の自分)との繋がりを密にしてくれるからです。
瞑想後の爽快感はやり続けた人でないと分からないともいえますがセンスや時期もあります。
ここ水晶の家れいにいらっしゃる方の中にはその場で超越的な体験をされるケースも多々あります。

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オルゴナイトとは?
書庫日記
カテゴリその他歴史
2015/7/18(土) 午前 11:30
こんにちは、Deeです。
今日は、オルゴナイトって一体どういうものか?説明を載せてみます^^以下です↓
オルゴナイトの説明
その昔、オーストリア出身のウィルヘルム・ライヒ博士が自然界に充満するエネルギー、「オルゴンエネルギー」を発見しました。
オルゴンエネルギーは、東洋でいう、いわゆる「気」のエネルギーと同様のものです。
ライヒ博士の研究の後、オーストリアのカール・ハンス・ヴルツ氏によってネガティブなオルゴンエネルギーをポジティブなオルゴンエネルギーに変換するジェネレーターが開発されました。
さらに、アメリカのクロフト夫妻が、一定量の割合で金属の小片、水晶、天然石などを樹脂で固める形に改良しました。
そして、ネガティブなエネルギーを吸収し、ポジティブなエネルギーに変換させて放出するパワーグッズ・オルゴナイトが出来上がりました。
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2019年08月13日

ウィルヘルム・ライヒ: 性経済論,オルゴン・エネルギー,気象操作

ウィルヘルム・ライヒ: 性経済論,オルゴン・エネルギー,気象操作
ウィルヘルム・ライヒ(1897-1957)はラジカルな性革命の活動家。
マルクスとフロイトを統合させようとした人物として知られる。
共産党を除名され,フロイトから破門,ナチの迫害をうけて亡命生活にはいったライヒを語る事は一種のタブーとされる。
1934年にノルウェーに亡命し,米ペンシルバニア州の刑務所で心臓発作で獄死するまでの20年以上もの間,ライヒは何をしていたのか。
多くの学者はライヒが提出した
「オルゴン・エネルギー」
という概念に誇大妄想狂のきざしを精神分析するのみでそれ以上の追求をしない。
「初期のライヒは素晴らしかった」
それだけだ。
しかしはたしてそれだけなのか?
ライヒはなぜ獄死したのか?
しかもなぜ投獄中に米国は文献をすべて没収・焼却しようとしたのか。
しかしいま,ライヒの後半生の研究が急速に評価されつつある。
カナダのヨーク大教授・W・エドワード・マンはライヒの研究を根本的に見直すべきであるとするライヒ論
「オルゴン・ライヒ・エロス」
を著している。
機関誌「ジャーナル・オブ・オルゴノジー」
は14号を数える。
■ライヒの性経済論
ライヒの思想的自立は「性経済論」にはじまる。
この性経済論は,1920年頃に作られたフロイトの精神分析学の枠組みから生まれたものであるが,
一般には性器性欲の理論などに曲解される傾向にある。
しかしながら,その理論の根幹は
「精神の健康はオルガスムの体験能力にかかっている」
というところにある。
ライヒは
「オルガスムとは電気的放電現象である」
との確信を高めて,オルガスムの法則をうちだした。
1.機械的緊張による勃起。器官が流動体で満ちる。
2.強い興奮への発展。電気的性質をおびて荷電する。
3.電気的放出。オルガスムで筋肉は収縮,荷電は減少する。
4.機械的弛緩。
■オルゴン・エネルギーの発見
ライヒは生体エネルギーに関する実験から,生体電気エネルギーが従来知られていたエネルギーと異なる生体を持つ事を発見した。
生体電気は従来考えられている電気エネルギーの概念からあまりにかけはなれている。
そこでライヒは,電気とは別の,知られていないエネルギーがあると考え,これを「オルゴン」と呼んだ。
目をとじてみよう。
どこからともなく青紫色の小さな光点があらわれて,周期的ならせん運動をしながら漂う。
これは真っ暗な闇のなかでもあらわれる。
一般には眼内閃光とされるが,それが生じる仕組みは全く解明されていない。
これらの閃光はオルゴンなのではないかとライヒは考えた。
ライヒは長さ30cm/直径2.5cm〜5cmの内部を艶消し黒で塗った金属筒を製作して,晴れた夜に金属筒の中を覗いた。
円筒形の空間に点状と線状の光が見えた。
さて,これらの光は眼の中の光だろうか?筒の中の光だろうか?
ライヒはそれを明らかにするために,筒の眼をあてる部分にレンズをはめこんだ。
そうすると視界が拡がると同時に点状や線状の光もまた拡大して見えた。
光がもし眼の中の光だったらレンズで拡大される事はない。
こうしてライヒは大気中のいたるところにオルゴンがみなぎっている事を確信した。
金属筒を地面に向けると,アスファルトよりも土のほうがオルゴンは多い。
植物では葉の部分にオルゴンが多い。
つまりオルゴンの放射現象はいたるところで確認できたのだ。
この実験で自信を得たライヒは「オルゴン集積機」を製作する。
木材と鉄板で構成する集積機は大気中のオルゴンを吸入して集中する。
ここでオルゴン・エネルギーについてまとめる。
オルゴンの色は青なし青みがかった灰色で,以下のような集中状態がある。
1.青みがかった灰色で霧のようなかたち
2.深い青紫色で拡張したり集中したりする点状
3.白く急速にうごく点や線
青こそはオルゴン・エネルギーの色である。
その典型が空の青,海の青,湖の深い青だ。
セントエルモスの火,オーロラ,蛍の光の青もオルゴンによるものだ。
この壮大な「青のパノラマ」に幻想科学の興味をおぼえる人は多いが,この発見を積極的に評価してゆく人は少ない。
しかしながら,まず空の青についていえば,ライヒは物理学者が空の青色の原因を大気の拡散現象に帰してしまう事を知っており,そういった態度を古典的な考えとして批判している。
海の青についても同様である。
■オラナー実験
ライヒは米メイン州レインジェリーにオルゴン研究施設を・オルゴノトック・ロッジを拡大して一大研究施設を作る事を決め,1100m2の広大な敷地を購入する。
オルゴノン研究所における大きなテーマのひとつは,オルゴン・エネルギーにより病気を治療するオルゴン療法があった。
ライヒは1940年12月に最初の人体用オルゴン治療器を製作している。
これは木板で構成した低い電話ボックスのような構造で,内側に鉄板が貼られている。
またオルゴン療法とともに,放射線障害もまた大きなテーマであった。
放射能が生体に害を及ぼすのなら,がん細胞をも治療するオルゴンは,逆に放射能を中和する作用があるのではないかとライヒは考えた。
1950年12月,ライヒは原子力エネルギー委員会から放射性同位体を購入してオルゴン集積機の中に入れた。
この実験は「オラナー(ORANAR)実験」として知られる。
「オラナー(ORANAR)」とは反放射能オルゴンの略称だ。
実験そのものは簡単だ。
20層式オルゴン集積機の中に1gの放射性同位体を入れる。
しかしその結果は惨憺たるものであった。
実験の参加者全員が強度のめまい,絶望感におそわれ,持病を持つものはそれが悪化した。
またレインジェリーの実験施設が広域にわたり汚染された。
ライヒは,この効果について,放射能がオルゴンを励起して連鎖反応を誘発したと考えた。
実験は1951年2月に打ち切られたが,その後の1952年5月までの1年以上の間,奇妙な気候がレインジェリー一帯を支配する事になった。
上空に重苦しい暗雲が覆い,重苦しい空気が停滞する状態が続いた。
ライヒはこのような危険な状態のオルゴンをDOR(Dangerous Orgon,危険なオルゴン)と命名した。
■気象操作
1952年4月,荒廃したレインジェリーの施設に戻ったライヒは細い金属パイプを黒雲に向ける事にした。
このパイプはBXケーブルを通して地中深い井戸につながっていた。
水がオルゴンを吸収する性質がある事をライヒは知っていたが,DORもまた吸収するのではないかと考えたわけだ。
結果は思惑どおりで,パイプを黒雲にむけたとたん,DORの黒雲はみるみる小さくなった。
この成果に触発されたライヒは,雨雲の発生から竜巻,雷,台風などの気象現象がDORの流れの機能に水蒸気が付随したものであると考えるようになった。
そこでライヒは
「クラウド・バスター(Cloud Buster,雲破砕機,集雲励起装置)」
を製作,人工的に雨を降らせる事を立案した。
装置はスタンドに何本もの金属パイプが平行にとりつけられた構造で,多連装機関銃のような形だ。
パイプの下端はいずれもBXケーブルにつながっている。
パイプの先を雲の中心に照射すると,装置は雲からオルゴン・エネルギーを吸い取り,雲の結合力は奪われ雲が消える。
一方パイプの先を雲の外縁部に照射させると雲は大きくなっていく。さらに続けると雨になる。
要するにオルゴンの密度分布を変化させて,コントロールする。
この効果は大きく,レインジェリーでの実験が遠く離れたボストンの気候に影響を与えた事をライヒは記録している。
ライヒは1954年〜1955年にかけて,米アリゾナ州カーソンの砂漠地帯で降雨実験を試みている。
ライヒは砂漠ができる理由を単なる水分の不足とは見なさず,DORが過度に集中した状態と考えていた。
実験は成功し,アリゾナ州の砂漠に雨が降り,しばし砂漠地帯は生気をとりもどした。
−謎のカタカムナ文明,安基米得,徳間書店,

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