2019年08月01日

性器崇拝

○性器崇拝
多摩市の落合地区にあった神社に、男性の性器を模(かたど)った柱があった。
神のことを「柱」と数えるのは、このことに関係があるのかもしれない。と、私(黒田康太)は思う。
なぜならば、『古事記』の冒頭に
 <独神(ひとりがみ)と成り坐(ま)して、身を隠しき。>
というくだりがあるからである。
つまり、そもそも最初の神はイザナギとイザナミのようなカップルではなく独身の神であったらしい。
そこで、手っ取り早く性器で数え「柱」という日本語学者チェンバレンの命名による名付け数詞を用いたのではないかと私(黒田康太)は思う。
また、男神と女神が出てきても
「天(あま)の御柱(みはしら)」
などがさらにあるのは、もしかしたら性器崇拝がすでに太古からあったようにも、思えるのだが、……。
しかし、上の記述は間違っているかもしれない。
いろいろなところに、性器崇拝の面影が残っている。例えば、
擬宝珠(ぎぼし)
である。橋の欄干に付いている柱の上端。
そこには、宝珠形の装飾がしてある。
おそらく、そのデザインのルーツは男性のもの(オチンチン)であろう。と、私はいつも個人的に思う。
さらに前の時代である。それが恥ずかしいことなどと思ったりすることはなく、神聖なことだと考えたのである。
例えば川崎市多摩区にある川崎市教育委員会が立てた「五所塚と権現台遺跡」。
そこには、
「男根を模した二本の石棒が据えられ、狩猟にまつわる祭りを行ったと思われる」
などと記述されている。私も、まったくその通りだと思う。
○性器の暗喩
実際に言ってはいけないことを差し障りなく言ったり、書いたり、作ったりすることがある。
そのような例は、宮武外骨の著作や国芳の浮世絵にある。伏字(ふせじ)やだまし絵などにすることも多い。
(注) 宮武外骨(みやたけがいこつ 1867〜1955)は、作家・文化史家。大阪で「滑稽新聞」を発行。著作は、『筆禍史』など。
歌川国芳(うたがわくによし 1798(寛政9)〜1861(文久元))は、江戸時代末期の浮世絵師。
葛飾北斎や歌川広重らの人気絵師に比べ、「奇想の絵師」として注目される。
『水滸伝』のシリーズが評判となり、30歳を過ぎて人気絵師になった。多くの門弟がいて河鍋暁斎も、その一人。
布田駅北にある常性寺の境内におられる像。
日本では七福神と言い、神の一人。
しかし、もしかして布袋さまだったら実在した人物かも。
七柱の中に一人だけ、歴史上の人物がいるらしい。
それはともかく、ここでは弥勒菩薩の化身と考えておこう。でも、何に座っているのか? 
大黒さまだと、米俵に乗っていることが多い。また、寿老人や福禄寿だと鹿や鶴に乗ることもある。
私は、非常に不遜なことを考えている。この神さまの下にある袋状のものについて。
つつじヶ丘駅北口前にある金竜寺。その境内。
いったい何で下のような像が、由緒のある寺の境内にあるのだろうか。
おそらく、前に突き出ている二つのフグリ、つまりキンタマに意味があるのであろう。
この狸では、大きさがあまり誇張されていない。
それでも、手足と比べて大きいことは事実。
また、境内に多くの狸を祀っている寺が、千歳烏山駅北にあった。常福寺である。
その謂(いわ)れなどについても住職に聞くなどして、調べてみたいとも思う。
野川の又住橋の左岸(東)側にある石龍本店にあった。いわゆる狸である。
腹が出ているところは、上の神さまと同じ。しかし、狸だけあってオチンチンの袋も大きい。
俗に言う「狸のキンタマ八畳敷き」である。後ろには、観音様がましますのに、左側の手水(ちょうず)の前には桃。それが、何を表わすかは狸の向きからも自ずと明らか。
言うか言わないかで、世の中のものは露骨なことを暗喩していることが多い。
日本の神さまが、「○おおらかなセックス問答」で述べたように、はっきりと言わなくなってしまったのは、かなり後のことである。と、私は思う。
さらに、詳細は「布田駅周辺」の「○野川沿岸」をどうぞ。
なお、たぬきのキンタマが実際に大きいのかどうかを私は調べたわけではないのでわからない。
歌に、
<たんたん狸のキンタマは、風もないのにブーラブラ。……>
とあるくらいだがら、少なくとも目立つことは事実かもしれない。
○摩羅・金玉・ペニス
摩羅と金玉とペニスは、間違いやすい。
確認のために、蛇足ながらまとめておこう。
「摩羅」(まら・マラ)
は、「摩」の字を「魔」として「魔羅」と書くこともある。
サンスクリット語の「マーラ」の音写で、そもそも「障害」の意味。
それが、仏教の言葉として
「修行や善事を妨げる悪神」
「魔王、つまり欲界第六天の王」
「悟りの妨げとなる煩悩」
などを意味するようになった。
後に転じて、排泄する意味の「まる」までを含むようになった。
「おまる」などという言葉は、いまだに用いられる。
それが、なぜか男性の「陰茎」「男根」「ペニス」にまで及んだ。
もしかしたら、「悟りの妨げとなる煩悩」と関係があるのかもしれない。
金玉(きんたま・キンタマ)
は、文字通り「金色の玉」。しかし、俗称として「睾丸」(こうがん)を意味する。
つまり、男子の金の玉である。ふぐりということもあるようだ。
ペニス(penis)は「陰茎」「男根」のラテン語で、医学分野で用いられる言葉。
しかし、ここではあまり厳密な意味で区別をしない。
金玉(キンタマ)は、実際にはペニスと一体(または対(つい))にして考えたほうがよいのかもしれない。
狸(たぬき・タヌキ)の像や図では、棒状(男根・ペニス)の部分は小さく、むしろ金玉(ふぐり)の部分が非常に大きくなっている。
ペニスの部分に限って言うならば、哺乳類の場合身体に対していちばん大きなのは、どうやら人間みたい。
また、「体のサイズに対して、ペニスがいちばんでかいのはフジツボ」。
ただし、これはテレビドラマの中でドクターHOUSEが言った会話なので、私には真偽のほどはわからない。

青空のホームページ
http://www.geocities.jp/rikwhi/riko/bun_anritu/kami_gainen.html






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2011年02月03日

ウトナピシュティム

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地の果てのある島に、世界でただひとりの死をまぬがれた人間が住んでいるという事をギルガメシュは知った。かなりの老人で、名前はウトナピシュティムという。ギルガメシュはこの老人に会って永遠の命の秘密を教わろうとした。
ギルガメシュはただちに旅路についた。そして長く旅を続け、ついにその島にたどりついた。島は一対の峰が天にとどき、はるか地獄の奥底にまで裾野がとどく山があった。山の前には重々しい入口があった。そして入口には半分人間、半分サソリの怪物が大勢で番をしていた。
ギルガメシュは怪物たちに、老人に会いたいと言った。怪物たちはギルガメシュの体格、存在に感じ入って扉を開けた。
扉の中は暗く、進むごとにさらに暗さは増していった。闇に終わりがないと思われた刹那、一陣の風が吹いて一条の光が闇を縫って刺し入った。ギルガメシュは宝玉がたわわに実る木々にかこまれていた。地上の楽園だった。ギルガメシュはさらに老人のいる場所目指してすすんだ。やがてどこからみても旅の宿だと思われる一軒の家が目に入った。その家にはシドゥリという女が住んでいた。
シドゥリは言った。
「あなたの探していらっしゃるものは見つけ出す事が出来ないものですわ。だって、死というものは神様が人間をおつくりになった時、神様は人間の取り分として人間に死をお与えになったのです。ですから分け前分だけの命をお楽しみくださいませ。飲んだり食べたりして楽しく過す。それが生きる事の意味でしょう?でもどうしてもお行きになされるのなら大洋を渡っていく必要があります。この家にいる船頭ウルシャナビに案内させましょう。」。
ギルガメシュはウルシャナビが乗る舟に乗り老人のいる島に向かった。ウルシャナビはウトナピシュティムのおかかえの船頭だった。
その海の水は死の水だった。触れると人は死んでしまう。そのため、舟のオールは水に濡れるたびに捨てる必要があった。やがて2人はオールを使い果たし、舟はただよう他なかった。やがて舟はウトナピシュティムのいる島に打ち寄せられた。そこにウトナピシュティムが立っていた。
船頭ウルシャナビはウトナピシュティムに事情を伝えた。
老人の目に遠いものをみるような色が浮かんだ。そしてウトナピシュティムは面をあげてギルガメシュに微笑んだ。
「よろしい。秘密を教えよう。」。
こう言って、ウトナピシュティムは、昔神々がおこした大洪水の話、知恵の神エアが風をおこして警告をした話をはじめた。
「風の音で小屋の格子がカタカタ鳴った。エアの合図だと思った。わしはエアの合図に従い、一そうの方舟をこしらえた。松ヤニやアスファルトでしっかり表面を塗り固めてな。そして家族と家畜と一緒にその方舟に乗った。海の水かさが増してきた。嵐は猛り狂った。稲妻がはしった。嵐は七日七夜続いた。方舟は水の上をさまよった。
七日目、方舟は世界の果てにあるある山にのりあげた。わしは、水がひいたか調べるため1羽の鳩を舟から放った。鳩はすぐに戻ってきた。とまる場所がないという事じゃ。次に1羽のツバメを舟から放った。ツバメはすぐに戻ってきた。とまる場所がないという事じゃ。次に1羽のカラスを舟から放った。カラスは戻ってこなかった。わしは家族と家畜をうながし、神に祈りを捧げた。そこでふたたび風の神が風をひとふき吹いた。すると舟はまた流され、この島に流れついた。以来、わしはこの島に住んでおる。」。
ギルガメシュはこの話をきいて、不死を求めてのこの旅が無意味である事を悟った。ウトナピシュティムが永遠の命を得たというのは、神の特別の計らいによるものだった事がわかったからだ。
老人は英雄の疲れきった表情をながめ、眠るよう言った。
ギルガメシュは6日6晩眠った。そしてふるさとウルクへ向かった。
-H.ガスター著「世界最古の物語」

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エア(Ea):バビロニアの神で、天の神アヌの子。シュメール神話の水神エンキに相当する。
神々を滅ぼそうとしたアプスーを倒し、ダムキナとのあいだにマルドゥクを儲ける。
祖父アンシャルの許しを受け、息子の代わりとしてティアマトに立ち向かうが恐れをなして退却。のちにマルドゥクがティアマトを倒した際、息子に命じられて太陽の統治を任された。また、キングの骨と血から人間を創造した。
『ギルガメシュ物語』では知恵の神とされ、ウトナピシュティムに方舟を作るように命じる。

立体鳥類模型店
http://blogs.yahoo.co.jp/hama0saya/9331477.html




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