2025年03月06日

Robert Dawson: アトランティスとムーの大戦,古代アンドロイド

Ancient Earth History, Part 8 Atlantis and Mu (Chapter III)
By Robert Dawson
February 10, 2025

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(要約)
Robert Dawson: アトランティスとムーの大戦,古代アンドロイド
古代地球の歴史6,アトランティスとムー第1章
Robert Dawson
2024年3月7日
■ アトランティスとムーの大戦
ちょっと昔,紀元前11500年の運命の日,地球上で最も技術的に進んだ2つの国家間戦争は,劇的な終結を迎えようとしていた。陽気なアトランティス人(Atlanteans)は,かつては親しい同盟国で,今や激しいライバルとなったムー(Mu)に対する新たな勝利を祝い始めたばかりだった。グレーターアトランティス(Greater Atlantis)の軍勢は圧倒的で,483万人の軍隊,地球との近接戦闘用の12.3万機の小型ビームシップ,一瞬のうちにあらゆる物質を消滅させることができる熱兵器を備えた16431機のビームシップ,そして中距離ビームシップに搭載された24230機の過剰ビームマシンで構成されていた。
しかし,ムーの科学者が開発した兵器は,多くの点でアトランティス人のすべての兵器を合わせたものよりもさらに危険で破壊的であった。原子と電気エネルギーの力で,彼らは小さな惑星を丸ごと軌道から引き離し,慎重に決定した目標に極めて正確に誘導することで,すべてを破壊する宇宙爆弾に変えることができた。そしてこれを念頭に置いて,直径数kmの小惑星帯の小惑星が選ばれ,地球,より具体的には大アトランティスに向かうコースに乗せられた。
第60回交信レポート,1976年7月8日木曜日,14:03
Semjase: アトランティスがムーに対して全面攻撃を開始するわずか半日前に,人類の狂気の死の使者であり,甚大な影響を及ぼす致命的な宇宙爆弾が完成しました。アトランティスが攻撃を開始したとき,死のミサイルの製造者は,数秒以内にハイパーウェーブインパルスによって,迫りくる出来事について知らされ,死のミサイルの発射を許可するよう命じられました。命令を受けてから数秒後,地球から離れた小惑星の側で,1000個の太陽が暗黒の空間に突入し,巨大な力で怪物が動き始めました。科学者によって操作された死の使者は,急速に加速しました。そして小惑星上で任務を遂行していた科学者は,死ぬ運命にあったのです。その間に,地球では,アトランティス軍がムーの都市を破壊し,平地にしていました。
ムーに勝利したアトランティス軍は巨大な島の王国に戻り,ムーに対する勝利を喜びの狂乱の中で祝いました。しかし,彼らの喜びは長くは続かなかった。なぜなら,彼らが祝賀会を始めたばかりのころ,宇宙からアトランティスに向かって迫りくる危険に関する知らせが次々と届いたからです。何もなかったかのように,暗い天体が突然現れ,その向こう側からまばゆい光を発しながら猛スピードで前進しました。2秒後,小惑星は超新星のように輝き始め,340,000度を超える熱を発生させました。一瞬のうちに,猛烈な熱が猛スピードで飛ぶ巨体から降り注ぎ,広大な地域が燃えて灰になりました。その後,宇宙爆弾は高度172km未満で突然爆発し,何千もの大小さまざまな隕石に変化しました。隕石は小型原子爆弾のように地球に打ち上げられ,衝撃波の領域にあるものや邪魔になるものすべてを壊滅的な衝撃で破壊しました。かつて数千年にわたって平和に共存し,共通の地球外起源を共有していた2つの偉大な国家は,今や完全に消滅してしまいました。プレヤレンがビリー・マイヤーに語り,コンタクトノートに記録したアトランティスとムーの真実の物語は,数万年にわたり,JHWH ARUSやハイパーボレア(Hyperborea)を含む,地球の長く豊かな地球外の歴史と交錯しています。
現代社会がこのテーマに魅了され,私たちの集合的潜在意識に埋もれた真実を知りたいと切望するのは不思議ではありません。その例として,本,グラフィック ノベル,映画,テレビ シリーズの形でこの物語が無数に繰り返されています。しかし,他の人々にとっては,その記憶はあまりにも恐ろしいため,教訓を学ぶよりも,決して起こらなかった神話として却下することを好むのです。
しかし,大アトランティスとムーが破壊された形は,地球の人類の歴史においておそらく二度と匹敵することのない,陰謀と恐怖に満ちたものでした。陰謀家たちはアトランティス人とムーの住民の間に悪意ある陰謀を企て,相互の戦争行為へと導きました。
第60回交信レポート,1976年7月8日木曜日,14:03
セムジャセが特定した悪意ある策略と陰謀の歴史的パターンは,地球人類が進化的意識で前進し,いつの日か銀河系全体で志を同じくする人類の平和的な連合に参加できるようにするために,賢明な方法で十分に認識し,そこから学ばなければなりません。
プレヤレンによれば,アトランティスとムーに降りかかった災害に関する著作の中で,最も真実に近いものとして際立っている人物が二人いるそうです。そしてそれには十分な理由があります。
古代ギリシャの哲学者で教師のプラトン(Plato)は,遠い親戚のソロン(Solon)からアトランティスについて学びました。ソロンはエジプトの司祭から,「アトランティスはかつて西方の広大な地域を支配していた大帝国だった」と聞かされました。しかし,ある日,その都市は地震に見舞われ,海に沈んで消え去りました。プラトンは,アトランティスの物語を,彼の最も重要な対話である『ティマイオス(Timaeus)』と『クリティアス(Critias)』の2つに記録しました。『クリティアス』は,この近ユートピア社会とその衰退に関する主要な情報源です。もう一人の著者はオットー・ムック(Otto Muck)で,1954年に『アトランティス全集(Uber Alles Atlantis)』を執筆しました。これは後に英訳され,1978年にイギリスで『アトランティスの秘密(The Secret of Atlantis)』として出版されました。この本は,アトランティスがプラトンが以前に述べたとおり実在したことを示す説得力のある科学的,考古学的,地質学的証拠を提示しています。プラトンが,かつて偉大で平和な社会の道徳的衰退と最終的な崩壊を描写する一方で,オットー・ムックは,アトランティスは実在し,単に道徳的な寓話として使われたのではないというプラトンの前提を確認しています。それほど奇妙ではない偶然ですが,オットー・ムック自身は,その後戦争で悪用されるようになった先進技術の開発者でした。彼は第二次世界大戦中にドイツのためにUボートのシュノーケルを発明し,ペーネミュンデでロケット科学者の一人として働きました。そしてはい,彼は他の多くの元ドイツ人科学者と同様,戦後アメリカに渡りました。
第60回交信レポート,1976年7月8日木曜日,14:03
Billy: …これを見て。 これは私たちのグループのメンバーの一人からもらったドイツの物理学者オットー・ムックという人の雑誌の記事。
「アトランティスは紀元前8498年6月6日19:00ちょうどに破壊されたに違いない」
と計算したというもの。まさにあなたが言ったとおりだ。ただ,彼はそれが純粋に宇宙的な大惨事だったと考えているだけだ。
Semjase: それは私にとって驚きではありません。この地球人マックの説明は私たちには非常によく知られており,また,年の計算を除けば,彼がいくつかのことにおいて真実に非常に近いという事実も知られています。しかし,彼は確かにこれを知っていたに違いありません。なぜなら,2322年前に,彼の初期の人物の一人を通じてのみ,アトランティスに関する伝説が後世のために初めて文書として記録されたからです。
Billy: 頭狂ってくるよ。君は本当にこのマックの初期の人格の1つが以前のプラトンだったと思っているのか?
Semjase: そうは思いません。私たちはそれを非常に正確に知っています。ここで2つの画像を比較してみましょう。プラトンの胸像オットーと・ムックの写真です。あなたにとって特に印象に残っていることは何ですか?ギリシャのアテネにあるアテネアカデミーの前にあるプラトンの像。その右側には,アトランティスに関する著書の内表紙に掲載されているオットー・マックの写真があります。
Billy: ふーむ,二人ともほとんど同じ顔だ。つまり,オットー・マックは,プラトンの過去の存在とつながってるに違いない。
Semjase: ええ,それは一つの家系を通じて受け継がれてきました。私たちプレアデス星人は長年,オットー・ムックに注目してきました。彼もまた,私たちプレアデス星人にインスピレーションを受けてさまざまなことをしています。まず彼は,当時のアトランティスとムーを巡る出来事についての真実を完全に地球の人類に知らせるために,自らの研究結果を大規模に公表することになっていました。彼は一方では本を通して,他方ではあなたが私に見せてくれた新聞記事を通してこれを行いました。それによって,完全な真実を明らかにするための土壌が整えられます。
第219回交信レポート,1987年6月16日火曜日午前1時30分
Quetzal: かつては4つの異なるアトランティスが存在しました。つまりヘラクレスの柱の向こう,アゾレス諸島とスペインの間(the Azores and Spain)には,ニューアトランティス(the New Atlantis)が存在します。
次に,地中海のサントリーニ島(Santorini)付近に存在していた小アトランティス(Lesser Atlantis)があり ,さらに,後に消滅した後にトロイが建設された古アトランティス(Old Atlantis)があり,大西洋には大アトランティスが存在していました。
大アトランティスのアトランティス人は,4つのアトランティスとその人々のすべてを支配していました。なぜなら,彼ら全員が同じ起源を持っていたからです。こうして中央政府が存在し,さまざまなアトランティスの統治は,リテントと呼ばれる代表者を通じて行われました。(注:「Litent」は「訴訟を起こす人」を意味するラテン語)
第844回交信レポート,2023年5月5日金曜日,18時11分:
Quetzal: でも,いくつか質問があります。あなた方は(プタアのことを指して)太古の昔から一緒にいましたよね。だから,アトランティスや… など,今はもう存在しない場所でも一緒でしたよね。
Billy: … そう,プラトンはそれを記述していた。僕は少年の頃から興味があったけど,それらはアトランティスと呼ばれる異なる場所や集落であり,非常に離れていた。それらはすべて小さい場所や大きい場所だったけど,プラトンが書いた実際のアトランティスは単なる場所や都市ではなく…
ここで,ビリーはアトランティスについての「何か他のこと」について言及していますが,それを明言せず,メモからも除外しています。
第60回交信レポート,1976年7月8日木曜日14:03:
Semjase: しかしアトランティス島帝国は,大西洋の荒れ狂う海に数分のうちに沈み,生き残った生命体は一つもいませんでした。梁船のように建てられた首都はいくつかの部分に引き裂かれ,基礎とともに沈没しました。これは興味深いことです。これはプレヤレンが提供した,アトランティスの美学についての洞察を与えてくれる可能性のある唯一の情報です。しかし,それはほんの一部であり,首都自体に限定されています。
■ プレヤレン・ビームシップ
セムヤーセが「首都はビーム船のように」建設されたと言っているのが文字通りどの程度なのかを知ることは難しく,彼女が言及しているビーム船の種類もわからない。そのため,この比較はさまざまな方法で表現される可能性があるため,ある程度の推測しかできない。大アトランティスは完全に破壊されたため,その文化の考古学的証拠は別の場所で探す必要がある。交信記録の情報に導かれて,私たちは他の3つのアトランティスに注目する。記録によると,地中海のサントリーニ島付近で発見されたミノア文化は,小アトランティスがあった場所。小アトランティスは,大アトランティスを建設し統治したJschwjsch Atlantの妻であるJschrisch Karyatideによって創設,建設,統治された。そして,Karyatideの従兄弟であるMurasが,ムー市を創設,建設,統治した(CR 070参照)。
左の画像は,クレタ島のアトランティス・ミノア文明の産物である「クノッソス宮殿」のコンピューター生成 3Dモデル。これは,大量の考古学的資料に基づいて正確に再現されたと考えられている。しかし,これは伝統的な宮殿ではなく,共同生活のための大きな施設であった。柱の上の外側のファサード上部には,水平方向に走る「円形のモチーフ」がある。全体的に,長方形と柱間の空間が構成されており,後に古代ギリシャ建築でより重要になった「黄金比」と「ファイ比」の比率が使用されています。
中央は,ナショナル ジオグラフィックが作成したメキシコの古代都市テノチティトランの同様のコンピューター生成モデル。過去記事「古代地球の歴史3」では,テノチティトランは東の海を渡って来た難民によって設立され,彼らがアズトランと呼んだ故郷に似せて都市を建設したと説明されている。このモデルには,ミノア文明のクノッソス宮殿に見られるものと同じ水平の円のモチーフが見られる。
そして右端には,ゴビ砂漠の外れ,ヒマラヤ山脈の麓にある寺院があり,かつてはムーがあった場所。ここでも,同じ水平の円のモチーフと,似たような長方形の構成と色彩が見られる。これらの円は実際に太陽を表しているのか? そしてこれは,コンタクトレポート39でプタアが言及した「太陽の息子たち」と何らかの関係があるのか? 地下のアガルタ人が「太陽の息子たち」と呼ばれるのは,彼らが太陽の力を利用したムーの科学者の子孫だから? それとも単なる偶然?
第39回交信レポート,1975年12月3日水曜日,午前1時37分
Ptaah: しかし,シガツェとシャンプラ(Shigatse and Shampulla)の近辺には,地球上の遠い地球外生命体の子孫の首都であり中心地であるアガルタ(Agharta)の地下領域があるということは言えるでしょう。ここは,それ自体に巨大な力を持つ実際の秘密の中心です。この都市は太陽の子らの種族によって支配されています。
見逃せないのは,後にトロイの街が建設されることになるオールドアトランティスです。この街は,古代史の過程で実際に何度も破壊され,再建されました。左側は,紀元前14 〜 13世紀のアクロポリスの王宮(the Acropolis)と隣接する建物のイラスト画像で,Archaeology Illustratedによってトロイの外観を再現したものとされています。これは,比較のために中央と右の画像に示されているクノッソス宮殿のミノア建築様式と驚くほど似ています。
「しかし,本土から離れたクレタ島(the island of Crete)には,高度な文化を持つ人々が定住していました。ミノア人(the Minoans),別名アトランティス人(the Atlantians)です。ある日,はるか北,クレタ島の北の外洋で,火山島サントリーニ島(現在のティラ島)が爆発し,海に沈みました。その結果,巨大な津波がクレタ島を襲い,ミノア人はギリシャ本土に逃げました。そこで彼らは,野蛮で無教養で原始的なヘレニズムの子孫に出会いました。彼らはミノア人から,あらゆる芸術や商売,書き言葉や話し言葉の指導を受けました。こうして,ギリシャ人は文化を知るようになりました。ヘレニズムの人々自身の意識レベルは,ミノア人と決して対等ではなかったため,その後数世紀にわたって,ミノア人がもたらした意識レベルにとどまりました。彼らはそれに従って生活し,何の進歩もありませんでした。そして,約2000年前まで,彼らは半神を崇拝していました。その最高神はゼウスであり,ゼウスはオリンポス山で亜神とともに暮らしていたとされています。」 -ビリー,FIGU ニュースレター #61
上の3つの画像では,ビリーが話していた,ミノア人が古代ギリシャにもたらした芸術や貿易の例を見ることができます。左側は,クノッソス宮殿の隔離された壁の部分です。中央は,ギリシャ南部のピュロス近くの考古学的な遺跡の最近の復元写真で,紀元前1250年頃の青銅器時代のミケーネ宮殿です。右側は,ギリシャ北部のイクライナのミケーネ宮殿(the Mycenean Palace of Iklaina)です。
■ 高度な古代技術の証拠
・アンティキティラ島の機械
オットー・マックは著書「アトランティス・ライジング(Atlantis Rising)」の序文で,サントリーニ島の海の深海から引き上げられた装置に関する興味深い発見について触れている。この装置は長い間何に使われていたのか明らかでなかったため,単に「アンティキティラ島の機械(Antikythera mechanism)」と呼ばれていた。マックは初期の報告に非常に感銘を受け,本を出版する前に特別にそれを見たり調べたりするように手配した。謎のアンティキティラ島の機械は,1901年にギリシャのアンティキティラ島(the Greek island of Antikythera)付近の難破船で海綿ダイバーによって発見された。靴箱ほどの大きさのこの機械は,多数の小さな文字が刻まれた歯車と文字盤で構成された精巧な古代のコンピューターであることが判明した。元の状態に戻された実用モデルにより,日食などの天文現象を予測したり,さまざまなスポーツ競技の開催日時を決定したりできることが確認された。
・ピュルコス
アンティキティラ島の機械は,かつて偉大で高度な文明があったことの証しとなる数多くの遺物のうちの1つにすぎない。アンティキティラ島の機械のうちのいくつかは,アテネのコツァナス古代ギリシャ技術博物館に展示されている。
中世ギリシャの数学者で技術者のヘロン・オブ・ アレクサンドリア(Hero of Alexandria)は,ピュルコス(the pyoulkos)と呼ばれる器具の使用を記録している。これは,細長い針を通して物質をチャンバーに吸い出すことができるだけでなく,液体を体内に注入するためにも使用できる。この「注射器」は,水時計など,他の多くの革新にも貢献したアレクサンドリアのクテシビオス(Ctesibius)によって約300年前に発明されたと考えられている。古代の注射器は,現代の注射器とサイズと形が似ていたが,銅でできていた。紀元後2世紀には,ギリシャの医師ガレノスが真鍮製の注射器を使用し,白内障の治療に目に使用したと言われている。
・アルキタスの飛翔鳩
アルキタスの飛翔鳩(または鳩)は,祭壇で犠牲が捧げられるたびに「奇跡」を起こすために寺院の中庭の地下に隠された,自走式の自律飛行鳥として描写されている。
・アンドロイドロボット・タロス(Talos)
紀元前700年頃のギリシャの作家ヘシオドス(Hesiod)の詩『作られたのであって生まれたのではない(made and not born)』で,タロス(Talos)について言及している。タロスは,「ギリシャの発明と鍛冶の神ヘパイストスによって作られた巨大な青銅の男」として描かれている。タロスは,ギリシャの神々の王ゼウスから,クレタ島を侵略者から守るよう命じられた。タロスは毎日3回島の周りを行進し(他のバージョンでは飛び回っていた),近づいてくる敵の船に岩を投げつけた。敵が島に上陸すると,タロスの体は熱くなって輝き,致命的な抱擁で侵略者を殺した。巨人の体の中心部には,頭から片方の足まで管が走っていて,ギリシャ人がイコール(ichor)と呼んだ神々の神秘的な生命の源を運んでいた。
古代ギリシャのロボットは,ミノア文明のファイストス宮殿のクレタ島の硬貨に描かれており,紀元前300年頃のもの。翼のある「ΤΑΛΩΝ」(TALON/TALOS)は石で武装しており,クレタ島の敵とみなした敵に投げつける。紀元前3世紀に遡る別の古代文献『アルゴナウティカ』には,魔術師メディアがタロスの足首のボルトを外してイコール液を流出させてタロスを倒した様子が記されている。
タロスは1963年の映画『イアソンとアルゴノーツ(Jason and the Argonauts)』に描かれているが,元の物語よりもずっと大きく描かれている: https://www.youtube.com/watch?v=LxA3wFYxUB8
アドリアン・マイヤーによるタロスの神話に関するTED-Edアニメーションビデオ: https://www.youtube.com/watch?v=vVTA-E3G8bQ
■ 古代ギリシャの花瓶のパンドラ
・1927年の映画『メトロポリス』に登場する女性アンドロイド
ヘシオドスの『神統記』で初めて描かれたパンドラの物語も,アンドロイドのもう一つの例である。後世のバージョンではパンドラは知らず知らずのうちに悪魔の箱を開けてしまった無実の女性として描かれているが,ヘシオドスのオリジナルでは,パンドラはヘパイストスによって造られ,ゼウスの命令で地球に送られた人造の女性として描かれており,箱については何も言及されていない。詩人ヘシオドスは,パンドラはタロスのように「生まれたのではなく作られた」と語っている。
全能の神ゼウスの命を受け,発明の神ヘパイストスがその仕様に合わせてデザインしたパンドラは,魅惑的な乙女のように見えるように作られた,生きているようなアンドロイドであった。彼女の目的は,カロス カコン(美に隠された悪)の顕現として人間を罠にかけることであった。ヘパイストスはタロスとパンドラを作ったほか,女性のように見えるが金属でできた自動召使一式など,他の自動移動物体も作った。ホメロスの神話によると,ヘパイストスはこれらの人工女性に「神の知識」を与えましたが,これは人工知能への言及であると考えられる。
第592回交信レポートでは,ビリーはパンドラの箱の話は神話であり真実ではないと述べているが,パンドラ自身は存在しなかったとまでは述べていない。さらに第317回交信レポートでは,次のことが分かる。
第317回交信レポート
Billy: では,もう一つ質問。アリストテレス,アポロ,ゼウスとその配偶者たちと古代のリラ人やビーガン人の間には,初期のつながりはあった?
Ptaah: いいえ。この短いやり取りで興味深く,示唆的なのは,両者ともアポロ,ゼウス(および配偶者)が実在の人物であることを知っているという知識に基づいて話していることです。
フィロンのロボット召使
人間型ロボット
古代ギリシャのハイテク発明
ヘパイストスに加えて,ビザンチンのフィロン(紀元前3世紀)がいました。紀元1世紀のアレクサンドリアのヘロンの著作によると,彼はカップを手に持つとワインを出す人型ロボットを製作し,アレクサンドリアの市場に置かれたこともあったそうです。彼はまた,特定の寺院の外に設置された,祝福を与えることができる自動販売機についても書いています。
左上,メイド姿の人型の人物が右手に水差しを持ち,隠れた歯車がカチカチと音を立てながらそれを持ち上げ,傍観者が左手のひらに置いたカップにワインを注いでいる。この再現物はギリシャのアテネにあるコツアナス古代ギリシャ技術博物館で見ることができる。
右上には,2つ目の再現バージョンが「古代ギリシャのハイテク発明」というより大規模な展示会の一部として展示されています。
■ ムーは一体どこにあったのか… ?
第55回交信レポート,1976年6月14日月曜日,午前10時37分
Semjase: グレート・アトランティスは,中国のゴビ砂漠にあるムーの住民との戦争により破壊され,海に沈みました。しかし,ムーも破壊されて存在しなくなり,地下都市アガルタだけが残りました。ムーはかつて陸地であり,首都でもありました。ムーは他の国と同じような国でした。
しかし,地上の都市と地下都市アガルタは,それぞれ男性と女性によって統治されており,地球外生命体によって創造されました。国も都市も,琴座系から来た地球外生命体によって建設され居住され,そして再び破壊されたという点を除けば,特別な重要性はありませんでした。
つまり,「MU」という名前は,首都,国,そしてその国にある他の都市を指すために使われていた。ムーの「国」はゴビ砂漠を超えて広がっていたのか?最近の交信レポートで,ビリーはそうだった可能性があると述べている。
第871回交信レポート,2023年12月4日月曜日11時21分
Billy: …ああ,そうだ,君が何を言っているのか分かる気がする。その描写は, 帝国が海か何かに沈んだせいで,現在は島しかない土地のことを指しているのだろう。その地域は広大な土地だったが,スファスと一緒に会った人食い部族が住む大きなジャングルもあった。彼らは平和的で,死んだら自分の部族の者だけを食べていた。戦争も襲撃もせず,ジャングルに他の人食い部族や他の原住民が住んでいたかどうかも分からない。しかし,ジャングルのはるか外には大きな都市があり,そこには本当に大きな巨人が住んでいた。実際はアンドロンのような,身長5〜6メートルの巨人だ。スファスが彼らを何と呼んだか,どこから来たのかは覚えていないが,私が知る限りでは,MUという国があったと言われている。しかし,もしそれが本当にスファスと私が当時いた土地だったのなら,そこには何も残っていないことになります。1940年代にスファスと私が今の様子を見に行ったとき,私たちが2,30年前にそこにいたときからすべてがどのように変わったかを見ました。もしそれが本当にその地域だったなら,今日そこにはいくつかの島があるだけです。なぜなら,すべてが海に沈み,巨人,またはそこに住んでいた巨人は,その地域が海に消えたと思われるときに去ったに違いないからです。
ビリーによるこの最新の暴露は,海に消えた古代都市ナン・マドルの謎を解明するのに役立つかもしれない。セムジャセが CR60 で説明したように,グレーター・アトランティスに衝突した小惑星が,地球全体に津波と洪水の反響を引き起こした。
接触報告60,1976年7月8日木曜日,14:03
Semjase: まるで世界が沈んでいくかのようでした。なぜなら,破片の衝撃力は,今日あなた方が狂気じみて持っているような多くの水素爆弾よりも強大だったからです。こうしたすべての出来事により,荒れ狂う海は巨大な津波に巻き上げられ,猛スピードで高さ2,300mまで押し寄せ,あらゆるものを巻き込み,国全体を水中に沈めたり,少なくともその進路にあったものをすべて破壊したりしました。
多くのムー研究者,特にジェームズ・チャーチワードは著書『ムーの失われた大陸』(1926年)の中で,ミクロネシアのカロリン諸島の一部であるポンペイ沖に位置する古代の沈没した巨石都市を調査し,それがかつてムーの一部であったと確信している。
ナン・マドール
ニューギニア島の北,日本の南に位置する西太平洋のカロリン諸島に伝わる古い伝説によると,遠い昔のある日,何人かの白人の見知らぬ人が光り輝く船とテラフォーミングされた島々にやって来たそうです。
「彼らは私たちの言語を話さなかったが,私たちと同じ人種の人々が一緒にいたので,たとえ彼らの用語が多少異なっていても,私たちは意思疎通を図ることができた。彼らの習慣は長年,海辺の土地,素晴らしい建物,幸せな人々の美しい物語を語る外国人の習慣に合わせていた。これらの新参者は私たちに不思議な奇跡を教え,その結果,海上に新しい島々が生まれた。私たちの船は波間を安全に航行し,どんなに強い敵でも私たちを倒すことはできなかった。」
「しかしある日,大嵐が起こり,敵が成し遂げられなかったことを成し遂げました。素晴らしい建物は数時間で流され,かつては歌声に満ちた花咲く島々は,住民とともに海底に沈んでしまいました。」
ナン マトルは大部分が海底に沈んでおり,残っている遺跡はミクロネシア連邦のポンペイ島の東海岸沖に横たわっています。この巨石都市は運河網でつながれた一連の小さな人工島で構成されており,「太平洋のベニス」とも呼ばれています。ナン マトルという名前は「間の空間」を意味し,遺跡を縦横に走る運河にちなんで付けられました。元の名前はソウン ナン レン(天国の岩礁) でした。
ピラミッドや他の巨石建造物と同様に,ナン・マドールの建造には,5トンから50トンにもなる大量の石材を必要な場所まで移動して持ち上げるために,多大な労力と専門知識が必要でした。幅10フィート,高さ最大37フィートの壁を建てるために,2億5千万個の岩石(70万メートルトン)を他所から運ばなければなりませんでした。地元の人々によると,古代の建設者は魔法を使ったそうです。「さまざまな音程の音」を使って,魔術師は玄武岩の丸太を鳥のように空を飛ばし,所定の場所にとどまらせました。1995年にディスカバリーチャンネルでナン・マドールのドキュメンタリー映画を制作していたとき,1トンを超える重さの板材をいかだで運ぶ試みはすべて失敗しました。
ナン・マドールの巨人
20世紀初頭,この島がドイツの統治下にあったとき,島の総督ヴィクター・バーグがナン・マドールの封印された墓に入り,島の古代の統治者の棺を開けた。彼は高さ3メートルの巨人の骸骨を発見した。ポンペイの人々は,巨人が1万2000年前の大災害で太平洋に沈んだ消滅した大陸ムーの原住民であると信じている。彼らの伝説には,3つの異なる巨人の種族,すなわち,飛行可能な人間のような種族,飛行し海底に住むことができる類人猿の種族,そして海中で働く働き者ドローンとして最もよく説明される3番目の系統の「超大型巨人」が含まれている。1900年代初頭,研究者は人食い巨人種族であるコナについての有名な伝説を記録した。
■ 失われた王たちのプラチナ棺
第二次世界大戦前,日本がポンペイ島を支配していたとき,日本の科学者たちは,珊瑚礁の上に建てられたナン・マドールの現存する遺跡はパズルの一部に過ぎず,実際にはナン・マドールは海のさらに奥の波の下にまで広がっており,実際にはまるごと沈んだ都市であることを発見しました。そこで,日本軍は海底で巨大なプラチナの棺を発見したと言われています。驚くべきことに,彼らが棺を水面に引き上げるために壊したとき,その中に身長10フィートを超える巨人の白骨遺体を発見したと言われています。ダイバーは水中で棺を砕き,プラチナの破片を引き上げました。突然,日本への島の主要輸出品であるバニラ,コプラ,サゴヤシ,マザーオブパールがプラチナに取って代わられました。
1939年,日本統治下にあった時代にナン・マドール島を訪れたドイツの探検家で作家のヘルベルト・リトリンガーは,その著書『測り知れない海』の中で,そこで発見されたものについて記している。リトリンガーによれば,ナン・マドール島沖で発見されたものは,実際にはプラチナの棺をはるかに超えるものだったという。
「海の底には,数え切れないほどの数千年前に存在した,名高い王国の輝かしく壮麗な中心地がありました。途方もない富の噂に誘われて,真珠採りのダイバーや中国商人がこっそりと海底を調査するようになり,ダイバーたちはみな信じ難い話を携えて深海から浮上しました。彼らは,ムール貝やサンゴが生い茂る,よく保存された海底の道を歩くことができました。「海底」には,数え切れないほどの石造りの納骨堂,柱,一枚岩がありました。彫刻が施された石板が,はっきりと認識できる家屋の跡に掛けられていました。真珠採りのダイバーたちが見つけられなかったものは,現代の装備を持った日本人ダイバーによって発見されました。彼らは,ポンペイの伝統的な伝説が伝えていた貴金属,真珠,銀の延べ棒の莫大な富を発見し,それを裏付けました。」 -ハーバート・リトリンガー著『計り知れない海』からの抜粋。
1970 年代と 1980 年代に考古学者たちは,ナン マトールに海に通じるトンネルと洞窟の広大なネットワークがあることに気付きました。あるチームはこのネットワークをたどって,水深約 100 フィートの石柱と建造物の集合体を発見し,それが広大な海底遺跡ネットワークの始まりに過ぎないと推測しました。しかし,それ以来,海の下に何があるのか??を突き止めるための本格的な調査は行われていません。
巨人によって建てられた古代の水上都市,ナン・マトールについての短いドキュメンタリーはこちらです ? https://www.youtube.com/watch?v=CHyzj-xttR8
ナン・マドールのちょうど南には,左の写真のように,パプアニューギニアの仮面の男たちが暮らしている。彼らの歴史によれば,彼らは約1万5000年前にアジアから移住してきた。彼らの文化的芸術の例は,鳥のような動物と人間の融合した生命体の描写を含め,博物館で見ることができる。中央左は木彫り,中央右は木の樹皮に描かれた絵である。これらの生命体は,接触記録ではケルビムであると特定されており,シュメールやバビロニアの石のレリーフ,イースター島周辺の岩の彫刻,そして青い肌の種族の一員とともに描かれることの多い古代インドの芸術など,複数の古代遺跡に描かれている。
第69回交信レポート,1976年12月10日金曜日,午前0時41分
Semjase: この征服の後,ヴィラココハはケルビムの特別な護衛とともに,イースター島の前に位置し,今日私が知る限りではモトゥヌイかそれに似た名前で呼ばれているモットという小さな島に定住しました。当時,ケルビムは動物と人間の生命体であり,この場合はすべて鳥のような形をしていたため,モットと呼ばれていました。
次の記事「古代地球の歴史7 - アトランティスとムー第2章」では,アトランティス,ムーなどの初期の歴史について説明する。
ゲスト著者Robert Dawson

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2025年02月23日

Robert Dawson: 古代アトランティス/ムー文明とミノア文明(小アトランティス)

Ancient Earth History, Part 8 Atlantis and Mu (Chapter III)
By Robert Dawson
February 10, 2025

THEY FLY BLOG
https://theyflyblog.com/2025/02/ancient-earth-history-part-8-atlantis-and-mu-chapter-iii/
https://theyflyblog.com/2024/11/cr-900-the-time-of-doom-comes-in-the-third-millennium/
https://theyflyblog.com/2024/11/what-does-the-future-hold-an-in-depth-look-at-donald-trump/
https://theyflyblog.com/











(要約)
Robert Dawson: 古代アトランティス/ムー文明とミノア文明(小アトランティス)
古代地球の歴史第8部/古代アトランティスとムー(第3章)
Robert Dawson
2025年2月10日
「PEACE.Frieden,Amani,Eiphnh,Baris,Vrede,平和,Paqe,Pace,Paix,Paz....」太古の昔から,あらゆる人類文明は,存在の自然な状態として平和を求め,
いったん平和を獲得したら,できるだけ長くそれを維持するよう努めてきた。歴史を通じて,平和が繁栄と調和を生み出すことが何度も証明されてきたからだ。社会で調和のとれたバランスが達成されると,人間の意識と精神形態の自然な成長にとって理想的な条件が整う。
「創造の導きによって,生命体の間に平和がもたらされ,生命が互いに敵対することがなくなり,愛と進歩が平等に存在し,破壊ではなく生命が存在することが決定され,実行される。」 ? OM,カノン 17: 174
「平和に気を配りなさい。平和はあらゆる前向きな発展と制限のない進化の保証である。」 -ビリー
■13万3千年前
深宇宙からの旅行者たちは,故郷の世界や恒星系の紛争や争いから逃れ,地球で新たなスタートを切る平和を求めて地球にやって来た。これらの出来事は,アトランティスとムーシリーズの過去記事,第1章と第2章で説明した。
平和に成長していた時代のアトランティスとムー(Atlantis and Mu)にかつてあった美しさと壮麗さは,私たちには想像するしかない。プレヤレン/プレアデス星人のセムヤーセ(Semjase)がビリー・マイヤーに語ったところによると,アトランティスの首都はグレーター・アトランティスの都市の中心にあり,ビーム船に似ていたが,大陸全体を沈める大災害が発生したとき,その基礎から崩れ落ち,時間の海と私たちの集合的無意識の中に消えていったそうだ。しかし,かつて偉大だった文明は,崩壊よりずっと前から平和の基盤から崩れ落ちていた。ビリー・マイヤーのコンタクトノートによると,太古の世界大戦で地球が荒廃した後,深宇宙からの移民が新たに到着したのは13万3千年前/133000年前のことであった。北大西洋のアトランティス大陸と都市は,何千年もの間地球外生命体によって使用されていたが,再び居住可能となり,ユシュヴィッシュ・アトランティスのリーダーシップの下で拡張された。プレヤレンはこれを大アトランティス(Greater Atlantis)と呼んだ。彼の妻であるカリアティデ(Karyatide)もユシュヴィッシュであり,地中海のサントリーニ島周辺に新しい集落を築き,彼らはこれを小アトランティスと呼んだ。その子孫がミノア文明(the Minoan civilization)であって,そして新アトランティスは「ヘラクレスの柱の向こう」のアゾレス諸島とスペインの間に築かれた。
旧アトランティスは, 後にトロイが建てられる場所に存在していた。同じ頃,カリアティデの従兄弟であるムラスは,巨大な都市ムーを建設したが,その起源もそれ以前の時代にあった。そして,ユシュヴィシュ・アルムスは,その民とともにアルメニア地方に定住した。彼らは,これまで経験したすべての戦争を通じて賢くなり,全員が自分たちの領土に留まるならば,遠く離れた場所にも平和が訪れると期待していた。
009からの抜粋
1975年3月21日金曜日 16:18
Semjase: 数千年の間,彼らは完全な友情と平和の中で暮らしていましたが,一部の科学者が再び権力欲に屈し,支配権を握ろうとしました。プラトン(Plato)は,この時期,セムヤーセが語った分離とその結果生じた平和について書いています。
ミノア美術
「ミノア文明は長い間,ミノア海洋政治,パックス・ミノイカ,そして比較的少数の要塞に言及して,平和的であるとみなされてきました。文書による情報の欠如は研究者の空想をはぐくみ,ミノア文化が人類の黄金時代であるという考えは偶然ではありませんでした。ミノアの芸術家たちは,人生を美の絶え間ない流れ,終わりのないゲームとして描き,その中ではつかの間の感情と喜びが幸福の源泉となるのです。ミノア芸術は現代人にとって重要です。なぜなら,それは今ここの世界における調和のとれた生活に注目を集め,インスピレーションと美の信じられないほどの力を持ち,私たちの生活に軽やかさ,喜び,そして魂の幸せな飛翔の感覚をもたらすからです。そして,それは本当に重要なことです。」 -テティアナ・ダニロヴァ著『陸,海,空の間:青銅器時代のクレタ島のミノア文明の芸術についてのいくつかの言葉』からの抜粋
「そして彼らは中央の島の周囲と外側と内側の円の下から石を切り出したが,その一部は白,一部は黒,一部は赤であった。」 - プラトン『クリティアス』
「オリハルコン(Orichalcum)」は,プラトンが語ったアトランティス独特の素材。ギリシャの多くの古代文献には,オリハルコンは真鍮に似ていて「火のように輝く」銅と亜鉛の合金であると記されています。カラー画像は,もともとクノッソス宮殿(the Palace of Knossos)と呼ばれていたものを描いています。しかし,考古学者アーサー・エヴァンス(Arthur Evans)が「宮殿」という呼び名を使ったのは誤りであることが判明しました。クノッソスは宮殿としてではなく,コミュニティの生活の場として機能していました。建物の多くは2階,3階,4階建てで,20世紀に近代的な建築技術が登場するまではめったに見られなかった柱と梁の構造を採用していました。カラーの立面図は,クノッソスにあるミノア建築の復元図です。欄干の上部の縁には,牛の頭と人間の体を持つ生き物,ミノタウロスの角を表す二重の突起があります。赤のアクセントと対照的な黒と白の石の交互パターンがよく使用されていました。右側は,複数のフロアを貫通し,一定の間隔を置いて設置された採光窓を使用した間接照明の使用を示す内部ショットです。
・気候変動により新たな遺跡が発見される
2010年,イラク北部クルディスタン(northern Iraqi Kurdistan)の干ばつによりチグリス川(a Tigris River)の貯水池の水位が大幅に低下し,地図の白い矢印で示した場所付近で謎の遺跡が出現しました。
この遺跡で発見された楔形文字が書かれた粘土板は,この場所がミタンニ(the Mitanni)と呼ばれる知られざる文化の一部であった可能性を示唆しています。後期ヴェーダ時代(Later Vedic)のインド・アーリア人であるミタンニ人は,紀元前2千年紀にインドから中東に移住したと考えられています。『Archeology Magazine』 の記事では,彼らはリグ・ヴェーダ(the Rigveda)の言語であるサンスクリット語(Sanskrit)から派生した古期インド語派を話していた人々の子孫である可能性があるとしています。
この理論は,交信リポート070/1977年1月6日によって裏付けられています。
交信リポート070/1977年1月6日
Semjase: しかしその後,カスピ海とアララトの間を移動していた大アーリア人がやって来て,混血民族の粘土レンガの町を占領しました。その町は,以前に侵入したアーリア人(the Great Aryans)と,戻ってきたシュメール人の子孫によってかなりの繁栄を遂げていました。遺跡は,これらの写真に見られるように粘土レンガで建てられたことが立証されています。また,ユシュヴィッシュ・アルムスの子孫(descendants of Jschwisch Armus)であるアルメニア人(the Armenians)は,カスピ海とアララトの間の地域(the Caspian Sea and Ararat)に住んでいました。アララト(ウラルトゥとも呼ばれる)の地は地図上で特定されています。また,遺跡の内部の部屋の一つで発見された部分的に復元された壁画は,セムヤセが「混血の人々」という言葉で何を意味していたかを明らかにしています。
壁画のデザインは紛れもなくミノア文明のものです。先に紹介したクノッソスのミノア文明の立面図と比較すると,どちらも白黒の市松模様の縁取りがあり,どちらもミノタウロス(Minotaur)のモチーフがあり,どちらも赤みがかった青みがかった色の背景になっています。
さらに,驚くべき点がもう1つあります。壁画のデザインは,ミノタウロスの頭,パシパエ(Pasiphae,ミノス王の妻)の頭,そして平和のシンボルを描いたパネルが交互に並んでいるという構成です。右端には正しい平和のシンボル(the correct Peace Symbol,Friedenssymbol/フリーデンシンボル) があり,FIGU公開書簡20にはそのすべての構成要素の説明が記載されています。古代ギリシャの文献には,ミノア人が実際に遺跡の地域に植民地を持っていたことが記録されています。
「ギリシャ最古の詩人ホメロスは,後の作家たちと同様に,クレタ島のミノス王についてかなりの数の言及をしている。とりわけ,ミノス王は,海軍によって広大な領土を統治し,海の帝国,すなわち海洋政治を治めることができた強力な王として,ギリシャの歴史的文学に登場している。海外領土は,紀元前8世紀に著述したヘシオドス(Hesiod)の時代にはすでにミノスに帰せられていた。ミノス,その子供たち,兄弟たちは,地中海に数多くの植民地を築いたと言われている。西はイタリアとシチリア(Italy and Sicily),西と南トルコのミレトスとリキア(Miletos and in Lycia),東はレヴァント海岸(the Levantine coast),南はリビア,北はギリシャ中央部とトロアド」
-G. L. Huxley『ギリシャ史料に見るミノア人』
・パリジェンヌ
フランスの考古学者,アーサー・エヴァンス卿(Sir Arthur Evans)がクレタ島のクノソス宮殿で最初に壁画の発掘を始めたとき,彼は驚きました。彼は非常に慎重に発掘作業を進めました。ゆっくりと目の前に現れた女性は,彼がこれまで見たことのないものでした。彼女は紛れもなく…現代人でした。彼女の髪は黒くてカールしており,1 本のカールが額に流れ落ち,他のカールは首から背中上部に流れ落ちています。大きくて暗い輪郭の目はエジプト風ですが,明るい赤い唇は独特です。彼女は精巧に織られた青と赤の縞模様のドレスを着ており,青い帯の縁には赤い斑点のある輪が付いています。ドレスの背中には,エヴァンスが最初に「神聖な結び目」と呼んだ結び目が結ばれています。これは首筋で別の輪と結ばれた長い布で,背中に布が長く垂れ下がっています。アーサー・エヴァンスが最初に発見して間もなく,ギリシャ陶器の有名な美術史家エドモンド・ポティエ(Edmond Pottier)がこの壁画を目にしました。ポティエは,その魅力的な容貌を,口紅をつけることが流行していた当時のパリの女性たちになぞらえました。さらに注目すべきは,当時開会されたパリ万国博覧会の正面玄関にある記念碑的な門の上に立つ女性像がまとっていた衣装です。この像は一般の人々から「ラ・パリジェンヌ」と名付けられ,パリ市の平和と親善の大使として,水に浮かぶマントをまとって5100万人の来場者を出迎えました。エヴァンスもポティエに同意し,それ以来この壁画は「ラ・パリジェンヌ」として知られるようになりました。現在,この壁画はイラクリオン考古学博物館(the Archaeological Museum of Heraklion)に常設展示されています。
「ミノア文明の壁画に見られる自然主義と生き生きとした感覚は,ミノア文化に見られる継続的な革新のもう一つの側面だ」
-Louise Hitchcock,メルボルン大学エーゲ海考古学考古学者
ギリシャ生まれのファッションデザイナー,メアリー・カトランズ(Mary Katrantzou)は,子供の頃にクレタ島のクノッソス宮殿に何度か旅行しました。そこで見た壁画に描かれたミノア文明の女性たちのモダンな外見は,その後の彼女のデザイン美学を形成する上で強い印象を残しました。画期的なデジタルファッションプリントで知られる彼女は,2016年のロンドンファッションウィークで発表したドレスにクノッソスの壁画を直接取り入れることで,自分のルーツに戻りました。アンリ・マティス(Henri Matisse)の描いた「ルーマニアのブラウス」に見られる芸術的スタイルは,クノッソスの壁画に描かれ,中央に見られるミノアの王子と比較されています。マティスのミノア文化への関心は,絵入りの本「パシパエ,ミノスの歌(レ・クレトワ)」(1944年)にも引き継がれ,その中でマティスは,印象的なリノリウムの彫刻を通して,ミノス王の妻とミノアの雄牛の物語を語り直しています。しかし,ビリー・マイヤーによると,実際の物語は大きく異なります。
交信リポート750からの抜粋 2020年8月22日土曜日 00:17
Billy: だけど,僕がミノア時代に引き戻されたのは,ミノタウルスの伝説がどのようにして,なぜ,そして何から生まれたのかを知りたいと思ったから。そして確かにそれを見つけることができた。実際,ミノタウルスの伝説はミノス王の死後3世紀後に生まれたものであり,海の神ポセイドンの信仰とはまったく関係のない何かに基づいていた。実際のところ,君の娘のセムヤーセと私が当時の出来事の現場で学び,確認できたことは間違いないが,ミノス王の妻パシパエはミノス王に妊娠させられ,19世紀イギリスに住んでいた「エレファントマン(Elephant Man)」に似た身体障害のある息子を産んだんだ。ジョセフ・ケアリー・メリック(Joseph Carey Merrick)のように,いわゆる「エレファント・マン」は,ミノス王とその妻パシパエの次男で,身体に重度の障害があり,雄牛の頭に似た外見をしており,体型と顔は完全に変形していた。そして当時も今もそうなるが,この少年は先天的な身体障害のため,両親から勘当された。当時,障害のある子供は生まれたら殺されるのが普通だったが,ミノタウロスと呼ばれた彼は殺されなかった。ミノタウロスの胸像はアテネ国立考古学博物館(the National Archaeological Museum of Athens)に展示されてる。
Semjase: ビリーが語るミノタウロスの物語全体は,ミノア(小アトランティス/Lesser Atlantis)とアテネの間に戦争があったことを説明しています。これは重要なことです。なぜなら,プラトンのアトランティス物語では,アトランティスとアテネの間にも戦争があり,アテネがアトランティスを破って最終的に滅亡したからです。しかし,ビリーの説明では,アテネを破ったのはミノア,つまり小アトランティスでした。ギリシャの戦争の神はアレスと名付けられました。
アレス族(Ares)はその短気さ,攻撃性,抑えきれない闘争心のため,おそらくオリンポスの神々の中で最も不人気でした。この描写は,プレヤール人(the Plejaren)の蛮族アルス(Arus the Barbarian)の特徴と非常によく一致します。古代ギリシャ美術では,彼は戦闘に備えて武装した髭を生やした成熟した戦士,または槍や剣などの手持ち武器を持った髭のない裸の若者として描かれました。彼は通常,理想的な戦士という概念を伝え,戦争の栄光をロマンチックに表現する何らかの戦闘行為をしている姿で描かれました。
詩人ヘシオドスは叙事詩『神統記』(Theogony,ギリシャ語の「theogonia」に由来,「神々の世代」を意味する)の中で,アレスを「盾を突き刺すアレス(shield-piercing Ares)」や「都市を略奪するアレス(city-sacking Ares)」と表現し,戦いのより残忍で血なまぐさい側面を象徴する神としました。
「ピュロス戦闘瑪瑙」
2015年,シンシナティ大学のギリシャ考古学教授ジャック・デイビス氏(Jack Davis)と上級研究員シャロン・ストッカー氏(Sharon Stocker)の夫婦考古学チームが発見した遺物は,美術史家たちに古代美術作品に対する理解を再考させるものとなりました。それは,比類のない精巧さと精緻さを誇るミノア文明の石の彫刻。
「この画像を初めて見た時は非常に感動したし,今でもそうだ。涙を流す人もいるよ」とストッカー博士は語りました。
「ミノア人は,誰も想像もしなかったような種類の芸術を生み出していたようだ」とデイビス教授は指摘しました。
印章のサイズが小さく,石に縞模様があるため,微細な細部の多くは顕微鏡写真でのみはっきりと見ることができます。勝利者の垂れ下がった髪の中央のディテールでは,ビーズが通されたネックレスの2本の弦が,髪の細かい波の真上に見えます。並べて比較すると,瑪瑙の頭部と髪の毛の細部の大きさは,現代の米国の25セント硬貨に描かれたジョージ・ワシントンの頭部よりも数倍小さいことがわかります。
「実際,複雑な武器の装飾や宝石の装飾など,この印章の細部の多くは,強力なカメラレンズと顕微鏡写真で観察することによってのみ明らかになる」
「この細部の一部は,わずか0.5mmの大きさ。理解できないほど小さい」
かつては平和を愛していたミノア人は,戦争を好むようになりました。紀元前5世紀初頭,クレタ島出身の詩人バキュリデス(Bacchylides)は次のように書いています。
「好戦的なミノスは,50隻の船尾の速い船でクレタ人の大群を率いてやって来た。栄光をもたらすゼウスの意志により,彼は豊かな胸を持つ乙女デクシテア(Dexithea)と結婚し,戦争の神アレスに忠誠を誓う民の半分を彼女に残した。そして,この山岳地帯を彼らに分配した後,エウロペ(Europa)の血統を持つミノス王は,愛する都市クノッソスへと航海して戻った。9か月後,金髪の乙女デクシテアはエウクサンティオス(Euxantios)を産み,有名なケオス島(island of Keos)を統治させた」
- R.C.Jebb編,G.L.Huxley訳オードL.113-27より抜粋
バキュリデス(Bacchylides)は,ミノスがエウロペ(Europa)の血統だったという事実を強調しています。ギリシャ神話では,エウロペはミノスの母で,ゼウス(Zeus)はミノスの父ですが,二人は結婚していませんでした。控えめに言っても,ゼウスはエウロペを誘拐してクレタ島に連れ去り,彼女はそこで時を経てミノスを産み,さらに二人の息子を産みました。
ゼウスはエウロペに3つのハイテクな贈り物を与えました。1つ目は青銅の男タロス(Talos)で,クレタ島でエウロペの護衛を務めた巨大アンドロイドです。タロスについては第1章で説明しました。2つ目は犬ラエラプス(Laelaps)で,エウロペが望むものは何でも狩り,捕まえることができました。最後は,どんな標的でも命中させる力を持つ槍でした。地球外の「神々」が地球の女性と「絡み合う」という話は,古代ギリシャ神話によく登場し,コンタクトノートやOMでも何度か言及されています。なぜなら,彼らの遺伝子プールを混ぜることは禁じられていたからです。

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2024年05月17日

Daily Star: 南極大陸にある氷の下に続く扉










Daily Star: 南極大陸にある氷の下に続く扉
南極大陸で氷の下に続く扉が発見される
2024年05月06日
※この写真は2009年当時のORIONコンスピラシーより保存してました...
7年前の記事:Atlantis found beneath Antarctic? Giant structures found buried HALF A MILE under ice - Daily Star
南極の地下にアトランティスを発見?
氷の下1マイルに埋もれた巨大構造物が発見される
南極の氷の地下深くに埋もれた謎の巨大構造物が発見されました。
凍てつくようなツンドラの地表から約半マイル下に凍りついた陸地が発見されました。
南極には失われたアトランティスの都市やエイリアンの基地があるかもしれない、というとんでもない主張の中で、陰謀論者たちは大騒ぎになるでしょう。
発見された建造物の中には、「エッフェル塔に匹敵する」ほど巨大なものもあります。
この発見を行った科学者たちは、この発見についてやや現実的な評価をしています。
この巨大な地層は、氷の下に凍ったトンネルや尾根だと考えられています。
これらの巣は、上の氷を安定させるための自然の造形物であると考えられています。
YouTubeで削除された海中の壁 : メモ・独り言のblog (livedoor.blog)
科学者:専門家は、トンネルのネットワークは自然の形成物であると考えています (画像:UOB)
LOST CITY:古代文明が大陸でどのように見えるかについてのアーティストの見解 (画像:MOONXELS)
ベルギーのブリュッセル自由大学の研究チームは、この構造物が「南極氷床下の導水路と堆積物の隆起」の証拠であると発表しました。
この巨大な地層は「氷の底に深い切り込みを刻んでいます」。
科学者たちは、これらの構造を理解することが気候変動が与える影響を予測する助けになると考えています。
しかし専門家たちは、氷の塊に古代文明の遺跡が隠されていると主張する陰謀論者たちを黙らせることはできないでしょう。
オスマン・トルコの提督が描いた500年前の地図をもとに、南極大陸の地下に失われた都市が埋まっていると主張する学者もいます。
一方、UFOの内部告発者は、南極に隠されたエイリアンの基地を見たと主張しました。

メモ・独り言のblog
http://takahata521.livedoor.blog/archives/24388431.html
http://takahata521.livedoor.blog/archives/24348571.html
http://takahata521.livedoor.blog/archives/19611879.html





























フランキー・ストックス - 秘密の土地
2024年05月13日
南極大陸で氷の下に続く扉が発見される : メモ・独り言のblog (livedoor.blog)
南極大陸でのハイジャンプ作戦が暴露された政府映像&南極大陸の古代地図 : メモ・独り言のblog (livedoor.blog)
この報道がどの程度正確なのかはわかりませんが、いずれにせよ興味深いもので、特筆に値します。
先週木曜日、研究者の一団が南極の閉鎖区域を離れました。
生き残った探検隊員からの最初のコメント:
A.O.ヴォルコフ「10人がこのような不幸な隠された大陸を探しに行きました。帰還できたのはたった4人でした。リーダーは私たちのために命を捧げました。」
P.S.グレシュコフ 「私たちは3つの大陸を発見しました。
そのうちの1つは南極大陸の真下にあります。他の2つはアクセス不可能で、全軍が守っています。」
A.A.シモノフ - 「南極大陸は全人類の立ち入りを禁止しなければなりません。すべての国が団結し、あらゆる大量破壊兵器でこの脅威を攻撃しなければなりません。」
※↑どんな脅威があったのかは現時点では不明ですが↓ここ最近少しだけ話題になってた現象
レーダーに捉えられた巨大な何かが南極大陸を離れる:波の規模は85フィート
Something Massive Just Left ANTARCTICIA Caught on RADAR! 85ft Waves (bitchute.com)
1927年に撮影された氷壁の映像
BitChute
秘密の土地:バード提督の部下が南極大陸で発見した「暖かいオアシス」には「暖かい水の湖」があり、海岸には「氷も雪もない」
丘陵地帯には石炭や "重要な鉱物 "の "膨大な埋蔵量 "があることを発見。
他に何を発見したのでしょうか?
秘密の土地〜バード提督が発見したもの
Frankie Stockes - THE SECRET LAND - 検索 (bing.com)
秘密の地 - Wikipedia
https://www.nytimes.com/2017/06/09/insider/1929-byrd-plants-a-times-flag-in-antarctica.html
フランキー・ストックス - 秘密の土地: バード提督の部下が南極大陸で発見した「暖かいオアシス」には「暖かい水の湖」があり、海岸には「氷も雪もない」。丘には石炭と "重要な鉱物 "の "広大な鉱床 "がいっぱいでした。他に何を発見したのでしょう?
5月20日、『タイムズ』紙の2ページにわたる南極大陸の地図を見て、あのサルツバーガー家は違う、と思われたかもしれません。巨大なロス棚氷のすぐ左に、『サルツバーガー湾』があったのです。サルツバーガー家は南極の近くで何をしていたのでしょうか?彼らの実家はウェストチェスター郡にあったのでは?これは誤植?それとも冗談?
そのどちらでもありません。サルツバーガー・ベイの名は、1935年から1961年まで『ニューヨーク・タイムズ』紙の発行人だったアーサー・ヘイズ・サルツバーガーに由来します。彼はリチャード・E・バード少将(当時はバード司令官)の2度の南極探検を支援しただけでなく、提督を友人として数えました。1920年代、義父から出版社を引き継ぐ前、サルツバーガー氏はタイムズ紙を航空と探検の擁護者にする手助けをしました。
バード提督はオックス-サルツバーガー家と『タイムズ』紙に恩義を感じており、1929年12月、南極大陸の夏、マリー・バード・ランドで新たに発見された地形に海図を描きながら、命名を乱発しました。(サルツバーガー湾のほかにも、アドルフ・S・オックスも命名:
- ブロック湾のふもとにあるアドルフ・S・オックス氷河。オックス氏は探検当時、タイムズ紙の発行人でした。
- オックス氷河の西に位置する標高4,200フィートのマウント・イフィジーン。
- オックス氷河から現れる高さ3,000フィートのヌナタック、マルジュプ・ピーク。マルジュプ(ma-ROO-joo-poo)とは、イフィジーヌとアーサー・サルツバーガーの子供たちの名前の頭文字をとったもの: アーサー・オックス・サルツバーガーがそう呼ばれていたように、マリアン、ルース、ジュディス、パンチです。
- イフィジーン山の西にある小さな山々、バーチャル・ピークス。バード提督が南極大陸を探検していた頃、フレデリック・T・バーチャルは『タイムズ』紙の編集長でした。バード提督の最初の探検に資金援助したほか、タイムズ紙は特派員ラッセル・オーウェンを派遣。彼はこの任務に1年を費やし、オーウェン・ピーク(もとはラッセル・オーウェン山)で不朽の名声を得ました。
バードとサルツバーガーの友情を物語る記念品は、1921年製のモルガン銀貨1ドルです。この銀貨は、1926年のバード提督の北極探検と1927年の大西洋横断飛行を皮切りに、2人の間でどのように受け渡しが行われたかを記したアーサー・ヘイズ・サルツバーガーによる短い物語とともに額装されています。
「最初の南極探検に出発する前、バード提督は私に1ドルを要求しました。私はそれをこの青い封筒に入れ、単純です。それは封筒から取り出されることなく、その封筒のまま南極点を横断しました。」
「2度目の南極旅行(1934年)でも、提督は私にそのドルを要求しました。それは彼のすべての飛行に同行し、前進基地でも一緒でした。そして、それは私のもとに戻ってきました。」
「そして、3度目の南極大陸への旅(1939-40年)で、今度はアメリカ政府のために、バード提督は再びドルを要求し、いつものように返却しました。」
「1ドルは適切な人の手に渡ります。」
1940年10月にコインを返却した後、バード提督がサルツバーガー氏に書簡で伝えています。第3次遠征中、提督の船はサルツバーガー湾で氷に閉ざされていました。
「脱出の見込みはなさそうでしたが、この幸運のピースと水上飛行機のおかげで、ジグザグに氷を叩きながら、なんとか外洋に出ることができました。この幸運のピースがなかったら、私たちはまだあなた方の人を寄せ付けない湾にいたでしょう。」
「この銀のピースを大切にしてください。」
「この銀貨をなくしてしまったら、私は沈没してしまいます。」
敬具、ディック。
バード提督の魂が今どこにあろうとも、心配する必要はありません。銀貨はアーサー・サルツバーガーJr.の手中にあります。
南極のサルツバーガーに。
「不思議なことに、今日の世界には、人間が見たことのない米国ほどの大きな地域が残っています」
〜バード提督
https://theserapeum.com/antarctica-the-outer-space-beyond-the-ice-wall-surrounding-our-world/
私たちの旅は、リチャード・E・バード、通称バード提督という人物から始まります。彼は名誉勲章を授与されるほどの栄誉ある軍人であり、未知の世界を探検したいという抑えがたい渇望を持っていました。この情熱が彼を何度も南極大陸に送り込みましたが、中でも注目すべきは「ハイジャンプ作戦」(1946〜1947年)です。このミッションのために彼はアメリカ海軍の支援を受け、目的を達成するために多くの船、ボート、航空機、人員を提供しました。さて、彼は南極大陸で何かを発見し、インタビューに答えました。
奇妙なことに、今日、世界には人類が一度も見たことのない、アメリカと同じくらいの面積の地域が残されています」。バードは、南極大陸のさらに奥に進むにつれてこの地域を発見し、「手つかずの天然資源の貯蔵庫だ」とまで言ったそうです。私たちが南極大陸を想像するときに思い浮かべるような、氷と雪に覆われた荒涼とした荒地ではありませんが、提督によれば、内陸部まで足を伸ばせば、そのような光景が広がっているとのことです。バードがフリーメーソンであったため、残念ながらバードの言うことをすべて信用することはできませんが、目に見えないバリアのために飛行機を次々と失ったと報告されています。このようなことが起こり始めてから間もなく、探検隊は予定より半年も早く終了しました」。
※目に見えないバリアとは↓のその上空は高さがわずか13,000フィートしかない天井ドームFirmamentのことですね?
フラットアース:目が覚めた感じ : メモ・独り言のblog (livedoor.blog)スクリーンショット (609)
今回のフライトでは、内陸部は特徴がなく、南緯80度、東経90度付近に高さ13,000フィートのドームがあることがわかりました。新しい山脈を発見

メモ・独り言のblog
http://takahata521.livedoor.blog/archives/24388431.html
http://takahata521.livedoor.blog/archives/24348571.html
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Amadeo F.Giannini: 南極の向こうにある世界
極地を超えた世界
2023年05月18日
極地を超えた世界,南極大陸の向こう側には何があるのか? ( 説明文中のリンク )
WORLDS BEYOND THE POLES, WHAT IS ON THE OTHER SIDE OF ANTARCTICA ? ( LINKS IN DESCRIPTION ) (bitchute.com)
BitChute
https://www.bitchute.com/video/VRJYZSfDp45t/
しかし,労働に従事する人々は,計画する人々の夢について何も知らなかった。ーメトロポリス1929
極地の向こうにあるあの土地を見てみたい。あの極地の向こうの地域が「大いなる未知」の中心なのです。- リチャード・バード提督
「今回の探検で,広大な新天地が開かれた」
彼らは何を,なぜ隠しているのか?この本は,こちらからダウンロードできます。
The World Beyond The Poles - Amadeo F. Giannini : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive
「極地」は科学研究のため「立ち入り禁止」とされ,その上空を飛ぶことは厳禁とされています。極地のはるか向こうに陸地があることはよく知られていますが,氷の向こうに何があるのか,その詳細はまだ秘密に包まれています。
グリーン中尉は,グリーンランドのエスキモーが,グリーンランド北西端の北西にある「楽園の島」のことを話していたと書いています。グリーン中尉は,それが北極海の未踏地にある島だと考えた。映画「世界の頂上の島」は,この北極海の秘島説に基づくものです。
アマデオ・ジャンニーニは,著書「極地を越えた世界」の中で,「極地を越えるとき,人は口語で言うところの『この世の外』に移動している」と書いている。そして,地球の外側に広がる陸地の上を移動し続けます。コペルニクスが想定したような,地球の両脇にあるわけでもない。そのような陸地の要素は,多くの人が奇妙に思うかもしれないが,極地以遠の場所は,アメリカ海軍の探査によって,今や確固たる事実となっています。」
1927年のドイツのSF映画「メトロポリス」は,エリート都市計画家によるユートピア社会が,虐待された労働者が住む暗い裏社会の上に存在する未来都市を描いています。メトロポリスとは,経済,政治,文化の重要な中心地である都市と定義されています。
もしかして,私たちから隠されているこの場所は,聖書が「ミステリー・バビロン」と表現している場所なのでしょうか?金,銀,プラチナはそこに送られているのでしょうか?世界の政府は密かにバビロンに仕えているのでしょうか?世界の富は吸い取られているのでしょうか?「政府支出」と称するものは,実は貢ぎ物なのでしょうか?もしかして,奴隷として拉致された人たちが送り込まれているのでは?この都市が謎に包まれているのはなぜなのでしょうか?
南極大陸で未知の文明のトンネルが発見
「地球平面説を隠す理由は,神を隠すためです!」:神はサタンでなければならないからです
'The Reason Behind Hiding FLAT EARTH is to Hide GOD!'' (bitchute.com)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
地球製UFOのルーツ
「ナチスドイツの南極探検」の検索結果 - Yahoo!検索
バード提督の遠征からのユニークな写真 : メモ・独り言のblog (livedoor.blog)
氷の壁探検隊 : 1912年 ロバート・スコット大尉 古代文明の証拠 : メモ・独り言のblog (livedoor.blog)
antarctic treaty - 検索 (bing.com)
南極条約(南緯60度以下に行くことは禁止されている:その先には世界の果てがあり,氷の壁がある...
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2022年10月02日

雑誌ムー: アマゾンに忽然と消えたフォーセット団の行方








雑誌ムー: アマゾンに忽然と消えたフォーセット団の行方
雑誌ムー/22年10月号
『アトランティス超文明と巨人伝説の謎』
■古代南極大陸の記録
ビリ・レイスをはじめ,ビュアッシュ,メルカトル,フィナエウスといった人々は古代地図のさまざまな情報を集めていた。もちろん彼らには氷のない南極大陸そのものを見ることはできなかった。 つまり彼らが描いた南極大陸は,古代の地図に描かれていたものということになる。もちろん,それぞれの南極には相違点も多い。たとえばビュアッシュとオロンテウス・フィネウスの地図などは,同じ地図から描いたとは思えないほど別物の南極である。懐疑論者の注目点はここで,彼らは「想像で描かれた大陸のほんの少しの類似点をピックアップし正確だとこじつけているだけだ」と指摘する。だがこれはまったくもって違う。すでに書いたように,地図は古い地図を参考に上書きを繰り返される。 そこで問題になるのが,彼らがいつの時代の古代地図を参考にしたのかということだ。最近の調査で,彼らが参考にした地図はすべてが同じものでなかったことが明らかになっている。 これは,彼らの第一情報源となった地図が描かれた時代が別々のものであった可能性を示している。
ハブグッドはいう。「『ビュアッシュの地図』は南極に氷が存在しない時代のもので,メルカトルが参考にした地図よりもさらに数千年前のものである」。比較的似ているメルカトルやビリ・レイスの地図は同じ年代(紀元前4000年)の古代地図をもとにしているが,ビュアッシュの地図は1万5000年前のものを参考にしていると彼は主張しているのだ。
確かにハブグッドの仮説によってビュアッシュ、オロンテウス,メルカトルの地図を見比べると,まさ
に氷床が大陸に広がっていく様子を描いているかのようである。もちろん時代によっては地殻変動による海水面の変化や陸地の隆起もあったに違いない。こうしたことを考えあわせると,もとになった地図はほぼ1000年単位で継続的に作成されていたようだ。
だがこの仮説はここでさらに大きな疑問を生む。仮に1000年単位というのが事実なら,それは意図をもった継続行為であり,だれがなぜ行ったのか?という大問題が生じてくるからだ。
■アトランティス=南極説
こうした古地図にまつわる疑問を解決する答えはどこにあるのか?ハブグッドは古地図のルーツについて,「地殻変動で滅亡した超古代文明にまで遡る」 という。そしてそれは,かの「アトランティス伝説」に結びつくのだ,と。
海底に沈んだアトランティスの生き残りがどこかの島にたどり着き,そこから高度な航海術と測量技術を利用し氷結前の南極大陸を訪れ,正確な地図を作成したと,彼は説く。彼らはそこで新たな植民地を築き,分厚い氷下にはいまもその遺跡が眠っているというのである。そして古地図は彼らの知識をもとに作られたのだ,と。
だが古代文明研究家の南山宏氏は,この仮説に異議を唱える。超古代文明のルーツは南極大陸にあ
り,アトランティスとは南極大陸の文明だったというのである。…
■地底人はアトランティスの子孫
「世界中に出現している空飛ぶ円盤は,宇宙から飛来してきたものではない!われわれの足下,つまり地底から発進してきたものなのだ!」
これは1955年,ブラジル・リオデジャネイロにある古代文明と空飛ぶ円盤研究団体の会長で考古学者
哲学者の肩書をもつエンリケ・デ・スーザー博士とそのスタッフが唱えた説だ。荒唐無稽とも思えるこの話は当時,斯界の注目を集めた。主張の根拠となっていたのはいうまでもなく,かつて大西洋に栄えていたとされる古代文明の大陸アトランテイスだった。
伝説では,アトランティス人はヴィマーナ (空艇)という一種の航空機を所有して,海を越えて活躍していたとされる。だが約1万2000年前,地殻の大規模な変動によりアトランティス大陸は海中に沈んだ。
しかし、かねてより地底には延々と連なる巨大なトンネル網があることを知っていた彼らアトランティス人たちは,ヴィマーナを駆って地底世界へと移住していった。
実際,スーザー博士はこうした主張を裏づける体験をしている。1955年2月のことだ。着陸したUFO内に招かれた彼は,わずか数分で巨大な地底の空洞
世界に到着したという。
注目すべきは,彼がそこで出会ったという人物だ。なんと1925年にブラジル奥地マット・グロッソで行方不明になった探検家バーシ・フォーセット大佐だったのである。
彼の探検の目的はアトランティスの遺跡 失われた都市 を発見することにあった。ところがそのさな
かで巨大な洞窟を発見し,そこに足を踏み入れたところ,いつしか地底世界にたどりついて超高度な文明を目のあたりにしたというのである。
■フォーセット大佐が語る地底世界
フォーセット大佐によれば、地底世界の住人たちこそ彼がずっと捜し求めていたアトランティス人の子孫だという。
彼らアトランティスの末裔は,反重力を利用したUFOに乗って宇宙空間まで自在に航行したり,あるいは超高度の空から地表を偵察したりしているらしい。こうした話とともに、巨大な格納庫に無数のUFOが置かれているのを目の当たりにしたスーザー
は,そこはまさしく「UFOの巣窟だった」と述懐している。
詳しい説明を聞いてみると,この空洞のはるか上部は,火山の火口を利用した地表への出入り口になっているのだといわれた。そこからUFOは地表に飛びだし,偵察も含めさまざまな活動を行ってきたというのである。
この高度な科学文明を誇る地下都市は,フォーセット大佐が行方不明になったブラジルのマット・グロッソの地底から,トンネルで通じていると彼は
知らされた。フォーセット大佐は失われた都市Z
を捜し求めたわけだが,マット・グロッソといえば、まさしく地底王国「アガルタ」の首都シャンバラへと通じる秘密の地下トンネルが存在するとされた地点でもある。
はたして地底王国は実在するのか?伝説のアガルタなのか?そしてそこに住む人々はアトランティス人なのか?…

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フォーセット団:アマゾンに忽然と消えた探検隊
1910年代のある日,リオデジャネイロのブラジル国立記録保管所を背の高いイギリス人男性が訪れ,古文書を借り出した。
その古文書にはフランシス・ラポソと言うポルトガル人探鉱者の一行が,失われた銀山を求めて1753年にアマゾン奥地に入り, 10年間にわたって命からがらジャングルをさまよい歩いた経験が記録されていた。
この時ラポソは,前人未到のジャングルの中で,地震で滅び去ったらしい巨大な古代都市の廃墟を発見しているのである。
「古代都市の入り口には巨大な3つの石のアーチの門があって, 門の上には,文字とともに数字ともつかない不思議な記号が刻まれていた。果てしなく続く廃墟の中央には天を突くような黒い石柱がそそり立って,その上には同じ石で作られた男の彫刻も経っていた。彫刻にはやはり街に刻まれたものと同じ文字のようなものが刻まれている。
壊れかけた石段を登っていくと,突然目の前に広々としたホールが開けた。
まだわずかに彩色の跡が残る壁面や彫刻,不気味に群がるコウモリの群れ,そして周囲にはむかつくような糞の匂いがしていた」。
フォーセット大佐はラポソの記録を読んで,
「南アメリカにはアトランティス大陸から逃れていった人々の子孫が建てた巨大な石造都市がある」
という,それまでの自分の確信がいよいよ強められるのを感じた。
彼はこう書いている。
「私はその古代都市が確かにあるの知っている。
そしてそこには滅び去った古代文明国家の子孫たちが,ミイラや羊皮紙に書かれた文献や金属板に彫った文字などで,かろうじて忘れ去られた過去の記録を保っているのである。しかしそこにたどり着くのは至難の業である。そしてその秘密を知っているのは多分ごく少数のイエズス会会員とこの私だけだろうか」
と謎のような言葉残しているのである。彼はブラジル政府保管の資料を丹念に調べただけではなく,普通は手に入らないような極秘情報を得ることで次にその秘密を知るに至ったのだという。フォーセット大佐は本業の軍事の職業の他にもクリケットの名選手であって,法律地理学協会で測量専門家であって,公認地図作成者であって,さらに優れた画家でもあると言ういわばダヴィンチ型の天才であった。
国境の紛争がさらに激化して,戦争が起こりかねない状態になっていた。そしてフォーセット大佐は責任を取って委員長を辞職した。しかしこの事件は彼にとって生きがいを失っても同然であった。彼にはもはや
「ブラジルにはアトランティス大陸から逃れていった人々の子孫が築いた古代都市が実在している」
と言う以前から抱いていた確信を探検によって実証してみせることしか残されていなかったのである。
そしてこの時フォーセットの頭の中に浮かんでいたのは160年前にラポソ一行が発見した山腹の古代都市と,不思議な文字の彫られた石像と,山麓の川で船をこいでいた2人の白い肌の現地人の事だったのである。
実はフォーセットが古代都市の実在を信じるようになったのにはもう一つの理由があった。
1903年の春,フォーセットは出産を控えた妻と一緒にセイロンの首都コロンボに滞在していた。
ある日彼のもとに仏教徒の一団が現れて,生まれてくる子供についてぜひ助言をしたいと言う。
フォーセットが承知すると,儀式のようなことを行った後で1人の仏教徒がしゃべりだした。
「生まれてくるの男の子で,その子はある身分の高い人物の生まれ変わりです。
右足の甲にアザがあるはずです。
その子は釈迦の誕生を祝う5月17日から19日の間に生まれるでしょう。
成長後に,この子は父親であるあなたとその従者の男性と共にある気高い使命のために遠いところへ向かうことになりましょう」
予言はズバリ的中して, 5月19日に男の子が誕生した。しかも右足の甲には確かに仏教徒が言った通りのアザがあった。
この男の子は後にフォーセット大佐とともにアマゾンのジャングルに消えることになるジャック・フォーセットである。
さらにそれから数日後の事,親しい冒険作家のライダー・ハガード卿がフォーセットを訪ねてきた。
客間に通されるとハガード卿は早速カバンの中から黒い玄武岩でできた小さな石像を取り出した。
「最近ブラジルの古代都市の廃墟から発見されたものだそうです。きっと喜んでくださると思ってお持ちしたんですよ」
そして「少々重いですよ」と言いながらハガード卿は小さな像をフォーセットに手渡した。ところがフォーセットが像に触れた途端に,彼は両腕にビビッと電気が流れたような気がして思わず小さい石像を取り落とした。ハガード卿は驚いて
「気分でも悪いのですか」
「いや大丈夫です」
フォーセットは当惑しながらも小さい像をありがたくおしいいただいた。その後彼は大英博物館で像の出所を調べようとしたが,わからない。そこでものに触れただけでその由来がわかると言うある有名な霊能者を訪ねて行った。
「これはアトランティスの高い位の神官の像です」。
と像に触れるなりに言った。
「この像は様々な人の手から手に渡って,最後にその像の生まれ変わりの手に渡ることになっていました。
生まれ変わりと言うのは,あなたの息子なのです。
あなたはこの像に触れたときに,手がしびれたのは,像があなたにお前の息子は私の生まれ変わりであると知らせたんですよ」。
フォーセットは霊能者の言葉を信じて,その後は像は守護神として崇めるようになった。
ところでこの像には胸と足首のところに何か文字のようなものが書かれていた。
そして,文字は,ラポソの手記を読むにあたり,ラポソが発見した古代都市の廃墟に書かれてたという不思議な文字とこの像に書かれている文字がそっくりなことに気がついたのだ。
それならラポソが発見した廃墟はやはり失われた古代都市だったのだろうか?
そして不思議な文字を刻んだ巨石で塞がれた洞窟はアトランティス人の住む地底都市に通じる道の入り口だったのだろうか?
フォーセット大佐は「失われた古代都市」の位置はアマゾンの支流タバジヨス川とシング川の上流地帯,クヤバの北方あたりと推定した。
ついに1925年2月,フォーセット大佐,長男ジャック,その学友学ラリー・ライメルの3人は2人のインディオを連れてアマゾンのマトグロッソ地方に旅立ったのであった。
フォーセット大佐一行は「セラ・ド・パリマ(パリマの内海)」と呼ばれる地方に進んでいった。
伝説ではこの周辺にはかつて「マノアの黄金都市」をはじめ7つの都市が栄えていたが,大地震でこれらの都市は滅び去ったと言う。
そこはまさに時が逆戻りしたような過去の世界であった。
ジャングルの中には動物学者も知らないような犬とも猫ともつかない動物がいて,マディ川流域の街には太古の生き残りらしい気味の悪い巨獣が棲んでいた。人のほうも動物に負けず劣らず人種の博覧会といった感じであった。白人の穴居人がいるかと思うと,毎朝太陽が昇る瞬間になると美しい合唱でそれを迎えると言うかつて栄えた高度文明を象徴するような種族もいた。
フォーセット大佐が妻に宛てた最後の手紙は1925年5月29日付になっている。その時の位置は
南緯11度43分,西経54度53分。
一行はすでに目的地であるまたグロッソ高原北東部ロンカドル山地のシング川の分岐点あたりに達していたようである。フォーセット大佐がそこで2人の現地案内人を帰して自分とジャックとライメルだけになっている。手紙の文面はひどく奇妙なものであった。
「我々の幸運,あるいは悲運を見届けようとして,後から探検隊を送るような真似はやめて欲しい。われわれは少なくとも向こう3年間はそちらに帰らないつもりだ」。
なぜフォーセット大佐は自分たちの行方を捜索されることを拒んだのか?何か人に知られてはならないような秘密を知ってしまったのだろうか?現地のインディオたちの間では
「死せる都に足を踏み入れたら,もうおしまいだ。二度とそこから帰ってくることができない」。
と言う言い伝えがある。もしかしたらフォーセット大佐一行は死せる都の敷居をまたいでしまったのだろうか?
「探検家フォーセット大佐行方不明に」
このニュースは世界中を驚かせた。しかし人々はアマゾン探検7回の実績を誇る名探検家の死を信じることができずに,そのうちひょっこり帰ってくるのではないかと思っていた。
その後,「フォーセット探索隊」が次々と送り出された。
第一回の米人マクゴバーン隊,
第二回のヤング隊,
第三回の米海軍ディオット隊,
。。。
中でも最も大規模な捜索は,英海軍スプリングス大尉隊で,おびただしい人や飛行機を総動員したが,成果はなかった。たまに聞こえてくるフォーセット大佐の消息は,実に千差万別だった。アナクア族の首長は,白人が殺されたと言う話を聞いたが,集落にはその白人のものである側のスーツケースが残っていたとの述べた。1932年,スイスの探検家ラッティンは,ジャングルでインディオで捉えられているフォーセットに出会ったと名乗り出た。その時にフォーセットから渡されたと言う指輪は妻のニナ・フォーセット夫人が確かに主人のものであると確認した。その後もラッティンはフォーセットと接触するためにジャングル奥地に進んでいったが,二度と帰ってこなかった。以前からブラジルには
「信じられないような大規模な地下道路網があって,伝説の黄金都市をはじめ,壮麗な地下古代都市がそこに栄えている」
と言う言い伝えがある。その地下道路網の中心はマトグロッソのロンカドル山地にあると言うのである。この地下都市に住んでいるのはアトランティス人の子孫だという。太古,地震で滅んだアトランティス大陸から逃れた住民の一部はアメリカ大陸に流れついて,どんな大災害にも耐えうる一大都市を地下に築いたと言うのである。長年,マトグロッソ地方でこの問題を追求してきたアメリカ人研究家,カール・フニーには語っている。
「彼らは洞窟に住んでいて,夜になるとジャングルに出てくる。しかし彼らは地上の住人と全く交流がない。地下都市に住む人々は彼らだけで孤立した生活人営んでいるのである」。
彼らの住む地下都市はアトランティス人が築いた都市だといわれる。しかし現在地下都市に住んでいる人々が果たしてアトランティス人の子孫なのか,彼らが故郷に住み着いた他の民族なのか今のところわからない。さらに地下都市の場所については
「アマゾン川に注ぐリオアラグヤ川の近く,クヤバの遥か北東のロンカドル山地の麓」
とだけ述べている。その地下都市の入口にある洞窟には,ムセルゴ族と呼ばれる荒々しい穴居族が住んでいて,中に入ろうとするものを武力で制圧する。万一中に入ることができても二度とそこから出ることができない。彼らは地下都市の秘密を命がけで守っており,一旦中に入ったものは決して生きては外に出さないと言う誓いを立てているいると言うのだ。
しかし果たしてその地下都市がほんとに存在してるのだろうか。一説では,フォーセット大佐の妻ニーナは,夫が失踪して6年後に夫からテレパシーによる通信をキャッチしたともいわれる。その内容は公表されていないが,もしかしたらフォーセット大佐は唯一妻にだけ,古代都市の秘密を漏らしたのだろうか?
ーphp文庫,イギリス不思議な幽霊屋敷,桐生操,1990年刊

夢日記
http://datasea.seesaa.net/article/464341891.html



子ども達の身体にある生まれつきの痣(あざ、母斑)は、現代医学の理論では特に意味を持たない。
しかし、スティーヴンソン博士の研究により、多くの子どもの痣が、前世で命を落とす原因となった部位と一致していることが分かったのである。
大紀元

徹底検索、堀進
http://blogs.yahoo.co.jp/horisusumu8/




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2022年06月05日

平川陽一: 欧州ウナギとアトランティス

平川陽一: 欧州ウナギとアトランティス
ヨーロッパのウナギがアトランティスのカギを握っている

ヨーロッパのウナギは不思議な習性を持っている。 それは一生で二回,大西洋を横断する習慣だ。一度目は幼魚として,二度目は成長した結婚適齢期のウナギとなって横断する。
大洋を旅すれば,ウナギの群れは大きな危険に出会うことになるが,なぜかこの習慣はつづけられているのだ。この不思議なウナギの習性について,昔から多くの学者が研究してきたが,なかなか説明できる説は出なかった。
ところがヨハネス・シュミットという学者の仮説によってさまざまなことが明らかにされてきた。ヨーロッパのウナギの生活は,サルガッソー海の藻の中ではじまるが,この海はアゾレス海の西の海域だ。この海でウナギは産卵するが,幼魚は大きくなるとメキシコ海流に乗って 西ヨーロッパ海岸に運ばれる。ヨーロッパに着くと,魚群はオスとメスに分かれ,メスはヨーロッパの河川に入る。 こののち五年後にふたたび成長したオスとメスは連れ立ってサルガッソー海へ戻るのである。この大旅行に無事に生き残ったウナギは,深海の藻の中で交尾し子孫を残す。
しかしこのサルガッソー海の近くには西インド諸島がある。こうしたたくさんの鳥が近くにあるのに,ヨーロッパのウナギは,なぜ西方ではなく東方に行くのだろうか? 長い時間をかけ,しかも恐ろしい敵に出会うような危険をおかしてまで旅をするのだろうか?この謎を解くカギは「アトランティス大陸の存在」なのである。
■ウナギの本能が教えるアトランティス大陸の実在
沈没したとされるアトランティス島を大西洋に浮かべると様子は変わる。 アトランティス島の西海岸にはメキシコ湾流が打ち寄せているが,メキシコ湾流はここで転回しサルガッソー海を循環するコースをとることになる。 こうなるとメキシコ湾流は,東では河川の多いアトランティスに,そして西ではアトランティスに劣らないくらい淡水に恵まれた中米と北米に接触するようになるわけだ。こうした渦巻状のメキシコ湾流がウナギを塩水の中から淡水の中へと運び,逆に淡水から海へ引きもどしていた。
太古,メキシコ湾流に囲まれたサルガッソー海の藻の森林はウナギの交尾には絶好の地で,小さな幼魚の運動場としても適していた。稚魚にとっては藻の森は安全な避難所だった。大きな肉食魚に追われてもこの森の中では安全だったからだ。 そしてその海流は、大きくなったウナギを西方や東方の大陸の多数の川の河口まで運んでいた。
ところが,ウナギの生活は,アトランティス島がなくなると同時に変わってしまった。 しかしウナギの本能は残っていた。白亜紀以来の本能はアトランティス島が消えてしまい,サルガッソー海のまわりの還流が断たれたことを知らなかったから,まったく以前と同じようにメキシコ湾流に身を委ねるしかなかった。そのメキシコ湾流は藻類の森林のまわりをまわらずウナギを大西洋を越えたヨーロッパの海岸まで運んだ。 そして多くの稚魚がその航海の途中で死んでしまうのである。
こうした大移動のために,ヨーロッパのウナギの稚
魚は大きな危険にさらされるようになったが,太古
からの習性にしたがって依然としてメキシコ湾流に
乗って航海をつづけている。
―世界の謎と不思議

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2020年07月16日

jennifer1215b: ロストシティ・アトランティス




jennifer1215b: ロストシティ・アトランティス
ロストシティ(2)
2010/12/6(月) 午後 8:32 不思議系 都市伝説
失われた文明『アトランティス』
失われたアトランティス都市を見いだしたという考古学者主張 Huffington
http://www.huffingtonpost.com/2009/12/16/archaeologists-claim-they_n_394240.html
失われた都市、アトランティスが見いだされます(多分)
http://www.examiner.com/sci-fi-in-south-bend/lost-city-of-atlantis-found-maybe
発見された失われたアトランティス?
http://www.dailymail.co.uk/news/worldnews/article-1236651/Is-lost-city-Atlantis-Grainy-images-released-showing-city-like-structures-beneath-Caribbean-Sea.html
イメージはカリブ海の最下部で都市のようなフォーメーションを示します
紅海地域が大規模な分裂で分かれる 2006/7
http://news.nationalgeographic.com/news/2006/07/060719-red-sea-parts.html
海洋の誕生の秘密がむき出しになります
http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/5191384.stm
人工衛星が新しい大陸の地殻の創造を捕えます
http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id=satellite-captures-creati
今から何年も先、アラビアとヌビアの構造プレートは離れて何百万もの水域が急に現れて、そして紅海を広げるでしょう
科学者:地震が紅海を分かれさせる
http://msnbc.msn.com/id/13938637/
アラビアの構造プレートとアフリカのプレートはお互いから離れて去っています
プレートテクニクス
[http://en.wikipedia.org/wiki/Great_Rift_Valley
グレートリフトバレー(大地溝帯)]
※まさにアデン湾の場所は異変が起きているんですね。
見いだされた「アトランティス」への津波手がかり
http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/4153008.stm
アトランティス神話の源であるかもしれない水没した島は、1万2000年前に大地震と津波に見舞われました、
島は現在、ジブラルタルの海峡の海の下60mに位置しますが、或るものは、それが一度水の上に横たわったと考えます。
調査結果は島が2,000年以上前に哲学者プラトンによって物語られた伝説を彷彿させる仮説に重要性を増します。
証拠はジャーナル地質学で発表された 海底調査結果から来ます。
フランスのPlouzane、西ブリタニー大学のマーク - アンドレ Gutscher は、厚さ50−120cmある津波の後に置き残された粗い粒状の堆積性の鉱床を見つけました。
■振動している堆積物
Gutscher博士は、プラトンによって記述された破壊が、1755年にポルトガルでリスボン市に破壊的打撃を与えたものと同様の巨大地震と最高10mの高さの津波を発生させたものと一致していると言いました。
濃い「タービダイト」の沈殿は、水中の地質学の大変動によって揺さぶられた堆積物に起因します。
それはおよそ12,000年前に溯ることが判明しました ープラトンによって示されたアトランティスの破壊の年代を、およそ Gutscher 博士が地質学で報告します。
Spartel島は、2001年のアトランティス伝説起源の候補としてカディス湾の中でフランス人地質学者ジャック・ジラードによって提案されました。
プラトンが記述したように、それは「ヘラクレスの建て柱の前」、またはジブラルタルの海峡です。
堆積性の記録は,1755年のリスボン地震のような出来事がカディス湾で1,500から2,000年ごとに起こることを明らかにします。
しかし、 Gutscher 博士によって行なわれた島の作成地図は、どんな人工の構造物も発見出来ず、そして同じく島は、以前から信じられているよりもずっと小さかったことを示しました。
これは島に文明社会が居住した可能性を低くしました。
アトランティスと主張する海底調査ブイ
科学者が失われたアトランティスの遺跡を見つけたかもしれないと言います。
■海神の寺院
アトランティスのサイトの識別は、最初にワーナー Wickboldt によって提言されました。
研究することによって、長方形と同心のリングを見つけた講師とアトランティス狂は、プラトンによって記述された都市のサインのために地中海の向こう側から写真を撮ります。
「島」のサイズと衛星画像のそのリングは、プラトンによって説明されたものより少し大きいです。
これは2つの解釈が考えられます、と Kuehne 博士が言います。
まず最初に、プラトンはアトランティスの大きさを控え目に演じたかもしれません。
第二に、プラトンによって使用された測定の古代の単位(亜氷期)は、伝統的に想定されるより20%大きかったかもしれません。
同心のリングが寺院サイトを囲むと主張されます。
さて、アトランティスは本当にあるのでしょうか?
この海底ピラミッドはオリオン座と同じ配置になっているらしい

メモ・独り言・戯言
https://blogs.yahoo.co.jp/jennifer1215b
https://blogs.yahoo.co.jp/jennifer1215b/folder/943400.html?m=lc&p=3



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2020年06月19日

竹村誠一: モホス文明〜南米大陸に存在した第五の大河文明〜

竹村誠一: モホス文明〜南米大陸に存在した第五の大河文明〜
南米大陸に存在した第五の大河文明〜モホス文明@
竹村誠一( 40代♂ 長野 営業 )
アマゾンの奥地に第五の大河文明が存在していた。
密林に覆われた実態の見えにくい地域であり、かつ西洋中心史観の影響もあって1970年代までは無視されてきたアマゾン文明(モホス文明リンク)。衛星撮影技術の発達で近年新たな事実が発見されたこともあり、この高度な農耕文明が改めて注目を集めつつある。
ただ、いつ誰がこの高度な文明を築いたかについては、諸説(縄文人渡来、先縄文人=アトランティス人渡来、あるいは弥生人との類似)が入り乱れており、メソポタミア発のウバイド〜シュメール文明との関連も含めて、事実の解明が期待されている。
以下、古代アマゾン文明研究者・実松克義氏の記事(こだわりアカデミー)より。
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■アマゾン川流域に古代文明の痕跡。埋もれていた第5の大河文明
・・・先生のご著書『衝撃の古代アマゾン文明』を拝読して大変驚きました。
南米の文明といえばインカ、アステカ、マヤなどだと思っていましたが、世界最大の流域面積と熱帯雨林を持つことで知られているあのアマゾン川流域にも、それはそれは高度な巨大文明があったそうですね。
○実松 そうなんです。これはまだ、日本ではほとんど知られていないことなんですが、アマゾン川全域に渡って、信じられないぐらい高度で古い文明の遺跡や痕跡が、いたるところで発見されています。中でも最大規模の遺跡がボリビアで確認されています。
・・・ボリビアアマゾンといえば、アマゾンでも大分上流の方ですよね。
○実松 はい。アンデス山脈の東側で、アマゾン川河口から約4千数百kmの所に「モホス大平原」と呼ばれている海抜200m程の低地があります。ジャングルではないこのアマゾン流域一帯に、巨大な遺跡群があるんです。その広さは25万km2にも及びます(上図参照)。
・・・25万km2というと、ちょうど本州ぐらいの広さですよね。そこには、どのような遺跡があるのですか?
○実松 アマゾン川流域で遺跡が見付かっているところは皆そうなのですが、このモホス大平原は雨期になると冠水し、乾期になると平原になるという特殊な地域です。こういった所では、いかに水をコントロールするか、といったことが重要になります。そして、水をコントロールする高度な技術を、どうやら古代人は持っていたようなんです。
・・・具体的にはどのような方法ですか?
○実松 雨期になると氾濫原になりますから、居住地や耕作地が冠水しないようにしていました。それは、盛り土をして居住地や高められた耕地を作ったりする土木技術です。人工的に高められた古代人の居住地跡は「ロマ」(スペイン語で「丘」の意味)と呼ばれています。
・・・ロマはどれくらいの規模なんですか?
○実松 大小さまざまなロマがありますが、大きいものだと直径が600−700mもあります。
・・・その数は?
○実松 2万個近く見付かっています。
・・・それだけの数のロマとロマを、人々はどのように往来していたんですか? 雨期には島になってしまうと思うんですが…。
○実松 ロマとロマを直線で結ぶ「テラプレン」と呼ばれる道路網が確認されています。このテラプレンは放射状に延びており、雨期には島のように散在しているロマ同士を結んでいるんですよ。
・・・インターネットの模式図のような格好ですね。
○実松 そうですね。ちなみにテラプレンの脇は運河になっています。モホス大平原にあるテラプレンの総延長は5千km以上あるともいわれています。その他、人造湖も見付かっているんです。
・・・人造湖もですか?
○実松 はい。人造湖は2千個近く存在します。これは古代人がこの土地で農業を行なうために治水目的でつくったものなのでしょうが、どうもこの人造湖を使って、非常に大規模な魚の養殖をやっていたようだということが、最近分ってきました。
・・・養魚場ですか。どれくらいの大きさなのでしょうか?
○実松 一番大きなものだと、正方形の湖の一辺は20kmもあります。
不思議なことに、この人造湖のほとんどは正方形、あるいは長方形で、同じ方向を向いています。その理由は現在も分っていません。その他、自然の地形を利用した養魚池で稚魚をふ化させていたような形跡もあるそうです。
・・・それはすごいですね。これだけ壮大な土木工事を行なっていたということは、かなり人口が多そうですね。
○実松 はい。ある人の試算によると、ピーク時の人口は1千万人を超えていたのではないかともいわれています。
・・・土木工事の遺跡以外に、人が住んでいたという痕跡もあるのでしょうか?
○実松 はい。ロマを発掘してみると、何体もの人骨が出てくるんです。実際、今年の夏にあるロマを発掘してみたのですが、掘ると必ず何か出てくる。とにかく密度がものすごいんです。1か月くらいの期間だったので十分には掘れなかったのですが、わずかなその間に人骨が12体、甕棺が12棺出てきました。その他、無数の土器のかけらやら、副葬品等々が出てきたんです。
■モホス大平原に広がる文明は紀元前810年よりも昔
・・・それはいつ頃のものなのですか?
○実松 そもそもこのモホス大平原に文明がいつごろ発生し、いつ頃滅びたかについてはまだ謎が多いのが事実です。今から20年以上も前にアルゼンチンの調査団が調査・発掘をして、年代測定をやっているんですが、その時に出た最古の年代は紀元前810年でした。ただ、これはデータも古い上、限られた発掘結果です。調査が進み、深いか所の発掘を行なえば、少なくともそれから数千年前に遡ることになるでしょう。
今回発掘したものに関しては、現在、年代測定を行なっています。また、DNA鑑定にも出している最中です。
・・・そもそも、この人々はどこから来たのでしょうか?
・・・ということは、人々が太平洋を渡ってきた可能性があるかもしれないということですね? アジア人は病気にならなくとも、アフリカ人にとっては疫病になってしまうような菌が持ち込まれて壊滅状態になってしまったとか…?
○実松 そうですよね。そういった可能性もあるかもしれません。
■発掘された身長180cm完全体人骨「チカ・ルス」の謎
○実松 実は、今回の発掘で、表層1mくらいの所から異常な人骨を発掘したんですよ。それは身長が180cm程ある完全体人骨で、頭部、鎖骨、右足に人工的な損傷があります。この人骨を「チカ・ルス」と呼んでいるんですが、これに関してもDNA鑑定に出しています。
骨の専門家に少し見てもらったところによると、この「チカ・ルス」は身長が高いだけではなく、足の骨も太く、未知の民族の可能性があります。
・・・鑑定結果によっては「新人種」などの大発見につながるかもしれませんね。
○実松 そうですね。楽しみに待っているところです。
■アマゾンの古代文明発見で「人類大移動」のパラダイムは変る
○実松 実は最近、アマゾンに古代遺跡が相次いで発見されていることもあって、「民族大移動」のパラダイムが変ってきているんです。もし、これまでの定説通り、人類がベーリング海峡を渡って、北米、南米と渡って来たのであれば、南米の遺跡より、北米の遺跡の方が古いはずなんです。しかし、実際は南米の方がおそろしく古い。一つのルートを通って人類が伝播したということではなく、もはや複数のルートで移動したということを考える必要があるでしょうね。日本ではまだのようですが、欧米ではこの考えがかなり浸透してきています。
・・・それにしても、この文明は非常に高度なすばらしい文化を持っているような気がするんですが…。
○実松 はい、私もそう思っています。この文明の一番の特徴は、自然を排除するような都市的な方法で文明を築いたのではなく、自然を利用しながら、大改造計画を実施したことです。自然環境を人が住めるように変えながらも、環境と調和している。どのような方法で、この自然改造計画が行なわれ、どれくらいの成功を収めたのか、そこが知りたいと思っています。その方法が失敗であったか、成功であったのか、それは何ともいえませんが、そこを探ることに、現代的な意義があるとも思っています。
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るいネット
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=357744
http://www.rui.jp/









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2020年01月23日

Daily Mail Online: カリブ海底に古代人工構造物(2010)


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Daily Mail Online: カリブ海底に古代人工構造物(2010)
Lost city of Atlantis discovered? Grainy images show city-like formations at bottom of the Caribbean
By Mail Foreign Service14:02 GMT 17 Dec 2009 , updated 17:24 GMT 17 Dec 2009

Daily Mail Online
https://www.dailymail.co.uk/news/article-1236651/Is-lost-city-Atlantis-Grainy-images-released-showing-city-like-structures-beneath-Caribbean-Sea.html

HUFFINGTON POST
https://m.huffpost.com/us/entry/us_394240?guccounter=1&guce_referrer=aHR0cDovL2RhdGFzZWEuc2Vlc2FhLm5ldC8&guce_referrer_sig=AQAAAMW1yNYjH6IJu6qTi5_bCUJNrn3ty30TEA3L_s4B5w_qgHU2ysMjO--BO4AZSWsuUFl8KXu2XODxfqI2HxyhctIxaWbknmCCCCxbnA4iy7AzdqZVauNY54_PgxFzPXVPe-1QqAw7mnHscsiaDlK-fI_LIhvXpFvuxeknL1tjpJha







(要約)
アトランティスの失われた都市遺跡発見か? カリブ海底に古代人工構造物
Mail Foreign Service
14:02 GMT 2009年12月17日
17:24 GMT 2009年12月17日更新
調査グループ「undersea archaeologists(海底考古学者)」がカリブ海で撮影した一連の画像を公開,アトランティスの失われた都市を発見したと主張している。
グループはこの海底の遺跡がエジプトのピラミッドよりも昔の都市の遺跡であると主張している。
匿名のグループがフランスの新聞に投稿した粗い画像は,街の通りのような碁盤状・格子状の構造を示している。この海底遺跡のパターンはエジプトのピラミッドより昔の都市の遺跡である可能性があるという。
現在この匿名グループは,この海域を探索するための資金を集めたいと考えている。

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ロストシティ(2)
2010/12/6(月) 午後 8:32 不思議系 都市伝説
失われた文明『アトランティス』
失われたアトランティス都市を見いだしたという考古学者主張 Huffington
http://www.huffingtonpost.com/2009/12/16/archaeologists-claim-they_n_394240.html
失われた都市、アトランティスが見いだされます(多分)
http://www.examiner.com/sci-fi-in-south-bend/lost-city-of-atlantis-found-maybe
発見された失われたアトランティス?
http://www.dailymail.co.uk/news/worldnews/article-1236651/Is-lost-city-Atlantis-Grainy-images-released-showing-city-like-structures-beneath-Caribbean-Sea.html
イメージはカリブ海の最下部で都市のようなフォーメーションを示します
紅海地域が大規模な分裂で分かれる 2006/7
http://news.nationalgeographic.com/news/2006/07/060719-red-sea-parts.html
海洋の誕生の秘密がむき出しになります
http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/5191384.stm
人工衛星が新しい大陸の地殻の創造を捕えます
http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id=satellite-captures-creati
今から何年も先、アラビアとヌビアの構造プレートは離れて何百万もの水域が急に現れて、そして紅海を広げるでしょう
科学者:地震が紅海を分かれさせる
http://msnbc.msn.com/id/13938637/
アラビアの構造プレートとアフリカのプレートはお互いから離れて去っています
プレートテクニクス
[http://en.wikipedia.org/wiki/Great_Rift_Valley
グレートリフトバレー(大地溝帯)]
※まさにアデン湾の場所は異変が起きているんですね。
見いだされた「アトランティス」への津波手がかり
http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/4153008.stm
アトランティス神話の源であるかもしれない水没した島は、1万2000年前に大地震と津波に見舞われました、
島は現在、ジブラルタルの海峡の海の下60mに位置しますが、或るものは、それが一度水の上に横たわったと考えます。
調査結果は島が2,000年以上前に哲学者プラトンによって物語られた伝説を彷彿させる仮説に重要性を増します。
証拠はジャーナル地質学で発表された 海底調査結果から来ます。
フランスのPlouzane、西ブリタニー大学のマーク - アンドレ Gutscher は、厚さ50−120cmある津波の後に置き残された粗い粒状の堆積性の鉱床を見つけました。
■振動している堆積物
Gutscher博士は、プラトンによって記述された破壊が、1755年にポルトガルでリスボン市に破壊的打撃を与えたものと同様の巨大地震と最高10mの高さの津波を発生させたものと一致していると言いました。
濃い「タービダイト」の沈殿は、水中の地質学の大変動によって揺さぶられた堆積物に起因します。
それはおよそ12,000年前に溯ることが判明しました ープラトンによって示されたアトランティスの破壊の年代を、およそ Gutscher 博士が地質学で報告します。
Spartel島は、2001年のアトランティス伝説起源の候補としてカディス湾の中でフランス人地質学者ジャック・ジラードによって提案されました。
プラトンが記述したように、それは「ヘラクレスの建て柱の前」、またはジブラルタルの海峡です。
堆積性の記録は,1755年のリスボン地震のような出来事がカディス湾で1,500から2,000年ごとに起こることを明らかにします。
しかし、 Gutscher 博士によって行なわれた島の作成地図は、どんな人工の構造物も発見出来ず、そして同じく島は、以前から信じられているよりもずっと小さかったことを示しました。
これは島に文明社会が居住した可能性を低くしました。
アトランティスと主張する海底調査ブイ
科学者が失われたアトランティスの遺跡を見つけたかもしれないと言います。
■海神の寺院
アトランティスのサイトの識別は、最初にワーナー Wickboldt によって提言されました。
研究することによって、長方形と同心のリングを見つけた講師とアトランティス狂は、プラトンによって記述された都市のサインのために地中海の向こう側から写真を撮ります。
「島」のサイズと衛星画像のそのリングは、プラトンによって説明されたものより少し大きいです。
これは2つの解釈が考えられます、と Kuehne 博士が言います。
まず最初に、プラトンはアトランティスの大きさを控え目に演じたかもしれません。
第二に、プラトンによって使用された測定の古代の単位(亜氷期)は、伝統的に想定されるより20%大きかったかもしれません。
同心のリングが寺院サイトを囲むと主張されます。
さて、アトランティスは本当にあるのでしょうか?
この海底ピラミッドはオリオン座と同じ配置になっているらしい

メモ・独り言・戯言
https://blogs.yahoo.co.jp/jennifer1215b
https://blogs.yahoo.co.jp/jennifer1215b/folder/943400.html?m=lc&p=3

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2019年09月26日

ジュゴン・クスノキ: 地球はかつて宇宙のアトランティス帝国の首都だった

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ジュゴン・クスノキ: 地球はかつて宇宙のアトランティス帝国の首都だった
■250万年前の人骨
最近250万年前の地層から11の人骨が出てきました。 250万年前から人間は地球上に存在していたということです。
6000年前から250万年前の間の長い時間はどうなっているのでしょうか? おかしいなという風に考える必要があります。
実はみんなにはもっともっと長い偉大な歴史があるのです。私たちは地球はテクノロジーでも進んでいて現代的な進化を遂げた星だと考えていますが,宇宙では石器時代のような状態なのです。
■3000万年の記憶をもつ我々
私達のような形の肉体を持った人間の種が宇宙の中で存在するようになったのは,今から約3000万年前のことです。
この形の種はバリエーションがありますが,共通の DNA を持っているので私たちの中には少なくとも3000万年後にもすごい情報・すごいストーリーが詰まっているはずなので,宇宙においては崩壊する>>また繁栄する>>また崩壊する>> ということは何度も繰り返して,それも私たちの中の情報としてあります。
地球上の人間もそうなのですが,中には遠い遠い星にもアクセスできるような宇宙文明まで達したのに衰退して消えていったということはいくつかあるのです。
文明が発達発展すると宇宙に出て行きます。
それで宇宙の遠いところにある全く異なる文明と出会います。異なった文明同士が出会ってお互いの違いを理解して共同しましょうとなって,宇宙的な同盟を結びます。
様々な宇宙の帝国がいくつか出てきた時代がありました。
地上の人間を見ただけでも,肌の色が異なった種類が何種類かいます。
大きく分けると
白人種
黄色人種
赤色人種
黒色人種
です。黒人の中には茶色っぽい人とても黒い人がいます。
中には黒だけれどもよく見ると青っぽいと言うか紫っぽく反射するような色の人がいます。
このようなブルーの遺伝子を持った人はトゥアレグ人と呼ばれていますが,今はサハラ砂漠の方に5000人ほど残っているだけです。
彼らは顔や骨格も異なっていて,私がアフリカに長くいたとしてもあのように黒い皮膚にしてならないと思います。何世代にもわたって長くいたらその環境に従って遺伝子的な情報が徐々に変わることはあるかもしれませんが,突然この色にはなりません。10世代20世代と世代が変わると少しぐらいは肌の色は変わるかもしれないけれども.骨格や顔つきまでは変わりません。
地球上に肌の色や顔つきがあまりにも違う人間が入り混じっている理由は,地球が宇宙の様々な帝国から様々な種の人間が入植して始まった星だからです。
■かつて宇宙のアトランティス帝国の首都であった地球
黄色人種は 巨大な宇宙船で地球に入植してきて,今の日本と中国インドネシアの辺りについて,そこに住み着いて文明を築いていきました。それがムー帝国です。ムー帝国には7つの帝国があって,そのうちの一つの重要な帝国が今の日本のあたりにありました。昔は陸続きが今は海で隔てられています。
黒い皮膚をした種が乗った宇宙船は今のアフリカのあたりに着陸してまた異なった帝国を築きました

同様に白色人種・赤色人種もそれぞれ違う星から地球にやってきました。
アトランティスの場合は違う星で既に文明を築いてアトランティス帝国として繁栄していて,さらに宇宙の中で領土を増やすために地球に入植してきたんですが,地球があまりにも素晴らしい特殊な星であったので,地球上のアトランティスがオリジナルのアトランティス帝国の首都機能を持つようになりました。
■アトランティスの繁栄と崩壊
アトランティスは宇宙の主要な帝国として発展を遂げていました。そして地球に入植してきて.地球という星の特性から,地球のアトランティスが宇宙のアトランティス帝国の首都になったのです。
実際にあった国なのになぜ今は跡形も残っていない のでしょうか? アトランティスの人間は大変な精神的な進化を遂げて宇宙の帝国も広まっていきました。
実は私たちの宇宙にはある種が進化して繁栄するとそれを徹底的に停めて根こそぎ壊滅しようとする種がいます。
その種はアトランティスがあまりにも急激な進化を遂げたことで危機感を持ち,そして宇宙の遠いところから富士山ほどの大きさの三つの小惑星をアトランティスの島に連続して直撃させました。
そのインパクトでアトランティス大陸は海底に沈んでしまい,同時に高さ800メートルの大津波が発生して地上を何度か回って,その時代の様々な文明の 痕跡は一気に消えてなくなると共に,地上の人間という種が消滅するかもしれない危機的な状況に陥りました。
実はこのエピソードが地球規模での大洪水として異なった場所の様々な民族に残っています。聖なる書物の中にも書かれています。
ーダマヌール基調公演, 高坂和導祭
ータイムトラベルからみたアトランティス, 三和導代xジュゴン・クスノキxフェニーチェ・フェルチェ, ヒカルランド

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アトランティスの記憶
■アトランティスの“記憶”を持つ人・正木和三
この世界には、アトランティスの“記憶”を持つ人がいる。
「そんな、まさか」と思うかもしれないが、信じられないほど大勢いるのだ。
しかも克明に当時のことを覚えているため、アトランティスが存在したことを否定するのは難しくなってしまう。
中でも、以前紹介した正木和三(故人)の体験には、思わずうなってしまう。
正木は大阪大学工学部工作センター長を務め、定年退職後は岡山のバイオベンチャー企業「林原」の生物化学研究所で新製品の発明・開発を担当した理科系の発明家だ。精神世界関連の本も多数書いている。
私が正木和三を取材したのは、1986〜87年ごろ。
当時はゴルフでエージシュート(自分の年齢かそれ以下のスコアでラウンドを回ること)を達成したからといって、ご丁寧にテレホンカードをいただいたこともある。
正木和三は私にアトランティスに関する不思議な話をしてくれた。
その話によると、正木和三は小学生の頃から毎月1度、必ず同じ夢を見続けた。
どこの場所かはわからない石畳のある町の風景だった。
その道の脇には全く透き間のない石組みが延々と続いていた。
正木和三にとって心当たりはまったくなく、「不思議な夢を見るものだな」と思わずにいられなかった。
ところが1970年ごろのある日、何気なくテレビを見ていると、何と夢とまったく同じ風景の映像が目に飛び込んできたではないか。
それは、米国・フロリダ沖のバハマ諸島ビミニ群島近くで、1968年に発見された奇妙な巨石の構造物らしき海底遺跡を撮影した影像であった。
正木和三は驚いた。さらに不思議なことに、それまで四〇数年間続いていきた毎月一度の不思議な夢が、その日を境にぷっつりと途絶えたのだ。
その海底の遺跡というのは、約1・2キロ続くJ字型の巨石道路や長さ100メートル、幅10メートルの石の壁などでできた遺構らしきもので、一部の考古学者の間でビミニロードと呼ばれ、水没した古代の遺跡ではないかとして格好の研究対象となった。
一体、これらの遺跡と思われるものは何なのか。ただの自然の造形によるものなのか、あるいは人類がまだ知りえていない古代巨石文明の建造物の一部なのか、多くの研究家が実地調査をするために、ビミニ群島を目指した。
■見ず知らずの外国人の訪問
ビミニ群島の海底遺跡は、学術調査とは別にある研究家たちの注目を集めた。
というのは、それより28年前の1940年に、エドガー・ケイシーというアメリカの“超能力者”が「アトランティスの首都・ポセイディアが再び浮上する。1968年か69年に予期されている。そう先のことではない」という内容の予言をしていたからだ。
しかもその場所については、「フロリダ海岸沖のビミニとして知られるところに近い海底の泥土の下から、かつて大陸の最高所であったポセイディアの神殿の一部が発見されるだろう」と1933年に明確に指摘していた。
ケイシーが詳述したアトランティスについては後述するとして、正木和三はこれをきっかけにして、自分はもしかしたらかつてアトランティス人であったのではないだろうかと思うようになった。そのときすでに正木和三は、宇宙の「高次元生命体」からインスピレーションを得て、過去何度も日本で生まれ変わり(転生)をしていたことを知らされていたからだ。輪廻転生が事実で、アトランティスが伝説だけの大陸でないなら、自分が過去生においてアトランティスの住人であったとしても不思議ではない、と考えた。
それから十数年経った1986年10月16日。
その考えをさらに決定的にする出来事が起きた。
その日、正木和三は全く見ず知らずの二人の外国人の突然の訪問を受けた。
アメリカ人の学者と企業コンサルタントらしく、二人は正木和三に会うなり、「あなたこそ、この石の持ち主に違いない」と言って、直径四センチほどの奇妙な円盤型の石を手渡した。
それはキュウリを輪切りにしたような色と模様をした、メノウに似た宝石のようだった。
正木がその石を手に持つと、手のひらの中で熱くなった。そして、その石が正木の元にまで届けられたいきさつをその二人から聞かされたとき、
「こんなことがありうるのだろうかと狐につままれた気持ちになった」
と、正木は言う。
二人の訪問者が明かしたいきさつは、にわかには信じられないような話だった。
それは次のようなものだ。
二人は来日する一年ほど前にエジプトへ行ったときに、まったく思いがけなくエジプトの神官と名乗る人物に出会った。その神官は二人に歩み寄ってきて、手に持った不思議な石を見せながらこう言った。「この石は6000年も昔からエジプトの神官が受け継いできたものだ。あなた方は近いうちに日本に行き、必ずこの石の持ち主に会うことになっている。これをその人に渡してください」。そして神官は、その石を二人に手渡した。
二人は驚いた。そのときは別に日本に行く予定もなかったし、誰だかわからない人間に一体どうやって石を手渡したらいいのか見当もつかなかった。だが、その神官が「石の持ち主は必ずわかる」と言い張るので、石を預かったという。
そうしたら本当に、仕事の都合で日本に行くことになり、二人は何かに導かれるようにして正木和三にめぐり合った。そして会った瞬間、直感的に「この人が持ち主だ」と思ったという。
その石は何なのだろうか。エジプトの神官は6000年前から受け継いできたと言ったほかは、石について詳しくは教えなかった。
そのため正木も、その石を手渡した二人も、何の石なのか知る由もなかった。
ところが、その後間もなく、さらに驚くべきことが起きた。正木和三がその石の話を講演会で話したところ、参加者の一人が突然、感極まって泣き出したのだ。その人は女性で、正木が「どうしたのかな」と訝っていると、その女性はにわかに、周りの人が誰も理解できないような言語で正木に向かって喋りだした。
その場にいた誰もが、それまで聞いたこともないような言語だった。
そう誰も・・・。正木以外は。
不思議なことに、正木にはその言葉の意味がはっきりとわかったのだ。
正木もつられるように無我夢中で同じ言語をしゃべりはじめた。
もちろんそのときまで、正木はそのような言語を聞いたこともなければ、話したこともなかった。
同時に頭の中では、その言葉を完璧に理解していた。
周りの人は皆、唖然とするしかなかった。正木が後に解説するには、その女性はその石がアトランティスの神官が持っていた聖なる石で、正木がその神官だったとアトランティスの言葉で話したのだという。そしておよそ1万年以上の時が過ぎ去り、神官の石は巡り巡ってかつての持ち主である正木の手元に返ってきた。実はこのように玉が持ち主に戻ることを「完璧」というのだ、と正木は言う。
■二つの可能性
正木和三の驚異的な体験を理解するには、二つの可能性について言及しなければならない。一つは、アトランティスは実在したのか、実在するとしたらどのような文明を持ち、どうなってしまったのか。二つ目は、輪廻転生がありうるのか、という問題だ。
今から1万年以上も前に、アトランティス大陸があったなどというと、たいていの歴史学者や考古学者は笑い出すにちがいない。ましてや、正木和三のように「私は当時、神官でした」などという話は、信じろといわれても無理というものだ。
にもかかわらず、そんな幻の大陸が今日までなお、ロマンと謎をもって実在したかもしれないとして議論されるのは、紀元前350年ごろ、ギリシャの哲学者プラトン(紀元前427?〜同347年?)がエジプトの神官から聞いた話として、『ティマイオス』『クリティアス』という対話篇に書き記していたからだ。対話篇自体は、ソクラテスと3人の友人が架空の問答を交わす形式で書かれている。
その対話篇では、プラトンの母方の祖父に当たるクリティアスがその祖父の大クリティアスから子供のころに聞いた伝説として、アトランティスが登場する。大クリティアスが父親のドロビデスから聞いたという伝説で、そのドロビデスもまた、友人のソロン(紀元前640ごろ〜同560年ごろ)から聞いている。ソロン自身は、エジプトのサイスで太古の記録文書を保管する神殿にいた老神官からアトランティス伝説を聞いたのだという。
まるで秘伝ように語り継がれてきたその伝説によると、紀元前1万年ごろ、ジブラルタル海峡の外側、すなわち大西洋の彼方に北アフリカと小アジアを合わせたよりも大きいアトランティスという名の島(大陸)があった。アトランティスは周辺の島々だけでなく、エジプト以西のリビアやトスカナ以西のヨーロッパをも勢力下に置く大帝国を築き上げていた。首都の中心には王宮と海神ポセイドンを祭る神殿があり、神殿は黄金、銀、象牙、そして炎のように輝くオルハリコンと呼ばれる謎の金属で飾られていた。
アトランティスは全部で10の王国に分かれ、それぞれの国を統治する10人の王たちは、ポセイドンと人間の女であるクレイトーとの間に生まれた五組の男子の双子の子孫であった。王たちは、アトランティスという名の由来ともなったポセイドンの長男アトラスの一族を宗主としてそれぞれの国を治めていた。
アトランティスの人々は初め、神の心を持ち、美徳を重んじ、物欲を軽蔑していたらしい。ところが、世代を重ねていくうちに神性が薄められ、人間の気質が優位を占めるようになり堕落。よこしまな欲望に染まり、力の誇示を始める。やがてヨーロッパ全域を蹂躙しようと侵略を開始した。
これを見た神々の王ゼウスは、堕落したアトランティスに罰を下そうと考え、すべての神々を最も尊い殿堂に集めた。
ゼウスがこの会議で何を言ったかは、プラトンの対話篇がここで唐突に終わっているためわからないが、いずれにしても、プラトンが対話篇の別の箇所で述べているように、恐ろしい地震と洪水などの異変によって、アトランティスは海中に没したのだ。そして、ヨーロッパとの大戦争の記録がエジプトの古文書に残され、ソロンの知るところとなった。
■エドガー・ケイシーのリーディング
プラトンの伝えたアトランティス伝説をめぐっては、様々な角度から研究や調査が実施された。
それは現在に至るまで続いている。
エジプトとメキシコ・ユカタン半島にあるピラミッドを比較することにより、アトランティス文明の実在を証明しようとする学説や、大西洋の海底にはアトランティスの存在を示すいかなる痕跡も見つからないとする地質学的調査結果などが発表されている。
いずれの場合でも、アトランティスの実在性を根本的に肯定したり、否定したりする十分な確証というものは出てきていない。
そうした議論の一つに、先に述べた“眠れる超能力者”エドガー・ケイシーがリーディング(半睡眠、あるいは催眠下で過去や未来を透視すること)によって明らかにしたアトランティスの歴史がある。
ケイシーは1877年、米国・ケンタッキー州の農場の子として生まれた。彼は子供のころから、亡くなった親戚の「幻影」を見て、彼らと話をしたり、学校の教科書の上に頭を乗せて眠る、つまり教科書を枕にして眠るだけで内容を覚えてしまったりする(うらやましい!)という離れ業をやってのけたとされている。
そんなケイシーが21歳のとき、声がほとんど出なくなるという奇病にかかった。医者たちはあの手この手を使って治療を試みたが治らない。ケイシーは最後の手段として、かつて教科書を記憶したのと同じ潜在能力を用いて、自分自身を治すことができないかと考えた。
友人の催眠術師に協力してもらって催眠状態になったケイシーに対し、催眠術師はケイシーの症状を問いただした。するとケイシーは、病気の原因と医学的に適切な治療法について、うわ言のように喋りだした。そして、その通りにすると、彼の声は再び出るようになったのだ。
これ以降、ケイシーは催眠中に、まるで医者のように患者の病気を診断し、治療法を教える力に目覚めた。この方法を使って、1945年に亡くなるまで、約1万4000件の病気の治療法や予言、それにいろいろな問題の解決法を残した。
その中でケイシーは、転生が事実であること、過去世でアトランティスにいたことがある実体が現代に多く生まれ変わってきていること、今生でその人間が直面している問題と過去世とは大きくかかわっていることなど、人間の知られざる驚異的な事象や歴史、アトランティスの高度な文明について明らかにしていった。
エドガー・ケイシーのリーディングによると、人間がこの地球に住み始めたのは、約1050万年前。数多くの地殻変動があり、その間に20万年にわたり文明があった。最後は三つの大変動が数千年間隔で起こり、紀元前1万100年ごろ、アトランティスとみられる「最後の文明」が滅んだという。
アトランティスの人々は、今日のアメリカのように豊富な資源と才能に恵まれ、科学を重んじた。ガス気球を用い、テレビやラジオも発明、空や海の中を進む水陸両用の乗物も持っていた。最後には、太陽エネルギーを転換する秘法を解き明かし、「偉大な水晶体」を使って太陽エネルギーを活用した。「偉大な水晶体」は「火の石」もしくは「ツーオイ石」とも呼ばれ、神との交信に使われたり、病気を治療するために用いられたりもした。
このようにアトランティスの人々は非常に進歩していた。信仰面では、神のシンボルとして太陽を用い、一つの神を崇拝した。ところが、やがて人々は神の贈り物である人間の能力を誤用、次第に衰退して行き、最後には自滅したのだとケイシーは言う。
では、具体的にはどのような誤用があったのか。ケイシーは「水晶体」の誤用、乱用があったという。つまり、本来なら人類の幸福のために使われるべき太陽エネルギーを、一部の権力を握った人達が破壊に使ったのだ。
きっかけは偶発的だったともケイシーは言う。水晶体が偶発的に高水準に調節されたことにより、地球の火山活動が誘発され、結果的に地球上に大洪水をもたらしたのだという。
最初の破壊は紀元前1万5000年前ごろ起こり、最後は紀元前1万500年。一連の破壊により、アトランティス大陸は5つの島に分かれ、アトランティスの滅亡がエジプト、ギリシャ、インカの始まりとなった。アトランティスの生き残りの一部はエジプトやインカに逃れたらしい。
アトランティスと同時期に存在した古代レムリア大陸も水中に没した。
アトランティスの貴重な記録は、エジプトに逃れた一派によりスフィンクスの右前足とナイル川の間の秘密の部屋に保存された。その記録の中には、アトランティスの科学、文学、歴史、法律だけでなく、地球の過去、現在、未来を解説する文献も含まれている。その記録の一部が、あるいは口伝による歴史の一部が、ソロンからプラトンへと伝達されたのであろうか。
ケイシーによると、アトランティスの記録については、グッドニュース(いい話)とバッドニュース(悪い話)があるようだ。グッドニュースは、それらはやがて発見されるということ。バッドニュースは、「人類が地球的変動を経験するまで秘密の部屋は開かれることはない」ということだ。
これだけ詳細にアトランティスを描写したケイシーだが、今でもケイシーの能力を疑っている人がいるのは、ケイシーの予言の多くが外れていることが大きい。たとえば、1998年までに日本は大部分が海中に沈むにちがいないとケイシーは予言しているが、幸いなことに2005年現在、日本列島は一応原形をとどめている。同じころまでに、ヨーロッパやアメリカ大陸でも陸地が海中に没するような地殻変動が起こると予言したが、これも実際には起きていない。
しかし、こうした予言が外れたことを理由にケイシーの信憑性を断じるのは間違っている。それはケイシーの予言に関する次の発言からもわかる。
ケイシーは言う。時間や空間は、三次元という私達の限られた条件のもとで使用するための単なる概念にすぎない、時間と空間こそ、人間が作り出した幻覚にすぎないのだ、と。アカシックレコード(「神の記録帳」「魂の記録庫」)から未来を知ることができる、なぜなら、すべての時間は一つであり、過去、現在、未来は一体であるからだともケイシーは言う。
これはデジャビュ現象で私が直感的に知った仮説とも一致する。過去、現在、未来はそれぞれ連動しているとみるべきだ。現在が変われば、未来と過去も変わる。ケイシーの予言は外れたではないかと鬼の首を取ったかのように批判する研究家もいるが、実はこの時間に関する真理を理解していないことから生じる誤認であるといえる。
ケイシーは予言に関してこうも言う。「たとえ予言で日時や場所、人が特定されていても、それには一定の期間や修正の幅がある」「しばしば、期間の変更をもたらすような変化も起こる。スーやラーを崇拝する僧侶たちは、真の神の奥儀をエジプトから追い出してしまったために、変化が生じてしまった」
ケイシーの言うことが正しいとすると、過去や未来は決まっていない。同様に私たちの過去生も未来生も決まったものではない。それは、三次元的表現を使えば、“同時進行”しているからだ。今生を変えれば、それは過去生や未来生にも影響する。
すると、現代の科学技術利用の有様がアトランティスの科学技術の有様と連動していることがわかる。アトランティスの人々がそれを誤用したのだとすると、それは現代の人々が誤用していることの裏返しとなる。
このように時間の概念を正確に理解したときに初めて、ケイシーの予言が理解できるわけだ。そして、アトランティスの教訓を学ぶことも可能になる。
■輪廻転生
アトランティスはおそらく実在したのであろう。
しかし、アトランティスの神官であったとする正木和三の話が本当であることを証明するには、輪廻転生についても検証しなければならない。
私は1980年9月から81年6月にかけて、イギリスのケント大学に留学していたが、その大学生活が始まる少し前の7月か8月に、ダライラマの輪廻転生についてBBCがドキュメンタリー番組を放映したのを覚えている。
このBBCが制作した番組は輪廻転生に対する偏見をなるべく廃して、チベットの神秘についてまじめに取り上げていた。私はこの番組を見るまで、輪廻転生には懐疑的であった(潜在意識においては肯定していたが、すくなくとも表面的には否定論者であった)。しかし、私がホームステイしていたそのイギリス人家族も私も、この番組を見た後は、ひょっとしたら輪廻転生はあるかもしれないと思うようになった。
私が輪廻転生に懐疑的だった背景には、母の影響もある。幼少のころ(多分幼稚園児のころ)、メーテルリンクの『青い鳥』を母と一緒に読んでいると、未来の国でこれから人間の体に生まれようとする魂たちが並んで話をしている場面が出てきた。
私はその場面にすごく感動し、母に「みんなこういう風にして生まれてくるの」と聞いた。
そのときの母の答えがすごかった。「こんなのは作り話よ。魂が転生するなんて聞いたこともない」
「では人は死んだらどうなるの」と私は聞いた。
「死んだら真っ暗闇があるだけよ。生まれる前も真っ暗闇だったでしょ」
「暗闇だけ?」
「そう、何もない暗闇だけ。魂の転生など、そんなこと考えるのはやめなさい」
非常に現実的な母だったな、と思う。
しかし母の答えは、幼少の私には衝撃だった。
トラウマになったとまでは言わないが、輪廻転生について考えるのは幼心に封印してしまったような気がする。
そして、その経験をイギリスにまで引きずっていたのだ。
封印が一度解けてしまえば、こちらのもの。後は輪廻転生が実在するかどうかを科学的に分析すればいいだけだ。
輪廻転生を科学的に証明できるのか。非常に難しい問題だ。幽体離脱や臨死体験を論じる際にも必ず指摘されることだが、脳が作り出した幻影や錯覚である可能性もあるからだ。
確かに、そういう場合もあるのかもしれない。しかし、それではどうしても説明できない事例も多くあることを忘れてはならない。しかもこの現象は、人類が昔から普遍的に“経験”してきたものでもあるのだ。それは、それぞれの国の古典や記録にも残されている。
西丸は合点がいかない。自分は中国人のような顔をしていないからだ。そこで安禄山について調べてみた。すると、確かに安禄山は漢民族ではなく、西域人の混血であった。そして、醜怪な姿で腹が途方もなく膨れて垂れていたとある。だがおかしなことに、そのように醜い姿をしていたのに、楊貴妃とは愛人関係だったらしい。
「筋が通らない話だな、私が安禄山であったというのは、やはりたわごとだったのか」と、西丸が自宅の書斎で思索にふけっていたときだ。後ろの暗い片隅に人が立っているのに気が付いた。黒い「ドバーッとした服」を着た男で、変な帽子をかぶっている。よくみると顔は西丸に似ている。
「どなた?」と西丸が聞くと、その男はニッと笑って「誰だと思う?」と聞き返す。
「う〜ん、安禄山!」
「その通り」
安禄山は、西丸が安禄山について解せぬことがあると考え込んでいるのを知って、過去から駆けつけたのだという。
安禄山は西丸と合体し、玄宗皇帝の時代に連れて行き、西丸が疑問に思っていたことをすべて解き明かす。安禄山との会話は、日本語でも古代中国語でもなく、「お互いの言語でしゃべっている内容が頭の中に押し込まれるみたいに理解される。テレパシーみたいなものか」と西丸は書いている。つまり正木和三が、知らないはずの「アトランティス語」を理解できたのと同じ仕組みだ。
過去の人物でありながら現在に出現した過去世の西丸震哉である安禄山。西丸はもちろん、この話を事実として書いている。西丸と安禄山の二人が出会うということは、過去世の自分と今生の自分は同時に存在することを意味している。
「自分」という意識(存在)は常に時間を超越して存在する。それが宇宙の法則であるような気がする。
過去、現在、未来は同時に存在しているという考え方は、理解するのは難しいかもしれない。
なぜ、すでに起こった過去がこれから起こることなのかという疑問が生じたとしても当然だ。しかし、私たちが知っている過去とは何なのだろうか。「本当に起こったこと」などあるのだろうか、と考えてしまう。「本当に起こったこと」とは、実は私たちが「本当に起こった」と信じているだけではないか、とも思える。
考古学の世界でも、「現在」における発見によって、「過去」がドンドン変わる。たとえば炭素年代測定の導入によって、弥生時代が従来考えられていたよりも500年も早い紀元前1000年ごろから始まったのではないか、とも考えられるようになった。未来も過去も刻々と変化している。
例え話をしよう。二次元世界の住人にとって、線上に順にA,B,Cという点があれば、AからCへ行くには必ずBを通らなければならない。Aから見たら、Cは必ずBの向こう側にある。ところが三次元世界の住人にとっては、空間があるため、BをまたいでAからCに行くことができるわけだ。Bを通る必要はない。当然、Bを通らずにCからAに行くこともできる。
同様に三次元世界の住人にとっては、過去から未来へ行くには現在を通らなければ行けない。ところが四次元世界の住人にとって、過去から未来へと現在を経ずに飛ぶことも、未来から過去へと時間を旅することも容易にできる。四次元世界では過去、未来、現在は一体として存在するからだ。安禄山と西丸のケースや、ゲーテのデジャビュ現象を思い出せばいい。
このことを理解するには、エドガー・ケイシーが過去生だけでなく、自分の未来生もリーディングしていることを思い出すべきであろう。ケイシーは1998年と2100年ごろに再び地球に転生し、どのような人生を歩むかを克明に述べている。つまり、ある時点における未来はすでに完了している。過去生を思い出すという表現を使うならば、未来生を“思い出す”ことも可能であるのだ。過去と未来、現在は同時進行で起こっている。
さて、輪廻転生が事実で、かつアトランティス文明があったとすれば、正木和三の体験は真実であった可能性が強くなる。最後に、正木和三のほかにアトランティスの記憶を持つ人達を紹介しよう。
秋山眞人は、かつてアトランティスにいたのは間違いないと言う。手元に取材メモがないので正確ではないかもしれないが、秋山は前世でレムリアの王子の従者であったという。その王子がアトランティスにやって来たので、お供をした。秋山はアトランティスの最後にも立ち会うことになり、山のように巨大な津波が大陸を襲うのを目撃したという。
ミュージシャン喜多郎のところでかつて瞑想を教えていた梅本利恵子にも、アトランティスの記憶があるという。梅本によると、アトランティス時代の同時期に一緒にいた魂たちが、現代の日本にも多数転生してきている。そして、そのことを覚えている人も多く、そういう人達が出会うと「きゃ〜、あの時、あの塔にいた何々ちゃんが、今のあなたなの!お久しぶり〜」と、まるで同総会で出会ったときのような会話が交わされることがあるのだという。
なぜ、アトランティスの記憶を持つ人が今の時代に多くみられるのだろうか。「(科学技術の悪用によって滅んだという)アトランティスの過ちを二度と繰り返さないために、自分たちの意思で転生してきたのではないか」と秋山は言う。
カルマの法則が働いているのだろうか。そうであるならば、私たちの「今の決断」しだいで、未来の地球だけでなく、過去のアトランティスを救うことができるのかもしれない。
(文中敬称略)
(主要参考文献)
ジェニファー・ウエストウッド『失われたアトランティス』(主婦と生活社)
E・B・アンドレーエヴァ『失われた大陸』(岩波新書)
正木和三『驚異の超科学が実証された』(廣済堂)
マリー・エレン・カーター『エドガー・ケイシーの予言』(たま出版)
渡辺豊和『発光するアトランティス』(人文書院)

天の王朝
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2019年09月19日

シャーリー・マクレーン: 大西洋で両性具有のレムリア人に逢う

シャーリー・マクレーン: 大西洋で両性具有のレムリア人に逢う
レムリア人ジョン・・シャーリー・マクレーン 「カミーノ 」
19/06/09
シャーリー・マクレーンの、スペインの巡礼記です。
巡礼の道は、フランス南部とスペインが接するところからはじまり、東から西へと一直線に続いています。巡礼の終わりは、聖ヤコブを祀っていると言われていますが、巡礼路をさらに延長すると、大西洋にいたります。
シャーリー・マクレーンは、その大陸から海の力を感じ取って、古代へ、古代へと進んでいきます。
その海の中には、レムリア文明がはるか昔から、今にいたるまで存在しつづけている、と、彼女は感じ取っています。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます

始まりに向かって
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ジョンは言った。
人類の最初の傷は、魂が人間に入ったときに来た、神と霊からの分離だった。
この三角形は三つ組みを示している。
三つ組みとは頭(マインド)とボディ(体)と霊(スピリット)のバランス、あるいは神、女神、子供のバランスである。
これは神へと回帰する道を示している。
ひとつひとつのらせんは、頭と体と霊の陰と陽、または男性性と女性性のバランスを示している。頭と体と霊のエネルギーは内側に渦巻きながら、三つ組みの中心に向かっている。その中心とは神である。
地球の最初の楽園で、最初の人間は、完全な状態で住んでいた。ひとつひとつの魂は、男性性と女性性の両方をそなえていた。彼らは同時に男性と女性を体験するための肉体、雌雄同体を工夫して作り出した。その肉体は魂を完全に反映して、両性を持っていた。人間は両性具有者として生活していたのだ。そしてその時代はレムリアとして知られていた。
神話上では、エデンの園として描かれている彼らの霊的な状態、完全にバランスのとれた肉体を反映していた。一人ひとりのエネルギーはシンボルが示しているように、三つ組みの中心に向かっていた。
レムリアの文明は何十億年も続いた。
時間的にとほうもない年月を要したこの性の分離によって、人間はもう一つの片割れから分かれてしまった。その事実を知ったことによって、恐怖が生まれた。そして神を反映する完全なる魂のバランスとの分離の恐怖がうまれたのだ。
さて、おまえは、かつておこったことをこれから再体験しようとしている。恐れないでほしい。お前がずっと前に通過してきたことを、もう一度再体験するだけだということをおぼえていなさい」。
わたしのハートはもっと広がりはじめた。
わたしがリラックスできるように、何かがわたしを助けてくれていることがわかった。
時間が経過した。わたしは頭ではなく、心を通して、色彩が混じりあっていくのがみえた。液体でできた大きなハートのカンバスの上に、色彩が小川のようにわたしのハートの運河を波立って流れていた。
最初、色は緑色と青と紫が中心だった。それらは固形物の形をとり始め、濃い黄色、オレンジ色、赤い色などの色調を帯びた。
色はゆっくりと物体を形つくり、わたしの心の中に様々な色の木や花や植物の壮大な風景が浮かび上がった。たわわに果実が実っている木が、そよ風に揺られながら、よく手入れの行き届いた中庭と多彩な庭に沿って並んでいた。青緑色の噴水が空に向かって水しぶきをあげ、太陽の光が霧に乱反射していた。ひとつの中庭から他の中庭へと、温泉の川が音をたてて流れていた。そのうえにアーチの形をした東洋の橋がかかっていた。
中庭に隣接して、ピラミッド型の建物が建っていた。あるものは石で、ほかのものは水晶からできていた。ピラミッドの壁はモザイク模様で飾られ、モザイクの絵のまわりには象形文字がみえた。
もっとはっきりと回りがみえはじめるにしたがって、わたしはそこがとても穏やかな静けさに満ちていることに気が付いた。小さな動物の発する音や植物の葉ずれの音が聞こえたが、それだけだった。しかし、植物や動物がお互いに 交信しているのをわたしは「感じる」ことができた。
わたしは極彩色の中庭を見上げた。わたしの方にむかってくる背の高い堂々とした人物だった。彼の肌は、赤みがかった黄金色で、目の色は紫色だった。彼は非常に背が高く、・・2メートル10センチはあった・・長い金色の髪を下に垂らしていた。体や顔や腕に毛は生えていなかった。そして、中近東の人たちがきている白いジャバラのような服を着て、サンダルをはいていた。彼はわたしのほうに、音もなく滑るように歩いていた。彼が近くにやってくると、なにも言葉は話さないのに、彼の思いが伝わってきた。
「こんにちは。わたしがスコットランドのジョンのずっと昔の姿です」
彼はほほえんだ。心で彼の声であることがわかったので、わたしもにっこりとほほえんだ。
「ようこそ、おまえの最初の家に」
とジョンが言った。
「ふたたび慣れるようにお手伝いしよう。」
わたしは答えようとしたが、声が出なかった。とつぜん、わたしはジョンが一種の視覚的感情的言語でテレパシーをつかって交信しているのだということに気が付いた。
「お前の感じたことをただ思いなさい。そうすれば、おまえの言おうとしていることを、わたしは理解する 」
わたしは意識を全部質問に集中した。
「ここでは、みんなそうやって話すのですか?」
わたしは自分の質問を組み立てたが、そうすると、特定の言葉というより、その言葉の裏にある感情の強さに気が付いた。するとわたしの感情が実際にわたしの頭に絵となって浮かぶのだった。ジョンはほほえんだ。
「はい。わたしは理解します」
と彼が言った。
「とてもうまくいっているよ」
二人でいっしょに歩いていると、ほかのひとたちが、私たちの両脇を通り過ぎていった。彼らはジョンのように、長いローブや腰巻を身にまとい、サンダルをはいていた。そして背が高かった。
わたしはまわりの風景に目をやった。色や生命力がいきいきとしていた。色とりどりの花、果物の木、実をつけた熱帯の植物、ありとあらゆる植物と動物がいた。
「我々は、心の庭師なのだ」
とジョンが言った。
「おまえの今の人生でも、植物が感情をもっていることをお前は知っているだろう。人間の思いや行動は彼らに影響を与えている。レムリアにおいても同じなのだ。」
空気中のよい香りが、わたしの発する波動と一緒に舞ったり、渦巻いたりしながら、わたしの考えに従ってついてくるように思えた。わたしはレムリアの調和によって愛撫されているように感じはじめた。わたしはとつぜん 「聖書」の中にえがかれているエデンの園の象徴的な意味を理解した。それは完全な調和、完全な美、完全な平和だった。わたしはアダムとイブ、そして知恵の木の果実の誘惑をおもった。リンゴはなにであったのであろうか?わたしがそう思ったとたん、ジョンがわたしに答えた。
「あとでエデンの園の没落の説明をしよう。おまえもそれに関係していたんだからね。まず最初にたくさん見るほうがいいだろう。緑が青々と茂った庭の中やまわりに、ピラミッド型の建物があった。その壁にはクリスタルや石がはめこまれていた。ピラミッドのいくつかはエメラルド、ルビー、サファイアやヒスイといった宝石でおおわれていた。宝石類は自然の岩石の圧力でできたものなので、地球の電磁波の場を反映するという性質があった。
「これらはきわめて価値の高いものなのだよ 」
とジョンが言った。ジョンはわたしをつれて、霧のかかった美しい熱帯の庭を抜け、わたしの心に話しかけてきた。そしてレムリアについて、次のように説明してくれた。レムリアには5000万人の魂が住んでおり、、人種は今日のわたしたちの人種と、さらに二つの人種がいた。
紫色の目をした金色の肌の人種と、紫色の目をして紫色の肌をしている人種で、首都はラ・ムーとよばれ、現在のハワイ諸島あたりに位置している。
レムリアは7つの州に分かれていて、そぼくな一神教とひとつの思想圏のもとで連合している
気温は平均が22度で11度以下と38度以上にはならない。本来的には熱帯に属し、高い山はなく、丘とゆったりとうねっている平野からなっている。
ジョンはしぐさで、瞑想室の中をのぞいてごらんと指さした。およそ50名の学生が円陣をつくって深い瞑想状態に入っていた。彼らは地上から1メートルほど空中浮揚していた。部屋の中は青っぽい霧のような色をしていた。もの音はひとつもなく、先生もいなかった。彼らはお互いに集団的に意思のの疎通をはかっているようだった。わたしには彼らのオーラが振動しているのがみえた。ひとりひとりの脊椎を、目を凝らしてよく見ると、彼らのチャクラが光をおびて振動していた。
ジョンはほほえんだ。
「彼らはいわゆる宿題をやっているのだよ。空中浮揚はごく初歩的な段階なのだ。」
と言いながら、次の教室にはいっていった。いろいろな高さの台が置いてあった。台の上には薄いマットがしかれて、瞑想ができるようになっていた。わたしはあたりを見回して、やすらぎを感じた。ジョンはわたしを手招きしてうすいマットのうえにあぐらをかいて座るように合図した。
「おまえがこれから再体験するもののなかには不快なものもあるかもしれない。しかし自分の真実を再体験できるほどに成長したからこそここにいるのだ。」
わたしはうなずいた。わたしはそこにすわってリラックスした。そして20世紀のわたしの人生について考えてみた。集団的な調和に対しては、わたしたちはほとんど何もしていない。個人間の競争、個人の確立、個人のプライバシー、個人的必要を望み、個人的な幸せに意識的に焦点をあてているような気がした。
20世紀の西洋社会は、霊的なことも真剣に考えていなかった。人間に魂があるということでさえ、事実だと認められていないのだ。今のわたしたちが人口について語る時、000万人という、しかし、ここレムリアでは5000万の魂と言っている。わたしは座ったままハープのような楽器の音色を聴いていた。その音楽はここちよく、遠くの方から優しくやってくるように思えた。 
「ここでは誰もが他のすべての人に頼っている。 」
とジョンがいった。
「もしひとりが遅れると社会全体がその人のレベルまでもどって、かれの成長を助けるのだ。みんなが同一のレベルになるという力がいつも働いている。霊的な成長こそが喜びだから。」
ジョンはわたしをクリスタルのピラミッドへと連れて行った。
いろいろな服装をした人たちがそこにあつまっていた。
「ここは生命が発生した場所だ」。
わたしはあたりを見回した。玄関ホールの奥は誕生のホールとなっていた。ホールのまわりにはクリスタルで出来た巨大なタンクが、大理石でできたしきりの中におさまっていた。そのクリスタルのタンクは、子宮の形に作られていた。中には金色の液体が入っていた。
ジョンはある特別なタンクにわたしをまっすぐにつれていった。中には人間がやすらかに浮いていた。
「これがわれわれのはじまりなのだ。おまえの伝統だ。レムリア人の人生でもっとも神聖なもののひとつは誕生である。お前はこの誕生にたちあうのだ。われわれにははずかしいという感覚はない。だから、レムリアの習慣にしたがってわれわれは服を脱ぐことにしよう」。
ジョンは着ていた白い衣服を頭から優雅に脱いだ。ジョンはゆっくりと恥ずかしがりもしないで全部服をぬぎすてた。かれにはおっぱい、女性の胸があった。
わたしには理解できないことだった。わたしは下半身を見た。そしてあっと口をあけた。ジョンには男女両方の性器があった
わたしは服を脱いで、自分の体を見た。おどろいたことにわたしも両性具有だった。両方の性器を持っていた。
「わかったかい。さいしょ魂は男でも女でもなかった。レムリア人もそうなのだよ。すべてのたましいは両性具有で、神の一部であった。だからそれにしたがって、肉体もそうなたのだ。
わたしはびっくりして口をぽかんとあけたまま後ろを振り返ると、タンクの中をのぞきこんだ。タンクの中でお産をしている人はこんどは仰向きになり、おなかと胸と両性を備えた性器を見せていた。
「この人は今からお産をする 」
とジョンはいった。新しい母親がこどもを出現させる。彼女・彼は深い眠りの中にいた。時間が早くなっていくように感じた。
おなかがもっと大きくなっていって、そしてついに生んでいる人はほとんど全くといっていいほど女性の表情をおびた。彼・彼女は安心して金色の液体の中に浮かんでいた。両足が開かれ、子宮が開き、産道を通って、新しい子供がうまれた。小さな赤ん坊もまた両性だった。
助産婦がクリスタルの中に入り、へそのおを切った。その時、わたしのまわりにいる人はみな両性具有者 なのに気が付いた。彼らは赤ん坊を愛撫し、世話をした。わたしは母親を見た。彼女・彼は浮くのをやめ、タンクの底に沈んでいた。付添人は生命のオーラを調べているのだった。しかしオーラはなかった。母親はすでに死んでいた。わたしは悲鳴をあげて泣き始めた。
「その人の顔を注意深く見てみなさい。 」
とジョンが言った。するとそのとき、計り知れない永遠の時を超えてわたしの記憶がかけもどった。わたしは時間を先の方へと転げ落ちていった。とつぜんわたしは理解した。その顔こそ、後にシャルルマーニュになり、オラフ・パメルになる者だった。
ジョンはわたしの頭に触った。
「この人はツインソウル(ふたごの魂)だ。そして、神の状態で修復しなければならないカルマの欠陥を持っていた。この魂は喜んで死んでいった。短い視点から見ると不条理に見えるかもしれないが、長期的な視点に立てば、必要なことなのだ。
この時体験したことを、おまえはもう一度目撃する必要があったのだ。それはおまえが理解するためだよ。
おまえはこの魂とカミーノで出会った 」とジョンは言った。
そしてこの人生で彼を愛した。
おまえはいま、時を超えておまえたちが互いの人生でどんな役割をはたしてきたか、そして、これから果たすのか、理解し始めたのだ。
おまえ達はまた一緒になるだろう。それも何回もだ。今、おまえは理解し始めている。それはつらいことだ。しかし真実は必要だ。そして真実を知れば、おまえは軽くなる。

始まりに向かって
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◎甦るか、天地創造 ◎   
小泉万馬 雑誌「JI」平成10年5月号
チャーチワードの残したムー文明に付いての著書
『ムー大陸のシンボル 大陸書房』
を読んだところ、ムー文明が旧約聖書の天地創造、諸々の宗教及び科学の源である可能性が分かりましたので、概略を紹介します。
また、其の中で旧約聖書の天地創造は、ムーの天地創造を元にしたものだとの推理により、両者を合体して太古の宇宙人の科学に近い天地創造についてまとめました。
下記で、ムーに関する記述はすべて
『ムー大陸のシンボル』
の抜粋もしくは、その内容を纏めたものです。
1.ムー文明の概要
ムー大陸が太平洋に消えたのは、約1万2千年前ごろで、その時までに少なくとも人類の歴史は十万年続いていた。
ムー帝国の聖典
『聖なる霊感の書』
は、
教義の部と科学の部
に別れていて、しかもこの二つの部分が互いに裏付け合い補完し合っている。
宗教と科学はしっかりと組み合わさって切り離せないものです。科学無しには、完全な宗教はありえない。
なぜなら、科学は自然を解明する物であり、自然とは創造主(忍:自然を創造する宇宙大自然の法)の代弁者であり、神の存在を証明するものであるからだ(誰かの著書で、次のような名言を目にした記憶があります。”科学を無視した宗教は迷信に陥り、宗教を無視した科学は、悪魔を産む” さしずめ”千年の森”を批評した梶本某などは、科学抜きの宗教を迷信的に信じる性格のお方なんでしょうねえ。 千乃)。しかし、偉大な学術は、ムーの崩壊とともに、ほとんど崩壊してしまった。
 この創造主(ビッグバンから始まる宇宙の創造のこと)
(忍:ビックバンは、無から有の法則の自然現象の一つである。
此の逆の現象(有から無)がブラックホールである。全ての自然現象は一つの法則の下で輪廻している事。だから、自然を創造する宇宙大自然の法(生から死、死から生、有から無、無から有へと回り回っている輪廻の法則)を指している。)を天帝とし、その天帝が何かを創り出す為には、陰と陽の二元性が必要であり、この創造力の陽の象徴(シンボル)として、「太陽」を、陰の象徴として「月」を使用した。従って、太古の文明から引き継がれた太陽や月は天体の意味ではなく、創造主の事を指している。ムー文明の神官はラ・ムーと呼ばれ、ラは太陽の意味である。
ムー帝国の宇宙図は、
中央の円は太陽の象徴、
二個の三角形の組み合わせによりつくられる十二の空間は天国への十二の門
を示す。
これらの門は、
愛・希望・慈悲・純真・誠実などの十二の美徳
を象徴していて、最高の美徳は愛とされていた。
その外側にある二重の円に狭まれた狭い空間は、霊魂が神の門にたどりつく前に通らねばならない世界である。
その外側の十二の装飾は、地上の十二の誘惑を示していて、人間はこれらの誘惑を克服しなければ、天国の門をくぐることはできない。
其の下にさがっているリボン状のものは、天国への道を示し、
八つの部分に別れているのは、人間の行為と思考が八つの道をたどらねば、天国に行けないことを示している
(八正道を指している。八個の正しい道というのは、
正しい見解、正しい思い、正しい言葉、正しい行い、正しい生活、正しい努力、正しい理想、正しい心の統一
)。此の宇宙図は、南北アメリカ大陸、インド、バビロニア、エジプトなどに、今でもその名残りを見る事ができる。(追加1:小泉)
〇『創造主は一なるものを生み出した。
一は二となり、二は三となり、それよりすべての人類となった。』
との記述があり、中国の陰陽説の源流となっている。
老子の道徳教には 
『一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず』
と書かれており、老子はムー文明の正当な後継者である。
一方、孔子はムー文明をよく学んだ上で現天上界の後継者として儒教を残した。
〇「ムー:ラー系の神」
蛇は、ムー文明の源泉で太陽という意味のラー系の神を持つ。
一方、現天上界の象徴(シンボル)も蛇で、ムーと源は同じなのだが、エル系の神を持つところは違うが、現天上界はムーの正当な後継者だと推測します。
つまり、各名称及び各象徴は、皇室の元号のように自分の起源を表していると推測されます。
「大悪魔王(大サタン):ピラミットと目」
ムーの宇宙図はエジプトや他の地域に伝わった後、原図には一切無かったピラミッドと目の象徴が強調されて付加され、聖なる教えが相当に歪められた。
シリウスの中の重たい星を、目と呼んでいたことから、大悪魔王はシリウス系だと推測されます。
「ダビデ:カゴメの紋章(マーク)」
ムーの宇宙図から拝見したもので、ベーエルデ星の王家の紋章かなにかで、自分が正当な王だと言いたいのかも知れません?
「日本:ムーの正当な後継者」
チャーチワードの別の本では、太陽が円で表現されているものは、ムー本体の布教時の旗で、日本の国旗と同じものであるため、
日本人を正当な後継者と見ている。
植民地は半分の太陽で表現されていることからも窺える。
〇聖徳太子の十二官位や、ユダヤの十二支族は、天国への十二の門を想像したものだとも推測されます。
2.ムー文明と旧約聖書の天地創造の合体
ここでは、旧約聖書の天地創造は、ムーの天地創造を原型として一部省略され、旧約聖書の天地創造もともに七個に別れていて、共に完全ではなくて一部が欠落している。つまり、ムーの天地創造は宇宙や地球の創造の部分が非常に詳しく、一方旧約聖書の方は生物の進化の部分が詳しい。(やはりムー文明は、異星人=天との関わりが大きい証拠でしょう! 千乃)
そこで、両者の天地創造を合体させてより完全な形の天地創造を、ムーの7個の部分に分けて下記のように纏めました。
それというのも、旧約聖書の七日目(天地創造の完了)については、
「こうして天と地と、其の万象とが完成した。神は、七日目にその作業を終わって、休まれた。」
という表現は、当時の労働環境が厳しかったため、肉体的な休息のためと神のことを考える余裕を与える為に、追加されたのではないかと推測される。
そこで、現在では宇宙創世に必要がないと思い、私見ですが除外しました。

7073
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/7073/tenntisouzou.htm





ムー大陸
ムー大陸とは、遥かな昔、太平洋にあったとされる大陸の事で、その面積は
ハワイ諸島からフィジー諸島まで、
イースター島からマリアナ諸島
にまでおよぶ広大なものであったという。
ムー大陸には、ラ・ムーと呼ばれる教皇が統治する大帝国が築かれ、その全盛期には、10種類の民族からなる6千4百万の人口を擁した。
高い文明を有したムー帝国は、 世界各地に植民団を送り、そのうちのあるものはアジアへ、あるものはウイグルへ、そしてあるものはアトランティスへと渡り、各地に文明をもたらした。
ところが、今から約1万2千年前、地球の地下にあった巨大な空洞「ガス・ベルト」が崩壊し、ムー大陸は海の底へと沈んでしまった。
(大西洋のアトランティス大陸の消滅も、この時の世界的天変地異が原因である。)
以上が、ムー大陸についての簡単な説明である。
この『ムー大陸説』が世間に初めて登場したのは、 1931年に刊行された元イギリス陸軍大佐、ジェイムス・チャーチワード著
『失われたムー大陸』
においてだった。 どういうわけか日本で人気の高いムー大陸説だが、そんな大陸が存在したわけがない事は、アトランティス大陸同様、
「プレート・テクトニクス理論」
によって簡単に説明できる。 (⇒【アトランティス大陸】の項目を参照!)
だけど、 はっきり言って、 それ以前の問題なんだよね〜! この『ムー大陸説』ってやつは・・。
そもそも、チャーチワードがムー大陸説の根拠としたのは二つの
「碑文板」
の存在なのだが、そのうちの一つは、アステカやその他のメキシコの民族が祭儀用に数多く作った平板の事で、そこに刻まれた「装飾用図形」をムーの歴史が描かれた「古代文字」であると、 チャーチワード一人が主張しているに過ぎない。
おまけに、この「装飾用図形」を一種の「古代文字」とする根拠というのが、てっとり早く説明すればチャーチワード自身の「フィーリング」だけ・・・。(汗)
だけど、これはまだいい。 少なくとも、この平板自体は、ウィリアム・ニーベンというアメリカ人技師がメキシコで発見した物らしいから、一応実在はしているわけだ。 ところが、もう一つの「碑文板」の方はというと、インドの寺院の高僧が、門外不出の秘密の粘土板を特別にチャーチワードに見せてくれたというもので、要するに、 チャーチワード以外の誰もその粘土板を見た者はいないのだ!
大体、彼の説くところの『ムー』に関する記述は繊細を極める。
難解なはずの「古代文字」を、わずかな滞在期間中に、よくそこまで解読できたものである。
しかも、ある本ではそれをインドで見たと言い、またある本ではチベットで見たと言っている・・・。
つまり、普通に考えれば作り話としか思えないわけだが、話はこれで終わったわけではない。
自称、元イギリス陸軍大佐の彼は、イギリス陸軍に所属していたはずの若い頃、なぜかアメリカで『釣り』のガイド・ブックを出版していた事がわかっており、
イギリス陸軍の記録の中にも、ジェイムス・チャーチワードという人物は存在していなかった事が判明している。
つまり、有名な『ムー大陸』の話というのは、一人のホラ吹き爺さんが創作したバカ話に過ぎないのだ!
そもそも、チャーチワードがどこから「ムー」という名称を拾ってきたかと言うと、フランスのブラッスール神父やル・プロンジョン医師が行なった古代マヤ文書の解読がネタ元だろう。
ブラッスールは、それ以前にランダという司祭が解読していたマヤ文字の「M」と「U」に似た二つの文字を『トロアノ文書』の中に見つけ出した。
つまり、「MU(ムー)」である。
しかし、そもそも、ランダが行なった解読法自体が誤っていたのだ。
誤った解読による文字を、さらに不適切な用い方をする事で生まれたデタラメな名称、それが「ムー」だったわけだ。

奇妙な世界
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/1541/mu1.html








地球上の謎 2/2
古代都市のアトランティスとムーって、本当にあったのかな?
もちろん実在した文明なんだよ。
アトランティスは、大西洋にあった大陸だから、今でも大西洋の事をアトランティック・オーシャンって呼んでいるんだ。
アトランティス大陸の一部が、今でもフロリダの沖にビミニ諸島として残っているし、バハマからは古代都市の遺跡が発見されているよ。
アフリカ大陸北部あたりから北米に至る程の、大きな大陸だったそうだよ。
全部で2万年弱も続いた文明なんだけど、ムーと核戦争してムーを滅ぼしたんだけど、
今から1万1千5百年前に地球変動により、ムー大陸もアトランティス大陸も海に沈んだと言われている。
進んだ宇宙人達が作った文明だったから、現在の文明よりも当然科学は進んでいたし、乗り物もUFOだったんだよ。
ムーは、今のハワイ諸島が、その名残りなんだけど、中国大陸からハワイまでも含む程の大きな大陸だったんだよね。
という事は、日本もムーの一部なんだよ。
ムーの文明を、別名レムリア文明とも呼んでいるよ。
このアトランティスとムー文明の前にも、地球上には進んだ宇宙人達の文明があったんだ。
でも大戦争で滅びて、生き残った宇宙人達は、ベータケンタウリ星系やバーナード星系へ逃れたという歴史があるんだ。
この時から7千年後、今から3万1千年前に、バーナード星系で隆盛を極めていた者たちの中から、
リラ星人の系統のアトラントと呼ばれる者に率いられて、地球にやって来た一団が作った文明がアトランティス文明なんだよ。
アトラントの妻の名前がカリャタイドと言って、彼女は夫を助けてアトランティスの文明を地中海地方にまで広げ、地中海地方は当時、リトル・アトランティスと呼ばれるまでに繁栄したそうだよ。
ところが、バーナード星系に残っていたカリャタイドの父親ムラスが、アトランティスの隆盛を聞いて、自分の軍団を率いて地球にやって来て、今の中国のゴビ砂漠の辺りに、レムリア帝国と呼ばれる大都市を築いたんだよ。
同時に2つの地下都市、アガルタ・アルファとアガルタ・ペータという2つの地下都市も作り、地下道も一杯あったそうだよ。
このようにして、地球上には2つの大きな文明が2万年弱にわたって平和のうちに栄えたという訳。
平和で静かな星・地球として、宇宙でも有名になった為に、この間には、いろんな星からいろんな種族達が地球に移住して来て、それぞれの文明に溶け込んだそうだよ。
シリウス・
オリオン・
べガ・
ヒアデス
などの8種族が、この時期に地球に来たそうだよ。
アトランティスの歴史
ところがアトランティスの中の若い科学者のグループが反乱を企てて、ベータ・ケンタウリ星へ追放されるという事件が起こったんだよ。
悪い事に、追放された星には、他の星から追放された者達がたくさんいた為に、若い科学者の口に乗せられて同調する者がいて、アトランティスとムーに仕返しをしようという事になったんだ。
彼らは地球にやって来て、極北地域と呼ばれたハイパーポリア(今のフロリダ)に住んで、略奪行為をしながら、
アトランティスとムーに紛争の種を蒔いて行ったんだよ。
だんだん紛争の呼び声が高くなるにつれて、パニックに陥った者達の中には、他の星へ避難して行った者達もたくさんいるんだ。
その1つが、プレアデスへ帰った現在プレアデス人と呼ばれる人達なんだよ。
そして、避難しないで地球に残った者達の間で、大戦争が始まったという訳。
核爆弾よりもすごい熱溶解光線がアトランティス側の武器だったから、ムーの攻撃された跡には、ガラスと砂しか残らなかったそうだよ。
それが、今見られるゴビ砂漠という訳。
ムーの科学者は、仕返しの為に、火星と木星の間に散らばっている星の残骸(昔マローナと呼ばれた星が、核戦争で破壊された残骸)に推進装置を取りつけ、アトランティスに衝突させるように仕組んだんだ。
戦争は、ムーが地下都市もろとも滅んで、アトランティス軍の勝利だったんだけど、残った小惑星の爆弾は地球へ向かって進んでいたんだよね。
それを察知したアトランティスの人達は、宇宙船にのって宇宙へ脱出したという次第。
地球大気圏に突入した小惑星は、34000度の光熱を発して、177`の地点で爆発し、数千の破片となって散弾銃のように地球に降り注いだ。
アトランティス大陸は、熱の為に溶けてしまい、海底に入った亀裂の為に火山噴火が起こり、海は煮えたぎり、水位は32`も上昇し、アトランティス大陸は水の中に飲み込まれてしまったんだってさ。
この時に一緒に地軸の変動が起こった為に、地球全体で火山爆発や洪水が起こり、地中海にもエジプトにも
北アフリカにも洪水をもたらし、地球の地理も変わってしまったのだそうです。
アトランティスが海没したのは、紀元前9498年6月6日。
地軸の変化が、現在グリーンランドがある位置にあったフロリダを、現在の位置に変えてしまったんだそうです。
(プレアデス・ミッションに出ている地球の歴史より要約) 生命体は、生きている惑星にしか住めないんだ。
死んだ惑星には、生命体は発生もしないし、住む事も出来ない。
地球は? 動植物も知的生命体である人間も住んでいるから、地球は生きている惑星なんだよ。
地球の中ではマグマが活動しているし、たまに噴火もするだろう?
生きている惑星だから、活発に活動している訳なんだ。
地球は生命体ですなんて言うと、僕でも???と思うけど、知的生命体と同じように、地球だって生命体だから進化するんだってさ。
地球は、現在第三密度(幼稚園)の状態なんだけど、今度21世紀からは、徐々に4密度(小学校)に移行する事が分かっているんだ。
僕たち地球人を差し置いて、地球だけが小学校に格上げになっちゃう訳。
そうすると、僕達幼稚園児である地球人はどうなるのかって?
幼稚園の卒業証書をもらわないと、小学校には入れないよね。
3密度の生命体は、3密度の惑星でしか生きられないし、4密度の惑星には、4密度の生命体しか住めないからね。
分かる?
だから、地球人は早く4密度に適応出来るように進化を早めなければ、地球には住めなくなる訳。
4密度に進化出来ない地球人は(幼稚園を卒業出来なかった地球人は)、次回の人生は近くにある3密度の
バーナード星で修行を続けなければならない事になるんだよ。
だから、地球人の進化を援助・指導する為に、現在いろんな惑星から上級生達が地球に来ているんだそうだよ。
その上級生達の事を、地球人は異星人とか宇宙人とか呼び、彼らの乗り物をUFOと呼んでいるんだよ。
上級生達は、「スペイス・シップ」(宇宙空間の移動用の船)って呼んでいるけどね。
何千人も乗れる大型のものや、小人数用の中型のものや、3人乗りの小型のものや、無人偵察用のちっちゃいものなど
いろんな種類があって、また星によってスタイルも違っているよ。

宇宙からのメッセージ
http://www.geocities.jp/shonanbell4668/ufo_002.htm








posted by datasea at 02:07| Comment(0) | ◉ アトランティス伝承 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする