2018年11月15日

意訳/違訳批判,ノストラダムス予言書

1 「今日を400年前に完全に予言」したのか
ノストラダムスの『予言書』の解釈書は、 毎年世界中で数多く出版されている。
しかしそのほとんど全てが読むに耐えない、 いかがわしいものばかりである。
“と学会会長"と称する山本弘は、
「100冊以上のノストラダムスを読み直してつくづく思い知ったのは、デタラメなことを書いている本がいかに多いか、 ということだ。
-------しかし、ノストラダムスに関して最も多くの嘘や間違いが書かれている本は、 何と言っても五島勉氏の大予言シリーズなのだ(トンデモノストラダムス本の世界43Pより)------」
と書いている。
こう思うのは山本氏だけではないだろう。
筆者も同感であるから。
そういう出版するのも恥ずかしいという類いの本がたまにはあり、 それがあまり部数が出ないで、そのスジのマニアだけの本というなら問題にすることはない。ところがそのアブナイ本がアブナイ内容であるほどよく売れ、読む読者がナント真面目に信じているようなのだ。 これでは日本人の知性がアブナイと思わざるを得ない。そうなればオウムの麻原に騙されるインテリが出、 サリン事件が起きるのも当然、と思わざるを得ない。
それでも懲りない、
キワモノは次々と出版され不思議と売れる。
それを読むものがそのまま信じるから買い読むのだろう。
それは大変不幸であろう。
が、またそれをただ茶化し愚弄する
(例えば、山本弘の「ノストラダまス」等)のはよいとしても、それだけで終わるというのでは、ノストラダムスも浮かばれない。 
そういうわけで、それらがあまりにひどいと思うので書かざるをえない。
もちろん私は五島氏を非難するつもりも、個人的恨みを持つている訳ではない。
むしろ彼を慕い尊敬するほどである。
彼のありもしないものでも、さもあるかのように書かれる表現のうまさなど特に尊敬しているのである。
( 以降、本書で証明することだが、 ノストラダムス本人の予言はそうではないが、 五島氏の解説書は小説なのだ。、
だからこれを本気で信じるのが愚かなのである。)
五島勉氏はその著『ノストラダムスの大予言』(以下、大予言 と表記)の1章で
「四百年前に今日を完全に予言」
ノストラダムスの予言の的中率は九九パーセントと、様々な例を上げている。
本当にそうなのだろうか。
いま彼の本を中心に他の著者の本も含めて、じっくりとノストラダムス「予言集」の原本文を検討してみよう。

ノストラダムスと聖書の予言
http://www.geocities.jp/mongoler800/nosutora-seisyo/nosutora-seisyo2.htm








カーキチ族の予言?
「見通されたクルマ社会」と題し、五島氏は現代の車狂いを予言するのだと、次の予言詩をとりあげ、訳されている。
   ひとつの神聖な王国がドイツのなかにきずかれる
   イスマエリットは開かれた場所を見いだす
   ロバどもがクルマきちがいのなかからあらわれ
    彼らは地球全土をおおいつくすほどになるだろう
                      (一〇巻三一篇)
すべての誤り、虚構は、まずその翻訳の段階からはじまる。
同じ予言詩でも、訳す人によって全く違う。
これが同じ文から訳されたものかと目を疑いたくなるほどだ。
同文を、ヘンリー・C・ロバーツは次のように訳している。
   聖なる帝国がドイツに入り
   イスマリットはひらかれた場を見いだし
   ロバもまたカルマニアから出て
   彼らの地を占領して、地球を征服する
これを彼は解釈していう
「野蛮な精神にかぶれたドイツ人が、世界征服に乗り出す」
と(『ノストラダムスの完全予言』三二二頁。以下、略して「完全予言」とする。)
同じ文を、J・C・ド・ホォンブリュヌは次のように訳し、説明している。
   聖なる帝国ロシアがゲルマニアにやって来て、
   イスマエルの後えいたちはこの地が解放されるのを見るだろう。
   ろばを連れた兵士たちもカルマニアを望み、
   抵抗する者はすべて土に覆われてしまうだろう。
解約:ロシア人がアフガニスタンにやって来るだろう。
回教徒はこの地が解放されるのを見るだろう。アフガニスタンの人びとは祖国を護り抜こうと望むだろう。
しかし、抵抗者たちは葬り去られるだろう(『新訳ノストラダムス』一六六、一六七頁)
このフォンブリュヌの訳では、驚くなかれ、聖なる帝国がロシアになり、ドイツがアフガニスタンになる。
ノストラダムスの母国である現代フランスですらこれくらいのヤラセが通用するのである。
これでは、日本ならどんな山師的ヤラセでも流行ろうというものである。
五島氏は、神聖な王国とはフォルクスワーゲン社だといわれる。
普通に考えれば、なぜヒトラーのつくった会社が神聖なのか皆目わからない。
彼はその理由を、ヒトラーが我が神聖な機械の王国と呼び、自分の愛車を「わが神聖な車」と呼んだので、この会社が神聖な会社を指すのだとおっしゃる。
ヒトラーならそう呼びそうな気もする。
なんでも神聖視したのだから。
だが、それは当時の日本も同じだった。
わが国土も当時は神国といわれ、帝国軍人はアジア解放と八紘一宇(世界を一つ家にするの意)の神聖な使命を達成するためという名目で侵略戦争を始めたのだから。五島氏は名づけてそう呼べば、たとい神聖でなくても神聖になるとでもおっしゃるのだろうか。 
さらに無理なのは、カルマニアであろう。
これは大文字であるから明らかに地名であろう。
それも実際、後に五島氏みずから認めておられる(『大予言 』七六頁)ように、イランの一地方の地名に違いない。
ラテン語の辞典(研究社版『羅和辞典』)にもはっきり「Carmania Persia の一地方」とある。(同書九二頁)。
それなのに、どうしてもカーキチの予言だといわれる。
フランスでは、一般にカーとは、遊覧自動車、電車、車両であって、普通の自動車をカーとは呼ばない。
それに狂うという言葉がついたからといって、とうてい「車気違い」とはいえない。
勿論、フォルクスワーゲンもカーキチ族も地球全地をおおいつくすなどという事は現実にありえない。
解くに車気違いなどというのは、あまりにも少ない。
そこで登場するのが、イスマリットである。
この耳慣れない言葉は、聖書にあるいわゆるイシマエルの子孫(創世記一六章一二節他)という事で、回教徒、アラブ人を指すはずである。
それなのに「ローマ時代にヨーロッパを侵略した小柄なすばしっこい蛮族

アジアから来た蛮族

日本製の小型車」
と、いつのまにか中東から日本人に、人間から自動車に変えられてしまう。
話がものすごく飛躍する。
この四行目の訳も問題で、これは
「全土地の分割支配を企むだろう」
というぐらいの意味であろう。 
五島氏の説明では地球を支配するのは誰なのかよく分からない。
フォルクスワーゲンなのか、日本製小型車なのか、カーキチなのか。
どうもこの予言は自動車とは何も関係ないのではないかと思うのだが、五島氏は、いわれる。
「考えてもごらんなさい。いまから四百五十年後、あるいは四百二十年後、人類がどんな乗りものに乗っているか、その乗りものの名はなんというか、またそれがそのころの会社とどうかかわりあっているか。
ピタリと当てられる人が世の中にいるだろうか。神様でもこれはむずかしいだろう。::」(大予言 四四頁)
たとえ、ノストラダムスが、自動車のことを予言しているにしても、これは明らかにおかしい。
このノストラダムスが現れる少し前、かの有名なレオナルド・ダ・ビンチが、すでに飛行機の構想をねり、失敗に終わっているが、作って飛行を試みている。彼は、一四五二年に生まれ、一五一九年に死んでいる。ノストラダムス予言が発表されたのは一五五五年であるので、自動車の出現を予言するのは、なにも難しいことではなかったはずである。
筆者は本当をいうとあまりハッタリ的解釈はしたくないのだが、五島氏のされたような予言の解釈が通用するというのなら、類似の予言は聖書にはいくらでもある。今、その例えを以下に少しあげてみよう。
  「見よ、彼は雲のように上ってくる。
  その戦車はつむじ風のよう、
  その馬はわしの飛ぶよりも速い。」(エレミヤ書四章一三節)
鷲の中では一番早く飛ぶのはハヤブサといわれ、古来、鷲狩に用いられた。
そのハヤブサでも獲物を狙らって降下する時が一番はやい。
計ると時速一三〇キロほどという。
一三〇キロ以上もスピードが出せるのは、自動車しかない。
 「その勇士の盾は赤くいろどられ、
  その兵士は紅に身をよろう。
  戦車はその備えの日に、火のように輝き、
  軍馬はおどる。
  戦車はちまたに狂い走り、
  大路に飛びかける。
  彼らはたいまつのように輝き、
  いなずまのように飛びかける。」(ナホム書二章三〜四節)
この予言など、交通戦争の最中、今日のまっかなシャツを着て、まっかなポルシェに乗り、「いなずまのように」走り狂うカーキチ族ではなかろうか、と思えるほどである。
なにしろナホムは、今日の車社会になる二六〇〇年も前にこれを予言しているのである。
こういう調子で言うなら、次の予言はラジオ、電話、レーダーの使用を語るのだろう。  
「あなたはいなずまをつかわして行かせ、
  『われわれはここにいる』と、
   あなたに言わせることができるか。」(ヨブ記三八章三五節)
稲妻は、自然の静電気の空中放電である。この点、ラジオや電話は無線であれ、有線であれ、電気を放って言葉を交わすので、同じ放電である。これが遣わされて行き、「ここにいますよ」というのだから、確かに電話や無線機である。この予言は古く、一説によると、今より四〇〇〇年前である。
 「今年の8月、日本に来る台風は一つで、上陸するのは25日ですな、」
 「ナゼ、それが分かる?」と教祖が尋ねる。
 「それはこのカレンダーの日付の上を霊視していると、この日だけ赤くなります」と初老のオッサンが答える。
 「そんなアホな。6月のこの時点で、どうして二カ月も先の事が分かるか。だまされん ゾ、よししっかりメモして、8月25日を待とう、その通りにならんかったら承知せん ぞ」と、青年Mは密かに決意しながら、この世田谷の教祖宅を出る。
そして、新聞やテレビを見ると、南海上をノコギリの歯の様にギザギザに進行、迷走している。
それを見ながら
「フン、当たるもんか、この台風、あんな予言をするもんで、困ってウロチョロしている」
とコバカにしていた。
が、その台風が、突きょスピードをあげ、なんとこの8月25日、四国に上陸したではないか。
これは青年M(筆者の事)が体験した未来予知の多々ある出来事の一つだ。
そういう体験をイロイロ重ねて見れば、予言なるものに関心をもたざるを得ないではないか。

ノストラダムスと聖書の予言
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人は増えるが減る?
次に、坊さんが読んでキョトンとし、何がなんだかさっぱり意味が分からなかったという予言詩を調べてみよう。
   大戦争がすぎ去ったあと、世界はせまくなる
   陸地には人間があふれる
   人びとは空や大陸や海を越えて旅をする
   そのあいだに、いくつかの新しい戦争がひきつづき起こるだろう
  (一巻六三篇)
五島氏はこれについて、次のように説明される。
「まだ馬と帆船しかなく、地球の広さもまったくわからなかった時代に、ノストラダムスは、現在の交通革命による世界的な距離感のちじまりを見通し、人口爆発の危機を見 通し、大衆化された飛行機旅行ブームさえも見通していたのだ」(大予言 四九頁)と。 五島氏はこの予言詩を全く反対に考えておられる。確かにmondeという語は世界という意味もあるが、世界が減るというのはおかしい。この語は「宇宙」から「この世に住む人間」までの幅の広い意味があるのをみると、「世界にすむ人間が減る」と解するのが正しいのではなかろうか。
同じ問題は次の行いのterres inhabiteesにも出てくる。
この語はフランス語では、人の住まない地である。
だが英語では「人の住む」地になってしまう。まったく反対である。
ノストラダムスは英語でこの予言詩を書いたのではなく、フランス語で書いたのである……などと今さら言うまでもない。
また、三行目のseurという語は普通の辞書にはない。
おそらくこれは唯一seulとローマ皇帝を意味するシーザーCesar(セザール)を組合わせた語で、復活するローマ帝国の
「唯一の神様になりすます者」
という意味を持っているのだろう。
となれば、このSeurはローマの唯一者即ち神様という事になり、世の終わりに地上を3年半支配するニセものの神様、偽物のキリストという事になる。
ではどうして、災いの過ぎたのち、平和(静か)なのに人は増えないで減るのか、疑問に思われるだろう。
また、なぜそこに偽キリストが来て、また戦争が起こるのか不思議に思われるだろう。
核戦争が起これば地球の人口は激変する。
そして生き残った人々の健康は確実に触まれる。
今日では当然そうなると常識的にも理解され得ようが、「黙示録」などには二〇〇〇年も前からそう書いてある。
「すると、獣の刻印を持つ人々と、その像を拝む人々とのからだに、ひどい悪性のでき  物ができた。」(黙示録一六章二節)
これは、核戦争後の地球に起こる放射能汚染の結果、生じるガンであるのは明らかである。
黙示録には、このほかに、三段階にわたって人類全体に災厄が臨むとある。
特に第二段階が問題で、七つのラッパの一つ一つが鳴るたびに、地球に大災害が加えられる。
それがすべて三分の一に統一されている。
だから熱核戦争で地球の三分の一が確実に破壊される事を表わしているのであろう。
次にあるのが七つの鉢の災いである。
それは限定核戦争の結果、その被害が残された三分の二の土地に拡がっていく惨状がリアルに予言されている。
確かに黙示録のとおりに、地上に
大火災、放射性降下物、光化学スモツグ、飢餓、伝染病
などが全地球を襲う。
そして生存している者のほとんどが健康を触まれる。
その最後のダメ押しがハルマゲドンの世界最終戦争である。
その結果、そのくらいの人が死ぬのか。どれだけの人が生き残れるというのだろうか。
 「天の星とその星座とはその光を放たず、
  太陽は出ても暗く、
  月はその光を輝かさない。……
  わたしは人を精金よりも、オフルのこがねよりも少なくする」(イザヤ書一三章一〇、一二節) 
この予言は、その前の六節にあるように、
「主の日が近づき、滅びが全能者から来るかるだ。」とあるように、もちろん地球の終わりの時である。
その日生き残った人間の数は純金よりも少ない(だが尊い)と。
だが、これも最後のハルマゲドンの戦争の時であって、それまでには今述べたように三分の二が残っている。
この人々がガンなどで苦しみ、少しずつ死んでいくのだが、そこに彗星のように現われるのが、唯一者六百六十六なのである。
彼は復活するアンゴルモアの大王である。
また世界が三分の一も破壊すれば残る国家的あるいは国際的組織はローマ・カトリツク教会以外にない。
そういう時こそ、ローマの軍神マルスの活躍する千載一遇のチャンスである。
かつて第三次世界大戦=ハルマゲドン=世界最終戦争と考える人が多かった。
けれども人類がその臨終の時を迎えるのに、まだ少なくとも二回の世界戦争に臨まなければならない。
勿論、事によるとそれは一連の続きと見て一つの戦争と考えるのも可能だ。
が、その中間に台風の目に入ったように、 一時の平和な時がやってくる。
ところが、それを世界中の人々は、かのキリストが千年統治する千年王国と錯覚する。
そしてそういう時に、残された唯一の世界組織であるカトリツク教会が、キリストだと認めはじめる男が現れる。
そうなれば、 文句なくその人物を皆がまさにキリストだと拝みはじめる。
しかし、それは世界を完全に地獄にひきずり込む最後の戦争になるのである。

ノストラダムスと聖書の予言
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スペースシャトルの爆発?
かなり古いが一九八六年二月二日の週間ポスト誌には、ノストラダムスの予言が「ピッタリ的中していた」とある。
   やがて宇宙を支配する権力が現われる
   しかし、その平和と生命は長く続かない
   その巨大な釣り船が失われるとき
   もっと大きな損失が起こるだろう(一巻四篇)
というのがそれである。
 ではどうして、この詩がスペースシャトル「チャレンジャー」の爆発の予言なのか。五島氏は、おおまじめに解説される。
「キーワードはもちろん、巨大な釣り船、です。
古いユダヤの予言などに出てくる釣り 船とは、漁場を往復して網で魚を獲る漁船のこと。
それがここでは宇宙の釣り船となっているのだから、いうまでもなく、宇宙と地球を往複するスペースシャトルの隠喩ですね。
宇宙を支配する権力とは、宇宙競争を展開する米ソ両国。……」                                 (週間ポスト 四八頁より) 問題の船は、正確に言うと「漁夫の小舟」というべきで、ここに巨大という字はない。また宇宙(Univers)という言葉は、また世界とも全世界の人々とも訳せる言葉で、特にこの予言の場合、文のつながりからみても、この舟とは何も関係がない。
古代キリスト教徒は魚を仲間のシンボルとし、キリストの弟子たちはたいてい漁夫であった。
だから「漁夫の舟」といえば、キリスト教会をさすはずである。
しかも頭文字が大文字になっているという事は、力トリック教会を指すのは明白である。
黙示録二〇章を見ると、地球は救い主により統一されるが、その前に偽物の救い主が来るとある。
彼はいわゆる
「光と反対するもの」
即ち大悪魔「アングラマイニュ」の化身であって、世界を三年半、四二か月、一二六〇日支配する(黙示録一一章より一三章)。
本物の場合は一〇〇〇年だが。ノストラダムスが「その平和と生命は長く続かない」と言うのは、すべて黙示録のこの予言から出ているに違いない。
この闇の支配者は、別名六百六十六とも言われ、
「空中の権をもつ君」(エペソ人への手紙二章二節)
とあるように、宇宙を支配する赤い龍(いわゆる恐怖の大王)の権化であり、荒らす憎むべき者とダニエルが呼んでいる(マタイによる福音書二四章一五節)ように、地球を大混乱に陥し入れる張本人なのである。
これについても、へンリン・C・ロバーツは言う。
「ノストラダムスはカトリック教会をしばしば舟にたとえている。あっという間に世俗の権力者が全世界を支配するとき、教会は姿を消す、」
と(「完全予言」一〇頁)
この預言詩については、J・C・ド・フォンブリュヌは、かの「一九九九年の大預言」の後に置き、次のように訳し、解説している。
   一人の君主が広く世に聖別されるが、
   永らく平和に生きることはないだろう。
   そのとき漁夫の舟、教会が崩壊し、
   最大の災害状態にたちいたるだろう。
解釈──一人の君主が世界に聖別されるが、永らく平和に生きることはないであろう。
そのとき、最大の災害状態に導かれて、教会は崩壊するだろう。
(『新釈ノストラダムス』二九六頁。高田勇訳)
これはまた次のように訳くせよう。
   世界には、一人の絶対君主が任命される。
   だが彼の平安と生活は長つづきしない。
   漁夫の小舟が失われる時、
   もっと大きな損失を償うだろう。
船が宇宙船だというのなら、聖書にはそれらしい予言はいくらでもある。
エゼキエルの見たUFOみたいな飛行物体(?)などというのはその代表みたいなものである。
「わたしが見ていると、見よ、激しい風と大いなる雲が北から来て、その周囲に輝きがあり、たえず火を吹き出していた。
その火の中に青銅のように輝くものがあった。
──その作りは、あたかも、輪の中に輪があるようである。」(エゼキエル書一章四節と十六節) 
この未確認飛行物体はこれより恐らくおよそ二六〇〇年後の今日の地球に現われて、全世界を核戦争の焦熱地獄に引き入れる「神の側の動力」となる。
それを二〇〇〇年まえにもと漁夫であったヨハネは幻として見ている(黙示録四章〜六章)。
また次の予言は、やはり宇宙開発競争への警告なのではなかろうか。
「たといあなたは、わしのように高くあがり、星の間に巣を設けても、わたしはそこか らあなたを引きおろすと主は言われる。」
(オバデヤ書1章4節)
この鷲は「星にまで行こう」
というのだから、スペースシャトルで、星のあいだの巣はスペースコロニー(宇宙植民地)ということだろう。
かつて神の逆鱗にふれて大いなるバベル(乱れ)を生んだバベルの塔の建設のように、
この天まで届くチャレンジャーは、神にチャレンジするものとして神の怒りの的になったようである。
またこれは、核戦争という火の洪水から逃れようとする現代版ノアの方舟である。
それも神の手によるというより人の手になるので、神はお怒りになったのであろう。

ノストラダムスと聖書の予言
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奇怪な魚とは何か
五島氏は、今日の環境破壊、 公害社会を予言しているということで、つぎの予言詩をとりあげられる。
   地に住む魚、海に棲む魚
   彼らは強い波によって岸にうちあげられる
   その姿は異様で奇怪でおそろしい
   それからしばらくのあいだ、人間の敵は海のそばの壁に来ることになる
五島氏の指摘のように、これはヘンリー・C・ロバーツとは、解釈が違う。
ロバーツは、これを第二次世界大戦の連合軍のノルマンディ上陸作戦とみる。
だから同じ予言でも、次のように訳している。
   陸地と海の両方にいる魚が
   強い波で岸辺に打ち上げられる時、
   奇怪で、ものすごいおそろしい形で、
   まもなく、敵は海際の壁に来るだろう。
奇怪な魚の姿とは、水陸両用の戦車あるいはトラックであり、人間の敵はナチスで、海際の壁は連合軍の上陸をはばむナチスの防衛用の要塞という理解である(「完全予言」一八頁)。
これに対し、五島氏は、これは公害のたれ流しにより生まれる汚染魚、奇形魚だといわれる。
では地に棲む魚ととは何かというと、それは湖や川の淡水魚だと書かれる。
また人間の敵とは、海の近くに建てられたその公害の元であるコンビナート群だといわれる。
たしかに水俣においてはそれらが公害の元凶であった。
だが、足尾銅山などの公害ではあてはまらない。
またこれも訳が問題である。
この予言詩のキーワードになるのは魚と訳されているpoissonという言葉だが、もしこれがタンクや公害魚なら多数を指すので、複数にならないとおかしいが、これは単数である。
またこの魚という言葉は、卑語で
「淫売宿の主人」
という意味、あるいは
「娼婦のヒモ」
という意味もある。
とすると、両棲類というべき魚とは両生類で、男女両用の両刃使いのヒモ、という意味が出て来よう。
しかしもう少し上品に考えると、魚はキリスト信者、陸は世俗、水中は神聖な世界すなわち教会という聖なる世界ということになる。
ということは、聖俗両世界を支配する魚(一人のキリスト教徒)という事であろう。
それも毒(poison)という言葉と酷似だから、フグみたいに毒を含むそれという事になる。
では、なぜ聖なる人が淫売のヒモと同じ言葉なのか。
それは中世よりノストラダムスの当時まで、法王庁をはじめカトリック教会は、悪霊に取り憑かれ、腐敗堕落の極みに達し、売春宿のようになっていたからである。
特にニコラス1世からグレゴリウス7世までの200年間は
「暗黒時代の真夜中」
と呼ばれ、教皇を始め聖職の地位は売買され、僧侶は情婦を囲い、賄賂が横行し、レイプ、殺人、不倫不正の満ちる姦淫のホテルとなっていたのであった。
法王庁は偽キリスト、反キリストの座る場となり、教会は完全に悪魔に乗っ取られた時代があった。
それと同じことが世の終わりに起こるのである。
「荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げよ。」(マタイ福音書二四章一五節)
とのキリストの警告のように、本来キリストの座るべき聖なる所にサタンの化身が座るのである。
そして各教会は、その子分が支配する時が来るというのである。
また三行目にsuaveという言葉がある。
これは「五感に心地よい、甘美な、優にやさしい」という意味しかなく、五島氏の訳にあるような「異様で奇怪で恐ろしい」という言葉とは全く合わない。
ということは、この三行目は、不思議な、心地よい、ぞっとする姿で、と訳すのが正解なのではないだろうか。
となると、公害の奇形魚と言うのはおかしい。また四行目の「海のそばの壁」という訳も妙である。これは、城壁から海ではなく「海から城壁へ」という意味であろう。
さらにenemiesという言葉が問題になる。五島氏はこれを一気に人間の敵と訳されたようだが、人間という言葉はない。また、これがフランス語では決して敵という意味ではない。恐らくこれはen│emiesと分けて見ると「〜の中へ│放つ、生じる」という意味にしかならない。
また、bienという言葉は、英語のgoodで「よい、幸福、利益」に当たる語であるから、この四行目は
「さっそく、海から城壁の中に幸福を放つだろう」
としか読めない。 
また、海とは、聖書では、異教徒の世界を表すので、これは単なる海ではないのかもしれない。
いずれにせよ、これは反キリストの最後を予言しているのであろうと思われる。
こうなるとこれは、戦争と見るのも、公害と考えるのも、無理としか言いようがない。

ノストラダムスと聖書の予言
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・シャケの頭にも毒がある
かつてガソリンといえば、車の回転を滑らかにするため、ほとんどのガソリンの中に鉛を溶かしていた。
それで、その鉛が排気ガスとともに空中に放出されて人間の健康を害すると問題になった事があった。
五島氏は、次の予言詩はその鉛の公害を当てているのだといわれる
シャケの頭にも毒
巨大な軍隊は山を越えて引き上げるだろう
   マルスの代わりにサチュルヌが魚たちを裏がえす
   シャケの頭にも毒がかくされるようになる
   だが彼らの大物は極地の輪のなかにくくられるだろう
五島氏は、この一行目と二行目を
「せっかく戦争が終わったのに」
と解し、
マルス

火星

軍神

戦争という事だから、
「人びとは長いあいだそれに苦しめられるが、そらが終わったかと思うと、こんどはすさまじい汚染の時代がおそってくる」といわれる(大予言 六一頁)。また、サチュルヌは鉛で、魚がそれで裏がえるのだから、腹を上にする、即ち死んで浮かびあがる。(同書五八、六〇頁)といわれる。
1行目は間違いない。
だが二行目は疑問が残る。
ヘンリー・C・ロバーツは、これを
「土星、雄羊座、魚に傾く火星」
と訳している。
五島氏はこれを「マルスの代わりに」と訳されるが、「代わり」に相当する言葉が見られない。
また「裏がえす」というのもおかしい、この二行目は
「弓の中でサチュルヌが魚をマルスに変えるだろう」
という意味のはずである。
三行目のVeninsには毒の意味があるが、悪意という意味もある。
問題はシャケと訳された言葉Saulmonsにある。
シャケと訳すには、salmonesとなっていないとおかしい。
これは大文字であるのだから、固有名詞か神様かそれに近いもので、魚のシャケということはないはずである。
これは恐らくユダヤ三代目の王ソロモンSalomonと初代の王サウルSaulをつないで造った言葉なのだろう。
という事は、このシャケなる人物とは、サウル、ダビデ、ソロモンと続いたイスラエルの第二の王ダビデではない男、とみられる。
聖書では、イスラエルを最大の王国に造りあげた王ダビデは、後、ユダヤ人だけではなく世界を救う救世主即ちキリストにたとえられる。
メシア即ちキリストはしばしばダビデの子とよばれた。即ち
「彼は『ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください』と呼び出した」(マルコによる福音書一〇章四七節)
世の終わりにユダヤ人の王ダビデの前後に地球を支配する王という事になれば、それはマルスで、偽キリストあるいは反キリストという事になる。するとかの有名な予言詩「一九九九の年、七の月、……その前後、マルスは幸運を得て支配する」という予言との関連が考えられる。
聖書、特に黙示録によると、世界がほぼ完全に焦熱地獄と化する前の七年間、世界を救うと称する人物が現れ
「人類みな兄弟なので、世界は一国家にしよう」
という男が現れる。
彼ははじめ三年半は偽キリストで、後半の三年半は反キリストとして現れる。
その七年のほぼ真中頃にはホンモノのキリストがやって来て選民を天に携え挙げるのである。
それはちょうどダビデの再臨のようである。
もっとも初代の王サウルと、キリスト教の教祖というべき使徒ポーロ(パウロ)の改心前の名は同じで、サウルであった。
その入信前のユダヤ教徒の時代には、彼はキリスト教の大迫害者であった。
ということは、Saulmonsなる男は、パウロのような平和な信徒を装うローマ化した世界を支配するソロモンのような絶対君主でかつ大迫害をする悪魔の化身ということになる。
さらにいうと、Saul−monsと分解して考えると、seul−monsと似ており、
「ワンマン殿下様」「独裁君主殿」
という意味になる。
さて話を先の訳の問題に戻すと、頭と訳された言葉testesには、その意味もあるが、それから派生した
理性、判断、人物、生命、頭目
などの非常に多様な意味がある。
最後の四行目も問題で、
「彼らの頭目たちは軍司令官のあやつりで絞首刑にされるだろう」
ぐらいの意味だろう。
とても北極の輪なんて意味はどこにもない。
poleはたしかに極、極地だが、それが北極という限り、北という字(nord)が付かないといけない 
この語では軍隊を表すmarsという言葉がついているのだから、軍司令官という事だろう。
また輪という言葉filも問題で、これは
繊維、糸、筋書、あやつり糸
ぐらいにしか読めず、輪というのは無理である。
だからこの予言詩は次のように訳すのがよいだろう。
   山を越えて大軍が
   弓の中でサチュルヌが魚をマルスに変え
   悪意のささやきがサルモンの生命を救う
   それらの頭目は軍司令官の策略で絞首刑にされる。
この予言詩の言葉で問題点をあげると、まずcoppisという言葉で、これは恐らくラテン語のcopiaと同じで軍隊という事のように思える。
この山と訳した言葉はアルプスの事のように思える。
弓は、戦いと力の象徴だから、弓の中でとは、 戦いの中でといういみだろう。
サチュルヌとは、土星のことだが、サタンの化身のようにも思える。
それが魚をマルスに変えるとは、平和を愛するクリスチャンを戦争を好む軍人に変えるという意味だろう。 
問題は三行目で、意味不明の単語が二つもある。
まずchachezであるが、これにあう語は、cacherで「隠す」の他に、chucheterの「ひそひそ話をする」の意味しかないようである。
soubはおそらくsaufの間違いで、「救う」の意味のように思える。

ノストラダムスと聖書の予言
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クレジットの予言?
資本主義の誕生以前に月賦やローンを予言……という事になっているのが次の予言詩であるが、はたして本当にそうか、調べてみよう。
金と銀のかわりに、大量のクレジットがあふれるだろう
それは激しい欲望をあおり、恥じらいの心をめくらにする
姦夫姦婦のことも広く知られ
   恥じらいの心はそこでも失われるだろう(八巻一四篇)
これについて五島氏はいわれる。
「ノストラダムスは、なんと、現在のこのクレジット全盛時代を予知していたわけだ。
…このクレジットという文字ひとつだけで、彼がそれら全部を││二十世紀の経済構造を完全に見通していたことがわかる。
…「姦夫姦婦」と表現は古めかしいが、これは要するに姦通、いまの言葉でいえば婚外交渉のことだ。
それが「広く知られる」とは、何らかの大量報道媒体がその世相を採りあげて、人びとに知らせる時代が来るということにほかならない。」
(大予言 六三頁)
このように五島氏は、クレジットと軟派マスコミの発達の暗示と予知をみごとにしているといわれる。
だが、さすがのノストラダムスもヤラセが流行るとは予知していなかったらしい。
では、この予言詩の訳の問題から探って見よう。
まず一行目を見ると、
「大信用貸し、金の、銀の、、氾濫する」
ぐらいな意味であって、金や銀に「代わって」とか「代わりに」という訳するのは無理のように思う。
また三行目には
「お巡りは姦夫姦婦を罪人にする」
ぐらいの意味であって、広く知られるという字はどこにも見当たらない。
四行目も
「それでかれらは大きな不名誉を受ける」
ぐらいな意味で、恥じらいの心が失われるというようには読めないと思うのだが……。
同じ予言詩でも、フォンブリュヌは次のように訳し、解説する。参考までにあげておこう。
   大いなる信用と豊富な金銀が
   欲望にあおって名誉を盲目にするだろう。
   冒涜者の攻撃が知れわたり、
   不名誉の絶頂に達するだろう
解釈:信用の重大さと豊富な金銀が、名誉欲にかられる人間を盲目にするだろう。
欺 まんによる侮辱が、その不名誉の絶頂に達する人物によって知れわたるだろう。
(『新 釈ノストラダムス』八九頁)
それでたといノストラダムスが今日の大量消費、大量クレジット時代を予言し、また淫行、不倫の男女が増える事を予言し、
それがまた公に広く知られるようになるということを予言していたにしても、驚く事はない。
聖書にはすでにそれぐらいの事は書かれ、ノストラダムスも知っていたからである。

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聖書の予言する終末期の世相
聖書は、二、三千年も前から、今日に見られる終末期の世相をぴったり予言している。
知識の増加
「ダニエルよ、あなたは終わりの時までこの言葉を秘し、この書を封じておきなさい。 
多くの者は、あちこちと探り調べ、そして知識が増すでしょう。」(ダニエル書一二章 四節)
科学の急激な発展は、人間をあくなき欲望に追求をするブタにしたてた。
人類は物質文明の奴隷になりさがり、絶滅への道をひた走ってきたのである。
その結果、公害から、異常気象を生み出し、生態系を破壊して、人間は自然死するか、それとも核戦争で自滅するか、
どちらにしても二つに一つの道を行こうとしている。
人間の知識が世の終わりを急がせているのである。
なおこの
「あちこちと探り調べ」
から、世界旅行の増加を予言していると見る者もいる。
リビングバイブル(誰にでも分かるように日常に使う言葉で書かれた聖書)には次のようにある。
ところで、ダニエルよ、この予言を人に知らせるな。旅行や教育が広く普及する終わり のがくるまで……」
教育が普及する。
それも
「終わりの時に、あざける者たちがあらわれて、自分の不信心な欲のままに生活するであろう」
というユダの手紙(一八節)の言葉のように、今日、国をあげて神をあざける教育が強制されている。
それは反キリスト六百六十六が人類を飼育する道である。
今日の学校では、まず歴史の時間には
「人間は進歩してきた。昨日より今日が、今日より明日が、より豊かになって来た」
といって、物質的繁栄とその物質によって享楽をむさぼる事こそ人間の目的であり最高善であると教え、洗脳されている。
そして、そういう物の豊かさに貢献する者このそ善人で、人間の進むべき道のように思わせられている。
その結果、あたかも人類はその英知でどんどん地上天国を造り出していると、大多数の人々が考えている。
一方、理科の時間は進化論教育で、人間の元はサル、畜生で、この禽獣も元はアメーバを祖先にし、アメーバも元は命のない物質にすぎないと教えこまされている。人間とは肉のかたまりにすぎないとして、その尊厳を奪うことが教育されているが、これこそ悪魔の常に狙っている事だ。こういう進化論的な行き方を国家的政策として徹底したのは、かの反キリストの雛型ヒトラーであることを忘れてはいけない。
実際、進化論教育が強化され、さらに生活面で生かされるようになれば、弱肉強食の論理が貫かれる。
また人間の元はサル、アメーバと本当に思わされるならば、人間が畜生みたいな行きかたをしても、またバイキンのように消されても、土石のように死んだ者にされても、おかしい事だと考える事が出来ないようにされてしまうのだ。そうなれば愛もへちまもない。ただ賢い者、強い者だけが生き残ることになる。
真の愛の喪失
 「そのとき、多くの人がつまずき、また互いに裏切り、憎み合うであろう。
…不法がは びこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。」(マタイによる福音書二四章一〇節一二節)
変態的性愛と性的堕落
 「ソドム、ドモラも、まわりの町々も、同様であって、同じように淫行にふけり、不自然な肉欲に走ったので、永遠の火の刑罰を受け、人々の見せしめにされている。」(ユダの手紙七節)
ホモ、レズ、近親相姦、売春、ポルノ
など、世界の終わりの代表的なしるしは、命の生み出す元である性を粗末にし、これをもてあそび、これを汚す事にある。
また愛を愛情と取り違えて、もっとも美しいものをいやらしいものにしてしまう。
要するに、一番大切なものを汚いゴミやクズにしているわけである。
そうなれば人類は自ら清掃工場で焼却されるために送られる道を歩むことになるのは当然であろう。
中でも同性愛は最も神の嫌われることである。
それが証拠に、自殺者には同性愛の者が多く、エイズという新型の恐ろしい病気を持つものが増えている。
これこそいよいよ終わりが目前に追っているこ事のなによりの予兆であろう。
子殺し、中絶
 「さてヘロデは…ベツレヘムとその付近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごと く殺した。」(マタイによる福音書二章一六節)
性の乱れは、中絶、子殺しとなって表れる。
キリストの再び来る時、前に来た時以上に子殺しが行われる。
妊娠四週間目の胎児でも、写真を見れば目も口も手も足もあり、ちゃんと人間の形をしている。即ち神のかたちをしている(創世記一章二七節)。そしてそのまま成長し、母の体外に出る。その間、完全に連続していて、ここまでが動物でここから人間に成りましたなどという境界がない。一カ月の胎児でもすでに人間であり、生きている。それをメスで刻む。これはどう考えても殺人のはずである。それだからこそ、心ある者は、夢の中で二〇年前の中絶したはずの胎児がだんだん成長するのを見たり、水子の叫び声で目が覚めたりするのだ。
日本では三五年前、優生保護法が施行されて今日まで、およそ六〇〇〇万の胎児が中絶されている。
二人に一人が闇に葬られたことになる。
という事は、成人の半数以上が殺人者であるという事である。
一〇代の少女の中絶は一〇年前の二倍という事は、今後も中絶はひんぱんに簡単に行われ、世界中が皆「人ごろし」というようになるだろう。
ところが、成人全体では、中絶は徐々に減っているという。
そんなバカな事はない。
医師が報告しないで隠しているのだ。
なにしろ中絶は儲かる。
それを正直に報告していたのでは税金をガッポリもっていかれる。
だから中絶は減ったように見える。
だが実際は増えている。
人殺しが殺されても文句は言えない。
だから神はもうまもなく世界を滅ぼされるのだ。
だがその時、人々は言う。
「私は何も地獄に行くほど悪いことはしていない。地獄などあるものか。神様は愛の方だから、人間を地獄で永遠に苦しめるなんて事は絶対ない」
と。

ノストラダムスと聖書の予言
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大いなるモーターとは神?

   人類は莫大な消費ののち、さらに莫大な消費に向かう
   そして巨大なモーターが時代を一変する
   雨・血・ミルク・飢饉・兵器・疫病
   空には長い炎を吹き出すものが飛びまわるようになる
                    (二巻四六篇)
 この中で問題は巨大なモーターにある。これを五島氏は「原子力エンジンしかないのだ」といわれる(大予言 六四頁)。ところがこれを大予言 では、「原子力か太陽モーターか知らない。しかしともかく、画期的な巨大エネルギーのモーターができる。それが軌道に乗れば、またとめどないエネルギーの乱費が始まることが暗示されている。この意味でノストラダムスが一番注目していたのは、原子力でも太陽熱でもなく、おそらく水素エネルギーである。」(同書一一四頁)といっている。
 五島氏はこのように、しばしば自説を変えられるのである。
 巨大なモーターについて、五島氏はこのように宇宙に目を向けられ、ロケットと連想の輪をたくましく拡げられる。原子力エンジンとか水素エネルギーとかいわれる。ノストラダムスも聞いたら悶絶するような空恐ろしい解釈である。
 五島氏は「彼の時代には、まだモーター(原文moteur)という言葉はこの世に存在しなかったのである」といわれる。たしかに自動車のエンジンというような意味では、まだそれが発明されていなかったのだから、この意味のモーターではないはずである。となれば、どう考えても動力↓全能者↓神の意味で彼は予言したに違いない。
 それにgrandという言葉がつけば、「偉大な主導者」と訳すべきところで、人格をもった存在と考えられるところである。そうなると、時代を一変する「巨大なモーター」とは、巨大な力↓大殺りく者↓「恐怖の大王」とみるが、巨大な力↓全能者↓「神」とみるが、判断は大きく分かれることになる。
 三行目の雨、血、ミルク、ききん、兵器、疫病、の予言は、次の聖書の、言葉からとっ たのだろう。「彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、 死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。」(黙示録六章八節)
 「私(神)は疫病と流血とをもって彼をさばく。わたしはみなぎる雨と、ひょうと、火 と、硫黄とを、彼とその軍隊および彼と共におる多くの民の上に降らせる。」(エゼキ エル書三八章二二節)
 これを見ても、前者(黙示録)の場合は、悪魔に支配された人間のする悪事であり、後者(エゼキエル書)の場合は、神のなされる裁きである。
 実際、モーターの原語(moteur)をあらためて調べると、辞書に「支配者、暴動などの主謀者」とある。また、そのすぐ下にはっきり「Le grand Moteur 神」とある。
 ところがノストラダムスは、この神に当たる語を小文字のmにしている。ということは、英語でキリストの神をGodとし、それ以外の神をさす場合はgodとするように、キリストに近い人物だが悪魔に支えられたキリストを装う者、という意味をもたせているのであろう。すると、巨大なモーターとは前者「大破壊者」とみられる。
 そうなれば、アンゴルモア↓アングラマイニュ↓闇の王↓光と反対するもの↓反キリスト↓大主謀者↓巨大なモーターと、すべて一致する。同一人物の別名である。この大王が来る時、人類は新生と復活の体験をする。それを一行目では言っているのであろう。
 それなのに五島氏は「人類は…莫大な消費に向かう」などと訳しておられる。「消費」などの言葉はどこにも見つからないのだが……。五島氏の説によると、trochがそれにあたり、「トローチのようにしゃぶりつくす、の意」という(大予言 二一二頁)。トローチは錠剤の意味だが、絶えず転ぶとか、常に滑る、あるいは新芽のような復活、再生してくる、というような意味をもっているのであって、消費、消耗してしまうの意味はないように思える。
 同じ文でも大乗和子女史は、
   人類の新芽がめばえ
   他の大きなものが手に入り モーターは時代を新たにし
   雨 血 乳 飢きん 剣 疫病があり
   天では長い火花を散らしてはしる火のようなものが見られるだろう
 と訳している。(『ノストラダムス大予言原典 諸世紀』たま出版刊)
 ヘンリー・C・ロバーツは「蒸気や電気の大産業時代の後、別のすばらしい革命が近い。新しい動力が人間の進歩を促進する。だがこの前に多くの災害の原因となる恐るべきガス状の放出物がみられる。」という。五島氏に近い解釈だが、モーターを動力と訳すのはおかしい。筆者はこれを次のように訳してみた。
   人類の偉大な新芽の後、さらにもっと偉大なそれが支度し、
   大いなるモーターが時代を一変する。
   雨、血、乳、ききん、戦火と疫病
   何もない空には長い火花が走る。
 こう訳してみると、どうも一行〜二行目はノストラダムスが次のダニエルの予言をマネたようにも思える。
 「その後にまたひとりの王が起る。…
 彼は、いと高き者に敵して言葉を出し、
 かつ、いと高き者の聖徒を悩ます。
 彼はまた時と法律を変えようと望む。」(ダニエル書七章二四、二五節)
 もっともこの偽キリストの時代を変えようとしている時、即ち世界の滅亡する直前には、人類の復活がある。それは人類の新芽というべきであろう(「完全予言」五八頁)。それも二段階に及ぶ。
 「その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれ引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるだあろう。」(テサロニケ人への第一の手紙四章一六節〜十七節)
 その時とは、キリストが雲に乗って来る空中再臨の時である。その際、天に上げられる携挙にも順序があって、死んだ信仰者が先に上げられ、生きている者は後になる。その間に世界は大患難時代に突入して、残されたものは新人類誕生の産みの苦しみをする。それも三年半の間だけだが。
 これも参考までにフォンブリュヌの訳と解説をあげておこう。
   大きな人類の束に続き、さらに大きなものが準備される。
   偉大な指導者が諸世紀を一変し、
   雨、血、乳、飢、戦争、ぺスト、
   空には、長く火花を散らして走る火が見える。
解釈----人間(兵士)の大集結のあと、さらに大きな集結が起こる。神が諸世紀を一変 する。安らかな生活の後、革命と流血が、飢餓、戦争、伝染病をもたらすだろう。その とき、空中に火が見え、巨大なロケットが飛ぶのが見られるだろう。(『新釈ノストラ ダムス』八六頁)

ノストラダムスと聖書の予言
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In Deep
http://indeep.jp/russian-two-new-arms-satan2-nuke-radio-electronic-weapons/
第10巻75番
Tant attendu ne reuiendra iamais,
Dedans l'Europe en Asie apparoistra:
Vn de la ligue yssu du grand Hermes,
Et sur tous Roys des Orients croistra.
非常に切望されつつも
ヨーロッパの中に戻らず、登場するのはアジアだろう
偉大なるヘルメスで結束し送られ
東洋の他の王の権力をことごとく越える力を持つだろう
「Fate/stay night」のセイバールートに関する予言とされる。
アーサー王であるセイバーはヨーロッパに戻ることを切望されたが、日本の冬木市に召喚された。
また3行目の「ヘルメス」とは魔術師のことであり、召喚儀式のために遠坂、マキリ、アインツベルンの3家が結束するさまが示されている。
セイバーが「東洋の他の王の権力をことごとく越える力を持つ」のは周知の通りである。
第10巻86番
Comme vn gryphon viendra le Roy d'Europe,
Accompagne' de ceux d'Aquilon,
De rouges & blancs conduira grand troupe,
Et iront contre le Roy de Babylon.
ヨーロッパの王がグリフォンのいでたちにて立つ
北に住む強者たち
彼は赤と白との軍を従えて
やがてバビロン王に立ち向かわんとす
まず目に付くのは「ヨーロッパの王」と「バビロン王」であるが、両者が戦うとなるとアーサー王とギルガメッシュ、
つまりセイバーと金アーチャーしかありえない。
やはりこれも「Fate/stay night」に関する予言である。
「北」というのはゲームの舞台である冬木市、そこに「住む強者」とはマスターとサーヴァント達、「彼」とは主人公の衛宮士郎、
「赤と白との軍」とは遠坂凛とセイバーのことである。
また1行目でセイバーについて予言しておきながら、あえて3行目で主人公が凛とセイバーを連れて行くと予言していることから
「両手に花」の凛Goodendの予言とされる。なお、文脈からはアレクサンドロス大王とダレイオス3世とのガウガメラの戦いを示しているとも考えられるが、
それはノストラダムスが生まれるよりもさらに2000年も前の出来事であり、これでは予言でなく伝記になってしまうとの批判がある。
ノストラダムスの「予言集」は「壮大なギャグ性」を有していて、彼に芸人およびコメディ作家としての才能があることが明らかになった。
彼は死後数百年後にヨーロッパから遠く離れた極東の地で、思っても見なかった形でその才能を見出されたといえよう。
なおノストラダムスはこの「予言集」の中で、日本を始めとする諸国にこのような珍解釈をする人が現れ、大恥をかくことも予言していたといわれる。
第2巻36番の詩がそれである。
Du grand Prophete les lettres seront prinses.
Entre les mains du tyrant deviendront:
Frauder son roi seront les entreprinses,
Mais ses rapines bien tost le troubleront.
偉大な預言者の書が横取りされ
暴君の手にそれが渡る
彼らは国王を騙そうとしたが
その盗みのために窮地に追い込まれる
* ウラジーミル・プーチン(恐怖の大王?)』アンサイクロペディアWikiより
この大王がプーチンであればロシアということになり整合性がとれてくる。三つ考えられる。

ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1074.html
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1057.html
http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83m%83X%83g%83%89%83_%83%80%83X&inside=1&x=0&y=0

タマちゃん
http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-category-144.html
http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-entry-14073.html






ノストラダムスの予言
ノストラダムスの予言は外れたとされるが、謎に終止符をうつ。
不思議捜査官達の意見を元に長官が作成
1.序章
ノストラダムスといえば社会的に大きく取り上げられた時があった。
「今さら」という意見が聞こえてきそうだが、 再度「取り上げてほしい」という意見が寄せられた。
その理由が 完全にノストラダムスの予言に終止符を打ってほしいとのことだった。
沢山の方々の情報が寄せられたが、特に「ちゃんぽん」 さんに提供していただいた意見が現実的であり、 私としては有力だと考えた。
そこで、「ちゃんぽん」さんにご尽力いただき意見を展開してゆく。
2.全てはここから始まった…
16世紀、フランスに生まれた預言者ミシェル・ノストラダムス(1503〜1566)、
彼が残した全10巻の本の中には未来に起こる数多くの出来事が予言されている。
3.的中する予言!?
【4巻68番】(提供:不思議捜査官 ちゃんぽん)
その年は金星の近くにやってくる。
アジアとアフリカの二大勢力はラインとヒスターからきたものと呼ばれ マルタ島とリグリア海岸には叫びと涙があるだろう。
これは有名な予言の一つであるという。 実は「ヒトラー」の出現を予言していたというのだ。
この他にも「ケネディ暗殺」・原子爆弾などを予言していたという。
4.話題になった予言
【第10巻72番】
1999年7の月
空から恐怖の大王が舞い降りてアンゴルモアの大王を甦らせる。
その前後マルスが幸福に世界を支配するだろう。
ノストラダムスという言葉が社会に浸透すると数々の書籍も発売され、
探査機カッシーニ墜落・北朝鮮の核ミサイル・アメリカの世界征服・ 環境破壊・ポールシフト(地軸変動)・宇宙人襲来…etcなど
数々の説がメディアで取り上げられることも多かった。
5.ノストラダムスの生涯
ノストラダムスは晩年、医者としてその名が知られていた。
当時ペストが流行し、彼はペストの撲滅に尽力し、 人々から尊敬されていた。
当時は医学はあまり発達しておらず、占星術などに よって病が治ると考えられており、彼の影響を受けた一人である。
6.予言の誤釈
でははたしてノストラダムスの予言は確かに的中していたのであろうか。
先ほど挙げた予言の解釈は間違えているということがいわれている。 もう一度掲載してみよう。
【4巻68番】(提供:不思議捜査官 ちゃんぽん)
その年は金星の近くにやってくる。
アジアとアフリカの二大勢力はラインとヒスターからきたものと呼ばれ マルタ島とリグリア海岸には叫びと涙があるだろう。
これはヒトラーの出現を予言したものだといわれているが、 実際は誤釈である可能性が高いという。
ヒスラーは「ヒトラー」と考えられていたが、フランス語には「ヒ」 という発音が無いのだ。
「ヒスター(実際はイスター)」とはドナウ川の古い読み名であり、
不思議捜査官 ちゃんぽんの解釈によれば ライン川と[ヒスター(イスター)]=[ドナウ川]で、 侵略者がドナウ川を遡ってライン川を越え、
フランスに攻め込む という解釈になるという。
また、侵略者というのは当時の「オスマン帝国」のことであり、 二大勢力というのは「オスマン帝国」「バルバロス海賊」の勢力のことを表すという。
しかし、実際は予言通りではなく、失敗した。
7.世間を騒がした問題の詩は!?
では世間を騒がした詩は一体なにを表しているのか。 ちゃんぽんさんの説明によると ノストラダムスが世界絶滅を予言するはずはないという。 ノストラダムスはイエスによる救済を望むカトリック教徒であり、 人類の終わりを予言するはずは無い というのだ。もし、仮にそのような 世界の終末を予言する詩を書いたならば 異端審問にかけられ、死刑だったという。 この詩も同様にノストラダムスの予言は 恐怖の大王=オスマン帝国であり、 アンゴルモアの大王=フランソア1世のことであるという。 当時フランソア1世はアンゴルモア(領地名)の大王であったのだ。 事実、フランソア1世とオスマン帝国が同盟を結び、 大勢の犠牲者が出た。 つまり、1999年ごろに同様に オスマン帝国とフランス王が同盟を結むことを表すことを ノストラダムスは予言していたというのだ。 (オスマン帝国は現在は存在しない)

8.結果
以上のことをまとめてみれば、 ノストラダムスは終末を到来する思想はなく、
当時オスマン帝国とフランスの王(フランソワ1世) が結んだ同盟により多数の犠牲者が出た。
このように1999年にも同様に オスマン帝国(現在は存在しない)とフランスの王が 同盟を結び、多数の犠牲者が出てしまうのではないかと予言していたのである。
9.不思議捜査官 ちゃんぽんより(一部抜粋)
今回は初めての投稿ということで不安でしたが、 無事長官が編集してくれ、たいへん嬉しく思っています。
このようにノストラダムスの予言は歴史的な観点・当時の生活から 考えてみることが大切だと思います。
長い文章をお読みいただきありがとうございました。
10.長官より
印象に残ったのは歴史的背景に重要な鍵があるということだ。
私が当時気になっていたのは探査機カッシーニ墜落説であった。
カッシーニは当時地球をスウィングバイするために地球を回る必要があり、 それが墜落する可能性があった。
カッシーニ自体の墜落だけでなく、プルトニウムが積まれていたことがその原因だった。
プルト二ウムは東西ドイツの時代にも、密売されていたほど危険である。
有名なのは、1945年8月9日、11時02分に長崎に投下された 原爆、「ファットマン」だ。
カッシーニの際には、プルトニウムは使用せず、太陽電池などを利用するのだが、 太陽から離れた位置を飛行するために付けられていた。
仮に墜落すると放射線が地球全体に拡散し、生物は生存出来なくなっていたといわれている。
NHKに出演したNASAの科学者が「任務遂行のためにはリスクを伴います」 と発言した時には一層の不安が残った。
墜落する確率は100万分の1といわれていたが、 やはり恐怖心はあった。
事故を起こしたチャレンジャーも 墜落する確率は50万分の1と発表されていたからだ。
その後、墜落後は20分の1であったと訂正されたが、 カッシーニの場合は地球の存亡がかかっているので 特に失敗は許されなかった。

CRC JAPAN
www.crc-japan.com/research/n-prediction/index.html








不思議捜査官からの情報提供
ノストラダムスの予言と、グランドクロスの関係はかなり注目を浴びていました。
ノストラダムスは当時、医師、占星術師としても知られていました。 当時、猛威を振るっていたペストに対して、 細菌学が確立されていないのに、 ネズミを火で処分し、
当時、習慣が無かった火葬 を行い、家はアルコールで消毒させていたという記録が残っています。
当サイト内の関連ページもお楽しみください
「微生物」 「毒と薬」

CRC JAPAN
www.crc-japan.com/research/n-prediction/index.html





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2018年10月28日

ノストラダムス予言集第二序文「アンリ2世への手紙」全訳,訳注

『予言集』第二序文「アンリ2世への手紙」
1558年6月27日
A1
最も無敵にして極めて強大、そして敬虔なキリスト教徒であらせられるフランス王アンリ2世へ。
そのとても賤しく、とても従順な従僕にして臣下であるミシェル・ノストラダムス(が)、勝利と至福を(お祈り申し上げます)
A2
おお、敬虔なるキリスト教徒にして勝利を重ねた国王よ。
私が抱いたこの上ない意見のために長い間曇っていた私の顔を、陛下の計り知れない神のごとき威厳の御前にお引き立て頂いてからというものは、
爾来、人間味溢れる格別の威徳というべき陛下の御前に初めて参内したその日を崇め奉ることをやめてしまおうなどとは思わず、私はいつまでも目のくらむ思いでおりました。
さて、私は善良な心情と自由な勇気とをお示しすることによって、この上なく麗らかなる陛下の方へと、私の知識の力を十分にひろげ(て御覧に入れ)るための何か良い機会はないものかと探しておりました。とはいえ、それを表明することは、私の(心の)長い暗闇を世界第一の君主である至上の目の面前へと運んでいただき、たちまちのうちに明るくしていただくという私の突飛な願いとともに、不可能なことと考えておりました。それで私は、一千篇をしめくくる我が予言集の残りの3つの百詩篇を陛下に捧げに参るべきかと、長い間悩んでおりました。
そして、私は向こう見ずで大胆な行為について長らく考えた上で、その事で驚いたりなさらない陛下に献上したのです。
それはあたかも最も荘厳な書き手であるプルタルコスが
『リュクルゴスの生涯』
において、当時の不死なる神々の神殿に生贄として捧げられた供物や贈り物を見た人々が、その費用や価値(の高さ)に頻々と驚かないでいたいものだと思って、神殿にわざわざ捧げ(に来)なくなると語っているようなものです。(そういうつまらない作品)にもかかわらず、なんぴともその許に行くことも近づく事も許されないペルシャの王たちとは異なる、比類なき慈愛を備えた国王陛下の光輝を目の当たりにしつつ、私は献上したのです。
さて、大変に慎重で賢明である君主に私が夜毎にまとめた予言的な算定を捧げたわけですが、それらは詩の規律よりはむしろ詩的熱狂に伴われた生来の天賦によって組み上げられています。その大部分は天文学的算定に一致するよう組み立てられ、ヨーロッパ全土の諸地方、諸国、大部分の市や町の年、月、週に対応しています。そこには、それらの全気候帯のほとんどに近づいている諸地方の変化のせいで、アフリカや一部のアジアも含まれています。(そしてそれらは)自然な方法で組み立てられています。
A3
さぞ洟をかみたいでしょうにという方はこう反応することでしょう。
その韻律は平易であるが、意味の理解は困難である、と。
おお、最も慈愛に溢れる王よ、予言的四行詩の大部分は難物であるがゆえに、人々はそこに道筋をつけることも出来ないでしょうし、どれひとつとして解釈することも出来ないでしょう。
しかしながら、現在すなわち1557年3月14日から始まって、1585年や1606年のことさえも含むかたちで、大部分(の出来事)が起こるであろう年や、都市、町、地方を書きとめておきたいのです。
そしてそれは、我が天文学的算定と知り得た他の知識の限りで深く算定された第7千年紀初頭にあるであろう到来と、その時にイエス・キリストとその教会に敵対する者たちが、大変な勢いではびこり始めることにまでも遥々と及ぶのです。
全ては、選ばれて周到に準備された日々と時間に算定されてまとめられたもので、私に出来る限りでもっとも正確なものであります。
全ては
「自由にして縛られざるミネルウァとともに」、
現在も含む過ぎ去った時代のことのように未来の出来事もほぼ同じだけ算定してまいりました。
「未来に関することで、確定した真実などない」
と言われは致しますが、(その算定したことは)時の流れの中においてあらゆる地方で、まさに余計なものを何一つ加えることなく書き記した通りに、全てが成就したと認識されるでしょう。
A4
(さて、)先見をしているとは思わずに先見していた先祖たちからもたらされた私の生来の天賦に関しては、その生来の天賦に私の長い算定が統一的に付け加えられて調和しているのです。
また、(その天賦は)心の平静と安静を通じて、心配、懸念、不満を魂魄や精神から一掃しているのです。
陛下、以上はまさしく真実なのです。青銅の三脚によって全ては調和させられ、一部は先見されているのです。
私に属するものと同じように全くそうでないものまで私に帰する方々が多くおりますけれど、人々の心情の敬虔さ、公正さ、慈悲深さを徹底的にお試しになる唯一永遠の神のみが、人々の真の審判者なのです。
私はその神に、悪意ある人々の中傷から私を守って下さいますようにと祈ります。
彼らは同じように中傷的に根拠を尋ねたがるものです。
最も由緒正しき歴代のフランス王たちが瘰癧を治した根拠や、別の民族が蛇の噛み傷を治した根拠、さらにその別の人々が予言をするためのある種の天賦を持っている根拠など、他にもここで申し上げれば長くなる諸々(の根拠)を、です。
それにもかかわらず、彼らに備わった邪悪な魂の悪意は、私が地中に消えた後の時の流れの中でも理解されることはないでしょうし、(逆に)私の作品は生前よりも多く(の理解を得るように)なるでしょう。
A5
しかしながら、もしも時代の算定で私が間違っているのなら、私はある種の人々の意に沿うことはできていないでしょう。
(その場合)(王よりも)むしろ皇帝の威厳というべき陛下には、私を赦して下さいますようにと祈りを捧げるでしょう。
また、神や聖人の前では、今のこの献呈文は私の知識に基づいた天文学的計算を参照しており、真のカトリック信仰に背くものを何一つ含めることを望んでいない旨を誓います。
というのは、われわれの先達である最初の人々の間隔を、最も公正な判断による修正のもとで並べなおしますと、こうなるからです。
最初の人間であるアダムは、ノアに約2242年先んじておりました。
(ここでは)ウァローが書き記したような異教徒の算定によって時を計算する事はせず、ただ聖書と、天文学的算定における我が知性のか細さとに従っております。ノアの後、彼と世界的な洪水からおよそ1080年が経ってアブラハムが現れました。ある種の人々によると彼は至高の占星術師であった人で、最初にカルデア文字を考案しました。およそ515年か516年あとにモーセが現れ、ダヴィデとモーセの間はおよそ570年でした。さらにその後、ダヴィデの時代と、唯一の処女から生まれた我らの救い主にして贖い主のイエス・キリストまでが、幾人かの年代学者に従うと1350年でした。
この算定はエウセビオスのものと異なっていますから、真実でないと反論する方もいるかもしれません。
そして人類の贖いの時から、サラセン人たちの憎むべき誘惑までが、およそ621年でありました。
仮に私の算定があらゆる国民にとってよろしくないもので価値がなかったとしても、その時代以降は、どのような時代が過ぎ去ったかを容易に編纂することができます。なぜならば、その全ては、天体の運行によって、あるいは省みられなくなったいくらかの時における生来の情熱の結びつきによって、さらには私の由緒ある先祖たちの情熱によって、算定されてきたからです。
A6
おお、この上もなく麗らかなる国王陛下。ところで、この時代の不正義が、何らかの隠しておくべき諸事件は謎めいた章句でしか開示されないようにと、要請しているのです。その章句は唯一の意味を持つ一通りの理解しかできないもので、両義性や曖昧な算定はそこには何一つ入り込んでおりません。しかし、むしろ茫漠とした曖昧さのもとで、生来の注入に拠っているのです。それはヨエルによるカルタゴの年代記と算定にある「私は全ての肉なるものの上に霊を注ぎ、あなたがたの息子や娘は預言をするだろう」に従えば、天地創造以来の1002人の預言者たちの一人の章句に近いものといえます。しかしながら、そうした預言は至高にして永遠の力である聖霊の口から発せられたものでしたし、その力が、天と、その大事件や驚嘆すべき事件を予言した幾人かとを結び付けたのです。
私はといえば、この状況では何一つとして称号を自分のものとしたいとは思いません。
(そのようなことは)神が到底お喜びにならないのです。
私ははっきりと全てが神に由来することを告白しますし、神に感謝、尊敬、不滅の称賛を捧げます。
(ただし、)ここで言っている事には運命に由来する予言は混ぜておらず、あくまでも神と自然に由来する予言の話です。
そして大部分は天体の運行と結びついております。
私は集光鏡を通しているかのようなぼんやりとした像で、主要な崇拝者たちのせいで大事件や悲しい事件、驚くべき事件、大災禍などが近づいていることを見ているのです。
B1
というのは、神が偉大な婦人の長い不妊を見るであろうからです。
その女性はその後に2人の主要な子を身ごもるでしょう。しかし彼女は危機に瀕し、彼女に付け加えられるであろう女性もまた、年齢から来る無謀さで18歳にして死の危機に瀕し、彼女の(子である)3人の男子と1人の女子を遺しただけで、36歳を過ぎることはできないでしょう。その子らのうち2人は決して同じ父を持たないでしょう。三人の兄弟たちは異なっていますが、統一し合意するので、ヨーロッパの3つと4つの部分は震えるでしょう。
 (兄弟の中の)最も年若い男子によってキリスト教の王国は支えられ、勢力を伸ばすでしょう。
すなわち、諸宗派が興るもののすぐに没落し、アラブ人たちは後退し、諸王国は統一され、新しい法が公布されるのです。
他の子供たちのうち、長男は、怒れる獅子たちを制圧するでしょう。その獅子は戴冠しており、脚を勇敢な鉄兜たちの上に置いています。
次男は同伴したラティウム人たちのせいで余りにも前進しすぎるので、ユピテルの山への怒りに震えた第二の道が開かれるでしょう。
それは(彼が)ピレネーに登るために(まず)降るためのものですが、古代の王国に譲渡されることはないでしょう。
人間の血によって第三の洪水が起こるでしょう。
マルスは長い間、四旬節に姿が見えなくなるでしょう。
そして(3男1女の残る一人である)娘はキリスト教会の保持のために与えられますが、その主人は新しい不信心者たちの異教的な宗派に堕ちてしまいます。
彼女は2人の子を産むでしょう。
カトリック教会の堅信に照らせば、一人は信心深い者ですが、もう一人は不信心な者でしょう。
そのもう一人の方は、大いに混乱し悔悟が遅れるため、彼女を滅ぼす事を望むでしょう。
同盟の中の極度の相違によって、3つの地方が存在するでしょう。
それはすなわち、ローマ地方、ゲルマニア、イスパニアのことでして、それらは緯度50度と52度を見捨てつつ、軍の手で様々な宗派を作り出すでしょう。
(上記三つの)すべてが緯度48度からの北部ヨーロッパ諸地方に遠くの諸宗教を捧げるでしょう。
その諸地方が最初に虚しい臆病さによって震えるでしょうし、ついで最も西、南、東の諸地方も震えるでしょう。
彼らの強さは、協約と連合によって生まれるものでして、軍事的な征服に屈しないものです。
(彼らは)本質に関しては同じでも、信仰に関しては大きく異なっているでしょう。
B2
その後で第二の女性よりも大きな力を持つ不妊の女性が2つの民族に受け入れられるでしょう。
その(民族の)第1は、かつては全てに権勢を振るっていた民族にも意地を貫いた者たちで、第2はその(かつて全てに権勢を振るっていた)者たちです。
そして第3の民族として、ヨーロッパ東部周辺の方でパンノニアへとその力を伸ばすであろう民が、彼女を参らせ、打ち負かしたのです。
そして海路を通じてアドリア海のトリナクリアへと勢力を拡大するものの、ミュルミドネス人とゲルマン人によって完全に打ち負かされ、バルバロイの一派は、ラテン民族全体によって大いに悲嘆させられ、追い払われるのです。
B3
そしてアンテクリストの大帝国がアティラに現れ、ゼルセスが数え切れない大軍をもって下るでしょう。
そのため、48度から生じた聖霊の来臨は、アンテクリストの嫌悪を追い払いつつ、移動するでしょう。
アンテクリストは、イエス・キリストの偉大なる代理者である王族、およびその教会と王国に対して「一時の間、時の終わりに」戦います。
B4
天地創造からイエス・キリストの死と受難の時までと、その時から今までに起こった中で最も暗い日食が先行するでしょう。
B5
そして10月に何らかの大きな移転が行われ、その結果、人々はどっしりとした大地がその自然の動きを喪失し、永遠の闇に沈んだと思う事でしょう。
春分の時期にはその前触れが起こり、そして後には極度の変化、治世の交替などが続くでしょう。それらは大地震によるもので、第一のホロコーストの嫌悪によって増大させられた哀れな娘である新しいバビロンの急伸を伴います。そして73年7ヶ月しかもたないでしょう。
更にその後に、50度から現れてあれほど長い間実を結ばなかった幹から、キリスト教会全体を刷新することになるものが出るでしょう。
そして、いくつもの国によって分断させられ取り乱した表情の子供たちの一人の中に、大いなる平和、統一、調和が打ちたてられます。
それが余りに平和なので、諸宗教の多様性によって、軍事的な党派の煽動者や首謀者たちは最も深い奥底に結びついたままになるでしょう。
そして、賢者を装うであろう怒り狂った者たちの王国は統一されるのです。
諸地方、諸都市、諸王国、諸州は自由になるための当初の方法を捨ててから、より深く囚われてしまい、彼らの自由と完全な宗教が失われたことに密かに立腹することでしょう。そして、(それらの地方や町は)右へと転じるために、左の部分において打ち始めるでしょう。
B6
そして、永きにわたって朽ちていた聖なるものを、彼らの原初の書物とともに、再置するのです。大きな犬の後に、最も巨きなマスチフ犬が出発するでしょう。それは全てを破壊し、以前に犯されていたことも同じく破壊するのです。
(しかし)神殿群は当初の時代の通りに再建され、聖職者は元の地位に復帰するでしょう。
そして(聖職者たちは)売春婦と関係をもつことや淫蕩に過ごすこと、千の大罪を犯すことなどをし始めることでしょう。
B7
そして彼女がその最高位にあって崇高な尊厳を示しているであろう時が別の荒廃の近付く時でして、暴君たちと軍の手勢とが立ちあがり、2本の剣は彼女から取り去られ、旗しか残らないでしょう。
それらの旗のせいで、いくらかの湾曲が彼らを惹きつけます。人々はそのことを正そうとしつつも、彼らとは互いに譲歩しようとは致しません。
彼らは鋭い手と反対側の先端によって、大地に触れながら刺激したがるでしょう。
B8
(それは)長い間芽吹くことのなかった小枝から、自発性に任されていた緩やかな隷属から世界の人々を解放する存在が生まれるまで(のことです)。
それは自らを再びマルスの庇護に置き、ユピテルからは、別の狭いメソポタミアに建造・確立された自由な都市のために、すべての名誉と尊厳を奪い去ります。
その指導者と執政官は、陰謀を知らぬままその境遇から投げ出され、空中の高所に置かれるでしょう。
その陰謀は、長い間全体を指揮してきた第二のトラシュブロスとともに、陰謀者たちによって企てられるものです。
その時、汚らわしさと忌々しさとが、大いなる恥辱のうちに、薄明かりの闇において示されるのです。
(そのことは)かの王国の変化の終わるころには止むでしょう。
B9
そして教会の指導者たちは神の愛の後ろにおり、彼らの内の多くが、真の信仰を棄てるでしょう。
3つの宗派のうち、中央のものはその崇拝者たちによって、いささか退廃するでしょう。
第1のものはヨーロッパ全体に(広がり)、アフリカの大部分は魂の貧しさと引き換えにした第3のものによって殲滅させられます。
その(第3の)者たちは狂気によって立ち上がった者たちで、淫奔、放蕩によって成長するでしょう。
我慢している平民が立ちあがり、立法者たちの支持者たちを追い出すでしょう。
そして、諸王国が東方の人々に弱らされると、(その時代の人々からは)造物主である神が、大きなドグとドガムを産み出させるために、地獄の牢からサタンを解放したのではないかと思われることでしょう。それら(ドグとドガム)が余りにも酷い憎むべき破壊を教会に加えるので、赤い者たちも白い者たちも双眼と両腕を喪失してしまい、もはや判断ができなくなるでしょう。そして、(赤や白の)彼らから力が剥ぎ取られるのです。
B10
そのときには、教会に対する未曾有の迫害が行われることでしょう。
 そうこうしているうちに悪疫が生じるでしょう。それが余りにもひどいので、世界の3つの部分の内の2つ以上(の人口)が消えるでしょう。
それは田野や家々の持ち主が分からなくなり、認識されなくなるであろうほどです。
そして、街路では草が膝上までも伸びるでしょう。
聖職者には包括的な荒廃が訪れるでしょうし、マルス主義者たちは太陽の都市、マルタ島、ステカデス諸島から戻されるであろうものを強奪するでしょう。
そして海の牛にちなむ名を持つ港の大きな鎖が開かれます。
B11
そして、ムハンマドの信徒による最初の奪回からソー・カスチュロムを解放しようと、海辺では新たな侵入が行われるでしょう。彼らの侵攻は無為なものでは全くなく、かつてアブラハムの住処だった場所で、ユピテル主義者たちを崇拝している者たちによって、襲撃が行われるでしょう。そしてアケムのこの都市は、軍人たちの極めて屈強な力で攻囲され、全方向から強襲されるのです。彼らの海軍力は西方の人々によって弱められるでしょう。
B12
そしてこの王国は大いに荒れ果て、最も大きな諸都市からは人がいなくなります。
その街に入った人々は、(その荒廃が)神の怒りによって報いを受けたものだと受けとめるでしょう。
そして余りにも大きな崇拝を受けている墓所は、天の、太陽の、そして月の目の普遍的眼差しを受けた麗らかなる空の下に、長い間存在し続けるでしょう。
そして、聖所は大小の(家畜の)群れの繋留所に換えられ、涜神の目的に適合させられます。
B13
おお、その時に何という災厄に満ちた悲しみが妊婦たちに訪れることでしょう。
その時には東方の重要な指導者の(兵力のうち)大部分は北方の人々と西方の人々に動揺させられ、敗北を喫し、死に至り、転覆させられるでしょう。
残り(の兵力)は逃れますが、多くの女性たちの子供らが投獄されます。
ここに至って王たる預言者の予言「これは捕らわれ人の嘆きを聞き、死に定められた者たちの子供らを解き放つ」が成就することでしょう。
そのとき諸王国の君主たちと行政官たちに、そして船乗りたちや東方の人々にまで加えられる大弾圧はどれほどのものとなることでしょう。
そして彼らの言葉は大いなる社会(の言葉)に、(つまり)ラティウム人たちの言語とアラブ人たちの言語がカルタゴを介して混ざり合うのです。
B14
そして、この東方の王たちはみな駆逐され、圧倒され、殲滅させられるのです。
(それは)アクィロの王たちの力によるものでも、我々の時代に(起こっていることに)近い出来事によるものでも全くなく、死を求めてお互いに罠を仕掛けつつも密かに団結する三者によるのです。その刷新された三頭政治は7年間続き、その一派の名声は世界に広がるでしょう。そして、神聖にして純潔なる生贄の供犠が維持されるのです。
その時、アクィロの領主たちの内の二人が、東方の者たちに勝利するでしょう。
彼ら(東方の人々)の間で戦いの騒音や喧騒が余りにも大きくなるので、その東方全体があのアクィロにおける兄弟ではない兄弟たちの恐怖で震撼するでしょう。
B15
陛下、このような次第でして、私はこの言説を通じてこれらの予言も、それらの到来がいつ起こりうるのかも、あらかた混乱させています。
以下に続ける年代の列挙についても、上で述べたこととは全く、或いはほぼ全く一致していません。それは天文学的手法と同じく他の手法にも拠っており、微塵も誤っていようはずがない聖書さえも用いています。
(また聖書年代を列挙するのと同じように)もし私がそれぞれの四行詩に時を列挙しようとしたならば、そうすることもできたでしょう。
しかし、そういう(年代を列挙する)ことも、それらを解釈することも、陛下が私に、中傷者たちが私を攻撃する口実を失い、それを行うための十分な権力を授けてくださるまでは、誰にとっても愉快なものとはならないでしょう。
B16
それはそうと、天地創造からノアの誕生までの時を数えますと、1056年が過ぎておりました。
そのノアの誕生から、世界的な洪水が近づいて箱舟が完成するまでには、もし年代が太陽に基づくものか、月に基づくものか、或いはその二つを混ぜ合わせたものであるならば、600年が過ぎたのです。聖書は太陽の方を支持していると私は考えています。そしてこの600年目にノアは大洪水から救われるべくして箱舟に乗り込んだのです。この世界的な大洪水は地表を覆い、1年と2ヶ月続きました。
そして大洪水の終わりからアブラハムの誕生までに、295の年数が過ぎたのです。
そのアブラハムの誕生からイサクの誕生までに100年が過ぎました。
イサクからヤコブまでが60年で、彼が生まれてからエジプトに入る時までが130年でした。
ヤコブのエジプト入りから出エジプトまでに430年が過ぎました。
そして出エジプトから、ソロモンがその治世4年目に神殿を建てるまでに、480年が過ぎました。
ソロモンによって神殿が建てられてからダリウスの治世2年目に神殿が建てられるまでに531年が過ぎました。
そしてダリウスの治世2年目からイエス・キリストまでに、聖書の算定に従えば、490年が過ぎたのです。
そうして聖書から集めて私が行った算定によって、誤差はあるにしても
(以上の合計は)およそ4173年8ヶ月となるのです。
さて、イエス・キリストから現在までは、諸宗派でまちまちなため、私は触れないでおきます。
私は現下の予言を計算・算定してまいりましたが、全てはその(時代の)転回を含む鎖の順序に従っています。
また、全ては天文学的な学説によるもので、私の生来の天賦に従っています。
現在よりもしばらく後に、次のような時が(来るのが)分かります。
土星は4月7日に方向を転じ始め、8月25日まで続くでしょう。
(同様の期間はそれぞれ)
木星は6月14日から10月7日まで、
火星は4月17日から6月22日まで、
金星は4月9日から5月22日まで、
水星は2月3日から同27日までで、
その後6月1日から同24日までと9月25日から10月16日までにもあります。
土星は磨羯宮に、
木星は宝瓶宮に、
火星は天蠍宮に、
金星は双魚宮にあり、
水星は1ヶ月の内に磨羯宮、宝瓶宮、双魚宮をめぐり、
月は宝瓶宮に、
昇交点は天秤宮に
あります。
それに対して降交点は反対側の宮にあります。
それら(の星位)は、木星と水星の合、火星と水星の矩、そして太陽と木星の合とともにある状態に続いておこるものです。
その年は一切というわけではありませんが日蝕もなく、穏やかな年でしょう。
そしてその年が、そこから続いてゆくであろうことの始まりとなるのです。
B17
その年が始まると、かつてアフリカで行われたものよりも大きな迫害がキリスト教会に加えられ、1792年まで続くでしょう。
その年をもって、人々は時代の刷新と考えることでしょう。
その後で、ローマの人々は立ち直り始めます。
そして、大きな分裂や継続的な諸変化を伴わないわけではありませんが、彼らの原初の光のいくらかを受け取りつつ、いくつかの暗き闇を追い払い始めるでしょう。
B18
その後、大きな武力と権力を持つヴェネツィアは、古代ローマの力ともさして違わない遥か高みへと、自らの翼を掲げるでしょう。
B19
この時に、アクィロの支援と力によってリグリア人たちと結びついたビザンティンの大いなる帆船団が、いくらかの妨害を加えるでしょう。
その結果、2人のクレタ人によって、信仰は彼らから執着されなくなるでしょう。
古代のマルス主義者たちによって建てられたアーチ群は、ネプトゥヌスの波に伴われるでしょう。
アドリア海では大いなる不和が生み出され、統一されていたものが分かたれるでしょう。
パンポタンを包含するかつての大いなる都であり今もそうであるもの、つまりヨーロッパのメソポタミアは45(度)において家(のような小さな存在)に近くなるでしょう。41(度)、42(度)、37(度)の他のものも(同じように小さくなるの)です。
そしてその時、それらの地方で、地獄の力がイエス・キリストの教会に向かって、その法の敵対者たちの力を対置するでしょう。
それが第2のアンテクリストとなり、世俗の王たちの権力を利用して、教会とその真の代理者を迫害するでしょう。
その王たちは無知ゆえに、狂人の両手に握られたいかなる剣よりもよく切れる弁舌によって、かどわかされるのです。
B20
上述のアンテクリストの王国は、その時代の近くに生まれた者が死に、もう一人がプランクスの都市で死ぬときまでしか続きません。
フェラーラの支援と、アドリア海及び大トリナクリア近くのリグーリア人たちの支持を受けてモデナから選ばれた者が(そのもう一人に)同伴しています。
そして、彼はユピテルの山を越えるでしょう。
ガリアのオグミオスは余りにも多くの人数に随行されているので、偉大な法の帝国は非常に遠くまで(領土が)存在するでしょう。
B21
いくらか後に、少しばかり教育を受けた悪漢たちによって、無垢なる者たちの血が滔々と溢れ出させられるでしょう。
そうして、大洪水によってある種の文書に収められた物事の記録は数え切れない損失を蒙るでしょうし、文学もそうなります。
以上のことは神の意志によってアクィロ地方の辺りで起こり、サタンはもう一度縛られます。
B22
わが予言集における算定によれば、時の流れはその先までさらに進んでゆきますけれども、
その(第7千年紀に近い)時点で世界に何らかの大動乱が近づきます。
B23
数年前にわが息子セザール・ノストラダムスに捧げた書簡では、私は予兆なしにある種の点を十分にはっきりと表明致しました。
しかしながら陛下、今般の書簡には、後に生まれ来る人々が見ることになるであろう多くの驚倒すべき大事件が含まれているのです。
聖書と対照したこの占星術的算定の(指し示す時期の)間、聖職者たちの迫害は、東方の人々と手を結んだアクィロ地方の王たちの力に、その起源を持つでしょう。その迫害は11年かそれよりやや短い期間続くでしょうが、その時を通じて、アクィロ地方の中心的な王が衰えるでしょう。それらの年が終わると、彼の南の同盟者が続いて現れるでしょう。彼は、戦う教会に絶対的な全権を持つ者の背教的な誘惑によって、さらに3年にわたって教会の人々を一層厳しく迫害するのです。法の監視者である神の聖徒たちと宗教的秩序の全体が、大いに迫害され苦悩するでしょうし、それは真の聖職者たちの血が至るところで溢れかえるほどなのです。そして恐るべき世俗の王たちの内の一人が、ワインでも(そんなに惜しみなく撒き散らすことが)できないくらいに無垢なる聖職者たちの血を一層撒き散らして、支持者たちから称賛を浴びるでしょう。この王は教会に向けて信じがたい大罪を犯します。豪雨での雨水のように公の道や寺院を人の血が流れ、最も近い河川は血で赤くなるでしょう。別の海戦では海が赤く染まり、ある王は別の王に「海戦は海を赤く染めた」と報告するでしょう。
その同じ年と続く数年のうちに、最も酷い悪疫、先行する飢饉による最も驚異的なこと、そしてキリスト教会の最初の創設以来それほどまでのものはかつてなかった非常に大きな苦難が、ラティウム地方の全域に続けざまに起こるでしょう。イスパニアの幾つかの地方には、その痕跡が残ります。
B24
その頃、アクィロ地方の第3の王は、彼の主要な肩書きの(許にいる)人々の嘆きを聞いて、非常に大きな軍隊を打ち立てるでしょう。
彼は直近の父祖たちの(かつて通った)隘路を通り、大部分を元の状態に戻すのです。
B25
そして、ケープ(を纏った状態)の偉大な代理者が、元の地位に再び戻されるでしょう。
B26
しかし荒らされ、そして一切が放棄され、至聖所は異教徒たちに破壊される状態になり、新約聖書も旧約聖書も排斥され、焼かれます。
B27
その後、アンテクリストが地獄の君主となるでしょう。
最後にもう一度キリスト教徒の諸王国も不信心者たちの王国もみな25年間にわたって震撼するのです。
より酷い戦争や戦闘があり、都市も町も城もその他の建物も、焼かれて荒らされて壊されるでしょう。
その際に純潔な乙女の多くの血が流され、人妻や未亡人は犯され、乳呑み児たちは町の壁にぶつけられて砕かれるのです。
地獄の君主サタンの力を借りて余りにも多くの悪事が行われるので、ほぼ全世界が衰退し荒廃するでしょう。
B28
これらの出来事に先だって、見かけない鳥たちが空で「ユイ、ユイ」と鳴き、しばらく後に姿を消すでしょう。
B29
そしてそのような時代が長く続いた後に、(時代は)別のサトゥルヌスの治世である黄金時代へとほとんど一新されるのです。
造物主である神は、人々の苦しみを聞き届けて、サタンが深い穴の奥底の深淵に置かれ縛られているようにと、お命じになります。
それで神と人々の間に普遍的な平和(の時代)が始まります。
(サタンは)およそ千年の間縛られたままで、(その間は)教会の権力がより大きな力になっていくでしょう。
それから、(サタンは縛めを)解かれた状態に戻るのです。
C1
これら全ての表徴は、聖書によって、目に見える天の事柄にまさしく適合させられているのです。
問題になるのは土星、木星、火星によるもので、他の合もいくつかの矩(と組み合わせること)により、より明確に理解できるようになります。
私はより深く算定し、一方を他方に適合させとうございました。
おお、この上なく麗らかなる陛下、しかし、非難のいくつかが(その実現の)困難を見出すであろうことに鑑みまして、夜の休息にあたってペンを擱くことに致しましょう。
「おお、万能なる王よ、なお申し上げさせてくださいませ。驚倒すべき出来事の多くは確かに間もなく到来することでありましょうが、
それらを全てこの書簡に収録することは叶いませんし、またそのつもりもございません。
しかしながら、運命の非情なる一撃に属するいくつかの事柄を理解するためには、そのいくらかに軽く触れておかなければならないのです。
陛下、御身の万民への慈愛と神々への信仰心は誠に大きなものであるがゆえに、陛下は宗教全体の至上の権威が譲るべき敬虔なるキリスト教徒の王という極めて尊厳のある名を持つに相応しい、唯一人のお方であるように思われました。」
C2
しかしながら、唯一つだけ陛下にお願いしたいことがございます。
おお、非常に寛大なる王よ。(偉大というレベルに)達しておらず(人々から)求められてもいない我が労作の程度(を御理解頂くこと)よりも、我が双眼が陛下の太陽の(ごとき)輝きの間近に参って以来、この上なく麗らかなる陛下に従順している我が真情の望みと至上の研究とを、陛下の抜きん出て慎重な御慈悲によって、御理解くださいますように。
サロンより、1558年6月27日
プロヴァンスのサロン・ペトラのミカエル・ノストラダムスにより作成されました。

ノストラダムス雑記帳
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/epistre/epistre2.htm
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/epistre/index.html
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/sonota/preface.htm
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/biblio/autrebiblio.htm
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/














『予言集』第二序文「アンリ2世への手紙」
はじめに
『予言集』第二序文、いわゆる「アンリ2世への手紙」は、『予言集』の第二部にあたる百詩篇第8巻から第10巻の冒頭を飾る散文体の献呈文である。
「アンリ2世への書簡」「アンリ2世への献辞」などとも訳される。
この日本語訳には、以下のものがある。
(1)ロバーツ『ノストラダムス大予言原典・諸世紀』(たま出版、1975年)所収の大乗和子訳
(2)川尻徹『ノストラダムス・メシアの法』(二見書房、1988年)所収の訳者不明のもの
(3)アルガイヤー『1987年悪魔のシナリオ』(光文社、1985年)所収の淡路誠訳
(4)ラメジャラー『ノストラダムス予言全書』(東洋書林、1998年)所収の田口孝夫・目羅公和訳
(5)ドレヴィヨン&ラグランジュ『ノストラダムス−予言の真実』(創元社、2004年)所収の後藤淳一訳
このうち
(1)は英訳からの転訳だが、原書と照らし合わせると省略、改変、誤訳などが目立ち、失礼ながら文章としても意味不明な箇所が多い。
(2)はセルジュ・ユタンの原文をもとにした翻訳で、比較的まともな訳文である。
ただし、一部で看過しがたい誤訳や省略が見られる。
(3)は抄訳、
(4)はラメジャラーによる要約を訳出したもの、
(5)はごく一部の節のみの抜粋である。
以上のように、現時点では海外の実証的な研究を踏まえた信頼のできる訳文が存在しない状況である。
そこで、そのような訳文作成の一助となればと、ここにつたない形ながらも対訳と注釈を提供するものである。
レオニやラメジャラーの英訳、ローズの現代フランス語訳を参考にしながら、文法・語法上できる限り穏当な訳をつけるように心掛けたつもりだが、他方で翻訳が非常に難しかった箇所も少なくない。
特に訳が難しかった箇所にはその旨注記したが、それ以外の箇所にしてもここで提示しているものが唯一の正しい訳というわけではないと思う。
当然、誤訳、疑問点等の御指摘は大歓迎である。
対訳と参考資料
対訳および注釈
このコンテンツのメインである。校訂を施していない原文に、日本語訳、異文、校訂に関する仮説、語注、訳に関する注記、内容に関する注記などを付け加えたものである。
対訳のみ
16世紀フランス語に慣れていない方が辞書を引きながら読むときに便利なように、綴りを現代式に直している。
また、校訂も一部で施しているが、その根拠については全注版の当該節を参照していただきたい。
もうひとつのアンリ2世への手紙
1690年ころのアントワーヌ・ベソン版『予言集』に収録されたアンリ2世への手紙である。
原書でわずか4ページしかない縮訳版だが、第二序文偽作説を採るアルブロンは、そのオリジナルの素材の一つと主張していることもあるので、参考資料として訳出した。
暦書に寄せられたアンリ2世への献辞(工事中・完成時期未定)
『1557年向けの予兆』に収録された献辞である。年代的に見るならば「アンリ2世への手紙」パイロット版とでもいったところか。
底本
伝聞上は1558年に出版されていたともいうが(この問題については当サイト「1558年版について」参照)、現存していない。
ここでは第二序文が収録された現存最古の版である1568年ブノワ・リゴー版を底本とした。ただし、この1568年版自体に複数の異本が存在していることから、その中でもリヨン市立図書館所蔵の版を中心に据え、グラス市立図書館所蔵、シャッフハウゼンの州立図書館所蔵、アルボー博物館所蔵の各版の比較も採り入れた。
さらに、それ以降の版についてもいくらかを比較に採用した。
異文の欄で示した略号は以下の通りである(基本的な底本は1568Bになるが、一部で1568Cなどを底本にしている箇所がある。
それについては「異文」欄を見ていただけば分かる)。
【1568A】ブノワ・リゴー、リヨン、1568年(グラス市立図書館所蔵)
【1568B】同上(リヨン市立図書館所蔵)
【1568C】同上(シャッフハウゼン州立図書館所蔵)
【1568I】同上(アルボー博物館所蔵S.389)
【1590】ジャック・ルソー、カオール、1590年
【1597】ブノワ・リゴーの後継者たち、リヨン、1597年頃
【1600】Par ピエール・リゴー、リヨン、1600~1610年頃
【1605】刊行者・刊行地の記載なし、1605年
【1611A】ピエール・シュヴィヨ、トロワ、1611年
【1611B】同上、1611年頃(普通と異なる副題がついている版)
【1627】ジャン・ディディエ、リヨン、1627年
【1644】クロード・ド・ラ・リヴィエール、リヨン、1644年
【1653】アントワーヌ・ボードラン、リヨン、1653−1662年頃?
【1665】ジャン・バラン、リヨン、1665年
【1668】ジャン・ジャンソンほか、アムステルダム、1668年
なお、付随的なコンテンツであるアントワーヌ・ベソン版『予言集』の対訳における底本は、当然ベソン版を用いている。
一部の古版本については、マリオ・グレゴリオ氏のサイトで公開されているものを参照させていただいた。
謝辞
本稿作成に当って、ノストラダムスサロンの新戦法氏からは、過去に公開しておられたコンテンツの玉稿を私的に送付していただきました。
それらは、該当する節の注釈を作成するにあたって大変参考になりました。また、ノストラダムス研究室のhayatoさんには、御手許のいくつかの文献の閲覧に関して便宜をはかっていただきました。いくつかの節の注釈は、それなしには成立しませんでした。お二方には厚く御礼を申し上げます。

ノストラダムス雑記帳
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/epistre/index.html
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/sonota/preface.htm
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/biblio/autrebiblio.htm
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/















イグナチオ・デ・ロヨラは1534年8月15日(なぜか日本の終戦日)にイエズス会を創設した初代総長ですがローマ銀行の創設に関わった中心人物であることはあまり知られていない。それが米国FRB創設に繋がってゆくことも。
ロヨラに仕えていたフランシスコ・ザビエルは1549年8月15日カトリックの聖被昇天の祝日に来日した。
ロヨラはほぼ破綻寸前のローマ銀行を正式に引き継いだのである。
ロヨラがローマに現れた当時ローマ銀行は神という言葉のもと(神は高利貸しを禁じた)数百万の口座から現金が引き出されていた。
チャールズ五世の率いる帝国主義者たちは1527年ローマ市に乱入し殆どの富を奪い略奪した。
時の枢機卿(ローマ法王の顧問)でさえ拷問し彼らの財宝の隠し場所を聞きだし洗いざらい略奪する始末であった。
スペイン人は最も残虐であり,ローマの破壊に当たってはドイツ人は充分過ぎるくらいの悪党で,イタリア人はそれ以上。
しかしスペイン人以上の悪党はいなかった。
1527年のチャールズ五世率いる侵略者に対抗するためローマ市はスイス人傭兵で守られ、その結果,正式に銀行を守るよう命じられた。
銀行は金銀を1527年のような略奪が起きた場合を想定しスイスに金銀財宝を保管することになる。
ローマ法王パウロ三世によってイエズス会が設立されると全てのヨーロッパでローマカトリック大学が解放され,また,イエズス会はローマ法王より白紙の委任状をとり大学の赤字を防ぐべく優れたブレーンをかき集めた。新しく組織されたイエズス会は教育の分野ではやや乱暴であったがロヨラに先導された改革は全ての学校,大学に広く行き渡って行った。
そしてローマ銀行は英国に支店をオープンする。
再組織されたこの銀行は間もなくヨーロッパ各所に支店が出されることになる。
1587年にベニス,
1606年にアムステルダムにWisselBankが,
1619年にハンブルグ,1621年にニュールンベルグ,
1635年ロッテルダム,そして
1694年ついにBank of England(現英国中央銀行)が創設されることになる。
エドワード六世(1547〜1553)の時代高利貸は英国議会で非合法化されドアは閉ざされローマ銀行は英国に支店を開くことが出来なかった。
英国議会がその犯罪的高利貸しの形態を許さなかったためである。
反高利貸し法が1571年に施行されたにもかかわらず金貸しは続けられていた。
当時日の出の勢いであったカルバン主義クリスチャンの間でははっきりとした高利貸しについての聖書の教えはまだ決まっていなかった。
これが1694年英国銀行開設の発端となった。
英国銀行は1694年7月27日120万ポンドの私設共同持ち株会社として設立された。そして中央銀行としての機能を強化して行くが貸し出し金利は複利式で増えてゆくカラクリで貸し出した金が再度支払われることはなく貸し金業者(英国銀行)は政府と人民を完全にコントロールすることが出来た。
英国はアメリカの植民市の大部分を所有していたが金貸し業者の貪欲さによってすべてを失うことになる。初期の植民者は高利貸しや金貸しを嫌うプロテスタントであった。(注:メイフラワー号に乗ってやってきたピルグリム・ファーザーたち)彼らの大部分は貧しくヨーロッパから持ち出した金はごくわずかであった。金銀の鉱山がないため各植民地は金利のないペーパーノートを発行した。(注:今で言う地域通貨)英国銀行の貪欲な金貸したちは各植民地に目を向けた。彼らアメリカ人を高利貸しで破滅させる試みは1765年であった。
それはSTAMP ACTと呼ばれるものである。
各種税の支払いのため銀行から高利で金を借りなければならなかった。
間もなく彼らは貧しくなり貧困状態から窮乏状態となってゆく。
ベンジャミンフランクリンは言った。
「戦争はあらゆる戦争がそうであるように金のために戦われ,そして高利とは関係のない彼ら自身の通貨を自由に発行できる権利のために英国銀行から独立した」と
しかし独立戦争の後,1791年に米国初の銀行設立免許を与えるまで強い影響力を留めていた。この免許は20年続き1811年に免許切れとなった。
英国議会は免許の再発行を拒み1812年英国銀行によって戦争が宣言された。
英国銀行初代創設者ウイリアム。パターソン(1658〜1719)
Andrew Jacksonは1812年の戦争のヒーローであった。
彼は歪んだ金貸したちに勝利した。
そして米国の第二銀行法に反対し見事約束を果たしたが1836年不自然な死を遂げた。
そして人々は1861年に南北戦争が始まるまで英国銀行(ローマ銀行)から開放されることになる。
 南北戦争(Civil War)の戦費を捻出するため時の大統領アブラハム・リンカーンはロスチャイルドたち高利貸しに接近する。彼らは28%の高利を要求するがリンカーンはこれを拒否。しかし高利貸したちは4.5億ドルの政府保証つき,Greenbackまたは,US NOTEを発行することになる。リンカーンは二度目の支払いを終えると彼ら悪徳高利貸しに対しドアを閉めることになる。1865年4月15日リンカーンは金貸しに雇われたJohn Wikes Boothの凶弾に倒れてしまう結果になる。
南北戦争参照
“The issue which has swept down the centuries and which will have to be fought sooner or later is The People vs. The Banks.” - Lord Acton, Historian, 1834 - 1902   
Federal Reserve Founder John D.Rockfeller(Mr.USURY・ミスター高利貸しは言った:
"Among the early experiences that were helpful to me that I recollect with pleasure was one in working a few days for a neighbour in digging potatoes―a very enterprising, thrifty farmer, who could dig a great many potatoes. I was a boy of perhaps thirteen or fourteen years of age, and It kept me very busy from morning until night. It was a ten-hour day. And as I was saving these little sums I soon learned that I could get as much interest for fifty dollars loaned at seven per cent. ― the legal rate in the state of New York at that time for a year―as I could earn by digging potatoes for 100 days. The impression was gaining ground with me that it was a good thing to let the money be my slave and not make myself a slave to money" (Ida Tarbell, History of the Standard Oil Co., p.41).
過去から現在に至るまでFRBを批判した人々は必ず消される。
ADL(ユダヤ名誉毀損連盟)などは殺人実行部隊でもある。
13人カウンセルは13人ドルイドカウンセルのことである。
しかし,この組織はオリンピアンズ<300人委員会>のスーパー・シークレット組織<ユダヤ・カハール・KEHILLA of JEW>によってコントロールされている。
この組織・KEHILLAこそ本当の世界政府である。300人委員会,13ドルイドカウンセル,ロスチャイルド家の下に位置しているが,実際には「KEHILLA of JEW」が彼らの決定を実行する。この組織の意向なしではオリンピアンズと言えども何もできないはずである。シオン長老の議定書(プロトコール)はKEHILLA内部の窓口と考えられる。これこそまさにLUCIFER(サタン)の軍団である。
ブナイ・ブリスはADLを傘下に持つがこれとてKEHILLAの一部である。
東半球と西半球の指導者は,”スポンサー”と呼ばれていて,この二人のサタン的指導者が,それぞれの半球を担当している。
この二人のスポンサーの下に,七人の”アーク・センサー”(大監察官)と呼ばれるユダヤ人がいる。
この最初の階級はKEHILLAの第七階級と呼ばれている。
彼らはそれぞれ彼らの指導者と互いを知っている。また,この7人の下にそれぞれ7人の補佐官がいて,49人のサタニック・ユダヤで構成されている。
この四十九人はKEHILLAの第六階級で”ミニスター”(大臣)と呼ばれている。
この四十九人が,またそれぞれ7人の補佐官を持っていて,それは”ヘラルド”(式部官)と呼ばれ,KEHILLAの第五階級である。
この343人のヘラルドの下にまたそれぞれ7人のメンバーがいてこれは”コーチャー”(廷臣)と呼ばれている。この2401人は第四階級である。その下の,第三階級16807人は,”スクリヴナー”(公証人),第二階級”オーディター”(監査役)は十一万七千六百四十九人,七番目の第一階級823543人は”ミュート”と呼ばれる。
このように,それぞれの半球の96万800人のサタニック・ユダヤ,両半球の合計百九十二万千六百人がKEHILLAを構成しユダヤ王によって世界を支配している。
KEHILLA of JEWは超極秘の組織であり,東西の名目上の君主が居る。スポンサーは彼の下の七人を知っているが,その他のメンバーを知らない。この高度に組織化された極秘のユダヤ人のネットワークは,この世界の全てのごく小さな行動方針まで連絡可能である。東西それぞれの半球のKEHILLA政府は,ほぼ百万人のユダヤ人に命令することが出来る。(達人注:その連絡網の実際として,例えば9.11の日に,4000人のユダヤ人は欠勤していることからも明らかであろう)それぞれのメンバーはただ配下の七人に声を掛けるだけで,およそ数分で世界中のユダヤ人に伝達できる。
KEHILLAは,この地上に,”蛇の末”(サタンの子,反キリストのこと)の支配の促進ために,与えられた時間内にどんなことでもやってのける。ストライキ,革命,学生運動,福祉への不満の暴動,プロパガンダのコントロール,政治的,社会的支配を彼らの手に集中するために,命じられた行動を実行する。(管理人注:ここで言っているユダヤ人とは正統派ユダヤのことではなくてサバタイ派カザールユダヤ・フランキストあるいはアングロサクソン系ヒッタイト人とでも言えばいいのでしょうか)<注意:これらを勝手に引用・転載しないこと。殺されますよ>
1913年Federal Reserve ACTは成立した。
1963年6月4日FRBの政府に対する金利つきの融資に関してある試みがなされた。
その日ケネディ大統領は刎頸の補佐官ソレンセンのアドバイズのもと通貨の発行権をFRBを通さずに米国政府に戻す大統領令Executive Order11110を公布した。
しかしケネディは間もなく暗殺され,イエズス会のジョンソン副大統領が昇格しベトナム戦争は泥沼化して行った。
このFRBの金利付きとは一体何であろうか?誰でも疑問に思うところである。どうやって米国政府に金を貸付け利息をとるのか。
それは馬鹿馬鹿しいほど簡単な構図である。
米国政府が10億ドルの通貨発行依頼(融資)をFRBに依頼するとFRBは原価1000ドルで10億ドルを印刷し米国政府に融資する。
その引き換えに「米国債10億ドルがFRBの手元に入ってくる」仕組みである。
当然10億ドルから金利が入ってくるというわけである。
これが黙っていても株主に上納金が入る仕組みである。
1)Congress votes to increase the Federal debt limit.Let us say by $1billion,and instructs the US.Treasury to write interest-bearing Bonds for $1billion.
2)The treasury offers the Bonds to the FED against the taxpayers' ability to pay.
3)The FED buys the Bonds by simply creating a book keeping entry for $1billion to the credit of the government's checking account.
4)The treasury can now write checks against the created credit.
5)These checks are dispersed throughout the country,endorsed by recipients and deposited into Banks.
6)The Bank send the Treasury checks to the FED to be cleared.The FED debits the Treasury's account and credits the Banks with the amount.These credits increase the Banks' reserves.These reserves serve as the base used by the commercial Banks to create checkbook money and to lend it out at interest.
米国の裁判所はロスチャイルド法廷と呼ばれている。
米国はNation(国)でなくCorporation(集合体)であり英国ロスチャイルド家に属する。FRBは12の支店がありバージニア州リッチモンドで印刷される100ドル紙幣の透かしには「アルバート・バイク」が入っている。
まったくもってふざけた連中である。
とにかく米国は東インド会社の末裔なのである。
ロスチャイルド銀行ロンドン本店でのGUY ROTHSCHILD(故人)。
金価格などはここで決まる。一般の人が買っている金は比重が同じタングステンが大部分を占める偽物の可能性も否定できない。GUYが死んでも子孫は冷凍精子によって引き継がれその最終目的が変更されることはない。
The Federal Reserve or 3rd Bank of the "U.S." (管理人注:Federal Reserve BankのことですがFederalは連邦の意味ではなくFederal Expressと同じ意味です)
So great was the victory of our hero, that Rome did not try again to establish a central bank until the 20th century. The groundwork for this 3rd Bank was laid during a top secret meeting on Jekyll Island, Georgia, in 1910. The co-conspirators were some of the most powerful people in Europe and America. They included: Theodore Roosevelt, Paul Warburg, Woodrow Wilson, Nelson W. Aldrich, Benjamin Strong, Frank A. Vanderlip, John D. Rockefeller, etc., etc.
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Paul M. Warburg.
Paul M. Warburg (Daddy WARbucks注:この意味は戦争をしてドルを稼ぐおじさんの意味) was an immigrant from Germany and a partner in the banking firm of Kuhn, Loeb & Co. He represented the German Central Bank (Reichsbank) and the Rothschilds and Warburgs in Europe.
Our sources confirm that the general theme is accurate.The fact that I(IRAN & ISRAELの意味)financed H(HAMASの意味)is quite well known.But rats in a sack turn on each other,that was then,that is now applies.............つまりハマスもシャロンの子ども(イスラエルが創ったもの)で世の中の構図はこうなっている。
WW I began right after the chartering of the Bank. The Bank financed Germany and kept the war going for 4 dreadful years. Great Britain was greatly weakened after the war and Wall St. became the world financial center.
Warburg's brother was head of the German spy agency under the Kaiser in Germany.

ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/14.html

クリック20世紀  
http://www.c20.jp/1938/09munch.html
   
第二次世界大戦    
http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/gendai/53-dainiji1.html
   
ユーゴスラヴィア史 〜 西部戦線の異状
http://www.h3.dion.ne.jp/~jtpage/cy/yugo/westfrnt.htm
       
混沌の時代のなかで、真実の光を求めて
http://blogs.yahoo.co.jp/kyomutekisonzairon/47127846.html

   








『予言集』第二序文「アンリ2世への手紙」
1558年6月27日
A1
A l'invictissime,Très-puissant et très-chrétien Henri Roi de France second ; Michel Nostradamus son très humble, très-obeissant serviteur & sujet, victoire & felicité.
最も無敵にして極めて強大、そして敬虔なキリスト教徒であらせられるフランス王アンリ2世へ。
そのとても賤しく、とても従順な従僕にして臣下であるミシェル・ノストラダムス(が)、勝利と至福を(お祈り申し上げます)
A2
(1) POUR icelle souveraine observation que j'ai eu, ô très chrétien & très victorieux Roi, depuis que ma face étant long temps obnubilée se presente au devant de la deité de votre majesté immesurée, depuis en ça j'ai été perpetuellement ébloui, ne desistant de honnorer & dignement venerer icelui jour que premièrement devant icelle je me presentai, comme à une singuliere majesté tant humaine. (2) Or cherchant quelque occasion par laquelle je peusse manifester le bon cœur & franc courage que moyennant icelui mon pouvoir eusse fait ample extension de connoissance envers votre serenissime majesté. (3) Or voyant que par effets le déclairer ne m'était possible, joint avec mon singulier désir de ma tant longue obténébration & obscurité, être subitement éclarcie & transportée au devant de la face du souverain œil, & du premier monarque de l'univers, (4) tellement que j'ai été en doute longuement à qui je viendrais consacrer ces trois Centuries du restant de mes Prophéties, parachevant la miliade, (5) & après avoir eu longuement cogité d'une téméraire audace, ai prins mon addresse envers votre majesté, n'étant pour cela étonné, comme raconte le gravissime aucteur Plutarque, en la vie de Lycurgue, que voyant les offres & presents qu'on faisait par sacrifices aux temples des dieux immortels d'icelui temps & à celle fin que l'on ne s'étonnât par trop souvent dédites frais & mises ne s'osaient presenter aux temples. (6) Ce nonobstant voyant votre splendeur Royalle, accompagnée d'une incomparable humanité, ai prins mon addresse, non comme aux Rois de Perse, qu'il n'était nullement permis d'aller à eux, ni moins s'en approcher. (7) Mais, à un très-prudent, à un très-sage Prince j'ai consacré mes nocturnes & prophétiques supputations, composées plutôt d'un naturel instinct, accompagné d'une fureur poétique, que par règle de poésie, (8) & la plupart composé & accordé à la calculation Astronomique, correspondant aux ans, mois & semaines des régions, contrées, & de la plupart des villes & cités de toute l'Europe, comprenant de l'Affrique, & une partie de l'Asie par le changement des régions, qui s'approchent la plupart de tous ces climats, & composé d'une naturelle faction:
おお、敬虔なるキリスト教徒にして勝利を重ねた国王よ。
私が抱いたこの上ない意見のために長い間曇っていた私の顔を、陛下の計り知れない神のごとき威厳の御前にお引き立て頂いてからというものは、
爾来、人間味溢れる格別の威徳というべき陛下の御前に初めて参内したその日を崇め奉ることをやめてしまおうなどとは思わず、私はいつまでも目のくらむ思いでおりました。
さて、私は善良な心情と自由な勇気とをお示しすることによって、この上なく麗らかなる陛下の方へと、私の知識の力を十分にひろげ(て御覧に入れ)るための何か良い機会はないものかと探しておりました。とはいえ、それを表明することは、私の(心の)長い暗闇を世界第一の君主である至上の目の面前へと運んでいただき、たちまちのうちに明るくしていただくという私の突飛な願いとともに、不可能なことと考えておりました。それで私は、一千篇をしめくくる我が予言集の残りの3つの百詩篇を陛下に捧げに参るべきかと、長い間悩んでおりました。
そして、私は向こう見ずで大胆な行為について長らく考えた上で、その事で驚いたりなさらない陛下に献上したのです。
それはあたかも最も荘厳な書き手であるプルタルコスが『リュクルゴスの生涯』において、当時の不死なる神々の神殿に生贄として捧げられた供物や贈り物を見た人々が、その費用や価値(の高さ)に頻々と驚かないでいたいものだと思って、神殿にわざわざ捧げ(に来)なくなると語っているようなものです。(そういうつまらない作品)にもかかわらず、なんぴともその許に行くことも近づく事も許されないペルシャの王たちとは異なる、比類なき慈愛を備えた国王陛下の光輝を目の当たりにしつつ、私は献上したのです。
さて、大変に慎重で賢明である君主に私が夜毎にまとめた予言的な算定を捧げたわけですが、それらは詩の規律よりはむしろ詩的熱狂に伴われた生来の天賦によって組み上げられています。その大部分は天文学的算定に一致するよう組み立てられ、ヨーロッパ全土の諸地方、諸国、大部分の市や町の年、月、週に対応しています。そこには、それらの全気候帯のほとんどに近づいている諸地方の変化のせいで、アフリカや一部のアジアも含まれています。(そしてそれらは)自然な方法で組み立てられています。
A3
(9) répondra quelqu'un qui aurait bien besoin de soi moucher, la rithme être autant facile, comme l'intelligence du sens est difficile. Et pource, ô très humanissime Roy, la plupart des quatrains prophétiques sont tellement scabreux, que l'on n'y saurait donner voie ni moins aucuns interpreter, (10) toutesfois esperant de laisser par écrit les ans, villes, cités, régions où la plupart adviendra, mêmes de l'année 1585. & de l'année 1606. accommençant depuis le temps présent, qui est le 14. de Mars, 1557. (11) & passant outre bien loin jusques à l'avènement qui sera après au commencement du septième millénaire profondement supputé, (12) tant que mon calcul astronomique & autre savoir s'a pu étendre, où les adversaires de Jésus Christ & de son Eglise, commenceront plus fort de pulluler, (13) le tout a été composé & calculé en jours & heures d'éléction & bien disposées, & le plus justement qu'il m'a été possible. (14) Et le tout Minerva libera , & non invita , supputant presque autant des aventures du temps advenir, comme des âges passés, comprenant de présent, & de ce que par le cours du temps par toutes régions l'on connaîtra advenir tout ainsi nommement comme il est écrit, n'y mélant rien de superflu, combien que l'on dit : Quod de futuris non est determinata omnino veritas.
さぞ洟をかみたいでしょうにという方はこう反応することでしょう。
その韻律は平易であるが、意味の理解は困難である、と。
おお、最も慈愛に溢れる王よ、予言的四行詩の大部分は難物であるがゆえに、人々はそこに道筋をつけることも出来ないでしょうし、どれひとつとして解釈することも出来ないでしょう。
しかしながら、現在すなわち1557年3月14日から始まって、1585年や1606年のことさえも含むかたちで、大部分(の出来事)が起こるであろう年や、都市、町、地方を書きとめておきたいのです。
そしてそれは、我が天文学的算定と知り得た他の知識の限りで深く算定された第7千年紀初頭にあるであろう到来と、その時にイエス・キリストとその教会に敵対する者たちが、大変な勢いではびこり始めることにまでも遥々と及ぶのです。
全ては、選ばれて周到に準備された日々と時間に算定されてまとめられたもので、私に出来る限りでもっとも正確なものであります。
全ては
「自由にして縛られざるミネルウァとともに」、
現在も含む過ぎ去った時代のことのように未来の出来事もほぼ同じだけ算定してまいりました。
「未来に関することで、確定した真実などない」
と言われは致しますが、(その算定したことは)時の流れの中においてあらゆる地方で、まさに余計なものを何一つ加えることなく書き記した通りに、全てが成就したと認識されるでしょう。
A4
(15) Il est bien vrai, Sire, que pour mon naturel instinct qui m'a été donné par mes avites ne cuidant présager, & présager, ajoûtant & accordant icelui naturel instinct avec ma longue supputation uni, & vidant l'âme, l'esprit, & le courage toute cure, solicitude, & fâcherie par repos & tranquilité de l'esprit. (16) Le tout accordé & présagé l'une partie tripode æneo . (17) Combien qu'ils sont plusieurs qui m'attribuent ce qu'est autant à moi, comme de ce que n'en est rien, Dieu seul éternel, qui est perscrutateur des humains courages pie, juste, & miséricordieux, en est le vrai juge, auquel je prie qu'il me vueille défendre de la calomnie des méchants, (18) qui voudraient aussi calomnieusement s'enquérir pour quelle cause tous vos antiquissimes progeniteurs Rois de France ont guéri des écrouelles, & des autres nations ont guéri de la morsure des serpents, les autres ont eu certain instinct de l'art divinatrice, & d'autres cas qui seraient long ici à raconter. (19) Ce nonobstant ceux à qui la malignité de l'esprit malin ne sera comprins par le cours du temps après la terrenne mienne extinction, plus sera mon escrit qu'à mon vivant,
(さて、)先見をしているとは思わずに先見していた先祖たちからもたらされた私の生来の天賦に関しては、その生来の天賦に私の長い算定が統一的に付け加えられて調和しているのです。
また、(その天賦は)心の平静と安静を通じて、心配、懸念、不満を魂魄や精神から一掃しているのです。
陛下、以上はまさしく真実なのです。青銅の三脚によって全ては調和させられ、一部は先見されているのです。
私に属するものと同じように全くそうでないものまで私に帰する方々が多くおりますけれど、人々の心情の敬虔さ、公正さ、慈悲深さを徹底的にお試しになる唯一永遠の神のみが、人々の真の審判者なのです。
私はその神に、悪意ある人々の中傷から私を守って下さいますようにと祈ります。
彼らは同じように中傷的に根拠を尋ねたがるものです。
最も由緒正しき歴代のフランス王たちが瘰癧を治した根拠や、別の民族が蛇の噛み傷を治した根拠、さらにその別の人々が予言をするためのある種の天賦を持っている根拠など、他にもここで申し上げれば長くなる諸々(の根拠)を、です。
それにもかかわらず、彼らに備わった邪悪な魂の悪意は、私が地中に消えた後の時の流れの中でも理解されることはないでしょうし、(逆に)私の作品は生前よりも多く(の理解を得るように)なるでしょう。
A5
(20) cependant si à ma supputation des âges je faillais on ne pourrait être selon la volonté d'aucuns. (21) Plaira à votre plus qu'imperialle majesté me pardonner, protestant devant Dieu & ses Saincts, que je ne pretends de mettre rien quelconques par écrit en la présente épître, qui soit contre la vraie foi Catholique, conférant les calculations Astronomiques, jouxte mon savoir: (22) car l'espace de temps de nos premiers, qui nous ont précédés sont tels, me remettant sous la correction du plus sain jugement, que le premier homme Adam fut devant Noé environ deux mille deux cents quarante deux ans, (23) ne computant les temps par la supputation des Gentils, comme a mis par écrit Varron : mais tant seulement selon les Sacrées Ecritures, & selon la faiblesse de mon esprit, en mes calculations Astronomiques. (24) Après Noé, de lui & de l'universel déluge, vint Abraham environ mille huitante ans, lequel a été souverain Astrologue, selon aucuns, il inventa premier les lettres Caldeiques: (25) après vint Moïse environ cinq cents quinze ou seize ans, (26) & entre le temps de David à Moïse, ont été cinq cents septante ans, là environ. (27) Puis après entre le temps de David, & le temps de notre sauveur & rédempteur Jésus Christ, né de l'unique vierge, ont été (selon aucuns Cronographes) mille trois cents cinquante ans: (28) pourra objecter quelqu'vn cette supputation n'être véritable, pource qu'elle differe à celle d'Eusèbe. (29) Et depuis le temps de l'humaine rédemption jusques à la séduction détestable des Sarrasins, s'ont été six cents vingt & vn an, là environ, (30) depuis en çà l'on peut facilement colliger quels temps sont passés, si la mienne supputation n'est bonne & valable par toutes nations, (31) pource que le tout a été calculé par le cours céleste, par association d'émotion infuse à certaines heures delaissées, par l'émotion de mes antiques progeniteurs:
しかしながら、もしも時代の算定で私が間違っているのなら、私はある種の人々の意に沿うことはできていないでしょう。
(その場合)(王よりも)むしろ皇帝の威厳というべき陛下には、私を赦して下さいますようにと祈りを捧げるでしょう。また、神や聖人の前では、今のこの献呈文は私の知識に基づいた天文学的計算を参照しており、真のカトリック信仰に背くものを何一つ含めることを望んでいない旨を誓います。
というのは、われわれの先達である最初の人々の間隔を、最も公正な判断による修正のもとで並べなおしますと、こうなるからです。
最初の人間であるアダムは、ノアに約2242年先んじておりました。
(ここでは)ウァローが書き記したような異教徒の算定によって時を計算する事はせず、ただ聖書と、天文学的算定における我が知性のか細さとに従っております。ノアの後、彼と世界的な洪水からおよそ1080年が経ってアブラハムが現れました。ある種の人々によると彼は至高の占星術師であった人で、最初にカルデア文字を考案しました。およそ515年か516年あとにモーセが現れ、ダヴィデとモーセの間はおよそ570年でした。さらにその後、ダヴィデの時代と、唯一の処女から生まれた我らの救い主にして贖い主のイエス・キリストまでが、幾人かの年代学者に従うと1350年でした。
この算定はエウセビオスのものと異なっていますから、真実でないと反論する方もいるかもしれません。
そして人類の贖いの時から、サラセン人たちの憎むべき誘惑までが、およそ621年でありました。
仮に私の算定があらゆる国民にとってよろしくないもので価値がなかったとしても、その時代以降は、どのような時代が過ぎ去ったかを容易に編纂することができます。なぜならば、その全ては、天体の運行によって、あるいは省みられなくなったいくらかの時における生来の情熱の結びつきによって、さらには私の由緒ある先祖たちの情熱によって、算定されてきたからです。
A6
(32) Mais l'injure du temps, ô sérénissime Roy, requiert que tels secrets évènements ne soient manifestés, que par énigmatique sentence, n'ayant qu'un seul sens, & unique intelligence, sans y avoir rien mis d'ambigue n'amphibologique calculation: (33) mais plutôt sous obnubilée obscurité par une naturelle infusion approchant à la sentence d'un des mille & deux Prophètes, qui ont été depuis la création du monde, jouxte la supputation & Chronique punique de Joël, Effundam spiritum meum super omnem carnem & prophetabunt filij vestri, & filiæ vestræ . (34) Mais telle prophétie procédait de la bouche du Saint Esprit, qui était la souveraine puissance éternelle, adjointe avec la céleste à d'aucuns de ce nombre ont prédit de grandes & émerveillables aventures: (35) Moi en cet endroit je ne m'attribue nullement tel titre. Ja à Dieu ne plaise, je confesse bien que le tout vient de Dieu, & lui en rends grâces, honneur, & loüange immortelle, sans y avoir mélé de la divination que provient à fato : mais à Deo à natura, (36) & la plupart accompagnée du mouvement du cours céleste, tellement que voyant comme dans un miroir ardant, comme par vision obnulilée, les grands évènements, tristes prodigieux, & calamiteuses aventures qui s'approchent par les principaux culteurs.
おお、この上もなく麗らかなる国王陛下。ところで、この時代の不正義が、何らかの隠しておくべき諸事件は謎めいた章句でしか開示されないようにと、要請しているのです。その章句は唯一の意味を持つ一通りの理解しかできないもので、両義性や曖昧な算定はそこには何一つ入り込んでおりません。しかし、むしろ茫漠とした曖昧さのもとで、生来の注入に拠っているのです。それはヨエルによるカルタゴの年代記と算定にある「私は全ての肉なるものの上に霊を注ぎ、あなたがたの息子や娘は預言をするだろう」に従えば、天地創造以来の1002人の預言者たちの一人の章句に近いものといえます。しかしながら、そうした預言は至高にして永遠の力である聖霊の口から発せられたものでしたし、その力が、天と、その大事件や驚嘆すべき事件を予言した幾人かとを結び付けたのです。
私はといえば、この状況では何一つとして称号を自分のものとしたいとは思いません。
(そのようなことは)神が到底お喜びにならないのです。
私ははっきりと全てが神に由来することを告白しますし、神に感謝、尊敬、不滅の称賛を捧げます。
(ただし、)ここで言っている事には運命に由来する予言は混ぜておらず、あくまでも神と自然に由来する予言の話です。
そして大部分は天体の運行と結びついております。
私は集光鏡を通しているかのようなぼんやりとした像で、主要な崇拝者たちのせいで大事件や悲しい事件、驚くべき事件、大災禍などが近づいていることを見ているのです。
B1
(37) Premièrement des temples de Dieu, secondement par ceux qui sont terrestrement soutenus s'approcher telle décadence, avecques mille autres calamiteuses aventures, que par le cours du temps on connaîtra advenir: (38) car Dieu regardera la longue sterilité de la grand dame, que puis après concevra deux enfants principaux: (39) mais elle periclitant, celle qui luy sera ajoûtée par la témérité de l'âge de mort periclitant dedans le dixhuitième, ne pouvant passer le trentesixième qu'en delaissera trois mâles, & une femelle, & en aura deux, celui qui n'en eut jamais d'un même père, des trois freres seront telles différences, puis unies & accordées, que les trois & quatre parties de l'Europe trembleront: (40) par le moindre d'âge sera la monarchie Chrétienne soutenue, augmentée : sectes élevées, & subitement abaissées, Arabes reculés, Royaumes unis, nouvelles Loix promulguées: (41) des autres enfants le premier occupera les Lions furieux coronnés, tenants les pattes dessus les armets intrepidés. (42) Le second se profondera si avant par les Latins accompagné, que sera faite la seconde voie tremblante & furibonde au mont Jovis descendant pour monter aux Pyrénnées, ne sera translatée à l'antique monarchie, sera faite la troisième inondation de sang humain, ne se trouvera de long temps Mars en carême. (43) Et sera donnée la fille par la conservation de l'Eglise Chrétienne, tombant son dominateur à la paganisme secte des nouveaux infidèles, elle aura deux enfants, l'un de fidélité, & l'autre d'infidélité par la confirmation de l'église catholique. (44) Et l'autre qui à sa grande confusion & tarde repentance la voudra ruiner, seront trois régions par l'extrème difference des ligues c'est assavoir la Romaine, la Germanie, l'Espaigne, qui feront diverses sectes par main militaire, (45) delaissant le 50. & 52. degrés de hauteur, & feront tous hommage des religions lointaines aux régions de l'Europe de Septentrion de 48. degrés d'hauteur, qui premier par vaine timidité tremblera, puis les plus occidentaux, méridionaux & orientaux trembleront, (46) telle sera leur puissance, que ce qui se fera par concorde & union insupérable des conquêtes belliques. (47) De nature seront égaux : mais grandement differents de foi.
最初には神の寺院のせいで、次には地上で支えられているそれらのせいで、他の千の(=無数の)惨事とともに、時代の流れの中で未来に起こると認識されているような退潮が近づくのです。
というのは、神が偉大な婦人の長い不妊を見るであろうからです。
その女性はその後に2人の主要な子を身ごもるでしょう。しかし彼女は危機に瀕し、彼女に付け加えられるであろう女性もまた、年齢から来る無謀さで18歳にして死の危機に瀕し、彼女の(子である)3人の男子と1人の女子を遺しただけで、36歳を過ぎることはできないでしょう。その子らのうち2人は決して同じ父を持たないでしょう。三人の兄弟たちは異なっていますが、統一し合意するので、ヨーロッパの3つと4つの部分は震えるでしょう。
 (兄弟の中の)最も年若い男子によってキリスト教の王国は支えられ、勢力を伸ばすでしょう。すなわち、諸宗派が興るもののすぐに没落し、アラブ人たちは後退し、諸王国は統一され、新しい法が公布されるのです。他の子供たちのうち、長男は、怒れる獅子たちを制圧するでしょう。その獅子は戴冠しており、脚を勇敢な鉄兜たちの上に置いています。次男は同伴したラティウム人たちのせいで余りにも前進しすぎるので、ユピテルの山への怒りに震えた第二の道が開かれるでしょう。それは(彼が)ピレネーに登るために(まず)降るためのものですが、古代の王国に譲渡されることはないでしょう。人間の血によって第三の洪水が起こるでしょう。マルスは長い間、四旬節に姿が見えなくなるでしょう。
 そして(3男1女の残る一人である)娘はキリスト教会の保持のために与えられますが、その主人は新しい不信心者たちの異教的な宗派に堕ちてしまいます。彼女は2人の子を産むでしょう。カトリック教会の堅信に照らせば、一人は信心深い者ですが、もう一人は不信心な者でしょう。そのもう一人の方は、大いに混乱し悔悟が遅れるため、彼女を滅ぼす事を望むでしょう。同盟の中の極度の相違によって、3つの地方が存在するでしょう。それはすなわち、ローマ地方、ゲルマニア、イスパニアのことでして、それらは緯度50度と52度を見捨てつつ、軍の手で様々な宗派を作り出すでしょう。(上記三つの)すべてが緯度48度からの北部ヨーロッパ諸地方に遠くの諸宗教を捧げるでしょう。その諸地方が最初に虚しい臆病さによって震えるでしょうし、ついで最も西、南、東の諸地方も震えるでしょう。彼らの強さは、協約と連合によって生まれるものでして、軍事的な征服に屈しないものです。(彼らは)本質に関しては同じでも、信仰に関しては大きく異なっているでしょう。
B2
(48) Après ceci la dame stérile de plus grande puissance que la seconde sera receuë par deux peuples, par le premier obstiné par celui qui a eu puissance sur tous, par le deuxième & par le tiers qui étendra ses forces vers le circuit de l'Orient de l'Europe aux Pannons l'a profligé & sucombé & par voile marine fera ses extensions à la Trinacrie Adriatique par Mirmidons & Germaniques du tout succombé, & sera la secte Barbarique du tout des Latins grandement affligée & déchassée.
 その後で第二の女性よりも大きな力を持つ不妊の女性が2つの民族に受け入れられるでしょう。その(民族の)第1は、かつては全てに権勢を振るっていた民族にも意地を貫いた者たちで、第2はその(かつて全てに権勢を振るっていた)者たちです。そして第3の民族として、ヨーロッパ東部周辺の方でパンノニアへとその力を伸ばすであろう民が、彼女を参らせ、打ち負かしたのです。そして海路を通じてアドリア海のトリナクリアへと勢力を拡大するものの、ミュルミドネス人とゲルマン人によって完全に打ち負かされ、バルバロイの一派は、ラテン民族全体によって大いに悲嘆させられ、追い払われるのです。
B3
(49) Puis le grand empire de l'Antéchrist commencera dans la Atila & Zerses descendre en nombre grand & innumérable, tellement que la venue du Saint Esprit procédant du 48. degrés fera transmigration, déchassant à l'abomination de l'Antéchrist, faisant guerre contre le royal qui sera le grand vicaire de Jésus Christ, & contre son église, & son règne per tempus, & in occasione temporis,
 そしてアンテクリストの大帝国がアティラに現れ、ゼルセスが数え切れない大軍をもって下るでしょう。そのため、48度から生じた聖霊の来臨は、アンテクリストの嫌悪を追い払いつつ、移動するでしょう。アンテクリストは、イエス・キリストの偉大なる代理者である王族、およびその教会と王国に対して「一時の間、時の終わりに」戦います。
B4
(50) & précédera devant une éclipse solaire le plus obscur, & le plus ténébreux, que soit été depuis la création du monde jusques à la mort & passion de Jésus Christ, (51) & de là jusques ici
 天地創造からイエス・キリストの死と受難の時までと、その時から今までに起こった中で最も暗い日食が先行するでしょう。
B5
& sera au mois d'Octobre que quelque grande translation sera faite, & telle que lon cuidera la pésanteur de la terre avoir perdu son naturel mouuement, & être abîmée en perpétuelles ténébres, seront précédans au temps vernal, & s'en ensuivant après d'extrèmes changements, permutations de règnes, par grands tremblements de terre, avec pullulation de la neuve Babylonne fille misérable augmentée par l'abomination du premier holocauste, (52) & ne tiendra tant seulement que septante trois ans, sept mois, (53) puis après en sortira de la tige, celle qui avoit demeuré tant long temps stérile procédant du cinquantième degré qui renouvellera toute l'Eglise Chrétienne. (54) Et sera faite grande paix union & concorde entre un des enfants des fronts égarés & séparés par divers règnes, (55) & sera faite telle paix que demeurera attaché au plus profond barathre le suscitateur & promoteur de la martialle faction par la diversité des religieux & sera uni le Royaume du Rabieux qui contrefera le sage. (56) Et les contrées, villes, cités, règnes, & provinces qui auront delaissé les premières voies pour se delivrer se captivant plus profondement seront secrettement fâchés de leur liberté, & parfaite religion perdue, commenceront de frapper dans la partie gauche, pour tourner à la dextre,
そして10月に何らかの大きな移転が行われ、その結果、人々はどっしりとした大地がその自然の動きを喪失し、永遠の闇に沈んだと思う事でしょう。春分の時期にはその前触れが起こり、そして後には極度の変化、治世の交替などが続くでしょう。それらは大地震によるもので、第一のホロコーストの嫌悪によって増大させられた哀れな娘である新しいバビロンの急伸を伴います。そして73年7ヶ月しかもたないでしょう。
更にその後に、50度から現れてあれほど長い間実を結ばなかった幹から、キリスト教会全体を刷新することになるものが出るでしょう。
そして、いくつもの国によって分断させられ取り乱した表情の子供たちの一人の中に、大いなる平和、統一、調和が打ちたてられます。
それが余りに平和なので、諸宗教の多様性によって、軍事的な党派の煽動者や首謀者たちは最も深い奥底に結びついたままになるでしょう。
そして、賢者を装うであろう怒り狂った者たちの王国は統一されるのです。
諸地方、諸都市、諸王国、諸州は自由になるための当初の方法を捨ててから、より深く囚われてしまい、彼らの自由と完全な宗教が失われたことに密かに立腹することでしょう。そして、(それらの地方や町は)右へと転じるために、左の部分において打ち始めるでしょう。
B6
(57) & remettant la saincteté profligée de long temps avec leur pristin écrit, qu'après le grand chien sortira le plus gros mâtin, qui fera destruction de tout, mêmes de ce qu'au paravant sera été perpétré, seront redressés les temples comme au premier temps, & sera restitué le clerc à son pristin état, (58) & commencera à mérétricquer & luxurier, faire & commettre mille forfaits.
そして、永きにわたって朽ちていた聖なるものを、彼らの原初の書物とともに、再置するのです。大きな犬の後に、最も巨きなマスチフ犬が出発するでしょう。それは全てを破壊し、以前に犯されていたことも同じく破壊するのです。
(しかし)神殿群は当初の時代の通りに再建され、聖職者は元の地位に復帰するでしょう。
そして(聖職者たちは)売春婦と関係をもつことや淫蕩に過ごすこと、千の大罪を犯すことなどをし始めることでしょう。
B7
(59) Et étant proche d'une autre désolation, par lors qu'elle sera à sa plus haute & sublime dignité se dresseront de potentats & mains militaires, (60) & lui seront ôtés les deux glaives, & ne lui demeurera que les enseignes, (61) desquelles par moyen de la curvature qui les attire, le peuple le faisant aller droit, & ne voulant se condescendre à eux par le bout opposite de la main aigu touchant terre voudront stimuler
そして彼女がその最高位にあって崇高な尊厳を示しているであろう時が別の荒廃の近付く時でして、暴君たちと軍の手勢とが立ちあがり、2本の剣は彼女から取り去られ、旗しか残らないでしょう。
それらの旗のせいで、いくらかの湾曲が彼らを惹きつけます。人々はそのことを正そうとしつつも、彼らとは互いに譲歩しようとは致しません。
彼らは鋭い手と反対側の先端によって、大地に触れながら刺激したがるでしょう。
B8
jusques à ce que naîtra d'un rameau de la stérille, de long temps, qui delivrera le peuple univers de celle servitude bénigne & volontaire, soi remettant à la protection de Mars, spoliant Jupiter de tous ses honneurs & dignités, pour la cité libre, constituée & assise dans une autre exiguë mésopotamie. (62) Et sera le chef & gouverneur jetté du milieu, & mis au haut lieu de l'air ignorant la conspiration des conjurateurs, avec le second Thrasybulus, qui de long temps aura manié tout ceci, (63) alors les immundicités, les abominations seront par grande honte objectées & manifestées aux ténébres de la lumière obténébre, cessera devers la fin du changement de son règne,
(それは)長い間芽吹くことのなかった小枝から、自発性に任されていた緩やかな隷属から世界の人々を解放する存在が生まれるまで(のことです)。それは自らを再びマルスの庇護に置き、ユピテルからは、別の狭いメソポタミアに建造・確立された自由な都市のために、すべての名誉と尊厳を奪い去ります。
その指導者と執政官は、陰謀を知らぬままその境遇から投げ出され、空中の高所に置かれるでしょう。
その陰謀は、長い間全体を指揮してきた第二のトラシュブロスとともに、陰謀者たちによって企てられるものです。
その時、汚らわしさと忌々しさとが、大いなる恥辱のうちに、薄明かりの闇において示されるのです。
(そのことは)かの王国の変化の終わるころには止むでしょう。
B9
(64) & les chefs de l'Eglise seront en arrière de l'amour de Dieu, (65) & plusieurs d'entre eux apostateront de la vraie foi, (66) & des trois sectes, celle du milieu, par les culteurs d'icelle sera un peu mis en décadence. (67) La prime totallement par l'Europe, la plupart de l'Affrique exterminée de la tierce, moyennant les pauvres d'esprit, que par insensés élevés par la luxure libidineuse adultèreront. (68) La plèbe se levera soutenant, déchassera les adhérents des législateurs, & semblera que les règnes affaiblis par les Orientaux que Dieu le createur aie délié Satan des prisons infernalles, pour faire naître le grand Dog & Dogam, lesquels feront si grande fraction abominable aux Eglises, que les rouges ne les blancs sans yeux ne sans mains plus n'en jugeront. Et leur sera ôtée leur puissance
そして教会の指導者たちは神の愛の後ろにおり、彼らの内の多くが、真の信仰を棄てるでしょう。
3つの宗派のうち、中央のものはその崇拝者たちによって、いささか退廃するでしょう。
第1のものはヨーロッパ全体に(広がり)、アフリカの大部分は魂の貧しさと引き換えにした第3のものによって殲滅させられます。
その(第3の)者たちは狂気によって立ち上がった者たちで、淫奔、放蕩によって成長するでしょう。
我慢している平民が立ちあがり、立法者たちの支持者たちを追い出すでしょう。
そして、諸王国が東方の人々に弱らされると、(その時代の人々からは)造物主である神が、大きなドグとドガムを産み出させるために、地獄の牢からサタンを解放したのではないかと思われることでしょう。それら(ドグとドガム)が余りにも酷い憎むべき破壊を教会に加えるので、赤い者たちも白い者たちも双眼と両腕を喪失してしまい、もはや判断ができなくなるでしょう。そして、(赤や白の)彼らから力が剥ぎ取られるのです。
B10
(69) alors sera faite plus de persécution aux Eglises, que ne fut jamais, (70) & sur ces entrefaites naîtra la pestilence si grande, que des trois pars du monde plus que les deux defaudront. (71) Tellement qu'on ne se saura ne connaîtra les appartenants des champs & maisons, & naîtra l'herbe par les rues des cités plus haute que les genoux. (72) Et au clergé sera faite totalle désolation, & usurpéront les Martiaux ce que sera retourné de la cité du Soleil, de Melite & des îles Stéchades, & sera ouverte la grande chaîne du port qui prend sa dénomination au boeuf marin.
 そのときには、教会に対する未曾有の迫害が行われることでしょう。
 そうこうしているうちに悪疫が生じるでしょう。それが余りにもひどいので、世界の3つの部分の内の2つ以上(の人口)が消えるでしょう。それは田野や家々の持ち主が分からなくなり、認識されなくなるであろうほどです。そして、街路では草が膝上までも伸びるでしょう。
 聖職者には包括的な荒廃が訪れるでしょうし、マルス主義者たちは太陽の都市、マルタ島、ステカデス諸島から戻されるであろうものを強奪するでしょう。そして海の牛にちなむ名を持つ港の大きな鎖が開かれます。
B11
(73) Et sera faite nouvelle incursion par les maritimes plages, voulant le Sault Castulum délivrer de la première reprise Mahumétane. (74) Et ne seront du tout leurs assaillements vains, & au lieu que jadis fut l'habitation de Abraham, sera assaillie par personnes qui auront en vénération les Jovialistes. (75) Et icelle cité de Achem sera environnée & assaillie de toutes parts en très-grande puissance de gens d'armes. (76) Seront affaiblies leurs forces maritimes par les occidentaux,
 そして、ムハンマドの信徒による最初の奪回からソー・カスチュロムを解放しようと、海辺では新たな侵入が行われるでしょう。彼らの侵攻は無為なものでは全くなく、かつてアブラハムの住処だった場所で、ユピテル主義者たちを崇拝している者たちによって、襲撃が行われるでしょう。そしてアケムのこの都市は、軍人たちの極めて屈強な力で攻囲され、全方向から強襲されるのです。彼らの海軍力は西方の人々によって弱められるでしょう。
B12
(77) & à ce règne sera faite grande désolation, & les plus grandes cités seront dépeuplées, & ceux qui entreront dedans, seront comprins à la vengeance de l'ire de Dieu. (78) Et demeurera le sepulchre de tant grande vénération par l'espace de long temps sous le serein à l'universelle vision des yeux du ciel, du Soleil, & de la Lune, (79) & sera converti le lieu sacré en hébergement de tropeau menu & grand, & adapté en substances prophanes.
そしてこの王国は大いに荒れ果て、最も大きな諸都市からは人がいなくなります。
その街に入った人々は、(その荒廃が)神の怒りによって報いを受けたものだと受けとめるでしょう。
そして余りにも大きな崇拝を受けている墓所は、天の、太陽の、そして月の目の普遍的眼差しを受けた麗らかなる空の下に、長い間存在し続けるでしょう。
そして、聖所は大小の(家畜の)群れの繋留所に換えられ、涜神の目的に適合させられます。
B13
(80) O quelle calamiteuse affliction sera par lors aux femmes enceintes, (81) & sera par lors du principal chef oriental la plupart ému par les septentrionaux & occidentaux vaincu, & mis à mort, profligés, & le reste en fuite & ses enfants de plusieurs femmes emprisonnés, & par lors sera accomplie la prophétie du Royal Prophète, Ut audiret gemitus compeditorum , ut solveret filios interemptorum, (82) quelle grande oppression que par lors sera faite sur les princes & gouverneurs des royaumes mêmes de ceux qui seront maritimes & orientaux & leurs langues entremêlées à grande société, (83) la langue des Latins & des Arabes par la communication punique,
おお、その時に何という災厄に満ちた悲しみが妊婦たちに訪れることでしょう。
その時には東方の重要な指導者の(兵力のうち)大部分は北方の人々と西方の人々に動揺させられ、敗北を喫し、死に至り、転覆させられるでしょう。
残り(の兵力)は逃れますが、多くの女性たちの子供らが投獄されます。
ここに至って王たる預言者の予言「これは捕らわれ人の嘆きを聞き、死に定められた者たちの子供らを解き放つ」が成就することでしょう。
そのとき諸王国の君主たちと行政官たちに、そして船乗りたちや東方の人々にまで加えられる大弾圧はどれほどのものとなることでしょう。
そして彼らの言葉は大いなる社会(の言葉)に、(つまり)ラティウム人たちの言語とアラブ人たちの言語がカルタゴを介して混ざり合うのです。
B14
& seront tous ces Rois orientaux chassés, profligés, exterminés, (84) non du tout par moyen des forces des Rois d'Aquilon, & par la proximité de notre siècle par moyen des trois unis secrettement cherchant la mort & insidies par embûches l'un de l'autre, (85) & durera le renouvellement du triumuirat sept ans, que la renommée de telle secte fera son étendue par l'univers & sera soutenu le sacrifice de la sainte & immaculée hostie, (86) & seront lors les Seigneurs deux en nombre d'Aquilon victorieux, sur les orientaux, & sera en iceux fait si grand bruit & tumulte bellique, que tout icelui orient tremblera de l'effrayeur d'iceux frères non frères Aquilonaires.
そして、この東方の王たちはみな駆逐され、圧倒され、殲滅させられるのです。
(それは)アクィロの王たちの力によるものでも、我々の時代に(起こっていることに)近い出来事によるものでも全くなく、死を求めてお互いに罠を仕掛けつつも密かに団結する三者によるのです。その刷新された三頭政治は7年間続き、その一派の名声は世界に広がるでしょう。そして、神聖にして純潔なる生贄の供犠が維持されるのです。
その時、アクィロの領主たちの内の二人が、東方の者たちに勝利するでしょう。
彼ら(東方の人々)の間で戦いの騒音や喧騒が余りにも大きくなるので、その東方全体があのアクィロにおける兄弟ではない兄弟たちの恐怖で震撼するでしょう。
B15
(87) Et pource, Sire, que par ce discours je mets presque confusément ces prédictions (88) & quand ce pourra être & l'avènement d'iceux, pour le dénombrement du temps que s'ensuit qu'il n'est nullement ou bien peu conforme au superieur, (89) lequel tant par voie astronomique que par autre, mêmes des Sacrées Ecritures, qui ne peuvent faillir nullement, que si je voulais à un chacun quatrain mettre le dénombrement du temps se pourrait faire: (90) mais à tous ne serait aggréable, ne moins les interpréter, jusques à ce, Sire que votre majesté m'aie octroyé ample puissance pour ce faire, pour ne donner cause aux calomniateurs de me mordre.
 陛下、このような次第でして、私はこの言説を通じてこれらの予言も、それらの到来がいつ起こりうるのかも、あらかた混乱させています。
 以下に続ける年代の列挙についても、上で述べたこととは全く、或いはほぼ全く一致していません。それは天文学的手法と同じく他の手法にも拠っており、微塵も誤っていようはずがない聖書さえも用いています。
 (また聖書年代を列挙するのと同じように)もし私がそれぞれの四行詩に時を列挙しようとしたならば、そうすることもできたでしょう。しかし、そういう(年代を列挙する)ことも、それらを解釈することも、陛下が私に、中傷者たちが私を攻撃する口実を失い、それを行うための十分な権力を授けてくださるまでは、誰にとっても愉快なものとはならないでしょう。
B16
(91) Toutesfois comptans les ans depuis la création du monde, jusques à la naissance de Noé, sont passés mille cinquante & six ans, (92) & depuis la naissance de Noé jusques à la parfaite fabrication de l'arche, approchant de l'universelle inondation passerent six cens ans si les données étaient solaires ou lunaires, ou de deux mixtions. Je tiens ce que les Sacrées Ecritures tiennent qu'étaient Solaires. (93) Et à la fin d'iceux six cens ans Noé entra dans l'arche pour être sauvé du déluge, (94) & fut icelui déluge universel sur la terre, & dura un an & deux mois. (95) Et depuis la fin du déluge jusques à la nativité d'Abraham, passa le nombre des ans de deux cents nonante cinq. (96) Et depuis la nativité d'Abraham jusques à la nativité d'Isaac, passerent cent ans. (97) Et depuis Isaac iusques à Iacob, soixante ans, Et depuis la nativité d'iceluy jusqu'à l'heure qu'il entra en Egypte passerent cent trente ans. (98) Et depuis l'entrée de Jacob en Egypte jusques à l'issuë d'icelui passerent quatre cents trente ans. (99) Et depuis l'issuë d'Egypte jusques à l'édification du temple faite par Salomon au quatrième an de son règne, passerent quatre cents octante ou quatre vingts ans. (100) Et depuis l'édification du temple (par Salomon jusques à l'édification du temple faite en la deuxiesme année du regne Darius, passerent cinq cent trente et un ans. Et deuxiesme année de regne de Darius) jusques à Jésus Christ selon la supputation des hiérographes passerent quatre cents nonante ans. (101) Et ainsi par cette supputation que j'ai faite colligée par les Sacrées Lettres sont environ quatre mille cent septante trois ans, & huit mois, plus ou moins. (102) Or de Jésus Christ en ça par la diversité des sectes, je le laisse, (103) & ayant supputé & calculé les présentes prophéties, le tout selon l'ordre de la chaîne qui contient sa révolution le tout par doctrine astronomique, & selon mon naturel instinct, (104) & après quelque temps & dans icelui comprenant depuis le temps que Saturne qui tournera entrer à sept du mois d'Avril jusques au 25. d'Août, Jupiter à 14. de Juin jusques au 7. d'Octobre, Mars depuis le 17. d'Avril jusques au 22. de Juin, Vénus depuis le 9. d'Avril jusques au 22. de Mai, Mercure depuis le 3. de Fevrier, jusques au 24. dudit, (105) en après du premier de Juin jusques au 24. dudit & du 25. de Septembre jusques au 16. d'Octobre. Saturne en Capricorne, Jupiter en Aquarius, Mars en Scorpio, Vénus en Pisces, Mercure dans un mois en Capricorne, Aquarius, & Pisces, la Lune en Aquarius, la tête du dragon en Libra: (106) la queue à son signe opposite, suivant une conjonction de Jupiter à Mercure, avec un quadrin aspect de Mars à Mercure, & sera avec une conjonction du Soleil à Jupiter, l'année sera pacifique sans éclipse, & non du tout, & sera le commencement comprenant ce de ce que durera
それはそうと、天地創造からノアの誕生までの時を数えますと、1056年が過ぎておりました。
そのノアの誕生から、世界的な洪水が近づいて箱舟が完成するまでには、もし年代が太陽に基づくものか、月に基づくものか、或いはその二つを混ぜ合わせたものであるならば、600年が過ぎたのです。聖書は太陽の方を支持していると私は考えています。そしてこの600年目にノアは大洪水から救われるべくして箱舟に乗り込んだのです。この世界的な大洪水は地表を覆い、1年と2ヶ月続きました。
そして大洪水の終わりからアブラハムの誕生までに、295の年数が過ぎたのです。
そのアブラハムの誕生からイサクの誕生までに100年が過ぎました。
イサクからヤコブまでが60年で、彼が生まれてからエジプトに入る時までが130年でした。
ヤコブのエジプト入りから出エジプトまでに430年が過ぎました。
そして出エジプトから、ソロモンがその治世4年目に神殿を建てるまでに、480年が過ぎました。
ソロモンによって神殿が建てられてからダリウスの治世2年目に神殿が建てられるまでに531年が過ぎました。
そしてダリウスの治世2年目からイエス・キリストまでに、聖書の算定に従えば、490年が過ぎたのです。
そうして聖書から集めて私が行った算定によって、誤差はあるにしても
(以上の合計は)およそ4173年8ヶ月となるのです。
さて、イエス・キリストから現在までは、諸宗派でまちまちなため、私は触れないでおきます。
私は現下の予言を計算・算定してまいりましたが、全てはその(時代の)転回を含む鎖の順序に従っています。
また、全ては天文学的な学説によるもので、私の生来の天賦に従っています。
現在よりもしばらく後に、次のような時が(来るのが)分かります。
土星は4月7日に方向を転じ始め、8月25日まで続くでしょう。
(同様の期間はそれぞれ)
木星は6月14日から10月7日まで、
火星は4月17日から6月22日まで、
金星は4月9日から5月22日まで、
水星は2月3日から同27日までで、
その後6月1日から同24日までと9月25日から10月16日までにもあります。
土星は磨羯宮に、
木星は宝瓶宮に、
火星は天蠍宮に、
金星は双魚宮にあり、
水星は1ヶ月の内に磨羯宮、宝瓶宮、双魚宮をめぐり、
月は宝瓶宮に、
昇交点は天秤宮に
あります。
それに対して降交点は反対側の宮にあります。
それら(の星位)は、木星と水星の合、火星と水星の矩、そして太陽と木星の合とともにある状態に続いておこるものです。
その年は一切というわけではありませんが日蝕もなく、穏やかな年でしょう。
そしてその年が、そこから続いてゆくであろうことの始まりとなるのです。
B17
(107) & commençant icelle année sera faite plus grande persécution à l'église Chrétienne que n'a été faite en Afrique, & durera cette ici jusques l'an mil sept cents nonante deux que lon cuidera être une renovation de siècle: (108) après commancera le peuple Romain de se redresser & déchasser quelques obscures ténébres recévant quelque peu de leur pristine clarté non sans grande division & continuels changements.
その年が始まると、かつてアフリカで行われたものよりも大きな迫害がキリスト教会に加えられ、1792年まで続くでしょう。
その年をもって、人々は時代の刷新と考えることでしょう。
その後で、ローマの人々は立ち直り始めます。
そして、大きな分裂や継続的な諸変化を伴わないわけではありませんが、彼らの原初の光のいくらかを受け取りつつ、いくつかの暗き闇を追い払い始めるでしょう。
B18
(109) Venise en après en grande force, & puissance levera ses ailes si très-haut ne distant guères aux forces de l'antique Rome,
その後、大きな武力と権力を持つヴェネツィアは、古代ローマの力ともさして違わない遥か高みへと、自らの翼を掲げるでしょう。
B19
(110) & en icelui temps grandes voiles Bisantines associées aux Ligustiques par l'appui & puissance Aquilonaire donnera quelque empêchement que des deux Crétenses ne leur sera la Foi tenue. (111) Les arcs édifiés par les antiques Marciaux s'accompagneront aux ondes de Neptune, (112) en l'Adriatique sera faite discorde grande, ce que sera uni sera séparé approchera de maison ce que paravant était & est grande cité comprenant le Pempotam la mésopotamie de l'Europe à quarante cinq, & autres de quarante un, quarantedeux, & trente-sept, (113a) & dans icelui temps & en icelles contrées la puissance infernalle mettra à l'encontre de l'Eglise de Jésus Christ la puissance des adversaires de sa loi, qui sera le second Antéchrist, lequel persécutera icelle église & son vrai vicaire par moyen de la puissance des Rois temporels, qui seront par leur ignorance seduits par langues qui trencheront plus que nul glaive entre les mains de l'insensé:
この時に、アクィロの支援と力によってリグリア人たちと結びついたビザンティンの大いなる帆船団が、いくらかの妨害を加えるでしょう。
その結果、2人のクレタ人によって、信仰は彼らから執着されなくなるでしょう。
古代のマルス主義者たちによって建てられたアーチ群は、ネプトゥヌスの波に伴われるでしょう。
アドリア海では大いなる不和が生み出され、統一されていたものが分かたれるでしょう。
パンポタンを包含するかつての大いなる都であり今もそうであるもの、つまりヨーロッパのメソポタミアは45(度)において家(のような小さな存在)に近くなるでしょう。41(度)、42(度)、37(度)の他のものも(同じように小さくなるの)です。
そしてその時、それらの地方で、地獄の力がイエス・キリストの教会に向かって、その法の敵対者たちの力を対置するでしょう。
それが第2のアンテクリストとなり、世俗の王たちの権力を利用して、教会とその真の代理者を迫害するでしょう。
その王たちは無知ゆえに、狂人の両手に握られたいかなる剣よりもよく切れる弁舌によって、かどわかされるのです。
B20
(113b) le susdit règne de l'antéchrist ne durera que jusques au définement de ce né près de l'âge & de l'autre à la cité de Plancus accompagnés de l'élu de Modene, fulci par Ferrare, maintenu par Liguriens Adriaticques & de la proximité de la grande Trinacrie. Puis passera le mont Jovis. (113c) Le Galique Ogmium acompagné de si grand nombre que de bien loin l'Empire de la grand loi sera présenté & par lors & quelque temps après sera épanché profusément le sang des Innocens par les nocens un peu élevés,
上述のアンテクリストの王国は、その時代の近くに生まれた者が死に、もう一人がプランクスの都市で死ぬときまでしか続きません。
フェラーラの支援と、アドリア海及び大トリナクリア近くのリグーリア人たちの支持を受けてモデナから選ばれた者が(そのもう一人に)同伴しています。
そして、彼はユピテルの山を越えるでしょう。
ガリアのオグミオスは余りにも多くの人数に随行されているので、偉大な法の帝国は非常に遠くまで(領土が)存在するでしょう。
B21
alors par grands déluges la mémoire des choses contenues de tels instruments recévra innumérable perte mêmes les lettres: qui sera devers les Aquilonaires par la volonté divine (113d) & encore une fois lié Satan.
いくらか後に、少しばかり教育を受けた悪漢たちによって、無垢なる者たちの血が滔々と溢れ出させられるでしょう。
そうして、大洪水によってある種の文書に収められた物事の記録は数え切れない損失を蒙るでしょうし、文学もそうなります。
以上のことは神の意志によってアクィロ地方の辺りで起こり、サタンはもう一度縛られます。
B22
Et sera faite Paix universelle entre les humains, & sera délivrée l'Eglise de Jésus Christ de toute tribulation, combien que par les Azoarains voudrait mêler dedans le miel du fiel, & leur pestiféré séduction, & cela sera proche du septième millénaire que plus le sanctuaire de Jésus Christ, ne sera conculqué par les infidèles qui viendront de l'Aquilon, le monde aprochant de quelque grande conflagration, combien que par mes supputations en mes prophéties le cours du temps aille beaucoup plus loin.
 人々の間には世界的な平和がもたらされるでしょう。(サタンが)アゾアランたちを使って蜜に胆汁と悪疫の誘惑を混ぜることを望むにもかかわらず、イエス・キリストの教会はあらゆる苦難から解放されるでしょう。それは第7千年紀に近い時のことです。その時にはもはやイエス・キリストの聖域はアクィロから来るであろう不信心者たちに踏み荒らされることはないでしょう。
 わが予言集における算定によれば、時の流れはその先までさらに進んでゆきますけれども、その(第7千年紀に近い)時点で世界に何らかの大動乱が近づきます。
B23
(113e) Dedans l'Epistre que ces ans passés ai dédiée à mon fils César Nostradamus, j'ai assez appertement déclaré aucuns points sans présage. Mais ici, ô Sire, sont comprins plusieurs grands & merveilleux avènements, que ceux qui viendront après le verront, (114a) & durant icelle supputation Astrologique conférée aux Sacrées Lettres la persécution des gens Ecclésiastiques prendra son origine par la puissance des Rois Aquilonaires unis avecques les Orientaux, & celle persécution durera onze ans quelque peu moins, que par lors défaillira le principal Roi Aquilonaire, (114b) lesquels ans accomplis surviendra son uni Méridional, qui persécutera encore plus fort par l'espace de trois ans les gens d'église, par la séduction apostatique d'un qui tiendra toute puissance absolue à l'église militante, & le saint peuple de Dieu obseruateur de sa loi, & tout ordre de religion sera grandement persécuté & affligé, tellement que le sang des vrais écclésiastiques nagera par tout, (114c) & un des horribles Rois temporels, par ses adhérants lui seront données telles louanges, qu'il aura plus répandu de sang humain des innocents écclésiastiques, que nul ne saurait avoir du vin, & icelui Roi commettra de forfaits envers l'église incroyables, coulera le sang humain par les rues publiques & temples, comme l'eau par pluie impétueuse, & rougiront de sang les plus prochains fleuves, & par autre guerre naualle rougira la mer, que le rapport d'un Roi à l'autre lui sera dit: Bellis rubuit naualibus aequor. (115) Puis dans la même année & les suivantes s'en ensuivra la plus horrible pestilence, & la plus merveilleuse par la famine précédente, & si grandes tribulations que jamais soit avenue telle depuis la première fondation de l'Eglise Chrétienne, & par toutes les régions Latines. (116) Demeurant par les vestiges en aucunes contrées des Espagnes.
数年前にわが息子セザール・ノストラダムスに捧げた書簡では、私は予兆なしにある種の点を十分にはっきりと表明致しました。
しかしながら陛下、今般の書簡には、後に生まれ来る人々が見ることになるであろう多くの驚倒すべき大事件が含まれているのです。
聖書と対照したこの占星術的算定の(指し示す時期の)間、聖職者たちの迫害は、東方の人々と手を結んだアクィロ地方の王たちの力に、その起源を持つでしょう。その迫害は11年かそれよりやや短い期間続くでしょうが、その時を通じて、アクィロ地方の中心的な王が衰えるでしょう。それらの年が終わると、彼の南の同盟者が続いて現れるでしょう。彼は、戦う教会に絶対的な全権を持つ者の背教的な誘惑によって、さらに3年にわたって教会の人々を一層厳しく迫害するのです。法の監視者である神の聖徒たちと宗教的秩序の全体が、大いに迫害され苦悩するでしょうし、それは真の聖職者たちの血が至るところで溢れかえるほどなのです。そして恐るべき世俗の王たちの内の一人が、ワインでも(そんなに惜しみなく撒き散らすことが)できないくらいに無垢なる聖職者たちの血を一層撒き散らして、支持者たちから称賛を浴びるでしょう。この王は教会に向けて信じがたい大罪を犯します。豪雨での雨水のように公の道や寺院を人の血が流れ、最も近い河川は血で赤くなるでしょう。別の海戦では海が赤く染まり、ある王は別の王に「海戦は海を赤く染めた」と報告するでしょう。
その同じ年と続く数年のうちに、最も酷い悪疫、先行する飢饉による最も驚異的なこと、そしてキリスト教会の最初の創設以来それほどまでのものはかつてなかった非常に大きな苦難が、ラティウム地方の全域に続けざまに起こるでしょう。イスパニアの幾つかの地方には、その痕跡が残ります。
B24
(117) Par lors le tiers Roi Aquilonaire entendant la plainte du peuple de son principal titre, dressera si grande armée, & passera par les détroits de ses derniers avites & bisaïeuls, qui remettra la plupart en son état,
その頃、アクィロ地方の第3の王は、彼の主要な肩書きの(許にいる)人々の嘆きを聞いて、非常に大きな軍隊を打ち立てるでしょう。
彼は直近の父祖たちの(かつて通った)隘路を通り、大部分を元の状態に戻すのです。
B25
(118) & le grand vicaire de la cappe sera remis en son pristin état,
そして、ケープ(を纏った状態)の偉大な代理者が、元の地位に再び戻されるでしょう。
B26
mais désolé & puis du tout abandonné, & tournera être Sancta sanctorum, détruite par paganisme, & le vieux & nouveau testament seront déchassés, brûlés,
しかし荒らされ、そして一切が放棄され、至聖所は異教徒たちに破壊される状態になり、新約聖書も旧約聖書も排斥され、焼かれます。
B27
(119) en après l'antéchrist sera le prince infernal, encores par la dernière fois trembleront tous les Royaumes de la Chrétienté, & aussi des infidèles par l'espace de vingtcinq ans, & feront plus grièves guerres & batailles, & seront villes, cités, châteaux, & tous autres édifices brûlés, désolés, détruits, avec grande effusion de sang vestal, mariées, & veuves violées, enfants de lait contre les murs des villes allidés, & brisés, & tant de maux se commettront par le moyen de Satan, prince infernal, que presque le monde universel se trouvera defait & désolé,
その後、アンテクリストが地獄の君主となるでしょう。
最後にもう一度キリスト教徒の諸王国も不信心者たちの王国もみな25年間にわたって震撼するのです。
より酷い戦争や戦闘があり、都市も町も城もその他の建物も、焼かれて荒らされて壊されるでしょう。
その際に純潔な乙女の多くの血が流され、人妻や未亡人は犯され、乳呑み児たちは町の壁にぶつけられて砕かれるのです。
地獄の君主サタンの力を借りて余りにも多くの悪事が行われるので、ほぼ全世界が衰退し荒廃するでしょう。
B28
(120) & auant iceux avènements, aucuns oyseaux insolites crieront par l'air. Huy, huy , & seront après quelque temps évanouis,
これらの出来事に先だって、見かけない鳥たちが空で「ユイ、ユイ」と鳴き、しばらく後に姿を消すでしょう。
B29
(121) & après que tel temps aura duré longuement sera presque renouvellé un autre règne de Saturne, & siècle d'or, (122) Dieu le créateur dira entendant l'affliction de son peuple, Satan sera mis & lié dans l'abîme du barathre dans la profonde fosse, (123) & adoncques commencera entre Dieu & les hommes une paix universelle & demeurera lié environ l'espace de mille ans, & tournera en sa plus grande force, la puissance écclésiastique, & puis tourne délié.
そしてそのような時代が長く続いた後に、(時代は)別のサトゥルヌスの治世である黄金時代へとほとんど一新されるのです。
造物主である神は、人々の苦しみを聞き届けて、サタンが深い穴の奥底の深淵に置かれ縛られているようにと、お命じになります。
それで神と人々の間に普遍的な平和(の時代)が始まります。
(サタンは)およそ千年の間縛られたままで、(その間は)教会の権力がより大きな力になっていくでしょう。
それから、(サタンは縛めを)解かれた状態に戻るのです。
C1
(124) Que toutes ces figures sont justement adaptées par les Divines Lettres aux choses célestes visibles, c'est-à-savoir par Saturne, Jupiter & Mars, & les autres conjoint comme plus à plain par aucuns quadrins l'on pourra voir. (125) J'eusse calculé plus profondement & adapté les uns avec les autres. (126) Mais voyant, ô sérénissime Roi que quelqu'uns de la censure trouveront difficulté qui sera cause de retirer ma plume à mon repos nocturne, Multa etiam ô rex omnium potentissime præclara et sanè in breui ventura, sed omnia in hac tua epistola innectere non possumus, nec volumus, sed ad intelligenda quædam facta, horrida fata , pauca libanda sunt , quamuis tanta sit in omnes tua amplitudo & humanitas homines, deósque pietas, vt solus amplissimo & Christianissimo regis nomine, & ad quem summa totius religionis auctoritas deferatur dignus esse videare.
これら全ての表徴は、聖書によって、目に見える天の事柄にまさしく適合させられているのです。
問題になるのは土星、木星、火星によるもので、他の合もいくつかの矩(と組み合わせること)により、より明確に理解できるようになります。
私はより深く算定し、一方を他方に適合させとうございました。
おお、この上なく麗らかなる陛下、しかし、非難のいくつかが(その実現の)困難を見出すであろうことに鑑みまして、夜の休息にあたってペンを擱くことに致しましょう。
「おお、万能なる王よ、なお申し上げさせてくださいませ。驚倒すべき出来事の多くは確かに間もなく到来することでありましょうが、
それらを全てこの書簡に収録することは叶いませんし、またそのつもりもございません。
しかしながら、運命の非情なる一撃に属するいくつかの事柄を理解するためには、そのいくらかに軽く触れておかなければならないのです。
陛下、御身の万民への慈愛と神々への信仰心は誠に大きなものであるがゆえに、陛下は宗教全体の至上の権威が譲るべき敬虔なるキリスト教徒の王という極めて尊厳のある名を持つに相応しい、唯一人のお方であるように思われました。」
C2
(127) Mais tant seulement je vous requiers, ô Roy très-clément par icelle votre singulière & prudente humanité d'entendre plutôt le désir de mon courage, & le souverain étude que j'ai d'obéir à votre sérénissime Majesté, depuis que mes yeux furent si proches de votre splendeur solaire, que la grandeur de mon labeur n'attaint ne requiert. De Salon ce xxvij. de Juin, Mil cinq cents cinquantehuit.
Faciebat Michaël Nostradamus Salonæ Petræ Prouinciæ
しかしながら、唯一つだけ陛下にお願いしたいことがございます。おお、非常に寛大なる王よ。(偉大というレベルに)達しておらず(人々から)求められてもいない我が労作の程度(を御理解頂くこと)よりも、我が双眼が陛下の太陽の(ごとき)輝きの間近に参って以来、この上なく麗らかなる陛下に従順している我が真情の望みと至上の研究とを、陛下の抜きん出て慎重な御慈悲によって、御理解くださいますように。
サロンより、1558年6月27日
プロヴァンスのサロン・ペトラのミカエル・ノストラダムスにより作成されました。

ノストラダムス雑記帳
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/epistre/epistre2.htm
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/epistre/index.html
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予言集第一序文・全訳
PREFACE DE M. MICHEL NOSTRADAMVS à ses Propheties
1Ad Cæsarem Nostradamum filium,
VIE ET FELICITE.
予言集に寄せたるミシェル・ノストラダムスの序文
1555年3月1日
息子カエサル・ノストラダムスへ
生命と幸福を
1. わが息子セザール・ド・ノートルダムよ、おまえの遅い到来は、私をして夜通しでの作業に専念せしめた。
それは、神が星辰の転回を通じて私に知らせてくれた人類共通の利益となるものを、書き物によって明らかにすることをもって、お前の父祖の肉体的消滅の後の土産とすべく行ったものである。
2. お前は不死なる神に気に入られてこの広大な世界に光を享けたが、マルスの月が重なっただけの年齢を自分で語ることも出来ないのだから、その年齢の虚弱な理解力では、わが生涯の後に終わらせざるを得ない物事を受け止めることは出来ない。
3.(だが)時間が破壊し去ってしまうであろう物事を書き物によってお前に残してやることは可能であることに鑑みたのである。
4.(時間が破壊し去ってしまうというのは)父祖伝来の隠された予言の言葉が私の腹の中にとどめおかれるからだ。
5. 人間の終わりの到来は不確かなことであり、全ては不滅なる神の御力によって支配・統御されていることを考慮しつつ、私は、バッコス的恍惚によってでもなく、狂気によってでもなく、ただ星辰の断ずるところによってのみ霊感を享けているのである。「神の精髄と予言の息吹とにかき立てられた存在のみが、特別な物事を予言できるのである」。(3)
6. いつからのことになるだろうか、私は何度も神の御力や霊感が下ることで、特定の地域に起こることをかなり前もって予言していた。
その一方で、世界中で起こることになる幸福なことや不幸なことを、ことが起こるほんの少し前に予言していたこともある。
7. 現在の出来事の大部分だけでなく、未来の出来事の大部分もまた、何者をも傷つけることがないようにと、私は沈黙し放置したかった。
なぜなら体制も党派も宗教も、現在の視点で見れば正反対のものに変化するだろうから。
そしてまた、王国の人々や、党派、宗教、信仰の人々が、彼らの聞き及んでいた幻想に到底一致しえないと考えるであろう未来を私が語ったならば、今後数世紀にわたって人々が目撃するであろうものを打ち棄ててしまうのだろう。
8. そして真の救い主の次の句も考慮したのである。
「聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるだろう」。
私が民衆に語り掛けることも、紙にペンを走らせることもやめたのは、このためである。
9. そして私は、未来の出来事も喫緊の出来事も私が見たものも(すべて)、曖昧模糊とした詩句によって共通の出来事のために語るべしと、自らに枷をはめることを企図したのである。繊細な耳を憤慨させる来るべきいくつかの変転をはじめとするあらゆる物事は、全くの予言的なるものよりも適した形態の下で書かれるのである。
10.「汝はこれらのことを賢者や慎重な者、つまりは権力者や王たちには隠し、小さき人々や貧しき人々」
そして預言者たち「に明らかにした」のだから。
11. (預言者たちは)不死なる神や善き天使たちを通じて予言の精髄を受け取り、それによって遠く離れた物事や未来の出来事を見たのである。
というのは、神なくしては何事も達しえないからである。
12. 臣民に対する神の御力と好意はきわめて大きいものであり、彼らが彼ら自身の内にとどまっているときには、ときには善き天使たちに由来する類似したもののために惹き起こされる別の効能もあるにしても、予言の熱と権能が我々に近づいてくるのである。
あたかも元素から成り立つものにも成り立たないものにもその影響を届けてくれる太陽の光が、我々のところに近づくように。
13. 我々人間についていえば、生来の知識や気質では、造物主たる神の難解な秘密は認識することが出来ないのである。
「時期も時間も我々の知るところではないのだから」。
14. そうは言っても、過去に関してと同様に未来に関しても、神が判断占星術に一致する幾許かの秘密を幻像によってお示しになりたいとお考えになった人物が現在にも現れるのかもしれないし、存在しているのかもしれない。
そして、神からのいくらかの能力や意志力は炎の揺らめきの形をとって現れるのだし、それ(炎)に触発されて、人は神の霊感と人の霊感を判断するに至るのである。
15. というのは、神が総じて絶対的なものである作品をお作りになったからである。
中庸のものは中間にあり、天使たちが作ったのである。
そして三番目(のもの)は悪魔たち(が作ったもの)である。
16. ところでわが息子よ、私はここで少々あいまいに語っている。
17. しかし、隠された予言についていえば、それは火の繊細なエスプリによって受け止められたものなのである。
その火は、時には星々の最も高いところを熟視することに没頭している理解力を揺さぶるので、私は先語りに驚かされるのである。
私は不敬な饒舌に侵されているわけでは全くないし、何も恐れることなく先語りしながら執筆しているのである。だが何を(先語りすると言うのか)? 
全ては永遠の大神の御力からと、全き恩寵が生み出すものとから生じているのである。
18.さらにわが息子よ、私は(今までの文章に)預言者の名称を挿入してきたが、自分をこの崇高な尊称に列したいとは今のところ考えていない。というのは、「今日『預言者』と呼ばれる者はかつては『先見者』としか呼ばれていなかった」(1)からである。
つまり我が息子よ、預言者とは正確には被造物そのものに生来備わっている認識で遠くの物事を見る者なのである。
19. そして預言者には、預言の完全な光によって、人のものごとのように神のものごとがはっきりと啓示されるということも起こるのである。それは遠くまで広がっている預言の効力に鑑みても、通常は起こりえないことである。
20. というのは神の秘密は理解できないものだからである。
そして、生来の認識の広がりに含まれていて自由意志にもっとも近い起源であるところの顕示力は、それ自体の中では占いでも他の知識 ― つまりは空の窪みの下に含まれている隠秘の力 ― でも認識されることがない物事を出現させるのだ。同様にして、全き永遠が存在することは、その内で全ての時を見渡せるということなのである。
21.そして癲癇的な忘我の状態や星辰の運行によって、不可分の永遠性に通じることで、ものごとが認識されるのである。
22. お前によく分かってもらいたいのだが、私はお前の幼い脳にこの方法の認識を刷り込むことが出来ないとはいわないし、遠く離れた未来の出来事が理性ある被造物に知りえないとも言わない。
しかしながら、仮に知的な魂が知りうるのだとしても、現在の物事も未来の物事も、そのものに隠されすぎているということもなければ明らかになりすぎているということもないのだ。
23. しかし、予言的霊感そのものがまず何よりも造物主たる神の発動原理を受け止め、次いで幸運と自然(1)(のそれぞれの発動原理)を受け止めることに鑑みれば、ものごとの完全な認識は、神に由来する霊感なしには得られないものである。
24. それゆえに任意の物事が無差別に起ころうと起こるまいと、予兆は予言されたとおりに部分的に実現するのである。
25. というのは、知的に創られた理解力は、幽かな炎を通じて裾で生まれる声に拠らなければ、どのような部分からであれ、来るべき未来を神秘的に見ることが出来ないからである。
26. だから我が息子よ、肉体を干からびさせ、魂を失わせ、弱い感覚をかき乱す夢想や空虚なものに、お前の理解力を使うことは決してしないでほしい。
それはかつて聖書や神の規範によって排斥された忌まわしき魔術についても同じことである
27. ただし、判断占星術の判断は例外である。
我々はそれ(判断占星術)、霊感、神の啓示、継続的な徹夜、諸算定などによって、予言集をまとめ上げたのだから。
28. 隠秘哲学が排斥されている以上、たとえ長い間隠されていた何巻かの文献が私の手許にあったとしても、私はその度の外れた教えを提示したいとは思わなかった。しかし私はそれがもたらすものに憂えて、読んだ後にウルカヌスに捧げたのである。それらが燃え尽きるまでに、空気をなめる炎は自然の炎よりも明るく、あたかも稲妻の輝きのような異常な明るさを放ち、突然に家を照らし、まるで大火災が起こったかのごとくであった。
29. おまえがいずれ月や太陽の全き変化の研究であるとか、地中や伏流の朽ちない金属の研究などに惑わされないようにと、私はそれらの文献を灰にしたのである。
30. さて、天の判断が完成させる判断についても、お前に説明しておきたい。
人が未来の物事を認識できるのは天の判断による。その未来の出来事は、起こるべきことが遠くに幻想的な像として投影されているものである。
そして、超自然的な神から来る霊感によって、(それが起こる)場所の特徴を特定でき、さらには神の御威徳、御力、権能と隠された特性によって、天空の表徴と一致する範囲で、場所だけでなく一部の時までもが特定できるのである。そして、神にとっては、その永遠性の中に三つの時を包含しているのである。それは過去の物事、現在、未来を含む、時の転回である。
「すべての物事は裸であり、発見されているのである」
云々。
31. 以上によってわが息子よ、お前の脳は稚いけれども、起こるべき物事が夜天の自然の光と予言のエスプリとによって予言されうるということは、理解できるであろう。
32. 私は啓示された霊感によって(予言をして)いるが、自らを預言者の名前や役割に帰属させることは望まない。
33. さて、一週間を通じて時々予言に驚かされ、夜中の研究に甘美な香りを与えてくれる長い算定に没頭しつつ、私はこの百篇ごとの天文学(占星術)的な四行詩からなる予言の書を構成したのである。私はそれを少々曖昧な形でつなぎ合わせることを望んだが、それは現在から3797年までの永続的な予言なのである。
34. かくも長い(予言範囲の)拡張に眉をひそめる人々もいるだろう。
しかし、月の窪みの下の至る所で(予言した通りの)事件が起こって認識されるであろうし、それによって全地上であまねく理解されるのだ、わが息子よ。
35. もしおまえが成人まで生きていられるのなら、お前が生まれた固有の空での緯度のもとで、未来の事件が起こるのを見るだろう。
36. 唯一、永遠の神のみがご自身から発する光の永続性を認識しておられるのだ。
37. そして、私は(お前に)率直に言っておく。測り知れない無窮の偉大さから、長い憂鬱質の霊感によってこの人に啓示したいと思ってもらえた人々には、予言する霊感の理解力を形成する2つの原理のうちの1つが、神の力によって示された隠された物事を通じて注がれているのである。超自然的な光は、天体の学説(5)によって予言する人や、下った霊感によって予言する人を明るくするのである。
38. その霊感は神の永遠性から分け与えられたものである。
これによって預言者は、その神々しいエスプリが神に由来するものなのか、自然の直感に由来するものなのかを判断したのである。
39. つまりは予言した物事は真実であり、天上に起源を持つのである。
そして、この光や幽かな炎は全くもって有能にして崇高なのである。
このことは、自然の光や自然の明かりによって、哲学者たちが第一の原因の諸原理に関して推論を重ねつつ確信し、最も崇高な学説の最奥部に到達したことと同様である。
40.さてわが息子よ、(以上の話を)終えるに当たって、お前の知覚の将来の許容量のためにあまり深入りした寄り道はしないでおく。
(次に)私は文芸が非常に大きく比類のない損失に見舞われるであろうことを見出す。
41. 同様にして浸水の前後には、いくつかの国で雨が非常に少ないものとなり、空から多量の火や白熱した石が降ってくるだろう。
それらが焼き尽くすので何も残らないだろう。それは最後の大動乱に先立ち、短期的に起こるのである。
42.というのは、火星がその周期を完成するからであり、その直近の区切りの最後に、火星が再び巡ってくるだろう。
しかし、あるものたちは数年間宝瓶宮にとどまり、別のものたちは巨蟹宮に一層長く継続的にとどまるだろう。
43. そして現在、我々は永遠なる神の全き御力によって、月に支配されている。
その全周期が完成する前に太陽が来るであろうし、その次には土星が来るであろう。
44. というのは、天の徴に従えば、土星の支配は戻り来るからだ。
45. 私がこれを書いている現在は、その時点の177年3ヶ月11日前に当たるのだが、その時点(177年3ヶ月11日後)と予め定めた時との間で前後に何度も起こるペスト、長期の飢餓、戦争、さらには浸水によって、人々は非常に減少するだろう。そして、耕地を耕したいと望む人を見ることもなくなるであろうほどに人がほとんどいなくなり、田野は人々が使役してきたのと同じくらいに長い間、自由になるだろう(4)。
46. そして天の目に見える判断では、我々は全てを完成する第7千年紀にいるのであるが、第8(千年紀)に近づいているのである。
それは、高さの次元でいうと第8天であり、永遠の大神が変革しに来るであろう時期であり、天空のイメージが動きに戻る時期である。その超越的な動きは我々を安定した堅い大地に戻すだろう(5)。「いつの時代にも傾くことはない」(6)のである。神がそれを望まない限りは。
47.(以上は)あらゆる自然の理性を超えた曖昧な意見やムハンマド的な夢想によるものではあるけれども。
48. 同様に、時として、造物主たる神は使者である火を介して伝道的な炎の中で、我々の眼と同様に外部の感覚に向けて、未来の予言の諸原因をお示しになったのである。その諸原因は、未来の出来事の徴となるものであり、予言をする人に示されなければならないものである。
49. というのは、外部の光から生み出される予兆は、内部の光によってまたそれとともに、分かちがたく結びついているのである。
50. 理解力の目によって本当に(未来を)見通せるらしい(魂の)一部分は、想像力豊かな感覚の病変によってそれが可能になる以上、理由は極めて明白である。神から来る霊感や、預言と結びついて予言を行う人に霊感を下す天使によって、全ては予言されるからである。それらのものは、彼(予言をする人)を輝かせに来て、夜の様々な出現や昼の確信によって、彼の想像力を掻き立てるのである。そして彼は自由な真情としか結びついていない神聖な未来の予言と結びついて、天文学的管理によって予言を行うのである。
51. わが息子よ、今このときに理解しに来たれ。
啓示された霊感に一致する我が転回によって見出した物事、つまりは死の剣が我々に今このときに迫ってくることを。
それは、ペストや、(過去)3世代にあったものよりも酷い戦争や、飢饉の形をとるのである。この剣が地上に振り下ろされるだろうし、しばしば戻り来るだろう。
52. というのは、星々が変革に一致しているからである。
さらに(神は)宣う。
「私は彼らの不正に鉄の鞭を持って訪れ、そしてそれら(彼らの不正)を私自らの打擲でもって打ち据えるであろう」。
というのは、私の予言の大部分が成就し実現していくであろう時には、主の御慈悲は全く広がらないであろうから。
53. そして、不吉な嵐の中で主は宣うだろう。
「私は彼らを痛めつけ、砕き、憐れみは持たない」
54.そして、洪水や継続的な雨によって他の千の(=無数の)事件が起こるだろう。
このことは、私が場所、時期、予め定められた期限を区切って、「拘束のない文体で」詳しく私の他の予言の中に書いた通りである。
(その期限のときに)人類は、私が他の予言の中でより明解に示したとおりの出来事が誤りなく起こることを認識しつつ、我々の後に起こることを見るであろう。その理解は雲に包まれてはいるけれども「無知が啓蒙されたときに」物事は明白になるのである。
「わたしはそれらのことについても長々と、"その間に啓示がつけ加えられるたびに"一〇〇篇の詩で場所を正確に示し、日付や時刻まで定めて叙述してきた」(ルゾー[1986]p.274)。この完全な誤訳を元に改悪したのが加治木氏である。彼の訳ではこうなっている。「私は月日と時まで決定して〔サンチュリ〕で述べておく」(加治木[1990]p.41)。既に述べたが原文を見渡せば明らかな通り、ノストラダムスは第一序文の中で一度として「サンチュリ」という言葉を使っていない。加治木氏はこの捏造した部分を大義名分に掲げ、百詩篇の中には時を表す暗号が隠されていると解釈したが、誤訳を飛躍させただけの妄想にすぎない。
55. 我が息子よ、終わりに当たって、お前の父 M. ノストラダムスのこの贈り物を受け取ってほしい。
ここに含まれているそれぞれの予言四行詩をお前に明かしてやれる(日が来る)ことを望みつつ。
そして不死なる神にどうかお前が素晴らしく栄えた幸福の内にその長い人生を送れますように、と祈りつつ。
サロン、1555年3月1日。

ノストラダムス雑記帳
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14670000 応仁の乱
14670000 応仁の乱などを経て,世は群雄割拠の時代に突入>>戦国時代
15000000 西暦1500年 世界の人口=約5億人
15110000 永正8年(1511年),富士山噴火。
15310000 御湯上日記・陰陽頭の日記,ハレー彗星接近, 古天文
15430000 ニコラウス・コペルニクスの地動説(『天球の回転について』1543年)
15490000 ノストラダムス,暦書として1549年頃より1567年まで毎年刊行していたカレンダーに予言を載せていた
15500000 [予言,ヒルデガルト] >>予言から400年後,宗教改革によってプロテスタント教会が誕生
15500000 16世紀 チコ・ブラーエの肉眼での惑星の観測,チコの彗星・超新星の観測
15500000 16世紀 ブルーノの宇宙原理(夜空の無数の星は太陽と同じ星)
15500000 ノストラダムスは16世紀のフランスで活躍した医者
15500000 当時の医者は病気を占星術で判断するなどしていたため、未来を占うこと―すなわち予言などにも通じていた
15600000 ノストラダムス予言詩,諸世紀:この「予言集」全10巻942編のほかにもあちこちに予言を残していた
15600000 ノストラダムス予言詩,諸世紀:構想はキリスト教徒の異端審問の追求から逃走していた何年かの時期ではないか
15610000 [予言,ノストラダムス] 予言詩,諸世紀:原典に掲載された時期的に最も古い予言は1561年の事件,第1章35番「アンリ王の槍試合による非業の最後」
15660000 [予言,ノストラダムス] アンリ王の最後,彼の存命中に実現したため有名になった
15660000 [予言,ノストラダムス] アンリ王の槍試合による非業の最後
15660000 [予言,ノストラダムス] イタリアの近くで皇帝が生まれる 1巻60番,>>後世においてナポレオンの予言とされる
15660000 [予言,ノストラダムス] クレジット会社の到来と姦通の流行,第8章14番,
15660000 [予言,ノストラダムス] スターリンの虐殺が1千万単位で 10章47番
15660000 [予言,ノストラダムス] パスツールの偉業,細菌の発見 1章25番
15660000 [予言,ノストラダムス] 月世界征服 4章31番
15660000 [予言,ノストラダムス] 現代イスラエル付近の状況<パレスチナ紛争> 5章62番
15660000 [予言,ノストラダムス] 昭和天皇治世下の日本の運命, 4章29番
15660000 [予言,ノストラダムス] 非常に切望されつつもヨーロッパの中に戻らず,登場するのはアジアだろう
15660000 [予言,ノストラダムス] 北に住む強者たち彼は赤と白との軍を従えてやがてバビロン王に立ち向かわんとす
15660000 [予言,ノストラダムス] 予言詩,諸世紀:1989年8月‘共産主義国家ポーランドの崩壊’から‘審判の時期’へと入っている
15660000 [予言,ノストラダムス] 予言詩,諸世紀:主要部分は1789年7月「フランス革命」から1989年7月〔アメリカの月世界征服から20年経過後〕までの200年
15660000 「シックスティーンの性技」と民主主義 2章69番 ストラダムス
15660000 ノストラダムス予言詩,彼の予言には地震,疫病,水害や戦争,当時の情勢ならばいつどこで発生してもおかしくない
15660000 ノストラダムス予言詩,予言集は解釈者の主観や信望によって訳した内容が全く異なってしまうように出来ている
15660000 ノストラダムス予言詩,諸世紀:「諸世紀」(仏:Les Siècles)
15660000 ノストラダムス予言詩,諸世紀:書かれた時期は16世紀,死亡する1566年以前のある時期,4年間ぐらいの間とされる
15660000 ノストラダムス予言詩,諸世紀:全10巻で各巻共に100編の予言が収録,7巻のみが42編収録,
15660000 ノストラダムス予言詩,諸世紀:総計942編
15660000 患者に作用する固有の音の周波数を設定するとその音波はガンを殺す。ガンの毒は体から消えるだろう ノストラダムス
15680600 ノストラダムス予言詩,諸世紀:後書きによれば1558年6月脱稿となっている 五島勉著「大予言」
15730000 1573年,信長が将軍である足利義昭を追放して室町幕府は幕を閉じます
15730000 安土桃山時代(1573年〜1603年)
15820000 本能寺の変,織田家中での勢力争いをものにした秀吉が国内を手中に収めます
15820000 本能寺の変,台頭した織田信長は1582年に本能寺の変で明智光秀の謀反によって討たれた
15820000 本能寺の変,明智光秀は羽柴秀吉に即座に討たれまた
15850000 1585年から2年ほどの間に立て続けに起きた慶長伊予地震>>慶長豊後地震>>慶長伏見地震
15850000 慶長伊予地震>>慶長豊後地震>>慶長伏見地震の3地震は連動した可能性があるとも考えられている
15860118 天正地震:M8クラスの地震が3つ以上同じ日に立て続けに発生した可能性も考えられていて,余震が1年以上も続いたという巨大な内陸地震
15860118 天正地震:慶長伏見地震の10年前の1586年1月18日に起きた天正地震はM8またはそれ以上の巨大な内陸地震だった
16000000 オランダの最盛期(1600年〜1675年,東インド会社設立〜クロムウェルとの戦争) ヒルファディング
16000000 英国,東インド会社を設立
16000000 江戸のものづくり文化は鉱物をとりつくし困窮した結果生まれた文化。
16000000 江戸の人口は約100万人。
16000000 江戸を訪問した外国人「江戸町民はよく笑うな。」。
16000000 秀吉死後,徳川家康に取って代わられます
16030000 1603年に征夷大将軍となった家康
16030000 江戸時代,日本を手中に収めた徳川家康は江戸を中心として政治の仕組みを整えます
16030000 江戸時代(1603年〜1868年)
16050000 1605年の慶長大地震,1611年の慶長三陸地震:中央構造線上の大地震と南海トラフ巨大地震がセットで来た
16070000 ケプラー,惑星の運動の法則(楕円軌道・運動面積一定・平均距離と公転周期の関係)
16070000 土御門家の資料・ケプラーが観測,ハレー彗星接近, 古天文
16080000 1608年オランダで望遠鏡の発明
16090000 1609年ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で天体観測
16090000 17C初頭, ガリレオ・ガリレイが天の川の正体等の発見
16090000 17C初頭,ガリレオ・ガリレイが太陽黒点の再発見
16090000 17C初頭,ガリレオ・ガリレイが木星の4衛星・土星の環とその消滅
16100107 1610年1月7日,ガリレオ・ガリレイ,木星の第4衛星カリスト(Callisto) 発見
16100108 1610年1月8日,ガリレオ・ガリレイ,木星の第1衛星イオ(Io) 発見
16100313 1610年3月13日,ガリレオ・ガリレイ,木星の第2衛星エウロパ(Europa) 発見
16100313 1610年3月13日,ガリレオ・ガリレイ,木星の第3衛星ガニメデ発見
16100313 ガリレオ衛星は,地球以外の天体を公転していることが確認された最初の天体
16110000 1605年の慶長大地震,1611年の慶長三陸地震:中央構造線上の大地震と南海トラフ巨大地震がセットで来た
16110000 400年ほど前の慶長地震(一連の西日本の大地震の総称)のいくつかの大地震は中央構造線沿いに起きていた
16110000 キングジェームズ版聖書が完成。1611年。
16150000 完全に国内全体を手にしたのは1615年に大坂夏の陣で豊臣家を滅ぼしてから。
16160000 家康没,大坂夏の陣の翌年
16160000 織田・豊臣・徳川と三代がかりで築き上げた集大成が江戸時代 日刊デジタルクリエイターズ
16160000 先の二人の政治を振り返ってか,統治機構を整えた徳川は250年続く時代を築きました 日刊デジタルクリエイターズ
16160000 徳川の時代は織田の時代からほぼ地続き
16200000 ピューリタンが英国から北米に移住。
16290000 109代・明正天皇(1629−1643),女系天皇
16290000 109代・明正天皇(1629−1643),女系天皇
16320000 1632年ガリレオ地動説を大成
16400000 ピューリタン革命がおこる。
16450000 「マウンダー小氷河期」。1645年から1715年まで続いた。太陽無黒点期。
16490000 英国チャールズ1世が処刑される。清教徒革命,王政を廃し共和制へ
16500000 [太陽] 17世紀半ば頃から18世紀前半頃の間のマウンダー極小期,黒点がほとんど観測されなかった
16500000 [太陽] 17世紀半ば頃から18世紀前半頃の間のマウンダー極小期(Maunder Minimum)
16500000 [太陽] マウンダー極小期の時期,地球上では気温が急激に低下し欧州と北米でいわゆる小氷期(Little Ice Age)
16500001 世界に拡大した欧州植民国からの物資輸送で保険業務が発生,アムステルダム取引所設立
16500002 アムステルダム取引所は後の貨幣の世界市場のルーツ
16550000 江戸時代には天下の台所と呼ばれた大阪,1655(明暦元年)には66箇所もの各藩の蔵屋敷が建てられた
16550325 1655年3月25日,クリスティアーン・ホイヘンス,土星の第6衛星タイタン発見
16600000 英国で王政復活,チャールズ2世即位。
16660000 1666年ニュートン,万有引力の法則を考案
16660915 9月15日〜10月3日の20日間,水星から海王星までの8惑星が太陽を中心にする85.1度の扇型内に集中,
16711025 1671年10月25日,ジョヴァンニ・カッシーニ,土星の第8衛星イアペトゥス(Iapetus)発見
16720000 ヘベリウスとフラムスチードが観測,ハレー彗星接近, 古天文
16721223 1672年12月23日,ジョヴァンニ・カッシーニ,土星の第5衛星レア(Rhea)発見
16750000 オランダの最盛期末期,オランダの商船1.6万隻は欧州の商船の総数約2万隻の約8割 コルベール
16750001 オランダの最盛期(1600年〜1675年) ヒルファディング
16840321 1684年3月21日,ジョヴァンニ・カッシーニ,土星の第3衛星テティス(Tethys)発見
16870000 1687年ニュートン,「プリンキピア」出版
16880000 1688年〜1689年,英国で名誉革命と権利章典の交付。
16880000 英国で議会政治の定着
16970000 ハイチは1697年以降はフランス領サン・ドマングとなっていた。
17000000 ルーズベルト一族は1700年代からNYで銀行業経営。
17030000 江戸時代には天下の台所と呼ばれた大阪,1703年(元禄16年)には90箇所もの各藩の蔵屋敷が建てられた
17070000 イングランド,スコットランド合併。グレート・ブリテン連合王国が成立。
17070000 富士山,宝永四年(1707)に大爆発。
17071216 浅間山,東南の山腹4~5合目から大爆発。
17150000 「マウンダー小氷河期」終わる。
173870000 太陽系は第3の世(3/5)にはいる,マヤ暦
17430000 アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエ(1743年 - 1794年)
17550000 「第6の時」の期間は紀元前3115年〜1755年。4870年間。
17550000 「第7の時」の期間は1755年〜1999年6月5日。249年間。
17550300 第1太陽周期,1755年3月〜1766年6月,周期期間11.3年,
17550300 第1太陽周期,活動極大 (黒点相対数の最大値)86.5(1761年6月),活動極小 (黒点相対数の最小値) 11.2
17590000 乾隆24年,ハレー彗星接近, 古天文
17600000 1760年頃〜英国で産業革命がすすむ
17610600 第1太陽周期極大 (黒点相対数の最大値)86.5(1761年6月)
17620000 117代・後桜町天皇(1762−1770),女系天皇
17620000 117代・後桜町天皇(1762−1770),女系天皇
17660600 第2太陽周期,1766年6月〜1775年6月,周期期間9.0年,
17660600 第2太陽周期,活動極大 (黒点相対数の最大値)115.8(1769年9月),活動極小 (黒点相対数の最小値)7.2
17690900 第2太陽周期活動極大 (黒点相対数の最大値)115.8(1769年9月),
17740000 ラヴォアジエ,質量保存の法則を発見。

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2018年10月06日

ノストラダムス予言集第一序文全訳, 訳注/違訳意訳批判

予言集第一序文・全訳
PREFACE DE M. MICHEL NOSTRADAMVS à ses Propheties
1Ad Cæsarem Nostradamum filium,
VIE ET FELICITE.
予言集に寄せたるミシェル・ノストラダムスの序文
1555年3月1日
息子カエサル・ノストラダムスへ
生命と幸福を
1. わが息子セザール・ド・ノートルダムよ、おまえの遅い到来は、私をして夜通しでの作業に専念せしめた。
それは、神が星辰の転回を通じて私に知らせてくれた人類共通の利益となるものを、書き物によって明らかにすることをもって、お前の父祖の肉体的消滅の後の土産とすべく行ったものである。
2. お前は不死なる神に気に入られてこの広大な世界に光を享けたが、マルスの月が重なっただけの年齢を自分で語ることも出来ないのだから、その年齢の虚弱な理解力では、わが生涯の後に終わらせざるを得ない物事を受け止めることは出来ない。
3.(だが)時間が破壊し去ってしまうであろう物事を書き物によってお前に残してやることは可能であることに鑑みたのである。
4.(時間が破壊し去ってしまうというのは)父祖伝来の隠された予言の言葉が私の腹の中にとどめおかれるからだ。
5. 人間の終わりの到来は不確かなことであり、全ては不滅なる神の御力によって支配・統御されていることを考慮しつつ、私は、バッコス的恍惚によってでもなく、狂気によってでもなく、ただ星辰の断ずるところによってのみ霊感を享けているのである。「神の精髄と予言の息吹とにかき立てられた存在のみが、特別な物事を予言できるのである」。 
6. いつからのことになるだろうか、私は何度も神の御力や霊感が下ることで、特定の地域に起こることをかなり前もって予言していた。
その一方で、世界中で起こることになる幸福なことや不幸なことを、ことが起こるほんの少し前に予言していたこともある。
7. 現在の出来事の大部分だけでなく、未来の出来事の大部分もまた、何者をも傷つけることがないようにと、私は沈黙し放置したかった。
なぜなら体制も党派も宗教も、現在の視点で見れば正反対のものに変化するだろうから。
そしてまた、王国の人々や、党派、宗教、信仰の人々が、彼らの聞き及んでいた幻想に到底一致しえないと考えるであろう未来を私が語ったならば、今後数世紀にわたって人々が目撃するであろうものを打ち棄ててしまうのだろう。
8. そして真の救い主の次の句も考慮したのである。
「聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるだろう」。
私が民衆に語り掛けることも、紙にペンを走らせることもやめたのは、このためである。
9. そして私は、未来の出来事も喫緊の出来事も私が見たものも(すべて)、曖昧模糊とした詩句によって共通の出来事のために語るべしと、自らに枷をはめることを企図したのである。繊細な耳を憤慨させる来るべきいくつかの変転をはじめとするあらゆる物事は、全くの予言的なるものよりも適した形態の下で書かれるのである。
10.「汝はこれらのことを賢者や慎重な者、つまりは権力者や王たちには隠し、小さき人々や貧しき人々」
そして預言者たち「に明らかにした」のだから。
11. (預言者たちは)不死なる神や善き天使たちを通じて予言の精髄を受け取り、それによって遠く離れた物事や未来の出来事を見たのである。
というのは、神なくしては何事も達しえないからである。
12. 臣民に対する神の御力と好意はきわめて大きいものであり、彼らが彼ら自身の内にとどまっているときには、ときには善き天使たちに由来する類似したもののために惹き起こされる別の効能もあるにしても、予言の熱と権能が我々に近づいてくるのである。
あたかも元素から成り立つものにも成り立たないものにもその影響を届けてくれる太陽の光が、我々のところに近づくように。
13. 我々人間についていえば、生来の知識や気質では、造物主たる神の難解な秘密は認識することが出来ないのである。
「時期も時間も我々の知るところではないのだから」。
14. そうは言っても、過去に関してと同様に未来に関しても、神が判断占星術に一致する幾許かの秘密を幻像によってお示しになりたいとお考えになった人物が現在にも現れるのかもしれないし、存在しているのかもしれない。
そして、神からのいくらかの能力や意志力は炎の揺らめきの形をとって現れるのだし、それ(炎)に触発されて、人は神の霊感と人の霊感を判断するに至るのである。
15. というのは、神が総じて絶対的なものである作品をお作りになったからである。
中庸のものは中間にあり、天使たちが作ったのである。
そして三番目(のもの)は悪魔たち(が作ったもの)である。
16. ところでわが息子よ、私はここで少々あいまいに語っている。
17. しかし、隠された予言についていえば、それは火の繊細なエスプリによって受け止められたものなのである。
その火は、時には星々の最も高いところを熟視することに没頭している理解力を揺さぶるので、私は先語りに驚かされるのである。
私は不敬な饒舌に侵されているわけでは全くないし、何も恐れることなく先語りしながら執筆しているのである。だが何を(先語りすると言うのか)? 
全ては永遠の大神の御力からと、全き恩寵が生み出すものとから生じているのである。
18.さらにわが息子よ、私は(今までの文章に)預言者の名称を挿入してきたが、自分をこの崇高な尊称に列したいとは今のところ考えていない。というのは、「今日『預言者』と呼ばれる者はかつては『先見者』としか呼ばれていなかった」(1)からである。
つまり我が息子よ、預言者とは正確には被造物そのものに生来備わっている認識で遠くの物事を見る者なのである。
19. そして預言者には、預言の完全な光によって、人のものごとのように神のものごとがはっきりと啓示されるということも起こるのである。それは遠くまで広がっている預言の効力に鑑みても、通常は起こりえないことである。
20. というのは神の秘密は理解できないものだからである。
そして、生来の認識の広がりに含まれていて自由意志にもっとも近い起源であるところの顕示力(1)は、それ自体の中では占いでも他の知識 ― つまりは空の窪みの下に含まれている隠秘の力 ― でも認識されることがない物事を出現させるのだ。同様にして、全き永遠が存在することは、その内で全ての時を見渡せるということなのである。
21.そして癲癇的な忘我の状態や星辰の運行によって、不可分の永遠性に通じることで、ものごとが認識されるのである。
22. お前によく分かってもらいたいのだが、私はお前の幼い脳にこの方法の認識を刷り込むことが出来ないとはいわないし、遠く離れた未来の出来事が理性ある被造物に知りえないとも言わない。
しかしながら、仮に知的な魂が知りうるのだとしても、現在の物事も未来の物事も、そのものに隠されすぎているということもなければ明らかになりすぎているということもないのだ。
23. しかし、予言的霊感そのものがまず何よりも造物主たる神の発動原理を受け止め、次いで幸運と自然(1)(のそれぞれの発動原理)を受け止めることに鑑みれば、ものごとの完全な認識は、神に由来する霊感なしには得られないものである。
24. それゆえに任意の物事が無差別に起ころうと起こるまいと、予兆は予言されたとおりに部分的に実現するのである。
25. というのは、知的に創られた理解力は、幽かな炎を通じて裾で生まれる声に拠らなければ、どのような部分からであれ、来るべき未来を神秘的に見ることが出来ないからである。
26. だから我が息子よ、肉体を干からびさせ、魂を失わせ、弱い感覚をかき乱す夢想や空虚なものに、お前の理解力を使うことは決してしないでほしい。
それはかつて聖書や神の規範によって排斥された忌まわしき魔術についても同じことである
27. ただし、判断占星術の判断は例外である。
我々はそれ(判断占星術)、霊感、神の啓示、継続的な徹夜、諸算定などによって、予言集をまとめ上げたのだから。
28. 隠秘哲学が排斥されている以上、たとえ長い間隠されていた何巻かの文献が私の手許にあったとしても、私はその度の外れた教えを提示したいとは思わなかった。しかし私はそれがもたらすものに憂えて、読んだ後にウルカヌスに捧げたのである。それらが燃え尽きるまでに、空気をなめる炎は自然の炎よりも明るく、あたかも稲妻の輝きのような異常な明るさを放ち、突然に家を照らし、まるで大火災が起こったかのごとくであった。
29. おまえがいずれ月や太陽の全き変化の研究であるとか、地中や伏流の朽ちない金属の研究などに惑わされないようにと、私はそれらの文献を灰にしたのである。
30. さて、天の判断が完成させる判断についても、お前に説明しておきたい。
人が未来の物事を認識できるのは天の判断による。その未来の出来事は、起こるべきことが遠くに幻想的な像として投影されているものである。
そして、超自然的な神から来る霊感によって、(それが起こる)場所の特徴を特定でき、さらには神の御威徳、御力、権能と隠された特性によって、天空の表徴と一致する範囲で、場所だけでなく一部の時までもが特定できるのである。そして、神にとっては、その永遠性の中に三つの時を包含しているのである。それは過去の物事、現在、未来を含む、時の転回である。
「すべての物事は裸であり、発見されているのである」
云々。
31. 以上によってわが息子よ、お前の脳は稚いけれども、起こるべき物事が夜天の自然の光と予言のエスプリとによって予言されうるということは、理解できるであろう。
32. 私は啓示された霊感によって(予言をして)いるが、自らを預言者の名前や役割に帰属させることは望まない。
33. さて、一週間を通じて時々予言に驚かされ、夜中の研究に甘美な香りを与えてくれる長い算定に没頭しつつ、私はこの百篇ごとの天文学(占星術)的な四行詩からなる予言の書を構成したのである。私はそれを少々曖昧な形でつなぎ合わせることを望んだが、それは現在から3797年までの永続的な予言なのである。
34. かくも長い(予言範囲の)拡張に眉をひそめる人々もいるだろう。
しかし、月の窪みの下の至る所で(予言した通りの)事件が起こって認識されるであろうし、それによって全地上であまねく理解されるのだ、わが息子よ。
35. もしおまえが成人まで生きていられるのなら、お前が生まれた固有の空での緯度のもとで、未来の事件が起こるのを見るだろう。
36. 唯一、永遠の神のみがご自身から発する光の永続性を認識しておられるのだ。
37. そして、私は(お前に)率直に言っておく。測り知れない無窮の偉大さから、長い憂鬱質の霊感によってこの人に啓示したいと思ってもらえた人々には、予言する霊感の理解力を形成する2つの原理のうちの1つが、神の力によって示された隠された物事を通じて注がれているのである。超自然的な光は、天体の学説(5)によって予言する人や、下った霊感によって予言する人を明るくするのである。
38. その霊感は神の永遠性から分け与えられたものである。
これによって預言者は、その神々しいエスプリが神に由来するものなのか、自然の直感に由来するものなのかを判断したのである。
39. つまりは予言した物事は真実であり、天上に起源を持つのである。
そして、この光や幽かな炎は全くもって有能にして崇高なのである。
このことは、自然の光や自然の明かりによって、哲学者たちが第一の原因の諸原理に関して推論を重ねつつ確信し、最も崇高な学説の最奥部に到達したことと同様である。
40.さてわが息子よ、(以上の話を)終えるに当たって、お前の知覚の将来の許容量のためにあまり深入りした寄り道はしないでおく。
(次に)私は文芸が非常に大きく比類のない損失に見舞われるであろうことを見出す。
41. 同様にして浸水の前後には、いくつかの国で雨が非常に少ないものとなり、空から多量の火や白熱した石が降ってくるだろう。
それらが焼き尽くすので何も残らないだろう。それは最後の大動乱に先立ち、短期的に起こるのである。
42.というのは、火星がその周期を完成するからであり、その直近の区切りの最後に、火星が再び巡ってくるだろう。
しかし、あるものたちは数年間宝瓶宮にとどまり、別のものたちは巨蟹宮に一層長く継続的にとどまるだろう。
43. そして現在、我々は永遠なる神の全き御力によって、月に支配されている。
その全周期が完成する前に太陽が来るであろうし、その次には土星が来るであろう。
44. というのは、天の徴に従えば、土星の支配は戻り来るからだ。
45. 私がこれを書いている現在は、その時点の177年3ヶ月11日前に当たるのだが、その時点(177年3ヶ月11日後)と予め定めた時との間で前後に何度も起こるペスト、長期の飢餓、戦争、さらには浸水によって、人々は非常に減少するだろう。そして、耕地を耕したいと望む人を見ることもなくなるであろうほどに人がほとんどいなくなり、田野は人々が使役してきたのと同じくらいに長い間、自由になるだろう(4)。
46. そして天の目に見える判断では、我々は全てを完成する第7千年紀にいるのであるが、第8(千年紀)に近づいているのである。
それは、高さの次元でいうと第8天であり、永遠の大神が変革しに来るであろう時期であり、天空のイメージが動きに戻る時期である。その超越的な動きは我々を安定した堅い大地に戻すだろう(5)。「いつの時代にも傾くことはない」(6)のである。神がそれを望まない限りは。
47.(以上は)あらゆる自然の理性を超えた曖昧な意見やムハンマド的な夢想によるものではあるけれども。
48. 同様に、時として、造物主たる神は使者である火を介して伝道的な炎の中で、我々の眼と同様に外部の感覚に向けて、未来の予言の諸原因をお示しになったのである。その諸原因は、未来の出来事の徴となるものであり、予言をする人に示されなければならないものである。
49. というのは、外部の光から生み出される予兆は、内部の光によってまたそれとともに、分かちがたく結びついているのである。
50. 理解力の目によって本当に(未来を)見通せるらしい(魂の)一部分は、想像力豊かな感覚の病変によってそれが可能になる以上、理由は極めて明白である。神から来る霊感や、預言と結びついて予言を行う人に霊感を下す天使によって、全ては予言されるからである。それらのものは、彼(予言をする人)を輝かせに来て、夜の様々な出現や昼の確信によって、彼の想像力を掻き立てるのである。そして彼は自由な真情としか結びついていない神聖な未来の予言と結びついて、天文学的管理によって予言を行うのである。
51. わが息子よ、今このときに理解しに来たれ。
啓示された霊感に一致する我が転回によって見出した物事、つまりは死の剣が我々に今このときに迫ってくることを。
それは、ペストや、(過去)3世代にあったものよりも酷い戦争や、飢饉の形をとるのである。この剣が地上に振り下ろされるだろうし、しばしば戻り来るだろう。
52. というのは、星々が変革に一致しているからである。
さらに(神は)宣う。
「私は彼らの不正に鉄の鞭を持って訪れ、そしてそれら(彼らの不正)を私自らの打擲でもって打ち据えるであろう」。
というのは、私の予言の大部分が成就し実現していくであろう時には、主の御慈悲は全く広がらないであろうから。
53. そして、不吉な嵐の中で主は宣うだろう。
「私は彼らを痛めつけ、砕き、憐れみは持たない」
54.そして、洪水や継続的な雨によって他の千の(=無数の)事件が起こるだろう。
このことは、私が場所、時期、予め定められた期限を区切って、「拘束のない文体で」詳しく私の他の予言の中に書いた通りである。
(その期限のときに)人類は、私が他の予言の中でより明解に示したとおりの出来事が誤りなく起こることを認識しつつ、我々の後に起こることを見るであろう。その理解は雲に包まれてはいるけれども「無知が啓蒙されたときに」物事は明白になるのである。
「わたしはそれらのことについても長々と、"その間に啓示がつけ加えられるたびに"一〇〇篇の詩で場所を正確に示し、日付や時刻まで定めて叙述してきた」(ルゾー[1986]p.274)。この完全な誤訳を元に改悪したのが加治木氏である。彼の訳ではこうなっている。「私は月日と時まで決定して〔サンチュリ〕で述べておく」(加治木[1990]p.41)。既に述べたが原文を見渡せば明らかな通り、ノストラダムスは第一序文の中で一度として「サンチュリ」という言葉を使っていない。加治木氏はこの捏造した部分を大義名分に掲げ、百詩篇の中には時を表す暗号が隠されていると解釈したが、誤訳を飛躍させただけの妄想にすぎない。
55. 我が息子よ、終わりに当たって、お前の父 M. ノストラダムスのこの贈り物を受け取ってほしい。
ここに含まれているそれぞれの予言四行詩をお前に明かしてやれる(日が来る)ことを望みつつ。
そして不死なる神にどうかお前が素晴らしく栄えた幸福の内にその長い人生を送れますように、と祈りつつ。
サロン、1555年3月1日。

ノストラダムス雑記帳
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/sonota/preface.htm
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/biblio/autrebiblio.htm
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/




第8千年紀に近づいている現在(その時点の177年3ヶ月11日前)
v
その時点との間で前後に何度も起こるペスト,長期の飢餓,戦争,浸水によって人々は非常に減少
v
その時点(1732年,177年3ヶ月11日後)
全周期が完成する前に太陽が来るであろうし,その次には土星が来る
あるものたちは数年間宝瓶宮にとどまり,別のものたちは巨蟹宮に一層長く継続的にとどまる
火星が再び巡る
過去3世代にあったものよりも酷い戦争や、飢饉の形をとる
v
浸水,浸水の前後には、いくつかの国で雨が非常に少ないものとなり、空から多量の火や白熱した石が降ってくる
v
それらが焼き尽くすので何も残らないだろう。それは最後の大動乱に先立ち、短期的に起こる


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予言集第一序文・全訳
*【異文・語注】欄は原文の上付き数字に、【訳注】欄は訳文の上付き数字に、それぞれ対応している。
PREFACE DE M. MICHEL NOSTRADAMVS à ses Propheties
1Ad Cæsarem Nostradamum filium,
VIE ET FELICITE.
予言集に寄せたるミシェル・ノストラダムスの序文
息子カエサル・ノストラダムスへ
生命と幸福を(1)
【訳注】(1)一般には「長寿と幸福(を)」と意訳される。この意訳は、序文の締めくくり(第55節)にも適合している。
【コメント】この部分はタイトルに当たるものであり、バレスト版などはわざわざ節番号を当てていないが、ルペルチエ版はここから番号付けをはじめている。念のために申し添えておくと、二行目のセザールの綴りが「カエサレム・ノストラダムム」となっているのは格変化を起こしているためであって、ラテン語としては何の変哲もない綴りである。
1. 21TON TARD advenement, CESAR NOSTRADAME mon filz, m'a faict mettre mon long temps par continuelles vigilations nocturnes reserer(1)par escipt, toy delaisser memoire, apres la corporelle extinction de ton progeniteur, au commun profit des humains de ce que la Divine essence par Astronomiques revolutions m'ont donné congnoissance.
わが息子セザール・ド・ノートルダムよ、おまえの遅い到来(1)は、私をして夜通しでの作業に専念せしめた。それは、神が星辰の転回を通じて私に知らせてくれた人類共通の利益となるものを、書き物によって明らかにすることをもって、お前の父祖の肉体的消滅(2)の後の土産とすべく行ったものである。
【異文・語注】(1)reserer (1555, 1557U, 1557B) : referer (1568, 1589, 1610, 1627, 1653). reserer はラテン語の reserare に由来し、開く、開示するの意。
【訳注】(1)セザールの誕生が自分の晩年に当たること。(2)ノストラダムス自身の死を回りくどく表現したもの。
【コメント】ノストラダムスの誕生日は1503年12月14日、セザールの誕生日は1553年12月18日である。つまりセザールはノストラダムスが50歳のときの子であり、(30代でもうけた子は早世したと伝えられるので)待ち望んでやっと恵まれた男児であった。当時の平均寿命や世情を勘案すれば、早々と自分が死んだときのことを想定した行為に出ることはそうおかしなものではない。
2. 3 2Et depuis qu'il a pleu au Dieu immortel que tu ne sois venu en naturelle lumiere dans cette terrene plaige, & ne veulx dire tes ans, qui ne sont encores accompaignés, mais tes mois Martiaulx incapables à recepvoir dans ton debile entendement ce que ie seray contrainct apres mes jours definer:
お前は不死なる神に気に入られてこの広大な世界に光を享けたが、マルスの月が重なっただけの年齢を自分で語ることも出来ないのだから(1)、その年齢の虚弱な理解力では、わが生涯の後に終わらせざるを得ない物事を受け止めることは出来ない。
【訳注】(1)この書簡の日付は1555年3月1日であり、その時点でセザールが生まれてから迎えたマルスの月(3月)は「1554年3月」と「1555年3月」の2回だけである。「マルスの月が重なった」はそのことを表している。
【コメント】内容については4節で併せてコメントする。
3. 4veu qu'il n'est possible te laisser par escript ce que seroit par l'injure du temps obliteré:
(だが)時間が破壊し去ってしまうであろう物事を書き物によってお前に残してやることは可能であることに鑑みたのである。
4. car la parolle hereditaire de l'occulte prediction sera dans mon estomach intercluse:
(時間が破壊し去ってしまうというのは)父祖伝来の隠された予言の言葉(1)が私の腹の中にとどめおかれるからだ。
【訳注】(1)ここではとりあえず直訳したが、ブランダムールは「父祖伝来の予言の天賦」と釈義している。
【コメント】2節から4節まではひとまとめにした方が分かりやすいと思われるが、要するに「セザールはまだ幼く、おまけに予言の才能が自分の代で消えるから、書き物として伝えられることは遺しておく」といっているのである。ちなみに、エドガール・ルロワらの実証的な研究によって、ノストラダムスが何らかの密義を伝えてきた一族であるといった伝説は否定されている。
ここでノストラダムス自身がそうしたものを受け継いでいるかのように主張しているのは、彼なりのミスチフィカシオン(他人を煙に巻くこと)の一環であろう。後の顧客あての私信などでも同様の主張は見られる。興味深いのは、それがセザールとは無関係であると明言していることだ。これはおそらく自身のミスチフィカシオンによって、セザールにも何らかの秘密の口伝が受け継がれていると誤解された場合、セザールに異端の疑いがかかることを恐れたのではないだろうか。
5. 53considerant aussi les adventures de l'humain definement estre incertaines : & que le tout est regi & gouverné(1)par la puissance de Dieu inextimable, nous inspirant non par bacchante fureur, ne par lymphatique mouvement, mais par astronomiques assertions, 6Soli numine diuino afflari præsagiunt, & spiritu prophetico particularia.
人間の終わりの到来(1)は不確かなことであり、全ては不滅なる神の御力によって支配・統御されていることを考慮しつつ、私は、バッコス的恍惚(2)によってでもなく、狂気によってでもなく、ただ星辰の断ずるところによってのみ霊感を享けているのである。「神の精髄と予言の息吹とにかき立てられた存在のみが、特別な物事を予言できるのである」。(3)
【異文】(1)gouverné(ほとんどの版): guberné (1555), gouverne (1589). 後代の版やブランダムールの釈義を踏まえて校訂。
【訳注】(1)ブランダムールの釈義では「人生がいつ終わるかということ」。(2)バッコスは酒の神。バッコス的恍惚は、預言的な意味に捉えることも可能ではあるが、この場合は「酩酊状態」の隠喩であろう。(3)プトレマイオスの"Centiloque"からの引用。なお、この著書の実際の著者は10世紀イスラム世界の学者アフマド・イブン・ユスフであるという。
6. 74Combien que de longs temps par plusieurs fois j'aye predict long temps au-paravant ce que depuis est advenu & en particulieres regions, attribuant le tout estre faict par la vertu & inspiration divine & aultres felices & sinistres adventures de accelerée promptitude prenoncées, que despuis sont advenues par les climats du monde
いつからのことになるだろうか、私は何度も神の御力や霊感が下ることで、特定の地域に起こることをかなり前もって予言していた。その一方で、世界中で起こることになる幸福なことや不幸なことを、ことが起こるほんの少し前に予言していたこともある。
【コメント】要するに「いろいろ予言したが、かなり先を見通したこともあれば、ほんの少し先しか見通せなかったこともある」ということ。この節は、ノストラダムスのオリジナルではなく、ジロラモ・サヴォナローラ(1452年〜1498年)のラテン語文献『天啓大要(Compendium revelationum)』の初めの方の一節をフランス語に直して借用したもの。
以下、サヴォナローラからの借用というときは、全てこの文献を指す。なお、ノストラダムスが『天啓大要』を直接参照したかは分かっていない。この文献は1520年ころにまとめられた編者未詳の予言集
『ミラビリス・リベル』
に再録されており、ノストラダムスはそれを参照していたとも指摘されている。
7. 8aiant voulu taire & delaisser
(1) pour cause de l'injure, & non tant seulement du temps present, mais aussi de la plus grande part du futur, de mettre par escrit, 5pource que les regnes, sectes, & religions feront changes si opposites, voire au respect du present diametralement, 9que si je venois à reserer ce qu'à l'advenir sera, ceux de regne, secte, religion, & foy trouveroient si mal accordant à leur fantasie auriculaire, qu'ils viendroyent
(2) à damner ce que par les siecles advenir on cognoistra estre veu & apperceu :
現在の出来事の大部分だけでなく、未来の出来事の大部分もまた、何者をも傷つけることがないようにと、私は沈黙し放置したかった。
なぜなら体制も党派も宗教も、現在の視点で見れば正反対のものに変化するだろうから。
そしてまた、王国の人々や、党派、宗教、信仰の人々が、彼らの聞き及んでいた幻想に到底一致しえないと考えるであろう未来を私が語ったならば、今後数世紀にわたって人々が目撃するであろうものを打ち棄ててしまうのだろう。
【異文】
(1)delaisser (1589, 1610, 1627, 1653) : delaissé (1555, 1557U, 1557B, 1568). ブランダムールの校訂に従った。
(2)ils viendroient(ほとんどの版): il viendroent (1555)
【コメント】
この節を根拠にノストラダムスは未来の激変を的確に予言していた、と紹介されることがしばしばあるが、
この箇所は第6節に引き続いてサヴォナローラからそのまま借用されたものである。
8. 10Considerant aussi la sentence du vray Sauveur, Nolite sanctum dare canibus, nec mittatis margaritas ante porcos ne conculcent pedibus & conuersi dirumpant vos. Qui a esté la cause de faire retirer ma langue au populaire, & la plume au papier :
そして真の救い主(1)の次の句も考慮したのである。
「聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるだろう」(2)。
私が民衆に語り掛けることも、紙にペンを走らせることもやめたのは、このためである。
【訳注】
(1)いうまでもなくイエスのこと。
(2)新約聖書「マタイによる福音書」第7章6節。他の引用句と違い、ほぼ正確に引用されているため、上記訳文でもあえて聖書からそのまま引用させていただいた。
【コメント】
聖書からの引用句も含めて、この節もまたサヴォナローラからの借用である。
9. 116 puis me suis voulu extendre declarant pour le commun advenement par obstruses & perplexes sentences les causes(1) futures, mesmes les plus urgentes, & celles que j'ay apperceu, quelque humaine mutation que advienne(2) scandalizer l'auriculaire fragilité, & le tout escrit sous figure nubileuse, plus que du tout prophetique :
そして私は、未来の出来事も喫緊の出来事も私が見たものも(すべて)、曖昧模糊とした詩句によって共通の出来事のために(1)語るべしと、自らに枷をはめることを企図したのである。繊細な耳を憤慨させる(2)来るべきいくつかの変転をはじめとするあらゆる物事は、全くの予言的なるものよりも適した形態(3)の下で書かれるのである。
【異文・語注】
(1)ここでのcause(原因)は chose(物事)の意味。
この箇所に限らず、この序文中には同様の意味の cause が頻出し、いくつかは後の版で chose に書き換えられている。
ブランダムールは、ノストラダムスのこのような用例がイタリア語の còsa に由来すると推測している。
イタリア人サヴォナローラのイタリア語の影響の強いラテン語を翻訳・移入したことによるようである。
(2)advienne (1589, 1653) : advienne ne (1555, 1557U, 1557B, 1568, 1610, 1627). ブランダムールの校訂に従った。
【訳注】
(1)pour le commun advennement は高田訳(『ノストラダムスとルネサンス』所収)に従って「共通の出来事」と訳したが、ブランダムールの釈義はこの箇所を「全世界に向けて」と意訳している。そちらの方が文意の把握はしやすいと思われる。(2)第7節に登場した「彼らの聞き及んでいた〜」に対応すると思われる。要するに、「(当時の)人々には受け入れられない」ということ。(3)上に出てくる「曖昧模糊とした詩句」のこと。
【コメント】この節の冒頭までがサヴォナローラからの借用であり、これにつなげる形で詩で書くことについての釈明が展開されている。結果として、前節の「私が民衆に語り掛けることも、紙にペンを走らせることもやめた」と矛盾してしまっている。ゆえに前節には、「そのままの形で」といった言葉を補った方がよいように思う。なお、ルゾー本の訳ではこの部分の訳はこうなっている。
さらに人間の耳からの情報の頼りなさを暴露するという危険を冒したいわけではないが、いくばくかの変更がわたしの心のなかで起こり、わたしは短い詩篇のなかで自分のいいたいことをいうことにしたのである。それぞれが、ほかの詩篇とからみ合うように、そして、その意味を理解することは、ある一定の法則による厳格な障害によってはばまれることもあるであろう。全体は難解な表現のもとに編集され、あらゆることがひとつひとつこれらの予言にふさわしいものになっていくのである。
加治木氏はこの
「ほかの詩篇とからみ合うように」や「一定の法則」を重視したが(加治木[1990]p.82)、
上記の原文や拙訳を見て頂けば分かるように、それらの言葉は原文には全くなく、ルゾー本の訳者が勝手に付け加えたものに過ぎない。
10. 127combien que, Abscondisti haec à sapientibus, & prudentibus, id est potentibus & regibus, & enucleasti ea exiguis & tenuibus, & aux Prophetes:
「汝はこれらのことを賢者や慎重な者、つまりは権力者や王たちには隠し、小さき人々や貧しき人々」
そして預言者たち「に明らかにした」のだから(1)。
【訳注】
(1)「そのときイエスは声をあげて言われた、
『天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました」
(新約聖書「マタイによる福音書」第11章25節)。
【コメント】この引用句はサヴォナローラも引用している。
11. par le moyen de Dieu immortel, & des bons anges ont receu l'esprit de vaticination, par lequel ilz voyent les causes(1) loingtaines, & viennent à prevoir les futurs advenementz, 13car rien ne se peult parachever sans luy,
(預言者たちは)不死なる神や善き天使たちを通じて予言の精髄を受け取り、それによって遠く離れた物事や未来の出来事を見たのである。というのは、神なくしては何事も達しえないからである。
【異文】(1)causes (1555, 1557U, 1557B, 1589): choses (1568, 1610, 1627, 1653).
【コメント】ペトルス・クリニトゥス(1465年〜1507年)のラテン語文献
『栄えある学識について(De honesta disciplina)』(1504年)
をほぼそのまま訳出して借用している。
ただし、クリニトゥスの原著では「神々」となっているところを「(唯一の)神」に直すなどの修正を施している。
12. ausquelz si grande est la puissance & la bonté aux subjects que pendant qu'ilz demeurent en eulx, toutesfois aux autres effectz subjectz pour la similitude de la cause du bon genius, celle challeur & puissance vaticinatrice s'approche de nous: comme il nous advient des rayons du soleil, qui viennent getans leur influence aux corps elementaires, & non elementaires.
臣民に対する神の御力と好意はきわめて大きいものであり、彼らが彼ら自身の内にとどまっているときには(1)、ときには善き天使たちに由来する類似したもののために惹き起こされる別の効能もあるにしても、予言の熱と権能が我々に近づいてくるのである。
あたかも元素から成り立つものにも成り立たないものにもその影響を届けてくれる太陽の光が、我々のところに近づくように。
【訳注】
(1)高田・伊藤訳では2箇所の「彼ら」をともに臣民ととり、
「予言者が瞑想に沈潜しているあいだに」
と意訳している。ブランダムールは神が単数に直されたのに人称代名詞は複数のままであるとわざわざ注記しているので、
「神々が自らの内にとどまっている」または
「臣民が神々自身の内にとどまっている」と訳しているようである(?)。
【コメント】少々文意がつかみづらいが、予言に必要な霊感は基本的に神から下されることと、その中には天使から下されるものが混じっている場合があることが語られている。この節も引き続きクリニトゥスからの借用である。
13. 148Quant à nous qui sommes humains ne pouvons rien de nostre naturelle cognoissance, & inclination d'engin cognoistre des secets obstruses de Dieu le createur, Quia non est nostrum noscere tempora, nec momenta &c.
我々人間についていえば、生来の知識や気質では、造物主たる神の難解な秘密は認識することが出来ないのである。「時期も時間も我々の知るところではないのだから」(1)。
【訳注】(1)「彼らに言われた、『時期や場合は、父がご自分の権威によって定めておられるのであって、あなたがたの知る限りではない。」(新約聖書「使徒行伝」第1章7節)
【コメント】この節と次の節は、クリニトゥスからの借用を膨らませている。聖書からの引用句はクリニトゥスにはないものだが、『ミラビリス・リベル』の中では同じ箇所が引用されている。
14. 159Combien que aussi de present peuvent advenir & estre personnaiges que Dieu le createur aye voulu reveler par imaginatives impressions, quelques secretz de l'advenir accordes à l'astrologie judicielle, comme du passé, que certaine puissance & voluntaire faculté venoit par eulx, comme flambe de feu apparoir, que luy inspirant on venoit à juger les divines & humaines inspirations.
そうは言っても、過去に関してと同様に未来に関しても、神が判断占星術に一致する幾許かの秘密を幻像によってお示しになりたいとお考えになった人物が現在にも現れるのかもしれないし、存在しているのかもしれない。
そして、神からのいくらかの能力や意志力は炎の揺らめきの形をとって現れるのだし、それ(炎)に触発されて、人は神の霊感と人の霊感を判断するに至るのである。
【コメント】前節とこの節はクリニトゥスの以下の記述を膨らませている。
「神々のものと人々のものを判断できるようになる霊感のもとで、神々からの何らかの力が届き、炎の形をとって彼らに辿り着いてくれない限り、人は固有の知性では神々のものをなんら認識しえないのである」(ここではブランダムールが仏訳したものを訳出した)。
15. 16Car les œuvres divines, que totalement sont absoluës, Dieu les vient parachever: la moyenne qui est au milieu, les anges : la troisiesme, les mauvais.
というのは、神が総じて絶対的なものである作品をお作りになったからである。
中庸のものは中間にあり、天使たちが作ったのである。
そして三番目(のもの)は悪魔たち(が作ったもの)である。
【コメント】クリニトゥスからほぼそのまま借用されている。
例によって「神々」が「神」に変えられているが、他方で仏訳に当たり複数形にすべきla moyenne , la troisiesme がそれぞれ単数形なのは、ノストラダムスが構文をきちんと把握しないままにラテン語から直訳したためであると、ブランダムールは指摘している。そのためかどうか、文章自体は平易なのだが、私には前段との関連がよく分からない。
16. 1710Mais mon filz je te parle icy un peu trop obstrusement:
ところでわが息子よ、私はここで少々あいまいに語っている。
【コメント】ここでクリニトゥスからの借用が一段落する。
17. 18mais quant aux occultes vaticinations que lon vient à recevoir par le subtil esperit du feu, qui quelque foys par l'entendement agité contemplant le plus hault des astres, comme estant vigilant, mesmes que aux prononciations estant surprins escrits prononceant sans crainte moins attainct d'inverecunde loquacité : mais quoy ? tout procedoit de la puissance divine du grand Dieu eternel, de qui toute bonté procede.
しかし、隠された予言(1)についていえば、それは火の繊細なエスプリによって受け止められたものなのである。
その火は、時には星々の最も高いところを熟視すること(2)に没頭している理解力を揺さぶるので、私は先語り(3)に驚かされるのである。
私は不敬な饒舌(4)に侵されているわけでは全くないし、何も恐れることなく先語りしながら執筆しているのである。だが何を(先語りすると言うのか)? 
全ては永遠の大神の御力からと、全き恩寵が生み出すものとから生じているのである。
【訳注】(1)ブランダムールの釈義では「隠された予言(les occultes vaticinations)」は単なる「預言(les Prophéties)」となっている。(2)星が最も高いところまでのぼるのを見る、つまり夜通しで星を観察すること。(3)prononciation は現代フランス語の直訳では「発音」だが、ブランダムールはラテン語の語源に遡って「前もって告げること」の意味に解しているので、ここではそれに従い「先語り」の訳語を充てた(ブランダムールの釈義では「予言」と訳されている)。(4)よく分からない。悪魔憑きのことか。
【コメント】「隠された予言」はルゾー本の訳ではノストラダムスの予言の中の隠された意味にとっているが、文脈からしてもそうはとれない。この一文は要するに「火を通じて予言が下されるが、天体観測中にも自分に下って勝手に自分の口が予言を語るので、そのことに自分でも驚く」ということであろう。実際、そう捉えると次の文の「悪魔憑き(?)」でないことを釈明するくだりにすっきりとつながる。
この節は、加治木義博氏がノストラダムスの予言の発音に注意しろと書いてあると主張し、ダジャレとも評される氏の特異な解釈法の誕生に結びついたものであるので、その点について少し触れておきたい。加治木氏は明らかにルゾー本の訳に従っている。そこにはこうある。
わたしのいいたい主題に立ちもどるために、わたしはおまえにさらにもうひとつの種類の隠された予言があることを伝えておこう。
これはわれわれに直接やってきて、《炎の精神的実体》という詩的形態をとっているものである。
このときおりやってくることがらというものは天体の真実のより高度な思考に助けられて、この炎の精神的実体をわれわれが理解できるようになるのである。つまりそのとき、われわれの注意力はより細心のものとなり、とくに聴覚の知覚においては細心のものとなって、詩の文章に隠されているものを悟り、あらゆるつながりを知って驚くのである。
このルゾー本の訳と上記の原文・拙訳を見比べていただけば、ルゾー本はいくつかの単語だけをもとに訳者が勝手にそれらしい文章を捏造したに過ぎないことが明らかである(そもそも「聴覚」に当たる語が存在しない。おそらく"entendement"を誤訳したのだろう)。こんな珍訳をもとに解読法を導き出した加治木氏には御愁傷様というほかはない。もっとも氏の場合、古代日本史分析にしても現代国際政治分析にしてもダジャレを多用しているので(ブッシュは「武主」だとかパウエルは「派・植える」だとか主張している!)、遅かれ早かれダジャレ式ノストラダムス解読にたどり着いたのだろうという気はする
(予言解読をロールシャッハテストになぞらえた山本弘氏の指摘はここでも有効であろう)。
18. 1911Encores mon filz que j'aye inseré le nom de prophete, je ne me veux attribuer tiltre de si haulte sublimité pour le temps present : car qui propheta dicitur hodie, olim vocabatur videns : car prophete proprement mon fils est celuy qui voit choses loingtaines de la cognoissance naturelle de toute creature.
さらにわが息子よ、私は(今までの文章に)預言者の名称を挿入してきたが、自分をこの崇高な尊称に列したいとは今のところ考えていない。というのは、「今日『預言者』と呼ばれる者はかつては『先見者』としか呼ばれていなかった」(1)からである。
つまり我が息子よ、預言者とは正確には被造物そのものに生来備わっている認識で遠くの物事を見る者なのである。
【訳注】(1)「――昔イスラエルでは、神に問うために行く時には、こう言った、『さあ、われわれは先見者のところへ行こう』。今の預言者は、昔は先見者といわれていたのである」(旧約聖書「サムエル記・上」第9章9節)。
【コメント】サムエル記に登場する預言者観を敷衍したものであるが、この節全体はサヴォナローラによる敷衍をそのまま借用したものである。
19. 20Et cas advenant que le prophete moyennant la parfaicte lumiere de la prophetie luy appaire manifestement des choses divines, comme humaines : que ne se peult(1) faire, veu les effects de la future prediction s'estendant loing.
そして預言者には、預言の完全な光によって、人のものごとのように神のものごとがはっきりと啓示されるということも起こるのである。それは遠くまで広がっている預言の効力に鑑みても、通常は起こりえないことである。
【異文】(1)que ne se peut(ブランダムールの校訂): que ne ce peult (1555), que ce ne peut faire (1557U, 1557B, 1589), que ce ne se peut faire (1568, 1610, 1627, 1653)
【コメント】前節に引き続いてサヴォナローラからの借用。
20. 2112Car les secretz de Dieu sont incomprehensibles, & la vertu effectrice contingent de longue estendue de la cognoissance naturelle prenent son(1) plus prochain origine du liberal arbitre, faict aparoir les causes qui d'elles mesmes ne peuvent aquerir celle notice pour estre cognuës, ne par les humains augures, ne par aultre cognoissance ou vertu occulte comprinse soubz la concauité du ciel, mesme du faict present de la totale eternité, que vient en soy embrasser tout le temps.
というのは神の秘密は理解できないものだからである。
そして、生来の認識の広がりに含まれていて自由意志にもっとも近い起源であるところの顕示力(1)は、それ自体の中では占いでも他の知識 ― つまりは空の窪みの下に含まれている隠秘の力(2) ― でも認識されることがない物事を出現させるのだ。同様にして、全き永遠が存在することは、その内で全ての時を見渡せるということなのである。
【異文】(1)prenent son (1555) : prennent leur (1557U, 1557B, 1589), prenant leur (1568, 1610, 1627, 1653)
【訳注】(1)La vertu effectrice は何のことか分からない。とりあえずラメジャラーの英訳"manifesting power"に従って「顕示力」と訳した。
結果としてこの一文が示すものが私には理解できない。(2)「下界で認識できるオカルト」の意。
【コメント】この節までがサヴォナローラからの借用。
最後の一文は、永遠の存在である神は時制に縛られないので、現在、過去、未来のどの時点も見ることが出来る、ということ。
21. 22Mais moyennant quelque indivisible eternité par comitiale agitation Hiraclienne, les causes par le celeste mouvement sont cognuës.
そして癲癇的な忘我の状態や星辰の運行によって、不可分の永遠性に通じることで、ものごとが認識されるのである。
【コメント】癲癇の症状と予言を結びつける言説は、コルネリウス・アグリッパの『隠秘哲学』(1553年)にも登場する。
前節で述べた神の永遠性にアクセスする方法として、癲癇と占星術を挙げているのである(なお、癲癇とオカルトを結びつけることに不快感をもたれる方もいるかもしれないが、訳者には癲癇患者を差別する意図は全くない。時代状況等を斟酌した上で何卒御理解いただければ幸いである)。
22. 2313Je ne dis pas mon fils, affin que bien l'entendes, que la cognoissance de ceste matiere ne se peult encores imprimer dans ton debile cerveau, que les causes futures bien loingtaines ne soient à la cognoissance de la creature raisonnable : si sont nonobstant bonement la creature de l'ame intellectuelle des causes(1) presentes loingtaines, ne luy sont du tout ne trop occultes ne trop reserées :
お前によく分かってもらいたいのだが、私はお前の幼い脳にこの方法の認識を刷り込むことが出来ないとはいわないし、遠く離れた未来の出来事が理性ある被造物に知りえないとも言わない。
しかしながら、仮に知的な魂が知りうるのだとしても、現在の物事も未来の物事も、そのものに隠されすぎているということもなければ明らかになりすぎているということもないのだ。
【異文】causes (1555, 1557U, 1557B, 1589) : choses (1568, 1610, 1627, 1653)
【コメント】「知的な魂」といった認識にはスコラ学派の認識が投影されていると、ブランダムールは指摘している。
参考までに述べておくと、ノストラダムスの蔵書には、スコラ学派の大家ヨハネス・ドゥンス・スコトゥスの著書が含まれていたことが既に明らかになっている。
23. 2414mais la parfaicte des causes notices ne se peult acquerir sans celle divine inspiration : veu que toute inspiration prophetique reçoit prenant son principal principe mouvant de Dieu le createur, puis de l'heur, & de nature.
しかし、予言的霊感そのものがまず何よりも造物主たる神の発動原理を受け止め、次いで幸運と自然(1)(のそれぞれの発動原理)を受け止めることに鑑みれば、ものごとの完全な認識は、神に由来する霊感なしには得られないものである。
【訳注】
ブランダムールの釈義では「特質(caractère)のと本質(nature)の」
【コメント】この節と次の節はルゾー本ではこうなっている。
しかし神聖な霊感を用いる以外に決して獲得できないものが、その未来の要因についての知識である。
これは絶対的に霊感を必要とし、天地創造をした神の原則となっている最初の動因であり、占いの才能や学問的知識はのちになってから付加されるものなのである。しかしこの占いの才能や学問的知識というものは、いろいろな未来の要因を予知することに関して効果のないものというのではない。それらは先に述べた、三つのものを区別するために必要なのである。いつの場合も前兆は、規則的に予測された場所で起きているが、それはまたある全体の部分的なものにすぎないからである。(ルゾー[1986]p.267)
これを加治木氏は
「占星術やカバラなどの占いの知識や、科学的データ等を付け加えて作り上げた解釈はインチキで、私が隠した暗号を解く邪魔になる」
という意味だと拡大解釈した(加治木[1990]p.82)。
私には、「幸運(heur)」(「特質」)と「自然・性質(nature)」がどうやったら「占いの才能」と「学問的知識」と訳せるのかさっぱり分からないし、ルゾー本の訳に出てくる三つの要素云々に至っては原文にないものを大幅に付け加えているようにしか見えない。加治木氏はこの節を根拠にノストラダムスは占星術解釈を排除したと主張しているが、当然にして的外れな理解というべきであろう。
24. 25Parquoy estans les causes indifferentes, indifferetement produictes, & non produictes, le presaige partie advient, où a esté predit.
それゆえに任意の物事が無差別に起ころうと起こるまいと、予兆は予言されたとおりに部分的に実現するのである。
【コメント】この節はサヴォナローラからの要約的な借用。
25. 26Car l'entendement créé intellectuellement ne peult voir occultement, sinon par la voix faicte au lymbe moyennant la exigue flamme en quelle(1) partie les causes futures se viendront à incliner.
というのは、知的に創られた理解力は、幽かな炎を通じて裾で生まれる声に拠らなければ、どのような部分からであれ、来るべき未来を神秘的に見る(1)ことが出来ないからである。
【異文】
(1)quelle (1555, 1557U, 1589) : laquelle (1557B, 1568, 1610, 1627, 1653)
【訳注】
(1)「神秘的に見る」は直訳。高田・伊藤訳では「予知する」、ブランダムールの釈義でも同じ。
【コメント】
予言には「幽かな炎」「裾で生まれる声」の2つが必要だ、と述べている。このキーワードが百詩篇第1巻の冒頭の2篇に登場することはつとに知られている。
その出典はヤンブリコスの『エジプト秘儀論』であるが、ノストラダムスはむしろコルネリウス・アグリッパの『隠秘哲学』から孫引きした可能性が指摘されている。
26. 2715Et aussi mon filz je te supplie que jamais tu ne vueilles employer ton entendement à telles resveries & vanités qui seichent le corps & mettent à perdition l'ame, donnant trouble au foible sens : mesmes la vanité de la plus que execrable magie reprouvée jadis par les sacrées escriptures, & par les divins canons :
だから我が息子よ、肉体を干からびさせ、魂を失わせ、弱い感覚をかき乱す夢想や空虚なものに、お前の理解力を使うことは決してしないでほしい。それはかつて聖書や神の規範によって排斥された忌まわしき魔術についても同じことである
27. 2816au chef du-quel est exepté le jugement de l'astrologie judicielle : par laquelle & moyennant inspiration & revelation divine par continuelles supputations, avons nos propheties redigé par escript.
ただし、判断占星術の判断は例外である。我々はそれ(判断占星術)、霊感、神の啓示、継続的な徹夜、諸算定などによって、予言集をまとめ上げたのだから。
【コメント】ノストラダムスの重要な出典であるサヴォナローラは、占星術を未来予知に用いるべきではないと拒絶していた。この点については、ノストラダムスはむしろコルネリウス・アグリッパから影響されたのではないか、とブランダムールは指摘している。
なお、前述した加治木氏による
「ノストラダムスが占星術を使っていなかった」
という主張は、明らかにこの節の主張と矛盾する。
ノストラダムスは占星術を「判断占星術」と「俗流の占星術」に二分し、前者を評価する一方で後者を斥けていたというだけの話である。
28. 29Et combien que celle occulte Philosophie ne fusse reprouvée, n'ay onques volu presenter leurs effrenées persuasions: combien que plusieurs volumes qui ont estés cachés par longs siecles me sont estés manifestés. 30Mais doutant ce qui adviendroit en ay faict, apres la lecture, present à Vulcan, que pendant qu'il les venoit à devorer, la flamme leschant l'air rendoit une clarté insolite, plus claire que naturelle flamme, comme lumiere de feu d'eclystre(1) fulgurant, illuminant subit la maison, comme si elle fust esté en subite conflagration.
隠秘哲学が排斥されている以上(1)、たとえ長い間隠されていた何巻かの文献が私の手許にあったとしても、私はその度の外れた教えを提示したいとは思わなかった。しかし私はそれがもたらすものに憂えて、読んだ後にウルカヌスに捧げたのである(2)。それらが燃え尽きるまでに、空気をなめる炎は自然の炎よりも明るく、あたかも稲妻の輝きのような異常な明るさを放ち、突然に家を照らし、まるで大火災が起こったかのごとくであった。
【異文】
(1)d'eclystre(ブランダムールの校訂): de clystre (1555, 1557U, 1557B, 1568, 1610, 1627), clystre (1589), de clystere (1653)
【訳注】
(1)ne を虚辞と見るブランダムールの読みに従った。
フランス語をご存知ない方のために一応説明しておくと、虚辞とは心理的な否定を表す語で、客観的事実自体は肯定文として訳すべき文に挿入されるものである。そのニュアンスを含めて訳すと「自分としては排斥したくはないのだが(教会などからは)排斥されている以上」となる。他方でレオニやラメジャラーは普通に否定文として訳し
「隠秘哲学は排斥されるものではないけれども」
の意味にとっている。判断は難しいが、前者の訳の方がより適切なように思える。
(2)ウルカヌスは火と鍛冶の神。要するに「燃やした」ということを象徴的に語っている。
【コメント】ノストラダムスが何らかの参考文献を燃やしたと証言している興味深い箇所であり、比較的よく知られている。
29. 31Parquoy affin que à l'advenir ni feusses abusé, perscrutant la parfaicte transformation tant seline que solaire(1), & soubz terre metaulx incorruptibles, & aux undes occultes, les ay en cendres convertis.
おまえがいずれ月や太陽の全き変化(1)の研究であるとか、地中や伏流の朽ちない金属の研究などに惑わされないようにと、私はそれらの文献を灰にしたのである。
【異文】
(1)seline que solaire (1555) : seline que solitaire (1557U, 1568, 1589, 1610, 1653), seline solaire (1557B), soliue, que solitaire (1627)
【訳注】
(1)錬金術では月は銀を、太陽は金をそれぞれ表す。
ここではその意味で用いられている。
【コメント】
第26節で魔術に没頭しないように戒めたのと同じで、今度は錬金術の下らなさを採り上げている。
ただし、百詩篇第四巻のいくつかの詩に、錬金術思想の影響が強いことはつとに指摘されている。
余談だが、池田邦吉氏は前の節とこの節をこう訳している。
神秘哲学はかつて一度も拒絶されたことがなかった。
しかし、固い信念をもってこれを推薦し強く望まれることもなかった。
本預言書のどれほど多くの分冊が、長い世紀にわたって隠され、日の目を見なかったことだろう。
しかし、この本を読んだ後に、まだ疑いを持つ人々は、火山という存在とそれが引き起こす事態、すなわち人々を焼き尽くしていく様子を見るはめになる。
大自然の炎は空気をなめ、奇怪なる明かりを生み、非常にまぶしく輝く。さながらそれは館の内部を照らす照明装置、閃光を放つクリスタルガラスの火のようである。しかもそれは国際紛争の大元凶でもあるのだ。打ち上げ花火の誤用などではなく、月も太陽も完全に変形させんばかりの衝撃である。それは灰に変わり、まさに我が預言を成就せんと到来するものである。
(池田[1997]p.60. 注釈番号は省略した)
何というか、自分の予言解釈を信じない奴なんか火山に焼かれて死んでしまえ、という意志だけが強く感じられる訳である。
それでも出てくる単語を最大限に訳へ反映させようとしているだけ、ルゾー本よりもましともいえるのだが。
30. 3217Mais quant au jugement qui se vient parachever moyennant le jugement celeste cela te veulx je manifester : parquoy avoir cognoissance des causes futures rejectant loing les phantastiques imaginations qui adviendront, limitant la particularité des lieux par divine inspiration supernaturelle 33accordant aux celestes figures, les lieux, & une partie du temps de proprieté occulte par vertu, puissance & faculté divine, en presence de laquelle les trois temps sont comprins par eternité, revolution tenant à la cause passée, presente, & future : quia omnia sunt nuda & aperta &c.
さて、天の判断が完成させる判断(1)についても、お前に説明しておきたい。
人が未来の物事を認識できるのは天の判断による。その未来の出来事は、起こるべきことが遠くに幻想的な像として投影されているものである。
そして、超自然的な神から来る霊感によって、(それが起こる)場所の特徴を特定でき、さらには神の御威徳、御力、権能と隠された特性(2)によって、天空の表徴と一致する範囲で、場所だけでなく一部の時までもが特定できるのである。そして、神にとっては、その永遠性の中に三つの時を包含しているのである。それは過去の物事、現在、未来を含む、時の転回である(3)。
「すべての物事は裸であり、発見されているのである」
云々(4)。
【訳注】
(1)「神から来る霊感が完成させる予言的判断」(ブランダムールの釈義)
(2)この「隠された特性」がどこに掛るのかが分かりづらい。ここではブランダムールの釈義を踏まえた。
(3)revolution(転回)を、ブランダムールは語源まで遡った上でこの場合は「熟慮」と訳している。
彼の釈義ではこの一文は「その思考は過去、現在、未来を含んでいる」となっている。(4)「そして、神のみまえには、あらわでない被造物はひとつもなく、すべてのものは、神の目には裸であり、あらわにされているのである。
この神に対して、わたしたちは言い開きをしなくてはならない」
(新約聖書「ヘブル人の手紙」第4章13節)。
見比べて明らかなようにかなり大雑把な引用だが、サヴォナローラの簡略な引用を更に縮めたためである。
【コメント】この節はサヴォナローラの主題をノストラダムスなりに消化したもの。
31. 3418Parquoy mon filz, tu peulx facilement nonobstant ton tendre cerveau, comprendre que les choses qui doivent avenir se peuvent prophetizer par les nocturnes & celestes lumieres, qui sont naturelles, & par l'esprit de prophetie :
以上によってわが息子よ、お前の脳は稚いけれども、起こるべき物事が夜天の自然の光(1)と予言のエスプリとによって予言されうるということは、理解できるであろう。
【訳注】
(1)星々のこと。「自然の」とわざわざ断っているのは、神から下された光などの象徴的な表現でないことを強調したものであろう。
【コメント】この節はロバーツ本では、「それゆえ息子よ、お前の感じやすさにもかかわらず、後に起こった事柄を理解し、天の光や予言の霊によって語ってほしいのだ。」と訳されている。それを踏まえて浅利氏はこう解釈した。「ここでノストラダムスは息子セザールに対して懇願、あるいは要求している。しかし、本当は、『私、ノストラダムスはお前、セザールに対して、しかるべき時になったら、宇宙から"霊"(テレパシー)を送って予言の真意を教える。そして、それをお前は自分自身の力で世間に発表しなさい』という計画に基づいた指令をしているのである」(浅利[1999]p.274)。よくもここまで飛躍した読み方ができるものだと呆れるが、上記の拙訳を見て頂けば分かるように、セザールに予言解釈をしてくれだの発表してくれだのとは一言もいっていない。そう読むためには se peuvent prophetizer の主語が「お前(tu)」でなければならないが、活用語尾からしてそう読むことはできない。実際、ロバーツ本の原書ではこう英訳されている。"Therefore, my son, thou mayst, notwithstanding thy tender brain, comprehend things that shall happen hereafter, and may be foretold by celestial natural lights, and by the spirit of prophecy"(Henry C. Roberts, The Complete Prophecies of Nostradamus, 1949, p.5). この場合の may be foretold の主語が何なのかは中学生にも分かる話であって、日本語版の訳は完全に誤りである。
ゆえにそんな誤訳に立脚した浅利氏の解釈もまた完全に的外れである。
32. 35non que je me vueille attribuer nomination ni effect prophetique, mais par revelée inspiration, comme homme mortel esloigné non moins de sens au ciel, que des piedz en terre, 36Possum errare, falli, decipi(1) : suis pecheur plus grand que nul de ce monde, subject à toutes humaines afflictions.
私は啓示された霊感によって(予言をして)いるが、自らを預言者の名前や役割に帰属させることは望まない。
それは、足が大地に埋もれていて感覚が天から遠く隔たっている、死すべき人間として(の立場)である。
「私は誤るかも知れない、間違うかもしれない、騙されるかもしれない」(1)。
私は人類のあらゆる苦悩に苛まれる、世界の誰よりも罪深い者の一人である。
【語注】(1)Possum errare, falli, decipi(ブランダムールの校訂): Possum non errare, falli, decipi(全ての版).校訂の根拠はノストラダムスの私信等で同じ銘句が何度か出てくるが、それらには non がついていないためである。
【訳注】(1)出典の不明なラテン語の銘句。
【コメント】再び「預言者」の称号を固辞している。
なお、ロバーツ本ではこの節がこう訳されている。
しかし、わたしは自分に予言者としての名称は望まない。
私は死すべき人間にしかすぎないのだ。
ただ私は自力で、地球からというより感覚的に天から遠くない存在者だといえる。
「私は正しいことをなし、失敗することのないように仕向けられている」。
私は全ての人類の苦悩を背負っている世界で最も偉大な罪人であるけれども、しかし時には、予言的な気分で、あまりにも長期の予想に驚くことがある。
(ロバーツ[1975]p.5. この訳の最後の部分には次の節の冒頭の訳が含まれている)
この中の特に
「世界でもっとも偉大な罪人」
を踏まえて、浅利氏は、ノストラダムスが自身をイエスと同格に置いていると曲解した(浅利[1999]pp.25-27)。
実際には単に過剰にへりくだっているだけにすぎない。
また、氏の主張が正しいのなら、ノストラダムスは
「預言者の称号は自分のような小物にはふさわしくない。だって私は救い主だから」
という支離滅裂なことを語ったことになってしまう。
浅利氏は
「この告白は、息子に宛てた手紙という個人的な書簡に象徴的な表現で書かれていたから、かろうじて見逃されたのだ」(同上p.28)
と言うが、これも的外れというほかはない。
同時代の占星術師ローラン・ヴィデルはこの節をこう批判している。
「おお、傲岸不遜な愚か者よ。預言者に列してもらうだけでは物足りないのか?神から来る霊感などと、自分は預言者以上だとでも言いたいのか?」
(『ノストラダムスの告発』1558年)。
こうして噛み付いたヴィデルにしても、「世界の誰よりも罪深い」の部分を全く問題視していなかったことは明らかであろう。浅利氏が言うような「手紙の形だったから見過ごしてもらえた」のではなく、浅利氏が解釈したような意味ではないから気にされなかったというだけのことである。参考までに述べておくと、古代ユダヤ教の中にも、自分たちがいかに罪深いかを強調することによって神の偉大さへの崇敬を表すという立場は存在していたし、また福音書のなかにも罪深さを認めてへりくだることの重要性が指摘されている箇所はある(ex. 「ルカによる福音書」第18章14節)。
33. 3719Mais estant surprins par fois la semaine lympatiquant, & par longue calculation rendant les estudes nocturnes de soueve odeur, j'ay composé livres de propheties contenant chacun cent quatrains astronomiques de propheties, lesquelles j'ay un peu voulu rabouter(1) obscurement : & sont perpetuelles vaticinations, pour d'icy à l'an 3797(2).
さて、一週間を通じて時々予言に驚かされ(1)、夜中の研究に甘美な香り(2)を与えてくれる長い算定に没頭しつつ、私はこの百篇ごとの天文学(占星術)的な四行詩からなる予言の書を構成したのである。私はそれを少々曖昧な形でつなぎ合わせることを望んだが、それは現在から3797年(3)までの永続的な予言なのである。
【異文・語注】
(1)rabouter(ブランダムールの校訂): raboter (1555 etc.). "rabouter"は「両端をつなぎ合わせる」の意。
この場合は別に raboter(仕上げる)でも意味は通じるように思えるが。
(2)l'an 3797 (1555) : l'année 3797 (1557U, 1557B, 1568), l'annee 3767 (1589, 1653), l'annee 3192 (1627).
1690年頃のアントワーヌ・ベッソン版では"es années 1767"となっている
(この版は省略や要約が多いので網羅的に異文を採取することはしていない)。
【訳注】
(1)第17節で自分が予言を口走ることに驚くと述べていたことに対応。
(2)ブランダムールは、ランプの油の香気に喩えたものと見ている。
(3)ブランダムールは、ノストラダムスが天地創造を紀元前5204年と見たうえでそこから9000年後を想定したのではないかと推測している。
ラメジャラーは、西暦2242年(後述)にこの書簡が書かれた年1555年を加算した数字と見ている。
【コメント】
高木彬光氏の指摘によって、日本でも比較的早い段階でこの節の後半部分は知られていた。
余談ではあるが、ノストラダムスがこの書簡を通じて一度も自分の詩のまとまりを"Centurie (s)"と呼んでいないのは興味深い。
34. 3820Que possible fera retirer le front à quelques uns en voyant si longue extension(1),
& par soubs toute concavité de la lune aura lieu & intelligence : & ce entendent universellement par toute la terre, les causes mon filz.
かくも長い(予言範囲の)拡張に眉をひそめる人々もいるだろう。
しかし、月の窪みの下(1)の至る所で(予言した通りの)事件が起こって認識されるであろうし、それによって全地上であまねく理解されるのだ、わが息子よ。
【異文】
(1)extension (1555, 1557B, 1610, 1627, 1653) : entension (1557U, 1568, 1589)
【訳注】
(1)月下の世界、つまり地上界のこと。
【コメント】
前半は、3797年までという予言の範囲指定が反発を引き起こすことを憂えたものだが、案の定、ヴィデルもクイヤールもこの年代について反発した。
「お前に対してそんなに世界が続くと保証したのは何者なのか? かつがれたのではないのか? 天使たちでさえその時を知らないというのに」
(ヴィデル『ノストラダムスの告発』1558年)、
「私は3797年までの永続的な予言などは語りたくない。何故ならば悪魔が私に対して世界はもっと前に終わると教えてくれたからだ」
(クイヤール『領主殿の予言集』1556年)。
なお、クイヤールの本はノストラダムスの予言集のパロディであって、悪魔云々は単にノストラダムスをおちょくったものである。
この節の後半は、実際に的中することによって自分の予言の正当性が証明されると釈明している。
35. Que si tu vis l'aage(1) naturel & humain(2), tu verras devers ton climat au propre ciel de ta nativité les futures aventures prevoir.
もしおまえが成人まで生きていられるのなら、お前が生まれた固有の空での緯度のもとで(1)、未来の事件が起こるのを見るだろう。
【異文】
(1)vis l'aage : is l'vaage (1555) (2)humain : humani (1555)
【訳注】
(1)回りくどい表現だが、「お前が生まれた場所で」ということ。
36. 3921Combien que le seul Dieu eternel, soit celuy seul qui cognoist l'eternité de sa lumiere, procedant de luy mesmes :
唯一、永遠の神のみがご自身から発する光の永続性を認識しておられるのだ。
37. 40& je dis franchement que à ceux à qui sa magnitude immense, qui est sans mesure & incomprehensible, ha voulu par longue inspiration melancolique reveler, que moyennant icelle cause occulte manifestée divinement, principalement de deux causes principales qui sont comprinses à l'entendement de celuy inspiré qui prophetise 22l'une est que vient à infuser, esclarcissant la lumiere supernaturelle au personnage qui predit par la doctrine des astres, & prophetise par inspirée revelation :
そして、私は(お前に)(1)率直に言っておく。測り知れない無窮の偉大さ(2)から、長い憂鬱質の霊感(3)によってこの人に啓示したいと思ってもらえた人々には、予言する霊感(4)の理解力を形成する2つの原理のうちの1つが、神の力によって示された隠された物事を通じて注がれているのである。超自然的な光は、天体の学説(5)によって予言する人や、下った霊感によって予言する人を明るくするのである。
【訳注】
(1)「言う」に対応する目的語を何と見るかは論者によって異なる。
ここではラメジャラーに従い、「お前」が略されていると考えた。
(2)神のこと。
(3)霊感を「憂鬱質の(mélancolique)」と形容しているのは、コルネリウス・アグリッパの影響を受けたもののようである。
(4)ブランダムールの釈義では「霊感を受けた預言者」。
ゆえに、直後の「理解力」は一般的な意味ではなく「未来の出来事についての理解力」と見るべきであろう。
(5)ブランダムールの釈義では「占星術的な基盤」。
実際のところ、これは天文学というよりも占星術と見るべきであろう。
【コメント】予言をするうえで神から霊感が下されることの重要さが繰り返し説かれている。
この節から第39節までは、サヴォナローラに触発されたもののようであり、特に第39節は事実上の翻案である。
38. laquelle est une certe(1) participation de la divine eternité : moyennant le prophete vient à juger de cela que son divin esprit luy ha donné par le moyen de Dieu le createur, & par une naturelle instigation :
その霊感は神の永遠性から分け与えられたものである。
これによって預言者は、その神々しいエスプリ(1)が神に由来するものなのか、自然の直感に由来するものなのかを判断したのである。
【異文】(1)certe (1555) : certaine(1555以外の版)
【訳注】(1)文脈からして、預言者の脳裏にひらめいたものを指すと思われる。
39. 4123cest assavoir que ce que predict, est vray, & a prins son origine etheréement : & telle lumiere & flambe exigue est de toute efficace, & de telle altitude non moins que la naturelle clarté & naturelle lumiere rend les Philosophes si asseurés que moyennant les principes de la premiere cause ont attainct à plus profondes abysmes de plus haute doctrine.
つまりは予言した物事は真実であり、天上に起源を持つのである。
そして、この光や幽かな炎は全くもって有能にして崇高なのである。
このことは、自然の光や自然の明かりによって、哲学者たちが第一の原因の諸原理に関して推論を重ねつつ確信し、最も崇高な学説の最奥部に到達したことと同様である。
【コメント】
後半の哲学者(あるいは科学者)の喩えが何を意味するのかについては、ブランダムールらも特に何も注記していないので私には何のことか分からない。
ただし、あくまでも喩えなので、この部分を省いても前後の理解には差し支えないと思われる。
既に述べたように、この節は、サヴォナローラの翻案である。
40. 42Mais à celle fin, mon filz, que je ne vague trop profondement pour la capacité future de ton sens, 24& aussi que je trouve que les lettres feront si grande & incomparable jacture, je(1) treuve le monde avant l'universelle conflagration advenir tant de deluges & si hautes inundations, qu'il sera guieres terroir qui ne soit couvert d'eau : & sera par si long temps que hors mis enographies & topographies, que le tout ne soit peri :
さてわが息子よ、(以上の話を)終えるに当たって、お前の知覚の将来の許容量のためにあまり深入りした寄り道はしないでおく。
(次に)私は文芸が非常に大きく比類のない損失に見舞われるであろうことを見出す(1)。
であるので、世界的な大変動に先立って大洪水や高水位の大浸水が起こり、水で覆われない土地がほとんどなくなるであろうこと、そしてそれが長く続き、エノグラフィとトポグラフィを除けば(2)全てが失われるであろうことを見出すのである。
【異文】
(1)je(ブランダムールの校訂): que je(全ての版)
【訳注】
(1)trouver(見つける)はこの構文では「思う」と訳すのが一般的である。
高田・伊藤訳でもそうなっている。ただし、ここでは単なる推論ではなく、未来の情景を「見た」というニュアンスがあったほうがよいように思われたので、「見出す」と訳した。(2)トポグラフィは「地図、地形図」のことだが、問題となるのは「エノグラフィ」である。ブランダムールは"œnographie"(葡萄栽培地を描いた図)と見なし、それに基づいてこの部分を
「葡萄栽培地やさまざまな地としてリスト化されている場所で、氾濫が古代遺跡を現出させることを除けば、氾濫はほとんどすべてを破壊するだろう」
と理解した(Brind'Amour[1996]p.30.
ただし、訳は高田・伊藤訳[1999]p.69 を引用した)。
これに対し、レオニやラメジャラーは"ethnographie"(「民族誌」)の誤記と見ている。
こちらの読みに従えば、
「記録のうえでの地形や民族は残るが、現実の地形や民族は全て失われる」
といった意味になる。
個人的には後者のほうが文脈に適合しているようにも思える。
【コメント】前半の文芸の受難はノストラダムスの百詩篇の中にも何度か登場するモチーフである。
ブランダムールは特に百詩篇第1巻62番(下掲)との類似性を指摘している。
この直後の節に「火の雨」が登場することを考えるなら、確かにモチーフの酷似は明白である
ああ、文芸に大いなる損失があるだろう。
ラトニアの周期が完了するまえに。
火、大洪水、それにもまして無知な王笏によって。
長い時代にわたり元には戻らないだろう。
41. 43aussy avant telles & apres inundations, en plusieurs contrées les pluies seront si exigues, & tombera du ciel si grande abondance de feu, & de pierres candentes, que ni demourra rien qu'il ne soit consummé : & ceci advenir, & en brief, & avant la derniere conflagration.
同様にして浸水の前後には、いくつかの国で雨が非常に少ないものとなり、空から多量の火や白熱した石が降ってくるだろう。それらが焼き尽くすので何も残らないだろう。それは最後の大動乱に先立ち、短期的に起こるのである。
42. 4425Car encores que la planette de Mars paracheve son cycle(1) & à la fin de son dernier periode, si le reprendra il : mais assemblés les uns en Aquarius par plusieurs années, les autres en Cancer par plus longues & continues.
というのは、火星がその周期を完成するからであり、その直近の区切りの最後に、火星が再び巡ってくるだろう。
しかし、あるものたちは数年間宝瓶宮にとどまり、別のものたちは巨蟹宮に一層長く継続的にとどまるだろう。
【異文】
(1)cycle(ブランダムールの校訂): siecle(全ての版)
【コメント】この節はすぐ後の節と密接に結びついているのだろうが、星位の意味がよく分からない。
43. 45Et maintenant que sommes conduicts par la lune, moyennant la totale puissance de Dieu eternel, que avant qu'elle aye parachevé son total circuit, le soleil viendra, & puis Saturne.
そして現在、我々は永遠なる神の全き御力によって、月に支配されている。
その全周期が完成する前に太陽が来るであろうし、その次には土星が来るであろう。
【コメント】
次の節でまとめて解説する。
44. 46Car selon les signes celestes le regne de Saturne sera de retour, que le tout calculé, le monde s'approche, d'une anaragonique revolution :
というのは、天の徴に従えば、土星の支配は戻り来るからだ。
そして、あらゆる算定で、世界は断交の変革(1)に近づいている。
【訳注】(1)ブランダムールの釈義では「過去と断絶する変革」
【コメント】
ここまででいわれている星の支配の話は、リシャール・ルーサ『諸時代の状態と転変の書』(1550年)に登場する。
これはもともと12世紀のユダヤ教学者アブラハム・イブン・エズラの"Liber rationum"で展開された説のようである。
それによると、7天使に導かれた7つの星、つまり土星、金星、木星、水星、火星、月、太陽が曜日と逆の順に世界を支配しているのだといい、一つの星の支配期間は354年4ヶ月であるという。ルーサはこう述べる。
「3巡目の火星が(天地創造から)6732年と4か月(西暦1533年)まで導いた後、その終わりからは現在支配している月が支配を始めたのであり、それは354年4ヶ月に亘る持ち分を完成するために導いていくに違いないのである。そのあとに太陽が7441年(西暦2242年)まで支配して、もしも世界が終わっていないのなら、土星が四順目の支配を始めるに違いないのである。さて、前記のことにより、我々が現在最後の停留点を形成する第7千年紀にいることは明らかである。その後で驚くべき変転が起こるのである。そして今年1548年は、ジャック・ド・ブルゴーニュたちに従えば、火星が13年8ヶ月前に支配を終えたことになるのである。一方でカイサリアのエウセビオスの書"De temporibus"とその追従者たちによれば、それは15年8ヶ月前のことになのだという。現在は月が天使ガブリエルと、つまりは神のお力とともに、支配をしているのである」。
この月の支配と太陽の支配は、有名な百詩篇第1巻48番にも明瞭に表れている
(以下はブランダムールの読み方に従った)。
月の支配の20年が過ぎた。
7000年をこえて(7086年まで月が)支配するだろう
太陽がその残された日々を受け取るとき、
わが予言は成就し、終わる。
この詩において太陽の支配で話が終わっているのは、ルーサの
「太陽が7441年まで支配して、もしも世界が終わっていないのなら」
を意識したのではないかと思う。
第44節でノストラダムスが(3巡目のラストである)太陽の支配と(4巡目の最初である)土星の支配の切り替わり目に、「断交の変革」を想定していることも、このことと関連があるのではないだろうか。
そうであるのなら、ノストラダムスの予言の範囲は西暦2242年までということになる。
既に出てきている3797年との整合性の問題があるが、ラメジャラーは3797年は本来の範囲である2242年に、この序文が書かれた1555年を足して導き出した年数であると見ている。
この読みが適切なものであるかどうかには、なおも議論の余地があるだろう。
45. 4726& que de present que ceci j'escriptz avant cent & septante sept ans trois mois unze jours, par pestilence, longue famine, & guerres, & plus par les inundations le monde entre cy & ce terme prefix, avant & apres par plusieurs fois, sera si diminué, & si peu de monde sera, que lon ne trouvera qui vueille prendre les champs, qui deviendront liberes aussi longuement, qu'ils sont estez en servitude :
私がこれを書いている現在は、その時点の177年3ヶ月11日前(1)に当たるのだが、その時点(177年3ヶ月11日後)と予め定めた時(2)との間で前後に何度も起こるペスト、長期の飢餓、戦争、さらには浸水によって、人々(3)は非常に減少するだろう。そして、耕地を耕したいと望む人を見ることもなくなるであろうほどに人がほとんどいなくなり、田野は人々が使役してきたのと同じくらいに長い間、自由になるだろう(4)。
【訳注】
(1)ブランダムールは、354年4ヶ月の半分とみている。
実際の半分(177年2ヶ月)との誤差はよく分からない。
(2)断交の変革のことか?あるいは3797年のことか?
(3)人々の原語は monde で、「世界は非常に衰える」とも訳せる。
しかし、直後の peu de monde は明らかに「人々」で訳さないと意味が通らないため、こちらも「人々」で揃えた。
(4)人類の耕作の歴史と同じくらいの期間、今度は誰も耕す人のいない時代が続く、ということ。
【コメント】
この書簡が書かれたのは1555年3月1日(後述)なので、その177年3ヶ月11日先は1732年6月12日(グレゴリオ暦の同年6月23日)となり、その時から現在までにはここに書かれているような世界的破局はなかったのだから予言は外れた、と理解されるのが一般的である。
46. 4827& ce quant au visible jugement celeste, que encores que nous soyons au septiesme nombre de mille qui paracheve le tout, nous approchant du huictiesme, où est le firmament de la huictiesme sphere, que est en la dimension altitudinaire(1), où le grand Dieu eternel viendra parachever la revolution : où les images celestes retourneront à se mouvoir, & le mouvement superieur qui nous rend la terre stable & ferme, non inclinabitur in sæculum sæculi : hors mis que quand son vouloir sera accompli, ce sera, mais non point aultrement :
そして天の目に見える判断(1)では、我々は全てを完成する第7千年紀(2)にいるのであるが、第8(千年紀)に近づいているのである。それは、高さの次元でいうと第8天(3)であり、永遠の大神が変革しに来るであろう時期であり、天空のイメージが動きに戻る(4)時期である。その超越的な動きは我々を安定した堅い大地に戻すだろう(5)。「いつの時代にも傾くことはない」(6)のである。神がそれを望まない限りは。
【異文】(1)altitudinaire(ブランダムールの校訂): latitudinaire(全ての版)
【訳注】
(1)ブランダムールの釈義では「星々を観測している人たちの意見」。
(2)千年紀は千年をひとまとまりとする単位だが、ここではルーサの年代観に沿っている。
既に見たように彼が採用した年代観では、西暦1500年代は(天地創造から見て)6700年代の時期に当たり、まさにこれは第7千年紀(6001年〜7000年)に含まれている。
(3)いわゆる天動説的な発想である。
かつては地球の周りにはそれぞれの惑星が配置された同心円状の天球がいくつも重なっていると考えられていた。
そして、太陽や月、その他の五惑星があるのは第7天までであり、第8天には12宮を含む恒星が配置されているものとして描かれていた。
(4)ブランダムールの釈義では、「黄道12星座が自分の位置に戻る」。
直前で第8天に言及されているのだから、ここでの「天空のイメージ」を12宮と捉えるのは妥当であると思われる。
(5)ブランダムールに拠れば、これは大地そのものへの言及というよりも、春分点の移動に関して述べたものであるという。
(6)「あなたは地をその基(もとい)の上にすえて、とこしえに動くことのないようにされた」(
旧約聖書「詩篇」第104篇5節)。
【コメント】この節はルーサの次の句の翻案であろう。
「ゆえに親愛なる読者たちよ、以下のことを知りなさい。神の御国は近いのだ。我々は今既に第7千年紀にいるのである。そして第8天 ―それは崇高なる天であり神の美である― において変革が完遂するのである。そして諸天体はそこで自ら(の場所)へと動き始めて戻り、停止するのである」。
ブランダムールは、ここでふたつの主題が述べられていると指摘している。
ひとつ目は7千年紀の問題で、8千年紀への切り替わり目に世界が終わるかもしれないことが語られている
(ちなみにルーサの年代観では、これは西暦1800年頃のことになる)。もう一つが春分点の移動である。
47. 4928combien que par ambigues opinions excedants toutes raisons naturelles par songes Machometiques(1),
(以上は)あらゆる自然の理性を超えた曖昧な意見やムハンマド的な夢想(1)によるものではあるけれども。
【異文】
(1)Machometiques ou Mahometiques (1555, 1557B, 1557U, 1568, 1589) : Mathometiques (1610), Mathematiques (1627, 1653).
伝言ゲームの要領で原文が変化していった好例。
なお、Mathematiques は「数学的な」以外に、当時の用法としては「占星術的な」の意味もあった。
【訳注】
(1)ブランダムールの釈義では「霊感を受けた夢想」。
48. aussi aucune fois Dieu le createur par les ministres de ses messagiers de feu en flamme missive vient à proposer aux sens exterieurs, mesmement à nos yeulx, les causes de future prediction significatrices du cas futur, 29qui se doibt à cellui qui presaige manifester.
同様に、時として、造物主たる神は使者である火を介して伝道的な炎の中で、我々の眼と同様に外部の感覚に向けて、未来の予言の諸原因をお示しになったのである。その諸原因は、未来の出来事の徴となるものであり、予言をする人に示されなければならないものである。
49. 50Car le presaige qui se faict de la lumiere exterieure vient infalliblement à juger partie avecques & moyennant le lume interieur(1) :
というのは、外部の光から生み出される予兆は、内部の光によってまたそれとともに、分かちがたく結びついているのである。
【異文】
(1)interieur(ブランダムールの校訂): exterieur(1589以外の版), exrieur (1589)
50. combien vrayement que la partie qui semble voir(1) par l'oeil de l'entendement, ce que n'est par la lesion du sens imaginatif, 5130la raison est par trop evidente, le tout estre predict par afflation de divinité, & par le moyen de l'esprit angelique inspiré à l'homme prophetisant, rendant joinctes(2) de vaticinations le venant à illuminer, lui esmouvant le devant de la phantasie par diverses nocturnes apparitions, que par diurne certitude prophetise par administration astronomicque, conjoincte de la sanctissime future prediction, ne consistant(3) ailleurs qu'au courage libre.
理解力の目によって本当に(未来を)見通せるらしい(魂の)一部分(1)は、想像力豊かな感覚の病変によってそれが可能になる以上、理由は極めて明白である。神から来る霊感や、預言と結びついて予言を行う人に霊感を下す天使によって、全ては予言されるからである。それらのものは、彼(予言をする人)を輝かせに来て、夜の様々な出現や昼の確信によって、彼の想像力を掻き立てるのである。そして彼は自由な真情(2)としか結びついていない神聖な未来の予言と結びついて、天文学的管理によって(3)予言を行うのである。
【異文】
(1)voir(ブランダムールの校訂): avoir(全ての版).
(2)joinctes (1557B) : oinctes (1555, 1557U, 1568, 1610, 1627, 1653), oings (1589). ブランダムールの校訂に従った。
(3)consistant (1555) : considerant(1555以外の版)
【訳注】
(1)カッコ内はブランダムールの釈義によって補ったもの。
2)ブランダムールは疑問符つきながら「自由な調停者」(=神)を意味している可能性を示唆している。
(3)ブランダムールの釈義では「占星術的な土台の上で」。
実際、今まで述べてきた内容からは判断占星術以外の意味に理解することは出来ない。
51. 5231Viens(1) asture(2) entendre mon filz, que je trouve par mes revolutions que sont accordantes à revellée inspiration, que le mortel glaive s'aproche de nous pour asture(3) par peste, guerre plus horrible que à vie de trois hommes n'a esté, & famine, lequel tombera en terre, & y retournera souvent,
わが息子よ、今このときに理解しに来たれ。
啓示された霊感に一致する我が転回によって見出した物事、つまりは死の剣が我々に今このときに迫ってくることを。
それは、ペストや、(過去)3世代にあったものよりも酷い戦争や、飢饉の形をとるのである。この剣が地上に振り下ろされるだろうし、しばしば戻り来るだろう。
【異文・語注】
(1)viens(多くの版): vient (1555, 1557U, 1557B).
(2)asture (1555, 1557U, 1557B) : à cette heure (1568, 1589, 1610, 1627, 1653). asture は
「今、この時、すぐに」
などの意味なので、意味自体はどちらでも変わらない。
(3)pour asture (1555) : maintenant(1555以外の版). これも意味自体はどちらでも変わらない。
【コメント】
サヴォナローラからの翻案。
彼が1492年の待降節に見たという剣の幻を下敷きにしている。
52. 53car les astres s'accordent à la revolution : & aussi a dit Visitabo in virga ferrea iniquitates eorum, & in verberibus percutiam eos. 5432Car la misericorde du seigneur ne sera point dispergée un temps mon filz que la plus part de mes Propheties seront accomplies, & viendront estre par accompliment revoluës.
というのは、星々が変革に一致しているからである。
さらに(神は)宣う。
「私は彼らの不正に鉄の鞭を持って訪れ、そしてそれら(彼らの不正)を私自らの打擲でもって打ち据えるであろう」(1)。
というのは、私の予言の大部分が成就し実現していくであろう時には、主の御慈悲は全く広がらないであろうから(2)。
【訳注】
(1)「わたしはつえをもって彼らのとがを罰し、むちをもって彼らの不義を罰する」(旧約聖書「詩篇」第89篇32節)。
(2)ブランダムールの釈義を踏まえた高田・伊藤訳では、
「なぜなら主の慈悲は、わが子よ、私の予言の大部分が成就され、その実現をもって満たされるまでは、その効力を発揮される暇はなかっただろうゆえに」。
【コメント】
これもサヴォナローラの幻視に基づいている。
ここで引用されている聖書の句は、サヴォナローラが光の中で聴いたものであるという。
53. 55Alors par plusieurs fois durant les sinistres tempestes, Conteram ergo, dira le Seigneur, & confringam, & non miserebor :
そして、不吉な嵐の中で主は宣うだろう。
「私は彼らを痛めつけ、砕き、憐れみは持たない」(1)
と。
【訳注】
(1)「彼らを互に打ち当てて砕く。
父と子もそのようにすると、主は言われる。わたしは彼らをあわれまず、惜しまず、かわいそうとも思わずに滅ぼす』と」
(旧約聖書「エレミヤ書」第13章14節):ブランダムールの指摘。
「わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。もろもろの民になかに、わたしと事を共にする者はなかった。
わたしは怒りによって彼らを踏み、憤りによって彼らを踏みにじったので、彼らの血がわが衣にふりかかり、わが装いをことごとく汚した」
(旧約聖書「イザヤ書」第63章3節):レオニやラメジャラーの指摘。
【コメント】
これまたサヴォナローラの幻視に基づいている。
前節同様に、聖書の引用句はサヴォナローラが光の中で聴いたものを孫引きしているため、オリジナルの句に比べてアレンジがされている
(ブランダムールやラメジャラーの推定する出典にばらつきがあるのはそのためである)。
54. 5633& mille autres adventures qui aviendront par eaux & continuelles pluies, comme plus à plain j'ay redigé par escript aux miennes autres propheties qui sont composées tout au long, in soluta oratione, limitant les lieux, temps, & le terme prefix que les humains apresvenus, verront, cognoissants les aventures avenues infailliblement, 57comme avons noté par les autres, parlans plus clairement : nonobstant que sous nuée seront comprinses les intelligences : sed quando sub mouenda erit ignorantia, le cas sera plus esclarci.
そして、洪水や継続的な雨によって他の千の(=無数の)事件が起こるだろう。このことは、私が場所、時期、予め定められた期限を区切って、「拘束のない文体で」(1)詳しく私の他の予言の中に書いた通りである。(その期限のときに)人類は、私が他の予言の中でより明解に示したとおりの出来事が誤りなく起こることを認識しつつ、我々の後に起こることを見るであろう。その理解は雲に包まれてはいるけれども「無知が啓蒙されたときに」(2)物事は明白になるのである。
【訳注】(1)「散文で」ということ。この表現はセネカなどからの借用らしい。(2)アンドレーア・アルチャーティの『エンブレマタ』第188番の銘句。この本は16世紀から17世紀のヨーロッパで大ベストセラーとなったもので、マセ・ボノムらリヨンの出版業者たちも数多くの版を手掛けていた。
【コメント】
ノストラダムスは詩で書いた『予言集』とは別に散文で予言を書き、そこでは時期や場所まで明示したと述べている。
ラメジャラーはこれを占筮のことと見ている。
ノストラダムスは毎年、翌年一年について、時期や場所を示す形の散文による予言を出版していたからである
(当サイト「『暦書』書誌」参照)。
私も同じ意見であるが、ブランダムールは「失われた予言」を想定している。
『日食の意味』(1558年ころ)の中で、ノストラダムス自身が「より多くは我が予言集の第二巻(la seconde centurie de mes Propheties)の解釈で明らかにした通り」と述べているからである。ここでいわれるようなノストラダムス自身による百詩篇の解釈書などは発見されていないため、ブランダムールはこの解釈書こそがノストラダムスの言う散文で書かれた別の予言であるとした。興味深い説であるが、この『日食の意味』には偽書の疑いもかけている論者もいることを申し添えておく。
ちなみにルゾー本ではこの部分の訳がこうなっている。
「わたしはそれらのことについても長々と、"その間に啓示がつけ加えられるたびに"一〇〇篇の詩で場所を正確に示し、日付や時刻まで定めて叙述してきた」(ルゾー[1986]p.274)。この完全な誤訳を元に改悪したのが加治木氏である。彼の訳ではこうなっている。「私は月日と時まで決定して〔サンチュリ〕で述べておく」(加治木[1990]p.41)。既に述べたが原文を見渡せば明らかな通り、ノストラダムスは第一序文の中で一度として「サンチュリ」という言葉を使っていない。加治木氏はこの捏造した部分を大義名分に掲げ、百詩篇の中には時を表す暗号が隠されていると解釈したが、誤訳を飛躍させただけの妄想にすぎない。
55. 5834Faisant fin mon filz, prens donc ce don de ton pere M.(1) Nostradamus, esperant toy declarer une chacune prophetie des quatrains ici mis. Priant au Dieu immortel qui te vueille prester vie longue, en bonne & prospere felicité. 59De Salon ce j. de Mars 1555(2).
我が息子よ、終わりに当たって、お前の父 M. ノストラダムスのこの贈り物を受け取ってほしい。
ここに含まれているそれぞれの予言四行詩をお前に明かしてやれる(日が来る)ことを望みつつ。
そして不死なる神にどうかお前が素晴らしく栄えた幸福の内にその長い人生を送れますように、と祈りつつ。
サロン(1)、1555年3月1日。

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【異文】(1)M. (1555, 1557U, 1589) : Michel (1568, 1627, 1653).
なお、1557Bは前の節の parlans plus clairement のあとにこの節の Priant au Dieu が繋がっているため、該当箇所が存在しない。
(2)ce j. de Mars 1555 (1555) : ce premier de Mars, 1555 (1557U), ce premier jour de Mars, 1555 (1557B), ce I. de Mars 1555 (1568), ce premier jour de Mars, mil cinq cens cinquante sept (1589), ce I. de Mars, 15551 (1627), ce 1. de Mars (1653)
【訳注】(1)プロヴァンス州サロン・ド・クロー(現サロン・ド・プロヴァンス)
【コメント】息子の幸せを祈る心情が強くあらわれた結句。
息子に対して自分が「予言を明かしてやれる」ことを望んでいる点に注目。
「息子が予言を解読してくれること」などは全く期待していないのである。
この点は、未来を知るには神から霊感が下る必要があることを至る所で繰り返し語りつつも、息子にはその素質がないことを明示している
(第4節)こととも整合している。
信奉者たちの中には
「セザールは未来の予言を解読する者のことであり、それは自分なのだ」
ということを言いたがる者もいる。
一例を挙げよう。
ロバーツ本ではこの節の前半はこう訳されている。
息子よ、この手紙を、父ミカエル・ノストラダムスの贈物として受けよ。
四行連句になっている予言を、不死なる神に祈りながら、ひもとくことを私は望むのだ。(ロバーツ[1975]p.9)
この部分を浅利氏は
「息子よ、この父の作品『諸世紀』を私からの贈り物として受け取りなさい。カトラン(四行詩)の真意を永遠に生きている天使に助けてもらいながら研究しなさい」
と釈義して自分へのメッセージと受け止めた(浅利[1999]p.264)。
しかし、ロバーツ本の訳はまたしても日本語訳の際に生じた単なる誤訳なのである。
原書にはこうある。
"Making an end here, my son, accept this gift of thy father, Michael Nostradamus,
hoping to expound to thee every prophecy of these quatrains, praying to the Immortal God that he will grant thee a long life in felicity."
(Roberts, op.cit., p.8)
いたって平易な英文である。
to expound to thee (=you)… を「(お前が)ひもとくこと」と訳せないのは中学生でも分かる話であろう。
なお、フォンブリュヌ本の高田訳でも「願わくは、ここに収められた四行詩から成るそれぞれの予言を世に知らしめんことを。」
(フォンブリュヌ[1982]p.30)
という不適切な訳になっているが、これは原書でフォンブリュヌがこの部分を勝手に
"en souhaitant que tu fasses connaître chaque prophétie mise ici dans chaque quatrain."
(Fontbrune, Nostradamus Historien et Prophète, Poche, 1982, p.25)
と書き換えたことが原因であって、高田氏が誤訳したわけではない。
このように、ノストラダムスがセザールを解読者と位置づけているという「設定」が通用するのは、あくまでも誤訳に基づいたり、都合のよいところだけを拾い読みして拡大解釈したからに過ぎない。そのような「設定」をこの序文は一貫して拒絶している。

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2006.11.25 公開
2006.11.27 微調整
2009.07.03 微調整
2015.01.18 第45節の訳を微調整し、関連する注を追加。

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ノストラダムス雑記帳: 予言集と暦書以外の書誌
ノストラダムスの予言集・暦書以外の著作および手稿の書誌
<出版物>
【1554頃】3月10日ユーディカ(主の受難日)の7時から8時の間に、フランス・サロンの町で多くの人に目撃された恐るべき驚異の光景 
Ein Erschrecklich und Wunderbarlich zeychen, so am Sambstag fur Jüdica den zehenden tag
Martij zwischen siben und acht uhrn in der Stadt Schalon in Franckreych, von vielen leuten geseehen worden
[出版地]ニュルンベルク Nüremberg  
[出版社]ヨアヒム・ヘラー Joachim Heller
[書誌]BN3/RCNなし 
[ページ数](1)pp.<瓦版> 
[所蔵館]大英図書館 British Library、Bamberg SB、Nüremberg GM、Zürich ZB
[備考]タンド伯にあてられた書簡のドイツ語訳と称する瓦版(末尾の日付は1554年3月19日)。
対応するオリジナルのフランス語書簡は今のところ未発見だが、本物であるのならノストラダムスの公刊された作品としては最古のものである
(ギナールはより後の時期に出されたものである可能性を示唆しているが)。
Walter L. Strauss, The German Single-Leaf Woodcut 1550-1600, Vol. I, p.416などに再録されており、
『ノストラダムス予言集』(岩波書店、1999年)の中でも見ることができる。
【1557】ガレノスの釈義。メノドトゥスによる人文科学研究の医学への応用の勧告に関して。
ミシェル・ノストラダムスによりラテン語からフランス語へ訳された版 
Paraphrase de C. Galen, sus L'exortation de Menodote, aux eftudes des bonnes Artz, mefmement Medicine
: Traduict de Latin en Francoys, par Michel Noftradamus.
[出版地]リヨン  
[出版社]アントワーヌ・デュ・ローヌ Antoine du Rosne
[書誌]BN21/RCN25−27  [ページ数]69,(1bl.)pp.
[所蔵館]リヨン市立図書館(不完全な標本)、マザラン図書館
[備考]ノストラダムスによる自由訳。原文(マザラン図書館の標本のコピー)はCURAのこの記事 で公開されている。
【1558】ガレノスの釈義  Paraphrase de C. Galen…
[出版地]リヨン  [出版社]アントワーヌ・デュ・ローヌ
[書誌]BN28/RCN34−35  
[ページ数]69,(1bl.)pp.
[所蔵館]ブザンソン市立図書館
[備考]前年に出されたものの再版
【1566】プロヴァンス州サロン・ド・クローの医師ミシェル・ノストラダムス師から王太后へ宛てられた書簡 
Letre[sic.] de Maistre Michel Nostradamus,
Docteur en medicine, de Salon de Craux en Provence. A La Royne Mere du Roy
[出版地]リヨン  
[出版社]ブノワ・リゴー Benoist Rigaud
[書誌]BN72/RCN78−79  
[ページ数]6,(1bl.),(1)pp.
[所蔵館]アルボー博物館
[備考]ノストラダムスが顧問占星術師の立場から王太后カトリーヌ・ド・メディシスに助言する内容の書簡。
ブノワ・リゴーが刊行したノストラダムス本人の著作としては、最初のもの
(リゴーはこれ以前に偽ノストラダムスの著作なら手がけている)。
1996年にファクシミリ復刻版が刊行された。
原文はファクシミリコピーも含めてProphecies on Line で公開されている。
日本語による対訳は ノストラダムスサロン で公開されている。
<手稿>
【1545頃?】オシリスの息子にしてナイル・エジプトの王オルス(ホルス)・アポロの神聖文字二巻本。
そのエピグラム(格言的短詩)による韻文での注解。
信じられないほどすばらしき博識の古代文明の作品
Orvs Apollo fils de Osiris Roy de Aegipte Niliacqve des notes Hieroglyphiqves.
Livres deus mis en rithme par Epigrames oevre[sic.] de increedible et admirable ervoition et antiqvite.
[書誌]BNなし/RCN1−3  
[ページ数]84pp.
[所蔵先]フランス国立図書館
[初めて公刊された年]1968年
[公刊されたときの書名]ノストラダムス・ホラポロの神聖文字の解釈。
ピエール・ロレによって校注された未公刊のテクスト
Nostradamus: Interprétation des Hyéroglyphes de Horapollo, texte inédit établi et commenté par Pierre Rollet
[出版地]バルセロナ  
[出版社]ラモウン・ベレンギエ Eds. Ramoun Berenguié
[所蔵先]カンヌ市立図書館、リヨン市立図書館、カルカッソンヌ市立図書館、RAMKAT、hayato、新戦法
[書誌]RCN541−542 (その後、1993年に再版された)
[解説]
 ホラポロの『ヒエログリュピカ』を韻文訳した全部で約2000行にわたる182のエピグラムからなる文書である。
執筆された時期はハッキリしないが、いくつかの点から1545年前後であると推測されている。
執筆年代についての根拠や内容紹介、ホラポロ研究上の意義などについては、
日本語版ウィキペディアの記事(私が起稿した)と、そこに掲げられている参考文献を参照してほしい。
公刊された版についてだが、ルソ Daniel Ruzo は20世紀はじめにアンリ・ドゥーシェ Henri Douchet によって刊行されたと述べており、事実ならばそれが最初の公刊された文書ということになる。ドゥーシェはノストラダムス関連の稀少な本の復刻を何種類も手がけたが、私家版の形で広く世には出さなかったため、その復刻版自体が現在では極めて稀少である。ゆえに、事実だったとしても何らおかしくはないが、少なくとも現時点では未確認であるので、上記の最初に公刊された本の書誌としては扱わなかった。
【1561頃】医学博士ミシェル・ド・ノートルダム師による1562、1563、1564年向けの暦書の予言。
プロヴァンス州サロンのノストラダムスが1561年4月20日に完成させた  
Les Praedictions de l'almanach de l'an 1562, 1563 et 1564 par M. Michel de nostre Dame, Docteur en medecine.
Faciebat M. Nostradamus Salonae petrae provinciae XX Aprilis 1561.
[書誌]BNなし/RCN52−54  
[ページ数]222pp.
[所蔵先]行方不明(解説欄参照)
[初めて公刊された年]1906年
[公刊されたときの書名]ローマ教皇ピウス4世に捧げられたノストラダムスの未公刊の手稿の忠実な再版 
Réproduction très fidèle d'un Manuscrit inédit de M. de Nostredame. Dédié à S. S. le Pape Pie IV
[出版地]マリブール Mariebourg  
[出版社]アンリ・ドゥーシェ Henri Douchet
[所蔵先]私蔵(解説欄参照)
[書誌]ショマラもブナズラも言及していないが、P. Brind'Amour, Les Premières Centuries ou Prophéties, Droz,1996に詳しい書誌が載っている。手稿のフォトコピーではなく、その忠実な転記(欄外注記なども再現されている)。
[解説]
この手稿は18世紀にはドイツのマッティオイ・シュモール Matthieu Schmoll という人物が所蔵しており、
20世紀はじめにはリゴー師 l'abbé Hector Rigaux が所蔵していたらしい(これは1931年に売られた)。
そのリゴー師の手許にあったときに上記のフォトコピーによる復刻版が作成された。
リゴー師が所蔵していたオリジナルはその後「ある人文主義者(un humaniste)」の手に渡り、その人物の死後である1966年に、書庫の一斉処分に際して売られたのを最後に所在が分からなくなっている。上記の復刻版にしても非常に稀少で、ブランダムールは、エリック・カランドリエ Eric Calendrierという私人から借り受けて参照したという(現在では、そのコピーがリヨン市立図書館ショマラ文庫 Fonds Chomarat に収められている)。
この手稿のうち、ピウス4世に宛てられた献呈文のみは、エリック・ヴィジエがまとめた資料集(Eric Visier, Nostradamus au XVIe siècle (recueil de 10 fac-similés), Eds. Michel Chomarat, 1995)にファクシミリ復刻版が収められている。実際に刊行された『1562年向けの暦』の献辞もピウス4世に宛てられたものだが(その原文のフォトコピーはこのページで公開されており、日本語による対訳と分析はノストラダムスサロンで公開されている)、それらの原文を見比べてみると、基本的なモチーフは共通していることが分かるが、日付は一ヶ月以上ずれている(印刷版は1561年3月17日、手稿は1561年4月20日)。アルブロンは、これについて、ブロトーとの私信などからはノストラダムスが毎年似たような内容の複数の手稿を作成していた可能性が高く、現存する手稿はそうした印刷されることのなかった異本のひとつであろうと推測している。
なお、手稿のタイトルには「1562、1563、1564年向け」とあるが、実際には1562年向けの月ごとの散文しか収録されていない。
タイトルと矛盾するようであるが、1931年の古書販売目録に掲載されたフォトコピーを見る限りでは、
タイトルと本文で筆跡が違うようにも見えるため、タイトルはノストラダムス自身がつけたものではないのかもしれない。

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015/11/14
以下、10篇の詩を事例にそれを具体的に検証する。
第1巻65番
Enfants sans mains jamais veu si grand foudre,
L'enfant royal au jeu d'oesteuf blessé:
Au puy brisé fulgures allant mouldre,
Trois souz les chaines par le milieu
手なき子供、すさまじき雷電に仰天す
王子はテニスの競技で負傷
活発でありし稲妻に山岳打ち砕かれ
三人は柏木に鎖でつながれん
一目でわかる、「テニスの王子様」の内容に関する予言である。
第2巻62番
Mabus puis tost alors mourra, viendra,
De gens et bestes une horrible defaite:
Puis tout à coup la vengeance on verra,
Sans main, soif, faim, quand courra la comete.
マビュは死んだ後、すぐ訪れ
人と動物が恐ろしい破壊をし
復讐が突然目に明らかとなる
百の手、渇き、飢え、彗星の駆ける時に
「Mabus」なる意味不明の単語が登場する詩である。
解釈者はなぜか期日がどこにも書かれていないにもかかわらず、勝手に現代の世界の出来事を示していると思い込み(予言集の刊行された中世のこととは思わないらしい)、アナグラムや抜き取りで「USA」、「サダム・フセイン」、「核ミサイル」等と、湾岸戦争や核兵器などが話題になっていた当時の世相に合わせた予言だと解釈している。
中には、『北斗の拳』の悪党の叫び声と北斗百烈拳を予言したとする説[1]や、
「Mabus」を「私のバス(My bus)」
だと解釈し、四行目は故障に駆けつけた修理屋を示しているという説[2]も存在する。
第6巻5番
Si grand famine par vnde pestifere.
Par pluye longue le long du polle arctiques
Samatobryn cent lieux de l'hemisphere,
Viuront sans loy exempt de pollitique.
疫病、未曾有の飢饉が来る
長い雨は北極にまで及ぶサマロブリンは半球から100リーグに及び政治や法抜きの生活を送るであろう
「Samatobryn」
なる意味不明の単語があるが、内容を素直に見れば当時のヨーロッパで頻発していた天候不順、飢饉や疫病により、秩序が壊れて農民の反乱が起こるような予言と捉えられる。なお現代の研究では、「Samarobriva」というフランス北部の都市、アミアンの旧称を指しているといわれている。
しかし、
「arom-brysan」(atom brisant、核分裂)
と並べ替えて核兵器の爆発と解釈した五島勉を始め、何故か英語の
「Submarine」(潜水艦)
だとしたり、上記第2巻62番の「Mabus」と関連付けてそれを何故か日本語読みで抜き取り、松本サリン(sarin)事件を予言していた[3]なんて説が20世紀末の日本では披露された。いかに世間を怖がらせるため、当時の人々が悪戦苦闘したかがよくうかがえるものである。
第6巻82番
Par les deserts de lieu libre & farouche,
Viendra errer nepueu du grand Pontife:
Assomme' a` sept auecques lourde souche,
Par ceux qu'apres occuperont le Cyphe.
無法で荒れた不毛の地より
大司教の甥がさまよい来る
なんとも重い棍棒を持つ七人に打ちのめされる
のちに聖杯を独り占めにする人々に
七人のマスターが「聖杯を独り占めにする」ために戦うとの内容から、「Fate/stay night」のゲーム内容に関する予言とされる。1行目の「無法で荒れた不毛の地」は第四回聖杯戦争で焼き尽くされた公園、2行目の「大司教」とは衛宮切嗣、その甥とは主人公の衛宮士郎のことである。「棍棒」とは七人のマスターに仕えるサーヴァントのこととされる。また七人ということで、七英雄の出現を予言したという少数意見もある。
第8巻45番
La main escharpe & la iambe bandee,
Longs puis n'ay de Calais portera
Au mot du guet la mort sera tardee,
Puis dans le temple a` Pasque saignera.
片手を包帯で吊って片足を包帯で巻いた
ルイは宮廷より発つ
見張りの言葉はその死を伸ばし
寺院の復活祭で血をたらすだろう
「ルイ」が負傷した「綾波レイ」のことであると分かれば、「新世紀エヴァンゲリオン」に関する予言であると判明する。「その死を伸ばし」とは角川書店社長の角川歴彦が、劇場版の公開日延期を発表したことを示し、復活祭とは「使徒の復活」を指していると考えられる。
第9巻44番
Migre's, migre's de Geneue trestous.
Saturne d'or en fer se changera,
Le contre RAYPOZ exterminera tous,
Auant l'aduent le ciel signes fera.
去れ ジュネーブを去れ 諸人よ
土星は金から鉄に変貌するだろう
レイポにそむく者ども 皆殺しの目にあうだろう
突撃の前 天がしるしを示すだろう
「Saturne」を「セガサターン」、「RAYPOZ」をプレイすなわち「プレイステーション」と解釈し、反プレイステーション陣営が壊滅するとの予言と見ることもできる。ジュネーブとはセガサターンをはじめとする、3DO、PC-FX等の反プレイステーション陣営のハードことであり、「ジュネーブを去れ」とは「これらのハードは買うな」とのノストラダムスからゲーマーへの警告とみることができる。むろんノストラダムスがゲーム業界について予言していないとの証拠はなく、むしろ今日のゲーム業界の規模を考えればノストラダムスが予言を残しても何もおかしくはない。
また、2008年8月現在ではプレイステーション3とWiiのどちらを買うべきかが問題となるが、これは4行目の「天がしるしを示す」すなわち「任天堂のハードが初動で勝つならそれを買え」とのことである。この予言に従うならば、Wiiを買うべきだろう。
第10巻31番
Le sainct Empire, viendra en Germanie
Ismaelites trouueront lieux ouuerts,
Asnes voudront aussi la Carmanie
Les soustenans de terre tous couuerts.
聖なる帝国がドイツに生まれ
イスマリエットは開けた場所を発見する
愚か者はカルマニアの地を求め
その地の支持者は地を覆う
「カルマニア」はペルシャ湾北部の民―すなわち中東の辺りの民族を示しており、「イスマリエット」はイスラエルの末裔ではないかといわれている。
しかし、
「Germanie」と「Carmanie」
を一緒くたに中央アジアのアフガニスタンであるとし、1977年のソビエト連邦侵攻を示しているという説[4]や、
「Carmanie」は「Car mania」
すなわち「クルマ気違い(カーマニア)」のことだと言う説[5]が、1970〜90年代の研究本には真面目に記されていた。
第10巻72番
L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois,
Du ciel viendra un grand Roi d'effrayeur:
Resusciter le grand Roi d'Angolmois,
Avant apres Mars regner par bon-heur.
1999年の7か月
空より恐怖の大王が至るであろう
アンゴルモアの大王を蘇らせるため
その前後、幸福な統治が火星(ないしは軍神・火星は戦争と暴力の支配者)によりなされる
日本においては最もよく知られた詩であるが、諸外国ではそれほど注目されていない詩である。なぜならば文章を通してみれば、不幸な感じがするのは
「恐怖」
の部分だけ(しかも本来は「人々を嫌悪させる、脅えさせる」の意)であり、「幸福な統治」と平和が強調されているからである。
「アンゴルモア」はフランスのアングーモア地方を指しており、そこ出身の国王フランソワ1世(ルネサンス振興に尽力する一方、イスラムと手を結びキリスト教徒の反発を買う)を示しているという説が、フランスでは有力視されている。そのため、フランスで戦争好きの国王(軍神)の善政がなされているころに、フランソワ1世のような偉大な王(アンゴルモアの大王の再来を思わせる、キリスト教徒などを脅えさせる大王)が再び生まれるのではないか・・・という意味ではなかったかと推測されている。
詳しくは恐怖の大王とアンゴルモアの項目を参照のこと。
しかし日本では1970年代以降のブームに便乗し、以下のような珍解釈が現れたりした。
1999年9月23日以降、
空に火山噴火の大噴煙が立ち昇る。
これは来るべき地球規模の地殻変動の前兆。
その前後、国連PKO軍は活動を展開中。
池田邦吉の訳。イタリアのベスビオ火山噴火を示しているといい、七の月は「天秤座」の時期(9月23日〜10月23日)と解釈している。
見ての通り、原型を全くとどめていない。意訳とさえいえない。
ほとんど創作といえるものである。
その他の人の説にも見ていて苦笑するものが多かったことから、1999年7月前後のバラエティ番組では視聴者に受けると思われ、いろいろな意味で好意的に取り上げられた。
件の池田などはそれらを通じ、解釈者からコメディアンに転じたほどである。
なお野村克也と野村沙知代を指し、「阪神タイガースの優勝」を示しているという説もあったことをお忘れなく[6]。
実際に達成したのはこの4年後だが。
第10巻75番
Tant attendu ne reuiendra iamais,
Dedans l'Europe en Asie apparoistra:
Vn de la ligue yssu du grand Hermes,
Et sur tous Roys des Orients croistra.
非常に切望されつつも
ヨーロッパの中に戻らず、登場するのはアジアだろう
偉大なるヘルメスで結束し送られ
東洋の他の王の権力をことごとく越える力を持つだろう
「Fate/stay night」のセイバールートに関する予言とされる。
アーサー王であるセイバーはヨーロッパに戻ることを切望されたが、日本の冬木市に召喚された。
また3行目の「ヘルメス」とは魔術師のことであり、召喚儀式のために遠坂、マキリ、アインツベルンの3家が結束するさまが示されている。
セイバーが「東洋の他の王の権力をことごとく越える力を持つ」のは周知の通りである。
第10巻86番
Comme vn gryphon viendra le Roy d'Europe,
Accompagne' de ceux d'Aquilon,
De rouges & blancs conduira grand troupe,
Et iront contre le Roy de Babylon.
ヨーロッパの王がグリフォンのいでたちにて立つ
北に住む強者たち
彼は赤と白との軍を従えて
やがてバビロン王に立ち向かわんとす
まず目に付くのは「ヨーロッパの王」と「バビロン王」であるが、両者が戦うとなるとアーサー王とギルガメッシュ、つまりセイバーと金アーチャーしかありえない。
やはりこれも「Fate/stay night」に関する予言である。
「北」というのはゲームの舞台である冬木市、そこに「住む強者」とはマスターとサーヴァント達、「彼」とは主人公の衛宮士郎、「赤と白との軍」とは遠坂凛とセイバーのことである。
また1行目でセイバーについて予言しておきながら、あえて3行目で主人公が凛とセイバーを連れて行くと予言していることから「両手に花」の凛Goodendの予言とされる。
なお、文脈からはアレクサンドロス大王とダレイオス3世とのガウガメラの戦いを示しているとも考えられるが、それはノストラダムスが生まれるよりもさらに2000年も前の出来事であり、これでは予言でなく伝記になってしまうとの批判がある。
ノストラダムスの「予言集」は「壮大なギャグ性」を有していて、彼に芸人およびコメディ作家としての才能があることが明らかになった。
彼は死後数百年後にヨーロッパから遠く離れた極東の地で、思っても見なかった形でその才能を見出されたといえよう。
なおノストラダムスはこの「予言集」の中で、日本を始めとする諸国にこのような珍解釈をする人が現れ、大恥をかくことも予言していたといわれる。第2巻36番の詩がそれである。
Du grand Prophete les lettres seront prinses.
Entre les mains du tyrant deviendront:
Frauder son roi seront les entreprinses,
Mais ses rapines bien tost le troubleront.
偉大な預言者の書が横取りされ
暴君の手にそれが渡る
彼らは国王を騙そうとしたが
その盗みのために窮地に追い込まれる
* ウラジーミル・プーチン(恐怖の大王?)』アンサイクロペディアWikiより
この大王がプーチンであればロシアということになり整合性がとれてくる。三つ考えられる。

ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1074.html
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1057.html
http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83m%83X%83g%83%89%83_%83%80%83X&inside=1&x=0&y=0

タマちゃん
http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-category-144.html
http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-entry-14073.html




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