2013年10月09日

辺界の輝き: 日本文化の深層をゆく



2013年10月01日
テーマ:SF・霊的世界
かなりマニアックな内容なので、興味ない方はスルーしてください。
先日、五木寛之・沖浦和光 共著 『辺界の輝き: 日本文化の深層をゆく』 という本を勧められた。
まだ読んでいないが、本の内容紹介にこう書かれてあった。
「サンカ、家船、遊行者、遊芸民、香具師など、山や海に暮し、旅に生きた人々。
彼ら漂泊民は、既存の歴史観では顧みられることはなかった。
体制の枠外に置かれた、“マージナル・マン=周縁の民”が築いた日本文化の深層とは?
さらには、法然、親鸞の思想、柳田民俗学が持つ意義とは?
差別にさらされながらも、社会を基層で支えた人々への熱い思いと
知的探究心にあふれた刺激的な対論が展開される。 」
日本史の教科書やマスメディアで語られている歴史は権力者側から見たもので、
権力者側に都合のいい内容となっているのは想像に難くない。
それとは逆に、この本は真逆の立場から見た歴史について書かれたものである。
そういう訳で、頭の片隅に「サンカ」「家船」「遊行者」「遊芸民」という単語があって、
今、一番、興味のある古代神道の歴史と、
そこに登場する八咫烏(やたがらす)という
秘密結社について調べていたところ、「サンカ」に関する記述があった。
以下は、その引用文。
*********************************
サンカの社会 (←リンクあり)
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1019
「サンカの社会は彼等独自のもので、アヤタチと呼ばれる大親分(おおやぞう)を頂点に、
クズシリ、クズコ、ムレコの各親分(やぞう)が、
(注:あるいは頭領の補佐としてミスカシ(透破)ツキサシ(突破)の三羽カラスとして)
各地のセブリを取り仕切り、その生活は、彼等が理想とする誇り高き社会を守るために、
独自の掟(ハタムラ)によって厳しく規定されていたと言われています。
結婚により彼等は親兄弟と離別し、独立のセブリで独立の生業(なりわい)をすることを決められています。
そして掟(ハタムラ)では、ひとたび関係のできた男女は夫婦(ツルミ)とならねばならぬとし、
ツルミとなった以上は、如何なる不正な関係も断じて許されないということです。
映画「瀬降り物語」 ではそう語られていますが、本当のところは分かりません。
ただサンカの人達の夫婦の結びつきは強く、病身の妻を最後まで夫が
甲斐甲斐しく看病した話があり、
男尊女卑的な考えはあまり無かったようです。
神示などの教えには「神界の乱れ、イロからじゃと申してあろう。
男女関係が世の乱れであるぞ。お互いに魂のやりとりであるぞ。」
との言葉がありますが、
かなり自由に生きていたと思われるサンカの人々ですが、
人間として守らねばならぬ掟に対しては厳格であったのかも知れません。」
(サンカ(山窩)を考える)から引用
セブリとは?
セブリとは背振り・瀬振りであり、古代日本の「山の民」は、
ユサバリと呼ばれる簡易テントを河原や空地に張って移動生活をしたそうです。
ユサバリとは、よく見かける切妻型の屋根のような形のテント小屋で、
棒を2本×型に2つ立てて、その上に横棒を乗せてシートを掛けると出来上がります。
【アヤタチとサンカ】
オリエント由来の多神教を奉じるイスラエル支族の一部が大洋を航海し(アマベとモノノベ※)、
あるいは内陸を移って(秦氏)日本に渡来した。彼らはその後どうなったか。
アマベの勢力は早くから減退したようだが、
これは天孫軍 に反抗したことが根本的原因であろう。
(※アマベの漢字表記は「海部」「海人部」、モノノベは「物部」)
【上田伝承】は、次のように伝える。
「朝鮮カラ追ハレタル 騎馬族ガ 日本ヲ襲ヒ 海人ラハ 朝鮮カラ来タル
応神天皇ナドニヨッテ 海ヅタヒニ ヘキ地ヘト 追ハレタノガ 海人トノコト」
(『吉薗周蔵手記・別紙記載』)
朝鮮半島南端に駐屯していた辰王 は、南下してきた同族に追われて日本に渡来し、
宇佐でイスラエル支族・秦氏の女婿となった。
辰王と宇佐氏との間にできた応神天皇が東征し、
アマベらの古王国に侵攻するが、モノノベ氏の祖ニギハヤヒと縄文族ナガスネヒコの
連立政権大和王国もその1つだった。
アマベが東征軍に抵抗したとの上田伝承は、『日本書紀』応神紀の
「3年11月、処々の海人ざわめきて命に従わず。即ち安曇連の祖の大濱宿禰を
遣わして平らげせしめ海人の宰となす」とあるのに対応する。
思わぬ所に古伝承の裏打ちが見つかるのである。
応神3年の反乱(実は防衛)の主体は海民というより、海民支配者のアマベだったから、
各地の弥生稲作集落イセも反抗の拠点となった。
近江守山の伊勢集落が突然廃墟となったのも、この時の兵火によるものであろう。
応神軍に味方してアマベの騒擾を平定したのは、
海人族の一派の大濱宿禰で、安曇連の祖となった。
筑前国儺県(ナノアガタ)を本拠とする安曇氏は海神ワタツミの後裔を称し、
住吉三神を奉じるから、ホアカリを祖神とするアマベとは同じ家系ではないが、
ワタツミがホアカリの岳父というから、極めて近い縁戚関係にあった。
大濱宿禰の天孫族への加勢は、宇佐の秦氏の工作とみるべきか。
応神紀に「5年秋、諸国に令して海人及び山守部を定む」とある通り、
古来アマベの支配下にあった全国の海民は、この時に初めて部曲に指定され、
安曇氏がその宰(ミコトモチ=支配者)を拝した。
私的部民の安曇部を有していた安曇氏は、以後海人の宰をも兼ねる。
天孫族の襲来に当たり、海人族は安曇とアマベに分かれて、
親天孫・反天孫の両側にヘッジしたらしい。
戦国時代の真田家を連想するが、真田の本家たる信濃の海野・滋野氏も根源は安曇氏であろう。
イスラエル族の特色たるヘッシ策を採ったことを見ても、海人族の民族性の見当は自ずからつく。
天孫 に反抗したアマベはどうなったか。
『古事記』の応神条に「海部、山部、山守部、伊勢部を定めた」とある。
伊勢部は伊勢神宮に海産物の御贄を奉る小規模な海人集団であるが、
今も残る伊勢部柿本神社の祭神は海神系でなく、天照大神などのホアカリ系である。
伊勢部の名からしても、この宰たり得る者は、イセの社にホアカリを祀ったアマベ以外にはあり得ない。
アマベの一部は伊勢部の宰となった筈である。
海人部の宰となった安曇連(宿禰)は、海直(アマノアタエ)と改称し、
この結果アマベとアマが併存して紛らわしくなった。
山守部の宰の山部氏が延暦4年に山氏と改姓した例と似るが、
安曇連の場合は自ら海直と改称することで、敵方に回っていたアマベの遊民を吸収し、
海人族の再統合を図ったものだろう。
しかしアマベの一部は海辺に行かず、山岳に入ってアヤタチとなった。
上田伝承が「アヤタチ トハ 怪立 ト書ヒタル由。
ツマリ アヤタチハ 追ハレル者ノ中カラ 選リスグッタル者ノ 集団デアル由。
ヘキ地ノ海二行カヅ 山中ニ 入ッタノデアル由」と語るように、
海人の中から選抜された者が山中に入り、伝統の錬金術を修めて天孫族に対抗し、アヤタチと称した。
怪しく(本性を晦まして)立つ(生き抜く)ことを原則としたので、
これを漢字にすれば「怪立」となる。
上田伝承のアヤタチ説により、図らずも明らかになったのが謎の民サンカの由来である。
 (中略)
日本に渡来したアマベは、海民のために沿岸適地に海部郷を設け、
稲作民のために各地にイセ集落を建設した。
東征軍に反抗したためイセ集落を焼かれ、アマベの多くは僻地の海辺に逃れたが、
一部は丹波山中に入ってアヤタチと称え、ショケンシの子弟を訓練して諜者(スパイ)とし、
同族の勢力維持と天孫族への対応を図った。
上田伝承は、モノノベもウサ(秦氏)もアヤタチの基となったと言うが、
同種族とはいえ、東征軍と戦い降伏したモノノベや天孫族に味方した秦氏が、
直ちにアヤタチ活動に加わったとは考えにくく、
これは年を経て、アヤタチの地位が変化した時と思う。
三角がアヤタチ(乱破)はサンカの頭領と説くのに対し、
上田伝承は「アヤタチ(怪立)とはアマベらが錬金術を修業する時の名前」と伝える。
両者のアヤタチの観念は同じでないが、統一的な解釈も可能で、その根底には次の考え方がある。
1)雲南の水稲農民が長江を下り、江南の海岸で越の海民と混淆して農耕漁労民となった、
これが倭人。
2)江南の海辺に流移したアマベは、ここで倭人の指導者となり、
倭人を率いて日本に渡来した。
3)ショケンシは雲南以来、倭人の周辺で倭人と共生してきた山岳民族である。
上田伝承では、正しい発音はサンカァで、サンワとも言う由である。
サンカなる呼称が文献に登場するのは意外と遅く明治初期らしいが、
新造語ではなく戦国時代の「乱破」「突破」に通ずる古語らしい。
隠語性からして少数派を指すもので、
人口の多数を占める倭人側から呼んだ語と見るべきである。
なお、「山窩」は当て字らしいが、山中で錬金術を修する行者の隠語ならば
山窩の当て字は却って相応しいと思う。
山窩とは誰を指したのか、その答えは既に出ている。
丹波穴太村の上田家の血を引く外科医・渡辺政雄は
「ウチラはアヤタチの家柄」と言い、同じく上田の血を引くと称する月海黄樹は
著書『秀吉の正体』において、自ら山窩の血筋と明言している。
これからして、山窩とは本来アヤタチを指したことは明らかである。
ところが、山窩(アヤタチ)がショケンシを統率する様を外部から見た者が、
これを一体視し、その結果、山窩の観念が拡張し、
世は山窩といえばむしろショケンシ(諜者・スパイ)を意味するに至ったものと思える。
山窩には「地山窩」と「上田山窩」の別があるようで、両者は対立観念と見たい。
前者の正確な意味は分からないが、後者はアヤタチの血筋が
アマベから秦氏(上田姓)に交替したことを意味するのではないかと思う。
ただし、応神政権は列島統治のスタッフとして、朝鮮半島から多数の秦氏集団を招聘した。
これは秦氏(実は呂氏だと思うが)が率いた交易・技術民で、
その構成員は秦人と称する雑多な人種であった。同族でもアマベと異なり、
秦氏が天孫族と親和したのは、半島時代すでに民族的共生関係にあり、
交易・生産に携わる秦氏の用心棒を天孫族の辰王が勤める関係が成立していたからであろう。
天孫族と秦氏は日本でも共生し、前者は政権を確立し、後者は商権を握った。
天孫族と組んで経済権力を確立した秦氏は、やがて同族のアマベとモノノベを併呑、吸収していく。
その際、アヤタチがアマベから秦氏に交代したものと考えるが、
理由はアヤタチが上田姓を名乗ることである。
そもそも上田姓は信州上田の地に因むもので、養蚕・機織に関連した苗字であり、
真の出自は秦氏と思う。
秦氏は宇佐から東遷して西京・太秦(うずまさ)を拠点にしたが、
分派は更に東行して相模の秦野を経由し、信濃の上田に至る。
この地こそ秦氏が開いたシルクロードの東端で、
明治時代に唯一の高等蚕糸学校を置いた所以である。
秦氏の一派は上田の地で反転、西帰して丹波穴太村に移り、
アマベの家系に入ってアヤタチとなった。
その際、姓として故地に因む上田を称したと見れば、
上田山窩とは「本来のアマベ系ではない上田系の山窩」を意味をすることになる。
時代が変わり権力が天孫族 から諸豪族に移るにつれて、アヤタチ活動も成果を生んだ。
秦氏(上田氏)がアヤタチに就いた時には山窩も権力側の一端を占めていたが、
アヤタチ上田氏が独自の経済能力で、その地位と力を更に高めたものではなかろうか。
傍証として酒造業のことがある。『吉薗周蔵手記』には
「江戸時代の酒造業は、サンカの名主級の特権として許された」との伝聞を記すが、
ここでサンカとは本来の語義たるアヤタチを意味する。
酒造業といえば松尾大社を祀る秦氏が代表で、酒造特権を有するサンカの観念は
アマベ・モノノベではなく、
特に秦氏と結びつくことになる。
それに加え、酒造特権を江戸幕府から得たこと自体が、
当時、山窩が到達した地位と権威を自ずから物語っているのである。
 (中略)
「『竹内文書と月の先住宇宙人』によれば、日本國の裏支配を行う闇の権力者は
下鴨神社の裏神官大烏であって(注:=大宮司=裏天皇の一人)、
出雲勢力とつながる龍蛇霊だと考えられるからです。
大烏(オオガラス)とは神武天皇の東征を道案内した八尺烏(ヤタガラス)であり、
イスラエル民族の祭祀族であるレビ族の長であると飛鳥昭雄氏は語ります」
「クズシリ、クズコ、ムレコの各親分(やぞう)として上記下鴨神社の大宮司、
鎌倉八幡宮の大宮司、熱田神宮大宮司の曾孫の
広瀬祐也(フリーメーソン33位階)の3人がサンカの頭領のアヤタチで、八咫烏の秘密結社で裏天皇。
その上に大親分(おおやぞう)の大烏(おおがらす)がいる。その名前はKであろう。
ロスチャイルドもロックフェラーも、Kの使用人
(ミスカシ(透破)とツキサシ(突破)という使用人)である。
明治政府はサンカを河原乞食と蔑み、神代文字を遠ざけた。
現代日本も自虐的に扱われている。あたかももう終わりのように。
支配者は奴隷が結束しない様に奴隷間に憎しみを起こさせる問題を作る。
日本と近隣諸国との問題も同じなのである。人はそれを賎民資本主義と呼ぶ。
戦後の本当の支配者は日本人である。だからあの戦争にわざと負けたのである」
≪引用は以上≫
管理人注:八咫烏ではありませんが広島の原爆投下は間違いないといっている人もまだ多い〜本人も勿論無邪気でノー天気なのだろう
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1992286.html
アメリカが始めて核兵器を実戦で使ったのは、勿論、広島だ。
1945年8月6日、ウラニウム235を使った原子爆弾「リトル・ボーイ」を投下、
9万人から16万6000人を殺しただけでなく、その後も原爆が環境中に放出した放射性物質によって人間を含む生物は殺されてきた。
その3日後にはプルトニウム239を利用した「ファット・マン」が長崎に落とされて3万9000人から8万人が殺され、広島と同じように放射線物質の犠牲者も多い〜だとさ
金玉さんより〜http://golden-tamatama.com/blog-entry-2365.html
ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1207.html
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/919.html
posted by datasea at 00:00| Comment(0) | % 予知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月21日

予言情報

911テロ事件を予言した女性がまた予言
Sarah Menet
2010年11月14日 2
町の商業は止まりました。ものは買えなくなりました。そして世界中で経済が下降しました。
お金を持っている人はほとんどいませんでした。持っている人も大して価値のある物を買うことができませんでした。金や銀や必需品は価値があって交換ができました。
男性が大勢の人の中に入って、1クォートの液体で満ちたジャーを落としました。ジャーは壊れました。液体は地面に広がりました。
液体の近くにいる人は病気に感染すると思いました。気づく人はいませんでした。1日、2日後、病気で死ぬ人が出てきました。ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ソルトレークシティの4つの都市で死者が出てきました。
この病気は感染するとまずコインの大きさの白い水膨れが出来ます。この水膨れが手、腕、顔に出てきます。そのうち水膨れが痛みだします。ヨロヨロ歩いて死者につまづく病人もいました。多くの人々はだいたい24時間以内に死にました。
他にも風邪のようなウイルスに感染した人が出てきました。新しい菌の感染のスピードは最初のものよりももっと速いようです。感染した人が死ぬスピードはもっとさらに速くなりました。死者の鼻や口や目や耳からは血が出ていました。
感染者は全米にひろがり何十万人にもなりました。
病気に感染した町では、社会機能が完全に崩壊し、略奪、暴動、殺人、無政府状態になりました。多くの人々は気が狂ったようになりました。感染を避け都市から脱出する人が続出しました。
無法者が脱出する人を狙って殺しました。
至る所で電気の供給は止まりました。通信システムも止まりました。
電気店のショウウインドウのガラスを石で割って中のテレビを盗む人がいます。電気がないのでテレビなどあっても映らないのです。おかしいと思いました…。
病気にくわえ、その年の冬は非常に長く続きました。その年の冬は秋口からはじまり、次の年の夏まで続きました。
数年にわたり続く嵐、かんばつ、洪水などのため、飢饉が進行していました。あらゆるものが下降していきました。
長い冬で、病気はどんどん蔓延していきました。
アメリカ全土は混沌と無秩序に支配されました。経済と電気は完全に止まりました。
政府の機能は止まり、人々はパニック状態です。
食物は何もありません。空腹から虫を食べるため地面を掘っている人もいます。
飲料水もほとんどありません。ほとんどの水は汚染されて飲めません。あまりののどの渇きのため、汚染されているのを知りながら水を飲む人もいます。そして死にました。
何人かが気が狂ったようになり、暴徒と化して無目的に人を殺しはじめました。食物や財産のために殺人を行う人も出てきました。略奪、殺人が増加し制御出来なくなりました。
人のこころは恐れと憎悪に支配されました。
問題は個人レベルの生き残りでした。家族の絆ももはや意味をなしませんでした。食料や水を確保するため妻子を殺す夫が増えました。子供を殺す母親が増えました。
そのような中で、しかしアメリカ国内のあちらこちらに小さな光のポケットのような光の都市が存在していました。だいたい20人から30人の集団です。100人ほどの集団もありました。1000人ほどの集団もありました。光の都市は合衆国西部に多く存在しました。東部にも3つ4つありました。これらの場所は暗闇の中で光っているように見えました。光は人々の内面から来るものでした。その光が愛と幸せを作っていました。まわりの闇と正反対のように感じました。
光の都市のほとんどは生物学兵器による攻撃の直前につくられたもののようでした。だから秩序が出来ていたのです。
光の都市は平和で安全でした。光の都市(The cities of light)には食料がありました。そういう事態が来る事をあらかじめ知り備えていたかのようでした。光の都市の外部の人はその食料に気づきません。光の都市の内部では食料は公平に分配されお互い助け合って生きていました。
私が見たかぎり、光の都市はキャラバンのような感じで移動式でした。短い期間であちらこちらに移動していました。彼らがどこに向おうとしていたのかはわかりません。彼らは高地にかたまっていました。
光の都市の住民はみなテントに住んでいました。テントの多くは棒に毛布をかぶせた程度の原始的なものでした。荷物は自分たちが運ぶ事が出来る量に抑えているようでした。
暴徒は旅行者を捕食しました。そして、光の都市も狙っていました。しかし光の都市の住民は自衛のため銃を持っていたので、暴徒は光の都市に近づけませんでした。それよりも無防備な人々に目をつけ襲いました。
注:Sarah Menetは、生き残る気力、食物、きれいな水、コミュニティと信頼が大切だと言っています。
光のこれらの場所は、暗闇を通して明るく輝くようで、彼らが私の注意を捕えたような残りの場面と正反対のものでした。私はしばらく彼らに集中して、尋ねました、『これらは、何ですか?』、私はそれから、光のこれらの点が一緒に集まった人々であったのを見ることができて、祈りで跪いていました。光は実は人々から来ていました、そして、私は光が前へ彼らの長所と愛を示していると思いました。私が至る所で目撃したものに反して、私は彼らが安全性とそれのために一緒に集まるとさらに思いました。そして、心配するものは彼ら自身でより互いのために多くでした。
彼らが何が来ていて、それに備えたかについてわかっていたかのようでした。私は誰か何が彼らを組織したかについて、見ませんでした、しかし、私は多くの人々が彼らが運ぶことができたものだけで彼らと連絡をとるのに苦労しているのを見ました。
光の都市はそれらのグループの外側の他が食べなかった食物を食べました、そして、光の都市の中で、食物は彼らのグループに加わった人々とすぐに共有されました。これらの場所では、平和と安全性がありました。住民はすべての種類のテントに住んでいました。そして、それの多くはほんの棒で上げられる毛布でしかありませんでした。私は、それらの都市の人々の多くが彼らが自衛のために使う銃を持っていたので、ギャングがこれらのグループの上で脅しをしなくて、他の目標と無防備な人々に目をつけるほうを選んで、完全に彼らを放っておいたと気がつきました。ギャングも旅行していた人々を捕食しました。そして、光の都市に到着しようとしました。
私が彼らを見たので、私は光のこれらの都市が一時的だった、そして、短い時代には、彼らの範囲内で生きている人々があちらに行くと理解しました。より高い場所に、私は彼らがどこに行くことになっていたかについて、わかっていなくて、彼らが山に集まったと思うようでした。
イベントは、どんなブレークなしででももう一つの上に1つを積み上げました。
タイミングの私の感覚は、現在あまり明白でありませんでした;
しかし私が一緒にいくつかのものが全く同時に起こっているのを見たか非常に間近だったので。
都市から逃れようとしている人々を殺したギャングの事は前言いましたよね。
私は、これらのギャングが隠れていた人々の自宅に入るのを見ました。彼らは彼らを彼らの隠れ場所から引きずり出して、彼らを強姦して、バラバラにします。
私のために、それから私の前に待ち受けていたイベントは、説明を越えて恐ろしくて、見ているために、ほとんど耐えられなかったです…。

Before It's News
http://beforeitsnews.com/story/263/022/More_Prophecy_from_the_Woman_Who_Predicted_911.html








posted by datasea at 19:59| Comment(0) | % 予知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

エスキモー女性の予言

2012年04月24日
極東ロシアで発見された「白いシャチ」から浮かび上がるエスキモーの予言

In Deep
http://oka-jp.seesaa.net/article/182113536.html





Eskimo Woman Prophecies
エスキモー女性の予言
シャチが夢の中で私のもとにやってきました。
このシャチは私の兄弟なのです。
シャチは冬にやって来ました。
そして、救世主が来る日が近いと私に言ったのです。
マンモスと呼ばれる山が爆発する時、青い太平洋の海は冷たくなります。
シャチはこう言いました。
「太平洋の水が最も冷たくなった時、そして、太陽の輝きが氷のように冷たくなった時、人々がマンモスと呼ぶ巨大な山が噴火し、そして大量の煙と炎を空中にはき出すのだ。そして、山は火に包まれ、雪は溶ける」。
そう言ってシャチは去りました。
外国の名前をもつ医者が、多くの病気を治すことができる治療法を作り出すために、わすれな草のような植物を使います。それから人はガンや風邪で死ぬことがなくなります。また、男性を愛してしまう男性がかかり消耗して死んでしまう病気の治療法が開発されます。株式市場は崩壊します。それは、ある日、歴史上で最も大きな下落を見せます。たった一日で何千ポンドも失う人が出ます。ロシアは共産主義に戻ります。民主主義は一掃されて、2000万人以上が強制収容所で亡くなります。スターリンの像がロシアの国にもう一度建てられることでしょう。
核戦争の恐怖が地球をしばしば脅かします。
死海の近くでイスラエルが膨大な量の石油の油田を発見します。そこには全世界に 500年間、石油を供給し続けることのできる量の石油が埋蔵されています。それにより、イスラエルは世界で最も経済的な大国となります。巨大な金色の十字架がエジプトのギザのピラミッドの頂点に現れ、それが7日間の昼と7日間の夜、そこに残ります。
軍隊へ象徴的存在として示されることにより、アルマゲドンの戦争が始まります。キリストが地球に戻られる時には、全世界でバラの香りがします。主がそうされるとシャチは言いました。
その日はまもなくです

In Deep
http://oka-jp.seesaa.net/article/182113536.html





1877年11月5日に生まれたということが書かれてある以外は、名前も書いていないですし、予言といっても、いつ頃言ったものなのかもわからないのですが、その内容というより、彼女の予言が、
・シャチから教えてもらったもの
となっていることが印象的だったのです。
イメージとしては、下の写真のように彼女の夢(?)にシャチが現れて、語るのだそう。
上の英語ページでは、このエスキモーの女性は、
- 第一次世界大戦が始まる日付
- ケネディ大統領の暗殺
- ファティマの聖母マリアの外見
などを予測したとされていますが、まあ、予言の当たる当たらないは今の私にはあまり興味がなく、ただ、興味があるのは、「概念の横のつながり」なんです。
たとえば、古代神話というものが、どこの国のどんなものでも、似通ったものであるというような意味での「横のつながり」のことです。時間軸を外して考えると「これらの共通認識の中に世界が存在する可能性があるのかもしれない」ということに、なかなかエキサイティングな感覚を覚えたりする最近だったりします。

In Deep
http://oka-jp.seesaa.net/article/182113536.html



posted by datasea at 23:59| Comment(0) | % 予知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする