2018年10月16日

旧約聖書の十二小預言書

旧約聖書の十二小預言書
ダニエル書
ホセア書
ヨエル書
オバデヤ書
ヨナ書
ミカ書
ナホム書
ハバクク書
ゼパニヤ書
ハガイ書
ゼカリヤ書
マラキ書        

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ダニエル書
ダニエルしょ Book of Daniel
旧約聖書の一書。
前606年ごろ、バビロン捕囚でエルサレムからバビロンにつれていかれた預言者ダニエルの記録とされる。
しかし、年代などは史実と一致せず、実際には前2世紀の中ごろ、無名の作者によって書かれたという説が有力である。
「ダニエル書」が聖書にくわえられたのは後90年ごろ、ヘブライ語正典の第3部「諸書」の中におさめられた。
第2部「預言書」にはいらなかったのは、成立時期が遅かったためと思われる。
聖書には「ダニエル書」以外にも、ダニエルにまつわる
「スザンナ」
「ベルと竜」
「三人の若者の賛歌」
の3つの物語があるが、ユダヤ教、カトリック教会、プロテスタントにより位置付けに違いがある。
ユダヤ教とプロテスタントでは、これらの物語を外典とし、カトリックでは「ダニエル書補遺」として第二正典の中にふくめている。
「ダニエル書」の最初の6章には、ダニエルの6つの物語が列挙されている。
もっともよく知られているバビロニア王の夢を解釈した話(4章)のほか、
壁に字を書く指の幻を解釈したり(5章)、
獅子の洞窟になげこまれたが難をのがれる話(6章)
などがつづく。またダニエルの3人の友人は、金の像の崇拝をこばみ、もえさかる炉になげこまれるが、神の救いにより生還する(3章)。
後半部にはダニエルの4つの黙示がある。
ダニエルのみた幻の多くは、メソポタミアやペルシャの神話にもとづいている。
大きな困難に直面しながら真理をつらぬいたダニエルの物語は、前2世紀ごろ、セレウコスの王アンティオコス5世の迫害をうけていたイスラエルの人々をなぐさめ、はげます目的で書かれたものと思われる。
「ダニエル書」の一部は、1947年にクムラン付近で発見された死海写本の中にもはいっている。
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ホセア書
ホセアしょ Book of Hosea
1.プロローグ
旧約聖書の十二小預言書のひとつ。
前8世紀の預言者ホセアの言葉をあつめたものだが、後年ユダヤ人の編者が加筆したと思われる部分も少なくない。
2.内容
「ホセア書」は14章からなり、前半(1〜3章)と後半(4〜14章)にわけられる。
前半は、イスラエルと神の関係を不実な女とその夫の関係になぞらえている。
夫はホセア自身、不実な妻はホセアの妻ゴメルとかなり具体的にしるされていることから、
ここでかたられる結婚は、ホセアの伝記であり象徴的な預言でもあると解釈されている。
律法にのっとって神とイスラエルがかわした契約を、ホセアは愛にもとづく精神的なきずなととらえている。
ホセア(神)は、妻(イスラエル)にうらぎられた。妻は、姦婦(かんぷ)である。妻は子供とともに、罰せられることになっていた。
しかし、妻が過ちをおかすたびに、夫は怒りを愛情でしずめ、妻に救いの手をさしのべた。
後半には、短い預言がならんでいる。
人々の精神的堕落、道徳的に失墜している王や聖職者や預言者、そのような不信心と堕落の結果必然的におとずれる審判と罪について、預言がつづいている。
後半の文体は、さしせまった滅亡を感じさせる緊迫感がある。
3.重要なテーマ
ホセアはヘブライ人の預言者としてはじめて、神とイスラエルの精神的な関係を結婚になぞらえた。
この比喩は、キリスト教神学が発展していくうえで重要な役割をはたしている。
ユダ王国が侵略の危機にさらされたとき、預言者エレミヤも不吉な預言の中で、神の不変の愛というテーマをもちいている。
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ヨエル書
ヨエルしょ Book of Joel
1.プロローグ
旧約聖書の十二小預言書のひとつ。
ヘブライ人の預言者ヨエルが書いたとされるが、この人物については名前しかわかっていない。
本文から判断して、ユダヤ人のバビロン捕囚後(前538年以降)に書かれたものと考えられている。
2.内容
「ヨエル書」は、前半と後半にわかれている。
前半(1〜2章)は、イナゴの大軍による被害をえがいている。
預言者ヨエルは人々を「主の神殿」(1章14節)へよび、断食をして救済をいのるよう強くせまる。
ヨエルは、災厄を「主の日」(1章15節)すなわち裁きの日の前兆ととらえ、心からくいあらためなければその日にすくわれないと警告する。
後半(3〜4章)でヨエルは、救済を預言している。
神は「霊をすべての人にそそぎ」(3章1節)、
「天と地に、しるしをしめし」(3章3節)、
裁きのために「裁きの谷」(4章14節)に「諸国の民をすべてあつめる」(4章2節)。
ユダの人々の敵は、「ユダの人々への暴虐」のためにほろび、
「ユダはとこしえに、エルサレムは代々(よよ)にわたって民のすむところとなる」(4章19〜20節)
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オバデヤ書
オバデヤしょ Obadiah
旧約聖書のいちばん短い書物。
十二小預言書のひとつで、わずか21節しかない。
言い伝えでは前6世紀のヘブライの預言者オバデヤの作とされているが、現代の学者はこの書の一貫性に疑問をもっており、
オバデヤをふくむ2人以上の作者がいたと考えている。
一般にこの書はバビロン捕囚以降の作と考えられており、11〜14節は前586年のエルサレム陥落に関する記述とみられる。
しかし、ほかの節については前9世紀から前4世紀まで、さまざまな成立時期が想定されている。
「オバデヤ書」の前半(1〜14節)は、ユダの宿敵エドムの崩壊を予言している。
エドムに対するはげしい非難は、エルサレム陥落とバビロン捕囚に加担した彼らに対する敵意の反映である。
後半の15〜21節は終末論的な性格をもつ。「主の日」(15節)が到来するとき、エドムと近隣の諸国はイスラエルに対する態度のために罰せられるとのべる。
その後、イスラエルはパレスティナ全土を所有し、「王国は主のものとなる」(21節)。
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ヨナ書
ヨナしょ Book of Jonah
1.プロローグ
旧約聖書の十二小預言書のひとつ。
前8世紀のヘブライ人の預言者ヨナが体験したさまざまな出来事を書きつらねている。
2.内容
ヨナは神から、
「大いなる都ニネベに行ってこれに呼びかけよ。彼らの悪はわたしの前に届いている」(1章2節)
と命じられる。しかしヨナは、主の命にしたがわず、船でタルシュへにげようとした。
すると、はげしい嵐がおこり、おそれおののいた水夫たちは、ヨナに命じられるまま彼を海中になげすてた。
ヨナは、巨大な魚にのみこまれたが、魚の腹の中から祈りをささげ、陸地にはきだされ、ふたたび
「ニネベに行って、わたしがお前に語る言葉を告げよ」(3章2節)
という神の命をうける。ヨナの説教によってニネベの人々はくいあらため、神は彼らの行いをみて災いをくだすことを思いなおした。
ヨナは、神が思いなおしたことに不満をもったが、神は彼をたしなめ、
「12万人以上の右も左もわきまえぬ人間」(4章11節)をゆるす。
3.作者
現代の聖書学者は「ヨナ書」を一種の寓話とみなしている。
伝説では預言者ヨナが書いたとされているが、バビロン捕囚後(前538年以降)に第三者が書いたとする説もある。
これに対し、ヨナの時代とニネベ滅亡までの間、すなわち前8世紀半ばから前612年までに書かれたものだと、いまだに信じている学者もいる。
4.解釈
ヨナが魚にのみこまれ、その後はきだされるという筋は、イエス・キリストの埋葬と復活を預言したものだと、キリスト教徒は考えている。
この象徴的解釈にもとづき、石棺浮き彫りなどの初期の葬祭美術には、ヨナをえがいたものが多い。
いっぽうユダヤ教では「ヨナ書」を、神の普遍の愛をえがいたものと解釈している。
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ミカ書
ミカしょ Micah
1.プロローグ
旧約聖書の十二小預言書のひとつ。
前8世紀のヘブライ人の預言者ミカが書いたものとされてきたが、現在は、複数の手による作品と考えられている。
最初の3章は一般的に、ミカの真正の預言とみなされている。
しかし残りの4〜7章については、ミカの時代以後の情勢を反映しており、後年つけくわえられたものだとする説がある。
2.内容
最初の3章には、サマリアとユダに対する神の裁きの預言が書かれている。
サマリアとユダでは、富者が貧者をしいたげ、祭司と預言者は堕落し、政治家も無責任で不道徳である。
こうした悪行の結果、エルサレムと神殿は廃墟になると、ミカは預言している(3章12節)。
4章と5章は、全世界の平和な時代の到来を預言している。
「ヤコブの残りの者」(5章7節)
がもどり、ダビデ王の末裔(まつえい)によってふたたび統治される(5章2〜6節)。
そしてこの牧者の王は、ダビデのようにベスレヘムで生まれるという。
のちにキリスト教徒は、これをイエス・キリストの誕生の預言と解釈した。
6章と7章には、破滅の脅威(6章1節〜7章6節)と希望の啓示(7章7〜20節)が書かれている。
脅威に関する箇所はミカの預言かもしれないとする説がある。
希望の啓示が書かれたのはバビロン捕囚時、あるいはその後の可能性もある。
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ナホム書
ナホムしょ Book of Nahum
旧約聖書にある十二小預言書のひとつで、前7世紀のイスラエルの預言者ナホムの言葉をしるした書。
前663年から、アッシリアの首都ニネベが陥落した前612年ごろの間に書かれたものと思われる。
冒頭部は、各行がヘブライ語のアルファベットではじまる形式になっている(1章2〜11節)。
まず神の怒りと報復のようすがえがかれ、ユダ王国の解放と、ユダを迫害したアッシリアがたどる運命をのべた神の言葉がつづく。
後半には、神がさだめたニネベへの侵攻と略奪のようすが書かれている(2〜3章)。
「イザヤ書」や「エレミヤ書」では、神の怒りがイスラエルの平和をおびやかす勢力にむけられているのに対し、
「ナホム書」の神は全宇宙的な全能の存在で(1章3〜6節)、すべての悪徳な国家に報いがくだることを暗示している。
「ナホム書」は文学的にも高く評価されており、古代ヘブライ語で書かれた名作の詩のひとつである。
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ハバクク書
ハバククしょ Book of Habakkuk
旧約聖書の12小預言書のひとつ。
著者とされる預言者ハバククについては、なにもわかっていない。
「ハバクク書」は、3章にわかれている。
1〜2章はハバクク自身が書いたという点で、学者の意見はほぼ一致している。
だが3章については、死海写本の「ハバクク書」の注解から完全に脱落しているため、のちに第三者が書いたものと考えられている。
1章〜2章4節は、預言者ハバククと神との対話である。
ただしい者がくるしみ、悪なる者がさかえるありさまを、ハバククはなげき、なぜかと問いかけ、抗議する。
それにたいし神は、カルデア人が悪なる者を武力征服すること、しかし征服者もまたほろびることを宣言する。
さらに、「神にしたがう人は信仰によって生きる」としめくくる。
この神の啓示はのちのプロテスタント神学の原理となり、新約聖書でも
「ローマの信徒への手紙」1章17節、
「ガラテヤの信徒への手紙」3章11節、
「へブライ人への手紙」10章38節に引用されている。
2章5〜20節には、征服者に対する5つの非難がならべられている。
すなわち彼らは他人から強奪し、卑劣なやりかたで私腹をこやし、征服した相手の血で都市をつくり、隣人を侮辱し、木や石でできた偶像にはなしかけると糾弾した。
3章「ハバククの祈り」は、神の顕現をたたえた詩歌になっている。
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ハバクク書
1.書名
本書はハバククに啓示された預言の書なので、ハバクク書と呼ばれています。(1:1)
ハバクク書のテーマは、ユダに対する神のさばきとバビロンに対する神のさばきです。
南ユダはヨシヤ王の死後、再び神に逆らい悪に満ちました。
ハバククがユダの罪を神に訴えると、神はカルデヤ人(バビロン)によってユダを滅ぼし、やがてはカルデヤ人を滅ぼしてユダを救うと告げられました。
2.著者と成立過程
本書の著者はハバククです。
南ユダはヨシヤ王の死後、エホヤキム王の時代になると再び神に逆らい、暴行と暴虐に満ちる国となりました。
ハバククはその状況を神に訴え、神の答えをいただいた預言者であり、エレミヤと同時代に南ユダで働きました。
バビロンの滅亡を預言したハバクク書は、アッシリヤの滅亡を預言したナホム書やエドムの滅亡を預言したオバデヤ書と対比されます。
3.内容とメッセージ
本書は大きく3つに分けることができます。
1)ハバククと神との問答 1:1−2:4
2)ハバククへの神の啓示 2:5−20
3)ハバククの祈り 3章
@ハバククの訴えと神の答えT 1:2,6 黙示6:9,10
ハバククは、ユダの罪を神に訴えているのに、なぜ神は聞いてくださらないのかと訴えました。
それに対して、神はカルデヤ人を起こしてユダをさばくと答えられました。
カルデヤ人(バビロン)は、BC609年にアッシリヤを滅ぼした民族です。
そのカルデヤ人を用いて、今度はユダをさばくと神は告げられたのです。
Aハバククの訴えと神の答えU 1:13,2:4 ローマ1:17
ハバククは神の答えに対して、さらなる疑問を訴えました。
それは、なぜ聖なる神が神を信じない異邦人を用いて、神の民をさばくのかという問いでした。
それに対する神の答えは、「正しい人はその信仰によって生きる」というみことばでした。
どんなにバビロンが攻めて来ても、正しい人は信仰によって生きることができるのです。
キリストの十字架のみわざを知ったパウロは、このみことばが教える信仰義認の真理を解き明かしました。
ルターもこのみことばによって信仰義認の真理に目覚めたのです。
Bバビロンに対する神のさばき 2:8 ローマ11:33
神はユダをさばくためにバビロンを用いられます。
しかし、その後、神は心高ぶるバビロンをさばくと告げられました。
バビロンに対する神のさばきは、ユダにとっては神の救いとなるのです。
実際に、バビロンはBC539年にペルシヤによって滅ぼされ、クロス王の勅令によりユダヤ人はエルサレムに帰還することができました。
神は心高ぶる者を滅ぼし、信仰によって生きる義人を生かされるのです。
C神への信頼 3:17−19 ローマ5:2
バビロンが滅びる前に、神はバビロンを用いてユダを滅ぼされます。
しかし、それでもハバククは神に信頼し、救いの神を喜ぶと言って神を賛美しました。
ハバククの神に対する最初の疑問は、神の啓示のことばによって解決し、神への絶対的な信頼に至ったのです。
義人は信仰によって生きるのです。

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ハガイ書
ハガイしょ Book of Haggai
旧約聖書の12小預言書のひとつ。
著者とされるハガイはバビロン捕囚後の預言者だが、その生涯については、なにもわかっていない。
「ハガイ書」は彼の弟子が書いたとする説もある。
ハガイが預言をした前520年は、バビロンからエルサレムへもどってきたばかりの民が疫病や日照り、干ばつにおそわれた年だった。
彼はこうした苦難の原因を、民が神殿の再建をおこたっているからだとつげた。
神の家を完成しないうちに、自分の家をかざりたてているから、神が罰をくだしたのだといいはなち、
ユダの総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアに対し、神殿の再建をうながしてくれと強くもとめた(1章)。
神殿の再建は1カ月以内にはじまったが、人々はまたしても意欲的ではなかった。
そこでハガイは、
神はいつでも民とともにある、
神はすべての国々から金銀をもたらしてくださる、
新しい神殿は神の栄光でみちあふれる
と預言し、民をはげました(2章1〜9節)。
「ハガイ書」の宗教的な意味は、エルサレムの神殿の再建と、神殿の正統な儀式の再制定を強調したことにある。
後者のおかげで、ユダヤ教の信条や儀式は後世にまでのこることとなった。
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やはりこの書もモーセが書いたとは考えないようにしましょう。

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ハガイ書
1.書名
本書はハガイに啓示された預言の書なので、ハガイ書と呼ばれています。(1:1)
ハガイ、ゼカリヤ、マラキの各書は、捕囚後の時代を取り扱っています。
ハガイは、18年間中断していた神殿再建工事を再開するようにとの神のことばを民に告げました。
ハガイの預言を聞いた民は、神のことばに聞き従い、神殿再建工事を再開しました。
2.著者と成立過程
本書の著者はハガイです。
BC538年、ペルシヤのクロス王の勅令により、最初に4万2千人の民がバビロンからエルサレムに帰還しました。
彼らは帰国後すぐに神殿再建工事に着手しました。
しかし、サマリヤ人たちの妨害に会い、工事は18年間中断してしまいました。
その間に民の関心は自分たちの生活のことに向けられ、神殿に対して無関心になってしまいました。
そのような民に対して、ハガイは今こそ神殿を建て上げる時だと語り、ハガイの預言によって、神殿再建工事は再開しました。
3.内容とメッセージ
本書にはハガイに対する4回の神のメッセージが記されています。
1)第1のメッセージ 1:1−15
2)第2のメッセージ 2:1−9
3)第3のメッセージ2:10−19
4)第4のメッセージ2:20−23
@神殿再建工事の再開 1:7,8 エズラ4:24−5:2
神殿再建工事が中断し18年が経つと、民は神殿に対する熱意を失い、自分たちの生活を中心とする生き方をしていました。
しかし、その結果は神の祝福と繁栄を失うものでした。
そのような状況の中で、神はハガイを通して「あなたがたの現状をよく考えよ。」と語られ、工事の再開を促されました。
この主のことばに民は応答し、神殿工事は再開されました。
Aゼルバベルの神殿 2:3−5 エズラ6:6−8
神殿工事再開1ヶ月後、壮大なソロモンの神殿を見たことのある人たちから失望の声が上がりました。
また、再びサマリヤ人たちの妨害も起こりました。
それに対してハガイは、「強くあれ。仕事に取りかかれ。わたしがあなたがたとともにいるからだ。」との神のことばを伝えました。
その後、ダリヨス王はサマリヤ人たちによる工事の妨害をやめさせ、ペルシヤの国費をもって、神殿再建を行うようにと命じました。
B未来の栄光 2:9 ルカ2:46−49
ゼルバベルの神殿は壮大なソロモンの神殿に比べると、みすぼらしいものでした。
しかし神は、この宮のこれから後の栄光は、先のものよりまさろうと約束されました。
なぜなら、やがてこの神殿に神の御子イエス・キリストが来られるからです。
イエスは十字架の死によって、罪の贖いを成し遂げ、神との平和を築いてくださいました。
Cゼルバベルへの約束 2:23 マタイ1:12,13
ゼルバベルの神殿再建の働きは、救い主をお迎えする準備でもありました。
神はゼルバベルを選び取り、印形のようにすると約束されました。
印形は王の権威の印であり、約束を保証するものです。
神は、ダビデの子孫として来られる救い主は、ゼルバベルの家系から生まれることを保証されました。

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ゼファニヤ書
ゼファニヤしょ Book of Zephaniah
1.プロローグ
ゼパニヤ書ともいう。旧約聖書の中の十二小預言書のひとつ。
2.成立
古くは、全編が前7世紀の預言者ゼファニヤの預言をしるしたものとされてきたが、
最近の研究者は、とくに2〜3章には後年加筆された部分が多いとみている。
前書き(1章1節)によれば、預言はユダ王国の王ヨシヤの時代におこなわれたものである。
ヨシヤは前621年に宗教改革を断行するが、本書はそれ以前の社会と宗教を非難し、ユダの堕落が北方からの脅威をさそっているという。
これはおそらく、前625年ごろ、中東がスキタイ人の侵略の脅威にさらされていたことをしめすものだろう。
3.内容
「ゼファニヤ書」は3部からなる。
第1部(1章1節〜2章3節)では、伝統のならわしにそむき神をけがした者はすべてほろびる運命にあることがかたられる。
当時エルサレムでは、モーセの教えにより偶像崇拝はきびしく禁じられていた。
にもかかわらず異教の儀式をとりいれ、暴力をはたらいたユダに対し、神の怒りがくだる日は近く、一刻もはやく悔い改めをおこなうようにうながしている。
第2部(2章4〜15節)では、敵国への神の審判とその滅亡が預言される。
ペリシテや
モアブ、
アンモン、
エチオピア、そして
アッシリア
は、その傲慢(ごうまん)さとユダに対するひどい仕打ちにより神からみはなされ、没落しほろぼされることがのべられている。
第3部(3章)では、まずエルサレムの堕落がはげしく非難される。
諸国の悔い改めとともに、誠実でただしいユダの残りの者はすくわれ、栄光をとりもどすことが約束されている(3章9〜20節)。
一般に3章14〜20節の神をたたえる部分は、後年くわえられたものといわれる。
キリスト教の著名な讃美歌「ディエス・イレー」(ラテン語で「怒りの日」の意味)は、「ゼファニヤ書」の「主の日」(1章14〜18節)がもとになっている。
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ゼパニヤ書
1.書名
本書はゼパニヤに啓示された預言の書なので、ゼパニヤ書と呼ばれています。(1:1)
ゼパニヤ書のテーマは、エルサレムと諸外国に対する神のさばき、そして終末の救いの約束です。
聖なる神は罪人をさばくと共に、さばきを通して民を悔い改めに導き、救いの祝福を与えようとされました。
本書においても、神のさばきと救いが切り離されることなく、共に預言されています。
2.著者と成立過程
本書の著者はゼパニヤです。
ゼパニヤはヒゼキヤ王の4代目の子孫に当たります。
主に信頼したヒゼキヤの後、マナセとアモンの時代になると、南ユダは異教信仰を取り入れ、エルサレムは偶像で満ちていました。
ゼパニヤはそのように霊的に堕落しているユダに対して、神のことばを語りました。
ゼパニヤの預言活動は、アモンの後を継いだヨシヤの宗教改革に影響を与えたと考えられます。
3.内容とメッセージ
本書は大きく3つに分けることができます。
1)エルサレムに対する審判 1:1−2:3
2)諸外国に対する審判 2:4−3:8
3)終末の救いの約束 3:9−20
@エルサレムに対する審判 1:4 U歴代33:1−3
主に信頼したヒゼキヤの死後、王となった息子マナセは偶像礼拝を行い、神殿に偶像を安置して、主に罪を犯しました。
次のアモンの治世は2年でしたが、彼もマナセの道に歩みました。
次のヨシヤの治世の初期も、南ユダはマナセの罪の影響下にありました。そ
のような状況の中でゼパニヤは、神のさばきの日は近いと預言しました。
A悔い改めの勧め 2:3 U歴代34:1−3
ゼパニヤは神のさばきを宣言すると共に、悔い改めを民に勧めました。
ヨシヤ王はゼパニヤの悔い改めの勧めに応答し、自ら主を信じると共に、宗教改革を行ったと考えられます。
そして、ヨシヤの宗教改革はダニエルたちに影響を与えたと考えられます。
ヨシヤの死後、ユダは再び霊的に堕落し、23年後にはエルサレムは陥落します。
しかし、バビロン捕囚の民の中に、主に信頼する残りの民が備えられました。
B終末の救い 3:9 使徒2:9−11
ゼパニヤは、エルサレムだけでなく諸外国に対する神のさばきを預言しました。
そして、その後に神の救いが来ると預言しました。
3:9の預言は、ペンテコステの日に成就しました。
キリストの救いは、聖霊の力を受けた主の弟子たちによって全世界に伝えられ、すべての国民に証しされます。
そして、預言どおり、国々の民が主の御名によって祈り、一つになって主に仕える教会時代が訪れたのです。
C救いの喜び 3:14,15 ヨハネ1:49
神のさばきの宣告で始まったゼパニヤ書は、喜びの歌声で終わります。
それはイスラエルの王なる主が、民のただ中におられるという神の救いが与えられるからです。
この預言は救い主イエス・キリストの来臨によって成就しました。
主の臨在の約束は、イエスの地上での生涯に成就しただけでなく、イエスを主と信じるすべての者に成就します。
だから、私たちも主にあって喜び歌う者となりました。

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ゼカリヤ書
ゼカリヤしょ Book of Zechariah
1.プロローグ
前6世紀のイスラエルの祭司・預言者ゼカリヤにちなんだ旧約聖書の一書。十二小預言書のひとつ。
2.成立
ゼカリヤが執筆したと思われるのは最初の8章のみである。
研究者によれば、ゼカリヤは前520年から前518年ごろまで預言者として活動していた。
彼自身と弟子がおこなった預言の記録は、その後まもなくまとめられたと考えられている。
9〜14章は、その形式や表現、背景となる歴史や神学が前半とことなり、およそ100年後に書かれたというのが現在の通説である。
後半部は、かつて前586年のバビロン捕囚以前の執筆ともいわれていた。
3.内容
前半の8章は、バビロン捕囚がおわった直後(前538年以降)の時代相を反映しており、主の到来にそなえてエルサレムと神殿が再興されるようすがしるされている。ここでは、人々の献身と従順、内なる霊性、ユダヤ人と異邦人がともに神を礼拝する平和な世界の到来が強調されている。
前半部はさらに4部にわかれる。最初の部分は、悔い改めについての簡単な勧告である(1章1〜6節)。次に、前519年に預言者がみた8つの幻をとおして、神の言葉がつたえられる(1章7節〜6章8節)。
天使によってしめされる黙示録的な幻は、メシア(救い主)の到来がさしせまっていることを予告する。
第3部には、人々をみちびき神殿を再建する指導者の象徴的な戴冠(たいかん)のようす(6章9〜15節)、
第4部には、再興したエルサレムのあるべき姿がしるされている(7〜8章)。
後半の6章は旧約聖書の中でも、もっともわかりにくい部分である。
大半は、難解な暗示をともなう神の黙示録的な言葉からなるが、
その中心はイスラエルの再興とメシアの出現、そして新たな契約がむすばれ、イスラエルの神が全世界の神となる「主の日」の訪れである(9〜11章)。
後半部は絶望的な語り口でつづられており、主以外に救いの道がないことが力説されている。
キリスト教徒は「ゼカリヤ書」の最後の6章に対し特別な意味付けをしており、この唯一のメシアこそイエス・キリストであると考えている。
9章9節はエルサレムへのキリストの勝利の入城、
9章10節はキリストによる全宇宙の支配、
11章12節はユダの裏切り、
12章10節と13章6節はキリストがうけた傷、
13章7〜9節はよき羊飼いであるキリストを預言するものと解釈している。
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ゼカリヤ書
1.書名
本書はゼカリヤに啓示された預言の書なので、ゼカリヤ書と呼ばれています。(1:1)
ゼカリヤはハガイと同時代に、神殿再建のために民を励ました預言者でした。
ゼカリヤ書には多くの幻が記されており、エゼキエルやダニエルと共に、幻を見る預言者と呼ばれています。
また、新約聖書に最も多く引用されている書物であり、イザヤ書の次にメシヤ預言の多い書物でもあります。
2.著者と成立過程
本書の著者はゼカリヤです。
ゼカリヤはハガイの預言開始2カ月後、ダリヨス王の第2年の第8の月から預言を始めました。
ハガイの預言は神殿再建に焦点が当てられましたが、ゼカリヤは民の罪にまで焦点を当てて、神に対する悔い改めと従順を語りました。
前半は、同時代の民へのメッセージが記され、後半は終末に至るまでの未来に関する預言が記されています。
また、多くのメシヤ預言が語られています。
3.内容とメッセージ
本書は前半と後半の二つに大きく分けることができます。
1)同時代へのメッセージ 1−8章
2)未来に関する預言 9−14章
@ゼルバベルへの主のことば 4:6 使徒1:8
1−6章には8つの幻が記されています。
4章は5つ目の「燭台と2本のオリーブの木」の幻です。
ゼカリヤがこの幻の意味を御使いに尋ねると、御使いは
「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。」
というゼルバベルへの主のことばだと答えました。
2本のオリーブの木は、聖霊の油を注がれたゼルバベルとヨシュアであり、燭台である民に聖霊の油を注いで、神殿を完成させることができるのです。
神の働きは、今も聖霊の力によって成し遂げられます。
Aろばに乗って来られる救い主 9:9 マタイ21:4−7
ゼカリヤはメシヤ預言を多く語りました。
9章では、救い主はろばに乗って来られると預言しました。
そして、救い主は平和を告げ、世界を治められるのです。
この預言は、イエス・キリストのエルサレム入城において成就しました。
イエスは十字架の死によって救いを成し遂げ、神との平和を築かれた全地の王です。
Bキリストの受難と悔い改め 12:10 ヨハネ19:37
ゼカリヤは、キリストの受難とそれを見た人々の嘆きと悔い改めを預言しました。
主が民に注がれる恵みと哀願の霊とは、悔い改めの霊です。
また「自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見」とは、神の御子の受難のことです。
主が民に悔い改めの霊を注がれるとき、民は神の御子を十字架に付けたことを嘆き、悔い改めてイエスを救い主と信じるのです。
このことはペンテコステの日に悔い改めた人々のうちに起こり、また、あらゆる時代に主を信じる民のうちに起こります。
C主の再臨 14:4 使徒1:11,12
ゼカリヤは、終末には大患難が起こり、エルサレムは総攻撃されると預言しました。
しかし、その時キリストは地上に再臨され、オリーブ山に立たれます。
その時、義の太陽なる主が地上に臨在され、エルサレムから湧き水が流れ出て、主は地のすべての王となられ、キリストの王国が完成します。

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マラキ書
マラキしょ Book of Malachi
1.プロローグ
旧約聖書の十二小預言書の最後の作品。
かつては、前5世紀のヘブライ人祭司エズラの作とみなされていたが、現代の学者はこの説に疑問をもっている。
執筆の時期はバビロン捕囚時代の後、とくに、ユダヤ人の指導者ネヘミヤが改革をおこなう前の前460〜前450年の可能性がもっとも高い。
2.内容
「マラキ書」は、預言と付録(4章4〜6節)で構成されている。
預言の部分は、預言者がよくやるようにただ啓示をのべるのではなく、問答という独特の形式をとっている。
付録は編集の時点でつけくわえられたものと、学者はみている。
第1の預言(1章2〜5節)は、選民イスラエルに対する神の愛と、エドムに対する永遠の憎しみを確認している。
第2の預言(1章6節〜2章9節)は、不適切な獣をいけにえにして神をさげすんだ罪で祭司と民をせめ、祭司が責務を無視しつづけるならば罰をくだすとつげている。
第3の預言(2章10〜16節)は、ユダヤ人と異邦人との結婚、および離婚についてのべている。
第4の預言(2章17節〜3章5節)は、神を「裁きの神」としておそれることなく悪をおこなう者は、神にさばかれると警告している。
第5の預言(3章6〜12節)は、人々が律法にしたがって「十分の一の献げ物をすべて」神にささげようとしなかったから、凶作になったのだと説明している。
十分の一税をまもれば、神はのろいをとき、豊かな実りをあたえるという。
第6の預言(3章13節〜21節)は、裁きの日がおとずれたとき、神への忠誠はむくわれると預言している。
「マラキ書」は、バビロン捕囚時代(前586〜前538)以後から、ネヘミヤがユダヤの民を再統合するまでの、パレスティナの宗教および社会状況をあらわした貴重な史料である
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やはりこの書もモーセが書いたとは考えないようにしましょう。

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マラキ書
1.書名
旧約聖書最後の書物はマラキ書です。
本書はマラキに啓示された預言の書なので、マラキ書と呼ばれています。(1:1)
マラキの活躍した時代は、エズラとネヘミヤの宗教改革(BC458〜432)が行われる少し前のBC460〜450年頃と考えられています。
BC515年に神殿は完成しましたが、民が期待するような目に見える祝福が来なかったため、民は再び不信仰に陥りました。
そのようなイスラエルに対して、マラキは神に立ち返るようにと預言しました。
2.著者と成立過程
本書の著者はマラキです。
マラキの時代、イスラエルは再び不信仰に陥り、信仰は形式化していました。
祭司たちは堕落し、汚れたささげものを主にささげ、律法を正しく民に教える務めを果たしませんでした。
また、民のうちには経済的有利さを求めて、ユダヤ人の妻と離婚し、異邦人の妻をめとる者が多くいました。
マラキは、そのような民の罪を指摘し、悔い改めて神に立ち返るようにと語りました。
3.内容とメッセージ
本書は四つに大きく分けることができます。また、対話形式が本書の特徴です。
1)イスラエルに対する神の愛1:1−5
2)イスラエルの罪1:6−2:17
3)神のさばきと悔い改め 3章
4)主の日と預言者エリヤ 4章
@イスラエルに対する神の愛 1:2,3 ローマ5:8
神はイスラエルに対するご自身の愛をまず伝えられました。
しかし、民は「どのように、あなたが私たちを愛されたのですか。」と問い返しました。
それに対して、神は「わたしはヤコブを愛した。」と言って、神の一方的な選びの愛を伝えられました。
また、「エサウを憎んだ。」とも言われ、神の祝福に無関心なエサウに対するさばきを語られました。
神の愛を信じて、神に立ち返ることこそ必要なのです。
A神のさばき 2:17−3:2 黙示6:17
マラキは、祭司と民の罪を指摘しました。
しかし民は、私たちは神を煩わしたことはないと言い、さばきの神はどこにいるのかとくってかかりました。
それに対して、神はさばき主を遣わすと語られました。
この預言は、キリストの初臨と再臨の両方が語られています。
主の道を整える神の使者とはバプテスマのヨハネのことです。
B悔い改めの勧め 3:7−10 マタイ6:33
神は民に悔い改めて、神に帰るようにと勧められました。
そして、どのようにして帰ろうかと言う民に対して、十分の一のささげものをもって、神に帰れと告げられました。
十分の一の奉納物を神にささげることは、神に対する信頼を表すことです。
神に信頼する信仰をもって、神に立ち返ることが求められているのです。
神は今も、十分の一献金をもって神への信頼を表すようにと、私たちにチャレンジしておられます。
C預言者エリヤ 4:5,6 マタイ11:14
旧約聖書最後のことばは、預言者エリヤ到来の預言です。
この預言はバプテスマのヨハネの到来において成就しました。
彼は父なる神と子なるイスラエルの関係を回復させるために、救い主の来臨の前に神から遣わされます。
旧約の預言は終了しました。
そして新約時代の幕開けは、預言どおりバブテスマのヨハネの到来から始まりました。

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BC000000910,0000 イスラエル王国:ユダ王国(南王国)首都エルサレム
BC000000900,0000 BC900年頃〜600年頃,周王朝成立。
BC000000835,0000 メディア帝国(BC835以前〜BC550年)。
BC000000800,0000 バビロニアにおいて天体観測がされるようになったころには,神々の座がはっきりと確立
BC000000800,0000 3000〜2800年前,アルプス以北で鉄器時代が始まる
BC000000800,0000 2800年前,北アフリカでカルタゴ建国
BC000000800,0000 2800年前,ヨーロッパ中部でハルシュタット文化。
BC000000800,0000 〜雷,稲妻,灼熱,日食,月食〜紀元前8000年,古代メソポタミア地方では,人間は常に空の脅威にさらされて生活していました
BC000000750,0000 イスラエル王国:イスラエル王国の故地に残ったヘブライと移民との間に生まれた人々がサマリア人と呼ばれるようになる
BC000000750,0000 イスラエル王国:アッシリアのサルゴン2世によって北王国首都サマリヤは陥落
BC000000750,0000 イスラエル王国:アッシリアのサルゴン2世によってヘブライ人は奴隷または追放,異民族が移住,北王国は滅亡
BC000000750,0000 イスラエル王国:BC8C,イスラエル王国(北王国)の滅亡
BC000000750,0000 2750年前,ローマが建国
BC000000722,0000 北イスラエル王国はBC722年にアッシリア帝国に滅ぼされた
BC000000722,0000 北イスラエル王国はBC722年にアッシリア帝国に滅ぼされ,10支族は以後行方不明(失われたイスラエル10支族)
BC000000700,0000 約2700年前中東地域で暮らしていたユダヤ人たちは,大国アッシリアの手で捕囚され歴史から忽然と姿を消した
BC000000700,0000 約2700年前,中東で暮らしていたユダヤ人:失われたイスラエル10支族
BC000000700,0000 南ユダ王国をつくったユダ部族とベニヤミン部族は,ユダ部族がベニヤミン部族を吸収合併,ユダヤという名前が出来る事になります
BC000000700,0000 ヤコブの12人の子供達がイスラエル12支族の基礎
BC000000700,0000 2700年前から中欧中心に大規模な王の墳丘が築かれる
BC000000700,0000 2700年前,ランス・ブリテン島一帯は第一鉄器時代に入る
BC000000663,0000 ナホム書:前663年から,アッシリアの首都ニネベが陥落した前612年ごろの間に書かれた
BC000000663,0000 エジプトの首都テーベはアッシリヤによってBC663年に滅ぼされた
BC000000660,0211 神武天皇。西暦紀元前660年2月11日に橿原の宮で即位。
BC000000660,0211 神武天皇。橿原の宮で初代・神武天皇として即位。
BC000000660,0200 神武天皇の名前は,カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト(サマリヤの王,ヤハウェのヘブル民族の高尚な創設者)
BC000000660,0200 神武天皇が帝国を創建したのが紀元前660年 日本書紀
BC000000660,0200 神武天皇。西暦紀元前660年2月大和を平定。
BC000000660,0200 日本の建国は北イスラエル王国の10支族が国を追われ東に向かいアジア各地に散ってから約60年後
BC000000660,0200 BC660年にアッシリア捕囚となった北イスラエルの離散した末裔のエフライム族が日本に来て皇族が日本の支配的階級におさまった説
BC000000650,0000 神武天皇。東征で九州から大和地方へと勢力を伸ばしていった。
BC000000650,0000 最古の暦はアッシリアのアシューバニーパル王の時代,BC7世紀中ごろに書かれたもの
BC000000650,0000 ニビル星系での戦乱は終わり,南北王朝の王女王婚姻によって統一(神武東征時の平和裏統合,出雲王朝,吉備王朝統一と同じ)
BC000000630,0000 ナホムはBC630〜620年頃に預言者として活躍した
BC000000613,0000 魯文公14年秋7月(春秋),ハレー彗星接近, 古天文
BC000000612,0000 紀元前612年,アッシリアの都メデスの陥落
BC000000612,0000 BC612年にバビロニヤとメディヤの連合軍によってニネベは陥落,アッシリヤは滅
BC000000609,0000 紀元前609年,メギドの戦い
BC000000609,0000 メギドの戦い:ユダ王国はエジプト末期王朝時代第26王朝に敗戦,エジプトの支配下に入った。
BC000000605,0000 紀元前605年,カルケミシュの戦いでエジプト第26王朝のネコ2世が新バビロニアのネブカドネザル2世に敗れる。
BC000000605,0000 ユダ王国は新バビロニアの属国となり,ユダ王国ヨヤキン王を含め約1万人のヘブライ人は捕虜としてバビロンに連行される[第1回バビロン捕囚]
BC000000600,0000 日本の文化・風習が古代イスラエルのものとよく似ている
BC000000600,0000 日本の天皇家の家系図が北イスラエル王国のリーダーであったエフライム族と酷似
BC000000600,0000 第1の国:バビロン ダニエル書
BC000000600,0000 紀元前6世紀 古代ギリシャ時代の自然哲学者たちの活躍
BC000000600,0000 [予言,エレミヤ,滅びの預言] エルサレム神殿の破滅が近い
BC000000600,0000 [予言,エゼキエル,滅びの預言] エルサレム神殿の破滅が近い
BC000000597,0000 紀元前597年,新バビロニアのネブカドネザル2世によりエルサレムは包囲される
BC000000589,0000 紀元前589年 エジプトの新バビロニア侵入にユダ王国も乗じて新バビロニアに反乱を起こす
BC000000587,0000 南ユダ王国はバビロニアに滅ぼされ、2支族はバビロニアに連れさられます(バビロン捕囚)
BC000000587,0000 第二回バビロン捕囚:ユダ王国は属州として併合され,多くの捕虜は首都バビロンへ連行された
BC000000587,0000 西暦前587年,ネブカドネザルはエルサレムを滅ぼした
BC000000587,0000 紀元前587年,新バビロニアは再びエルサレムを包囲,翌年ユダ王国は陥落
BC000000587,0000 バビロン捕囚:当初捕囚民達は強制移住は一時的なもので,新バビロニアは滅亡して帰還できるという楽観論を持っていた エゼキエル書
BC000000587,0000 バビロン捕囚:職人など熟練労働者はバビロン市に移住させられ,ネブカドネザル2世が熱心に行っていた建設事業に従事
BC000000587,0000 バビロン捕囚:ユダ王国のユダヤ人たちがバビロンを初めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行され移住させられた事件
BC000000587,0000 バビロン捕囚:ユダの捕囚民の大部はバビロニアにあるニップル市そばの灌漑用運河であるケバル川沿いに移住させられた エゼキエル書
BC000000587,0000 バビロン捕囚:ネブカドネザルは,生き残ったユダ王国のユダヤ人の大半をバビロンに強制移住させる
BC000000587,0000 バビロン捕囚:ケバル川沿いの地域は荒廃しており,減少した人口を補うため,ユダヤ人の移住先にここが選ばれた
BC000000587,0000 バビロン捕囚:「救いの預言者」と呼ばれた人々は楽観論を吹聴,捕囚民達は滅びの預言に耳を傾けることはなかった。
BC000000587,0000 ネブカドネザルはラキシュやアゼカを含め、ユダの他の都市も征服した
BC000000586,0000 紀元前586年にエルサレム神殿が破壊される
BC000000550,0000 紀元前6世紀頃,北王朝イスラエルはすでにアッシリアに滅ぼされていた
BC000000550,0000 紀元前6世紀頃,バビロニア帝国が台頭し中東一帯に勢力を拡大していた
BC000000550,0000 紀元前6世紀頃,バビロニアは南王朝ユダを滅ぼし,ユダ王や神殿祭司たちを捕囚民としてバビロニアに連行
BC000000550,0000 紀元前6世紀頃,バビロニアは南王朝ユダを滅ぼし,エルサレム神殿の祭具の一部を手に入れた
BC000000550,0000 紀元前6世紀頃,イスラエルは南北の王朝に分裂していた
BC000000550,0000 紀元前6世紀〜4世紀,ケルト族の一派,牧畜生活を営む好戦的種族がイングランドやアイルランドに渡る
BC000000550,0000 メディア帝国滅亡(BC835以前〜BC550年)。 
BC000000550,0000 バビロン捕囚:捕囚ユダヤ人たちは,神殿宗教であるだけではなく律法を重んじる宗教としてのユダヤ教を確立する
BC000000550,0000 バビロン捕囚:捕囚ユダヤ人たちは,宗教的な繋がりを強め,失ったエルサレムの町と神殿の代わりに律法を心のよりどころとするようになる
BC000000550,0000 バビロン捕囚:捕囚から1,2世代を経るうちに,捕囚民達は古代ヘブル文字に変わってアラム文字草書体が使うようになっていく
BC000000550,0000 バビロン捕囚:捕囚から1,2世代を経るうちに,捕囚民の中にはバビロニア風の名前を持つ者が数多く現れた
BC000000550,0000 バビロン。BC6世紀。
BC000000550,0000 2550年前,中国で孔子が生まれる)
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 頭が純金,胸と腕が銀,腹と腿が青銅,すねが鉄,足は一部が鉄,一部が陶土でできた像
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 像の鉄のすね:鉄は第4の国,ローマを示している
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 像の鉄のすね:第4の国は鉄のように強い.
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 像の鉄のすね:あらゆるものを破壊する鉄のように,第4の国は破壊を重ねます ダニエル
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 像の青銅の腿:青銅の国はギリシャ
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 像の青銅の腿:その次に興る第3の国は青銅で全地を支配 ダニエ
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 像の純金の頭:金の頭がバビロニア
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 像の純金の頭:バビロニア王ネブカドネザル王,あなたがその金の頭なのです,ダニエル
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 像の純金の頭:ネブカドネザル王,あなたがその金の頭なのです,ダニエル
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 像の銀の胸と腕:メディア・ペルシア
BC000000550,0000 [予言,ネブカドネザル王が見た夢] 1つの石が人手によらずに切り出され,像の鉄と陶土の足を打ち砕きました
BC000000550,0000 [予言,ダニエル書] 紀元前6世紀頃,ユダ捕囚民のダニエル幻視,ネブカドネザル王が見た夢を言い当て解釈
BC000000550,0000 [予言,ダニエル書] 紀元前6世紀頃,バビロニアは南王朝ユダを滅ぼした,ユダ捕囚民のダニエルは「終わりの時」を幻視
BC000000550,0000 [予言,ダニエル書] バビロニア王ネブカドネツァルの子ベルシャツァル王の治世元年にダニエルは幻を見る
BC000000550,0000 [予言,ダニエル書] ダニエル幻視,ネブカドネザル王が見た夢を言い当て解釈
BC000000537,0000 ペルシャ帝国がバビロニアを滅ぼし,ユダ王国の2支族は故郷に戻る事が許された
BC000000537,0000 バビロン捕囚の終焉 :捕囚民は秋の第7の月までに自分たちの都市に定住した。
BC000000537,0000 バビロン捕囚の終焉 :総督ゼルバベルと大祭司エシュアに導かれた,4万2,360人の「流刑囚の子ら」らが約4か月の旅
BC000000537,0000 バビロン捕囚の終焉 :西暦前537年の初めごろ,ペルシャ王キュロス2世は,捕囚民がエルサレムに帰還し神殿を再建することを許す布告
BC000000537,0000 バビロン捕囚の終焉
BC000000530,0000 燃え盛る鉄の炉で燃えなかったダニエルと友人たちはバビロン州で高い位につけられた
BC000000530,0000 ダニエルと友人たちは燃え盛る鉄の炉に放り込まれたが,神の守護によって燃えなかった
BC000000530,0000 ダニエルと友人たちは金のネブカドネザル王像を拝まなかったため,燃え盛る鉄の炉に放り込まれた
BC000000530,0000 2500年前,バビロンを征服したペルシャ帝国によってユダヤはシオンの地に戻ることを許されイスラエルを再建
BC000000515,0000 BC515年に神殿は完成したが,民が期待するような目に見える祝福が来なかったため民は再び不信仰に陥りました
BC000000500,0000 第2の国:メデイアペルシャ ダニエル書
BC000000500,0000 バビロン捕囚:捕囚ユダヤ人たちはこの時期に神ヤハウェの再理解,神ヤハウェはユダヤ神であるだけでなくこの世界を創造した唯一神でと理解
BC000000500,0000 バビロン捕囚:捕囚ユダヤ人たちは,バビロニアの圧倒的な社会や宗教に囲まれる葛藤
BC000000500,0000 アッシリヤは歴史に残る残虐行為を行って他国を支配
BC000000500,0000 2500年前,ペルシャ帝国がバビロンを征服
BC000000460,0000 [予言,マラキ] マラキの活躍した時代は、エズラとネヘミヤの宗教改革(BC458〜432)が行われる少し前のBC460〜450年頃 hasakich
BC000000457,0000 2300日のタイムラインはBC457に始まり1844年10月22日に終了。tatsujin
BC000000457,0000 [予言,ダニエル書] ダニエル8:14/2300日のタイムラインはダニエル9:24-27 に詳しく描写されている
BC000000457,0000 [予言,ダニエル書] ダニエル8:14/2300日のタイムラインは457B.Cに始まり1844年10月22日に終わった tatsujinn
BC000000457,0000 [予言,ダニエル書] ダニエル8:14/2300日のタイムラインは「神のさばきの時は来た」と「バビロンは倒れた」という天使の使命の宣伝であった
BC000000457,0000 [予言,ダニエル書] ダニエル8:14/2300日のタイムライン,1840年代の調査審判の開始を警告
BC000000457,0000 [予言,ダニエル書] ダニエル8:14/2300日のタイムライン
BC000000457,0000 [予言,ダニエル書] ダニエル 「2300 日(夕と朝)」のタイムライン
BC000000450,0000 2450年前,ヨーロッパは第ニ鉄器時代に入る
BC000000400,0000 弥生時代は,稲作が生活の中心になっていった時代
BC000000400,0000 弥生時代(紀元前4世紀頃〜3世紀中頃)
BC000000400,0000 以前は縄文時代の生活は狩猟や採集が中心で,稲作が始まったのは次の弥生時代ってことで区切られていた 2018
BC000000356,0000 アレクサンダー大王 (Alexander the Great,356-323BC),
BC000000350,0000 紀元前4世紀 太陽黒点の発見
BC000000350,0000 紀元前4世紀 アリストテレスの天動説
BC000000350,0000 紀元前4世紀 アリスタルコスの地動説
BC000000332,0000 紀元前332年ころ,アレクサンダー大王,エジプト征服,
BC000000330,0000 紀元前330年ころ東の世界にメシアが現れるとされた,
BC000000300,1209 BC300年12月09日17時58分〜,火星蠍座 fortunecafe-ceres
BC000000300,1023 BC300年10月23日03時31分〜,火星天秤座 fortunecafe-ceres
BC000000300,0905 09月05日18時35分〜,火星乙女座
BC000000300,0318 BC300年03月18日01時42分〜,火星山羊座 fortunecafe-ceres
BC000000300,0000 第3の国:ギリシャ帝国 ダニエル書
BC000000280,0000 紀元前280年頃,古代アレクサンドリアの前面にあったファロス島にアレクサンドリアの大灯台建設
BC000000280,0000 (アレクサンドリアの大灯台)灯台は大理石で造られており今日で言う摩天楼のような恰好
BC000000280,0000 (アレクサンドリアの大灯台)高さ180m,300以上の部屋を有し大軍団も収容出来る大城塞でもあった
BC000000233,0000 夏至の日の正午に深い井戸の底まで太陽の光が届く エラトステネス,アスワンにて
BC000000200,0000 弥生時代当時の日本は百余国に分かれていて,その中の何国かは漢の楽浪郡に貢ぎ物を送っていた 『漢書』地理志
BC000000200,0000 弥生時代,米を作るようになって食料の貯蔵がしやすくなったため,「持つ者」と「持たざる者」が発生,定住が基本となりました
BC000000200,0000 弥生時代,集落ができ,縄張り争いが発生,日本列島の中にいくつものクニが出来ました
BC000000200,0000 弥生時代,集落ができ,縄張り争いが発生,クニは互いに争ったり,後ろ盾を求めてお隣の大国・中国に貢ぎ物を送ったり
BC000000200,0000 アレクサンダー大王がペルシア征服後,エジプトのナイル川の三角州の西側に都市アレクサンドリアを建設
BC000000200,0000 BC200年 エラトステネスが地球の大きさを測る(夏至の太陽の視差から地球直径を45000kmとする)
BC000000200,0000 2200年前,アレクサンドリアに巨大な灯台が存在(アレクサンドリアの大灯台)
BC000000166,0000 紀元前166〜164年頃,ダニエルの黙示的部分の書かれた大体の年代 tatsujin
BC000000166,0000 ヤーウエ観はダニエルの黙示的部分の書かれた大体の年代と考えられるにはすでに完成されていた
BC000000166,0000 [予言]ダニエル書:彼に仕えるものは千,前にはべる者は万,審判を行なう者は席に着き書き物が開かれた
BC000000166,0000 [予言]ダニエル書:もろもろのみ座が設けられ,日の老いたる者が座しておられた
BC000000166,0000 [予言,ダニエル書9章] 主イエスが不当に断たれた後に,都と聖所を荒らし,荒廃をもたらすカトリック
BC000000166,0000 [予言,ダニエル書9章] 「主イエスの次にくる指導者」とはローマ・カトリック=キリスト教
BC000000166,0000 [予言,ダニエル書7章] いと高き方に敵対して語り...>>>AD4C,ローマ帝国下,イエスの真の後継者らは徹底的に弾圧されていった
BC000000166,0000 [予言,ダニエル書7章] いと高き方に敵対して語り...>>>AD3C,司教連合は12使徒の原始キリスト教を異端として放逐
BC000000166,0000 [予言,ダニエル書7章] いと高き方に敵対して語り...>>>AD3C,司教たちはペトロを初代とする作為的な教皇継承を確立
BC000000166,0000 [予言,ダニエル書7章] いと高き方に敵対して語り...>>>AD3C,イエスの真の後継者らは教会から締め出された
BC000000166,0000 [予言,ダニエル書7章] いと高き方に敵対して語り,いと高き方の聖者らを悩まし,時と法を変えようとたくらむ者
BC000000160,0000 紀元前160年当時の大国といえばローマ帝国,
BC000000159,0000 紀元前159年ころ,山羊座の時代から魚座の時代へ移行
BC000000150,0000 紀元前2世紀 プトレマイオスが天動説を完成
BC000000150,0000 紀元前2世紀 ヒッパルコスが明るさで恒星を1〜6等に分類
BC000000150,0000 紀元前2世紀 ヒッパルコスが月の距離,1年の長さを測定
BC000000150,0000 BC2世紀に黄道十二宮が整備されたときは「おひつじ座」に春分点があった。
BC000000100,0000 終末論(アセンション)は,ユダヤ教やキリスト教の黙示文学で成り立っている。
BC000000100,0000 BC2世紀〜AD1世紀頃に生まれたユダヤ教やキリスト教の黙示文学。
BC000000070,0000 パウロは紀元前70年,黙示録執筆目前に殺された。
BC000000054,0000 ケーザル,ブリタニア再征
BC000000010,0000 「スイフト・タットル彗星」が地球に接近。ベツレヘムの星。mappyhappy713
BC000000000,0000 2000年前ローマ帝国によって滅ぼされるまでの時代にタルムードが発展,明確なユダヤ教が成立
BC000000000,0000 2000年前から ポリネシアの人々が,星の位置だけをたよりに大海原を航海

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2018年07月20日

[歴史情報] 祇園祭(=シオン祭)の秘密


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2004/08/07(土)
祇園祭の大いなる秘密
読書
『祇園祭の大いなる秘密−日本神仏祭祀の謎を読み解く』(久慈力、批評社、1,890)、読了。
前から読みたいと思っていたが、ブックオフでたまたま見つけて買った。
いわゆる日猶同祖論的な説で、祇園はシオンの転訛だという主張がある。
これだけだったらゴロ合わせで終わってしまっていて、まともな人ならば誰も見向きはしないだろうが、
この本では祇園祭とシオン祭を徹底的に比較・検証している。
シオン祭とは何か?
紀元前1000年頃、古代イスラエル統一王国のソロモン王の時代に神殿があった場所がシオンの丘と呼ばれた。
そのソロモンが王として即位したことを祝う祭が、シオンの祭だった。
京都の八坂神社の祭礼である祇園祭は、その古代イスラエルのシオンの祭を模倣したものだというのが著者の主張だ。
いわゆるイスラエルの失われた十部族が古代の日本を訪れていたという説があり、そのような主張をよく知らない人にとっては、
祇園祭=シオン祭
説は、「トンデモ」以外の何物でもないと考えても無理はないだろう。
だが、著者は祇園祭の神事の内容を詳細に調べ上げ、古代イスラエルの神事との類似点を、さまざまな視点からとらえている。
特に私が説得力があると感じた部分は以下のとおりだ。
1. 仮庵祭と祇園祭の神幸祭は七日間行われる。
2. どちらも七月中旬に行われる。
3. どちらも水と火と光の祭であり、神霊が降臨し、宮清めが行われる。
4. 仮庵や山鉾を花、木の枝、植物の房、幕などで飾り立てる。
5. どちらも水を汲み、水を注ぐ儀式が行われる。
6. 榊とヒソプ(ユダヤ教の清めの儀式で使用する植物)は同じ役割を果たす。
7. 祇園祭は、ノアの箱舟がアララテ山の山頂に達した日である7月17日にピークを迎える
以上は著者の主張するところのごく一部にすぎない。
これだけのことが一致するとなると、これは偶然とするのは
無理があるだろう。
この本では、重要な事実をあっさりと書きすぎている部分があるのと、後半ちょっと論旨が強引な部分があるのが残念だ。
だが、これまでの類似の本では書かれていなかったことが多く、それなりの価値がある本だろう。

●探求三昧 by N.Momose● 何でも探求するブログ
http://d.hatena.ne.jp/nmomose/20040807/1396008494






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祇園祭とイスラエルの祭との類似
日本では毎年、7月17日に、「夏祭」と称する「祇園祭」、別名「天王祭」が全国一斉に行なわれます。
とくに総社である京都・祇園神社の祭は、大規模に7月17日から1週間にわたって行なわれます。
じつはこの7月17日という日は、イスラエルにおいても、非常に重要な日でした。かつてノアの箱舟がアララテ山に着いたのが、まさにこの日なのです。
「箱舟は第7の月の17日に、アララテの山の上にとどまった」 (創世8:4)
と聖書に記されています。
そのため古代ヘブル人は、この日に謝恩祭を行なっていたようです。
しかしモーセ以後は、ちょうどこの時期に収穫祭 (仮庵の祭ともいう)が行なわれるようになりました (第7の月の15日から1週間)。
京都で行なわれている祇園祭は、こうしたノアの箱舟の記憶や、イスラエルの収穫祭を思い起こさせるものがあります。
祇園祭では、「舟車」といって舟の形をした山車が、町内をめぐります。
また神輿には、鳩に似た小鳥の彫刻や、榊の小枝をくわえた鳥の模型がついています。
これらのことは、ノアの箱舟や、箱舟にオリーブの小枝をくわえて戻ってきた鳩の話を、思い起こさせるものであるわけです(創世8:11) 。
明治維新の頃、日本に来た商人で、N.マクレオドという人がいます。
彼も京都で祇園祭を見たとき、ひじょうに強い印象を受けました。
たとえば祇園祭の中で、人々は木の枝を持ち歩いていました。
古代イスラエルの収穫祭でも、人々はたくさんの木の枝を持ち、また農業の収穫物を持って行列に参加しました。
またマクレオドは、祇園祭で使われる香炉が、イスラエル神殿で用いられていた香炉に非常によく似ている、と観察しました。
さらに祇園祭の行列の中に、「7つの腕のある道具」を持ち歩いている人たちを見ました。
これはイスラエル神殿で用いられていた7つの腕を持つ燭台(メノラ)に非常によく似ている、と彼は考えたのです
また日本文化において12という数字が、いろいろな場面において用いられていることをも、発見しました。
天皇は12人のお妃を持ち、京都の御所には12の門がありました。
宮城には12の飾り付けがあり、神社の祭では12本の棒がゆわえつけられていました。
こうしたことは、イスラエルで神の民や神殿に関するものに12という数字がよく用いられていたことを、ただちに連想させるものでした。
祇園祭について、ユダヤ人ラビ・トケィヤー氏はこう言っています。
「いずれにせよ、ユダヤ人がこの祇園祭を見たときに感じることは、「ギオン」という名前はエルサレムの別名である「シオン」ではないか、ということである。 
・・・その祭自体が、古代イスラエルの歴史を、ドラマ化したものであるように感じるのである」。
このように、イスラエルの習慣に精通している人々にとって京都の祇園祭は、イスラエルの祭を連想させるものであるようです。
しかしこれはイスラエルの正統的な宗教行事の場合ですが、そうでない場合もあります。
たとえば、日本の神社の中には、牛を祭神としているところが多くあります。
さきに、神道は基本的には偶像崇拝ではないと述べましたが、一部には偶像崇拝も事実入っているわけです。
この風習は、古代イスラエル民族が行なった異教の偶像崇拝の名残りではないか、とマクレオドは考えました
聖書にも、古代イスラエル人は唯一の神を信じながらも、しばしば「子牛礼拝」などの偶像崇拝に陥ったことが記されています。
とくに失われた10部族は、そうした偶像崇拝に陥っていましたから、偶像崇拝が一緒に日本に持ち込まれたと、考えられるわけです。
また、「山伏」に関する様々のことが、古代イスラエルの習慣に非常に良く似ていると、指摘されています。
山伏――頭につけているのが兜巾。
たとえば山伏は、額に「兜巾」(ときん)と呼ばれる黒いものをつけます。
これは古代イスラエルの祭司が額につけた黒い聖なる箱「ヒラクティリー」にそっくりだ、と指摘されているのです。
今日もユダヤ教徒は、祈りのとき、ヒラクティリーを額につけます。こうした習慣は、ユダヤ教徒と日本の山伏にだけ見られるものです。
山伏が吹く「法螺貝」も、イスラエル人が祭のときに吹く「ショーファー」という笛に、よく似ていると言われています。 
イスラエル人のショーファーは、ふつう雄羊の角で作られますが、必ずしも雄羊の角である必要はありません。
実際には、手に入る材料で作ってかまわないのです。
日本は羊は少なく、海洋国家なので、法螺貝が用いられたのではないかと言われています。
両方とも同じような音をたてるのです。そのほかにも、山伏の習慣には古代イスラエルの習慣を思わせるものが多々あり、両者には、
「偶然とは言えないほどの一致点が存在している」
と、トケィヤー氏は述べています。

古代日本とユダヤ・キリスト教
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/032kodai.htm











2012年4月23日 (月)
古代イスラエルはエフライム部族=日本人説の可能性?
今回は日ユ同祖論についてのお話です。
実はワタクシ、日ユ同祖論に関しては、
「一部が日本に来ている可能性は高いだろう。確かに古代ユダヤ所縁の風習、文化的要素はある。
だからとって絶対そうだと断言するのは危険ではないのか?そうかもしれないし、違うかもしれない」
と中立の立場を取ってました。
ところが最近、日ユ同祖論者の急先鋒とも言うべき、久保有政師の著書から間接的にお聞きしまして(久保師の著書は読んでませんです、ハイ)、
99.9%の確率で、日本人みながそうだとは言わないが、失われた10部族が日本に来ていた、
古代ユダヤの血が日本人の中に混じっているに違いないと思うようになりました。
特に大和朝廷として、飛鳥時代に日本国建国をリードしてきた人たちの中には多かったのだろう?などと。
元来、大和民族というのは存在せず、
日本人は、遠くはシルクロードから、大陸から、南方から渡来し、島国独特の文化を作り上げ、日本人と呼ばれるようになった、とは聞いてましたが。
まあ、日本人って、近隣では中国人、朝鮮人、モンゴル人などに比べ、まさに濃い顔で、彫りの深い西アジア系(有名人では元Jリーガーの長島明浩、俳優の北村一輝など)、
色黒の南太平洋系、アジアン=テイストのインドシナ、フィリピンなどの東南アジア系(歌手の杏里、一発で終わってしまったトーコなど)、
半島系(俳優の佐野史朗など)、
平面的な顔の中国系(歌手の渡辺美里、キャスターの小宮悦子など)、
まさにモンゴリアン(タレントのたけし −−;)、
ほかのアジア諸国に比べ、実に混血度の高そうな多種多様な顔のオンパレードです。
さて、話を戻しましょう。事の次第はこうです。
これだけで十分でしょう。
このような祭りは、世界中で日本にしかないそうだし。
○ 諏訪大社では、背後にある守屋山の前で少年を木に縛りつけ、一人の神官が小刀を振りかざし、
その直後、別の神官が出てきてそれを止めさせる、そして代わりに鹿を数頭殺して捧げる、その鹿の中の一頭は耳に傷がついている。
これは聖書を、特に創世記のアブラハムとイサクのモリヤ山での物語を知る者としては、反論の余地なしでしょう。
知らない人のために、簡単に言いますと
神の友と呼ばれ、ユダヤ人およびアラブ人の祖でもあるアブラハムは、
晩年に生まれた子イサクをモリヤの山で神に捧げよと言われて、本当に捧げようとします。
続いて、天使(直接なる神の声?)が現れてそれを止めます。
すると藪に角を引っ掛けた羊が見つかり、それを身代わりとして捧げるというお話。羊と鹿の違いはあれどほとんどいっしょ。
〜創世記22章参照のこと〜
私も日本とはなんと不思議な国なんだ?とは思ってました。
アジアで唯一?(タイもそうだったか?)
欧米の植民地とならず、独立を保ってきた。あの元寇でさえ、耐え忍んだ。
日清日露戦争での勝利。
負けはしましたが唯一、欧米列強白人帝国にたて突いた、黄色人種の国。
あのゼロ戦、戦艦大和を建造し、欧米列強を恐怖に陥れた。
西ドイツとともに、戦後の奇跡的な経済成長。
その反面、広島、長崎、福島と核を三発も喰らった悲劇の国。
世界で一番早くバブルが崩壊し、塗炭の苦しみに。
世界に類を見ない偶像崇拝の国。(古代北朝イスラエルもひどかった)
だとするなら、日本には天皇家があるのだから、サマリヤ王朝はエフライムあたりの末裔なのだろうか?
混血しているとはいえ、ユダ族の末裔は中東のスファラディー=ユダヤがそうであろうし、
この部族が南朝ユダとしてのアブラハムとの契約とするなら、
北朝イスラエル=日本??はあのヨセフの末裔の可能性としては高いことでしょう。
ちょっと強引なのですけど、ヨセフとヨセフを売った、ほかの10人の兄弟たちの話。
ヨセフは苦難に会いながらも波乱万丈の末、古代エジプトの宰相の地位に登りつめます。
そして飢饉がおこり、兄弟たちは(当然4男のユダも含まれる)エジプトに食料を求め、
エジプトにおいてヨセフと再会します。
詳しくは創世記後半のヨセフの物語をお読みください。
何度読んでも、自分を売った兄弟たちと心穏やかならずとも再会を果たし、兄弟たちを許し、
涙を流して抱き合う姿は、とてもじゃありませんが3000年以上も昔の話とは思えず、
リアルにその様子が甦ります(ToT)・・・旧約のなかでも、この創世記はそれほど難しくもなく(難しい箇所は読み飛ばせばいいです)、
おもしろいので是非!お読みください。お持ちでない方は聖書を買いましょう!
そのヨセフの息子が、マナセとエフライムなわけです。
つまり、こういうことです。ヨセフが頑ななるユダを救い、古代ユダヤが合体し、キリストの再臨の準備が整う・・・
霊的な意味で聖書的には、ヨセフはパロ(エジプトの王)への執り成し手として全権を委任された主イエスの型(予表)であるとされています。
であるならば・・・これを物質的な側面に類推解釈し、聖書のデュアリティー(二重性、二面性)として、
日本とイスラエルの関連性を全面否認することは出来ないだろうと。
出来すぎでしょうかね?(笑)
それでも断言はいたしませんので各々、どうぞご自由にこの妄想をアレンジしてください。
しかし、そのためには日本において、まずは!!リバイバルが起こることが条件ですがね。
もしこの仮説が正しいとするなら、黙示録7章2節の「もう一人の御使いが、
生ける神の印を持って、日の出る方から上って来るのをみた。」の「日の出る方」とは日本の可能性が高くはなりますが −−;
このようなことが公に出てくるのは、やはり時は終末なのだろうと。
どなたかも言っておられたのですが、だから日本はサタンとNWOから目の仇にされ、
いぢめられ続けなければならないのか?と。
知らぬは日本人ばかりと −−;
サタンはなんとしても、神のご計画を阻止し、
キリストの再臨を阻止し、この地上に自らの天国(ここで言う天国とはこの世の地獄のことですが −−;)を造りたいのでしょうね・・・
2012年4月23日 (月) 黙示録、聖書預言 | 固定リンク

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-d415.html








3800年くらい前(BC1800年ころ)、シナイ半島の遊牧民であったセム人、アブラハムの子孫が増えてユダヤ民族となった。
(当時のセム人はバスク人・パレスチナ人などに似た黒毛で、モンゴロイド要素の強い人種、地中海系人とは異なる)
3000年前(BC1000年ころ)、ダビデ王の下、ユダヤ民族国家イスラエルは黄金時代を迎えたが、
その後、南北に分裂し、北イスラエルが滅亡後、南ユダ国も2600年前(BC600年ころ)にバビロニアに征服され、人々は奴隷としてバビロンに連れ去られた。
これが「バビロン捕囚」である。
バビロン捕囚のときバビロンにあって石造建築を扱わされたことで石工組合のようなものが成立し、これがフリーメーソンの原形になったと思われる。
2500年前、バビロンを征服したペルシャ帝国によって、ユダヤはシオンの地に戻ることを許されイスラエルを再建する。
2000年前、ローマ帝国によって滅ぼされるまでの時代に、タルムードが発展し、明確なユダヤ教が成立した。
ユダヤ教の根幹教義は、旧約聖書モーゼ五書(トーラー)とタルムードである。
旧約聖書がいつの時代に編纂されたのか諸説あってはっきりしないが、ユダヤ教はこれをユダヤ人に教える教師をラビと呼び、
とりわけタルムードを元に生活規律を求める者を律法学者と呼んだ。
イエスが忌み嫌ったパリサイ人、律法学者は、バビロニア・タルムードの定めを人々に強要していた者たちのことである。
ユダヤ教徒という定義は、タルムード律法を守る者とされていた。

youtube.com
http://www.youtube.com/watch?v=zf9FdnlFKSY&hd=1 
http://www.youtube.com/watch?v=irKv6C_t1xA&playnext=1&list=PLADB418BA17E5C440&index=5

予知情報
http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/yoti01.htm









歴史情報 農業の起源
農業の起源
農業の起源は近代考古学においてもっとも難題とされてきた分野である。
紀元前9600年頃に起きた気候の大変化の直後、世界各地で突如として農業が始まったという事実を説明するため、これまでにたくさんの学説が浮かんでは消えてきた。
1886年、アルフォンス・デ・カンドル(1806〜1893)が植物学的見地からこの問題に取り組んだ。
「栽培植物の地理的起源を知るための最も直接的な方法は、その植物はどこの国で人の手を借りることなく自生しているかということを調べれば良い。」
ソビエトの著名な植物学者ニコライ・イワノビッチ・バビロフ(1887〜1941)は、
カンドルの方法論に可能性を見出していた。
バビロフは長い間かけて世界中から5万種類以上の野草を集め、この作業を通じて主な栽培植物の発生源として8つの場所を特定することに成功した。
なんと、これらの全ての場所には地球上で最も高い山脈との直接的な相関関係がはっきり認められたのだ。
今日不可欠とされている栽培植物が最初に生えていた場所は、ヒマラヤ、ヒンドゥークシ、中近東、バルカン半島、アペニン山脈など、
世界に冠たる山脈が集まる、北緯20度から45度の地域に集中している。
ヨーロッパ、アジア、アフリカにおいてはこれらの地域は緯度に沿って伸び、南北アメリカにおいては経度に沿って伸びている。
どちらの場合も、大きな山脈がある地域と一致しているのだ。
バビロフは、また、今日世界中で栽培されている植物が元々は海面よりはるかに高い位置にある山岳部に生えていた植物を源としていることを証明した。
アトランティスの伝説をエジプトの文献で知ったプラトンは、地球上を大洪水が襲った直後からの復興の最初の日々について、
その最後の著作「法律」の中で記している。
アテネ人「大昔の話には真実が少しでも含まれていると思いますか?」
クリニア人「何の話に?」
アテネ人「人類がしばしば大洪水や疫病、その他の災害によって滅亡させられた結果、僅かの生存者しか残らなかったという話です。」
クリニア人「みんなが真実であると信じていることでしょう。」
アテネ人「それでは多くの災害を思い描いてみましょう。特にノアの洪水の時に起こった災害のことです。」
クリニア人「それについて何を思い描くのでしょうか?」
アテネ人「破滅を逃れた人々の多くは丘の上に住んでいた牧夫であり、人類のほんのわずかな生き残りがどこかの山の上に落ち着いたということです。」
クリニア人「明らかに」
アテネ人「平野や海の近くにあった街はその時全て壊滅してしまったと仮定しましょうか?」
クリニア人「いや、こう仮定しましょう」
アテネ人「それでは破壊が起こった時に、人類はどのような状態にあったとしましょう。陸地には無人地帯が広範囲にわたって存在していて、動物はほとんど死滅してしまった。ほんの少しだけ生き残った牛や山羊が、牧夫の手に渡っていったとしたら?」
プラトンのこうした記述は、家畜の出現に関して初めて理にかなう説明をつけたものである。
彼の理論は、農業の起源や動物の家畜化の始まりが、アトランティス文明でかなり昔から実践されていた手段を再現したものだということを仮定している。
史上最古の農業的実験が行われた時代は、アトランティスの滅亡した時代とぴったり一致するのである。
−MU BOOKS/アトランティスは南極大陸だった!! 1996年刊

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気象情報:約12,240年の地球温暖化は急速にすすんだ
2013年12月5日
The Extinction Protocol
Volcanic ash reveals rapid Ice Age climate change
Posted on December 5, 2013
by The Extinction Protocol
December 5, 2013
Climate Science
http://www.reportingclimatescience.com/news-stories/article/volcanic-ash-reveals-abrupt-climate-change-during-last-ice-age.html
The Extinction Protocol
http://theextinctionprotocol.wordpress.com/
http://theextinctionprotocol.wordpress.com/2013/12/05/volcanic-ash-reveals-rapid-ice-age-climate-change/
オックスフォード大学/クリスティーン・レーン (Christine Lane、Oxford University)
とGFZ独地質調査センター(the GFZ German Research Centre for Geosciences) /アキム・ブラウア (Achim Brauer) による独英合同地質学研究チームの調査によれば、氷河期の気候変動は地域により約120年の時間差はあるものの、地球の各地方で訪れる。
気候変動ははやいスピードでおこりうるという。
約12,240年におきた前回の氷河期の終わり、氷河期終期に約1100年続いた寒冷期/ヤンガードレアス期(the younger Dryas)のおわり、アイスランドのカトラ火山(the Katla volcano)で大噴火がおき、
火山灰は偏西風にのって北ヨーロッパ、中央ヨーロッパの大部分のエリアにおちたが、
独英合同地質学研究チームの最新の研究書/「Geology」の記事によれば、西ドイツ/アイフェル地域(the West German Eifel region)/マーフェルダーマール湖(the Meerfelder Maar lake)の沈殿物の堆積パターンと南ノルウェーのクラケネス湖(Lake Krakenes)のそれには約120年の時間のずれがみられた。
つまり、アイフェル地域で最初に温暖化が起き、その約120年後にノルウェー南部で温暖化が起きたが、両エリアで起きた温暖化はどちらも等しく急速だった。
Achim Brauer
「湖底に沈んだ火山灰沈殿物から正確に火山灰の年齢を測定することが出来る。
これにより時間を正確に特定できる。」。

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Orion/Preides/Siriusの聖盃・聖なる子宮の配置
人類の創造主のいるおうし座を崇拝する古代おうし座信仰



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天体情報,
7月19日(古代エジプトの元旦)
一般に、エジプトの歴史はBC4241年の第一王朝のはじまりとされているが、
この前の時代に何がおきたのかは全く不明である。
そして「太陽の種族」を特色づけるほどに発達した文明がゼロから短期間で形成されたというのは
おかしいと考える研究家は多い。
実際、「歴史の父」として知られるヘロドトスの文献には、
彼がテーパイで、彼の訪問の11000年前に作られた341体の木像を見たとの記述がある。
そして、そのように考えるロシアの研究者が、カイロの考古学者の協力を得て、現在調査を行なっている。
この4年に行なわれた調査結果はまだ公表できないが、
どうやらエジプト文明の起源は一般に考えられているそれよりも、もっとずっと古いものだといえそうだ。
フランスの学者ジャック・ヴァ―ネは、エジプトの暦について次のように書いている。
「エジプトの1年はわれわれの7月19日からはじまる。
この日、太陽はシリウスと同じ位置にある。
さらに、この日はナイル川の水が満ちはじめる日でもある。
シリウスがナイルの干潮に影響をあたえる事はないだろうから、これは単なる偶然だろうが、
このような偶然がエジプトの民のこころを打ち、彼らの暦の基礎になったのだろう。
しかし、4年後、シリウスは年明けの2日後にのぼるようになり、
12年後には4日となる。このような狂いを修正するために、閏年をエジプト人は考え、
修正を加えるようになった。
このような修正によって、シリウスはふたたび、毎年7月19日にのぼる事になった。
ところで、だれのものともわからないエジプトの墓から発掘された碑銘には、
1461年の周期が25回くりかえされていた。
25x1461=36525
もちろんBC4241以降の歴史を加算する必要があるが、
そうすると、エジプトの起源はBC40000年を遡る事になるのだ。
多くの保留がかけられているとはいえ、さきのロシアの研究者は、
エジプト人はインドネシアから渡ってきたと考えている。
ムー帝国は遊星の墜落によって起きた宇宙規模の異変によって
BC8000〜BC10000年におきたと考えているようで、
そう考えるならば、BC4000年のエジプト文明は、知られざる素晴らしい世界の栄光を
わずかばかり反映させたものに過ぎないという事になる。
―神々の秘密,ボーダーランド文庫,

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ハムレットの水車小屋
旧いつも一緒・Legacy of Ashes・OUT OF EDEN・ハムレットの吹かす風・ゲームの達人
2016/5/31
「アトランティスの暗号」  
思いつくままに〜オバマ元ビンラディン大統領のスピーチに隠された暗号を解く
古代との交信
オリオン座に注目するようになった。
きっかけはコリンウィルソンの「アトランティックの謎」を読んだことだ。
定説に反し、10万年前の古代、その時代に高度な天文学の知識が存在したという。
高度な文明の存在したその証明にオリオン座、特にその3連星のほぼ直線な並びのわずかなずれが重要な役割を果たす。
我らが銀河系はさまざまな星団や星がさまざまな周期で運行しているが、
その最大周期をこの3連星の並びのずれを通じて正確に知っていたという。
そのオリオン座がここバリの地では夜空にはっきりと見える。
東京では星を眺めることもなかったので、オリオン座を特に意識的に見たことがなかった。
ある日の夕食の後、ビラの外にでて夜空を眺めた。
雲も無く大気は澄んでいた。
オリオン座の3連星はほぼ直線的に並んでいる。
しかしよく見るとほんの少しずれているのが見える。
そのずれを確認した刹那、10万年の時空の隔たりが消えた。
遠くにバイクの音が聞こえ、突如古代との交信は瞬時にして途絶えた。
これをきっかけにしてかつて訪れたクスコ周辺の石造遺跡や、
さらにコリンウィルソンの「アトランティックの謎」の中に記述された、いながらにして世界を見る能力に思いを馳せてみた。
石の加工技術
南米ペルーのマチュピチュ遺跡やクスコ周辺の石造遺跡をみて、
その石の加工技術に驚かぬ人はいない。
皆一様に、剃刀の刃一枚入らない組石の精巧さに驚嘆する。
西洋の教会建築の石組みとは、切り口の精巧さでは、全く比較にならない。
隔絶している。
そして、12角形やそれ以上の形にあたかもやわらかい粘土をナイフできるような技術にもただただ頭をかしげる。
いまだに合理的な説明がつかない。
ダイヤモンド鋸で切ったらようやくこのシャープさが実現できるらしいが、
そんなにダイヤが産出するはずも無い。
ある建築家が丸い石でたたく方法で平面化する実験をしていたが、
なるほど平面にはなるものの12角形の切り口のシャープさと自由な組み合わせの説明には全くなっていない。
いかなる高度文明があったのだろうと不思議に思う。
ちなみにナスカの地上絵は超常能力を持ち出さなくても、拡大図を描く要領で十分説明がつくそうだ。
日本の小学生がどこかの先生の指導の下に運動場に地上絵を再現していたが、
小さな絵を杭と拡大倍率に伸ばしたロープで見事に再現されていた。
また、よくある数字合わせの不思議もトイレットペーパなどを使っての反論説明をみるとなるほどと思わされる。
クフ王のピラミッドの底辺と高さがπを表現しているという話も簡単に反論されていた。
正確に南北を表しているということもある星を基準にすると精度は実現できるという。
だからトンデモ本をみるような疑いの視点も必要なのだが。
アヤワスカ
一方、コリン・ウィルソンの「アトランティスの暗号」によると、
インカ文明は車輪をすら作れなかった。
このギャップを埋める説明がつかない。
コリン・ウィルソンによると、現代文明とは全く異質の文明があったと推測している。
岩をシャープにカットする技術のみならず、アヤワスカという植物を飲んでいながらにして世界を見る能力とか、
ブラウン気体だとか。
ブラウン気体は、酸素と水素の混合気体で、これまたにわかに信じられないが、
熱くないのに、金属を溶かしたりできるもので、ユル・ブラウンという最近まで生存したブルガリア人が発明した。
このような超常科学がインカに存在し、石をシャープに切ったのかと想像してしまう。
それにしても、車輪すらつくれなかったのに。
なんだかトンデモ本のようだが、あのコリンさんが書くのだから半信半疑くらいの立場は許されるだろう。
いながらにして世界を見る能力で、天体の動きを正確に把握し、
正確な冬至、夏至の把握などを可能にしたのではとの仮説だ。
特に注目したのはアヤワスカという植物による幻覚のなかに世界をみるという記述だ。
瞑想
仏教徒などの瞑想もそれに近いのだろう。
仏教徒はせいぜい茶に頼るほかは薬用植物によらないのは明らかだから、
瞑想によって同じ効果をもつこと、たとえばドーパミンのような物質を脳内から分泌させて観仏するのだろうか。
薬用植物の効果は疑似脳内物質だから本来誰もが脳の中に持っていると思われ、
それが瞑想修行によってふんだんに分泌されると想定することもゆるされるだろう。
瞑想による修行はなにも仏教に限らない。キリスト教でもある。
空海が土佐の洞くつで明けの明星が口の中に飛び込んできたという話が伝わっている。
DMTを試みた人が星のかなたに飛び込んでいくような幻覚をみるがそれと同質のものであると思える。
空海は瞑想だけでおなじ体験をしたと思う。

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惑星ニビルとピラミッド
Greg Jenner
Nibiru and the 'Great Pyramid' Connection by Greg Jenner
http://www.darkstar1.co.uk/gregjenner17.html
二度生まれし者
古代エジプトはなぜピラミッドを作ったのか。その目的は何だったのか。一般には、ピラミッドはKhufu王、Cheopsの墓であるとされる。しかし研究の結果、そうではない事がわかってきた。
古代エジプトの聖職者や筆記者たちは皆ピラミッドの中にある石棺の目的と意味を知っていた。つまりそれは、「二度生まれし者たち、二度生まれし者(the Twice Born Ones、The Aspiring One)」といういわば超能力者が異世界を旅するための設備だった。
「二度生まれし者」となる者は、ピラミッドの中の王の間(the Kings Chamber)の中にある花崗岩で出来た石棺の中に横になり、「二度生まれし者」となる。いわばイニシエーションの儀式。こうする事で、魂は肉体から出て異次元の世界と交信する。そして無限の知恵を得、魂は石棺の中にある肉体に再び戻る。このプロセスを「子宮の中での再生(Womb of Rebirth)」という。「二度生まれし者」は白く輝く人に変わり、ファラオに値する者となる。そして称えられ、生き神として古代エジプトの民衆にあがめられる。そしてまた、この「二度生まれし者たち」は交信によって、「脅す者」(Frightener、つまり惑星ニビル)の天文情報を集めていた事がわかってきた。
著書「The Kolbrin Bible from The Book of the Silver Bough SVB」:7:18
「我は二度生まれし予言者「Elidor」。何世代も前の大昔の出来事を語ろう。…その者の体は赤く…地球全体に破壊をもたらす。日の出ずる所に現れ、日の沈む所に消える。その日は決断の日(the Days of Decision)。人のこころは盲目であり、悩むであろう…。」。
死海文書:9:1
「ピラミッドの中では、つらい『死の儀式(FALSE DEATH)』がある。Koriladwen(肉体から精神を遊離させるための飲み物『』(口あたりがよく、幻覚を起こす作用がある一種の酒。苦い。)を飲む。多くの者はこの儀式で本当に死んでしまう。これに耐え生き残った者は、『二度生まれし者』となる。Ogofnaumに入る…。」。
Peter Tompkins著「Secrets of the Great Pyramid」( 1971年刊、 256頁-257頁)
「ピラミッド研究家William Kingsland氏によれば、古代エジプトでは初歩教育として、天文サイクルとそのサイクルを用いる知識を教えた。当時の古代エジプト社会では天文学は単に宇宙のメカニズムを知るといった表面的な学問でなく、ニビルの公転周期や人類の進化をふくめ、もっと大いなるもののサイクルを知るという目的があった。」 。
「バラ十字団やテンプル騎士団といった集団は、ピラミッドにおけるこういった儀式を継承し続けている。」。
火の子の書:2:3
「1サイクル7年を3サイクル務めた者のみが挑戦しうる。男性である事、仮死状態から生きかえる精神力、知恵、勇気がある事が要求される。また純粋さ、自律心、犠牲心、義務意識も要求される。このうちどの要素が欠けていても生きて帰って来る事は出来ない。」。
予言者Elidorの「二度生まれし者」が知る惑星ニビルの知識
古代エジプトのルーツは古くフリーメーソンの入会儀式。この記録はKolbrin文書にもある。Kolbrin文書によれば、古代エジプトの王権は派遣団を作って各国を旅させ、「二度生まれし者」が得た情報を世界に伝えた。この派遣団が「Elidor」という名の予言者集団であった。「Elidor」は北の地にある「ケルトの国」に「二度生まれし者」が得た「脅す者」(惑星ニビル)の情報を伝え、古代エジプトに帰国した。これが英国とエジプトの最初の国交であった。
Marshall Masters著「The Kolbrin Your Own World Books Master Edition」
Kolbrin文書:33:5
「家はばらばらに壊れ、新たな家を捜す。国も人と同じように、老い、そして死ぬ。Osireh神が光を運びし時から120世代。私の国エジプトは老いている。星々は4回新しい位置へ移り、空を太陽が進む向きは2回変わり、破壊者(THE DESTROYER、惑星ニビル)は2回地球にぶつかり、天は3回開閉し、地上の土地は2回水で洗われた。」。
「これも運命だ。祖国が崩壊しようとも、泥の上に建てた宮殿が倒れようとも、私は行かねばならぬ。躊躇している時ではない。一人では洪水を止めようがない。」。
Kolbrin文書:4:18
「長い努力、犠牲、忍耐により、私はものの本質を知る洞察力を得た。人には奇異に聞こえるだろうが、伝える必要がある…なぜ、あなたは私の教えを笑い疑うのか?考えを変えろなどと言っているつもりはないのに」 。
Kolbrin文書:4:19
「あなたがたケルトは我々Elidorを笑って言う。可愛そうに。おまえは狂っている。このケルトの国から出ていけ。おまえの言う事など信じるものか。」。
Kolbrin文書:4:20
「我々Elidorがあなたがたケルトと比べて劣っているとでも言うのか?そうかもしれん。あなたがたケルトほどの力はない。我々Elidorがここで生き延びているのはあなたがたケルトが攻めないという慈悲心ゆえだ。しかし我々Elidor、しいてはエジプトにはピラミッドがある。それによって、あなたがたケルトの常識をはるかに越えた力の秘密を学んでいる。慈悲などいらない。我々Elidorの知識があれば富と力を得る事などたやすい。しかしそれをしなかった。その代わり、予言者として生きるほうを選んだのだ。それが我々Elidorが誠実であるという証明になるはずだ。」。
この文からわかる事は、過去、地球に少なくとも4回のポールシフトがおきたという事。ポールシフトの原因は、Elidorが言うところの『脅す者』(惑星ニビル)。そしてElidorは「二度生まれし者」が知った惑星ニビルの情報をケルト族に伝えようとした。
Kolbrin文書:7:18
「『脅す者』(惑星ニビル)の事について話そう。前回この地球に接近したのは遠く何世代も前の大昔だ。『脅す者』(惑星ニビル)は恐ろしく大きい星。カニの形をしている。最初赤く見え、それから緑色に変わり、それから青色に変わる。破壊の規模は地球全体におよぶ。この時に人類の分離(the Days of Decision)がおきる。覚醒、光の世界へ向かう者、快楽と快適に沈む者に分かれる。」。
Kolbrin文書:7:19
「精神的なものへの疑惑。この原因は無知。疑惑は愛と自然の中に疑惑はない。疑惑は口から生まれる。
混乱の時と、大声で疑惑を叫んでも無為だ。未知なる恐怖に怯える人々のこころは、快楽と快適さを追う生き方から、精神的なものを追う生き方へ変わる。」 。
Kolbrin文書:7:20
「葛藤の時代、自分の側に大いなる魂がいてくれるよう祈らないでほしい。時間の無駄。むしろ、大いなる魂の側に自分がついているよ、と祈ってほしい。」。
Kolbrin文書:7:21
「私は来るものについて語る。私の声に耳を澄ませてほしい。『脅す者』(惑星ニビル)は近づいても徴候がない。だから人はほとんど備えをしていないだろう。そして『脅す者』(惑星ニビル)は突然来る。人はその日の暮らしの事で頭がいっぱいだ。そして『脅す者』(惑星ニビル)は突然来る。『脅す者』(惑星ニビル)が近づく時代、男は男らしさを失い、女は女らしさを失う。社会は混乱と混沌の中におかれるだろう。」。
結論
ギザ・ピラミッドの目的は2つあった。
1つめは巨大なバッテリー。超能力者である二度生まれし者(the Twice Born Ones、The Aspiring One)」のイニシエーションの場。ピラミッドの構造は巨大なバッテリーとして動くよう設計された。エネルギーはピラミッドの中にある王の間と女王の間に集中する。そこで超能力者を作り、異次元の世界と交信させた。
2つめは巨大アーカイブ。記録。ピラミッドの構造、位置は惑星ニビル通過、ポールシフトにも耐えるよう堅牢に配置され作られている。
Peter Tompkins著「Secrets of the Great Pyramid」(1971年、217頁-218頁)
「ギザのピラミッドは惑星ニビルの記録である。」。
「ギザの3つのピラミッドは惑星ニビル接近の前に建設された。ポールシフトがおき、星は空から落ち、世界がひっくりかえるという情報を知った時の王が建設した。」。
「Ibrahim ben Ebn Wasuff Shah氏によれば、ギザ・ピラミッドを建設したのは当時の王Surid(Saurid)。巨大な惑星が地球に落ちるのを夢で見て、建設を決意した。巨大な惑星とは惑星ニビルの事だったのだろう。」。
ibn-Batuta
「Hermes(ヘブライ語でエノク、Enoch)によれば、ヘジラ(the Hegira)の730年後、イスラム暦622年、当時のエジプトの王は星の様子から災害が近い事を知り、当時の学問を残すため、子孫たちに災害の警告をするためにピラミッドを建設した。」。
「Abu Zeyd el Balkhy氏によれば、ギザ・ピラミッドが建設された時代、琴座が蟹座の位置にあった。つまり、ヘジラ(the Hegira)の36000太陽年の2倍前、73,000年前という計算になる。」。
Peter Tompkins著「Secrets of the Great Pyramid」( 1971年刊、 260頁)
「Henri Furville氏著『La Science Secrete』によれば、Kolbrin文書は、Elidorがケルト族に与えた惑星ニビルの警告だった。Kolbrin文書:7:22:私は命令により、あなたがたケルト族に『脅す者』(惑星ニビル)を警告する。」。
ピラミッドの中で「子宮の中での再生」を経験し「二度生まれし者」となった者が『脅す者』(惑星ニビル)を警告した。そしてその警告は現代の我々にまで伝わった。その意義は大きい。

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FOUR TIMES THE STARS HAVE MOVED TO NEW POSITIONS AND TWICE THE SUN HAS CHANGED THE DIRECTION OF HIS JOURNEY. TWICE THE DESTROYER HAS STRUCK EARTH AND THREE TIMES THE HEAVENS HAVE OPENED AND SHUT. TWICE THE LAND HAS BEEN SWEPT CLEAN BY WATER.
Kolbrin文書:33:5
「家はばらばらに壊れ、新たな家を捜す。
国も人と同じように、老い、そして死ぬ。
Osireh神が光を運びし時から120世代。
私の国エジプトは老いている。
星々は4回新しい位置へ移り、空を太陽が進む向きは2回変わり、
破壊者(THE DESTROYER、惑星ニビル)は2回地球にぶつかり、
天は3回開閉し、地上の土地は2回水で洗われた。」。

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さてさて伊雑宮の復活とは、伊勢が三つ星化することに他ならない。
伊雑宮、籠神社、熱田神宮はいづれも物部系の神社ですが、この三社の動きが今後の方向性を決定化する。
※飛鳥情報では「物部神道=旧約、秦神道=新約」という区切りをしているが、
何故、旧約の物部系神社に新約のレガリアであるイエスの十字架や罪状版が安置されているか?というように、ツッコミどころは満載。。
外宮・内宮・伊雑宮の三宮の配置はオリオン座の三つ星を表していて、エジプトのギザのピラミッドと同様のもの。
更には五十鈴川はナイル川や天の川を表していたのとも同じ。
これを隠蔽したのが八咫烏の指令を受けた藤原不比等。
それは来るべき時まで知られないようにする必要があったからだと推測されている。
伊勢三つ星
(伊勢のオリオンの三つ星)
物部神道の復活のついては「カゴメ唄」に隠された秘密からも解けると飛鳥氏はいい、
「この唄は、本来、籠神社の隠し歌であり、そこには日本の国家成立にかかわる重大な秘密が暗号として隠されているのです。」
と籠神社宮司の海部氏の談話を紹介している。
この籠神社に伝わる極秘伝は、
カゴメ歌に登場する「鶴」は伊雑宮を指し「亀」は籠神社を指すいうもの。
八咫烏からも籠神社と伊雑宮はそれぞれ「阿」であり「吽」であり、
AとZ、アルファとオメガ、はじめと終わりであると知らされたという。
ただし、藤原氏の謀(はかりごと)によって、藤原京移転時に旧京に残された物部氏は中央政治の表舞台から外され、歴史から消された。
しかし、この2013年に至り物部神道が復活するとは、、、これは藤原氏を生かし物部氏を封印したのは八咫烏の策略なのか? 
それは表と裏をひっくり返すための舞台装置なのかもしれない。つまり、この逆転激が雛型となり、
日本列島に伝播・拡散・横展開して大ドンデン返ししていくのだろうか?
う-む、日月神示が初期大王家(物部神道)に関するというオイラの洞察は正しかったとなる(ふふふふ)。
伊勢がオリオン化しイエス顕現化するのに対し、中央構造線で繋がる諏訪湖では武田菱が見つかったという。
これは『甲陽軍鑑』に記されているように信玄公の水中墓ではなかと期待されているが、
実は、まだまだ全貌は不明なまま。
少なくとも菱形の窪地地形があることだけは確かだという。
(武田菱 クロス線が細いのが宗家。甲斐源氏の名門ですが宗家は途絶え、庶家が江戸時代以降も続く)
そして、この武田菱は十字架を表している!!!
諏訪の近くの茅野は縄文文化の一大中心地であり、かつて諏訪神社は洩矢氏が宮司であり、近くには守屋山がある。
諏訪で祀られるミシャグチ神は「御イサクの地」という意味だと語り部は言う。
この「モリヤ」という名は旧約聖書に出て来るエルサレムにあるとされる地名で「イサクの燔祭」があったという場所。
モリヤには「主が備える地」あるいは「主顕現の地」という意味があるという。
また、この「イサクの燔祭」記述をそのままにした御頭祭も諏訪神社で行われていて、
縄文とヘブライ的な物部神道の痕跡が濃く残っている地なのです。
伊勢と諏訪の復権、、、これはきっと何かの予兆的符合だすな。
まぁ、言霊的にはこの二箇所のネーミングは、、、
イセ+スワ → イセスワ → イサワ → イザワ → 伊雑 ということなのか? 
あるいはイエス → イェシュア → イセスワ なのかもしれない(笑)

悩くん フルスロットル
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-2546.html








2013年7月5日金曜日13:40
InLikeFlint
(Before It's News)
http://beforeitsnews.com/space/2013/07/the-universe-ancient-astronauts-and-atlantis-2-2462418.html
http://beforeitsnews.com/space/2013/07/the-universe-ancient-astronauts-and-atlantis-2-2462418.html?currentSplittedPage=2
ゴベクリテペ(Gobekli Tepe)は1990年代に発見された12,000年前の古代寺院。
保存のために完成後地中に埋められた。ギザ・スフィンクスの建設時期と同時期だったという説もある。
地質学的記録によれば、ギザピラミッドの建設時期は12,900年前でゴベクリテペ建設の前で、
多くの動物相が消えた世界的破滅イベント/ヤンガードレアス期イベント(the Younger Dryas Impact Event、YD)がおきたころ。
ヤンガードレアス期イベントがおきたのは、前回の氷河期のおわりで、地球の気温上昇がはじまったころ。至る所に森が出現したころのイベント。
原因は1994年7月に木星に落下したシューメイカー-レヴィ彗星(Comet Shoemaker-Levy 9)のような彗星の落下であるとされる。
ちりと氷からなるこの彗星は空中破裂爆発を引き起こし、現在の最大の水素爆弾より強力な爆発をおこした。
爆発をおこしたエリアは、米国48州クラスのエリアをおおうほどの大きさだった。
結果、ローレンタイド氷床は溶け、海面は300フィート上昇、メキシコ湾流をはじめとした海流循環は変化、
北半球の気温は下がるといったヤンガードレアス期イベントがおきた。
このイベントは、アトランティス大陸沈没の伝説と符号する。
そしてもともと赤道直下エリアにあった古代文明王国はポールシフトにより極地へ移動、
そして地球は1000年ごとにおきるとされる氷河時代にはいっていった。
スフィンクス、ギザピラミッド、ゴベクリテペ(Gobekli Tepe)などを造った古代文明諸国は、大洪水の生き残りで、
子孫たちが文明をまたゼロから作る必要がないよう、極地の氷の下に消失した古代文明王国にあった記録をこれらの遺跡に記録したのだろう。
我々の先祖に宇宙の働き、次の大災害から記録を護る方法の知識があり、
その記録を残したとするなら、彗星落下といったイベントを生き残る方法を知る事も可能なはず。
大災害に周期があるなら、その大災害の警告であるかもしれない。

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2017年07月16日

祇園祭


祇園祭とイスラエルの祭との類似
日本では毎年、7月17日に、「夏祭」と称する「祇園祭」、別名「天王祭」が全国一斉に行なわれます。とくに総社である京都・祇園神社の祭は、大規模に7月17日から1週間にわたって行なわれます。じつはこの7月17日という日は、イスラエルにおいても、非常に重要な日でした。かつてノアの箱舟がアララテ山に着いたのが、まさにこの日なのです。
「箱舟は第7の月の17日に、アララテの山の上にとどまった」 (創世8:4)
と聖書に記されています。
そのため古代ヘブル人は、この日に謝恩祭を行なっていたようです。
しかしモーセ以後は、ちょうどこの時期に収穫祭 (仮庵の祭ともいう)が行なわれるようになりました (第7の月の15日から1週間)。
京都で行なわれている祇園祭は、こうしたノアの箱舟の記憶や、イスラエルの収穫祭を思い起こさせるものがあります。
祇園祭では、「舟車」といって舟の形をした山車が、町内をめぐります。また神輿には、鳩に似た小鳥の彫刻や、榊の小枝をくわえた鳥の模型がついています。
これらのことは、ノアの箱舟や、箱舟にオリーブの小枝をくわえて戻ってきた鳩の話を、思い起こさせるものであるわけです(創世8:11) 。
明治維新の頃、日本に来た商人で、N.マクレオドという人がいます。彼も京都で祇園祭を見たとき、ひじょうに強い印象を受けました。
たとえば祇園祭の中で、人々は木の枝を持ち歩いていました。古代イスラエルの収穫祭でも、人々はたくさんの木の枝を持ち、また農業の収穫物を持って行列に参加しました。
またマクレオドは、祇園祭で使われる香炉が、イスラエル神殿で用いられていた香炉に非常によく似ている、と観察しました。
 さらに祇園祭の行列の中に、「7つの腕のある道具」を持ち歩いている人たちを見ました。
これはイスラエル神殿で用いられていた7つの腕を持つ燭台(メノラ)に非常によく似ている、と彼は考えたのです。
また日本文化において12という数字が、いろいろな場面において用いられていることをも、発見しました。
天皇は12人のお妃を持ち、京都の御所には12の門がありました。
宮城には12の飾り付けがあり、神社の祭では12本の棒がゆわえつけられていました。
こうしたことは、イスラエルで神の民や神殿に関するものに12という数字がよく用いられていたことを、ただちに連想させるものでした。
祇園祭について、ユダヤ人ラビ・トケィヤー氏はこう言っています。
「いずれにせよ、ユダヤ人がこの祇園祭を見たときに感じることは、
「ギオン」という名前はエルサレムの別名である「シオン」ではないか、ということである。 ・・・
その祭自体が、古代イスラエルの歴史を、ドラマ化したものであるように感じるのである」。
このように、イスラエルの習慣に精通している人々にとって京都の祇園祭は、イスラエルの祭を連想させるものであるようです。
しかしこれはイスラエルの正統的な宗教行事の場合ですが、そうでない場合もあります。
たとえば、日本の神社の中には、牛を祭神としているところが多くあります。
さきに、神道は基本的には偶像崇拝ではないと述べましたが、一部には偶像崇拝も事実入っているわけです。
この風習は、古代イスラエル民族が行なった異教の偶像崇拝の名残りではないか、とマクレオドは考えました。
聖書にも、古代イスラエル人は唯一の神を信じながらも、しばしば「子牛礼拝」などの偶像崇拝に陥ったことが記されています。
とくに失われた10部族は、そうした偶像崇拝に陥っていましたから、偶像崇拝が一緒に日本に持ち込まれたと、考えられるわけです。
また、「山伏」に関する様々のことが、古代イスラエルの習慣に非常に良く似ていると、指摘されています。
山伏――頭につけているのが兜巾。
たとえば山伏は、額に「兜巾」(ときん)と呼ばれる黒いものをつけます。これは古代イスラエルの祭司が額につけた黒い聖なる箱「ヒラクティリー」にそっくりだ、と指摘されているのです。今日もユダヤ教徒は、祈りのとき、ヒラクティリーを額につけます。こうした習慣は、ユダヤ教徒と日本の山伏にだけ見られるものです。山伏が吹く「法螺貝」も、イスラエル人が祭のときに吹く「ショーファー」という笛に、よく似ていると言われています。 イスラエル人のショーファーは、ふつう雄羊の角で作られますが、必ずしも雄羊の角である必要はありません。実際には、手に入る材料で作ってかまわないのです。
 日本は羊は少なく、海洋国家なので、法螺貝が用いられたのではないかと言われています。両方とも同じような音をたてるのです。
そのほかにも、山伏の習慣には古代イスラエルの習慣を思わせるものが多々あり、両者には、「偶然とは言えないほどの一致点が存在している」と、トケィヤー氏は述べています。

古代日本とユダヤ・キリスト教
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/032kodai.htm




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日本の習慣とイスラエルの習慣の類似
ユダヤ人ラビ・トケィヤー氏はまた、日本の古来からの習慣の多くがイスラエルの習慣によく似ている、と指摘しています。たとえば外国人が、日本の国技である相撲を見に行ったとしましょう。多くの外国人は、力士が土俵に「塩をまく」習慣を見て、違和感を感じます。なぜ塩をまくのか、意味が理解できないのです。ところがトケィヤー氏によると、こうした「塩をまく」習慣に対してユダヤ人は、全く違和感を感じないと言います。ユダヤ人は「塩をまく」のは「土俵を清めるため」である、と即座に理解します。ユダヤ人の家庭では古くから、母親が同じようなことをして家の中を清める習慣が、あったのです。また日本の公衆浴場では、日本人は浴槽に入る前に、流しで体を洗います。ユダヤ人はこうした習慣を見ると、自分たちの習慣と同じだと感じて、リラックスします。 ヨーロッパ社会においては、ユダヤ人を除いて誰も、このような習慣を持っていないのです。また日本には、古くから「お守り」を持つ習慣があります。日本人の中には車の運転席に、お守りをぶら下げている人々がいます。東北地方へ行けば、どの農家もたくさんのお守りを、家の入口や神棚のわきに張りつけています。同様な習慣が、古くからイスラエルにもありました。旧約聖書外典には、古代イスラエルの兵士たちが、呪文を書いた護符を見につけていたことが書かれています。これはアミュレットと呼ばれるもので、幸運を祈る日本のお守りと同じようなものでした。またユダヤ人には、今もメズザと呼ばれるお守り札を、家の入口に張りつけておく習慣があります。これは羊の皮で作られた薄い紙で、旧約聖書の言葉が記されています。メズザは、もともと神をおぼえるために家の入口につけられたのです。しかし人々は、しばしば神ご自身よりも、メズザ自体を「お守り」として用いました。「お守り」に頼る習慣は、正当派ユダヤ教の指導者らによって、いつの時代にも「迷信」として禁じられてきました。
私たちは、神に対しての信仰がある限り、たった一枚の紙に書かれた魔力に頼ってはいけないのです。
しかし人々はいつも何かを信じたがっているので、こうしたお守りの習慣は、古くからイスラエル人の間にも存在していたのです。
祇園祭とイスラエルの祭との類似
日本では毎年、7月17日に、「夏祭」と称する「祇園祭」、別名「天王祭」が全国一斉に行なわれます。とくに総社である京都・祇園神社の祭は、大規模に7月17日から1週間にわたって行なわれます。じつはこの7月17日という日は、イスラエルにおいても、非常に重要な日でした。かつてノアの箱舟がアララテ山に着いたのが、まさにこの日なのです。
「箱舟は第7の月の17日に、アララテの山の上にとどまった」 (創世8:4)
と聖書に記されています。
そのため古代ヘブル人は、この日に謝恩祭を行なっていたようです。
しかしモーセ以後は、ちょうどこの時期に収穫祭 (仮庵の祭ともいう)が行なわれるようになりました (第7の月の15日から1週間)。
京都で行なわれている祇園祭は、こうしたノアの箱舟の記憶や、イスラエルの収穫祭を思い起こさせるものがあります。
祇園祭では、「舟車」といって舟の形をした山車が、町内をめぐります。また神輿には、鳩に似た小鳥の彫刻や、榊の小枝をくわえた鳥の模型がついています。
これらのことは、ノアの箱舟や、箱舟にオリーブの小枝をくわえて戻ってきた鳩の話を、思い起こさせるものであるわけです(創世8:11) 。
明治維新の頃、日本に来た商人で、N.マクレオドという人がいます。彼も京都で祇園祭を見たとき、ひじょうに強い印象を受けました。
たとえば祇園祭の中で、人々は木の枝を持ち歩いていました。古代イスラエルの収穫祭でも、人々はたくさんの木の枝を持ち、また農業の収穫物を持って行列に参加しました。
またマクレオドは、祇園祭で使われる香炉が、イスラエル神殿で用いられていた香炉に非常によく似ている、と観察しました。
さらに祇園祭の行列の中に、「7つの腕のある道具」を持ち歩いている人たちを見ました。これはイスラエル神殿で用いられていた7つの腕を持つ燭台(メノラ)に非常によく似ている、と彼は考えたのです。
また日本文化において12という数字が、いろいろな場面において用いられていることをも、発見しました。天皇は12人のお妃を持ち、京都の御所には12の門がありました。宮城には12の飾り付けがあり、神社の祭では12本の棒がゆわえつけられていました。こうしたことは、イスラエルで神の民や神殿に関するものに12という数字がよく用いられていたことを、ただちに連想させるものでした。
祇園祭について、ユダヤ人ラビ・トケィヤー氏はこう言っています。
「いずれにせよ、ユダヤ人がこの祇園祭を見たときに感じることは、「ギオン」という名前はエルサレムの別名である「シオン」ではないか、ということである。 ・・・その祭自体が、古代イスラエルの歴史を、ドラマ化したものであるように感じるのである」。
このように、イスラエルの習慣に精通している人々にとって京都の祇園祭は、イスラエルの祭を連想させるものであるようです。しかしこれはイスラエルの正統的な宗教行事の場合ですが、そうでない場合もあります。たとえば、日本の神社の中には、牛を祭神としているところが多くあります。さきに、神道は基本的には偶像崇拝ではないと述べましたが、一部には偶像崇拝も事実入っているわけです。この風習は、古代イスラエル民族が行なった異教の偶像崇拝の名残りではないか、とマクレオドは考えました。
聖書にも、古代イスラエル人は唯一の神を信じながらも、しばしば「子牛礼拝」などの偶像崇拝に陥ったことが記されています。とくに失われた10部族は、そうした偶像崇拝に陥っていましたから、偶像崇拝が一緒に日本に持ち込まれたと、考えられるわけです。また、「山伏」に関する様々のことが、古代イスラエルの習慣に非常に良く似ていると、指摘されています。
山伏――頭につけているのが兜巾。
たとえば山伏は、額に「兜巾」(ときん)と呼ばれる黒いものをつけます。これは古代イスラエルの祭司が額につけた黒い聖なる箱「ヒラクティリー」にそっくりだ、と指摘されているのです。今日もユダヤ教徒は、祈りのとき、ヒラクティリーを額につけます。こうした習慣は、ユダヤ教徒と日本の山伏にだけ見られるものです。山伏が吹く「法螺貝」も、イスラエル人が祭のときに吹く「ショーファー」という笛に、よく似ていると言われています。 イスラエル人のショーファーは、ふつう雄羊の角で作られますが、必ずしも雄羊の角である必要はありません。実際には、手に入る材料で作ってかまわないのです。
 日本は羊は少なく、海洋国家なので、法螺貝が用いられたのではないかと言われています。両方とも同じような音をたてるのです。
そのほかにも、山伏の習慣には古代イスラエルの習慣を思わせるものが多々あり、両者には、「偶然とは言えないほどの一致点が存在している」と、トケィヤー氏は述べています。

古代日本とユダヤ・キリスト教
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古代日本とユダヤ・キリスト教
古代日本とイスラエル10部族の謎
イスラエル人(ユダヤ人)は古代の日本に来たか
イスラエルの契約の箱は、神社のお神輿によく似ている
――契約の箱がエルサレムに戻ったとき、ダビデは契約の箱をかつぐ者たちと共に町をめぐり歩き、その前で踊った。   
 「今から2千年ほど前、日本にようやく人が住み始めた頃、古代イスラエル人(ユダヤ人)もはるばる日本に渡来し、日本の文化形成に大きな影響を与えた」
とする説が、わが国において、幾人かの学者によって唱えられてきました。いわゆる「日本文化=ユダヤ起源論」とか「日本・ユダヤ同祖論」と呼ばれる説ですが、一見奇妙に見えるこの説も、その証拠とされるものの多彩さのゆえに、多くの人々に興味を引き起こしてきました。本誌でもこの説について、いくつかの検討を加えてみることにしましょう。
イスラエル人は古代日本に来たか
はじめに、本誌がこれから何を述べようとしているのかを、はっきりさせましょう。第1に本誌が述べようとすることは、日本の文化のどのような事柄に、古代イスラエル文化の影響が見られるか、ということです。たとえば、日本の皇室の紋章である「菊の紋」が、古代イスラエル神殿の壁にも残っています。また伊勢神宮の灯籠には、ユダヤ人の印である「ダビデの星」が刻まれています。これらははたして、古代イスラエル文化の日本への流入を、示しているのでしょうか。また、神社のお神輿がイスラエル神殿の契約の箱によく似ていること、神社の構造自体が古代イスラエル神殿によく似ていること、日本古来の祭の幾つかが古代イスラエルの祭によく似ていること、などが学者によって指摘されていますが、これらについてはどうなのでしょうか。
神社の神輿      
さらに、日本語の中にヘブル語の影響が見られる、とも言われています。私たちが数をかぞえるときに言う「ひい、ふう、みい・・・」がヘブル語である、と指摘する人もいます。第2に本誌が扱う問題は、こうした事柄が、いわゆる「イスラエルの失われた10部族」の行方と関係あるのかどうか、ということです。あるいは、A.D.70年に祖国を失って世界中に離散したユダヤ人の行方とも関係があるのかどうか、ということです。
B.C.721年、イスラエル10部族から成っていた「北王国イスラエル」は、アッシリア帝国に滅ぼされ、民は捕囚となって捕らえ移されました。その後イスラエル10部族は、ユーフラテス川の東側地域に離散しました。そこである学者は、イスラエルの「失われた10部族」の一部は日本にもやって来て定着し、日本の文化形成に大きな影響を与えた、と考えています。またA.D.70年に、南王国ユダの人々(イスラエルの残りの2族から成り、一般にユダヤ人とも呼ばれる)は祖国を失い、世界中に離散しました。彼らの中には、シルクロードを通って、はるばる東洋の地までやって来た人々もいました。そこである学者は、彼らユダヤ人の一部は日本にも渡来し、日本にユダヤ文化を持ち込んだ、と考えています。これらの考えについても、検討してみましょう。
失われた10部族はユーフラテス川の東側に離散した
まず、イスラエルの「失われた10部族」の行方について、少し詳しく見ておきましょう。
聖書によると、B.C.10世紀に、北王国イスラエルの10部族に関して次のような予言 (預言) がなされました。
「主(神)は、イスラエル(北王国のこと) を打って、水に揺らぐ葦のようにし、彼らの先祖たちに与えられたこの良い地からイスラエルを引き抜き、ユーフラテス川の向こうに散らされるでしょう 彼らがアシェラ像 (偶像) を造って、主の怒りを引き起こしたからです」 (・列14:15)。
この予言は、約200年後のB.C.721年に成就しました。その年、アッシリア帝国が北王国イスラエルに攻め入り、民の主だった人々を、みな捕囚としてユーフラテス川の東側に連れ去ったのです。こう記されています。
 「 (北王国最後の王) ホセアの治世第9年に、アッシリアの王はサマリヤ(北王国のこと)を取り、イスラエル人をアッシリアに捕らえ移し、彼らをハラフと、ハボル、すなわちゴザン川のほとり、メディアの町々に住ませた」(・列17:6) 。
考古学者は、この捕囚を行なったアッシリア王が古代碑文に残した記録を、発見しています。その碑文によると、このとき捕囚された民の数は約3万人でした。アッシリア王は北王国イスラエルの主だった人々を、捕らえ移したのです。祖国に残されたのは、貧しい人々や、庶民だけでした。これは被征服民を無力化し、彼らが二度と反乱を企てないようにするための、アッシリア帝国の占領政策だったのです。人々が捕らえ移された地「ハラフ、ハボル、ゴザン川のほとり、メディアの町々」とは、ユーフラテス川の東側の地です。北王国イスラエルの10部族は、アッシリア帝国が滅びた後も祖国に帰らず、ユーフラテス川の東側の地域に離散しました。
A.D.1世紀に生きたユダヤ人歴史家ヨセフスは、こう書いています。
 「イスラエルの10部族は、今でもユーフラテスのかなたにおり、膨大な民衆となっている」 (古代ユダヤ誌11巻5章)。
彼らは、この後どうなったでしょうか。彼らの行方に関する正確な資料はほとんどありませんが、各地の言い伝えの中には、幾つかのヒントがあります。たとえば、ソ連のグルジヤ共和国あたりに住む山地ユダヤ人の間には、自分たちは「失われた10部族」の子孫だ、という言い伝えがあります。カスピ海北方に住むカザール人の間にも、自分たちは10部族の子孫だ、という言い伝えがあります (現在のユダヤ人の九割を占めるアシュケナジー・ユダヤ人は、このカザール人の子孫である、との説もあります) 。ペルシャの一部族の間にも、同様の言い伝えがあります。アフガニスタンのユーフザイ人は、自らを「バニ・イスラエル」 (イスラエルの子孫) と呼んでいます。その他、インドやミャンマーの部族の間にも、同様の言い伝えがあります。また中国の史書によると、B.C.2世紀(漢の時代)に、中国にイスラエル人がいました。彼らには割礼の風習があったので、中国人は彼らを「刀筋教民」と呼びました。さらにバハラ地方の少数ユダヤ人の間には、10部族は長年アジア大陸を流浪し、あげくのはてに「中国のかなたの神秘な国」に定着した、との伝説があります。『エズラ第4書』という、A.D.1世紀頃に記された古代ヘブル文書(旧約聖書外典) にも、次のような興味深い記述があります。「幻に現われたその群衆は、アッシリア王が川を越えて他の国に連れていった10部族であった。
イスラエル10部族の渡来伝説のあるところ
【Martin Gilbert "Jewish History Atlas" 1973, London 等参照】
彼らは異教徒の群れから離れ、人類がいまだかつて住んだことのない土地へ行き、自国では守ることのできなかった規則を、せめて守るようにとの計画をお互いに持ちあって、さらに遠い国へ進んだ。そして彼らがユーフラテスのほとりの細道に来たとき、神は彼らに驚くべきことをなし、彼らが渡りすぎるまで川の源を止められた。その国を通過してから、1年半という長い道のりが待っていた。そしてそこはアルツァレト(この地名については不明)という地方であった。
彼らは、そこに最後まで住み、そして彼らが帰ろうとするとき、神は彼らがユーフラテスを渡れるように、再び川の源を止められるであろう」。この文書は聖書ではありませんから、そのすべてを無条件に受け入れることはできません。またこの記述は、著者が見た「幻」という形をとっています。
 とはいえ、こうした文書が記された背景には何らかの歴史的事実があった、と考えられなくもありません。もしそうなら、「10部族が、ユーフラテス川から1年半の道のりの遠い地に行った」という記述は、たいへん興味を引きます。たとえば10部族が、もし時速4キロの徒歩で毎日5時間ほど歩き、1年半のあいだ旅を続けたとすれば、ほぼ日本ぐらいまでの距離に到達できるのです。
 このように、イスラエルの失われた10部族の一部が日本にまでやって来た可能性は、全くないとは言えないでしょう。
もう一つ、南王国ユダの人々の行方についてはどうでしょうか。南王国ユダの人々も、A.D.70年に祖国を失い、全世界に離散しました。彼らユダヤ人の一部は、シルクロードを行き来する商人となり、はるばる中国にまでやって来ていたことが、知られています。シルクロード内の絹の取引などは、ユダヤ商人がほぼ独占していました。A.D.3世紀には、すでに中国の開封に、ユダヤ人コミュニティがありました。A.D.12世紀にはそこにユダヤ教会堂もあり、中国のユダヤ人社会は最近まで存在していたことが知られています。ですから彼らの一部が、古代の日本に渡来した可能性も、充分考えられるわけです。

古代日本とユダヤ・キリスト教
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伊勢神宮の構造はイスラエルの神殿がモデルのようだ......
http://www.naritacity.com/journal/japan/pdf/summary.pdf
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第1章 日本列島に潜むユダヤの痕
伊勢神宮の謎に迫る!
今からおよそ十五年前、米国ロスアンジェルスで不動産事業を営んでいた際に、大勢のユダヤ系実業家の方々と出会う機会がありました。ベトナム戦争時はヘリコプターの技術士として現地で活躍し、米国に帰国後不動産のデベロッパーとして成功したゼブ氏とは特に親しくさせて頂き、時折夕食を共にしながらよく雑談をしたものです。そのゼブ氏がある日突然、「日本人のルーツにユダヤがあることを知っているか?ヨセフ・アイデルバーグという学者が『大和民族はユダヤ人だった』という本を書いたのだが読んでみたら?」と教えて下さったのです。日本とユダヤには本当に接点があるのだろうかと疑問に思いつつその時から歴史の街道をひたすら遡りながら、日本とユダヤのハーモニーを見出すロマンが始まったのです。
果たして日本人には神の選民と言われたユダヤの血が流れているのだろうか。そんな疑問を解明するために、1988 年東京から車で伊勢神宮にお参りに行くことにしました。以前から伊勢神宮には三種の神器が隠されているという噂や、天皇家とユダヤの関係に携わる様々な秘密が盛りだくさんあると聞いていた為、何としても訪ねてみたかったのです。まず度肝を抜かれたのが JR 伊勢駅のそばにある外宮から内宮につながる街道の両脇に立てられている無数の石灯篭に、ユダヤの紋章である「ダビデの星」が刻まれていることです(写真参照)。しかしながら何故、天皇家が参拝する伊勢神宮(管理人注:天皇家は参拝に来ません。行くのは下鴨神社です)にの街道沿いにユダヤの紋章が入っているのでしょうか?
この石灯篭は神宮奉讃会が寄贈したものであり、実際は木藤石材工業という兵庫の会社が製作にあたりました。そして依頼者側の代表として当時の神宮庁長官である故二荒氏と奉讃会会長の故森岡氏によって詳細の指定がなされたのです。しかし、何故この二人が執拗なまで台座にユダヤの紋章を彫りいれる事を望んだかは今をもってわからず、工事を請け負った木藤氏はただ言われるままに製作したそうです。このダビデの星は伊勢神宮の奥宮である「伊雑の宮」の正式な紋章でもありますが、「イゾウ」という言葉の響きがヘブライ語で神の救いを意味する「イザヤ」、「イズラエル」に酷似しているため、ますますユダヤの影響を感じます
下鴨神社の関連BBS..........神社に潜む謎の勢力
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1043

いつも一緒(旧Legacy of Ashes)
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/













巫女制と十字架ライン
飛鳥ファンには既知のことだが、やがて伊雑宮が伊勢本宮として蘇ってくるという。
その時が天照大神=イエス・キリスト再臨の時だという。
伊雑宮が本宮となる理由はそこに「首」、即ちタウ型十字架の頭に相当するイエスの罪状板(INRI)が隠されて祀られているからだという。
※ 飛鳥氏によると内宮には「契約の箱(アーク)」とイエスが磔刑された「十字架」、
外宮には「マナの壺」と青銅の蛇が絡まった旗竿「モーセの旗竿(ネフシュタン)」が安置されているという。
伊雑宮には「罪状版」だけですが、ここに「アロンの杖」が安置されると新約聖書の三種の神器と旧約聖書の三種の神器が全て三宮に揃ったことになる。
今年2月6日には遷宮関係者だという@itaku1611さんのツイートでは、
「ついに伊勢神宮の内宮の地下に聖櫃アークとともに、キリストの血が付いた”聖十字架”が発見された!これで消され縄文時代2万年の歴史が紐解かれ、イルミナティの世界支配は終焉です!今夜は祝杯だ!」という内容が発信されましたが、これが本当かどうかは分からない。ただ、いよいよそのベールを取り去る時が近づいてきているという感じはヒシヒシとする。
物部神道の復権がその原動力であり、その顕れが伊勢神宮と出雲大社の同年式年遷宮(アマテラスとスサノオの結婚)、
熱田神宮の奥の院・一之御前神社への1900年振りの一般参拝解禁、熱田の宝物(草薙剣=アロンの杖)の他社への移譲も決定...
これら一連の動きはある結論に向かって動いているとのこと。
で、草薙剣移譲先が伊雑宮であり、「アマテラスとスサノオの結婚」の末、出来た子供が伊雑宮だという位置づけではないかと飛鳥氏はいう
ここに父と子と聖霊の三位三体のカバラの究極奥義が完成する。
※ この三体は「生命の木」の「均衡の柱」「峻厳の柱」「慈悲の柱」を表している。
「666」が悪の三位一体であり「反キリスト・反法王・偽預言者」を指す。
それに対し「六六六」は「八」に鍋フタをした一歩手前の状態であり「777」だとも云えるが、こちらが絶対三神の三位三体。
オリオンの三つ星がそれを暗示。
聖書ヨブ記の「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。
オリオンの綱を解くことができるか。」とあるが、プレアデス(唯物史観)から脱してオリオン(観察精神)への移行こそが その鍵となる。
熱田神宮1900年祭
(今年5月、草薙剣安置1900年祭を終えたばかりの熱田神宮。
しかし、本当の安置は秦の始皇帝から神器をだまし取った徐福が東三川に徐福国建国し安置(兎足神社)していたが、
この徐福国を討伐して神器を取り戻した1600年前頃だと睨んでいる。)
確かに物部神道は首露王(倭旨)から始まる初期大王家(扶余系スキタイ、カド族)の伝えた神道であり
天香久山で鹿の焼く香りを天神に捧げる「はん祭」の儀式を執り行っていたように生贄を捧げるヘブライ色の濃い神道。
血の儀式をしていたと云われる由縁です。三世紀後半、半島にいて雇われ王をしていた初期大王家は縄文人の招きを受け、
琉球伊平屋島を経由して王垣に上陸したが、渡来途中で磐座を使う御嶽祭事をアチコチで行った。
この時、沖縄にも御嶽(うたき=男子禁制の祭祀施設)が伝わり今に残るが、これは巫女を中心とする信仰という点が異なる。
多分、沖縄の御嶽は縄文人の巫女信仰と初期大王家の御嶽祭事の融和の産物なのだろう。
オイラは磐座信仰、即ち古神道は縄文人の宗教だと勘違いして前記事に書いてしまったが、縄文人、その後の出雲系が奉じた宗教がイマイチ良くわからない。
縄文草創期以前には巨石を用いて築いた自然(太陽)崇拝の祭場(磐座)があり、磐座は縄文人の宗教施設であることは間違いないが、
それ以外にも徐福が伝えた道教色の濃い蚩尤(しゆう)を祀る銅鐸神事も行っていたようなのだ。
ただそこに貫徹する内容がある。
それは、、、巫女制。
これが古代日本を貫徹する宗教の骨格だった。縄文時代の遺跡からは多くの精巧にできた土製の仮面が出土していますが、
これらは全て女性用に造られていて、見つかった場所から地域のリーダー格の人間がつけていたと考えられている。
つまり「巫女信仰」は縄文時代から存在し、リーダーは常に女性だったと考えられるのです。
ですから、時代を下った邪馬台国でも卑弥呼、トヨが立てられたのであり、男王は「王君」(王の君=女王の配愚者)と呼ばれたのです。
腰掛ける巫女
(「腰掛ける巫女」)
仮面のビーナス
(茅野市出土の「仮面の女神」)
 合掌
(八戸の「合掌土偶」)
多分、有名な遮光器土偶も仮面を付けた巫女の姿なのだろう。
縄文の巫女は、頬に魔除けの入れ墨に似た四筋の渦巻き模様を入れたり、目の周りを黒っぽくし鼻と眉を高くして目の部分を影にすることによって、
目つきに凄さを持たせていたという。まるでジョーカーのような感じだすな(汗)。
このように縄文人は根っからの巫女萌えだったのだす-。
さてさて伊雑宮の復活とは、伊勢が三つ星化することに他ならない。
伊雑宮、籠神社、熱田神宮はいづれも物部系の神社ですが、この三社の動きが今後の方向性を決定化する。
※飛鳥情報では「物部神道=旧約、秦神道=新約」という区切りをしているが、
何故、旧約の物部系神社に新約のレガリアであるイエスの十字架や罪状版が安置されているか?というように、ツッコミどころは満載。。
外宮・内宮・伊雑宮の三宮の配置はオリオン座の三つ星を表していて、エジプトのギザのピラミッドと同様のもの。
更には五十鈴川はナイル川や天の川を表していたのとも同じ。
これを隠蔽したのが八咫烏の指令を受けた藤原不比等。
それは来るべき時まで知られないようにする必要があったからだと推測されている。
伊勢三つ星
(伊勢のオリオンの三つ星)
物部神道の復活のついては「カゴメ唄」に隠された秘密からも解けると飛鳥氏はいい、「この唄は、本来、籠神社の隠し歌であり、
そこには日本の国家成立にかかわる重大な秘密が暗号として隠されているのです。」と籠神社宮司の海部氏の談話を紹介している。
この籠神社に伝わる極秘伝は、カゴメ歌に登場する「鶴」は伊雑宮を指し「亀」は籠神社を指すいうもの。
八咫烏からも籠神社と伊雑宮はそれぞれ「阿」であり「吽」であり、AとZ、アルファとオメガ、はじめと終わりであると知らされたという。
ただし、藤原氏の謀(はかりごと)によって、藤原京移転時に旧京に残された物部氏は中央政治の表舞台から外され、歴史から消された。
しかし、この2013年に至り物部神道が復活するとは、、、これは藤原氏を生かし物部氏を封印したのは八咫烏の策略なのか? 
それは表と裏をひっくり返すための舞台装置なのかもしれない。つまり、この逆転激が雛型となり、
日本列島に伝播・拡散・横展開して大ドンデン返ししていくのだろうか?
う-む、日月神示が初期大王家(物部神道)に関するというオイラの洞察は正しかったとなる(ふふふふ)。
伊勢がオリオン化しイエス顕現化するのに対し、中央構造線で繋がる諏訪湖では武田菱が見つかったという。
これは『甲陽軍鑑』に記されているように信玄公の水中墓ではなかと期待されているが、
実は、まだまだ全貌は不明なまま。
少なくとも菱形の窪地地形があることだけは確かだという。
(武田菱 クロス線が細いのが宗家。甲斐源氏の名門ですが宗家は途絶え、庶家が江戸時代以降も続く)
そして、この武田菱は十字架を表している!!!
諏訪の近くの茅野は縄文文化の一大中心地であり、かつて諏訪神社は洩矢氏が宮司であり、近くには守屋山がある。
諏訪で祀られるミシャグチ神は「御イサクの地」という意味だと語り部は言う。
この「モリヤ」という名は旧約聖書に出て来るエルサレムにあるとされる地名で「イサクの燔祭」があったという場所。
モリヤには「主が備える地」あるいは「主顕現の地」という意味があるという。
また、この「イサクの燔祭」記述をそのままにした御頭祭も諏訪神社で行われていて、
縄文とヘブライ的な物部神道の痕跡が濃く残っている地なのです。
伊勢と諏訪の復権、、、これはきっと何かの予兆的符合だすな。
まぁ、言霊的にはこの二箇所のネーミングは、、、
イセ+スワ → イセスワ → イサワ → イザワ → 伊雑 ということなのか? 
あるいはイエス → イェシュア → イセスワ なのかもしれない(笑)

悩くん フルスロットル
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-2546.html








諏訪湖 武田菱01 諏訪湖 武田菱02
この諏訪湖と伊勢を結ぶ中央構造線の丁度真ん中に東三川があり、
三方を蓬莱山・方丈山・エイ州山(鳳来寺山・本宮山・石巻山)の「東海三神山」に囲まれた地に鳥居強右衛門の磔刑地がある。
スエモンは両性具有のアダムカドモンを彷彿とさせる存在ですが、
カドモンは人類が個我を持って分離する前の統合化された「原初の人間」とされる存在。イエスの原型ともされている。
※イエスキリストは「第2のアダム(カドモン)」とも言われる。
以上、伊勢-東三川-諏訪は十字架ラインを形成している。
※中央構造線の終点の薩摩は島津家の「丸に十字」でもある。
また遠山郷の領主・遠山家の家紋は「丸に渡し箸」は、島津の「丸に十字」の十字架を分解して横に並べた形になっている。
 スエモン
(スエモン磔刑図、まさに日本を体現)
伊勢のオリオン、諏訪の十字架、、、これは御代出づ(345)が近いという暗示なのか? 
ちなみにオリオンは我が家の家紋「左三階松」であり、「武田菱」は母方の家紋ですが、
このシンクロ、何かしらの縁を感じるが、それは単なる妄想に過ぎないかも(笑)。
東日本大震災、原発事故を年月まで予測的中させたという陰陽自然学の飯田亨氏の話によると、
来年2014年からが新時代が始まり、本格的な「光の時代」の幕開けは2034年からであるとのこと。
2014年からグレンと世の中がひっくり返り、世の中の凡ゆる面で今までのような中央集権的な一極集中体制は崩壊していくだろう。
今、太陽が極度の熱線を放ち、2011年の時以上の熱中症患者が出だしていますが、自然界の猛威がこの一極集中体制を破壊していくだろうと見ている。
※自然界の有様が過去データから予見出来ない為、中央集権的な対応では処理出来ない状態となる。
現場個々の判断処理がより重要になってくる。これはかつてのコンピュータ界で起きたことで、メインフレームからダウンサイジングという流れになっていった。
陰陽自然学
(陰陽自然学の2011年の予測)
彗星発見者で有名な木内氏が某学者から聞かされた光害により植物が激減するのが2014年頃ですが、
植物激減により二酸化炭素が増加し、風の凪いだ窪地などでは二酸化炭素が滞留することで窒息死する者が増えると警鐘を鳴していましたね。
光害ではないが、最近の激熱の太陽熱線は全ての植物を死滅させるぐらいの勢いがある。
ケネディ真相暴露解禁は2039年だし、オコツトがいう生きながら死後の世界に入る「入神」も2037年。
キリスト再臨の年も2037年であるから、この頃に伊雑宮の本宮化だろうな、、、
そして、その後てんし様の降臨という段取りか?、、、ただ、あと20年以上先の話だ。長いなぁ、、、(滝汗)。
この頃だと世界天皇はユージンで確定だろう。彼に真の天照大神(スサノオ)が降臨という展開か?
う-む、ビ、ビリケン広飲み屋は?
次回の天皇は「哀帝」になるという京都公家予言がありますが、
トーグー様は誕生日が「富士山の日」であることから富士山のあり方とシンクロするかもしれない。
オイラは富士山は山体噴火でカルデラ化してしまうと睨んでいますが、このように天皇制も彼の代で木っ端微塵に吹き飛んで呆気なく終了という展開になるのかもしれない。
それが富士山を体現している「哀帝」の役回りなのかもしれない。
* 2013-07-06
* ■未分類
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Comments
待ってました的な記事の内容ですね★o(^-^)o★
いや-読み応えがありました☆
さすがヤッズくんですね、他のブロガーさんも取り上げてられましたね(^O^)
草薙の剣までもが今年、集まるとは、知りませんでした☆
いや-楽しみですね★
ところで、ラジャサンについての記事を有名ブロガーさんも取り上げておられますが、本当に意志があって自在に移動してるんですかね?
(映画フィフス・エレメントみたいな…)
一説によるとプレアデスのスフィアだとも…
ある正当な筋によると、本当に存在するらしいですよ☆
これが表に出現するとヤバいらしいです…
なんたって木星サイズだから…(>_<)
2013-07-09
ユミエル
No title
フィフィス・エレメントが見たいな-。
だーはーと
私も暗黒天体ラジャサンが気になってしょーがないんです。
表に出るとヤバイ。それでもいい。
ラジャサンの実態がもっとオープンになるのを首長くして待ってます。
今までの天文学の常識からハズレてますからね。
太陽系の力学的なバランスにまったく影響されないのは、自然な天体じゃなくて人工物だったりして。
道の宇宙生命体かもね。ある筋ってもしや…。
最新情報が見つかったらまた書き込んでください。

悩くん フルスロットル
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-2546.html









PS:古代日本とイスラエル10部族の謎というURLがあります。
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/032kodai.htm
その中で.......
 『とはいえ、なぜイスラエル神殿に菊の紋が刻まれているのか――その理由や起源は、よくわかっていません。
 ただこのデザインは、エジプトやペルシャ、その他の中東の諸地域において、宗教の中心地や、重要人物の棺の紋様として広く使用されていました。
 菊の紋について、次の3つの考えがあげられています。
 1つはイスラエルの菊の紋は、菊の花のデザインであろう、ということ。2つ目は、それは太陽をデザインしたものかもしれないこと。
 3つ目は、全く意味のない単なる美しいデザインかもしれない、ということです。
 いずれにしても菊の紋は、イスラエルにおいて、比較的広く使用されていたシンボルでした。
 そこで、もし古代イスラエル人が日本に渡来したのだとすれば、彼らが持ち込んだ菊の紋が皇室の紋として採用されたのではないか、という考えが浮かんでくるわけです。
 一方、日本の伊勢神宮の灯籠に、私たちは「ダビデの星」を見ることができます。
 「ダビデの星」とそっくりのマーク(カゴメ紋)が、皇太神宮の参道わきの石灯籠に刻まれているのです(ダビデの星は、奥宮の「伊雑の宮」の紋でもあり、古代からのものであるという)。
 「ダビデの星」とは、言うまでもなく、古代イスラエルの王ダビデの紋です。それは現在のイスラエル国旗のシンボル・マークとしても使用されており、ユダヤ人の印なのです。』
上の説明,つまり任意団体の「伊勢三宮奉賛献灯会」が、1955年当時、献灯目的で、これらの六芒星の石灯篭を設置されたことを知らないと大変な誤解を招くことになります。
http://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486/66543147.html

いつも一緒(旧Legacy of Ashes)
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/












鳥居の聖人
2013-12-03 10:35:54
上の写真は、伊勢神宮の伊雑宮(イザワのみや)の鳥居の写真です。
入り口の大鳥居を内側の神域から写したものです。私は約30年間も毎年のように伊雑宮への参拝をしておりますが、鳥居にスポットライトのような光が当たり、木材の染みがコマ送りの動画のように訴え掛ける現象に出会ったのは初めてです。
太陽の位置からして、まだ西日の時間でも無いにも関わらず、木漏れ日が当たっていたのでしょうが、コマ送りの動画の物語を私が認識して写真に撮影し終えますと、このスポットライトは消えてしまいました。まさに見せられました。
同行者も鳥居に太陽光が反射しているのは目視が出来ました。
この時の鳥居の発光現象は、時間帯により誰でも見られるのでしょうが、私の脳裏にはハッキリとした動画でした。
まるで西洋の教会の壁画に在りますフレスコ画や、(壁に漆喰を下地に顔料で描きます)ステンドグラス画を思わせるような図柄でした。私は、写真の鳥居の右側から2つめの染みが、紀元前8世紀の古代ユダヤの大預言者・イザヤだと感得しました。
まるで天を仰ぎ見るように、左斜め上を見上げています。そして、その視線の先の更に左側には、ユダヤ民族の起源となる大聖人・モーゼの横顔が、右側のイザヤの方に向かって話しかけています。モーゼの染みの部分だけが、ひときわ大きく発光していました。
預言者イザヤは、旧約聖書にありますイザヤ書66章の預言を残しています。その預言の中には、東方に存在する「海の島々」(伊勢志摩のこと)と、聖なる山々が存在することが記述されており、そこに人類の救いが存在することが示唆されているでしょう。
旧約聖書のイザヤ書を解読することで、日本の大いなる秘密が解き明かされると思います。
伊雑宮の神紋は、籠目紋(かごめもん)です。これはユダヤの象徴であるダビテの紋章と同じです。そして、伊雑宮(イザワのみや)の名称の起源は古過ぎてハッキリしませんが、私には「イザヤの御宮」だと響きます。
イザワのみや=イザヤの御宮、だと感じます。
旧約聖書のイザヤ書に、東方の「海の中の島々」の記述を読み取れますので、大預言者イザヤは伊雑宮に来たと夢想します。
以上の話は、伊勢神宮の正式な歴史とは一切関係がありません。あくまでも、私の想像の物語です。言えますことは、伊雑宮は本当に聖なる場所だということでした。信じるか、信じないかは自己判断です。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

伊勢白山道 
http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/ea049a8773c5420a67bc9e5a0ecc6d84

かごめかごめを研究する会
http://kagome.biz/





88ヶ所から突然、カゴメの歌に
皆さん、たくさんのコメント、貴重な情報をありがとうございます。
写真は剣山山頂、『ウィキペディア(Wikipedia)』から拝借しました。
いま、harunoshinnさんからの情報で「剣山」は「鶴亀山」とありました。
そして四国はキリスト教的だと。
ということで、思いついたことをメモ代わりに書いておきます。
「剣山」が「鶴亀山」なら、カゴメの歌だ。
籠の中の鳥→剣山に隠された契約の箱(アーク)?
いついつ出やる→契約の箱がいつ出るの?
鶴と亀が滑った→剣山が統べる?剣山はスメル(天皇)?
キリストと関係があるなら、後ろの正面はキリストかな?
夜明けの晩って何だろう?
四国から太陽が昇る方向に伊勢神宮がある。(夜明け?)
伊勢神宮から太陽が沈む方向に剣山がある。(晩?)
時間にして10分くらいのぶっ飛び解読でした。

かごめかごめを研究する会
http://kagome.biz/

つながっているこころ
http://cocorofeel.exblog.jp/8415883/






予知情報:エルサレム第三神殿の建築がはじまる
2013年11月12日火曜日12:38
Due Diligence
(Before It's News)
http://beforeitsnews.com/prophecy/2013/11/3rd-jerusalem-temple-ready-to-be-built-israel-newsnov-10-2013-says-islam-sheik-2455630.html
2013年11月10日付Israel Newsの記事によれば、
エルサレム第三神殿(3rd Jerusalem TEMPLE)の建築がはじまるという。
政治激変、戦争のうわさ、想像を超える変化がおきているのは中東だけではなく、
いたるところでおきている。
重要なのは、差し迫った政治的問題をどうとらえるかよりも、ひとつの決断。
それは来世にまで影響を与える。
神の子(God the Son)/ナザレのChrist(Jesus Christ of Nazareth the Messiah)は、
我々の罪債を背負い、永遠の喜び(永遠の救済)を与え賜うた。
三位一体神は父を神としてあがめ、息子を神としてあがめ、聖霊を神としてあがめる。
我々が知るべきは我々が罪人である事。
罪人であるので救い主Christが必要なのだ。Christを信じて。

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2017年07月09日

天体情報,惑星ニビル

By John Ale (Reporter)
Now: 39
Last Hour: 170
Last 24 Hours: 1,969
Total: 2,072
New Planet X Information With Nibiru Expert Bob Fletcher July 7th 2017
Saturday, July 8, 2017 10:38
(Before It's News)

Before It's News
http://beforeitsnews.com/blogging-citizen-journalism/2017/07/new-planet-x-information-with-nibiru-expert-bob-fletcher-july-7th-2017-2570124.html

bibliotecapleyades.net
https://www.bibliotecapleyades.net/serpents_dragons/nannar.htm
https://www.bibliotecapleyades.net/hercolobus/kolbrin_06.htm








(要約)
天体情報,惑星ニビル
二ビル専門家 Bob Fletcher氏による二ビル情報
2017年7月8日土曜日10時38分
2017年7月7日新情報
二ビル専門家 Bob Fletcher氏がYouTubeで新しい動画記事を投稿した。
内容は、氏がこの数年に調査したもの。
Khumryの民の惑星x/二ビルの再来に関する記録 CRT:3:4&CRT:コルブリン文書(the Kolbrin Manuscript)
「空の怪物、破壊者(the sky-monster [Destroyer] )の憤りは天で放たれた。
燃える憤怒はあたかも千の雷鳴の如くに轟き、厚い黒い血のうねりの真中に降り注いだ。
人々は恐れから、その災いの記憶を自らの意識から少しづつ消していった。
人々は災いの過去を忘却の雲に包み、災いの後の世界を生き抜いた。
しかし人が過去からどれだけ目を背けようとも、世界は変わっていた。
太陽は昔の太陽ではなく、月は消えていた。
彼は恐れとともに天を仰ぐ。何事もなかったように穏やかな空が秘める恐ろしい秘密」。
惑星二ビルは惑星ティアマトの公転エリアにに接近した。
惑星二ビルが近日点に達する時、二ビルは北極星と一列に並ぶ。二ビルは北極点をはさんで北極星Polarisと一列に並ぶ。北極点のすぐ上に輝く。
約900年続く惑星二ビルの「夏」。惑星二ビルはその公転領域、太陽系中心部をすすむ。
そして「夏」は終わり、惑星二ビルの「冬」、太陽系外縁部オールト雲はるか遠くをすすむ。
「創世記」3章
「…世が作られたのは一回ではなく二回であった事は、古代から知られていた。
創世と再創世。一度完全に破壊した世は、再び創られ生まれ変わった。
大きなる破壊の時、神は外宇宙から「天体の」ドラゴンを呼んだ。
冷たい明るい赤い光で包まれたドラゴン(惑星二ビル/惑星X)は地球に接近し、
その焼けた尾で地球を打ち、口から火と熱い炭を吐いて地球に大災害をおこした。
空の怪物の憤りは天に放たれた。それは千の雷鳴のごとくに吠え世界を打った。
口から吐く灰と熱い石、熱風は、 悪臭に満ち、地上の人や家禽の鼻孔を害した。
熱く厚く暗い空、天と地球を切り裂くような大きな雷鳴と稲妻。
地から解かれて高く盛り上がった海は陸を呑み込み、地上は恐怖と金切り声に満ちた。
そしてドラゴン(惑星二ビル/惑星X)は去った。
明るい内部地球空間を暗いマントルで包んだ地球を去った。
引き裂かれた地球の内臓はむきだしになり、地表の動乱と吹き荒れる突風が山々を砕いた。
あまりの恐怖に、人はその災いの記憶を心からけした。
ドラゴン(惑星二ビル/惑星X)によって消えた最初の地球ティアマトの記憶とともに。。
人の住家は消え、一面の瓦礫となった。
しかし、荒廃の時にあって、山岳部の洞窟に逃げ込んだわずかな人は生き残った。
彼らの目はまるで野生の動物のようで、手足は震えていた。身体はガタガタ震え制御を失っていた。
顔はゆがみ、身体は骨と皮ばかり。
まるで炎で罠に囲いこまれた野生動物のように動揺していた。
かつての世界の知識、法律がもはや残っていないのを悟った」。
コルブリンバイブル(The Kolbrin Bible)にも赤い彗星/惑星の警告はある。
「 血(赤い灰)が地球に落ちる時、破壊者(DESTROYER,惑星二ビル,惑星X)は現れるだろう。
山は崩れて火と灰に包まれるだろう。
森はが破壊され、すべての生物は飲まれるだろう。
沸騰した海は陸を飲み込み、天は赤く燃え地表は銅色になる。
Nibiruの衛星の1つ「A new moon」が現れ、崩壊して地に落ちる。
人々は破壊者のトランペットと時の声を聞き、狂ったように走り回り、避難するほら穴を捜すだろう。
恐怖は人の心を食い、勇気は心から水のように流れ出すだろう」。
古代文献の解析にあたっては、私は惑星接近の場面に重点をおいて読む傾向にある。
古代文献には、文献作者の観点から生ずるバイアスと誇張がはいっている傾向があるが、
だからといってこういった貴重な文書を捨てることはできない。
コルブリンバイブルの「破壊者」の記述は「二ビル」であると考えるのが妥当だろう。

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大摩邇(おおまに) : これから惑星ニビルが地球を攻撃してくるというカガリの説
2012年03月28日18:52
三浦さんよりコメントを戴きました。
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1663865.html#comments
<転載開始>
# 元気丸さんこんにちは。
いつも楽しく読ませていただいています。
私の今日のブログ記事なのですが、取り上げていただけたらありがたいです。
http://ameblo.jp/miura-hari/entry-11205797747.html
えいきち
<リンク先より>
2012年3月28日(水)
カガリのブログでは2009年から2012年にかけて惑星ニビルが地球を乗っ取るために攻撃してくることが書かれてていますよね。
http://mihoh.seesaa.net/article/136415799.html
一部抜粋
「ヨハネの黙示録」で云うところの、最も手厳しいうちの最初の期間が、西暦2009年末冬至の日から、西暦2012年末冬至の日の間の、約3年間と云われています。
これが、いわゆる、地球上における、光と闇の最終戦争の前哨戦となり、
惑星「二ビル」からの、悪性のネガティヴ・エネルギーによる、マインド・コントロールを受けまくることになります。

惑星「二ビル」の攻撃対象は、誰か特定の個人なのではなく、地球人類全員となっているようです。

当初は、地球内部世界「アガルタ」に囚われている「エクシアン人」の救出が目的でしたが、
「エクシアン人」たちは、シリウス星系内のシリウスE「ミネラーヴァ」に収容されてしまいましたので、
惑星「二ビル」の目的のすべては、地球人類全員への攻撃のみと化している模様です。

彼らの攻撃目的とは、地球乗っ取り化計画と云われています。

彼らは、あまりのネガティヴィティの強さ故に、自らのうちでは、全くコントロールの効かない
状態となっていますから、攻撃するのしないの、攻撃してくるなといっても、どうにもならない、状態であると云えます。
地球の約250倍もの大きさであり、総人口数が推定1278億人規模である惑星「二ビル」に対して、
光のマスターたちや先生がた、光のネットワークに入っている方々が、総力を合わせたところでも、かなりの苦戦を強いられるかもしれません。
それは、フライ級のボクサーが、へヴィ級のボクサーに立ち向かってゆくようなものかもしれません。
このような攻防戦が、西暦2020年末まで続きまして、そこで一旦、惑星「二ビル」からの難を逃れるでしょう。
その続きは、「弥勒の世」から始まる第8宇宙サイクルの時代、第2期目からとなっているようですから、「弥勒の世」の約3000年は、安泰で、平安な期間となっています。
ーーーーーー
他の記事では、現在地球を支配している闇の残党勢力(自民党や白光真宏会など新興宗教を含む)はニビルの手先であると断じていますよね。
そうすると、私などもさしずめ闇の残党勢力の影響下にある人間だということになってしまいますよね。
一方、月は宇宙連合の巨大な宇宙船であり、ニビルの攻撃から地球人類を守るためにサポートをしているというのです。
地球は現在すでに、闇の勢力によって支配されております。
ということは、既にニビルによって支配されているということですから、自分たちの支配しているものを再び占領するために攻撃してくるというおかしなことになってしまうのです。
惑星ニビルは3600年に一回廻ってくる周回惑星だといわれています。
月ほどの大きさの人工衛星を作る科学技術力を持った宇宙連合が、3600年に一回しか廻って来ないニビルが地球を乗っ取ろうと攻撃してくることから守ろうとしている。
これってありえることなんででしょうか?
えいきち
<転載終了>

大摩邇(おおまに)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1664608.html














太陽系種族の物語!
2016/7/16(土) 午後 2:39 ♡古代史・神話♡ 練習用
太陽系種族の物語!
太陽系創造神話[エヌマエリッシュ]によれば、太陽系における生命の母はティアマトです。太陽系内惑星の創造に関しては、必ず双子で創造されます。そして、生まれたての惑星は、親惑星の火山成分とほぼ同じで、熱く燃えながら飛び出し、まだ大気も海も無く、火山の噴火する岩石惑星です。
ティアマトは噴火により大気と少しの海が形成された。
おそらく、この海に原始生命体が発生したのでしょう。
ティアマトとほぼ同時に創造されたフェイトン、次に創造された火星、当然地球もまた生命の種子をティアマトから受け継いでいます。
この生命の種子は、地球・火星・フェイトンと比較すれば、木星クラスの強い重力のもとでティアマトに誕生した。
それ故、地球・火星・フェイトンの重力下では、ティアマト由来の生命体は弱い重力の基で巨大化してしまうのです。
ティアマト星系に最初に、次に火星とフェイトンに生命が誕生した。ニビルによりティアマトとフェイトンが粉砕された時、すでにフェイトンには恐竜が生息していた。
古代太陽系での生命の進化の度合いが全惑星で同程度だとすれば、火星はフェイトンと同じく爬虫類が生息していたと考えても間違いはない。
そしてフェイトンに住む知的生命体は、ニビル災禍を逃れ生命が生存できる一番近い惑星=古代火星に避難したとするのが常識的でしょう。
古代火星に文明を築いた後、火星の老化に伴い、新天地への移住を計画した。
第一のグループはニビル星系への移住を計画し、外宇宙へと旅立った(おそらく、紀元前1万2千年以上前のことでしょう?)。
ニビル星系に移住した古代火星人は、二ビル星での南北王朝の過酷な戦いを繰り返した。別のグループは、戦乱の続くニビル星から離れ地球に移住した。
地球に移住したグループは、平和を愛するものたちで、地球の猿人の遺伝子を自らに取り込み、地球への適応を図った。
一方でニビル星系での永遠とも思える戦乱から逃れ、ニビル星から古代火星を経由し、地球への移住計画が練られていた。
このことを知り、地球の遺伝子を持つニビル星人は、ニビル星での戦乱の解決を図るべく、ニビル星系へと移住した。
ついに、ニビル星系での戦乱は終わり、南北王朝の王と女王の婚姻によって統一された(神武東征時の平和裏の統合、出雲王朝や吉備王朝との統一と同じです。)。
第十代アヌの時代に、ニビル星の大気の崩壊を食い止めるべく、地球に金を求めて飛来。
地球での安定した文明基盤のための労働力として、二種類の地球人類を創造する。
一つはネアンデルタール人=イギギである。イギギも人類として火星並びに地球に移住、定着したと聞いています。
もう一つは、ニビル星人とネアンデルタール人のハイブリッドである現生人類である。
さて、異星人を名乗る種族と、上記に説明した太陽系種族との関係を推断してみましょう。
最初に知っておくこととして、地球に飛来している異星人(琴座星人、ニビル星人、プレアデス星人、オリオン星人、シリウス星人、火星人)の母星は、各異星人の呼び名の星々ではではありません。あくまでも、同じ生命哲学を共有する者達のグループ名として、琴座、プレアデス、シリウス、オリオン、プレアデス、火星と名乗っているのです。つまり自民党、民主党などと同じ意味合いでなのです。呼び名=星座と勘違いすることで、異星人に対する大変な誤解が生じています。
リサ・ロイヤルの[プリズム・オブ・リラ]の情報を先生にお知らせしたところ、先生から下記のことを教えて頂いています。
ほぼ、プリズム・オブ・リラと同じような返答でした。ただし、本書にはニビル星人に関する記述が無く、古代シュメル古文書との整合性がとれず、
貴重な情報であるにもかかわらず、より混乱をもたらしている一面があります。
「オリジナルな文明は、
  琴座 ⇒ プレアデス星 ⇒ ニビル星 ⇒ 地球
へと伝えられ、それを伝えるに必要な高等な知性を持った生命体、即ち人間は必要に応じて、各母体惑星からDNAの移植により創造されたものだと。」
詳細は省いて、結論だけをまとめると、下記の通りです。
琴座A,B  = ティアマトとその衛星のフェイトン
琴座星人   = フェイトン星人
プレアデス  = 古代火星
プレアデス星人= フェイトンから古代火星へ移住した人々。その一部が古代地球へ移住。
ニビル星人  = フェイトンからニビル星に移住した人々。
シリウス星人 = ニビル星のアヌ王家以外の種族。王国を否定し、共和制へ移行。
オリオン星人 = 火星人類 及び プレアデス末期の巨人族
最後に、惑星間で繰り返される衝突が惑星を激変させ、その度に知的生命体は母星を逃れ第二の母星へと移住し、環境に最適な惑星人類を創造してきた。その後、新生人類による戦乱に次ぐ戦乱もまた勃発している。現在の地球の戦乱の様相は、太陽系種族の総決算ともいえるものではないのでしょうか。つまり、同じ科学と哲学を共有するが、人生観・生き方における違いからこれら太陽系種族の騒乱が繰り返されてきたのです。
金星系大サタン・サナンダの提唱する生命哲学では、必要悪の立場に立ち、現世を力強く生き抜く必要は無いとし、霊体から肉体への転生輪廻を提唱している。そして、霊体の転生輪廻を支配する一部の者達が全体を支配しており、現実は独裁体制でしかない。そもそも、霊体は人類だろうが異星人だろうが、生まれたときから人体に生体磁場として記憶されながら成長し、臓器の一部として働き出すのだ。死後、疑似細胞を形成し、肉体を放れ霊体となる。霊体もまた物質でできており、すべては物質世界しかない。だから転生輪廻はあり得ない。だから、転生輪廻は、現実世界をより良くしようという人類の意思を消滅させ、有りもしない来世に期待を掛けるという愚かな人々を量産し、己の見にくい権力欲を隠蔽し、悪の帝国の支配を永遠のものにしようとしているのです。
人間の肉体を持った一生は一度限りで、有意義に人生を過ごさなければ、人格は成長しない。死後、霊体になったとしても、貧弱の意識では生前の記憶の大半を失い、地縛霊のように迷妄の壁に閉じ込められてしまう。もしくは、類は友を呼ぶので悪霊の巣窟に閉じ込められてしまいます。しかも、霊体の人生も有限なのですから、生ある人生を有意義に過ごさなければ、霊体の人生とはいいえ価値あるものとはならないのです。
付け加えると、異星人はすべて人類と同じ姿形をしている。恐怖映画に出てくる宇宙人、決爬虫類人、グレーなどは知的生命体ではない。遺伝子操作による産物に近く、バイオアンドロイドなんです。
コーヒーでも飲みながら考えじっくり考えてきた!ましょう!

麗奈の日だまりVol-1 Dream and Vision
http://blogs.yahoo.co.jp/ayanoreina/13793485.html








2010.12.4
宇宙的な厄災は過去に何度もあったのにも関わらず、それは単なる作り話だと思ってきた。そのツケが回ってくるかのようだ。こうして「宇宙的な災厄」が再び巡ってくるのである。
「ノアの大洪水」を地球上の起こした巨大彗星ヤハウェは、水星にも接近したことで水星が収縮させた。その上、ヤハウェに破壊された惑星フェイトンの残骸を水星にも叩きつけたので、水星も月と同様なクレーターが多数ある。
一般的に、天体に落下しなかった小惑星や隕石が惑星の重力圏に捕まったときに、その惑星にリングが出来ることがある。数が少ないと火星の衛星のような存在となるが、形が小さいもので数が多いとリングになる。これらは全て巨大彗星だったヤハウェが引力で引き連れていたフェイトンの残骸で、これらを木星や土星、それに天王星や海王星にあるリングの一部は小惑星の残骸によって形成された可能性が高い。その他にも特に土星のリングはその大きさから、土星の衛星が破壊された残骸も混じっているのではないかと思われる。その中で天王星は巨大彗星ヤハウェとニアミスしているようで、地軸が97.9度という横倒し以上の角度で自転するようになっている。
土星の衛星イアペタスは赤道をなぞるように高さが19キロもある突起構造があり、他の天体と接触したときに出来たと思われる表面に削られた跡がある。これはデススターに似た形状で、もしかするとスターウォーズの製作者は、公表されていなかった宇宙情報を予め知る立場にあったのだろうか。それに人工構造物も存在しているという。
天王星の衛星であるミランダも表面のアチコチに引っかき傷のようなものが存在していることから、巨大彗星ヤハウェとの接触で出来た可能性もある。そして海王星にも多数の衛星があるがその中のトリトンも海王星の他の衛星とは異なり公転方向が逆になっているばかりか公転角度が大きく傾斜している。その表面の様子は北半球と南半球とでは全く異なっているのだ。北半球は起伏が無いのに何故か南半球は地表が変化するほどの引っかき傷がありデコボコして荒れている。特に最下部近くはデコボコが酷い。これも巨大彗星ヤハウェとの接触によって出来たものだと思われ、そのままビリヤードのように弾き飛ばされ現在のような異様な公転方向と公転角度になってしまったのだろう。そして、このときに海王星の衛星が弾き飛ばされたのが冥王星と、その同一軌道上を冥王星を追いかける形で太陽を公転しているヘメラである。それに冥王星の衛星であるカロンを含めて3つとも海王星の他の衛星と似ていることから、おそらく海王星の衛星だった可能性が高いだろう。
冥王星にはカロンの他にもニクスとヒドラという衛星があるが、これは火星の衛星であるフォボスとダイモスのようにフェイトンの残骸のような歪な形をしている。
実は冥王星の大きさは直径が約2300キロで月よりも小さいことがわかったことと、冥王星の外側を公転する惑星エリスが発見され、そのエリスは冥王星よりも大きかったために冥王星は矮惑星に降格した。冥王星の軌道は異質で楕円軌道である。
太陽系の惑星は正確には真円軌道ではなく楕円軌道なのであるが、その誤差が極めて少なく地球の離心率は0.02であるが、冥王星は0.25であり楕円軌道を描いている。その影響で海王星の軌道と一部で交差しており、1999年までは海王星の方が冥王星よりも外側を公転していた。
他の惑星は地軸の傾きは様々だが公転面は横道面とほぼ同じである。しかし冥王星の軌道は約17度も傾いており、海王星の公転面と比較しても約15.4度傾斜している。このことは全く斉一論では説明がつかない。これは明らかに太陽系の調和が乱されて宇宙規模の大激変があったと思われるのである。現在、海王星にもリングが存在することがわかっている。これも他の大きな惑星と同様に巨大惑星ヤハウェが引き連れていた破壊された惑星フェイトンの残骸が海王星の引力に捕まったからだと思われるが、その他にも衛星が破壊された可能性も高い。どうやら、現在では小惑星帯になっている破壊された惑星フェイトンの他にも木星・土星・天王星・海王星の衛星も幾つか破壊されているようだ。それに小惑星帯の中に1つの球体をした惑星が発見された。他の小惑星帯にあるような小さく歪な形とは明らかに異なることから、破壊された惑星フェイトンの衛星だった可能性が指摘されている。その他にも太陽を公転している小惑星は12個存在していることがわかっている。そうなると大小あわせて合計する20以上の惑星が公転していることになる。だから月よりも小さな惑星である冥王星が降格したのだ。それにマダ正式には公表されていない「惑星X」と呼ばれる惑星の存在も明らかになっている。
これは惑星ヤハウェと同様に大衆に知られては困る惑星である。ナント他の惑星と比較しても異常とも思えるような垂直に公転しているのである。横道面から87.2度の角度で、冥王星よりも比べ物にならないので、斉一論による「ガス円盤が回転して太陽系が形成された」という説明では全く解明できない現実であり、太陽系に大激変が起ったことを物語っている。この惑星の公転周期は冥王星の248年よりも遥かに長いことは確かなようだが、弾き飛ばされた影響なのか、冥王星の外側から土星の内側を通る公転軌道なのである。太陽系の中でも異質な存在である、この「惑星ノクス」は今のところはハッキリと公転周期がつかめていない。それもエハン・デラヴィ氏が主張しているような約3600年周期で公転している太陽の伴星ではなく、キチンとした惑星であり大気も存在しており、主成分は窒素で少量だが酸素も存在しているようで地球に似ている惑星ということだったのだ。だが、太陽から遠いためか全域が氷で覆われている。しかし、その氷はメタンではなく普通の水が凍ったものだという。衛星の数は7個で全てが火星の衛星と似た小惑星のような歪な形をしている。一方で、ある天体が必要以上に接近したとき、その天体が地球の大きさに近いほど重力による「潮汐作用」を大きく受けることになり、地球に世界規模の地殻変動をもたらし地球上は大変な状態に陥る。
ノアの時代に、エノクのいた町が人々を乗せたまま空中高く浮遊して何処かへ消え去ったという伝承があるが、これを牧師だったスウィフトに「ラピュタ」物語の構想を思いつかせたのである。そして「聖書外典」にはエノク自身が空中を浮遊したという記述もあり、これもプラズマ領域が関与したことが十分に考えられる。地上から消えたエノクの町は太陽に向かったとする伝承が残されている。その直後に「ノアの大洪水」が起きていることから、この現象も天体の超接近によって重力が変化してプラズマ領域が至る所で引き起こされたことだろう。当時、世界各地で様々な温度の自然プラズマが発生していたことは、インド北部とパキスタン南部のモヘンジョダロ一帯に散在しているガラス状地形は、摂氏数千度の超高熱プラズマで大地が焼かれたことを意味していと思う。イギリスの考古学者であるジョン・マーシャルは、古代に大規模な自然災害が発生したと考えた。だが、それをに異を唱える古代史研究家のデーヴッド・ダヴェンポートとE・ヴェンセンティは、その大災害こそが古代文明同士で核兵器による戦争が起きた跡であると発表して世界中で驚きと共に支持された。確かに既存の核兵器の爆発による高熱現象はプラズマによるものであるが、古代においての核戦争は突飛過ぎるのである。核兵器を製造するような文明は長い歴史的積み重ねによって出来るものなのである。それを造る設備や工場や人材と様々な化学的環境が無ければならないので、イキナリ核兵器を造れるような文明が発生したとは思えない。世界中探しても原子炉施設があった形跡すら存在していないのである。
だから、古代に核戦争が起きたことことは極めて無理がある。要するに、これだけの超高熱を生むようなことは科学的兵器でなければ出来ないという前提の下で考え出されたものであり、超高熱を生むことは自然現象では起きるはずがないというのも現代科学が抱える傲慢さである。こうした現象が自然に発生するということを大衆に知られたくないという思惑も一部には存在したのだろう。実はモヘンジョダロが位置する緯度と近い場所に多くの天変地異が集中して起きていたのである。それは北緯28度近辺であり、世界各地で天変地異が頻発していたころに、インド北部で大発展していたモヘンジョダロが一夜にして廃墟となった。果たして、古代の地球に超高熱を発するような自然災害が起きていたのだろうか。
続く・・・

徒然ブログ
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惑星フェトン(Phoeton、Deya)
ティアマト星系に最初に、次に火星とフェイトンに生命が誕生した。
ニビルによりティアマトとフェイトンが粉砕された時、すでにフェイトンには恐竜が生息していた。
古代太陽系での生命の進化の度合いが全惑星で同程度だとすれば、
火星はフェイトンと同じく爬虫類が生息していたと考えても間違いはない。
そしてフェイトンに住む知的生命体は、
ニビル災禍を逃れ生命が生存できる一番近い惑星=古代火星に避難したとするのが常識的でしょう。

太陽系種族の物語
http://bewithgods.ddo.jp/hope/doc/5-4.html








惑星フェトン(Phoeton、Deya)
5−4章.太陽系種族の物語
太陽系創造神話[エヌマエリッシュ]によれば、
太陽系における生命の母はティアマトです。
太陽系内惑星の創造に関しては、必ず双子で創造されます。
そして、生まれたての惑星は、親惑星の火山成分とほぼ同じで、熱く燃えながら飛び出し、まだ大気も海も無く、
火山の噴火する岩石惑星です。
 ティアマトは噴火により大気と少しの海が形成された。
おそらく、この海に原始生命体が発生したのでしょう。ティアマトとほぼ同時に創造されたフェイトン、次に創造された火星、当然地球もまた生命の種子をティアマトから受け継いでいます。この生命の種子は、地球・火星・フェイトンと比較すれば、木星クラスの強い重力のもとでティアマトに誕生した。それ故、地球・火星・フェイトンの重力下では、ティアマト由来の生命体は弱い重力の基で巨大化してしまうのです。
ティアマト星系に最初に、次に火星とフェイトンに生命が誕生した。
ニビルによりティアマトとフェイトンが粉砕された時、すでにフェイトンには恐竜が生息していた。
古代太陽系での生命の進化の度合いが全惑星で同程度だとすれば、
火星はフェイトンと同じく爬虫類が生息していたと考えても間違いはない。
そしてフェイトンに住む知的生命体は、ニビル災禍を逃れ生命が生存できる一番近い惑星=古代火星に避難したとするのが常識的でしょう。
古代火星に文明を築いた後、火星の老化に伴い、
新天地への移住を計画した。第一のグループはニビル星系への移住を計画し、外宇宙へと旅立った
(おそらく、紀元前1万2千年以上前のことでしょう?)。
ニビル星系に移住した古代火星人は、二ビル星での南北王朝の過酷な戦いを繰り返した。別のグループは、戦乱の続くニビル星から離れ地球に移住した。地球に移住したグループは、平和を愛するものたちで、地球の猿人の遺伝子を自らに取り込み、地球への適応を図った。
 一方でニビル星系での永遠とも思える戦乱から逃れ、ニビル星から古代火星を経由し、地球への移住計画が練られていた。このことを知り、地球の遺伝子を持つニビル星人は、ニビル星での戦乱の解決を図るべく、ニビル星系へと移住した。
 ついに、ニビル星系での戦乱は終わり、南北王朝の王と女王の婚姻によって統一された(神武東征時の平和裏の統合、出雲王朝や吉備王朝との統一と同じです。)。第十代アヌの時代に、ニビル星の大気の崩壊を食い止めるべく、地球に金を求めて飛来。地球での安定した文明基盤のための労働力として、二種類の地球人類を創造する。
 一つはネアンデルタール人=イギギである。
イギギも人類として火星並びに地球に移住、定着したと聞いています。
もう一つは、ニビル星人とネアンデルタール人のハイブリッドである現生人類である。
さて、異星人を名乗る種族と、上記に説明した太陽系種族との関係を推断してみましょう。
最初に知っておくこととして、地球に飛来している異星人(琴座星人、ニビル星人、プレアデス星人、オリオン星人、シリウス星人、火星人)の母星は、各異星人の呼び名の星々ではではありません。あくまでも、同じ生命哲学を共有する者達のグループ名として、琴座、プレアデス、シリウス、オリオン、プレアデス、火星と名乗っているのです。つまり自民党、民主党などと同じ意味合いでなのです。呼び名=星座と勘違いすることで、異星人に対する大変な誤解が生じています。

太陽系種族の物語
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2017年05月21日

ツロ=日本〜旧約聖書に預言されていた日本の使命

ツロ=日本〜旧約聖書に預言されていた日本の使命
旧約聖書に預言されていた日本の使命
投稿者:Legacy of Ashesの管理人
投稿日:2015年 1月24日(土)16時31分7秒  
http://p.booklog.jp/book/15603/read
関連記事:ツロと日本
http://p.booklog.jp/book/15603/page/179128
地の果て日本へ
http://p.booklog.jp/book/15603/page/178539
本編は昨年末(平成22年)に書き終わっていた。
けれど何か大切なことを書き忘れている気がして、公開する際に「完成」のボタンを押せずにいた。
書き忘れているのは、旧約聖書の視点から見た、「新約聖書・ローマ帝国・ヨーロッパ・ユダヤ人・キリスト教・聖パウロ・そしてイエスキリスト」の位置関係の解説ではないのかと思い、
本編の付録として、「天井裏のイエスキリスト」を書きあげた。
その小説の中で、「この小説は末日の直前に明らかにされるよ」と、イエスキリストに語らせ公開した。
そして公開の3時間後に東日本巨大地震が発生したのだった。
当初、今回の震災が旧約聖書に預言されていたことを書き忘れていたのかと思い、日本に関する預言を再検証してみた。
エゼキエル書のツロに関する預言、26章19節〜21を見てみよう。
立ち読み部分に記述したが、イザヤ書ではツロ=日本となっている。
したがってエゼキエル書に記載されたツロに関する預言も日本を語っているかも知れない。
実に、主ヤハウェイはこう言った、
「わたしがお前を住む人のいない町々のように廃墟の町とするとき、大水で覆う混沌の海をお前に向かって来らせるとき、
わたしはお前を穴に下る者たち(死者)と共に、永遠の民(死者)のところへ下らせる。
穴に下る者たちと共に、永遠の廃墟にも似た地の底にお前を住まわせる。
お前が再び生者の地に立つことがないためである。わたしはお前を恐怖に渡し、お前は消えうせる。
お前は尋ね求められても、もはや永遠に見いだされまい。−とは主ヤハウェイの御告げ」
(旧約聖書翻訳委員会訳)
他にもツロに関する気になる聖句は色々ある。
一例をあげると、日本聖書協会訳によるエゼキエル書26章11節には「汝の栄の柱地にたふるべし」とある。
栄の柱が、日本の繁栄を支えてきた福島第一原発と考えるならば、「東風がお前を打ち砕いたのだ」(エゼキエル書27章26節)が、
東風による放射能の内陸拡散を意味することとなる。
結論を言うと、全体の流れからエゼキエル書は今回の災害を預言してはいない。
災害で亡くなられた方々には罪はなく、神によって被災を受けさせられるいわれはない。
詳細は煩雑になるので書かないが、むしろエゼキエル書に預言されたツロ=韓国と解釈した方が当てはまるように思われるくらいだ。
わたしはエゼキエル書を日本とツロの「両義預言」とは認めない。
とはいえ、イザヤ書に預言されたツロ=日本との解釈をしてるのは私だけかもしれないが。
なにを書き忘れていたのか振り出しに戻った。
そんな時、原子力安全・保安院と東電のずさんな管理体制が続々と明らかにされていった。
武田邦彦中部大学教授がYou Tube上で語った「原子力保安院の大ウソ暴露」では、武田氏がウラン濃縮研究所の所長だったときの経験談が公開されている。
原子力発電所の配管ミスを武田氏が見つけた時の話である。
「このままだと事故が発生すると放射能が海に流出する」と、原子力安全・保安院にパイプの撤去を申し出たところ、
「国が認可したものは改造できない」との理由で却下されたそうである。武田氏によると、原子力安全・保安院の仕事の中身は「自分の責任は認めない」ことにあるという。
なにが狂っているのだろうか。
そこには「官僚主義」の一言では片付けられない根の深い問題が横たわっている。
ここに至って、「旧約聖書に預言されていた日本の使命」になにが足りなかったのかが解った。
旧約聖書に預言されていたのは、日本に巣くっていた「国民を奴隷化する資産家たち」「工作員」「中国に進出した日本企業」が日本から逃げ出した後、
残された日本人と海外から移住してくる日系人とが力を合わせて新しい社会を築くという内容である。
そして本編に足りなかったのは、その「新しい社会を築く」人々が、戦うべき相手だったのだ。
旧約聖書が明らかにした「敵」は、「官僚主義」ではない。「官僚主義」を蔓延させた「何か」である。
それを浄化させない限り、新しい社会はやってこない。
その敵とは、ロックフェラーやロスチャイルド、工作員といった組織ではない。
共産主義やイスラム教という思想でもなく、まして悪魔などという訳のわからない者でもない。
旧約聖書とキリストが明らかにした我々の敵は、「早期教育」である。
ただし、早生(わせ)の子が飛び級をして、中学生なのに大学卒の資格を取ることを「早期教育」とは言わない。
「早期教育」とは、その子の発達段階を無視して教育することである。
人生はマラソンなのに、いきなり全速力で走り続けることを求めるが「早期教育」なのだ。
早期教育された人間は、「最大公約数的模範解答」の「記憶マシン」と化し、ひとの心が育たないのだ。
以下の本編は平成22年末から一切手を加えていないので、ご覧頂けたならば、
私が思いつきで「聖書によると、日本の敵は早期教育である」との結論を出したのではないことを理解して頂けると思う。
被災された子供たちが、自分を信じることを願って、「完成」のボタンを押します。
平成23年4月3日
本書は旧約聖書に記述された日本に対する預言を読み解くことにより、これからの日本と世界に何が起こるのかを明らかにしていく預言解説書である。
「旧約聖書に日本の近未来が預言されていた」などという話は初耳だと思う。
初耳以前に、そもそも旧約聖書と日本に何の関わりがあるのだと、いぶかることだろう。
ところが、関わりがあるのだ。
いや、関わりどころではない。
旧約聖書の預言は近未来の日本に集約されていくからだ。
旧約聖書には大きな「謎」がある
「失われた十支族」という謎である。
旧約聖書は「イスラエル民族=アブラハムから分かれた十二支族」に対して書かれた書物である。
その十二支族のうち、十支族が聖書の歴史から忽然と姿を消したのだ。
その残された二部族の末裔がユダヤ人である。したがってユダヤ人国家であるイスラエルは、兄弟である十支族を現在進行形で捜索中である。
そして彼らの探索は日本に向けられている。
「失われた十支族」は、日本に来たのではないのか」と、ユダヤ人は思っている。
「日ユ同祖論」で検索を掛ければ26000件余りヒットするので詳細は避けるが、
その共通点は「言語」「文字」「風習」等多肢にわたり、ゾロゾロ出てくるからだ。
「だからどうなの」と思われるかもしれない。
「日本は雑多な人種の終着駅なのだから、ユダヤ人と共通の祖先が日本にたどり着いたとしても不思議ではない。だからどうなの」と…
後述するが、聖書の歴史に残されたユダヤ人を含む二支族に比べ、消えた十支族、
特にマナセ族とエフライム族に対する「祝福」は比べ物にならないほど豊かで多い。
祝福文を見る限り、マナセ族とエフライム族が旧約聖書の主人公なのだ。けれど、主人公である十支族は聖書の歴史から忽然と姿を消した。
主人公がいつの間にか、何の説明もなく消えてしまったのだ。
だからこそ、「消えた十支族」は謎とされている。
もし失われた十支族が日本に来たのであれば、旧約聖書は日本に対する書物と言っても過言ではないことになる。
「だからどうなの」で済むことではない。
聖書を読んだことのない方でも、聖書が分厚い書物であることは知っていることだろう。
旧約聖書は1326ページ、一ページ当たりの文字数は1200、新約聖書は409ページである。
旧約聖書の「預言書」だけでも384ページに及ぶ。そこに書かれた内容をすべて細かく解説するためには、
ブリタニカ百科事典全巻に相当するボリュームの情報量でも足りないことだろう。
しかし、「日本に関連する預言」に限定するならば可能である。
本書が解き明かすのは、基本的に「日本に関連する預言」という検証可能範囲に限定することにする。
問題なのは、旧約聖書に日本が預言されていることをどのようにして検証できるかである。
逆算して考えればよい。つまり、聖書の預言が正しく、「神」から来ているのであれば、当然世界に大きな影響を与えている日本の未来がそこに描かれているはずなのだ。
だとしたら、日本の歴史上最大の事件である1945年の終戦について、その理由も含めて預言されているはずだ。
1945年、日本はただ一国で世界中を敵に回し、戦争に負けた。
それは第二次世界大戦終焉の年でもあるし、なにより人類に初めて核兵器が使用された年でもあるのだ。
聖書の預言を検証するにあたって、1945年がキーとなる。
道路標識は目的地まで誘導するためにある。
けれど目的地に近付くと今まで連続していた標識が途切れ、道に迷ってしまうことがある。
最後まで責任を持って目的地を示せよと言いたい。
同様に、聖書の預言は「目的地を示す看板」である。
聖書の預言が神からの「目的地を示す看板」であるならば、道が交差する曲がり角には必ず看板が立てられているはずだ。
だとしたら、近代史にとって最も重要な1945年という、大きな道が三つ交差する曲がり角を、ピンポイントで聖書が特定していなければ、預言書としての聖書の威厳は保たれない。
私は三十年前、聖書が天地創造の神からの預言書であると仮定(命題)して考えた。
そしてどこかに日本の命運が書かれているはずだとの思いから、聖書を虱潰しに調べた。
その結果、イザヤ書に預言されている「古代貿易都市ツロ」に行き着いた。
当時はツロと日本との、空恐ろしいまでの類似性に当然誰かが気づいているだろうと思っていたのだが、
平成二十二年現在、いまだツロを通じて日本の命運が描かれているとの考えに出会ってはいない。
第一章「なぜ故郷を捨て、日本へ向かったのか」では、イスラエル民族の一部が日本を目指さなければならなかった「理由」を解き明かす。
第二章「ツロについての託宣」では、イザヤ書に描かれた「ツロ」が、1945年、終戦時の日本を示していることを明らかにする。
 第三章「祟り神」では、旧約聖書の「怒れる神」が、何者なのかについて。
 第四章「バビロンについての託宣」では、「1945年」をキーとして、核兵器により一夜にして滅ぶアメリカと、分裂すると預言された中国の運命について。
 第五章「幼形成熟の果てにあるもの」では、「旧約聖書」に描かれている人類の未来はどこへ向かうのかについて。
 第六章「日系人」では、日本がどのようにして末日を乗り越えるのかについて。
 終章「安息日の主」では、我々が存在する意味について考察する。
関連記事:ツロと日本
http://p.booklog.jp/book/15603/page/179128
三大預言書といえば、旧約聖書のイザヤ書、エレミヤ書、エゼキエル書である。
そしてツロ(ティルス)についてはイザヤ書とエゼキエル書に預言されている。
ただしエゼキエル書に預言されたツロは、ツロのみに対する預言であり、日本との関連はないと考える。
問題なのは、難解とされるイザヤ書に預言されたツロである。
なぜイザヤ書が難解とされているのかといえば、聖書学でいうところの「両義預言」となっているからだ。
イザヤの時代から見た近未来の有様(ツロの没落)が、はるか遠い未来に起る出来事(日本の終戦時)のひな型となっている。
つまりツロと日本が入れ子になって預言されているので、すべてが日本には当てはまらないし、
逆にツロに当てはまらない個所もある。ただしツロと日本とは奇妙にリンクしている。
エゼキエル書はツロを「あなたの境は海の中にあり」「海の入り口に住んで、多くの海沿いの国々の民の商人である」(エゼ27章3、4)といっているが、
それはそのまま日本に当てはまる。地球儀を眺めるまでもなく、
日本は貿易国としてアジア大陸の入り口に位置しているのだ。
ツロは加工貿易と輸出入品の大きな集散地として栄華を極めた古代フェニキアの都市で、
特にティルス紫の長い衣には最高の値が付き、貴族たちはツロの高価な織物を競って求めたという。
日本においては絹製品が幕末の開港後から終戦までの間、重要な輸出品だったことを考え併せると、オーバーラップしないだろうか。
さらにこの都市は軍事面での強さも備えていた。
スプラグ・デ・カンプによれば
「フェニキア人は特に戦争が好きだったわけではないが、都市の守備にかけては熱狂的なまでの勇敢さと、頑強さを示した。
そうした特質と海軍力が相まって、ティルス(ツロ)人は、当時最強のアッシリア軍の攻撃にも最後まで持ちこたえたという。
イタリヤ、ドイツが降伏しても、最後までアメリカと戦い続けていた日本とオーバーラップしないだろうか。
奇妙なんてもんじゃない。紀元前571年と紀元1945年、ツロと日本という地球儀で3分の1も隔てた場所がこれからイザヤの預言により同期してゆくのだ。
前章では、「マナセの部族が、東の果てに国を作ろうとして向かった先が日本である」事と、
「預言は成就する」との二つの命題をたてて話を進めてきた。
本章ではそれに加えて、「イザヤ書に預言されているツロは、終戦時の日本である」との命題を加えて検証していく。
地の果て日本へ
http://p.booklog.jp/book/15603/page/178539
時は出エジプトの時代。
@〜Cの時代から約500年経っているのだから、ヤコブの十二人の息子たちは死に、その子孫である十二支族に対する祝福文である。
神の人モーセは死ぬ前にイスラエルの十二部族を祝福した。以下、申命記33章13節から17節
ヨセフについては言った、
「どうぞ主が彼の地を祝福されるように。
上なる天の賜物と露、
下に横たわる淵の賜物、
日によって産する貴い賜物、
月によって生ずる尊い賜物、
いにしえの山々の産する賜物、-
とこしえの丘の尊い賜物、
地とそれに満ちる尊い賜物、
しばの中におられた者の恵みが、
ヨセフの頭に臨み、
その兄弟たちの君たる者の頭の頂にくだるように。
彼の牛のういごは威厳があり、
その角は野牛の角のよう、
これをもって国々の民をことごとく突き倒し、
地のはてにまで及ぶ。
このような者はエフライムに幾万とあり、
またこのような者はマナセに幾千とある」
*Cのヤコブの祝福(十二人の息子に対する祝福)に比べ、モーセの祝福(ヤコブの十二人の息子から派生した十二支族に対する祝福)は宇宙を語ってはいない。
はっきり言って、スケールが小さい。が、現実的でもあるのだ。
おそらく、当時マナセ族が上記の祝福を受けた時には、その祝福の意味がわからなかった事だろう。
けれどモーセから祝福を授かってから約600年後、上記の祝福がマナセ族にとって重要となる局面が生じる。
それは紀元前721年の出来事だ。
十支族の北イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ、捕虜としてアッシリアに連行されるという事件が起こる。
十支族は自分の国と財産を奪われ、アッシリアの奴隷となったのだ。
想像して頂きたい。
何もかも失ったマナセの支族に最後に残された希望の光は、アブラハム、ヤコブ、モーセから授かった祝福である。
アブラハムやヤコブからは、自分たちが繁栄するとの祝福を得た。
そしてモーセからはその具体的方法を指示されたのだ。
月や日は方角を表す。
太陽や月の昇る方向へ、「いにしえの山々」「とこしえの丘」を越えてゆくならば、いいことあるよという神からの約束である。
何も心配はいらない、邪魔する諸国民はあなたがた「野牛の角」で突き刺され、「地のはて」にたどりつくことができるとの祝福なのだ。
彼らは新天地を求めて日の昇る方角へ向かった。
イスラエルから東へ向かうとどこへたどりつくのだろうか。
そう、シルクロードの両端はイスラエルと日本なのだ。したがってイスラエルの地の果ては日本である。
地球儀をながめたならば解って頂けると思う。
日本の場所はとても特異な位置にあるのだ。
南北アメリカ大陸やオーストラリア大陸を除いたほとんどの可住地域から、日の昇る方向を目指し続けて移動すれば、やがて日本に行き着く。
マナセの部族は日の出る方角に夢を託し、モーセの祝福文に従って旅立った。
そしてたどり着いた日本は災害の地であった。
地震、噴火、なにより毎年のように襲ってくる台風。
どんな災害にもめげず、常に希望を持ち続け、子孫をつないでいったのが我々のご先祖たちなのだ。
自分が不幸な目にあっても、それを笑いながらつい話してしまうのは、ユダヤ人と日本人だけだと聞いたことがある。
ユダヤ人はその迫害の歴史にめげず、子孫をつないでいった。
ユダヤ人も日本人も、自分の不幸を笑えるバイタリティがなければ生き延びることはできなかったのだ。

掲示板
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3117
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過越


過越 – Wikipedia
過越(すぎこし)またはペサハ (pesach) とは、聖書に記載されているユダヤ教の祭り。
特に、最初の夜に儀式的なマッツァー(酵母の入らないクラッカー状のパン)等のごちそうを食べて、
その後、お祝いする。
ユダヤ暦は太陰暦であり、過越は「春分の日の後の最初の満月の日」に祝われる。
というものですが、この祭事が始まった「本当の意味」を書きますと次のようになります。
ユダヤ教の「過越」は、神が与えようとした十の厄災のうちの「最後の災い」を避けるために「犠牲」を捧げる祭
なんです。
十の厄災とは、旧約聖書『出エジプト記』に出てくるもので、下のような厄災が順次訪れるというものです。
聖書に記述されている「十の災い」
1. 水を血に変える(川や海が赤くなる)
2. カエルの大群を放つ
3. ぶよを放つ
4. アブを放つ
5. 疫病を流行らせる
6. 腫れ物を生じさせる
7. 雹(ひょう)を降らせる
8. イナゴを放つ
9. 暗闇でエジプトを覆う
10.初子(長子)をすべて殺す
ジャパネットたかたを見ていますと、私などは「この値段で十分に安いのでは」と思っていても、
「何と、ここから下取りで2万円引き!」とか、「さらに、ここから 5000円値引き」というように矢継ぎ早に値引きが提示されますが、
聖書の神の厄災の場合も、私などは「イナゴだけでも十分なのでは」と思うのですが、
そこに「カエル、ぶよ、アブも」と矢継ぎ早に災いが訪れるのです。
それで、いろいろとあった後の最後の災いが、
> 10.初子をすべて殺す
となっているのです。
これは「すべての家の最初に生まれた子どもを殺す」という意味です。
それは困ります。
それは本当に困るということで、その回避方法が聖書に出ているのですが、
その記述が過越の祭の「本当の意味」です。
旧約聖書からその部分を抜萃いたします。
出エジプト記 12章 21-24節
モーセは、イスラエルの長老をすべて呼び寄せ、彼らに命じた。
「さあ、家族ごとに羊を取り、過越の犠牲を屠りなさい。
そして、一束のヒソプを取り、鉢の中の血に浸し、鴨居と入り口の二本の柱に鉢の中の血を塗りなさい。
翌朝までだれも家の入り口から出てはならない。
主がエジプト人を撃つために巡るとき、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、その入り口を過ぎ越される。
滅ぼす者が家に入って、あなたたちを撃つことがないためである。
あなたたちはこのことを、あなたと子孫のための定めとして、永遠に守らねばならない。
モーセは、「さあ、家族ごとに羊を取り、過越の犠牲を屠りなさい。 」と言っています。
これはつまり、家族のために羊を自らの手で殺しなさいと。
そして、「その羊の血をドアの鴨居(かもい)に塗りなさい」と。
鴨居に殺した羊の血を塗る様子
・A Survey of the Old Testament Law–“You shall keep the Passover”
聖書には、
> 主がエジプト人を撃つために巡るとき、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、その入り口を過ぎ越される
とありますが、この「過ぎ越される」は、神が「災いを与えずに通り過ぎていく」という意味で、
そこから「過越」という言葉がありますが、
これは要するに、「入口に羊の血が塗られている家の子どもは殺さない」ということで、
「神に犠牲の証拠を見せなければならない」
ということになるのでしょうかね。
聖書の世界では、自分の子どもの命を守るためには、
「他の命(たとえば羊)を犠牲にしなければならない」というのが神の命令が描かれているようです。
しかし、現代社会には「殺す羊はそうそういない」ということも言えます。
「そういう場合の犠牲の証拠は?」
というようなことを当時考えたりしたものでした。
まあ、しかし、そのことはいいです。別に「羊の代替が人間」というようなことを書こうと思っているわけではありません(書いてるじゃないの)。
いずれにしても、2014年4月から始まった壮絶な犠牲の連続の時期は 2015年9月28日で終わったわけですが、
しかし、過越の祭そのものは、毎年行われます。
今年はいつかといいますと、先ほどの Wikipedia に、
> 過越は「春分の日の後の最初の満月の日」に祝われる
ということで、今年 2017年の春分の日の後の最初の満月は 4月11日で、つまり、昨日から「過越」が始まっています。
今年の過越は何かの天文現象と重なっているわけではないですが、
ただ、 今年 2017年というのは、この年全体を通して「日食において、歴史的な年となる」ことが確定している年でもあることは、
・「99年ぶりのアメリカの皆既日食」と「北緯33度線」がクロスする唯一の都市へいざなってくれた使者たち 2016/11/18
という記事などから何度かふれています。
2017年のふたつの完全な日食のルート
そして、その「犠牲の祭事」過越が始まった 4月11日、アメリカのトランプ大統領は、「朝鮮半島に無敵艦隊を送った」と語ったのでした。
北朝鮮へ「無敵艦隊」派遣=挑発容認しないと米大統領
時事通信 2017/04/12
米メディアによると、トランプ大統領は12日に放送予定のFOXビジネス・ネットワークのインタビューで、
北朝鮮対応について「『無敵艦隊』を派遣した」と語った。
北朝鮮の近海に向かっている米海軍の原子力空母カール・ビンソンを中心とした空母打撃群を指しているとみられる。
一方、スパイサー大統領報道官は11日の記者会見で、大統領は北朝鮮の弾道ミサイル発射を含む一連の挑発行動を
「容認しないと明確にしている」と述べた。
その上で「大統領はすべての選択肢をテーブルの上に置いている」と指摘し、
軍事力行使も選択肢に含まれていることを示唆した。
この「無敵艦隊(英語で Armada / アルマダ)」という言葉は、
1588年のアルマダの海戦での「スペイン無敵艦隊」以来使われている言葉ですが、
実際には、この時のスペインの無敵艦隊は
しかし、7月から8月にかけて行われた無敵艦隊とイギリス海軍との決戦は、機動力に富んだイギリス海軍の大勝利に終り、スペインに帰国した戦艦は半数以下であった。
無敵艦隊の大敗北により、制海権はイギリスの手に渡り、
スペインの国際貿易,植民地経営は打撃を受け国力の衰退を招くにいたった。
(ブリタニカ国際大百科事典)
というもので、当時の大国だったスペインが、
> 国力の衰退を招くにいたった
キッカケを作ったものでもありました。
なので、「無敵艦隊は国の衰退の象徴」ともいえそうで、
どうして、トランプ大統領がこの言葉を使ったのはわからないですが、
・犠牲の時期
と共に、
・国力衰退の象徴
が動き出す、という微妙なタイミングとなってきています。
どうなるのでしょうかね。
なお、今年の「過越」が終わるのは 4月17日です。

In Deep
http://indeep.jp/what-means-us-sending-armada-to-north-korea-in-2017-passover/






春の満月と同時に始まるユダヤ教の犠牲の祭典「過越」に突入した日に、国力衰退の象徴「無敵艦隊」がアメリカから朝鮮半島に向けて出発した
2017/04/12
・See a Stunning Pink Moon Rise Tonight
「過越(すぎこし)」の祭というのはユダヤ教の重要な祭事のひとつですが、私がこの奇妙な響きの日本語を知ったのは 2014年のことでした。
その年 2014年 4月からの約1年半の間、
「ユダヤ教の祭事と4回連続する皆既月食の奇妙な連続するシンクロが始まった」
ということを知ったのです。
そして、このことに、かなり強い興味を持ったのでした。
下の表はそれを示したもので、このように4回連続で皆既月食が起きることをテトラッドといい、
これ自体も珍しいものですが、そこにすべてユダヤ教の宗教的祭事が重なったのでした。
そして、今年もまた過越の期間に突入しました。

In Deep
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異常な「大量犠牲の時期」だった1年半を振り返れば
このことに関しては最初、
・赤い月と黒い太陽: 2014年から 2015年まで「4回連続する皆既月食」がすべてユダヤ教の重要宗教祭事の日とシンクロ。
そして、過去の同じ現象の時に「イスラエルの建国」があった
 2014/04/06
という記事でご紹介した後、
「どうも、このシンクロは《流血》と《犠牲》と関係しているように思えて仕方ない」
というようなことになり、その後いくつかの記事に書いたこともあります。
[参考記事]
・「神の意志、あるいは悪魔の輪郭」 : 北緯 33度線にある韓国の済州島。そして「血の月」の連続と共にユダヤ教では祭りに突入
(2014/04/18)
・テトラッドの3回目の皆既月食がやってくる中で何だかいろいろとおかしい : トルコとオランダの大停電、CERNの大型ハドロン衝突型加速器の故障、相次ぐ事故や爆弾予告 (2015/04/01)
そして実際に、先ほどの表にしました1年半の間というのは、
信じられないほど「事故」や「若者の大量の犠牲」が多く発生した時期で、
韓国でフェリーが沈没したのもこの時期でしたし、「飛行機の事故」に至っては、下のように「異常な数」でした。
4回連続した皆既月食の期間(2014/04/15 – 2015/09/28)に発生した旅客機事故や行方不明
・2014年03月08日 マレーシア航空370便 消息を絶つ(乗客乗員 239名 / 安否不明)
・2014年04月16日 韓国セウォウル号の沈没( 295 名死亡)
・2014年07月17日 マレーシア航空17便 ウクライナで撃墜(乗客乗員 298名 / 全員死亡)
・2014年07月23日 トランスアジア航空222便 台湾で墜落(48名死亡)
・2014年07月24日 アルジェリア航空5017便 マリで墜落(118名死亡)
・2014年08月10日 セパハン航空140便 イランで墜落(39名死亡)
・2014年12月28日 エアアジア8501便 インドネシアで墜落(乗客乗員 162名 / 84遺体収容)
・2015年03月24日 ドイツ旅客機が墜落(乗客乗員 150名 / 全員死亡)
この最後のドイツ旅客機が墜落した 2015年3月以降の2年間を考えれば、
この1年半の期間の旅客機事故の数は「異常」と表現して構わないと思います。
上にあげたリストだけでも、たった半年の間に、旅客機事故だけで 1349人が亡くなっているのです。
他にも、この期間には、2014年7月から 8月にはイスラエルのガザ攻撃で 2100名が死亡したり、
2015年6月には、IS がラマダン攻撃を行い、各国で 403名が死亡しています。
後から振り返れば、ものすごい時期だったことがわかります。
しかし、「なぜ犠牲が?」と私は当時思っていたのですが、何よりも、
「過越という祭事そのものが犠牲の祭り」
だということを知ります。
犠牲の日々の中で「人間は羊の代役」なのかもしれないと思ったり

In Deep
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西暦 2017年 4月 11日は、
旧暦 2017年 3月 15日 大安(たいあん)です。
ユリウス日 = 2457854.1667
太陽の黄経 = 20.976°
月の黄経  = 194.263°
本日の月齢 : 14
月相    : 13
輝面比   : 99.66%

【みんなの知識 ちょっと便利帳】旧暦計算
http://www.benricho.org/koyomi/kyureki/




西暦 2018年 4月 11日は、
旧暦 2018年 2月 26日 先負(せんぷ、せんまけ、さきまけ)です。
ユリウス日 = 2458219.1667
太陽の黄経 = 20.736°
月の黄経  = 316.473°
本日の月齢 : 24.6
月相    : 23
輝面比   : 28.29%

【みんなの知識 ちょっと便利帳】旧暦計算
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2017年04月24日

遊星ルシファーとルシファー人

遊星ルシファーとルシファー人、惑星フェトン(Phoeton、Deya)
キリスト/サナンダ
「今から2000年ほど前、私がゴルゴダの丘で磔になった当時、ルシファーは役人が皆恐れたローマの王でした。
私を槍で刺し貫いた兵士はルシファーの弟で、クノマルシャーという男に生まれていました。」
ルシファーは、オリオンとともにこの宇宙で"悪なる働き"をする存在である。しかし彼らはもともとそのような働きをする存在ではなく、
それどころか、神から重要な役目を授かった召使、即ち天使だったのだ。
オリオンが本来神から授かった役目は物質(陰)によって神の愛と潤いを人類に与える使命であった。
一方、ルシファーが授かった使命は、無(陽、物質に対する無、形なきもの、心、精神)によって神の愛と潤いを人類に与える使命であった。
オリオンは、神の創造と進化の試練の過程で、のんきに神を信じて神からの霊感をうける事をわすれた。
神の解決の場を信じてのんきに神からの霊感を待っているだけで良いのだろうかと考えるようになった。
ただ霊感を待つだけではだめだ、何かしなければという考えを持つようになった。
そうして、神からの霊感を失い、そこに自我の愛がうまれた。
自我の愛は神からの霊感とは異なり、我からでたものである。
オリオンは神の霊感のままに物質を語らず、自我欲のままに語り、悪に堕ちていく。
かつて太陽系にルシファーという遊星があった。
それは太陽系の遊星のなかで物質的に最も希薄な遊星で、その軌道は火星と木星の間にあった。
天使たちの間では「暁の明星」と呼ばれていた。
この輝く遊星の王子もまた「ルシファー」と呼ばれていて、神の愛する息子だった。
ルシファーとその軍勢に関する地球の伝説は真実。
虚栄と傲慢がルシファーと多くの住人たちの中で大きくなっていった。
彼らは物質の秘密のすべてを発見した。創造神の秘密のすべてを発見した。
そしてこの全能なる神の力を自分たちの利己心のために使い、その力を兄弟に向けようとした。
さらには宇宙を支配する野望を達成するため、父なる神、生命の源に反逆を企てた。
当時、物質の最も希薄な状態で肉体表現をとっていたるルシファー人たちは、
最も重要な物質的進化のひとつの中の肉体表現に堕ちたのだった。
ルシファー達はその戦い(原水爆の大崩壊)の中で遊星ルシファーを粉砕した。
ルシファーに与しなかった者たちは光のより高度なエーテル状の非物質世界にはいった。
全部ではないが、地球人の多くはルシファー人の転生。
ルシファーの地球での名前は、いずれも小学生でさえ知っている名前で、そのいくつかは
あなたを驚かせるだろう。
いずれにせよ、オリオンやルシファーは、イエス(金星の大長老サナンダ)を地球から除き得る「磔」のほどに
強いものである。
-徳間五次元文庫,オイカワイタチとは何か

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2010.12.4
宇宙的な厄災は過去に何度もあったのにも関わらず、それは単なる作り話だと思ってきた。そのツケが回ってくるかのようだ。こうして「宇宙的な災厄」が再び巡ってくるのである。
「ノアの大洪水」を地球上の起こした巨大彗星ヤハウェは、水星にも接近したことで水星が収縮させた。その上、ヤハウェに破壊された惑星フェイトンの残骸を水星にも叩きつけたので、水星も月と同様なクレーターが多数ある。
一般的に、天体に落下しなかった小惑星や隕石が惑星の重力圏に捕まったときに、その惑星にリングが出来ることがある。数が少ないと火星の衛星のような存在となるが、形が小さいもので数が多いとリングになる。これらは全て巨大彗星だったヤハウェが引力で引き連れていたフェイトンの残骸で、これらを木星や土星、それに天王星や海王星にあるリングの一部は小惑星の残骸によって形成された可能性が高い。その他にも特に土星のリングはその大きさから、土星の衛星が破壊された残骸も混じっているのではないかと思われる。その中で天王星は巨大彗星ヤハウェとニアミスしているようで、地軸が97.9度という横倒し以上の角度で自転するようになっている。
土星の衛星イアペタスは赤道をなぞるように高さが19キロもある突起構造があり、他の天体と接触したときに出来たと思われる表面に削られた跡がある。これはデススターに似た形状で、もしかするとスターウォーズの製作者は、公表されていなかった宇宙情報を予め知る立場にあったのだろうか。それに人工構造物も存在しているという。
天王星の衛星であるミランダも表面のアチコチに引っかき傷のようなものが存在していることから、巨大彗星ヤハウェとの接触で出来た可能性もある。そして海王星にも多数の衛星があるがその中のトリトンも海王星の他の衛星とは異なり公転方向が逆になっているばかりか公転角度が大きく傾斜している。その表面の様子は北半球と南半球とでは全く異なっているのだ。北半球は起伏が無いのに何故か南半球は地表が変化するほどの引っかき傷がありデコボコして荒れている。特に最下部近くはデコボコが酷い。これも巨大彗星ヤハウェとの接触によって出来たものだと思われ、そのままビリヤードのように弾き飛ばされ現在のような異様な公転方向と公転角度になってしまったのだろう。そして、このときに海王星の衛星が弾き飛ばされたのが冥王星と、その同一軌道上を冥王星を追いかける形で太陽を公転しているヘメラである。それに冥王星の衛星であるカロンを含めて3つとも海王星の他の衛星と似ていることから、おそらく海王星の衛星だった可能性が高いだろう。
冥王星にはカロンの他にもニクスとヒドラという衛星があるが、これは火星の衛星であるフォボスとダイモスのようにフェイトンの残骸のような歪な形をしている。
実は冥王星の大きさは直径が約2300キロで月よりも小さいことがわかったことと、冥王星の外側を公転する惑星エリスが発見され、そのエリスは冥王星よりも大きかったために冥王星は矮惑星に降格した。冥王星の軌道は異質で楕円軌道である。
太陽系の惑星は正確には真円軌道ではなく楕円軌道なのであるが、その誤差が極めて少なく地球の離心率は0.02であるが、冥王星は0.25であり楕円軌道を描いている。その影響で海王星の軌道と一部で交差しており、1999年までは海王星の方が冥王星よりも外側を公転していた。
他の惑星は地軸の傾きは様々だが公転面は横道面とほぼ同じである。しかし冥王星の軌道は約17度も傾いており、海王星の公転面と比較しても約15.4度傾斜している。このことは全く斉一論では説明がつかない。これは明らかに太陽系の調和が乱されて宇宙規模の大激変があったと思われるのである。現在、海王星にもリングが存在することがわかっている。これも他の大きな惑星と同様に巨大惑星ヤハウェが引き連れていた破壊された惑星フェイトンの残骸が海王星の引力に捕まったからだと思われるが、その他にも衛星が破壊された可能性も高い。どうやら、現在では小惑星帯になっている破壊された惑星フェイトンの他にも木星・土星・天王星・海王星の衛星も幾つか破壊されているようだ。それに小惑星帯の中に1つの球体をした惑星が発見された。他の小惑星帯にあるような小さく歪な形とは明らかに異なることから、破壊された惑星フェイトンの衛星だった可能性が指摘されている。その他にも太陽を公転している小惑星は12個存在していることがわかっている。そうなると大小あわせて合計する20以上の惑星が公転していることになる。だから月よりも小さな惑星である冥王星が降格したのだ。それにマダ正式には公表されていない「惑星X」と呼ばれる惑星の存在も明らかになっている。
これは惑星ヤハウェと同様に大衆に知られては困る惑星である。ナント他の惑星と比較しても異常とも思えるような垂直に公転しているのである。横道面から87.2度の角度で、冥王星よりも比べ物にならないので、斉一論による「ガス円盤が回転して太陽系が形成された」という説明では全く解明できない現実であり、太陽系に大激変が起ったことを物語っている。この惑星の公転周期は冥王星の248年よりも遥かに長いことは確かなようだが、弾き飛ばされた影響なのか、冥王星の外側から土星の内側を通る公転軌道なのである。太陽系の中でも異質な存在である、この「惑星ノクス」は今のところはハッキリと公転周期がつかめていない。それもエハン・デラヴィ氏が主張しているような約3600年周期で公転している太陽の伴星ではなく、キチンとした惑星であり大気も存在しており、主成分は窒素で少量だが酸素も存在しているようで地球に似ている惑星ということだったのだ。だが、太陽から遠いためか全域が氷で覆われている。しかし、その氷はメタンではなく普通の水が凍ったものだという。衛星の数は7個で全てが火星の衛星と似た小惑星のような歪な形をしている。一方で、ある天体が必要以上に接近したとき、その天体が地球の大きさに近いほど重力による「潮汐作用」を大きく受けることになり、地球に世界規模の地殻変動をもたらし地球上は大変な状態に陥る。
ノアの時代に、エノクのいた町が人々を乗せたまま空中高く浮遊して何処かへ消え去ったという伝承があるが、これを牧師だったスウィフトに「ラピュタ」物語の構想を思いつかせたのである。そして「聖書外典」にはエノク自身が空中を浮遊したという記述もあり、これもプラズマ領域が関与したことが十分に考えられる。地上から消えたエノクの町は太陽に向かったとする伝承が残されている。その直後に「ノアの大洪水」が起きていることから、この現象も天体の超接近によって重力が変化してプラズマ領域が至る所で引き起こされたことだろう。当時、世界各地で様々な温度の自然プラズマが発生していたことは、インド北部とパキスタン南部のモヘンジョダロ一帯に散在しているガラス状地形は、摂氏数千度の超高熱プラズマで大地が焼かれたことを意味していと思う。イギリスの考古学者であるジョン・マーシャルは、古代に大規模な自然災害が発生したと考えた。だが、それをに異を唱える古代史研究家のデーヴッド・ダヴェンポートとE・ヴェンセンティは、その大災害こそが古代文明同士で核兵器による戦争が起きた跡であると発表して世界中で驚きと共に支持された。確かに既存の核兵器の爆発による高熱現象はプラズマによるものであるが、古代においての核戦争は突飛過ぎるのである。核兵器を製造するような文明は長い歴史的積み重ねによって出来るものなのである。それを造る設備や工場や人材と様々な化学的環境が無ければならないので、イキナリ核兵器を造れるような文明が発生したとは思えない。世界中探しても原子炉施設があった形跡すら存在していないのである。
だから、古代に核戦争が起きたことことは極めて無理がある。要するに、これだけの超高熱を生むようなことは科学的兵器でなければ出来ないという前提の下で考え出されたものであり、超高熱を生むことは自然現象では起きるはずがないというのも現代科学が抱える傲慢さである。こうした現象が自然に発生するということを大衆に知られたくないという思惑も一部には存在したのだろう。実はモヘンジョダロが位置する緯度と近い場所に多くの天変地異が集中して起きていたのである。それは北緯28度近辺であり、世界各地で天変地異が頻発していたころに、インド北部で大発展していたモヘンジョダロが一夜にして廃墟となった。果たして、古代の地球に超高熱を発するような自然災害が起きていたのだろうか。
続く・・・

徒然ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/beautyhappinesshide/60583081.html









惑星フェトン(Phoeton、Deya)
さて、火星と木星の中間にもう一つの惑星が存在していたそうですが、それが幻の太陽系第五惑星「フェイトン」と呼ばれていました。またシュメール文明の太陽系図にも火星と木星の間に惑星の存在していたことが残されていたようです。
偉大なる故正木工学博士によれば、今から遡ること3億6千年前、火星と木星の中間に地球と同じサイズの惑星が存在していて、環境破壊を起こし、現在の地球同様に核融合エネルギーを使っていたため、人類滅亡の危機に立たされていったそうです。
フェイトンの科学者らは人類滅亡の危機を予測し、危機から逃れる為に巨大宇宙船を造り、その宇宙船に多くの第5惑星人を同乗させて地球に移住させたということでした。そして間もなく、核融合エネルギーの過剰開発と大量使用で海水が誘爆して(核融合のエネルギーは水によって誘爆を起こす)、惑星は大爆発を起こし木っ端微塵と化し、その飛び散った惑星の欠片は小惑星群となって現在、木星の内側軌道を回っているという天からの啓示を受けたそうです。当時3億6千年前の地球は恐竜やシダ類で覆われ、人類がとても住める状態ではなかったため、生命体は動植物に宿って、3億年以上を地球での原始時代を過ごし、ようやく300万年前より人間の肉体に宿ることができるようになった、いわゆる人類学上の肉体の発生から現在に至ったとされているということのようです。
しかし3億年以上の長きに渡って動物に宿って生きてきた生命体はその心までもがすっかり動物的に成り果ててしまい、現在の地球ではその人口の8割が動物的な人類(人間性を高めよう、進化しようとしない無気力)のままであると推測されていましたが、愚民化されたままでは人類の滅亡は避けられないように思いました。
たとえ生まれ変わったとしても、続々と発見されている地球型系外惑星で動植物からスタートする羽目になるかも知れません。
そして幻の第五惑星にはもう一つの名がついていました。それは「マルデック」と呼ばれ、地上の楽園、エデンの園はそのマルデックに存在していたものを後から地球の楽園として付け加えられたものだそうです。
最後に故正木和美工学博士のメッセージ
「修業とは、自分の行ったことが、自分以外の人に幸せを与えることなり」
陰徳を増やし、生命体エネルギーを高めることが意識を高め、宇宙の叡智に気づくことになるのではないでしょうか。
http://world.agosu.jp/index.html
皆様、今年も「宇宙への気づき日記」をご覧いただきありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

宇宙への気づき日記
http://telepotation.at.webry.info/201112/article_3.html






惑星フェトン(Phoeton、Deya)
ティアマト星系に最初に、次に火星とフェイトンに生命が誕生した。
ニビルによりティアマトとフェイトンが粉砕された時、すでにフェイトンには恐竜が生息していた。
古代太陽系での生命の進化の度合いが全惑星で同程度だとすれば、
火星はフェイトンと同じく爬虫類が生息していたと考えても間違いはない。
そしてフェイトンに住む知的生命体は、
ニビル災禍を逃れ生命が生存できる一番近い惑星=古代火星に避難したとするのが常識的でしょう。

太陽系種族の物語
http://bewithgods.ddo.jp/hope/doc/5-4.html








惑星フェトン(Phoeton、Deya)
5−4章.太陽系種族の物語
太陽系創造神話[エヌマエリッシュ]によれば、
太陽系における生命の母はティアマトです。
太陽系内惑星の創造に関しては、必ず双子で創造されます。
そして、生まれたての惑星は、親惑星の火山成分とほぼ同じで、熱く燃えながら飛び出し、まだ大気も海も無く、
火山の噴火する岩石惑星です。
 ティアマトは噴火により大気と少しの海が形成された。
おそらく、この海に原始生命体が発生したのでしょう。ティアマトとほぼ同時に創造されたフェイトン、次に創造された火星、当然地球もまた生命の種子をティアマトから受け継いでいます。この生命の種子は、地球・火星・フェイトンと比較すれば、木星クラスの強い重力のもとでティアマトに誕生した。それ故、地球・火星・フェイトンの重力下では、ティアマト由来の生命体は弱い重力の基で巨大化してしまうのです。
ティアマト星系に最初に、次に火星とフェイトンに生命が誕生した。
ニビルによりティアマトとフェイトンが粉砕された時、すでにフェイトンには恐竜が生息していた。
古代太陽系での生命の進化の度合いが全惑星で同程度だとすれば、
火星はフェイトンと同じく爬虫類が生息していたと考えても間違いはない。
そしてフェイトンに住む知的生命体は、ニビル災禍を逃れ生命が生存できる一番近い惑星=古代火星に避難したとするのが常識的でしょう。
古代火星に文明を築いた後、火星の老化に伴い、
新天地への移住を計画した。第一のグループはニビル星系への移住を計画し、外宇宙へと旅立った
(おそらく、紀元前1万2千年以上前のことでしょう?)。
ニビル星系に移住した古代火星人は、二ビル星での南北王朝の過酷な戦いを繰り返した。別のグループは、戦乱の続くニビル星から離れ地球に移住した。地球に移住したグループは、平和を愛するものたちで、地球の猿人の遺伝子を自らに取り込み、地球への適応を図った。
 一方でニビル星系での永遠とも思える戦乱から逃れ、ニビル星から古代火星を経由し、地球への移住計画が練られていた。このことを知り、地球の遺伝子を持つニビル星人は、ニビル星での戦乱の解決を図るべく、ニビル星系へと移住した。
 ついに、ニビル星系での戦乱は終わり、南北王朝の王と女王の婚姻によって統一された(神武東征時の平和裏の統合、出雲王朝や吉備王朝との統一と同じです。)。第十代アヌの時代に、ニビル星の大気の崩壊を食い止めるべく、地球に金を求めて飛来。地球での安定した文明基盤のための労働力として、二種類の地球人類を創造する。
 一つはネアンデルタール人=イギギである。
イギギも人類として火星並びに地球に移住、定着したと聞いています。
もう一つは、ニビル星人とネアンデルタール人のハイブリッドである現生人類である。
さて、異星人を名乗る種族と、上記に説明した太陽系種族との関係を推断してみましょう。
最初に知っておくこととして、地球に飛来している異星人(琴座星人、ニビル星人、プレアデス星人、オリオン星人、シリウス星人、火星人)の母星は、各異星人の呼び名の星々ではではありません。あくまでも、同じ生命哲学を共有する者達のグループ名として、琴座、プレアデス、シリウス、オリオン、プレアデス、火星と名乗っているのです。つまり自民党、民主党などと同じ意味合いでなのです。呼び名=星座と勘違いすることで、異星人に対する大変な誤解が生じています。

太陽系種族の物語
http://bewithgods.ddo.jp/hope/doc/5-4.html





君の名は。に隠されたニビル(ニトウ)の暗号
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2017年03月04日

シュミータ




2015年09月03日
シュミータとは何か?:ユダヤ教のラビ、ジョナサン・カーンが語る「市場の崩壊、国家の盛衰、戦争、高い塔、9/11…etc」との関係についての全語録。そして「2015年9月13日の意味」
前回まで、
・2015年9月という「終末」の月(1)
・2015年9月という「終末」の月(2)
・2015年9月という「終末」の月(3)
という、9月に関しての、いろいろな噂や出来事を書きました。
その中で、ユダヤ教の安息日である「シュミータ」という概念を初めて知ります。
これは、7年ごとにおとずれるものです
(その翌年が「ヨベルの年」といわれる年で、イスラエルが 100年間以上にわたり再建し続けてきた年)。
このシュミータに関しての著作がある、ユダヤ教のラビであるらしいジョナサン・カーンという人のインタビュー動画があります。
これを最近初めて見たのですが、
思っていた以上に興味深いもので、
シュミータ、なんてものは、それまで曖昧に「へえ」くらいな関心だったものが、かなりの興味を持つに至りました、
これに、日本語の訳をつけてくれている動画がありまして、
基本的にはそれをご覧になればそれで済む話ではあるのですが、
動画は、何かのさまざまな理由で、消えてしまえばそれまということで、文字として残しておきたいと思いました。
ジェイコブ・バーネットさんの TED での講演をおこした記事と同じように、
このジョナサン・カーン氏のインタビューをすべて文字におこすことにしました。
20分のインタビューですので、文章としてはかなり長いものになりましたが、
足かけ2日間で、何とか形になりました。
参考にさせていただいたのは、YouTube の、
・「アメリカの未来は裁きか祝福か」 Jonathan Cahn-Is USA's future going towards
です。
上の動画とは、訳などやや違いますが、全体のニュアンスとしては同じだと思います。
特に、後半、「塔」というもものの概念について語られているところからは、とてもおもしろいです。そのように、いろいろと感想はあるのですが、とにかく長いですので、早速、そのインタビューの内容に入ります。
いろいろと書きたいことは後日の記事に書かせていただこうと思います。
『これが超自然現象だ( It's Supernatural )』という、おそらくアメリカのテレビ番組の中でのインタビューで、登場人物は以下のお二人です。
ジョナサン・カーン( Jonathan Cahn )氏
司会者 シド・ロス氏
番組自体が宗教がかったもののようですが、語られる事実は、とても興味深いものです。
興味深い部分は太字で示しています。
ジョナサン・カーン氏インタビュー「シュミータとは」
司会者 ベストセラー本『前兆』では、神の裁きの前兆を警告していますが、今、9つの前兆が再び現れています。その中のひとつに「シュミータ」( Shemitah )に関する啓示がありますが、ジョナサン氏にお伺いしますが、「シュミータ」とは何なのですか?
カーン シュミータは、3千年前から伝わるミステリーで、シナイ山にいるモーセの時代から、9月11日の事件や、経済の浮き沈み、あるいは、株式市場の暴落や、国家の浮き沈みにも影響を与えるものです。
第一次世界大戦や第二次世界大戦、あるいは現在起きていることや、これから起きることまでも、驚くほど正確に示されている聖書のミステリーなのです。
司会者 「前兆」という本を書いたとき、私たちの日常がここまで影響されていることをご存じでしたか?
カーン ある一定の時代においては理解していましたが、それが、たとえば、このテレビを見ているすべての人たち(現代の人たちに)までも、それが影響していることには気づいていませんでした。私たちの現代の生活も、そして、未来もシュミータに影響されています。その影響の大きさを最近まで私は知らなかったのです。
司会者 なるほど。そもそも、「シュミータ」とは、何を意味するものなのですか?
カーン これはヘブライ語の言葉で、「解放( release )」あるいは、「落下( fall )」、「崩壊( collapse )」や「揺さぶり( shaking)」などの意味を持ちます。シナイ山で神は、イスラエルの民に律法を与え、7年ごとに安息年をもうけることを教えました。その間は、種まきも収穫もしてはならず、「エルル 29 ( Elul 29 )」と呼ばれるシュミータの最終日には、すべての借金や国の負債がすべて帳消しになったのです。
シュミータは祝福ですが、イスラエルが神に逆らい始めたときには、シュミータは、神に背を向ける国への裁きの「しるし」として現れました。私たちの暮らしでいうと、シュミータは経済に影響を与え、現在では「不況」として現れます。ウォール街では、株の暴落などが起きます。
司会者 祝福ではなく、私たちが、崩壊や裁きを受けるということなんですか?
カーン 9月11日の事件以来、過去2回のシュミータが示す事柄は、より正確になってきています。
今、新たなシュミータの年(2014年〜2015年)が来るのですが、
これが、私たちの生活をすべて左右するはずなのです。
シュミータの示唆は、本当に正確で、物事の日時や秒まで正確に記されているのです。
司会者 シュミータは7年ごとに起きるのですね?
カーン はい。シュミータは7年ごとの安息年ですが、
そのポイントは、7年ごとに起こるたびに、経済のすべてが消え去る( wipe out )のです。
司会者 それはつまり、聖書によれば、
7年ごとに神からの祝福が与えられるが、神に背いている場合は「裁きのとき」となると。
カーン 紀元前 586年にエルサレムが陥落したのは、シュミータを何回も無視した結果だと聖書にあります。借金が消えるだけではなく、街や国家が消えることもあるのです。
紀元前586年 エルサレムの陥落(ユダ王国の滅亡)
司会者 聖書を信じなくとも、私たちの暮らしを左右するこのパターンを見ると、歴史的に、実際にそのようなサイクルで国家の興隆や没落、あるいは、経済の上昇と下降が起きているわけで、やはり聖書を無視することはできないようですね。
過去40年の経済崩壊は7年サイクルで起きている
カーン 過去 40年の私たちの経済を振り返りますと、5つの長期的な市場の暴落があり、その後に不況が続きます。最初は 1973年で、二回目は 1980年、三回目は 1987年、四回目は 2000年、そして、五回目は大不況となった 2007年です。
これらはすべて7年間隔でおとずれています。1973年の7年後は 1980年で、その7年後は 1987年、2000年の7年後は 2007年です。
それぞれ、株式市場の暴落と不況があった 1973年はシュミータの年で、1980年もシュミータの年、1987年もシュミータの年、そして、2000年もシュミータの年でした。2007年もそうです。すべてが聖書に書かれてある通りに起きているのです。ものによっては「秒」まで記録されています。歴史上の大恐慌を見ると、そのほとんどすべてがシュミータの年に起きていることがわかるのです。
例を挙げますと、歴史上で三番目に大きな不況が 1937年〜38年に起きました。これはシュミータの年でした。この時は、ウォール街が暴落した翌日にシュミータが始まったのです。 2007年〜2008年の大不況もシュミータの年に起きました。この時は、借金を完全に消し去る「エルル29」の日に、株式市場が大暴落しました。
1929年の大恐慌も関連しています。この時には、シュミータのピークの日の直後に、アメリカ株式市場の歴史で最悪の暴落が起きたことは本当に驚くことです。
1929年の株式市場の暴落と大恐慌もシュミータの年
司会者 実は、私は、かつてウォール街の株のブローカーだったのですよ。もし、この聖書の原則を知っていたら、私は世界で最も仕事のできる投資信託のファンドマネージャーになっていたことでしょう。
旧約聖書に「罪人の富は神に従う人のために蓄えられる」(『箴言』13章22節)とあるように、富の移行があると思いますが、私たちは、聖書のこの原則を理解する必要があります。次は、この聖書の原則によるアメリカの未来を検証します。ところで、この原則は、すべてに影響を与えているものと考えていいのですね?
「高い塔」と国家の栄光と没落の関係。そして、ツインタワーとシュミータ
カーン シュミータには様々な側面があり、ここまでは、ウォール街のことなど、表面的な部分をご紹介しただけですが、シュミータは、物理的な現実にも影響を与えるのです。
最初に、「塔の謎( mystery of the tower )」というものがあります。聖書で「塔」には「 Migdal 」という語が使われており、これはヘブライ語で「偉大」という意味です。建造される「塔」と「偉大」であることは同等で、これは国の偉大さ、誇り、栄光などを象徴しています。
司会者 バベルの塔を思い出します。天にそびえ立つ塔によって、彼らは名を広めることを目指していましたね
カーン その通りです。それでは、世界一高い塔を持つことと、その国が力を増すことには関係が何か実際の関係があるのでしょうか? それを歴史から探ると、非常に興味深い事実に行き着きます。
たとえば、中世までは世界で一番高い塔はヨーロッパにありました。そして、世界の中でヨーロッパが最も力を握っていた。しかし、1870年になると、アメリカで高い塔の建設が始まります。その翌年、アメリカが世界で最も経済力を持つ国となるのです。
アメリカに高い塔がそびえ立ったことにより、権威が英国からアメリカに移ったのです。力を増すアメリカは、世界一高い塔を建設し続けました。
これをシュミータとの関連で見ますと、第二次世界大戦が終わる 1945年が、アメリカが最強のときでした。そして、アメリカでは、アメリカの偉大さを象徴する塔を建設する計画が立てられます。すなわち、ニューヨークの世界貿易センタービルの建築の構想が練られたのは、1945年のシュミータの年でした。
そして、世界貿易センタービルの建設が始まったのも、1966年のシュミータの年だったのです。世界貿易センタービルが完成したのは 1973年で、これもシュミータの年でした。すべてが、シュミータに沿った7年ことのサイクルになっています。
そして、世界貿易センタービルが崩壊したのもまた、シュミータの年の2001年の同時多発テロによってでした。
世界貿易センタービルの建設開始と完成(1966年、1973年)はシュミータの年
世界貿易センタービルが崩壊したのもシュミータの年(2001年)
カーン 塔は「上昇や勃興」を象徴しますが、
シュミータは「陥落」を象徴します。
塔は人の栄光を象徴しており、シュミータは人や国の高慢を粉砕します。
シュミータでは(金融・経済的に)口座を消し去りますが、人間が作った現実も一掃されるます。たとえば、シュミータがピークのときに 9/11 が起きたのです。これはシュミータの最後の週でした。
すべてを一掃して消し去る日の数日前に起きたのです。
ビルの崩壊は株式市場の暴落を招きました。
シュミータの日に、権力と経済力の両方が同時に崩壊したのです。
9/11が起きるタイミングも、古代からのシュミータによって決められていたのです。
塔を築くのが国家の台頭を象徴するなら、
塔の崩壊は、アメリカの将来に対しての警告なのです。
世界大戦と国家の台頭と滅亡とシュミータの関係
司会者 本に書かれてあるように 9/11 は警告ということなのでしょうか。
裁きの日が来るまで、私たちは一体どれくらいの警告を受け取るのですか?
カーン あの事件は前兆だけではありません。
今、同じ場所にビルが建設されていますね。
4つ目の前兆ですが、それもシュミータと関係しています。
私が書いた『前兆』が出た後も、シュミータに関連するできごとは起きており、
今、建設されているビルは「反逆」を意味します。
あのビルもシュミータの年に計画されたものです。
アメリカ議会で「抵抗」を誓った年に作られたのです。
おそらく、次のシュミータの年に完成するでしょう。
シュミータは、塔だけの問題ではなく、国家の浮き沈みにも関係があるのです。
シュミータが、アメリカの栄枯盛衰の時を告げるのです。
確かに非常に大きなミステリーですが、確かにすべてのことが影響されるのです。
「揺れ」「陥落」「崩壊」の意味を持つシュミータですが、
シュミータの年である 1917年にウォール街で暴落が起きましたが、
それと同時に、そのシュミータの年には多くの国々を揺るがした第一次世界大戦がありました。
シュミータは、崩壊を象徴しますが、この大戦では4つの帝国が崩壊しました。
ドイツ、ハンガリー、ロシア、オスマン帝国です。
シュミータは、国家の台頭も意味しますが、
1917年にはアメリカが台頭し始めました。
アメリカは第一次世界大戦で、世界の舞台に登場したのです。
ここに国家の浮上を見ますが、
それから4回目のシュミータを経た 28年後……聖書では「4」は王国の数字ですが、
1945年には、第二次世界大戦で、またもさまざまな国々が揺さぶられました。
ヒトラーが攻撃を始めたのは 1938年でした。
シュミータの年です。
そして、これは7年間続き、シュミータの年である 1945年に終わります。
ホロコーストも、シュミータの年の 1938年に始まり、1945年に終わります。
シュミータがピークのときは、第二次世界大戦は最も激しいときでした。
そして、「消滅」、「一掃する」日が近づくシュミータのピークの 1945年の夏、原子爆弾が落とされます。
この第二次世界大戦の終結も、7年間のシュミータの最後の週でした。
ベルリンで、連合軍が勝利のパレードをおこなったのはシュミータが終わる日だったのです。
それ以来、アメリカが世界で最強の国となり、冷戦(1947年 - 1991年)もシュミータの年に始まります。
それから4回のシュミータを経た 28年後、シュミータは国家の堕落も意味しますが、シュミータの年の 1973年、アメリカで子どもの中絶が合法になります。この罪により、古代イスラエルは裁かれたのです。同じ年の 8月15日にアメリカは、初めてベトナムで敗戦します。その7年前のシュミータの年の戦争では、8月15日に勝利を得たのに。
その 1973年の秋に世界貿易センターが完成しました。アメリカが中絶を合法化した年に、です。
2015年9月13日に終わるシュミータは「赤い月の時期」と重なる
司会者 確かに過去に関してのシュミータの示唆は驚くほど正確なことがわかりますが、
では、現在と、そして「未来」はどうなのでしょうか。
7年ごとに訪れるシュミータは、神からの祝福ですが、
神の律法に従っていなかった場合は呪いとなるというみことなのですよね。
今(2015年)はシュミータの年ですが、これはいつ始まったのですか?
カーン 2014年9月25日に始まり、 2015年9月13日に終わります。神がこのシュミータの時期に、毎回のように何かをなさるとは限らないでしょうが、「何かをなさる」こともあります。
司会者 私が神だったら、シュミータまで待たないでしょう。私たち人間の行いは神に逆らっているようなものです。アメリカが、国をあげて神を挑発し続けているのです
カーン だから危険なのです。アメリカが現在進んでいる方向、そして、現れている前兆、そして、そこに、シュミータの時期が重なるのです。2001年と 2007〜2008年のシュミータでは、事柄がより正確に起きているのです。
2001年には、歴史上最悪の株式市場の暴落があり、聖書にある「エルル 29 」の当日に、口座からお金が一掃されました。7年後の 2008年には、また株式市場の暴落が起きました。聖書にある「エルル 29 」のその当日の同じ時間に起きたのです。ミステリーの形が、より鮮明になってきているのです。
そして、前兆は次第に増してきているので、国々は今、裁きに向かって進んでいるのかもしれません。アメリカというこの国では、特にそれが起きています。必ずしも、私がいうように神が行動なさるとは言いませんが、しかし、そのような可能性を認識することも大事なことです。
何かが起きるときは、徐々にピークに向けて高まってくるのです。今回のシュミータのピークは、2015年9月13日です。その時は、以前にもお話しましたが、「赤い月」の時です。この赤い月の期間は、1年半ほど続きますが、この期間の後半がシュミータと重なっているのです。
司会者 あらゆる警告がきているということなんでしょうか。
カーン 裁きの前兆として、聖書にあるのが太陽が暗くなることです。
今回のエルル 29 のピークの日は、日食の日と重なるのです。
「消え去る」日と日食が同時に起きるのです。
世界貿易センタービルの跡地に建てられた塔は、先端を取りつけて、
アメリカでは一番高い建物になりましたが、その先端を取りつけたのは、日食のときでした。
世界貿易センタービルの跡地に建てられているビル
最後にエルル 29 と日食が同時に起きたのは 1987年でしたが、
その直後に史上最大のウォール街の暴落(ブラック・マンデー)がありました。
もちろん、だから今年の9月に何かが起きると言っているわけではありませんが……。
司会者 質問があります。
あなたはこのことを学術的なだけではなく、啓示を受けながら研究していますが、あなたご自身はどんなことが起きると考えていますか?
カーン アメリカを揺るがすようなできごとが起きることを確信しています。
その「揺るがし」は、特に経済や財政に影響を与えます。
公共サービスや生活の基盤となる設備が滞るような事態が想定されます。
神は慈悲深いお方ですが、現時点では「揺るがし」なしに、再生は起こらないでしょう。
神は、再生を望まれており、そのために揺るがします。
「イスラエルの再建の歴史」と合致するシュミータの翌年のヨベルの年
司会者 7つめのシュミータとは何ですか?
カーン これは、話がいろいろと大きくなりますが、簡単に言いますと、1967年の「エルサレムの再建」から7年×7年= 49年目は「ヨベルの年」です。ヨベルの年は、土地や財産や遺産の回復を意味します。ヨベルの年は、シュミータの翌年です。
2000年前にイスラエルは土地と遺産を失いました。そして、イスラエルの土地の回復は、1917年のイギリスのバルフォア宣言から始まります。この 1917年は、シュミータの翌年でした。
イギリス政府のシオニズム支持表明「パルフォア宣言」(1917年)
カーン その後、7回のシュミータを経て、1967年(第三次中東戦争)で、
エルサレムの再建があり、これもシュミータの翌年に起きたのです。
そこから、2015年の7回目のシュミータを経ると、(エルサレムやイスラエルの復興と関係する)ヨベルの年は 2016年なのです。
神がまた何かをなさるとは言いませんが、過去には素晴らしいことをなさり、
すべては神の御手の中にあるのがわかるのです。
司会者 では、この7回目のシュミータというのは、もしかすると、ですが、
アメリカだけではなく、すべてに対しての締めくくりかもしれないわけですね。
カーン 私たち人間の頭で神を理解することはできないとはいえ、歴史のすべてのミステリーがシュミータに隠されていると思うのです。
タグ:ジョナサン・カーン ヨベルの日 エルサレムの再建 ユダヤ教の安息日 シュミータ

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2015年09月05日
4連続する赤い月とシュミータが過去2000年で初めてシンクロした2015年の9月は、
史上最大級の「天空を暴力的に赤く染める妖精の登場」と共に始まった
最近は「この9月のこと」を少し書いていましたが、自分で書いたことが、何だか自分自身の心境にも多少影響を与えているようです。
ここ2日ほどは、何となくぼんやりと今後のことを考える時間が多く、
昨日はどうも「前向きであかるく」記事を書くというように感じの心持ちでもなく(ただ、暗くもないですが)、
なんとなく人生のいろいろななことを思い出したりしていました。
過去2000年で初めて「テトラッドとシュミータがシンクロ」
前回の記事、
・シュミータとは何か?:ユダヤ教のラビ、ジョナサン・カーンが語る「市場の崩壊、国家の盛衰、戦争、高い塔、9/11…etc」との関係… 2015年09月03日
では、今年 2015年9月13日(日本では 14日になるかと思います)は、「シュミータ」と呼ばれる7年ごとのユダヤ教の安息日の最終日であり、そのことが、過去どんなことと関係していたかについてのユダヤ教のラビの語りについてを書かせていただきました。
この年には、過去数十年、ほぼ正確に、株式市場や金融市場の混乱と暴落、大きな不況や恐慌、あるいは、戦争などの社会混乱が起き続けていた上に、この時期が、過去記事、
・赤い月と黒い太陽: 2014年から 2015年まで「4回連続する皆既月食」がすべてユダヤ教の重要宗教祭事の日とシンクロ。そして、過去の同じ現象の時に「イスラエルの建国」があった 2014年04月06日
から書き続けていました、4回連続する皆既月食(テトラッド)の最終月(今年の9月)と、現在のシュミータの時期がシンクロすることも、ここ数日の記事を書く中で、初めて知りました。
テトラッドという現象は、ものすごく珍しい現象ではないですが、それでも、過去 2000年で8回のみであり、ありふれた現象でもないと思います。
過去のテトラッドの時には、イスラエルの建国(あるいは、エルサレムの再建)に大きな影響を及ぼした出来事(第一次、第三次中東戦争、国家としての承認など)があっただけではなく、
世界各国が荒れまくった年となっていました。
特に、第二次大戦後の2回のテトラッド、
1949-1950年と、
1967-1967年
のテトラッドの年は激動で、また、「大量死の年」ともなりました。
西暦 1949 - 1950 年のテトラッドの年に起きたこと
・1949年5月11日 - イスラエルが国連の59番目の加盟国として承認
・1949年6月 - 第一次中東戦争停戦
・1949年10月1日 - 中華人民共和国成立
・1950年6月25日 - 朝鮮戦争が始まる
・1950年10月7日 - 中国によるチベット侵攻
西暦 1967 - 1968 年のテトラッドの年に起きたこと
・1967年6月5日 - 第三次中東戦争。イスラエルの圧勝で終結
・1968年1月5日 - プラハの春が始まる
・1968年1月29日 - 東大闘争始まる
・1968年1月30日 - ベトナム戦争でテト攻勢開始
・1968年5月21日 - フランスで1千万人参加のゼネスト
このようなことが「4回連続する赤い月」の中で起き続け、
そして、イスラエルは 1967年には、領土を4倍にまで拡大して現在に至ります。
しかし、調べているうちに、今現在の「赤い月」、つまり、テトラッドには、
過去 2000年の他のすべてのテトラッドと違う点があることに気づきました。
それは、2014年から 2015年のテトラッドが、
「シュミータと時期が重なっている」
ことです。
過去 2000年のテトラッドと、安息年のシュミータが重なる時があるかどうかを確かめてみました。
計算が間違っていることもあるかもしれませんが、参考までにという程度でご覧下さい。
過去2000年のテトラッドとシュミータの年
162-163年  直近のシュミータは 159年
795-796年  直近のシュミータは 797年
842-843年  直近のシュミータは 838年
860-861年  直近のシュミータは 866年
1493-1494年 直近のシュミータは 1496年
1949-1950年 直近のシュミータは 1951年
1967-1967年 直近のシュミータは 1966年
2014-2015年 直近のシュミータは 2014-2015年
ということになり、
少なくとも過去 2000年では、現在が唯一のテトラッドとユダヤ教の安息日シュミータがシンクロしている年ということになりそうです。
だからどうしたということでもないですが、1年半追い続けてきた「赤い月」に、こういう大きなオマケがついているとは思いませんでした。
まあ・・・これから、やって来る「かもしれない」ことが、
ブラックマンデー (1987年の株式大暴落)とか、
リーマンショック(2007年の市場の混乱から続いた不況)程度であるなら、そんなにどうのこうのという話ではないとは思います。
というのも、私を含む多くの人たちは 1987年も、同時多発テロのあった 2001年も 2007年も生きてきたと思いますが、
「その多くの人は今も生きている」からです。
生きているということは、苦しかったりした時もあったかもしれないですが、とにかく今は生活しているということです。
7年ごとに混乱が起きたとしても、
しばらくすれば、また元に治まってきているのが最近の歴史です(金融に関しては、歪みがどんどん増してきたこの7年でしたが)。
なので、ブラックマンデーとかリーマンショック程度のものなら、一時的に大変なことはあっても、わりとすんなりと元に戻れるものなのかもしれません。
あるいは、大恐慌( 1929年の株式の暴落から続いた世界的な大不況)のようなものも、結局時間をかけながら元に戻っていったわけで、
いろいろ大変ではあっても「いつかは戻ることができる」タイプのものでした。
しかし、そのラインを越えたものならどうなるのか。
そんなことをここ2日ほどボーッと考えていました。
数字や現象のシンクロに、さまざまな「かつてないような一致」を見せている今年のシュミータに何が起きるのか、
あるいは「起きない」のか。
今週は、株式市場の値動きも結構見ていました。
今や1日の値動きの大きさもすごいものですが、
一瞬で 300円くらいはあっという間に上げ下げするような大荒れの相場となっていて、それと共に、現在では証券会社などが「アルゴリズム取引」(コンピュータによる超高速取引)というものを使っていて、その機械取引がその荒れた相場を加速させているのかもしれません。
上がろうが下がろうが、一瞬で数字が吹っ飛んでいく様子は圧巻です。
もちろん、9月に何もなく、何ヶ月かして、また安定した株式市場に戻っていくのかもしれないですが、今の動揺がものすごすぎて、なかなかすぐ平穏に落ち着くということを考えるのは難しそうです。
そういえば、もともと「赤い月と黒い太陽」なんてタイトルの記事を書いたのは、
・赤い月
・暗い太陽
という表現が、さまざまな啓示書に登場することに興味があったこともあります。
旧約聖書「ヨエル書」3章4節
主の日、大いなる恐るべき日が来る前に
太陽は闇に、月は血に変わる。
「日月神示」 紫金之巻第五帖
月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空はち(血)の色となるぞ、流れもちぢゃ、
人民四つん這ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ。
新約聖書「ヨハネの黙示録」6章13-14節
また、見ていると、小羊が第六の封印を開いた。
そのとき、大地震が起きて、太陽は毛の粗い布地のように暗くなり、月は全体が血のようになって、
天の星は地上に落ちた。まるで、いちじくの青い実が、大風に揺さぶられて振り落とされるようだった。
読めば読むほど酔えると評判のヨエル書では、
> 太陽は闇に、月は血に変わる
とあり、日月神示では、
> 月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ
とあり、ヨハネの黙示録では、
> 太陽は毛の粗い布地のように暗くなり、月は全体が血のようになって
と、皆既月食と皆既日食が同時に、あるいは交互に起きるようなニュアンスを漂わせています。
その「皆既月食と皆既日食が交互に起きる」というのは、直近でいえば「今までの1年半」です。この1年半は、皆既月食と皆既日食(部分日食)が繰り返し起きた年でした。
テトラッドの間の月食(赤)と日食(青)
2014年04月15日 皆既月食(ユダヤ教の祭「過越」)
2014年10月08日 皆既月食(ユダヤ教の祭「仮庵の祭り」)
2015年03月20日 皆既日食(ユダヤ教暦新年の前日)
2015年04月04日 皆既月食(ユダヤ教の祭「過越」)
2015年09月13日 部分日食(ユダヤ教の新年祭)
2015年09月28日 皆既月食(ユダヤ教の祭「仮庵の祭り」)
4回続く「赤い月」の中に、規則正しく日食が挟まれているのは美しいといえば、美しいです。
いずれにしましても、オカルト系の話の域を出ないものかもしれないにしても、
今年の9月は、さまざまな「シンクロ」が終着点のように集合しています。

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2016年10月20日

シナゴーグ跡発見


1世紀前半のユダヤ教会堂跡、日本の調査団発見・・イスラエル・テル・ヘレシュ遺跡
2017-01-31
「1世紀前半のシナゴーグ跡、日本調査団が発見・・イスラエル・テル・ヘレシュ遺跡」
読売新聞2016・10・19
イスラエル北部ガリラヤ地方のテル・ヘレシュ遺跡を発掘調査している日本の調査団が今夏、
紀元後1世紀前半に建てられたシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)跡を発見した。
これまで初期のシナゴーグは発見例が少なく、貴重な成果となる。
調査団は、天理教や立教大などの研究者が参加し、2006年から同遺跡を発掘。
発見されたシナゴーグ跡は、未発掘部分も含め、南北9メートル、東西8メートルになるとみられる。
壁の内側には、古い時代のシナゴーグの特徴である石のベンチが設けられていた。
出土した土器やコインの型式から、1世紀前半〜2世紀前半に使われたと判断した。
シナゴーグは、後70年にローマ帝国がユダヤ教の中心地だったエルサレム神殿を破壊した後、
ユダヤ教の信仰の場として重要な役を担うようになったとされる。
テル・ヘレシュは人口80〜100人の集落だったと考えられ、
今回の調査によって、小規模集落にも早い時期からシナゴーグがあったことが確認された。
ガリラヤ地方は、イエス・キリストが宣教を開始した地域として知られる。
新約聖書の「マタイによる福音書」には、「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教えた」ことが記され、
長谷川修一・立教大准教授(聖書考古学)は、
「テレ・ヘレシュは、イエスが暮らしていたナザレから16キロしか離れていない。
この会堂でもイエスが教えたかもしれない」と話す。
調査団は来年以降、未発掘の東側部分を発掘し、シナゴーグの全容を明らかにする方針だ。
           ・・・・・
この記事を読み、この遺跡の発掘にも関わり、記事でも見解を述べている長谷川修一氏の「聖書考古学」という本を読んでみました。
時代背景などをざっと補足しておきたいと思ったからです。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。
           *****
         (引用ここから)
パレスチナはヘレニズム時代初期、エジプトのプトレマイオス朝の勢力下にあった。
その後、紀元前200年ごろ、シリアのセレウコス朝がプトレマイオス朝から同地域を奪取する。
ヘレニズム時代後期には、ユダヤ人が「ハスモン朝」と呼ばれる独立王国を一時的にユダヤに打ち立てた時代もあった。
このセレウコス朝下で、ユダヤ人は反乱を起こし、
ハスモン家がユダヤ人の王国を再び樹立することに成功したきっかけは、
紀元前167年、時の王が神殿を汚したことにあった。
セレウコス朝との闘いに勝ち、「異邦人」の手から神殿を奪還したユダヤ人たちは、神殿をきよめる儀式をおこなった。
この義域には、ろうそくを8日灯さなければならなかったが、神殿には1日分の油しか残っていなかった。
ところが、この1日分の油で、8日間ろうそくが灯るという奇跡が起こったとされる。
ユダヤ人は「神殿のきよめ」と、「この時起こった奇跡」を記念し、「ハヌッカー」という祭を今日までお祝いしている。
もしこの闘いに負けていたら、「ユダヤ教」は今日のような形で残っていなかったかもしれない。
そしてユダヤ教を母体として成立した「キリスト教」も、今日なかったかもしれない。
ユダヤ人の王朝であるハスモン朝の下で、ユダヤ教は繁栄した。
とくに神殿のあったエルサレムは、政治と宗教の中心地として大いに栄えた。
紀元前2世紀後半、エレウコス朝の弱体化に伴って、ハスモン朝は勢力を強め、
次第にエルサレム周辺よりもさらに北方の地域をも制服していった。
ハスモン朝は、征服した地域の住民に、ユダヤ教に改宗するか?と力で改宗を迫ったという。
人々が出て行った後の土地は、ユダヤ人を入植させた。
言わば、パレスチナの「ユダヤ化」がすすんだ時代であった。
後にイエスが育ったガリラヤ地方が「ユダヤ化」されたのも、この時代である。
しかし西の方では、ローマが勢力を強め、やがてセレウコス朝を破った。
そしてローマは弱体化したハスモン朝をよそに、最終的にはパレスチナの実質上の支配者となっていくのである。
「マタイによる福音書2章1節」には、「イエスが生まれたのはヘロデ王の時代であった」と書かれている。
イエスの誕生に関連してその名をよく聞かれるこの大王の生涯を概観してみよう。
ヘロデが生まれたのは、紀元前74年頃のことと言われる。
彼は「異邦人」、つまり「非ユダヤ人」であった父の下に生まれた。
彼の父親はユダヤ教に改宗し、ハスモン朝に仕えていたが、
ローマがパレスチナまで勢力を強めると、ローマ軍の軍事行動を積極的に支持し、ローマのユリウス・カエサルの信任を得ている。
カエサルの死後、ヘロデはマルクス・アントニウス(カエサルの養子)の支持に回った。
つねにローマの勢力を後ろ盾にしながら、たくみに同盟相手を乗り換えることによって、
ヘロデは着実にパレスチナでの権力を強固なものにしていった。
彼がユダヤ教に改宗したことや、ハスモン朝の王女を妻に迎えたことは、
自分の統治していたユダヤ人に受け入れられやすいようにするための方策だったと言われている。
ヘロデは紀元前37年に、ローマからユダヤ国王として認められると、
自分に反乱を起こしそうなハスモン朝の末裔たちを次々に殺害していった。
自分の妻や息子さえも殺した。
ヘロデが死んだのは、紀元前4年である。
「福音書」の記述に従えば、イエスはそれよりも前に誕生していたことになる。
ヘロデはその生涯中に行った様々な建設活動で、ローマ世界に名をとどろかせている。
とりわけ特筆すべきは、エルサレムの神殿の修復と拡張である。
当時のエルサレムの神殿は、ペルシア時代に建てられた「第2神殿」であった。
律法のこまかい指示に則って建てられた神殿の構造、装飾を変更することを避け、
ヘロデは神殿を取り囲む部分の拡張と装飾に集中した。
後世のユダヤの賢人は、完成した神殿域のあまりの美しさに、
「ヘロデ王の建てた建物を見るまでは、美しい建物を見たとは言えない」という言葉を残しているほどである。
この工事の際、ヘロデはユダヤ人の信仰の拠り所である、神聖な神殿に、ヘレニズム=ローマの建築様式を取り入れた。
ヘロデは他の面でも巧みに振る舞い、ユダヤ人からもローマ人からも敬われた。
ヘロデの後継者たちは、誰一人として彼のようにユダヤ人とローマ人の双方からの敬意を勝ち取ることはできなかった。
かれらは逆に、一神教を奉じるユダヤ人と多神教のローマ人の間の緊張関係を高めてしまう。
その結果、紀元後66年、ユダヤ人はローマに対する大規模な反乱を開始した。
そして紀元後70年になると、エルサレムはローマ軍によって破壊され、その住民は奴隷となり、
ヘロデが大拡張した美しい神殿もまた破壊されてしまったのである。
紀元132〜135年に、ユダヤ人は再びローマに対して反乱した(第2ユダヤ戦争)
紀元1世紀のエルサレムの家屋から、しっくいの壁に刻まれた装飾がみつかった。
そこに描かれている枝付き燭台″は「メノーラ」とよばれるものだが、
ヘロデ時代の神殿の聖域に建てられて燭台を描写したものではないかと考える研究者もいる。
当時のユダヤ人がいかに神殿を誇りに思っていたかを、このような資料からもうかがうことができるであろう。
紀元30年代、イエスがエルサレムとその神殿を訪問した頃、神殿の一部はまだ建設中であった。
ヘロデが着手した建築計画は、彼の死後も続けられ、ほぼ100年たってようやく完了したのである。
紀元70年、エルサレムに侵攻したローマの将軍(後のローマ皇帝)は、神殿のあまりのみごとさに打たれ、
自ら全軍に破壊命令を下さなければならないことを嘆いたと言われている。
           (引用ここまで)

始まりに向かって
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/c/cd86d706a9d8afba44ecf5d76c3b98ca









過越というのは、一般的な説明では下のようなものです。
過越 – Wikipedia
過越(すぎこし)またはペサハ (pesach) とは、聖書に記載されているユダヤ教の祭り。
特に、最初の夜に儀式的なマッツァー(酵母の入らないクラッカー状のパン)等のごちそうを食べて、
その後、お祝いする。
ユダヤ暦は太陰暦であり、過越は「春分の日の後の最初の満月の日」に祝われる。
というものですが、この祭事が始まった「本当の意味」を書きますと次のようになります。
ユダヤ教の「過越」は、神が与えようとした十の厄災のうちの「最後の災い」を避けるために「犠牲」を捧げる祭
なんです。
十の厄災とは、旧約聖書『出エジプト記』に出てくるもので、下のような厄災が順次訪れるというものです。
聖書に記述されている「十の災い」
1. 水を血に変える(川や海が赤くなる)
2. カエルの大群を放つ
3. ぶよを放つ
4. アブを放つ
5. 疫病を流行らせる
6. 腫れ物を生じさせる
7. 雹(ひょう)を降らせる
8. イナゴを放つ
9. 暗闇でエジプトを覆う
10.初子(長子)をすべて殺す
ジャパネットたかたを見ていますと、私などは「この値段で十分に安いのでは」と思っていても、
「何と、ここから下取りで2万円引き!」とか、「さらに、ここから 5000円値引き」というように矢継ぎ早に値引きが提示されますが、
聖書の神の厄災の場合も、私などは「イナゴだけでも十分なのでは」と思うのですが、
そこに「カエル、ぶよ、アブも」と矢継ぎ早に災いが訪れるのです。
それで、いろいろとあった後の最後の災いが、
> 10.初子をすべて殺す
となっているのです。
これは「すべての家の最初に生まれた子どもを殺す」という意味です。
それは困ります。
それは本当に困るということで、その回避方法が聖書に出ているのですが、
その記述が過越の祭の「本当の意味」です。
旧約聖書からその部分を抜萃いたします。
出エジプト記 12章 21-24節
モーセは、イスラエルの長老をすべて呼び寄せ、彼らに命じた。
「さあ、家族ごとに羊を取り、過越の犠牲を屠りなさい。
そして、一束のヒソプを取り、鉢の中の血に浸し、鴨居と入り口の二本の柱に鉢の中の血を塗りなさい。
翌朝までだれも家の入り口から出てはならない。
主がエジプト人を撃つために巡るとき、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、その入り口を過ぎ越される。
滅ぼす者が家に入って、あなたたちを撃つことがないためである。
あなたたちはこのことを、あなたと子孫のための定めとして、永遠に守らねばならない。
モーセは、「さあ、家族ごとに羊を取り、過越の犠牲を屠りなさい。 」と言っています。
これはつまり、家族のために羊を自らの手で殺しなさいと。
そして、「その羊の血をドアの鴨居(かもい)に塗りなさい」と。
鴨居に殺した羊の血を塗る様子
・A Survey of the Old Testament Law–“You shall keep the Passover”
聖書には、
> 主がエジプト人を撃つために巡るとき、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、その入り口を過ぎ越される
とありますが、この「過ぎ越される」は、神が「災いを与えずに通り過ぎていく」という意味で、
そこから「過越」という言葉がありますが、
これは要するに、「入口に羊の血が塗られている家の子どもは殺さない」ということで、
「神に犠牲の証拠を見せなければならない」
ということになるのでしょうかね。
聖書の世界では、自分の子どもの命を守るためには、
「他の命(たとえば羊)を犠牲にしなければならない」というのが神の命令が描かれているようです。
しかし、現代社会には「殺す羊はそうそういない」ということも言えます。
「そういう場合の犠牲の証拠は?」
というようなことを当時考えたりしたものでした。
まあ、しかし、そのことはいいです。別に「羊の代替が人間」というようなことを書こうと思っているわけではありません(書いてるじゃないの)。
いずれにしても、2014年4月から始まった壮絶な犠牲の連続の時期は 2015年9月28日で終わったわけですが、
しかし、過越の祭そのものは、毎年行われます。
今年はいつかといいますと、先ほどの Wikipedia に、
> 過越は「春分の日の後の最初の満月の日」に祝われる
ということで、今年 2017年の春分の日の後の最初の満月は 4月11日で、つまり、昨日から「過越」が始まっています。
今年の過越は何かの天文現象と重なっているわけではないですが、
ただ、 今年 2017年というのは、この年全体を通して「日食において、歴史的な年となる」ことが確定している年でもあることは、
・「99年ぶりのアメリカの皆既日食」と「北緯33度線」がクロスする唯一の都市へいざなってくれた使者たち 2016/11/18
という記事などから何度かふれています。
2017年のふたつの完全な日食のルート
そして、その「犠牲の祭事」過越が始まった 4月11日、アメリカのトランプ大統領は、「朝鮮半島に無敵艦隊を送った」と語ったのでした。
北朝鮮へ「無敵艦隊」派遣=挑発容認しないと米大統領
時事通信 2017/04/12
米メディアによると、トランプ大統領は12日に放送予定のFOXビジネス・ネットワークのインタビューで、
北朝鮮対応について「『無敵艦隊』を派遣した」と語った。
北朝鮮の近海に向かっている米海軍の原子力空母カール・ビンソンを中心とした空母打撃群を指しているとみられる。
一方、スパイサー大統領報道官は11日の記者会見で、大統領は北朝鮮の弾道ミサイル発射を含む一連の挑発行動を
「容認しないと明確にしている」と述べた。
その上で「大統領はすべての選択肢をテーブルの上に置いている」と指摘し、
軍事力行使も選択肢に含まれていることを示唆した。
この「無敵艦隊(英語で Armada / アルマダ)」という言葉は、
1588年のアルマダの海戦での「スペイン無敵艦隊」以来使われている言葉ですが、
実際には、この時のスペインの無敵艦隊は
しかし、7月から8月にかけて行われた無敵艦隊とイギリス海軍との決戦は、機動力に富んだイギリス海軍の大勝利に終り、スペインに帰国した戦艦は半数以下であった。
無敵艦隊の大敗北により、制海権はイギリスの手に渡り、
スペインの国際貿易,植民地経営は打撃を受け国力の衰退を招くにいたった。
(ブリタニカ国際大百科事典)
というもので、当時の大国だったスペインが、
> 国力の衰退を招くにいたった
キッカケを作ったものでもありました。
なので、「無敵艦隊は国の衰退の象徴」ともいえそうで、
どうして、トランプ大統領がこの言葉を使ったのはわからないですが、
・犠牲の時期
と共に、
・国力衰退の象徴
が動き出す、という微妙なタイミングとなってきています。
どうなるのでしょうかね。
なお、今年の「過越」が終わるのは 4月17日です。

In Deep
http://indeep.jp/what-means-us-sending-armada-to-north-korea-in-2017-passover/






春の満月と同時に始まるユダヤ教の犠牲の祭典「過越」に突入した日に、国力衰退の象徴「無敵艦隊」がアメリカから朝鮮半島に向けて出発した
2017/04/12
・See a Stunning Pink Moon Rise Tonight
「過越(すぎこし)」の祭というのはユダヤ教の重要な祭事のひとつですが、私がこの奇妙な響きの日本語を知ったのは 2014年のことでした。
その年 2014年 4月からの約1年半の間、
「ユダヤ教の祭事と4回連続する皆既月食の奇妙な連続するシンクロが始まった」
ということを知ったのです。
そして、このことに、かなり強い興味を持ったのでした。
下の表はそれを示したもので、このように4回連続で皆既月食が起きることをテトラッドといい、
これ自体も珍しいものですが、そこにすべてユダヤ教の宗教的祭事が重なったのでした。
そして、今年もまた過越の期間に突入しました。

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異常な「大量犠牲の時期」だった1年半を振り返れば
このことに関しては最初、
・赤い月と黒い太陽: 2014年から 2015年まで「4回連続する皆既月食」がすべてユダヤ教の重要宗教祭事の日とシンクロ。
そして、過去の同じ現象の時に「イスラエルの建国」があった
 2014/04/06
という記事でご紹介した後、
「どうも、このシンクロは《流血》と《犠牲》と関係しているように思えて仕方ない」
というようなことになり、その後いくつかの記事に書いたこともあります。
[参考記事]
・「神の意志、あるいは悪魔の輪郭」 : 北緯 33度線にある韓国の済州島。そして「血の月」の連続と共にユダヤ教では祭りに突入
(2014/04/18)
・テトラッドの3回目の皆既月食がやってくる中で何だかいろいろとおかしい : トルコとオランダの大停電、CERNの大型ハドロン衝突型加速器の故障、相次ぐ事故や爆弾予告 (2015/04/01)
そして実際に、先ほどの表にしました1年半の間というのは、
信じられないほど「事故」や「若者の大量の犠牲」が多く発生した時期で、
韓国でフェリーが沈没したのもこの時期でしたし、「飛行機の事故」に至っては、下のように「異常な数」でした。
4回連続した皆既月食の期間(2014/04/15 – 2015/09/28)に発生した旅客機事故や行方不明
・2014年03月08日 マレーシア航空370便 消息を絶つ(乗客乗員 239名 / 安否不明)
・2014年04月16日 韓国セウォウル号の沈没( 295 名死亡)
・2014年07月17日 マレーシア航空17便 ウクライナで撃墜(乗客乗員 298名 / 全員死亡)
・2014年07月23日 トランスアジア航空222便 台湾で墜落(48名死亡)
・2014年07月24日 アルジェリア航空5017便 マリで墜落(118名死亡)
・2014年08月10日 セパハン航空140便 イランで墜落(39名死亡)
・2014年12月28日 エアアジア8501便 インドネシアで墜落(乗客乗員 162名 / 84遺体収容)
・2015年03月24日 ドイツ旅客機が墜落(乗客乗員 150名 / 全員死亡)
この最後のドイツ旅客機が墜落した 2015年3月以降の2年間を考えれば、
この1年半の期間の旅客機事故の数は「異常」と表現して構わないと思います。
上にあげたリストだけでも、たった半年の間に、旅客機事故だけで 1349人が亡くなっているのです。
他にも、この期間には、2014年7月から 8月にはイスラエルのガザ攻撃で 2100名が死亡したり、
2015年6月には、IS がラマダン攻撃を行い、各国で 403名が死亡しています。
後から振り返れば、ものすごい時期だったことがわかります。
しかし、「なぜ犠牲が?」と私は当時思っていたのですが、何よりも、
「過越という祭事そのものが犠牲の祭り」
だということを知ります。
犠牲の日々の中で「人間は羊の代役」なのかもしれないと思ったり

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西暦 2017年 4月 11日は、
旧暦 2017年 3月 15日 大安(たいあん)です。
ユリウス日 = 2457854.1667
太陽の黄経 = 20.976°
月の黄経  = 194.263°
本日の月齢 : 14
月相    : 13
輝面比   : 99.66%

【みんなの知識 ちょっと便利帳】旧暦計算
http://www.benricho.org/koyomi/kyureki/




西暦 2018年 4月 11日は、
旧暦 2018年 2月 26日 先負(せんぷ、せんまけ、さきまけ)です。
ユリウス日 = 2458219.1667
太陽の黄経 = 20.736°
月の黄経  = 316.473°
本日の月齢 : 24.6
月相    : 23
輝面比   : 28.29%

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2016年10月18日

魚座(PISCES)の時代

ラテン語では乙女はVirgin(聖母)=VIRGO THE VIRGINという
古代エジプト文字では乙女座はMと記される。
だからマリアを含むその他の聖母マイラ(MYRRA)=アドナスの母やマヤ(仏陀の母)MOSES,MANOU,MINOS,MISESなどがいる。
そういえばミトラもMだ。
また乙女座とは”パンの家”を意味しまたベツレヘムとは”パンの家”という意味である。
それは天空の乙女座の場所をさしており地球上の場所ではない。
イシスとホロスもシュメール神話からくるおとぎ話だ。
そのMOSESもおとぎ話であるので正統派ユダヤ人はモーゼの子孫という理屈は成り立たない。
過去2000年にわたり太陽はこのように動いてきたのである。
しかしながら,歳差運動によってそう遠くない将来(管理人注:2150年ごろ)魚座から水瓶座に移動する。
他の三つの点の三つの星座も同じように変化する。まるで天空の巨大なメカニズムが重々しくギアを切り替えたようである。
(管理人注)注)ローマ時代のモザイクでできた魚。魚座の象徴はイエス・キリストなのである。たとえば聖ペテロはイエスに出会う前の名前はシモンであるがガリラヤ湖には聖ペテロというスズメダイに属する魚がいる。学名は「Chromis simonis」という。
Christian Computer Artより:「Chromis simonis」
これが幻の初代ローマ法王
「シモン・バル・ヨナ。お前は祝福されたものだ。
このことは血と肉によってでなく天におられる父によって示されている。
わたしは言う、おまえは岩(ペトロ)である。
この岩の上に私の教会をたてよう。
死の力もこれに勝つことはできない。
わたしは天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐものは天でもつながれ、地上で解くものは天でも解かれるのである。」マタイによる福音書の16:18-19
(管理人注)紀元前1600年頃クノックスで描かれたイルカと思われる(魚)の壁画。次の時代は魚座と暗示している。イエスの時代は魚座(PISCES)。 
(管理人注)教皇の帽子にあるPX はPontifex Maximusを表すと思われるが本当の意味はPX=Precession Equinox(歳差運動)のようだ。
両教授が説明しているように,水車の心棒のごとくイグドラシルは世界の軸を表している。
この軸は外側に伸び(北半球の人から見れば)天球の北極に至っている。
直感的に連想させるのは,まっすぐに立った柱だ。
しかしこれは単純すぎる。
2009/6/3
「また・お星様キラキラ」

ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/5.html







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