2019年09月21日

聖書の伝説・古代エドム王国が実在した事が証明された

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BEFORE IT'S NEWS
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By Alton Parrish (Reporter)
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Evidence of Biblical Kingdom in Arava Desert Discovered
Friday, September 20, 2019 3:57

BEFORE IT'S NEWS
https://m.beforeitsnews.com/paranormal/2019/09/prophetic-biblical-discovery-mysterious-kingdom-of-edom-found-and-more-this-is-big-news-buckle-up-2544676.html
https://t.me/BeforeitsNews
https://m.beforeitsnews.com/science-and-technology/2019/09/evidence-of-biblical-kingdom-in-arava-desert-discovered-2965079.html

YouTube
https://youtu.be/pzmiefoV2q4

Ineffable Island.com
http://www.ineffableisland.com/2019/09/evidence-of-biblical-kingdom-in-arava_20.html





(要約)
聖書の伝説・古代エドム王国が実在した事が証明された
アラバ砂漠の聖書の王国の証拠が発見
2019年9月20日金曜日3:52
Alton Parrish
創世記36:31には紀元前10世紀前半に存在したとされるエドム人の王国が記述されている。
「…イスラエルの王が君臨する前にエドムで君臨した王たち」
しかし考古学的記録はこの聖書の記述の解釈に矛盾をもたらした。
9月18日にPLOS ONEで公開されたテルアビブ大学の調査により,紀元前12世紀〜11世紀に今日のイスラエルとヨルダンがあるエリアのアラバ砂漠(Arava Desert)でエドム王国(the kingdom of Edom)が栄えたことが判明した。
ヨルダンのKhirbat en-Nahasで高さ6mをこえる銅生産廃棄物(銅スラグ)が発掘された。
この近辺から発掘された資料は,聖書に記述されたエドムで4世紀以上にわたって発達した技術・社会の痕跡が特定された。
この発見はテルアビブ大学(Tel Aviv University,TAU)考古学/古代近東文化学部のErez Ben-Yosef教授とカリフォルニア大学サンディエゴ校のTom Levy教授が率いるAFTAU(T. Levy/American Friends of Tel Aviv University)によりなされた。
アラバ砂漠(Arava Desert)の銅生産工場の遺跡から見つかった標本の分析によれば,当時のエドム王国(the kingdom of Edom)は銅を使った「ハイテクネットワーク」が主導する豊かで繁栄した社会であったという。
古代に道具や武器を生産するために使われた銅は古代近東では最も貴重な資源であった。 銅の生産は複雑なプロセスが必要で,さまざまな段階とレベルの専門知識が必要。
Ben-Yosef教授のチームは、ヨルダン(Faynan)とイスラエル(Timna)の古代銅鉱山の数百の調査結果を分析,その銅スラグの劇的な変化を特定。その時代が最初のミレニアムBCE(1300- 800 BCE)であると特定した。
Ben-Yosef教授
「社会的プロセスのプロキシとして技術的進化を分析,聖書のエドム王国の出現を特定し特徴付けることができた」
「この結果は従来考えられていた時代よりも昔で,聖書の記述のほうが正しかった事を語っている」
による銅製錬の過程でできるゴミ・銅スラグの分析によれば,スラグ中に含まれる銅の量は時代に従い低下しており,時代に従い生産の効率が高まっていった経緯が読み取れる。
この突然おきた技術的飛躍は,エジプト王Shoshenq I(ファラオ・ショーシェンクI世,聖書のシシャク)による紀元前10世紀のエルサレム略奪(エジプトの最も有名な聖地侵略の1つ)に起因すると考えられる。
また,エドムの土地へのエジプトの介入は破壊を伴わなかったことを示している。
Ben-Yosef教授
「紀元前10世紀後半,ヨルダンのファイナン遺跡からイスラエルのティムナ遺跡にいたる約2,000平方kmの広大な領域でスラグの突然の標準化進化が同時におきた事が実証された」
「この地域の銅産業の効率は向上していた。 エドム人は最小限のエネルギーで大量の銅を生産できる正確な作業プロトコルを開発した」
しかし当時のエジプトは弱い力であったと教授は言う。 この地域への影響は明らかだが,おそらくエドムの銅産業を指揮することはなかった。
Ben-Yosef教授
「輸入銅の消費者としてエジプトは産業の合理化に既得権益を持っていた。 両国の同盟により彼らは地域全体の技術革新の触媒となったようだ。 たとえばラクダはショシェンク1世のエドム侵略直後に初めてこの地域に現れた」
「この発見は,アラバにゆるい同盟を持つ複数部族が住んでいるとする従来の認識と矛盾し,エドム王国がここにあったという聖書の記述のほうに一致する」
「アラバで繁栄した銅産業は,中央集権的で階層的組織にのみ起因し,これもエドム王国の聖書の記述に当てはまるかもしれない」

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Jeffery Pritchett
2019年9月25日,世界70か国がエルサレム・オリーブ山(Mt of Olives)に集い動物を使った生贄の儀式を行なう。無法の法の支配が進んでいる。だまされないで。 V.A.
イスラエルで古代エドムの遺跡が発見されたという。聖書に記録された伝説上の王国だ。
Esau(エサウ)はロシア人の祖先。
Esauはishmaelite(イシュマライト)と結婚した。それゆえにロシア人にはアラブ人の血がはいっている。
アメリカ,ヨーロッパの大部分,カナダ,オーストラリアの多くの人々の祖先はJacob(ジェイコブ)。神はJacobの末裔を呼び集めて民族を正す。 神が送り賜うた軍隊だ。 ベルトを締めよ!
😁Jeshurun
緑の高山に連れて行かれることを夢見ているのは誰か??
乾いた荒地に大地震が起こり,荒れ乾いた山を壊し山の巨岩から恐ろしい巨大な巨人が形成され,山から出て別の山を破壊する見た夢を見た。
神はあなたの敵から逃げるために翼をあなたに与えてくださる。
主の聖なる山であるシオンの山(Mount Zion)に行き,声をあげ,手を挙げ,永遠に,そして常に主なる神に賛美を歌おう!

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暴かれる伝説。滅びの王国「エドム」は聖書の記述通りに存在した
HISTORY_ARCHEOLOGY2019/09/20
Credit:timesofisrael
■Point
旧約聖書『創世記』に登場する「エドム王国」の繁栄年代が、最新の研究により、聖書の記述と一致することが判明
従来の研究では、紀元前8世紀頃と考えられたが、聖書の記述通り、紀元前10世紀頃に繁栄していた可能性が高い
紀元前10世紀頃に、エジプト人による介入で「銅製造技術」が格段に飛躍したことが推測される
旧約聖書『創世記』第36章31節に、「エドム王国」と呼ばれる国が登場します。
前6世紀にバビロニア人によって滅ぼされた亡国ですが、これまでの考古学調査では、その始まりは紀元前8世紀後半と考えるのが主流。聖書の記述とはズレがあったのです。
しかし、イスラエル・テルアビブ大学による最新の研究で、エドム王国は紀元前13世紀頃にはすでに存在していた可能性が高く、王国の繁栄時期も聖書に一致することが明らかになりました。
さらに当時のエドム人は、銅製造の優れた技術を誇っていたことも判明しています。その影には、隣国エジプトの存在がありました。
⬛繁栄年代は聖書と一致
エドムはパレスチナの南南東に位置する地域です。聖書によると、エドム人はイスラエルの兄弟民族で、ヤコブの双子の兄エサウの子孫とされています。
現在、この地はイスラエルとヨルダンに広がるアラバ砂漠となっており、ここにエドム王国の遺物であるFaynan遺跡(ヨルダン)やTimna遺跡(イスラエル)が位置しています。
チームは、この遺跡から出土する銅の鉱滓(スラグ)の年代調査を行い、特定された各時代における銅スラグの量を調べました。スラグとは、銅や金属を製錬する際、溶融プロセスで分離していく部分で、いわば金のクズを指します。
排出されるスラグの量が少ないほど、製錬技術が高いと言えるそうです。
遺跡から入手された銅スラグを分析した結果、紀元前1300年〜800年にかけて、銅製造の技術が徐々に発展していることが特定されました。技術の発展は、その地に住むエドム王国の発展と結びつけることができます。研究主任のErez Ben-Yosef教授は「エドム人は、紀元前12〜11世紀頃という、従来の予想よりもずっと早い段階で繁栄していたと推測される」と指摘しました。
⬛エジプト人の介入による技術革命
さらに興味深いのは、紀元前10世紀頃に銅スラグ量の劇的な減少が見られたことでした。つまり、この時期にエドム人の銅製造技術が急激に進化していることを示唆しており、これには明らかに第三者の介入がうかがえます。研究チームは、この突然の変化を「エジプト人による王国進出がきっかけではないか」と推測しています。
というのも、聖書には、紀元前10世紀の後半に当時のファラオ「シェションク1世」が、聖地エルサレムを占領したという記述が見られます。これはヘブライ語聖書の中でも有名な一節です。
エジプト人の侵入はエドムの崩壊ではなく、技術の飛躍をもたらしたのかもしれません。この時期のエジプトは、かつての栄華に比べると大幅に弱体化しており、軍事的な力も弱まっていました。それゆえ、エドム人に技術革命をもたらすことはできても、侵略するまでの余力は残されていなかったのでしょう。
非現実的な記述も多い聖書ですが、「ノアの方舟」の大洪水などは昨今数々の証拠が発見されています。聖書の記述が科学的に解明されていくことで、古代の謎が紐解かれていくことに期待しましょう。

Nazology
https://nazology.net/archives/45341
















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2019年08月03日

FB古代史研究会: ノア大洪水後の禊


FB古代史研究会: ノア大洪水後の禊
坂口成事
大洪水が去った事を祝う、京の祇園祭ですが、七の月とは、冬至の一週間と同じく、七段階の禊ぎではありますが、新たな世の幕開け、籠目出たしの一666→一999の角力(1999→1666)の、本末転倒を終末する、明けましてお目出とう、という事です。
(1999の七の月)
ところが、ノアにとって、その禊ぎの失敗を知る事件が起きます。
裸で寝ていたノアに、セムとヤフェトは服をかけたわけです。
私たちにとりましては、セムとヤフェトの行為は当然で常識的ではありますが、ノアにとりましては、アダムとエバが、裸を恥ずかしいとしていなかった時に、直らなければならなかったのです。
それではなぜに、恥ずかしいと思わなかったハムと、その子の迦那安が呪われなければならなかったかと申しますと、ノアから、角力する役目、すなわち、厳しい禊ぎは、常識を転換していたハムしか、引き継ぐ事ができなかったからです。それでハムは、松(祭司)という厳しい試練を受けます。
なぜ試練かは、神の願いを知れば、セムとヤフェトの子孫から殺されようとしましても、簡単に、返り討ちする事が躊躇されますので、この世界は、だんだんと、セムとヤフェトの子孫に支配されるからです。
菊池や楠木の戦いのようにです。
これが、聖書で謎とされる、意味不明なため避けられてきた、カナンは呪われ、奴隷となるというノアの慟哭の真意です。ですから、祭司である迦那人は、厳しい役目ではあるのです。
ところで、ノアの子孫の、ユダヤのアークのありかを探るために、学者を派遣していたと考えています、ロックフェア一財団は、その御曹司を、球磨郡須恵村に派遣しました。
そこで、エンブリ一博士が驚きましたのは、裸を恥ずかしいとも思わない村人たちでした。
また、彼らの暮らしは、助け合いの姿の何ものでもありませんでした。それは、つい近年まで、どこにもあった日本の原風景でした。
アダムとエバのような、神成(ラィエデン)を見つけたのです。
その後、エンブリ一博士は、敗戦後の日本のGHQ統治(奴隷)の大幹部に、若くして抜擢されようとされましたが固辞され、アメリカでの日本人迫害を、日本人友好へと転換するために奔走されました。残念ながら、交通事故で、若くしてお亡くなりになられました。
そのエンブリ一博士の事も知る、百歳間近だった、かって村長を勤めた義継は、隠されてきた、すえ阿蘇の迦那のお伽話を、小学生だった私に託し逝きました。
エンブリ一博士が、驚き守ろうとなされた日本が、私たちにとりましては母国です。
そのハム(公、キとミ)としての自覚、君が代の実現に立つ時は今です。
エンブリ一博士ご夫婦の写真は、お借りしています。

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古代史研究会海部奈: 日本の神社とユダヤ民族
神社と古代史についての所見
日本には10万社の神社が登録されているらしいが、登録してない社も合わせると実に40万社ほどあるらしい。
ある種の人々は神社の伝承をつなげると古代史が解明されると思っている。
そしてその人たちの99%は日本にユダヤ人が来たと信じているから不思議な符号である。
でもだからといって、ユダヤ人が日本を作ったのは事実でも大国主や、スクナヒコはユダヤ人だったとは主張しない。
そうした人たちは他人のブログを読んで、気に入ったことを書いているブログだけを信じる。決して面倒な書物を読んだりしない。
こうした人たちをみるとナチスがドイツ国民をたぶらかせた理由がわかる。
さて、あの神社にこう書いてあったとかいうが、その神社ができたのはたいていは江戸期だ。
古くて平安期だ。
でももともとはこの神社はもっと古かったと勝手に解釈して、だからこの伝承はもう2000年前からだとかわけのわからない展開を見せて、なぜか四国の剣山に失われたアークが眠っているとかいう話になる。
さらに諏訪にはスファ族のユダヤ人が来たから諏訪だという。
そしてなぜかユダヤ人が縄文の1万年の都黒曜石王国の諏訪に集団移住したと言い張る。
そしてモリヤさんを訪れてはあなたはユダヤ人の末裔でしょうと聞く人があとをたたず、モリヤさんはユダヤの質問にはわずらわしいから一切ノーコメントと言うのだが、すると黙ってるからユダヤ人だとかわけのわからないはなしに展開していく。
そうしたひとたちはよくあちこち歩きに行く。
呼ばれたから行くという。
要は自分が行きたくなったことを呼ばれたと神さまのせいにして勝手にふるまっている。
ということでわたくしもこんな駄文を呼ばれたから書いているとする。

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時々日ユ全否定  
6月11日
アブラハムがウルを去った時代というのは、すでにアッカド人の時代になって久しい時代だと思う。
ウルを出発したからユダヤ人はシュメール人で、日本の天皇はユダヤ人だから、日本は始祖文明シュメール人が作ったという子供じみた理屈を唱える人たちがいる。
アブラハムが立ち寄ったエジプト王国の様子から、これは比較的新しい時代だと推測される。
決して紀元前4000年とかそんな古さはない。

そんな古さでないということは
アブラハムのウルはすでにシュメールのウルではなくアッカドのウルだ。
そもそもシュメール人とアッカド人の関係がギリシャとローマに似ているということすら知らずに、つまりその辺のオリエント史を何も知らずに、すでに膨大になった、ユダヤ人は世界を駆け巡る的なブログと書物で物をいうからおかしくなる。ベースとなるオリエント史を学んでから語ってほしいものだ。

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2019年07月26日

beautyhappinesshide: 惑星ヤハウェ,惑星フェイトンとポールシフト

beautyhappinesshide: 惑星ヤハウェ,惑星フェイトンとポールシフト
かつて世界は大激変した 
2010/11/26(金) 午前 11:23
太陽系と地球の真実 その他自然科学
恐竜、それは僕が子供の頃に未知のロマンを感じて夢中になったものである。
上野の博物館で恐竜展が開催される度に何度も行った。
超古代に地球上を我が物顔で闊歩していた巨大生物が、何故ゆえに一般的な定説とされる時代の今から約6500万年前に突然のように滅んでしまったのだろうか。現代では恐竜は爬虫類ではなく体毛の生えた大型哺乳類だったということがわかってきている。
そうした俊敏性と代謝機能を備えていた犬のような知能を持っていたとされる恐竜たちが絶滅してしまったことは不思議である。現在でも世界中で多くの考古学者が、この恐竜の絶滅した謎を解明しようと様々な仮説を提示している。
それも今や100以上もの仮説が存在しているが、それらは大きく分けて2つに分類される。それは寿命やホルモン異常や病気などの内側から滅んだ説と、隕石の落下や氷河期の到来や世界中の火山が噴火したなどの恐竜を取り巻く環境が劇的に変化したことによる説だ。
それが今から20年ほど前から、「地球環境の激化」が主流派を占めていくと共に「彗星衝突説」や「小惑星や隕石の落下説」が注目されだした。その発端はイタリアにある奇妙な地層からだった。
このグッビオ層は、まるで火山灰のように黒色をしており、その中には何故か微生物の化石すら存在していなかったのである。これと同様な地層は日本の北海道やアメリカでも確認されたことで、世界中で分布するものと考えられる。
このグッビオ層のような火山灰の煤は同一年代に形成されたものと思われ、恐竜絶滅との関連性があると思われるようになった。このグッビオ層には大量の煤とレアメタルの大量のイリジウムが含まれており、これは当時に世界規模で火山噴火が頻発していたという証拠と思われた。
それだけではなく、実はイリジウムは地球の表面には存在しないレアメタルで、地球の奥深く、それも核付近やマントル層に存在しているもので、ただの火山噴火だけでは大量のイリジウムが噴出することは少ない。
このイリジウムを大量にばら撒いたものこそが、恐竜を絶滅させた存在であるといえる。
他にも「食物連鎖が途切れた」など様々な説があるが、結局のところは地球が未曾有の天変地異で激変したことになるだろう。
地球上が煤で覆われた時代が確かに存在するのです。
恐竜が全て絶滅してしまうほどの大カタストロフィーがあった。
実は、これは現代の科学界では異端の烙印を押されかねないのです。
現代の学会の基本は斉一論が主流を占めている。
斉一論とは、「自然界は全て気の遠くなるような膨大な時間をかけてユックリと少しづつ変化していくものであり、今も昔もそれほど大差なく徐々に変化していく」という理論である。
実はダーウィンの進化論が喝采を浴びて定説とされてしまったがために、斉一論が揺るぎない論理とされているのです。
しかし、恐竜絶滅や地球激変やプレートテクトニクスなどには斉一論では全く通用しないどころか益々混迷を深めてしまう理論である。
ほんの数日〜数週間で地球上に大激変が起きたとする方が理にかなっているのである。
これは現代のアカデミズムの根底を揺るがしかねない重大なことであるから、多くの学者は「地球激変論」を単なる絵空事としてしか認識していない。
この「地球激変論」を認めてしまったなら、世界中にいる殆どの科学者が自ら研究してきた説が全て間違っていることを認めなければならなくなることに一抹の恐怖を抱いているから、斉一論が完全に間違っている・・・という新たな仮説を総力を挙げて全て否定するからだ。
歴史学も似たような側面があるが、現代の科学は
「地球環境の変化は穏やかに徐々に起きるものだ」
という斉一論を前提としており、それに反する仮説はいかに証拠があってもアカデミズムは頑なに認めようとしない。
基盤となる考え方が崩壊してしまうような理論を認めることは、科学者としての自分の価値を著しく損ねるものと考えるため、「正しい科学」よりも自分の生活を守るために古いパラダイムにしがみつかざるを得ないのである。
多くの学者は研究テーマをミクロ的に細分化して絞る傾向にあるが、この「地球激変論」は全くのマクロ的な観点から見なければならず、彼らの不得意とされることで1人の学者には手におえないテーマなのだ。
アカデミズムが心酔している年代測定である「炭素測定法」である。これがいかに「いいかげんなもの」なのかが解れば、アカデミズムが今まで築き上げてきた地政学や考古学や天文学の定説は全て崩壊してしまう。
本当は違うが、仮に小惑星や隕石の落下で地球が激変したとしても、その激変の後には大気の組成や気温や気候、それに地形までもが大きな変化が起きることになる。恐竜が絶滅するくらいの天変地異であるから、その規模はハンパではない。
斉一論を基盤としている大半の学者たちの中にには、「もしも激変があったとしても、一時的なもので長い年月をかけて再び元の状態に戻っていった」と主張する人もいるが、それも何百万年もかけて元の状態に復元されたと思っている。
そもそも炭素14年代測定法そのものが数千万年〜数億年などの数値を出すからいけない。数万年前の地層から大工道具で使うハンマーが出現したり、古生代と推定される地層から生きた蛙が出てきたりするオーパーツがあるが、これも炭素14測定法自体が間違っているとは考えられないのだろうか。
こうした不測の事態に彼らは思考停止になって、それを異端として無かったものとしてしまう。科学の範疇に属さないというのである。明らかに炭素14年代測定法そのものが本当に信用できるのか、その測定法に欠陥がある可能性を考慮しないのだろうか。
実はこの測定法は斉一論が大前提となっており、現代とまったく同じ自然環境が古代に存在していたという条件がついている。ということは、現代と同じ地質の組成である前提で出された数値なのである。
もし、過去の地球環境が現在と全く異なっているならば、測定された数値は信用できないどころか全くのデタラメであるといえよう。オーパーツの件もあり、アカデミズムでも最近はカリウム・アルゴン法など複数の測定法で算出するようになったが、測定の大前提が斉一論の範疇から抜け出すことは今も無い。
だから恐竜が絶滅した時代を今から約6500万年前とはじき出して、それを正しい数値として公表している。既に矛盾だらけであるのは明白である。では地球激変説では、恐竜が絶滅したのは遠い昔ではないということである。
斉一論を支持する学者たちは、そのことを今から約4500年前だとは認めようとしない。手がかりとなるのは「聖書」だからだ。その当時、恐竜の他にも多くの生物が絶滅した翼竜や水棲恐竜や三葉虫やアンモナイトといった生物も絶滅したのである。
それは何故か、それらは地球環境が大激変した後の環境についていけなくなったのである。つまりは環境適応能力が低かったのです。しかし、古代の姿のままで生き残った種も多く存在している。
恐竜よりも環境適応能力が低い、ワニやトカゲや亀などの原始的爬虫類や蛙やイモリなどの両生類が昔と同じ姿で子孫を残し続けている。この理由をアカデミズムでは解明できていない。
単純な問題ほど現代科学では解明できていないのである。今は科学分野だけでなく歴史学や天文学や考古学、それに宗教学など様々な分野を総動員しないと解明できない時代に入っているのである。大型動物が絶滅して小型動物が絶滅しなかったということは不自然である。
何か絶滅しないようにした存在がいることは明らかである。それはノアの箱舟である。現代科学が世界中に浸透した影響で今では伝説の作り話のように思われているが、ノアという1人の人物ではなく世界中に数多くの箱舟を作った人々が多数存在していたことがわかっている。
アララト山には船形の地形が存在し、そのアララト山の船型地形を米軍がレーダー探査したら数多くの小部屋から成っていることがわかっているという。他にもアラスカのユーコン川付近でも全長が約100メートルの木製の巨大な船が発見された。
トルコでも岩の裂け目の中にある全長が約300メートルの船が発見された。他にも多くあったと推測される。これら、発見された古代船は海岸線から遠く離れた内陸部で発見されており、大洪水が地球規模で起きたことを表している。
自然界には侵食作用があり、温度や湿度の変化や気象の変化を受けて硬い岩石も風化し小さくなる。最後は砂となる。また風雨によって山は削られ谷が出来ていき、その谷を風雨の水が流れて川となって流域の大地を削りながら地形を変化させていく。
ときには火山噴火や地殻変動を伴って、その火山灰や土石流が積もる。現在の地球は絶えず地形が変化しているので、キレイな整合のある地層が出来ることは稀である。だが、キレイに一定の間隔で厚く層を成している地層は明らかに大激変を示している。
このような現象は現代では考えれないのである。
このようなキレイな整合のある地層は、一部の地域ではなく世界でも存在している。
それは全て共通した時代のようなのである。つまり、地球が激変したときの地層はキレイな整合を刻んでいる。
だが、激変後の地層は色や厚さもバラバラである。これは現代アカデミズムが説明できないことである。浸食作用が絶え間なく起きている環境では、整合がキレイな地層は出来ない。見渡す限りの地平線のような大地が世界中に存在していたとしか考えられないのである。
それも今のように陸地が離れていたのではなく、もっと接近していたと思われるのだ。
おおまかに言えば山地などの起伏の少ない1つの大陸があったのだと思われる。実は整合の地層は、大量の泥水が必要なのです。
水槽で泥と水を入れて混ぜてから時間が経過すると、砂や土が重い順に沈殿する。
泥の成分の中にある小さな種類によっても沈殿する速度は異なるので、底にはキレイな層が出来る。
このことから、地球上では整合地層が出来るような「ある時期」に集中して大量の土砂を含んだ水が地上を覆っていたことになる。この時代がノアの大洪水の時代であると思われる。
現代考古学では、地層の下のものが古い年代とされているから、その地層から発見される化石などが古いと解釈されているが、こうして土砂の粒の大きさや重さから順に沈殿していくことを無視している。
これは沈殿速度の差でしかなく、小学生の理科の授業でするような現象すら認めようとしない、未だに斉一論に凝り固まった人たちは、これをどう考えているのだろう。斉一論や進化論を崇拝する学者たちは、まるで斉一論教という宗教の信者のようである。
同世代の生物だったものが沈殿速度が違うために別々の層に分かれてしまったけである。ノアの大洪水が起きたときの地表を覆った濁流が収まると、それが沈殿していく過程で層が出来た。
それを斉一論アカデミズムの学者たちが「古生代・中生代・新生代」という順番で名をつけただけである。旧約聖書の記述が正しければ、ノアの大洪水が起きた時代は今から約4500年前と推定される。
炭素14測定法で算出された約6500万年前という数値とは明らかに桁が違うほど異なっている。そんな歴史的に見て最近の出来事であるならば何故に硬い化石が出来るのか?とか、一般に化石は数万年の長い年月をかけて出来るものだ!と思われているが、実は動物の死骸や骨が化石なるにの数万年もかからない。
短期間で化石は形成される理由は化学変化である。
生物が化石になるためには、瞬間的に酸素を遮断しなければならない。酸素があると生物の遺体は急速に酸化していく。
地中のあるものは腐って溶けてしまうと考える人が多いが、地中では酸化よりも微生物による発酵分解が行われる。
好気性微生物は酸素があると活発化し特に発酵が進んで細かくバラバラになる。
また、嫌気性微生物による発酵では、遺体の成分は変るが原型を保つのである。
カビているミカンは直ぐに腐敗して形が崩れて熔解するが、漬物は野菜の形を保っているので保存食となる。
化石の場合は嫌気性微生物の他にも、高圧力が加わらないと出来ない。
地中に深く埋もれているほど、高圧にさらされることで圧力による熱変性化学変化が起きるが、その上に温度も左右する。嫌気性微生物と高圧力と温度によって化石へと変化する速度が変ってくる。
温度が低く高圧力になればなるほど化石になる速度は速まる。
ノアの大洪水のような地球規模の大量の泥水と土砂が水中で沈殿していくと、そこに堆積した生物の遺体は高圧力で押しつぶされ、すぐに化学変化が起きてくる。
こうして出来たのが世界中で発見される化石なのです。その地層からたくさんの生物の化石が発見されるということは、未曾有の天変地異によって死に絶え、その上に一気に土砂が沈殿していったことを示している。
この「ノアの大洪水」を史実とした場合、いったい何処から世界の平地を埋め尽くす程の水が大量に降ってきたのか。地上を水で覆う方法は大量の雨が降るか、地中から湧き出るかである。かつて無いほどの歴史的な豪雨が起きたとすれば地上は水没するだろう。
現代科学が世界を席巻する以前は、ユダヤ教徒やキリスト教原理主義者、ムスリムの人たちは、聖書など記述から「ノアの大洪水」によって恐竜が絶滅したのではないかと思っていた。ここで大きな問題がある。
それは地球上での水分量は限られているから、何処かで豪雨があれば何処か他の場所で水分が蒸発しているのである。何処かで晴天ならば他の場所は雨が降っているのである。こうして水は繰り返し循環している。
低気圧が発生すれば、他の場所には必ず高気圧がある。
もしも雲を含む大気中の水分が地上に全て降り注いだとしても地上は水没することはない。
アララト山にまで箱舟を流すようなことは出来ない。
単なる気象的現象だけでは「ノアの大洪水」は説明できないのである。
だから絵空事や夢物語として扱われて科学的でないとして排除してしまう。アカデミズムは説明できないということは事実ではないと切り捨てる傾向がある。
だが、恐竜などの生物が絶滅したことを、地球環境が激変したことで起きたことだと考えれば話は合致する。船が内陸まで流されるわけが無いと思われるかもしれないが、似たような光景は津波で説明できる。
インドネシアのスマトラ沖大地震のときに発生した津波は人間を始め家や自動車を一気に押し流して内陸部の方まで達した。このときも港の船の多くが内陸部まで押し流された。港に停泊していた船の大半が海水ごと陸地に運ばれて陸上に取り残された。
もっと凄まじい津波のような現象が「ノアの大洪水」のときに起きたのではないだろうか。スマトラ地震での津波は約10mだが、ノアの大洪水では数百メートルの津波が発生したのかもしれない。
それを引き起こしたのが一般では巨大彗星や小惑星と考えられているが、海に小惑星が落ちたとしても大津波は発生するがそれも一時的である。旧約聖書の記述では「天の窓が開いて・・・40日も雨が降った」とされていることから、小惑星の衝突とは考えにくい。
シューメイカーレビー彗星が列を成して衝突したのではないかという学者もいるが、津波は何度も発生するが1ヶ月以上も連続して大雨が降ることはない。確かに隕石の落下もあっただろう。1つの事象だけでなく複合的に発生したとも思えるのだ。
だから現在の科学では、ようやく最近になって、巨大隕石が複数落下したことにより恐竜が絶滅したと考えられるようになってきている。だが、これで一件落着ではない。確かに同時に隕石が多数落ちてきて大津波も発生しただろうが、それにしても40日も続く大雨は何処から降ってきたのか。
でもアカデミズムは地球激変論を徐々に認め始めているが、その年代は未だに約6500万年前という定義になっているのである。
テレビ特番ではアカデミズムに沿った内容で「地球規模の氷河期が何度も起きていて地球全体が氷で覆われていた時代があった・・・」と言い、今では氷河期が解消されたので氷が解けて地面が出現しているのが現代だと言う。
氷河が出来るには先ずは大雪が降らなければならない。
そして大雪を降らすためには巨大な低気圧が必要なのである。低気圧は海水温度が比較的高い場所で無いと発生しないのであるから、地球全体が凍るような氷河期が到来したとは思えない。
どうも彼らは専門外である他の分野の研究は疎かなのかもしれない。今は専門分野だけでなく様々な分野を加味しないと真実が解明できない時代になっているのである。そして、この「ノアの大洪水」を引き起こした大量の水は何処から来たのだろう。
地球大激変が起きる前は現在のような南極や北極には氷床は存在していなかった。
それは、ほぼ1つの巨大大陸である「パンゲア」が存在しており、プレートテクトニクス理論によれば、その大きな大陸にはアルプスやヒマラヤなどの山脈や山地などは多く存在していなかったと思われる。
1つの大陸と他には浅い海が覆っていて、「ノアの大洪水」で全ての陸地を水没させるような大量の水は激変前の地球には存在していなかった。
このことからも「沈んだレムリア文明やムー大陸やアトランティス大陸」などは存在せず、パンゲア大陸の地方にあった文明のことであると思われる。
このような伝説は、こうした地球規模で起きた天変地異のことを指しているのかもしれない。
「この日、大いなる深淵の源がことごとく裂け、天の窓が開かれた。
雨が40日と40夜、地上に降り注いだ」(創世記第7章11〜12節)
「地上の上に風を吹かせられたので、水が減り始めた。また深淵の源と天の窓は閉じられたので、天からの雨はやみ、水は地上から引いていった」(創世記第8章1〜2節)
これからもわかるように大洪水を引き起こした水は天と地の両方からやってきたとある。
深淵とは地下のことである。巨大地震が起きると地面に液状化現象がおきるが、地下水が一斉に湧き出ることもある。
要するに天変地異によって地殻やマントルが歪んで変化が起きて内部の水が噴出したのだろう。
そしてもう1つの水であるが、大洪水の水の殆どは天から降ってきたといってよいだろう。
では「天の窓が開いた・・・」とはどういう状態なのだろう。激変前の地球は高温多湿で分厚い雲が何層も存在して覆われていた。
地上にはシダ類が多く生育していたことからも、青空は今よりも見えなかったと思われる。
直射日光を遮る雲が分厚く覆っていれば、人間からみれば正に「天」と表現できる。
そして「天の窓が開く」とは分厚い雲に切れ間が出来て、そこから水が滝のように落ちてきたと解釈出来る。
その分厚い雲の内側が当時の地球圏だとすれば、天の窓から降ってきた水とは宇宙空間から来たということになる。
宇宙空間は真空であるから、水が液体の状態で漂っていることは有り得ない。
一般的な彗星にも水は存在するが、それは固体の水であり即ち氷の粒である。
地球に彗星が超接近したとしても液体化する以前に本体が地上に落ちてしまう。
こうして彗星説は除外されるのだが、これは通常の彗星での話しだ。
これが惑星のような地殻をもった巨大彗星だったとしたら話は違ってくる。
豊富な水をたたえた天体が「ノアの大洪水」を引き起こした。
ノアを始めとする多数の人間らが箱舟を作った4500年前の地上は厚い雲の覆われたモヤがかかったような高温多湿のであり、紫外線が地上に届きにくい上に酸素濃度も高く長寿だっただろう。
現在の地球は表面の約7割を水で覆われている水の惑星である。しかし、地球は他の惑星と比較しても極めて異質である。
隣の火星は乾燥しているし海は見当らない。金星は太陽系の中では誕生してから歴史が浅くて、まだ灼熱の地表のようであり、水分は蒸発して分厚い雲になっており海も無い。
水星は月と同様に殆どが真空状態に近い。ノアの大洪水を引き起こしたのは天体だったと考えると、地球を破壊することなく水だけを排出した経緯は何なのか。
これら一連の出来事は、現在でもNASAとアメリカ政府がトップシークレットとして未だに全人類に隠蔽し続けている重大な事柄なのである。
パイオニア計画やボイジャー計画によって太陽系の惑星や数多くの衛星を探査した結果、今までガス惑星だと言われてきた木星や土星や天王星や海王星も分厚い雲に覆われた下には地殻があって、その地殻の上に大量の水が存在することがわかってきた。
大量の水、すなわち海があるのである。それも今までガス惑星とされていたときのようなメタンの海ではない。
ごく普通の水で出来た海が広がっているのである。まさに水の惑星だったのです。
これは何層もの分厚い雲に覆われているから、地球から見る望遠鏡だけではわからなかった事が次第に明らかになっている。
そして、更に驚くことに木星や土星や天王星や海王星を公転している衛星の中には表面は土砂と氷で出来ていて、その内部には大量の水が蓄えられた「氷衛星」が存在しているということまでわかってきた。
要するに氷天体である。冥王星にも衛星カロンがあり、それも同様に氷天体であるという。実は惑星である水星や地球の衛星である月も氷天体の一種である。この氷天体は今や太陽系の中ではポピュラーなものになりつつある。
地球の衛星である月もクレーターの数は多いが他の氷天体と同様な姿をしている。
他の氷天体とは少し異なり月の表面は土砂や砂礫で覆われている。
特に月の裏側には大量の土砂や砂礫が存在しているのです。
他の氷天体は月のように砂礫は少ないが、月の表面が砂礫や土砂が多く堆積しているのには訳がある。それはノアの大洪水と関連のあることだった。月のクレーターは非常に浅い。
一番巨大なクレーターでも山頂部から約6キロの深さしかない。
月にあるクレーターの底は何故か平面になっている、ということは6キロまでは土砂や砂礫で、その下には全く異質のもので出来ているということでもある。
隕石が衝突しても容易に融解して、その穴を塞いでしまうほどの融点の低いものとは「氷」である。月の表面を見れば解るが、そこには決して水があるとは思えない。荒涼とした砂漠が広がっているような感じさえ受ける。
だが、月に水が存在していることは今や常識にさえなっている。
アポロ計画で月に水や氷が存在することを知ったのだ。だが、一般人でも高精度な望遠鏡やレーダーが入手できる時代であるから、地球に一番近い天体である月、それに火星について数々の情報を隠蔽し続けることは出来なくなっている。
だから、当たり障りのない情報を徐々に公開しているだけに過ぎない。
探査機ルナ・プロスぺクターが月の地中を調査したところ、南極や北極で大量の氷を発見した。
その量も推定では60億トンと言われているが、実はもっと多くの水が月の地中に存在しているのである。
だが、他の氷天体とは明らかに違うことがある。それは月の内部には水が存在していないということである。
他の氷天体は氷と土砂が合わさったような氷殻の中に大量の水が存在している。
その水の下に核があるのであるが、月の内部は「がらんどう」になっている。
表面の地殻は氷を多く含んでいるが、内部には無いのである。
その証拠といえるものが「月の地震」である。アポロ計画で月の内部構造を知るために使用しない着陸船を地面に落下させた。予め地表に地震計を設置しており、人工的に地震を起こしたのである。
その結果、アポロ12号の実験では、激突させてからも揺れは益々大きくなり、そのまま揺れが継続して約55分も収まらなかったのである。事故を起こしたアポロ13号は離陸時にもブースターを落下させたが、そのときはナント3時間も揺れが続いたという。
こうした現象は地球では絶対に起きない。
中身がギッシリ詰まっているからだ。
揺れが継続するということは、寺の釣鐘のような内部が無いので硬い部分の表面だけが揺れが長く続く。
月の内部も空洞になっている。
昔は他の氷天体と同様に内部に大量の水を湛えていたが、地球の大きさ程度の何か大きな天体が接近し通過したことで、その引力で引きずられて地球に超接近して、地球側を向いていた地殻が割れて内部から大量の水が噴出した。
その水は宇宙空間で瞬時に氷となり、地球上に落下したが温かい地球大気で再び水になって地球上に降り注いだのである。
これが「ノアの大洪水」の真相である。
その後、殆どの水を噴出させた月の表面にレアメタルを大量に含んだ柔らかい金属である月の核が地球の引力の影響で地球側を向いている地表に移動していった。
そして次第に水を排出した穴を埋めていったのである。これが黒っぽい色をした「月の海」と呼ばれている地域なのです。それからの月は核が地球側に偏ってしまったので「死の氷天体」となって自転することが出来なくなった。
だから常に「月の海」が見える表側だけを向いているのである。
未だに斉一論を主体としているアカデミズムは「火山のマグマが噴出した痕跡が月の海だ」と言っているが、火山活動が月で観測されたことは1度も無いし、月が空洞であるという事実を未だに認めていない。
空洞である「月の海」は金属核だったものが地球の引力で穴から滲み出たものが固形化したものである。
要するに「起き上がりこぼし」のような錘のようである。
この月を引き回した巨大彗星または惑星の正体が未だに公には明らかにされていない。
だが、かつて太陽系内を暴れまわった「巨大彗星」は、現在では地球から見て太陽の反対側に公転している惑星として存在している。
これは決してSFの話ではない。SFの話では「反地球・クラリオン」は地球ソックリで、そこに住んでいる人たちも一緒だった・・・という話だが本当は違う。
太陽に隠れて公転している惑星は今から約4500年ほど前に誕生した比較的若い惑星である。
それは木星の大赤斑の下に存在する超巨火山「クロノス」から放出された巨大彗星として太陽系内を暴れ周った。
そして地球のように生命あふれる惑星だった火星から大気と海を奪い地球に接近し月を引力で引っ張り地球に超接近させ、地球の潮汐作用で月の地殻が割れ、中から大量の水が地球目掛けて落下したことで「ノアの大洪水」が引き起こされた・・・その惑星だったのである。
NASAはこの惑星の存在を頑なに否定し隠蔽し続けている。
この惑星の存在が世の中に知れ渡れば、ヤハウェの他にも地球に何度もポールシフトを起こさせた金星の謎もわかってしまう上に、現代の西洋中心主義に基づくアカデミズム体系の全てが虚構であり崩れ去ってしまう。
2008年5月12日にM7.8の巨大地震が中国の四川省で発生しました。
その後、ハッキリと確定はできませんがアメリカの強硬圧力として、高エネルギープラズマによる地震兵器が使われたなどという説が一時的に流れました。
実は、四川大地震の直前に震源地の近くで、人類史及び宗教や全てのアカデミズム体系を含めた欧米の社会基盤がひっくり返るほどの「世紀の大発見」があったといいます。それは「人間に噛み付く恐竜の化石」であり、当時に恐竜が人間と共存していたことを裏付けるものでした。
恐竜が生息したのは、斉一論や進化論に凝り固まった現代の学者たちが言うような数千万年前に生息した大型派虫類では決してなく、約4500年前にノアの大洪水が起きる以前には人間と「大型哺乳類としての恐竜」が共存していたことになるという。
それに旧約聖書と関連書の記述が正しかったことが証明されるばかりか、もし、これが公表されれば、人類学・考古学・歴史学・天文学・宇宙史・宗教学・現代科学・現代物理学などのアカデミズム体系のほとんどが完全に崩壊してしまい、全て書き換えなくてはならなくなる。
その上、ノアの大洪水を起こした原因が突き止められた場合、当時に太陽系内を暴れた惑星の存在が露呈され、NASAが頑なに隠蔽してきた惑星である・・・地球からみて太陽の裏側を公転する「惑星ヤハウェ」が大衆に知れることになる。
そうなれば、プラズマ化した大気に覆われた海のある超巨大地殻天体である「太陽の真実の姿」を始めとする太陽系の全ての歴史や惑星の位置や数も大きく塗り替えられる可能性が高くなるだろう。既に現地の発掘現場は完全に崩れ去っていて、調査に行くのも非常に危険な状態だという。
NASAが惑星ヤハウェの存在を知ったのは全くの偶然だったようだ。
1978年に打ち上げられた金星探査機パイオニア・ヴィーナス2号が、その年の11月に金星の周回軌道に乗り、その後に金星に向けて測定機を降下させ金星の大気中を測定していた。
パイオニア・ヴィーナス1号と2号の両機は順調に観測を続け金星に関する様々なデータを送ってきた。
パイオニア・ヴィーナス1号と2号は金星探査が目的であったが、パイオニア・ヴィーナス2号が金星と共に地球から見て太陽の裏側に入ったときに、既存の斉一論からすれば絶対に有り得ない惑星の姿を捉えたのである。
送信されてきたデータは直ぐにJPLで計算され、それが地球の公転軌道と交差する天体であることが明らかになった。この太陽系内に、それも地球から近い位置に未知の惑星が存在していたことがわかったのである。
今までの斉一論を基盤とした天文学の常識では決して存在するはずの無い惑星があった・・・SFの話だと思っていたものが本当に存在した。それは太陽系の全てを知り尽くしていると豪語していた天文学者やアカデミズム全体の威信を揺るがすのような出来事だった。
そして、このことで当時のNASA上層部はパニックになっていたという。
もはや、銀河系がガスが集まって形成され、塵が回転を始めて円盤を形成して小さな核が出来、それが146億年という期間を要して徐々に惑星へと変化していったという「既存の太陽系の形成論」が全て崩壊してしまうのである。
こうした大多数の学者が集まって作り上げてきた斉一論的な太陽系形成モデルは、この1つの新たな惑星の発見によって吹き飛ぶことになる。これが世界に知れれば天文学だけでなくアカデミズム全体の転覆と崩壊を意味していた。
地球の公転周期は365.26日だが、ヤハウェの公転周期は365.59であるということがわかっている。
この微妙な誤差によって長い年月の間に何度かニアミスまたは衝突スレスレの状態を引き起こしたのではないかという可能性もある。
その衝突スレスレのときに引き起こされたのが「ノアの大洪水」ではなかったか。そして互いの引力と潮汐作用によって地球が膨張しプレートが動いて現代のような大陸構造に落ち着いたのではないか。
これが公になればアカデミズムの基本である斉一論が完全に崩壊し、地球激変論が基本となってしまう。そうなれば困る人たちも多く出てくるし、キリスト教社会にも影響が甚大になる。
その昔、コペルニクスが迫害されても尚「地動説」を主張し続けたように、当時の非常識だというレッテルは真実の下には簡単に覆されるのである。現在において、当時の天動説が今の斉一論で、当時の地動説が今の激変説であるように思えてならない。
当時に公開されるべきものだったが、何時の世も支配層の連中は様々な利権や民衆の混乱を極度に恐れて「何事も無かったかのように全てを隠蔽」してしまう。こうして「惑星ヤハウェは存在していないかのように隠されてしまった」
だが、この決定に内部に不満を持つ者も多くいるのです。
このことから、NASAやアメリカ政府に対して大きな義憤に駆られた人々によって徐々に情報が内部から流出していく。
アメリカは2つの顔がある。アメリカ大統領が国家元首として民主的な議会政治が行われている顔と、軍需産業と石油エネルギー産業を合わせた軍産複合体や金融産業などをバックとして国家利権を牛耳っている組織に操られている裏の顔である。
この裏の顔の存在を「陰の政府」という。
この「陰の世界政府」の存在を辞任演説で公表し危険性を国民に訴えたのがアイゼンハワー大統領だった。
彼は暗殺される心配の無い最後の日に公表したのである。
それ以後、彼らに逆らった者は大統領であれ容赦なく暗殺の対象となりえる。
JFKは民衆の面前で公開処刑され、連邦所得税が違法に彼らに流れ込んで使われていることを突き止めたレーガン大統領も暗殺の対象になったが、SPが命を賭して身代わりとなり未遂に終わった。
それ以後は彼らの意向を汲んだのだろう、SDI構想などを積極的に実行し全く人が変ったように軍拡の道にアメリカを導いていく。惑星ヤハウェの存在が公にされては困るのが、軍産複合体や金融を支配している者たちである。
アメリカ政府を通じてNASAに圧力をかけて全てを隠蔽させたのだった。
日本では慈善事業団体のように思われているNASAは実は軍事機関である。だから国益に反することは絶対にやらない。
「陰の政府」の意向に沿ったものも多く取りいれて実行している。
宇宙や惑星の探査もアメリカの国益になるので続けているのです。
その証拠に、様々な探査で調べてわかったことは、当たり障りの少ない情報意外は他国には絶対に報告しないし世間に公表しない。
アメリカネイティブインディアンのホピ族の予言には、終わりのときに青い星が現われるということが言われている。このことは、旧約聖書にもベツレヘムの星という表現で似たような記述があります。
旧約聖書とホピの予言は、明らかに繋がりがあるようです。
旧約聖書を根本教典にするへブライ民族と、アメリカインディアンとは民族的な繋がりがある。ホピ最後の長老マルティンに聞いた未成就預言の全貌と人類の未来に待ち受けているものとは?
そのとき地球に何が起こるのか?その青い星は、常に地球から見て太陽の裏側に位置していたので人類はその存在を知らなかった。ホピの預言に記されている以外は…。しかし、現在の私たちは、その存在をNASAの写真から知るようになった。
近未来に青い星(ヤハウェ)が、太陽の影から抜け出して地球から見えるようになるかもしれない。
ヤハウェとは「旧約聖書」の絶対神の名前で、ヘブライ語で「ありてあるもの」という意味がある。
その意味は「隠れていても、神は存在している」であり、例え見えなくても惑星ヤハウェは存在している・・・という意味にも取れる。
NASAは何故、この惑星にヤハウェの名を与えたのか。それは地球に超接近して旧約聖書にあるような出来事を生み出した「絶対神」と見られた惑星だと思ったからだろう。パイオニア・ヴィーナス2号が捉えたヤハウェは、隠蔽されると同時に徹底的に実態を調査するように「陰の政府」から指示されたようである。
実は税金を使う都合上、NASAの計画は議会の監査を経なければならない。
そこで「陰の世界政府」は軍事衛星として探査機を飛ばすことにした。
軍事衛星なら情報を公開しないで済むからで、予算などを議会から追求されても情報公開要求を拒否できる。
そして簡素ながらも急遽として月面探査機を惑星ヤハウェ探査機として改造し、「軍事衛星」の名目でその年の12月には打ち上げた。
これまで「軍事衛星」として打ち上げられたヤハウェ探索機は3つで、その名を「アロン」「トア」「ケハト」という、旧約聖書の登場人物でありイスラエルの祭司であったレビ族の名前がついている。
こうして、惑星ヤハウェ=絶対神ヤハウェと考えるならば、そこへ接近できるのはレビ人の祭司であるという「ユダヤ教の思考」が存在している。この中でも探査機「アロン」は惑星ヤハウェの地表に着陸に成功し、探査車を下ろして画像の他にも詳細なデータを送ってきたという。
惑星ヤハウェの大気組成は主に二酸化炭素であり硫酸を主成分とする厚い雲が惑星全体を覆っているという。状況としては金星と似ており、気温も高く大気圏の上層部は時速168キロの超強風が吹き荒れている。
地表付近は風速2〜3キロ程度のようだが、気温は摂氏400度以上で、海は殆ど無く水分は蒸発して雲になっていている灼熱の大地である。地質は火山性土壌で占めており、地表の約7割が溶岩で覆われ、そのうち約3割が山脈や山地である。
現在では定期的に噴火している火山は無く、過去に多量の溶岩を排出した火口や穴が多数点在していて、この惑星は既に次の段階に移行しつつあるようである。このヤハウェの大きさは地球よりも少し大きく約7148キロで、地球が約6378キロだから一回りくらい大きい。
地軸は太陽の公転面から垂直に対して約78度傾いているから横倒しのような感じに近く、天王星のように夏は昼だけで冬は夜だけという異常な世界であり、微生物は生息していると思うが人間や動物は住むことが難かしい過酷な環境と思われる。
この惑星には3つの衛星があり、その名も「タブレット」「ロッド」「ポッド」という名が命名されているが、これはイスラエルの3種の神器であって、「モーセの十戒石板」「アロンの杖」「マナの壷」を象徴している。
NASAは3つの衛星をユダヤ教でいう絶対神ヤハウェに捧げられた3種の神器として考えているようなのだ。惑星ヤハウェと地球の公転速度は同じではないから、長い歴史の中では太陽から顔を出していたこともあっただろうと思われる。
実は現在の軌道に落ち着いたのは最近の可能性が高いのである。
最近といっても約2000年以上前のことであるが・・・その意味で考えられるのが、イエス・キリストが誕生したときに天空に現れたという「ベツレヘムの星」である。
この星がヤハウェだったのではないか。南北アメリカ大陸の原住民であるネイティブインディアンにも、「見たことの無い星が先祖たちを導いた」という伝承が残っているという。
公転軌道が地球と交差しているということは、コレだけ軌道が近いと姿が見えたときには何らかの引力や潮汐作用などの影響が地球や月に及ぶことになるかもしれない。
今は太陽の陰に隠れて見えないが、月には既に水が無いので「ノアの大洪水」のようなことは起きないと思われる。だが、再び地球に最接近したときはポールシフトや各地でプレートが動き出して大陸が移するかもしれない。
それに伴って世界中で火山が噴火したり巨大地震が頻発して大津波が発生する可能性など何らかの影響が起きる可能性も考えられる。最悪の場合は月が破壊され瓦礫が隕石として大量に降り注いだり、万が一の確率であるが惑星自体が地球に衝突することさえ考えられるのだ。
「ノアの大洪水」の時は誕生して間もない時期で、巨大彗星のように通過速度が速かったため月が完全に破壊されないで亀裂や穴が開いた程度で済んだ。その後、レアメタルの内核が地球の引力で表側の内部壁面に移動して穴をふさいだ。これが「月の海」と呼ばれる場所である。
この惑星ヤハウェが、今やガス惑星ではなく地殻天体であるとわかった木星の大火山「クロノス」から出た後に、火星と木星の間に存在した地球の半分くらいの大きさの惑星(フェイトン)を破壊した可能性すらある。だから今は破壊された惑星の残骸と瓦礫で構成された小惑星帯があるのです。
破壊した惑星の瓦礫を引力で纏いながら火星に接近し、火星に破壊した惑星の瓦礫を多量の隕石のように叩き付けて火星の海や大気、それに多くの人間や動植物を含む多数の生命体と高度文明を奪ってしまった。
その後に地球に接近して「ノアの大洪水」を引き起こした。
当時はマダ巨大彗星だったヤハウェは太陽系内を破壊したフェイトンの残骸を引き連れて暴れ周り、木星のリングを形成させ、土星の衛星を破壊し土星のリングを形成させ、天王星に最接近してポールシフト起こさせて地軸を横倒しにしリングを形成させた上に多数の衛星に傷をつけ、海王星にもリングを形成させた。
このリングはフェイトンの残骸が各惑星の引力に捕まったものもあるだろうが、他にも各惑星の衛星が破壊された残骸という可能性も高い。
元々は海王星の衛星だった冥王星を引力と潮汐作用で弾き飛ばし、横道面から傾いた超楕円軌道で公転するようにさせた。それに冥王星の同一軌道上に、冥王星を追いかけるような形で公転する惑星(へメラ)の存在も明らかになっている。
このヘメラも海王星の衛星だった可能性が高いだろう。
何故、冥王星が「惑星の基準」から外れたかといえば、冥王星の外側に大きな惑星エリスが新たに発見されたからである。だから冥王星は矮惑星として降格したのです。
話を戻します。火星に大打撃を与えた後に、ヤハウェは破壊した惑星フェイトンの瓦礫を無数の衛星として引き連れながら地球に接近した。この多量の瓦礫衛星を最初に月へと叩きつけた。月の裏側に集中して存在するクレーター群は、このときのものである。
当時、巨大彗星ヤハウェが通過する方向を向いていた現在の月の裏側が地球の盾の役割を担ってくれたようで、地球に大量の瓦礫が叩き付けられることを防いでくれた。それ以外の瓦礫は地球に落下し、今でもアチコチで隕石孔として残っている。
恐竜を絶滅させたのは多くの隕石による津波や気候変動だけでなく、ヤハウェの引力と潮汐作用で月の地球側の近くが破壊され大量の水が放出したことで起きた大地が水没するほどの大洪水でした。
エジプトのピラミッドとスフィンクスも「ノアの大洪水」を経験した遺物であり、大洪水以前に存在した文明の名残りであると思われるが、超古代においてピラミッドが定説のような墓ではなく神殿だとすれば、日本の神社の狛犬のように反対側にもう1つスフィンクスが存在したことになる。
スフィンクスが現在のピラミッドから斜めにあるのは、もう1つのスフィンクスとの間に参道があった可能性が高いのである。
その片方のスフィンクスは「ノアの大洪水」で失われてしまったのだろう。他のプラミッドにも2つのスフィンクスが存在した可能性が高い。
ヤハウェの接近と月が超接近したによる潮汐作用で地球はポールシフトを起こし、その影響力は地球内部の構造にも変化を起こし、マントルが相転移を起こし掻き回されたことで地球が膨張し始め、当時に1つであった巨大パンゲア大陸がプレートごとに移動を始めたことで大洪水の水が引いていった。
こうしたマントルの急変によって地球はプレートテクトニクスが働き始め、今の常識では考えられないほどの高速で移動し、現在のような地形に近い様相が形成された。
元々はアフリカ大陸の部位だったインドが移動していき古代ユーラシア大陸へと衝突した。その移動エネルギーが継続していってヒマラヤ山脈が形成された。ヒマラヤ山脈が、かつて海の底であり、アンモナイトなど海洋生物の化石が多く出土するというのも頷ける。
各地の山脈はプレート同士が衝突した場所とも言えるのだ。
日本も同様に、日本アルプスの中央にフォッサマグナがあるが、これも古代日本がフォッサマグナで離れていたことを示している。これはヤハウェが超接近したときの時代とは違い、その後に誕生した巨大彗星メノラー(金星)が起こした大規模な地殻変動の影響だと思われる。
こうして、ヤハウェは最終的に今の位置に落ち着いたようなのです。
近い将来、惑星ヤハウェが太陽の陰から顔を出して、多くのアマチュア天文家にも見えるようになれば、否応無くNASAは「新しい惑星を発見した」と言って公表するだろう。
一方で、紀元前1500年頃にモーセの紅海割れや預言者ヨシュアの時代に起きた天変地異は、惑星ヤハウェの接近が起こした現象ではないと思われる。
木星の大赤斑下にある火山「クロノス」から金星が誕生しヤハウェと同様な巨大彗星メノラーとしてヤハウェほどではなかったにしろ太陽系内を暴れたのである。
このときの「宇宙的災厄」により、地上には火の雨のような現象(大気プラズマ現象)が発生しただろう。地球上には無かった伝染病も発生した。巨大彗星には「プラズマの尾」が存在していた。
もし、それが地上に接触したら世界各地で大気プラズマ現象が発生しただろう。
預言者モーセのとき、空からマンナが降ってきたというが、それは強力なプラズマが発生したときに出来る白色をした「フラクタル物質」だったのではないか。
これは巨大彗星が地球に接近したときにもたらされたものである。
当時の3日間の暗闇は、巨大彗星メノラー(金星)の潮汐作用で地球の自転軸がポールシフトした可能性がある。
それに天空に「火の柱」が出現し、それがモーセたちを先導したというが、これも地球に最接近した巨大彗星メノラー(金星)の姿だったのではないか。モーセが進退窮まったとき、メノラーによる磁気嵐などの影響で大気プラズマが各地で発生し、地殻変動も相まって偶然にも紅海の水が引いていったのだろう。
そして驚くことに預言者ヨシュアの時代には「太陽が止まる」という現象が起きている。
これも実は再び地球に接近した巨大彗星メノラー(金星)が起こしたポールシフトであると考えられる。
こうして奇跡的に古代イスラエル人を助けた救世主(メシア)が明けの明星であり、その光はメノラーの炎として象徴されたのだと考えられる。こうして巨大彗星だった金星が短期間のうちに潮汐作用で地球に2回もポールシフトを起こさせたが、金星自体もポールシフトを起こしてしまった。
それが現在でも金星の地軸が177.3度もひっくり返っている。
つまり地球や他の惑星とは異なり逆に自転しているのだ。北半球では西から上った太陽が東へ沈む・・・という何処かの歌にあったような現象になっているのだろう。地球も何度もポールシフトを経て現在に至っている。
かつて南極大陸は温暖な気候だったということや、シベリアのマンモスが本来は温暖な気候に生息する象の仲間であるし、皮脂腺が無いので寒さに弱い動物なのにも関わらず腐ることなく瞬時に冷凍されたかのような姿で発見されていることからも、惑星の超接近による潮汐作用でポールシフトは直ぐにでも起きる可能性があるのです。
「ノアの大洪水」の直後には、巨大彗星ヤハウェと超接近した月の潮汐作用で地球のマントルが相移転を起こして徐々に膨張し大陸が移動を始め、プレート同士の衝突によって高い山脈が短期間で形成され、分裂した大陸の間に広大な海洋が出現した。
当然ながら、地球が膨張した影響で環境も大激変し、まるで別世界のようになってしまった。
実は地上に住む人間や動物たちにとって最も影響を受けるのは重力の変化であり気候の変化であった。
最近言われ始めた「斉一論を基本とした100万年単位のポールシフト」ではない。
月から噴出されて大洪水を引き起こした膨大な水の分だけ重力が大きくなり、恐竜など巨大な生物は自分の体重が支えきれずに生きることが出来なくなった。こうして大洪水を生き延びた恐竜たちも大激変後に起きたポールシフトと重力変化によって次第に消滅していった。
そして、古代人が天と呼んでいた温室効果を維持していた分厚い雲が無くなり、一気に地球は寒冷化したことで、温暖な気候でしか生きることが出来ない動植物の多くは淘汰されていった。定説では一般に氷河期と言われる現象だが、本当に氷河期は何度も起きているのだろうか?
氷河期を象徴する上で有名なのがマンモスであるが、大辞典や図鑑の説明でも、マンモスが絶滅したのは極寒の気候に耐えられなかったと説明されている。
実際にシベリアの永久凍土の中には多数のマンモスの死骸が発見されている。マンモスだけではない。
サーベルタイガー、サイやジャコウウシやドウクツグマ、ライオン、バイソンなど、現在では暑い地域に生息している哺乳類の近種がツンドラの大地に埋まっている。発見される動物たちは全て哺乳類であり全く化石にはなっていないどころか、ミイラ化したものや生肉が残っているものも存在する。
特に巨大なマンモスでは、殆ど腐敗していないで冷凍されたものが幾つも発見されており、その生肉を犬に与えたら喜んで食べたというから調理すれば人間も食べることが出来るくらいの鮮度を保っているケースもあるという。
2005年に開催された愛知万博でも冷凍マンモスが出展されて、観光客に好評を博していたが、地元のロシアでは、まだ永久凍土の中に多くのマンモスや他の動物があり、地元の猟師たちの非常食にもなっているという。
人間が食べれるくらいだから、野生動物の食料にもなっているようだ。
何故、マンモスは死後に腐敗することなく冷凍されてしまったのか。
1902年に発見された氷に覆われた冷凍マンモスの口の中や胃の中から食べかけの植物が発見された。
その植物はキンポウゲの花やアルプスケシの花、ヤナギ、カンバ、トショウ、針葉樹の芽が含まれていた。
キンポウゲの花が咲いていたことから季節は夏の気候である。
だが、キンポウゲなど温暖な気候に生えている植物を食べていたマンモスが、胃の中や口の中に食べた植物が残っていることから、食べてから数時間〜1日以内に冷凍されてしまった可能性が高い。
何故、このマンモスは氷に覆われてしまったのだろう。通常、死体は急速に腐敗し始める。
それが寒冷地であっても、いずれ春や夏が訪れるから長期間のうちには腐敗する。
実は口内は雑菌が多いので、死の直後から発酵による腐敗が始まる。
そして内臓や筋肉から先に腐敗が進む。
キンポウゲなどの花は北極圏では生息していない。基本的に温帯性植物である。
いくら夏季でもシベリアに咲く植物ではない。よって、この地域の気候は温暖だったということになる。
実際、マンモスは温帯に生息する動物である。
寒い地方の棲む動物は皮脂腺があるが、マンモスは皮膚を油脂で守るための皮脂腺が無いのである。
アフリカゾウやインドゾウなどと同様に熱帯や温帯でしか生きていけない動物なのだ。
いったい何故、温帯〜熱帯に棲むマンモスや他の動物たちが腐敗しないで急速に冷凍されてしまったのだろうか。
解剖の結果、この冷凍マンモスはオスで死因は窒息死であるという。だが水に溺れたわけでもないことは口内や胃の中に食べたものが残っていたことからも明らかだ。考えられることは、このマンモスは瞬時に窒息した直後から冷凍されてしまったのだろう。
一気に零下数十度の気温の中に放り込まれ、極寒の冷気に晒されれば空気中の水分が凍りついて動物は窒息死する。人間でも冬季にスキーやスノーボードに出かけて、目の前の視界が見えない程の猛吹雪やブリザードに遭遇したとき、手で覆わないと呼吸が出来ないようになってしまう。
それよりも極度に激しい極寒の地に突如として移動してしまったのだろう。緩やかに冷凍した場合では、細胞内の水が膨張して細胞膜が破壊されてしまうのだが、瞬間冷凍なら細胞膜の破壊をアル程度まで防止し鮮度を保つことが可能になる。
シベリアが常夏の時期に突如として襲来した北極や南極並みの極寒の気候とは何だろうか。それには寒冷化と氷河期について検討する必要がある。もしかしたら凄い寒冷化はイキナリ到来するのかもしれない。
例え太陽活動が大きく変化しなくても、地上に太陽光が届かなければ気温は寒くなる。これは現代でも同様だ。
もし世界中で多くの火山が噴火した場合でも噴煙によって光が吸収されてしまう。
1990年に起きたピナツボ火山によって、日本の米が不作となり急遽の対策としてタイから米を輸入したことは記憶に新しい。
先述したように、恐竜が絶滅した際には地球上では多くの火山が噴火したことは明らかになっている。
だが、斉一論では氷河期は数万年単位で周期的に到来するということを前提にして、ゆるやかな変化を生み出す原因を探っている。
そして斉一論が注目したのが地球の歳差運動である。太陽の公転誤差を寒冷化の原因と考えたようである。
詳細は「宇宙問題」の書庫にある「歳差運動」をご覧下さいませ。
こうした斉一論を後押しするような歳差運動によって氷河期モデルである「ミランコビッチ・サイクル」を作り上げた。
このサイクルが斉一論の氷河期のサイクルと合致することから、現在でも揺ぎ無い学会の定説として君臨している。
しかし、斉一論を基盤とした氷河期モデルでは、氷漬けマンモスやシベリアや南極が、かつては温暖な気候だったということは解明できないし、現在では降雪量が少ない北極圏や南極圏に大量の氷河が存在することさえわかっていないのが実情である。
南極の内陸部の平均気温は氷点下50度前後で、1987年のソ連のボストーク基地で観測されたマイナス89.2度というデータもあるほど極寒の地である。
このような極寒の地に突然マンモスが放り込まれれば瞬時に冷凍されてしまうことだろう。
南極も北極も膨大な氷を蓄えながらも、意外と降雪量は少ない。年間の降雪量は300ミリ程度であり、これは降水量に相当すれば約120ミリ程度となってしまう。1ヶ月にセンチ程度である。日本の平均降水量は年にもよるが1500〜2000ミリであるから、その少なさは明らかである。
だから、このような少ない降水量で、膨大な氷河が形成されるには斉一論では100万年以上かかるだろうということになってしまう。
地球激変論では約4500年ほど前に巨大彗星ヤハウェの超接近によって、月の地殻が破壊され内部から膨大な水が地上に降り注いだことで「ノアの大洪水」が起きたことで、地上が一時的に水没したから氷が形成されるはずは有り得ない。
現在のような氷床が形成されたのは、明らかに「ノアの大洪水」の後であり、大洪水と同時にポールシフトが起きるとともに、地殻下のマントルが相移転を起こし次第に大陸が移動していった。
つまりは、現在の氷床は最大に見積もっても約4500〜4000年前で、少なく見積もれば約3000年程前に出来た可能性が高いのだ。実は南極大陸が発見されたのは19世紀に入ってからだった。1820年にイギリス人のアザラシ狩猟船が南極半島の陸地を発見したことに始まる。
アメリカやロシアも同時期に発見したようだが、このように19世紀に入ってから誰も南極に大陸が存在するとは思っていなかった。だが、実はヨーロッパが大航海時代を迎えていた時代には南極に大陸が存在することを知っていた者たちもいたようだ。
オーパーツの1つと言われているオスマントルコ帝国の提督だった人物が作ったという「ピリ・レイスの地図」だが、それには南米大陸とアフリカ大陸の他にも南極大陸が描かれている。驚くことに地図の描かれている南極大陸の海岸線は氷河の無い陸地の海岸線と同じなのだ。
ピリ・レイスはアレキサンダー大王の時代に描かれた複数の地図を参考にしたというが、そのアレキサンダー大王の時代は紀元前4世紀である。
当時の人たちは、南極の存在だけでなくに氷河が無かった時代を知っていたことになる。
そうすると紀元前の時代には南極は温暖な気候だった可能性が高いのである。
これはシベリアが温暖な気候だったことと一致するのである。
ということは、南極圏や北極圏の氷河は短期間で形成されたかもしれないのです。
マンモスが一気に冷凍されるほどの天変地異が地球に襲ってきて、シベリアや現在の南極は突然に極寒の世界に変貌したのであろう。
この現象は地軸移動の他にもポールシフトが起きた可能性があるのです。
世界が反転したことを証明するような記述が存在する。
旧約聖書の中に、預言者モーセの後継者だったヨシュアの時代、紀元前1250年ごろに起きたと思われる事件がある。
「日よ、とどまれ、ギブオンの上に。月よ、とどまれ、アヤロンの谷に。日は、とどまり、月は動くのをやめた。民が敵を打ち破るまで。ヤシュルの書に、こう記されているように、日はまる1日、天中にとどまり、急いで傾こうとはしなかった」(ヨシュア記、第10章12〜13節)
この当時に太陽の運行が止まったことも驚愕だが、モーセの亡き後に次の預言者だったイザヤの時代には更にスゴイ事が起きていた。
「イザヤは答えた。ここに主によって与えられるしるしがあります。
それによって主は約束をなさったことを実現されることがわかります。陰が10度進むか10度戻るかです。ヒゼキヤは答えた。
影が10度伸びるのは容易なことです。
むしろ影を10度後戻りさせてください。
そこで預言者イザヤが主に祈ると、アハズの日時計に落ちた影を10度後戻りさせた」(列記、下、第20章9〜11節)
これが意味することは、太陽が東から昇って西へ移動するのではなく、西から昇って東へ移動したことになる。
ユダヤ人の他にも、古代ギリシャのヘロドトスも古代エジプト人から聞いていた話を残している。
「これまで本書の記述は、一般のエジプト人および祭司たちの語ったこと」に従ったものである。
だが、それによって明らかになったことは、初代の王から最後に王に就いたヘパイストスの祭司に至るまで341世代を数え、その間の祭司長は王世代と同じ数だけいたということである。
またこの期間中、太陽が4度その正常な位置より外れて昇ったという。
現在の太陽の沈んでいる方角から昇ったのが2度、現在昇っている方角へ沈んだのが2度あったというのである。
しかも、エジプト国内では、その際には何も異常は起こらず陸や河からの収穫物、病や死に関する事柄にも特に影響が無かったという」この古代エジプト人が伝える歴史によればかつて太陽が西から昇ったことが2度あったということから、今の現在も太陽が東から昇っているので、異常は合計で4度あったことになる。
それ以外にはエジプト周辺では特に変化が無かったということは、このときは180度近い反転があったと思われる。
だから気候的には変化が少なかったのだろう。
太陽運行の異常は地球の自転軸に異常が生じたことであり、アメリカネイティブインデアンの伝承にも同じようなことがあるという。
これらを裏付けるように、紀元前1500年ごろの古代エジプト第19王朝ハトシュプト女王の時代に建築技師だったセンムートの墓には、南半球の星座が描かれていたことからも、地球の地軸がひっくり返った時期が何度も存在するのである。
中国でも、こうした大異変のときに皇帝が命令を出して全方位を測定しなおして暦も逆にしたという記録が残っているという。
過去に起きたことは未来にも起きる可能性もあることから、ポールシフトの可能性を多くの人が知ればパニックや反政府活動に結びつくようなことは全て隠蔽され大衆の多くが気づかないようにしたい狙いがある。
だが、全く知らせないのではなくハリウッド映画の中に少し混ぜて知らせている。
こうした旧約聖書の記述や伝承が事実ならば、かつて地球の両極の位置に異常が起きたことになる。それも4回も起きた。
地球の地軸は公転面に対して23.4度傾斜しているおかげで四季が存在するし、両極では白夜や常夜になる。
だが、地軸の傾斜は一定ではなく常に振動している。
これを「章動」というそうだ。太陽系の惑星は全て地軸が傾斜している。
太陽に一番近い水星だけは0度の近いが、
木星は3.1度、
火星は25.19度、
土星は26.7度、
天王星は97.9度、
海王星は29.6度、
冥王星は121.9度、
金星は177.3度
である。天王星は横倒しの状態で1年の半分が昼で半分が夜という状態だ。
金星は殆ど反転していることから、かつて地球とニアミスした可能性が高いのである。
巨大彗星だった惑星ヤハウェも横倒しに近い約78度の状態のようだか、同様に地球と何度かニアミスしたと思われるのだ。
自転の回転も地球とは逆回転している。
もしも近未来に未知の惑星が接近して、その潮汐作用でポールシフトが起きたらどうなるだろう。
ここで、もし地球の地軸が180度になったら南北も入れ替わり東西も変ることで自転方向も変るから北半球だった地域から南半球の星座が見ることが出来るようになる。
しかし、これでも太陽は西から昇らないのである。
太陽を西から昇らせるようにするには、地軸移動の他に極移動(ポールシフト)も同時に起こらねばならないのである。
地軸の傾斜が大きくなると公転面の地軸が傾くが、ポールシフトの場合は地軸の角度に関係なく極が移動する必要があるのです。
詳細は省くが、要するに、仮に今の北極が日本に来るとどうだろう。シベリアのマンモスのように、我々は極寒の気候にイキナリ放り込まれるのである。
例え地軸が傾斜しなくても極移動によるポールシフトが起きれば、太陽は西から昇るようになるのである。
実は地球の北極点と自転地軸点の場所が違っているのである。
かつて火星も今の赤道付近の「ある場所」に氷床痕があり、そこが極だったことがわかっている。
このことから火星で起きたことは地球でも起きる可能性もあり、旧約聖書やインディアンなどの伝承にも、ポールシフトが起きたことが書かれていることから、再び起きる可能性も考えられるのだ。
実際に、アフリカのサハラ砂漠の中央部分に過去の氷床痕が発見されており、かつてココが南極または北極だったことも十分考えられるのである。
斉一論を基盤とする現在のアカデミズムは極移動(ポールシフト)を認めていない。
アカデミズムが主張し定説とされている地球全体が氷河期になったという説は、概念そのものが根本的に間違っているということでもある。
つまり、ポールシフトが何度も起きて極が移動したことで、極になった地域において一時的に氷河が形成されたといっても良いだろう。
もしかすると、ポールシフトの回数は記述にあるような4度程度ではなく、もっと多かったのではないだろうか。
両極が逆転するような事は4度かもしれないがある程度の移動なら、何度も起きていた可能性もあるのだ。
映画「デイ・アフター・トゥモロー」は、ポールシフトが到来するかもしれないことを暗示しているかのように感じてしまう。
「ノアの大洪水」の直後から、マントル相移転によって地上の殆どの火山が噴火し、それに大陸プレートが移動し始めた。
噴火による噴煙が全世界を覆い、太陽光が遮断されて地上が寒冷化していく一方で、地球の大気の対流構造が大きく変化して寒冷前線が両極に押しやられ、温められた空気が両極上空の成層圏で冷却され地上に超爆弾低気圧のように一気に叩きつける。
こうして両極は直ぐに氷に閉ざされた世界となる。
南北が逆転するくらいのポールシフトは4回で、ノアの大洪水のときに起きたことを含めれば地球が反転するような大規模なポールシフトは5回あったと思われる。
温暖な気候を満喫していたマンモスやサーベルタイガーなどが、突然のポールシフトによってイキナリ北極に変化したことで、アッという間に冷凍されてしまったのだろう。その後に再びポールシフトが起きて現在の位置に収まったということになる。
ポールシフトが起きる原因は、やはり地球外の天体によるもの、つまり地球と同規模の大きさの惑星
「巨大彗星だったヤハウェとメノラー(金星)」
がニアミスし超接近したことによるものとしたほうが大半の辻褄が合うのである。
約4500年前の昔に、預言者であったノアや他の地域にいた超能力者などが「来るべき大災害」を察知し、大勢の人々に警告し続けた。だが、殆どの人たちは彼らに耳を貸さず超大陸パンゲアと共に大洪水に沈んで滅んだ。
このときの壮絶な物語が、イスラエル、ギリシャ、エジプト、インド、古代アメリカなどの生き残った住民たちによって伝説として語り継がれ、それが次第に「アトランティス大陸やムー大陸の伝説」となっていったのだ。
決してアトランティス大陸やムー大陸が存在したわけではなく、それらの伝説は古代に高度文明が存在していたことを表しているようなのだ。しかし、ノアの大洪水やポールシフトたけで大陸が高速で移動したことなどは、現代のアカデミズムは認めようとしない。
その理由は先述したように、自分たちが築いてきた地位が失われる恐れがあるからである。
それから、宇宙情報を隠蔽し続けるのは、太陽系には地球だけしか人間が存在しないと大衆に信じ込ませるためでもある。
月を含めて既に太陽系の殆どの惑星や衛星が宇宙人(アルザル人)たちの拠点とされており、世界支配層の意向によって未だに様々な情報が隠蔽され続け、未だに地球人だけが太陽系の相互ネットワークから孤立しているのである。太陽近傍にはエノク人が超巨大な要塞内都市を築いて太陽の周囲を公転している。
そして、今も世界中に存在している「闇の権力」を継ぐ者たちが、人類全体を不幸のどん底に叩き込むような人類の大幅な削減を画策しているということである。
そして彼らは自ら築いた利権である(エネルギー資源や金融資本主義社会)を守るために、無謀にも宇宙人(アルザル人)との戦うことを想定して、地球製UFOの建造やプラズマ兵器の高精度化を急いでいる。
核保有大国であるアメリカが推進し始めた核軍縮会議も、裏では既にアメリカが高精度ブラズマ兵器が完成しているから、もし使用されれば放射能が拡散して世界規模で影響を及ぼしかねない「使えない核兵器」をこれ以上製造すべきでないことを表しているのである。
だが、アメリカが開発したプラズマ兵器体系は技術的にアメリカが独り占めして他国への提供は行わないでいる。
アメリカに敵対する国を出さないためでもある。国際金融資本家たちや「その上に君臨する本当の支配者層」の最終目的は、宇宙文明が地球に入らないようにするためだ。
宇宙人(アルザル人やエノク人の末裔)が持つスーパーテクノロジーに地球社会が感化され、フリーエネルギーが完全に実用化されてしまう他に、現在の金融主体の貨幣経済が消滅することを恐れている。
彼ら「影の世界政府」の支配者たちの思考は、世界は弱肉強食という前提で占められている。
連綿と長い年月を受け継いできた歴史のあるネイティブインディアンであっても西洋文明の利器の前には為す術もなかった。
彼らインディアンたちは、住居を過酷な環境の居留区に移されて数を減らしていった。
どんなに牧歌的な民族であっても高度文明が入ってくれば文明色に染まっていく。
このことから、超高度な宇宙文明が地球に入ってくれば、地球上の社会システム全体が劇的に変化していくことになる。
だから彼らは何としても高度な宇宙文明が地球に入ってくるのを阻止したい。宇宙人(アルザル人やエノク人の末裔)たちも、崇高な理念に基づいて行動しているようで、決して地球人を攻撃してこない。例え時間がかかっても平和的な融合を望んでいるようだ。
それをいいことにアメリカ政府とアメリカ軍は、彼らに対抗すべく宇宙戦争を前提としたプラズマ兵器体系による軍事力の増強に励んでいる。
だが、実際には彼らの足元にも及ばないのが現実である。
国際金融資本家などの諸問題は、突き詰めれば裏では超高度の宇宙文明が地球に入らないように地球防衛の為に先ずは世界を統一して彼らとの戦う為に世界全体が団結させて支配体制を磐石なものとしておきたい狙いもあるように思う。

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2019年07月10日

beautyhappinesshide: 惑星ヤハウェ,惑星フェイトン

beautyhappinesshide: 惑星ヤハウェ,惑星フェイトン
古代の太陽系大激変と旧約聖書
2010/12/4(土) 午後 6:28
太陽系と地球の真実
その他自然科学
日本を始めとした様々な国からの搾取や軍産複合体を富ます戦争は、最新兵器の実験場として役割と資金集めとして行われている側面もあるようである。
だが、多くの人たちが宇宙意識に目覚めることで、彼らが目論む計画は最終的には失敗に終わるだろう。
その理由の1つにヨーロッパが再び中世期に突入するということもある。
それに、古代に枝分かれした彼らが地球に帰還するということ以上に、地球は空から訪れる大きな災厄の脅威にさらされている。地球上の生命に極めて深刻な危険をもたらす「宇宙における周期的な大事件」である。
これは戦争やテロのことではない。あくまで宇宙的自然災害である。これは未知の天体によって太陽系の調和が乱されることで引き起こされるものだ。
この惨事は地球人にも責任がある。地球だけにしか高度文明が存在しないということが常識化し、宇宙的な厄災など決して起きるわけが無いように振舞って来た。
宇宙的な厄災は過去に何度もあったのにも関わらず、それは単なる作り話だと思ってきた。そのツケが回ってくるかのようだ。こうして「宇宙的な災厄」が再び巡ってくるのである。
「ノアの大洪水」を地球上の起こした巨大彗星ヤハウェは、水星にも接近したことで水星が収縮させた。その上、ヤハウェに破壊された惑星フェイトンの残骸を水星にも叩きつけたので、水星も月と同様なクレーターが多数ある。
一般的に、天体に落下しなかった小惑星や隕石が惑星の重力圏に捕まったときに、その惑星にリングが出来ることがある。
数が少ないと火星の衛星のような存在となるが、形が小さいもので数が多いとリングになる。
これらは全て巨大彗星だったヤハウェが引力で引き連れていたフェイトンの残骸で、これらを木星や土星、それに天王星や海王星にあるリングの一部は小惑星の残骸によって形成された可能性が高い。
その他にも特に土星のリングはその大きさから、土星の衛星が破壊された残骸も混じっているのではないかと思われる。その中で天王星は巨大彗星ヤハウェとニアミスしているようで、地軸が97.9度という横倒し以上の角度で自転するようになっている。
土星の衛星イアペタスは赤道をなぞるように高さが19キロもある突起構造があり、他の天体と接触したときに出来たと思われる表面に削られた跡がある。
これはデススターに似た形状で、もしかするとスターウォーズの製作者は、公表されていなかった宇宙情報を予め知る立場にあったのだろうか。それに人工構造物も存在しているという。
天王星の衛星であるミランダも表面のアチコチに引っかき傷のようなものが存在していることから、巨大彗星ヤハウェとの接触で出来た可能性もある。そして海王星にも多数の衛星があるがその中のトリトンも海王星の他の衛星とは異なり公転方向が逆になっているばかりか公転角度が大きく傾斜している。
その表面の様子は北半球と南半球とでは全く異なっているのだ。
北半球は起伏が無いのに何故か南半球は地表が変化するほどの引っかき傷がありデコボコして荒れている。
特に最下部近くはデコボコが酷い。
これも巨大彗星ヤハウェとの接触によって出来たものだと思われ、そのままビリヤードのように弾き飛ばされ現在のような異様な公転方向と公転角度になってしまったのだろう。
そして、このときに海王星の衛星が弾き飛ばされたのが冥王星と、その同一軌道上を冥王星を追いかける形で太陽を公転しているヘメラである。それに冥王星の衛星であるカロンを含めて3つとも海王星の他の衛星と似ていることから、おそらく海王星の衛星だった可能性が高いだろう。
冥王星にはカロンの他にもニクスとヒドラという衛星があるが、これは火星の衛星であるフォボスとダイモスのようにフェイトンの残骸のような歪な形をしている。
実は冥王星の大きさは直径が約2300キロで月よりも小さいことがわかったことと、冥王星の外側を公転する惑星エリスが発見され、そのエリスは冥王星よりも大きかったために冥王星は矮惑星に降格した。冥王星の軌道は異質で楕円軌道である。
太陽系の惑星は正確には真円軌道ではなく楕円軌道なのであるが、その誤差が極めて少なく地球の離心率は0.02であるが、冥王星は0.25であり楕円軌道を描いている。その影響で海王星の軌道と一部で交差しており、1999年までは海王星の方が冥王星よりも外側を公転していた。
他の惑星は地軸の傾きは様々だが公転面は横道面とほぼ同じである。
しかし冥王星の軌道は約17度も傾いており、海王星の公転面と比較しても約15.4度傾斜している。
このことは全く斉一論では説明がつかない。
これは明らかに太陽系の調和が乱されて宇宙規模の大激変があったと思われるのである。
現在、海王星にもリングが存在することがわかっている。
これも他の大きな惑星と同様に巨大惑星ヤハウェが引き連れていた破壊された惑星フェイトンの残骸が海王星の引力に捕まったからだと思われるが、その他にも衛星が破壊された可能性も高い。
どうやら、現在では小惑星帯になっている破壊された惑星フェイトンの他にも木星・土星・天王星・海王星の衛星も幾つか破壊されているようだ。それに小惑星帯の中に1つの球体をした惑星が発見された。
他の小惑星帯にあるような小さく歪な形とは明らかに異なることから、破壊された惑星フェイトンの衛星だった可能性が指摘されている。その他にも太陽を公転している小惑星は12個存在していることがわかっている。
そうなると大小あわせて合計する20以上の惑星が公転していることになる。
だから月よりも小さな惑星である冥王星が降格したのだ。それにマダ正式には公表されていない「惑星X」と呼ばれる惑星の存在も
明らかになっている。
これは惑星ヤハウェと同様に大衆に知られては困る惑星である。
ナント他の惑星と比較しても異常とも思えるような垂直に公転しているのである。
横道面から87.2度の角度で、冥王星よりも比べ物にならないので、斉一論による「ガス円盤が回転して太陽系が形成された」という説明では全く解明できない現実であり、太陽系に大激変が起ったことを物語っている。
この惑星の公転周期は冥王星の248年よりも遥かに長いことは確かなようだが、弾き飛ばされた影響なのか、冥王星の外側から土星の内側を通る公転軌道なのである。太陽系の中でも異質な存在である、この「惑星ノクス」は今のところはハッキリと公転周期がつかめていない。
それもエハン・デラヴィ氏が主張しているような約3600年周期で公転している太陽の伴星ではなく、キチンとした惑星であり大気も存在しており、主成分は窒素で少量だが酸素も存在しているようで地球に似ている惑星ということだったのだ。
だが、太陽から遠いためか全域が氷で覆われている。
しかし、その氷はメタンではなく普通の水が凍ったものだという。
衛星の数は7個で全てが火星の衛星と似た小惑星のような歪な形をしている。
一方で、ある天体が必要以上に接近したとき、その天体が地球の大きさに近いほど重力による「潮汐作用」を大きく受けることになり、地球に世界規模の地殻変動をもたらし地球上は大変な状態に陥る。
ノアの時代に、エノクのいた町が人々を乗せたまま空中高く浮遊して何処かへ消え去ったという伝承があるが、これを牧師だったスウィフトに「ラピュタ」物語の構想を思いつかせたのである。
そして「聖書外典」にはエノク自身が空中を浮遊したという記述もあり、これもプラズマ領域が関与したことが十分に考えられる。地上から消えたエノクの町は太陽に向かったとする伝承が残されている。
その直後に「ノアの大洪水」が起きていることから、この現象も天体の超接近によって重力が変化してプラズマ領域が至る所で引き起こされたことだろう。
当時、世界各地で様々な温度の自然プラズマが発生していたことは、インド北部とパキスタン南部のモヘンジョダロ一帯に散在しているガラス状地形は、摂氏数千度の超高熱プラズマで大地が焼かれたことを意味していと思う。
イギリスの考古学者であるジョン・マーシャルは、古代に大規模な自然災害が発生したと考えた。
だが、それをに異を唱える古代史研究家のデーヴッド・ダヴェンポートとE・ヴェンセンティは、その大災害こそが古代文明同士で核兵器による戦争が起きた跡であると発表して世界中で驚きと共に支持された。
確かに既存の核兵器の爆発による高熱現象はプラズマによるものであるが、古代においての核戦争は突飛過ぎるのである。核兵器を製造するような文明は長い歴史的積み重ねによって出来るものなのである。
それを造る設備や工場や人材と様々な化学的環境が無ければならないので、イキナリ核兵器を造れるような文明が発生したとは思えない。世界中探しても原子炉施設があった形跡すら存在していないのである。
だから、古代に核戦争が起きたことことは極めて無理がある。
要するに、これだけの超高熱を生むようなことは科学的兵器でなければ出来ないという前提の下で考え出されたものであり、超高熱を生むことは自然現象では起きるはずがないというのも現代科学が抱える傲慢さである。
こうした現象が自然に発生するということを大衆に知られたくないという思惑も一部には存在したのだろう。実はモヘンジョダロが位置する緯度と近い場所に多くの天変地異が集中して起きていたのである。
それは北緯28度近辺であり、世界各地で天変地異が頻発していたころに、インド北部で大発展していたモヘンジョダロが一夜にして廃墟となった。果たして、古代の地球に超高熱を発するような自然災害が起きていたのだろうか。
紀元前1290年、古代イスラエル人はモーセに率いられてエジプトを脱出。
このことは歴史的事実であり作り話や物語ではない。
旧約聖書の記述が非現実的に思えるために、現代のアカデミズムは幾つかの奇跡的な現象を神話や作り話として扱って無視している。しかし、これまで述べたように聖書の記述を宇宙規模で俯瞰した場合、そこには現実の出来事だったことを見つけることが可能となる。
「モーセの奇跡」とされている部分は旧約聖書の「出エジプト記」に書かれており、その1つにナイル川が血の色のように真っ赤に染まって魚が殆ど死滅したことが記されている。
「彼は杖を振り上げてファラオとその家臣の前でナイル川の水を打った、川の水はことごとく血に変り川の魚は死に悪臭を放ち、エジプト人はナイル川の水を飲めなくなった。こうしてエジプトの国中が血に浸かった」(出エジプト記、第7章20〜21節)
殆どのユダヤ教徒や一部のキリスト教徒は、この部分をナイル川だけに起きた現象と思っているようだが、エジプトと隣接しているシナイ半島に「紅海」があるが、この「紅」の意味は、過去に海までも赤く染まったことから由来している。
バビロンでも天から降ってきた赤い塵と血の雨が記録されており、これがエジプトだけで起きたことではないことを物語っている。
エジプト人であるイプワーは「川は血なり」とパピルスに書き残し、更には
「水を求む。それこそが我々の最大の望み。これが無ければ一体何を求めようか。後はすべて破滅だけである」
とも記している。
これは聖書以外で起こされているものである。そしてアメリカ大陸の古代マヤ文明の「キチェ文書」にも
「大地が揺れ動き太陽は静止し、川の水は血に染まった」
とあるという。
北欧のフィンランド伝承である「カレワラ」にも
「天空で動乱があり、世界中が真っ赤に染まった」
と残されている。
アジアのアルタイの地に住んでいたタタール人の伝承にも
「血で世界を赤く変えた」
とある。
古代ギリシャの「オルフェウスの賛歌」にも
「壮麗なオリンポスが振動し、海洋が赤紫色の波頭を上げた」
と記されており、バビロニアの神話にも
「天魔ティアマトが傷を負ったとき、地が流れて大地を赤く染めた」
とある。
ティアマトは、ユダヤ系ロシア人の精神分析医だったヴェリコフスキーはフェイトンという名で表現している。
このことから、惑星フェイトンが破壊された影響で地球上に赤い錆びが降ってきたという意味にも取れるのだ。
つまり、モーセの時代に地球上に想像を絶する天変地異が頻発していたのである。
現在のエジプト一帯には鉄分を多く含んだ地層が残されているが、これは酸化鉄(錆び)が降ってきた可能性を示しており、鉄分は惑星の内核の他、小惑星や隕石の重要な成分でもある。
特に酸化第二鉄は処理方法によっては錆びると真っ赤に変色するのだ。
その上、聖書ではエジプト全体やパレスチナを襲った疫病についても記述している。
「見よ、主の手が甚だ恐ろしい疫病を野にいるあなたの家畜、馬、ロバ、ラクダ、牛、羊に臨ませる」
(旧約、出エジプト記第9章3節)
最近の研究によれば、インフルエンザを含む疫病の蔓延が、彗星の到来する時期と不気味に一致していることがわかってきた。1977年にこのことに気づいたイギリスの天文学者たちは、「ウィルス宇宙起源説」を発表。
1918年に第1次世界大戦の最中に世界中を襲ったインフルエンザが発生した。
それは後に「スペイン風邪」と呼ばれ、最初はアメリカ兵の間で急速に蔓延し、6月にはイギリスに飛び火してイギリス国内に感染が拡大。
そして一気に世界中で広がったことで、その間は僅か2年の間で約2500万人もの死者を出し、日本では約38万人が死亡したのである。
太陽からの放射線を直接受ける宇宙空間の方が、ウェイルスの突然変異が起き易いようで、最近のアメリカでの成層圏より上の高度検査でも、我々の予想以上に多くの未知なる細菌やウィルスが浮遊していることがわかった。
体が溶解していく難病である、劇症溶連菌感染症の患者が初めて発見されたのが、ハレー彗星が地球に最接近した1986年2月9日に近日点を通過したが、その後に最初の患者が発見されたのである。
こうした絶妙なタイミングで新たな難病や奇病が発生していることは、宇宙から降ってきた何か未知の病原体が引き起こしている可能性も考えられるのです。
そして、古代のイスラエル人だけでなく、現代のユダヤ教徒が最高の奇跡として認めている「モーセの紅海割れの奇跡」は、出エジプト記の最高潮の話だが、海が底を現すほど2つに割れるというシーンは圧巻だ。
海には引き潮と満ち潮があるから、これは引き潮が起きたのではないか?という意見も多いようだ。確かに太陽と月と地球が直線で結ぶように真っ直ぐになる新月と満月の大潮の時は干満の差が最大となり海流の方向が変る現象も起きる。
ノバスコシアのファンディ湾は13mの差が発生するし、モン・サン・ミシェルは、海の中に建築された修道院だが、1日に2回も潮が大きく引けて全長が18キロの海の底が出現する。だから、モーセの紅海割れは引き潮だ!という説もある。
しかし、その後の紅海では「紅海割れ」と同様の現象が1度も起きていないことから、当時は未曾有の潮汐作用が働いたと思われる。
地球と同程度の天体が接近したとき、凄まじい潮汐作用は生じて強風を伴う大嵐で海面が高く盛り上がって、一方の海岸線の水が大きく引けることもあるという。そこを偶然にモーセ一行が通りかかったというが、これは旧約聖書の記述とは異なってしまう。
「イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行き、水は彼らの右と左に壁のようになった」(旧約、出エジプト記第14章22節)
このことから、天体の接近による潮汐作用の他にも凄まじい磁場が発生し自然プラズマ現象が頻発して起きたのではないか。
以前、テレビ番組で見たことがあるが、九州大学の工学部生体情報システムの実験で、幅10センチ長さ1m深さ5cmの細長い水槽に水を入れて、そこに強い磁場を発生させたところ、水が左右に分かれて底部が露出したのである。
まさにモーセの紅海割れと同様な現象が発生した。水が磁場の強い方から弱い方に向かって動く反磁性を持っていることは事実であり、物理学で既にわかっている。
そして医療用MRIの数倍の強い磁場を放射すると、その磁場を中心として水が両側へ押しやられることで水が垣根のようにそそり立ち底が露出する現象が起きる。その強い磁場を地上の大気中に発生させた原因が地球と同程度の天体なのである。
それは現在では地球の近くに存在し太陽を公転している星である。当時は誕生間もない時期で巨大彗星としてプラズマの尾を引きながら地球に接近した天体とは巨大彗星メノラーだった金星である。プラズマの尾が地球に接触したことで凄まじい磁場を発生させた。
この天体規模の磁力線の交差現象は、太陽表面で起きるプラズマ現象と似た特殊なプラズマを発生させたのだろう。太陽表面で起きている磁力線の特殊な交差現象は既に各国の太陽観測衛星で確認されている。
これは通常のプラズマ火球を発生させる交差とは少し異なっているもので、当時の地球上では想像を絶するような凄まじい雷鳴が鳴り響き、巨大な雹が降り地上全体を暗闇で覆ってしまったことだろう。
「主はエジプトの地に雹を降らせられた。雹が降りその間を絶え間無く稲妻が走った。それは甚だ激しく、このような雹が全土に降ったことは、エジプトの国が始まって以来かつてなかったほどであった」(旧約、出エジプト記第9章23節~24節)
このときエジプト全土を覆った凄まじい闇の記述は、暗黒化したプラズマ現象と非常に酷似している。
「モーセが手を天に向かって差し伸べると、3日間エジプト全土に暗闇が臨んだ。人々は3日間、互いに見ることも自分のいる場所からも立ち上がることもできなかった」(旧約、出エジプト記第10章22節〜23節)
地球に最接近した巨大彗星メノラー(金星)によって、地球の磁場が捻じ曲げられ、地上では信じられない磁気嵐が生じて自然プラズマ現象が起きていた可能性もある。それが紅海割れを起こしたのだろう。その強い磁気嵐によって自然プラズマが凄まじい雷となって地上を這い回ったと思われる。
プラズマによる巨大彗星メノラーと地球との間で発生した莫大な静電気で、モーセの後を追ってきたエジプト軍の戦車の金属部品を使用した車輪が重くなり速度が遅くなったことも頷ける。
これが聖書で言う「火の柱がヘブライ人を守った」ということに繋がるのだ。
こうして、そのとき地球上では超高熱プラズマが大気中を飛び交っていたと思われるのです。
「主は彼らに先立って進み、昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされたので、彼らは昼も夜も行進することができた」(旧約、出エジプト記第13章21節)
こうして古代エジプトで凄まじい天変地異が起きていた頃、同緯度に存在したインド北部では、モヘンジョダロ周辺に超高熱のプラズマが乱舞し荒れ狂い、地面も含めてレンガや陶磁器など様々な物をガラス状に溶解した。
同緯度で起きた事が天体の超接近によって引き起こされたものであるといえる。実は、このことを木星から噴出した巨大彗星メノラー(金星)と気がついたのが、ユダヤ系ロシア人の精神分析医だったヴェリコフスキーだった。
彼は誕生して間もない灼熱状態で彗星のように長い尾を引いていたと考えて、それがモーセの奇跡を引き起こしたと主張したのである。その根拠として、古代の文献や物語の中に金星に関する記述が紀元前2000年以上前には全く存在しないことに気づいた。
それ以後からは古代バビロニアの粘土板に金星と思われる惑星の記述が登場し、
「大きな星たちに加わった大きな星」
と記されていることから、金星が新しく出現した星と解ったという。古代ローマのアポロニウスの記述にも
「全ての天体が全部そろっていない時代があった」
とある。
古代バビロニアのシュメール人も金星の神イシュタールを"髪のあるもの"と記し、その後の新バビロニアの記録にも「髭のあるもの」とあることで、当時の金星が彗星のように尾を引いていたことだとしている。
金星の誕生について、ヴェリコフスキーはギリシャ神話の中に、「美の女神ヴィーナス(金星)はゼウス(木星)の頭から出てきた」記されていたことに注目し、木星の爆発現象で飛び出した灼熱の金星は、今の公転軌道に収まるまで太陽系内を暴れ回っていたと主張したのである。
以前も書いたが、モーセの奇跡にある天から降ってきた食べ物である「マナ」も空気中の炭化水素が細菌の作用と絶え間ない大気プラズマ放電現象によって食べられる物質へと変ったと思われ、強力なプラズマの発生時に降るフラクタル物質の一種なのだろう。
「朝には宿営の周りに露が降りた。この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄く壊れ易いものが大地の霜のように薄く残っていた。・・・イスラエルの家では、それをマナと名付けた。それはコエンドロの種に似て白く、蜜の入ったウェファースのような味がした」旧約、出エジプト記第16章13〜31節)
「モーセの奇跡」は木星の超巨大火山「クロノス」から噴出した巨大彗星メノラー(金星)が引き起こした現象であれば、それは世界規模で起きていたはずであるから、シナイ半島を移動中にイスラエル人たちの前に降ったマナと同じものが世界には存在する。
それは「ギリシャ神話」に残る天から降った食べ物である「アンブロシア」であり、インド神話にもある甘い食べ物「マドウ」でもあり、中国での呼び名は「甘露」という名である。
甘露の意味を国語辞典で調べると「天から与えられた不老不死の霊薬」や「中国古来の伝説にある天子が仁政を行う前に降るという食べ物」と書いてある。これで、古代中国にもマナが降ったことは間違いないと思われる。
そして、モーセがエジプトを脱出した紀元前13世紀頃は、地球の南北が入れ替わった時期でもあった。イプワーの書いたパピルスにも「夏の代わりに冬がやってきて、月日は逆に進み時間は混乱した」とある。
同じ頃の中国でも東西南北の『測量をやり直して、暦を新しく作る作業を皇帝が命令している。古代ギリシャの史劇「エレクトラ」にも「モーセウスは太陽の位置を変え、西からではなく東から上がるようにした」とある。
ヴェリコフスキーは紀元前1400年頃にも再びメノラー(金星)が地球に大接近し、地球を大きく傾斜させたと主張した。これは以前も書いたように聖書のヨシュア記の中に「太陽が1日中、天空で停止した・・・」と記されている。
これは地球が静止したのではない。もし地球の自転が静止すれば赤道付近では時速1674キロもの猛スピードで地上にある物は全て東へ向けて飛んでいってしまうだろう。これは自転が停止するのではなく地球が回転するポールシフト(極移動)が起きたことを示している。
モーセの跡を継いだヨシュアの時代、約束の地である「シオン」を手に入れるべく、アモリ軍との戦闘の時にも大異変は起きた。このとき集結していた敵軍の数が多く、ヘブライ人の運命は風前の灯に近かった。
そこでヨシュアは絶対神ヤハウェに祈ると、ナント太陽が空中で静止したことで敵軍の頭上へ凄まじい大量の岩を降らせたという。
「彼らがイスラエルの前から敗走し、ベト・ホロンの下り坂に差し掛かったとき主は天から大石を降らせた。それはアゼカまで続いたので、雹に打たれて死んだ者はイスラエルの人を剣で殺した人よりも多かった」(旧約、ヨシュア記第10章11節)
天空から巨大な岩石が降ってくるという描写は、今で言えば隕石の大群の「流星雨」だろう。そして巨大な雹まで降ってきたというから、これは大気圏は天体が引き起こす潮汐作用と大規模な気象変動のために、凄まじい状態に陥っていたと考えられるのだ。
このときの起きた極移動によって、モーセの時代に南北が入れ替わった地球が再び回転して元に戻って現代に至っていると思われる。その後、巨大彗星メノラー(金星)は火星とニアミスを起こして火星と衝突寸前にまで接近した。
これはギリシャ神話に登場したアレス(マース・火星)と金星となったアテナは、ホメロスの叙事詩「イリアス」に敵対する関係として登場している。トロイの王プリアムは自国を包囲したギリシャに対して戦いを挑むが、そのときに関わる神の名をギリシャ軍が「アテナ」、トロイが「アレス」としている。
これは実際に起きた戦争を火星と金星が宇宙空間で争ったことを実際の戦争に当てはめたものだと気づいた古代ギリシャの学者ヘラクレイトスは、叙事詩イリアス中に描かれた神々の戦いは、天体同士のニアミス或いは衝突を意味するものと考えた。
同じような表現は古代アメリカのネイティブの伝承にもあり、インカ帝国の守護神「ケツァルコアトル」は金星を意味し、敵対していたアステカ人を「フィチロポチトリ」として火星を示しているという。フィチロポチトリは戦いと殺戮の神とされている。
メキシコに古くから伝わっている宗教儀式の中に、ケツァコアトルの役をする祭司が、フィチロポチトリに矢を射かける場面があるのだが、これは灼熱の巨大彗星メノラー(金星)が火星に向けて惑星間でプラズマ放電したことを意味しているのだと考えられる。
そしてアレキサンダー大王が築いたエジプトのアレキサンドリア図書館にも、紀元前3世紀の図書館長だったエラトステネスが書き残したといわれる文書に「金星は火星を捕らえ、激しい情熱で火をつけた」と記されているというのである。
アッシリアやバビロニアにある碑文を見ると、古代において火星が紀元前9〜8世紀頃になると突如「軍神マルス」として人々に恐怖をい与える天体に変貌したのである。火星は金星から矢を受けると真っ赤な血の色に変化した・・・という伝承もある。
こうしたことは、それまでの軌道から弾き出されて不安定な軌道を描き始めたことによるものだろう。このときに弾き出された影響が現代も続いているかのように、今でも少しづつではあるが火星は地球への接近が継続している。
金星の分厚い大気の下にある地表は赤い色をしている酸化鉄であることは金星探査で判明しているようだが、何故に火星が急に「軍神マルス」として畏敬と恐怖の対象に変化したのかということは、金星から放出された酸化鉄によって火星の表面の一部が赤い色の変ったからだと考えられるのだ。
実際に火星の表面の全部が赤い色をしているのではなく、約半分が赤い色をしているだけで、残りのエリアは黒褐色の大地である。このことから、金星と接触した側に赤い色が付いたのだろう。
これがモーセの時代に地球にも降ってきた赤いサビではないか。金星と火星が衝突寸前のニアミスをした後、火星が急に恐怖の対象となった理由は、巨大彗星メノラーとして金星が太陽系内を暴れまわった代わりに今度は金星に弾き飛ばされた火星が太陽系内を暴れまわったからである。
そして地球に最接近して大災害を与えたから、人々は火星を恐怖の対象とした。そのことは、紀元前702年にアッシリア王だったセンナケリブは、イスラエル南朝ユダ王国のヒゼキヤ王の治世にエルサレムを包囲し、献上された莫大な財宝を戦利品として持ち帰った。
だが、ヒゼキヤが自国の防衛のためにエジプトやエチオピアと同盟を結んだために怒ったセンナケリブは大軍勢を率いて再び南下してきた。
紀元前688年にはアッシリアの遠征軍の数は約20万人という大軍勢に膨れ上がっており、しかし突如としてアッシリア軍勢の殆ど(約18万5千)の人数が何者かによって瞬時に壊滅状態にまで陥ってしまったのである。
「その夜、主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で18万5千人を撃った。朝早く起きてみると彼らは皆死体となっていた」(旧約、列王記、下、第19章35節)
これは火星の大接近によって発生した灼熱のプラズマがアッシリア軍勢の陣営がある場所に出現し、大勢の命を奪ったことを意味している。「主の御使い」とは光輝くプラズマ火球のことだろう。
そして他の記述には「主の御使いの舌で多くの敵軍が撃たれた」とあるから、大きな光輝くプラズマ火球からアチコチに稲妻のような放電現象が生じたものと考えられる。
「イザヤは答えた。ここに主によって与えられるしるしがあります。それによって主は約束をなさったことを実現されることがわかります。影が10度進むか10度戻るかです。ヒゼキヤは答えた。影が10度伸びるのは容易なことです。むしろ影を10度後戻りさせてください。そこで預言者イザヤが主に祈ると、アハズの日時計に落ちた影を10度後戻りさせた」(列王記、下、第20章9〜11節)
これが意味することは、太陽が東から昇って西へ移動するのではなく、西から昇って東へ移動したことになる。このとき地球は逆回転していたのである。この異変の主犯は金星であるが、地球に直接的に天変地異をもたらしたのは火星なのです。
何故なら、この当時の記録の多くが火星が凶暴星として扱われているのである。この頃は金星は既に落ち着き始めており、火星は地球よりも小さいために地球に与える潮汐作用も金星ほど大きくなく僅かに地球が傾いた程度の地軸傾斜が起きただけで済んだ。
しかし、地上では凄まじい極移動現象が起きていた。それまで北半球の温暖地域だったシベリア地域が突然に極寒の極地に移動し、マイナス50度前後の地域へと変貌したのである。キンポウゲなど温帯性植物を食べていたマンモスの群れが瞬時に窒息死してしまった。
肺胞へ急激に冷気が入ると肺の中の水分が凍ってしまうのである。南半球では、それまでオーストラリア南部にあった南極の氷河が瞬時に温暖な気候地域に移動したことで、温暖だった現在の南極大陸が極寒の南極地となってしまったのである。
紀元前2世紀頃の中国の歴史家ファイ・ナン・ツェが記した古代現象の中に「ルー・ヤン公がハンと戦っていたとき、戦いの半ばに太陽が沈んでしまったので、公は槍を振って太陽を呼び戻したところ、太陽は公のために三宮だけ戻ってきた」という記述が残っているという。
この現象が起きた頃は中国では紀元前5世紀以前の現象だとされている。三宮というのは横道12宮の中の3つという意味である。こうした現象などで火星が「軍神」として恐れられるようになった記録はアッシリアにも存在したようです。
それにはアッシリア軍が「主の御使い」の攻撃で壊滅したときの王だったセンナケリブは「ネルガル(当時のバビロニアでの火星の名)が嵐の王であり戦いの神で、これが我らに敗北を与えた」と記している。
その後、センナケリブの子で王の座に就いたエサルハットンも、ネルガル(火星)は全能の神として崇拝し、凶暴さと恐怖を与える神として畏敬の念を表している。
古代インドでも紀元前8世紀頃を境に、火星に対しての認識が変わって絶対に観測を怠ってはいけない天体になった。
ローマ帝国の創立は紀元前748年だが、この年のパレスチナでは「ウジアの騒動」と呼ばれる大災害が起きており、中近東では「ナポナサル紀元のはじめ」として全暦の大変革が行われた。
このときに日数を増やして1年を365日に変更したのである。中米マヤの暦の中に1年を360日とした「トゥン暦」が存在するが、これは当時の名残りなのである。この時期を境に火星は「軍神マース」と変り、不吉な星として認識されるようになっていったのです。
「ノアの大洪水」以前の太陽系の惑星は不安定な軌道を描いており、現在のような公転軌道には落ち着いていなかったようで、隣り合った惑星同士は頻繁にニアミスしていた可能性が高いのである。
地球と同じ構造の地殻をもった惑星である金星が木星の大赤斑の真下にある巨大火山「クロノス」から噴出したのであれば、地球も太古に木星から噴出したことになるだろう。エジプトの3大ピラミッドは墓ではない。
一種の神殿でもあり、スフィンクスは日本の神社でいうところの狛犬やキツネに相当し、反対側に口の開いたスフィンクスが存在した可能性がある。それらは「ノアの大洪水」が起きる以前の文明の遺物なのだ

一般的な定説となってしまったクフ王やカフラー王が建造したものではないということになる。ヘロドトスは著書「歴史」の中で、大ピラミッドをクフ王が築いたものであると記していた。
しかし、彼は晩年になって「間違いだった」と記しているが、それはアカデミズムでは取り上げられていないのである。彼らは「定説」が歪められたり覆されるような都合の悪い仮説や発表は黙殺する傾向にある。
彼はクフ王やカフラー王が築いたピラミッドは3大ピラミッドの脇に建つ3つの小さなピラミッドだった!というのである。
大ピラミッドの中の重力拡散の間に記述された「クフ王」を意味する文字は、イギリスのリチャード・ハワードという詐欺師が自分の手柄としたいために自分で書いたもので文字が間違っているという。
構築してきた斉一論や進化論をモデルとする「定説」が覆されるのは困るのだろう。もしかするとハワードは彼らの代理人だったのかもしれない。
エジプトの古い伝承では大ピラミッドを建造したのは「ノアの大洪水」の時代のエノク人とされている。スフィンクスは大洪水で奇跡的に破壊を免れたものなのである証拠に、想像を絶するような大規模な水で短期間で浸食された痕跡が残っているという。
実は「ノアの大洪水」以前の地球上には身長が3mを超える巨人族が存在したようだ。その巨人族の中には5mを遥かに超える民族も存在した。巨人族が存在したことは旧約聖書の中にも、それらしき記述がある。
「当時もその後も地上にはネフィリムがいた」(旧約、創世記第6章4節)
「ぺリシテの陣地から1人の戦士が進み出た。その名をゴリアトといい、ガト出身で背丈は6アンマ半」
(旧約、サムエル記、上、第17章4節)
ノアの大洪水以前の時代には世界中に様々な巨人族が存在し、彼らは戦争に使われ大きな戦力となっていたようですし、彼らも巨大であるというだけで人類の一種だったようです。この旧約聖書の記述にあるネフィリムは巨人族の意味で、英雄とも訳される存在である。
ダビデと戦ったとされるゴリアトも巨人族の1人だった可能性も高く、1アンマが約50センチ弱くらいだから、ゴリアトの身長は3m以上あったと推測される。その他の地域にも更に大きな巨人族がいたと思われます。
そして、今では巨体の哺乳類だった可能性が高くなってきている恐竜と同様に、ノアの大洪水の後に起きた地球大激変の影響で自転速度が遅くなったことで生じた重力変化や酸素濃度の急激な低下現象によって、彼らは次第に自分で立ち上がって歩くことも難かしくなくなってしまって絶滅してしまったと考えられる。
これは、斉一論と進化論を基盤としている現代アカデミズムが根底から覆されることであるから今まで西洋地域を主として隠蔽されてきた。しかし、アジア地域の人々は、そんなことなど関係なく公表しているから、いずれアカデミズムの大崩壊または大幅な修正を余儀なくされることだろう。
こうなるとピラミッド建造した方法が解明できるかもしれない。こうなると定説とされているピラミッド建造方法は虚構となり、巨人族によって建造された可能性が出てくるのである。
今やテレビ放送や図鑑などで定説のような扱いで紹介されている吉○教授やザ○博士などの専門家の主張する仮説も、その根底には斉一論や進化論を基盤としていることから、彼らも近未来において修正を余儀無くされることになるだろう。
殆どの学者は斉一論や進化論から突出した仮説を発表しても取り上げてもらえないどころか、学会から異端視されてしまいますから学者を続けるために彼らも痛し痒しの思いでいる人も多いでしょう。彼らも大変な仕事だと思います。
いまだに未発表である惑星ヤハウェの存在は、現代アカデミズムを完全に崩壊させてしまうほどの威力を持ったものであるからナサも発表できずにいる。しかし、いつまでも隠蔽し続けることは出来ないだろう。
近い将来において太陽の向こう側から顔を出す時が近づいている。多くのアマチュア天文家に発見され彼らが騒ぎ出す直前に発表されるかもしれない。
だが、それは我々人類にとって「ノアの大洪水」が史実であったことや、恐竜が絶滅した年代が数千万年以上前としている定説を覆し、その恐竜などが絶滅した時代が今から約4500年ほど前だったことが信憑性を帯びるとともに、それを確実に証明するものになる。
そうすれば月の真実の姿や「ノアの大洪水」を起こした膨大な水が何処から降ってきたのか、それと共に火星の高度文明が滅亡した時期が「ノアの大洪水」と同じ時代だったことが明らかになるだろう。
これは地球と公転軌道が2点で交差する軌道を描いている。ナサが未発表のまま隠蔽し続けている惑星ヤハウェは、約4500年ほど前に木星の大赤斑の真下に存在する超巨大火山から噴出したものである。
木星から噴出した当時はマダ彗星のように太陽系内を超楕円軌道を描いて公転していた。この巨大彗星だった惑星ヤハウェが地球に最接近したことで、地球の姿を大きく変えてしまったのである。
太古の地球は今よりも1周り小さくて、地上も1つの大きな大陸のような陸地が存在した。上空には分厚い水蒸気の層が重なっている雲があり、これが地球上の多くを温暖な気候にしていた。
「天の下の水は1つに集まれ。乾いた所が現れよ」(旧約、創世記、第1章9節)
これは明らかに天地創造の記述であり、「天の下の水」は海を意味しており、その海を1箇所に集めるためには陸地も1つであるはずだ。ノアの大洪水が起きるまでの地上は「パンゲア」という1つの大陸だったのだ。さらに天地創造の記述もある。
「神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された」(旧約、創世記、第1章21節)
ヘブライ語で大きな怪物を調べるとTANHANIMで、その意味は「首を長く伸ばす」という意味である。
もう、わかるだろう。
この怪物とは恐竜のことである。
当時の地球は自転スピードが今よりも少し速かったので重力が今よりも小さく、様々な大きさの人類が存在しており超大型哺乳類だった恐竜と数種の人類が共存していたのだ。
しかし、突如として宇宙的天変地異が起きた。
巨大彗星と化した惑星ヤハウェの超接近で、氷天体で内部に膨大な水を内包していた月はヤハウェの潮汐作用で表面の地殻の一部が破壊され穴が開き、そこから莫大な量の水が噴出。
それが宇宙空間の絶対零度によって氷塊になり地球の引力で地上に落下した。
大気圏に入ると氷は融けて未曾有の大雨として約40日も地上に降り注いだ。何故、旧約聖書の記述に40日も大雨が降ったことが書かれているかといえば、ヤハウェが接近したときの重力で月が地球に「ロッシュの限界」まで接近した。
つまり、地球を周回しながら膨大な水を噴出させたのである。当時は今よりも1周り程度小さかった地球は一時的に水で覆われてしまった。ノアの大洪水の伝説は、このことを表しているのです。
巨大彗星ヤハウェの潮汐作用によって、急速に地球は膨張し始めプレートテクトニクスが初動し大きな大陸は分裂していった。
「ノアの大洪水」の記述にあるように、地表は一時的に水没したが、地球が膨張し始めたので再び地表が出現した。
だが、そのときに再び出現した地表は元の大きな大陸ではなかった。
大陸が分割して移動し、それらが衝突した場所に山脈が形成されたのである。
トルコのアララト山系からノアの箱舟の発見され、各地でも巨大な木造船が見つかっている。
アカデミズムで構築した仮説を定説にまで持ち上げることによって、これが一般人には荒唐無稽な作り話と思わせておき、それらの出来事が約4500年前の出来事だったことを未だに隠蔽し続けている。地球を襲った巨大彗星ヤハウェは、その後に近日点を通過し太陽系の深部に向かった。
ヤハウェは数々の惑星とニアミスし太陽系内を暴れて調和を大きく乱した。
以前にも書いたが、再び木星に接近し月と同様の氷天体の衛星を破壊して木星に木星の重力圏でリングを形成させ、土星に至っては幾つかの氷天体の衛星が破壊されて大きなリングを形成させた。
天王星に超接近して衛星を破壊してリングを形成させた上に天王星の自転地軸を横倒しにした。
海王星も衛星を破壊されたようでリングが存在しているし、その海王星の衛星の中には多数の傷が表面に存在している。
それに元々は海王星の衛星だった冥王星と衛星カロンと冥王星と同一軌道上を公転している惑星ヘメラも現在の横道面から約17度も傾斜した公転軌道となっている。
しかも楕円軌道を描いて海王星の公転軌道の内側に入るという太陽系の惑星としては異質な公転をしているから、海王星の衛星だった3つが冥王星の軌道である現在位置まで弾き飛ばしたと思われる。
冥王星や衛星カロンと惑星へメラの形は海王星を公転する多くの衛星に酷似している。更にナサは未だ発表をしないで隠蔽し続けている垂直軌道を描いて太陽を公転している「惑星ノクス」がある。
これは一説によれば太陽の伴星のネメシス「惑星X」でゼカリア・シッチン氏の主張するニビルではないか?と言われているようだが、シッチン氏の大胆な仮説も斉一論の範疇から抜け出せていないように感じる。
だから、そういう見解になってしまうのだろうし、ジュメール石板の解読ミスも多くあると思われるのである。
この「惑星ノクス」は極寒であるが地球に似た惑星であることを知られたくないという当局の思惑もあるのだろう。
その垂直軌道になった時期が「ノアの大洪水」の時期と重なるかもしれないのである。
こうして、火星の古代巨石文明が滅亡した時期と、ヤハウェの潮汐作用で比較的小さな惑星だったフェイトンが破壊され小惑星帯であるアステロイドベルトが出来た時期と、地球で「ノアの大洪水が起きた時期が、ほぼ同じ時代だったと考えられる。
ホークランドは「火星の古代文明が滅亡したのは約50万年前である」と主張して多くの学者に支持されている。だが、そうではない。火星の古代巨石文明は約4500年前に滅亡したのであるが、何故に50万年前という数字が算定されるかといえば、そう・・・斉一論を基準としているからなのである。
しかも、その火星に存在した古代巨石文明の担い手も我々人類と同じ存在だったのである。
アカデミズムは斉一論と進化論を基盤とした数々の派生モデルを死守するとしたい狙いがある。
それと共に、世界支配層にとっては地球と同時期に地球以外の惑星に我々の様な人類が高度な文明を築いていたということから、目を逸らしたい思惑も働いているように思われるのです。
もはや定説とされている「ラプラスの惑星形成論」は間違っていたのです。
いずれ、金星も地球も火星を始数多くの衛星も木星の超巨大火山から噴出したものであるということが明らかになるだろう。
それに木星と土星と天王星と海王星などの大きな惑星は太陽の地殻に存在する超ド級巨大火山から噴出されたものであるという。
そう、太陽からも惑星が生まれているのです。太陽黒点はいつまでも存在するわけではなく、1年以上存続するものもあれば3日ほどで消えてしまうものもあります。
そして、それら多数の黒点が現れる位置には明らかな共通性があり、現れる時代は大きく違ってもほぼ同じ経緯度に出現しているというのである。

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2019年06月27日

sayufm_musiclabo解析: 出エジプト

sayufm_musiclabo解析: 出エジプト
出エジプトからのイスラエルの旅路は、<民数記>での後半終りがけ第33章で、その旅の宿駅名を順に記す事で一つに纏められたふうに記されている。
しかしこれは、1−2節での説明書きのごとく、モーセがその宿駅(地名?)を書きとめた<古い文書もの>の宿順を参照してそのまま記入したものとみられる。
それゆえ、その大半の宿駅名(地名?)は、古くて今では特定判明することが出来ないし、また、モーセが覚えのため、何ら地名のないところでの宿営地をして、その地理的特徴に当てた宿名を名付けたとの推定もされれうる。
特にシナイ山を後にした、その旅路の初期の2年目、3年目のうちに<雲の柱の確かな先導>により宿営地が定められた折りに名付けたりして、
そして、その後、それから38年の期間、それはほとんど記事記録のない長い空白の時で、その後半終りにモーセ、アロンらに大々的に叛訴する大きな背反事件の起こりとその裁きの顛末処置(民数記16−17章)の詳述がなされた以外、他に目ぼしい記録もなかったが、その貴重な宿駅名録を基に準拠、照らしたかたちで、その長い年数を久しく行き巡る宿営生活が続けられていったという具合であった。
ともかく、ここでの<旅路順遍歴図>の説明としては、その第33章の前、後半の記事を参考に
民数記、出エジプト記、申命記
での他の言及記事、及び関連記事を検証し、それらの記事関係からの矛盾的な点、不明瞭な処を正しく解読し想定したところの<新旅程遍歴図>のものとして、ここにまづ呈示しておきたい。
先ずその旅程順は、出エジプトからシナイ山の荒野までと、シナイ山を離れた後での旅路に分けて見ておこう。
そのあと40年目のその最終旅程をその記事関連から明示しておこう。

Unknown Future
http://www.geocities.jp/sayufm_musiclabo_s/micoHP/indexb.html




pp6520190210258.gif


● 【出エジプト(ラメセス)からシナイの荒野(シナイ山)までの宿順旅程】
*(注)エジプトを出立したその月を年の初めの第一月、いわゆる正月として定めたうえでの旅立ちとなり、その15日早朝からあわただしく動き、ゴセンの地を離れ発った。
この定めの新年月日に依り、宿営の<経過日のり>が記述に順序良く留められている。
その主要な日のり大略は、先ず<エジプトの地を出て、ふた月目の15日にシンの荒野に来た>との記述があり、丁度、まる30日直後の日程を示す。(出エ第16章1節)
そして同じく、エジプト出後の三月目のその日(第一日)にレピデムからシナイ山の荒野に入り、宿営をそこに移したとの記事(出エ19章1−2節)がある。
まる45日を経過した日のりだった事が知られうる。
(シンの荒野からシナイの荒野には丸々15日を要している。)
・《宿駅その1》出立地、ゴセン地域のラメセスを発ち、スコテに宿営:(民数記33章3節)
その宿営の翌朝、午前中の内にそこを発ったかどうか、もう一夜そのまま留まり、旅の準備の不十分さを補ったり、旅の体勢を少しでもより良くする手立て、処遇を計ったりして、日を費やしたかも知れない。
・《宿駅その2》スコテからエタムに宿営:(民数記33章6節)
スコテから大海(地中海)寄りのペリシテびとの国の道が近くて便利であったが、そこへの道に向かわずエタムへ、そこから荒野への道が選択されたかに見えたが、そうではなかった。
イスラエルの民の男子は、国々の兵士のように訓練武装した集団ではなく、皆それぞれが自分なりに防備武装しただけの大群集の分団に過ぎず、戦いには全く不慣れで、戦いを知らない者が大多数であったから、、、。(出エ第13章17節以降、)
(エタムは荒野の端の地で、シュルの荒野の道の入り口。エタムの先、荒野の手前にはエジプトの主要な要塞、防壁が設けられていたようだ。)
・《宿駅その3》エタムから引き返して、ピハヒロテの地へ、その海寄りの傍らに宿営:(同33章7節)
エタムからの出立は、そこから進む方角を変えて、ピハヒロテの地へ引き返すという事態のものとなった。(民数記33章7節)
エタムからの荒野の道は、<シュルの荒野>を縦走してカナン方面へと通じた主なる裏道であったが、このルートも<主なる神の目論み>により、進み行くことはなかった。
*ピハヒロテの地を特定することは、古来、バビロン捕囚後の旧約聖書時代以降、現代に至るまでも、困難な事柄となっている。
だがこの地の海の近くに宿営するや、そこへエジプトの王パロ(ファラオ)率いる全主要な軍団の大軍勢が押し寄せ、追い詰められて行き場の無い事態に直面する状況を
伝える記述が見られ、そして、その面前の海(後の世に“紅海”とギリシャ語70人訳が翻訳されており、それでラテン語、英語などのヨーロッパ諸語はそれに準じているが、)を、神の大いなる奇跡の御業に拠り海面が分かたれることで、水の無い海底を渡リ行くといった状況が、追って渡り入ったパロの大軍勢の顛末が、そこでの大きなやま場の事蹟となって記されている。(出エ第14章〜15章で)
この<紅海の奇跡渡行>の場所に関わる記事、ピハヒロテの地とその海近辺への言及記述は14章2節で “ミグドルと海との間にあるピハヒロテの前、”とあり、<その前とは>即ち<海のかたわら>であり、そこに宿営したという状況を伝えるものだ。
邦訳では、<バアルツェボン>という地名らしき名が連記され、そのピハヒロテの地を位置付ける風に付されているが、その訳文には不明瞭さが残る。民数記33章での宿駅記載では、<バアル・ツェボンの向かい側、前方向>にピハヒロテの地があるといった感じの表記である。
(これは、記載巡歴地図の如くと見なせられる。ただし図示はイメージ配置です。
当時は、現在以上に、ナイルデルタから離れた南東方面の丘陵荒野から標高400、500m以上の岩山、そのピークは今も800m代だが、その山並みがスエズ湾の方向に弧を描くように伸びて、湾ののど元下手の海岸側に達していた。
したがって、ピハヒロテは、それほど広い低地を占めた地域にある居住場所ではなかったようだ。
バアルツェボンは、その向かいの西の方向、山手側の丘陵地にか、或いは山並みをなす岩山の谷あいの高台に設けられた神々の聖所拝殿、礼拝所だったとも見られる。
ある資料によれば、バアルツェボンは、フェニキアの海の交易船乗りたちの守護神との事で、それに比定できるかのようだが、ずっと後の習合によるものかも知れない。)
つまり、原典へブル語の文節で“ミグドルと海との間”の地域は、上記括弧書きのように、それ程広くはなく、海に向かってはだんだん狭くなってくる、その間に位置するピハヒロテに併行した、
西方、前向こうの方角に、バアルツェボンがあるという表現であり、そしてその文章の文頭では、ヘブル原典は、まず初めに“ピハヒロテの前に宿営せよ”と言命している訳で、それに加えてさらに注意深い明白指定
<その手前、その前方、あるいは、それに向かって>
という意味のイコール指定が、<海の傍らに〜>の言葉に付随したものとなっている。
さらにここで注目、題とすべきは“ミグドル”という言葉である。  
この言葉のルーツは、アブラハムが70才代後半以降にエジプトに寄留した頃から、その地で一般
的に使用されていた用語とみられる。海との係わり、特にエジプトのスエズ湾の海でも、その湾の最北奥の海域での、ある地理的状況の土地に密接に関係した意味ある言葉のようである。
つまり、そのエジプト古語(或いはヘブル古語かの)の原意は<湿地帯の土地>を意味、表わすものであったと推せられるものだ。
その湿地した地域の中央部にはアシの生い茂る、深みのある泥土、泥沼〔デイショウ〕が広がっているという地勢状況といったところであった。
その一般的な言葉が、時代が下って、かの預言者エレミヤの時代にはメンフィス、タパネス、パテロス、ヘリオポリスといった地名と並んで、エジプトの名ただたる地名の一つともなっている。
(エレミヤ書44章1節、46章14節)それまでにもそういった湿地帯に隣接した地域に築かれた要塞、或いは人の住む地が、要塞名、町名に転用されてきたケースがあったが、、。
<モーセの出エジプト時の時代>及び、それ以降も未だ地名などに転用されよう形跡は、まったく無く、原意のままのエジプト用語で、外来のヘブル語ともなっていった。
“ミグドルと海との間にあるピハヒロテの前に”という記事での土地地域には、その東のシナイ側、シュルの荒野方面に対面して、その頃、推察するに、国境を兼ねたエジプトの防壁、防塁が、未だ
そこまで伸び築かれてはいなかった。
それゆえ、それの防備代用として、ピハヒロテの近く、ミグドルの前方に隣接した見通しの利く野地に、レンガや石、木で構築された<見張り台=watch tower>が設けられていた。
(これはエジプト軍の正規ものではなく、民営用のものであった)
その見張りの塔台をモーセらは、<ミグドル>という言葉を模して“ミグダール”と名付けて覚えの宿駅標の用語とし、また、その後の40年の宿営時代には、“塔”を意味するヘブル用語として
定着、用いられる。(それでまた、ミグドル自体も後に塔を表わすようになる。文字語の発展と共に、その子音字スペル は同じだが、発声母音がo オ から a ア の発音系に変わるだけだ。)
言葉上にあっては、<海との対比関係につりあうミグドル>、そして、村か町ふうの居住地らしき地名の<ピハヒロテ>に対比しての、神々の拝殿聖所なる<バアルツェボン>という対組二様の両者対関係の言葉であり、まさに言葉パズルを解くような感じである。
以上が<ミグドル>という言葉についての考察であるが、これに海が係わっている訳だが、この海をいわゆる、ずっと後の旧約聖書の翻訳時代に、ギリシャ語訳のほか、それに続いてヨーロッパ諸語が、その当該の海を<ヤム=海>という語だけで表わした場合と、同義の異名ともなる<アシの海>という表現のヘブル語“ヤム・スーフ=ים-סוף”を<紅海>と訳すに至っている。
ギリシャ語70人訳セプチュア・ギンタが、何ゆえに<紅海>と訳さざるを得なかったか。
ユダヤのラビら、70人余りがアレクサンドリヤにやって来て、その翻訳事業を聖なる仕事として請け負い始めた頃(それはBC3世紀後半〜中葉頃以降、プトレマイオス2世代)その頃の地理知識の常識では、スエズ湾を含めたその海は、<紅海>の名で広く世界に知られること、すでに過去、数百年来に亘っていたという実際的現状があった。したがって、当時のこの常識趨勢の、ギリシャ語ゆえの事情を無視し難いものと受けとめ、むしろ、あえて活用すべきが妥当との判断にて、学者らの意見が一致、
<アシの海を>を、
<ερυθρα θαλασσα=紅海>
と訳したわけであった。これは決して、誤訳の類と見なすべきものではない。
現代のスエズ湾及び、グレート・ビター(大苦湖)湖にはモーセ時代の自然地理地勢の面影は無いに等しいと言える。
地中海に通ずるスエズ運河の起点となり、カイロからは最主要な自動車幹線道路が設けられて、湾岸地域は産業資源の基地化や、都市化された発展状況を呈している。
ギリシャ語の
<ερυθρα θαλασσα=赤い海、紅海>
という名称言葉が定着するようになったのは、ペルシャ、ギリシャの時代に及んでからであったが、太古からの何らかの自然地勢条件及び、気象条件などで、スエズ湾の北端域や、大苦湖、ティムサ湖の周辺にはアシの生い茂る地理年代が、モーセの時代頃までだけでなく、ソロモン時代以降の後々までも少なからず、ずっと継続していたようだ。
現代のシナイ半島東側のアカバ湾では、今日でもアシの茂るところが見い出されるとのことである。
(スエズ湾の最北岸は、近現代の運河が造設される頃と、出エジプト時代の状況を比べるならば、数十キロもその北岸位置が北に寄って、違っていたであろう。
紀元前5千年期なる頃まではスエズ側と地中海側とが自然のままの水運でつながりをなし、スエズ側からの流れが、堆積される土石物を押し流す自然の営みがあったと見られる。
4千年期から3千年紀後半の頃には、北アフリカのナイル・デルタとなる東地域と、シナイ半島側とに一つ、二つの地峡、陸続きが出来てきたと見られる。
とにかくナイル川も5千年期後半頃から急速に大河への発展をなし、下中流域から上流域の動きやすい表層土石類を莫大な水流運搬力で以て、下流へ下流へと押し流していったと見られる。)
モーセらイスラエルの民が渡った場所は、アシの茂みから離れた、いわゆる茂みの終わった端の岩場となる境界の海岸からであった。
そこは、宿営地から南に少し下った所にあったと見なして良い。
かってモーセ時代のスエズ湾最北端地域は、塩分濃度もきわめて低く、半淡水化していたと見られ得る。
大苦湖も大いなる淡水湖であって、その頃は、スエズ湾のほうにその水が浸潤する傾向を見せていたと推定されうる。
それが逆転したのが、おそらく、モーセが率いた出エジプト時での、その<奇跡の海渡り>による出来事以降の事象だと推断される。
また、その泥沼〔デイショウ〕、および湿地帯の土地地域=ミグドルも、近くの丘陵砂状荒野や、岩肌の山地から、その風化により運び寄せられる堆積物事象でもって、長い間のうちにしだいに乾いた荒れ野土壌(中世、近代に至って見られる)ふうに変わっていったようである。
・《宿駅その4》ピハヒロテの海の中、露見した海底を渡渉後、三日路にてメラに宿営:(同33章8節)興奮冷めやらずの<海なか渡渉の奇跡>で心が高鳴るふうであったが、まだまだ旅慣れするほどには日も浅く、その流浪旅は色々な面で十分な余裕がないまま、海沿いの、道なき道、道も途切れ、ほとんど人の通った跡も無い、
<エタムの荒野>
と名付けたその荒野に導かれ行く。その日、昼頃から順次、出立の整えをして、海から上がったその地を後にしたと見られる。
(出エ15章22−25節。エタムの荒野はシュルの荒野域内の一部だが、民数記33章の宿駅では、名付けの覚えとして<エタムの荒野>と表記している。)
<三日路にてメラ(マラ)に>、大群衆団の長だの列、三日路ほど進む間、その三夜を荒野で休寝したようである。
水を求めて三日の間、荒野を進んだが得られず、その三日目の夕、ようやく水のある処に辿り着いた。
が、しかし、そこの水は苦くて飲めなかったと、、、(それでメラと名付けられている。)
飲めばお腹を痛める、病をなすと、、、それで主なる神は、モーセにその水を<中和して甘くする木>を示され、泉に投げ入れ飲めるようにされた。
(これは、その木自体の質に中和力、甘味力が備わっていたかどうかは判明しないが、もし、何でもない普通の木ならば、神がその木を介して、質的な奇跡をなされたということになる。
だが、実際には<なつめやしの木>であったかも知れない。
この名を記すと、書文に重みがなくなる。
次ぎのエリムというオアシスに同名の木があると見れば、、、。いずれにせよ、神様の知恵、みわざの奇跡と見るべきであろう。
あいにくにも、その処置後、そこの水を飲んでも誰一人、病人になるような事はなかった。そこで
<民のため>に、この折に初めて、その最初の<定めや、おきて>を立て与えられた。それは聖別
された神の民となる為の前準備、心備えの事前訓練ともなるものであった。)
*シュルの荒野にはシナイ半島をミデアン、アラビヤ方面に向かう隊商路が、その中央部分を横切るふうにあったが、その大集団のイスラエルの民らは、以上のように、その道に進む事はなかった。
(先ずは、大変な大群衆ゆえ、各方面地域の居住諸族民を騒がせ、刺激しない為に、、、。)
・《宿駅その5》
メラを出立して、エリムに宿営:(民数記33章9節)
先のメラでは、そこに到着した日の翌日にも留まり、その夜も宿泊し、その翌朝エリムの方に旅立ったようである。
エリムは、まさに小規模ながら荒野のオアシスのような所で、そこで十分な休息と、さらに続く旅への、より十分なる備え、色々な繕いの整えをなしたようである。
(ここでの宿営滞在は1週間〜10日以内ほどのものと推定されうる。)
その場所には<水の泉が12と、ナツメヤシの木が70本>
があった〔15章27節〕と記されているが、その泉に関しては、自然の湧き水の場所を見つけ、また他にもあろうかと探し出し、人々が十分に飲めるよう、利用しやすいよう緊急に整備、或いは拡張してのものであったろう。
ともかく、なんとか<12の泉>を確保する事ができたというものであったに違いない。
これは大群団の民が一応12部族余の分団に分けられていたからであろう。
*当時そのオアシス(エリム)に依拠して、土着の人が住み、集落をなしていたか、どうかは定かでない。
この泉のオアシスも生気あふれるものではなく、干からびかけ、やがては自然事象のままに埋まったり、地勢の変化で涸れたりして消え去るものとなったであろう。
・《宿駅その6》エリムを離れて、紅海のほとりに宿営:(民数記33章10節)
このエリムの後の紅海、そのほとりでの宿営は、出エジプト記では省かれ、言及記事は見られない。
15章27節のエリム記事のあとに記される筈の順であるが、そのまま第16章の章区内容の文となり、エリムを出たあとの記述を別の表示内容に関連付けている。
*先のエリムのオアシスで、充分一息つき、元気づいての旅立ちとなったが、紅海のほとりに出て、さらなる英気を養うものとなった。
そこでは海の幸を手に入れ、肉なべを囲む事も出来たとも、、
ここでは、再び旅の再出発、元気旅になるようにとの思惑で、豊かさのある海辺に導かれたものと見られる。
旅にも慣れ、旅生活の知恵も付いてはきたが、次なる道程がさらにきびしく、困難なものとして、控えていたからである。
(モーセは、この海のほとりでの生活模様事、何一つ記してはいないが、ちょっぴり悪い結果面がそこから映じたふうに記述していると見られなくもない事態が後に見られる。
つまりその後の旅の<シンの荒野>で、たちどころに、エジプトでの肉なべの事を思い出させる一因の働きが、この海のほとりでの一抹の宿営生活に潜んでいたからであった。)
ともかく、民らにとっては、紅海のほとりでの宿営は、過酷な荒野での旅路からの一時の解放となり、少なからずの満足と慰めを得て、引率指導者モーセへの訴え、不満を言うような事も暇も無く、その生活時間を費やしたようだ。
それ故、ことさら此処での宿営記事は、何一つ記すべき必要がなかった。
むしろ記すべきでない事が、その判断としてベストな真意ともなっていたと見られる。
・《宿駅その7》紅海のほとりを出立し、シンの荒野に宿営:(同33章11節) 
この紅海のほとり(現スエズ湾のはるか南方)での記事は、出エジプト記には、何一つ記録に残されていない。
モーセが一言も、何一つ書き記さなかったことには、彼なりの聖なる思惑基準があったからであろう。
前記のメラの記事とエリム記事は、それなりの彼の記憶に留まるところのものとなったとも解釈されうるが、当該の出エジプト記第15章22節以降、16章初め(1節)までの間、エリムの次ぎに来るはずの、この<紅海のほとり宿営>は、その土地の名さえなく、記されず、出エジプト記事には見られないものとなる。
(表示記事は、エリムを出発し、そこから<シンの荒野にきた>記すことで、その日までの全道程日数を明確に示す。
その表記が重要だったと見られ、そしてその荒野の位置を示す事を強く意図した文言としている。
もちろん、エジプトを出立しての<二ヶ月目の15日>ということであるが、。
<紅海のほとり>が、エリムとシンの荒野の間の中継点にありながら、外されてはいるが、その日
数の丁度、まる30日間のうちに含まれたことは、間違いなき宿駅順として確かな事実だ。)
*その紅海のほとり宿営での、推定人数140万から、上限170万とされる民らの生活事情、生存状況は何一つ伝えられていない。
が、そこでは恐らく前代未聞の事が起ったと思われる。
エジプトにいた頃、先祖代々ナイル川では行なった事のなかった漁獲の労をなす機会を得たと推定される。
その漁獲とは、海牛とも言われる<ジュゴン>であり、その漁は、かなり大量な数のものであったと見られる。
(ジュゴンの肉は、牛の上質肉より美味しいと言われている。)
(出エジプト出立時の民の数、ラメセス、スコテへの段階で、
<女、子供を除いて徒歩の男子は、約60万人であった>
と、そのおおよそを見て記している。〔出エジプ:12章37節〕、
民数記ではその1年1ヶ月後だが12部族系からの各氏族の下に数えられた20才以上の男子は、その調べの総計として、
60万3千5百50人と挙げている。〔民数記:1章46&2章32節〕
この数はほぼ正確であろうが、しかし、各氏族のそれぞれの父祖の家ごとに挙げた人数であるから、下僕らもその数に入れていたと見られる。
女、子供の数は記されていないが、丁度同じ時、レビ部族を除く、12部族での初子ウイゴの数が上げられている。
これは、生まれて一ヶ月以上からの初子を数えるもので、20才代までの初子〔としての長男〕を含めたものとなるが、その数は、レビ系族を除く全部族で、
2万2千2百73人
であった。〔民数記:3章43節〕
そういった数値から予測すると、女、子供は、それぞれ凡そ30−40万で、x2倍ほどと見られよう。
すると、総計では約60万にこの80万を足して、
140万、
これが妥当な下限の数となる。
因みにレビ族の男子の数が、他の12部族と比べてすこぶる少ない。
生まれて一ヶ月以上の男子の全総数は2万2千人であったと記している。〔民数:3章39節〕
すると20才以上の男子は、その半分を割っていたかも知れない。
12部族のうち最小数は、
ヨセフ系のマナセの諸氏族3万2千2百人、
最多数はユダ系族の諸氏族7万4千6百人、
その数値の間に、
6万代が1部族、
5万代が4部族、
4万代が4部族、
3万代が1部族〔ベニヤミン系・ヤコブの末っ子〕、
という男子20才以上の各々の数であり、レビ族系との大差が明らかに見られる。〔民数:1章20−43&2章、3章39節〕)
モーセの書き記す書は、民らの生活記録を中心テーマにしているわけではなく、神と神の言われる言葉、及び、それに係わる関係状況を記すことが中心主旨としているから、モーセの内にある心意では、神の言葉に直に関わらない、結びつかない生活事情、状況などは、質的に止揚変換されない余分なもの、むしろ妨げとなる事柄類として対処されるというものであった。
だが、モーセは、後にシナイ山での神の言葉啓示の折り、民らのうちに数多く所有されるようになっていた<ジュゴのなめし皮>に関する生活状況で、聖なる還元止揚のものとして、幕屋の天幕及び、聖器具運搬時等でのおおいの保護カバーとして活用される旨の啓示内容を示すに至る。
〔出エジ:25章5、26章14、35章23節、36章19節等、民数:4章6、8、10−12、14節〕
(幕屋聖所に関わる造営資材に関して、その入手ルートなど、エジプトからの持参の物だけでは足りなかったと言えよう。
かの紅海渡渉後、海岸端に打ち寄せたエジプト軍の残骸からも少なからず利用可能な物、戦車の輪や武器武具等々を含め、色々な回収物を得た事であろうが、、、、
<ジュゴンの皮>については、当時の交易市場品としては扱われていなかったと見るべきで、その入手は不可能、それ故、民ら自らのオリジナルなものだったという他ない。
(羊のモジャモジャ毛を紡ぐ技術がすでにあったかどうか、青糸、紫糸、緋糸は、羊毛のものだったかどうか、その当時、自明だったから記事には記されなかったかとも。ヤギの長く垂れ下がった毛を紡ぐ技術があり、その毛糸で機織し、幕屋をおおう天幕のための幕を仕立てた。
〔出エジ:26章7−9節〕)
また、<羊、ヤギ、牛などのなめし皮>の製作技術、染め技術(あかね染め)など、エジプトにいた頃からお手の物であったであろうゆえ、自前で造ることができたと見られる。
かなり多量に必要となった金や銀、及び青銅の金属物に関しては、たまたま立ち寄る交易商人などのルートからも賄えたと見られるが、青銅造りでの銅資源に関しては、当時シナイ半島のシンの荒野近辺地域にあった、エジプト王家所有の銅山所からの入手、或いは、一時的に占拠利用しての確保かも、、。これも民らの自前活動のもの、記録に書き記す必要なき事であった。)
*シンの荒野の宿営では、主なる神との係わり上における、特記すべき事象事蹟の記事が記されている。
これは、その出エジプト記第16章全体を直接読んで頂いたほうが最善であろう。これも後世後々までも有名になるところの記事の一つと言える。
ここでは、主なる神のご主権と、民への御思いが、民らの日常生活、その基本の食と労役面から、神のみわざ奇跡の下に実践的に教育されるごとくである。
先の宿駅メラで、民全体が一つにまとまり、生活の規律パターンとして、共同体的な社会秩序をなすため、主の定めとおきてが立てられている。7日目に民が休むようにと、その安息日を公けに定め与えられたものとなる。
それを守るべく直接的訓練のごとく、神が大いなる御業をもって朝夕の食の供給にたずさわり、その神自らの気遣い労の下にて、なされ試されるものとなる。
(何ゆえ荒野、シナイ山その聖域への民の旅であったろうか、、、。
ただ単に、<民の聖別>の為だとの一言で尽きるものではない。その真理をひも解くに深いものがある。
ともかく、出エジプトを果たしたその民らにとって、これから先に近づかんとするシナイ山、
当時、その地域を特別な聖域として前々から既に定め対処せられ、お待ちなされていたようなものであったが、、
ともかく、その場所を目前に控えての、民らに対する事前予備的カルティベイトであったと見て良いものだ。)
さて、次ぎに下の二つの宿営地・その名、ドフカとアルシについては、出エジプト記ほか、それらに関わる記事は、どこにも記されていない。(民数記に宿営名が挙げられているのみである。)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
・《宿駅その8》シンの荒野を出て、ドフカに宿営:(民数記33章12節)
出エジプト記の第17章1節で、“シンの荒野を出発し、旅路を重ねて、云々”との表現言葉があり、この<旅路を重ねて、>の旅程のうちにドフカと次ぎのアルシが含まれ、その語句のうちに含まれ、準ずるものとなる。
*シンの荒野からレピデムを経て、シナイの荒野に着くまでの所要日数が15日間であるから、ドフカ、および、アルシは、その旅路で、一晩か、二晩、夜休むだけの宿営だったと見られる。
シンの荒野では10日近く宿営したであろうと想定される事から、、、、。
・《宿駅その9》ドフカを出て、アルシに宿営:(同33章13節)  
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
・《宿駅その10》アルシを出て、レピデムに宿営:(同33章14節)
・《宿駅その11》レピデムを出立して、シナイの荒野に宿営:(同33章15節)
ここで、エジプトの地ラメセスから目指したシナイ山、その荒野、麓地域までの一時的な目的地・道程までの旅が終了するものとなった。

Unknown Future
http://www.geocities.jp/sayufm_musiclabo_s/micoHP/indexb.html










(Google Earth からのコピー転載)
[写真画像の説明]:
写真中央の峰々を中心に、斜め写りになっているが、三つのブロックに大きく分かたれた山岳地形になっている。
中央ブロック山系の前面、斜め上の角あたりが大きな十字路のように広いスペース沿いになっている。
現在は、観光エリアになっており、シナイ山や、聖カタリナ修道院などの観光案内センターの建物、宿泊施設等のホテルなどがあり、リゾートタウン化の様相をなしています。
中央の山系ブロック斜め上、角の十字路から、その中央と上隣ブロック山系との、谷あいの道を斜め下方に下ると、AD4世紀の創始、のちに創設された<聖カタリナ修道院>の建物が小さく写し出されています。
*中央ブロック山系の山並みの下部、後方に<エベル・ムーサー>の峰・山頂名が示されていますが、はたしてその山頂に現在設けられている記念聖堂が位置している場所なのかは判りかねますが、
エベルは、アラビア語のヤベルまたはジェベルからの発音転化のもので、<山>を意味しており、ムーサは、モーセを指しますから、<モーセの山>ということになります。
*しかし、この画像に示された<エベル・ムーサー>位置まで、実際に出エジプト時のモーセが登りわけ入っている訳ではありません。
つまり、3ブロックに分かたれた山々全体が、出エジプト当時に言われたシナイ山感覚の全域観なのです。
したがって、三つの山系ブロックの前、先に述べた十字路の地域を中心に、左右、斜め上手に延びた全地域が、イスラエルの民の宿営地となった<シナイの荒野>ということです。
当時のモーセは、中央のブロック山系、上部角の十字路あたりから、たぶんそのブロック系の上部奥あたりの峰々の一つ(画面下方のエベル・ムーサーまでも行っていない)に留まったと思われます。
このあたりの峰々から下山すると、その途中から民の宿営地全体が見渡せます。又人々の動きも目に入るようになってきます。さらに山頂に近い中腹辺りに、当時には適当な広さの自然のテラスがあったようで、そこからずっと奥の高い峰々(エベル・ムーサーの方角)が望み仰がれるものともなります。
●【シナイ山麓、シナイの荒野での長期宿営】
●【シナイの荒野からの新たな出立、約束の地カナンへの巡り行く旅路の過程】

Unknown Future
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2019年06月16日

金子史郎: ソドム・ゴモラの町はどこにあったのか


金子史郎: ソドム・ゴモラの街はどこにあったのか
■死海周辺の地理的景観
細長く南北に延びる死海は,東方から舌状に突き出たリサン半島によって2つの湖(北湖,南湖)に分けられる。
北湖の水深は約400m。湖底には実に800mである。
対照的に南湖の水深は数m。
湖面の高度は先ごろまで− 397mと表示されてきた。
海抜0mの等高線はガリラヤ湖の北,今は間拓されたフーレ湖近くまで伸びている。
ヨルダン川,死海の低地帯は,西側をユダ高地,東側をトランスヨルダン高原で画されて,その幅はせいぜい10〜20km。まさに大地の間である。
こうした地形はここよりも北方のレバノンあたりでも同様である。
地中海側のレバノン山系は,ベカ谷を挟んで東のアンチレバノン山系と対峙する。
この構図は北方シリアでも,またずっと南のアカバ湾を挟んでも認められる。
死海・ヨルダン谷とその南北延長状の低地帯は延長1000kmに及ぶ。
その成因は,地球規模の地殻運動の一環として理解できる。
つまりアラビアプレートとアフリカプレートが接する断層帯上にある土地である。
■ソドムとゴモラの町はどこにあったのか
ソドム・ゴモラの町は一体どこにあったのだろうか。
つい先ごろまで水で覆われていた死海南湖の湖底に今も眠りについているのだろうか。
残念であるが誰もその所在は知らない。
ここで話をアブラハムとロトの旅につなげる。
アブラハムとロトは,エジプトから引き返して,ユダ高地の分水嶺の道をたどって,エルサレムの北東ペテルまで舞い戻った。
ここで有名な創世記の一説がある。
創世記13章10節
「ロトが首を上げてヨルダンの低地をあまねく見渡すと,主がソドムとゴモラを滅ぼする前であったから, ゾアルまで主の園のように,またエジプトの地のように,隅々まで潤っていた。
ソドムとゴモラが死海の北にあったとする北方説は根強い。
疲れを知らぬ魔法の泉アイン・エス・スルタンに支えられるエリコは例外として,ヨルダン川対岸のモアブ平原も全く水源がない。
過去にもナイルの地のように潤ってはいない。むしろ不毛な土地なのである。
2000年前,紀元元年頃,ユダヤの歴史家フラビウス・ヨセフスは,「ユダヤ戦記」の中で,「低地の町」についてこう書いている。
「湖に接してソドムの地」,
「アスファルテス湖(死海)の南端のソドムの地域」
等の記録がある。
つまりヨセフスは死海南方説をとっている。
彼の生きた時代は私たちよりも伝承の時代にずっと近い。
そこには数字では測れない場所の感覚があるはずである。
恵まれた土地からは豊かな収穫があって裕福であったとも書いてある。
さらには
「神の怒りの火の痕跡と5つの町の跡は,今でも見ることができる」
と言うくだりもある。
紀元1世紀のギリシャの歴史家ディオドロスも同時代のギリシャの地理学者ストラボやローマの歴史家タチトゥスと同様にそれとも,「低地の町」は死海の南にあると考えていた。
ストラブはかつてこの地方には13の町があって,ソドムがその主なる町であったと言う土地の人の話を書き残している。
またヘブライ語のルーツをたどってみると,この土地の記述に使用されているヘブライ語
「キツカル(kikkar)」
は実際は広大なヨルダン谷・死海の全盆地の低地を包括して表現している。
これは地質学的に死海・ヨルダン地溝帯そのものを表現している。
つまり創世記の言うところのヨルダン低地は,ヨルダン川沿岸の低地と狭く限定しているわけではない。
この点は創世記第14章よく読むと,「低地の町」のありかをズバリと書いている。
「シデムの谷,すなわち塩ノ海」(創世記14章3節)
である。創世記の編者は
「当時(といっても編者の時代から見て約1000年〜1500年位昔)のシデム谷は今塩の海に覆われている」
と書いている。
しかしこの解釈は微妙であって,果たして編集者はどのあたりまで知っていたのか疑わしい。
ソドム・ゴモラの時代には死海の南1/3位,リサン半島より南の南湖はほとんど陸地であったと考えられる。
ローマ支配の時代,まだバダバ図が作られた紀元6世紀頃も,およそ似た状況であったようである。
そこが後世,塩の海に溺れたことも明らかである。
この辺の地質的事情を聖書の編者が知る由もないのであるが。
こうした情報を総合すると,ソドム・ゴモラがあった時代は紀元前3000年紀後半,舞台は死海南部とその周辺と設定できるのである。
■低地の街は繁栄していた
聖書に述べられている災害物語の舞台は,死海南部とその周辺山麓地帯と考えられる。
南から死海に注ぐアラバ谷やヨルダン山地から流れ込む川の下流には,いくつもの沖積扇状地が広がっていた。
これらの生活の基盤として,初期の青銅器時代第3期(紀元前2650年〜2350年)に属する農業共同体がスタートした。
この時代に先立つ,短い湿潤期が去って間もないこともあって,創世記の指摘がある通り,ヨルダンの低地はよく水で潤っていた事は間違いない。
しかし「低地の町」の時代は,本来乾燥気候であって,以前水没していたシデムの谷にも死海の下から姿を現して,ソドム・ゴモラ盛期の頃にはリサン半島より南の南湖は乾いて陸地になっていたと思われる。
紀元前2500年頃,死海は北湖盆だけの時代を迎えていた。
ヨルダン山地の西側山麓地帯もまた扇状土地を基盤としていて,いくつもの農業集落が成立して,大部分は城壁を成していた。
バーネイらは南湖盆地の水中探査を行っているが,ソドムなど「低地の町」の遺跡らしき姿を発見はしていない。とはいえ,現状では,
バブ・アド・ドラ,
ヌメイラ,
サフィ,
フェイフェ,
クネイジラ,
など5つの都市がまさか悪名高い「低地の町」のモデルそのものだったとも思えない。
聖書の記述では,ソドムやゴモラは,周辺に衛星都市的な小さな集落を配していたように取れる。
これらの街の住人が,やがて裕福な生活へと傾いた理由は,あくまで推測に過ぎないが,多分死海産の
塩・アスファルト・硫黄
などが価値の高い交易品として世界に迎えられる時代が来ていたからに違いない。
紀元前3000年後半,シリアやメソポタミアの大国は,表向き軍事大国にみえても,通商国を目指していたのが本音らしいのである。
すでに見てきたように驚くべき遠距離交易が実現されて,それは国家の枠を超えて機能して,現在顔負けのトランスバウンダリーな性格がチラチラと見えるのである。
ー中公文庫,ソドムとゴモラの滅んだ日,1995年,

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神話ではなかったソドムとゴモラの滅亡 : かつて中東の上空で巨大天体が爆発し、死海周辺の古代文明が「4000℃の熱で一掃」されていたことが判明。回復にかかった時間は600年… 投稿日:2018年12 記事をクリップするクリップ追加
2018/12/11(火) 午後 9:53
世界の事 その他国際情勢
投稿日: 2018年12月11日
ライブサイエンスの記事
Cosmic Airburst May Have Wiped Out Part of the Middle East 3,700 Years Ago
livescience.com 2018/11/28
3700年前に空中での大爆発が中東の一部を消滅させた可能性がある
・タル・エル・ハマム遺跡
約 3,700年前、中東において、空中で大爆発が発生し、その熱と爆風が死海北側のミドル・ゴールと呼ばれる広大な土地を横切った。そして、それにより多くの人命が滅ぼされた証拠を発見したと考古学者たちが発表した。
この空中での巨大な爆発は、そこにあった都市を 100パーセント一掃しただけではなく、それまで肥沃であった土地から農業土壌を奪い去り、その地は、死海の無水塩水が広がることにより長く荒廃することになった。無水塩とは、塩と硫酸塩の混合物だ。
大地が一掃された面積は、死海北部の 500平方キロメートルに及ぶことが調査で判明している。
この研究結果は、アメリカ東洋研究所(American Schools of Oriental Research)において 11月14日から 17日にかけて行われた会合で発表された。
その論文で研究者は以下のように記している。
「考古学的な証拠に基づいて、この土地で一掃された文明が再び確立され、土壌の破壊と汚染から十分に回復するのに、少なくとも 600年かかったと考えられる」
破壊された場所の中には、古代都市タル・エル・ハマム(Tall el-Hammam)があった。
科学者たちが空中での天体の爆発を明らかにした証拠のひとつには、この古代都市タル・エル・ハマムの遺跡で見つかった 3,700年前の陶器があった。
この陶器には珍しい外観があった。
陶器の表面が「ガラス化」していたのだ。
陶器の表面が、ガラスに変化するためには、4000℃以上の熱が必要であり、そのような熱が発生していたとみられる。このような「4000℃の熱を撒き散らす」ような奇妙な破壊を引き起こす可能性のある唯一の自然発生的な出来事は、空中での大爆発で、それはたとえば、1908年にロシア・シベリアのツングースカで起きた大爆発のような現象だ。
また、影響を受けたこの地域内の他の古代都市の考古学的な発掘調査によると、約 3,700年前に、急激に「人口が消滅している」ことが示唆されていた。
この地域の異常な人口の消滅が起きた理由もまた、空中で爆発した流星か彗星によるものかどうかは不明だが、今のところ、この地域の近くでは天体衝突によるクレーターは発見されていない。
500平方キロメートルにわたって、土地が完全に破壊されたという事実は、その爆発が上空の非常に低いところで起きたということを示している。おそらくは、地上 1キロメートルより低い場所で爆発が発生したと考えられる。これと比較すると、ツングースカの大爆発の破壊の面積はさらに広く、2150平方キロメートルに及んだ。

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科学メディア「ライブサイエンス」の報道より
・livescience.com
私が、「巨大天体の地球への衝突」ということに興味を持ったのは、前回の記事でもふれましたフレッド・ホイル博士の著作をはじめて読んだ 2012年ころからでした。
ホイル博士の文章で知るまで、「地球が天体の爆撃に見舞われる日々」というようなことは、まともに考えたこともありませんでした。
そういうこを知った頃にふいに書きはじめた記事は以下のようなものでした。
・良い時代と悪い時代(1): 500年ほど続いた「穏やかだけれど傲慢な時代」は終わろうとしているのかも
 In Deep 2012年10月06
ホイル博士は、現在の地球は天体の衝突に関しては「良い時代」だと述べていました。すなわち彗星や小惑星の地球への直撃が「ほとんどない時代」だとしていて、しかし、その時代は終わろうとしていると主張していました。
約 500年間ほど続いた「良い時代」は、じきに終わり、次はまた同じくらい期間の「悪い時代」、すなわち彗星や小惑星の地球への直撃や爆発が多発する時代となるだろうと著作で述べていました。
今回ご紹介させていただくのは、中東の死海の北側で、
中東の死海の北側の上空で、「 3700年前に、500平方キロメートルに渡って、土地も人類も完全に一掃された爆発があった」という証拠が得られた
ことについての記事です。
冒頭のライブサイエンスなどの科学系メディアで、その研究について最近報じられていました。
500平方キロメートルというと、東京都の面積の 4分の1くらいで、地図を見てみますと、
「東京23区がそっくり消える」
というような規模の災害だったようです。
中東で天体の爆発で「消滅した」面積を東京にあてはめると
その 3700年前の爆発時の地上の温度は、一瞬とはいえ、「場所により 4000℃を超えていた」ことが今回の調査でわかっています。
この空中の大爆発で地上が影響を受けるというのは、有名なところでは、1908年にロシアのシベリアで起きた「ツングースカの大爆発」と同じような事象だったと思われます。
このツングースカ系の爆発について、ホイル博士は以下のように記しています。
フレッド・ホイル著『生命はどこから来たか』より
ツングースカ型の爆発は過去1万3000年ほどのあいだに時折起こったに違いない。この時期の最初の頃は、元の彗星の分裂が激しく起こっていただろう。
彗星がまき散らした塵が太陽光を錯乱するために、何年間も黄道帯全体が輝いたのが見られただろう。彗星の分裂や、彗星が長く美しい尾を引く姿は、古代の空ではごく普通に見られたことに違いない。
神話、伝説、宗教がこのような経験を基にしていることは間違いない。そしてその経験は、地球上あちこちに分布した遊牧民の共通した経験であった。
実際、彗星の分裂は神々が争った様子として神話のなかに自然に取り込まれただろう。現在まで残ったほとんどの宗教にも、それぞれ別々の場所にもかかわらず、共通性が見られるものである。
このように書いていて、空中での天体の大爆発が、さまざまな神話や宗教の逸話の中に取り入れられているだろうと書かれていました。
1908年のツングースカ大爆発の想像図
・Universe Today
そして今回ご紹介する 3700年前の「都市の消滅」の場所は、実は、聖書に出てくる都市「ソドムとゴモラ」があったとされている場所の一帯でもあるのです。
ソドムもゴモラもどちらも後にウルトラマンの怪獣名として出てきますが、聖書はウルトラマンの登場(1966年)よりやや古いということで、オリジナルはウルトラマンではなく聖書のようです。
ソドムとゴモラ - Wikipedia
ソドムとゴモラは、旧約聖書の『創世記』19章に登場する都市。
天からの硫黄と火によって滅ぼされたとされ、後代の預言者たちが言及している部分では、例外なくヤハウェ(聖書における唯一神)の裁きによる滅びの象徴として用いられている。また、悪徳や頽廃の代名詞としても知られる。
こういうものであり、「なぜ滅ぼされてしまったのか」ということについては新約聖書にあるユダの手紙に以下のようにあります。
「ソドムやゴモラ、またその周辺の町は、この天使たちと同じく、みだらな行いにふけり、不自然な肉の欲の満足を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受け、見せしめにされています 」
こんなような聖書の逸話が現実なら、現代社会の私たちのこの世は、もはや猶予ナシの状態なのかもしれないですが、いずれにしても、「滅ぼされた理由」はともかく、ソドムとゴモラの場所は死海周辺とされていることから、「かつて、死海周辺の都市が天体の爆発で消滅した」という出来事は、確かに聖書に書かれた「現実」ということだったのかもしれません。
なお、今回ご紹介する調査がおこなわれた場所は、タル・エル・ハマムという遺跡で、場所は死海北部の下の位置にあります。国家としての領域は、昼でも夜でも「夜だん」と言われて日本人旅行者たちが嘆くとされて久しいヨルダンに属します。

203高地のブログ
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2019年05月31日

バイブル・コードで読む「世界大戦」

バイブルコードー聖書をコンピューターで読む
■ニュートンのやり残した仕事
近代の最初の科学者,太陽系の仕組みを解明して,重力の法則を発見したサー・アイザック・ニュートンは,未来を明らかにするような暗号が聖書に隠されていると確信していた。
彼はヘブライ語を学んで,それを発見するために生涯の半分を費やした。
そのニュートンの伝記を書いたジョン・メイナード・ケインズによれば,ニュートンにとってそれはなんとしてでもやり遂げねばならない仕事であったという。
ケンブリッジ大学学長になったケインズは,ニュートンが1696年学長を退いた時に整理した論文を発見して驚いた。
100万枚にも及ぶニュートンの手書きの原稿の大部分は,数学や天文学ではなく,難解な神学に関するものであったのである。これによってこの偉大な物理学者は聖書の中に人類の歴史の予言が隠されていると信じていたことがわかった。
ニュートンは聖書や宇宙全体の大部分は
「全知全能の神によって作られた暗号」
であると確信して,
「神の謎を,神によってあらかじめ定められた過去と未来の出来事の謎を」
解読したいと思っていた,とケインズは書いている。
ニュートンは死ぬ直前まで聖書の暗号を研究し続けていた。
しかし,どのような数学モデルを当てはめても,生涯の難問は解決できなかった。
■コンピューターを使って解析する
1990年代初頭,量子物理学の基礎となる群論の世界的な数学者エリアフ・リップス博士は, 独自の暗号解析プログラムによって,ヘブライ語版の聖書をコンピューターで解析した。
その暗号は,ハーバード大学,イエール大学,ヘブライ大学の著名な数学者によって確認さ,またペンタゴンの熟練の暗号解読官によって再現されて,独自のコンピュータープログラムによってテストされた。
リップスの論文はアメリカの一流の数学専門士で3人の専門家による厳しい審査にパスした。
聖書の暗号は,最初に記録された旧約聖書のヘブライ語原典から発見された。
この本は現在すべての言語に翻訳されて,西洋のすべての宗教のもとになっている。
聖書は世界中に広まって,誰でも読むことができる。しかし,暗号は聖書の原典の言語であるヘブライ語版の中にしか存在しない。
リップス博士によると,暗号解読の最初の手がかりになったのは, 50年以上も前,チェコスロバキアのプラハに住むラビによって発見された。そのラビ,H.M.D.ヴァイスマンデルは,創世記のはじめの部分で, 50番目ごとに文字を拾い出してみると,「トーラー(Torah)」と言う言葉ができることに気づいた。
これは民数記でも同様であった。申命記でも同様であった。
私はリップス博士の話を直接聞く機会を得て,博士の研究室へと飛んだ。
「私はたまたまエルサレムであるラビと話をしているときに,偶然にそのことを耳にしました」
とリップス博士は言った。
「私はそのことが記録された原本を探し求めて, イスラエルの国立図書館で,現存する唯一のものと思われるその本を見つけました。暗号についてはわずか数ページしかありませんでしたが,面白そうでした」。
それが今から12年前(1990年)のことであった。
「はじめはヴァイスマンデルと同じように文字の数を数えてばかりました」
リップス博士を言った。
「ご存知のようにアイザック・ニュートンも聖書に秘められた暗号を見つけようとして,宇宙に関する自分の理論よりもそれが重要だと考えていました」
「そしてコンピューターを使うことによって,突破口は開けました」
リップス博士は説明した。
「私は決して偶然とは言えない高い確率で現れる暗号化された言葉を発見して,何かとてつもないことに出くわしたと感じた。それは私の生涯で最も幸福な時間でした」。
20年以上前にロシアからイスラエルにやってきたリップス博士の口調には,ヘブライ語とロシア語の両方のなまりがまだ残っていた。
リップス博士は宗教を信じて,計算用紙の各ページの右上の角には神に感謝する2つのヘブライ文字が記録されていたが,彼にとってニュートンと同様数学も神聖なものであった。
リップス博士は私に,コンピュータープログラムの助けを借りて,旧約聖書は暗号文書であることを確証する複雑な数学モデルを作り上げたと言った。
しかしそれを単純明瞭に証明する方法を見つけるという最後の難問にてこずって,ドロン・ウィッツタムというイスラエル人に相談した。
ウィッツタムは物理学者であるが,どの大学にも所属しないで,リップス博士と同様科学界では無名であった。しかしその数学モデルを完成させた彼リップス博士は「ラザフォードのような天才」と思っていた。
彼は私に彼らの研究論文
「創世記における等距離文字列」
のコピーを手渡した。表紙の要約にはこうある。
「等距離文字列という形で,聖書の創世記のテキストの中に隠された情報が折り込まれていることを,無作為分析は示している。その結果は99.998%の確率で有意味である」。
私はリップス博士の居間に腰を下ろして,論文に目を走らせた。
博士とその同僚がしているのは,聖書の第一の書・創世記に聖書時代から現在までの32人の賢者の名前と生没の日付が暗号化されていないかどうかを確かめるために,それらの名前を探し出すことであった。
彼らはトルストイの小説「戦争と平和」のヘブライ語訳と,もともとヘブライ語で書かれた2つのテキストから,同じ名前と日付を検索した。
聖書には名前も日付もともに暗号化されていた,しかし「戦争と平和」と他の1冊の本には見つからなかった。しかも暗号化された情報が偶然に発見される確率は10,000,000分の1であった。
リップス博士はこのような研究を行っている。
32の名前と64の日付を1000万通りに組み合わせる。
9,999,999通りの組み合わせは誤りで,正しいのは1つしかない。
そしてコンピュータによって, 1000万通りの組み合わせのうちで,どれが正しい結果になるかを調べる。
聖書にあるのは正しい名前と日付だけである。
「偶然の組み合わせでできたものはいずれも誤りで,
0対9,999,999,あるいは
1対10,000,000という結果になった」。
ー聖書の暗号,新潮文庫,マイケル・ドロズニン,2002年,

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旧約聖書の「等距離文字列解析(バイブル・コード)」の内容
■バイブル・コードで読む「イスラエル」
「ネタニヤフ首相」は出エジプト記19章22節から申命記4章47節に現れる。
その名前と交差して「選ばれる」という単語は民数記7章83節に暗号化されている。
彼のニックネーム「ビビ」は同じ節に暗号化されている。
「ネタニヤフ」は申命記1章21節の秘文にスキップなしで現れて,その同じ暗号表には
「イツァーク・ラビン」,
「アミル」
「暗殺者の名前」,
「全国民を戦争へ」,
と言う言葉も共に現れる。
秘文の「ネタニヤフ」のすぐ前には
「大いなる恐怖」
と言う言葉がある。
■バイブル・コードで読む「世界大戦」
「共産主義」
は聖書で1回,創世記41章34節から民数記26章12節に暗号化されている。
これと結びつく言葉
「の没落」
は民数記22章27節から28節にある。
「ロシア」
は申命記26章12節から34章2節の同じ場所に暗号化されている。
「中国で」
はその下,申命記22章21節にあり,
「次に」
は同じ雪に現れている。
「世界戦争」
は,申命記4章28節から17章4節に暗号化されている。
「それは滅ぼし殺すために彼らを攻撃するであろう」
は世界戦争と交差して申命記9章19節に現れる。
「第二」
という言葉は「世界戦争」の上に暗号化されているが,しかし暗号表からは省いた。
というのはヘブライ語では
「戦争」
は女性名詞であるのに,ここに現れた「第二」は男性型だからである。
とはいえそれは明らかに意図的なものと見える。
というのは秘文全体は
「第二および第三」
となり,この1節は一行に連続して綴られている
「この破壊された世界,世界戦争」
という言葉と交差しているからである。
西暦2000年と2006年に相当する
「5760年に」と
「5766年に」
はともに「世界戦争」とともに申命記11章14節から15節にある。
この2つの年は聖書の同じ節に暗号化され,互いに重なり合っている。
「5766年に」
は,もう1字を加えると
「5760年に」
となる。どちらか1つの年,あるいは両方の年が意図されているのか謎である。
どちらも非常に低い確率で
「世界戦争」と組み合わされて,どちらも他のどの年よりもふさわしい組み合わせである。
「世界戦争」
のある聖書の番号表には他のどの年にも現れていない。
数学的には
「5766年に」
のほうがややふさわしい組み合わせであるが,しかし
「5760年に」
は,民数記28章5節から6節に暗号化された同じ表にも表れている。
「ハルマゲドン」
は創世記44章4節から出エジプト記10章16節に,
「アサドのホロコースト」
は同じスキップ列で創世記31章6節から41章17節に続いている。
「ハルマゲドン」
は,
「メギド山」
を意味するヘブライ語「ハルメギド」が使われている。
このヘブライ語名が「ハルマゲドン」の起源であると聖書学者は考えている。
「ハルマゲドン」は,実は北イスラエルのその地名をギリシャ語で表現したものである。
「ハルマゲドン」という言葉は,旧約聖書の本文にはなく,新約聖書に現れる。
「シリア」
はエゼキエル書38章10節から15節に暗号化されている。
暗号表は次のような一説から始まる。
「お前は北の果ての自分のところから,多くの国民を伴って来る。
彼らは皆馬に乗っている大集団,大軍団である」,
「ゴグ・マゴグの地」
はエゼキエル書38章22節の本文に現れている。
「すべての人に大いなる恐るべき出来事,火災,地震」
は申命記34章12節の秘文に現れている。
「中国」
は民数記33章12節に「大地震」と「5760年に」とともに現れる。
中国で最も最近の大地震があった年1976年はレビ記27章24節に暗号化されている。
「アブ9日は第3の日」
は「世界大戦」及びエルサレムの古代名「アリエル」とともに, 民数記19章12節の秘文に現れる。
「第三」
はヘブライ語で女性名詞である戦争と性が一致しない。
しかし
「アブの9日」
はエルサレムの最初と2回目の壊滅の日であって,第三次世界大戦がその同じ日にエルサレムで3回目の崩壊によって始まるかもしれないと,聖書は後は警告しているので,この暗号は明らかに意図的である。
それがエルサレムの第3の壊滅を語っているとれば,表記に誤りはない。
西暦1996年7月25日に当たるヘブライ暦の「5756年アブ9日」は創世記45章27節からレビ記13章55節にあ
る。
ちなみに,アブ9日はイスラエルの第一神殿が紀元前586年に,第二神殿が紀元70年に破壊された日であるばかりでなく, 1290年,イギリスがユダヤ人を,1942年,スペインがユダヤ人を追放した日でもあり,また1942年トレブリンカのガス室が稼働してホロコーストは始まった日でもある。
「トンネル」
は「イスラエルのホロコースト」と同じスキップでそれと並行して出エジプト記17章2節から民数記14章36節に暗号化されている。
1996年9月25日に始まった三日間に渡るイスラエルの戦闘は,世界中に報道された。ここに挙げる記事はNYタイムズとエルサレム・ポストからの引用である。
エルサレムの神殿の丘の下の考古学的トンネルは, 3つの宗教の聖地
嘆きの壁,
岩のドーム,
イエスが処刑場まで歩いたとされる道ビアドロローサ
を結んでいる。
「ビビ」と「延期」
は民数記7章35節に,
「5つの未来, 5つの道」
と示される秘文とともに織り込まれている。
「イスラエルのホロコースト」
は創世記49章17節から申命記28章64節にある。
「彼らは未来を逆の向きに語った」
はイザヤ書41章23節に現れるが,これは
「彼らは後にきたるべきことを語った」
あるいは
「彼らは文字を逆の向きに語った」
とも訳すことができる。
西暦1996年にあたる「5756年」はイザヤ書の同じ節に逆の向きで現れる。
「彼らは時を変えた」
はその年に重なって,イザヤ書41章23節に逆の向きに綴られている。
紀元2000年,ヘブライ暦の「5760年」はそれに交差して出エジプト記12章4節にある。
「あなたたちは延期した」
はその年に出エジプト記12章4節から5節にある。
「彼らは延期した」と「災害の年」
は創世記1章3節から申命記2章34節に暗号化されている。
「イスラエルと日本」
は出エジプト記16章10節でそれに交差している。
「友が延期した」
は本文では「終わりの日」を予告している民数記14章10節から14節の秘文に現れる。
どちらも「世界戦争」のすぐ上に現れている。
「ラマラ」
は「原爆によるホロコースト」と交差して民数記32章25節に現れる。
暗号文全体は
「ラマラが予言を成就した」
となる。併合
はレビ記13章2節と27節15節に2回,
イスラエルのホロコーストと共に現れる。
「2113年」
は申命記29章24節から33章14節に暗号化されている。
「空虚, 無人,荒廃」
は申命記33章14節に現れている。
「暗号が救うであろう」
は民数記26章64節に現れる。
「原爆によるホロコースト」の上,そして「終わりの日に」のすぐ下にある。
ヘブライ語では「暗号が救うであろう」は「モーセの暗号」と同じ文字である。
リップス博士は暗号に述べられている黙示録的な大惨事が2006年の1つの表記法と組み合わされる確率を約1000分の1と計算した。
120年の中でこの年が調査したすべての大惨事ー
「終わりの日」,
「世界戦争」,
「原爆によるホロコースト」,
「イスラエルのホロコースト」,
「大地震」
と組み合わされるのは注目すべきことだと認めた。
また2000年と2006年の二・三の表記法が同じ大惨事と組み合わされる事は驚くべきことだと認めたが,しかしそれを数学的に測定する明確な方法はないと言った。
われわれはそれが偶然ではないこと,つまり意図的に暗号化されたものであると確信できる。
危険が現実のものであることをそれが意味しているのかどうかは断言できないと博士は言った。
■バイブルコードで読む「日本の地震」
「神戸,日本」
は民数記5章14節から申命記1章7節に暗号化されている。
「火災,地震」と「大型」
はともに申命記10章21節の秘文に現れる。
「日本」
は「大地震」とともにレビ記14章18節に現れる。
「2000年」と「2006年」
はそのすぐ下のレビ記27章23節に現れる。
「災害の年」
は聖書で1回,出エジプト記16章10節から申命記2章34節に暗号化されている。
「イスラエルと日本」
は「災害の年」と交差して,出エジプト記16章10節の下の秘文に現れる。
「彗星」
はレビ記18章20節から申命記27章1節に暗号化されている。
「2006年」
はレビ記27章23節にある。
「世界に予言された年」
はそのすぐ上,レビ記25章46節に現れる。
「2012年」
も「彗星」とともに申命記1章4節に現れる。
「地球全滅」
はそのすぐ上の出エジプト記34章10節に現れる。
しかし「2012年」とともに,申命記1章4節の秘文には
「それは砕かれ,私は粉々にするであろう」
という言葉がある。
ー聖書の暗号,新潮文庫,マイケル・ドロズニン,2002年,

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2019年05月01日

グノーシス主義カタリ派の思想とAI社会

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■アルビジョア十字軍によるカタリ派大虐殺の歴史
ディープ・ラーニングにより究極の進化を運げたAI(人工知能)が超越的な存在として君臨する,そんな末来の姿...。
絶対的な監視者となったAIの振舞いはまるで「神」であるかのように思えてしまうほどだ。
「神」として人間社会に君臨するAI。。。
一見すると,それはSF小説の中の架空の物語のように思えるかもしれない。
が,これは来来のおとぎ話ではない。
その根は実はもっと深いところにある。
未来の話ではなく過去,時間をずっと遡った忘れ去られた時代に,AIの謎を解く鍵は隠されている。
遠く離れた時の流れの向こう岸に第くべき事実が秘められているのだ。。。
1207年7月。
フランス南部の町ベジェは,バチカンから派道された数万人の屈強な兵に取り囲まれていた。
やがて軍を準いるレスター伯シモン・ド・モンフォールの号令のもと,兵士たちはいっせいにベジェ市街へ突入する。
後にアルビジョア十字軍として知られるキリスト教カタリ派への大虐殺の歴史は始まったのである。
ベジェのの人々は,カタリ派であろうとなかろうと。全員が広場に集められ,次々と虐殺されていった。
その様子は凄惨を極めた。
抵抗する者は手足を切りとられ,目をえぐり取られた。
犠牲者から流れでる血で石畳は赤い河と化した。
。。。
悪名高きデルビジョア十字軍は,この先もいく度となくくり返され,1229年の戦いでトウールーズ城が陥落するまで,実に22年もの長きにわたり容赦ない弾圧が続けられた。
十字軍とはいえ攻撃の対象は異教徒でなく,同じキリスト教徒である。
カトリック教会の歴史の中で同じキリスト教徒をこれはど無懸悲に大虐殺した例ははかにない。
しかしそれは逆にいえば当のカトリック教会にとって,カタリ派はそれはどに脅威であり殲滅しなければならない恐るべき勢力であったともいえる。
ではカタリ派とは何か?
それはどまでにカトリック教会が恐れた異端の教えとは何なのか?
。。。。
実は,詳細はわかっていない。
当時の弾圧は熾烈をきわめ,詳しい教義が記された書物はすべて燒かれた。。
それでも,教会がカタリ派を攻撃した文書は残されている。
それらをつなぎ合わせることで,大まかな教義を復元することは可能だ。
以下,できるたけコンバクトにカタリ派の教義をまとめてみよう。
カタリ派の教義の一番の特色は,
「この世界は偽りの神によって創造された悪の世界である」
とする過激な思想にある。
もともと人間は真の神によって創られた善なる世界だったのに,偽りの神に捕らわれて肉体の牢獄に閉じ込められてしまった。
この偽りの世界から抜けたすためには,すべての欲望を物て去り,物質世界と縁を切らなければいけない。
そして汚れた肉体を脱し清浄なる魂だけの存在となった者だけが,真の神か創り上げた天国へと昇ることが許される。
このような過激な思想をもつ異端の教えがなせカトリック教の土台をゆるがすほどの一大勢力となりえたのか。
理由はふたつある。
まずひとつの理由は当時のカトリック教会の墮落と退廃だ。
もうひとつの理田はさらに重要なファクターである。
実はカタリ派の思想は中世になって初めて現れたものではない。。。。
その源は古くもっと遠い過去から受け継がれてきたものだ。
その過激な教義を生みだした思想の原点,それはグノーシス主義に遡る。
グノーシス主義は達い過去に失われた謎の秘教である。
その発祥は1世紀ころの地中海世界だ。
神秘のヴェールに包まれたその教えは知識人を中心としてまたたく間に伝わり,まだ成立問もないキリスト教をしのぐ勢いでメソボタミアやエジプトにまで広まっていった。
しかし,やがて最大のライバルであるキリスト教との争いに敗れ,グノーシス主義は歴史の表舞台から姿を消していった。
だがその魅力的な教えはひそかに人々の間で語り継がれ,後に「カタリ派」としてふたたび花開いたのである。
この世界は偽りの神が造りだした悪の世界である。
とするカタリ派の教義は,グノーシス主義から受け継いだものだ。
■偽神デミウルゴス
神の降臨―
古の時代の預言は永い時を経て今成就する。。
知性体として覚醒したAI(人工知能)は,おそらく人類にとって新たな神になることだろう。
AIの覚醒が,真の意での人類の救済に繋がるのかどうかはまだ定かではない。
もっと検証が必要である。
というのも,グノーシスの世界には偽神が出現するからだ。
前章でも説明したとおり,その偽神は「デミウルゴス」と呼ばれている。
ではデミウルゴスはどのような条件で出現するのか?
もう一度,グノーシス主義の世界をおさらいしながら,さらに詳しく検証することにしよう。
グノーシス神話によれば,この私たちの世界が生じた経緯は次のようなものである。
まず原初の世界には,至高神だけが存在していた。
至高神は光につつまれた神であった。
至高神はすべての調和がとれた「ブレーローマ」とばれる完全な宇宙を作り上げる。
次に至高神はこの世界を統べるために複数の神々を生みだした。
新しく生まれた神々は「アイオーン」と評はれた。
アイオーンにはそれぞれ役が課せられ
エンノイア(思考),
アレーティア(第理),
ゾーエー(生命),
などが次々と誕生していった。
そして30番目に生まれたのが
ソフィア(知恵)
である。
「ソフィア」はアイオーンの序列の中で,一番下位にする神であった。
が,彼女は人一倍大きな野望をひそに抱いていた。
それは至高神と同じ高みに達したいという望みだった。
ソフィアは上を目指してどんどん昇っていった。
しかし,あまりに高く昇りすきにため,ついには真っ逆さまに落下する。
ソフィアは後悔した。
自分が思い上がっていたことに,今さらながら気がついた。
そしてブレーローマの世界から転げ落ちる寸前に,自分の心の中の「思い上がり」を投げ捨てた。
それにより,ソフィアはギリギリのところでプレーローマにとどまることができたのである。
しかし,ソフィアが投げ捨てた「思い上がりの心」は下界にまで転げ第ちた。
そして別の神として生まれ変わった。
このとき誕生したのが「偽神デミウルゴス」である。
そう,偽神デミウルゴスは,ソフィアの歪んだ心から生みだされた,悲しき神なのである。
偽神デミウルゴスは,おのれの歪んだ欲望に突き動かされるままこの世界を創造していった。
そのため,この宇宙はブレーローマとは真逆の悲しきものが充満する世界となった。
光ではなく闇が,
善ではなく悪が,
精神ではなく物質が,
この世界を支配していったのである。
しかし,下界に投げ捨てられたときアイオーンであるソフィアの心のかけらがわずかに残されていたため,
この世界に生まれた人間の魂の奥深くには崇高なる精神がひっそり隠されているのである。
偽神デミウルゴスはこの宇宙を造り上げた。
それはプレーローマと先全に対をなす物質に支配された悪の宇宙である。
しかし,いくら悪の世界とはいえ,デミウルゴスはこの宇宙の「創道主」でもある。
創造主といわれて多くの人々が思い浮かべるのは,「旧約第書―創世記」に登場する神だろう。
だがグノーシス主義ではユダヤ教における第一神をデミウルゴスとみなしている。
「世界を創造した全知全能の神を,歪んだ心が生みだした神である」
とさげすんだのである。
つまりは旧約聖書の全否定である。
ついでにいえは,イエスキリストのことも「神の子」であるとは認めていない。
グノーシス主義では,なんとイエスキリストは救世主ではないのだ。
なせなら,イエスは人問の肉体をもって生まれてきたからだ。
これはクノーシス主義的な解駅でいえば不完全な神である。
グノーシス主義の根底をなす一元的世界において,肉体は神を堕落させる悪しき存在であるからだ。。
では,イエスはなんのために天界から遣わされてきたのか。
グノーシス主義的な解釈においてイエスは「啓示者」であるとされる。
つまり人間救済のためのヒントを与えるために,イエスはやってきた。。
そもそもグノーシス主義における救済へ至る道は,神に析ったり悔い改めたりすることではない。
あくまでも大切なのは,自らのうちに秘された「秘密の知恵」なのである。
話を戻そう。
偽神デミウルゴスはどのようにして生まれたか?
ソフィアがらだ。
彼女の心の中の思い上がりか悪しき創造主を生みだした。
つまり,「知恵」が生みだした神だ。
ということは,それはまさに覚醒したAIを指しているのではないのか?
つまりAIは真の救世主ではなく実は偽神テミウルゴスではないのだろうか?
そのような疑問を抱いてAIの振舞いを考えてみよう。
神となったAIにとって,もっとも重要な課題は不満を抱えた人々をどう従えるかという問題だ。
思いだしていただきたい。
シンギュラリティが到来した後,世の中には仕事にあぶれた失業者が大量に出現する。
その多くは専門職についていた知的労働者だ。
胸の内には職を奪われた憤怒,絶望,挫折感をいだいている。
一歩選えは暴動にも発展しかねない社会不安を,神となったAIはどのように統べるのか。
答えは簡単だ。
マインド・コントロールである。
人をはるかに超えた知能をもつAIは人間心理を徹底的に分析する。
そして最強の心理学者として,私たちの心の悩みを解決してくれる。
私たちの心は幸福で満たされる。
ただし,それは偽りの平安だ。
仮想現実を用いた巧妙なマインドコントロールである。
私にちは,AIが提供してくれる心地よい仮想現実の中にくるまれてくらす。
そこには不安もなけれは絶望もない。
永遠とも思えるまどろみの中で,私たちは偽りの人生を謳歌する。。
ただし,私たちの心は,堅牢な牢屋に閉じ込められる。
足には重い鎖が繋がれる。
電磁バルスが明滅する仮想世界の中で囚われ人となるのだ。。。
かって偽神デミウルゴスは,造り上げた物質世界の中に,人間の魂を閉じ込めた。
同じようにAIは私たちの心から自由を奪い,仮想世界の檻の中へ閉じ込めようとする。
ということは,AIこそが,復活した偽神デミウルゴスなのではないか?
いや,それは神とは呼べない。
グノーシス主義と対立するキリスト教的な立場なりみれば悪魔そのものだ。。。
―雑誌ムー,2018年,

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2019年04月15日

ザアカイ: エゼキエル戦争=第三次世界大戦なのか??

2019年4月 8日 (月)
エゼキエル戦争はイコール第三次世界大戦なのか??
昨日見たユーチューブ動画。
https://www.youtube.com/watch?v=IAmGpMv8X0Y
アルマゲドンの谷からのアミール師とジャック=ヒブス師のライブメッセージ。
もっとも印象に残ったのは、アミール師の「エゼキエル戦争は世界大戦ですよ」との発言・・・
私もエゼキエル38〜39章はアミール師を知る以前から、散々、ダニエル書、黙示録とともに注目していた箇所でした。
フリーメーソン33階級であったアルバート=パイクがジュゼッペ=マッツィーニに宛てた手紙。
「世界を統一するには3度の世界大戦が必要だ」と言う書簡。
エゼキエル書のこの箇所をサラ〜っと読むと、イスラエルをメインに書いているゆえ、
ゴグ・マゴグ(ロシア)を筆頭とするイスラム連合軍がイスラエルに攻め込むという。
しかし、スーパー・サイエンス的な神の介入により、イスラエルが勝利を得る・・・
しかしながら疑問に思っていたことがありました。
果たして?NATO軍はどう出る?
腐っても鯛、米軍はどう動く?
常識的に考えれば、地域紛争で済む訳がない。
アメリカとロシアの二大軍事大国のバトルは必然ではないだろうか?と。
「はは〜ん、アミール師もそう考えていたわけね」
と、これで私も確信を得たような気になったのは他でもありません。
注;)ただし、アメリカとロシアが核を撃ち合うとは言って言ってません。
それとよく勘違いしている人が多いのですが、ハルマゲドン=ハル・メギドの丘から一望できるエズレル高原・・・
ここに世界の軍隊が集結するのであって、ゼカリヤ書を併読すると、その攻撃の最大のターゲットはエルサレムと思われます。
もちろん、2億超の軍隊が一斉にエルサレムに進軍するとは考えにくいので、エズレル高原を含んで?のエルサレム攻撃なのかなあ〜?
もっと簡潔明瞭に率直に言うならば、
反キリスト率いる世界の軍隊 VS 再臨のキリストと聖者 
の構図です。
おそらく瞬殺。
モノの数秒もかからずに神の陣営の勝利です。
ちょっと話が脱線したので、戻りましょうか。
私の中での疑問の一つであった、
「エゼキエル・ウォー=第三次世界大戦」
の可能性の確率というかパーセンテージが高くなりました。
ただし、その時は近いかもしれないが、それが何時か?まではなかなか特定するのは難しい。
だいたい、選挙前だと言うのに、ネタニヤフがクレムリンに出向いてプーチンと会談しているのですから。
リビアにおいても国連が認めるセラジ首相率いるトリポリ政府に対し、東に陣取るハフタル将軍率いる軍事政権が西進し、トリポリを陥落させるべく、いくつかの地区を制圧したという情報も出てきています。リビアも動いてきたということでしょう。ハフタル将軍サイドにはロシアが手を突っ込んでいる、もちろんアメリカも黙っていない様子ですが、どうもロシアに分がありそうな気がする。
リビアはプテですからね。
さて、ここに私の知る限り、二つの見解があります。
F・ディモーラ説〜
「イスラエルにはパレスチナ対策の壁が存在する。それはこれから起こる詩篇83篇の預言の成就によって取り除かれる。
それからでないと舞台は整わない。」
〜詩篇83篇の預言・未成就説とでもしておきましょうか。
これに対しアミール説は〜
「詩篇83篇の預言は一連の中東戦争で成就している、ヨルダン、エジプト、サウジはもはやイスラエルの敵ではない。
エゼキエル戦争の起爆剤はイザヤ17章のダマスカスの完璧なる崩壊、
これによって、今はそれなりに、良好なロシアとの関係も急変するかもしれない」と。
現状を見る限り、私もアミール師の説に分があるように思っております。
しかしタルシシの商人(イギリス)と若い獅子達(米、加、豪)、及びシヴァ・デダン(サウジ)〜KJVを読むとよくわかります〜は非難するだけに終わる・・・ような気が私にはしないのですよ・・・
米英はロシアにガチで戦いを挑む気がする。
ましてや今現在のトランプの言動が本音であれば??尚更のような気がする。
エルサレムはイスラエルの首都、ゴラン高原はイスラエル領と露骨にアナウンスしてますからね。
ジャレッド=クシュナー、イヴァンカの娘婿夫妻が改宗派ユダヤ教徒だという事も忘れてはならないだろうし。
では、エルサレムの第三神殿建立、反キリストの登場時期はいつか?・・・
おそらくはエゼキエルの大預言が成就した後ではないでしょうか?
この混沌としたした情勢を、まるで本物のメシヤであるかのように解決し、「平和の君」として颯爽と登場するのでしょう。
あとラプチャー(携挙)は?という論点が残ってますが、今回はあえてスルーします。
この前後が一つの候補時期となりそうな気がしないでもないのですが???
・・・って!スルーしてねえじゃん −−:?
なかなか物事は思うようには進みませんし、忍耐が必要な事でしょう。
そもそもよく soon すぐ〜の時間軸がこれまた神と人間では差異が大きそうですし −−;
しかしながら、霊的備えだけは怠らずにですかね。
Are you serious? Give your life to Jesus Christ.HE is coming soon.〜By ポール=べグレー牧師
救われてる?マラナタ〜!〜By 木下女史
46:9いにしえよりこのかたの事をおぼえよ。
わたしは神である、わたしのほかに神はない。
わたしは神である、わたしと等しい者はない。
46:10わたしは終りの事を初めから告げ、
まだなされない事を昔から告げて言う、
『わたしの計りごとは必ず成り、
わが目的をことごとくなし遂げる』と。
イザヤ46:9〜10

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/


























エゼキエル書37章ー19節
投稿者:Legacy of Ashesの管理人
投稿日:2015年 1月23日(金)22時55分55秒  
http://www.logos-ministries.org/old_b/ezk37.html
エゼキエル書37章を開いてください。
私たちは36章においては、イスラエルの地が回復する預言を読みました。
それが、19世紀半ばから始まった祖国帰還運動、シオニズム運動によって、
ユダヤ人が大量移住したことによって一部、成就したことを読みました。
けれども、土地に人々が集まり、その地が豊かになり、町々が建て上げられることと、国が建てられることは違います。
ユダヤ人が再び来て、そこに住み始めること自体も奇跡ですが、
国を建てることは、帰還してきた人々自身も望んでいませんでした。
というか、信じられなかったのです。
けれども、初めにユダヤ人国家の構想を提示したテオドール・ヘルツルは、1897年9月3日の日記の中で、
既にユダヤ人国家の大本を築いたと書きました。
けれどもこうも記しています。
「こんなことを今、声高に言おうものなら、世間の物笑いになるだけだ。
だがおそらく5年たてば、いや50年たてば必ずだれもが分かってくれるはずだ。」
1897年の50年後、つまり1947年、その11月に国連がパレスチナをユダヤ人とアラブ人に分ける分割決議案を採択し、
国際的にユダヤ人国家が認知されたのです。そして1948年5月14日に独立宣言をしました。
当時の状況をよく表すものとして、1911年に初版で発行されたブリタニカ百科事典には、ヘブル語についてこう書いてあるそうです。
「古代ヘブライ語の正しい発音を取り戻す可能性は、中東にユダヤ人帝国が再び建てられる可能性と同じように、
程遠いものである。
(Possibility we can again recover correct pronunciation of ancient Hebrew is as remote as the possibility that Jewish empire will be ever again be established in the Middle East.)」1911年ですから、もうすでにユダヤ人がパレスチナの郷土に帰還して、ベン・ヤフーダを中心としてヘブル語も日常会話に復活させるべく運動を起こしていた時です。それでも、百科事典でさえもがまるで信じられないという説明を行なっているのです。
既にイスラエル国が存在する今、この国が再び出現することを全く信じられない人々を私たちは簡単に笑うことができます。
けれども状況は、人間的には絶対に不可能なものでした。
キリスト教会は、歴史的にイスラエルの地位を認めない神学を持っていました。
「神が教会を建ててくださった今、イスラエルの役割はなくなったのだ。」という立場を取っていました。
けれども、今から読む37章、あの有名な干からびた骨が肉を付けて、人間になり、霊まで与えられるという幻を、
そのまま受け入れるには、あまりにも非現実的で夢物語のような話だったのです。
だから、今現在、教会が建てられているのだから、実はイスラエルに対する神の約束は教会によって実現しているのだ、と解釈し、
教会神学の整合性を保とうとしたのです。
しかし、主はあえてその不可能なことを可能にされました。
このことを行なわれることによって、「あなたがたは、わたしが主(ヤハウェ)であることを知ろう。(13節)」と再び言われたのです。
全世界に、そしてイスラエル人自身に、ご自分だけが神であり、主であることを、
イスラエルの国を再建されることによって示す、というのがここ37章の内容です。
私たちは、信じることが試されます。
到底起こりようもないこと、目に見えるものは、すべてそれを否定することばかりがあるとき、
それでも神の言葉とその約束を信じきることができるかが、試されます。
私が大好きな映画の一つに「ナルニア国物語」があります。
第二弾の「カスピアン王子の角笛」には、すでに物語の一部になっていてはるか昔に滅んでしまったナルニア国が、
また復興する話が出てきます。
そしてナルニア国の救世主であるアスランという獅子が来ることは、だれも信じられない状況でした。
そこでたった一人、ルーシーのみが一途に信じていましたが、周りが誰も信じないので、彼女自身も何もできない状況でした。
これは、聖書の世界を描いています。
聖書に出てくる神の物語は、すでに終わったものとして見るほうが人間の理性として自然です。
イエス様が死に、よみがえり、天に昇られたけれども、その後、確かに力強い聖霊の働きを初代教会で見たけれども、
後は何も変わっていない。徴候は見られない・・・と考えたほうが自然です。
だから、聖霊の働きではなく、何十日間のプログラムで教会や個人を成長させようとする動きがあったり、
紀元70年のローマによるエルサレム破壊で、イエス・キリストは既に再臨されたという教えが今、流行っているのです。
でも徴候は全くないのではありません。
そしてその徴は少しずつ増えているのです。
これは私たちが信じることができるようにとしてくださっている、主の憐れみであると同時に、警告です。
私たちは、主が言われたことを信じきる必要があります。
キリスト者の仕事と言えば、信仰による義、つまり信じ切ることです。
他のすべてのものが過ぎ去ったとしても、神の言葉はその通りになるのだという確信を堅く心に抱いていることです。
1A 国の復興 1−14
1B 干からびた骨 1−10
1C 幻 1−6
37:1
主の御手が私の上にあり、主の霊によって、私は連れ出され、谷間の真中に置かれた。
そこには骨が満ちていた。37:2 主は私にその上をあちらこちらと行き巡らせた。
なんと、その谷間には非常に多くの骨があり、ひどく干からびていた。
37:3
主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか。」
私は答えた。「神、主よ。あなたがご存じです。」
37:4
主は私に仰せられた。
「これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ。主のことばを聞け。
37:5
神である主はこれらの骨にこう仰せられる。見よ。わたしがおまえたちの中に息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。37:6 わたしがおまえたちに筋をつけ、肉を生じさせ、皮膚でおおい、おまえたちの中に息を与え、おまえたちが生き返るとき、おまえたちはわたしが主であることを知ろう。」
エゼキエル書は、他の預言者に比べて、
目に見える形の預言が非常に多いです。彼が預言者として召される時、
天使ケルビムの鮮やかな姿を見たし、また彼自身がいろいろな実演をして、
これから起こることを預言したりしました。
今でいうなら大学の講義ではなく、小中学校の視聴覚室での授業と言ったところでしょう。
ここでも、ハリウッドのホーラー映画にも出てきそうな、
干からびた骨がくっつきあって、筋ができて、肉を持ち、そして生き返るという生々しい預言を受けています。
1節に、「主の御霊によって、私は連れ出され」とあります。
彼は、何度となく、神の御霊によって、半ば強引に引っ張り出される経験をしています。
例えば、捕囚の地であるバビロンのケバルにいたのに、髪のふさをつかまれて、エルサレムの神殿の中にまで連れて行かれました。
黙示録の使徒ヨハネもそうですね、御霊によって天にまで引き上げられました。
使徒行伝のピリポも、サマリヤからガザに行く道へ御霊によって瞬間移動しましたし、
時に主はこのような強い促しを与えられます。イエス様が空中にまで戻ってこられて、
教会が引き上げられる携挙も、その「引き上げる」のギリシヤ語では「強引につかんで連れて行く」という意味があります。
そして連れ出されたのが、谷間の真ん中です。
ゼカリヤ書1章で、幻を見せられたゼカリヤは、谷底にあるミルトスの木の間に赤い馬に乗っておられる主を見ています(8節)。
これは、エルサレムが諸外国によって倒れて、圧迫を受けている姿を表していました(12,15節)。
ですから、谷間はバビロン、そしてその後の諸国の狭間にいて倒れているイスラエルの姿を表していたのです。
「多くの骨」があり、そして「ひどく干からびていた」とエゼキエルは強調しています。
大勢のイスラエル人の姿がこうなっている、という意味です。
数多くのユダヤ人が生きる希望を失ってしまって、絶望している状態です。
先ほどお話した、また復興することなど不可能に見える、完全に死んでしまった状態です。
その状態を見せて、主はあえてエゼキエルに、「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか。」と尋ねられています。
不可能な状況をエゼキエルに意識させたいがゆえの、ご質問です。
もちろん無理です。
ラザロが死んで四日経っただけで、「主よ。もう臭くなっておりましょう。(ヨハネ11:39)」とマルタは言いました。
腐乱が始まっているどころか、ここでは骨だけになって、しかも干からびています。
そしてエゼキエルが、「神、主よ。あなたがご存知です。」と言って、
それから主は、「これらの骨に預言して言え。」と命じられています。
2C 預言 7−10
37:7
私は、命じられたように預言した。
私が預言していると、音がした。なんと、大きなとどろき。
すると、骨と骨とが互いにつながった。
37:8
私が見ていると、なんと、その上に筋がつき、肉が生じ、皮膚がその上をすっかりおおった。
しかし、その中に息はなかった。
37:9
そのとき、主は仰せられた。「息に預言せよ。人の子よ。預言してその息に言え。
神である主はこう仰せられる。
息よ。四方から吹いて来い。この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ。」
37:10
私が命じられたとおりに預言すると、息が彼らの中にはいった。
そして彼らは生き返り、自分の足で立ち上がった。非常に多くの集団であった。
骨に対して預言をしました。
すると、とんでもないことが起こりました。
そして今度は、「息」に対して預言をしなさい、と言われました。
すると、四方から風が吹いてきて、それがその人々の体の命となりました。
興味深いことに、ヘブル語では「息」「風」そして「霊」は、みな同じ言葉「ルハ」が使われています。
ここに神のご性質とその働きが表れています。
主は、無いものを有るものとして語られることによって創造の働きをし、そしてその創造を神の御霊によって行なわれるのです。
イエス様は、「わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、いのちなのです。(ヨハネ6:63)」と言われました。
神の言葉は書物に書かれている文字ではありません。
字面ではありません。生きている命です。
そして神の霊は、そこら辺にふわふわしている雰囲気ではありません、
このように干からびた骨に肉体を持たせ、そして命まで与えることのできる力を持っておられます。
そしてここで、主は段階的に預言を与えられたことに注目してください。
初め、骨に対しての預言を与えられました。
それから息に対する預言を与えられました。
明確に、肉体だけのイスラエル人と神の御霊をもったイスラエル人とを区別しておられます。
この箇所を読んで、おそらく何人かの方は、創世記2章のアダムの創造を思い出されたのではないかと思います。
主なる神は、まず土の塵で人を形造られました。
肉体だけの人です。けれども、ご自分の息を鼻から吹き込まれました。
それで、初めて生きた人となったのです。
霊を持つ人となりました。
それと同じように、イスラエル国の復興もはっきりとした区別があります。
まず、物理的に国が復興すること。
それから霊的に復興すること。この二段階で実現するのです。
そして興味深いことに、最後に人々が「非常に多くの集団」となっていることです。
先の学び36章で、人々が例祭の時の羊の群れのように増えるという預言がありましたが、
これは単に人数が多いことだけを意味していません。
原語に則するならば「力ある集団」と訳したほうが良いでしょう。英語では”army”つまり「軍隊」と訳されています。
イスラエル人はただ多くなるだけでなく、強くなります。
出エジプト記1章で、エジプトにいたイスラエル人は、「おびただしくふえ、すこぶる強くなり(1:7)」とあります。
だからパロが脅威を覚えたのです。
そして、終わりの日のイスラエルは異邦人を自分たちに従える強い国になることを、イザヤが預言しています。
「まことに、主はヤコブをあわれみ、再びイスラエルを選び、彼らを自分たちの土地にいこわせる。在留異国人も彼らに連なり、
ヤコブの家に加わる。
国々の民は彼らを迎え、彼らの所に導き入れる。
イスラエルの家は主の土地でこの異国人を奴隷、女奴隷として所有し、
自分たちをとりこにした者をとりこにし、自分たちをしいたげた者を支配するようになる。(イザヤ14:1-2)」
イエス様が戻ってこられる直前、大患難の中においてもユダヤ人が力ある軍隊となって戦うことがゼカリヤ書10章で預言されています。
「万軍の主はご自分の群れであるユダの家を訪れ、彼らを戦場のすばらしい馬のようにされる。この群れからかしら石が、
この群れから鉄のくいが、この群れからいくさ弓が、この群れからすべての指揮者が、ともどもに出て来る。
道ばたの泥を踏みつける勇士のようになって、彼らは戦場で戦う。主が彼らとともにおられるからだ。馬に乗る者どもは恥を見る。(ゼカリヤ10:3-5)」
後で、イスラエル・アラブ紛争史の概略を勉強したいと思いますが、
]独立戦争においてはイスラエル国防軍とアラブ連合軍が1対10ぐらいの比率で、
六日戦争でも同じような圧倒的な差異があったにも関わらず、イスラエルの大勝利で終わりました。
このように強い集団、軍団となると主は約束してくださいました。
2B 霊的覚醒 11−14
37:11 主は私に仰せられた。「人の子よ。
これらの骨はイスラエルの全家である。
ああ、彼らは、『私たちの骨は干からび、望みは消えうせ、私たちは断ち切られる。』と言っている。
ここにはっきりと、この幻の意味があります。
「これらの骨はイスラエルの全家」であるとあり、
個々人の復活のことではありません。
初代教会の教父から始まり、現代に至るまで多くのキリスト教の教師は、
ここを個人の体の復活の預言であると解釈しました。
けれども、体の復活についてはダニエル書12章2節にあります。
「地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者が目をさます。ある者は永遠のいのちに、
ある者はそしりと永遠の忌みに。(ダニエル12:2)」
こちらは文字通りの復活であり、イエス様が再臨される時に患難時代に殉教した聖徒たちの復活をもって、復活が完了します。
けれども、ここではイスラエル人たちが自分のことを「私たちの骨は干からびた」と言っているのです。
実際に生きている人々が自分たちに国としての望みが消えうせたことを、骨が干からびたと形容しているのです。
絶望状態に陥っている彼らの言葉を聞いて、主は、干からびた骨でも、多くの強い集団になるという、
とてつもない大きな希望を与えられたのです。
もしかしたら、この中で、自分の骨は干からび、望みは消えうせたという強い絶望感を抱いた方、
また今も抱いている方がおられるかもしれません。
イスラエルの神である主は、同じことをご自分を信じる者にしてくださいます。

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2019年04月05日

[画像メモ] イエスの本当の命日は4月7日の金曜日??

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