2018年12月23日

出揃った韓国「破滅」の条件。>>中露による世界分割劇>>日月神示実現??

出揃った韓国「破滅」の条件。米韓同盟終了と日本の資金援助拒否
人気記事国際
2018.11.06
513 by 津田慶治『国際戦略コラム有料版』
tsuda20181105
「政治思想の欠落」を疑われても仕方のないようなトランプ外交に翻弄され、世界の米国離れが進行しています。
「もっとも顕著なのが韓国」とするのは、メルマガ『国際戦略コラム有料版』の著者・津田慶治さん。
津田さんは今回の記事で、南北統一にひた走る文在寅大統領の思惑と、北朝鮮との統一が韓国にもたらす負の側面を記しています。
米中貿易戦争の緩和か
11月第1週は、株が下落していたがトランプと習近平の電話首脳会談で貿易摩擦緩和で一致したという。どうなるか?
株価上昇の原因
NY株は、10月3日に2万6,651ドルと過去最高値を付けて、10月26日に
2万4,688ドル
まで下がったが、11月1日2万5,380ドルに戻したが、11月2日は
2万5,270ドル
と前日より109ドル下げた。中国と米国の電話首脳会談が実現して、11月の首脳会談で合意草案策定をトランプ大統領は指示したと報道、その後、ホワイトハウス高官やクドロー米国家経済会議(NEC)委員長が早期の米中の貿易合意に否定的な見方を示したことで、下げている。
しかし、日経平均は、合意草案の報道を受けて空売りの買戻しで11月1日に550円以上も上げて2万2,243円まで上昇した。日本も10月2日に2万4,448円と6年ぶりの高値を付けたが、10月26日に2万0,971円と下げていたが、戻した。
前回「アメリカ、終わりの始まり。それでも中国とは距離を置くべき理由」で、米中貿易戦争の一時休戦などの政治的な取り組みがないと、下落が続くとしたが、トランプ大統領も暴落の原因が米中貿易戦争であると見て、日本の安倍首相に中国 と米国との仲介を依頼したと見ている。
そして、安倍首相により中国に、日本が経験した米国との貿易摩擦の対処方法を説得し、中国が対応を変えたようであるが、そのことを中国国民に隠すために、中国が日本より上を演出したのであろう。
安倍首相訪中に米国は、非難しなかった理由でもある。
安倍首相は、帰国後米国のトランプ大統領に中国の妥協した事項を伝えて、米国から電話して米中電話首脳会談が実現し、妥協が成り立った可能性もある。
中国の対応が大きく変化し柔軟になっている。
しかし、まだ、妥協事項についてはわからないし、トランプ大統領の得意な交渉の駆け引きかもしれないし、中間選挙のために株価を上げるためだけに、わざと仕組んだ可能性も否定できない。
株価の今後の動向
IMFは、2019年の経済見通しを下方修正し、アップルの決算報告は良かったが、今後の見通しを述べなかったことで期待値に達しないと、アップルまでもが株価を下げてしまった。
これでFANG株すべてが値下がりになった。NY小型株はほとんど下げているし、J&JやPGなどのデフェンシブ株だけが良い。
しかし、ハイイールド債の暴落はまだないので、景気の後退期には入っていない。
一進一退の景気状況のようである。
日本企業も減額修正が多くなり、すべての企業が増収増益の感じから少し変化して、景気の変わり目を予兆している。
これは、相場の大きな転換点になっている。そして、2019年3月以降景気減速が明確化する可能性が高い。
3月以降は、米減税の効果が剥がれてくるこ とになり、景気を支えるものがない。
よって、空売りの戻り買いしかないので、自立反発も長続きはしない。
だから、10月2日に付けた2万4,448円を上抜けはしない。
株価は、将来を織り込むので、景気後退が見えてきた現時点では、それを織り込み始める。
悪い材料が出ると空売りが50%を超えて株価が暴落し、良い材料が出ると暴騰の繰り返しになる。
上下動に激しい相場になる。しかし、企業業績が徐々に下向きになるので、株価は徐々に下がることになる。
ということで、下げのエリオット波動が始まり、第1波が来たようでもある。
上下しながら、下がっていくことになる。景気後退期になり、金融政策も変化させる必要になる。
金融政策
次回のFRBの利上げは難しい。株価の暴落になる と利上げはできない。
というより、金融緩和に戻る可能性も高い。量的緩和で資金が市中にダブつき賃金上昇によるインフレ圧力は高く、米国債金利上昇で景気後退になるとスタグフレーションとなり、最悪になるので、その前に処置をしないといけなくなる。
インフレが大きくなる前に米国が景気回復の金融緩和すると、日本はどうするかということになる。
現時点でも1ドル=113円であり、金利差が縮小すると円高の可能性も出てくる。
景気後退期に入り、日本の金融政策の方が難しい。
円高で不景気になるが、より強い量的緩和を行うと、株式市場も市場機能が失われる。
現時点ではPERが13倍程度と株が安い状態であり、市場機能は健全であるが、企業利益が少なくなり、PERが16倍以上になると 、株が高い状態になり、日銀のETF買いは市場機能を損なう可能性が出てくる。
金融政策でもマイナス金利で現時点でも金融機関の利益がなくなり、地方銀行が大変なのに、不景気になったら貸出先もなくなることで一層存続が見通せなくなる。
非常にアクロバット的な金融政策にするしかなくなる。
PERの数値に基づく日銀ETF買いと短期金利をゼロ%にして10年国債の金利を引き上げて1%にした国債買いを行うことにするしかない。
この処置を景気後退前にすることである。景気後退が明確化した後では、この処置もできなくなる。
しかし、不景気で輸出がなくなると経常収支が大幅な赤字になり、円安に振れるので、その時は不景気化のインフレ(スタグフレーション)になり、打つ手なしになる。
インフレが加速しないように金利を上げるしかない。
この状態にならないような財政金融政策を取っていくことが重要でしょうね。
ということで、今まで私が提言した金融財政政策を無視したことで、非常に難しい状況になってきている。
米国のトランプ大統領と共和党幹部との違い
米国中間選挙が日本時間11月7日(水)の昼に分かるが、この選挙の途中結果が発表されるごとに株価が上下することになりそうである。
トランプ大統領は、共和党のペンス副大統領などの国際派とは違い、政治思想なく自分の評判しか関心がない。
今の時点、景気を維持して株価維持の方が、対中国貿易戦争で強硬な手段を取ることより優先レベルが高いようである。
為替条項を日本とのFTA交渉でも入れると いうように、中国に対抗するための日米同盟重視でもない。
その時々の自己評価優先である。このため、右と左に大きく振れるので、トランプ政策の予測が難しい。
世界は予測できないトランプ外交を信用できなくなり、米国を頼りにできないために、米国抜きの外交にシフトしている。
その最も進んでいるのが韓国である。
韓国の変化
韓国は、核付き南北統一に突き進んでいる。そして、韓国の有事指揮権も米国から韓国に移管するという。
これで、在韓米軍は、韓国指揮下では戦えないので、在韓米軍は撤退になるだろう。米韓同盟も終了になる。
韓国は対北朝鮮国境線を無防備にするというし、人的往来を自由化するというし、北朝鮮と合併するしかない。
北朝鮮での鉱山ビジネスや安 価な労働力などを手に入れるが、膨大なインフラ建設などの負担がかかってくる。経済的な観点がない。
勿論、日本は、慰安婦問題や徴用工問題で、韓国との対立があり、韓国からの資金支援要請を受けないだろうし、北朝鮮の拉致問題が解決しないことから、北朝鮮への資金援助もしないはず。
文在寅大統領は、核付きの強大国になる夢を追いかけ始めた。日本に対しても核兵器で脅せる。
このような政策の理由は、賃金の引き上げ政策で、韓国経済を弱めてしまい、経済の起爆剤が欲しいからのようだ。
韓国経済は、今サムソンとLG以外は不景気であり、就職先がないので韓国の学生の多くが日本企業に就職する道を志向している。
文在寅大統領は、韓国経済の起爆剤として、韓国の鉄道をロシア鉄 道に繋げて、釜山をユーラシア横断鉄道の起点としたり、北朝鮮の鉱山開発をするようである。
世界分割ゲーム
トランプ外交が信用できないので、世界を再分割するゲームが起きている。
イスラエルが一番心配である。米国を頼りにしてきたが、中東撤退の方向であり、サウジとの友好関係でイラン対抗をしようとしたが、サウジと米国の関係がおかしくなり、近傍に味方がいなくなる状況になっている。
このため、イスラエルのネタニエフ首相は、サウジとの友好関係を維持すると表明した。
サウジもロシアとの関係を強固にするということで、ロシアが中東を取り、中国がアフリカと東南アジアを取り、日本とインド、ベトナムなどは共同して中国の進出を緩和しようとしている。
米国 は孤立化し、カナダは欧州に寄り、中南米は迷っている。中国は中南米にも手を出し始めている。
欧州は、中をまとめるのに忙しく他地域への関心はない。これは、中露による世界分割劇になっている。
ここでも日月神示の予言が実現している。
さあ、どうなりますか?

MV
https://www.mag2.com/p/news/375394?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000125_sat&utm_campaign=mag_9999_1222&l=unq0156e88


posted by datasea at 09:09| Comment(0) | ◉ 日月神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

日月神示

・上つ巻第18帖
九月に気をつけよ、九月が大切の時ぞ
臣民の心の鏡凹くぼんでいるから
善き事悪く映り、悪き事善く映るぞ
今の上に立つ人一つも真の善い事致しては居おらん
これで世が治まると思ってか、あまりと申せばあまりぞ
神は今まで見て見んふりをしていたが
これからは厳しくどしどしと
神の道に照らして神の世に致すぞ
その積りで居ってくれよ
神の申すこと、少しも違わんぞ
今の世に落ちている臣民、高い所へ土持ちばかり
(富んでいるのにさらに欲張っている状態)
それで苦しんでいるのぞ
早く身魂洗濯せよ、何事もハッキリ映るぞ

日月神示全文
http://heiwatori.com/












2012年04月08日16:45
カテゴリ
すめらみちひふみ神示考察関係
旧九月八日の仕組(二) : 終わりの始まり
 第一項でも少し触れましたが、日月神示の源流の一つである伊都能売神諭には、ミロクの世という言葉が理想世界のみを意味しておらず、立替え立直しの序盤を含むことが述べられています。そして、日月神示の“天子様の年齢”におけるミロクの世とは【旧九月八日の仕組】の開始を告げており、これらと全く同じ意味で使われているのが【終わりの始まり】という表現です。
 第二章の第七節の第七項『岩戸開き/岩戸明け』でも考察しましたが、
旧九月八日から始まる神経綸九の期間は、八方的世界が十方的世界に遷せん移いする“正念場”であり、
人体に譬たとえるなら絶え間ない陣痛に襲われる“生みの苦しみの期間”です。
「死ぬか生きるかは人民ばかりでないぞ、神々様も森羅万象の悉ことごとくが同様であるぞ、
しばらくの生みの苦しみ。八の世界から十の世界になるのであるから、
今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きては行かれんのであるぞ、
十方的想念と肉体でなくてはならんぞ」 
『至恩の巻』 第十三帖 [960]
 立替え立直しの真っ最中であり、“最大の難所”を意味する“大おお峠とうげ”と呼ぶのに最も相応ふさわしいであろう期間をミロクの世に含む見方は、
伊都能売神諭に“ミロクの世の定義”として書かれています。
「世の終しまいの世の初はじまりがミロクの世であるぞよ」 
『伊都能売神諭』 大正七年十二月二十三日
 基本的に旧九月八日で八方的世界は終わります。
しかし、神経綸九の期間は個別的な区分では十方的世界になっていません。
故に、あくまでも“終わりの始まり”なのであり、
新しき世界が生●ま●れ●つ●つ●あ●る●状●態●と言えます。
それは十方的世界として結実する直前の“前なるもの”としての段階です。
 そして、「終わりの始まり」という表現は日月神示にも出て来ます。
「神ふ示でに出したら直ぐに出て来るぞ、終りの始めの神示ざぞ、夢々おろそかするでないぞ、キの神示ぢゃ」 
『風の巻』 第七帖 [358]
 この記述からは『日月神示』の意味が判ります。
何故なら、終わりの始めとは日の大神と月の大神が結ばれることであり
“明ミロクの世の始まり”
を意味しているからです。
だからこそ
“明ミロクの実現のために活動する存在”
として『日月神』と名乗っている側面もあるのでしょう。
 また、第一章の第六節でも述べたように、日月神示の予言は旧九月八日の前後と神経綸九の期間に集中しているのですが、
これは
“終わりの始めの神ふ示で”
として当然のことなのかもしれません。
 その上で前項までの日月ミロク論や数霊論にも目を通して頂ければ、
日月神示の「終りの始め」や伊都能売神諭の
「世の終いの世の初り」
という言葉が、神経綸九の“八方的世界から十方的世界への移行期間”としての在り方を表す、
数●霊●に●基●づ●い●た●表●現●
であることが判ると思います。
 そして、“終わりの始まりの日”に何が起きるのかは日月神示で明言されています。
「北から攻めて来る時が、この世の終り始めなり、天にお日様一つでないぞ、二つ三つ四つ出て来たら、この世の終りと思へかし、
この世の終りは神国の、始めと思へ臣民よ」 
『富士の巻』 第十六帖
 すなわち“日本と外国の戦争”です。

すめらみち
http://sumeramichi.net/meiki/jisetsu-gairon_2i.html#link_3-03_4











日月神示には外国との戦争に関する予言が非常に多いのですが、この戦争の意味について考察するために、
まずは“北”という言葉が出て来る記述から引用します。
「北から来るぞ。神は気もない時から知らして置くから、よくこの神示、心にしめて居れよ」 
『上つ巻』 第二十五帖 [25]
「北も南も東も西もみな敵ぞ、敵の中にも味方あり、味方の中にも敵あるのぞ。
キンの国へみなが攻めて来るぞ。神の力をいよいよ現はして、どこまで強いか、神の力を現わして見せてやるから、攻めて来て見よ、
臣民の洗濯第一と言って居ること忘れるなよ」 
『上つ巻』 第四十帖 [40]
「北に気つけよ、東も西も南も何どうする積つもりか、
神だけの力では臣民に気の毒 出来るのぞ、
神と人との和のはたらきこそ 神 喜ぶのぞ、早う身魂みがけと申すことも、悪い心 洗濯せよと申すことも分かるであろう」 
『富士の巻』 第二十三帖
「北に気付けよ。神の世の仕組よく腹に入れておいて下されよ。
今度のさらつの世の元となるのざぞ」 
『日月の巻』 第十九帖
「オロシヤにあがりておりた極悪の悪神、愈々神の国に攻め寄せて来るぞ。
北に気つけと、北が愈々のキリギリざと申して執念くどう気つけてありた事 近ふなりたぞ」 
『日の出の巻』 第七帖 
「オロシヤの悪あ神くと申すは泥海の頃から生きてゐる悪の親神であるぞ。
北に気つけてくれよ、
神の国は結構な国で世界の真中の国であるから、
悪の神が日本を取りて末代の住家とする計画でトコトンの智恵出して何んなことしても取る積りで愈々を始めてゐるのざから
余程 褌ふんどし 締めて下されよ」 
『日の出の巻』 第二十帖 [233]
 次に“天地が引っ繰り返る大戦”があることを示す記述を引用してみます。
「の国を八つに切って殺す悪の計画」 
『上つ巻』 第二帖 [2]
「世界中一つになりての国に寄せて来るぞ」 
『上つ巻』 第四帖 [4]
「日本の国は一度つぶれた様になるのざぞ。一度は神も仏もないものと皆が思う世が来るのぞ。
その時にお蔭を落さぬやう、シッカリと神の申すこと腹に入れて置いて呉れよ」 
『上つ巻』 第九帖 [9]
「やりかけた戦ぞ、とことんまで行かねば納まらん。
臣民一度は無くなるところまでになるぞ、
今のうちに この神示よく読んでゐて呉れよ」 
『上つ巻』 第十五帖 [15]
「外国から攻めて来て日本の国 丸つぶれといふところで、元の神の神力出して世を建てるから、臣民の心も同じぞ」 
『上つ巻』 第二十一帖 [21]
「神の国を千切りにして膾ナマスにするアクの仕組は分りて居る、
アクの神も元の神の仕組を九分九厘までは知ってゐて、天地ひっくり返る大戦となるのぞ」 
『上つ巻』 第二十八帖 [28]
「まだまだ悪魔はえらい仕組してゐるぞ、神の国 千切りと申してあるが、喩たとへではないぞ」 
『上つ巻』 第三十五帖 [35]
「お宮も一時は無くなる様になるから、その時は、みがけた人が神のお宮ぞ。
早う身魂みがいておけよ、お宮まで外国のアクに壊されるやうになるぞ」 
『上つ巻』 第三十七帖 [37]
「世界一度にキの国にかかりて来るから、一時は潰れたやうに、もうかなはんと云ふところまでになるから、
神はこの世に居らんと臣民申すところまで、むごいことになるから、
外国が勝ちたやうに見える時が来たら、神の代 近づいたのぞ」 
『下つ巻』 第十四帖 
「神の国のお土に悪を渡らすことならんのであるが、悪の神わたりて来てゐるから、いつか悪の鬼ども上がるも知れんぞ」 
『下つ巻』 第十六帖
「年とし寄よりや女や盲めくら、聾つんぼばかりになりても、まだ戦やめず、
神の国の人だねの無くなるところまで、やりぬく悪の仕組もう見て居れんから、
神はいよいよ奥の手出すから、奥の手出したら、今の臣民ではようこたえんから、
身魂くもりてゐるから、それでは虻あぶ蜂はち取らずざから、早う改心せよと申してゐるのぞ」 
『下つ巻』 第二十八帖
「メリカもギリスは更なり、ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて神の国に攻め寄せて来るから、その覚悟で用意しておけよ」 
『富士の巻』 第三帖
「江戸に攻め来たぞ」 
『富士の巻』 第十帖 
「メリカ、キリスは花道で、味方と思うた国々も、一つになりて攻めて来る」 
『富士の巻』 第十六帖
「世界は一つになったぞ、
一つになって神の国に攻め寄せて来ると申してあることが出て来たぞ。
臣民には まだ分るまいなれど、今に分りて来るぞ、
くどう気つけて置いたことのいよいよが来たぞ。覚悟はよいか」 
『富士の巻』 第二十三帖
「富士を目ざして攻め寄する、大船小船あめの船、赤鬼青鬼黒鬼や、
おろち悪狐を先陣に、寄せ来る敵は空蔽おおひ、海を埋めて忽たちまちに、天てん日ぢつ暗くなりにけり」 
『富士の巻』 第二十四帖
「神の国八つ裂きと申してあることいよいよ近づいたぞ、
八つの国一つになりて神の国に攻めて来るぞ」 
『地つ巻』 第六帖
「神の国には神の国のやり方、外国には外国のやり方あると申してあらうがな、
戦もその通りぞ、神の国は神の国のやり方せねばならんのざぞ、
外国のやり方真似ては外国強いのざぞ、戦するにも身魂みがき第一ぞ。
一度に始末することは易いなれど、それでは神の国を一度は丸つぶしにせねばならんから、待てるだけ待ってゐるのざぞ、
仲裁する国はなく、出かけた船はどちらも後へ引けん苦しいことになりて来るぞ、神気つけるぞ」 
『地つ巻』 第二十八帖 [165]
「江戸に攻め寄せると申してあろがな。富士 目指して攻め来ると知らしてあること近付いたぞ」 
『日月の巻』 第十二帖 [185]
「世界中 総掛かりで攻めて来るのざから、一度はあるにあられん事になるのぞ。
大将ざからとて油断出来ん。富士の山動く迄には どんな事も耐こらえねばならんぞ。
上 辛いぞ。どんなことあっても死に急ぐでないぞ」 
『日月の巻』 第三十一帖 [204]
「大きアジアの国々や、島々八や十その人々と、
手握り合ひ神国の、光り輝く時来しと、皆 喜びて三千年、神の御み業わざの時来しと、
思へる時ぞ神国の、まこと危なき時なるぞ、夜よ半わに嵐のどっと吹く、
どうすることもなくなくに、手足縛られ縄付けて、神の御子等を連れ去られ、
後には老とし人より不か具た者わのみ、女子供もひと時は、
神の御子たる人々は、悉こと々ごと暗い臭い屋やに、暮さなならん時来るぞ、宮は潰され御み文ふみ皆、
火にかけられて灰となる、この世の終り近づきぬ。この神ふ示で心に入れくれと、申してある事わかる時、
愈々間近になりたぞよ。出掛けた船ぞ、褌ふんどし 締めよ」 
『日月の巻』 第三十八帖 [211]
「天も地も一つにまぜし大嵐、攻め来る敵は駿する河が灘なだ、
富士を境に真二つ。先づ切り取りて残るもの、
七つに裂かん仕組なり。されど日本は神の国。最後の仕組 神力に、寄せ来る敵は魂まで、
一人残らずのうにする。夜明けの御用つとめかし。
晴れたる富士のすがすがし」 
『松の巻』 第二十七帖 [318]
「神の国は神の肉体ぞと申してあるが、いざとなれば、
お土も、草も、木も、何でも人民の食物となる様に出来てゐるのざぞ。
何でも肉体となるのざぞ。
なるようにせんからならんのざぞ。
それで外国の悪神が神の国が慾しくてならんのざ。神の国より広い肥えた国 幾らでもあるのに、
神の国が欲しいは、誠の元の国、根の国、物のなる国、元の気の元の国、力の元の国、光の国、真ま中なかの国であるからぞ」 
『夜明けの巻』 第二帖 [322]
「神の国は誰が見ても、どう考へても、二度と立ち上がられん、
人民 皆外国につく様になって、此の方の申した事、神示に書かした事、皆 嘘うそざと申す所まで世が落ちてしまうてから始めて神力 現れるのざぞ」 
『雨の巻』 第十四帖 
「悪神の国から始まって世界の大おお戦いくさ 愈々激しくなって来るぞ」 
『梅の巻』 第七帖 [434]
「日本つかむことは三千世界をつかむことぞ。
悪の大将も、そのことよく知ってゐて、天地デングリ返るのぢゃ」 
『黄金の巻』 第二帖 [513]
 こういった戦争の予言は非常に恐ろしいものがありますが、
天之日津久神様は決して恐怖を煽っているわけではありません。
単に“最悪の事態”を想定して警告を発していらっしゃるだけです。
 そもそも、戦争になるのは大難が小難にならなかった場合の話であり、
神ふ示でには戦争を回避できる可能性も充分に提示されています。
ちなみに、日月神示では
「戦争の引金トリガーを引くのはロシアである」
とされているので、何らかの方策でロシアの武力行使を諦めさせることが小難への近道であるようです。

すめらみち
http://sumeramichi.net/meiki/jisetsu-gairon_2i.html#link_3-03_4













 また、たとえ戦争になったとしても根本的な部分では心配する必要はありません。
何故なら、外国との戦争は日本の神々の“想定内の出来事”だからです。
この辺りのことは大本神諭に判り易い記述があります。
「明治二十五年から出口直の手を借り、口を借りて知らしてありた事の、実地が出て来る世になりたぞよ。
露国から始りて、日本と外国との大戦が在ると申したが時節が来たぞよ。
外国は終しまいには一腹になりて来ると申して知らして在ろうがな。
この神一度申したら何時に成りても、毛筋の横よこ巾はばほども違いは致さんぞよ。
これが違ふたら神は斯この世よに居らんぞよ。
外国の悪神の頭が、露国を無茶苦茶に致して置いて、
モ一つ向ふの国へ渡りて、人民の王を自由に使ふて、
世界中の困難をも構はずに、自わ国れさえ良けら他ひとはドウデも良い、人は倒しても我さえ立ちたら満足じゃと申して、悪の頭が今に日本の神国へ攻めて来るぞよと申して知らしてあるぞよ。〔中略〕 兵隊を一旦 日本へ引寄して、外国を地震、雷、火の雨 降ふらして絶た滅やさねば、世界は神国にならんから、余り何時迄も神の申す事を聞かねば、三千年の経綸しぐみ通りに致すから、世界に何事ありても神と出口を恨めて呉れなよ。〔中略〕 何事も大本の変性男子の筆先で、天地の大神が時節/\の事を先きに書かゝして置きなさると、其その通りが来るのであるから、善き事も悪き事も皆出て来るから、其その覚悟を致さねば成らぬぞよ。支か那らから昔攻めて来た折には、夫それでも見せしめの為に三人だけは還してやりたなれど、今度 外国が同胞ひとはらになりて攻めて来た折には、只の一人も還してはやらんぞよ。日本へ外国の兵隊を一旦 皆 引寄して、其その後で地震、雷、火の雨 降らして、外国を往生いたさす経綸しぐみであるぞよ」 『大本神諭』 大正六年 旧十一月二十三日
 この中で「一旦は日本へ外国の兵隊を引き寄せて」
と書いてあるように、悪神や外国の企たくらみは日本の神々の掌てのひらの上での出来事なのです。
過程がどうであれ、三千世界の物語が“幸福な結末ハッピーエンド”を迎えることに変わりはありませんので、過度な心配は不要です。
 他にも、日月神示には日本の神々が悪神や外国の計画を“お見通し”であることを明かす記述があります。
「何もかも悪の仕組は分りているぞ、
いくらでも攻めて来てござれ、
神には世の本からの神の仕組してあるぞ、
学や知恵でまだ神にかなふと思ふてか、神にはかなはんぞ」 
『富士の巻』 第十二帖 [92]
「戦は一度おさまる様に見えるが、その時が一番気つけねばならぬ時ぞ、
向ふの悪神は今度はの元の神を根こそぎに無きものにして仕まふ計画であるから、
その積りでフンドシ締めてくれよ、
誰も知れんやうに悪の仕組してゐること、神にはよく分りてゐるから心配ないなれど、
臣民助けたいから、神はじっとこらへてゐるのざぞ」 
『富士の巻』 第二十六帖 [106]
「何どんなことあっても人間心で心配するでないぞ、細工は隆りゅう々りゅう仕上げ見てくれよ、此の神はめったに間違いないぞ。三千年 地に潜りての経綸しぐみで、悪の根まで調べてからの経綸であるから、人間殿 心配せずに神の申す様 素直に致して下されよ」 『日の出の巻』 第二十帖 [233]
「世の元からの仕組であるからめったに間違ひないぞ、これから愈々臣民にはわからなくなれど仕上げ見て下されよ、何事も神の申すこと聞いて すなほになるのが一等ざぞ」 『磐戸の巻』 第六帖 [242]
「悪の仕組は日本魂をネコソギ抜いてしもふて、
日本を外国同様にしておいて、一呑みにする計画であるぞ。日本の臣民、悪の計画通りになりて、尻の毛まで抜かれてゐても、まだキづかんか」 『磐戸の巻』 第十帖 [246]
「向ふの国にはまだまだドエライ仕組してゐるから今の内に神の申すこと聞いて、神国は神国のやりかたにしてくれよ」 『磐戸の巻』 第十二帖 [248]
「悪は霊れ力いが利かん様になったから最後のあがきしてゐるのざぞ」 
『松の巻』 第二十帖 [311]
「今のどさくさにまぎれて悪魔はまだえらい仕組致して上にあがるなれど、
上にあがりきらん内にぐれんぞ、せめて三日天下が取れたら見物であるなれど、
こうなることは世の元から判ってゐるから もう無茶な事は許さんぞ。軽い者程 上に上に上がって来るぞ、
仕組通りなってゐるのざから臣民 心配するでないぞ」 
『雨の巻』 第九帖 [343]
「オロシヤの悪神の仕組 人民には一人も判ってゐないのざぞ。
神にはよう判っての今度の仕組であるから仕上げ見て下されよ、此の方に任せておきなされ、
一切心配なく此の方の申す様にしておりて見なされ、大舟に乗って居なされ、光の岸に見事つけて喜ばしてやるぞ、
何ど処こに居ても助けてやるぞ」 『雨の巻』 第十帖 [344]
「日本の人民 餌え食じきにしてやり通すと、悪の神 申してゐる声 人民には聞こへんのか。
よほどしっかりと腹帯 締めおいて下されよ」 
『風の巻』 第十二帖 [363]
「金きんでは治まらん、悪神の悪では治まらん、ここまで申してもまだ判らんか、
金では治まらん、悪の総大将も其の事 知って居て、金で、きんで世をつぶす計画ざぞ、
判ってゐる守護神殿 早う改心結構ぞ」 『梅の巻』 第二十六帖 [453]
「悪の総大将は奥にかくれて御座るのぞ。一の大将と二の大将とが大喧嘩すると見せかけて、
世界をワヤにする仕組、もう九分通り出来てゐるのぢゃ」 
『黒鉄の巻』 第十四帖 [632]
 以上のように、日月神示では日本の神々が全てを見通していることが繰り返し述べられています。
そのため、戦争自体は最終的に「悪神が帰順する」という形で日本が勝利するとのことです。
「神とアクとの力競べぞ。今度はアクの王も神の力には何どうしてもかなはんと心から申す所まで、とことんまで行くのざから、アクも改心すれば助けて よき方に廻してやるぞ」 『上つ巻』 第二十八帖 [28]
「今度の戦はととの大戦ぞ。神様にも分らん仕組が世の元の神がなされてゐるのざから、下しもの神々様にも分らんぞ。
何が何だか誰も分らんやうになりて、どちらも丸潰れと云ふ所になりた折、大神のみことによりて この方らが神徳出して、九分九厘という所で、神の力が何んなにえらいものかと云ふこと知らして、悪のかみも改心せなならんやうに仕組みてあるから、神の国は神の力で世界の親国になるのぞ」 『下つ巻』 第九帖 [51]
「何い時つも気つけてあることざが、神が人を使うてゐるのざぞ、今度の戦で外国人にもよく分って、神様にはかなはん、
何うか言ふこときくから、夜も昼もなく神に仕へるからゆるしてくれと申す様になるのざぞ」 
『天つ巻』 第十八帖 [125]
「日本は国が小さいから一握りに握りつぶして喰ふ積りで攻めて来てゐるなれど、
この小さい国が、のどにつかえて何うにも苦しくて堪かん忍にんしてくれといふやうに、とことんの時になりたら改心せねばならんことになるのぞ」 
『地つ巻』 第三十五帖 [172]
「宝の山に攻め寄せ来ると申してくどう気付けておいたでないか。
神の国にはどんな宝でもあるのざぞ、かみの国、昔から宝 埋けておいたと申してあろがな。
かみの国にも埋けておいてあるのざぞ。この宝は神が許さな誰にも自由にはさせんのざぞ。悪が宝取らうと思ったとて、どんなに国に渡り来ても どうにもならん様に神が守ってゐるのざぞ。いよいよとなりたら神がまことの神力出して宝取り出して世界のどんな悪神も神の国にはかなはんと申す所まで、とことん心から降参する所まで、今度は戦するのざから臣民 余程 見当取れんことに、どんな苦労もこばらなならんのざぞ」 『日月の巻』 第三十三帖 [206]
「何ど処こから攻めて来ても神の国には悪神には分らん仕組致してあるから、心配ないのざぞ、
愈々と成りた時には神が誠の神力出して、天地ゆすぶってトコトン降参ざと申す処までギュウギュウと締めつけて、
万劫末代いふ事聞きますと改心する処までゆすぶるから、神の国、神の臣民 心配致すでないぞ」 
『日の出の巻』 第七帖 [220]
「外国の悪の三大将よ、いざ出て参れよ、マトモからでも、上からでも、下からでも、横からでも、いざ出てまゐれよ。この神の国には世の元からの生神が水ももらさぬ仕組してあるから、いざ出て参りて得心ゆくまでかかりて御座れ。敗けてもクヤシクない迄に攻めて御座れよ、堂々と出て御座れ、どの手でもかかりて御座れ。その上で敗けてこれはカナワンと云ふ時迄かかりて御座れよ。学、勝ちたら従ってやるぞ、神の力にカナワンこと心からわかりたら末代どんなことあっても従はして元の神のまことの世にして、改心さして、万劫末代 口く説ぜつない世に致すぞよ」 『磐戸の巻』 第八帖 [244]
 ただし、これらは基本的に正●神●の●勝●利●であって、必ずしも現在の日本国や日本人の勝利を意味していません。また、悪神や悪神の支配下にあるとされる外国が負けると言っても、別に滅亡してしまうわけではないのです。この辺りの背景は日月神示で“神の願い”として語られています。
「外国人も神の子ざから外国人も助けなならんと申してあらうがな」 『上つ巻』 第三十二帖 [32]
「早く兜脱いで神にまつはりて来いよ、改心すれば助けてやるぞ、鬼の目にも涙ぞ、まして神の目にはどんな涙もあるのざぞ、どんな悪人も助けてやるぞ、どんな善人も助けてやるぞ」 『富士の巻』 第二十七帖 [107]
「神の国が勝つばかりではないのざぞ、世界中の人も草も動物も助けてみな喜ぶやうにせなならんのざから、臣民では見当取れん永とこ遠とはにつづく神世に致すのざから、素直に神の申すこときくが一等ざぞ」 『天つ巻』 第十六帖 [123]
「外国人もみな神の子ざから、一人残らずに助けたいのが この方の願ひと申してあらうがな」 『地つ巻』 第三十五帖 [172]
「悪神の仕組は此の方には判りてゐるから一度に潰す事は易いなれど、それでは天の大神様にすまんなり、悪 殺して終しまふのではなく、悪 改心さして、五み六ろ七くのうれしうれしの世にするのが神の願ひざから、この道理 忘れるでないぞ」 『日月の巻』 第十一帖 [184]
「日本臣民ばかりでないぞ、何ど処この国の民でも同様に助けてやるぞ、神にはエコがないのぞ」 『磐戸の巻』 第十一帖 [247]
「悪神の守護となれば自分で正しいと思ふ事、悪となるのざぞ。悪も改心すれば助けてやるぞ」 『松の巻』 第八帖 [299]
「悪の総大将よ、早よ改心なされ、悪の神々よ、早よ改心結構であるぞ。いくら焦りてあがいても神国の仕組は判りはせんぞ。悪とは申せ大将になる身魂、改心すれば、今度は何い時つ迄も結構になるのぞ」 『松の巻』 第十四帖 [305]
「悪も御苦労の御役。此の方について御座れ。手引いて助けてやると申してあろが。
悪の改心、善の改心、善悪ない世を光の世と申すぞ」 
『松の巻』 第二十二帖 [313]
「悪も善に立ち返りて御用するのざぞ。善も悪もないのざぞと申してあろがな、の国真中に神国になると申してあろがな、
日本も外国も神の目からは無いのざと申してあろうが、神の国あるのみざぞ、判りたか」 
『雨の巻』 第三帖 [337]
「外国人も日本人もないのざぞ、外国々々と隔へだて心 悪ぢゃぞ」 『雨の巻』 第十五帖 [349]
「悪は改心早いぞ、悪神も助けなならんぞ」 『光の巻』 第六帖 [402]
「メリカ、キリスも、オロシヤも、世界一つに丸めて一つの王で治めるのぢゃぞ、外国人も神の目からはないのざぞ。今一ひと戦いくさあるぞ。
早う目覚めて、け嫌ひいたさず、仲よう御用結構ぞ」 
『光の巻』 第七帖 
「今度の建替は敵と手握らねばならんのぢゃ、敵役の神々様人民よ、早う尋ねて御座れ、
この方 待ちに待って居るぞ。引張ったのでは、心からでないと役に立たんのぢゃ」 
『梅の巻』 第一帖 [428]
「此の方に敵とう御力の神、いくらでも早う出て御座れ、敵とう神 此の方の御用に使ふぞ、天晴れ御礼申すぞ」 
『梅の巻』 第二十七帖 
「此の方 悪が可愛いのぢゃ、
御苦労ぢゃったぞ、もう悪の世は済みたぞ、悪の御用 結構であったぞ。早う善に返りて心安く善の御用 聞きくれよ」 
『空の巻』 第十帖
「日ひの本もとの国を取らうとしても何とだましても、御先祖様には何も彼も世の元からの仕組してこの事判ってゐるのであるから、
悪のやり方よ、早う善にまつろへよ、まつろへば悪も善の花咲くのぢゃぞ」 
『海の巻』 第九帖 [501]
「悪神よ、今迄は思ふ通りに、始めの仕組通りにやれたなれど、もう悪の利かん時節が来たのであるから、早う善に立ちかへりて下されよ。
善の神まで捲き入れての仕放題、これで不足はもうあるまいぞ」 『黄金の巻』 第八十帖 [591]
「善でつづくか悪でつづくか、この世に善と悪とがあって、どちらで立って行くか、
末代つづくか、得心ゆくまで致させてあったが、もう悪ではつづかんことが、悪神にも判って来るのであるから、今しばらくのゴタゴタであるぞ」 
『黄金の巻』 第八十二帖 [593]
 次に引用する記述も同じ内容ですが、全体が七五調の歌として詠よまれていて、韻いん律りつと内容の双方の意味において、非常に格調が高い帖になっています。
「今こん日にちまでの御み教おしへは、悪を殺せば善ばかり、輝く御代が来ると云ふ、これが悪魔の御教ぞ、この御教に人民は、すっかりだまされ悪殺す、ことが正しきことなりと、信ぜしことのおろかさよ、三千年の昔から、幾千万の人々が、悪を殺して人類の、平和を求め願ひしも、それははかなき水の泡、悪殺しても殺しても、焼いても煮てもしゃぶっても、悪は益々ふへるのみ、悪殺すてふ其のことが、悪そのものと知らざるや、神の心は弥いや栄さかぞ、本来 悪も善もなし、只ただ 御み光ひかりの栄ゆのみ、八や股また大蛇おろちも金きん毛もうも、邪じゃ鬼きも皆それ生ける神、神の光の生みしもの、悪抱いだきませ善も抱だき、あななふ所に御み力ちからの、輝く時ぞ来きたるなり、善いさかへば悪なるぞ、善悪不二と云ひながら、悪と善とを区別して、導く教ぞ悪なるぞ、只 御光の其の中に、喜び迎へ善もなく、悪もあらざる天国ぞ、皆一筋の大神の、働きなるぞ悪はなし、世界一家の大業は、地の上ばかりでなどかなる、三千世界 大和して、只 御光に生きよかし、生れ赤児となりなりて、光の神の説き給ふ、誠の道をすすめかし、マコトの道に弥や栄さかませ」 『海の巻』 第五帖 [497]
 以上のような神様の想いは、神ふ示での「悪を抱き参らせる」という主張と繋がりを持っています。この辺りの“日月神示の善悪観”については追々述べて行きたいと思いますが、要するに、天之日津久神様は悪神を絶対的な悪とは見み做なしていないのです。便べん宜ぎ的てきに悪や魔や鬼と呼ぶことはあっても、それらの存在は一時的に道を外れているだけであり、「道に立ち返れば善としての本性を現す」とのことです。これは性善説というよりは「宇宙の全ては神がな●っ●た●もの」という日月神示の宇宙観に基づいています。
 恐らく、悪神や外国の存在を根本から消し去るような真似をすれば、“全か体み”のどこかが欠けてしまうのでしょう。それは残った部分だけでは100●%●に●な●れ●な●い●ことを意味しています。そのため、天之日津久神様は“道まをつ外ろれわたぬもものの”が正道へと服まつろうことによる全●体の完●成、すなわち“完全”こそを望んでおり、その意思が「悪を抱き参らせる」という言葉に集約されています。
 こういった悪神や外国との戦●い●方●や戦争の意義を、天之日津久神様は“マツリ”の記号を使って説いています。
「ばかりでもならぬ、ばかりでもならぬ。
がまことの神の元の国の姿ぞ。
元の神の国の臣民はでありたが、
が神国に残りが外国で栄へて、どちらも片かた輪わとなったのぞ。
も片輪、も片輪、とと合はせて まことのかみの世に致すぞ。
今の戦はととの戦ぞ、神の最後の仕組と申すのはに入れることぞ。
も五ぞも五ぞ、どちらも、このままでは立ちて行かんのぞ」 
『下つ巻』 第二十一帖 [63]
「外国は、神の国はと申してあるが、は神ざ、は臣民ぞ、ばかりでも何も出来ぬ、ばかりでもこの世の事は何も成就せんのぞ、
それで神かかれるやうに早う大洗濯してくれと申してゐるのぞ、
神 急せけるぞ、この御用大切ぞ、神かかれる肉体 沢山要るのぞ。
今度の行はを綺麗にする行ぞ、掃除出来た臣民から楽になるのぞ。どこに居りても掃除出来た臣民から、よき御用に使って、
神から御礼申して、末代名の残る手柄立てさすぞ。神の臣民、掃除洗濯出来たら この戦は勝つのぞ」 
『富士の巻』 第五帖 [85]
「この道は道なき道ざぞ。天てん理りも金こん光こうも黒くろ住ずみも今はたましひぬけて居れど、
この道入れて生きかへるのぞ、日にち蓮れんも親しん鸞らんも耶や蘇そも何もかもみな脱け殻ぞ、
この道でたま入れてくれよ、この道はぞ、の中に入れてくれと申してあろうが。臣民も世界中の臣民も国々もみな同じことぞ、
入れてくれよ、を掃除して居らぬとはいらんぞ、今度の戦はの掃除ぞと申してあらうがな、まつりとは調和まつり合はすことと申してあろうがな」 『地つ巻』 第十二帖 [149]
「のうつりた人とのかかりた人との大戦ぞ、ととが戦して、やがてはを中にしてがおさまるのぞ。
その時ははでなく、もでないのざぞ、となるのざぞ、とのマツリぞと申してあらうがな。
どちらの国も潰れるところまでになるのぞ、臣民同士は、もう戦かなはんと申しても、この仕組 成就するまでは、神が戦はやめさせんから、
神がやめる訳に行かんから、今やめたらまだまだわるくなるのぞ」 
『地つ巻』 第二十二帖 [159] (※第一仮訳)
「神は、臣民は、外国は、神の国はと申してあろが、神国から見れば、まわりみな外国、外国から見れば神国真ま中なか。人の真中には神あらうがな」 
『日月の巻』 第十一帖 [184]
「人、神とまつはれば喜う悦れしうれしぞ、
まつはれば人でなく神となるのぞ、
それが真実まことの神の世ぞ、神は人にまつはるのざぞ、とと申してあろが、
戦もとと壊し合ふのでは無いぞ、
ととまつらふことぞ、岩戸開く一つの鍵ざぞ、和すことぞ、
神国真中に和すことぞ。
それには掃除せなならんぞ、それが今度の戦ぞ」 
『日の出の巻』 第九帖 [222]
 このような“カミの戦い”こそが、旧九月八日から始まる“完成とどめの戦いくさ”の真実まことの姿なのでしょう。

すめらみち
http://sumeramichi.net/meiki/jisetsu-gairon_2i.html#link_3-03_4







pp6520190410125.png




posted by datasea at 08:58| Comment(0) | ◉ 日月神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

予知情報:ひふみ神示,9月


大摩邇(おおまに) : ひふみ神示 第05巻  地つ巻 / (九二つまき)
第一帖 (一三八)
地つ巻 書き知らすぞ、世界は一つの実言(みこと)となるのぞ、
それぞれの言の葉はあれど、実言(みこと)は一つとなるのであるぞ。
てん詞様の実言(みこと)に従ふのざぞ、
命(みこと)の世近づいて来たぞ。
九月十五日、一二 。
第二帖(139)
今は闇の世であるから夜の明けたこと申しても、誰にも分らんなれど、夜が明けたらなる程さうでありたかとビックリするなれど、
それでは間に合はんのざぞ、それまでに心改めておいて下されよ、
この道信ずれは、すぐよくなると思うてゐる臣民もあるなれど、それは己の心のままぞ、
道に外れたものは誰れ彼れはないのざぞ、
これまでのやり方スックリと変へねば世は治まらんぞと申してあるが、上の人 苦しくなるぞ、
途中の人も苦しくなるぞ、お (かみ)のいふこときかん世になるぞ。9月の16日、ひつ9のか3。
第三帖 (一四〇)
人民同士の戦では到底かなはんなれど、いよいよとなりたら神がうつりて手柄さすのであるから、それまでに身魂みがいておいて呉れよ。
世界中が攻め寄せたと申しても、誠には勝てんのであるぞ、
誠ほど結構なものないから、誠が神風であるから、
臣民に誠なくなりてゐると、何んな気の毒出来るか分らんから、くどう気つけておくのざぞ、
腹掃除せよ。
九月の十六日、ひつ九のか三。
第四帖 (141)
この神示いくらでも出て来るのざぞ、
今の事と先の事と、三千世界、何も彼も分るのざから、よく読みて腹に入れておいて呉れよ、
この神示盗まれぬ様になされよ、
神示とりに来る人あるから気つけて置くぞ。
この道は中行く道ぞ、左も右りも偏ってはならんぞ、
いつも心にてんし様拝みておれば、何もかも楽にゆける様になりてゐるのざぞ、
我れが我れがと思うてゐると、鼻ポキリと折れるぞ。
九月十六日、ひつくのか三。
第五帖 (142)
片輪車でトンテントンテン、骨折損の草臥(くたびれ)儲けばかり、いつまでしてゐるのぞ、
神にまつろへと申してあろうがな、
臣民の智恵で何出来たか、早う改心せよ。
三月三日、五月五日は結構な日ぞ。
九月十六日、ひつ九のか三。
第六帖 (143)
神の国八つ裂きと申してあることいよいよ近づいたぞ、
八つの国一つになりて神の国に攻めて来るぞ。
目さめたらその日の生命(いのち)おあづかりしたのざぞ、
神の肉体、神の生命大切せよ。神の国は神の力でないと治まったことないぞ、
神第一ぞ、いつまで仏や基(キリスト)や色々なものにこだはってゐるのぞ。
出雲の神様大切にありがたくお祀りせよ、
尊い神様ぞ。
天つ神、国つ神、みなの神々様に御礼申せよ、まつろひて下されよ、
結構な恐い世となりて釆たぞ、
上下ぐれんぞ。
9月17日、一二の 。
第七帖 (144)
神にまつらふ者には生も死もないのぞ、
死のこと、まかると申してあろうがな、
生き通しぞ、なきがらは臣民残さなならんのざが、
臣民でも昔は残さないで死(まか)ったのであるぞ、
それがまことの神国の臣民ぞ、
みことぞ。世の元と申すものは天も地も泥の海でありたのざぞ。
その時からこの世初まってから生き通しの神々様の御働きで五六七(みろく)の世が来るのざぞ。
腹が出来て居ると、腹に神づまりますのざぞ、
高天原ぞ、神漏岐(かむろぎ)、神漏美(かむろみ)の命(みこと)忘れるでないぞ。
そこから分りて来るぞ。海をみな船で埋めねばならんぞ、
海断たれて苦しまん様にして呉れよ、海めぐらしてある神の国、
きよめにきよめておいた神の国に、幽国(がいこく)の悪わたり来て神は残念ぞ。
見ておざれ、神の力現はす時来たぞ。
九月十八日、ひつ九 。
第八帖 (145)
祓ひせよと申してあることは何もかも借銭なしにする事ぞ。
借銭なしとはめぐりなくすることぞ、
昔からの借銭は誰にもあるのざぞ、それはらってしまふまでは誰によらず苦しむのぞ、
人ばかりでないぞ、家ばかりでないぞ、
国には国の借銭あるぞ。
世界中借銭なし、何しても大望(たいもう)であるぞ。
今度の世界中の戦は世界の借銭なしぞ、
世界の大祓ひぞ、神主お祓ひの祝詞(のりと)あげても何にもならんぞ、
お祓ひ祝詞は宣(の)るのぞ、今の神主宣(の)ってないぞ、口先ばかりぞ、
祝詞も抜けてゐるぞ。
あなはち、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐるではないか、
臣民の心にはきたなく映るであろうが、それは心の鏡くもってゐるからぞ。
悪や学にだまされて肝心の祝詞まで骨抜きにしてゐるでないか、
これでは世界はきよまらんぞ。
祝詞はよむものではないぞ、神前で読めばそれでよいと思うてゐるが、それ丈では何にもならんぞ。宣るのざぞ、
いのるのざぞ、なりきるのざぞ、とけきるのざぞ、
神主ばかりでないぞ、皆心得ておけよ、神のことは神主に、仏は坊主にと申してゐること根本の大間違ひぞ。
九月十九日、ひつ九の 。
第九帖 (一四六)
ひつくの神にひと時拝せよ、神のめぐみ身にも受けよ、
からだ甦るぞ、神の光を着よ、み光をいただけよ、食べよ、
神ほど結構なものないぞ、今の臣民 日をいただかぬから病になるのざぞ、
神の子は日の子と申してあらうがな。
九月二十日、ひつ九のか三。
第十帖 (147)
何事も方便と申して自分勝手なことばかり申してゐるが、
方便と申すもの神の国には無いのざぞ。まことがことぞ、まの事ぞ、ことだまぞ。こ
れまでは方便と申して逃げられたが、も早逃げること出来ないぞ、方便の人々早う心洗ひて呉れよ、
方便の世は済みたのざぞ、いまでも仏の世と思うてゐるとびっくりがでるぞ、
神の国、元の神がスッカリ現はれて富士の高嶺から天地(あめつち)へのりとするぞ、
岩戸しめる御役になるなよ。
九月の二十日、ひつ九のか三。
岡本天明・筆 『ひふみ神示』

大摩邇(おおまに)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1761755.html





2014年01月26日
午(うま)で開いて旨(うま)く治める艮(うしとら)の金神の世となりたぞよ。
立て替えの日取りが、決まった、といふことです。それは「米」の刈り入れ時なのです。
米の刈り入れ時は、立春から567の「210」日頃
節分が2月3日。
2月4日から立春で「米」の実りは5×6×7の210日頃。
210日は七ヶ月なので単純に計算しますと9月初め頃となります。
この頃には既に早場米はほぼ収穫されています。しかし、それは厳密な日時ではなくて、210日とは「米の実る」頃なのです。
通常言われる「210日」は米が実っているのに大嵐(台風)がやってくる頃の意味であり、
またそれは「220日」の方がより大嵐とも言われています。
その大嵐を避ける前に「米」の刈り入れるもあるわけです。
そうしたことは聖書では「小麦の刈り入れ」となります。
そうしますと、人類の上にやって来る大嵐(立替)は9月半ば頃からとも考えられるわけです。
トドメノフミを見ますと、立替は午(馬)の年の秋口とあります。
このトドメノフミは本当に艮金神国常立尊様のフミなのか偽書なのか解らない面がありますが、
私は先程、今年の秋口に立替が起きると霊示を受けて、また、三輪大神神社に関連する取次の方からも、立替日が決定されたとメールをいただきました。
私が見た光景の日時とは一日違っていますが、いずれにしても今年の秋です。

さうさう
http://takehariy.seesaa.net/article/386122208.html







馬の年の立春から五六七の210日頃 米の刈り入れか!
2014.01.26 Sunday
私はお釈迦様が悟られたのは「慈悲」ではなくて、【人には良心と呼ばれる神が内在する】であったとHPに出し、ヤフーの掲示板東洋哲学の輪廻転生で約3年半ほど論陣を張っていました。そのヤフーの掲示板の当時、その掲示板を多くの霊能者の方がロムしておられるという話を他から聞きました。
そうした霊能者の方達から、ある程度「人に内在する良心神」を説かれる人達が出て来るだろうとは期待はしましたが、人に内在する良心神だけを説いて「米」の教えを抜かれてしまうと困るのです。手柄など欲しければいくらでも取って行かれたら良いかと思います。が、「米」を抜くと良心神が良心神として生きて来ないのです。
私が掲示板で説いたのは、朝鮮に残された予言として最後の審判前、救世の為に「米」一字の教えが起きるの「米」字型で、お釈迦様の悟りであった「人に内在する良心神」を「みろく(369)」として解き明かすことです。その「米」が入っていないと、いくら「人に内在する良心神」だけでは、創造神をないがしろにすることになります。
それは大本教神諭が予告した
九つ花は誠から咲せる花であるから、三千年の経綸を致した。誠の本であるから誠の人の世話でないと、このお世話は出来んぞよ
にあります。この「九つ花」を持って来ないと、お釈迦様の死後「五六億七千万」の意味が理解出来なくなるからです。
大本教の出口王仁三郎聖師はこの「九つ花」を出すことを許されていなかった為でしょうか、そこに「五六億七千万」の意味を出せずに、違ったことを書かれています。されど、そうした間違いもまた「神の仕組み」なのです。大本教は本番前でしたので、予告の大本教の段階では全ての種明かしは出来なかったわけです。
私が住んだ土地は大本教の出口王仁三郎聖師が、ある信徒さんに大本教団に内密に死守して欲しいと頼まれた土地。私はそうしたことを知らずにその土地を買って住んだことが、五十六億七千万の意味の種明かしに入ってしまったのです。
私のブログの読者の方から、「トドメノフミ」のサイトを読んで見てくださいとのメールが参りまして拝読しました。そこに一厘の入った「米」と一厘が入っていない「米」が出て来ますが、これは世に出ておられる神々でも意味は解らなかったでしょう。米に一厘が入るは大本教神諭予告の「九つ花」が予告されていなければ、誰をもってしても解けないからです。お釈迦様の死後「五六億七千万」後の「みろく」の意味は、この地上世界の時の五六億七千万の年月の意味ではありません。それらの全ては「九つ花」が雄大に語ります。大本教でみろく(五六七)とした意味は、五次元・六次元・七次元の意味合いなのですが、五六七にはもう一つ意味があります。
それは「米」の刈り入れ時なのです。
米の刈り入れ時は、立春から567の「210」日頃
節分が2月3日。2月4日から立春で「米」の実りは5×6×7の210日頃。210日は七ヶ月なので単純に計算しますと9月初め頃となります。
この頃には既に早場米はほぼ収穫されています。
しかし、それは厳密な日時ではなくて、210日とは「米の実る」頃なのです。
通常言われる「210日」は米が実っているのに大嵐(台風)がやってくる頃の意味であり、またそれは「220日」の方がより大嵐とも言われています。
その大嵐を避ける前に「米」の刈り入れるもあるわけです。そうしたことは聖書では「小麦の刈り入れ」となります。
そうしますと、人類の上にやって来る大嵐(立替)は9月半ば頃からとも考えられるわけです。
問題は、それが何時の年なのかが神々にもまるで解らないがありました。私は稲荷講に所属していて、豊受様から時期は解らねども私が生きている間に世の大立替があるとは聞きました。だが、私も老いた者で有り先はさほど長くはありません。
今回、トドメノフミを見ますと、立替は午(馬)の年の秋口とあります。
このトドメノフミは本当に艮金神国常立尊様のフミなのか偽書なのか解らない面がありますが、その中に「増井りん」さんの名前が出て来ます。
増井りんさんとは、西暦1843年に生まれられた方で、天理教教祖の中山みきさんのお守り役(別席取次人)に就かれた人。そのフミには増井りんさん名前も大本教開祖出口なおさんの名も出ますのでかなり古い物かと思われます。出口なおさんは西暦1837年生なので、増井りんさんは出口なおさんよりも7歳も年上の方になります。そうしたことも念頭に入れて、こうした類の書は読み解く必要があります。
このトドメノフミその物は、明らかに後世の言葉が入っていますので、後から誰かが加筆とか改ざんをしている可能性があります。それは大本教神諭にも出て来ない後世の言葉があるからです。その点を考慮しても、ずいぶん前から立替は「馬(午)」年の秋口であることだけは予告されていたことになります。そして一厘ある「米」と無い「米」です。
ただ、午の年だけの予言では、やがて消えて行くフミの一種だったのでしょう。
だれかがサイトに書いて下さったようですが、世に大きく知られたものではなかったようです。
朝鮮の予言に「米」と残されていて、日本に無いのは変だなと思っておりましたが、存在したのです。
私は先程、今年の秋口に立替が起きると霊示を受けて、また、三輪大神神社に関連する取次の方からも、立替日が決定されたとメールをいただきました。私が見た光景の日時とは一日違っていますが、いずれにしても今年の秋です。
その大神神社の狭井社の御神霊の取次の方の自称は大物主様の妻神の魂を貰っておられるとのことでして、そのこと自体は7〜8年前に某霊能者の方からその御神名の女性から私にお手伝いがあるとは聞き及んでいました。どうして大物主様の妻神とされる魂を貰われる女性のお手伝いが私にあるのかは訝しくは思っておりました。
しかし、そのおかげで伊勢の天照太御神様が本当はどなたであったのかが解ることになったしだいです。
全ては「真性天照太御神」を立替の時まで隠しておく、国常立尊の大策略の上に成り立っていたと言えるでしょう。
大物主様が伊勢の天照太御神様であったとなれば、伊勢の天照太御神様、外宮の豊受様、出雲の大国主様も木花咲耶姫様も全て世の大立替を御存知だということになります。それから宇佐八幡宮もそうでした。大本教神諭、「世の立替があることはどの神も御存知なれども、肝心要のことは御存知ない」だったとなります。末端の神々はまったく御存知ない状態でしたが、上の神々は御存知だったことになります。もし、今年立替が起きなければ12年後の午年か、あるいは神がもう人類は助けられないと見捨てられるかのどちらかです。捨てておけば、もう二度と良い神の宮となる種は取れないからです。地球環境は悪化して、生きるが為に人が人を襲う人の顔をしていても獣化するからです。そして、全てのスピの方ではありませんが、蛇霊や野狐霊や狸霊が何も解ろうとしない霊感者達に憑依して、それを信じている人達が「阿波踊り」をするからです。
イエスは40日間荒野を彷徨って悪魔を退け、41日目に神の御子
モーゼは40年間荒野を旅して、41年目ユダヤ人はイスラエルに入る
大本教出口王仁三郎聖師の「みのか尾張」から出るは国道「41」号線
大本教神典、主は三十五万年前に御引退、神の時計を見れば主も40彷徨いて「41」にて真柱として御復帰となる
悪魔を退ける「良心」神の「ラ」を41に置く
この世の閻魔とは、各自の良心神のはずでしょう
これらの意味は「米」字型でないと解けないのですその米の仕組みの中に「一厘」があるからです
数字を現す「ひふみ」の並びでは、
41は「ス」の素戔嗚尊なれども
九つ花で織る「アイウエオ」は、
41に「ラ」の真性天照太御神が立つ
神の栄光の「八光」の仕組みを
讃える者が神の子達で、主の元に進む
縦の並びも横の並びも斜めの並びも全て総和は369(みろく)
今の世は七(質)の世で、81×7=の567
これまでに七つの霊(〇)界が立ったので、5670000000となります。よって、次の世は「8」の世で、無限(∞)とも末広がりと言うのです
それで五十六億七千万のみろく(369)
言葉で仕組んでおかないと、直感霊感ではそれが本当に神であるかどうかの判断は無理なのです。言葉で仕組めるのは創造神の段階。
一厘が入った「米」。一厘が入らぬ「米」
単に愛の世根(米)では一厘が入って来ない
あなたはどちら?

人に内在する良心神(神言会)
http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=282











2013-10-12
「富士は晴れたり日本晴れ、いよいよ岩戸開けるぞ。
旧九月八日から大祓祝詞に天津祝詞、太祝詞、一二三(ひふみ)祝詞のれよ。
その日からいよいよ神は神、獣は獣となるぞ。
旧九月八日とどめぞ。」
(水の巻・第九帖)
「いよいよ世の終わりが来たから役員気つけてくれよ。
神代近づいて嬉しいぞよ。
日本は別として、世界七つに分けるぞ。」
(下つ巻・第十三帖)
「世がだんだん迫って悪くなるように申しているが、それは局部的のこと。
大局から見れば、善きに向って弥栄えているぞ。」 (春の巻・第五十二帖)
「神世のひみつと知らしてあるが、いよいよとなりたら地震かみなりばかりでないぞ。臣民アフンとして、これは何とした事ぞと、口あいたままどうすることも出来んことになるのぞ。四ツン這いになりて着る物もなく、獣となりて、這い廻る人と、空飛ぶような人と、二つにハッキリ分かれて来るぞ、獣は獣の性来いよいよ出すのぞ。」 (富士の巻・第十九帖)
「岩戸が開けると言うことは、地の半分のところは天界となることぢゃ、天界の半分は地となることぢゃ。
今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ。一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れ替えて、ミロクの世の人民として甦らす仕組、心得なされよ。神様でさえ、この事わからん御方あるぞ。」 (五葉之巻・第十五帖)
さて、『日月神示』からの引用でした。
神示にある「旧九月八日」についてですが、今年であれば、本日10月12日が該当するようです。
この日から、宇宙から降り注ぐ光エネルギーによって、DNAが12本開かれていく人と、2本のまま留まる人とに別れていくという預言でしょう。
心ある光の皆さんは、これから神人へと進化していくことになります。
アイソン彗星が近づきつつあり、最近では異常気象が多発し、あるいは、アメリカのデフォルトに端を発した金融市場の崩壊も囁かれ始めている昨今、
やはり今年が該当してくるように思うのです。
「進化は人間の意識の葛藤が生み出すものです。葛藤がないところに進化は生まれません。
人間の持った力は不確実であるがゆえに葛藤が生まれます。それが、覚醒へと変えていく力になるのです。」
オコツト
ここに来まして、時代は大きく変わりつつあります。
先日、オバマ大統領によって、正式にUFOディスクロージャーが行われたようです。
さらには、中国、ロシアなどの国が続いていく姿勢を見せています。
水面下では、着々とNESARA公布に向けて進んでいるように思います。
田村珠芳女史によりますと、NESARAが公布された後は、銀河連邦のメンバーがアメリカ・ユタ州の空港と、カナダ・バンクーバーのヘリポートに着陸する予定だそうです。そこで、まずはメディアに写真を撮らせるそうです。次に、銀河連邦のメンバーが、メディアからのインタビューに答えることになっているそうです。その際、メディアからの質問内容は次の通りです。
・何のためにあなた方は地球に来たのか?
・あなた方は、地球を攻撃するつもりはあるのか?
・宇宙人は、本当に私たちに宇宙技術を教えてくれるのか?
このような質問に対して、丁寧に答えてくれることになっているのです。その後、地球人たちの多くが、「宇宙人は確かに存在する。そして、自分たちに対して友好的な存在のようだ」と納得できる時期が訪れてから、公式に各国首脳と面会し、銀河連邦との正式な交流が始まるとのことでした。
では次に、NESARA公布後の予定表をお伝えしたいと思います。
・ NESARAの発表
・ レインボー通貨の発行と、世界統一政府の樹立
・ ファーストコンタクトと公式親交
・ 平和と安全宣言
・ 宇宙情報の公開と環境浄化
・ 地球人研修と宇宙テクノロジー技術指導
・ 自然科学と社会科学研修
・ 意識科学と波動調整
・ 政府と宗教と金融の廃止
・ 宇宙との交流が始まる
NESARAが公布された後、私たちの暮らしはどうなるのでしょうか?ここで、田村女史の書籍 『宇宙人の告白』から引用してみたいと思います。
アメリカに続いて、大国は次々とNESARA宣言を行います。もちろん日本もアメリカに続きます。
NESARAは平和宣言なので、各国は国外派兵の軍隊を引き揚げます。テロも戦争も、資金を出す国や軍隊がいなくなれば、なくせるのです。戦争と軍隊は、武器や弾薬を売る人と、買う人がいて成り立っているのです。憲法は正常な憲法に戻ります。アメリカも日本も同じです。
アメリカではすでに、グラミン銀行(バングラディシュにある貧困層向け融資機関)のアメリカ版を設置することが決まっています。日本もすでに金融庁が決めています。グラミン銀行とは、無利子、無担保の銀行です。多くの確執はありますが、地球人はUFOの存在を認め、宇宙人を認め、高度の宇宙技術をもらって、平和で豊かで、宇宙の一員として楽しく生活できるようになるのです。その他、NESARAの細部は次々と決まっています。所得税、国税、その他の税を廃止し、贅沢品にのみ売上税と販売税をかける。市民に必要な食量、医療品、リサイクル品には課税しない。タバコ、アルコールの値段は、今の30倍くらいになるでしょう。すでに、一箱1200円くらいの国もあるのですから。さらに、フリーエネルギーの導入によって、電気、ガスなどのエネルギーは無料になります。保険も死亡保険的なものは禁止されます。入院、介護、長生きのための保険のみ認められます。銀行も、無利子、無担保の銀行だけになります。
皆さん、宇宙人とのファーストコンタクトに備えましょう!

神一厘の仕組み・探究道
http://shinseido24.blog.fc2.com/blog-entry-328.html









千葉県成田市の麻賀多神社境内末社に「天之日津久神社」があります。
昭和19年6月に、そこに、岡本天明(1897〜1963)が参拝した折、強烈な体験をすることになりました。
天明が誰もいない社務所で休んでいたところ、突然右腕が怒張し、激痛が走りました。
当時画家であった天明は、外を出歩くときは、筆と画仙紙を持ち歩く習慣があり、試しに筆を画仙紙にあてたところ、勝手に右手が動き出し、すらすらと文字のようなものを書かされました。これが世に言う「日月神示」という名の昭和を代表する1つの天啓の書です。天明はその後16年にわかたって、神託を記し続け、最後の「日月神示」を書記してからわずか2年後の68歳でこの世を去りました
原文は、全編にわたり、一から十、百、千、万といった漢数字と、かな、記号のようなものが混じった特異な文体で構成されており、
全37巻、補巻1巻の膨大な量になります。
また、何かを表す絵のようなものも、ところどころに見受けられ、中には『地震の巻』のように、すべて抽象的な絵だけで書記されたものもあります。
ぱっと見た限りでは、くねくねとした筆文字で綴られて原文は、素人目には全くと言っていいほど読むことはできません。
実際、書記した当人の天明さえ読むことができず、仲間の神霊研究家や霊能者の手を借りつつ、徐々に解読していったのです。   
【日月神示原文と麻賀多神社と岡本天明】
日月神示を一言で言うと、「世の中の九分九厘が悪神の天下になったときに、最後の一厘で神業が発動され、大どんでん返しがおこり、世の建て替え建て直しが一気に始まる」というものです。現在悪の世の中になっている事は元から神は見抜いているものなので、いずれは悪は消滅し、三千世界の大変革がおこり「ミロクの世」に変わるというものです。以下に解りやすい訳文の一部を載せておきます。
『富士を目指して攻め寄する、大船小船あめの船、赤鬼青鬼黒鬼や、大蛇悪狐を先陣に、寄せ来る敵は空おおひ、海を埋ずめて忽ちに、天日暗くなりにけり、折しもあれや日の国に、一つの光現れぬ、これこそ救ひの大神と、救ひ求むる人々の、目に映れるは何事ぞ、攻め来る敵の大将の、大き光と呼応して、一度にドッと雨降らす、火の雨何んぞたまるべき、マコトの神は無きものか、これはたまらぬともかくも、命あっての物種と、兜を脱がんとするものの、次から次に現れぬ、折しもあれや時ならぬ、大風起こり雨来り、大海原には竜巻や、やがて火の雨地震ひ、山は火を吹きどよめきて、さしもの敵も悉く、この世の外にと失せにけり、風やみ雨も収まりて、山川静まり国土の、ところどころに白衣の、神の息吹に甦る、御民の顔の白き色、岩戸ひらけぬしみじみと、大空仰ぎ神を拝み、地に跪き御民らの、目にすがすがし富士の山、富士は晴れたり日本晴れ、富士は晴れたり岩戸あけたり』
ちなみに最後の部分に「富士は晴れたり日本晴れ」とありますが、ここは原文だと「ニニ八八れ十ニほん八れ」と記されてあります。
日月神示を語るには、江戸末期に開かれた、神道系の新興宗教「大本教」を抜きには語れません。
その理由は「日月神示」自体がこの「大本教」の流れを汲むものだからです。
その成り立ちについてはここでは触れませんが、忘れてならないのは、その教団の聖使「出口王仁三郎」の存在です。
幼少の頃より祖母に「言霊学」を学び、20代で「天狗」のもとで修行し、
「天眼通、天耳通、自他神通、天言通、宿命通の大要を神得」
し、魂は神霊界を自由に行き来したといいます。
その時の様子は後に「霊界物語」という全81巻からなる壮大なる口述筆記の自著に記されています。
ほとんどの口実は、約30分の睡眠後、明らかに入神状態で行われ、決して途切れたり、いい淀むことはなく、
1冊当たりわずか2〜3日平均で完成したという恐ろしいものです。
「出口王仁三郎」の人生は奇跡の連続で、スケールも壮大です。当時「朝日」「毎日」を上回る規模の新聞社を買収し、
自ら情報発信していたほか、自分の教団を率いてモンゴルに進軍したり、海外にまで自分の教団の支部を広げていったりしました。
行く先々で、病人の傷を癒し、天候を左右して雨を降らし、大人が何人かかかってもビクともしない大岩を、言霊ひとつでふっ飛ばしたりしていました。
【出口王仁三郎】
出口王仁三郎はハルマゲドン戦いを「黄泉比良坂の戦い」と呼びその様子を次のように記しています。
「・・・一天にわかに掻き曇り 矢を射る如く流星の 地球に向いて落ち来る 
大地一度に震動し 吼へば地軸の回転も 止まるばかりの大音響 
物質浄土は忽ちに 地獄餓鬼道修羅と化す 山は崩れて原野裂け 
人は哀れに呑み込まる 身の毛の与奪凄まじさ 今明かに書きおくぞ・・・」
他の預言者達と同じように、まずこのような大異変が地球におこり、
その後はやはり三千世界の建て替え、建て直しが始まり、天国の政治が地上に移された結果「ミロクの」世になると説いています。
このようなことからも、「日月神示」が大本の「出口王仁三郎」のながれをくむことは明白です。
また、世の建て替え、建て直しの具体的な時期ですが、「日月神示」には以下のように記してあります。
「子の歳真中にして前後十年が正念場、世の建て替えは火と水ざぞ」
「一ニ三、三四五、五六七ぞ。五の歳は、子のとし歳ざぞよ」
「てんし様の光が世界の隅々まで行きわたる仕組みが三四五の仕組みぞ、岩戸開きぞ」
「一ニ三の仕組みとは、永遠に動かるぬ道のことぞ。三四五の仕組みとは、みよいづの仕組みぞ。
御代出づとは、神の御世になることぞ。この世を神の国に練り上げることぞ。神祀りたら三四五の御用にかかるから、そのつもりで用意しておいてくれよ」
この子の年が、仮にに最も近い「子の年」を表しているとすると、それは2008年という事になります。
この年を真ん中に「前後5年」という意味に取ると、
2003年から2013年(もしくは1998年〜2018年)
が建て替えの正念場ということになると思います。
また、「五六七の仕組み」とは、「この世を救済する仕組み」であるということです。
いわば立て直しの仕組みということになります。
おそらく「三四五仕組み」ができた段階で、世の立て直しが始まると思われます。
したがって、「三四五」、「五六七」の共通部分に当たる「五」の歳が、キーポイントになります。
ここに、世の建て替え・立て直しの始まりの歳は、「子の歳」やはり2008年ではないかという推測が成り立ちます。さらに、
「新しき 御代のはじめの 辰の年 あれ出でましぬ 隠れいし神 かくり世も うつし御国の 一筋の 光の国と 咲きそめにけり」
このようにありますが、先程のように「子年」を2008年とすれば、「辰年」というのは、2012年にあたります。西暦2012年の「辰年」に、隠れていたマコトの神がお出ましになり、「新しき時代の初めの年」ということになります。

心&身魂のアセンション
http://ascension.mikosi.com/












posted by datasea at 07:47| Comment(0) | ◉ 日月神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする