2023年01月15日

雑誌ムー: 日月神示のロシア予言と旧約聖書預言,ホピ預言



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雑誌ムー: 日月神示のロシア予言と旧約聖書預言,ホピ預言
■天之日津久神
昭和19年4月,東京・千駄ヶ谷の鳩森八幡神社の留守神守を拝命していた岡本天明は,神社の総代や関係者相手の会合の席で挟乱にもとづく神霊実験会を主宰した。
コン、コン、コン......。 木の棒が砂を敷いた木箱を叩く音が静かな部屋に響く。 T字形の木の棒の両端をふたりが持っているだけなのに,まるで木が勝手に動くような感覚で,ふたりとも不思議な感覚にとらわれた。縦の棒先は砂に字を書きあげる。字が書かれると,ひとりが読み上げて文字を記録する。続いて別のひとりが木の板を曳いて砂を平らに戻し,また丁字棒の先端を砂に置いて字が書かれるのを皆が見守る。 ふたりずつ丁字棒を持つ役を変えていく。 この日,何かに分かれて,どの人物も初めて扶乱に挑戦したのだが、書いた字を司会役の天明がまとめて読み上げると,すべて
「あまのひつく」 または
「ひつくのかみ」
という字が読めるだけだった。この結果には天明自身もいささか困惑を覚えた。 扶乱によって降りた天之日津久神とはいったい何の神なのだろうか。『古事記』や『日本書紀』には天之日津久神という神は存在しない。 日津久「ひつく」は日嗣の御子(天皇)を暗示させる。戦前の治安維持法が宗教団体に適用され,大本をはじめ数々の宗教団体が弾圧された世相にあっては,謎の天之津久神の出現に天明は困惑しか感じなかっただろう。扶乱でも普通はコックリさんのような取り留めのない内容が多く,神霊現象に明るかった天明はいったんは無視することにしたが,神霊実験を純粋に受け止めた参加者のひとりが試しに平凡社の百科事典を調べると,天之日津久神社が千葉県印橋公津村台方(現成田市台方)の麻賀多神社の境内社として実在することを見つけ,わざわざ天明に報告してきた。
そのころ,神社の配品に,当時は貴重品となっていた酒があり,天明は大本時代から交流があった高田集蔵にも酒を分け与えていた。5月9日,高田は都内で岐阜県産の天然記念物である菊花石を見せられた。石に浮かび上がる菊形の文様を見た高川は,とっさに
「これから白山菊理姫が世に出る」
と口走ったという(これウカビという)。白山菊理姫神は北陸の霊峰白山に祀られた白山神社の祭神である。 現在でこそスピリチュアルでも有名な女神になったが,戦前は地域の氏神だった。広く知られるようになったのは,戦後,滝の行者の異名を持つ金井南龍が白山王朝や白山菊理姫の神業を顕彰して活動した昭和50年代からだ。天之日津久神の働きの裏には白山菊理姫神がいたのだ。
5月のある日,天明は高田から,日ごろの感謝ということで千葉県の麻賀多神社の境内社・天之日津久神社へ向かう。…
■赤い龍神
・赤い龍神の霊視に端を発した「丹波の御用」

「この神はよき臣民にはよく見え,悪き臣民には悪く見えるのざぞ。 鬼門の金神とも見えるのざぞ」 (昭和20年1月11日 「第八巻豊戸の巻」 第1帖)
この神示が出たころのある日,天明が御神前で天之
津久神を念じていると,にわかに霊眼に自髪の老婆
の姿が顕れたが,その老婆が出口なおなのか天明に
ははっきりわからなかった。 続いて⦿印の入った宝冠を被った赤い龍神の姿を霊視した。
「日月神示」を降ろしている神霊は出口なおに関係するらしいと考えた天明は『日月神示』の審神を王仁三郎から受けようと思い丹波の亀岡と綾部へ向かった。当時の王仁三郎は第2次大本教事件の裁判の二審で治安維持法については無罪となり,昭和17年8月に仮釈放され亀岡の中矢田農園に隠棲していた。天明は2度にわたり王仁三郎と面会をしようと試みたが,かなわず追い返された。仕方なく綾部天平の共同墓地の一角に改葬された出口なおの奥都城を参拝した。墓前で祝詞をあげると,綾部の空にサラサラと小雪が舞ってきた。
鎮魂帰神法を集大成した本田霊学によれば,神懸かりには「帰神」「神懸」「神憑」の3つがあるとされる。王仁三郎は「霊界物語」第1巻第1章の「聖言」の中で,霊界に通じる唯一の方法として鎖魂帰神法を解説している。人間が大神の神格の内流を受け神と和合する状態を帰神という。霊的存在が人間に降り,神界の消息を人間界に伝達することを神懸という。邪霊・悪霊が外部より人間の肉体に侵入することを神憑という。天明に起こった交霊現象は「帰神」というより「神懸」による神霊現象であろう。天明に懸かった霊的存在は,現象面から見れば帰神というよりも龍神懸かりだったのだ。天明と同居していた黒保氏によれば,天明は
「元は大日月地の神だが,実際はいろんな神が懸かってきた。(そういうことを)書いた物を残すと,あとで取り違いされるから残せないんだ」
と語っていたという。
・赤城龍神
天明の霊眼に映った赤い龍神の正体とはなにか。それは大木によって関東守護の龍神として赤城山小沼に祀られた 赤城龍神だろう。 大本では赤城
龍神は国祖の御子神とされるが,どんな容姿かは伝えられていない。 民間伝承では,赤城山の龍神は赤色の龍神とされる。また地理風水では山脈の流れを龍脈というが,龍の流れは川の流れともされる。赤城龍神は赤城山麓を源流とする利根川と江戸川をクシロ(霊線)として,関東を守護する。 利根川は坂東太郎の異名を持つ大河で,流れを下ればそのまま印旛沼につながっている。 赤城龍神のクシロは利根川を下り,印旛沼を抜け,公津の麻賀多神社に上がり,天明に神験したのだ。
榛名山が神業の地に選ばれたのは「富士から三十里 (北)」(昭和19年6月2日 「第一巻 上つ巻,第2帖」)の距離だったからなのだが,赤城龍神の霊城は赤城榛名妙義の上毛三山にまたがっている。昭和17年7月の榛名山神業は,霊的には赤城龍神が天明(奥山御神前)の守護に顕現したことに対する赤城龍神への御礼の意味を含んでいたのである。
ところで,明治2年(1892)の出口なおの帰神から3日後
「はや龍宮に聞こえました」
と最初に龍宮乙姫が出現している。 冠島・沓島の神開きでも龍宮乙姫が奉斎されている。そう。最初に動くのは龍宮界なのだ。国常立尊が出現する前にまず龍宮が先駆けて動き出すのである。龍神は地ならしをして,根源神である国常立尊出現のお膳立てをするのだ。
・「三段の型」 をとって顕現する経綸
人間界へ現れる事象は,一見奇妙で脈絡がいないように思えることが多い。俯瞰的な位置から見てはじめて全体像が見えるのだ。 霊的顕現は歴史的な事象を繰り返し系統発生を繰り返す。その特徴は「三段の型」を通して顕われる。有名な王仁三郎の予言歌「瑞能神歌」(大正7年/1918年発表)では,立替(天変地異)の予言を能楽に喩えて,
日清戦争が一番叟,
日露戦争が二番叟,
第1次世界大戦が三番叟
とし,3段目である三番叟(第1次世界大戦)から,世界中が日本に攻めてきて敗北寸前になって天変地異が起きて日本の勝利となると予言された。 しかし実際の時間軸はズレて,初段(一番叟) は
「西伯利亜線を花道と定めて攻め来る曲津神」
つまりロシア革命となり,二段(二番叟) は
「天の烏天を願い,東の空に舞い」
つまり第2次世界大戦の米軍による空襲となり,三段(三番叟) は来たる世界戦争のことかと思わせる。大本では,丹波/日本/世界という,三段からなる,艮と坤の方向からの金神の働きの顕現があるとする。 綾部の位置する丹波と丹後地方 (奈良時代に丹波から分立した)を中心に論が進み,丹波から日本全土(北海道〜奄美) に拡大され,世界 (艮=日本/坤=イスラエル)へと移写される。この三段の型も「 絆」といわれ,入れ子状の構造をしている。三段の型はたんに方位や地形に限定されるわけではない。 神霊の顕現は,ときに多元的に「三段の型」をとって展開する。たとえば龍宮乙姫の三段のときはどのように出現したか。一段は,若狭湾沖の冠島・沓鳥だ(明治30年代,丹後/丹波の型)。二段は『日月神示』発生と同年の昭和19年に再興された兵庫県の鉢伏山の龍宮神社と,昭和2年5月22日に修された,戦後唯一の王仁三郎の公式神業である「鉢伏山開き」だ(日本の型)。大本では,鉢伏山に龍宮乙姫が鎮まるとされている。三段は,昭和7年,帝政ロシアの財
宝が隠されているとして満国境の豆満江の龍宮島に王仁三郎が派遣した松並高義をはじめとした4名によって修された神業 (龍宮乙姫の奉迎神業)を指す(世界の型)。
つぎは国常立尊の三段の型。一段は丹波弥山。明治1年,香鳥から上がった国常立尊の神霊が1月2日,綾部の御神前に迎えられる(丹波の型)。二段は淡路島の元井戸。 王仁三郎の命で辻天水が出資し,白山義高が指揮して徳島の大本信徒が掘削した。昭和12年10月完成。 昭和30年8月8日,天明の奥山御神前で大国常立尊奉斎神事が修された。 新時代の幕開けへのバタフライ・エフェクトである。 8月8日には広島で仁科博士が原爆投下を確認して報告し,深夜にはソ連が参戦,翌日には長崎に原爆が投下され日本の敗戦が決定づけられた(日本の型)。
三段はベーリング海/北海道/北緯38度線上の蔵王での神業。 天明は昭和2年,妻の佳代子を亡くし,以後は病弱で神事を受けることができなかった。
昭和38年,天明の代理で島田敏郎が38度線の鎮めとして十和田湖の神業を修めた。 これを聞いた津軽の松神道大和山の教祖大和松風は,大国常立尊は北海道に出現すると確信。以後,霊啓示は断片的に各地に降りた(世界の型)。
そしてつぎは赤城龍神の一段の型。一段は天明が祀った奥山(江戸の仕組み)。二段は,赤城神が祀られた上毛三山の赤城山・榛名山 (日本の型)。 これは昭和10年7月の榛名山・蛇ヶ岳神によって成就した。そして三段が,じつは「ロシア」だったの
である(世界の型)。 ここでいう 「ロシア」とは,たんに旧ソ連や現在のロシアの領土をさすのではなく,霊的概念としてのロシアをさす。 日月神示の「北から攻めて来る」という予言にみえる「北」のことであり,それは「赤城龍神=赤い神魂」である「赤い力」によって表象される。 そしてその神業の進展は,これからの世界情勢に現れるのだ。…
■旧約聖書預言,ホピ預言
・旧約聖書 「エゼキエル書」の預言と「日月神示」のシンクロ
「それゆえ,人の子よ,ゴグに対して預言して言いなさい。 主なる神はこう言われる…(中略)...お前は北の果ての自分の所から,多くの民を伴って来る。 彼らは昔,馬に乗っている大集団,大軍団だ。お前はわが民イスラエルに向かって,空を覆う雲のように上って来る。そのことは終わりの日に起こる」 (エゼキエル書」第38章)
これは「旧約聖書」の「エゼキエル書」に出てくるイスラエルに関する預言である。 「ゴグ」については,この前で「マゴグの地のゴグ」と説明されているが(第33章)「北の果て」にあるというゴグやマゴグを聖書研究者はロシア周辺の地名として解説している。イスラエルから見るとロシアはまさに北にあたる。「日月神示」の「北から攻めて来る」とは,現在のロシア周辺の民族がイスラエルに攻めて来るという,この旧約聖書の預言とリンクしていたのだ。そしてそれは「終わりの日に起こる」という。しかもたくさんの軍勢が連合軍の体裁をなして一挙にイスラエルに侵攻するのだという。
📝「ペルシア,クシュ,ブトが彼らと共におり皆,盾を持ち兜をかぶっている。ゴメルとそのすべての軍隊,北の果てのベト・トガルマとそのすべての軍隊,それに多くの国民がお前と共にいる」(「エゼキエル書38第章5~6節)
「ペルシア, クシュ,プト」の国々は,イラン・エチオピア(エジプト),リビアなどの地名にあてられ,イスラエル周辺を囲む地中海世界の国々が,同じようにイスラエルに攻め寄せるというのだ。ここで日本とユダヤの間の霊的因縁を説く日ユ同祖論に立って「イスラエル=日本」として読み解くならば 「エゼキエル書」の記述は,今回のロシアのウクライナ侵攻において起こりつつある日本を取り巻く状況とシンクロしてくる。
「北から攻めて来る」
という神示の真意がここに示されている。
そして、ロシアが赤い龍神 (赤い力)を霊的背景としていることは「ホピの予言」によっても暗示されている。筆者は映画「ホピの予言」の宮田雪監督を麻賀多神社に案内したことがある。ホピの予言の岩に連れていった日本人女性がいきなり神懸かり
「炒り豆に花が咲くぞよ」
と叫んだので,日月神示に興味があったと頼まれたのだ。ホピの予言には部族によっていろんな話があるが,「偉大なる浄化の日」の前に3つのシンボルが現れるのだという。「鈎十字」「太陽」 「赤い人」である。 「鈎十字」はドイツ,「太陽」は日本として現れ「赤い人」は赤い肌をしているとも読めるが,赤蟻のようにすべてを食い尽くすことを意味しているともされるので,中国共産党の人民解放軍のことのようにも思われた。だが「赤い人」とはプーチン大統領が2022年9月2日の「部分動員」によって劣勢のウクライナ戦線に送り込んだ蟻のごとき予備役30万人 (100万人とも)の大軍のことであったのではないか。要するにプーチンは「赤い力」に取り憑かれているのだ。天明が霊視した「赤い龍神」を和魂とするならば,プーチンとロシアに取り憑く「赤い力」はその荒魂であろう。すべての予言が成就する日が来るという思ってもみない事態が到来した。…
・「北から攻めて来る」
予言の聖句とは,人類の普遍的な無意識領域でもある常世から現界へともたらされるもので,普遍的な原型であるがゆえに,その時代ごとに再現再演される。
昭和19年6月に降りた「日月神示」には「神の国を八つに切って殺す悪の計画」(「第一巻上つ巻」 第2帖) とあるが,事実,連合軍では昭和2年7月に行われたポツダ厶会議の前に日本分割統治案が検討されていた。しかし後の米ソ冷戦が予想されたため,ソ連に東地域を委任するリスクを避けるべくアメリカの単独統治が採用されたのだ。
ソ連にとって極東太平洋地域に不凍港を確保することは帝政ロシア時代からの悲願だった。ソ連崩壊後のロシアの極東地域と北方領は,日口のビザなし民間交流などによって発展したが,今回のウクライナ侵攻における対ロ経済制裁への反発から,ロシアはビザなし交流を一方的に遮断し,冷戦時代に逆戻りした。 再び極東海域におけるロシア海軍の動きが活発化し,だれも想定できなかった事態が今起こっている。 「北から攻めて来る」という予言がまさに今再び成就しようとしているのだ。「北から攻めて来る」という神示に加えて,当時の連合国を相手に戦争した日本に対し「世界中が日本に攻めて来る」という予言も 「日月神示」ではなされていることにも注目してほしい。
「メリカもギリスは更なり,ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて神の国に攻め寄せて来るから,その覚悟で用意しておけよ。世界では
その戦の最中ぞ」 (昭和19年8月12日/第三巻富士の巻/第3帖)
第2次世界大戦では,日本は連合国側の米英らと戦ったが,戦争末期には中南米の国にまで宣戦布告されて世界を相手に戦争していた。だがこの神示にみえるドイツ・イタリアは日本も属した側で対戦国ではない。
「世界は一つになったぞ。 一つになって神の国に攻め寄せて来ると申してある」(昭和17年8月10日/第三巻富士の巻/第23帖)
とは未来における戦争を予言しているのだ。これからいったい何が日本に起ころうとしているのか。…

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マドモアゼル愛: 日月神示「ロシアが北から攻めてくる」について
22.3.29
■円安
いろんな意味で切羽詰まったどの国にもあるような気がしています。先ほどニューヨークの夜間相場を見てみると,円/ドルレートで円が124円台まで行っておりました。それからその後また123円台に戻していますけれども,かなり大幅な2%近い円安水準にまで来ております。これがどこまで続くか分かりませんけれども,この原因はもう明らかであって,どこの国の通貨も自国の通貨を守るために金利を上げている,しかし日本は金利を上げない。なので輸入物価の値上がりによってお金を持たない庶民の生活は本当に苦しくなってきている。それに関してどこ吹く風という日銀の態度。真剣に考えようとする雰囲気すら感じないというありえない思いを抱く訳なんですけども。世界は世界で円を犠牲にして自国の通貨を守ろうとしている。特にドル。ドルを守るためには属国の円を犠牲にしていくっていう当然の采配。円でドルを守らせる。
昔,黙示録のダニエルの時代に,怖い夢をエジプトの王様が観た。7頭の太った牛が出てきて,それを見ていると次にナイル川から痩せた牛がやってきて,太っている牛を食べてしまういう怖い夢を観た。
この夢解釈を国の占師などに尋ねるけども誰も答えることが出来ない。牢屋にいるユダヤ人ダニエルに実は不思議な力があるという話が王様のところにまで行く。「じゃあそいつを連れて来い」という話になり,連れて来る。呼び出されたダニエルが言うには
「王様,それはこういう事でございましょう。これから7年間にわたって大変な豊作が続きますが,しかしその後 大変な不況が訪れて1年間続きます。なので豊作の7年間のうちに蔵を建てて,その時の不作に供える用意をしておけばなんとか乗り切れると思います」
というような夢判断で,その後に実際にそうなっていく。それによってダニエルは奴隷の身から重要な役職にまで登りつめるという信頼を得ていく,そういうような物語があるわけですが。
ドルと円も全くそれと似たように,ドルがめちゃくちゃなやり方によってだんだんとプレゼンス存在感を少なくしていく中でどんどん強くなっていった円。ドルは生き延びるためにその太った円/日本を丸呑みして生き長らえようとしているという,まさにダニエルの夢の実話ではないけれども,現れているような気がしてならない理由なんですね。
なので日本の上層部の主力の部分に,日本のためを思う人たちではなくて傀儡政権である自ら,奴隷根性によって領主様に捧げものをして「日本人が犠牲になっても構わない」っていうような人が上にいるから,しかし自分のそうした醜態を認めるのも嫌だし,のらりくらり貴族面して「別に大したことないですよ」というような対応で日本の金融の舵取りをしている印象に見えてしょうがないです。
ここは金利上げなければ世界の金利上げ競争から取り残されて,どんどん円安が進むことはもう目に見えているわけですよね。そうすればこの不況の中,30年以上も給料が上がらない日本の中でさらに輸入物価が高くなるという流れになっていけば,さらなる悲劇が起きてくる事はもう分かりきってるのに,自分の立場を守るためにそうした政策を打つ上
の人たちがこの国は並んでいるんだということが残念なことだという気がしています。
そしてその一方で,今のロシアの情勢を見ると,ロシアが金本位制というものをちらつかせています。それを「真っ赤な嘘だ」って言う人がいるんだよね。ロシアがはっきり言っているのにもかかわらず嘘だと言うYouTuber,専門家,経済学者がいるんで,意味がわかんないなという。ロシアの金本位制が,旧来のインチキ通貨制度に対する戦争を仕掛けているということを自分で理解しきれないので,真っ赤な嘘として陽動作戦として言っている捉え方なんだろうという風に思います。無責任だなっていう気がします。一応ロシア政府が言った以上は「どういう意味なのか?」「そうなった場合私はそんなことはなぜ来ないことはわかっていますが」とかいう態度で説明をすべき所を,「真っ赤な嘘だ」って言う態度は理解出来ないです。自分が言うことが正しいとは思わないけど,結果的に間違っていようが,キチンとした推測の元に考察して話すっていうことは重要です。そこら辺の姿勢が見えないので,何か御用聞きの立場なんだろうなっていうことが見えてしまう。結局学者も全部御用学者になってしまったというところが,ひどいなっていうことは思います。
■日月神示
そこで今回のロシア侵攻を日本の危機に結ぶ人がいる。今後円安が進めば大変な危機になっていくとは思いますけれども。
日月神示には「北から攻めてくる」という一文があります。だから「ロシアが今日本に攻めてくる」と。でも僕にはピンとこないんですよね。日月神示に「オロシアに降りた大悪神が北から攻めてくる」という一文があるから,それはそういう意味でよく分かるんだけども,それと今回の事象とをつなげるにはどうしても無理があるような気がしています。
私は日月神示とは不思議な縁があって。今も丁度机を整理してたら,偶然 岡本天明さんから頂いた手紙が出てきて。ご丁寧な和紙に書かれたお手紙を頂いたことがあって,何だったのかちょっと忘れたんだけども,過去に数回,天明さんの勉強会に伺ったことがあって,その時のことじゃないかなと思うんですけども。天明さんの奥様みのりさんは,従来の日月神示の解釈と異なる根源的な解釈をされた方です。日月神示は夫婦神に降りるというふうに僕は個人的には解釈してるんです。「日」「月」でもあるし「○」「、」だから,敵味方も善悪も二つないとダメなんですよ。なので天明が降ろし役であって,ただ神の言葉を降ろしたっていうこれまでの捉え方は僕は違くて。日月は夫婦神なんだから,このお役も夫婦で引き受けたということが私なりの解釈です。なので天明さんとみのりさんは同格として私は考えています。天明を降ろし役、みのりさんはその解析役っていう形の自分なりの考えであるんで,そこでみのりさんのこのお手紙でも
「今回のこの著作が,今の私としては歴史編というべきものでございます。つまり『命は言葉』という言葉は人によっては難しいので,お読みにならなくても良いのです。それより日月地の御恩,また大空の御恩,米いね光の御恩が分かるということが大変大切で,自分を深めることとなり,全て万物が光りだし,活かしてくださるので人間の知恵ではない新しい発見があるわけです。そんな古代の日本人の生き方へ帰りたいということが今の私の気づいたことなので,何卒その点よろしくお願い申し上げます」
という文面。即ち,自分は一二三に関して最終的に行き着いた姿が「命は言葉」それさえ読む必要はない。それよりも日月知の御恩,大空米稲五十音が分かるということが大変大切で,自分を深めることとなり,全て万物が響きだし行かしてくださるので,人間の知恵でない新しい発見があるわけです。そんな古代日本人の生き方,そんな古代の日本へ帰りたいということが今の私の気付いた事なのです。
これが最終と言わないけども,でもみのり様が到達した一つの日月神示解釈の最終形で,そのかけらをわざわざご丁寧にこのように和紙の封筒で私に届けて下さったっていう,自分にとっては光栄であり,日月神示というものの不思議なご縁を感じています。
だから私の言うことは正しいとかそういう事じゃありません。しかし日月神示の中に「北から攻めてくる」という一節はもっと最後の話なんです。ロシアの三日天下の時代がこれから始まるんです。マスメディアが言うことはともかく,ロシアはもう勝ってる。しかしじゃあ DS は退治されたのか?そうじゃないんです, DSは残ってるんです。彼らは共産主義を作った連中ですから,粛清が得意なんです。そして自分たちがうまく切り抜けて生き残っていくんです。粛清というとんでもない悪魔的な事が平気で出来る,共産主義とは粛清の歴史です。対外的に働きかけるというよりも,自分達の中の仲間を見殺しにしていくという生き残り方をするのが得意なんです。
なので今回の疾病騒ぎによって,これは私は国が潰れるところまで行くだろうという風に前から言ってます。だからそれはもっと怖いことに彼らの各々の国にいるエージェントたちを全員失脚させ,責任を取らせる形で終えていくんだろう。すると終戦後も日本も何百万人の人が亡くなって。遠方で亡くなり,広島長崎で亡くなり,東京で3月10日に亡くなり。色んな人がいたわけだけれども,そうした犠牲の上に終戦は来て,その後にもう1回,『青い山脈』『りんごの歌』とかいう形で,残った人だけが元気を得て復興していったわけなんだけれども,復興以前に大変な犠牲を強いてるんです。粛清と似たような構造がある。とはいえ悪の時代の残滓はある。731細菌部隊っていうとんでもない研究をしていた部隊は粛清されずに残った。一般人はみんな死んでいくのに,731部隊の方々や巣鴨プリズンで生き残った軍部もいるわけです。
だから今回も彼らは生き残りをかけたわけで,負けるわけじゃないと思うんです。ただ僕たちが今思っていたDSはいなくなると思う。そうすると,第二次世界大戦の終戦後と同じようにとりあえず明るく元気な時代が来るんです。特に日本は,ロシア三日天下の後は日本の時代と日月神示が予見したようにそうなっていくと思うんです。そして全てが日本に感化されて,もうこの世のユートピアが折しも確定するような時に「北から攻めてくる」っていうのが日月神示で言うところの内容なんで。なんで今の情勢とは別だと僕は思っています。

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マドモアゼル・愛
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昨日,アメーバブログでお話しさせていただきましたように,新たに動画に問題ありとの警告を受けて削除されました。そのため,さらなるペナルティが二週間続くのではないかと恐れましたが,今のところ,一週間をもって配信再開が叶いました。
この間,多くの皆さまにご心配をおかけしましたこと,お詫び申し上げますと共に,深く感謝申し上げます。ユーザー様からは一つのクレームもなく,それどころか,数多くのお励ましをいただき,本当に嬉しかったです。
これからは,注意深く,そして自分にも正直に,伝えられるものは伝えていきたいと思います。人間,大変な時にこそ,色々学ぶことが多いのは本当だと思います。私はすでにかなりの年齢に達していますが,常に初心という当たり前の気持ちは忘れずにいたいと思います。これからもどうぞこのチャンネルが皆さまと共に発展していくことを願っています。
さらに私のhpも活用して,今後,もっとしっかりした情報の基地をつくっていこうと考えております。私のhpは現行のものはあまり機能していませんので,新たにhpを作成し,動画のすべて,文字情報のブログ,そしてグループ活動などあらゆる発信を行いたいと思っています。
おそらく夏ぐらいを目途に完成させる予定でおります。
さらにアメブロに「マドモアゼル・愛オフィシャルサイト みずがめ座の時代」という番組があり,そちらからも動画配信ができるようにしていきたいと思います。
自分のhpが機能する夏までは,デリケートな内容の動画は上記,アメブロにて配信する予定でおります。
ブログ https://ameblo.jp/mademoiselle-ai/
(今回メンバーの方々には,ご心配をおかけすると共に今週の金曜セミナーが開催できるかどうかの不安を与えてしまわれたことと思います。
そうした中でも幾多の励ましのお言葉を受け,本当に嬉しかったです。ありがとうございました。しかしなぜかはわかりませんが,配信停止中であったにも関わらず,多くのメンバーの新たなご入会があったことです。
不思議な気持ちでおります。明日の金曜セミナーは通常に戻って行います。おひつじ座とはどいう星座か,がテーマです)
当番組が本当に大勢の皆さまに支えられていることを改めてかみしめさせていただいた一週間でした。皆さま,ご心配をおかけいたしました。ありがとうございました。どうにか戻ってまいりました。これからもどうかよろしくお願い申し上げます。
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マドモアゼル愛: 日月神示「ロシアの三日天下」預言
22.2.23
■2022年春分図で観るロシア情勢の行方
今年の具体的な事を挙げます。
・ロシア
近々のロシアウクライナ情勢。今年の運勢ではなくて,去年の運勢の範疇になりますが,去年の運勢を見れば戦争の星の配置があって,その予測を去年言いましたが,しかし起きてもあっという間に終わるというのが私の去年の戦争の危機の考えでした。そしてその運勢は今年2022 年3月まで続きますので,現在のロシア・ウクライナ情勢の緊迫している状況は,今年というよりも去年から来る流れです。戦争の危機はあるけれども,あってもあっという間に瓦解して終わるという予測。プーチンの勝利で終わると考えています。そう言うと「愛さんは共産主義側ですか?」という人がいるけど,そういうことじゃないんです。
つまりこういうことなんですね,ウクライナにはアメリカを巣食っていた軍需産業の施設がある。彼らは戦争を欲する。そしてそれがトランプなどの働きによって,情報開示によって追い込まれて行っている。アメリカ,北朝鮮,イスラエル,中東,今のロシアウクライナ問題という戦争の種,火種。それが軍需産業のメシの種ですが,そして逆に言うとその構図が段々とバレてきた。一方で今も北朝鮮はミサイルを飛ばしているし,イスラエル情勢も未だ不透明な部分もある。ウクライナも緊迫した状況にある。その戦争屋さん=DSの最後の争いの様相が見えてきた。DS最後の砦にメスを入れようというのがウクライナ情勢のもう一つの意味です。それが上の人には皆わかってるし,そして彼らDSは欧州勢力/NATOを使って軍事的に支配はしているものの,この最後の砦であるウクライナに立てこもってDS がこの争いを起こそうとしている構図がだんだん見えてきてるわけです。なのでこれは単に資本主義圏と共産圏の争いじゃないっていうことがバレバレにこれから急速になってきます。なので,もちろんウクライナ人は一生懸命やるでしょうが,そうなるとウクライナの戦火を交える正当性というものが揺らいでくるので,なぜその火種を起こそうとしてたのかの動機がみんなわかってきてしまうということになるので,僕は戦火があっても直ぐに消えると予測しています。のでDSの第3次世界対戦まで起こそうとする目論見は失敗に終わると思っています。なのでこれはプーチンの勝ち。ウクライナにNATO軍の基地が置かれてミサイルが設置されるというようなことは起こらないと思います。
この間,プーチンはメキシコのキューバの首相と長電話したっていう記事がメディアで一斉に流れました。どういうことかっていうと,1960年代のケネディ政権時代にキューバ危機があった。ソ連首相のフルシチョフがキューバにミサイルを配置しようとしたんですね。キューバにミサイルを運んだ軍艦があったけども,ケネディは海上封鎖して,戦争を辞さない形で阻止しようとしたわけですよね。そして今回は,NATOがウクライナにミサイルを置こうとしている状況をプーチンが「絶対許さないぞ」って言ってるわけですよ。その時にプーチンがキューバ首相に電話するとは,つまり「ウクライナにあなた方がミサイルを配置するなら,ロシアはキューバにミサイル配置してもいいよね?」という論理 です。アメリカのバイデンはビビったと思いますよ。まァ,バイデンも裏にどういう力が働いたか分からないので,でももうこの勝負はこれで僕はあったなという風に思っていました。
そして2022 年はそうした戦争の星の配置はないんです。なのでウクライナ情勢,イスラエル,北朝鮮情勢が大きく発展していくことはないという風に思います。戦火は多少あるかもしれませんが大きなことにはならない。ロシアのウクライナ侵攻>>第3次世界対戦というようなシナリオを本気で命がけでやろうなんてしている人はNATOにもいない。DSの残党だけがやろうとしているだけです。
■ロシアの三日天下
....さて,世界に目を向けると,ウクライナ情勢。ロシアが2国を承認して駐留するような形,そしてさらにウクライナの中の親ロシア派がロシアに「軍事的な援助をして欲しい」というような要請がこれから出てくるような絵があって。またバタバタとウクライナがロシアの方になびいていく絵がどうやら見えてきた。僕が当初から言っていた「これはロシアの勝ち,プーチンの勝ち」という絵がいよいよ観えてきている。
アメリカのバイデンさんは本来ウクライナ利権の人種です。ウクライナ利権サイドのDSは本当に「ロシア憎し=プーチン憎し」だった。改革により「ロシア堕ちたぞ」とばかりにロシアに群がったDSをロシアから追い出したのがプーチンでした。なのでDSからみるとプーチンは本当に憎い。なので「プーチンに隙さえあれば」という事で,DSはウクライナの拠点で色々なことを画策して,だんだんとNATOを浸透させるような政策がずっと打たれていた。それをずっと我慢してたのがプーチンだった。逆にここまでやらせといたっていう風にも観える。ヨーロッパの識者はそれ知ってますので,口では対ロシアを言うものの,本当にNATOと一緒にロシア軍と対峙するか?というと,それはありえない。そしてプーチンのこれからの武器っていうのはどういうことかっていうと,これは誰が指示したのかわからないけれども,原油価格は去年に-34ドル/Lという値をつけちゃったように,本来石油はお荷物になってしかるべきものであるにも関わらず,コロナ禍による不景気と物流障害による物価上昇を背景に,資源インフレを起こすロシアは,中東産油国以上に資源によって懐を豊かにしてゆく流れが観えてくる。
この流れで出口王仁三郎の預言がまたひとつ成就する形になると思うんです。第二次世界大戦中の王仁三郎の預言のひとつに,「これからどうなるのか?」いう問いに対して,王仁三郎は
「これから日本vsアメリカの経済戦争が起こるだろう。そしてその経済戦争は日本の勝ちに終わるだろう」
と答える。敗色強い戦時下で,訊く側はそれを理解できない。でも今になれば分かりますが。
「次に時代は米中経済戦争に移るだろう。そしてこれは共倒れに終わるだろう」
と言った。一時は覇権がアメリカから中国にうつって「中国の時代が 来る」と今も信じる人は多いけど,私は中国最絶頂の時から「それはない」という風に思っていました。というのは,やっぱり,拝金趣味があそこまで行ってしまった国に,世界を動かすリーダーシップは持てないという単純なその理由から思っていました。中国が覇権を世界的に握ることはあり得ないという風に思った。Pax-Chinaはありえない。だから,王仁三郎の預言はまたも成就する事になるのでしょう。共倒れに終わった米中経済戦争の結果が,即ち今の世界の大混乱なのでしょう。そしてその中に,
「次はロシアの三日天下になる」
まず驚くのが,まだ第二次世界大戦中の時期(国名:ソビエト連邦)に何故「ロシア」という言葉を使ったのか?なんですよね。今回のウクライナ危機はまさにそれが起きつつある。ウクライナ戦争によって最終的にはロシアが豊かになり,ロシアが世界をリードする時代に移行する。覇権までは行かないけども,まぁ「ロシアの時代」というものが到来したかのように見える未来がこれから出てくるだろう。しかし王仁三郎は「それは3日天下で終わる」と言った。この「3日」とは3年を指すのか,時期指すのか分かりませんけども,こうした単位でいえば,米中経済戦争だって10年という時代がかかってますし,日米経済戦争だって5〜10年というサイクルを考えてみれば,「3日天下」って言うんだからそれよりは短いだろう。ということだとこれから2〜3年,「ロシアが中心の時代」「ロシアだけが元気な時代」というような時代がはじまる。ロシアは軍備が凄いからね。人工衛星を撃ち落とせるような設備があって,特に攻撃以上に防衛設備が圧倒的に強い。そう考えれば「ロシアの時代」っていうのはあながち嘘じゃない。そして今回の事件で,エネルギー面でもヨーロッパ各国が払うエネルギーの報酬が上がれば,ロシアの財力は一気に上がる。しかし
「ロシアの三日天下の次の時代,日本の時代はそれから始まる」
僕の占星術では,それが今年の海王星・水星・木星が魚座で第三室という所のコンジャンクション/合に示される「新しい海洋資源に関連する技術」なんですよね。日本では今年からその種が育っていく。それが2年,3年,ロシアと交代するように大航海世界に向かう情報化時代が始まる。
今回のウクライナ危機でロシアが勝つということは,つまりDS はもう終わっている。その世界で,日本が初めて,この種をやっと大きくできる環境が起きてくるということですので,喜ばしい事だなという風に思っています。
そういう時代に向かって私たちはどうしたらいいんだろうか?という視点で常々私はお話しているつもりでおります。これまではジャパンハンドラーズっていうDSが日本社会の上層を支配する世界でしたが,これからはやっぱり個々が変えていく世界。個々が目を覚ましていく。個人だけが未来を創る力も持っているという時代。新しい未来が観える下地がようやく整ったということであります。無論ロシアが正しいって言ってんじゃありません。やっぱり問題あると思いますし,信用するわけにはいかないと思います。しかしひとつのDSを終わらせる力としては,ロシアは次の時代に必要な役者だったなという風に思っています。

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2022年04月01日

ken:「日月神示」子(ネ〜ねずみ歳)の年真中にして,前後十年が正念場

ken:「日月神示」子(ネ〜ねずみ歳)の年真中にして,前後十年が正念場
(無題)
投稿者:ken 投稿日:2022年 1月 7日(金)19時23分40秒
2022年,すでに日本は,子の年10年前に突入した。
岩戸の巻 第16帖 (252)
世の元からの生神が揃うて現われたら(→伊邪那岐神と宇宙連合・月より来る天照大神一門・地底より出現する継ぐ黄身配下のレムリア・アトランティスのUFO大艦隊),みな腰ぬかして,目パチクリさして,もの言えんようになるのだぞ。
神徳貰うた臣民でないと,中々越せん峠だぞ。神徳はいくらでも,背負いきれんまでにやるぞ,大き器持ちて御座れよ。掃除した大き入れ物,いくらでも持ちて御座れよ。
神界にはビクともしぬ仕組出来ているのだから,安心して御用勤めてくれよ。今度は真の神の力でないと,何も出来はせんぞと申してあろが。日本の国は小さいが天と地との神力強い,神の真の元の国であるぞ。
洗濯と申すのは,何事に由らん(よらん〜どんなことにも起因している)。人間心すてて仕舞って,智恵や学に頼らずに,神の申すこと一つも疑わず生れ赤子の心のうぶ心になりて,神の教え守ることぞ。
身霊磨きと申すのは,神から授かっている御霊の命令に従うて,肉体心すててしまうて,神の申すことは背かんようにすることぞ。学や智を力と頼むうちは,身霊は磨けんのだ。学越えた学,智越えた智は,神の学,神の智だということ判らんか。今度の岩戸開きは,御霊から,根本から変えて行くのだから,中々であるぞ。
天災や戦ばかりでは,中々らちあかんぞ。根本の改めだぞ,小さいこと思うていると,分からんことになると申してあろがな。この道理,よく肚に入れて下されよ。
今度は上中下三段に分けてある御霊の因縁によって,それぞれに目鼻つけて(物事の大体の決まりをつける),悪も改心さして,善も改心さしての岩戸開きだから,根本から作り変えるよりはどれだけ難しいいか(→絶滅させてリセットするより難しい),大層な骨折りだぞよ。
叱るばかりでは改心出来んから,喜ばして改心さすことも,守護神にアリ手(有り手〜持っている手)はあるのだぞ。聞き分け良い守護神殿,少ないぞ。聞き分け良い悪の神,早く改心するぞ。聞き分け悪き,善の守護神あるぞ (→自分が一番と思っているから他人の意見を聞かない,滅びゆく宗教関係者)。
この道の役員は昔からの因縁によって,御霊調べて引寄せて,御用さしてあるのだ,めったに見当狂わんぞ。神が綱かけたら中々離さんぞ,逃げられるならば逃げてみよれ,くるくる回ってまた始めからお出直しで,御用せなならんようになって来るぞ。
御霊磨け出したら,病神などドンドン逃げ出すぞ。
出雲(いずも)の神様(大国主命→ユダヤに国譲り)大切申せ(「する」の謙譲語〜いたす〜大切いたせ)と知らしてあること忘れるなよ。
子(ネ〜ねずみ歳)の年真中にして,前後十年が正念場,世の建て替えは水と火(→天変地異で更地)とだぞ。
ひつじの三月三日,五月五日は結構な日ぞ。一月十四日, ? の一二のか三。
※子(ネ)の歳真中にして前後十年が正念場
1996年が子の年だったので,1991年から終末が始まるとして,日月神示がブームになった。
前後10年といえば普通,1981年と2006年が候補になるのに,すでに1981年は何事もなく終わっていし,ノストラダムスの1999年にあやかりたかったんだろうね,前後5年の1991〜2001年と解釈したが惨敗。
子の年は,12年ごとにあり,2008・20・32・44年。2008年の5年後として,2012年終末説に便乗した日月神示もあった。3度目の2020年はさすがに泡沫に終わる。
2032年なら前後10年は,(22〜31で10年・32〜41で10年→数えで計算)となり,かのととりの2041年と重なる。
215より「出づの歳は子の歳十年先は,弥勒の世だぞ」。ここからも10年であることが確認できる。
2022年は,子の年の10年前, 「正念場 」に突入した。

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投稿者:ken 投稿日:2021年 8月15日(日)06時21分13秒 返信・引用
年代預言
あと2年、2023年より終末の正念場が始まる。
■ 岩戸の巻 第16帖 (252)
世の元からの生神が揃うて現われたら(伊邪那岐神と宇宙連合・月より来る天照大神一門・地底より出現する継ぐ黄泉配下のレムリア・アトランティスのUFO大艦隊)、みな腰ぬかして、目パチクリさして、もの言えんようになるのだぞ。
神徳貰うた臣民でないと、中々越せん峠だぞ。神徳はいくらでも、背負いきれんまでにやるぞ、大き器持ちて御座れよ。掃除した大き入れ物、いくらでも持ちて御座れよ。
神界にはビクともしぬ仕組出来ているのだから、安心して御用勤めてくれよ。今度は真の神の力でないと、何も出来はせんぞと申してあろが。日本の国は小さいが天と地との神力強い、神の真の元の国であるぞ。
洗濯と申すのは、何事に由らん(よらん〜どんなことにも起因している)。人間心すてて仕舞って、智恵や学に頼らずに、神の申すこと一つも疑わず生れ赤子の心のうぶ心になりて、神の教え守ることぞ。
身霊磨きと申すのは、神から授かっている御霊の命令に従うて、肉体心すててしまうて、神の申すことは背かんようにすることぞ。学や智を力と頼むうちは、身霊は磨けんのだ。学越えた学、智越えた智は、神の学、神の智だということ判らんか。今度の岩戸開きは、御霊から、根本から変えて行くのだから、中々であるぞ。
天災や戦ばかりでは、中々らちあかんぞ。根本の改めだぞ、小さいこと思うていると、分からんことになると申してあろがな。この道理、よく肚に入れて下されよ。
今度は上中下三段に分けてある御霊の因縁によって、それぞれに目鼻つけて(物事の大体の決まりをつける)、悪も改心さして、善も改心さしての岩戸開きだから、根本から作り変えるよりはどれだけ難しいいか(→絶滅させてリセットするより難しい)、大層な骨折りだぞよ。
叱るばかりでは改心出来んから、喜ばして改心さすことも、守護神にアリ手(有り手〜持っている手)はあるのだぞ。聞き分け良い守護神殿、少ないぞ。聞き分け良い悪の神、早く改心するぞ。聞き分け悪き、善の守護神あるぞ (→自分が一番と思っているから他人の意見を聞かない、滅びゆく宗教関係者)。
この道の役員は昔からの因縁によって、御霊調べて引寄せて、御用さしてあるのだ、めったに見当狂わんぞ。神が綱かけたら中々離さんぞ、逃げられるならば逃げてみよれ、くるくる回ってまた始めからお出直しで、御用せなならんようになって来るぞ。
御霊磨け出したら、病神などドンドン逃げ出すぞ。
出雲(いずも)の神様(大国主命→ユダヤに国譲り)大切申せ(「する」の謙譲語〜いたす〜大切いたせ)と知らしてあること忘れるなよ。
子(ネ〜ねずみ歳)の年真中にして、前後十年が正念場、世の建て替えは水と火(→天変地異で更地)とだぞ。
ひつじの三月三日、五月五日は結構な日ぞ。一月十四日、 の一二のか三。
※子(ネ)の歳真中にして前後十年が正念場
1996年が子の年だったので、1991年から終末が始まるとして、日月神示がブームになった。
前後10年といえば普通、1981年と2006年が候補になるのに、すでに1981年は何事もなく終わっていし、ノストラダムスの1999年にあやかりたかったんだろうね、前後5年の1991〜2001年と解釈したが惨敗。
子の年は、12年ごとにあり、2008・20・32・44年。2008年の5年後として、2012年終末説に便乗した日月神示もあった。3度目の2020年はさすがに泡沫に終わる。
2032年なら前後10年は、(23〜32〜41→数え)となり、かのととりの2041年と重なる。
215より「出づの歳は子の歳 十年先は、弥勒の世だぞ」。ここからも10年であることが確認できる。
※未の三月三日、五月五日は結構な日ぞ→歳なのか、日なのか、不明。
ひつじ歳は子の5年前で、1991・2003・15・27・39・51年。
2023年以降の、新旧三月三日、五月五日に、辛酉や未が含まれる日。
2025/新3/3辛未
2027/旧5/5己未
2029/新5/5乙未
2030/旧5/5辛未
2031/旧5/5乙未
2033/旧3/3癸未・旧5/5癸未
2034/旧3/3丁未・新5/5辛酉・旧5/5丁未
2037/旧5/5辛酉
2040/旧3/3辛未。
2041/新3/3乙未。

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(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 8月 7日(土)08時51分35秒 返信・引用
年月預言
残念ながら内容不明
■ 日の巻 第10帖 (183)
つぎ天常立之命,つぎ国常立之命,つぎ豊雲野命と生り成りて,現れ出でまいみこと(三五十だろう→体・いづ・完成)澄み切り給まひき。
辛酉(かのととり)の日と年はこわい日で,よき日と申してあろがな(→終末日)。
九月八日は結構な日だが,こわい日だと申して知らしてありた事少しは判りたか(→改心の期限)。
何事も神示通りになりて,先繰り(せんぐり〜順を追って次第にすること)に出て来るぞ。遅し早しはあるのだぞ。
この度(→欧州核戦争)は幕の一(はじめ)ぞ。日本の臣民これで戦済むように申しているが,戦はこれからぞ。
九,十月。八日,十八日は幾らでもあるのだぞ。
三月三日,五月五日はよき日ぞ。恐ろしい日だぞ。
今は型であるぞ(→欧州核戦争は最終戦争の型)。改心すれば,型小(ち)さくて済むなれど,掃除大きくなるぞ。
猫(猫被り)に気付けよ,犬(他人の秘密などをかぎ回って報告する者)来るぞ。臣民の掃除遅れると段々大きくなるのだぞ(→犬猫が邪魔)。
神が表に出て御働きなされていること,今度はよく判りたであろがな(→欧州核戦争開始前の3日間にもUFO出現)。
(カミ〜神)と神 (化身→教祖〜キリスト教とイスラム教の宗教戦争)との戦でもある,と申してあろがな。戦のまね(→天変地異を伴う最終戦争に比べれば)であるぞ。
神がいよいよとなりて(→最終戦争),びっくり箱開いたら,臣民ポカンぞ(→UFOの大艦隊による空中携挙と天変地異)。手も足も動かすこと出来んぞ。たとえではないのだぞ,くどう気付けておくぞ。
これからがいよいよの戦となるのだぞ,鉄砲の戦ばかりでないぞ(→魂の戦い)。その日その日の戦烈しくなるぞ,褌締めてくれよ。十月二十五日,ひつ九のか三。
※欧州核戦争の内容は,「ひふみ」では判明しない。この担当はノストラダムスであり,キリスト教とイスラム教の宗教戦争・核戦争開始前の3日間にUFO出現・7/10の実施日・被爆地・核弾頭数など,詳細な預言がある。
しかし欧州戦争勃発年・核戦争実施年は,限定できなかった。
ノストラでは年月に関する唯一のヒントが,WW3の前半後半の停戦期間が「3年7か月」であり,2041年5/28の3年7か月前なら2037年10/26。2040年旧9/8=新10/13の3年7か月前なら2037年3/13。「月」単位なので日付に誤差あり。いずれにせよ2037年・7月に核戦争なので終結は10月かな。
※九月八日の辛酉考
2038〜41年の新旧9月8日は辛酉ではない。
2037年旧9/8(新10/16)が辛酉〜岩戸閉め
2041年新5/28(旧4/29)が辛酉〜岩戸開け
※九,十月八日,十八日,三月三日,五月五日考
九,十月八日,十八日は「幾らでもあるのだぞ」では主語・意味共に不明。日本語訳が間違っていると予想。
昭和20年の上記の日は,すべて辛酉ではない。
2041年の新旧3/3・5/5も辛酉ではない。
2031年新9/18・2034年新5/5・2037年旧5/5=新6/18・2034年旧9/8が,2041年までの辛酉。
10/8は新旧共に該当なし。よってこれらの日付は,辛酉とは無関係と思われる。
※271より,三月三日から更に厳しくなるから用意しておけよ,五月五日から更に更に厳しくなるから更に用意してどんな事起ってもビクともせんように心しておいてくれよ,心違うているから臣民の思うことの逆さ許りが出てくるのだぞ,九月八日の仕組 近うなったぞ
※水の巻 第05帖 (279)
外国の言は無くなるぞ(禁輸による経済封鎖。経済破綻と食糧不足で帰国)。
江戸の仕組,旧五月五日迄に終りてくれよ。後はいよいよとなるぞ。
旧五月五日に経済封鎖なら,2040年6/14だろう。その前の旧三月三日なら,経済封鎖の原因となるアジア連合結成が2040年4/13と予想。
これに対応するなら「九,十月八日,十八日」は,開戦に至るプロローグと思われ,原因となる左派政権誕生あたりかな。
「いくらでもある」が「一九ら」なら,「すべて誤良→左巻き」と読めるのだが。
(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 8月 8日(日)07時42分17秒 返信・引用
終末時,ひふみは弾圧対象。
型は済んだし,右の頬を打たれれば,左の頬も差し出せということもあり,社殿の破壊には無抵抗となるだろう。
人間が抵抗報復しなくとも,第2の死確定だから,神に委ねるのが,ひふみの生き方。
■ 日の巻 第22帖 (195)
お宮も壊されるぞ。臣民も無くなるぞ。上の人臭い飯食う時来るぞ。味方同士が殺し合う時,一度はあるのだぞ。大き声で物言えん時来ると申してあろがな。
これからが(→左派全盛期)いよいよだから,その覚悟していて下されよ。一二三(月)が正念揚ぞ。臣民の思うているような事でないぞ(×左派政権なら国民の味方)。この神示よく肚に入れておけと申すのぞ。
チリチリバラバラになるのだぞ(→全面禁輸になれば食料・流通崩壊)。一人々々で何でも出来るようにしておけよ(→サバイバル)。十一月十一日,ひつ九か三。
※「お宮も壊されるぞ」→左派をけなし,それが現実となる「ひふみ」が対象だろうね。市民団体とかいう反日在日・在野の手で,世界統一・神国日本を掲げるひふみを排除。
「上の人臭い飯食う」→積弊を掲げた韓国の文政権みたいに,やはり左派独裁かな。左派は,人のせいにするのが大好き。左派とズブズブの在日の反日暴動をマスコミが大々的に報道,テロリストを国民の激しい支持とし,国家権力を発動して右派逮捕が流れかな。
「大き声で物言えん時来る」→言論統制の主役はマスコミ。太平洋戦争を一番煽ったのは朝日だし。連帯責任と相互監視体制なら,配給制度で縛り付ける隣組の復活かな。統制経済になれば,文句を言うやつは餓死する。憲兵隊より怖い隣組が,太平洋戦争の真実。
(無題)
投稿者:ken
投稿日:2021年 8月 8日(日)08時31分54秒 返信・引用
伊邪那岐神・伊邪那美大神の国生み考。
■ 日の巻 第24帖 (197)
ここに伊邪那岐命・伊邪那美命は,玉陽 (ヌホコ〜りっぱな陽)・玉陰 (ヌホト〜すぐれた陰)組み組みて,国生みせなと詔たまいき。伊邪那岐命・伊邪那美命,息合し給いて,「対(アウ)」,「合う」と祝らせ給いて,国生み給いき。
コト(事)の始め,気付けてくれよ(→それは「体」の為の「欲」ではないか・「喜」か・「他者のため」か?)。
夜明けたら生命(いのち)神に頂いたと申してあろがな,太陽(ひ)あるうちはことごと(事々)に太陽の御用せよ。月あるうちはことごとに月の神の御用せよ,それが真の臣民ぞ。
生活心配するでないぞ。ことわけ(事訳〜ことの理由)て申せば,今の臣民すぐは出来ぬであろが(→金要らぬ世)。
初めは六分国のため,四分自分のため。次は七分国のため,三分自分のため。次は八分国のため,二分自分のため。というようにしてくれよ。
これはまだ,自分あるのだぞ。自分無くならねばならぬのだぞ。神人一つになるのだぞ。十一月二十日,ひつ九 。
※エロ頭な人間は,陽の出っ張りを陽物チンコと,陰のへこみを陰物マンコに想定。合わせてあえぎあい,国生みしたとか言うけど,国土をマンコから生み出せるわけがない。
「陽陰と玉」と言えば,キンタマではなく,太陽と月であろう。放浪していた月が地球に捕獲されたという説をとるなら,月が存在したことにより満干潮が発生すれば,地殻も伸縮し,泥から水分が抜け,地表が固まる。固まる際のしわやへこみが,山脈や海になったとする方が,まだ論理的だろう。
太陽と月が「対(アウ)」となり,太陽と月の引力が「合う」合力により国土形成

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(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 8月 9日(月)07時28分38秒 返信・引用
今回の見直しの目的である,月世身→継ぐ黄泉への変更。
ちゃんと「地に隠れている」=地底人と書かれていました。ビックリです。
またほとんど区別されていませんが,4種類ある天照皇大神と天照大神の使い分けが,判りやすい預言です。
■ 継ぐの巻 第37帖 (210)
天にも天照皇大神(皇=一番偉い)様,天照大神様あるように(→天之御中主大神と国常立大神),地にも天照皇大神様,天照大神様(→伊邪那岐大神と天照大神)あるのだぞ。
地にも月読の大神様隠れて(継ぐ黄泉→伊邪那美神から黄泉を継ぎ,地に隠れているレムリア人)御座るのだぞ。
素盞鳴の大神様,罪穢れ祓いて隠れて御座るのだぞ。結構な尊い神様の御働きで(→戦争責任を一身に背負い,贖い続けた昭和天皇),何不自由なく暮して居りながら,その神様あることさえ知らぬ臣民ばかり。これでこの世が治まると思うか。
神々祀りて,神々に交つわりて,神国のまつりごと(政事)致してくれよ。詰まらぬこと申していると,いよいよ詰らぬ事になりて来るぞ。十一月三十日,ひつ九の神しらすぞ。
(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 8月 9日(月)07時40分59秒 返信・引用
終末到来を告げる預言で,一番具体的。
■ 継ぐの巻 第38帖 (211)
大きアジアの国々(→中国・インド・ロシア)や,島々八十(やそ〜数が多い)の人々(→東南アジア諸国)と,手握り合い神国の,光り輝く時来しと(→米国に対抗・大東亜共栄圏の再来),みな喜びて三千年,神の御業(みわざ)の時来しと,思える時ぞ神国の,まこと危なき時なるぞ。
夜半に嵐のどっと吹く(→深夜に判明する選挙結果確定かな),どうすることも無く泣くに(→自分で選んだ民主主義だもんな),手足縛られ縄付けて,神の御子等を連れ去られ,後には老人(としより)不具者(かたわ)のみ(→国民皆兵)。
女子供もひと時は,神の御子たる人々は,悉々(コトゴトく〜悉くの間違いだろう)暗い臭い屋に,暮さなならん時来るぞ(→停電が現実的かな。飢餓が到来するなら,その前にエネルギー不足になるはず)。宮は潰され御文(みふみ)皆,火にかけられて灰となる(靖国反対の反宗教は,中国・韓国・左派の考え方→世界統一・世界平和・神国日本のひふみ封じ)。
この世の終り近づきぬ。この筆(ふで)心に入れくれと,申してある事わかる時,いよいよ間近になりたぞよ。出掛けた船ぞ,褌締めよ。十一月三十日,ひつ九のか三。
※歴史を見てもアメリカは,台頭するライバルは潰す。ソ連・ジャパンアズナンバー1・中国もしかり。
中国・ロシア・インド・日本を含む,大アジア連合ができたら,アメリカをしのぐ大経済圏・人口を有するだろう。自公民の親中派が頑張り,悲願の日ロ平和条約も締結するのだろうね。
今の(2020年)米中経済戦争で,中国は潰されるだろうから,大アジア連合を潰すには,4大国の中で日本をターゲットにするのが最適。
アメリカの常とう手段として,経済封鎖が行われれば,自給率が低い食料・石油禁輸が一番の打撃。国民の怨嗟を受ければ,民意を問う総選挙で自民惨敗は確実。
左派が市民に支持された反米を加速させれば,日米同盟破棄も視野になり,自主防衛は必定になる。
そして「自分が一番正しい・その他は何でも反対」が左派の性格だから,反対派を粛清するのが,ソ連・中国の歴史。だから独裁にもなりやすいし,そこに国民の支持を得ているという自信がある。
国民に支持された政党に,神の倫理が邪魔なのが共産主義。左派が日本を奈落の底に導くと預言する「ひふみ」なんか,最悪だよね。左派は国民の声に敏感だから,天声人語の言いなりになるのは,目に見えている。
左派は「相手を非難する」が性根だから,結末は内部抗争→瓦解が相場なので,左派と右派の内乱になるのだろうね。

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(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 9月 2日(木)06時56分50秒
「大和魂」とは、神と人間の大いなる和。
■ 松の巻 第18帖 (309)
人民同士の戦では(→日本vs米露)、敵わんという事よく判りたであろがな。神と臣民融け合った、大和魂でないと勝てんことぞ。
悪神よ、日本の国をここまで、よくも穢したな。これで不足はあるまいから、いよいよこの方の仕組通りの、とどめにかかるから、精一杯の御力でかかりて御座れ。学問と神力の、とどめの戦だぞ。七月三日、あめのひつ九のかみ。

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(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 9月 2日(木)13時33分5秒 返信・引用
これもコロナっていえば、そう解釈できる。
「訳の分からん病」の人災明記。
天の人災は気象異常なので、気象兵器のハープかな。
■ 夜明けの巻 第03帖 (323)
天の異変、気付けと申してあろが。冬の次が春とは限らんと申してあろが。夏、雪降ることもあるのぞ。
神が降らすのでないぞ、人民降らすのだぞ。人民の邪気が凝りて、天にも地にも、訳の分からん虫わくぞ。訳の分からん病ひどくなって来るのだから、書かしてある御神名、分けて取らせよ。
旧九月八日までに、何もかも始末しておけよ。
心引かれる事残しておくと、つまらん事で詰らん事になるぞ。もう待たれんことにギリギリになっている事、判るであろがな。七月二十四日の神示、あめのひつぐの神。
(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 9月 2日(木)07時53分6秒 返信・引用
連番で原文より翻訳
預言は八人八様に受け取れる。
逆に言えば、終末のビジョンを知らなければ方向が定まらず、自分勝手な推測の域を出ない解読で終わる。
■ 松の巻 第24帖 (315)  原文より翻訳
邪の主(あるじ→バビロン)の懲(こらしめ)は、火を尽す(成しうるまでする)。 銃も戦闘も掃(すっかりとり除く) 。
主に罰、飛(空をとぶ)光輪見る日。「主は神」も偽ぞ(→TR3Bによる救世主演出)。天の元(はじめ)は我なる故(→本物のUFOに乗る創造主たる宇宙人)。
日に死(日本に死をもたらす)は、地なる光(→核爆発)。天守(みはる→核攻撃は阻止しない銀河連合)、匪徒(TR3B)と神(日津久神)が交(まじわる)。偽を問う一日、疑の日になる。
誤の途(みち〜手段)なる、武に到り攻。火継ぐぞ、夜いずる光、諸々の獣は悲惨。輪の神、天一つとなる(→UFOによるバビロン総攻撃。たぶん地球滅亡を防ぐべく、核兵器の全廃と自爆)。獣の惨は永久。
厳は弥(いよいよ) 救の神に令(おおせ)。
神は始めに獣に渦(→ハリケーン)、風雨・水満つ。
大日山(大日如来を富士の本尊とする山岳信仰)で火見る(富士山噴火)、怖なる始め。
光球と円輪光満つ(→球形と円盤型UFO)、援(手を差し入れて助ける)次ぐなり。仇(かたき)・禍(不幸をひきおこす原因)・守(護衛)みな消ゆ、厳しく焼くぞ。七月十日 天の日津久神。
(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 9月 2日(木)07時25分4秒
これも重要なので紹介しとくかな。
原文より翻訳しているオリジナルなので、知られていないでしょうが。
■ 松の巻 第23帖 (314)  原文より翻訳
急に国に終り来ると苦るしみ(→バビロンの経済封鎖)、獣となるぞ。
派は日夜抗争(→日本の内戦)、支持乞う謀(はかりごと→愛国心などを使い支持を得ようとするマスゴミ)、卑徒が欺く和(→愛で争・武力で和)。
日の本には罰。天が燃え左右(→左派と右派の内戦)の終り。地が炎える日を悟る、火継ぐ傘となりなる(つぎつぎになる→全面核戦争に拡大)。
厳が相互の邪に罰、急な掃除なり(→天変地異)。
夜いづる球と和の日(月と地底のUFOと人類の和)、人の旧(古いなじみ)と和の日。未知はここに実(本当の事柄)、想像は消ゆ。人なる諸々の神が見に来る日(→銀河連合の星から)。
戮(リク〜死刑にする)満つ夜は、霊継ぐを悟る日(→殺戮であっても霊は不滅なので、分相応に生まれ変わる。宇宙人たる神はテレパシーが可能となるので、悪は隠せない)。睦(仲よくする)の道が始まる日。ひふみの務め消ゆ。天の日津久の神。
(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 9月 2日(木)07時05分18秒
ポールシフトが起こる
■ 松の巻 第19帖 (310)
改心次第で善の霊(→善に目覚めた霊)と入れ換えて、その日から良き方に回してやるぞ。
宵(よい)の明星(→日没後、西に輝く金星)が東へ回っていたら、いよいよだぞ(→地軸が回転・上下グデン)。天の異変 気付けと、くどう申してあろがな。
道はまっすぐに行けよ。寄り道するではないぞ(→宗教に注意)。わき目ふると悪魔魅入るぞ。それも我れの心からだぞ。七月四日、あめのひつくのかみ。
※時系列を予想すると、最初に地軸が180度回転〜公転と自転が逆になるため、自転が止まり重力軽減で足腰立たず・海水面の膨張による津波、自転の再開と共に大地殻変動かな。

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(無題)
投稿者:ken 投稿日:2022年 1月 7日(金)09時28分48秒
世界平和のカギは,ひふみにある「霊」の教え。
岩戸の巻 第09帖 (245)
富士(二二〜ふし〜不死)と鳴門(七十〜ナルジュウ〜生る終→第2の死)の仕組判りかけたら(→輪廻転生と悪霊の永久処分),いかな外国人でも改心するぞ。
(無題)
投稿者:ken 投稿日:2022年 1月 6日(木)20時14分58秒
どこをどうやって,一二三から有機野菜を導き出したかは忘れたけれど,たった20文字を根拠に,毎回よく盛ったなと感心。
■ 日の出の巻 第08帖 (221)
一二三(ヒト二ミツ〜霊力満つ→霊の栄養源は「気」)の食物(たべもの)に,病無いと申してあろがな。
一二三(→ひふみ流)の食べ方は,一二三(→ひふみ祝詞)唱えながら噛むのだぞ。四十七回(→ひふみ47音)噛んでから,呑むのだぞ。これが一二三(→霊力満つ)の食べ方頂き方だぞ。神に供えてから(→頂きます),この一二三の食べ方すれば,どんな病でも治るのだぞ,みなの者に広く知らしてやれよ。
心の病は一二三(→ひふみ祝詞)唱える事によりて治り,肉体の病は四十七回噛む事によりて治るのだぞ。心も身も分け隔て無いのであるが判るように,申して聞かしているのだぞ,取り違い致すでないぞ。
日本の国は,この方の肉体(→伊邪那岐神・伊邪那美神)と申してあろがな。どんな宝も隠してあるのだぞ。神の御用なら,何時でも,どんなものでも与えるのだぞ,心大きく持ちて,どしどしやりてくれよ。
集団(まどい→新興宗教の類)作るなと申せば,ばらばらでいるが,裏には裏あると申してあろが(→47人の役員をトップにした,弥勒世の型となる「会」〜ある目的のために多くの人々が集まること・何かにめぐりあう時・かなう・さとるの意),心配(こころくば)れよ。十二月七日,ひつく(日創)のかみふで。
(無題) 投稿者:ken 投稿日:2022年 1月 3日(月)09時48分35秒
あほくさくて読んだことありませんが。
今日の校正中に,それらしきところがあったので紹介。
「 邦つ卷 第16帖 (153)
今に病神(やまいがみ)の仕組に罹り(かかり)ている,臣民苦しむ時近づいたぞ。病,流行るぞ。この病は見当とれん病ぞ,」
ここだけを読むとコロナに該当しますが,続きがあります。
「病になりていても,人も分らねば我も分らん病ぞ,今に重くなりて来ると分りて来るが,その時では間に合わん,手遅れぞ。」
コロナは,自分では罹ったのが判ります。他人には知られたくないけど。
ということでコロナは該当しません。
もし上記だけが引用部分なら,いいとこどりの汚いやり方です。
「人も分らねば我も分らん病」から,私は「メディアによる洗脳」による騒乱好き,終末に日本で発生する,内戦熱だと分類しました。
この神示の続きと締めは,
「この方の筆 (ふで),よく肚に入れて,病追い出せよ(マスゴミの基本は,批判・怒り・鼻高。「 ゝ」である「キとカ〜喜と和」が,神の処方箋)。早うせねばフニャフニャ腰になりて,四ツん這いで這い回らなならんことになる,と申してあらうがな(→マスゴミと同じ性分の左派が,日本滅亡を招く)。神の入れ物わや(ヤワにあらず。我弥〜我が満ちる→和に反する左派)にしているぞ。九月二十三日,ひつ九のか三。」
神示はコロナの解毒剤にはなりませんわなー。
この神示の季語は「フニャフニャ腰になりて,四ツん這い」であり,これは最終戦争の最後にある,ポールシフトに伴う重力異常と地殻変動の時期です。
コロナで終末は感じられないし,最終戦争や弥勒世がテーマなのに,こんなニュースに神示が反応しているとは思えません。。
(無題)
投稿者:ken 投稿日:2022年 1月 2日(日)14時25分23秒
是だけ肉が好まれ,私自身もモツ大好き。肉を食べなきゃ生きていけない地域もある。
■ 天つ巻 第05帖 (112)
牛の喰べ物たべると牛(→「牛を食べると牛になる」の輪廻転生ではない。牛の食べる「草」を食べれば,我慢強く辛い仕事もこなせる人になる)のようになるぞ,猿は猿(→食を採取すれば,漁師やその日暮らし),虎は虎(→弱い者を食う,弱肉強食)となるのだぞ。
臣民の食ベ物は,定まっているのだぞ(→草食優先)。いよいよとなりて何でも喰べねばならぬようになりたら,虎は虎となるぞ。獣と神とが分れる,と申してあろがな(→配給などでは並ばないで押し寄せる,強いもの勝ち)。
縁ある臣民に知らせておけよ,日本中に知らせておけよ,世界の臣民に知らせてやれよ。獣の食い物(→肉料理)喰う時には,一度神に献げてからにせよ(→肉食禁止ではない),神から頂けよ。そうすれば神の喰べ物となって(→イスラム流。気を司るのは神であり,神に捧げれば,動物の気は清められる。最強の祝詞は「(神様)いただきます」と天に頂き,次に命を頂く動植物に感謝,料理人に対する感謝は二の次),何たべても大丈夫になるのぞ。
何もかも神に献げてから,と申してあることの道理よく分りたであろがな。神に献げきらぬと,獣になるのぞ(→強いもん勝ち)。神がするのではないぞ,自分がなるのぞと申してあることも,よく分ったであろがな。くどう申すぞ。
八(ヤ〜病)から九(ク〜苦)から,十(ジュウ〜獣)から百(バク〜暴)から千(セン〜戦)から万(マン〜慢)から,何が出るか分らんから,神に献げな生きて行けんようになるのだが,悪魔に魅入られている人間,いよいよ気の毒(→気が毒化)出来るのだぞ。八月の三十一日,ひつくのか三。
(無題) 投稿者:ken 投稿日:2022年 1月 2日(日)11時33分16秒
■ 富士の巻 第24帖 (104)
二二(富士)を目ざして攻め寄する(→東西分割ライン),大船小船天の船(→各国の艦艇)。赤鬼青鬼黒鬼や,大蛇悪狐(→霊界物語によると,蛇=ロシア・狐=インド)を先陣に,寄せ来る敵は空蔽(おお)い,海を埋めて忽(たちま)ちに,天日(てんぢつ)暗くなりにけり(→天変地異の始まり)。
折しもあれや(あるとでもいうのか)日の国に,一つの光,現われぬ(→イシヤのUFO〜TR-3B)。
これこそ救いの大神と,救い求むる人々の,目に映れるは何事ぞ。攻め来る敵の大将の,大き光(→ロシアの東京核攻撃)と呼応して,一度にドッと雨ふらす(→核攻撃が全国に拡大)。
(※各国が日本分割を目指して各地に上陸。ロシアは東京占領のため進軍,そこにTR-3Bも出現。
ラストバタリオン目的のネオナチUFOと,イシヤのTR-3Bの開発目的は,米露直接対決の最終戦争時,聖書に書かれている天の救いを自前でやって,その圧倒的力をもって,世界統一をしようとするもの。
ロシアは東京を先制核攻撃することで日本政府を抹消,交渉相手を失くすことで進駐恒久化で占領。東京は本社機能の司令部・大消費地であって邪魔だし,生産拠点じゃないから必要ないかも。
世界統一を目論むイシヤは,米連合と露連合の双方に圧倒的力を見せつけ,軍門に下らせるため,各国駐留軍の目の前で日本各地を破壊。世界を統一しそうな日本を壊滅させると予想)
火の雨なんぞ,堪るべき(→第2の死に比べれば,核なんか耐えなければならない。でも霊が消滅する人は→)。真の神は無きものか,これはたまらぬ兎も角も,生命あっての物種と,兜を脱がんとする者の,次から次に現われぬ。
折しもあれや(あるとでもいうのか)時ならぬ,大風起こり雨来たり,大海原には竜巻や,やがて火の雨(隕石激突〜バビロン用→岩の神〜5月はみずがめ座流星群の時期)地(つち)震い,山は火を吹きどよめきて,さしもの敵もことごとく,この世の外にと失せにけり(→天変地異により壊滅)。
風やみ雨も収まりて,山川静まり国土の,ところところに白衣(しろきぬ→ヨハネの黙示録:3章: 5節 「勝利を得る者は,このように白い衣を着せられるのである」)の,神の息吹に甦る,御民の顔の白き色。岩戸開けぬ(「〜ぬ」は完了)。
しみじみと,大空仰ぎ神を拝み,地に跪(ひざまづ)き御民らの,目にすがすがし富士の山(シオンの山の14.4万人)。富士は晴れたり日本晴れ,不死は晴れたり(疑いが晴れる) 一八十(岩戸)開けたり。八月の三十日,? の一二の ? 。
※第24帖は,続伊都能売神諭に似ている。

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(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 9月 8日(水)06時12分46秒
稲刈りも終了し、早朝の解読作業再開です。
消費者は知らないだろうけど、ハイクオリティなJA米の生産者価格は、当地では概算金であきたこまち9027円・コシヒカリ9727円でした。
廃業も考えたくなる壊滅的安値ですが、スーパーのチラシで新米あきたこまち10キロ2500円だもんなー。中間業者は取るもん取ってる。
「月読み」を「継ぐ黄泉」に変更したのに続き、「黄泉=黄身」・「千引の岩戸=地退きの岩戸」に当て字を変更。
■ 風の巻 第01帖 (352)
用意なされよ。いよいよだぞ。いよいよ九 三 (キュウミズミツ〜救の瑞の光〜救いの・天が善政に感じてくだす、めでたいしるし・光→UFO)、神のみこと(尊〜天子様)知らすぞ。知らす(お治めになる→戦乱を治め・未来を治める)ぞ。
眼覚めたら、起き上がるのだぞ。起きたら、その日の命頂いたのだぞ、感謝せよ。大親(→神)に感謝、親に感謝せよ。感謝すれば、その日の仕事与えられるぞ。
仕事とは、嘉事(よこと〜よいこと)であるぞ。持ち切れぬ程の、仕事与えられるぞ。仕事は命(メイ〜天や神の意志)だぞ、仕事喜んで仕え奉れ。我出すと曇り出るぞ。曇ると仕事わからなくなるぞ。
腹へったらおせよ(食せよ)。二分は大親に、臣民腹八分で良いぞ。人民食べるだけは、与えてあるぞ。貪(むさぶ)るから足らなくなるのだぞ。減らんのに食べるでないぞ、おせよ(押せよ〜抑える)、おせよ(御せよ〜とどめよ)。一日一度(一日一食→イスラム教の断食期間と同じ。食に感謝)から、やり直せよ。ほんのしばらくで良いぞ。
神の道、無理ないと申してあろが。水流れるように、楽し楽しで暮せるのだぞ。どんな時どんな所でも、楽に暮せるのだぞ。穴(→世の中の裏面)埋めるでないぞ、穴要るのだぞ。
苦しいという声、この方嫌いざ。苦と楽、共にみて(看て〜よく見る)よ。苦の動くのが、楽だぞ(→苦慮は練達を生み、練達は希望を生む)。
生れ赤児みよ、子見よ。神は親であるから、人民守っているのだぞ。大きなれば、旅にも出すぞ。旅の苦、楽しめよ、楽しいものだぞ。
眠くなったら眠れよ、それが神の道ぞ。神の言、聞く道だぞ。無理することは、曲ることだぞ。無理と申して、我儘(わがまま)無理ではないぞ。逆行くこと、無理と申すのざ。無理することは曲ることざ、曲っては神のミコト(御言)聞こえんぞ、素直になれ。
ヒ(非・否)降る(振〜勢いが盛んになる→他人への非難攻撃責任転換〜保守への攻撃が進歩と勘違いしている、左派の得意技)ぞ。相手七と出たら三と受けよ、四と出たら六とつぐなえよ、九と出たら一と受けよ、二と出たら八と足して、それぞれに十となるように「和せよ→左派の和は勝つためだけの野合」。交つりの一つの道だぞ。
(○ミと十カミの┃カでカミ〜華身〜外観のよい身→火が上に上る如く身が最上位)の世、 (カカミ〜佳神〜すぐれている神→神が最上位)の世にせなならんのだぞ。
今は (特殊記号が逆なのは、これで3個目。全て意味が逆だった。ガミ〜我身→自己中)の世だぞ。 (我身〜私欲の身)の世、 (カミ〜佳身→身に良いことだ)の世となりて、 (カミ〜禍身)の世に、 (テン〜天)入れて (カミカ〜神化)の世となるのだぞ。
タマ(霊)無くなっている、と申してあろがな。タマ(魂)の中に仮の奥山移せよ(→心の中の神社)、急がんでも良いぞ。臣民の肉体、神の宮となる時だぞ。当分、宮なくても良いぞ。
やがては二二(ふじ〜富士)に、九(こう〜光)の花咲くのだぞ。見事二二(ふじ〜富士)に九(キュウ〜救)の火(→UFO)が鎮まって(騒ぎが収まる・安全にする・神が鎮座する)、世界収める(乱れをしずめる)のだぞ。
それまでは、仮(→の奥山)で良いぞ。臣民の肉体に一時は鎮まって、この世の仕事仕組みて、天地でんぐり返して光の世と致すのぢゃ。花咲く御代近づいたぞ、用意なされよ。用意の時しばし与えるから、神の申すうち用意しておかんと、とんでもないことになるのだぞ。
(カミカ〜神化)の世輝くと、 ( と?で、日の本と太陽が一致して本物)となるのだぞ。 ( と?で、神と太陽で、神国日本)と申して知らしてあろがな。
役員それぞれのまとひ(集団)作れよ、いずれも長(おさ)になる身霊でないか。我軽しめる事は、神軽くすることざ、判りたか。おの(己)もおのも頭領(とうりょう〜多くの人々の頭)であるぞ、釈迦だぞ、キリストだぞ(神の子・神の代行者)。
その(役員あっての)上に、神(→天子様)ます(増す〜進める)のだぞ。
その上、神(伊邪那岐神・伊邪那美神)又ひとたば(一束→天照大神や八百万神)にするのだぞ。
その上に、また (カ〜化→万物を造成の国常立大神・豊雲野大神や天神)で括るぞ(くくる〜ひとまとまりにする)。
その上にも (テン〜天〜造化三神)あるのだぞ。上も下も限りないのだぞ。
奥山(→天明宅)何処に変っても宜い(ヨロシイ)ぞ。当分肉体へ収まるから、何処へ行っても、この方の国ぞ、肉体ぞ。心配せずに、グングンとやれよ。動くところ、神力加わるのだぞ。人民のまどい(集団)は、神無きまどいぞ。神無きまどい(→烏合の衆)作るでないぞ。神上に真中(まなか)に集まれよ。
騒動待つ心(マスコミなども)、悪と申してあること忘れるなよ、神の申した事、ちっとも間違いないこと、少しは判りたであろがな。
同じ名の神、二柱あるのだぞ、善と悪だぞ(霊魂は荒魂と和魂の二つの働きをもち,和魂はさらに幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)の二つの働きをもつ)。この見分け、なかなかだぞ。神示読めば見分けられるように、よく細かに解いて(説いて)あるのだぞ。
善と悪と間違い申していると、くどう気付けてあろがな(→悪は善の鏡・善は悪の羨望)。岩戸開く、一つの鍵だぞ。名同じでも裏表(→和魂と荒魂)だぞ、裏表(表面に現れている事柄と、裏に隠されている事情→荒魂は天災をもって人間を殺し、小難をして戒め大難回避を願う)と思うなよ、頭と尻、違うのだぞ。千引(ちびき)の岩戸(※伊邪那岐の尊が黄泉の国との出入り口を封じた岩→死後行く地下世界が黄泉なら、出入り口を封じた所で輪廻転生には影響はない。黄泉=地下の泉より、黄身=地下の身とすれば地底人となる。地退きの岩戸なら、地底を遠隔の地にする岩戸となり、そこが開けば地底世界と交流)開けるぞ。十二月二十五日、ひつぐのかミ。

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(無題)
投稿者:ken 投稿日:2021年 9月 2日(木)17時10分28秒
年代預言
■ 夜明けの巻 第12帖 (332)
あら楽(たぬ)し,あな(喜怒歓楽の,ああ)さやけ(さやけし〜清らかだ),元津御神の御光の,輝く御代ぞ近づけり。
岩戸開けたり野も山も,草の片葉(かきは)もコト(糊塗〜ごまかしの処置をすること→青人草)止めて,大御光に寄り集う,誠の御代ぞ楽しけれ。
いま一苦労,二苦労,とことん苦労あるなれど,楽しき苦労ぞ目出度(めでた)けれ。
申,酉すぎて戌の年,亥の年,子の年(さる,とり過ぎていぬの年,ねずみの年。(辛酉2041年以前の「申〜子」年は,2004〜08,16〜20,28〜32年) 目出度けれ。
一二三(ひふみ)の裏の御用する身霊も,今に引き寄せるから,その覚悟せよ(?邪見・?我身)。覚悟よいか。待ちに待ちにしトキ(時)来たぞ。八月の七日,アメのひつくのかみ。
ひふみ,よいむなや,こともちろらね,しきる,ゆいつわぬ,そおたはくめか,うをえ,にさりへて,のます,あせえほれけ(三五七調の,ひふみ祝詞),八月八日(8/8にソ連参戦), トキ(時)立つ日(※みなポツダム宣言受諾は原爆効果と思っているが,戦争勃発の主因は満州の関東軍であり,無敵関東軍は弱体化したといえ無傷だった。ソ連参戦により終戦のガンだった関東軍崩壊により,受諾できる条件がそろった。原爆の威力は戦後に判明したのであり,終戦時にその威力はあまり知られていない),アメの一二のおほかみ。
※252より,子(ネ)の歳真中にして前後十年が正念場
233より,子の年の〜十年先は,弥勒の世だぞ,
これらの場合,2032年が子の年で,10年後は数え年で2041年の辛酉と一致。
2032年の10年前は,32年が真ん中なので数え年で2023年。
だが今回は五年なので別物。「いま一苦労,二苦労,とことん苦労あるなれど,楽しき苦労ぞ目出度(めでた)けれ」に対応しているので「2004〜08年でいま一苦労,16〜20で二苦労,28〜32年でとことん苦労,子の年32年で目出度(めでた)けれ」という,生みの苦しみかな。
※ひふみ祝詞の言霊解
ひふみ(霊・継ぐ・体),よいむなや(世・出る・萌える・成る・ますます),こともちろらね(凝り固まる・完成・諸々の・光・露〜あらわれる・羅〜つらなる・音〜物のひびき),しきる(止〜やめる・希〜ねがう・留〜とどまる),ゆいつわぬ(諭〜さとす・異〜あやしむ・即〜時をうつさず・和〜なかよくする・ぬ〜ない),そおたはくめか(素〜もって生まれたまま・悪〜あく・汰〜よりわける・覇〜力によって支配すること・苦〜くるしむ・芽〜物事がめばえる・刈〜かりとる),うをえ(討・終・廻〜もとにもどる),にさりへて(日〜日本・佐〜身に添って助ける・履〜実行する・経〜縦糸・手〜仕事や役割りをもつ人),のます(宣〜広く知らせる・真〜本物・主〜中心となる人),あせえほれけ(開・世・永〜将来にわたって時の限りがない・譜〜代々ひきつぐ・霊・気)→「ぬ」は否定として,平仮名のまま。「え=えい」「れ=れい」を使用。
現代訳
霊・継ぐ・体の世が,出る・萌える・成る・ますます・凝り固まる・完成。
諸々の・光・現れる・つらなる・物のひびき。やめるを・願い・とどまる。その諭す(→預言の再現)を・あやしみ・時をうつさず・仲良くするは・ない。
もって生まれたままの・悪を・よりわけ・力によって支配する。苦しみの・芽を・刈りとり,討を・終え・元に戻る。
日本を・身に添って助け・実行する・縦糸の・仕事や役割りをもつ人。
広く知らせる・本物の・主(中心となる人),開けた・世は・将来にわたって時の限りがない。代々ひきつぐ・霊の・気。

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ひふみ神示全文数霊解読
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(無題)
投稿者:ken 投稿日:2022年 1月 7日(金)09時43分20秒
かのととりをとことん調べれば,終末の年月日まで判明したように,ここでも「負け」の意味をとことん調べれば,預言がつながり,ハルマゲドンの1年前からのスケジュールが判明する。
短い文だから,読み飛ばしてしまうけどね。
いくら3月・10月だと出てきても,その付近だけでは,内容は判明しない。
そこが読み込む大切さなんだろうけど,解読している本人ですら,ここに来るまで忘れており,また3月は何だろうと考えているのだから,しょうがない。
メモ代わりに掲載。
岩戸の巻 第03帖 (239)
二二(不死)は晴れたり,日本晴れ。びっくり箱(→UFO出現や天変地異),いよいよとなりたぞ。
春負け(さからう),夏負け(こうむる),秋負け(そむく),冬負け(たのみとする)てハルマゲドンとなるのだぞ。
早う改心せんと,ハルマゲドンの大峠こせんことになるぞ。大峠となりたら どんな臣民もアフンとして,もの言えんことになるのだぞ。なんとした取違いでありたかと地団太踏んでも(→神はいた),その時では間に合わんのだぞ(→9/8が改心の最終期限)。
十人並のことしていては,今度の御用は出来んのだぞ。逆様に変えると申してあろが,大洗濯だぞ,大掃除だぞ,グレンだぞ。二二(不死)に花咲くぞ(→「死んで花実が咲くものか」を否定)。一月一日,? のひつ九か三。
※旧3/3・5/5は,2040年春かな。
2041年が終末なら2040年春から失敗続きで,「負け」の意味の選択は,時系列を鑑み,春にアジア連合結成でアメリカに「逆らう」・夏に対日禁油制裁で被害を「こうむる」・秋に左派政権誕生で反米になり「そむく」・冬に左派はロシアを「たのみとする」・最後は春敗け(戦いにまける)ドン(核爆発)を選択してみた。

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(無題)
投稿者:ken 投稿日:2022年 1月 1日(土)14時55分23秒
帰宅し,お神酒を飲んでひと眠り。
ワールドプレスの校正を再開。
毎年,新年を迎えると,日月神示2022年は危ない,みたいな記事が出てきますが,ちょうど終末日の預言に差し掛かりましたので,紹介します。
とても短い神示ですが,内容はとても濃い。短いから重視しないのかな。
万年カレンダーを検索すれば,誰でもできるのに,誰も自分の力で解こうとしません。それでいて,今年こそ危ないと騒いでいる。
ひふみ神示には何でも書いてある。
下つ巻 第30帖 (072)
八のつく日に気つけてくれよ,だんだん近づいたから。
辛酉(かのととり)はよき日,よき年ぞ。
冬に桜咲いたら気つけてくれよ。八月二日,ひつくのかみ。
※辛酉は60年,または60日に一回めぐる。
最近では1981・2041・2101年だが,終わった1981年は無視・2101年は1944年の100年以上となるので除外,よって2041年に限定。くしくも1941年に勃発した太平洋戦争の100年後。
2041年の辛酉の日は,新暦の1/28・3/29・5/28・7/27・9/25・11/24。
ひふみは旧暦使用もあるので,旧暦表示なら,12/26,2/27,4/29,6/30,9/1,11/1。「8」の付く日はありません。
冬に桜咲いたら,気をつけるのは春。ハルマゲドンは春負けドンなので3/29・5/28。
「八のつく日」は1/28と5/28なので,両方の条件が合致する5/28限定される。
この世の終わりが,2041年5月28日と判明する預言は,世界中を見渡しても「ひふみ」以外は皆無。
最終預言といわれる所以。

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(無題)
投稿者:ken 投稿日:2022年 1月 1日(土)14時46分9秒
新年あけましておめでとうございます。
今年は「ひふみ全文数霊解読」でアップした,ワールドプレスの校正が終わればいいな。
特殊記号が入力できないので,研究用の解読詳細の校正には難しそう。
終わったら,20年ぶりに「ノストラダムス最終章」改め,「ノストラダムス全文仏語から解読」を再開したい。本業に追われ,時間は無いけど。
今年も日の出を拝み,その足で成田の天日津久神社に行ってきました。
鳥居・本殿は個人情報が入り込んだのでボツ。
大杉は,いい感じに龍神ぽく写った。
天日津久神社は,逆光がオーブっぽく幸せな感じ。
参拝出来ない人への御裾分け。
例年,お札と肌守を買ってくるのですが,今年は本殿前の売店が開いておらず,社務所で聞いたら9時からのこと。80分は待てず,帰ることにしました。
そういえば去年は人出が少なかったので,こうなったのか。社務所で問い合わせる人多数でした。去年よりは人出は多そう。
駐車場が狭く,混むのが嫌なので早朝参拝していますが,社務所が開く1日・15日にまた行き,ゆっくり参拝することにしました。

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2022年03月31日

マドモアゼル愛: 日月神示「ロシアが北から攻めてくる」について

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マドモアゼル愛: 日月神示「ロシアが北から攻めてくる」について
22.3.29
■円安
いろんな意味で切羽詰まったどの国にもあるような気がしています。先ほどニューヨークの夜間相場を見てみると,円/ドルレートで円が124円台まで行っておりました。それからその後また123円台に戻していますけれども,かなり大幅な2%近い円安水準にまで来ております。これがどこまで続くか分かりませんけれども,この原因はもう明らかであって,どこの国の通貨も自国の通貨を守るために金利を上げている,しかし日本は金利を上げない。なので輸入物価の値上がりによってお金を持たない庶民の生活は本当に苦しくなってきている。それに関してどこ吹く風という日銀の態度。真剣に考えようとする雰囲気すら感じないというありえない思いを抱く訳なんですけども。世界は世界で円を犠牲にして自国の通貨を守ろうとしている。特にドル。ドルを守るためには属国の円を犠牲にしていくっていう当然の采配。円でドルを守らせる。
昔,黙示録のダニエルの時代に,怖い夢をエジプトの王様が観た。7頭の太った牛が出てきて,それを見ていると次にナイル川から痩せた牛がやってきて,太っている牛を食べてしまういう怖い夢を観た。
この夢解釈を国の占師などに尋ねるけども誰も答えることが出来ない。牢屋にいるユダヤ人ダニエルに実は不思議な力があるという話が王様のところにまで行く。「じゃあそいつを連れて来い」という話になり,連れて来る。呼び出されたダニエルが言うには
「王様,それはこういう事でございましょう。これから7年間にわたって大変な豊作が続きますが,しかしその後 大変な不況が訪れて1年間続きます。なので豊作の7年間のうちに蔵を建てて,その時の不作に供える用意をしておけばなんとか乗り切れると思います」
というような夢判断で,その後に実際にそうなっていく。それによってダニエルは奴隷の身から重要な役職にまで登りつめるという信頼を得ていく,そういうような物語があるわけですが。
ドルと円も全くそれと似たように,ドルがめちゃくちゃなやり方によってだんだんとプレゼンス存在感を少なくしていく中でどんどん強くなっていった円。ドルは生き延びるためにその太った円/日本を丸呑みして生き長らえようとしているという,まさにダニエルの夢の実話ではないけれども,現れているような気がしてならない理由なんですね。
なので日本の上層部の主力の部分に,日本のためを思う人たちではなくて傀儡政権である自ら,奴隷根性によって領主様に捧げものをして「日本人が犠牲になっても構わない」っていうような人が上にいるから,しかし自分のそうした醜態を認めるのも嫌だし,のらりくらり貴族面して「別に大したことないですよ」というような対応で日本の金融の舵取りをしている印象に見えてしょうがないです。
ここは金利上げなければ世界の金利上げ競争から取り残されて,どんどん円安が進むことはもう目に見えているわけですよね。そうすればこの不況の中,30年以上も給料が上がらない日本の中でさらに輸入物価が高くなるという流れになっていけば,さらなる悲劇が起きてくる事はもう分かりきってるのに,自分の立場を守るためにそうした政策を打つ上
の人たちがこの国は並んでいるんだということが残念なことだという気がしています。
そしてその一方で,今のロシアの情勢を見ると,ロシアが金本位制というものをちらつかせています。それを「真っ赤な嘘だ」って言う人がいるんだよね。ロシアがはっきり言っているのにもかかわらず嘘だと言うYouTuber,専門家,経済学者がいるんで,意味がわかんないなという。ロシアの金本位制が,旧来のインチキ通貨制度に対する戦争を仕掛けているということを自分で理解しきれないので,真っ赤な嘘として陽動作戦として言っている捉え方なんだろうという風に思います。無責任だなっていう気がします。一応ロシア政府が言った以上は「どういう意味なのか?」「そうなった場合私はそんなことはなぜ来ないことはわかっていますが」とかいう態度で説明をすべき所を,「真っ赤な嘘だ」って言う態度は理解出来ないです。自分が言うことが正しいとは思わないけど,結果的に間違っていようが,キチンとした推測の元に考察して話すっていうことは重要です。そこら辺の姿勢が見えないので,何か御用聞きの立場なんだろうなっていうことが見えてしまう。結局学者も全部御用学者になってしまったというところが,ひどいなっていうことは思います。
■日月神示
そこで今回のロシア侵攻を日本の危機に結ぶ人がいる。今後円安が進めば大変な危機になっていくとは思いますけれども。
日月神示には「北から攻めてくる」という一文があります。だから「ロシアが今日本に攻めてくる」と。でも僕にはピンとこないんですよね。日月神示に「オロシアに降りた大悪神が北から攻めてくる」という一文があるから,それはそういう意味でよく分かるんだけども,それと今回の事象とをつなげるにはどうしても無理があるような気がしています。
私は日月神示とは不思議な縁があって。今も丁度机を整理してたら,偶然 岡本天明さんから頂いた手紙が出てきて。ご丁寧な和紙に書かれたお手紙を頂いたことがあって,何だったのかちょっと忘れたんだけども,過去に数回,天明さんの勉強会に伺ったことがあって,その時のことじゃないかなと思うんですけども。天明さんの奥様みのりさんは,従来の日月神示の解釈と異なる根源的な解釈をされた方です。日月神示は夫婦神に降りるというふうに僕は個人的には解釈してるんです。「日」「月」でもあるし「○」「、」だから,敵味方も善悪も二つないとダメなんですよ。なので天明が降ろし役であって,ただ神の言葉を降ろしたっていうこれまでの捉え方は僕は違くて。日月は夫婦神なんだから,このお役も夫婦で引き受けたということが私なりの解釈です。なので天明さんとみのりさんは同格として私は考えています。天明を降ろし役、みのりさんはその解析役っていう形の自分なりの考えであるんで,そこでみのりさんのこのお手紙でも
「今回のこの著作が,今の私としては歴史編というべきものでございます。つまり『命は言葉』という言葉は人によっては難しいので,お読みにならなくても良いのです。それより日月地の御恩,また大空の御恩,米いね光の御恩が分かるということが大変大切で,自分を深めることとなり,全て万物が光りだし,活かしてくださるので人間の知恵ではない新しい発見があるわけです。そんな古代の日本人の生き方へ帰りたいということが今の私の気づいたことなので,何卒その点よろしくお願い申し上げます」
という文面。即ち,自分は一二三に関して最終的に行き着いた姿が「命は言葉」それさえ読む必要はない。それよりも日月知の御恩,大空米稲五十音が分かるということが大変大切で,自分を深めることとなり,全て万物が響きだし行かしてくださるので,人間の知恵でない新しい発見があるわけです。そんな古代日本人の生き方,そんな古代の日本へ帰りたいということが今の私の気付いた事なのです。
これが最終と言わないけども,でもみのり様が到達した一つの日月神示解釈の最終形で,そのかけらをわざわざご丁寧にこのように和紙の封筒で私に届けて下さったっていう,自分にとっては光栄であり,日月神示というものの不思議なご縁を感じています。
だから私の言うことは正しいとかそういう事じゃありません。しかし日月神示の中に「北から攻めてくる」という一節はもっと最後の話なんです。ロシアの三日天下の時代がこれから始まるんです。マスメディアが言うことはともかく,ロシアはもう勝ってる。しかしじゃあ DS は退治されたのか?そうじゃないんです, DSは残ってるんです。彼らは共産主義を作った連中ですから,粛清が得意なんです。そして自分たちがうまく切り抜けて生き残っていくんです。粛清というとんでもない悪魔的な事が平気で出来る,共産主義とは粛清の歴史です。対外的に働きかけるというよりも,自分達の中の仲間を見殺しにしていくという生き残り方をするのが得意なんです。
なので今回の疾病騒ぎによって,これは私は国が潰れるところまで行くだろうという風に前から言ってます。だからそれはもっと怖いことに彼らの各々の国にいるエージェントたちを全員失脚させ,責任を取らせる形で終えていくんだろう。すると終戦後も日本も何百万人の人が亡くなって。遠方で亡くなり,広島長崎で亡くなり,東京で3月10日に亡くなり。色んな人がいたわけだけれども,そうした犠牲の上に終戦は来て,その後にもう1回,『青い山脈』『りんごの歌』とかいう形で,残った人だけが元気を得て復興していったわけなんだけれども,復興以前に大変な犠牲を強いてるんです。粛清と似たような構造がある。とはいえ悪の時代の残滓はある。731細菌部隊っていうとんでもない研究をしていた部隊は粛清されずに残った。一般人はみんな死んでいくのに,731部隊の方々や巣鴨プリズンで生き残った軍部もいるわけです。
だから今回も彼らは生き残りをかけたわけで,負けるわけじゃないと思うんです。ただ僕たちが今思っていたDSはいなくなると思う。そうすると,第二次世界大戦の終戦後と同じようにとりあえず明るく元気な時代が来るんです。特に日本は,ロシア三日天下の後は日本の時代と日月神示が予見したようにそうなっていくと思うんです。そして全てが日本に感化されて,もうこの世のユートピアが折しも確定するような時に「北から攻めてくる」っていうのが日月神示で言うところの内容なんで。なんで今の情勢とは別だと僕は思っています。

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マドモアゼル愛: 日月神示「ロシアの三日天下」預言
22.2.23
■2022年春分図で観るロシア情勢の行方
今年の具体的な事を挙げます。
・ロシア
近々のロシアウクライナ情勢。今年の運勢ではなくて,去年の運勢の範疇になりますが,去年の運勢を見れば戦争の星の配置があって,その予測を去年言いましたが,しかし起きてもあっという間に終わるというのが私の去年の戦争の危機の考えでした。そしてその運勢は今年2022 年3月まで続きますので,現在のロシア・ウクライナ情勢の緊迫している状況は,今年というよりも去年から来る流れです。戦争の危機はあるけれども,あってもあっという間に瓦解して終わるという予測。プーチンの勝利で終わると考えています。そう言うと「愛さんは共産主義側ですか?」という人がいるけど,そういうことじゃないんです。
つまりこういうことなんですね,ウクライナにはアメリカを巣食っていた軍需産業の施設がある。彼らは戦争を欲する。そしてそれがトランプなどの働きによって,情報開示によって追い込まれて行っている。アメリカ,北朝鮮,イスラエル,中東,今のロシアウクライナ問題という戦争の種,火種。それが軍需産業のメシの種ですが,そして逆に言うとその構図が段々とバレてきた。一方で今も北朝鮮はミサイルを飛ばしているし,イスラエル情勢も未だ不透明な部分もある。ウクライナも緊迫した状況にある。その戦争屋さん=DSの最後の争いの様相が見えてきた。DS最後の砦にメスを入れようというのがウクライナ情勢のもう一つの意味です。それが上の人には皆わかってるし,そして彼らDSは欧州勢力/NATOを使って軍事的に支配はしているものの,この最後の砦であるウクライナに立てこもってDS がこの争いを起こそうとしている構図がだんだん見えてきてるわけです。なのでこれは単に資本主義圏と共産圏の争いじゃないっていうことがバレバレにこれから急速になってきます。なので,もちろんウクライナ人は一生懸命やるでしょうが,そうなるとウクライナの戦火を交える正当性というものが揺らいでくるので,なぜその火種を起こそうとしてたのかの動機がみんなわかってきてしまうということになるので,僕は戦火があっても直ぐに消えると予測しています。のでDSの第3次世界対戦まで起こそうとする目論見は失敗に終わると思っています。なのでこれはプーチンの勝ち。ウクライナにNATO軍の基地が置かれてミサイルが設置されるというようなことは起こらないと思います。
この間,プーチンはメキシコのキューバの首相と長電話したっていう記事がメディアで一斉に流れました。どういうことかっていうと,1960年代のケネディ政権時代にキューバ危機があった。ソ連首相のフルシチョフがキューバにミサイルを配置しようとしたんですね。キューバにミサイルを運んだ軍艦があったけども,ケネディは海上封鎖して,戦争を辞さない形で阻止しようとしたわけですよね。そして今回は,NATOがウクライナにミサイルを置こうとしている状況をプーチンが「絶対許さないぞ」って言ってるわけですよ。その時にプーチンがキューバ首相に電話するとは,つまり「ウクライナにあなた方がミサイルを配置するなら,ロシアはキューバにミサイル配置してもいいよね?」という論理 です。アメリカのバイデンはビビったと思いますよ。まァ,バイデンも裏にどういう力が働いたか分からないので,でももうこの勝負はこれで僕はあったなという風に思っていました。
そして2022 年はそうした戦争の星の配置はないんです。なのでウクライナ情勢,イスラエル,北朝鮮情勢が大きく発展していくことはないという風に思います。戦火は多少あるかもしれませんが大きなことにはならない。ロシアのウクライナ侵攻>>第3次世界対戦というようなシナリオを本気で命がけでやろうなんてしている人はNATOにもいない。DSの残党だけがやろうとしているだけです。
■ロシアの三日天下
....さて,世界に目を向けると,ウクライナ情勢。ロシアが2国を承認して駐留するような形,そしてさらにウクライナの中の親ロシア派がロシアに「軍事的な援助をして欲しい」というような要請がこれから出てくるような絵があって。またバタバタとウクライナがロシアの方になびいていく絵がどうやら見えてきた。僕が当初から言っていた「これはロシアの勝ち,プーチンの勝ち」という絵がいよいよ観えてきている。
アメリカのバイデンさんは本来ウクライナ利権の人種です。ウクライナ利権サイドのDSは本当に「ロシア憎し=プーチン憎し」だった。改革により「ロシア堕ちたぞ」とばかりにロシアに群がったDSをロシアから追い出したのがプーチンでした。なのでDSからみるとプーチンは本当に憎い。なので「プーチンに隙さえあれば」という事で,DSはウクライナの拠点で色々なことを画策して,だんだんとNATOを浸透させるような政策がずっと打たれていた。それをずっと我慢してたのがプーチンだった。逆にここまでやらせといたっていう風にも観える。ヨーロッパの識者はそれ知ってますので,口では対ロシアを言うものの,本当にNATOと一緒にロシア軍と対峙するか?というと,それはありえない。そしてプーチンのこれからの武器っていうのはどういうことかっていうと,これは誰が指示したのかわからないけれども,原油価格は去年に-34ドル/Lという値をつけちゃったように,本来石油はお荷物になってしかるべきものであるにも関わらず,コロナ禍による不景気と物流障害による物価上昇を背景に,資源インフレを起こすロシアは,中東産油国以上に資源によって懐を豊かにしてゆく流れが観えてくる。
この流れで出口王仁三郎の預言がまたひとつ成就する形になると思うんです。第二次世界大戦中の王仁三郎の預言のひとつに,「これからどうなるのか?」いう問いに対して,王仁三郎は
「これから日本vsアメリカの経済戦争が起こるだろう。そしてその経済戦争は日本の勝ちに終わるだろう」
と答える。敗色強い戦時下で,訊く側はそれを理解できない。でも今になれば分かりますが。
「次に時代は米中経済戦争に移るだろう。そしてこれは共倒れに終わるだろう」
と言った。一時は覇権がアメリカから中国にうつって「中国の時代が 来る」と今も信じる人は多いけど,私は中国最絶頂の時から「それはない」という風に思っていました。というのは,やっぱり,拝金趣味があそこまで行ってしまった国に,世界を動かすリーダーシップは持てないという単純なその理由から思っていました。中国が覇権を世界的に握ることはあり得ないという風に思った。Pax-Chinaはありえない。だから,王仁三郎の預言はまたも成就する事になるのでしょう。共倒れに終わった米中経済戦争の結果が,即ち今の世界の大混乱なのでしょう。そしてその中に,
「次はロシアの三日天下になる」
まず驚くのが,まだ第二次世界大戦中の時期(国名:ソビエト連邦)に何故「ロシア」という言葉を使ったのか?なんですよね。今回のウクライナ危機はまさにそれが起きつつある。ウクライナ戦争によって最終的にはロシアが豊かになり,ロシアが世界をリードする時代に移行する。覇権までは行かないけども,まぁ「ロシアの時代」というものが到来したかのように見える未来がこれから出てくるだろう。しかし王仁三郎は「それは3日天下で終わる」と言った。この「3日」とは3年を指すのか,時期指すのか分かりませんけども,こうした単位でいえば,米中経済戦争だって10年という時代がかかってますし,日米経済戦争だって5〜10年というサイクルを考えてみれば,「3日天下」って言うんだからそれよりは短いだろう。ということだとこれから2〜3年,「ロシアが中心の時代」「ロシアだけが元気な時代」というような時代がはじまる。ロシアは軍備が凄いからね。人工衛星を撃ち落とせるような設備があって,特に攻撃以上に防衛設備が圧倒的に強い。そう考えれば「ロシアの時代」っていうのはあながち嘘じゃない。そして今回の事件で,エネルギー面でもヨーロッパ各国が払うエネルギーの報酬が上がれば,ロシアの財力は一気に上がる。しかし
「ロシアの三日天下の次の時代,日本の時代はそれから始まる」
僕の占星術では,それが今年の海王星・水星・木星が魚座で第三室という所のコンジャンクション/合に示される「新しい海洋資源に関連する技術」なんですよね。日本では今年からその種が育っていく。それが2年,3年,ロシアと交代するように大航海世界に向かう情報化時代が始まる。
今回のウクライナ危機でロシアが勝つということは,つまりDS はもう終わっている。その世界で,日本が初めて,この種をやっと大きくできる環境が起きてくるということですので,喜ばしい事だなという風に思っています。
そういう時代に向かって私たちはどうしたらいいんだろうか?という視点で常々私はお話しているつもりでおります。これまではジャパンハンドラーズっていうDSが日本社会の上層を支配する世界でしたが,これからはやっぱり個々が変えていく世界。個々が目を覚ましていく。個人だけが未来を創る力も持っているという時代。新しい未来が観える下地がようやく整ったということであります。無論ロシアが正しいって言ってんじゃありません。やっぱり問題あると思いますし,信用するわけにはいかないと思います。しかしひとつのDSを終わらせる力としては,ロシアは次の時代に必要な役者だったなという風に思っています。

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マドモアゼル・愛
チャンネル登録者数 13.2万人/22.4
昨日,アメーバブログでお話しさせていただきましたように,新たに動画に問題ありとの警告を受けて削除されました。そのため,さらなるペナルティが二週間続くのではないかと恐れましたが,今のところ,一週間をもって配信再開が叶いました。
この間,多くの皆さまにご心配をおかけしましたこと,お詫び申し上げますと共に,深く感謝申し上げます。ユーザー様からは一つのクレームもなく,それどころか,数多くのお励ましをいただき,本当に嬉しかったです。
これからは,注意深く,そして自分にも正直に,伝えられるものは伝えていきたいと思います。人間,大変な時にこそ,色々学ぶことが多いのは本当だと思います。私はすでにかなりの年齢に達していますが,常に初心という当たり前の気持ちは忘れずにいたいと思います。これからもどうぞこのチャンネルが皆さまと共に発展していくことを願っています。
さらに私のhpも活用して,今後,もっとしっかりした情報の基地をつくっていこうと考えております。私のhpは現行のものはあまり機能していませんので,新たにhpを作成し,動画のすべて,文字情報のブログ,そしてグループ活動などあらゆる発信を行いたいと思っています。
おそらく夏ぐらいを目途に完成させる予定でおります。
さらにアメブロに「マドモアゼル・愛オフィシャルサイト みずがめ座の時代」という番組があり,そちらからも動画配信ができるようにしていきたいと思います。
自分のhpが機能する夏までは,デリケートな内容の動画は上記,アメブロにて配信する予定でおります。
ブログ https://ameblo.jp/mademoiselle-ai/
(今回メンバーの方々には,ご心配をおかけすると共に今週の金曜セミナーが開催できるかどうかの不安を与えてしまわれたことと思います。
そうした中でも幾多の励ましのお言葉を受け,本当に嬉しかったです。ありがとうございました。しかしなぜかはわかりませんが,配信停止中であったにも関わらず,多くのメンバーの新たなご入会があったことです。
不思議な気持ちでおります。明日の金曜セミナーは通常に戻って行います。おひつじ座とはどいう星座か,がテーマです)
当番組が本当に大勢の皆さまに支えられていることを改めてかみしめさせていただいた一週間でした。皆さま,ご心配をおかけいたしました。ありがとうございました。どうにか戻ってまいりました。これからもどうかよろしくお願い申し上げます。
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2022年02月25日

マドモアゼル愛: 日月神示「ロシアの三日天下」預言




マドモアゼル愛: 日月神示「ロシアの三日天下」預言
22.2.23
■東ウクライナ二国独立承認
この季節,だんだん春に近づくっていうのを常に頭で考え気にしている自分に気づいて,驚いたことありましたけれども。だんだんそうなっていくのかなということで。
世の中は春どころか色々揉めておりまして。特にウクライナ情勢ですが。とうとう,プーチンが当初の予定通りだったんでしょうけども,東ウクライナのドネツク等の親ロシア共和国の独立を承認した。承認のみならず,軍事的連携もあるという事で。細かい情報ちょっと忘れちゃいましたけども。そういう協定を行使した平和維持のためのロシアの駐留だと。一方で欧州側は,ミンスクの約束がありましたけど,これは国際的に違法であるという事になっているということです。そう考えると「これはプーチン酷いな」ってなります。そうは思うんだけれども,メディアの情報があまりに一方的なんで,もうメディア報道も本当に信じられないなっていう話ではあります。プーチンサイドから言えば,ウクライナは親ロシア派の国でしたので,ウクライナの革命派(DSの一党)からしょっちゅう攻撃されてたっていう事で虐殺まであった。よくわかりません。メディアは絶対伝えないでしょうから。虐殺があったのかどうなのかもわからないけども,もしあったとしてもメディアは一切伝えないので。何故かトランプの映像が出てきて「プーチンはウクライナ欲しがってたから」なんて,そこの発言だけ切り取って流したりしている。2国を守るためにロシアが駐留するというのは,プーチン側からすれば筋がが通っているという形にはなるんだよね。そこら辺がどういうことなのか。。
僕個人は,この戦争は戦争屋の墓場になるのかもしれないという気がしてなりません。というのは,EU諸国,NATOの軍隊は,口先でどう言うかは別にして,大きくは乗ってこないだろう。アメリカも正式に軍を大量に派遣することはできないだろう。というふうに思うと結局はプーチンの勝ちに終わるだろうという,当初予定通りの気がしてます。というのはこの争いは プーチンの勝利というよりも,NATO側もヨーロッパ側も,自分のメンツが保てるような落とし所を探りたいだけで,プーチンにもヨーロッパ諸国にも「本当の戦争に持って行きたくない」っていう本音はあるだろう。その中で起きたらこうした出来事。そしてDSの鼻を明かすっていうか,それに対抗するというか仕返しするというか,そうした構造を持っているので,表立っては皆「プーチンがいい」なんて絶対言えないけれども,誰も手を出さないという終わり方になっていくんじゃないか。というのは,ドイツが即時にエネルギー条約みたいなのをロシアと組んだ。メディアはロシアのガスパイプラインの条約をドイツが破棄するようなこと言ったけども,よく見てみると条約破棄じゃなくて,条約の事務手続きを一時的に止めるっていう話なんです。今ヨーロッパは大変なエネルギー不足に陥っていますので,このまま戦争状態に持っていく事は出来ない。もっといえばこの争いは「エネルギー戦争」の様相を呈しているなと。第3次世界対戦をドンパチ始めようとした戦争屋は駆逐されて,エネルギーの問題としてこれは大きくなるだろうなという気がしています。コロナ影響下の今回のこのインフレの嵐は極めて特殊だと思うんですよね。完全に物がなくなるのか?っていうと,そうではなくて,お金さえ出せば手に入るっていう,不思議なインフレ,これまでちょっとないような形のインフレです。がこれから世界に蔓延していくだろう。そして今回のウクライナ危機で,ヨーロッパアメリカがプーチンロシアに対して経済制裁/資金の凍結を行うと言われても,ロシア側は元々予測した事態で,元から経済制裁されてるような状態の国だから,制裁にも動揺は示さない。資金凍結といったって言ったって,中国とは違ってアメリカドルの資金なんてほとんどないという状況ですよね。「プーチンの170億のヨットがドイツの港から逃げ出した」なんてたまたま今TVで言ってましたが。そんな資産を守ってるぐらいなら,大した損失ってないんじゃないか?と思います。となると,こうした体制を続ければ続けるほど,ヨーロッパの方が大変になってきちゃうんです。そしてそういうことを100%止めるわけにいかないだろうから,これまで中東に入ってたようなお金が,今度はロシアを富ませるような形になっていく。。一見,ヨーロッパとロシアが対立しているように見えても,本当はどこでどう繋がってるからか分からない面もありますんで。「今回はロシアを富ませようか?」っていうような話に結局なっちゃうんですよね。
■2022年春分図で観るロシア情勢の行方
今年の具体的な事を挙げます。
・ロシア
近々のロシアウクライナ情勢。今年の運勢ではなくて,去年の運勢の範疇になりますが,去年の運勢を見れば戦争の星の配置があって,その予測を去年言いましたが,しかし起きてもあっという間に終わるというのが私の去年の戦争の危機の考えでした。そしてその運勢は今年2022 年3月まで続きますので,現在のロシア・ウクライナ情勢の緊迫している状況は,今年というよりも去年から来る流れです。戦争の危機はあるけれども,あってもあっという間に瓦解して終わるという予測。プーチンの勝利で終わると考えています。そう言うと「愛さんは共産主義側ですか?」という人がいるけど,そういうことじゃないんです。
つまりこういうことなんですね,ウクライナにはアメリカを巣食っていた軍需産業の施設がある。彼らは戦争を欲する。そしてそれがトランプなどの働きによって,情報開示によって追い込まれて行っている。アメリカ,北朝鮮,イスラエル,中東,今のロシアウクライナ問題という戦争の種,火種。それが軍需産業のメシの種ですが,そして逆に言うとその構図が段々とバレてきた。一方で今も北朝鮮はミサイルを飛ばしているし,イスラエル情勢も未だ不透明な部分もある。ウクライナも緊迫した状況にある。その戦争屋さん=DSの最後の争いの様相が見えてきた。DS最後の砦にメスを入れようというのがウクライナ情勢のもう一つの意味です。それが上の人には皆わかってるし,そして彼らDSは欧州勢力/NATOを使って軍事的に支配はしているものの,この最後の砦であるウクライナに立てこもってDS がこの争いを起こそうとしている構図がだんだん見えてきてるわけです。なのでこれは単に資本主義圏と共産圏の争いじゃないっていうことがバレバレにこれから急速になってきます。なので,もちろんウクライナ人は一生懸命やるでしょうが,そうなるとウクライナの戦火を交える正当性というものが揺らいでくるので,なぜその火種を起こそうとしてたのかの動機がみんなわかってきてしまうということになるので,僕は戦火があっても直ぐに消えると予測しています。のでDSの第3次世界対戦まで起こそうとする目論見は失敗に終わると思っています。なのでこれはプーチンの勝ち。ウクライナにNATO軍の基地が置かれてミサイルが設置されるというようなことは起こらないと思います。
この間,プーチンはメキシコのキューバの首相と長電話したっていう記事がメディアで一斉に流れました。どういうことかっていうと,1960年代のケネディ政権時代にキューバ危機があった。ソ連首相のフルシチョフがキューバにミサイルを配置しようとしたんですね。キューバにミサイルを運んだ軍艦があったけども,ケネディは海上封鎖して,戦争を辞さない形で阻止しようとしたわけですよね。そして今回は,NATOがウクライナにミサイルを置こうとしている状況をプーチンが「絶対許さないぞ」って言ってるわけですよ。その時にプーチンがキューバ首相に電話するとは,つまり「ウクライナにあなた方がミサイルを配置するなら,ロシアはキューバにミサイル配置してもいいよね?」という論理 です。アメリカのバイデンはビビったと思いますよ。まァ,バイデンも裏にどういう力が働いたか分からないので,でももうこの勝負はこれで僕はあったなという風に思っていました。
そして2022 年はそうした戦争の星の配置はないんです。なのでウクライナ情勢,イスラエル,北朝鮮情勢が大きく発展していくことはないという風に思います。戦火は多少あるかもしれませんが大きなことにはならない。ロシアのウクライナ侵攻>>第3次世界対戦というようなシナリオを本気で命がけでやろうなんてしている人はNATOにもいない。DSの残党だけがやろうとしているだけです。
■ロシアの三日天下
....さて,世界に目を向けると,ウクライナ情勢。ロシアが2国を承認して駐留するような形,そしてさらにウクライナの中の親ロシア派がロシアに「軍事的な援助をして欲しい」というような要請がこれから出てくるような絵があって。またバタバタとウクライナがロシアの方になびいていく絵がどうやら見えてきた。僕が当初から言っていた「これはロシアの勝ち,プーチンの勝ち」という絵がいよいよ観えてきている。
アメリカのバイデンさんは本来ウクライナ利権の人種です。ウクライナ利権サイドのDSは本当に「ロシア憎し=プーチン憎し」だった。改革により「ロシア堕ちたぞ」とばかりにロシアに群がったDSをロシアから追い出したのがプーチンでした。なのでDSからみるとプーチンは本当に憎い。なので「プーチンに隙さえあれば」という事で,DSはウクライナの拠点で色々なことを画策して,だんだんとNATOを浸透させるような政策がずっと打たれていた。それをずっと我慢してたのがプーチンだった。逆にここまでやらせといたっていう風にも観える。ヨーロッパの識者はそれ知ってますので,口では対ロシアを言うものの,本当にNATOと一緒にロシア軍と対峙するか?というと,それはありえない。そしてプーチンのこれからの武器っていうのはどういうことかっていうと,これは誰が指示したのかわからないけれども,原油価格は去年に-34ドル/Lという値をつけちゃったように,本来石油はお荷物になってしかるべきものであるにも関わらず,コロナ禍による不景気と物流障害による物価上昇を背景に,資源インフレを起こすロシアは,中東産油国以上に資源によって懐を豊かにしてゆく流れが観えてくる。
この流れで出口王仁三郎の預言がまたひとつ成就する形になると思うんです。第二次世界大戦中の王仁三郎の預言のひとつに,「これからどうなるのか?」いう問いに対して,王仁三郎は
「これから日本vsアメリカの経済戦争が起こるだろう。そしてその経済戦争は日本の勝ちに終わるだろう」
と答える。敗色強い戦時下で,訊く側はそれを理解できない。でも今になれば分かりますが。
「次に時代は米中経済戦争に移るだろう。そしてこれは共倒れに終わるだろう」
と言った。一時は覇権がアメリカから中国にうつって「中国の時代が 来る」と今も信じる人は多いけど,私は中国最絶頂の時から「それはない」という風に思っていました。というのは,やっぱり,拝金趣味があそこまで行ってしまった国に,世界を動かすリーダーシップは持てないという単純なその理由から思っていました。中国が覇権を世界的に握ることはあり得ないという風に思った。Pax-Chinaはありえない。だから,王仁三郎の預言はまたも成就する事になるのでしょう。共倒れに終わった米中経済戦争の結果が,即ち今の世界の大混乱なのでしょう。そしてその中に,
「次はロシアの三日天下になる」
まず驚くのが,まだ第二次世界大戦中の時期(国名:ソビエト連邦)に何故「ロシア」という言葉を使ったのか?なんですよね。今回のウクライナ危機はまさにそれが起きつつある。ウクライナ戦争によって最終的にはロシアが豊かになり,ロシアが世界をリードする時代に移行する。覇権までは行かないけども,まぁ「ロシアの時代」というものが到来したかのように見える未来がこれから出てくるだろう。しかし王仁三郎は「それは3日天下で終わる」と言った。この「3日」とは3年を指すのか,時期指すのか分かりませんけども,こうした単位でいえば,米中経済戦争だって10年という時代がかかってますし,日米経済戦争だって5〜10年というサイクルを考えてみれば,「3日天下」って言うんだからそれよりは短いだろう。ということだとこれから2〜3年,「ロシアが中心の時代」「ロシアだけが元気な時代」というような時代がはじまる。ロシアは軍備が凄いからね。人工衛星を撃ち落とせるような設備があって,特に攻撃以上に防衛設備が圧倒的に強い。そう考えれば「ロシアの時代」っていうのはあながち嘘じゃない。そして今回の事件で,エネルギー面でもヨーロッパ各国が払うエネルギーの報酬が上がれば,ロシアの財力は一気に上がる。しかし
「ロシアの三日天下の次の時代,日本の時代はそれから始まる」
僕の占星術では,それが今年の海王星・水星・木星が魚座で第三室という所のコンジャンクション/合に示される「新しい海洋資源に関連する技術」なんですよね。日本では今年からその種が育っていく。それが2年,3年,ロシアと交代するように大航海世界に向かう情報化時代が始まる。
今回のウクライナ危機でロシアが勝つということは,つまりDS はもう終わっている。その世界で,日本が初めて,この種をやっと大きくできる環境が起きてくるということですので,喜ばしい事だなという風に思っています。
そういう時代に向かって私たちはどうしたらいいんだろうか?という視点で常々私はお話しているつもりでおります。これまではジャパンハンドラーズっていうDSが日本社会の上層を支配する世界でしたが,これからはやっぱり個々が変えていく世界。個々が目を覚ましていく。個人だけが未来を創る力も持っているという時代。新しい未来が観える下地がようやく整ったということであります。無論ロシアが正しいって言ってんじゃありません。やっぱり問題あると思いますし,信用するわけにはいかないと思います。しかしひとつのDSを終わらせる力としては,ロシアは次の時代に必要な役者だったなという風に思っています。

yghhhhh pc














2022年1月9日
sawanokazumama White Hats Ch. より 
2022.1.8冬の🔥バトル,ロシアはちょうどカザフスタンを取りました。そしてウクライナを睨んでいるところです。
アルメニア,アゼルバイジャン,ベラルーシ,エストニア,ジョージア,カザフスタン,キルギスタン,ラトビアect 電気ショック療法。※1)
古いロシアの領土を取り戻すためのプーチンの長きにわたる野心は効果的です。プーチンは冷戦中および冷戦後にDSが彼の国を奪った方法オバマ/ CIAが彼らから2500億ドルを奪った方法,つまりプーチンはメディア,テレビ,ラジオが嘘をついていることを理解した世界における最初の大統領の一人であったのです。DSは彼に対して彼の国でカラー(人種)革命を試みました。しかしプーチンは(それがどのような手法であったか)を覚えていました。>>国連,NATO,ディープステイト・バチカン,英国,アメリカ,そしてDSソロスがロシア寡頭制(ペレストロイカ)つまり[潜入]を通じてソビエト連邦を解体したということを。さらにプーチンは「サタニックの儀式やオカルトとの関係を,西側のディープステイト所有国に公開した世界で最初の大統領」であったことも覚えておく必要があります。
CABLES:ロシアにはカザフスタン近郊の都市や村に10万人以上の軍人がスタンバイしています。
ロシアには100万人以上の現役兵士がいます...そして200万から2000万の予備軍もいます...。
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EU はパニックになります。EUの軍隊とインテルの機関の内部では、カオスが始まっています。
ランク(上層部)における混乱と分裂
市民の不安は、軍事的な政治不安に統合されています(内面的に)。私が数ヶ月前に言ったようなすべてが今、起こっています。そしてこれは起こります。ワールドワイドクーデターです。計画を信頼してください。
White Hats
Storm is coming...
t.me
※1)一見、etc.に見えますが、ECT electro convulsive therapy。
#instagoo#followme#fashion#photooftheda#猫好きさんと繋がりたい#犬好きさんと繋がりたい#インスタ映え#自撮り女子 #自撮り男子#にゃんすたぐらむ#心筋炎#フォロバ100#自撮り界隈#猫好き#お弁当#妊婦コーデ #糖尿病#スイーツ#花のある暮らし#キッチン収納#観葉植物#プリオン病#ヤコブ病#人工地震#ワクチン解毒#シキミ酸#イベルメクチン#メドベット #QFS  #竹内文書 #スラミン#ネサラゲサラ

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2021年11月06日

伊集院光: 悲劇のドラクエ紀行〜高崎-草津-日光-



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伊集院光: 悲劇のドラクエ紀行〜高崎-草津-日光-
深夜の馬鹿力/ 今週気づいた事コーナー
2021.9.15
。。「ドラクエウォークの話はもういい」って言われるかもしれませんが,こっちは愚痴なんで。休みに草野球をやる予定が朝に中止になって。で3連休の頭をダラーと過ごすと,結局3連休全部無駄にする可能性があると思ったから....って思って,むしろ前回反省して思った,タクシー使わない本当のドラクエ「ウォーク」をしよう。。毎回ドラクエウォークやって気づくけど,こんなものは「ドラクエウォーク」じゃなくて「ドラクエタクシー」だ,これはコロナ禍で疲弊した地方経済を元気づけるための。。ってそれは嘘っぱちです。ウォークでもなんでもない事に先週気づいてて。だから次回からはタクシー止めるって決意して。タクシー使ったら本当の旅なんか出来ない。って決めた。。ところがタクシーを使わない事でより悲惨な状況になりました。トータルで18km歩きました。。
トータルで18km歩いて全身痛い状態で,翌日の夕方に映画『私は何と戦っているのか』の完成披露試写会がテアトル新宿であって。元々原作がつぶやきシローの小説。それが映画化され,伊集院にこの役やってもいいよみたいな流れになって。「つぶやきのためなら」って請けて,1年前に撮影開始したんだけど,当のつぶやきシローに何のやる気もない。「ボクの手を離れた方が,絶対面白くなるんでタッチしない事にしてマス」っていう(笑) で披露試写会の映画館の壇に上がるのツラくて。体育館で卒業証書もらうのに階段上がるじゃんか?あのたった4段階段登れない位疲れてるんだから(笑)
関東の残り全部埋めようと思って,北関東(群馬,栃木,茨城)の10のチェックポイントを3日で周りました。結果を言うと,全チェックポイントにチェックインして,一箇所も現地の名所見てないです。富岡製糸場は手前のチェックポイントでチェックインして引き帰し(笑)
ナビタイムでどう行けばいいのっていうのをまず弾き出すわけです。 NAVITIME ってのは,スタート地点と行先地点と経由地点の3つを入力しすると,大体のスケジュールをNAVITIMEが組んでくれる。だけどそん中で細かく調べてくと,微妙なタイミングで「10分前の電車に乗れる」から,それを検索しなおしてくと,呈示されたスケジュールよりも早く回れるみたいなことが出来る。から時間稼ぎのために通常はそこでタクシー乗ってる。だからそこでタクシー乗らないっていう事は,イコールダッシュなんです(笑) 短距離のタクシーも止めるって事は何が起こるかっていうと,もうGPS画面にチェックポイントが反応したらすぐチェックインして,踵を返して次のチェックポイントに向かう。フィギュアスケートっぽいターン。トラベリング取られない感じのフィギュアのターンやって時間稼いでくしない。
ゲームって基本楽しいけど,これは楽しくはない(笑) 基本,「ゼロがプラスになる」楽しさがあるけど,これは「マイナスがゼロになる」やつなんだ(笑)
■高崎
30箇所10箇所行ったんです。富岡ザーメン場じゃなくて富岡製糸場と(笑),それから草津温泉の湯畑と,土合っていう400段ぐらいの階段降りた地下ホームのJR駅と,鬼押出園と,宇都宮餃子像と.....。
3連休の頭をダラーと過ごすと,結局3連休全部無駄にする可能性があると思ったから,すぐ富岡製糸場に向かうんだけど。
高崎行きの新幹線に乗って,高崎から下仁田線に乗って富岡製糸場駅に向かう。けどこの乗換が時間食う。でNAVITIMEで調べてみたら,その前の便のもうちょい早いのがある。乗換時間3分。だから高崎駅から早速ダッシュなの。でこのダッシュがいい感じでハンデ切ってあってギリ間に合わず(笑) 駅の方からしたら不審者取締の役もありますけど,端からしたら「裸の大将山下清」の役来ても大丈夫(笑) 巡査に追いかけられる山下清の感じで,「山下先生ー待って下さい」「待てないんダナ」って言いながらドタドタ行くあの感じ(暴) ギリ巡査に追いつかれないスピードで高崎駅ホームを走ってる。そしたら下仁田線は,高崎駅の一番端のホームから出るローカル線みたいなヤツで。最後のストレートで,電車が今出るのは判る。で乗換の改札に並んでるお客さんが走ってくる裸の大将見て「アイツのために待つの?」みたいな空気出してるから,俺もちょっと小芝居で「ァ忘れ物」って引き返す。ギリ間に合わなくて乗客にドブ見る目で見られるのもヤダし。「ギリまで待ったけど,お前のその豚足じゃ無理だよ」みたいなのもイヤだし。この寒いのに額から豚汁を流してますけど?っていう(笑) そんな悪い人じゃないと思うけどね。。だからラストで「別に乗りたくはなかったですけど?」っていう顔作って(笑) 正直,高崎線でダッシュで乗り換える時に100m手前まで来て,直線で電車が見えるとこまで来た時に,なんかアナウンスっぽく「そろそろ発車します」みたいなことを肉声で急かす感じで言ってて 。駅員さん達が待ってくれそうな空気をだしてる。俺からしたら,俺ごときのドラクエウォークで電車待たせちゃいけないって気分。ダッシュでヘトヘトで豚汁まみれで電車に乗り込めたとするじゃん?JRでそういう事あるか判んないけど,発車を30秒待ってくれて,転がり込んできてくれた豚まんを見た乗客が「豚豚言うんじゃネェ」みたいな状況を考えると,で「アレ?こいつタレントじゃねえか?」みたいな状況の被害妄想で一杯になっちゃって踵を返す訳。
マァそんなスタートで。で次の電車まで45分待つ。ホームで45分潰すのも旅なんです。45分潰すのも旅ですが,何が悔しいって走っちゃってる。走んなきゃよかったっていうのと,一旦汗で濡れた服が群馬の空風で冷えていく感じが「何かこの旅いい事ネェ」っていう。。それは後に的中していく事になります。ウェルカム地獄です(笑) ウエルカム地獄から始まるんですけども。
で富岡製糸場の駅なんて駅名か忘れたけど着いて。でまたNavitimeで調べなおしてると,この時点で45分ロスしてる。で,富岡製糸場に行ってしばらく楽しんだ後位の時間に次の便がある。でNavitimeで調べてみると,ダッシュで歩けばなんとかなる距離なの(笑) 一方でドラクエ側は始めた当時は感度が厳しかったけど,多分コロナ禍で人がスポットに集中しないようにしてるせいもあるのか感度が緩くなってて。このタイミングだと,ダッシュで傍まで行ってチェックインして帰って来れば,Navitimeの計算よりも早く帰ってこれる。今までは駅から観光タクシーで富岡製糸場を確認するところまで行って,タクシー待ってもらって,一応形だけでも富岡製糸場の中入って出てくるぐらいはやってたんだけど,もうほらスタッフの誰かが「タクシー禁止」って言ったじゃん?河野君が「コイツ変わっちまったな。金で全部解決か?」みたいな偉そうな顔で俺を見ただろ?で俺は傷ついたんだよ。でもうタクシーに乗らないって決めちゃってるからさ。今までは,拝観料なら拝観料,入場料なら入場料払って,形式的にでもスポットの中に入るって事ができたのはタクシーさん達のおかげなんですよ。それをまたダッシュ制度に戻しちゃってるから,製糸場に着く途中でチェックインとれて,そのまま戻ってくるじゃんか。で駅に戻ってきたら,次の便にギリ乗れた。
次のチェックポイントは「土合駅」で。前任者の渡辺ディレクターによれば「土合駅」って地下ホームの駅で,400段くらいの階段がある鉄道マニアなら誰でも知ってる駅で。過去に一度通過したことがある。で土合駅に行く行き方を検索していたら,土合駅で降りてから,次の便を待って乗り直す手間考えると結構時間がかかる。「待てよ?駅だから電車に乗ったままチェックインできるじゃん?」でも土合駅のホームって,地下400mにある超地下ホーム。その地下ホームの電車の中の4G回線のGPSでは恐らく認識されない?だからホームから地上に上がらないと認識されない??だから駅に降りなきゃと考えたけど,この時点でもう2本ダッシュやってるから。その足で400段の階段上がるの?でも。待て待て。前回土合駅を通過した時,行きと帰りのどっち科が地上だったって思い出した。で前任者の渡辺ディレクターにLineで訊く。
「つかぬ事をお伺いしますが,土合駅の上りと下りのホームはどっちが地上ですか?」で返信があって。「上りが地上ホームです」っていうのと,土合駅豆知識がスゲぇ量(笑) 「....の映画の撮影で使われました」とかどうでもいい(笑) つまり,上りが地上ホームという事は,回りこんで上り電車の車中からチェックインできる。で,下りの車中で素直にチェックイン取れたかどうか分かんないんだけど,上り便の車中からうまくチェックイン出来た。これは多分ファインプレーだったと思うし,恐らく堀井雄二が意地悪してくるやつを何とか乗り切ったと思う(笑)
■草津
このファインプレーのお陰で,その日のうちに草津温泉まで行けた。草津に行けば,沢山のチェックポイントがある。この番組プロデューサーの宮崎
は「草津で王様だ」っていう噂を聞いてますから(笑) もう行くなり「俺は宮崎と知り合いだ」って言っただけで,もう駅から神輿が出るぞっていう(爆) 俺はもう疲れてるから,「宮崎さんと知り合い」って言うだけで,「オーイ!宮崎さんのお知り合いが来たぞ!ワッショイワッショイ!ドンドコ・アハ〜ン」って,食から色まで全部フリーパスだって聞いてるから(笑) 皆は「草津」っていうけど地元では「宮崎」って呼んでますみたいな(笑)話を本人から聞いてますから(笑) 「宮崎さんにはいつもお世話になってまして」って言ったら,前にいるヤツ全員濡ちゃうみたいな話聞いてますから(笑) 最初から暗雲立ち込める旅行だけど,俺はここで全員濡らしてやろうと思ったんだけど。
でまず到着してじゃらんの「今日の宿」なんだけど。土曜じゃないんだよ?金曜日だよ? もう本当に今の緊急事態宣言明けの観光がスゴくて。全然宿の予約とれない。宿が無くてどうしよう?という状態で。宮崎プロデューサーに「どうにかならないか?」って訊いて,湯葉丈界隈探しても観光客だらけで。で草津の王子様宮崎プロデューサーにLineで「ここにいるよ」ってまずびっくりさせてからの,先代の王様が亡くなられて,国葬になっているという話ですが。行ったよって驚かせつつ,コネクションを辿りたくてメールをしたら,「実家の饅頭屋が父が亡くなってから休みがちです」みたいな。ごめんね。なんかね(笑) ギャグにする事で多生の供養になるのかな?って思ったけど,違ったね。ゴメン(笑) で根気で探したら3900円ぐらいの宿が一軒だけあって。。。で行ったらビックリしたよ。コンパクトな宿は多いけど,宿でドンチャン騒ごうってんじゃないし,一人旅だし,疲れきって寝るだけだからね。翌朝だってNavitimeが早く出ろって言うわけだから,泊まれれば御の字。。だけど布団と同じ大きさの部屋ってスゴくない??(笑) 布団と同じ大きさの部屋なんだって。本当に(笑) 施設の規模としては,矢吹丈がマンモス西と出逢った木賃宿の大きさなんだけど。ひとつだけ。風呂が良かった。結局草津は全部温質が同じだから。風呂がメチャメチャ良かった。丸1日走り回った100kg以上あるデブが,草津温泉の大浴場の風呂に入ってみ?溶ける(笑) 風呂なのか俺なのか判らない。もうどこからが俺で,どこからが風呂で,どこからが宿で,どこまでが草津か判らない気がする(笑) もう俺が草津になってる。俺の上で色んな観光客がコロナ禍落ち着いて旅行に来れてよかったねっていう(笑) それ位の拡がり方とかをするぐらい風呂は良かった。その日は宮崎王子の知り合いである事は隠してお忍び旅行だから。でも余りに風呂が良くて元気戻る訳。
■軽井沢
「鬼押出」って,知恵を効かせて暴れん坊の鬼をギュウーって押し出して,「退治はしたけど,後味が悪かったな」みたいな所でしょ??
翌朝,鬼押出に向かうんだけど,これもNavitime見てバスで行ってバスで戻る感じ。でもバス停の感じだとバス車内からチェックインできる感じ。軽井沢行バスに乗ってそのまま車内でチェックインしつつ軽井沢っていう手。「これは絶対いけるはず」ってふんでるんだ。その計画にエラくテンションが上がって,始発の時間より大分早くバスターミナルに着いて。メチャメチャ寒くて,軽く雪が降る気温。バスターミナルには誰もいなくて寒くて。バスターミナルの向かいに足湯の温泉があるから,ジーパン捲って浸かる。ジーパンっていうよりデニム?(笑) そのデニムの膝まで捲って浸かると超気持ちいい。足に成分が完全に入って来る。俺,下手したら北関東と同化してる(笑) 「北関東は完全俺だわ。。イヤ関東俺だな」ってなって。右手動かしたら外房捲れちゃうみたいな一体感(笑) ウットリして「日頃のイヤな事忘れてく。。」これまでの人生を反省したりとか,「宮崎の名前を出したら全員濡れるって何だよ?」みたいな(笑) でウットリ浸かって出ようと思ったらデニムの裾が足湯に落ちて。しばらく俺からオナラみたいな匂いしてんの(笑) 草津近辺なら温泉の匂いって判るけど,軽井沢でもオナラの匂いしてて。もうオナラの人。で濡れたデニムで鬼押出園を通過する軽井沢行バスに乗る。でも温泉の効能ってすごい。もう眠いの。 40分間足しか浸かってないのに,全身リラックスして。で鬼押出園まで40分あって,2つ手間まで来たところですゲェ眠い。もう倒れる位。何か盛られたかも(笑) 草津の正当後継者の宮崎王子の命で来たと草津市民に思われてるから(笑) ただぼ饅頭屋の息子だけど(笑) 温泉の成分に何か入れられた?(笑) グワングワン眠くなって。「ここでチェックインしないともう一回鬼押出園に来なくちゃならない」ってなる。太腿にボールペン突き刺して(笑) だってドラクエのチェックインのためだけに又鬼押出園行くか??(笑) 一方で,ドラクエの画面の中では,バスの速いスピードでチェックポイントに接近していく。怖いのは,電波状況とか処理速度によっては,すげースピードで走ってると,チェックポイントの寸前の位置で処理が始まって,チェックポイントを過ぎてから処理が再開されたりする事。眠さと電波の闘い。速度落としてくれって思ってたら,バスにもう一組だけ乗ってたカップルが停車ボタン押してくれて。鬼押出園で降りてくれたタイミングでチェックイン出来て。
■宇都宮
カップルのおかげで一番ドキドキした鬼押出園のチェックインが無事に完了。軽井沢から新幹線で宇都宮に行って,宇都宮駅前の餃子の銅像へ。
宇都宮餃子像。デビューしたての頃に山田邦子の番組取材で行った事がある。割とシンボリックな存在になってて。でも新幹線のホームからチェックイン出来た。
■日光
でその先の宇都宮に行ってから向かった先の日光が地獄。軽井沢から新幹線で宇都宮に行って,宇都宮駅前の餃子の銅像前でチェックインして日光に向かうんだけど。日光東照宮なんですけど,ものすごい観光客の数。秋の日光東照宮を見た人じゃないと判らないかもだけど,フルパワーの日光の凄さ。疲弊した地方経済,そして観光都市日光におかれましてはまあまあとりあえず兆候の一つなんでしょう。で俺は普段はタクシー乗っちゃうか,歩くんだけど,ちょうど前のバス停にバスが停車。元々Navitimeでやってた時間計算だと,日光東照宮に行って参拝して,おみくじのひとつもひいて,バスに乗って「竜頭の滝」行きのバスがあるから,そこでバス乗って,行って戻ってきて,ここが運行時間的にうまく繋がらなくてかなり時間に余裕がある。しかもその手前の鬼押出園で降りるはずの時間を省略出来てるから時間に余裕がある。だから出来た時間で新幹線で那須高原に行ってチェックイン出来る。ところがNavitimeの計算では東照宮前までに10分で到着するはずが,大渋滞でかかった時間が35分。。恐らくだけど,コロナ禍で,みんな公共の交通を使うよりは家族単位でマイカーで来るほうが増えてる印象がある。で秋の行楽シーズンの日光って事が相まって,渋滞の程度がめっちゃめっちゃ凄い。もうそうなると日光でゆっくりしてる場合じゃない。あのジャリの敷き詰められた参道をもの凄い勢いで走る俺。何でしょう。感じとしては,砂の煙を巻き上げて進むドムみたいな感じ(笑) ホバーで前後してる感じ(笑) さっきの山下清先生の感じも出てます。参道の途中でチェックイン出来ましたから,拝観料も払わず手前で引き返すという。
で,そのまま戻ってきて。でも元々嫌な予感しかしないんだよね。。よくよく確認してみたら,何時のバスかも分からない。10分かかるところを35分かかっちゃってる時点でバスは将棋倒しで遅れてる。時刻表通りにバスが来てない。相当時間の余裕が出来たはずだけどヤバい? 運転手さんに「定刻何時のバスですか?」って訊くと,運転手さんはクレームを言われると思ってか,なんかモニャモニャのまま「相当遅れてるんですよね」って言うだけ。竜頭の滝に行く途中で「いろは坂」通るんだけどヤバい。。つづら折りの形の駐車場みたいな状況で1時間のところが1時間45分かかった。元々接続が悪かったお陰で日光東照宮も竜頭の滝も割とバスからゆっくり観れたんだけど,そこで使う時間はどんどんカットされる上に,竜頭の滝の手前がガチ詰まり。だから1つ手前のバス停で降りて,早歩きで行ってチェックインして,向かい側にある戻りのバスを待つんだけど,それが何時来るかもわかんない。バスの移動状況をネットで見れるって書いてあるから,ネットで見ると,もう表示を諦めてる。もう動いてない 。そうなると次のバスが来るのは1分後?3年後?っていう気分になる。
中途半端な位置のバス停で俺以外誰もいない。独りでずっと待つという。。秋の日光あるあるっていうのは割とあるんだろうけど,俺史上では,Navitime師匠の心が完全に折れるの初めて見たね。Navitime師匠が泣いてる。。(笑) 厳しい師匠ですけど,師匠の言うとおりに行けば道は繋がるんだってことだけが俺を支えていたんですけど,どうすんの? その停留場からは1時間に2本ぐらいのバスが出てんだけど。渋滞の仕組みとかわかんないけど,合流と合流が詰まるとか,あとここからは逆方向に行く人がいるから急に空くみたいのを繰り返してると,元々のダイヤが1時間に2本なら30分に1本来るはずなんだけど,今日はそうならないよね? 急に連続で来たりとか来なかったりとかいうムラができるじゃん。なんだかんだで,その来るかどうかわかんないバス待ってたら35分ぐらい経ってバスが来て,そのバスに乗る。でもこれもまた要所要所が渋滞。で中禅寺湖の先にある「竜頭の滝」。って何でしょうね。「竜頭の滝」の一つ手前のバス停で降りちゃってチェックインしますから(笑) 何ならマイナスイオンも来ない所で折り返し(笑)
で結局Navitimeで那須高原のチェックポイントの当たりをつけてるバス停に行って,そこから戻って行く宿泊地は,前の日のことで懲りてるから,次の日の行程を考えて,那須塩原からもう郡山に行っちゃう。郡山のホテルをじゃらんで予約しちゃった。でその行程の終点を調べたら,それでもギリ。今日の予定を全部キャンセルして予約取ってある郡山のホテルに真っ直ぐ行くっていう選択肢も考え始める。あんなに余裕もってさらに遅らせてるのにも関わらず,このバスのノロノロ運転。。で,日光東照宮に近づいたところで気づく。さっき言ったような理由でマイカーが出たり入ったりしてる中で,自分が乗ってるバスの前の2台のマイカーの先に前の便のバスがいる。で自分の乗ってるバスは日光駅行きのバスなんだけどその時刻表の中に経由地点の記述がある。例えば(西)って記述のあるバスは西参道を経由してから日光駅に行きますみたいな。一方で無印のバスはどこも経由せずに真っ直ぐ終点に向かう。でNavitimeで調べていくと、前にいる前の便のバスは無印でどうも真っ直ぐ終点まで行くヤツだ。で一番渋滞してる所でバスを降りて,ダッシュで次のバス停まで歩く。で前の便のバスに乗る。それで経由の行程をカット出来る。前のバスに乗ることで少なくともこの1分の勝負には勝てる可能性がある。俺スゴくない?(笑) どう?腕があるよね?この時点で相当オナラ臭い空気纏ってますけど(笑) このショートカットのお陰で2分差で東武日光に到着。で東武日光から日光っていうのが,同じ日光行きなんだけども300m位離れてるから,そこもダッシュで走る。
■那須塩原
でそれでギリギリ日光発宇都宮経由の那須塩原行きに乗れて,那須塩原からローカルバスの最終便で向かったのがナントカ1丁目っていうバス停。ブログでチェックイン出来たっていう情報を頼りに向かう。ロープウェーの発着駅のある何でもないバス停なんだけど,ロープウェーの営業が終わると,全く無人になる真っ暗なバス停。最終便のバスでマスクの太った男が停車ボタンを押した時の運転手さんの「エ?」っていう表情(笑) 「何のため?」バス降りる時も「何故??」っていう表情(笑) で「ここはナントカ1丁目ですよ?」って念を押す。で俺は「ハイ...」って返事(笑) で降りてチェックイン。ブログありがとう。
で帰り。向かいのバス停に行ってバスを待つ。怖いのは,時刻表ではその10分後に最終バスが来るんだけど,真っ暗闇。地方バスあるあるなんだけど,降りる俺に運転士さんは あそこまで引いてる。「ありえない」って,この時間にここで降りるなんてなんて。だから乗る方もありえない,客はいないと思ってる。その時に運転手さんに見落とされたら終わりだから。那須塩原まで40分〜1時間ぐらいあるから。待ってる間,ずっと携帯のライトをつけて「僕待ってます」って。バスらしきものが通る毎に「僕待ってます」ってやって。で何とか乗れて宿泊地へ。
■袋田の滝
で郡山に行って郡山のホテルに泊まれて。
で本当の地獄は最終日なんだ。 今までの地獄は地獄ではない(笑) 最終日は今までの取り残しのチェックポイントを二つ行くだけなんだけど,これがもうもう毒を食らわばみたいな気分でしょうけど,最終日が本当の地獄なんだもん(笑)
振り替えると,日光でやったショートカットはスーパープレイだった。ただ,頭のいい人間はこういう旅をしないんですよね(笑) ここが大事だ(笑) つい部分部分を抜き出して「俺は利口だ」とか「機転が利く」とかそういうことを言うけども,草野球中止になってこういう旅行に行って酷い目に遭うヤツは頭良くない(笑)
で翌日, 郡山から「袋田の滝」っていうとこに行くんですよね。「袋田の滝」から一番近い駅が袋田駅。袋田駅から袋田の滝まで3kmある。けどバスが全然機能してない。そもそも袋田の滝って車で観光に行く場所っていうのと,僕の当初の予定って,タクシーは使わないものの,そこまでハードに全行程歩こうとは思ってない。Navitime師匠の言うとおり行き限りは,ほぼほぼ歩く行程はない。ラジオの番組で歩数計の企画やってるし,ドラクエウォークでは歩くよりももっと歩数を稼ぎたいし,何より健康のためって何ですか?ということで言うと,一行程ぐらいはちゃんと散策していいんですよ。そう考えると,この袋田駅>>袋田の滝>>袋田駅の往復6kmの行程はちゃんと歩こうと。で袋田に着いた。けれどここまででかなり走っていて足がガクガク。で袋田駅から歩いて往復6kmで1時間10分後に次の電車があるという形なんだけど,Navitime師匠が,多分日光でプライドをズタズタにされたせいで心が折れちゃってんの。現地に着いたら凄い坂道で(笑) 正直Navitimeと上手くいかなくなってた。Navitime師匠は電車の乗換は詳しくて,途中の徒歩に関してもナビしてくれるんですが,徒歩に関して師匠は俺を試してるとこがあって。Navitimeの選んだ道を行くんだけど,ドラクエウォークはバックグラウンドで起動しないから,画面を点けとかないと機能しない。だからNavitime側は音声だけ生かしておいて,地図の画面は多少覚えて消しておく。そうするとNavitime師匠は「300m先を斜め前に曲がってください」みたいなこと言って,その通りに随分先に行った後で「そのルートは間違っています」って言う。間違ってから外れて随分泳がせてから。「言ってよ」って気分で戻る。俺としては3km歩くんだったら好風光明媚なとこを歩きたい。川に沿って袋田の滝に繋がる旧道があるからそこを行こう。でもNavitime師匠は「新しいルートを発見しました」って言う。そんなこんなで袋田の滝に向って。でもヤバい,往復1時間は無理ってなって。袋田の滝の手前でチェックイン。袋田の滝には行かない。でもこの時点で次の電車にはもう間に合わないってことになって。
■六角堂
ただここで俺がえらかったのは,そのまま袋田駅に戻って待合室で待たなかった事。「往復6kmをもっと楽しもう」隣の駅に道の駅がで特産物が売ってるから,そっちを周っていこう。あと3km歩いて道の駅行こう。どの旅行でも,道の駅とか売店とかで美味しそうなご飯のお供を見つけたら必ず買って,昼の番組で食べてもらって評価してもらうみたいな事やってんだけど,その道の駅に絶対おいしいものあるじゃん。ふりかけとか瓶詰めとか買って。結局袋田駅の待合室でダラダラ待つよりは,疲れるは疲れたけど,残り一箇所だし。そこ行って家帰って終わりじゃんって思って。
で最後は電車に乗って向ったのが,「六角堂」っていう岡倉天心って人が愛してやまなかった茨城県の名勝。その六角堂に行くには大津港に行ってコミュニティバスに乗る。これは以前調べたから間違いない。ところが最後にNavitimeで確認で
出発地:大津港,経由地:六角堂,目的地:大津港
で検索すると所要時間が1時間30分?おかしい?以前に師匠に伺ったコミュニティバスが出て来ない。??計画した時に表示されていたコミュニティバスが表示されない??で大津港に降りるとコミュニティバスのバス停がある。「あるじゃん!」ってホッとしてバス停の時刻表見ると,
「このバスは火水金のみの運行です」
って書いてある。木曜日は?? で結局六角堂まで往復6km。交通手段は徒歩のみ。誰もいない一本道を登りをずっとてくてくてくてく歩いてるわけ。さっき「もう歩く行程ないから」っつって,なんだかんだで9km〜10km歩いてるところを往復6km。。歩けども歩けども前から人も来ない誰もいない道をずっと歩いてるわけ。大体歩いて300m位の所で,びっくりするぐらいの量のカラスが道で死んでる黒猫を食べてるっていう。。これからいい事しかないよね。こんなの。。(笑) そこ通るか??
もう多分イカれてたんだろう,もう疲れピークだし。パソコンと任天堂スイッチ,お土産の瓶詰6本の入ったリュックサック。それが重くて重くて。涙出てきて(笑) 黒猫可哀想。人間意味のわかんないこと考えるんだ。 一本道で誰も歩いて来ない。道自体はそこそこ舗装されてて両サイドに歩道があって植え込みがある。植え込みの向こうは草ボーボー。「ここにリュックサックを埋めよう」
リュックサック担いでいく意味ない。iPhoneとバッテリーさえあれば,別に行って同じ道を帰ってくるわけだから, 途中で任天堂SWITCHやらないよね?(笑) 止めたって無駄だよ!埋めたよ(笑) っていうか植え込みの中にぎゅうぎゅうに突っ込んで葉っぱをちょいとかぶせて。人いねーんだから。53男が泣くほど寂しいんだぞ(笑) あの警戒心の強いカラスが20羽平気で地上に舞い降りられるような道だぞ?(笑) でその正面が墓地。持っていく意味ないじゃん??予報でも雨も降らないし。道の横の植え込みの裏に黒いバッグをギュウギュウに埋めて,バッテリーとiPhone だけ持って,六角堂まであと2.2 kmぐらい残り歩いて往復して帰ってくればいい。
で肩の荷物が取れたから結構楽になって。なんか....こういう感じなんだろうな..急に清々しい気持ちになって『楢山節考』の山の帰り...全然清々しくねェよ(笑) 嫌な気持ちしかない。親が心配だよ(笑) 「肩の荷が下りる」とはこのことです。やっともっかい気持ち取り戻して歩いて。
誰とも会わないんだけど,スゲぇ事がおきる。想像して?タクシーや,火水金はバスが通る舗道です。その両サイドが歩道になってます。この先は岡倉天心ゆかりの六角堂がある。行く人がいなくはないであろうと観光地があります。その道を誰もいなくて歩いてて。僕の右側に大きな植え込みいっぱいあります。植え込みの向こうはボーボーの草原です。「あれ?」って思った。草原の方面を前から,下を向いたおばあさんが歩いてくる。どんどん近づいて来るんだけど,明らかにおばあさんが木の棒で地面をガサガサやりながら歩いてくる。絶対俺のリュックサック見つかっちゃうじゃん(笑) 100%見つかっちゃうじゃん(笑) 意味わかんない。舗道じゃなくて草原をババァが歩いてくる?(笑) 嘘でしょ??(笑) どう考えても隠したリュックサックを盗るようには見えないけど。
「この道を行く者は必ず植え込みにリュックサックを埋めていくからネェ。そのリュックサックにたいていパソコンとニンテンドースイッチが入ってるから,それを売って暮らしてるんじゃヨォ」っていうババァじゃないと思う。確率的にやっていけない。
どんどん進んできて,リュックサックまで近い。カミさんからもらったベイマックスのキーホルダーが目印の黒いリュックが見つかっちゃう。見つかっちゃうたら警察届けちゃうじゃん。誰もいない植え込みに埋まってるリュックサック見つけたら「ベイマックスじゃな」ってなるじゃん(笑) で警察届けられたら捜索するのに絶対時間取られるじゃん ?「どうしよう?」。ですれ違い様におばあさんに訊く。「何やってるんですか?」って訊いたら,ヨモギを採ってると。漬けてごはんのおかずになるらしい。そういえばところどころにヨモギがある。「どこまで行くんですか?」って訊くと,ヨモギを採れたらすぐ戻ってくる。採れなじゃったらずっと行く。「この先ずっと行ったところに黒いリュックサックが置いてあるんですけど,あれ僕のですから」って言うと(爆) おばあさんが「ハァァ?」みたいな顔(笑) そりゃ「ハァァ?」だよな。意味判んない(笑) 「クロマツっていう立て札があって,横に自転車と舗道一緒ですよっていう標識があるところの黒いリュックが突っ込んでありますけどあれは僕のですのでほっておいて下さい」って言って。「後でなくさないように写真を撮ってあるけどここです」って言ったら「ハァ」って答えて(笑) 「どうも。お気をつけて」なんて言って。その先に歩いていったら,ばあさんのシニアカーが停めてある。だから距離あるけど,ヨモギ採ってシニアカーまで戻るんだろうけど。
でもゾッとした。こんな偶然あるか?たまたまリュックサックを道端に埋めたら,草原からババアがバッサバッサやりながら向かってくるって(笑)
。。そんなこんなで,また時間がないのと,ここまで来て全部見てないのに六角堂だけ見るのもおかしいだろう?ってなって,結局六角堂まで行かずに手前でチェックイン。ネタとしては見ないべきでしょ?でも大後悔ですよ。俺は岡倉天心がスゲー好きで。絶対見るべきだったんだけども,チェックインだけして戻ったけど。
で帰りにNAVITIME起動すると,東京に帰りたくしょうがない訳。そしたらやっぱり急げば乗れる電車がある。もう「毒を食らわば皿までだから」つって,急ぐ。これに乗りたいと思って早足で帰り始めんだけど,帰り道にシニアカーはもうない。途中で妙なテンションで道端にリュックサック埋めたけど,「ひょっとしてリュックサック消えてる?」って不安になって早足で行ったら,あったよ(笑) 良かった。あれ,ちびっこがかくれんぼしてリュックサックからSWITCH見つけたら,「神の贈り物」ってなるもんね(笑) 「スタミナにんにくふりかけと任天堂SWITCHがあるぞ」って大騒ぎになっちゃうじゃんか(笑)
で家帰ってくるなりかみさんがきちんと迎えてくれるかと思ったら,「何?おなら臭い?」って(笑) なんかもう家帰ったら動けない。。全く動けないような状態。。
ーTBSラジオ,伊集院光: 深夜の馬鹿力

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2020年11月02日

InDeepOka: 世界的な飢餓はいつ始まるのか〜中国とオーストラリアでの豚肉の枯渇の予測

InDeepOka: 世界的な飢餓はいつ始まるのか〜中国とオーストラリアでの豚肉の枯渇の予測
世界的な飢餓はいつ始まるのか。それは歴史上で最悪のものとなる可能性がある
投稿日:2020年9月29日 更新日:2020年9月30日
■飢餓を進行させる引き金となったのは
日月神示というものを知ったのは,12,3年くらい前ですかね。
それから少し経って,日月神示の研究者である中矢伸一さんとお知り合いになり,その後,今ではもうずいぶんと長くなりましたが,中矢さんが刊行されている「玉響」という月刊誌にも毎月連載させていただいています。
自身は,この世にさまざまにある個別の啓示的な概念に対して,それに真摯に取り組むというタイプではないですが,日月神示の中には「本能的に反応する」という部分がいくつかあり,特に「繰り返し飢餓について述べられている」あたりはそうです。
日本の国に食物なくなってしまふぞ。世界中に食べ物なくなってしまふぞ。
こういう概念は,わりと何度も出てきます。
アステカ文明などの古代の伝説では,今の私たちが生きている世界は
「飢餓と噴火と大地震で終わる」
とされていたことを,日月神示を知る以前に見聞したことなどもあり,深刻な食糧危機については,10年以上前から「近いのだろうな」とは思っていました。
しかし,これまで,どんな激烈な異常気象や病害虫に苛まれても,少なくとも主要国の食糧システムが完全に崩壊することはありませんでした。
もちろん,一部の国や地域ではそうではなく,部分的な「完全に近い飢餓」は昨年までの時点で明らかなことでもありました。たとえば,2019年7月の「飢餓の時代の到来を調べているうちに突き当たった「農業の未来像と共に浮かび上がる食糧アルマゲドン」という概念」という記事では,国連の発表で,2019年の時点で,すでに「世界で 8億 2000万人が飢餓の渦中にある」ことが発表されたことについて,英ガーディアンの記事をご紹介したことがあります。
このような一部の国々や地域単位での飢餓は,この世界では一貫して続いているものですが,世界的な食糧システムの崩壊というのは,基本的にはこの何十年も,あるいはもっと以前から起きていなかったようにも思います。
そのために,昨年くらいには,「この世界の食糧システムを根本的に崩壊させるような概念ってあるのだろうか」と世界的な食糧危機という概念に疑問を感じ始めていたのですけれど,私は,「はじめてその可能性をうかがう事象を見た」のでした。
「新型コロナウイルス出現後の食糧サプライチェーンの崩壊」ということによって,それに近い状態を目撃することになるのです。
先ほど,「今の世の中では,すでに飢餓に陥っている人が 8億人以上いる」ということにふれましたけれど,これまで主要国や国際機関からの食糧援助により,その人たちの食糧はギリギリ保たれていたと思うのですが,では,世界的な流通が軒並止まった今年 3月以降,その人たちはどうなっているのか。
実はそれはよくわかりません。
しかし,大きな影響を受けているであろうことは疑いの余地がありません。
先日,ドイツ政府の連邦経済協力開発大臣であるゲルド・ミュラー氏が,ドイツの新聞のインタビューに対して,
「ロックダウンの影響で死亡する人は,今年だけで何百万人となる」
と述べたことが報じられていました。
もちろん,これは,コロナウイルスによる死者ではなく,「それとは関係のない死」であり,そして,「主要国以外での死」をミュラー氏は述べていました。
こういうことを政治家が述べるのは珍しいせいか,英語圏のメディアでも,このドイツの連邦開発大臣の記事をさまざまに報じていました。
そのうちのひとつの概要は以下のようなものです。
■ロックダウンはCovid-19そのものより多くの人たちを死に至らしめる
ドイツの開発大臣 : 「ロックダウンはCovid-19そのものより多くの人たちを死に至らしめる」
German Minister: Lockdown Will Kill More Than Covid-19 Does
summit.news
2020/09/25
ドイツ政府の連邦経済協力開発大臣であるゲルド・ミュラー氏は,世界中のロックダウン措置により,コロナウイルス自体よりも多くの人々に死をもたらしていると警告した。
新聞ハンデルスブラットとのインタビューでミュラー氏は,パンデミックへの対応が「歴史上で,最大の飢餓と貧困の危機」をもたらしたと述べた。
ミュラー氏は,政府によって厳格な措置が引き続き実施された場合,さらなる被害が発生すると以下のように警告した。
「アフリカ大陸だけでも,今年はマラリアと HIVに よる死者がさらに 40万人増えると予想しています。結核でも,さらに 50万人が死亡するでしょう」と述べる。
「食糧と医薬品の供給がもはや保証されていないからです」
ミュラー氏はさらに,「この人道的大惨事」は「私たちのすぐそばにある問題だ」とし,ヨーロッパ各国政府が,ロックダウンと人々の移動の制限に政策を集中していることを警告した。
「ヨーロッパは,約 2兆ユーロ (約 234兆円)相当のプログラムで自国の経済を支援する復興計画を決定しましたが,アフリカに対する追加の支援は計画されていません」
今年 8月に医学誌ランセットに発表された論文「子供の栄養失調とCOVID-19:私たちは今,行動しなければならない」では, 「社会的距離,学校の閉鎖,貿易制限,および国家的ロックダウン」に言及しており,これらの措置が,世界的な子供の栄養失調を悪化させているとした。
専門家たちはまた,ロックダウンにより未治療の結核感染により世界で数百万人が結核を発症し,140万人が死亡すると警告している。
さらに,南アフリカのデータ分析は,国家的ロックダウンの経済的影響により,コロナウイルスで死亡する 29倍の人たちが死亡することを発見した。
世界中で「命を救う」ためにロックダウンが市民に命じられたが,ロックダウンは,より多くの命を犠牲にする可能性があると警告している専門家たちの意見はメディアによって無視され続けている。
ここまでです。
そもそも,春頃には,日本を含む主要国でも「いろいろなものが手に入らない」状況が見られていたほどで,日本にしても,パスタなどがごく普通に店頭に並び,購買数制限がなくなったのは,夏前くらいではなかったでしょうか。どこのスーパーでも,長い期間,「お一人様2点まで」などの掲示が続いていました。
小麦もパスタも生産地にはいくらでもあるのに店頭にやって来ない。
サプライチェーンの崩壊というものを,あの時期に見たのですけれど,「さて,あれは一過性のものだったのか」という話でもあります。
たとえば,自然災害などの時にもこういうことはあるのですけれど,それらの場合は,「少しずつ元に戻っていく」ものです。
しかし,今のパンデミックとその政策に関しては,
「先がよくわからない」
のです。
以下の記事でふれましたけれど,2%くらいから最大で 8%程度の「偽陽性」が出てしまうとも言われる PCR 検査や LAMP 検査を続ける限り,感染確認者もそれに応じて発生し続けます。
延々と終わらない。実際にいくつかの国や地域では,部分的ロックダウンが再開されています。そのたびに,部分的ではあっても,何らかのサプライチェーンの問題が発生する。
ロックダウン後の 4月のアメリカで,さまざまな農作物や加工食品が出荷されずに廃棄されていることは,こちらの記事などで取りあげたことがあります。これはヨーロッパでも同じでした。以下は,5月の英国 BBC のニュースの概要です。
コロナウイルスはヨーロッパの食品産業の危機につながる
オランダの漁師の半数は海に出かけるのをやめた。これは,需要不足により鮮魚の価格が急落したためだ。フランスでは,農家がチーズを販売できないため,1,500トンの高品質チーズが,そのまま腐敗した。
そして,ヨーロッパ中の生鮮食品を保管する倉庫の多くは,現在,容量の限界に達している。 (BBC 2020/05/18)
食べ物はいくらでもあるのに,それが手に入らないという構造の「新しい食糧危機の構図」が,この春から夏には世界各地で起きていました。
先ほど書きましたように,今のような「検査」が続いている限り,大量の偽陽性の発生のために,「表面上の流行」が終わらない。あるいは増えていく。
そうなる中で,いつまた大規模なロックダウンが起こらないとも限らない。
ドイツ政府の閣僚が,あのようなことを言ったのも,「もういい加減にしろ」ということだったのかもしれないですし,別の意図もあるのかもしれないですし,そのあたりはわからないですが,今少しずつ「食糧の枯渇への道」が各国で,着実に拡大しているように思います。
今回は,ふたつの国の「特定の食糧の枯渇が近い」ことを示す報道をふたつご紹介して締めさせていただこうと思います。
中国で「年内で豚肉が枯渇する可能性」を報じた米ゼロヘッジの記事と,オーストラリアの「自国産コメの枯渇」について報じた英デイリーメールの記事です。
連続して概要をご紹介します。
■中国とオーストラリアでの食糧の枯渇の予測
価格が高騰する中で,中国の豚肉の備蓄が「数ヶ月で不足する」リスクがある
中国は,アフリカ豚熱(豚コレラ)によって多くの豚が一掃されたため,保管している大量の冷凍豚肉の備蓄を使い果たす寸前にある可能性がある。
豚肉備蓄量の減少は,中国共産党にとって特に悪いニュースであり,中国政府は,豚肉価格の不安定な高騰を防ぐことができないのではないかと懸念している。
フィナンシャルタイムズが引用したロンドンを拠点とするコンサルタント会社のエノド社は,中国の戦略的な豚肉備蓄量の状態を詳しく査定したところ,2019年9月から 2020年8月にかけて 45万2000トン減少したことがわかったと述べた。
これは,中国の豚肉埋蔵量が危険なほど少ないことを意味するレベルだ。中国の最新の豚肉輸入のどれだけが国家の備蓄に転用されたかは不明だが,エノド社のチーフエコノミストは,中国には約 10万トンの冷凍豚肉が残っている可能性を述べた。
「この備蓄量だと,2? 3か月以内に枯渇する可能性がある」と言う。
フィナンシャルタイムズは,エノド社が提供した埋蔵量の数値は,北京にある米国農業報告(US agricultural attache)による最近の報告と一致しており,「豚肉の備蓄量は 2020年の第3四半期までにほとんど枯渇したようだ」と述べている。
中国の豚肉不足は経済で世界第二位の国が直面している最も差し迫った国内問題の1つになる可能性がある。 (zerohedge.com 2020/09/23)
次は,オーストラリアに関してです。
オーストラリアで深刻なコメ不足。クリスマスまでに自国産のコメがすべて消える可能性がある
オーストラリアが深刻なコメ不足に直面しており,クリスマスまでには国産品のコメがなくなると予測されている。
コメの供給企業サンライス社の最高経営責任者は,地元のコメ物資が減少し続けているため,オーストラリアではベトナムから輸入したコメを食べるしかなくなるだろうと述べている。
「クリスマスまでにオーストラリア産のコメは消えるでしょう」と述べた。
「ベトナムを含む私たちの食糧サプライチェーンはオーストラリアのコメ不足に対しての防波堤となっているため,オーストラリアでは,まだスーパーの棚にコメの製品は並んでいますが,すでにそれらはオーストラリア産のコメではありません」
雨不足,乾燥した天候,COVID-19によるパニック買いなどがすべて,コメの在庫の減少に関連している。
もともとオーストラリアは,コメの輸出国だが,国内最大のコメ供給業者であるサンライス社は,4億ドル以上の輸出を失った。同社はまた,ニューサウスウェールズ州で,コメ栽培の労働力の 3分の1を削減することを余儀なくされている。
ニューサウスウェールズ州では,降雨量が少なく乾燥状態にあるため,2017年以降,収穫量は 90%以上減少したという。
サンライス社のコメの取り扱い量は,平年は 80万トンほどだが,昨年収穫されたコメは,わずか 5万4000トンだった。(dailymail.co.uk 2020/09/14)
ここまでです。
オーストラリアは,かつて,小麦も大きな輸出国のひとつでしたが,2019年からは,小麦に関しても「輸入国」となっています。これに関しては,以下の記事などでふれています。
全世界で異常気象により崩壊していく農業生産。全世界を巻き込む食糧危機と飢餓のカオスが2021年頃から到来する可能性がさらに高く
投稿日:2020年8月31日
そして,現在,コメに関しても,輸入国となりました。さまざまな穀物を世界中に輸出していたオーストラリアが,「自国産の穀物が消滅しつつある」という現状であり,今後気象が改善するという具体的な見込みもありません。
このように,異常気象などでの農業のダメージも各国で進行していて,これまでなら,輸入すればいいというだけだったのですが,今は,サプライチェーンを含めてさまざまな問題があり,食糧流通は世界を巻き込んでいく可能性が強いです。
そして,この問題が拡大していった場合,食糧自給率が低い国や地域が最も大きな影響を受けることは避けられないかもしれません。

In Deep
https://indeep.jp/












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2020年10月19日

大摩邇: ひふみ神示第17巻 地震の巻


大摩邇: ひふみ神示第17巻 地震の巻
再掲載 ひふみ神示 第17巻 地震の巻 / (二曰んのキ) 全十九帖 
2020/10/18 10:27
■第一帖 (三七八)
われわれの一切は生れつつある。神も、宇宙も、森羅万象の悉くが、常に生れつつある。太陽は太陽として、太陰は太陰として、絶えず生れつづけている。一定不変の神もなければ、宇宙もない。常に弥栄えつつ、限りなく生れに生れゆく。過去もなければ、現在もなく、未来もない。只存在するものが生れに生れつつあ る。生もなければ死もない。善も思わず真も考えず美も思わない。只自分自身のみの行為はない。只生れゆき栄えゆくのみである。
善を思い悪を思うのは、死をつくり生をつくり出すことである。故に地上人が自分自身でなすことには、総て永遠の生命なく、弥栄はあ り得ない。何故ならば、地上人は、地上人的善を思い、悪を思い、真を思い、偽を思うからであ る。思うことは行為することである。生前、生後、死後は一連の存在であ って、そこには存在以外の何ものもないのである。存在は生命であり、生れつつあ るもの、そのものである。何ものも、それ自らは存在しない。弥栄しない。必ず、その前なるものによって呼吸し、脈うち、生命し、存在し、弥栄する。また、総てのものの本体は、無なるが故に永遠に存在する。地上人は、生前に生き、生前に向って進みゆく。また、地上人は、地上に生き、地上に向って進みゆく。また、地上人は、死後に生き、死後に向って進みゆく。しかし、その総ては神の中での存在であ るから、それ自体のものはない。善でもなく、悪でもなく、只生れつつあ るのみ。霊人に空間はない。それは、その内にある情動によって定まるが故であ る。また、その理によって一定せる方位もない。また時間もなく只情動の変化があ るのみである。地上人は、肉体を衣とするが故に、宇宙の総てを創られたものの如く考えるが、創造されたものではない。創造されたものならば、永遠性はあ り得ない。宇宙は、神の中に生み出され、神と共に生長し、更に常に神と共に永遠に生れつつあ る。その用は愛と現われ、真と見ゆるも、愛と云うものはなく、また、真なるものも存在しない。只大歓喜のみが脈うち、呼吸し、生長し、存在に存在しつつ弥栄するのであ る。存在は千変万化する形に於て、絶えず弥栄する。それは  であり、  なるが故である。  は大歓喜の本体であり、  はその用である。それは、善でもなく悪でもない。真でもなく偽でもない。美でもなく醜でもない。また愛でもなく憎でもない。プラスでもなければマイナスでもない。しかし、善の因と真の因とが結合し、悪の因と偽の因とが結合し、美の因と愛の因とが結合し、醜の因と憎の因とが結合して、二義的には現われ、働き、存在として、またはたらく。善因は偽因と結合せず、悪因は真因と結合しない。これらの総ては、これ生みに生み、成りに成りて、とどまるところを知らない。それは、神そのものが絶えず、鳴り成り、成り鳴りてやまず、止まる所なく生長し、歓喜しつつあ るがためである。神が意志するということは、神が行為することである。そして、さらに神の行為は、弥栄であ り、大歓喜である。神の歓喜をそのまま受け入れる霊人とは、常に対応し、地上人として地上に生命し、また霊人として霊界に生命する。神の歓喜を内的にうけ入れる霊人の群は無数にあ り、これを日の霊人と云う。神の歓喜を外的にうけ入れる霊人の群も無数にあ り、これを月の霊人と云う。月の霊人の喜びが、地上人として地上に生れてくる場合が多い。日の霊人は、神の歓喜をその生命に吸い取るが故に、そのままにして神に抱かれ、神にとけ入り、直接、地上人として生れ出ることは、極めてまれであ る。月の霊人は、神の歓喜をその智の中にうけ入れる。故に、神に接し得るのであ るが、全面的には解け入らない。地上人は、この月の霊人の性をそのままうけついでいる場合が多い。日の霊人は、神の歓喜を、そのまま自分の歓喜とするが故に、何等それについて疑いをもたない。月の霊人は、神の歓喜を歓喜として感じ、歓喜としてうけ入れるが故に、これを味わわんとし、批判的となる。ために二義的の歓喜となる。故に、日の霊人と月の霊人とは、同一線上には住み得ない。おのずから、別の世界を創り出すが故に、原則としては、互に交通し得ないのであ る。この二つの世界の中間に、その融和、円通をはかる霊人と、その世界が存在する。これによって、二つの世界、二つの生命集団が円通し、常に弥栄するのであ る。地上人と霊人との間も同様、直接、全面的な交流はあり得ない。それは、別の世界に住んでいるためであ って、その中間の半物、半霊の世界と、霊人がいて、常にその円通をはかっている。以上の如くであ るから、日と月、愛と信、善と美も、本質的なものではなく、二義的なものである。
■第二帖 (三七九)
天界も無限段階、地界も無限段階があり、その各々の段階に相応した霊人や地上人が生活し、歓喜している。その霊人たちは、その属する段階以外の世界とは、内的交流はあっても、全面的交流はないのである。何故ならば、自らなる段階的秩序を破るからである。秩序、法則は、神そのものであるから、神自身もこれを破ることは許されない。しかし、同一線上に於ける横の交流は、可能である。それは丁度、地上に於ける各民族がお互に交流し、融和し得るのと同様である。総て分類しなければ生命せず、呼吸せず、脈うたない。分類しては、生命の統一はなくなる。其処に、分離と統合、霊界と現実界との微妙極まる関係が発生し、半面では、平面的には割り切れない神秘の用が生じてくる。一なるものは、平面的には分離し得ない。二なるものは、平面的には一に統合し得ないのである。分離して分離せず、統合して統合せざる、天地一体、神人合一、陰陽不二の大歓喜は、立体的神秘の中に秘められている。 *については一なるも、*に於ては二となり三となり得るところに、永遠の生命が歓喜する。一は一のみにて一ならず、善は善のみにて善ならず、また、真は真のみにて真となり得ない。神霊なき地上人はなく、地上人とはなれた神霊は、存在しない。しかし、大歓喜にまします太神の  は、そのままで成り鳴りやまず存在し、弥栄する。それは、立体を遥かに越えた超立体、無限立体的無の存在なるが故である。霊人は、その外的形式からすれば地上人であり、地上人は、その内的形式からすれば霊人である。生前の形式は、生後の形式であり、死後の形式である。即ち、死後は生前の形式による。形式は愛と現われ、真と現われ、善と現われ、美と現われる。而して、その根幹をなし、それを生命させるのは歓喜であって、歓喜なき所に形式なく、存在は許されない。愛の善にして真の美と合一しなければ呼吸せず、現の現人にして霊の霊人と合一しなければ生命しない。これら二つが相関連せるを外の真と云う。外の愛も外の真も共に生命する。人間に偽善者あり、霊界に偽善霊の存在を許されたるを見れば判るであろう。表面的なるものの動きも、内面的に関連性をもつ。故に、外部的にまげられたる働きの許されてあるを知ることができるであろう。許されてはいるが、それは絶えず浄化し、弥栄すればこそである。浄化し弥栄しゆく悪は悪でなく、偽は偽でない。動かざる善は善でなく、進展せぬ真は真でない。更に善を善とし、悪を悪として、それぞれに生かし弥栄するのを歓喜と云う。歓喜は神であり、神は歓喜である。一から一を生み、二を生み、三を生み、無限を生みなすことも、みなこれ歓喜する歓喜の現われの一つである。生み出したものなればこそ、生んだものと同じ性をもって弥栄える。故に本質的には善悪のないことが知られるであろう。死後の世界に入った最初の状態は生存時と殆ど変化がない。先に霊人となっている親近者や知人と会し、共に生活することもできる。夫婦の場合は、生存時と同様な夫婦愛を再びくりかえすことができるのである。霊界は、想念の世界であるから、時間なく、空間なく、想念のままになるのである。しかし、かくの如き死後の最初の状態は長くはつづかない。何故ならば、想念の相違は、その住む世界を相違させ、その世界以外は想念の対象とならないからである。而して、最初の状態は、生存時の想念、情動がそのままにつづいているから、外部的のもののみが強く打ち出される。故に、外部の自分に、ふさわしい環境におかれるが、次の段階に入っていくと、外部的のものは漸次うすれて、内分の状態に入っていくのである。内分と外分とは、互に相反するが、霊人の本態は内分にあるのであるから、この段階に入って始めて本来の自分にかえるのである。生存時に於ては、地上的な時、所、位に応じて語り、行為するが為に、限られたる範囲外には出られないが、内分の自分となれば、自由自在の状態におかれる。生存時に偽りのなかった霊人は、この状態に入って始めて真の自分を発見し、天国的光明の扉をひらくのである。偽りの生活にあった霊人は、この状態に入った時は、地獄的暗黒に自分自身で向かうのである。かくすることによって、生存時に於ける、あらゆる行為が清算されるのである。この状態に入ったならば、悪的なものは益々悪的なものを発揮し、善的なものは善的な力を益々発揮する。故に、同一の環境には住み得ないのである。かくして、諸霊人は最後の状態に入り、善霊は善霊のみ、悪霊は悪霊のみ、中間霊は中間霊のみの世界に住み、善霊は善霊のみの、悪霊は悪霊のみのことを考え、且つ行為することになる。そして、それは、その時の各々にとっては、その時の真実であり、歓喜である。
■第三帖 (三八〇)
愛の影には真があり、真の影には愛がはたらく。地上人の内的背後には霊人があり、霊人の外的足場として、地上人が存在する。地上人のみの地上人は存在せず、霊人のみの霊人は呼吸しない。地上人は常に霊界により弥栄する。
弥栄は順序、法則、形式によりて成る。故に、順序を追わず、法則なく、形式なき所に弥栄なく、生れ出て呼吸するものはあり得ない。個の弥栄は、全体の弥栄である。個が、その個性を完全に弥栄すれば全体は益々その次を弥栄する。個と全体、愛と真との差が益々明らかになれば、その結合は益々強固となるのが神律である。霊界と物質界は、かくの如き関係におかれている。其処にこそ、大生命があり、大歓喜が生れ、栄えゆくのである。更に、極内世界と極外世界とが映像され、その間に中間世界がまた映像される。極内世界は生前、極外世界は死後、中間世界は地上世界である。極内は極外に通じて*を為す。すべて一にして二、二にして三であることを理解せねばならない。かくして、大神の大歓喜は、大いなる太陽と現われる。これによりて、新しく総てが生れ出る。太陽は、神の生み給えるものであるが、逆に、太陽から神が、更に新しく生れ給うのである。 *は絶えずくりかえされ、更に新しき総ては、神の中に歓喜として孕(はら)み、生れ出て、更に大完成に向って進みゆく。親によって子が生れ、子が生れることによって親が新しく生れ出ずるのであることを知らねばならない。されば、その用に於ては千変万化である。千変万化なるが故に、一である。一なるが故に、永遠である。愛は愛に属する総てを愛とし、善となさんとするが故に悪を生じ、憎を生じ、真は真に属する総てを真とし美となさんとする故に偽を生じ、醜を生ずるのである。悪あればこそ、善は善として使命し、醜あればこそ、美は美として生命するのである。悪は悪として悪を思い、御用の悪をなし、醜は醜として醜を思い、御用の醜を果たす。共に神の御旨の中に真実として生きるのである。真実が益々単にして益々充実し、円通する。されば、 *の中の*の中なる*の*の中なる一切万象、万物中の最も空にして無なるものの実態である。これが、大歓喜そのものであって、神は、この*に弥栄し給えるが故に、最外部の外にも弥栄し給うことを知覚し得るのである。始めなき始めの*の真中の真空にいますが故に、終りなき終りの*の外の無にいまし、中間に位する力の  の中に生命し給うのである。一物の中の  なるが故に一物であり、万象万物であることを知覚しなければならない。生前の様相であり、呼吸するが故に死後の呼吸とつづき、様相として弥栄ゆるのである。神が生み、神より出て、神の中に抱かれているが故に神と同一の歓喜を内蔵して歓喜となる。歓喜に向かうとは親に向かうことであり、根元に通ずることである。世をすて、外分的、肉体的諸欲をすてた生活でなければ、天国に通じ得ぬと考えるのは誤りである。何故ならば、地上人に於ける肉体は、逆に霊の守護をなす重大な役目をもっているからである。地上人が、その時の社会的、物質的生活をはなれて、霊的生活にのみ入ると云うのは大いなる誤りであって、社会生活の中に行ずることが、天国への歩みであることを知らねばならない。天国をうごかす力は地獄であり、光明を輝かす力は暗黒である。地獄は天国あるが故であり、暗黒は光明あるが故である。因が果にうつり、呼が吸となりゆく道程に於て、歓喜は更に歓喜を生ず。その一方が反抗すればするだけ他方が活動し、また、強力に制しようとする。呼が強くなれば吸も強くなり吸が長くなれば呼もまた長くなる。故に地獄的なものも天国的なものも同様に、神の呼吸に属し、神の脈うつ一面の現われであることを知らねばならない。天国に限りなき段階と無数の集団があると同様に、地獄にも無限の段階と無数の集団がある。何故ならば、天国の如何なる状態にも対し得る同様のものが自らにして生み出されねばならぬからであって、それにより、大いなる平衡が保たれ、呼吸の整調が行なわれるからである。この平衡の上に立つ悪は悪ではなく、偽は偽でなく、醜は醜でなく、憎は憎でなく、また地獄は地獄でない。地獄は本来ないのである。また、この平衡の上におかれた場合は、善も善でなく、美も美でなく、愛も愛でなく、そこでは、天国も天国ではない。只ひたすらなる大歓喜が弥栄ゆるのみである。
■第四帖 (三八一)
同気同類の霊人は、同一の情態で、同じ所に和し、弥栄え、然らざるものは、その内蔵するものの度合に正比例して遠ざかる。同類は相寄り、相集まり、睦び栄ゆ。生前の世界は、地上人の世界の原因であり、主体であるが、また死後の世界に通ずる。同気同一線上にいる霊人たちは、且って一度も会せず語らざるも、百年の友であり、兄弟姉妹である如くに、お互いに、その総てを知ることができる。生前の世界に於ける、かかる霊人が肉体人として生れ出でた場合の多くは、同一の思想系をもつ。但し、地上人としては、時間と空間に制限されるが故に相会し、相語られざる場合も生じてくる。また、生前の生活と同様のことを繰り返すこともある。霊人の同一線上にある場合は、その根本的容貌は非常に似ているが、部分的には相違し、同一のものは一つとしてない。そこに、存在の意義があり、真実の道が弥栄え、愛を生じ、真が湧き出てくるのである。生前の霊人の場合は、自分自身のもつ内の情動はそのままに、その霊体の中心をなす顔面に集約され、単的に現われていて、いささかも反する顔面をもつことは許されない。一時的に満たすことはできても、長くは続かない。この情態の原理は、地上人にも、反影している。生前の世界は、以上の如くであるから、同一状態にある霊人が多ければ、その団体の大きく、少なければ、その集団は小さい。数百万霊人の集団もあれば、数百、数十名で一つの社会をつくる団体もある。各々の団体の中には、また特に相似た情動の霊人の数人によって、一つの家族的小集団が自らにしてでき上がっている。そしてまた、各々の集団の中心には、その集団の中にて最も神に近い霊人が座を占め、その周囲に幾重にも、内分の神に近い霊人の順に座をとりかこみ運営されている。若しそこに、一人の場所、位置、順序の間違いがあっても、その集団は呼吸しない。而して、それは一定の戒律によって定められたものではなく、惟神の流れ、則ち歓喜によって自ら定まっているのである。またこれら集団と集団との交流は、地上人の如く自由ではない。総ては  の  を中心として  の姿を形成しているのである。  と  とを、生前の世界に於て分離することは極めて至難ではあるが、或る段階に進むときは一時的に分離が生ずる。しかし、この場合も  は  であり  は  である。これが地上世界の行為に移りたる場合は、不自由不透明な物質の約束があるため、その分離、乱用の度が更に加わって、真偽混乱に及ぶものである。悪人が善を語り、善をなし、真を説くことが可能となるが如く写し出されるのである。生前界では、悪を意志して悪を行なうことは、御用の悪として自ら許されている。許されているから存在し行為し現われているのである。この場合の悪は、悪にあらずして  の  であることを知らねばならない。即ち、道を乱すが故である。地上人の悪人にも善人にも、それは強く移写される。愛は真により、真は愛により向上し、弥栄する。その根底力をなすは歓喜である。故に、歓喜なき所に真実の愛はない。歓喜の愛は、これを愛の善と云う、歓喜なき愛を、愛の悪と云うのである。その歓喜の中に、また歓喜があり、真があり、真の真と顕われ、  となり、  と集約され、その集約の  の中に  を生じ、更に尚  と弥栄ゆる。生前の世界、死後の世界を通じて、一貫せる大神の大歓喜の流れ行く姿がそれである。大神は常に流れ行きて、一定不変ではない。千変万化、常に弥栄する姿であり、大歓喜である。完成より大完成へ向い進む大歓喜の呼吸である。されど、地上人に於ては、地上的物質に制限され、物質の約束に従わねばならぬ。其処に時間を生じ、距離を生じ、これを破ることはできない。故に同時に、善と悪との両面に通じ、両面に生活することとなるのである。其処に、地上人としての尊きかなしさが生じてくる。霊人に於ては、善悪の両面に住することは、原則として許されない。一時的には仮面をかむり得るが、それは長くつづかず、自分自身 耐え得ぬこととなる。地上人と雖(いえど)も、本質的には善悪両面に呼吸することは許されていない。しかし、悪を抱き参らせて、悪を御用の悪として育て給わんがために課せられたる地上人の光栄ある大使命なることを自覚しなければならない。悪と偽に、同時にはいることは、一応の必要悪、必要偽として許される。何故ならば、それがあるために弥栄し、進展するからである。悪を殺すことは、善をも殺し、神を殺し、歓喜を殺し、総てを殺す結果となるからである。霊物のみにて神は歓喜せず、物質あり、物質と霊物との調和ありて、始めて力し、歓喜し、弥栄するからである。霊は絶えず物を求め、物は絶えず霊を求めて止まぬ。生長、呼吸、弥栄は、そこに歓喜となり、神と現われ給うのである。霊人も子を生むが、その子は歓喜である。歓喜を生むのである。
■第五帖 (三八二)
全大宇宙は、神の外にあるのではなく、神の中に、神に抱かれて育てられているのである。故に、宇宙そのものが、神と同じ性をもち、同じ質をもち、神そのものの現われの一部である。過去も、現在も、未来も一切が呼吸する現在の中に存在し、生前も死後の世界もまた神の中にあり、地上人としては地上人の中に、霊界人にありては霊界人の中に存在し、呼吸し、生長している。故に、その全体は常に雑多なるものの集合によって成っている。部分部分が雑多なるが故に、全体は存在し、力し、弥栄し、変化する。故に、歓喜が生ずる。本質的には、善と真は有であり、悪と偽は影である。故に、悪は悪に、偽は偽に働き得るのみ。影なるが故に悪は善に、偽は真に働き得ない。悪の働きかけ得る真は、真実の真ではない。悪は総てを自らつくり得、生み得るものと信じている。善は総てが神から流れ来たり、自らは何ものをも、つくり得ぬものと信じている。故に、悪には本来の力はなく、影にすぎない。善は無限の力をうけるが故に、益々弥栄する。生前の世界は有なるが故に善であり、死後の世界も同様である。生前の自分の行為が地上人たる自分に結果して来ている。生前の行為が生後審判され、酬いられているのではあるが、それは、悪因縁的には現われない。そこに、神の大いなる愛の現われがあり、喜びがある。悪因縁が悪として、また善因縁は善として、生後の地上人に現われるのではない。何故ならば、大神は大歓喜であり、三千世界は、大歓喜の現われなるが故にである。地上人的に制限されたる感覚の範囲に於ては、悪と感覚し、偽と感覚し得る結果を来す場合もあるが、それは何れもが弥栄である。これを死後の生活にうつされた場合もまた同様であって、そこには地獄的なものはあり得ない。川上で濁しても川下では澄んでいるのと同様である。要するに、生前には、地獄がなく、生後にも、死後にもまた地獄はないのである。この一貫して弥栄し、大歓喜より大々歓喜に、更に超大歓喜に向って弥栄しつつ永遠に生命する真相を知らねばならぬ。しかし、天国や極楽があると思念することは既に無き地獄を自らつくり出し、生み出す因である。本来なきものをつくり出し、一を二にわける。だが、分けることによって力を生み弥栄する。地獄なきところに天国はない。天国を思念する処に地獄を生ずるのである。善を思念するが故に、悪を生み出すのである。一あり二と分け、はなれてまた、三と栄ゆるが故に歓喜が生れる。即ち、一は二にして、二は三である。生前であり、生後であり、死後であり、尚それらの総ては  である。  は  であり  であり、  と集約される。故に、これらの総ては無にして有である。人の生後、即ち地上人の生活は、生前の生活の延長であり、また死後の生活に、そのままにして進み行く、立体となり、立々体と進み、弥栄する処につきざる歓喜があり、善悪美醜の呼吸が入り乱れつつ調和して、一の段階より二の段階へ、更に三の段階へと弥栄浄化する。浄化、弥栄することにより、善悪美醜のことごとくは歓喜となる。故に、神の中に神として総てが弥栄するのである。悉くの行為が批判され、賞罰されねばならぬと考える地上人的思念は、以上述べた神の意志、行為、弥栄と離れたものである。歓喜に審判なく、神に戒律はない。戒律は弥栄進展を停止断絶し、審判は歓喜浄化を裁く。このことは神自らを切断することである。裁きはあり得ず戒律はつくり得ず、すべては これ湧き出づる歓喜のみの世界なることを知らねばならない。行為は結果である。思念は原因である。原因は結果となり、結果は只、結果のみとして終らず、新しい原因を生む。生前の霊人は、生後の地上人を生む。地上人は死後の霊人を生み、死後人たる結果は、更に原因となりて生前の霊人を生む。  は  となりて廻り、極まるところなくして弥栄える。以上述べた処によって、これら霊人、地上人、地上人の本体が歓喜と知られるであろう。されば、常に歓喜に向ってのみ進むのである。これは只、霊人や地上人のみではない。あらゆる動物、植物、鉱物的表現による森羅万象の悉くが同様の律より一歩も出でず、その極内より極外に至るのみ。故に地上世界の悉くは生前世界にあり、且つ死後の世界に存在し、これらの三は極めて密接なる関係にあり、その根本の大呼吸は一つである。生前の呼吸はそのまま生後、死後に通ずる。地上に於ける総ては、そのままにして生前なるが故に、生前の世界にも、家あり、土地あり、山あり、川あり、親あり、子あり、夫婦あり、兄弟姉妹あり、友人あり、また衣類あり、食物あり、地上そのままの生活がある。地上人、地上生活を中心とすれば、生前、死後は映像の如く感覚されるものである。しかし、生前よりすれば、地上生活、物質生活は、その映像に過ぎないことを知らねばならぬ。時、所、位による美醜、善悪、また過去、現在、未来、時間、空間の悉くを知らんとすれば、以上述べたる三界の真実を知らねばならぬ。
■第六帖 (三八三)
霊界人は、その向いている方向が北である。しかし、地上人の云う北ではなく、中心と云う意味である。中心は、歓喜の中の歓喜である。それを基として前後、左右、上下、その他に、無限立体方向が定まっているのである。霊界人は地上人が見て、何れの方向に向っていようと、その向っている方向が中心であることを理解しなければならない。故に、霊人たちは、常に前方から光を受け、歓喜を与えられているのである。それは絶えざる愛であり、真理と受け取られ、それを得ることによって霊人たちは生長し、生命しているのである。要するに、それは霊人たちの呼吸と脈拍の根元をなすものである。地上人から見て、その霊人たちが各々異なった方向にむかっていようとも、同じく、それぞれの中心歓喜に向って座し、向って進んでいる。上下、左右、前後に折り重なっていると見えても、それは、決して、地上人のあり方の如く、霊人たちには障害とならない。各々が独立していて、他からの障害をうけない。しかし、その霊人たちは極めて密接な関係におかれていて、全然別な存在ではない。各自の眼前に、それ相応な光があり、太陽があり、太陰があり、歓喜がある。それは、霊人たちが目でみるものではなく、額で見、額で感じ、受け入れるのであるが、その場合の額は、身体全体を集約した額である。地上人に於ても、その内的真実のものは額でのみ見得るものであって、目に見え、目にうつるものは、地上的約束下におかれ、映像された第二義的なものである。映像として真実であるが、第一義的真理ではない。故に、地上人の肉眼に映じたままのものが霊界に存在するのでない。内質に於ては同一であるが、現われ方や位置に於いては相違する。故に、霊界人が現実界を理解するに苦しみ、地上人は霊界を十分に感得し得ないのである。霊人の中では太陽を最も暗きものと感じて、太陽に背を向けて呼吸し、生長していると云う、地上人には理解するに困難なことが多い。要するに、これらの霊人は、反対のものを感じ、且つうけ入れて生活しているのであるが、其処にも、それ相当な歓喜があり、真実があり、生活がある。歓喜のうけ入れ方や、その厚薄の相違はあるが、歓喜することに於ては同様である。歓喜すればこそ、彼の霊人たちは太陽に背を向け、光を光と感得し得ずして、闇を光と感得していることを知らねばならぬ。この霊人たちを邪霊と呼び、邪鬼と云い、かかる霊人の住む所を地獄なりと、多くの地上人は呼び、且つ感じ、考えるのである。しかし、それは本質的には地獄でもなく、邪神、邪霊でもない。霊界に於ては、思念の相違するものは同一の場所には存在しない。何故ならば、思念による思念の世界につながる故である。現実的にみては折り重なって、この霊人たちが生活するとも、全然その感覚外におかれるために、その対象とはならない。地上人に於ても原則としては同様であるが、地上的、物質的約束のもとにあるため、この二者が絶えず交叉混交する。交叉混交はしても、同一方向には向っていない。そこに地上人としての霊人に与えられていない特別の道があり、別の使命があり、別の自由が生じてくるのである。
■第七帖 (三八四)
地上には、地上の順序があり、法則がある。霊界には、霊界の順序があり、法則がある。霊界が、原因の世界であるからと云って、その秩序、法則を、そのまま地上にはうつし得ず、結果し得ないのである。また地上の約束を、そのまま霊界では行ない得ない。しかし、これらの総ては大神の歓喜の中に存在するが故に、歓喜によって秩序され、法則され、統一されているのである。その秩序、法則、統一は、一応 完成しているのであるが、その完成から次の完成へと弥栄する。故にこそ弥栄の波調をもって全体が呼吸し、脈拍し、歓喜するのである。これが、生命の本体であって、限られたる智によって、この動きを見るときは、悪を許し、善の生長弥栄を殺すが如くに感ずる場合もある。しかし、これこそ善を生かして、更に活力を与え、悪を浄化して必要の悪とし、必然悪として生かすのである。生きたる真理の大道であり、神の御旨なることを知り得るのである。本来 悪はなく闇はなく、地獄なきことを徹底的に知らねばならない。これは生前、生後、死後の区別なく、総てに通ずる歓喜である。一の天界に住む天人が、二の天界に上昇した時、一の天界は、極めて低い囚われの水の世界であったことを体得する。更に一段上昇、昇華して三の段階に達した時も同様である。地上人的感覚によれば、二の天界に進んだ時、一の天界は悪に感じられ、三の天界に進んだ時、一の天界は最悪に、二の天界は悪に感じられる場合が多い。悪的感覚と悪的実態は自ら別であるが、この実状を感覚し分け得た上、体得する霊人は極めて少ない如く、地上人に到りては極めて稀であることを知らなくてはならない。悪を悪なりと定めてしまって、悪は総て祖先より、或いは原因の世界より伝えられたる一つの因果であると云う平面的、地上的考え方の誤っていることは、以上述べた処で明白となり、己を愛するは、先ず悪の第一歩なりと考える、その考えが悪的であることを知らねばならぬ。来るべき新天地には、悪を殺さんとし悪を悪として憎む思念はなくなる。しかし、それが最高の理想郷ではない。更に弥栄して高く、深く、歓喜に満つ世界が訪れることを知り、努力しなければならぬ。
■第八帖 (三八五)
生前の世界に、霊人が生活している。山があり、川があり、住宅、衣類、食物がある。しかし、それは最初からのものではない。それらの元をなす*が歓喜していた、その*が生後、地上世界にうつされて、地上的約束の下に生長し、秩序されたがため、その結果が、死後の世界につづき、死後の世界の様相は*の原理によって、生前世界に移行して、生前的に進展し、弥栄し、その*を幾度となく繰り返すうちに、漸次、内的*に向って弥栄する面と、外的、地上的に進む*と、その交叉融和することによって更に生み出され弥栄する  と、その各々が各々の立場に於て、すすみ、呼吸し、脈うち、生命していると同時に、全体的にも生命し、歓喜し、弥栄している。而して、その現われとしては、和せば和するほど相離れ、遠ざかりつつ生長する。また、生命の大歓喜として湧き出ている。故に、地獄にあらざる地獄的霊界、天国にあらざる天国的霊界は、霊人により生み、霊人により育てられると同時に、人々により生み、人々により育てられ、歓喜されるのである。かく弥栄進展するが故に、人類も霊人類も、各々その最後の審判的段階に入る迄は、真の三千世界の実相を十分に知り得ない。故に、新天新地の来る迄、真の天国を体得し得ない。新天新地の新しき世界に生れ出づる自己を知り得ない。この新天新地は幾度となく繰り返されているのであるが、何れも  の形に於けるが如く同一形式のものではあるが、同一のものではない。より小なるものより、より大なるものが生れ、より大なるものより、より小なるものが生れ、より新しきものより、より古きものが生れ、より古きものより、より新しきものが生れ、弥栄し、一つの太陽が二つとなり、三つとなり、更には一つとなることを理解しない。月より地球が生れ、地球より太陽が生れると云うことを理解するに苦しむものであるが、最後の審判に至れば自ら体得し得るのである。これは外部的なる智によらず、内奥の神智にめざめることによってのみ知り得る。新天新地新人はかくして、生れ、呼吸し、弥栄える。しかし、新人と生れ、新天新地に住むとも、その以前の自分の総ては失わない。只その位置を転換されるのみである。地上人が死後、物質的に濃厚なる部分をぬぎすてるが、その根本的なものは何一つとして失わず生活するのである。その状態よりも尚一層、そのままであって何等の変化もないと思える程である。蛆(ウジ)が蝶になる如く弥栄えるものであって、それは大いなる喜びである。何故ならば、大歓喜なる大神の中に於て、大神のその質と性とをうけつぎ呼吸しているからである。総てのものは歓喜に向かい、歓喜によって行為する。歓喜がその目的であるが故に、歓喜以外の何ものも意識し得ない。故に、歓喜よりはなれたる信仰はなく、真理はなく、生命はない。生前の霊人が地上人として生れてくるのも死ではなく、地上人が霊界に入るのもまた死ではなく、弥栄なる誕生であることを知らねばならぬ。歓喜は行為となる。行為せざる歓喜は、真実の歓喜ではない。只考えたり意志するのみでは萌え出でない。生命しない。只意志するだけで行為しないことは、まことに意志することではない。霊界に於ては意志することは直ちに行為となるのである。地上人にありては物質によりて物質の中に、その意志を行為することによって始めて歓喜となり、形体を為し弥栄えるのである。生前の霊界は、愛の歓喜、真の歓喜、善の歓喜、美の歓喜の四段階と、その中間の三段階を加えて七つの段階に先ず区別され、その段階に於て、その度の厚薄によりて幾区画にも区分され、霊人の各々は、自らの歓喜にふさわしい所に集まり、自ら一つの社会を形成する。自分のふさわしくない環境に住むことは許されない。否、苦しくて住み得ないのである。若しその苦に耐え得んとすれば、その環境は、その霊人の感覚の外に遠く去ってしまう。例えば、愛の歓喜に住む霊人は、その愛の内容如何によって同一方向の幾百人か幾千、幾万人かの集団の中に住み、同一愛を生み出す歓喜を中心とする社会を形成する。故に、生前の世界では、自分の周囲、自分の感覚し得るものの悉くが最もよく自分に似ており、自分と調和する。山も川も家も田畑も、そこに住む霊人たちも、動物も植物も鉱物も、総て自分自身と同一線上にあり、同一の呼吸、同一の脈拍の中にあり、それらの総てが、大きな自分自身と映像する場合が多い。自分は他であり、他は自分と感覚する。故に、その性質は生後にも続き、地上人もその周囲を自分化しようとする意志をもっているのである。しかし、地上世界は、物質的約束によって、想念のままには動かない。死後の世界もまた生前と同様であるが、一度 物質世界を通過したものと、しないものとの相違が生じてくるのである。だが、何れにしても物質世界との密接なる呼吸のつながりを断ちきることは出来ない。物質は物質的には永遠性をもたず、霊は永遠性をもつが、霊的角度から見れば永遠性はもたない。しかし、物質面より見れば永遠性をもつものであり、永遠から永遠に弥栄してゆくものである。而して、永遠性をもつ事物は、地上的物質的事物を自分に和合せしめる働きを内蔵している。無は有を無化せんとし、有は無を有化せんとし、その融合の上に生命が歓喜するのである。無は有を生み、有は無を生み出す大歓喜の根本を知得しなければならない。
■第九帖 (三八六)
霊、力、体の三つがよりよく調和する処に真実が生れ、生命する。これは根元からの存在であり用であるが、動き弥栄する道程に於て、復霊、復力、復体の*(うごき)をなす。霊の立場よりすれば、霊は善であって、体は悪、体の立場よりすれば、体は善であって、霊は悪である。悪あればこそ善が善として救われ弥栄する。善あればこそ悪は悪の御用を為し得るのである。悪は悪善として神の中に、善は善悪として神の中に弥栄える。力がそこに現れ、呼吸し、脈打ちて生命する。故に生前の霊人は、生前界のみにては善なく、生命なく、地上人との交流によって始めて善悪として力を生じ、生命してゆく。地上人は地上物質界のみの立場では悪なく、生命なく、生前界との交流によって始めて悪善としての力に生き、弥栄してゆく。而して、尚地上人は死後の世界に通じなければならぬ。死後の世界との関連により複数的悪善におかれる。善悪善の立場におかれる場合が多いために、地上に於ける司宰神としての力を自ら与えられるのである。善悪の生かされ、御用の悪として許されているのは、かかる理由によるものである。善のみにては力として進展せず無と同じこととなり、悪のみにても また同様である。故に神は悪を除かんとは為し給わず、悪を悪として正しく生かさんと為し給うのである。何故ならば、悪もまた神の御力の現われの一面なるが故である。悪を除いて善ばかりの世となさんとするは、地上的物質的の方向、法則下に、総てをはめんとなす限られたる科学的平面的行為であって、その行為こそ、悪そのものである。この一点に地上人の共通する誤りたる想念が存在する。悪を消化し、悪を抱き、これを善の悪として、善の悪善となすことによって、三千世界は弥栄となり、不変にして変化極まりなき大歓喜となるのである。この境地こそ、生なく、死なく、光明、弥栄の生命となる。地上人のもつ想念の本は霊人そのものであり、霊人のもつ想念の本は神であり、神のもつ想念の本は大歓喜である。故に、地上人は霊人によって総ての行為の本をなし、霊人は神により、神は大歓喜によりて総ての行為の本とする。故に、地上人そのもののみの行為なるものはない。何れも、神よりの内流による歓喜の現われであることを知らねばならぬ。歓喜の内奥より湧き出づるものは、霊に属し、外部より発するものは体に属する。霊に属するものは常に上位に位し、体に属するものは、常に下位に属するのであるが、体的歓喜と霊的歓喜の軽重の差はない。しかし、差のない立場に於て差をつくり出さねば、力を生み出すことは出来ず、弥栄はあり得ない。すなわち善をつくり力を生み出すところに悪の御用がある。動きがあるが故に、反動があり、そこに力が生れてくる。霊にのみ傾いてもならぬが、強く動かなければならない。体のみに傾いてもならぬが、強く力しなければならない。悪があってもならぬが、悪が働かねばならない。常に、動き栄えゆく、大和の  を中心とする上下、左右、前後に円を描き、中心を  とする立体的うごきの中に呼吸しなければならない。それが正しき惟神の歓喜である。惟神の歓喜は総てのものと交流し、お互いに歓喜を増加、弥栄する。故に、永遠の大歓喜となり、大和の大真、大善、大美、大愛として光り輝くのである。
■第十帖 (三八七)
地上人は、内的に生前の霊人と通じ、また死後の霊人と通ずる。地上人が、生前を知得するのは、この霊人を通ずるが故であり、死後を知得するのも、また同様に通ずるからである。生前と死後は同一線上におかれているが同一ではない。地上には、物質的形式があり、霊界には霊的形式がある。その形式は歓喜の交叉し、発する処によって自ら成るものである。形式なくしては合一なく、力なく、形式あるが故にものが総てに合一し、弥栄し、力し、大弥栄するのである。形式の中に和することは、その個々が、差別されているからである。差別し、区分せられることは、その各々に、各々が共通する内質をもつからである。共通性なきものは、差別し、区分することができない。霊界と現実界との関係はかかるものであるが故に、常に相応し、力し、力を生じ、また常に、相通じて力を生みゆく。これは、平面的頭脳では、中々に理解しがたいのであるが、この根本原理を体得、理解し得たならば、神、幽、現、三界に通じ、永遠に弥栄する大歓喜に住するのである。されば差別は、平等と合一することによって立体の差別となり、平等は差別と合一することによって立体平等となり得る。霊人が地上人と和合し、また地上人が霊人と和合し、弥栄するのは、この立体平等と立体差別との弥栄ゆるが為であることを知らねばならぬ。この二つの相反するものを統一し、常に差別しつつ平等に導き、立体していく力こそ、神そのものの力であり、歓喜である。この二つの力と神の歓喜なくしては、地上人なく、また霊人もあり得ないのである。生成発展もなく神も歓喜し得ない。この力なくしては、地上人は霊人と和し、神に和し奉ることはできない。故に、生命しないのである。
■第十一帖 (三八八)
霊人は、遠くにいても近くにいても、常にお互いに語り得る。同一線上にいる霊人の言葉は、何れも同一であって共通する。霊人の言葉は、霊人の想念のままに流れ出るのであるから、そのままにして通ずるのである。しかし、相手がきくことを欲しない時には聞こえない。それは丁度テレビやラジオの如きものであると考えたらよい。またその語ること、その語音によって、その相手の如何なるものなるかを知り得るのである。即ち、その発音から、また言葉の構成から、その霊人の如何なるものなるかは、直ちに判明する。霊人の言葉と地上人の言葉とは本質的には同様であるが、その表現は相違している。故に、霊人と地上人と会話する時は、霊人が地上人の想念の中に入るか、地上人が霊人の想念に和するか、その何れかでなくてはならない。しかし、霊人の言葉は、地上人の言葉に比して、その内蔵するものが極めて深く広いが故に、霊人の一語は地上人の数十語、数百語に価する場合が多く、その霊人が高度の霊人であればあるだけに、その度を増してくるのである。原因と結果とを一つにし、更に結果より生ずる新しい原因も、新しい結果をも同時に表現し、なお言葉そのものが一つの独立せる行為となり、且つ一つの独立せる生きものとなって現われ、行為し、生命するからである。言葉そのものが弥栄であり、生命である。また総てであるということは、地上人には理解できぬであろう。それは、過去が現在であり、未来もまた現在であり、更に生前も、生後の立場においては生後であり、死後の立場においては死後である。また一里先も、百里先もまた千万里はなれていても、同一の場所であるのと同様であって理解するに極めて困難である。だが、地上人に於ても それを知り得る内的な生命をもっているのであるから、理解することは困難であるが不可能ではない。霊人の言葉は歓喜より発するが故に歓喜そのものであり、神の言葉でもあるが、その霊人のおかれている位置によって二つのものに大別し得る。歓喜の現われとしての愛に位置している霊人の言葉は、善的内容を多分に蔵している。故に、柔らかくして連続的であり、太陽の  (ひかり)と  (熱)とに譬えることができる。また、歓喜の現われとして真に位置する霊人の言葉は、智的内容を多分に蔵している。故に、清く流れ出でて連続的ではなく、或る種の固さを感じさせる。そしてそれは月の光と、水の如き清さとを感じさせる。また前者は曲線的であって消極面を表に出し、後者は直線的であって積極面を表に出している。また前者は愛に住するが故に、主としてOとUの音が多く発せられ、後者は智に住するが故に主としてEとIの音が多く発せられている。そして、その何れもがA音によって統一要約する神密極まる表現をなし、またそれを感得し得る能力をもっている。しかし、これらOU、EI及びAの母音は想念の🔍をなすものであって、地上人よりすれば、言葉そのものとしては、感得し得ないことを知らねばならないのである。霊界に於ける音楽もまた同様であって、愛を主とした音楽はO及びUを多分に含み、曲線的であり、真を伝える音楽はI及びEの音が多く、直線的である。それは、言葉そのものが かかる内質をもっており、各々が霊界に於ける生命の歓喜の表現なるが為である。またこれら霊人の言葉は、天的の韻律をもっている。即ち愛を主とするものは、五七七律を、真を主とするものは、三五七律を主としているが、その補助律としては、千変万化である。言葉の韻律は、地上人が肉体の立体をもっている如く、その完全、弥栄を示すものであって、律の不安定、不完全なものは、正しき力を発揮し得ず、生命力がないのである。
■第十二帖 (三八九)
霊人が地上人に語る時は、その想念が同一線上に融和するが為である。霊人が地上人に来る時は、その人の知る総てを知ることとなるのであるが、その語るのは霊人自身でなくて、霊人と和合して体的の自分に語るので、自分と自分が談話しているのである。霊人は現実界と直接には接し得ない。また地上人は霊界と直接には接し得ないのが原則である。しかし、それぞれの仲介を通じていっても、直接行なうのと同様の結果となるのである。為に地上人は直接なし得るものと考えるのである。地上人の想念の中には霊界が映像されており、霊人の想念の中には現実界が内蔵されている。故に、この二つの世界が一つに見えることもあり得るのである。しかし、映像と実相のへだたりは かなり遠いものである。霊人と地上人との交流において、この間の真相を知らねばならぬし、その互に交わされる談話に於ても前記の如くであることを知らねばならない。霊人も地上人も、自分自身と語り、自分自身の中に見、且つ聞いているのである。霊人が地上人に憑依したり、動物霊が人間に憑依したりすることは、前記の如き原則によってあり得ないのである。しかし、外部からの感応であり、仲介された二次的交流であっても、その度の強くなった場合、地上人から見れば憑依せると同様の結果を現わすものである。故に、神が直接、人間を通じて人語を発し、または書記するのではなくして、それぞれの順序を経て地上人に感応し、その地上人のもつそれぞれの人語を使用して語り、その地上人のもつそれぞれの文字を使用して神意を伝達することとなるのである。しかし、神の言葉は、如何に地上人を通じて人語としても、その神に通ずる想念を内蔵せぬ地上人には、伝え得ないのである。語れども聞き得ず、読むとも その真意は通じ得ないのである。霊人の中には、自分達の住む霊界の他に、別の世界が限りなく存在することを知らず、また、その世界に住む霊人を知らず、また物質世界と地上人を知らない場合もある。それは丁度、地上人の多くが、生前及び死後の世界を信じないのと同様である。
■第十三帖 (三九〇)
地上人が、限りなき程の想念的段階をもち、各々の世界をつくり出している如く、霊界にも無限の段階があり、その各々に、同一想念をもつ霊人が住んでおり、常に弥栄しつつある。下級段階で正なりとし、善を思い、美を感じ、真なりと信じ、愛なりと思う、その想念も上級霊界に於ては必ずしもそうではない。美も醜となり、愛も憎となり、善も真も そのままにして善となり、真と現われ得ない場合がある。其処に偉大にして、はかり知られざる弥栄の御神意がある。と同時に、 *(真善) *(真善美愛) *(歓喜)  (大歓喜)と現われる神秘なる弥栄があり、悪の存在、偽の必然性などが判明するのである。故に、下級霊人との交流は、地上人にとっても、霊人にとっても、極めて危険極まりないものではあるが、半面に於ては、極めて尊いものとなるのである。下級霊人自身が *(善)なりと信じて行為することが、地上人には * (悪)と現われることが多いのである。何故ならば、かかる下級霊と相通じ、感応し合う内的波調をもつ地上人は、それと同一線上にある空想家であり、極めて狭い世界のカラの中にしか住み得ぬ性をもち、他の世界を知らないからである。それがため、感応してくる下級霊の感応を、全面的に信じ、唯一絶対の大神の御旨なるが如くに独断し、遂には、自身自らが神の代行者なり、と信ずるようになるからである。所謂(いわゆる)、無き地獄をつくり出すからである。地獄的下級霊の現われには、多くの奇跡的なものをふくむ。奇跡とは大いなる動きに逆行する動きの現われであることを知らねばならない。かかる奇跡によりては、霊人も地上人も向上し得ない。浄化し、改心し得ないものである。また、霊人と地上人との交流によるのみでは向上し得ない。脅迫や、賞罰のみによっても向上し得ない。総て戒律的の何ものによっても、霊人も地上人も何等の向上も弥栄も歓喜もあり得ない。半面、向上の如くに見ゆる面があるとも、半面に於て同様の退歩が必然的に起ってくる。それは強(シ)いるが為である。神の歓喜には、強いることなく、戒律する何ものもあり得ない。戒律あるところ必ず影生じ、闇を生み出し、カスが残るものである。それは、大神の内流によって弥栄する世界ではなく、影の世界である。中心に座す太神のお言葉は、順を経て霊人に至り、地上人に伝えられるのであるが、それはまた霊界の文字となって伝えられる。霊界の文字は、主として直線的文字と曲線的文字の二つから成る。直線的なものは、月の霊人が用い、曲線的な文字は、太陽の霊人が使用している。但し、高度の霊人となれば文字はない。ただ文字の元をなす  と  と  があるのみ。また高度の霊界人の文字として、殆ど数字のみが使用されている場合もある。数字は、他の文字に比して多くの密意を蔵しているからである。しかし これは不変のものではなく、地上人に近づくに従って漸次変化し、地上人の文字に似てくるのである。
■第十四帖 (三九一)
霊界には、時間がない。故に、霊人は時間ということを知らない。其処には、霊的事物の連続とその弥栄があり、歓喜によって生命している。即ち、時間はないが状態の変化はある。故に、霊人たちは時間の考えはなく、永遠の概念をもっている。この永遠とは、時間的なものは意味せず、永遠なる状態を意味するのである。永遠と云うことは、時間より考えるものではなく、状態より考えるべきである。故に、霊人が地上人に接し、地上人に語る時は、地上的固有的な一切をはなれて、状態とその変化による霊的なものによって語るのである。しかし、この霊人の語る所を地上人がうけ入れる時は、対応の理により、それが固有的地上的なものと映像されてくるのである。また、地上人に感応して語る時は、その霊媒の思念を霊人の思念として語るが故に、固有的表現となり、地上人にも十分に理解しうるのである。多くの地上人は、霊人を知らない。霊人には、地上世界に顕現する総てのものの霊体が存在すると云うことを中々理解しないし、霊人は反対に、霊界を物質的に表現した物質地上世界のあることを中々に理解しない。但し、死後の霊人は、相当に長い間 地上世界のことを記憶しているものである。地上人が、何故 霊界のことを理解し難いかと言うと、それは、地上的物質的感覚と、地上的光明の世界のみが、常にその対象となっているからである。例えば霊人とは、地上人の心に通じ、或いは、心そのものであると考えるためである。つまり、霊人は、心であるから、目も、鼻も、口もなく、また、手足などもない、と考えるからである。所が実際は、霊人そのものが手をもつが故に地上人に手があり、指をもっているが故に、地上人に指が生ずることを知らなければならない。しかも、霊人は、地上人より遥かに精巧にできていることは、それを構成するものが精巧であることによって立証されるであろう。霊人は、地上人にまして一段と光明の世界にあり、一段とすぐれた霊体を有している。霊界に於ける事物は総て霊界における太陽と、太陰とによりて生れてくる。それは、地上に於ける場合と同じである。太陽と、太陰との交叉により生ずる歓喜によって、その生れたるものは更に一層の光輝を放ち、弥栄となる。また、霊界には物質世界の如く空間はない。このことを地上人は中々に理解しないのである。霊界に於ける場所の変化は、その内分の変化に他ならない。霊界に距離はない。空間もない。只、あるものはその状態の変化のみである。故に、離れるとか、分れるとか云うことは、内分が遠くはなれていて、同一線上にないことを物語る。物質的約束に於ける同一場所にあっても、その内分が違っている場合は、その相違の度に、正比較、正比例して、遠ざかっているのである。故に、地上的には、同一場所に、同一時間内に存在する幾つかの、幾十、幾百、幾千万かの世界、及びあらゆる集団も、内分の相違によって、感覚の対象とならないから、無いのと同様であることを知り得るのである。
■第十五帖 (三九二)
霊界には、山もあり、川もあり、海もあり、また、もろもろの社会があり、霊界の生活がある。故に、其処には霊人の住宅があり、霊人はまた衣類をもつ。住宅は、その住む霊人の生命の高下によって変化する。霊人の家には、主人の部屋もあれば、客室もあり、寝室もあり、また、食堂もあり、風呂場もあり、物置もあり、玄関もあり、庭園もある、と云ったふうに、現実世界と殆ど変りがない。と云うことは、霊人の生活様式なり、思想なりが、ことごとく同様であると云うことを意味する。
また、内分を同じくする霊人たちは、相集まり、住宅は互に並び建てられており、地上に於ける都会や村落とよく似ている。その中心点には多くの場合、神殿や役所や学校等あらゆる公共の建物が、ほどよく並んでいる。そして、これらの総てが霊界に存在するが故に、地上世界に、それの写しがあるのである。霊界を主とし、霊界に従って、地上にうつし出されたのが、地上人の世界である。地上人は、物質を中心として感覚し、且つ考えるから、真相が中々につかめない。これら総ての建物は、神の歓喜を生命として建てられたものであって、霊人の心の内奥にふさわしい状態に変形され得る。また天人の衣類も、その各々がもつ内分に正比例している。高い内分にいる霊人は高い衣を、低いものは低い衣を自らにして着することとなる。彼等の衣類は、彼らの理智に対応しているのである。理智に対応すると云うことは、真理に対応すると云うことになる。但し、最も中心に近く、太神の歓喜に直面する霊人たちは衣類を着していないのである。この境地に到れば、総てが歓喜であり、他は自己であり、自己は他であるが故である。しかし、他よりこれを見る時は、見る霊人の心の高低によって、千変万化の衣類を着せる如く見ゆるのである。また、衣類は総て霊人の状態の変化によって変化して行くものである。霊人はまた、いろいろな食物を食している。云う迄もなく霊人の食物であるが、これまたその霊人の状態によって千変万化するが、要するに歓喜を食べているのである。食べられる霊食そのものも、食べる霊人も何れも、食べると云うことによって歓喜しているのである。地上人の場合は、物質を口より食べるのであるが、霊人は口のみでなく、目からも、鼻からも、耳からも、皮膚からも、手からも、足からも、食物を身体全体から食べるものである。そして、食べると云うことは、霊人と霊食とが調和し、融け合い、一つの歓喜となることである。霊人から見れば、食物を自分自身たる霊人の一部とするのであるが、食物から見れば霊人を食物としての歓喜の中に引き入れることとなるのである。これらの行為は、本質的には、地上人と相通ずる食物であり、食べ方ではあるが、その歓喜の度合および表現には大きな差がある。食物は歓喜であり、歓喜は神であるから、神から神を与えられるのである。以上の如くであるから、他から霊人の食べるのを見ていると、食べているのか、食べられているのか判らない程である。また霊人の食物は、その質において、その霊体のもつ質より遠くはなれたものを好む。現実社会に於ける、山菜、果物、海草等に相当する植物性のものを好み、同類である動物性のものは好まない。何故ならば、性の遠くはなれた食物ほど歓喜の度が強くなってくるからである。霊人自身に近い動物霊的なものを食べると歓喜しないのみならず、返って不快となるからである。そして霊人は、これらの食物を歓喜によって調理している。そしてまた与えられた総ての食物は、悉く食べて一物をも残さないのである。すべての善は  より起り、  にかえるのと同様、総ての悪もまた  より起り  にかえる。故に、神をはなれた善はなく、また神をはなれた悪のみの悪はあり得ないのである。殊に地上人はこの善悪の平衡の中にあるが故に、地上人たり得るのであって、悪をとり去るならば、地上人としての生命はなく、また善は無くなるのである。この悪を因縁により、また囚われたる感情が生み出す悪だ、と思ってはならない。この悪があればこそ、自由が存在し、生長し、弥栄するのである。悪のみの世界はなく、また善のみの世界はあり得ない。所謂、悪のみの世界と伝えられるような地獄は存在しないのである。地上人は、霊人との和合によって神と通ずる。地上人の肉体は悪的な事物に属し、その心は善的霊物に属する。その平衡するところに力を生じ、生命する。しかし、地上人と、霊人と一体化したる場合は、神より直接に地上人にすべてが通じ、すべてのものの  が与えられると見えるものである。これを、直接内流と称し、この神よりの流入するものが、意志からするときは理解力となり、真理となる。また、愛より入るときは善となり、信仰力となって現われる。そして、神と通ずる一大歓喜として永遠に生命する。故に、永遠する生命は愛と離れ、真と離れ、また信仰とはなれてはあり得ないのである。神そのものも神の法則、秩序に逆らうことは出来ない。法則とは歓喜の法則である。神は歓喜によって地上人を弥栄せんとしている。これは、地上人として生れ出ずる生前から、また、死後に至るも止まざるものである。神は、左手にて  の動きをなし、右手にて  の動きを為す。そこに、地上人としては割り切れない程の、神の大愛が秘められていることを知らねばならぬ。地上人は、絶えず、善、真に導かれると共に、また、悪、偽に導かれる。この場合、その平衡を破るようなことになってはならない。その平衡が、神の御旨である。平衡より大平衡に、大平衡より超平衡に、超平衡より超大平衡にと進み行くことを弥栄と云うのである。左手は右手によりて生き動き、栄える。左手なき右手はなく、右手なき左手はない。善、真なき悪、偽はなく、悪、偽なき善、真はあり得ない。神は善、真、悪、偽であるが、その新しき平衡が新しき神を生む。新しき神は、常に神の中に孕み、神の中に生れ、神の中に育てられつつある。始めなき始めより、終りなき終りに到る大歓喜の栄ゆる姿がそれである。
■第十六帖 (三九三)
考えること、意志すること、行為することの根本は、肉体からではない。霊的な内奥の自分からである。この内奥の自分は、神につながっている。故に、自分自身が考え、意志し、行為するのではなく、自分と云うものを通じ、肉体を使って、現実界への営みを神がなし給うているのである。其処に、人が地上に於ける司宰者たる、また、たり得る本質がある。地上人が死の関門をくぐった最初の世界は、地上にあった時と同様に意識があり、同様の感覚がある。これによって、人の本体たる霊は、生前同様に、霊界でも見、聞き、味わい、嗅ぎ、感じ、生活することが出来るのである。しかし肉体をすてて、霊体のみとなり、霊界で活動するのであるから、物質は衣にすぎないことが判明する。肉体をもっている地上人の場合は、その肺臓が想念の現われとなって呼吸する。霊界に入った時は、霊体の肺臓が同様の役目を果たすようになっている。また、心臓は、その情動の現われとなって脈打つ。霊体となってもまた同様であることを知らねばならぬ。この二つのうごきが、一貫せる生命の現われであって、生前も、生存中も、死後も、また同様である。肉体の呼吸と脈拍とは、新しき霊体の呼吸と脈拍に相通じ、死の直後に霊体が完全するまでは、肉体のそれは停止されないのである。かくて、霊界に入った霊人たちは、総て生存時と同じ想念をもっている。為に死後の最初の生活は生存時と殆ど同一であることが判明するであろう。故に、其処には地上と同様、あらゆる集団と、限りなき段階とが生じている。而して、霊界に於ては、先に述べた如き状態であるが故に、各人の歓喜は、死後の世界に於ても、生前の世界に於ても、これに対応する霊的の事物と変じて現われるものである。この霊的事物は、地上の物質的事物に対応する。人間が、物質界にいる時は、それに対応した物質の衣、即ち肉体をもち、霊界に入った時はそれに相応した霊体をもつ。そして、それはまた完全なる人間の形であり、人間の形は、霊人の形であり、神の形であり、更に大宇宙そのものの形である。大宇宙にも、頭があり、胴があり、手足があり、目も、鼻も、口も、耳もあり、又内臓諸器官に対応するそれぞれの器官があって、常に大歓喜し、呼吸し、脈打っていることを知らねばならない。大歓喜は無限であり、且つ永遠に進展して行くのである。変化、進展、弥栄せぬものは歓喜ではない。歓喜は心臓として脈打ち、肺臓として呼吸し発展する。故に、歓喜は肺臓と心臓とを有する。この二つは、あらゆるものに共通であって、植物にもあり、鉱物にすら存在するものである。人間の場合は、その最も高度にして精妙なる根本の心臓と肺臓に通ずる最奥の組織を有する。これはもはや心臓と表現するには あまりにも精妙にして、且つ深い広い愛であり、肺臓として呼吸するにはあまりにも高く精巧なる真理である。而して、この二者は一体にして同時に、同位のものとなっていることを知らねばならない。それは心臓としての脈拍でもなく、肺臓としての呼吸でもない。表現極めて困難なる神秘的二つのものが一体であり、二つであり、三つの現われである。其処に人間としての、他の動物に比して異なるもの、即ち、大神より直流し来るものを感得し、それを行為し得る独特のものを有しているのである。人間が、一度 死の関門をくぐり、肉体をすてた場合は、霊そのものの本来の姿に帰るのであるが、それは直ちに変化するものではなくして、漸次その状態に入るのである。第一は極外の状態、第二は外の状態、第三は内的状態、第四は極内的状態、第五は新しき霊的生活への準備的状態である。七段階と見る時は、内と外との状態を各々三段階に分け、三つと見る時は内、外、準備の三つに区分するのである。
■第十七帖 (三九四)
地獄はないのであるが、地獄的現われは、生前にも、生後にも、また死後にもあり得る。しかし、それは第三者からそのように見えるのであって、真実の地獄ではない。大神は大歓喜であり、人群万類の生み主であり、大神の中に、すべてのものが生長しているためである。死後、一先ずおかれる所は、霊、現の中間の世界であり、其処では中間物としての中間体をもっている。意志のみでは力を生まない。理解のみでも進展しない。意志と、理解との結合によって弥栄する。このことは、中間の状態、即ち、死後の最初の世界に於て、何人もはっきりと知り得る。しかし、生存時に於て、既に過去を精算している霊人は、この中間世界にとどまる必要はなく、その結果に対応した状態の霊界に、直ちに入るのである。精算されていないものは、精算が終るまで、この中間世界にとどまって努力し、精進、教育される。その期間は五十日前後と見てよいが、最も長いものは十五、六年から二十年位を要する。この中間世界から天国的世界をのぞむ時は、光明にみたされている。故に、何人も、この世界へ進み易いのである。また、地獄的な世界は暗黒に満たされている故に、この世界に行く扉は閉ざされているのと同様であって、極めて進みにくいのである。天国には昇り易く、地獄にはおち難いのが実状であり、神の御意志である。しかし、この暗黒世界を暗黒と感ぜずして進みゆくものもあるのであって、そのものたちには、それがふさわしい世界なのである。其所(そこ)に、はかり知れない程の大きく広い、神の世界が展かれている。この地獄的暗黒世界は、暗黒ではあるが、それは比較から来る感じ方であって、本質的に暗黒の世界はなく、神の歓喜は限りないのである。以上の如く、中間世界からは、無数の道が無数の世界に通じており、生前から生後を通じて、思想し、行為したことの総決算の結果に現われた状態によって、それぞれの世界に通ずる道が自らにして目前にひらかれてくるのである。否、その各々によって自分自身が進むべき道をひらき、他の道、他の扉は一切感覚し得ないのである。故に、迷うことなく、自分の道を自分で進み、その与えられた最もふさわしい世界に落ち付くのである。他から見て、それが苦の世界、不純な世界に見えようとも、当の本人には楽天地なのである。何故ならば、一の世界に住むものには、二の世界は苦の世界となり、二の世界に住むものには、一の世界は また苦の世界と感覚するからであって、何れも自ら求むる歓喜にふさわしい世界に住するようになっているのである。また一の世界における善は、二の世界では善でなく、二の世界の真が一の世界に於ては真でない場合も生じてくる。しかし、その総ての世界を通じ、更に高き  に向って進むことが、彼等の善となるのである。  は中心であり、大歓喜であり、神である。死後の世界に入る時に、人々は先ず自分の中の物質をぬぎすてる。生存時に於ては物質的な自分、即ち肉体、衣類、食物、住宅等が主として感覚の対象となるから、そのものが生命し、且つ自分自身であるかの如くに感ずるのであるが、それは自分自身の本体ではなく、外皮に過ぎない。生長し、考慮し、行為するものの本体は、自分自身の奥深くに秘められた自分、即ち霊の自分である。霊の自分は、物質世界にあっては物質の衣をつける。故に、物質的感覚は、その衣たる物質的肉体のものなりと錯覚する場合が多いのである。しかし、肉体をすてて霊界に入ったからと云って、物質が不要となり、物質世界との因縁がなくなってしまうのではない。死後といえども、物質界とは極めて密接なる関係におかれる。何故ならば、物質界と関連なき霊界のみの霊界はなく、霊界と関連なき物質のみの物質界は、呼吸し得ないからである。生前の霊界、生後の物質界、死後の霊界の何れもが不離の関係におかれて、互に呼吸しあっている。例えば、地上人は生前世界の気をうけ、また死後の世界に通じている。現実世界で活動しているのが、半面に於ては生前の世界とも、また死後の世界とも深い関連をもっており、それらの世界に於ても、同時に活動しているのである。
■第十八帖 (三九五)
神から出る真、善、美、愛の用に奉仕するのが霊人たちの生命であり、仕事であり、栄光であり、歓喜である。故に、霊界における霊人たちの職業は、その各々の有する内分により、段階によって自ら定まる。為にその用は無数であり、且つ千変万化する。歓喜第一、神第一の奉仕が霊人の職業である。故に、自分自身の我が表に出た時は、力を失い、仕事を失い、苦悩する。霊人の仕事は限りなく、地上人の仕事以上に多様であるが、より良さ、より高さ、より神に近い霊人生活に入るための精進であり、喜びであることが知られる。そして、その何れもが神の秩序、即ち大歓喜の秩序、法則によって相和し、相通じ、全般的には一つの大きな神の用をなしているのである。故に、何れの面の用をなすとも、自己というものはなく、弥栄あるのみ、神あるのみとなる。なお注意すべきことは、霊界において、権利なるものは一切感ぜず、義務のみを感じているということである。即ち、義務することが霊人の大いなる歓喜となるのである。為に、命令的なものはない。只、ひたすら奉仕があるのみである。その奉仕は地上人であった時の職業と相通ずるものがある。何故ならば、霊と物とは対応しているからである。生前は生後であり、死後はまた生前であって、春秋日月の用をくりかえしつつ弥栄えている。従って、霊界に住む霊人たちも、両性に区別することができる。陽人と、陰人とである。陽人は、陰人のために存在し、陰人は、陽人の為に存在する。太陽は、太陰によりて弥栄え、太陰は太陽によりて生命し歓喜するのである。この二者は、絶えず結ばれ、また絶えず反している。故に、二は一となり、三を生み出すのである。これを愛と信の結合、または結婚とも称えられている。三を生むとは、新しき生命を生み、且つ歓喜することである。新しき生命とは新しき歓喜である。歓喜は物質的形体はないが、地上世界では物質の中心をなし、物質として現われるものである。霊界に於ける春は、陽であり、日と輝き、且つ力する。秋は、陰であり、月と光り、且つ力する。この春秋のうごきを、また、歓喜と呼ぶのである。春秋の動きあって、神は呼吸し、生命するとも云い得る。また、悪があればこそ生長し、弥栄し、且つ救われるのである。故に神は、悪の中にも、善の中にも、また善悪の中にも、悪善の中にも呼吸し給うものである。
■第十九帖 (三九六)
天国の政治は、歓喜の政治である。故に、戒律はない。戒律の存在する処は、地獄的段階の低い陰の世界であることを知らねばならない。天国の政治は、愛の政治である。政治する政治ではない。より内奥の、より浄化されたる愛そのものからなされる。故に、与える政治として現われる。天国は、限りなき団体によって形成されている。そして、その政治は、各々の団体に於ける最中心、最内奥の歓喜によりなされるのである。統治するものは一人であるが、二人であり、三人として現われる。三人が元となり、その中心の一人は、  によって現わされ、他の二人は、  によって現わされる。  は、左右上下 二つの動きの  を為すところの立体*からなっている。統治者の心奥の*は、更に高度にして、更に内奥に位する*の中の*によって統一され、統治され、立体*をなしている。天国では、この*を、スの神と敬称し、歓喜の根元をなしている。スの神は、アの神と現われ給い、オとウとひらき給い、続いて、エとイと動き現われ給うのである。これが総体の統治神である。三神であり、二神である。ア、オ、ウは愛であり、エ、イは真である。これら天国の組織は、人体の組織と対応し、天国の一切の事象と運行とは、人体のそれに対応している。オ、ウなる愛は曲線であり、心臓である。エ、イなる真は、直線であり、肺臓に対応して三五七と脈うち、呼吸しているのである。これらの統治者は権力を奪することなく、また指令することもない。よりよく奉仕するのみである。奉仕するとは、如何にしてよりよく融和し、善と、真との浄化と共に、悪と偽の調和をなし、これらの総てを神の力として生かし、更に高度なる大歓喜に到らんかと努力することである。また統治者自身は、自分達を他の者より大なる者とはせず、他の善と真とを先とし、その歓喜を先ずよろこび、己はその中にとけ入る。故にこそ、統治者は常にその団体の中心となり、団体の歓喜となるのである。指令することは、戒律をつくることであり、戒律することが神の意志に反することを、これらの統治者は、よく知っている。天国に於ける政治の基本は、以上の如くであるが、更に各家庭に於ては、同一の形体をもつ政治が行なわれている。一家には、一家の中心たる主人、即ち統治者がおり、前記の如き原則を体している。またその家族たちは、主人の働きを助け、主人の意を意として働く。その働くことは、彼等にとって最大の歓喜であり、弥栄である。即ち、歓喜の政治であり、経済であり、生活であり、信仰である。天国に於ける天人、霊人たちは、常にその中心歓喜たる統治者を神として礼拝する。歓喜を礼拝することは、歓喜の流入を受け、より高き歓喜に進んで行くことである。けれども、天国における礼拝は、地上人のそれの如き礼拝ではない。礼拝生活である。総てと拝み合い、且つ歓喜し合うことである。与えられたる仕事を礼拝し、仕事に仕えまつる奉仕こそ、天国の礼拝の基本である。故に、各々の天人、天使の立場によって、礼拝の形式、表現は相違している。しかし、歓喜の仕事に仕えまつることが礼拝であると云う点は一致している。地上人的礼拝は、形式の世界たる地上に於ては、一つのいき方であるが、天国に於ける礼拝は、千変万化で、無限と永遠に対するものである。無限と永遠は、常に弥栄えるが故に生ずるものであり、その弥栄が神の用である。森羅万象の多種多様、限りなき変化、弥栄を見て、この無限と永遠を知り、あらゆる形において変化繁殖するを見て、無限と、永遠が神の用なることを知らねばならぬ。天国の政治は、光の政治である。天国にも地上の如く太陽があり、その太陽より、光と、熱とを発しているが、天国の太陽は、一つではなく二つとして現われている。一は月球の如き現われ方である。一は火の現われ、火の政治であり、一は水の現われ、水の政治である。愛を中心とする天人は、常に神を太陽として仰ぎ、智を中心とする天使は、常に神を月として仰ぐ。月と仰ぐも、太陽と仰ぐも、各々その天人、天使の情動の如何によるのであって、神は常に光と熱として接し給うのである。またそれは、大いなる歓喜として現われ給う。光と熱とは、太陽そのものではない。太陽は、火と現われ、月は、水と現われるが、その内奥はいずれも大歓喜である。光と熱とは、そこより出ずる一つの現われに過ぎないことを知らねばならぬ。このことをよく理解するが故に、天国の政治は、常に光の中にあり、また熱の中に育ち栄え、歓喜するのである。天国の太陽よりは、真と愛とが常に流れ出ているが、その真と、愛とは、太陽の中にあるのではなく、現われ出たものが真と見え、愛と感じられるのみである。太陽の内奥は大歓喜が存在する。故に高度の天人の場合は、愛も真もなく、遥かにそれらを超越した歓喜の  が感じられるのみである。この歓喜の  が、真、善、美、愛となって、多くの天人、天使たちには感じられるのである。歓喜は、そのうけ入れる天人、天使、霊人、地上人たちのもつ内質の如何によって、千変万化し、また歓喜によって統一されるのであるということを知らねばならぬ。
参考文献
岡本天明・筆 『ひふみ神示』

大摩邇(おおまに)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2157284.html

Hifumi
http://hifumi.uresi.org/jisinnnomakiimg/page_thumb1.html


















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2020年09月24日

玉蔵: 子の年99代菅新総理誕生と日月神事の9月


玉蔵: 子の年99代菅新総理誕生と日月神事の9月
99代新総理誕生と日月神事の9月
雑談2020.09.16
ヒャッハー!
さて、今日から新政権発足。
新総理誕生いいね!
コスプレ
令和おじさん。
逆だ逆!
うp許可済み#C96#C96コスプレ #C96cos pic.twitter.com/xrAqdkkBeE
− つよっさん★河内のガルパンおじさん (@orzpanther) August 9, 2019
いや、あの令和おじさんが総理になるとは。
先日の占星術講座で、次の総理は短期で終わると出てたのですがどれだけ持つか。まぁ、令和時代を背負って頑張って欲しいと思います。
で、ワタスの注目したのはその数字です。菅さんは数えて歴代の第99代の総理大臣ですよね。99代総理が9月に選出される。。何かある。。とかなんとか。
さて、日月神事に、こんな記述があります。
子(ネ)の歳真中にして前後十年が正念場、世の立替へは水と火とざぞ
磐戸の巻 第十六帖
前にも書きますたが、今年はねずみ年で、子(ネ)の年が今年とすると、前が2010年、後ろが2030年。とすると今の流れは2030年まで続く可能性がある。日月神事は旧暦で書かれていて、コロナ騒動は、確かに2020年の旧暦の正月。覚えているでしょう。
確かにコロナ騒動は、春節(旧暦正月)から始まりますたよね。で、ワタスが気になるのは日月神示には9月というキーワードが多く出てくるところです。
上つ巻15帖
今度は末代動かぬ世にするのざから、
今までのような宗教や教えの集団にしてはならんぞ
〜省略〜
今のうちにこの神示よく読んでいてくれよ。
九月になったら用意してくれよ。
上つ巻18帖
この道はスメルが道ざ、
スメル御民の道ぞ。
〜省略〜
とことんまで落ちて行くぞ。
九月に気をつけよ、九月が大切の時ぞ。
地つ巻27帖
天地には天地の、国には国の、
ビックリ箱開くのざぞ。
〜省略〜
旧九月になればこの神示に代わりて
天のひつくの神の御神示出すぞ。
地つ巻29帖
天明は神示書かす御役ぞ、陰の役ぞ、
この神示はアとヤとワのつく役員から出すのざぞ、表ぞ。
旧九月までにはその御方お揃いぞ。
地つ巻31帖
この神示読ますのが役員の務めではないか、
〜省略〜
旧九月になったら忙しくなるから、
それまでに用意しておかんと悔しさが出るぞよ。
いや、まさか。。調べると、旧暦9月1日は、来月の10月17日ですた。そこまで何かと準備はすませとかなきゃならない。占星術でも水瓶座にもうすぐ入るタイミングです。とかなんとか、いつものワタスの妄想ですた。多分、そこらへんから楽しくてしょうがない世界に移行するのでしょう。本当にありがとうございますた。

黄金の金玉を知らないか?
https://golden-tamatama.com/blog-entry-99th-prime-minister.html









菅内閣、ふたを開けてみると「安倍シーズン2」…安倍の弟や側近で構成=韓国の反応
2020/09/16 11:35
コメント586
菅内閣、ふたを開けてみると…安倍の弟・側近で構成
2020.09.15|午後9:12
日本で菅内閣が明日(16日)発足します。ところが、安倍首相の弟が防衛相を務めるなど、安倍内閣の閣僚の多くが再び起用される模様です。安倍内閣「シーズン2」になるという指摘がすぐに現実になる格好です。
東京からユン・ソルヨン特派員がお伝えします。
(記者)
菅内閣の顔ぶれが徐々に明らかになっています。防衛相に安倍首相の弟、岸信夫議員が内定しました。幼い頃、母方の家に養子として入り、母方の祖父である岸信介元首相の性を継承しました。岸は2004年の参議院選挙で政界に入門し、防衛大臣政務官、外務副大臣などを務め、今年8月に靖国神社を参拝しました。耳目が集中した内閣ナンバー2の官房長官の席には加藤勝信厚生労働相が内定しました。コロナ19の初期対応に失敗した主役ですが、むしろ昇進しました。2年間、菅の下で官房副長官を過ごし、安倍内閣の閣僚を二度務めた安倍の側近に分類されます。その他、麻生太郎副総理、茂木敏充外相などは留任し、安倍と親友の萩生田光一文部科学相も留任が予想されます。
菅内閣の蓋を開けてみると、安倍首相の影が濃く垂れ込めています。自分を支持してくれた各派閥出身者を配分したのを見ると、結局、「回転ドア人事」になった格好です。東京オリンピック組織委員長である森喜朗元首相は「安倍首相は、退任してもオリンピック組織委員会の名誉最高顧問になってほしい」としました。
ソース:http://naver.me/5cZnaNRu
1. 韓国人
自分たちはあんな状態なのに、韓国は民主主義なのかとあざ笑うとか…議員を3代受け継ぐ世襲国家が、他国の民主主義を論じることが笑わせるわ
土着倭寇と本土倭寇の共通点は恥知らずなところか?
共感:404|非共感:4
2. 韓国人
>>1
我々も同じだが朴正煕大統領の娘、朴槿恵大統領
金大中大統領の息子、金弘一議員、金弘業議員、金弘傑議員....盧武鉉大統領の友達、文在寅など
共感:9|非共感:39
3. 韓国人
>>1
安倍の弟に友達に側近に…
本当にすごい国だね
安倍が退いたのは朝三暮四に過ぎなかった
むしろ、親安倍政権を構成し、菅という代役を立てたんだね
共感:5|非共感:0
4. 韓国人
>>1
良いことだろ?
亡国への近道である
5. 韓国人
>>1
日本政府は本当に腐りきっているようだ
6. 韓国人
>>1
失われた10年がわけもなく来たのではないね
共感:2|非共感:0
7. 韓国人
>>1
それを言ったら文在寅の方が深刻ではないか?
隅から隅まで報恩人事なのに
8. 韓国人
>>1
私が言いたかったこと
日本は分かるようで分からない国だ
日本国民は韓国人よりも政治に関心が少ないというが、そのようなことを問題視する世論はないのか?不思議である
9. 韓国人
日本は民主主義国家ではない
国の首長を選出するのに、国民投票は皆無で、既得権の利害関係の中で権力が続く独裁国家である
北韓と何が違うというのか?
共感:314|非共感:5
10. 韓国人
>>9
北韓というよりも中国共産党体制
共感:2|非共感:0
11. 韓国人
>>9
今の韓国は、北韓や中国と何が違うというのかwwww
12. 韓国人
>>9
日本はアジアで言論統制が激しい国だということを知らないのか?言論の自由指数がアジアで最も高い国で暮らしていることに感謝しよう
共感:2|非共感:0
13. 韓国人
幸いである
日本がますます地獄に落ちるね
共感:134|非共感:2
14. 韓国人
安倍がチェ・スンシルの役割をするのねwwww
共感:118|非共感:4
15. 韓国人
>>14
菅は雇われ社長
国民の力党の親分は依然として安倍だ
共感:3|非共感:0
16. 韓国人
安倍ファイティン!菅ファイティン!
すべての韓国人があなたたちを応援しています
日本は永遠に安倍と菅の側近が仲良く分け合うように
共感:99|非共感:5
17. 韓国人
当然そうなるだろ
アフリカの部族長選挙にも劣る未開な国、日本ww
共感:15|非共感:0
18. 韓国人
世界の様々な国を見ても、国家が発展し、国民が自由を享受して豊かに暮らすことにおいて、政治は極めて重要である
日本は触れられない巨大な力が国家と国民を支配している
大韓民国よ、さらにがんばれ
日本に踏みにじられ、苦しめられた歴史が繰り返される日も遠くなさそうだ
腐った日本ファイティン
さらに腐って崩壊しろ
共感:14|非共感:0
19. 韓国人
安倍の妹、ナ倍も連れて行け
共感:10|非共感:0
カイカイ補足:ナ倍とは
韓国の保守政党、自由韓国党(現・国民の力党)の元院内代表、ナ・ギョンウォンのこと。韓国の左派勢力の間で主にそう呼ばれている。意味はナ・ギョンウォンの「ナ」と安倍晋三の「倍」を組み合わせた言葉。要するにナ氏を親日派ないし土着倭寇とする蔑称。こうした批判の発端は、議員なりたての2004年に自衛隊の記念行事に参加したことで、それ以降、ナ・ギョンウォン=親日と認識されるようになり、現在もこのことをもって頻繁に叩かれている。
20. 韓国人
>>19
自衛隊の創設式に行かないといけないので今度行きますwwww
21. 韓国人
縁故政治?
日本の政治が腐った理由は、議院内閣制に従う国会議員を含む、官職相続だ
日本国民の目には、腐った政治家が見えないようだ
共感:8|非共感:0
22. 韓国人
第二次世界大戦後、日王を廃位させるべきだったのにそのままにしたことが、

Naver
http://naver.me/5cZnaNRu

カイカイ反応通信
http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/57191536.html
@kaikaihanno





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2020年05月13日

並木良和: ゲートが閉じる2020年は大激変と立直しの年

並木良和: ゲートが閉じる2020年は大激変と立直しの年
2020年01月26日18:42
並木良和さんが語る2020年代
先日、東京の日本橋で行われた並木良和さんのWS(ワークショップ)に参加してきました。
並木さんが語るアセンションの話に惹きつけられた私としては、本やDVDではなく、並木さん本人を身近で見てみたいという思いがありました。相変わらずの人気で、おそらく申込みが予定オーバーになったのだと思いますが、当初の会場が変更になり、300名収容の大きな会場でした。凄いなと思ったのは、その300名がびっちり入っていて、私が見渡した限りでは、空席が一つもなかったことです。
これだけの人気となると、スピリチュアル業界の中から並木さんに対する誹謗、中傷が起こるのは無理もないのかもしれません。お客を奪われまいとする業界内の反発もあるでしょうし、ひょっとすると並木さんを潰してしまいたいディープ・ステートによる工作もあるのかもしれません。並木さんを否定する(最近はディスるというそうですが)YouTubeを見て私が気づいたことがあります。それは、並木さんが訴えているアセンションや統合といった一番大事な内容には一切触れずに、並木さんのセミナーの参加費が高いと主張してディスっていることです。
今回の参加費ですが、1日のセミナーで2万5千円でした。安いとは言いませんが、一般的なスピリチュアルのセミナーの平均的な値段です。この値段が高額だという主張は、私には理解できません。よほど誹謗中傷する材料がなかったので、苦し紛れにこういう言い方をしたのだろうと推察します。
ちなみに先月、私はクンルンネイゴンのkanさんのWSに参加しました。2日で5万600円でした。これをみても並木さんの1日で2万5千円という値段は、最近のスピリチュアルのセミナーの料金として、妥当なものだと思います。
その並木さんのセミナーですが、冒頭で、やはりアセンションの締め切りの話がでました。
並木さんは、アセンションしたいのであれば、今決断しないと、今年の春分の日からゲートが閉じはじめ、夏のオリンピック頃にはほぼ閉じてしまう。最終的には、2021年の冬至に完全に閉じると言っています。もちろん今回アセンションするかしないかは、良い悪いではなく、全くの個人の選択だといいます。
並木さんは、会場に来た参加者に対し、このタイミング(ゲートが閉じはじめる直前)でここに来た人は、今回アセンションすることを決断した人たちだと言っていました。となると、私もまた決断した一人なのでしょう、おそらく。というのも、並木さんのアセンションの話を聞いているうちに、ふと頭に、私はこの体験がしたくて、この時期に生まれてきたのかもしれないという思いが湧いてきているのです。
怪しげな話で恐縮ですが、私には生まれる前に人生の計画をしていたという記憶の断片が残っているかもしれません。生まれる前に、物凄くワクワクしていたという記憶があるのです。これまでの平々凡々の人生を考えると、本当にエキサイティングな体験は、これからするのかもしれないなどと(自分勝手に)考えています。
そのアセンションの時期ですが、並木さんは去年のDVDでは2032〜33年頃と言っていたと記憶していますが、最近は2037〜38年頃と言っているようです。
2020年代に人類社会は劇的な変化を体験し、それが落ち着くのが2032年頃だといいます。そこから5次元地球のスタートラインに立つそうです。今回は、そうした並木さんが語る2020年代を、「anemone(アネモネ)」2020年2月号から抜粋して紹介したいと思います。
では、並木さんが語る2020年代の話です。
■2020年は大激変の立て直しの年
・・・<「anemone」2020年2月号、p20〜p23から抜粋開始>・・・
目醒めにエントリーする卒業式の期間
2020年、僕たちがこの先、目醒めていくのか、それとも眠ったままでいくのかを分岐する、大きなタイミングを迎えます。地球が周波数をどんどん上げてくるので、目を醒ましていこうとする人は、卒業式の最終試験に合格するべく、本来の自分にはない周波数をどんどん手放していくでしょう。
でも、古い周波数が出てきたときに、それを手放さずにもったまま、ただ体験するためだけに使うと、苦しくなったり、感情が乱れたりします。その乱れは現実に投影され、世の中にも反映することになります。
そうして、古い価値基準、価値体系をゆるがすようなことが、ますます起きていくわけですね。政治も、経済もです。自然災害のような形でも起きます。いまも起きていますが、これからはもっと明確になるでしょう。すると、自分の内側と向きあわざるをえなくなるわけです。
ひと言でいうと、2020年は大激変の立て直しの年です。
ここで、これから本格化する目醒め、そしてその後のアセンションまでの大まかな流れを、おさらいしましょう。いまのタイムラインの流れでいうと、2020年3月の春分から目醒めのゲートが閉まり始め、8月にかけて大きく閉まっていきます。そのゲー卜が完全に閉まるのが、2021年の冬至の日。この間が、卒業式の期間、目醒めへのエントリー期間です。エントリーをするとは、「目醒めることを決める」ということ。エントリーしない人は、アセンションは今回のタイミングではない、ということですが、これは、いい悪いではなく、選択です。目醒めのエントリーをした人たちもゲートを無事に通過したからといって、いきなり皆が聖人君子になるわけではありません。じつは、卒業式を超えた後が本番なんです。
人は社会に出てからが本番で、それまでは一人前ではないですよね。それと同じように、2020年から30年までの10年間で、人によっては急速に、あるいはゆっくりとしたペースで、目を醒ましていきます。それに伴い、技術的な進歩がもたらされ、僕たちの生活レベルが大きく変化していくんです。そのベースになるのは、いままでのような自我やエゴ、頭の知識ではなく、ハイアーセルフと呼ばれる大きな宇宙意識。そこからのアイデアや情報を、科学や建築、経済、政治など、あらゆる分野に使い始めるので、いままでとはまったく違うものが生み出されてくるんですね。それらが、5次元シフトへの準備となっていくわけです。そして、2032年を境に安定し始め、そこでやっと5次元地球のスタートラインに立つわけです。そこから、オープンコンタクトの流れも視野に入ってきます。宇宙には僕たち以外の種族も存在しているという情報が、公に開示され、彼らも一緒にアセンションに入っていくんですね。
アセンションとは次元上昇のことなので、いまもそのプロセスの真っただ中ではありますが、アセンションをひとつの現象、ポイントとしてとらえたとき、それは2037、38年頃に起こる、と上(アセンデッドマスターなど高次の存在)から聞いています。今回は宇宙中のアセンションで、この規模で行われるのは、宇宙始まって以来、初めてのこと。誰も体験したことがありません。だから、詳細なことや具体的な説明が、高次の存在たちも難しいわけですね。
闇も光だったと気づけば攻防は終わる
2020年、21年が大激変の時期になるというのは、光と闇の攻防が最終段階に入る、ということでもあります。いまこの地球は、宇宙存在たちの加勢もあって、光のほうが優勢になっています。なので、今後は、闇側の計画が成し崩しになる可能性が高いんです。でも、だからこそ、ダークサイドのETや、それに動かされている世界のエリートたちが、最後の抗戦をしてくるでしょう。911のようなことが起こるわけではありませんが、たとえば、多くの人が命を落として大混乱に陥るような映像が出てきたときに、どうしても感情が動きますよね? そういうときに、僕たちは波動をガクンと落とすことを知っていて、彼らは計画的に仕掛けてきます。
さまざまな情勢や動向を探りながら、僕たちの意識がどのレベルにあるのか、どこまで気づき始めているのかウォッチしていて、いいところまで上がってくると、一気に落とすようなことをしてくるわけです。天候や地震の操作は実際に存在していて、いまも起きています。311が人工地震であったことは、いまや多くの人が知るに至っていますが、天然と人工の掛けあわせもあって、たとえば、天然の台風が発生したときに、その中心に細工をすると、ものすごい巨大台風になるんですね。でも多くの人は、「これは天災、自然災害なんだから仕方がない」と思うでしょう。そのような攻撃は、2020年も引き続き起こります。
そこで大切なのは、高い視点で見たら「○○のせい」とか「○○が悪い」というのはない、ということです。僕たちが体験する出来事はすべて、人類と地球の集合意識が決めています。いわば、集合意識が許可しているわけです。でなければ体験はしません。言葉を変えると、深いところで僕たち一人ひとりが、そして集合意識が選んでいる、ということです。
表面意識では、「そんなこと選ぶわけないじゃない、どれだけの被害を受けたと思っているの!?」と思うかもしまれませんが、実際、311のとき、その後の人生の流れや生き方が変わった人たちがいっぱい出てきましたよね。たとえ闇側の所業であったとしても、火事場のバカ力というように、本来の僕たちのパワフルな能力を思い出し、引き出すためのカンフル剤にもなる。高い視点から見れば、闇も光の役割をしている、ということなのです。そのことに皆が気づけば、流れはガラガラと変わっていきます。多くの人が早く気づくほど、目を醒ますための派手なゆざぶりは、起こす必要がないんですね。痛みや苦しみを体験しなくても、変わっていくことができる。そういう在り方を選ぶこともできるわけです。
「高い視点から見たって、それが何になるのよ?」と思う人もいるかもしれません。が、高い視点から見るのは、意識をポジティブに引き上げないとできないこと。視点がポジティブになれば、ポジティブな意識の集合体ができて、それが、ポジティブな現実を創ることになるんですね。ですから、まやかしにとらわれないことが大事です。起きた現象に心をゆらすのは、彼らにとって思うツボです。僕たちの不安や恐れを使って、彼らの思うとおりの闇の流れをつくろうとしますから。
具体的に何が起きるの?と聞かれますが、高次の存在たちは伝えてこないんですね。そこにフォーカスすると、本来のポジティブの流れが歪められてしまうことがあるからです。それだけ、意識したものを現実化させる僕たちの力というのは、とてつもなく大きいんです。
じゃあ、どうすればいいかというと、何が起こっても、「これは最善のために起きている」とワクワクしていればいいんですね。実際そのとおりなんです。すると、彼らは僕たちをコントロールできずに、ますます計画倒れになり、ますます失敗に終わるでしょう。
イエスの時代と同じことが起きつつある
また、世の中が大きく変わっていこうとするときには、ジャッジや非難、バッシングが始まります。このジャッジ、非難、バッシングのエネルギーは闇側のエネルギーです。どう大義名分を並べたてても、このエネルギーで動いている限り、世の中は決してよくはならず、争いしか生みません。そのことを、彼らはよく知っているので、その火付け役をつくって、あえて声を挙げさせたりもします。
一人が声を挙げると、みんな「そうだそうだそうだ……!!」とやるのは、2千年前と変わっていません。イエスが教えを説くと、大衆が目を醒ましてしまうことを恐れ、体制側がやったことは、歴史を見れば明らかですよね。教えを聞いた人も、最初はわーっとなるんですが、そこからいろいろな摩擦が出てくるんです。そのまま開いていけば、高い意識へと戻れるのに、自分の中から出てくる低い周波数に取りこまれて、外れていった人たちもたくさんいます。これと同じことが、いま起こり始めているんです。今回は、地球の波動もこれだけ高まり、多くの魂が目を醒まそうとしているので、当時と同じ流れにはなりませんが、(イエスの弟子ヤコブであった)僕は、その時代を知っているので、よく見えます。
世を正すため、という正義感からそうする人たちもいるでしょう。でも、正義というのがまさに分離で、眠りなんです。この眠りの意識で、僕たちは殺人や戦争まで起こしてきましたよね。正義のものさしにかなえばOK、かなわなければノー。ものさしをもっている限り、戦いでしかなく、平和は絶対に訪れません。外の世界は幻想ですから、すべては、自分自身の中にある同じものを、その人や出来事に投影しているにすぎません。非難、批判、ジャッジしている人は、自分を攻撃しているのと同じで、いちばん波動を落とすことになるんですね。
この、非難、批判、ジャッジを乗り越えることが、目を醒ましていくうえでの登竜門なんです。自我やエゴの壁にぶち当たり、それを抜けて目醒めようとするとき、非難、批判、ジャッジが最も強く出てきます。ここで引っかかってしまっている人が、いまたくさん出てきているんですが、そのからくりに気づき、非難や批判、ジャッジの周波数を手放していけば、まもなく意識の反転を体験することになるでしょう。
自分の中のエゴや自我は、僕たちが目を醒ますと支配権がなくなるため、恐れているんです。必死なんです。「違うよ」「それは間違っているよ」と。それに耳を傾けるのではなく、「これこそが手放すべきもので、その先には、目醒めの意識が視界に入ってくるのだ」と、気づいてください。起きた出来事を、全部自分を見るために使って、淡々と喜びをもって手放していきましょう。
■縄文、レムリアよりも前に日本には高度な文明があった
真の平和をもたらすには、外の世界へのジャッジやものさしを手放し、本当の自分自身と一致していくことです。すべてとつながり、すべてと調和したワンネスは、自分とつながることでしか成し得ないんですね。
日本は、このワンネスの大調和のエネルギーを世界に発信し、真の平和をもたらす役目があります。
日本人のルーツは縄文、レムリアですが、じつは、レムリアやアトランティス時代よりもはるか前、もっと高度に栄えた文明が日本に存在していたんですね。それからすると、地球における叡智の発祥は、日本から始まった、ともいえるんです。宇宙人が地球に人類創造の実験をするために訪れた主だった場所が、日本だったんですね。そのときから当然、この惑星アセンションのことは計画の中に入っていました。日本は世界のひな型として、真実の情報やエネルギーの発信ポイントとして創られ、世界に先立ち、アセンションが始動する国なんです。
日本の地場−−”意識場”といったほうが正確でしょう−−は、高い魂たちを惹きつける磁力になっていて、現在の日本には、賢者の魂が38%も集まっています。それも、アセンションを先導するためです。だからこそ、アセンションを起こさせまいとする闇側から日本が狙われもするわけですが、すべては最善のために起きている、という高い視点、強い精神力をもち、幻想に惑わされずに、真実を見抜く目をもつ人たちが、多く日本から誕生していってほしいと思っています。それが、ひいては世界に、地球に、そして宇宙中に、かつてないほど大きな祝福と喜びをもたらすことになるのですから。
 ・・・<抜粋終了>・・・
並木さんは、闇側(ディープ・ステート)は、「多くの人が命を落として大混乱に陥るような映像」が私たちの波動をガクンと落とすと言っていますが、今の中国の新型コロナウイルスの流行などはそうかもしれません。また並木さんは、「2020年、21年が大激変の時期」と言っていますが、これは世界大恐慌を予感させます。クレイグ・ハミルトン・パーカー氏は、今年は意外にも景気は良いと言っていますが、2021年以降はわからないと言っています。今年が無事であったら、いよいよ2021年は厳しい年になる可能性は高そうです。
アセンションですが、私は2037〜38年という時期を、他のサイキックで言っている人はいないか知りたいと思ったのですが、同じアネモネにシリウスの存在をチャネリングしているブラッド・ジョンソンさんの記事が出ていました。そこでシリウスの存在が、第3密度の地球が2037年に第3密度の状態と第4密度の状態に分裂するという話が出ていました。その話も紹介させていただこうと思います。
・・・<「anemone」2020年2月号、p44〜p45から抜粋開始>・・・
国の代わりに「同盟」が生まれ、天皇が変革のリーダーに
2020年は、今後、地球に起こる惑星シフトのための基礎を作っていく年になることを、まず理解してください。そして、まだ、光のフォトンに現れていない、隠されたアジェンダ(計画)があり、それが公開される年になるでしょう。人々の目に触れないところで崩壊が起きていきます。そして、物事がクリーンになった結果、国という形ではなく、同盟を結んでいくような力が表に出てくるでしょう。日本は、物事がクリーンになったあと、同盟のメンバーになっていくとみられます。(地球の)西側・東側という言い方をするなら、両者がともに手をとって協力していくようになります。惑星全体で”統合”していく動きがますます盛んになり、それは、結果的に豊かさをもたらすことになるでしょう。
政治では、人々の支持を得るリーダーたちが、選挙で選ばれるようになります。そして、より女性が力を得ていき、男女の平等性への動きにさらに拍車がかかるでしょう。これから数年間は、女性たちが政府で力をもっていく流れになります。日本では、天皇が政治の変革のリーダーになっていくでしょう。天皇が政府に関与するという意味ではなく、皇室の在り方によって影響を及ぼしていく、ということです。そして日本は、イノベーション(革新)の国として、さらに世界から注目されます。各分野で、革新的な技術のリーダーシップをとっていくようになるでしょう。それは、クリーンテクノロジーを使った技術です。エネルギー問題も、原子力発電が、よリクリーンなエネルギーに変わっていきます。2022年頃には、福島の土壌の問題にも変化が起きるでしょう。
また、移動手段に関するテクノロジーも、2020年〜23年にかけて変化が起こるでしょう。
■地球はいずれ太陽のような恒星になる
地球上には、よりハーモニーをもたらすエネルギーが降り注ぎます。非常に濃度の高かった重たいエネルギーが地球から解離し、宇宙に放出されていくでしょう。惑星そのものも、エネルギーです。惑星の配列は磁力によって起きていますが、重たいエネルギー同士が引きあい、フレッシュなエネルギー同士が引きあっていきます。いま地球は、さまざまな星が関与しながら、デトックスしていっているプロセスにあります。そして、太陽と月と地球の配列によって、エネルギーが変換されている最中です。これは、知性(インテリジェンス)によって行われています。それは、地球の両親にあたる存在から、アップデートされているような状態です。別の言い方をすると、太陽は地球のハイアーセルフといえます。太陽はただの燃える火の塊ではなく、水もあり、非常に純粋な光で、調和の周波数をもち、愛の幾何学を体現しています。地球もいずれは、同じレベルの星へ−−惑星から恒星へと、進化していくことになります。遠い先の話ではありません。彼女(地球)自身が、アセンションの道をたどっているのです。
その過程で、地球はいま、第3密度の状態と、第4密度の状態に分裂しようとしています。そのポイントは、2037年になるでしょう。第4密度の世界に移行する人たちにとっては、移行は瞬時に起きます。この時期を、「収穫期」と呼んでいます。地球が2つに分裂すると、第4密度に移行する人と第3密度に残る人は別れることになりますが、どちらも同時に存在します。マスターの中でも「アバター(化身)」と呼ばれる存在がいますね。それは、ほかの密度にも存在している存在のことをいうのです。これから、地球がより発展していくために、宇宙的なエネルギーと、地球にいる皆さんのエネルギーとが相互作用しながら、必要な変化が起きていくでしょう。皆さんの集合意識も、こうした星の動きに大きな影響を受けて変化していきます。
 ・・・<抜粋終了>・・・
「地球が2つに分裂すると、第4密度に移行する人と第3密度に残る人は別れることになりますが、どちらも同時に存在します」とは、どう解釈したらいいのか悩んでいます。第3密度に残る人は、第4密度に移行した地球には住めないので、別の第3密度の惑星に転生することになるというのはわかります。しかし、第4密度に移行する人は、アバターのように第3密度にも存在できるということでしょうか。本人が意図すれば、第3密度に肉体を具現化して、第3密度の世界を体験できるということであれば、理解できそうな気がします。
まだまだ、色々勉強しなければならないことが多そうです。

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