プチ鹿島: 『川口浩探検隊シリーズ』再考〜リアルとリアリティの間
TBSラジオ『アシタノカレッジ』
22.1.20
―『アシタノカレッジ』金曜日ライターの武田砂鉄です。今日お迎えするのはTBSラジオ『東京ポッド許可局』からプチ鹿島さんです。よろしくお願いします。
―よろしくお願いします。
―初めましてですね。
―嬉しいです。
―いやいやこちらこそ。なんか「局でお二人会ったことなかったんだ」みたいなことを言われることが多かったですね。
―不思議ですよね。それこそ,砂鉄さんのコラムとかも普通に見かけますので,初めてっていう気はしないですよね。
―青木理さんとか,間に挟む人はいっぱいいたのに。
―そうなんです。サンキュー達夫とかね。そうなんだけど…マァ真打は最後に登場するっていうことで(笑)
―しかしまァよく知られているように,新聞雑誌を十数紙とられて読んでるんですよね?
―そうですね。さっきの話もありましたけど,僕も雑誌が好きで。マァ下世話なものというか,そういうとこから…だいたい週刊文春とか週刊新潮とかが朝日新聞の悪口とか書くじゃないスか。そこで「どうせ書かれてるんなら,まだ誰にもネタにされてないうちから読んでみよう」ってことで,朝日新聞とかをとり直したんですよ。
―じゃあ逆にその最初にゴシップ的なっていうか,「こういう事を○○新聞が言ってる」っていうのがあって,そこから早めにそれを嗅ぎとろうっていう?
―そうなんです。当時の文春vs新潮vs朝日というのは,なんかやっぱりプロ同士のいいせめぎ合いってのがあったじゃないですか。罵倒とかじゃなくて,お互いに痛いところをさりげなく突くみたいな。それが面白くて,「じゃあネタにされる前に自分でチェックしてみよう」とかいう動機で新聞読み始めたんですよね。そしたら新聞の社説とか,学生時代は「何書いてあんの? 難しいなあ…」っていうのがあって,でもなんか毎日偉そうなおじさんが,例えば社説で小言を言うって,擬人化したらいいんじゃないか?って思いついたら,次の日から楽しくなったんですよね。「今日は朝日新聞はどういう事言ってんだ?」とか「読売新聞は相変わらず中国のこと怒ってんだ」とか,毎日楽しくなった。で,実際それは正直,舞台とかこういうお仕事とかではあんまり口にしてなかったんですよね。それこそ仕事とか舞台とか終わって,自分一人で楽しんでいるっていう状況だったんですよ。それがこういうTBSラジオとかで読み比べとか,「こんなニュースあったけど,一つの事なのに朝日,読売,産経で全然違うんだよ」っていうのを話し始めたら結構反響が良くて。そっからなんか表の仕事にも一本化されていったというか。なんかだから芸人としては自分の一番得意な事やってる気がします。
―ご本の中で「色んな新聞を擬人化して,それを知った上で読むと,本当に人格のように見えてくる」ってありますけど,でもいわゆる朝日新聞の朝日新聞ぽい書き口っていうのは,そこにいる記者さんとか論説員の人の論調って,後で身に付けるもので,その擬人化の中にどうやって記者が突っ込んでいくのかって,結構興味深いですよね。いつのまにか身につくのか? 別に教育プランがあるわけでもないと思うんですけどね。
―ええ。ただ僕はタブロイド紙も好きなんですよね。日刊ゲンダイとか夕刊フジとかって,もっと過激じゃないですか。すぐ「ペテン」とか「笑止千万」とか。でもあれって実は書いてる人が若い人もいるらしくて。じゃあこれって伝統芸で受け継いでるのかな?っていうふうにまた見るとたまらないんですよね。結構,新潮とか文春とか,記事の最後の方に1行だけ「…これからが転げ落ちる冬だろうか」みたいな(笑)
―(笑) あと文学の引用の書き出しからの,凄い下世話な事件を書き始めるヤツとか(笑) 森鴎外の引用からのとか,ああいうの好きなんですよね。
―あれは,ベテランの人が教育してるのかどうか?っていう。不思議な文化でありますけど。今回新しく『ヤラセと情熱 水曜スペシャル「川口浩探検隊」の真実』という著書を出されましたけれども,僕は1982年生まれなので,『川口浩探検隊』はリアルタイムでは観てなくて。自分が学生の頃にいわゆるテレビ批評とかで,曰く付きの番組っていう事で触れられる番組っていう印象でした。
―もうネタとして語られるっていう感じでしたよね。
―観た事ないのに,なぜか輪郭は知ってるっていう,詳細は知ってるって感じなんですけど,これ聴いてらっしゃるリスナーの方も知ってる人と知らない人いらっしゃると思うんで。
―僕は1970年代生まれですけど,それぐらいの年代の人はなんとなくは知ってると思いますよね。
―なので知らない方には『水曜スペシャル・川口浩探検隊』がどんなものだったんだって事を説明するとなると, どんな感じになりますかね?
―まず『水曜スペシャル』(水曜日夜7時30分〜9時00分)っていう1時間30分のスペシャル枠があったんですよね。そこで人気だったのが『川口浩探検隊シリーズ』。俳優の川口浩を隊長として,スタッフが隊員なんですよね。その探検隊がジャングルに行って,いわゆる未知の生物,そこの地域にあるっていう伝説の生き物とか,生き物どころか原始猿人とか,「ヘビ島っていう所には二つの頭を持つヘビがいるらしい」って,そこで90分かけて探検の模様を見せてくれるんですよね。でも小学生の僕は,もうワクワクドキドキしながら観るんですけど,色々途中ヘビが襲ってきたりとかするんですが,いざ最後にどうなるっていう段では,何か見えたり見えなかったりとか,なんか消化不良で「あれ?」っていう感じで終わっちゃうんですけど。最後ロッキーのテーマとか流れて,かっこよく「…我々は次の探検を目指すのである」って,「何かいいもの観たのかな?」っていう感じで。で嘉門達夫さんが1984年にパロディー曲を出すんですよね。つまり「誰も入ったことない洞窟に初めて入るっていうけど,先にカメラマンが入ってるじゃないか?」とか「未開人の腕に腕時計の跡がある」とか,いわばクラスでよく話すツッコミの最高峰を曲にしたの があれで。そっからですね。皆が話のネタとして観始めて,半笑いで語り始める。でも結構僕は全力で真面目に観てたんですよね。1984年は中学2年生だったんですけど,嘉門達夫さんの曲聴いて笑いつつ,一方でカチンときてた自分もあって。「なんでこんなにバカにするんだ」とか「いやいやいやあれはもっといじるんだったらここだろう」とか。なんか中二なのに本当に中二病になって…そういう時期を経て,周りの観ている大人たちとか同級生たちとかは「あれはネタ番組だ」とか,そういう感じで理解に至ってたんですけど,でも僕はヤラセとかフェイクとかまだ知らなかったですけど「でもなんか実際ジャングル行ってるわけだし,その中にも本当に大変なこととかあったんじゃないか?」ってのを大人になっても持っていて。て実際ADの人が隊員役をやっていたから,その人達がもし今テレビ界に残っていたら,出世もしているわけで,そういう人達にとってあの『川口浩探検隊』っていう番組はどういう影響を残したんだろう?っていうのはずっと素朴な疑問で訊きたかったんですね。
ーこの著書で鹿島さんが「とりわけ印象深い回が二つある,それが82年の『双頭の巨大怪蛇ゴーグ』と『謎の原始猿人バーゴン』である」ってあります。
―そう。それが82年の5月と6月に立て続けにやったんです。さっき「消化不良が多い」って言ったんですけど,ゴーグとバーゴンは,最後に本当に捕まえちゃうんですよね。本当に洞窟に入ると原始猿人バーゴンが槍で威嚇してきて,最後捉えてヘリコプターに乗せて,皆と一緒に帰っちゃうんですよ(笑) 初めての完全決着で「これは何だろう?」と思って,当時小学校5年生だったから当然「じゃあ次の日の新聞に載るだろう」と思って,翌日の新聞の社会面読んでみたら何もない。「そうか…俺は地方紙を読んでるからダメなんだ」って,学校の図書館に行って全国紙調べるんですけど,でもないんですよね。ニュースでもやってない。「歴史的発見」って当然社会面とか出ると思ったんですが,ない。なんで?って。
実はもう一つ思い当たることがあって。『水曜スペシャル』以外では金曜日にやってた『ワールドプロレス』が好きで,アントニオ猪木さん大好きで。でも猪訊くの試合も新聞には載らないんですよね。これなんだろう?ってずっと思っていたら,どうやら大人達はプロレスとか川口浩っていうのは,まあ別になんとなく観る娯楽番組で,そこまで大仰には観てないっていうのは薄々感じるんですが,でもさっき申し上げた「でも現地ではすごいことは何か起きてただろうな」っていうのがずっと共通してあって。でも友達の前では川口浩さんと猪木さんの番組の事は言わなくなりましたね。独りで嗜むようになった。
―こういう風にものを書くようになって,あの川口浩探検隊が何であったのかってのは永年の課題というかちゃんと取り組みたいところではあったんですね。
―ええ。ちょうど双葉社で2014年に『教養としてのプロレス』っていう本を出してて,前回と同じ編集者の栗田さんに「プロレスと同じ感じで『川口浩…』も観てたんですよね」って言ったら,「じゃそれもう1回やりましょうか」ってなって,5年間連載が始まったんですよね。最初から「これ面白いからじゃあ書籍化しよう」ってなっててくれてて,5年間連載したんですけど,面白くて止まんなくなっちゃって一旦止めました。で書籍化前提だったので,あえて出してないインタビューとかが膨大にあったんですが,その整理も時間かかりました 。あとやっぱりハッキリ言うと,「嘘の中にも本当のことはあるよね」っていう探検でもあったんですけど,じゃあ逆に「本来本当だと思ってる中にも嘘の部分ってないのか」っていう部分を洗い出したら,他の番組にも後半たどり着いてしまって,その裏付けとか取材に3年かかりましたね。特に第13章にすごく時間かかりましたね。
―この著書の中で何度か繰り返してるのが「1985年という年の重みだ」と。この頃はまだこの番組も放送されていたし,社会的にもたくさんの事件がありました。一方でプチ鹿島さんにとっては思春期の始まりぐらいのインパクトを色々感じる年頃だったんですよね。
―ええ。メディア論としても,すごく大きなニュースが続いたの時期で。ロス疑惑報道…この本でもロス疑惑っていうよりもロス疑惑報道を焦点に当ててるんですけどね。あと豊田商事事件…マスコミのカメラの前でマンションの自室で会長が刺し殺されてしまう事件。目前の刺殺事件を阻止もせず見守るマスコミ達っていうのがあったりとか,飛行機が墜落してその報道ですよね。とにかくものすごい情報量が,もう流し放し報道し放しっていう状況。なんかとんでもない熱量があって,その一方でこの『川口浩探検隊シリーズ』がやってる。
その潮目が変わったのが1984年だと思ってるんです。嘉門達夫さんのパロディ曲でネタ化して,1985年にはテレビ朝日のお昼のワイドショー『アフタヌーンショー』で,いわゆる女性の団長/スケバンに密着したルポ映像みたいのを出したんですけど,「そこで行われてるリンチシーンが実はヤラセだったんじゃないか」っていう事をNHKが報じ始めて,社会問題になって。そうすると「じゃあテレビ朝日は『アフタヌーンショー』どころじゃない『川口浩…』だってやってるじゃないか」っていうので結局『川口浩探検隊シリーズ』は86年に終了するわけなんです。そうすると結局その「ヤラセとは何か?」とか「マスコミ報道とは何か?」とかで,ロス疑惑があったり,週刊文春の創刊も1985 年ですよね。85年というのは,報道側にとって何かものすごい潮目があるんじゃないかってのは前から思ってた。そこで『川口浩探検隊シリーズ』を調べてみると,その渦の中にいるなって気づいたんです。
―なるほど。『アフタヌーンショー』のやらせ疑惑が発覚して,『川口…』が終わった事に,直接的には関係はないわけですよね? 同じ放送局で,それぞれに影響を受けてなんとなく弱まった感じっていうのは,鹿島少年が観てても感じたと。
―ありましたね。当時の週刊誌とか調べると,「じゃあ『川口…』はどうなんだ」とかやっぱりヤラセは他にもあるじゃないか?みたいな糾弾のされ方はされてたんでしょうね。で実際今回,当人達にいろいろ話を聞いたら,「これはヤバい」っていうのは実際内部でもあったらしいんですよ。だからやっぱり『アフタヌーンショー』のやらせリンチ事件っていうのが 大きなきっかけになったことは確かですね。そこで気づいたのは,本の最初でも「『水曜スペシャル・川口浩探検隊』というのはアフタヌーンショー事件がきっかけで…」って書いたんですけど,でも編集者と一緒に「イヤちょっと待てよ…あれだけヤラセだって言われてきた川口浩探検隊の隊員に話を聞いたら,やっぱりとてもじゃないが表に言えない事,本当にリアルな事…例えば人質になって捕まったり,外国の本物の軍隊が出てきたりとか,そんなのテレビでやったら国際問題になってすぐ打ち切りだから,それは皆黙ってた。そういうガチなことがあったよね」と思い返す。ということは,本当だと思っている中に疑わなくちゃいけない検証しなくちゃいけない事ってまだまだあるんじゃないか?っていうので,まず『アフタヌーンショー』やらせ事件って,皆がヤラセ事件って認識が答えになって,もう歴史に埋もれてるんですけど,これちょっとじゃあ調べてみようよって言ったら,その番組のディレクターが翌年に「あれはヤラセじゃない」って本を出してるんですよね。実際番組の共演者やジャーナリストの人もそうだそうだって証言してる。じゃあその人に連絡を取って,もう一度あの事件って何だって訊く。 そうなると何が嘘で何が本当かっていうのが混然となってわかんなくなってきちゃったんですね。今度は本当だと思っていたのが嘘かもしれない?っていうのにこの後半では調べてるんですよね。そうするとそれがまた次のなんか事件を呼んじゃって。それに関わってる人が,2000年でしたか毎日新聞がスクープした旧石器捏造事件とかありましたね,あれにも関わっていたりとか…なんか掘っちゃいけない穴がどんどん出てきたっていう感じがして。本当にこの本の後半は自分たちにとってメディア探検ですけどね。
―この『川口…』のいろんなスタッフ,放送作家さんとかに話を聞いてる中でも,でも彼らは「いかに騙すか」っていうことをものすごい真剣にやるんですね。そのものすごい真剣にやってる様というのはものすごいリアリティで,読んでるとこに何がどこで起きてたのか?っていうのがグチャグチャしてきて。
―例えば探検の途中,ジャングルの途中で真上からヘビが落ちてきて,下にも毒ヘビがいてっていうシーン。それをワンカットのシーンでヘビがどんどん襲ってくるっていうシーンがあるんですけど,それは仕込みなんです。現地のヘビ屋の協力でジャングルにヘビを隠すんですけど,毒ヘビだから緊迫感あります。それを長回しでワンカットで撮るっていう状況だからも逆に緊張感あるんですよ。カメラの横にその仕込みとは別の野生の毒ヘビとかもいるんですけど,じゃあその時の若手のディレクターADさんの仕事って何かっていったら「よーいスタート」って言う前に,それを普通に除去した後で用意スタートして上からヘビを降らすっていう,何が嘘か本当かわからない状況なんですよね(笑) それを元隊員の人が普通に言う(笑) 「やっぱり大変だったのは,本番前の毒ヘビの除去ですかね」って,それは探検ですよ。実際,仕込みのヘビも本当の毒ヘビですから,それが逃げちゃったら大変なことになる。だからそこの場面では,普段の探検のロケに映っている地元のヘビ屋さんのコーディネーターとかは映ってないわけです。カメラの奥でヘビが逃げ出したらすぐ捕まえるようにする。そして番組の最後に映るのが古い誰もいない寺院で,そこの階段にラスボス的なキングコブラが2個仁王立ちしてるんですが,それも当然仕込みなんですが,ただ,キングコブラって,後ろからだと捕まえやすいけど,前からは捕まえられない。しかも階段の上からだから襲われたら終わり。だけどテレビ的にはその絵の方がかっこいい。だからヘビ屋は「そのシーンを撮ろう」って,正面から捕まえる。後で「本当にあれは緊張した」って言ってたって。だから一口にヤラセって言うんですけど,だからこそ真剣っていう面もある。そうするとじゃあ「ヤラセを肯定してるのか」っていうと,そうでもない。やっぱり隊員によっては「今でもヤラセ仕込みをしてしまったっていうことで胸がチクチク痛む」って,今も学校のメディア論で『川口…』觀せて,「ここの部分は私たちが作りました」って言ってそのメディア論の授業にしてるって言うんですよね。そういうの見ると,今も逆に教材になると言うか,メディアとかテレビを考える上での良い番組なのかなって思いましたね。
ーテレビ番組とかを評価する時に「これは本当なのか嘘なのか」っていう話になりがちですけど,本の中でノンフィクション作家の高野秀行さんに取材をされていて,高野さんが「イメージがあって,現実があって,その間にあるものがリアリティーだと思う。そこの部分を探してみていく」っていう事をお書きになっていて,高野さんらしいって思いました。
―そうですね。高野さんにお話伺ったのも,調べてったら高野さんも『川口…』を観て憧れて早稲田の探検部に入ったと。で先輩から「あんなのヤラセ」って言われて,「じゃあ自分は本当の探険する」っていうことで今があると。しかも面白かったのは,高野さんの場合は探検のプロセスは,現地の部族の長とかの交渉,その国の外務省とかの交渉を撮る事を描く事で,もう1級のノンフィクションが描けるわけですけども,高野さんこれを仰ってたんですが,テレビだとそれは別に何も面白くないわけですよね。そういう絵は飛ばして,ジャングルの奥地でヘビが降ってくる絵がほしいわけです。そうすると,同じ場所に行ってるんだけど,一方ではノンフィクションになるんだけど,一方ではこういうエンタメもできてしまうんだよねっていうのは,最初に高野さんがそういう「リアルとリアリティの違い」っていうのを語ってくださったので,その後に隊員に会いに行ってるので,まぁ良いスタートになりました。
―どっちが本当?っていう事じゃなくて,何を目的とするかによって,その土地土地に行ってやるプロセスやり方が違う。
―そうですそうです。例えば高野さんは「行く途中までに食料がなくなる」とか,それだけでも本ではリアルで面白いわけですけど,番組ではそういうのいらないんですよね。だから実際には,『川口…』では隊員が熱中症で倒れて口から泡吹いてるシーンもあるんですって。でも「それは逆にわざとらしいからカットしよう」とかなって,それで仕込みのことをやってるわけですよね。そうなるとテレビとは何か?とかドキュメンタリーとはエンタメとは何か?ってなる。『川口…』が行っているところにはNHKとかの取材班も来てるわけですね。NHKは少数民族に会うために三日三晩かけて歩いて行く。それを撮るだけでドキュメンタリーになるけど『川口…』では,プロセスはどうでもいいから,お金を払って現地民に山から下りてきてもらって,何が出来る?っていったら,向こうも文明の味を覚えてきてるんで,「俺はワニと戦える」とか「ターザンのまねごとできる」って,向こうからオプション出してくれるので,こういうことできるよそうです。だからNHKと『川口…』が同じ場所に行って同じことができるんだけど,全然その筆力と言うか観せるものが違うっていうのが面白かったですね。
―でもそれはどんな放送局であろうが書き手であろうが,カメラを持って行って取材する時に,介入してくっていう事は,現地民からしたら,何かが来たってはいう事だから,いつもとは違う環境な訳なんですもんね。
―ええ。さっきの原始猿人バーゴンもそういう話をふまえてナレーションをよく聞くと「捕獲」とは言ってない。「保護」だって。「我々は少数民族から逸れて洞窟で一人で暮らしていたかもしれないこのバーゴンを保護した。だから保護するためにヘリコプターに乗せて,その少数民族を保護する国の人たちに渡す…」みたいな,そういうラストになってる。予防線張ってるというか。
―本のあとがきですごく印象的だったのが「私が思うに『川口…』やテレビ番組との最良の付き合い方は,半信半疑という精神である。信じるオンリーになると猛信となる,だけどそうかといって不信だけだと味気ない。半信半疑っていうのは最もワクワクできる立ち位置だ…」と。8年間取材を続けてこられて到達したところがそこであると。「どっちなんだろうなこれは」っていう事への興味であると。
―だからなぜ今この本を出したのか?っていう勝手な一つの僕の問いかけとしては,「行間がもっと いいじゃないか」とか「熟考して自分の胸の中でこれどっちなんだろう?ってザワザワして,今日はこう思うけど明日やっぱり違う…」っていう余地を溜めて考える習慣を,『川口…』やプロレスから学んだんです。「考えたら結論こうじゃないか?」とか,なんか自分の中で貯めて考える時間て凄く必要なんじゃないかなっていうのは大事だって思ってて,でまさに今回のように本人に話を聞くと,何が嘘か本当かわからないっていう。で人の見味方・視点によって,同じものを見てるにも関わらず全然違う感じ方をしているわけで,そして,それはその人にとっての事実なんですよね…さっきのアフタヌーンショーでいうと,ディレクターは「あれはヤラセじゃない」って言う。それはそれで本人には事実な訳で,一方でテレビ局側としては,早々とそれを幕引きにして「どうもすいませんでした」って言って謝るっていうのがあれはまあ組織としての事実じゃないですか。じゃあそれを照らし合わせて「じゃあ自分はどう思うんだ?」っていうのは,そういう時間ってすごく必要なのかなと思うんですよね。だから「朝日新聞はこう書いてるけど産経新聞はこう書いてる,東京新聞はこう書いてる…」っていうものの見方・楽しみ方と同じです。
―それは今こうしてラジオで話してて,そういうのを聴いてくださってる事は,僕と鹿島さんが話してるというひとつの情報だけど,これもし映像で撮ったらとか,明日の新聞をパラパラ見たりとか,または別の新聞を…みたいになれば,色んな捉え方が生まれる,どこを切り取るかで全く現象が違うわけですもんね。それはどんな場でもどんな作品でも言えることなんだと思いますけどね。
―『川口…』では最初に「ヤラセ」っていう大きな言われ方をしてるので,じゃあそうじゃないものの景色を見たいなっていうのは出発点でもあるんです。「でも本当は大変だったでしょ?」ってのは素直に聞きたかったですよね。
―よく昔のテレビマンが「昔のテレビは良かった,自由にできたから」ってありますけど,それを今回やりたいっていうことではなくて,テレビの今とかメディアの今というところにたどり着きたいっていう面があったわけですよね。
―ええ。だから「昭和のテレビは良かった」とか「デタラメでいいよね」とかって回顧調で終わらせるんじゃなくて,「でもあれがあったから今いろいろ進化して,今のテレビがあって,今のテレビのルールの中で結果を出さなくちゃいけないテレビマンってやっぱすごいよね」っていうのも考えたかったし,「でもここは良くないんじゃないか」っていうのを考えたかったし。やっぱり地続きとして考えたい。それどっちが良かった悪かったじゃなくて,懐かしいなあじゃあ終わりじゃなくて,続いてるもんですからね。実際ここにいる隊員達だってテレビマンとして依然現場にまだいるわけですから。そこは昔を起点にして今を考える。やっぱり今の時点の情報で昔を語るっていうのは,どうしても今の人間の傲慢さが出てしまうと思うので。だって今全部結果知ってるわけだから。でもその当時の気分,紙面とかを色々調べて,この時はどう思ってたんですか?っていうのを確認していく作業って必要だなとか思ってたんですよね。
―先ほど「半信半疑」ていう言葉でましたけど,言葉を引き受けると,「今のテレビ」っていう大きな主語で語るのもなんですが,やっぱりその半信半疑の部分みたいなものはそれとも少なくなってるのかなと。
―そうですね。これ読んで頂けるといいんですけど,最後とんでもないラスボス的な人が出てきちゃって,テレビについて語ってます。ものすごいインパクトだったんですけど,一言で言えば後半はそんな感じなんですが,「俺はテレビなんだよ,テレビが俺なんだよ,お前らタダで観て何をヤラセだとか言ってんだ…」って相変わらずでしたけど,一方でなるほどなぁと思ったのは,「俺はまだ視聴者のことは何パーセントかは信用してた。つまりこういうことをやるけど,いちいち揚げ足取らないよねとか,そういうとこである程度信じてた。でもやっぱり今のテレビ観てると,テロップでいちいち全部説明したりとか,あれやっぱり視聴者を信じられないんだろうな」っていう事は言ってて。「クレーム対策とかあるから,ああいう風に過剰にテロップとか流すんだろうな,そういう意味ではなんか可哀想だよな」みたいなこと言ってて,なるほどなっていう。
―そういうことでそろそろ時間になってしまいました。今日紹介した『ヤラセと情熱 水曜スペシャル「川口浩探検隊」の真実』は双葉社から発売中です。本日はありがとうございました。
―ありがとうございました。
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