2019年04月15日

米アラバマ州の洞窟でチェロキーの岩文字発見


By N. Morgan
Cherokee Writings in Alabama Cave Whisper of Sacred Sport, Nose Bleeds, and the Old Ones
Friday, April 12, 2019 12:21
by N.Morgan

Before its News
https://beforeitsnews.com/v3/science-and-technology/2019/2952521.html

ancient-origins.net
https://www.ancient-origins.net/news-history-archaeology/cherokee-inscriptions-0011731







(要約)
米アラバマ州の洞窟でチェロキーの岩文字発見
N. Morgan
2019年4月12日金曜日12:21
考古学者チームが米アラバマ州マニトウ洞窟(Manitou Cave , Alabama)でチェロキーの碑文を発見した。
これは近年では初。
チェロキーの碑文が発見されたアラバマのマニトウ洞窟(Manitou Cave of Alabama)は観光名所。
しかし観光名所であるだけに,そこにある遺物や堆積物などの典型的な考古学的研究はなされていなかった。
これらの碑文によって,1830年代当時のチェロキー族の祭事などの実態が解明された。・
1830年代。欧州から渡ってきた白人により,チェロキー族は先祖代々の土地を追われ,「涙の道(the Trail of Tears)」を通り,西方の地に追いやられた。
この時期のチェロキー族の記録は少なく,これは貴重なものとなる。
テネシーシステム大学名誉教授/人類学UT部門教授Jan Simek
「洞窟から見つかったチェロキーの碑文としては初のものだ。その解析も初の試みだ」。
「碑文を見ると,彼らが洞窟の中で何をしていたかがわかる。ネイティブアメリカンの部族がなぜ洞窟を聖地と見なしたかを知る手掛かりになる」。
チェロキーの碑文
「1828年4月の30日目,スティックボールチームのリーダー
“leaders of the stickball team on the 30th day in their month April 1828.”」
「スティックボール」はラクロスに似たチェロキースポーツ。
Simek
「スティックボールはチェロキーには単なるゲームではない。
夫々,先祖のスピリットと力を象徴する2つのチームにわかれて戦う。何日にもかけて行う儀式の要素を持つ式典だ」。
テネシー州(Tennessee)で発見された6000年前の岩絵からは,ネイティブアメリカンがタバコを3千年前に喫煙していたという証拠が発見されている。

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2006/8/23(水) 午前 8:36
ホピ 宇宙からの予言
ルドルフ・カイザー・著  
林 陽・解説 
徳間書店  
1995年刊    
はるか昔    
サンティアム川が分かれるあたりに    
ハンノキの森があった
そこで眠っていたカラプヤが 
それは不思議な夢を見た
夜半に目覚めて
彼は人々に言った
「おれの夢の中では
足下の大地が
真っ黒だった    
真っ黒だったぞ」    
だれにもわからなかった    
その夢にどんな意味があるのか    
われらが緑の大地がなぜ黒くなるのか――    
だからみんな忘れてしまった
けれどもやがて白人がやってきた
鉄のように厳しい白人の農夫たちが
そしてわれらは見た 
大地が鋤で掘り返されるのを
草原が
サンティアム川の岸辺のささやかなプレーリーが
こうしてわれらは悟った
われらはかれらの夢に組み込まれる運命なのだ
かれらの見た大地の夢  
情け容赦ない鋤の刃によって 
永遠に黒く変わった大地の夢に               
――カラプヤ族の予言

霧降散歩
http://blogs.yahoo.co.jp/osanponikkoonsenmeguri/17814535.html






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2017年02月28日

著書「ホピ・この惑星を救うテックワ・イカチという生き方」

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ホピの危機と人類の危機・・ホピの予言「この惑星を救う生き方」研究(4)
2010-07-25 | ホピの予言と文明の危機
「ホピ・この惑星を救うテックワ・イカチという生き方」という本を読んでみました。続きです。
この本はホピの長老ダン・エヴェヘマと、彼が招へいした白人トーマス・E・マイルズ氏との共著です。
長老エヴェヘマが承認を与え、マイルズ氏が資料を分析して書いたものです。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。
長老がなぜホピ族の世界を公に語ることを決意したのか?
その理由は、ホピ族の出現から現在に至る「時の物語」の中に記されているのであると彼らは語ります。
*****
(引用ここから)
人々はオライビ村を作り上げ、マサウの教示に従い始めた。
オライビ村の目的は、マサウとの契約を守るために必要な調和と統一を推進することにあった。
村はずっとマサウが教えた祭りの周期と農耕生活の指導に従った。
生活は乱れず、オライビの住民たちはどんなことも結束して行い、長い間繁栄した。
また、「預言」、「聖なる石板」で「ロードプラン」を毎年調べ直すことで、彼らはいつの日か他の国々から奇妙な人々が来ることを心に刻みつけた。
予告通り、スペイン人がやってきたのは1540年だった。
1826年には新たな宣教師たちが押し寄せた。
宣教師の背後にはアメリカ政府があった。
1881年、アメリカ政府は第一メサの近くに政府機関を設置し、はじめてホピの国に足がかりをつかんだ。
翌年には大統領令によって「ホピ居留地」を設置した。
境界線を引かれた部分はホピの領土の十分の一にも満たないものだった。
むろんこの件についてホピには何一つ相談はなかった。
政府は、まず着手するべきはホピの固有の文化を滅ぼし、白人文化に差し替えることであると見た。
そこで、政府は村の活動、とくに祭りに加われないようにするために子どもたちを村から遠く離れた寄宿学校に入れることにした。
伝統派はこれがホピにとって致命傷になることをすぐ見てとった。
ホピが折れようとしないのを見て、政府は軍事力に訴え、強制的に同意させようとした。
ユキオマ率いる伝統派の指導者たちはバハナ(白人)の提供するものを受け入れれば破滅的な結果になり、
契約の誓いを守ることができなくなると民に警告した。
しかし政府の考えを受け入れる友好派はしだいに増し、祭りは中断され、家族氏族の関係は引き裂かれた。
1906年には、オライビの紛争は戦争と化した。
オライビの住民は700人に激減した。
その年、両派は伝統的な方法で勝負をし、敗れたユキオマは村を去った。
ユキオマたちはホテヴィラという名の泉に移動し、ここで独自の村づくりを開始した。
アメリカ政府はこどもたちを寄宿学校に送り込み、反対する親を逮捕して鎖につないで刑務所に送り込み続けた。
著者エベヘマは当時10代で、不在の父親たちの持ち場を埋める経験をしている。
ホテヴィラの伝統派は力を取り戻し、いかなる脅迫にもひるまず、政府の要求をはねつけた。
アメリカ政府は、ユキオマの先祖が、創造主伝来の生き方に永遠に従う厳粛な誓いを立てたことなど、知るよしもなかった。
「第4の世界が終わる兆こうが見えたなら、特殊な「警告」と「存続の道」を伝えなければならない」
との約束ごとが、その誓いに含まれていることも知らなかった。
白人にとってはそんな知識がホピから来ること自体あり得ないことだったのである。
これほど重大な歴史的役割を、神が原始部族に託することなどあり得ないと、たかをくくっていたのだ。
ユキオマは言った。
「よいですか。
わたしがこのようにしているのは、わたしの民のためだけではない。
あなた方のためでもあるのです。
わたしがあなたがたの命令に屈してみなさい。
バハナ(白人)の道を受け入れてみなさい。
その瞬間、巨大な蛇はのけぞり、海は雪崩込み、わたしたち皆がおぼれ死ぬのです。」
歳月の経過とともに、基準を満たせるホピはますます少なくなってきた。
ユキオマの子ダン・カチョンバが1972年に死ぬと、ユキマオの近親者がホピを治めた。
彼らの在任中、政府はユキオマの時と同様、村にたっぷりと襲撃を加えたため、
伝統派は混乱をおこし、契約と伝統の道の砦たるホテヴィラ村の存続を、誰もが危ぶんだ。
次にモノンギエという輝かしい宗教指導者が族長になり、死ぬまでホテヴィラ共同体を治めた。
彼は「ニュースレター(テックワ・イカチ)」の編集者になり、
伝統を強固につらぬき、毎年の生の循環を確実に保ち、政府の襲撃に強く抵抗した。
彼は政府のかいらいである「ホピ部族会議」の宿敵となった。
(引用ここまで)
*****
ホピ族は北米インディアン最古を誇る部族であると言われています。
しかし、「ホピ族伝統派」と呼ばれる派は、
1906年、ホピ族が外部の勢力を受け入れるかどうかを巡り分裂するに至った時、はじめて現われたものです。
それ以前はホピ族はひとつの部族としてまとまっていたのですが、100年ほど前に部族内が分裂したのです。
そしてその時はじめて、「伝統的な生き方」を主張する一派が歴史上に現われるという逆説的な事態が起き、
その出来事がホピの大転換期となりました。
今の長老たちが石板に見るのは、その分裂の印です。
それは避けるすべなくやってきた分裂だったのです。
守護神マサウとの約束を数千年守り通してきた彼らの前に、
約束を破る「道すじ」がはっきりと表れてきた時、、、
かつて3つの世界が不道徳のために滅びたように、世界は滅びの道を歩むことが判明したのです。
(続く)

始まりに向かって
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/c/66252bc943a43a01f1dd8b16c8aed366
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レヴィ・ストロース 



身の丈にあった世界と、身の程を知った生活を作れるか?・・「熱い社会」と「冷たい社会」(3)
2011-07-11
ホピの予言と文明の危機
“原発後”“脱原発”の世界は、どのようにしたら作れるのだろうか、と思い、「レヴィ・ストロースとの対話」を読んでみました。
1970年に日本語訳が出版された古い本です。続きです。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。
引用文の中で、二人の対話は、近代社会に生きる人間の無力感について言及しています。
今のわたしたちの社会は、生きるにはあまりにも大きすぎる、という感覚が、人々に無力を感じさせている。
共同体としての作用は一方通行で、わたしたちは自分たちが何を感じているのかすら分からなくされている。
ちょうど原子エネルギーについて言及していますが、
原子エネルギーなどという巨大すぎるものを、巨大すぎる社会が扱っていることに、わたしたちは感性的についていくことができない。
認識したり、判断することができなくなっている、と語られています。
1960年代、世界中で反体制運動の潮流が始動し始めた頃、“反原発”は反体制側の常識であったと言えると思います。
質問者の「人類愛的なものではなく、経済原理が作用しているのだ」という見解はレヴィ・ストロースの思考に配慮し、左翼的思想が席巻していた当時の常識的な考えを述べたものであると言えると思います。
それでも、なぜ環境破壊がおきるのか、なぜ戦争はなくならないのか、という問いに対して、社会が大きすぎるからだ、という答えは、当時としても斬新だったのではないかと思います。
「未開社会」と「近代社会」の違いとして、その構成の大きさの違いをまず挙げるのは、今でもなるほど、という感じがします。
       *****
           (引用ここから)
問  
すると、「進歩」とはまったく認識の発達の係数なのではありませんか?
したがって、認識によって全面的に決定されているのではありませんか?
知識と認識方法のうちに内的決定論があって、そのために我々はなにもできなくなっているのではありませんか?
レヴィ・ストロース  
まさにそうであるようです。
もし私たちがある“進歩”に対して、賛成か反対かをおおっぴらに表明することを求められたなら、、
そして現在では原子エネルギーの開発とともにこの問題が提起されるのですが、、
多数の人間が、「いやそんなものは持たぬほうがよい、今のままの状態でいるほうがよい。」
と答えることが、少なくとも考えられるからです。
自動車をもつという事実は、私には本質的な利益とは思えません。
他の多くの人々が自動車を持つような社会では、それは欠かすことのできぬ自己防衛ですが、
しかしもし私が選ぶことができるなら、そしてわたしの同時代人も同様にことごとくそれを放棄してくれるなら、
どんなにかほっとして、私は自分の車をお払い箱にすることでしょう。
問   
わたしは人々が習慣的に人類愛的立場と考えているすべての立場のことを考えます。
そんな立場は常に空しく、つねに全く無用なのです。
人間愛が前もって要求していたところの一つの立場を勝ち取ることを可能ならしめるものは、
つねに経済的進歩または技術的進歩なのであって、人類愛的立場はけっしてそれ自身ではそれを勝ち取ることはできないでしょう。
人々が必要とするこれこれの財物を自由に入手することを可能ならしめるものは、
これこれの場所に設けられる“市場”なのです。
しかし“市場”を設置するという条件が実現されぬかぎり、
人々は人権の名においてその財物を要求することは出来ますが、けっしてそれの恩沢に浴することはありますまい。
レヴィ・ストロース  
自分自身を前にした人間のこの種の無力は、きわめて大きな度合いで、現代社会の膨大な人口の多さに起因しているとはお考えになりませんか?
小さな社会、小さな集団が自分たちの条件を熟考し、それを修正するため、
意識的な、考え抜かれた決断をすることは想像がつきます。
わたしたちをとらえているこの無力さは、わたしたちがその中で生き抜いている、とほうもなく巨大な人間の集塊のせいだと思えるのです。
なぜかといえば、私たちはもはや一つの国民的な文明の体制下にさえ留まることなく、次第次第に一つの世界的文明、または亜世界的文明を実現する傾向にありますからね。
そしてこの、文明を制御しがたいものにするものは、この新しい大きさの秩序であり、人間社会の諸次元のなかでの階層の変動なのです。
(芸術の話題になり、芸術の個性といったことをめぐって)
問  
「集団的」と「個人的」という二つの語は、社会学的文脈の中では何を表すのでしょうか?
二つの間には、どんな関係が存在するのでしょうか?
レヴィ・ストロース  
我々にはきわめて明瞭なものと見える「個人的」と「集団的」との区別が、
未開社会の美的生産の条件の中ではわずかしか有効な範囲をもたないのです。
ひとりの個人が肉体的あるいは精神的ななんらかの危機的状況に立ったとき、そしてその状況から脱したいとき、
彼は絵師でもあるところの呪術師に頼み込んで、かならずしも直接に表現的な性格をもつわけではない大きなモティーフによって、自分の家の壁面を飾ってもらいます。
だから呪術師はただ単に癒し手としての神聖な能力の持ち主として知られているだけでなく、絵師として名の通った才能の人なのです。
彼は依頼人の家に、仕事をすべき日の前夜に行きます。
そしてたいへん気前のよい報酬をもらい、依頼人の家の客となって、夢を見るべく一夜を過ごします。
その夜の夢の挿話や詳細をこまごまと、その家の壁面に再現してみせるのです。
一方、そうは言うものの、彼が製作する作品は彼の最も深い個人的な無意識の結果ではなく、きわめて厳格な規範に忠実なのです。
外側からそれを眺めるよそ者のアマチュアにとっては、それらはみな同一作者の手になったもののように見えるでしょう。
しかし、その画が50年古かろうと新しかろうと、あるいはもっと年代に差があろうとも、いずれも大同小異なのです。
そういうわけで、ここでは、一方には芸術的生産の最も個人的な条件と、他方にはもっとも社会学的な、集団的な条件とが、ほとんど解きほぐせないような具合に交じり合っています。
この二つの相は解きほぐせないほど結びついていて、
あたかも、自発的な定型的なやり方で、芸術作品を生み出すために精神の無意識の活動にたよるとき・・
というのはそもそも夢なんですからね・・
その画家たちは実際、「個人的」と「集団的」との区別がなくなってしまうような境地に達するかのようです。
いわゆる未開社会は、美的創造の中の無意識的活動の役割を、より多くの客観性をもって認識しており、
精神のこの暗い生命を驚くべき洞察をもって取り扱っています。
というわけで、これがわれわれの社会と未開社会との第一の相違点なのですよ。
        (引用ここまで)
            *****
上の写真はホピ族の岩絵「ロードプラン」(「ホピ・神との契約」より)です。
上の道を行く、白人的な生活をする者たちは破滅し、
下の道を行く、ホピ族本来の生活態度を貫く者たちは生き残るという、説明的な図です。
この図についてはもう幾度となく取り上げていますが、
このような図は未開社会本来の思考形態から産まれたものとは言えないと、わたしは常々思ってきました。
時間を直線的に表わすことも近代西洋的だし、その時間が左から右に進むのもまるで定規のようで、おかしい。
「未開社会」の歴史観について、同書が述べているところを引用しておきます。
             *****
           (引用ここから)
レヴィ・ストロース   「歴史なき」社会と「歴史的 」社会とを区別してはなりますまい。
実際にはあらゆる人間社会は歴史を持ち、その歴史はそれぞれの種の起源にまでさかのぼるのですから、同じだけ長いわけです。
しかしいわゆる「未開社会」が、歴史の液体に浸っていて、
その水を自分の中に浸透させないようにしているのに反し、
我々の社会は、歴史を自分の発展の原動力とするために、いわば歴史を内部に取り込んでいるのです。
           (引用ここまで)
            *****
レヴィ・ストロースの述べている歴史観の分類から言えば、
ホピ族のこの有名な岩絵「ロードプラン」は“歴史を内部に取り込んでいる”近代社会の思考方法そのものであると言えるでしょう。
すなわち、この説明的な図の解釈は、説明的であるがゆえに、彼ら本来のものではないでしょう。
反文明思想のひとつの目印として、分かりやすい図ではあるけれど、彼ら本来のメッセージではないでしょう。
彼らが本当に言いたかったことは、何なのでしょう。。
それはさておき、私たちは私たちの問いを解かなければならないのだと思います。
現代文明は、持続しないようにできている。。
それならば、持続可能な社会、を創らなければ、世界は持続しないと思われます。
文明の構成員に、持続しよう、生きようという意思があれば、良い選択をし、良い修正をし、
より良い社会をつくることはできるに違いないのだと思います。。
大きすぎない社会、機能するコミュニティ、持続可能なエネルギー、搾取ではなく、与え合うことが原理となる社会。。
社会の構成員の一人ひとりに、社会をいかに築いていくか考える責任があるのだろうと思います。

始まりに向かって
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/c/66252bc943a43a01f1dd8b16c8aed366
posted by datasea at 03:55| Comment(0) | ◉ ホピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする