2019年02月17日

[動画] メッカがイナゴの大群に襲われる












2019年1月11日 (金)
今月の20日〜21日にかけてワシントンDCにおいて
「スーパーブラッド(ウルフ)ムーン」
が起こるそうな。
日本語訳付いてませんが、7分ほどなので興味ある方、視聴してみるのもいいでしょう。
Prophecy Alert: “Super Blood Moon Harbinger” Event
どうなんでしょうかね?
今までも「しるし」かもしれないとして、様々な月食、日食を見て来ましたが、結果はすべてと言っていいくらい空振り −−;
・・・ただ、場所がワシントンDCだということに反応しまして、とりあえずはと^^;
私も可能性を示唆する意味で取り上げたまでです。
この日に何かが起こるとはべグレー師もビデオで言ってはいませんし。(注;)
これと関係あるかないかわかりませんが、次の情報・・・
この1分半のユーチューブ・ビデオを見るまで知りませんでした!
なんと!出エジプト記の災いを髣髴とさせるようなイスラム教の聖地でもあるメッカがイナゴの大群に襲われているとか。
これまた日本語訳付いてませんが興味ある方どうぞ。
Breaking "Locust Plague Hits Mecca"
何処のメインストリームメディアでも報道してないのでびっくりです。
まさか?ガセネタじゃないでしょうね  −−;?
あった、あった、どうやら本当のようです。
日本語じゃ出て来ませんが、"Mecca Locust"で検索するとありますね。
もう一丁、3分ほどのビデオを。
一つ上のビデオでべグレー師が言ってましたが、
「もし?バチカンや神殿の丘がこうなったらどう感じるだろうか?」と
・・・確かに。
それから神殿の丘ついでに、話には私も聞いてましたが、
エルサレムの神殿(ソロモンの第一神殿、ゼルバベブの第二神殿)の本当の立地場所はダビデの町(City of David)にあり、テンプルマウント(神殿の丘)ではないという、ラビ=モスコフの説・・・
これまた、英語記事ですが、興味ある方はどうぞ。
リンクを貼っておきます。
http://endtimesresearchministry.com/special-report-third-temple-news-may-be-the-biggest-news-of-2019/
Special Report: Third Temple news may be the biggest news of 2019
う〜む?私は考古学者ではないので何とも言えませんが、この学説が立証されれば、
イスラエル政府は第三神殿建立に向け、すぐさま始める可能性を否定出来ないと。
個人的には黄金門(イースト・ゲート、開かずの門)から真っ直ぐ、岩のドームの隣地説を支持したいものですが。
これまた宿題が一つ発生か?
参照;詩篇24編7〜10
24:7門よ、こうべをあげよ。とこしえの戸よ、あがれ。
栄光の王がはいられる。
24:8栄光の王とはだれか。
強く勇ましい主、戦いに勇ましい主である。
24:9門よ、こうべをあげよ。とこしえの戸よ、あがれ。
栄光の王がはいられる。
24:10この栄光の王とはだれか。万軍の主、これこそ栄光の王である。〔セラ
とにかく、時代は年々スピードアップしているのは確かですね。
今年2019年は、何かビッグ=イベントが起こるのか?
なってみなけりゃわからないとしか、私ごときには言えないのはこれまた確かではありますが・・・
それでもあえて言わせてもらえば、もっともウォッチしなければならないのは、
シリアを舞台としたエゼキエル38章の預言を挙げておきたいものです・・・
2019年1月11日 (金) 黙示録、聖書預言

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-1237.html
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-175f.html

夢日記
http://datasea.seesaa.net/article/463575662.html






pp6520181100223.png
posted by datasea at 13:51| Comment(0) | ◉ 黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トランプ=救世主説

トランプ=救世主説
【警告】3カ月以内の人類滅亡ほぼ確定「死海文書」の予言成就へ! トランプ・第三神殿・人工地震がすべて結実…救世主は“日本人”!?
2018.10.02
関連キーワード:予言, キリスト教, 白神じゅりこ, 戦争, イスラエル, 人類滅亡, 死海文書, クムラン宗団, ドナルド・トランプ, メシア
筆者である白神じゅりこは、予言研究家としてこれまで度々TOCANAに「死海文書の人類滅亡予言」の記事を掲載してきた。
そして昨年、12月6日にドナルド・トランプ米大統領(Donald Trump)が
「エルサレルムをイスラエルの首都と認定し、テルアビブにある米国大使館をエルサレムに移転する」
と発言したことから、『死海文書』が唱える救世主とはトランプ大統領のことではないかと読み解き、昨年末に記事を掲載させていただいた。
●【的中】2018年やはり人類滅亡「死海文書」の予言が当たりすぎ!エルサレム問題からの第三次世界大戦は確定か!
それからのトランプやイスラエル周辺の動きを見ていると、『死海文書』の予言成就とハルマゲドンが、
いよいよ目前に迫っていると危機を感じたのである。
■死海文書の予言
第一洞窟から見つかったイザヤ書の第二の写本「Wikipedia」より引用
「死海文書」とは、1947年以降、イスラエルとヨルダン国境にある「死海」付近の洞窟で次々と発見された文書である。
聖書の最古の写本やそれ以外の文書も多数含まれていた。
今から約2000年以上前のキリスト教の発展にとって極めて重要な時期に作成されたということもあり、キリスト教の謎を解く手がかりになるとされたのである。
「死海文書」の作成者は、クムラン宗団と呼ばれる超能力集団であったと言われ、一説によれば、イエス・キリストはクムラン宗団で修行をして覚醒したとも。
そんな「死海文書」には、人類の終末を示す予言書も含まれている。
「感謝の詩篇」と呼ばれる一篇には、
「滅びの矢が放たれて命中し、炎に襲われ地上は焼けつくされ、水を飲むものは消え失せ、地上の者は気が狂う」
といった、終末地獄が記されているのだ。
また、「戦いの書」においては、
「光の子」と「闇の子」の最終戦争が起こり、人類は大厄災に見舞われると記されているが、その時、
「アロンのメシア」と「イスラエルのメシア」
という2人の救世主が現れるという。
では、『死海文書』が予言する人類滅亡クラスのハルマゲドンはいつ起こり、また救世主はいつ現れるのだろうか?
その時期を読み解いていこう。
■救世主トランプ
ドナルド・トランプ大統領「Wikipedia」より引用
クムラン宗団は、旧約聖書の『ダニエル書』を特別視していた。
『ダニエル書』にはこのような予言がある。
「……エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシアなるひとりの君が来るまで、7週と62週あることを知り、かつ悟りなさい。
その間に、しかも不安な時代に、エルサレムは広場と街路とをもって、建て直されるでしょう……」
ユダヤ密教では「神の1週間を1年」と象徴する。
すると、週を年と換算すれば、
7年+62年=69年
となる。
1948年5月15日は、世界中に散らばっていたユダヤ人が中東にある祖国に帰って来たイスラエル建国の日。
つまり、エルサレム建国から69年後の2017年にメシアが降臨したと考えられる。
2017年1月20日、ドナルド・トランプ氏が、第45代アメリカ合衆国大統領に就任した。
しかも、翌月の2月9日、クムラン周辺で『死海文書』を蔵す12番目の洞窟が約50年ぶりに見つかるという事件も起きた。
トランプ氏の大統領就任に続いて新たな『死海文書』の発見……
この奇妙なシンクロが起きたことから、
「エルサレムを立て直せという命令から69年後に現れたメシア」
とは、トランプ大統領のことを指している可能性が高いのだ。
さらに、トランプ大統領は、イスラエル国家樹立となる700日前に誕生(1946年6月14日生まれ)で、
70歳、7カ月、7日目
でホワイトハウスに入った。
『ダニエル書』の預言者ダニエルは、同じく預言者エレミヤから告げられたように、
「再建されたエルサレムの荒廃が終わるまで70年続くと悟った」
とある。
イスラエルの建国1948年から70年後の2018年に荒廃が終わり、予言成就の時が満ちるのである。
■第三神殿の建設はトランプがやる!
今年の3月、
「エルサレルムをイスラエルの首都と認定する」
というトランプ大統領に敬意を表する記念メダルが作られたと話題になった。
これはイスラエルのユダヤ教非営利団体によって作成されたものである。
メダルの表には、キュロス王とトランプ大統領の顔が描かれており、裏には第三神殿が描かれている。
キュロス王は、約2500年前にバビロニア帝国を倒し、同国に囚われていたユダヤ人や諸民族を解放した。
ユダヤ人を解放して帰国させたことから、旧約聖書ではキュロス王をメシア(救世主)と崇めている。
そして、キュロス王は、エルサレム第二神殿の再建を命じて完成させたのである。
つまり、この記念メダルが意味しているのは、トランプ大統領こそが救世主であり、第三神殿を建設してくれる現代のキュロス王だということである。
■「赤い毛の雌牛」が2000年ぶりに誕生!
8月28日、イスラエルで「赤い毛の雌牛」が2000年ぶりに誕生したというニュースが話題となった。
これは、第三神殿の完成に向けて誕生が予言されていた生贄
「完全な赤い毛で覆われた雌牛」
だったのである。
【悲報】イスラエルで2000年ぶりに“赤い雌牛”誕生、「最後の審判」開始で人類滅亡へ!
宗教戦争やオバマの政界復帰にも関連か!?
この「赤い毛の雌牛」は、第三神殿の再建を目的に活動している非営利組織・神殿研究所の
「赤い雌牛育成プログラム」
によって誕生したものだ。
今後、3カ月間にわたって状態を検査して生贄にふさわしいかどうかの最終判定をするという。
もし、雌牛が生贄に最適と判断された場合どうなるだろうか?
■第三神殿建設の大きな問題
今、第三神殿の再建に向けての情熱は、イスラエルで高まっていることがわかる。
なぜ、ユダヤ人は第三神殿を建設しなければならないのか?
それは聖書において、「救世主が第三神殿に再臨する」と予言されているからである。
ただ、今ひとつ大きな問題となっているのが、かつてエルサレム神殿が建っていた場所には、現在、イスラム教の聖地である
「岩のドーム」
が建っているのだ。
第三神殿を作るためには、「岩のドーム」を何とかして壊さないといけないのである。
破壊方法としては、
「第三次世界大戦」、
「人工地震」
など陰謀論が渦巻いている。
仮に「人工地震」であるとするならば、あたかも自然災害のように見せかけて「岩のドーム」を破壊することができる。
そのための実験が今、地震大国と言われている日本で密かに行われているという陰謀説もある。
今年に入ってから、想定外の場所で巨大地震が起こっており、「もしや?」と考えられなくもない。
■イエスの血を引く日本人が人類滅亡を救う?
また、『死海文書』では、「光の子」と「闇の子」の最終戦争が起こり、人類は大厄災に見舞われるという予言がある。
だが同時に、「アロンのメシア」と「イスラエルのメシア」という2人の救世主が現れるとも予言されている。 
「アロンのメシア」とは、古代ユダヤの予言者モーセの末裔でありフリーメーソンのルーツだという説もある。
トランプ大統領は演説をする際、親指と人差し指を引っ付けてフリーメーソンのハンドサイン「6」を作っている。
これは、自身こそがフリーメーソンのルーツとなった救世主「アロンのメシア」だということの意思表示なのだろうか?
一方、「イスラエルのメシア」とは、「失われた十支族」のことだという。
ところで、「失われた十支族」のうち、一部が日本に流れて来たという説はかねてより囁かれており、一説には、処刑を逃れたイエスが日本に渡り、十和田湖辺りで106歳まで生きたとまで言われているのだ。青森にキリストのものだとされる墓まである。すると、イエスの血を受け継ぐ日本人の中から救世主が現れる可能性もあるだろう。
ただ、個人的には、どんな理由があるにせよ、罪のない動物を犠牲にすることも無益な争いを起こすことにも大反対である。
だからこそ、『死海文書』が予言する人類滅亡の危機の前に、世界を救う“日本人の救世主”が早く出現してくれることに期待したい。
(白神じゅりこ)

滅亡日誌
http://julinda.blog96.fc2.com

TOCANA
https://tocana.jp/2018/10/post_18226_entry.html








【悲報】イスラエルで2000年ぶりに“赤い雌牛”誕生、「最後の審判」開始で人類滅亡へ! 宗教戦争やオバマの政界復帰にも関連か!?
2018.09.11
イスラエルで聖書に預言された赤い雌牛が2000年ぶりに誕生し、大きな話題になっている。
本題に入る前に、赤い雌牛の話が出てくる旧約聖書・民数記19章を簡潔にご紹介しておこう。
完全で、傷がなく、まだくびきを負ったことのない(労働していない)赤い雌牛を生贄にし、その血で会見の天幕(移動式の神殿)が清められた後、祭壇で焼かれた赤い雌牛の灰が湧き水と混ぜ合わせられ「罪を清める水」が作られる。
赤い雌牛は罪を清めるための重要な“材料”となっている。だが、この残酷な儀式が現代にどのような意味を持つというのだろうか?
今年8月28日にイスラエルで赤い雌牛が生まれたことをYouTubeチャンネルで大々的に報じた
「神殿研究所」(エルサレム神殿の再建を目的に活動しているイスラエルの非営利組織)
のウェブサイトによると、赤い雌牛こそ聖書の清浄さ、ひいては神殿の再建に必要不可欠な材料だと神が定めているから重要なのだという。そのため神殿研究所には、「赤い雌牛育成プログラム」なるものが存在し、今回生まれた子牛も3年間に及ぶプログラムの成果とのことだ。
今後、この子牛はラビによる綿密な検査を受け、聖書の預言通り傷ひとつない赤い雌牛だと判定された後、
3カ月間にわたって状態を検査され、生贄に適しているか最終的に判断されるという。

TOCANA
https://tocana.jp/2018/09/post_18107_entry.html
https://tocana.jp/2018/10/post_18226_entry.html








2019年1月11日 (金)
2019年初〜気になるトピックス
ええ〜 −−;
・・・前回ブログを更新してからどれだけ経つのか?というか、株式相場が激しく上下動してましたが、
騒ぎ立てるにはまだ早い、さぼっていたわけではないのですが、これと言ってブログで取り上げるトピックスもなく、ただ徒然なるままに
〜清少納言^^;
ところがここに来て、無視できない情報が入ってきたので、いくつか書いてみようと思います。
トランプ率いるアメリカ政府が
一部政府機関閉鎖、
米軍のシリア撤退、
メキシコとの国境の壁建立 
etc・・・
下院を民主党が制したこともあり、思うようにコトが運ばないようですね。
非常事態宣言を出すのではないか?とまで言われているしで。
否、「これはトランプのシナリオ通りで、彼は有能なる策士だ!」という分析もあるようですが、
私としては結果を見るまでは結論を保留しておこうと思います。
そんな折に、今月の20日〜21日にかけてワシントンDCにおいて
「スーパーブラッド(ウルフ)ムーン」
が起こるそうな。
日本語訳付いてませんが、7分ほどなので興味ある方、視聴してみるのもいいでしょう。
Prophecy Alert: “Super Blood Moon Harbinger” Event
どうなんでしょうかね?
今までも「しるし」かもしれないとして、様々な月食、日食を見て来ましたが、結果はすべてと言っていいくらい空振り −−;
・・・ただ、場所がワシントンDCだということに反応しまして、とりあえずはと^^;
私も可能性を示唆する意味で取り上げたまでです。
この日に何かが起こるとはべグレー師もビデオで言ってはいませんし。(注;)

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-1237.html
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-175f.html

夢日記
http://datasea.seesaa.net/article/463575662.html







2018年10月11日 (木)
エゼキエルの大預言の伏兵なるリビア&スーダン
なんと言うタイムリーな!
昨日、私は板の方に↓のような投稿をしました。
プテ(リビア)情報 投稿者:ザアカイ
投稿日:2018年10月10日(水)12時04分44秒
http://blog.canpan.info/jig/archive/6768
NO:5261 10月11日 『ロシアがリビアもシリア方式取るか欧米懸念』 [2018年10月10日(Wed)]
>ロシアがリビアに武器と兵員を、送り込んでいるということが、欧米で問題になっている。
ロシアはリビアもシリア方式で、問題を解決するつもりではないか、という懸念からだ。
〜記事全文は上記URLへ〜
何か時々刻々と聖書預言へと向かっているような・・・
https://8559.teacup.com/saviorcoming/bbs
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして本日。
https://www.youtube.com/watch?v=OgYfHP2pW1k
スペシャルアップデート 2018年10月10日
Behold Israel / ビホールド イスラエル
アミール師が、この情報を裏付けるメッセージをユーチューブにアップしています。
リビアにロシアが手を突っ込んでいるのは間違いない。
私はリビアもチェック入れてましたので。
スーダンはイスラエルに武器庫を爆撃されて泣き寝入りしているということを、私は以前、この板かブログに書きました。
スーダンの軍事力ではイスラエルに勝てるはずがなく。
アミール師もこの事件に関してメッセージ中で触れてます。
この恨み晴らさで置くべきか・・・
よって、クシュはいつでもスタンバイだろうと。
しかし、トルコが事実上のスーダンの宗主国だというのは知らなかった −−;
後はリビア東部ハフタル将軍が動かしているベンガジ、トブルクの状況次第でしょうが
(故カダフィの出来の良いと言われた息子、セイフ=イスラム氏も健在の模様で、
南部砂漠に雲隠れして虎視眈々と復讐を狙っているという噂も −−;?)。
いよいよ私達の生きているうちに、エゼキエルの大預言が成就する可能性が高くなってきました。
ロシア、イラン、トルコ、スーダン、リビア・・・前線基地がシリアときた。
「聖書の真実性」が証明されるのも時間の問題かもしれませんよ。主の元に帰りましょう、間に合ううちに・・・
38:17主なる神はこう言われる、わたしが昔、わがしもべイスラエルの預言者たちによって語ったのは、あなたのことではないか。
すなわち彼らは、そのころ年久しく預言して、わたしはあなたを送って、彼らを攻めさせると言ったではないか。
38:18しかし主なる神は言われる、その日、すなわちゴグがイスラエルの地に攻め入る日に、わが怒りは現れる。
38:19わたしは、わがねたみと、燃えたつ怒りとをもって言う。その日には必ずイスラエルの地に、大いなる震動があり、
38:20海の魚、空の鳥、野の獣、すべての地に這うもの、地のおもてにあるすべての人は、わが前に打ち震える。また山々はくずれ、がけは落ち、すべての石がきは地に倒れる。
38:21主なる神は言われる、わたしはゴグに対し、すべての恐れを呼びよせる。すべての人のつるぎは、その兄弟に向けられる。
38:22わたしは疫病と流血とをもって彼をさばく。わたしはみなぎる雨と、ひょうと、火と、硫黄とを、彼とその軍隊および彼と共におる多くの民の上に降らせる。 38:23そしてわたしはわたしの大いなることと、わたしの聖なることとを、多くの国民の目に示す。そして彼らはわたしが主であることを悟る。
エゼキエル38:17〜22
2018年10月11日 (木) 黙示録、聖書預言 | 固定リンク

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-175f.html









2018年10月 4日 (木)
アメリカの近未来〜考えられるオプション
マタイ24章、ルカ21章の預言が現実と化しつつある世の中。
アメリカも水面下で内ゲバの権力闘争が始まっているようです。
トランプに送られた劇薬入りの郵便物、
両親の470億円もの脱税幇助疑惑、
元不倫相手とされるポルノ女優の暴露本
とまあ〜、盛り沢山で集中砲火ですわねえ〜。
おそらくアメリカには3つのオプションが考えられます。
@ 大自然災害〜イエロー・ストーンの活動が活発化している模様。
また、西海岸のサンアドレアス、中西部地域のニュー・マドリッド断層にも要注意。
A 内戦による連邦制国家の崩壊〜FEMA CAMP
B 米露最終決戦〜Show Down!
のいずれかが考えられます・・・これに携挙が絡んでくるのでは?と・・・
最後にルカ伝21章から抜粋してみましょう。
日本を襲う台風の大型化かつ凶暴化、インドネシアを襲った大地震と津波、火山の噴火・・・
そして、中東ではS−300(地対空ミサイル防御システム) VS F−35(メイドインUSAの最新型ステルス戦闘機) 
のバトルが見られるのだろうか?
イドリブに非武装地帯を設置したはいいが、あのテロリスト連中が大人しく武器を捨てて退却するだろうか??はなはだ疑問である。
21:8イエスが言われた、「あなたがたは、惑わされないように気をつけなさい。
多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がそれだとか、時が近づいたとか、言うであろう。彼らについて行くな。
21:9戦争と騒乱とのうわさを聞くときにも、おじ恐れるな。こうしたことはまず起らねばならないが、終りはすぐにはこない」。
21:10それから彼らに言われた、
「民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。
21:11また大地震があり、あちこちに疫病やききんが起り、いろいろ恐ろしいことや天からの物すごい前兆があるであろう。
〜中略〜
21:25また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。
そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、
21:26人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。
21:27そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
21:28これらの事が起りはじめたら、身を起し頭をもたげなさい。あなたがたの救が近づいているのだから」。
21:29それから一つの譬を話された、「いちじくの木を、またすべての木を見なさい。
21:30はや芽を出せば、あなたがたはそれを見て、夏がすでに近いと、自分で気づくのである。
21:31このようにあなたがたも、これらの事が起るのを見たなら、神の国が近いのだとさとりなさい。
21:32よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。
21:33天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-1237.html
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-175f.html











コメント
先ほどの投稿の続きです。
で本編である巻物が開封されてから 起きたのが、[7つのラッパ]です。これが時系列ではありません、
たとえば最初は第5のラッパ[第一の災い]から始まります。
黙示録9章のいなごとは中世の暗黒時代 しかも五ヶ月=150年間とあります。
調べた結果、
[教会大分裂]1378年 ローマとアヴィニョンにふたり教皇がいる南北朝時代のような異常時代
がありました、これは1417年まで続きます。
教皇庁はまたローマに戻りましたがバチカンの堕落は改善されません
異端審問や魔女狩りが行われています。
1515年 免罪符を発売
1529年 ルターはカール五世に[抗議書プロテスタキオ]を送ります
プロテスタント教会による聖書と信仰の救い福音に立ち返る運動 さそりの毒の五ヶ月=150年が 第5のラッパ 第一の災いの真相です。
続いて、黙示録9:13-16第六のラッパ[第2の災い]がそれから約四百年後の
1914年 第一次世界大戦
で始まります。
1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国皇帝の世継がサラエボでセルビア人に暗殺された
ことで オーストリアは7月28日にセルビアに宣戦布告
さらに
第二次世界大戦は1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドへ侵攻したことがきっかけで
9月3日に英仏がドイツに宣
投稿: オバデヤ
2018年10月15日 (月) 17時25分

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-175f.html











光と闇の最後の戦い:チームTrump vs ディープ・ステート
John Rolls
2018年3月15日(木曜日)12:07
By John Rolls (Reporter)
Special Announcement Concerning Team Trump vs Deep State
Thursday, March 15, 2018 12:07
Before It's News
http://beforeitsnews.com/opinion-conservative/2018/03/special-announcement-concerning-team-trump-vs-deep-state-3368165.html
http://beforeitsnews.com/blogging-citizen-journalism/2018/02/2-23-18-192414-latest-q-posts-2587283.html
■光と闇の最後の戦い
ディープステートのTrump政権に対するクーデターは進行中で,非常に危険な段階に入っている。
2016年11月以来,紫革命(the Purple Revolution)の記事をリリースし続けているSOTNの記事を引用する 。
引用:アメリカで紫革命がおきる...
グローバリスト代表のSoros-Obama-Clinton陣営の攻撃は,Trump大統領が退任するまで続くだろう。
Trumpが新世界秩序のアジェンダ ( New World Order agenda )を大衆の目に晒し,壊している最近,
紫革命の革命家(the purple revolutionaries )の活動は大胆になっている。
対立が発火点に至る可能性はたかい。
キーポイント: 現在世界が目撃している状況は「タイタンの戦い( War of the Titans )」の現代版だ。
「凶悪」に牙をむくという意味において,この戦いは,現代史の中でかつておきた事がない戦いで,また,グローバリストのカバールたちがここまで追い詰められるというのも前例のない事だ。
2016年の大統領戦,Trumpの勝利,そしてそれに続く翌2017年のカバールとの本格的な政争のはじまり,2018年の政争の激化。。。
考えてみれば,2016年の大統領戦は米国史において非常に重要な出来事であったという事になる。
ハイスピードで展開するこのシナリオを見る限りにおいて,この衝突は続くだろうし,結果としてのグローバリスト・カバール達の失墜は避けられないだろう。
一方,ディープ・ステートは,Sorosがスポンサーとなっている緩やかなクーデター・紫革命( Purple Revolution )を今後も展開し続けるだろう。クーデターが無意味であると悟るまで。
Tweetの記事をみればわかるが,チームTrumpは激しいカウンタークーデターを続けるだろう。
激化する対立の中でグローバリスト側は訴追や死刑を回避するために策を講じる。
しかしTrump側の優位は決定的だ。
グローバリスト側のクーデターの応戦が本格的になる可能性は高い。
今年2018年,Obama主導のボルシェビキ( the Obama-led Bolsheviks )に力が及ぶ前に軍事裁判が成立する危険性はある。
この世界の最後の偉大な戦い。
光と闇の最後の戦い。
Donald J. Trump大統領はディープ・ステートの氷床を横断する巨大な砕氷船「アメリカ号」の船長だ。
Trump船長は,グローバリストのカバール達に乗っ取られた「アメリカ号」を取り戻そうとする船長であり,
愛国主義・民族主義者の乗組員達と共に強大な「アメリカ号」の舵を握って操縦しようとしている。
地上最大のショウ。
このショウで大きい役目を負っているのがロシア。
ショウのスターDonald Trumpと,もう一人のスターVladimir Putin。
なぜロシア?理由はいくつかある。
米ロはともに地上に残る最後の核超大国。
以下メモリスト:
#1 -
Putinロシアの抵抗がなかったら,新世界秩序・秘密結社・全体主義のワン・ワールド・ガバメントはすでに確立されていたであろう。
この時点で世界はGeorge Orwellの描いた小説「1984」の世界になっていた。
ロシアのオリガル党( Russian oligarchs )はロスチャイルド下の政党であったが,それを欺いただけでは,そういった状況を避ける事は出来なかった。
参考記事:秘密の歴史:ソ連( The USSR )崩壊後のロシアでPutinは重要な役割を果たした
#2 -
米国の革命期に一回,内戦時に一回。過去にロシアは米国の歴史のなかで二度緊急援助を行なっている。
そして2016年のDonald Trump氏大統領選挙で,Putinロシアは3度目の支援を行った。
第二次アメリカ革命は2016年の大統領選挙におけるDonald Trump氏の優勢から始まった。
Kremlinはその事を理解している。
#3 -
ロシアがネオコン(the Neocon warmongers,ネオコンウォーミングウォーナー)の脅威に直面する一方で、
Putinは悪意のある軍隊( malevolent forces )が米国連邦政府を完全に引き継ぐのを防ぐ必要があった。
Putinが特に懸念しているのが,ルソフォス( the Russophobes )が米軍機を完全に統制する事態。
Kremlinは,NWOのグローバリストがホワイトハウスの総支配権を回復することを知っている。
ロシアとの戦争は避けられない。
グローバリストが密かに指揮し造る第三次世界大戦の気運。
その目的は,大戦後の混乱に乗じて独裁的国際秩序をつくる事。
#4 -
NWOのグローバリストは、ロシア連邦( the Russian Federation )が世界平和の鍵を握っていることを知っている。
ロシアは世界最大の陸地であり,東西の唯一の橋。
ロシア人気質は,極東と祖国ヨーロッパと隣接する地理的環境によって,何世紀にもわたる東西文明による主従関係によって形成されてきた。
東洋と西洋両国はロシアに強い影響を与えており,永続的な国際平和協定を築くのに最も適している。
#5 -
Donald Trump大統領は,Putin大統領と共に長期にわたる平和交渉を行うため神に特別に選ばれた。
この枢要な世界史の中で,両指導者はまさに平和のために神に選ばれた指導者。
グローバリストがムキになって大衆を戦争へと扇動している理由はここにある。
グローバリストは平和を望まない。
大戦をおこせなければ独裁的国際秩序をつくれないから。
かつて米国大統領選挙において,Donald Trumpほど選挙期間中にロシアと接した人はいない。
選挙期間中,Trumpは米ロ両国の利益のためにPutinと協力するという約束をしたように思う。
この大いなる意図は,TrumpとTrump政権に苦難を伝えていない。
そして,世界の大手メディアがロシアとPutinについて偽ニュースをやっきになって流す理由はそこにある。
参考記事:意図された反ロシア運動の裏にあるもの
ポータスの行動計画
2018年,Trump大統領に提言できるとしたらこう提言する。
Putinの演劇帳 を借りろ(Putinのキャリアに学べ)。
つまり:
Putinが大統領に初当選して3年半が過ぎた2003年,ロシア当局はユーコス石油(Yukos Oil)からオリガル党(oligarchs)のMikhail Khordorkovskyのつながりを絶つべくプロセスを開始した。
石油関係の大物Mikhail Khordorkovskyは,共同被告Platon Lebedevとともに裁判にかけられ,投獄(懲役10年)された。
Kremlinが行ったこの唯一の行為はPutin政権の安定への決定的打だった。
もはや国内にPutin政権の政敵はいない。
以降,ロシア連邦を安定化させるためにPutin大統領と首相は必要な改革を実施することができた。
Putin政権は驚くべき成功を収めた。
(出典:Soros Must Be Arrested, Prosecuted and Imprisoned to Prevent Civil War,ソロスは逮捕され、告発され、内戦防止のために拘束されなければならない)
PutinがMikhail Khordorkovskyを投獄した如くに,Trump大統領も同様に反乱派と裏切者George Sorosの即時の逮捕を命じた。
米国の「オリガル党(oligarchs)」,またはプルートラト(plutocrat)は屈するだろうか?
■結論
重要なポイントは,Deep Stateのエージェントが設計した「ベルトコンベア・システム(inside the Beltway,自動化システム??)」の事態がますます悪化していることが判明していることである。
CIA支配下にあるメディア,表面上攻撃的な民主党,不衛生な米国情報コミュニティ,無計画なSoros資金提供NGO,その他多数のリベラル派,急進派,左派の組織は,皆「Trump降ろし」に必死だ。
参照:Sorosが資金提供する「国家銃規制運動」は米国内戦を開始させるため
パワー・エリートが「デベロッパ」Trumpを非常に懸念する最大の理由は,TrumpがDeep Stateを倒し得る事を知っているからだ。
Trumpは実際に壊れたボールをいかに操るかを知っている。
エリート達も,そういった意図的な破壊がアメリカ共和国の再建のために道を開くことを知っている。
結局のところ,深い国家が存在する限り,米国は真の国家主権や領土保全を果たすことは決してない。
新しい国の建造物を建設する唯一の方法は古いものを壊すこと。
きれいな土台ができれば,その上に新しい政府を構成し汚職や犯罪がない環境を構築し得る。
参照: DEEP STATEの 犯罪令状RICO ACT起訴と罰
この目的のためには,Donald Trumpはこの上ないエージェントだ。
エージェントの目的は「きれいな家」を建てる事。
あるいは「古く荒廃した家」を打ち倒す事。
どちらにせよ,エージェントの仕事は,古いものを取り除き,新しい「きれいな家」を建てる事。
「チームTrump vs ディープ・ステート(Team Trump vs. Deep State)」 の最終結果はアメリカ共和国の運命を決めるだろうし,それはまた人類の未来にも関わるだろう。

jhgkhgfkbgflko pc










2016年03月16日
世見2016年03月16日ドナルド・トランプ
松原照子氏のスピリチュアル情報
―――★―――★―――★―――★―――
<世見> 2016/03/16
世界はほんの一握りの人の思惑で動いています。
古代の時代から闇の王国があったとしたらどうだろうか。
ローマの建造物を見あャイルド。
英王室内での血は私達より重要な気さえしています。
もしかすると、ダイアナ妃の悲劇は知にまつわることもひとつの要因だったのではと何 となく思ってしまいます。
カトリック教会の頂点のローマ法王も又、闇の部分があるかもしれません。
ヨハネ・パウロ一世は何故暗殺されたのだろう。
アレ、こんなことを書いてびっくりし ています。
だぁって、私の記憶にないことを書いているのですもの。
「ブッシュ一族は主流から外れたの」 こんな想いも広がる。
アメリカ大統領選が近付き人々はトランプ氏の行方が気になるだろうが、
現在闇の王国 に属する人も大統領選の行方が読めなくなっています。
ローマ法王まで異例のコメントを出しトランプ氏を引き下ろそうとしても効果がなく、 だからと言ってヒラリー女史に諸手を挙げて賛成でもない。
「まぁ いいかぁ彼女で」くらいのようにも思う。
でも民衆はどこまで裏の作戦に乗るのかが見ものにも思えます。
アメリカ大統領選は闇の王国にとっても重大事。
トランプ氏に今後いかんでは命に危険が及ぶ気がします。
記事引用元はこちら⇒幸福への近道より
posted by キキ at 00:00 | 世見2016年3月 | |

あほうどりのひとりごと
http://www.あほうどりのひとりごと.com/article/434975568.html






★世見★松原照子氏のスピリチュアル情報
―――★―――★―――★―――★―――
<世見>
2017/010/16
大きく深呼吸すると、秋の香りがホラ、ほんのりと感じられます。
きっと、公園や山々の木や草や花達が、秋の季節に衣替えをしたのでしょう。
日々の暮らしが心の内に様々なものを呼び込みますが、今年も秋が日本列島を包みます。
天高く澄み透る青空の下で自然の息吹を味わわないと、損した気持ちになります。
今年も後2ヶ月と半月です。
私には一年が早過ぎて、顔の衰えだけは少し後からやって来て欲しいと願う毎日になりました。
2017年はまだ終わってはいませんが、
2018年、2019年と世界の動きが自然界や情勢をプラスして、大きく変化をすることと思います。
アメリカでトランプ大統領が当選して、もうすぐ一年になります。
トランプ氏が大統領になったのは何故なのだろうとフッと思いますと、
私達には見えない世界があって、何らかの要因が決定打になったように思うのです。
トランプ大統領が選ばれし人であり、大きな役目を持っているとしたら、2018年には北朝鮮への答を明確にすると思っています。
「選ばれし人」 この言葉の意味には不可思議な言動も含まれ、
人類がこの地球で生活をしていくにあたって、右に行くか左に行くかの選択権も握っている人のことを言っている気がします。
ただ、トランプ大統領が運の強い人かどうかは、彼の任期中に、アメリカが引っ繰り返るような大惨事か大災害をアメリカ国内で味わうかにかかっています。
現時点では「大統領辞めた」は思っていませんが、
日本でオリンピックが開催される年には、この人の顔から精気が薄れてしまっているのを感じます。

あほうどりのひとりごと 幸福への近道
http://www.xn--l8ji6b8dbd9a6a7e0hd.com/









Trump大統領「2018年5月18日から携挙(ラプチャー)が始まる」
Michael Moore
2018年4月27日金曜日1:31
Trump「2018年5月18日から携挙(ラプチャー)が始まる」-新世界秩序-
4月の新月〜2018年の間に携挙(ラプチャー,the Rapture)は発生するか?
時が来ている5つの徴候〜ノアへの方舟と預言との相関
私たちは終わりの日にいる(2018年)。
なぜ多くのクリスチャンが携挙を逃すのか。。
Trump大統領は,携挙(ラプチャー)が始まると語り,聖書の「終わりの時」が近づいている事をほのめかした。
神に選ばれたトランプが地上のルシフェリアン支配を終わらせている。
預言の成就が今や加速している。
Stephen Hawkingは悪魔によって生かされている?
PNN NewsとMinistry Networkによれば,聖書は今日の世界のすべてを予測しているという。
ローマで起きている事。
2018年。あなたの子供も強制キャンプに送られるかもしれない。。
「見よ,私はあなたに謎を見せた。
我々はすべてが眠りにあってはならないが,全ては変わらねばならない。
一瞬の輝きの中で,最後のTrumpで変えられる。
ラッパは鳴り,死人は腐らずによみがえり,我々は変わるであろう。
腐らずによみがえった者たちは腐敗を避けえた,すなわち人類の必死は不死におきかえねばならない。
腐らずによみがえった者たちが腐敗を超えた時,この死人は不滅を執り,
古の書に書かれた言葉は成就し,死は勝利の中に飲み込まれる」。-コリント第一15:51-54。
携挙(ラプチャー,the Rapture)についての最大の謎の一つは
「最後のTrump(the last trump)」
の記述だ。
この文で,使徒パウロが記述した最も偉大な預言的出来事の1つ,
「人間の体から栄光に満ちた永遠の体への移行は"最後のTrump(the last trump)"によって行われる」
のくだり。
「最後のTrump(the last trump)」とは何か?
それは黙示録9章7番の「Trump」の意か?
Rosh Hashanah(ロシュ・ハシャナ)のラッパか?
この記事では,それらの出来事ではなく
「最後のTrump(the last trump)」が実際に何であるかを聖書から説く。
このイベントが「最後のTrump(the last trump)」とされる理由はいくつかある。
1つは,黙示録にある
「7つの天使が7つのラッパを鳴らす」
の記述。
7つの天使が神からの地球の審判を解き放つ。
したがって、第七の最終的なトランペットが「最後のTrump(the last trump)」であることは理にかなう。
さらに、ヨハネの黙示録11では,第七のラッパの後に
「この世界の王国は主とキリストの王国になった。王国は永遠に世界を支配する」。
つまり地球が「キリストの王国になる」。
寓話の時代になると思われる。
しかしこの解釈にはいくつかの欠陥がある。
1つはコリント書(Corinthians )。
コリント書(Corinthians)はパウロがエフェソスにいた時に啓示をうけ,西暦約96年に書かれた。
もしパウロがコリント書(Corinthians)で黙示録の第7ラッパに言及していたなら,読者がその真意を理解するまでに40年以上はかかったはず。
加えて,パウロがヨハネの黙示を知っていたのか,聖書には根拠がない。
パウロは紀元前70年,黙示録執筆目前に殺された。
これは神の霊感を受けた作家が,執筆を前に命を絶たれた唯一の例。
終わりの時にイスラエルが警報の鳴り声を鳴らすなら,それは教会の「最後のTrump(the last trump)」になる。
同時に神がイスラエルに注視し,国家の和解がはじまる時になるだろう。
これはすべて黙示録第6章6幕で起きた「主の日」に始まる。
イスラエルはゴッグ・マゴグ連合の攻撃を受け,
第10のトランペットを鳴らし,神は超自然的加護のため介入する
そして7年間の「終わりの時」の判断を通じ,信仰を続けたユダヤ人は,「救い主」が地球に帰還するのを待って,反キリストから超自然的加護をうける。

dgsgsdhgs pc











時の終わりの時の予言
2011年8月2日
Christian Apologetics
http://contenderministries.org/prophecy/endtimes.php
キリストが伝えたキリスト再臨及び時の終わりが近づく6つの兆候
1. 偽救世主と偽予言
マシュー記24:5
「我が救世主であると説く者が増えるだろう。」。
近年、自分が救世主であると説く人が増えている。Jim Jones、 David Koreshをはじめ数えたらきりがない。
New Age団体の活動が活発になってきている。国連のために動くNGO形態の団体まである。これらはみな不安半分で反キリスト登場を待ち望んでいる。反キリストによる神制政治の復活を望んでいる。
これらは偽キリスト、反キリスト登場の前奏曲だ。
2. APOSTASY (信仰の放棄)
3. 飢餓
マシュー記24:7
「国は国に対し、王権は王権に対し立ちあがるであろう。いたる所で地震や飢饉がおきるであろう」。
4. 地震の多発
5. クリスチャンの受難
マシュー記24:8-9
「しかしこれはこれからはじまる困難の時代のはじまりに過ぎない。クリスチャンの受難がはじまるであろう。クリスチャンはキリストの名のもと憎まれ殺されるであろう。」。
クリスチャン受難は5つの兆候があってからしばらく経っておきるとされる。世界規模の運動となるとされている。
時の終わりの時代の兆候
6. 王国への賛歌は天にまで届く
マシュー記24:14
「王国への賛歌は天にまで届くだろう。王国への賛歌はあらゆる国に響きわたるだろう。そしてその後終りは来るだろう。」。
7. 在エチオピアユダヤ人のイスラエルへの帰国
1984年、スーダン出国を望む15,000人の在スーダンユダヤ人をイスラエルに飛行機で移動させる作戦「Operation Moses(モーセ作戦)」が実行された。
1991年、エチオピア出国を望む20,000人の在エチオピアユダヤ人をイスラエルに飛行機で移動させる作戦「Operation Solomon(ソロモン王作戦)」が実行された。また1999年6月、3,000人の在エチオピアユダヤ人がイスラエルに飛行機で輸送された。
聖書に記録された時の終りに現れる11の兆候
1. 東に200,000,000人の兵があらわれる
2. ローマ帝国の復活
ダニエル記2:32-33
「像の頭は金で出来ていた。胸部と腕は銀で出来ていた。腹部と両大腿部はブロンズで出来ていた。両脛部は鉄で出来ていた。両足は鉄の部分と粘土の部分で出来ていた。」。
ダニエル記2:40-43
「そして鉄の強さをもつ4つめの王国が出来た。王国は鉄のような強さであらゆるものを砕きバラバラにした。そして鉄の部分と粘土の部分で出来た両足。これは枝分かれした王国となった。両足の鉄の部分と粘土の部分は人間の種の中で混ざり合った。しかし鉄と粘土は混ざる事はなかった。」。
ネブカドネザル王(King Nebuchadnezzar)がみた夢のダニエルによる解釈によれば、「鉄の強さをもつ4つめの王国」とはローマ帝国の事。「両脛部」はローマ帝国から枝分かれしたビザンチン帝国の東の片割(1400年頃滅亡)とビザンチン帝国の西の片割(400年頃滅亡)。
ローマ帝国崩壊後の欧州諸国はそれ以来ひとつの国にはなっていない。EU(欧州連合、the European Union)という連合のなかでそれぞれの国として存在している(混ざりあっていない)。EU加入国は現在15ケ国。さらに東欧、南欧の13ケ国の加入を検討している。
3. イスラエルでヘブライ語が復活
1948年のイスラエル再建国以前、ヘブライ語はほとんど死にかけていた。そういった中でヘブライ語が復活だろう。
ザカリア記 3:9
「そして次に私は純粋なる言語ヘブライ語を復活させる。人はヘブライ語で神の名を語るであろう。人と神のつながりは再びもどるであろう。」。
4. キリスト教寺院の復興、エルサレムで動物の生贄の習慣が復活
エルサレムでユダヤ教寺院が復活し、寺院の崇拝と動物の生贄の習慣が復活するだろう。
(1. 反キリストと偽予言者は次々とスペクタクルをおこし、イスラム国家でユダヤ教寺院復興の機運が高まる。
(2. 国連(The United Nations) はロシアとイスラム圏国家の海外侵攻と並行してユダヤ教寺院の復興を図るだろう。ロシアとイスラム圏国家の海外侵攻が激化する中で、クリスチャン、特にユダヤ人クリスチャンの中でユダヤ教寺院復興の声があがるだろう。ロシアとイスラム圏国家の海外侵攻はハルマゲドン(Armageddon) ではない。携挙がおきるのはこの後。
(3. 現在、最初の2つのユダヤ教寺院が建設されるエリアが決定されているという。建設されるエリアは岩窟( the Dome of the Rock)の南。寺院の様式はTemple Mount Faithfulというイスラエル人の組織が構想している。
5. 2000年ぶりに赤い子牛が現れる
数記19:2-7
「イスラエルの子に教えよ。彼らは無敗の赤い子牛を持たらす。」。
1997年5月、 赤い牛が2000年ぶりに生まれた。また2002年5月、 イスラエルでも赤い牛が生まれた。
6. 宇宙に関する技術の進歩、人類の宇宙への進出
7. 在エチオピアユダヤ人のイスラエルへの帰国
8. ロシアの台頭
9. 在露ユダヤ人のイスラエルへの帰国
10. 獣のしるしのテクノロジー
11. 世界政府(a one world government)構想
国連(the United Nations)、国際貿易機構(World Trade Organization)、国際裁判所(International Criminal Court)、国連軍(UN peacekeeping/police force)、国連NGO組織(UN NGO's)などは世界政府(a one world government)への布石。
現在の通信システム、交通システム、メディアのグローバル化は反キリストを指導者とする世界政府(a one world government)へと続いている。
テロの増加。中東危機。これらにより世界は世界政府(a one world government)へ向かう速度は上がる。大衆は国家間の戦争からの開放を求め、国家解体>世界政府の動きを受け入れる。
12. 通信技術の発達
黙示録 11:3, 7-10
「私は2人の証人に260日の間予言をさせる事をゆるそう。2人の証人が証言した後、地獄から出てきた獣が戦争をおこし2人の証人を殺すだろう。2人の証人はソドム(Sodom)とエジプト(Egypt)の2都市の街路に放置されるだろう。市民は3日と半日放置し、その死体を墓に葬る事を許さないだろう。市民は 2人の証人の死を喜ぶだろう。」。
テレビ放送や24時間ニュース衛星放送により世界中の人が2人の証人の死とその死を喜ぶ市民の顔を観るだろう。

local pc










2016/6/14
「終わりの時の幻」  
ダニエル12章のタイムライン〜1260日 1290日 1335日の警告から
http://srministry.chicappa.jp/srmain/wp-content/uploads/pamphlet/BK-MRB.pdf#search='%E8%AD%A6%E5%91%8A%3A+%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB12%E7%AB%A0%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3+%28%E6%99%82%E5%88%BB%E8%A1%A8%29+1260%E6%97%A5%2C+1290%E6%97%A5%2C+1335%E6%97%A5%E3%81%AB%E8%A6%8B%E3%82%8B'
まえがき
扇風機の修理
ダニエル書12 章の研究は、羽のあちらこちらが折れ曲がっていておまけにほこりだらけの扇風機の修理のようなものである。
いくつかの部品はなくなっており、
ある部品は修理屋が反対に取り付けてしまっている。
ダニエル書12 章の研究は、多大な労力を要する。
ひとつひとつの部品、すなわち各定義や概念は除去され、
削られ、きれいに磨かれ、もとの形にもどされねばならない。
扇風機の羽は、今のままではスイッチを入れても、がたがたしていろんなくずを飛ばすだけである。
それに触れるものは、頭のてっぺんから足の先まで真っ黒に汚れてしまう。
ほとんどの人はそれに触れない方がマシだと考える。
だがこの扇風機は、もともと優れたパワーがあり、製作者の永久保証付きである。
誰かが作業着を身にまとい、道具を手にとって作業に取り掛かることを必要としているだけである。
本書の目的は、その修理作業にある。
間もなく猛暑の夏がやってくる。この古い扇風機が必要になる。
きちんと修理し掃除をすれば、大いに役に立つ。
そうすれば、人の心に聖霊の涼しい風を送ってくれることだろう。
本書の各章は、各部品を修理し、それをあるべき位置に置き直す試みをしている。
これは長く忍耐の要る工程ではあるが、読者が楽しみながら研究を進めていかれることを筆者は希望している。
作業を終えれば、スイッチを入れて涼風を楽しむことができるであろう。
マ リ ア ン・ベリー
著者の序文
「真理には、どの時代にも新しい発展があった。
つまり、時代ごとに、その人々のための特別の神からの使命があった。
古い真理はみな重要である。
新しい真理は古い真理から切り離されたものでなく、古いものの解明である。
古い真理を理解して始めて、新しい真理を悟ることができる。
キリストが弟子たちにご自分の復活の真理を示して、
『モーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、御自身について記してある事どもを、説きあかされた』(ルカ24:27)。
真理を新たに解き明かすことによって、輝く光が古いものをいっそう輝かしくする。
新しい光を拒んでなおざりにする人は、実は、古いものを持っていない。
それは、彼にとって、生きた力を失ったむなしい形式と化してしまうのである」キ実105。
1844年の直前、聖書の一つの預言的なタイムライン(時間表)(ダニエル8:14)が、すべての他の聖句に優先された。
それが福音の他の要素よりいっそう重要というのではなく、その時が来たのであった。
本書の目的は、ダニエル12:7-13 の預言的タイムラインを明らかにすることである。
なぜなら、同じ様に、それが最後の世代に語りかける時が来たので、今日それは優先されるべきことだからである。
ダニエル8:14 の預言的タイムラインは、1840 年代の調査審判の開始を警告した。
本書の研究は、ダニエル12:7-13 のタイムラインが、調査審判終了の出来事と関わっている最後の世代に警告することを示している。
ダニエル8:14 のタイムラインは、1844 年に死者の調査審判が始まったことを宣言したのに対して、
ダニエル12:7-13 のタイムラインは、生きている者の調査審判を宣言している。
ダニエル8:14 のタイムラインは、イエスの再臨の日時を知らせるものではなかった。
ダニエル12:7-13 も再臨のその日、その時を知らせるものではない。
しかし、これら8章と12 章のタイムラインはすべて、調査審判と恩恵期間終了に関わる諸事件についての警告である。
1844 年のタイムラインに関わる出来事について、預言者は次のように書いた:
「人々は、自分たちの危険に目覚めなければならない。
恩恵期間に関連した厳粛な出来事の準備をするために、目を覚まさなければならない」大争闘上398。
ダニエル12:7-13 のタイムラインは、
最後の世代を教会と世界の恩恵期間終了に関わる厳粛な出来事に備えるよう奮起させるためのものである。
三つのタイムラインは恩恵期間、またはキリストの再臨の日時を知らせるものではなく、
それらに関係した諸事件を描写しているものである。
* ダニエル8:14「2300 日(夕と朝)」のタイムライン(時刻表)。
2300 日のタイムラインは457B.C に始まり、1844 年10 月22 日に終わった。
そのタイムラインはダニエル9:24-27 に詳しく描写されている。
その時の宣言は1833-1844 になされた。その宣言は「大再臨運動」と呼ばれた。
「我々は、過去のメッセージと新鮮なメッセージを望む」2RH378。
ダニエル8:14 のタイムラインは黙示録14:6-8、「神のさばきの時は来た」と「バビロンは倒れた」という
第一、第二天使の使命の宣伝であった。
ダニエル12:7-13 のタイムラインも第一、第二天使の使命であった。
しかしそれは特に黙示録14:9-12 の第三天使の警告に強調を置いたものである。*
第三天使の使命は、「時に重点をおくもの」(初文156)ではない。
しかし、黙示録18 章の第四天使と結ばれている第三天使の大いなる叫びは、
明確な時の設定のうちに起こる諸事件と関連している。
ダニエル12:7-13 のタイムラインの研究によって解明され、明瞭にされているのがこれらの出来事である。
「まことに主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない」アモス書3:7。
もしダニエル8:14 の預言が、死んだ者のさばきが始まった1844 年10 月22 日のその日を明示したなら、
生ける者のさばきと調査審判の終了と関連した諸事件を、神は最後の世代に啓示されると考えるのが筋が通っているのではないだろうか?
神は預言者たちにご自分の「秘密」を示されないだろうか。
そしてそれらは我々の益のために記録され、保存されたのではないだろうか?
預言の確実な光の導きを最も必要とするのは、最後の危機に直面する、
最後の世代ではないだろうか? 神は聖書の預言的聖句によって、彼らの時代にはっきりとした幻を与えられないだろうか?
「こうして、預言の言葉は、わたしたちにいっそう確実なものになった。あなたがたも、夜が明け、明星がのぼって、あなたがたの心の中を照すまで、この預言の言葉を暗やみに輝くともしびとして、それに目をとめているがよい」ペテロの第二の手紙 1:19。
「増し加えられた光がすべての偉大な預言の真理の上に照り輝くであろう。それらは義の太陽の輝かしい光の故に新鮮さと輝きをもって見られるであろう」 MS
18、1888。
* 第三天使の警告メッセージはダニエル12:7-13 の主題である。「ほかの第三の御使が彼らに続いてきて大声で言った、「おおよそ、獣とその像とを拝み、額や手に刻印を受ける者は、神の怒りの杯に混ぜものなしに盛られた、
神の激しい怒りのぶどう酒を飲み、聖なる御使たちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる」
ヨハネの黙示録 14:9、10。
サタンはキリストを装う
http://srministry.chicappa.jp/srmain/wp-content/uploads/anchor/anchor_35.pdf#search='%E8%AD%A6%E5%91%8A%3A+%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB12%E7%AB%A0%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3+%28%E6%99%82%E5%88%BB%E8%A1%A8%29+1260%E6%97%A5%2C+1290%E6%97%A5%2C+1335%E6%97%A5%E3%81%AB%E8%A6%8B%E3%82%8B'
管理人注:サンライズミニストリーの再評価のBBS
http://257.teacup.com/newsda/bbs/t11/l50
牧師 その1 サンライズであれ、教団であれ、クリスマスに迎合した伝道活動には反対します。
牧師 その2
『十字架によって罪が許された」というのは正確ではありません。
正しくは、イエスの十字架の犠牲が我々の罪を購った、
我々の代わりに我々の罪のゆえに死んでくださった、ということです。]
免除されたのではなく、あなたの罪の報いをイエスキリストがすべて被ってくれたので、彼の犠牲はあなたの罪の故になされたことを信じて受け入れるなら義と認められるということです。敗者復活とおっしゃいますが、全人類はすべて敗者であって、勝者はキリスト以外にはいません。努力して神のような品性を身につけて義とされる人は一人もいないとご理解願います』 ......。
我々は時によって生きている。
アラーム(目覚まし時計)で起きる。時計を見て仕事に出かける。学校もクラスも時計に従う。食事も時計に従う。飛行機や電車も時間で動く。約束日もカレンダーで日と時間を決める。テレビのプログラムも時間でつくられる。安息日も神の時計―太陽に従って守られる。
神は永遠の方で時に制限されるお方ではないから、事をなさりたい時にかってになさるのだろうか。しかし、人類とこの地上の歴史に関する限り、神は非常に正確に時に従って事をなさるということを聖書の中に知ることができる。
人間が時間を作ったのではない。
神が定められた時を自然界に発見しているのである。
人間の時間は神が造られた天体の動きに合わせているのである。
天文台の望遠鏡は、天体のある非常に小さな一点に焦点を合わせて、ある星がその一点を通過するその瞬間にこの地球上の時間を定めるのだそうだ。
もし、?しでも、狂いが生じるようなことがあれば、月に、人間を乗せて宇宙船で飛ばすことはできない。日の出、日没、塩の満ち引きも前もって正確に知ることができる。こういうことで人間はその知恵を誇ってはならない。人間はただ、神の正確な時間を発見したに過ぎない。
「神はまた言われた、『天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、』」創世記 1:14
神は、ご自分の時と計画についてこう言われた:
「いにしえよりこのかたの事をおぼえよ。わたしは神である、わたしのほかに神はない。わたしは神である、わたしと等しい者はない。わたしは終りの事を初めから告げ、まだなされない事を昔から告げて言う、『わたしの計りごとは必ず成り、わが目的をことごとくなし遂げる』と。わたしは東から猛禽を招き、遠い国からわが計りごとを行う人を招く。わたしはこの事を語ったゆえ、必ずこさせる。わたしはこの事をはかったゆえ、必ず行う。」イザヤ書46: 46:9-11
エレン・G・ホワイトも同じようなことを次のように言っている:
「過去の時代に主なる神は、ご自分の計画をその預言者に啓示された。全知のお方は、幾世紀の先を見通してその預言者を通して王国の興亡、諸事件が起こる幾百年前に予告された。神には現在も未来も等しく明らかであり、ご自分の僕たちにどうなるかをお示しになる。神の声は、各時代を通じて何が起こるかを人間に告げられる。王たち、君たちはその定められた時にその地位につく。彼らは、自分たちの目的を遂行していると思っているが、実際には彼らは、神がその預言者たちを通して与えられた言葉を成就しているにすぎない。彼らは神の偉大な計画の遂行にあたって割り当てられた役割を果たしているのである。諸事件が起こり、全能者が語られたことが成就するのである。」RH1900/2/6
「しかし主よ、あなたはとこしえにみくらに座し、
そのみ名はよろず代に及びます。あなたは立ってシオンをあわれまれるでしょう。
これはシオンを恵まれる時であり、定まった時が来たからです。」詩篇102:12、13
確かに、人類のためにご計画を遂行されるために、神は正確に時に従って行動されていることがわかる。
◆ 洪水の時
◆ 出エジプトの時
◆ キリストがこの地上に来られる時
◆ キリストのバプテスマの時
◆ キリストの十字架の時
◆ キリストの復活の時
◆ キリストが昇天の時
◆ 聖霊が降下した時
◆ 「終わりの時」の始まる時
◆ さばきの時が始まる時
◆ キリストの再臨の時―神だけが正確の日時を知っているが、….。
ミラーは、次のように言っている。
「もう1つ真にわたしの心に感動を与えた証拠は、聖書の年代であった。
・・・・過去において成就した預言のできごとは、しばしば定められた期間内に成就したということを、わたしは見いだした。洪水までには、120年(創世記 6:3)。洪水に先だつ7日間、そして、預言された?が40日間(同 7:4)。アブラハムの子孫の400年の寄留(同 15:13)。給仕役の長と料理役の長の夢のなかの3日(同40:12-20)。パロの夢の7 年(同 41:28-54)。荒野の40年 (民数記 14:4 3 )、3年半のききん (列王紀上 17 : 1 )〔ルカ 4:25参照〕、・・・・70年の捕囚(エレミヤ25:11)、ネブカデネザルの7つの時(ダニエル 4:13-16)、ユダヤ人のために定められた7 週と62 週と1 週から成る70 週( 同9:24-27)。―時に区切られたできごとは、みな、かつては預言に過ぎなかったが、その預言どおりに成就したのである。」大争闘下9
ハバククは、神の時間表は遅れるように見えることがあるが、決してそういうことはなく、「定められた時」があることを明確にしている:
「この幻はなお定められた時を待ち、終りをさして急いでいる。それは偽りではない。もしおそければ待っておれ。それは必ず臨む。滞りはしない。」ハバクク2:3
セブンスデー・アドベンチストは、1260日、2300日の預言のタイムラインの始めと終わりについては動じない確信を持っている。しかし、1798年、1844年から160年も再臨近し、世の終わりは近しと説き続けて、もはや160年も過ぎた。キリスト再臨の切迫感は徐々に喪失し、地上歴史約6千年も説かなくなった。
時はまだ延びるのだろうか?神の定められた時は思った以上に迫っているのだろうか?
過去において、神は定められた時に従って行動してこられた。キリストは「時満ちるに及んで」受肉された。
「神はモーセにご自分の民を救出する時が近づいていることを告げられた。」(ST,1-13 1881)
今日、私は、神は間もなくご自分の民の永久的な救出、解放についてその時を告げられると信じる。
今日またもや時に関する研究が盛んになっているからである。勿論、「その日、その時は誰も知らない」という強力な議論が持ち出されるであろう。キリスト再臨の日時は「天からの神の声」で発表される時までは分からないが、ダニエル、黙示録の近年の研究では、日曜休業令が発布されると非常にその時が近いこと、どれほど近いかを知ることができるのである。
「ダニエルの預言にメシヤ来臨の時期が示されたが、だれもがそのことばを正しく解釈したわけではなかった。
1世紀また1世紀と過ぎて行き、預言者たちの声はやんだ。圧制者の手はイスラエルに重く、多くの者は『日は延び、すべての幻はむなしくなった』といまにも叫ぶばかりであった(エゼキエル 12:2 2 )。だが定められた広大な軌道にある星のように、神の目的は急ぐことも遅れることもない。大いなる暗黒とけむるかまどの象徴を通して、神はアブラハムに、イスラエルがエジプトで奴隷生活を送ることを示し、その滞在期間は400年であると宣言された。『その後かれらは多くの財産を携えて出てくるでしょう』と神は言われた(創世記 15:1 4 )。このことばに対して、パロが誇りとする帝国は、全力をあげて戦ったがむだだった。神の約束に定められていた『その日に、主の全軍はエジプトの国を出た』(出エジプト 12:4 1 )。同じように、天の会議では、キリスト来臨の時が決定されていた。時という大時計がその時間をさし示すと、イエスはベツレヘムにお生れになった。」1希望22
「イエスは、この世の両親との関係を無視されたのではなかった。彼は両親といっしょにエルサレムから帰って、骨折って働く彼らの生活を手伝われた。イエスはご自分の使命の奥義を自分自身の心にかくし、ご自分の働きを始めるべき定まった時.....のくるのをおとなしく待たれた。ご自分
が神のみ子であることをみとめてから18年の間、イエスはナザレの家庭につながるご自分のきずなをみとめ、息子として、兄弟として、友人として、市民として、その義務をつくされた。」1希望77,78
イエスは時を知って行動された:
イエスは天の大時計がちょうどその時を示した時に、お生まれになっただけでなく、
公生涯を開始なさるためにメシヤとして立たれた時も、天父の時に従ったのであった。その公生涯に3つの面が覗える。
1.「わたしの時はまだ来ていない」ヨハネ2:4,7:6,8,30,8:20
2.「時は近づいた」マタイ26:18、45
3.「時は来た」ヨハネ13:1、17:1、マタイ26:45
イエスの死について:
ロマ5:6「定められた時に…死んでくださった。」(新改訳、新共同訳)
「過越の小羊をほふることは、キリストの死の型であった。パウロは次のように言っている。『わたしたちの過越の小羊であるキリストは、すでにほふられたのだ』(Tコリント 5:7)。過越の祭りの時に主の前で揺り動かす初穂の束は、キリストの復活の典型であった。パウロは、主と主のすべての民との復活について、こう述べている。『最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち』(Tコリント 15:23)。収穫に先だって最初に実った穀物が揺祭としてささげられたように、キリストは、将来復活の時に神の倉に収められる贖われた人々の、永遠の収穫の初穂である。
こうした型は、そのできごとだけでなくて、その時に関しても成就した。ユダヤ暦の1月14日、すなわち1500年という長期にわたって過越の小羊がほふられてきたその月その日に、キリストは、弟子たちと過越の食事をともにし、『世の罪を取り除く神の小羊』としてのご自身の死を記念する式典を制定された。その夜、彼は悪人たちの手に捕えられ、そして十字架にかけられて殺されることになった。そして、われわれの主は、揺祭の束の実体として、3日目に死からよみがえり、『眠っている者の初穂』となり、贖われたすべての者の『卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変え』ることを実証された( 同 15:20、ピリピ 3:21)。大争闘下105
ジョナサン・グレーの「契約の箱」から引用しよう:
「正確に予告されていたのは、年月日だけではない。時刻までが預言されていたのである。
神は、はるか昔に、次のように定められた。『第一のつきの14日には、夕暮れに、過ぎ越しのいけにえを主に捧げる』(レビ記23:5)
『夕暮れ』とはヘブル人たちにとっては、『二つの夕の間』を意味する。第一の『夕』は、太陽が天頂を過ぎて始まり、第二の『夕』は日没に始まる。その中間は、午後3時(当時の第9時)だった。
過ぎ越しの子羊は、常に第一のつき(ニサン)の14日、昼の第9時にほふられたのである。
一世紀のユダヤの歴史家フラビウス・ヨセフスも『第9時頃に』いけにえを捧げるのが当時の慣わしだった。と書いている。
イエスは、ゴルゴタで十字架にかけられ、6時間後の午後3時に死んだ(マタイ27:45-50)。
イエスが西暦31年ユダヤ月ニサンの14日午後3時に死んだことは、もはや疑う余地がない。
彼は、死ぬ年ばかりか月、日、時刻に至るまで、ことごとく預言を成就したのである。」契約の箱142-143
復活、昇天もユダヤの型に従っていた。
ちなみに、次のことを覚えておこう:
今後の預言の研究に大いにたすけとなると思うので。ユダヤ諸制度は福音であるばかりでなく、預言でもあった。
「キリストはユダヤ諸制度の基礎であった。
型や象徴の全体系は、福音がぎっしりと詰まった預言であり、救済のさまざまな約束を包含して人々に示していた。」
患難上6、1希望260
2000年前のキリストの初臨の事だけでなく、キリストの再臨もユダヤ制度の型と象徴に従うということは驚くべき事ではないか。
ユダヤ諸制度に福音の美しさと終わりの時の諸事件のために新たな視点を置く時ではないだろうか。
「これと同様に、再臨に関連した型も、象徴的奉仕の中で指示されたその時期に成就しなければならない。」大争闘下105
「悪魔が、自分の時が短いのを知り、激しい怒りをもって、おまえたちのところに下ってきたからである。
」ヨハネの黙示録12:12。終わりの時の神の民はどうであろうか。
何かテロ大爆発事件か、大地震が来る前に預言の研究により、目覚めたいと切に願うものである。
「最高の興奮が今日優勢である。しかし、恩恵期間は確実に閉じつつある。
すべての人の運命が決定されようとしている。サタンは自分の時が短いのを知っている。
彼は、恩恵期間が終わるまで、永遠にあわれみの戸が閉じられるまで、人間をだまし、欺き、忙しくさせ、魂をうっとりさせようとその手下どもを配置している。」RH 1912/3/14
興味深いのは、サタンは再臨の時まで働く必要はないのである。恩恵期間が閉じられる時まで働けばよいのである!
その後は、運命が決定されることはない。
「神の言葉を信じると告白する多くの者は、敵の欺瞞的な働きを理解していないようである。
彼らは、時の終わりの近いことに気づかないが、サタンはそれを知っている。」IHP 309
「今日、サタンは、この世において偉大な力を持っている。彼は定められた時まで、この地上の所有権を持つことを許されてきた。
この期間、不義がはびこり、男女はどちらの側につくかを選ぶ機械が与えられている。
あらゆることをつくして彼は広い道を魅力的にし、狭い道を嘆かわしい、屈辱的な、不快なものにしようとしている。
男女を食欲の耽溺にする天才的な計画をたてる。この堕落した時代において、やすっぽい、満足を与えない楽しみをあらゆるところに満たしている。左端は、これらの楽しみを魅惑的にすることによって永遠の事柄を見えなくしている。多くの者は、エサウのように、食欲のたんできによって長子の権利を些細なもののように思わせている。彼らにとって世の楽しみが天の権利より望ましいものに見えるのである」Upward Look,39)
我々は、「神の定められた時に、定められた方法で救出される時を待」たなければならない(RH1915/7/15)。
「この幻はなお定められた時を待ち、終りをさして急いでいる。
それは偽りではない。もしおそければ待っておれ。
それは必ず臨む。滞りはしない。」ハバクク2:3
「神の約束の成就は、長く延びるように思われることであろう。
『主にあっては、1日は1000年のようであり、1000年は1日のようである』(Uペテロ3:8)。
おくれているように見えても、定まった時が来れば、『それは必ず臨む。滞りはしない』(ハバクク 2:3)。」
あけぼの上179
神の定められた時
神は、人間に「日」と「年」を数えることを計画された。
神ご自身が「日」を定義された。
創1:4 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
創1:5 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
神ご自身が最初の週(7日)を数えられた。創世記1章
神ご自身が創造から洪水までの聖書の系図を計算された。
創5:3 アダムは百三十歳になって、自分にかたどり、自分のかたちのような男の子を生み、その名をセツと名づけた。
創5:5 アダムの生きた年は合わせて九百三十歳であった。そして彼は死んだ。
創5:9 エノスは九十歳になって、カイナンを生んだ。
創5:12 カイナンは七十歳になって、マハラレルを生んだ。
創5:15、18、21、25、28、29、32、…..(ノアに至るまで)
創7:6 さて洪水が地に起った時、ノアは六百歳であった。
神ご自身が洪水からその後の系図を続けておられる。
創7:11、12 それはノアの六百歳の二月十七日であって、(正確に同じ)その日に大いなる淵の源
11
は、ことごとく破れ、天の窓が開けて?は四十日四十夜、地に降りそそいだ。
創8:13 六百一歳の一月一日になって、地の上の水はかれた。ノアが箱舟のおおいを取り除いて見ると、土のおもては、かわいていた。
創8:14 二月二十七日になって、地は全くかわいた。
創9:28 ノアは洪水の後、なお三百五十年生きた。
神ご自身が洪水からアブラハムまでの系図を数えられた。
創11:10 セムの系図は次のとおりである。セムは百歳になって洪水の二年の後にアルパクサデを生んだ。
創11:12 アルパクサデは三十五歳になってシラを生んだ。
創11:14 シラは三十歳になってエベルを生んだ。
創11:16、18、20、22、24、26、…..
創11:26 テラは七十歳になってアブラム、ナホルおよびハランを生んだ。
神がアブラハムの生涯を数えられ、聖書に記録された。
創17:17 アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言った、「百歳の者にどうして子が生れよう。サラはまた九十歳にもなって、どうして産むことができようか」。
神は初めてアブラハムに400年のタイムライン(時間割)を与えられた。
15:13 時に主はアブラムに言われた、「あなたはよく心にとめておきなさい。あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう。
15:14 しかし、わたしは彼らが仕えたその国民をさばきます。
その後かれらは多くの財産を携えて出て来るでしょう。
管理人注:神による万物統一の思想と同じように,世界国家が,次第にその最終的形態をととのえてゆくに従って,
例外なく採用する体制から類推によって人間が抱くようになるものである。
本来”王の中の王”であった人間支配者は,
かつて彼の同輩であった従属君主を排除して,厳密な意味での『Monarch』(ただひとりで支配する君主)となる。
政治的にユダヤを圧倒したアカイメネス朝君主が,ユダヤ教のイスラエルの神の概念,
すなわち,ヤーウエ観の影響を及ぼしている。
このヤーウエ観は,ダニエルの黙示的部分の書かれた大体の年代と考えられる紀元前166〜164年の頃には,すでに完成されていた。
「わたしが見ていると,もろもろのみ座が設けられて,日の老いたる者が座しておられた。
その衣は雪のように白く,頭の毛は混じり物のない羊の毛のようであった。
そのみ座は火の炎であり,その車輪は燃える火であった。
彼の前から,ひと筋の火の流れが出てきた。
彼に仕えるものは千々、彼の前にはべる者は万々,審判を行なう者はその席に着き,数々の書き物が開かれた。
(ダニエル書第7章9〜10節)
このようにして,かつて地方神であったいくつかの神が,新たに立てられた地上の専制君主の表章を身につけ,
ついでそれらの表章が意味するところの,独占的排他的な支配権を目ざして競争する。
そして最後に,競争者のうちの一人がほかの競争相手を滅ぼして,”唯一まことの神”として崇拝される資格を確立する。
それがキリスト教なのです。
終わりの時の幻
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/143.html
第266代ローマ法王
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%B3_(%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87)
1798年以来の法王
1.ピオVI (1775-99)
1.ピオVII (1800-23)
2.レオ XII (1823-29)
1.ピオ VIII (1829-30)
3.グレゴリー XVI (1831-46)
1.ピオ IX (1846-78)
2.レオ XIII (1878-1903)
1.ピオ X (1903-14)
4.ベネディクト XV (1914-22)
1.ピオ XI (1922-39)
1.ピオ XII (1939-58)
5.ヨハネ XXIII (1958-63)
6.パウロVI (1963-78) 今いる?
7.ヨハネ・パウロI (8月-9月、1978)
7.ヨハネ・パウロ II (1978-2005、4月死去)
8. ???
7つの頭の名を数える 例:
頭の名前 = ピオ
ピオの数 = 1 + 2 + 3 + 4 + 5 + 6 + 7
+ 8 + 9 + 10 + 11 + 12 = 78
7つの頭;
1 ピオ ...........….….ピオ XII (12)
2 レオ...............…. レオXIII (13)
3 グレゴリー....……グレゴリー XVI (16)
4 ベネディクト ....….ベネディクトXIV (14)
5 ヨハネ ............…. ヨハネXXI (21)
6パウロ............…..パウロVI (6)
7ヨハネ・パウロ .ヨハネ・パウロ II (2)
ピオ78+レオ91+グレゴリー136+
ベネディクト105+ヨハ231+パウロ21+ヨハネパウロ2
=665
第8の王1 =666
注:第八の王が現在の法王〜だから我々は注意しなくてはならないのです。そういう仕掛けが2016年にされているということ。
今年(2015年)のクリスマスは人類にとって最後のクリスマスになりそうだ
http://tocana.jp/2015/12/post_8418_entry.html
管理人注釈
キリスト教は,シリア社会に属していた人々を先祖とする民俗からきたものである。シリア世界の一半を形づくっていたイランは,ミトラ教を提供した。イシス崇拝は,エジプト世界の征服された北半分から来たものである。アナトリアの大母神キュペレの崇拝は,多分,当時,宗教を除く他のすべての社会的活動の面において,死滅してからすでに久しい時を経ていた,ヒッタイト(Hittite)社会からもたらされたものとみなされる〜〜〜もっとも,この大母神の究極の起源を探ってゆくと,アナトリアのペシヌス(ガラテア地方の都市)でキュベレーとなり,ヒエラポリス(シリアの北部の町)でシリア女神De Dea Syraとなり,あるいはまた,遠く離れた北海やバルト海の聖なる島の森の中で,ゲルマン語を話す人々に崇拝される地母神となる以前に,元来シュメール世界においてイシュタル↑の名で知られていた女神であることが判明する。(Study of Historyサマヴェル縮小版より)
『父なる神と同様にキリスト(子)と聖霊が同じ「神性」を持つという「三位一体」の教説は、現代の知性にとっては単なる詭弁以外の何ものでもないものとして捉えられるであろう。実際問題キリストの「人性」を否定して(例えば人の子イエスを)神と同列視する(ないしは、それに準じたものとして看做す)カトリックの教説は、神秘主義の世界観においては一定の真理を伝えるものであるとは言えようが、イエスが人間であったからこそ彼に降り掛かった受難に意味があるという本質を損なうものだとも言える。また三位一体の教説こそ、人間が文明を構成する以上、文明を象徴する<徴>に惹き起こる受難、言い換えれば文明そのものに降り掛かる受難がそのまま人類の受難を意味することを想起すればこそ、現世を肉体を持って生きる人々にとって重大な<普遍的人間>の指し示す象徴の本質的意味を骨抜きにするものとなる。すなわち、このカトリックが最終的に採用した教説は、そうした欺瞞的な「神秘主義」の意図の潜むものである。だがそのためにこそこの教説は、複層的かつ韜晦な神学論のヴェールによって神秘化: mystifyされなければならなかった。こうした神秘化は「霊的真理」というものに対する批判精神を欠いたご都合的な世界観を許容し、さらには結局その信仰が人類を救わないという事実からわれわれの注意を引き離し、それへの無反省な「信仰」と「救済の欺瞞」は、今後われわれに降り掛かってくる事態についての責任という認識を容易に忘却させるのである。
仮にわれわれの人生というものが、全く逆説的な意味で、そうした「神秘的な真理」の<実現到来>によって最終的に「救済」されるにしても、現世を生きる人間の実質的苦悩を相殺することはないばかりか、その真実認識はさらに深い懊悩をもたらすのである。そしてその冷厳な事実こそ宗教のメッセージが重大でありうる唯一の理由であったにも関わらず、「イエスの聖化:脱俗化」の実行によって、現世を生きるわれわれの罪過まで免罪されるという欺瞞を惹起させた。そしてその生き方を変更することの無き「免罪された人類」こそが、次なる歴史時代の終焉を決定付けるのである』以上”3”の時代・ENTEE MEMOより引用
過去における他者の死が未来におけるあなたの贖罪になる理由から一部転載 ENTEE MEMOより
『イエスがみずからの身を十字架にかけることにより「贖罪(罪をあがなうこと)」を全人類のために果たしてくれたから、
とキリスト教では教えているというキリスト教の中核ともいうべき(だが大胆な)教義の記述についての解釈論である。
過去に行なわれたキリストの十字架上の刑死が、未来の人間であるわれわれの罪を消し去る「贖罪 しょくざい」であったという考えはどのように成立しうるのだろうか? そのようなことが論理的に成立するのかと言えば、どうしても否と言う誘惑を感じないわけには行かない。。だが、こうした不可解もキリスト者にとっては当然のこととして躊躇いなく受け入れている部分のようである。そもそもどうして過去の聖者の自ら選んだ死が、未来の人間の過ちまで含んでそれらを消し去ることに通じ得るのか?
こうした疑問は決して真新しいものではなく、キリスト教に対する懐疑の発端としては古典と言うべきものである。
例えば、「贖罪【しょくざい】論 」として書かれている解説にもそうしたトーンが反映されているのを見て取ることができる。
これは一読の価値がある。(管理人注:多くの聖職者はキリスト教は許しの宗教であると言う。それは過去から現世までを俯瞰して視る能力がない表れでもある)。
ある意味、これは現世を生きる人間にとって大変「便利」な教えである。現世を生きるわれわれがこれほどまでに堕落し、「間違って」いるのは、この免罪符をすでに手に入れたと考えたためではないかと思われるほど、われわれにとっていかにも有利な教えである。もし、「イエスがみずからの身を十字架にかけることにより贖罪を全人類のために果たしてくれた」と受け容れることが、キリスト者への第一歩であるとすれば、そこには信心することに付随する苦悩が存在しないように思えるではないか? 一体このような「決心」のどこが困難な修練となるのであろうか? 聖書時代から視れば、すでに未来の時を生きているわれわれの犯した(あるいはこれから犯す)罪が、過去の“聖者”による行為によってあらかじめ「消し去られている」のであれば、われわれは何をやっても良いという風にさえ、あえて解釈されはしないだろうか?(いや、現にされているのではあるまいか?)私ならそうするだろう』。
彼はこの町へ来て住んだ。
マリアとヨセフの故郷である。
「彼はナザレの人と呼ばれる」<マタイ2:23>
http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%92%ED%8Eq%82%BD%82%BF%82%C6%88%EA%8F%8F%82%C9&inside=1&x=0&y=0
この道の反対方向にラケルの墓がある
ようこそおいでくださいました
Pls make a Donationクリックすると元のサイズで表示します
振込口座は上のアンダーラインをクリックしてください  
管理人と読者との間の精神バランスを共有するためにもご喜捨をお願いしております

ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1223.html









投稿者:Fuckyoushimaに住む者2016/6/17 15:39
僭越ながら、度々失礼します。
福島県が目の敵にされるのも、以下の理由かもしれません。また、熊本も。
戊辰戦争からの深い因縁がありますが、
彼ら666の分断工作が無ければ仲良くできていたかも...
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1263959972
投稿者:Fuckyoushimaに住む者2016/6/15 12:27
管理人さま、感謝いたします。
日月神示のアジェンダから見てとりますと、
10月8日、旧暦9月8日が怪しいと視ております。
この日は、明治天皇の即位に伴い明治に改元された日です。
ヤハウェが事を起こすとしたら、この日かも。
生命の樹、10個のセフィラと22個のアルカナを神示とタロットで結び付けると、
2016年は「死神」のカードが割り振られております。
刈り入れ時でしょう。当方、確信しております。

ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1223.html










posted by datasea at 00:00| Comment(0) | ◉ 黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月10日

黙示録, sayufm解析





黙示録, sayufm解析
黙示録、それは単なる文学的所産なのか?
黙示録にはグローバルに世界、あるいは人類史を捉えるところの独特な世界観(歴史観)がその文面内容の底流にあることが抽出的に読み取られうる。
過去、現在、未来、永遠
とグローバルに 表示できる世界観を一個人の人間(ヨハネ)が、はたして持ちうるであろうか。
それはまた、古代ユダヤ民族における旧約聖書のヘブライ思想から、まさにそれに根ざして発展、結実された世界観に過ぎないものと言い切ることができるであろうか。神(世界の創造者)と世界、人類(被造物) との関係的構図という現実から、神の目(神の立場にある視点)理解(その把握と予見)から表現されえた預言の言葉だとも云えないであろうか。  
そこには象徴と比喩表現を用いて世界史的な状況を“<天景の時代>、<海景の時代>、<地景の時代>、そして前三者を踏まえた<全体総景的な時代>”といった具合に仕分けられえたものとして、ある種の具象的“ 場 ”様式の適応展開を見るものであり、キリストの千年王国の後、  永遠の神の国が顕示預言されているかの如くである。  
これらの所見を解き明かす前に、同じ<黙示文学的啓示の書>と目されている、旧約聖書の預言書である<ダニエル書>における預言の言葉を参考に見てみよう。
それによって大いなる見識が  得られるはずだ。(但しこのダニエル書は、その歴史的時代背景を前提、立脚しつつも、その預  言内容は、種々の<ドラマ的エピソード事蹟>が記述された、その流れの過程にある事に注意す  べきだ。)   
まずダニエル書の構成内容を預言の流れから捉えてみよう。確かにダニエル書本来の預言の記述を成立せしめているのは、その背景的な礎定として物語的な出来事(事件)を巧みに織り込んでいるからである。そういった観点を踏まえつつ、あえて預言内容の方向性、あるいは集中性を個々の預言の相互関連的な流れの中で浮き彫りに出来るのではなかろうか。  
来るべき未来事象の預言として、その同一方向性の過程での各々の遠近的な呈示様式にあって、それぞれ時代的に関連して重複、あるいは接点的に関係したものを取り上げると、以下の章区  分のものとなる。   
・ネブカデネザル王の夢:第2章31〜45節(バビロン王ネブカデネザル治世第二年、ダニエルによる夢の解き証し、2章1節〜のその経緯)
*ネブカデネザル治世元年は、BC605年である(その治世:605−562年、約44年の在位期間)
*ダニエルらがバビロンに連れ移されたのはBC607年で、二十歳前後の若者の頃であった。
*ダニエルの夢の解き明かし対して、ネブカデネザル王はダニエルの信奉する神を讃えながらも、その夢の真意に対抗的意識でもって、リアクションの政策行動に走る。
史実的エピソードは全体が金づくめの 金の像を建立、それでもって史的ドラマの記述展開は、第3章へと関連的に続いてゆく。   
・ダニエルの夢&脳中の幻:第7章1〜28節(バビロン王ベルシャザルの元年のもの)
*この時は、まだダニエルはバビロン州に留まっていた。
*ベルシャザルの治世元年は、BC562年である。   
・ダニエルの霊感幻示:第8章1〜27節(バビロンの王ベルシャザルの第3年のもの)*その第3年に王は暗殺されたが、バビロンでは政情不安が生じており、それを避けてダニエルらはエラム州の首都スサに移った。    
その時に見た預言のもので、その時の王権を簒奪した者の元号を採示するに、何一つ有益な啓示叙述の道理を見い出しえなかったとは見られる。
*ベルシャザルの第3年は、BC560年 ⇒ その5年後当たりにメデアびとダリヨス王(=アハシュエロス)の時世が来る。
この王は、エステル記のスサ王と同一人物である。 (新改訳の聖書ではない聖書文言に依る。)    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−   
・ダニエルへの<70週>に関わる御つげ:第9章24〜27節(御使いガブリエルによる)
*エルサレムと宮の復興には<7週と62週>が定められているが、この週数字の間の区分けには、妨害による<工事の中断期間>が生じる事が予見、嘉されての、週区分をあえて意図したものである。
70週x7=490年
となるが、、
(<7週=49年>+<中断期間>+<62週=434年>+<1週=7年/2>)
*これを単純にまとめて単に70週のみと見なすと、その歴史的年代設定に間違いが生じ、それに関わる文面に矛盾した無理なあてがい解釈となる。
*この70週の御つげは、メディアびとアハシュエロスの子ダリヨス2世(父王との共同統治)元年、バビロンでその治世第1年の時であった。
これは、BC555(6)年にあたる。*ダニエルは、エラム・スサから、かって長い間住み慣れたバビロンに戻っていたとも思われる。   
・ダニエルへの<天の人の子>からの言葉預言:第11章2節〜12章13の終節まで(第10章のペルシャ王キュロスの第3年1月24日の幻視、神の側からの目的指標の表明を暗示した経緯内容から続いている展開だが)
*キュロスの元年は、BC538年である。
このクロス王から数えて第4番目のクセルクセス王(ペルシャびとのダリヨス大王)の事も預言として記されている。(11章2節)クセルクセス在位:BC486〜465年
*ダニエルはすでに90才前後の高齢になっていたので、ユダヤ・エルサレムに帰還することはしなかった。
だが、530年代BC末までにまとめ上げて自著(ダニエル書)を同族後継の者に託した。  
以上に挙げた5つの関連預言を踏まえて、 先ずはじめに個々の預言の全てを2つの流れに分類し、外観的に把握しておこう。
ちなみにこの分類方法は、古代イスラエル(ユダヤ)民族に関わる旧約聖書から自ずと派生してくる見方に拠るものである。
一つ目の流れは一般史的(世界史的)な範疇に入れられるべき預言で、この部類にはマクロ的(全体的)なものとミクロ的(部分的展開事象的)なものとがある。  
それらは以下の如くである。  
<マクロ的なもの> その1  
=============   
★ネブカデネザル王の見た夢とその解き明かしの預言:【ダニエル書第2章1〜45】 これは彼の治世のはじめの第2年、今や世界に輝くバビロンの王を介して起こされた預言であり、彼の世からローマ時代以降にまで及ぶその世界史的な未来の範囲を全体的に捉えたものである。(王はその夢を見て、そうとう思い悩み、ノイローゼ気味となって、夜も眠れなかったと、、、、
しかし彼は、バビロン全州の諸々知者たち前で、その慎重さを失うほど馬鹿な王ではなかった。 
彼の見た夢の内容、どんな夢だったかという事とそれの解き明かし(夢が意味するメッセージ)の両方を求めたからである。
その時捕囚のユダヤの民の一人で、つい最近、王宮で王の前に仕えるようになったダニエル以外は誰一人として王の要求に応えうる者はいなかった。)
※光り輝いて恐ろしい外観をした巨大な像とその結末:← ← ← ←王の見た夢

1.その頭部は.....純金
・・・・・・彼ネブカデネザル王の時代、大バビロン帝国の世を現わす。
2. 胸と両腕は.....銀 
・・・・・・彼バビロンの世の後に起こる国を意味し、それはペルシャ帝国時代をさす。
3. 腹とももは.....青銅
・・・・・・第3番目に世界を治めるものとして起こるもので、ギリシャの国、つまりヘレニズム時代をもたらす国をさす。
4.すねと足..........・・・・・・これらの部分をなす材質は少々複雑なもので、種族民族多様化、文化的気質の多様性、また生活文化の格差、強弱を包摂した形での成り立ちを現わすものとなっている。 
すねは.......鉄足とその指......ともに一部は鉄で、一部は粘土から成っている。.........
これは第4番目に世界を治める国をさすもので、ローマ帝国時代とその時代の結末以降までをさす。
これら1〜4から成る巨像は、ネブカデネザル王にとっては、極めて集約的(時代短縮的) なものとして、その解き明かしが受けとめられている。
(だから彼は、頭から足の指先まで ”金”づくめの、どデカイ金の像を建立して、自らの王国の繁栄を願い且つ維持せんとしたわけだ。
(<<第3章1節以降の記述参照>>)
この奇怪な恐ろしい巨像に対して、別個のある一つの物が夢に登場する: 5. 一つの石
...上の像のような世の権勢的なしがらみの関わりからは起こってはこないもので、単独的なものをさす。......
..............人の手によらずに切り出された石....この石は、石であるからこそ、極めて自然的で、その大地に属するものであることを示唆している。
すなわち、これによって起こる国もまた、地上に属するもので(霊的な意味合いにおいて)、ある質を異にした人の主権(巨像の権力とは質を事にしたもの)から成り立つ国を示している。そのようであるにもかかわらず、   その起源は.........人の手で切り出された石ではなく........神の手、すなわち神の特別な導きに起源して、やがて起こってくる大きな国であり、その様相は全地に満ちる大きな山のようなものと表現され、いつまでも滅びることなく、永遠の時に至るまで続くと預言されている。
この石でもって象徴された国の特質をまとめて列記してみよう。
@ 勢力的な活動面からは、
”鉄と粘土から成る足”
を打ち砕いたという事、それでかっての金、銀、青銅から培われてきたその一切(政治的仕組み、社会的な風習、文化的なもの、その他諸々)のものまでもが 
”もみがらのようになり、風に吹き払われて、あとかたもなく”
一掃されるという結果をもたらしているという点大いに注目すべき特質を現わしているといえよう。
、、、、、、、
<<第2章34〜35節>>
A 本来的(に保証された)な特質面:神によって起こされた国であり、その主権は剥脱されず、いつまでも滅びることがなく、ついには永遠に至るという点。、、 <<第2章44節>>  
B 発展的な特質面からは、精神的なものと物質的なものとがひとつに調和融合した ような大きな文化を形成して、その当時の世界の”全地”と言われ得る地理的領域に満ちるようになるという点。
、、、、、、、
<<第2章35節>>
**ダニエルはここで“その像を撃った石は、大きな山となって全地に満ちる ”
<<35節>>
という象徴的文言に関しては、何一つその解き明かしを記していないが、この
<大きな山となって>
の ”山 ”とはまさしく文明文化の発展、その繁栄を象徴していると云えよう。
ネブカデネザル王の見た別の夢が第4章でも記されているが、その”どでかい木”も、彼とその王国の繁栄を象徴したもので、同類的表現のものだと読み取れる。
がしかし“山となる” というような表現での繁栄の仕方は、やはり“ 木 ”でもって象徴されたそれとは、種々にその異なりを示す意味合いを意図するものであろう。
さて、問題はこの”石 ”でもって表された< 国 >とはどんな国を指すものなのかという点が大きな課題となってくる。
これに関しては、今日にいたるまで、キリスト教界ではカトリック、プロテスタントを問わず、疑う余地のない自明の定説がある。それは聖書全体からの他の個所 と照らし合わせることによって、さらに一層確信されうるという。
(古代ローマ帝国の終焉期以降、併存的にその初展をなし、アウグスチヌスの著書『神の国』でもって指標された方向付け等、キリスト教思想(神学)により、新たなるヨーロッパ・キリスト教文化圏での国、精神的には、ローマ教皇が核(キリストの代理権)となり、諸国がそれに習合した体制をとって起生発展してきた世界を指す。
<King of kings>という考えのon Word も彼アウグスチヌスの時代以降の思想的世界観から成立したと思われる。注:AD354−430年没)
=その定説とは、やがて来るべきメシア、すなわちローマ帝国時代のイエスキリストこそが、 人の手によらずに切り出された“石”だと主張するものである。
=これは確かにダニエル書の<<44節>>での
“それらの(又はその)王たちの世(時代)に” という文節が指し示す古代ローマ帝国時代以降の時と、全く一致しており、さらに決定的 な点では、主イエスご自身が語っておられる言葉が、新約聖書のマタイ、マルコ、ルカの 3つの福音書に記されており、そこでは御自身を、ある ”石 ”に譬えてお示しなさっ ている。
<<マタイ21:42、マルコ12:10、ルカ20:17、そして使徒行伝4:11、 エペソ人への手紙2:20、さらにはペテロ第1の手紙2:6−7に引用されている。>>
“家造りらの捨てた石が、隅のかしら石となった。これは主のなされた事で、わたしたちの目には不思議に見える 
”主イエスは、この言葉を旧約聖書(詩篇118:22−23)から引用して語っておられる。 また、べつの旧約の聖句では、イザヤ書28章16節で: 
”見よ、わたしはシオンに一つの石をすえて基とした。これは試みを経た石、堅く据えた尊い隅の石である。
信ずる者はあわてることはない、、、、”(この句のシオンとは、エルサレムにある神殿の丘周辺をさすイスラエル民族独自の象徴的な地名である。)
さらに主イエスは、ご自身を 
”躓きの石 ”
に譬えておられるが、とにかくこの<石> に逆らう者、敵対する者、無用、無価値なものとして捨てる者は、人であれ、国であれ、すべていつかは、必ず滅び去ると見られている。
以上のごとく、この伝統ある説は絶対的なものとして、キリスト教界において支持され続けてきている。
だがこの説は、本当に真実なる真理であり、事実たりえるのか、ネブカデネザル王の見た”夢の石 ”と 主イエスご自身に譬えられた“ 石 ”とは、その両者を完全に同一視することにおいて、本当に間違いを犯してはいないのか、大いなる誤謬に陥っているのではな    いか、どうか、    ここでもう一度、あらためて検証し直してみるべきではないか。、、、、 先ず第1に検証すべきは、主イエスを王に戴く”神の国 ”は、ダニエルが解き明かした、    かの“ 石 ”による国に、本当にそっくりそのまま該当するものなのかという点である。    [主イエスの”神の国 ”に関わる特徴]イ.) 主イエスが譬えでもって教示し、力(奇跡を起こす神の霊)でもってその一面をあらわされた神の国.....知性的、感覚的(視覚的)な提示となり、外的、身体的(命)な面に力点がある。ロ.) そして、ご自身の存在そのもの(十字架の死と甦り)による”救いの福音 ”でもって 始められることになった神の国......内的精神的に働くもので、精神的な命(魂)を甦らせ、外的、身体的なものすべてを、この自己のうちから包摂、理解するものとなるから、いわば人の内的な精神の根底を起生点として、外的なものが取り込まれるという精神面にその力点が置かれている。**上述した事をまとめて簡単に云うと、外面的なもののすべてがどんなに理想の状態に整っていても、人は精神的な存在だから<内面的な>ものが、未完、不良あるいは不完全で理想の域になければ、結局どちらもダメになるよと云う結果となり、さらにこれを有神論的に云えば、唯一、真の神様が外的にこの上なき理想のパラダイスをお創りなさり、備えておられても、人がその知、情、意の働きをなす魂のあらゆる面で、神と、その共有一致したる真理において、”成仏 ”(仏教用語を借用)していなければ、神の国に相応しくないということとなる。それ故、神の国は、人(人類)と共に常にその完成を目ざして発展途上にある。もし、キリスト教国家という国があって、神の愛と真理によって諸制度、組織、機関を動かし、愛と真理に基づいて政治を行うならば、それは理想的な国と云えよう。
しかし、 現今に至る過去の歴史すべてを概望探査しても、このような国が存在していたと言えるようなことは一度たりともない。
信仰と愛と真理による共同体とも云えるキリスト教社会、及び教会の過去の歴史においても、いつもその理想国家への発展途上にあるということでもって位置付けられている。 以上のことからその結論として、神がご自身のひとり子イエスキリストによって意図し 啓示し、始められた“ 神の国 ”は、この世の国々と同類の地上ベースに属するものと は、未だまったく云いがたいものであるからして、ダニエルの解き明かした”石 ”の 国には該当しえないし、またそれへの預言をなしたものではないと云わざるを得ない。    つぎに第2の検証としては、キリストイエスの時代に至る古代世界を、どう捉えるかという点    に関わる立場を考慮してなされるべきであろう。    [古代世界という地理的版図の終点とその範囲への限定性] イ.) 人類最古の文明は、ナイル河のエジプトとチグリス、ユフラテス両河に栄えたメソポタミアで、これらを総括してオリエント文明として世界史に位置づけられている。  この古代文明に関わる地理的版図は、アレキサンドロス大王の東征以来(BC336)ギリシャによるヘレニズム文明圏を形成するという注目すべき転換期を迎えるに至った。このヘレナイズされた旧来のオリエント文明圏は、あらたに登場するローマによる世界帝国とその領域内で発展し、次第にそのローマ古代文明を造り替えていくキリスト教による新来のヨーロッパ文明圏と対峙するような世界史の構図を現実化してゆくものとなる。このように新旧二つの文明の地理的版図において、古代ローマ帝国を撃ちそぎ、その東ローマ帝国を最終的に滅亡させ、さらに旧来のオリエント文明圏自体を刷新することが出来たと云える、かの”石 ”による国とは、はたしてキリスト教の国だと断定できるであろうか。それは目に見えて不適合な読みであり、まったく否と、云わざるを得ない。 **さらに別の視点から結論づけると、人手によらずに切り出されたかの“石”は、旧約聖書におけるその純聖書的、啓示的解釈から捉えると、それは“モーセによる十戒の石”の延長線上にあるものとして、それへの類比が象徴的に可能となるからである。
ロ.) 文明発祥の地、古オリエント世界の数千年ともいえる文明的繁栄の主導権は、まさにギリシャ・ヘレニズムの文化時代と共にローマ・ヨーロッパ文明へと移らんとした。
この旧オリエント文明圏の地は、旧約正典(旧約聖書)を出生せしめたという由緒ある歴史の足跡を残した地でもある。
”四海を鎮護する者”
を意味する言葉を自らの名するネブカデネザルは、まさしくこのオリエント文明圏にその名を轟かしたバビロンの大王であった。
彼は、ユダヤ人が信奉する唯一、真の神のレヴェレーショナルアットモスフィアー (Revelational Atmosphere)の領域からは、はみ出た例外的な人で、多神教を奉じる異邦人である。
この異邦の王を介して神による
“ 夢の啓示 ”
が与えられたということには、それなりの事情(起り始めたエルサレムの荒廃と民の離散捕囚の現状運命)があり、そのユダヤの歴史的転換期に合わせて、神から啓示されるべきその内容が、いまや妥当なものとして絞り込まれてきた。 つまり、世界史的な預言と、来るべきメシアの預言、そして捕囚後の民(ユダヤ人)と復興エルサレムに関わるその終末的預言、これらの三大内容が実現されるべきターゲ ットとして、【人類の時】を支配する神の、その“時の範疇”に置かれることとなる。
それ故、ネブカデネザル王を介してのその“ 夢 ”による預言は、その世界史的なレベルにあって、彼自らが、その展開的な頂点に立つ人物その人であるからして、彼においてなされ、そしてユダヤ人のダニエルが、それを解き明かすという最も妥当な仕方を執った訳である。
したがってその<夢>預言が、異邦の諸王に関わる世界史的次元を主眼点とする限り、いかなる形といえども“ メシア預言 ”は、その中には含み得ないものとなる。 
つまり、多神教を奉ずる異邦の王を介しては、いかなる方式であろうとも、
“ 聖なるメシア ”預言
がなされるということは決してあり得ないことで、これは旧約の民イスラエルに限定された、神の啓示活動における神自らの鉄則である。
ゆえにかの“ 石 ”は、メシアなるキリスト・イエスを指すものではありえない。
そして、その石は、旧約聖書時代以後の、キリストイエスの時代以降に出現する人物として時間的にも特定限定された象徴預言なのである。  
<マクロ的なもの> その2  
============
★ダニエル自身が見た夢の預言:聖書テキスト【第7章1節〜28節参照】前述したネブカデネザル大王の夢の預言は、BC604年(彼の治世第2年)のことであったが、それから下ることおよそ42年後、ベルシャザル王の元年にダニエル自身が夢の預言を得たとある。
ベルシャザルという王の名は、バビロンに住むユダヤ人が好んで呼称した名であり、ダニエル自身が最初に名づけ、用いた名であった。
バビロン名ではエピルメロダクがその王に相当する。(列王紀下25章27&エレミヤ書52−31参照)この王はその治世の第3年に暗殺されているが、その時のいきさつについては、前後反目した記述としてダニエル書の第5章の全体にわたって記されている。
その約2年前にダニエルは夢による預言を得たわけである。
この預言の内容は、ヨハネ黙示録に記されている内容と重なり関連しているか、あるいは連続的にそれへとつながっているかに見られうるようであるが、黙示録よりはかなり平易で、その意味内容は、すんなりと理解できよう。
けだし、途方もなく超マクロ的に広汎な概略内容の為、人類史全体からの個々の歴史的な特定は容易ではないと云えよう。
言葉を換えていえば、全く信じがたいことであるが、それはとてつもない【神の超マクロ的な展望視】であり、神の子キリスト在世以後、現在に至る世界史全体において、中世から近世、近代に至る時点を念頭目捉したるかたちで、その展望を集約的に象徴化した預言として、ダニエルに与え、啓示したものといえる。
したがって、ヨハネ黙示録のヨハネ時点との相対関係にあっては、あくまでもダニエルが在世したその旧約時代に立った処からどこまでも展開一望されたるもの、という特質性を有した預言内容だとみるべきものである。
(あくまでもダニエルによる<旧約次元ベース>のものであるを意味し、そのように捉え預言しているものなんだと、、、
これに対して<ヨハネ黙示録>のあるべき立場は、、、
使徒ヨハネのAD1世紀末次元でのそれとして、
<キリストの予見眼識、及びその視点を源>    
とした別の見方、別の様式で、その全時代からの時の諸特徴が啓明化されるものとなるという具合に、新たな<新約次元ベース>でのもの、といった認知感覚を生じさせうるものとなる。)  
この第7章の預言内容の解釈について、キリスト教徒の教会などではきわめて正統的、且つ事実だと信じられ、支持されてきた定説がある。 
その意味解釈をかい摘んで要約すると、以    下の如くである。
彼は4つの大きな獣が海から上がってくる夢の異象をみたが、従来からの定説では、時代的な流れとして、
<ししのような第一の獣は、ダニエル当世にある “ 新バビロニア ”>、
<第二の獣、熊のような存在は、“ ペルシャ・メディア ”>、
<第三のひょうのような獣は、“ ギリシャ ”> <第四の、他の獣にさえ例えられないほど恐ろしい獣は、“ ローマ ”>
の帝国としている。
この解釈が、世々代々支持されてきた、まさに確定的な正統説である。
だが、この従来説は、はたして疑問の余地がないものだろうか、、、
本当に正しいもの、真に的を射たものだろうか。確かに時代的な流れの区切りとして、そのように捉え、解釈することが可能である。
しかし、もっと世界史的に視野をひろげて、世界史全体を見つめ直し、その四つ獣の真意を再考すべきであろうとも。
ここでその再考された真に新しき秘蔵の解釈を解き    
明して見よう。   
@:ネブカデネザル王の夢預言の項で、前述した[古代世界という地理的版図の終点と、、云々] で、
旧来のオリエント文明圏、
ローマ到来後に来る新来のヨーロッパ文明圏
等々について述べ たように、”第一のししのような獣は、
”その旧来のオリエント文明圏にあたる帝国であり、 それは
バビロニア+メディア
から
ペルシャ+メディア
への移行隆盛を示すものである。
4節の記事本文を見ると、
”わしの翼をもっていた、”がしかし ”その翼は抜き取られ、人のように、、、立たせられ、人の心が与えられた。”
と記している。この言葉の意味する状況は、一体どういうことを指しているのだろうか。 
しし、つまりライオンという獣は、地理的分布としては熱帯から亜熱帯のブッシュや草原(岩場)に生息する動物である。
エジプトからメソポタミアの領域は、まさにその範囲である。
<翼をもっていたしし>
とは、何を意味するのか、しかも<わし>の翼とは、どんな場合を云うのか、、、
翼は天空を天かけるものであり、わしは、その当時をして最強の強さを象徴した意味を表している。
この古代バビロニヤからの”飛翔の力の翼 ”は、単なる軍事的な力を表わすものではない。 
これは、古代の神殿宗教的な力を象徴した天的(神権的)な体制を併せ持った力を意味するものである。    
<その翼が抜きとられ、人のように立ち、人の心が与えられた、、、>
これは、ペルシャの時代へといたり、その終焉の段階までの過程で、その初期から半ばにかけては、ユダヤ人の学問、その聖典(旧約聖書)的思潮などによって教化され、ゾロアスター教なども興隆してくるわけであるが、その後、ギリシャからのヘレニズム文化の勢いによって、また、アレキサンドロス大王のペルシャ制覇によって教化され、
”人のように立たせられ、かつ人の心が与えられた”    
という歴史の時代状況となったことを言い表している。
A:それでは”熊のよう”だという第二の獣は、どのような国、情勢を言い表したものであろうか、、、
<熊>
は寒冷地などの森林、河川に生息する生き物であり、あまり暑い亜熱帯や熱帯地方には適さない動物であり、そのような所では、まったくその活発な活動が鈍り、ややもするとその体を半ば横たえてしまう。
5節の記事本文では、そのような熊の状況を前提にして象徴表示している。
”これに向かって『起き上がって、多くの肉を食らえ』という声があった”
と記されているが、この意味するところは、
<さらなる征服をなせ>
とうながし、進めている様を表わしている。 
<三本の肋骨をくわえた>半ば横たえた熊の状況の意味するところは、ギリシャ、マケドニヤの森林地帯から制覇の出現をなしたアレキサンドロス大王の趨勢は、今や<三本の肋骨>、すなわち、それは、当時の史観的(旧約聖書的)な意味合いで、まったく“セム、ハム、ヤペテ”の子孫系列からの全種族を言い表わした言葉であり、これをまさに口にくわえたままの状態情勢のままになっていることを意味している。
彼、アレキサンドロスは、<起き上がって>さらなる遠征、インダス河畔流域までもその勢力    をのばすが、その遠征からの帰還直後、首都バビロンで病死するに至る。(BC323) 
その後の後継者たち(サトラップ=総督たち)においても、新たな地域への<さらなる遠征>もなく、
『起き上がって、多くの肉を食らえ』
というその<声>だけがあるのみで、時代は過ぎ去ってゆく。
その時代の流れ行く時の経過の先には、ローマの台頭があり、ローマ帝国形成の趨勢が横たわっている。   
B: それでは第三のヒョウのような獣とはいったい何ものなのか、、、、
この獣も旧来のオリエント文明圏に主要位置を占めているわけであるが、世々代々にかけて支持された<従来定説> では、これをアレキサンドロス大王が制覇建設したギリシャ帝国としている。
連続的に
第一のものを ”バビロニヤ ”
第二を ”メドーペルシャ ”
とし、それらに後継する歴史は、もはや ”ギリシャ ”しかあり得ないからである。
この場合、6節の記事本文
<この獣には四つの頭があり、主権があたえられた。>
の文面に完全に捉われる向きになっている。
大王の死後、確かにその初め帝国は、4分された向きがある。
エジプト・アレキサンドリアのプトレマオス朝、
シリア・バビロン方面のセリュコス朝(セル   キア)、
アカヤ・マケドニア本国、
小アジアの王朝
をその四つだと断定する。
しかし、それらは、きわめて不安定で互いに争い、ほとんど3王朝に帰する時期の方が多かっ    たことを史実は現に物語っている。
これに関してダニエル書の別の章、第8章での別記事(8節)では、大王の死の直後、その数年の分轄継承時期を捉えて預言表示しているわけだが、、このように定説では、
<四つという数>
にひどくこだわり、次章(8)の文言(8節と22節)との数字の一致をなしていることによって、その定説が間違いないと思い込んだところに、何かもっと大きな視野による的確性を満たし得たものを見落とし、その誤謬に落ち入ったのではないかとの断言ができるのです。ここで、少し次章の8章に関して説明しなければならないが、その章の記事本体の性格は、    まったくの近未来の史的状況を物語るもので、マクロ的眺望ではなく、むしろミクロマイナー    的な傾向の預言である。    したがって比較同一視は妥当性を欠いたものとなり、解釈的には前7章での超マクロメジャー    的預言の構成の一部分要素としては組み込めないから、別個扱いにてのマイナー的な詳細とし    て、その近未来的史状預言を新たにダニエル自身が受けていると思われる。    彼はその7章で、超マクロ的メジャー預言を幻受したわけだが、それに関しその内容からして    非常に悩み、理解に苦しむばかりで、その不可解さと、謎解きがたき思いに満たされるばかり    の心境で、この預言内容に心に留め、(28節)先に見た幻視預言からはすでに2年半あまり    が過ぎていったと見られる。    第7章の記事は、バビロンの王ベルシャザルの治世第一年で、ダニエルがバビロンでの自分の    館にいた時の事であった。    ところが第8章は、その王の治世第3年に当たるとして、エラム州の首都スサにいた時、しか    も川の名もはっきりと明記している。この川は、大河チグリスの幾多もある支流のひとつで、    彼ダニエルが現地に滞在せずしては、その川の名(ウライ川)を知るよしもないものである。    彼は、先に視たかの預言の事で悩みぬいたすえ、スーシア(ペルシャ)の首都スサに出かけた    か、それとも、ベルシャザル王の暗殺後の事で、後にバビロン王国を領有したスサの王ダリヨ    ス(第5章31節)    
(この王は、エステル記でのアハシュエロス王と同一人物)方から、その身の安全指示により、 そちらバビロンからエラム州に招聘されたかの、いずれかに違いない。
いずれにせよ、彼はその川のほとりで、近未来的な幻の啓示を見たのである。この預言記事は、超マクロの7章での第一の”しし ”
バビロニア+メディア
に対して、そのポスト後の
メディア+ペルシャ
として、”雄羊 ”をあてがっており、猛獣ライオンに比べたら、家畜に等しい羊の類であり、
<人のように立ち、人の心が与えられる>
と、7章4節で言われた内容に俄然継承的に隣接するようなものである。
そして、ギリシャ=アレキサンドロス王にたいしては、なお荒々しい野性の”雄やぎ ”で表わしている。
この王の初期は、まさに大地を駆け回るほどに勇猛果敢であるが、彼の末期は幾分寒いところの育ちであった故に、まさに“ 横たえる熊 ”のようであったといえよう。
また、旧来のオリエント=メディア・ペルシャに依拠した8章の預言に対しては、
“雄羊”対“雄やぎ”
を用い、来るべきローマの新来のヨーロッパ文明圏に関わる7章、この章は、全くもって、その内容の重点を、ローマとその後に置いているからして、それに相当したバランスを考慮して、あえてギリシャ=アレキサンドロスをば ”熊 ”のような獣として表示していると云える。
このように7章と8章を関連づけて捉えると、7章での第3の獣 ”ヒョウ ”は、頭が四つあろうとも、それはギリシャ帝国ではない。
そもそも古代ギリシャ帝国なるものは、成立しな    かったに等しい史実を歴史に刻んでいるからだ。“ 古代ギリシャ帝国 ”なる名称は、キリスト教徒の学者らが、便宜上に用いた、いわゆる“ 単なる造語 ”に過ぎないと思われる。
このように定説は、きわめて単純に第8章のミクロ近未来の
ギリシャ=4つの国
の預言を第7章での第3の獣“ ヒョウ ”に結び付けて解釈するを正解と見なしている。
しかしながら第7章での本筋の重点、内容の重みは、第4の獣に置かれている。つまり、超マクロ的なこの7章の預言は、第1の獣から第2の獣へと続き、さらに第3ではなく、第4の獣へと続く歴史    を超マクロ的に展望したような意図が秘められており、その結果、来るべき新来のヨーロッパ    文明圏との間の大変な長き歴史的空隙を、旧来のオリエント文明圏をして、それをバランス良    く充てん穴埋めするために、第3の獣をローマ以後の新来の文明圏に対峙させたものとして、    その預言設定を行っている。
ちなみに古代世界史での旧来のオリエント文明圏の終息時期は、ギリシャのヘレナイズによるそれであるが、その地理史的版図上での国々、諸族の興亡は、とみに激しく複雑で捉えがたい。    アレキサンドロス大王後の四つに分かれた国々とは、本国マケドニア、エジプト、シリア(小    アジア、ユフラテ河西岸地域を含む)、そしてパルティア王国(メディア、ペルシャ地域)と    なって行くを示すことになろう。
したがって、新来のヨーロッパ文明圏に対峙する形で、世界史の史実に登場する第3の獣とは、旧来のオリエントの地理的版図にあっては、パルティア(BC247〜AD226、この国は、ローマと対立する=トラヤヌス帝の遠征AD113〜 117)、ササン朝ペルシャ(AD226〜651)と続いた後、出てくるもので、延々と十数世紀にわたってその王朝の変遷史を書き留めるものとなり、イスラム文化という固有な文明を形成発展させた、主要な4王朝のこととなろう。
その最初は、サラセン・ウマイヤ王朝、次はアッツバース朝、三番目はセルジューク王朝(ト    ルコ系)、最後はオスマントルコ王朝であり、この4王朝が、第7章6節での第3の獣 ”    ひょう ”に指摘される4つの頭なのである。もちろんそのような長き時代の流れの間には北    アフリカおよびエジプト、又イラン高原やホラーサン(現アフガン地方)等に地方的な小イス    ラム王朝が興っていたのは確かであるが、それらは<頭>とは云えないようなローカル規模の    もので、何はさておき、ユダヤ人の聖都エルサレムや新来のローマ=ヨーロッパ文明圏に対し    て、多大な影響力、抗争衝突の種を撒き散らすような関わり方もほとんどなく、ひとえにイス    ラム文明の維持発展の体毛色の意味あいを維持していたといったところとなろう。 元来、ヒョウという動物の最大の特徴は、その体色が美しい斑紋であることにあろう。その    体毛が毎年抜け替わるらしく、その度に斑紋にはつやがあってきれいに保たれるという。イス    ラム文化の王朝も、そのように交代する度に一新され続けたことであろうか。、、、、また、    本文6節には<背には鳥の翼が四つあった。>とも記しているが、これは何を意味するのか。    第1の獣での ”しし ”では、同じ鳥でも鳥の王者ともいえる<わしの翼>であった。    この場合は、古代オリエント世界での成熟最高の力を表わすシンボルとしての<わしの翼>を意味するものであった。
しかし、第3のこの”ヒョウ ”の時点では、同じ地理的領域ではあるが、もはや王者としての<わし>のそれではなく、かと云えば、ほかの特命の名をもって当てることも不適切のようで、したがって単に<鳥の翼>としている。
だが、その<翼が四つ> とは異なことである。
わしに匹敵するような強い鳥のいないこと、そのことへの補足強調とも云えようが、しかし、その<四つ>という数の意味する本来的な趣旨は、強力な宗教と文化とという二重両翼の翼(その建営的なノウハウ)をもってその軍事力を展開していく、その4つの頭の諸王朝の情勢を言い表すものであったと見られる。
このように第3の獣“ ひょう ”を正しく理解受容できると、近未来的なミクロ預言として与えられた第8章の内容は、第2の獣(熊)と、第4の獣(えたいの知れない生き物)との架け橋となるべき役割を秘めたものだという事をあらためて感じさせられるのではないか。
第7章のすぐあとに第8章の近未来的ミクロの概要が付随してきたその存拠理由が、かの第四の知られざる獣の預言への<架け橋的な役目>を果たしているという処にあるのではないか。    しかして、その8章の内容と云えば、ギリシャのアレキサンドロス大王以後、四つの王朝時代    の初期へと至る過程の背後から、著しい台頭をなしてきたポリス(都市国家)、ローマの帝政    最初期への隆盛時代、ポンペイウスのエルサレム占領から、かのカイザルなき後を引き継いだ    アウグスト帝(オクタヴィアヌス)、そのあとの皇帝らからネロ帝(8章23〜25節)まで    を概略一見の預言表示をなしていると、表面的に結論づけることが可能となろう。    この8章の幻について、ダニエル本人は、<これもまた、悟ることができなかった>が、悩む    という心境よりも、むしろ驚いた、その内容に仰天したと告示している(8:27節)
彼はこの時期、ベルシャザル王の第3年に当たる頃だが、“自分らの民が解放され、ユダヤに帰還することになり、町や神殿が復興され、<常供の燔祭>も行われるようになる。”との、    そんな事態が訪れようとは夢想だに思ってもみなかった。
また、そのような知らせ、あるいは確実な預言や、み告げなりを得てはいなかった。
だからこそ、ひどく驚いた気持ちにもなったというのだ。
このこと(民が帰還出来る事)に関しては、それに関わる文書情報を広く探索、調べるべく、後になってようやく知るものとなる。
これにはエレミヤの預言による言葉文書の入手があり、 第9章1節〜2節で、以下のように表明するかたちで記されている。
”メデアびとアハシュエロスの子ダリヨスが、カルデヤびとの王となったその元年、即ち、 その治世の第一年に、われダニエルは、主が預言者エレミヤに臨んで告げられたその言葉 により、エルサレムの荒廃の終わるまでに経ねばならぬ年の数は、七十年であることを、 文書によって悟った。”   C:次にこの第7章での最重心的なテーマとなる第四の獣に関わる詳述に着目してみよう。これ    は、先の3つの獣ように該当適用すべき現存の生き物が見当たらない様相を呈しているようで    ある。それだけ内容ファクトの版図ベースが超巨視化状況に置かれているということを意味し    ているものであろう。また、従来までの文化圏の主舞台が、エジプトからメソポタミアなど、    オリエント世界を版図としていたが、<第四の獣>で表示された世界の主舞台は、いまだ未知    なる、新たに起こらんとする文明圏をその地理的版図となしつつ、その新旧相互の関わりのな    かで、さらに地球全体規模へと文明の接触交流が広がってゆく、そんな方向性を暗示するもの    となる。ダニエルにこの幻黙示を与え視させた方、その方(主なる神)の目は、まさに2千年    3千年の先までも、人類史の全体を見通し、その過程の予見眺望ができている。また、その進    展過程での<摂理的な方向付けの御業>をなさる。あたかも<原内容のプラン>があって、そ    れに準じた現展開過程史への<予見と摂理>の確認介在作業があるかのようだ。    本題をダニエル書のテキスト第7章7節以降にスポットを当ててみよう。内容の構成は、ダニ    エルの幻視したそのものについての表示:十の角をもった獣の動的な様子、容貌と将来的な角に関する変遷様相、そして、表現できない不可視的な事柄事象に対する<象徴的な幻示>での    いわゆる何か<神の審判>を思わせるような状景と、<人の子・メシア>の来臨とその存在の    様想を表すもの、ここまでが7節以降14節までの前半部分となる。    後半はその真意の解説表示部分:    15節以降28節までが、解き明かしを受けるダニエルの様子と、内容の<解き明かし真意>    の開示、そして終節のダニエル自身の心的反応描写でもってその第7章の区切りとしている。    この部分の<審判>とか<人の子・メシア>に関わる表示ファクトは、後のユダヤ時代史での    ユダヤ教徒や心あるパレスチナの住民にとっての<メシア待望><終末論的な救い=ユダヤ王    国の復興>思潮の源泉となったことは歴史の知るところである。さて、この第四の獣の前半、後半の全体を踏まえて、主要な部分の詳細語句となるものを一    つひとつ取り上げてみよう。
先ずは十の角等以外の部分のものから見ると、頭の数についての言及規定は一切なされていないが、明らかに
<一つの頭としての進展的存在ベース>
を示しているものと見られる。
その特徴は、先の三つの獣などと比べて、比較にならぬほど<恐ろしい    
・ものすごい・非常に強い>との一点張りである。この<格差>は一体何を意味するものだろう。
端的に言えば、これらの表現は、その獣の全面総合的な<闘争力>を示しているようだ。    
しかも格段の差が見られる如くに、、当時の古代王権国家をその例にとれば、これは、その国    の国力の要のひとつともなる軍事力をそんなふうに表現できると云えようか。
この場合、古代人の目線(視点)に立って見れば、古代ペルシャ帝国が都市国家群のギリシャと戦争をした場合 (BC480年代)やアレキサンドロス大王が長い道程をかけバビロンまでの勝戦をやり抜いた時代(BC330年頃)など、その兵力武具の基本的な装備物といえば、槍、弓、剣類に盾    などの防具類、そして騎兵に欠かせない馬等であったわけで、あとは1日、あるいは長時間勝    負での会戦時の体力と精神力での戦闘能力、さらに戦いの兵法・戦術とかの作戦知力や将軍ら    の勇猛な指揮統率力の良し悪しで勝敗が決まる。そんな程度のもので、
<怖い、恐ろしい、ものすごい、非常に強い>
といった様相の感じは現れてこないわけだ。したがって、そういった軍事力の面での格差がかなり明瞭になった時代、その起点的ベースとなって発展して行ったの    が、古代ローマ帝国であり、これが<第四の獣>としての【出現母体】ベースということなの    だ。ちなみにかのローマの将軍ポンペイウスがエルサレムを包囲して攻め入る際、(これは、    ユリウス・シーザーがガリヤへの征討を試みる10年ほど前の事:BC65年頃だが。)機械    的な応用力を生かした<石投げの装置>が頑丈な城壁などを破壊してしまうほどの威力を発揮    した状況、また見えない所では、戦争のための土木技術や大型機械のようなものを造る能力、    また優れた戦闘力となりうる大型の<軍船>を建造する能力や、優れた武器、武具をより多く    造る<兵器工廠>を営むようになった組織的な技術経営力など、、ローマの軍事力は、他をは    るかに凌いで<恐ろしい、すごい、強い>というパターンの始まりだったと云えよう。    さて、<大きな鉄の歯があり、云々、、>(7節)の表現を前提とする、<第四の獣としての    【出現母体】>を<古代ローマ帝国>となしているわけだが、これもまた、背景的に云えば、    主流青銅器文明との微弱併行期の長き過程を経て、その後ようやく顕著になってきた<鉄器文    明>を大いにローマが発展せしめ、いち早くその工、産業的な国力の基盤にまで成長させた様    子、またその国力の勢いが、当時の全ての他民族に向かって伸張していった、その<帝国拡張    の強大さ=鉄の歯>、製鉄技術でもって帝国を存続させうるという姿を捉え見たものである。    ローマ帝国の都、ローマのかっての前身は、ギリシャの都市国家の市を真似た<植民市>であ    ったが、これは、前7世紀以降エトルリア人の支配下にあった先住諸種族(古ラテン人)が先    進文化のギリシャ人を招来して築いていった都市であった。そのかなり平穏な<共和制社会の    形成期:前5世紀〜4世紀>の頃に北イタリアのエトルリア・ケルト人の南下侵入、ローマ市    占領に遭遇し、その力を見せ付けられる。(BC387年頃)このような外来部族の侵入の経    験が契機となり、そのローマ市は新たなる発展をなしていったとみられる。    ケルト人といえば、中部ヨーロッパライン川上流とドナウ川の最上流域(イタリヤからアルプ    ス山脈越えした地域方面)間の広範囲を中心として、イタリア半島を南下したばかりでなく、    西部ヨーロッパ(ガリア、イベリア)、北部ヨーロッパ(ゲルマン族の故地方面)およびイン    グランド島にまで、またその一派は、小アジアでの古名ガラテア(ガラタイの地)にまで広が    った、かのゲルマン民族以前にヨーロッパの古文明を担った人種であり、その鉄器文化は、初    期ではハルシュタット、後期ではラ・テーヌ文化で、その名が知られている。したがって、古    ローマ市はそのすぐれた鉄器文化に大いに影響され、その初歩、基礎的な製鉄技術を身に付け    るものとなっていたと思われる。処でこのことは当然、異な事のように思われよう。なぜなら    ば鉄文化は先進のギリシャ諸都市(東方エーゲ海イオニア伝来)から伝えられて良いというも    のだが、農耕器具や生活用具としての鉄製品は、少なからずその貴重な商品としてギリシャか    らもたらされたであろうが、鋭利な品や製鉄全般にわたる製造技術等は、ギリシャはこれを外    交上、囲っていたであろう。東方オリエントには強大なペルシャ帝国の伸張があり、つねに相    対していたから、これ以上、北や西方からの外敵を作るような発展的施策を執るというような    愚をしなかったからであろう。   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−ところで、ちょっと余談になるが、現代の製鉄、製鋼技術は、大変な超大規模工場プラント    方式で、その諸設備の制御などがエレクトロニクス化されている。このように機械化されてき    たその発展過程には、18世紀中葉前後からのイギリスを始めとした産業革命時代への流れの    中で、近代化への工場生産体制の大いなる体系的基盤の構築がなされきたことがうかがえる。    用いられる動力源も工力的機械仕掛けから新しい蒸気機関へ、そしてやがては蒸気機関などか    らさらに電力系のものへと置き換えられてきたという過程が見られる。産業革命もいよいよそ    の盛況の最中、早くもその19世紀初頭には<蒸気船>が出現、しかも鉄材がかなり使用され、    大量の鉄生産が必要となった。このさき鉄材の需要は、益々伸びるばかりとなっていった。    さらに<鉄時代>を象徴するかのように1825年代になると<蒸気機関車>の鉄道の発展が    イギリスから始まった。やがて軍船もその船体は、大々的に鉄製となり、大型の蒸気機関エン    ジン推進力のものとなり、幾門もの砲台を備えた大型の<戦艦>ともなった。このようにいま    や現代においてもアイアン・エイジ=<鉄の時代>であることには変わりはなく、もっか存続    中といったところだ。種々の特殊鋼を含め、多様な鉄材なくしては、そのあらゆる面での現代    文明は存立し得ないということになろうか。    その意味でも製鉄工房・工廠が顕著になりだした古代ローマ時代から現代までの製鉄技術の流    れは、<鉄文明時代>の到来を物語るものだと云えよう。しかも現代に至っては、大量の<鉄    鉱石>や、<石炭(コークス)>などの資源採取の必要べからざる状況を想定することができ    る。このような状況への意味合いにおいて<鉄の歯>いう表現をあえてそれに転用解釈すると    すれば、まさに地球を喰い尽くす<鉄文化の歯>だとも言えるようなものともなろうか。    人類史からその製鉄技術を振り返れば、古代ローマ時代までに至るその発展には約1500年    前後まで遡る長い歴史が横たわっている。この頃の技術は<錬鉄>を木炭火炎で何度も熱し、    鍛造して、その表面組織を硬くする鋼の冶金技術、<浸炭法>まで進歩してきたということだ    が、それ以前の起源初歩の時代はと言えば、そのまた1000年(BC2500年頃)までも    遡り、その時代ではただ単に<鉄鉱石>を地面掘りの炉の中や、窯炉風の炉の中で、燃料と一    緒に焼くことで、<海綿状鉱鉄粒塊>を取り出し、それを打ちたたいて鉱くずの不純物を取り    除き、ごく少量の<錬鉄>を得ていた状況であった。そんな素朴な処置、鍛造処理であったこ    とが、考古学上、発掘出土された数少ない古代遺物から推測されている。    古代ローマ最初期時代に至って<溶鉄>を型に流し込む<鋳型>工法で<鋳鉄>にするという    技術が果たしてなされていたか、ごく小さな物で始まっていたか、定かでないが、<青銅器>    の生産においては、遥かな古代(BC2000年頃までには始まっている)から<鋳型>によ    る生産技術が主流となっていたから、その応用として幾度となく試験的に試みられ、僅少な試    作品程度のものに留まっていたのではないかと思われる。    とにかく帝政ローマ時代には<鉄鉱石>からの<錬鉄>製法→<浸炭法>処理→<焼き入れ>    →<焼きなまし>鍛造処理法としての<銑鉄、鋼鉄>の一貫製造法が、その基礎的生産体系の    一連の流れ・工程として確立されていたと見られる。分業の鍛冶工房と、別個に溶鉱炉が陶土    の物を焼く窯炉のような形式、或いはかなりの耐火性を考慮して炉内外の構造の造りが工夫さ    れたものとして、その溶鉱作業が営まれていたと思われる。    すぐれた溶鉱炉、特に地上常設の高炉の出現などに関しては、14世紀以降、ルネサンスから    近代に至ってのことで、さらに高熱と不純物処理、微炭素化に最適な燃料として、コークスが    最良だとして利用される<コークス高炉>が登場するのは実の18世紀後半以降の事だ。    このように<鉄製成の工法文化>は、人類における途方もなく長い断続・連続の繰り返し的発    展史として今に横たわっている。    さらに今一つ、<大きな炉>に関することで見逃せない<古代の資料記事>がある。それは、    何といま問題としている、この<ダニエル書>第3章の記述の内にあるもので、<ネブカデネ    ザル王に関わる叙事物語(全体が3幕的に区切られている)>の流れの中(第2幕目)に見出    されるから、案に面白いことだ。このバビロン王の設けた炉がどんな様式の炉であったのか、    何の用に利用されたものか定かでないが、高さが20メートル(60キュビト)以上もある、    <金の像>(1節)を造るためにも利用され、大量の<金鉱石・金塊>を溶かすのに用いたと    も云えるかもしれない。    とにかく耐火煉瓦によって作られたものだと推定されようか、、金以外の金属類、銅や青銅な    どの溶解や精錬に、あるいは自然資源の<銅鉱石>や<錫鉱石>を溶融して銅や青銅を産出す    るために用いたものだったかも知れない。    鉄の産出に関しては、その製造技術が、銅や青銅を生産するような容易さのレベルのものでは    なかったから、そのような常設の炉は、その頃(BC600年前後)では、未だ利用されうる    段階には達していなかったというわけだ。    (しかし鉄鉱石を950度℃前後で燃やして<海綿鉱塊>にして炉から取り出し、鍛造・錬鉄    処理を行うこと等が考えられるが、これだけでは実用物となる品を多く造り出す事はできない。)   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− さて、問題のテキスト本論に戻って、7節の<鉄の歯>の表現に加えて、19節では、その両    手、両足のつめが<青銅>だと表示しているから、一層その怖さが倍加する様相だ。絵で以っ    てこの獣を具象画できるとすれば、まさに奇怪、怪奇の極まりないものとなろう。    <青銅のつめ>も<鉄の歯>との相乗効果で、尋常でない<強さ>、尋常でない<恐ろしさ>    のイメージをその獣に付していると言える。その<脅威の極み>を表す<青銅のつめ>の意味    する、さらなる真意は、その両手両足を思いのまま振り回すこと、自由にその腕力=武力を行    使できるということであろう。過去従来からの<青銅器文明>は、いまやそのピークを過ぎ、    やがてはすたれ行く中、その文明のあらゆる所産が今や最大限に活かされ、<大いなる国力>    としてフルに使いこなされているという意味合いも込められているのだ。    このような様相の<第四の獣>、その<母体>としての<ローマ帝国>の覇権遂行にあって、    それを被る側の諸族諸民族の<尋常でないその大いなる脅威>とは、ローマが有する<ある種    の大型機工兵器団、重装備歩兵団、すぐれた騎兵団>、そして地中海を掌握する<優れた軍船    団>であったということは言うまでもない。    ローマの軍制は世紀前後から2世紀(AD)中が最もしっかりと整っていた時期と思われる。    24軍団(24レギオン:1レギオン当たり1万から1万2千の軍勢か?)の正規軍と、さら    にいつでも予備兵から成るもの、その組織化された兵制は、他の諸部族諸民族のような農奴、    農民や、市民、傭兵らの寄せ集めから成る大集群団の軍勢とは、まさに比べものにならないほ    ど質的レベルですぐれたもの、強いものであったという他ない。(だがその強固さは2世紀中    のいわゆる<5賢帝時代>までのことで、そのハドリアヌス帝の時には、各属州諸市のローマ    市民らからの徴募による、<属州軍団制度>を制定することで、ローマ24軍団の正規レギオ    ンを維持するものとなり、以後その制度が慣行されてゆき、強い属州軍団から皇帝が擁立され    るという勢力的機会が訪れるものとなる。)    いよいよ次は核心の文節、この第四の獣の<頭にある10の角とあと出の1つの角>の真相に    その解き明かしのスポットを当てて見よう。だが、実の処この試みは容易なことではない。い    うなれば不可能に近いほど、難題となるようなものだ。はじめに言説した如く、超遠大なマク    ロ預言の幻示ということ、<神の超遠大な展望を超凝縮して、一つのまとまった表象>として    表現され、神の立場、深慮を考慮するという事になれば、その意図的な相は実に捉えがたいも    のとなるからである。    よって先ず、より正しい立場に立って理解すべく、その視点的前提として念頭にしなければな    らないとした<概呈・コンセプション>を、しかと有さなければならない。これは、獣及びそ    の頭と角(10と1つ)の関係の法理のようなもので: 以下のような<コンセプ概呈>を持    て、ということだ。(人知を超えた、超遠大な展望であるというコンセプトと共に) ◇獣の体と頭・・・・・・→体はその大きな帝国(ローマの最大限の版図としてのもの)頭はどこまでもその帝国の王(皇帝)であり、その皇帝には歴史の流れの中で、色々な性格タイプの王として変遷して行くこと。(10の角などはその後の事。) ◇10の角と 1つの角・・・・・・・→角は<王>を表し(文言テキストどうり)、かつ<王>が、王である以上、その<国>を表すということ。(その民、国無くしては、王とは云えないから。)そして、、この10と1つの角の王は、広大なローマ帝国の領土版図の内外縁から出現してくる<王であり、国である>ということ。(一つだけ例外圏に見られるものもあるかも、、。)   *10の角は、その10の定数を表わすが、また同時に全体を表わす数の全体数の象標(象徴)をも意図するものである。 ◇予型と本型・・・・・・→あと出の<一つの角>には、予型をもって本型(本物)を示すような一見、二重的な可能性を秘めているかのように、かなり巧妙、不可知的にその事が知られ得ないようにベール被閉されているとも。(しかも予型も本型もこの<一つの角>でもって共用アプライされた預言であり、その成就とするものである。)[注]:ここでの獣預言の展開はあくまでも旧約次元(選民イスラレル史的)ベースから 延長進展した側面を一望、展望した象徴預言であり、視点的にそのベース枠から はずれることはない。 AD70年前後にユダヤの旧約の民は、離散の憂き身にさらされた。離散境遇に ついては、かって、失われた10部族民やバビロン捕囚などで、その民族的な経 験をなしているが、このユダヤ人の離散によるその後の長い彼らの生存活動は、 まさにその旧約次元ベースにて予見、予知されていた事象の事柄であり、その預 言内容、その動向での要の一つとして、将来的に大いにその役目、働きをすると いった向きのものとなる。 つまり、後に大いに発展したキリスト教世界、その教会や国社会、俗世的な国々 においても、国を有しない彼らの優れた生存活動の主要な係わりは浸透してゆく ものとなり、その旧約ベース的な預言に直接間接、大いに寄与するものとなる。 (日本の戦国時代でさえ、イエズス会の活動で、ルイス・フロイスやルイス・デ・ アルメイダといった2人の有能な会士は、キリスト教徒会士である事の以前に、 自分らがユダヤ系の者であるを意識して活動をしたという、その例証を見る。) ◇人民主権による民主 主義社会の成立・・・・→最終的には10の角及び、あと出の一つの角の主権は奪われ、その権力主権は、永遠に絶やされるものとなる。 <国と主権と全ての国々の権威>とが、いと高き存在者の聖徒である民に委ね与えられる事が成就するからである。(ここでの預言ももちろん旧約次元ベースからの一望概容の顕われとなっている。)*ここでの文言(7章27節)では、イギリスからの清教徒たちが   新大陸に向け(1620年9月)メイフラワー号で海を渡り、困難   極まりない入植生活確立の歩みを辿り、その後、アメリカ合衆   国独立建国の時(1776年7月)へと、、そういった時代以降の   <民主主義を出発点>とした、新生アメリカの国の姿を最も良   く指し示し、その典型としているかの如くである。   (先住民インディアンとの折り合いが険悪となり、血で血を洗   う紛争、報復が繰り返され、収拾できないまでになった一時代   を辿り抜けてはいるが、、、)    以上の<コンセプション=着眼>は、ある種の先入観だと評されること、明々白々だが、この    ダニエルの夢・幻示がこういったコンセプトを得ずしては、正しく理解できないという仕組み    を元々、本来的にそれ自体が秘め前提としているしろ物だから、あえて先に表明するわけだ。    彼、ダニエルは、若い時から王宮に入り、必要に応じて王の前にはべる者として務め、いわゆ    る宮廷人としてその国に係わる高官の任にあり、<公の国びと>だったわけだが、その反面、    王との人となりにあっては、かなりプライベートでラフな関係にあり、普段は王から打っ遣ら    れても良い、気遣い無用な存在でもあった。そんな王宮国びとのダニエルではあったが、自分    を含め、捕囚となりし<ユダの民>の行く末、そして<祖国の都エルサレム>の事を思い気遣    う日々が無かったなって事はあり得ないことだった。いやむしろ切実なる思いをもって、日々    神に祈り求めた何よりの事柄であったろうか、その将来について、。    バビロンに移され、はや3年目にしてネブカデネザル王の夢の啓示に係わり、それらの事を自    らをして語り記す事となったからには、そういった気持ち、意識の流れとして、自民族ユダの    行く末の事、都エルサレムの将来について、神からの何らかの夢・幻の啓示がきっとあるであ    ろうとの、ある種の願望のような期待感が最初期の内には無意識のうちに培われていたのでは    ないかとの推察もあわせて、、、    しかも王宮仕えの国びとカラーのステイタスが、今やダニエル自身のアイデンティティーとも    なったわけで、そんな身分階層にあったからこそ、<神の視えざる霊の働き>により捉えられ    た<彼の脳>における夢・幻示は、そのかくたる如きもの、すなわち、第7章における内容の    ものとなったであろうか。    ところが実の処、彼にとってそれは、自ら予想だにしなかった、思いもよらない内容の幻示を    受けたという向きのものだったのだ。最初にかようなものがドカーンと来てしまい、当惑、思    いあえぐのは当然だ。しかも、それには自分の民の事、祖国エルサレムについて、何かを告げ    知らせる言葉の一つも、その象表すらもない。    彼にとって、ただ理解に苦しむ、恐れ悩む、こころ憂うばかりのものだった。それに彼自身、    自分は何んで<自民族ユダやエルサレム>の事だけに捉われた、小さな<殻の中>でもがいて    いたんだろうかと、気づかされた向きもあったかと思われる。    とにかく彼にとって、超絶したる内容のものがその最初に来たのだった。その内容は余りにも    スケールが大きすぎる、いわば全世界的な状況におけるもののような、また天的な表象の幻も    含めて、非常にグローバルな一面を醸し出している内容のもののようだった。    こんなわけで、ダニエルにとって、まったく意外なものだったその第7章は、やがて世界に起    る<現世王たちの行く末>やその国々、そして<国とか主権とか>に関わるところ、帰すると    ころは如何に、といった事柄(いと高き者、聖徒)、そして<人の子のような者>と<日の老い    たる方>との係わりにおけるシンボリックな表象、それらすべてが極めて<政治色>の強い思    想の何かを感じさせてくれる、そんな<未来を見すえた預言>内容のものだったと云えよう。    第四の獣なる<古代ローマ帝国>の発展・変容の過程は、全体的に見れば、捉えがたいほど多    様で複雑さに富んだものであり、それ故ここではごく概略的に時代の流れのキーポイントを見    据え、その特質などやターニング時勢となる契機的特徴を考慮しつつ、その謎への解明にスポ    ットを当ててみたい。    《初期古代ローマ帝政期:その隆盛と繁栄、そしてその古典古代の終末》    この時代は、ユリウス・シーザーによって基礎付けられ、アウグスト帝で磐石なものとなり、    その隆盛はまさに上昇気流の盛んなりし時期といえる。その勢いの権勢は、<5賢帝>のマル    クス・アウレリウス帝の代までつづく。アウグストや6代皇帝となったウェスパシアヌスは、    大ゲルマニア(現ドイツのエルベ川沿いまで)やブリタニカ(イングランド)の属州化の経営    に赴踏尽力している。(BC20年頃〜AD40年代〜まで)    5代ネロ帝の後継者となったのがウェスパシアヌスで、彼は、他の僭称皇帝で名乗りあげた3    人の将軍らの帝位争奪の内紛と、そのイタリア・ローマの様子を一時の間、見守るような立場    にあった。    この内紛・内乱はネロ帝の死(68年6/9日)後、およそ1年余の間続き、翌年12月20、    22日に相次いでローマ入城したウェスパシアヌスを支持する2手の軍団によって市は征せら    れ、平穏を回復することができた。その間、イスパニアの総督将軍のガルバが帝位権をとって    いたが、69年1月15日ローマの公共広場で暗殺された。    次には彼に対抗反目していたオットーが帝位権を執ったが、ゲルマニアからその大勢軍団を引    き連れてきた総督ウィテルリウスとの、北イタリアのクレモナ方面での一戦で敗退し、その年    4月17日に自害の憂き身にて没する。    ローマはゲルマニア軍団とその同盟支援の大軍で溢れ、混乱の内にその年の12月を迎えた。    その月の19日に再び内争、ローマの神殿カペトゥリオンを占拠した反対派勢力との衝突、神    殿の丘は騒然とした戦火にさらされ、ゲルマニア兵に制圧されるが、翌20日には、ローマに    進軍してきたウェスパシアヌス支持の属州パンノニア(現セルビア、ブルガリア)とミュシア    (現オーストリアハンガリー地域)の合流軍団(第7軍団と第3軍団)によって、ウィテルリ    ウスの軍団は一掃鎮圧されることとなる。    すでにその年の7月以来、皇帝に擁立され、大いにその栄誉と威信を高めていたウェスパシア    ヌスは、配下の軍団(第5、10、15軍団)だけでなく、続々と諸州の軍団が支持と忠誠を    表明するものとなり、この時点でウェスパシアヌスの帝位は決まったも同然であった。    ところで、ネロ帝の死と、68年〜69年の帝都ローマでの内乱が起らなければ、その年の内    にユダヤ・エルサレムは、このウェスパシアヌスを総指揮官としたローマの軍団によって壊滅    されるに至るはずだった。が、その内乱の間だけ一時延ばされることとなる。    エルサレム以外のパレスチナ(ガリラヤ、サマリア、イドマヤ、ペレアなど)のすべての町々、    村々のユダヤ人らは全て制圧され、68年にはエルサレムは、四方八方にローマ駐留軍、監視    兵が配備されて、まさに孤立状態の憂き身にさらされた。    東海岸の大きな港湾都市カイザリアの本営では、いよいよエルサレム総攻撃包囲作戦に出る準    備が整いつつあった。そんな矢先寸前にネロ帝の急変の知らせを受けたのだった。そんなロー    マの急変により、その作戦は延期され、その変更を余儀なくされた。    エルサレムのその時は70年の年に、今の暦で云えば、その8月末には遂に神殿聖所に火の手    があがり、さらに各所に火が放たれ、その一ヵ月後9月26日に陥落征圧されるものとなる。    この時、指揮を執ったのがウェスパシアヌスに同行し、ユダヤ制圧のため、終始その第15軍    団を指揮していた、彼の息子ティトスであった。    彼は、神殿の焼け落ちるのを望んではいなかった、むしろ彼には、この大神殿をローマ風にリ    フォームし、大ローマの栄光となさんとする思惑を抱き始めていたのだったが。、、、、 この頃の最大の悲劇は、ユダヤ人の反乱に対するローマ軍による惨憺たる撲滅征討とエルサレ    ムの滅亡であったが、その惨劇の起因するところは、ローマのユダヤ民族に対する支配のあり    方にあった。彼らユダヤ人はその宗教的選民意識をもって、どんなに被支配の立場にあっても    民族的主権意識を内に秘めた、他に類無き頑強な人種であったので、ローマの属州化政策は、    思いどうりにはいかなかった。そのあげく、ネロ帝の時代になって、その総督ら、特に60年    代の二人の総督アルピヌス(62−64年)とフロールス(64−66年)が悪辣非道の私欲    をもってユダヤを治めたので、その叛旗の思いはピークに達し、又ユダヤ側の質の悪い過激な    血気集団の先導も手伝って、その反乱へと走るものとなった。    この二人の総督らの悪道によりユダヤパレスチナ全土は、無法のやから、盗賊どもの暗躍する    ところともなり、犯罪が多発、あたかも無法地帯化したような風を呈するものとなった。反乱    分子や暴徒が各地で出没し、気勢を上げた。遂にシリヤの知事で上官だったケスティウスが、    ローマの正規軍団第12軍を率いて、ユダヤに乗り出し、一時エルサレムを包囲するが、士気    の上がらぬ自軍の雰囲気を見てとったのか、何故か分からぬまま、生半可な攻撃とその包囲を    解いて退却してしまう。その帰途に乗じてユダヤの反乱部隊に隙を衝かれ、打ち破られ敗走す    るという惨敗をする結果となった。これは66年11月ネロの治世の第12年の事であった。    ユダヤ全土に反乱分子の叛旗が揚がるのを予期したネロ帝は、最善の処慮をもって、数々の戦    歴軍功では今やこの人物を置いて他にないといえる、ウェスパシアヌスをかつぎ挙げ、ユダヤ    征討に使わすものとなるというのが、諸々のローマ史の伝える一般的な見方なのである。    しかし、実際の真相は、闇に隠されたものだったかも知れない。いやむしろ、それは当代の史    家らでさえ知りえない、書き記すに至り得なかったものがあったかも知れない。このネットページの著者はまた、本論からわきにそれてしまうが、このあたりのところを一説、    述べないではいられないようだ。 かの《夜の幻のうちに、わたしは見た》というが如くに、    なんてと、いうわけではないが、、。”ネロよ、お前の母は、お前の祖父にあたる父(ゲルマニクス)を、その幼少のときに 亡くし、一族姻戚の中でどんなに辛い思い、低落失意のうちにあったことだろうか。 その折、祖母からも、時の帝によって母は、その下を引き離されたからだ。お前の母 の父、祖父は、本当ならば、当初の取り決めにより、帝位を継ぐものとされていた。 母にそのような過去がなければ、ネロよ、今頃お前は帝位にはなかったであろうに、 それでも母の兄カリグラ(この名は愛称)が曲がりなりにも祖父(ゲルマニクス)の 代わりに継いだのだが、まがい物の捨てるように消されてしまった。丁度、お前が、 生まれる時の頃だったから、お前の母の失念の思いが再び燃え上がるごとくに、より 一層心に刻み留められたことであろう、、、、そして、母の思いはどんどん過去へと 引きずり込まれてゆき、燃え上がる女の執念となって、彼女の叔父、クラウディウス に向けられたのだ。ここからもう一度始めようとの思いをこめて、、、自分の思いと   夢を、ネロよ、お前に託し、お前を立てて叶えようとしたのだ。 お前は幼少より本当に良く学んだものだった。他の学び仲間よりも、、、、ギリシャ の色々な事から、また自国の知識、言語も、、15、16才頃には、はやすっかりギ リシャの演劇物語、悲劇などの虜になってしまっていた、そうだ、そんなお前であっ たからこそ、母の叔父殺しの惨劇も許せたとも、、同情の念さえ覚えて、、、それ故 また、母の思いと一つとなって、お前も続けて、<ギリシャ悲劇>の復讐劇をやって しまったのだ、義兄弟・いとこのブリタニクスを、、、、、、また、お前は、セネカ の下、そのご教導により帝王学を学びて、すっかり権力とこの帝国の偉容な富の力の 虜になってしまったのだが、ここに来て、なお母の癒されない異様な失念から来る、 おぞましい力の影を感じて、、、お前は、遂に母さえも殺ってしまったのだ。さらに は讒言がざん言をよび、それに乗せられ嫌疑し、あらぬ罪を着せて妻オクタウィアま でも、、、いっ時の乱心か、それとも久遠の狂気か、自らの権力に支障あるもの、害 あるもの全てを取り除き滅せんとするその心は、、、さらなる野望とその陰謀への狂 気の悦楽となって羽ばたくというものか、、『全世界に知れ渡っている、あのユダヤ の大神殿を潰さなければ、ローマの本当の偉大さは、これ以上進まないのだ、あの神 殿があるから、われわれローマの神殿は、栄えないのだ、、大いなる大ローマの繁栄 の為に、あのユダヤを!』、、、、 お前の側近、あの解放奴隷の下僕の高官らに言われた言葉が耳にひびく、、、、遂に 新たなる帝国の一大国策のゲームを始動させることとなる。その密謀を秘めて、、、 もはや、お前の師、助言者なるセネカのあずかり知らぬところの事、そして今や最も 頼もしくも、信頼できるウェスパシアヌス大将軍を切り札として留めおき、その詰め の最終を見事に演出し、後始末するのだとの目論見を秘めて、、ただ者ではないお前 の現実、、、、、 こうしてただならぬお前の狂気の策謀は始まったのだ。ユダヤへの総督は、代わる代 わるにあの<アルビヌス>と<フローロス>を遣わし、シリアへは知事として、<ケ スティウス>送り出して、、、そして、ローマの大火もその新しい大ローマの為に! ただ者ではなくなったお前の、その大それた仕業、その結末は如何に、、、それは、 このわたしが、この<日老いたる者>が決めるものとなったのだ。 天下の将軍ウェスパシアヌスを伴ってのアカヤ(ギリシャ)への巡幸も、その周辺、 東方地域、特にユダヤの状況、様子をいち早くつかむためのものであったろうに、、 ネロよ、お前の狂気と野望についてのわたしの秘言はこれで閉じようか。、、ことの 発端は、アウグストがティベリウスにタネ蒔いた非業の策が、、娘ユリア(Julia) 再婚のため、また血筋の後継者を得んとする執着心のために、無理やりティベリウス の最愛の妻を彼から引き離したことが、、、ネロよ、お前の祖父ゲルマニクスの身に ティベリウスの妬みとなって、降りかかったのだ。、、、、””    さてこの時期の時代の動向で注目すべきことは、皇帝帝位権が軍団の熱声推挙により、その擁    立実現が可能となるという体勢を公にしたことである。元々そのような皇帝権のパターンは、    ローマ帝政のさきがけとなった初元ユリウス・シーザーの権力執建に見られようが、これによ    り四氏族(オクタビアヌス、アグリッパ、アントニウス、ティベリウス・クラウディウス・ネ    ロの四家)系による帝室一族の皇帝権の世襲制というものは実親から実子という直系の形では    現実化しなかったし、また慣例的法制化もされることはなかった。今だ他の有力元老院貴族に    よる<共和制>の制度が遵守されていたからである。この四氏族系による姻戚血族間での<養    子世襲>の維持は対元老院など外に対しても、帝室内のうちわにおいても、帝位をめぐるその    継争護持の様には、し烈な厳しさ、修羅の場があったのは確かだ。    ネロ帝後のウェスパシアヌスの帝位継承は、その後のローマ帝国の発展に大いなる幸運の平和    と繁栄をもたらすものとなるわけだが、皇帝権継承に関わる元老院議員の主体的意思決定は、    ほぼ完全に喪失されるものとなる。ウェスパシアヌス自身はたまたまその時、最有力な、まさ    に元首的な元老院議員であったゆえ、元老院からの支持もその議事にかけられる事もなく、歓    迎黙認の内に表されるものとなった。このようなウェスパシアヌスの時以来、帝都ローマの議    場を離れて、<皇帝権>は、諸州有力軍隊からの推挙擁立を以って、そして、その帝位の<世    襲化>もきわめて一般的な慣例の諸事と見なされるものとなる。皇帝権存続のセキュリティー    は、何はともあれ、その善政の執行と、帝国のより良き繁栄に根ざしたものであったわけだか    ら、それが満たされれば、国乱れずして<皇帝権の世襲>は、すべての社会層から支持、了承    を得られたものとなった。元老院の政治的な力も、世代々々の流れにおいて、その議員層の出    身構成が異なり変化してゆくゆえ、その過程での皇帝権との間には、協調同和、反目対決、あ    るいは主導服属とかの力のバランスがあり、そういった状況で、時代を生き抜き対処するもの    であった。ローマの平和と繁栄を最大限に謳歌した<5賢帝>の時代をその例に挙げれば、賢    帝最後の皇帝マークス・アウレリウス(161−180)は、かなり哲学的素養の人であった    が、それゆえにその明晰さによって、ローマの内情と諸州の発展繁栄の時代的流れをよく読み    とり、帝都ローマに在住すること久しくすることなく、自ら属州での任務遂行に当たるのが常    であった。つまり再び元老院の議員勢力が衰退傾向にあり、皇帝権が諸属州から擁立されるよ    うな時代に向かっていたからである。この事はまた、ローマ中央の政治的求心力が、諸州の経    済的自立に根ざした主都的自治権の強化発揚により、無力化されかねない可能性をより一層懸    念させるものであった。とりわけこの場合、諸属州の総督が中央元老院系に属する人的組織で    ある限りは、中央からの体制力は、その広大な帝国をまとめうるものとして保持されるものと    なっていた。そんな危機的状況と隣り合わせの彼、アウレリウスには、自分のドラ息子・コモ    ドスへの皇帝権世襲の大事を全面的安堵の思いでもってなし得るとは思えない処があった。そ    の後継問題では憂慮すべきところ多く、悩みを抱えるものとなった。そんな心中状態の最中、    彼は属州パンノニア(現ウィーン東方辺、ドナウ河畔)の陣中で病没するものとなる。    結局、彼の息子コモドスが帝位を継ぐものとなる(180−192)が、国庫は乱用浪費、善    政はなおざりにされ、その後は、再び諸属州軍団による<皇帝帝位>の擁立や併立、あるいは    争奪の混乱期にいたる時代を迎えることとなる。    やがて古典古代のローマ帝政期は、ほんの2世紀足らずの時を経る変遷過程で、ゲルマン諸民    族の進出、同化、対抗的な動勢発展を見るうちに終末的な時代への変遷を向かえる。    新たな皇帝の登場、コンスタンチヌス大帝がその時代の流れを変えてゆく契機となる。やがて    ゲルマン諸民族を含め、旧来の諸衆族からのキリスト教的ヨーロッパの初期形成期が中世の時    代を形づくってゆく。超展望的マクロな<10の角と、あと出の一つの角の予言時代>が、こ    の世界史的状況の先に見据えられたものと見られる。  以上にて、詮方ないが第7章での<マクロ的なもの>、その2は、長くなるのでここまでに留めお  き、   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  次は、最後にミクロ的で、しかも長展望性を有した、ダニエル預言終盤にいたる<第11章2節〜  12章13の終節>における幻視預言の叙述から、その部分的符合個所の幾つかを垣間見る如くに  検証しておきたい。ところが、その照合符合の確かさを得心できるほどに進めることは容易な事で  はない。ここでの記述預言は、ダニエル自身が、ペルシャの王キュロスの第3年(536BC)時点にお  いて、ほぼキリスト・イエスの時代、AD70年エルサレムの滅亡にまで及ぶ、長期な範囲を対象  的に見据えたものだからである。  したがって、その言示内容は、凝縮ポイント的に特定時期を把捉アップしたものとして、その当該  性は、実際の歴史にあって容易ならざる複雑重複性を漂わせるごとくである。それに加えて、文章  を普通の理解の仕方、つまり、主語などに係わる文の前後関係を考慮して読み解くといったかたち  ではまったく理解不能とした文言個所があったりもする。これは文から文へと進むなかで、まった  く気づきえない普通ふう形式であるのに、そこでの文が、実に個々独個な事柄を言示するものであ  るとして、その凝縮ポイントを、まさに個々並列文言となっているというものである。  (それは言葉の預言が成就する時までは、如何なる人によっても容易に解き知られてはならないか  らである。つまり、ダニエル書の12章4節の結びの言葉にある如く、“秘して、封じておくよう  に”と、ダニエル自身に命じておられる事と同義であり、かの亜麻布を着て<人の形をした者>、  その方自身が、<わたし>と表現して語られる言葉、ここでは10章の20節から長々と語ってい  る言葉となるが、それらに向けて、深慮、入念なる予測ゆえに、非常に思慮深く対応されていると  いうものとなっているからである。)   ★ミクロ的で、長展望を前提としている重点的スポットなもの: 聖書テキスト【第11章1節以降45節参照】   @、キュロス王の後にペルシャには3人の王が立つ。カンビュセス、ダリヨス、クセルクセスであり、その四番目クセルクセスが、ギリシャへの大規模な遠征をなす。(480年BC)そして、その後のペルシャの時代の150年ほどの時は過ぎ去り・・・・預言省略ギリシャの領域から新たに“ひとりの勇ましい王が起る”、これはスパルタ以外のギリシャのすべての都市国家に覇権を制していたマケドニア王国の王、アレクサンドロス3世であり、ペルシャを征服して、その大いなる権力をもって今や世を治めるものとなる。(ダニエル書の他の章、8章の<二本の角の雄羊に向かって行く、猛々しい一本の大きな角の雄やぎ>の記述内容も参照にて)だが、その彼が権勢はなばなしく強くなった時、彼の国体勢は破れ断たれるものとなる。これは大王アレクサンドロスが323年BC、バビロンで死去する事を予見したもので、思いがけない突然の彼の死で、<後継者問題が大変な事態となり、まさに即、致命的な“彼の国の破れ”となって、それを顕わにした>という訳である。   彼の死が、熱病によるものか、それとも彼の政策処遇に危機感や不満を抱いて、毒をもって の暗殺をなしたものであったのか、まったく特定することが出来ないが、とにかく彼は、自分の築いた国と共に破たれたわけである。そして、その国全域が“天の四方に分かたれ、、、彼の血筋、子孫には属することなく、他の者たちに分裂、帰するところのものとなる。”との預言がなされている。ここまでが、第11章の<2節から4節までの文言>となるが、323年BCの大王死後の後継者(ディアドコイ)争い(数々の戦争と抗争的政略)は、終わる事無く断続的に繰り返されて、世代交代の時代まで続いたと見て取れる。306年にアンティゴノス(382-301年)が、その子デメトオス(337-283年)と共に王位を宣言(小アジアを拠点にして)したので、それに対抗して翌年には、プトレマイオス(エジプト)、セレウコス(メソポタミヤ)、カッサンドロス(マケドニア)が王国王位宣言をなした。これにより一時的(305-301年)ではあるが、大王制覇の遺領地が4つの国に分かたれると、ダニエル書の8章21〜22節で云う文言が、それに相当するとしてその成就に至るを見る事になる。これは大王の遺領地が何時ともなく3つ、或いは4つのいづれかに分かたれて継承されゆく時代の在ることを考慮してのものである。BC280年代の終わり頃には、大王アレクサンドロス側近のディアドコイ(後継者)達は皆いなくなるものとなる。(セレウコス、プトレマイオス、リュシマコスらは281年、デメトリオス283年、カッサンドロス297年没) 4つの著しく目立つ角(8章8節)は、セレウコス、プトレマイオス、アンティゴノス(デメトリオス)、アンティパトロス(カッサンドロス)を指標したもので、マケドニア兼ギリシャ領域圏は、子の代のカッサンドロス、デメトリオス、それにリュシマコスやエペイロス王が係わって、まだ小さな都市国家でしかないローマがその領域圏に加わり、その行く末が特定されるものとなる。8章での預言は、560年頃(ベルシャザル治世第3年)とあり、この11章ではキュロス王の第3年、536年BC頃だから、20数年過ぎた隔たりがあって、ペルシャ後のギリシャに根ざしたその行く末に関わる11章での内容はより具体的に、歴史度のある記述様相を呈している。この11章では、8章で特徴的に表示された<4つの角、および4つの国>にこだわるような、同様な表示はなされていないが、その内容を踏まえて、大いに先々への予見表示がなされ得る様な意図が込められており、留意すべき点となろう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
*大王アレクサンドロス3世の死後の歴史、いわゆる現在、一般史として知られている限りでは、大王の血縁関係は、
316年に異母兄ピリッポス3世とその妃が、また同母妹クレオパトラがその頃以降、プトレマイオスとアンティゴノスとの政争の犠牲となり、消されている。
大王直系では、310年に正妃ロクサネとその子アレクサンドロス4世が、
翌9年には庶子のヘラクレスが、いずれもカッサンドロスの関与、手引きで消されている。
最終唯一残った大王の血縁は、異母妹のテサロニカで、カッサンドロスがマケドニア王位継承権を正当化するため彼女をとどめ、これと結び、305年王位を宣して王国を継ぐ。
生まれた3人の息子(ピリッポス4世、アンティパトロス2世、アレクサンドロス5世)の代(297−294年)に、後者2人が王位を独占する争いで、デメトリオスとリュシマコスの介入を招き、その結果は、双方とも消される。その間に母のテサロニカも、295年に息子のアンティパトロス2世に消され、大王アレクサンドロスの血縁、直系子孫は完全に絶たれたものとなった。ギリシャ側マケドニア王国は、その折りに一時デメトリオスが治めるが、さらにこの領域での継承抗争は270年代まで続き、ようやく、276年にデメトリオスの子・アンティゴノス2世が祖父アンティゴノスの名で示す<アンティゴノス朝>王国への時代をむかえる。その頃はまたプトレマイオス王朝、セレウコス王朝の最も盛んなる状勢時であり、三つどもえの3王国がが継争、割拠する。 *大王アレクサンドロスが当該標榜せんとした国は、いよいよこれからという処であったと思われる。果たして何らかの理想的な国づくり構想を思い描いていたであろうか、問われるところでもある。10年余でペルシャの体制を一掃し、自らの意としてその最初の大成、ペルシャからすべての人民の解放をなしえたと、少なからず、或いは大いに自負するものだったろうか。ペルシャの属州トップを次々と自分の臣下にすげ替えて、事をなしていったと見られるわけだが、その大成のなるや、12年でアレクサンドロスは世を去る破目となった。彼が意図した最後のしるしとさえなったのは、スサでの兵士らを含めた大規模な集団結婚式であったと、歴史的伝記類から知りうるわけで、自分の立場を堅め表すると共に、東西融合政策の手始めともなり、且つ、新たな国としての門出のシンボルでもあったようだ。この東西融和を込めた如き集団結婚式は、その結実結果としてみれば、ダニエル書の第7章5節での言示、<三本の肋骨を口にくわえた熊>を象徴した事象結果に通じたものとなる。この場合、<口にくわえた状態のまま>に言示の意味がある。つまり、“噛み砕いて飲み込んだ”腹、胃袋に入った=消化されたといった表現が付け加わっていれば、<東西融和>のうまくなされて、先々の状況が良好となろうとの見方がとれるものとなる。だが、現実は様々な点で、アレクサンドロスが死ぬ直前までにさえ、<破れ>をもたらすものとなった。アレクサンドロスが、もしアリストテレスを師として、その学園生活をなしていなかったら、そのような大業をなした彼とはなり得なかったであろう。その学業期間は、342〜340年BCのほんの3年足らずであったが、14才前後からの多感な精神的成長期にあるものであったから、王宮でのある特異な環境下で育ってきた彼の立場も作用してか、その精神素養の影響の強さは、彼の人生を左右、決定付けるほどのものであったと言える。彼の父フィリップス2世王は、王都ペラから離れたミエザの学園に、かのアリストテレスを招来して、息子の教育にあたらせた。父王フィリップスは、かねてより母親オリンピアスの教育、影響下から息子アレクを早く引き離したいと願っていたとみられる。その頃、王と有 力貴族、王族らとの関係がしっくりいかないのは、オリンピアスにその原因があるのに気づいていたようで、息子アレクを世継ぎ、王位につけることさえ、皆ひどく嫌うようになっていた。父王でさえ王族、貴族らの軋轢を感じる事があるほどで、息子アレクは、母親の背中を見て、母親がひどく軋轢を受けているのをしばしば感じるものとなったが、それは自分が居るからだと子供ながらに思うようになった。また自分への風当たりも良くないものとなってきていた。彼の宮廷での生活の重苦しさからの解放は、母の下から離れ、かのミエザの学園生活が始まってからであった。ここでの学友仲間との交わり、学びと訓練を共にする事の喜び、味わいは、深く心に刻み込まれ、自分のこれからの未来と、世界が開かれ行くのを感じ入るものとなった。また自分を取り巻く学友との友愛の情をひどく感じるものとなった。   こうして、精神素養豊かに第一級の若者にふさわしく、勇猛心、冒険心、探究心に溢れ、友情の心、厚き王子となっていった。だが、現実は様々な障害、試練の連続であり、それらを乗り越え、マケドニア王国から仲間と共に、自分の理想をめざして、雄飛する自分を思い描いて憚らないものとなっていった。彼にとっては今や、神々から授かった大志ゆえのそれとして邁進してゆくほか無かったと思われる。(大王アレクサンドロスに関する古代の幾多の歴史的伝記類から、その人物形姿キャラを辿り見る限り、BC336&334からの遠征、その12年間、323年時点へのプロセスで、東方ペルシャ的王権の大王へと変貌を余儀なくされてゆく、そんな感じの着色、粉飾がなされているかも知れない。   [注]:アレクサンドロス3世については、その名声と共に不滅の歴史事蹟となったわけだが、実 際の処、その史実的実像となるパースンキャラを、第一次史料となるものだけのベースか ら捉え知ることが出来るというものではない。同時代の古代史家とか、大王侍従の史官や 書記官によって、情報となる史料が幾ばくかは残存していたであろう。BC3世紀末頃以 降には一時なりとも、アレキサンドリアや、小アジアのペルガモの図書館などに<大王伝 書>の類として所蔵されていただろうとの推定もなされえよう。 ただ紀元前後のローマ時代にはアレクサンドロス大王に関する文書が非常に豊富になって その関心度の高さが窺がえるものとなる。ローマが世界第一等のものとなり、今やローマ が世界となりつつあるという自負心があって、大王アレクサンドロスの事蹟を自分たちロ ーマ人のアイデンティティーのうちに取り込み融和させて、より一層自分たちの存在を高 め、ローマ文明、その大いなるを讃えんとするかのようである。 その代表例として、二人の対照的な歴史家、伝記作家を以下に挙げておこう。 ・ディオドロス・シケリオテス:(BC80年代頃生〜BC20年頃没=正確な生没不詳)作品:『歴史叢書』・・3部40巻からなる当時の世界史、第一部:神話時代及びオリエント古史からトロイ陥落まで。第二部:アレクサンドロス大王の死まで。第三部:ローマ・カイサルによるガリア征服まで。   *アレクサンドロスに関しては、アレキサンドリア図書館史料、クレイタルコスの「アレクサンドロス伝」(BC3世紀中頃著出)、ペルガモン図書館などから大王死後のディアドコイ戦争時代を扱ったヒエロニモスの「後継史」等からその内容の引用、または参考引見されたと見られる。(ヒエロニモスは、最初に大王の側近書記官、兼のち部将のエウメネスに仕え、その後、アンティゴノス、デメトリオス、アンティゴノス2世と仕えた文官(書記)で、大王の後継者の同時代史を著わした。原著、写本などは、失われて残存しない。)   *ディオドロスはシチリア出身で、前67〜50年頃にかけエジプトに滞在、その他ギリシャ、地中海世界各地、イオニア方面を旅している。ローマでの滞在も度々、何らの確証もないが、最後はローマで没しただろうと推定される。彼の大王伝記事には、アッリアノスやプルタルコスなどの伝書とは異なる、その著述部分が幾多あることが知られている。 ・クイントス・クルティウス・ルフス:(AD1世紀の人物、アウグスト帝末頃の出生、生没不詳)作品:『Histories of Alexander the Great=アレクサンドロス大王伝 』10巻から成るが、1、2巻目は消失、*内容は物語風の伝記で、歴史史料価値には欠けているが、大衆向けの読み物といった感じで、それなりの良さがあると見られる。だが、この作品からの他への引用関連は見られず、孤立的な古書となる。   *この人物は、生涯素性などほとんど不明で、知られうる残存古記録は皆無に等しい。推察され得たある一説では、かってティベリウス帝の後見人だったとする見方があり、クラウディウス帝のAD43年時に、何らかの欠職補充として10月から12月までの執政官として、皇帝に選出され、仕えたとして、ローマ・コンスルの年代記録リストにあったとされる。(かって共和政期の最高位権力を有したようなコンスルではなかったが。)この説は、半世紀近くあと、ほぼ同時代人と云える歴史家であり、元老院議員でもあったタキトゥスが調索、解しえた見識から出たものらしく、証拠立てとなる史料は何も残っていない。 ■大王アレクサンドロスに関わる、ほかの歴史家については、ここをクリック  A、上記のごとく、4節までは、きわめて簡略冒頭的に、的確に捉え示したあと、主内容的な流れの預言に移行展開するものとなる。ここで注意すべきは、ダニエル自身は、キュロス大王の第3年目にあって、しかもペルシャの中心地(バビロン<チグリス河>スサ)に居ながら<預言内容そのものの視点>は、バビロン捕囚帰還後のユダヤの民がエルサレムを再建するという成り行きでの、エルサレムに視点が置かれ、そこからの目線に基づくものとなっているということである。それにより<南の王勢と北の王勢>という大枠レーアウトが定まり、以後の預言内容が順次ポイントアップ的にみたされるものとなる。<5節の文言>は、”南の王が強くなる、、”で始まる。四方に領版域が分割されてゆく段階で、、、305年BC以降、エジプト・アレクサンドリアに拠るプトレマイオス(一世)はその勢力範囲を拡大してゆく。その過程で遡る事、316-15年の事とだが、バビロニアの太守に初めて任職(これは帝国再編成会議、遺将、遺臣らにより321年BCに北シリアのトリパラディソスで、取り決められた分割協定による)されていたセレウコスが、当時の最高総司令官職にあったアンティゴノスの後継者野心による勢力拡大の為、バビロニア太守を追われ、エジプトのプトレマイオスの処に落ちのび留まる事となる。そのおりに、9才ほど年上のプトレマイオスの下に客食将軍として仕えるものとなり、2、3年の間、軍事、政治に関わる事だけでなく、色々な面で、先輩プトレマイオスの手腕の良し悪しを学び吸収して、さらに実力アップへの素養を付けるものとなる。その頃、すでに320年にプトレマイオスがシリア太守(ラオメドン)を追い出し、領土拡大を兼ねた挙に出ており、それ以降急速にアンティゴノスとの対決姿勢が現実化していった。それ故すでに、エジプト(南)から、北シリア・小アジア方面(北)での初期預言形勢版図がその歴史的現出をなすに至った状況であった。アンティゴノスもプトレマイオスの進出後、すぐに南シリア、パレスチナ方面への進出を計り、プトレマイオスの将軍ニカトール勢を追い払うなどして、316年頃には、シリア方面に息子のデメトリオスを太守職に据える如くに担当派遣するものとなっていた。312年になり、エジプト・プトレマイオスの反撃のチャンスが到来した。その頃アンティゴノス自らが北シリアから海路伝いにギリシャへの勢力拡張遠征に出ており、シリアの全域は、子のデメトリオス勢だけの守りとなった。この機会を逃さずエジプトはシリアへの進出を試みるわけである。そのプトレマイオスの反撃に客将セレウコスも加わり、大いに一役買うに至る。迎え撃つデメトリオスは、<ガザでの戦い>で敗走する。知らせを受けていた父アンティゴノスは、急遽シリアに戻るが、その隙の間にセレウコスは、プトレマイオスの支援によりバビロニアへの帰還(311年)を果たす。その後、アンティゴノス側の大勢力による再三の征討戦にも、巧みな夜襲、奇襲により討ち堪えて、自領バビロニアを守り抜き、かって元の太守職に返り咲く以上に大いなる存在となってゆく。やがて306-5年〜301年にかけて、4王国分立時代に至るが、小アジアを拠点とするアンティゴノスとその勢力は、301年に、反アンティゴノス派の同盟勢力により、フリュギアのイプソスの会戦で、セレウコス、リュシマコス連合軍に敗滅する。これによりセレウコスは、中北部シリアから小アジア中南部に領有を拡大する。小アジア中北部から海峡を渡ってのトラキア地方は、リュシュマコスの王国となり、なおしばし、4分王国時代が続く。かって、エジプト・プトレマイオスの配下に客将として仕えたセレウコスは、大きな存在となり、翌300年BCには北部シリアのオロンテス河畔に新都の建設に着手、これが父祖アンティオコスの名を冠した<アンティオキア>として、後世まで残る。5節での<強くなる、その将軍のひとり>とは、まさにセレウコス以外に見当たらない。  
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
以上にて、ダニエル書11章5節の言文は、南の王、プトレマイオス、その将軍の一人が、セレウコスとして、照合特定されるものとなる。このような込み入った史実的事情におけるものから、そうしたかたちでの預言的中を成らしめているという事は、神から賜った預言の驚異的な権威性をいかんなく高めるものと言える。B、続いて、6節以下だが、いよいよ<南の王と北の王>を軸にその勢力事情の展開となる。だがこの6節として仕切られた部分はかなり長い文脈から成り、その関連内容が一つにまとめられているのが判る。(元々古原典には節の符割りはなく、後世に節別けされたが、)ここで言示されたひと纏りの関連内容が内包示唆している歴史事蹟は、一般史的に取り扱う立場からすれば、その詳細な記述が可能とすればかなりの分量のものとなろう。キーワード的に要点を順にたどると、<縁組和親=南王の娘が北へ>⇒<女は政威力、立場を保ちえず>⇒<その王も子も失墜>⇒<結果は、侍従者も含め、死にわたされる>=他の英訳、邦訳では<女を招いた支持者も、女に子をもうけた者(王)も、女をその所有利権と共に強く支えた者も、など>がある。さて、この文言内容に関する照合比定ということになるが、この6節は、“年を経て後、”或いは他の訳文では“何年かの後、”とかの言葉で始まり、以下続き文が来るものとなる。“、、〜縁組をなし、、〜和親を計ります。”この言葉の裏には、南と北との戦いの終結の直接的な和議が現場宿営からか、或いは宮廷特使の派遣によりなされた事情が隠れている。しかもここでの文言段落の予言主役は、<嫁いた女>であり、そこにスポットが当てられているということ自体に、預言特有の高度な秀一性が潜んでいると見られ得る。これは、南の王と北の王の関係がほんのしばらくの間、一応の併存、共立関係が続いた後、両者の間に勢力伸張の衝突、紛争が起きてきた状況経緯の事後を前提とした予見表示であると言える。その歴史的背景は、少々溯って概略的に説明すると、以下のようである。、、南のプトレマイオス朝の創始者・プトレマイオス1世と北のセレウコス朝の創始者・セレウコス1世との代には、その両者の間に、さしたる紛争は生じていなかった。セレウコスにはバビロニア州復位に関わる大変な恩義があった。また、二人の間に密約(後継者として共に最後まで残り、ゆえに、お互いは争わない)を誓ったとも、、、それがあったからこそ、セレウコスは、後事を気にする事なく、むしろ守られて東方バクトリア、ソグディアナ、インド方面への大王以来の再度の遠征を成し得たといえる。それにはお互いの通商経路、つまりインド方面からアレキサンドリアまでの通商利権に関わる協益意向も含まれていたかも知れない。)彼らは、BC281年の同じ年、又はプトレミーの方が数年先、285−82年頃に亡くる。その没し方は異なるが、、(没年は、古史料類とその史学研究により異なるようだ。)彼ら両者の子の代になって、その当初から、すでに険悪な空気が漂い始めた。つまりセレウコスがトラキアとの海峡近くの小アジアで、プトレマイオス・ケラウノスにより暗殺されたことが、両王朝の間に暗雲をもたらした。セレウコスの長子アンティオコス1世は、父を殺し、マケド・トラキア王に登位したケラウノス、そしてリュシマコスの王妃で、未亡人になったアルシノエ(2世)と結んだ事の振舞いに、2人ともエジプト・プトレミー家出であったから、何はともあれ不信に思い、一時、怒りと疑心暗鬼がその頂点にまで達した。そんな訳あり状況の中、その後それらの事が遂に第一次シリア戦争(274-271BC)への導火線ともなった。(プトレマイオス・ケラウノスは、エジプトのプトレマイオス1世の長子であったが、父王との意見対立で追放、その王位の継承から外された流浪の身で、トラキアのリュシマコス王の下に身を寄せていた。リュシマコスの後継者問題に絡み、ケウラノスの援助手引きにセレウコスが応えてリュシマコスと戦う事に、それでリュシマコスは敗死する。その後、同行していた当のプトレマイオス・ケウラノスの手に掛かり、セレウコスが暗殺される。)第一次となる戦争は、北の王・セレウコス朝アンティオコス1世が、南シリア(コイレーシリア)に向けて侵攻してゆくことで始まり、エジプト・プトレマイオス2世(南の王)が受けて立った。これの詳しい事は、古史料記録を残さなかったか、残らなかったかで詳細は知られないが、274年に始まり、1、2度かの会戦がなされたかどうか判明しないが、271年に終息した。北の王・アンティオコス1世がアナトリア(小アジア)や北部シリアの諸都市、領地を失うほどの敗北を帰した。(おそらくプトレマイオスの艦隊からの挟撃を警戒してか、思い通りに軍行進撃が出来なかったと見られる。また、キュレネ王メガス(現リビア地方)との協約的な目算が途中で外れてしまった。エジプト・プトレミー王朝からの独立のためのそれ。)<6節>の“年を経て後”は、何年かが経っての状況となるが、これは、上記の第一次戦争の時代、及びその後の経過を含めての表示で、つぎの第二次となる北と南との戦争の直後、その<終結和約に係わった時点>から生起する事象を特定、ポイントアップした予見である。第二次となる戦争の概略:BC260年に始まり〜253年の期間における戦いとするもの。 ・北の王はアンティオコス2世テオス(287-246、在位:261-246年) ・南の王はプトレマイオス2世フィラデルフォス  英語でプトレミーとも記される。(308-246、在位:285-246年)*285共同統治、281年単即位とも   *南のプトレマイオスはすでに先の第一次戦で、北に勝っており、この  戦いでは、48才を過ぎた熟年ベテランの年令の頃となる。  −−−−−−−−−−−−− *北のアンティオコス2世は、即位後すぐの構えであり、先の父王1世の  敗軍の将としての姿、有様を10年ほど前とかに、少年期過ぎに  見て過ごしている。27才頃の事。状況の経緯は、時代の変転いちじるしい中、アンティゴノス2世ゴナタスが、マケドニア王国の所領に成功する。(リュシマコス⇒プトレ・ケラウノスら⇒ソステネスら⇒本人[276-274]⇒エピロス王ピュロス[273-272]年、後に再び、復在位:272-239年)そのころ、彼のギリシャ全域、及びエーゲ海への支配権伸張に対して、アテナイ、スパルタそれぞれに与する諸市とエジプト・プトレミー王国とが同盟共闘するかたちで、対アンティゴノスの進出拡大を阻む軍事対抗をとるものとなる。262年頃からギリシャ本土で戦いが始まる。その直後、それに合せたように、北の王アンティオコス2世テオスは、マケドニアの王となったアンティゴノス2世ゴナタスとの同盟関係を得る事で、南の王プトレマイオスに対し、シリアへの支配権確保を見据えて、進攻に乗り出すものとなる。その手始めとして、小アジアのエジプトが、先に奪った所領地を奪回すべく軍勢を差向けていった。この両者の戦いの戦況模様を伝えるような古記録は残されていない。ギリシャ本土、エーゲ海側でのアンティゴノス2世ゴナタスの優勢を伝えた記事が古史料に散見されているようである。それによると、、262年以降の状況進展で、アンティゴノスが一応、先にスパルタ、アテナイに勝利し、その後、258年にエジプト・プトレミー2世の海将パトロクルス率いる艦隊をコス島湾近辺で打ち破る。エジプト側にとっては、アンティオコスとの対戦も継続中であり、不利とみたプトレミー2世は、255年アンティゴノスとの和議を結ぶ。それからしばらくして、アンティオコス2世とのいくさが好転しないまま、小アジアの所領地、パンフリア、イオニア、キリキアなどの、また幾つかの諸都市(エペソス、サルゴス、ミレトス等々)を奪い返されたまま、253年、敗北模様での状況のまま、和議にこぎつける結果となった。(和約取り決めの主導は、負けたアンティオコス2世の方であったと見られ、とにかく、アレクサンドロス大王からの時代、娘らの取り扱いが結婚に係わるかたちで、一種の慣習として継承されている。集団結婚というの論外だが、)その和約の取り決め内容により、プトレマイオス2世(南の王)は、娘ベレニケを北の王アンティオコス2世に嫁がせるかたちで差し出す。252年の頃である。この縁組和親は、初めの数年は、良好に推移したようで、新王妃ベレニケとアンティオコスとの仲も良かったとみられる。ところが、離縁された前妻のラオディケ(かってより女王の如きであったが、)は、エペソスに移り住んでいたが、そのまま引き下がるものではなかった。好機が来たならば、元女王への復帰をと、その下準備、勢力付けの策を講じる事に心ひるむことがなかった。旧王族派は、ラオディケの下に結束を一層強め、親エジプト派を凌ぐ勢力をたくわえつつあり、まさに水面下では朝廷の勢力は二分されているかの如き状況となっていった。アンティオコス2世がそれに薄々気づき始めた頃、折り悪く時の定めか、エジプトからの内命特使により、南の王プトレマイオス2世逝去の訃報を受けた。246年になって間もない月の頃であったが、ラオディケにとっては、好機到来と強く自覚したに違いない。(彼女には元々、勢威があり、その名も曾祖母や祖叔母から受け継ぐ血統で、父は、王アンティオコス1世との同母兄弟の次男(アカエウス)であり、娘が離婚状態とはいえ、王家にあっては最有力に結びついた王族の一員であった。そして、その第二次となった戦争でも、兄アンティオコス王を助けてその時期を掻いくぐり、娘の不本意な離婚が結果したが、裏方での手堅い支援者となったであろうとの見方もできる。だが、父アカエウス[Achaeus]の去就などは、古記録史料には見い出されず、実のところ定かではない。アナトリア=小アジアで、ガラティア種族と戦い、ギリシャ諸市を守った事で、支持が厚く、後々の記念祭事に捧げの礼がなされたとの記録がある。孫に同名の王族がおり、アナトリア領地の総督太守となっている。)  南の王プトレマイオス2世は、246年の初めの月、1月28日の逝去だと、一般史では知られている。その数ヶ月後、7月には、何故かアンティオコス2世テオスが、急死するという予期せぬ事態が生じた。前妻ラオディケと寄りを戻したかのように、彼女のいるエペソスへ出向き、その宮館に滞在中に起きた事だという事から、如何なる方法であれ、ラオディケが、王を死に追いやった、至らしめたと、、、一般史的には推察されている。いまや、表面化、、アンティオケの王宮にいる王妃ベレニケとの女の戦い、ラオディケは、その勢威をもって自分の息子らを王位に即けると、強い決意をおもてに示したに違いない。それに対して現王アンティオコス2世テオスは、エジプト王義父に拠り過ぎて、今や自らの立場をもち堪えることができない状況に至ったと見られる。アンティオケの宮廷では、王死去の知らせで大変な状況となったが、ともかく、しめやかな葬儀が済まされ、(コレハ古史料記録ニナイ。)一息ついた王妃ベレニケは、8月に入って後、気を取り戻して、自分の幼子を王位に据えるべく、摂政となるとの宣言をした。だが、それを支持する者らの数も多数を占めることなく、エジプトの新王で、兄弟でもあるプトレマイオス3世に援助の手を差し伸べる。その危急の使者を密かに立てるやいなや、ベレニケとその子らは、反対勢力の手により暗殺されるものとなった。   C、次に7節となるが、ここでの“その頃、この女の根から、〜、、”の表現からして、前節6の、上記した歴史事象に直接結び付いている事象と見るほかない。つまり、南の王プトレマイオスの新たな動きに言及したもので、一般史的には、第3次の戦争を引き起こし、その遂行をなしたところの軍事模様を予見したものと言える。(この戦争はエジプト側から見て、通称、<ラオディケ戦争>として歴史に名を残す。エジプト王プトレマイオス3世は、拭い切れない疑惑と憤激の思いに駆られて、シリア王国を攻めに攻め込んだと歴史は書き記している。アンティオケの城塞占拠だけでなく、メソポタミヤの主都セレウキヤ、バビロンにまでも、、(アナトリアへも進攻する勢いだったが、厄介なことがエーゲ海キクラデスの島で起こり、それまでに進攻を止めたとされている。)8節の文言にある如く、できる限りの戦利品を収奪して運び去り、エジプトに帰ったと。その時代期間は、246年9月前後に始まり、241年に終息しているとの一般史的な見方における内容に照応していると見てよい。(第3次シリア戦争=ラオディケ戦争)9節で、“その後、〜、、、”と断り書きの表現があるが、北も南も、その頃以降、内紛や、政情不安、経済的沈下などで苦境に晒されるが、その後という時点として、<北の王>が、幾分か余裕ができ、優位となって、<南の王の国>の領域に攻め込む事があったというものである。ここでの特明的ポイントは、<そのころ>と<一つの芽が起って、、>が同じ時として結び ついており、しかも<この女の根から、>の表現が、<彼に代り、>での<彼>を<根>としており、<根=彼>は、Bで前記したプトレマイオス2世をさしており、その根は、同根としての<女の根>であり、したがって、女・ベレニケの兄でもある<プトレマイオス3世エウエルゲテス>を<一つの芽>として、スポット予見したものである。 D、つぎに<その子らは〜>から始まる10節から12節までの文言が新たな進展を示すものだが、前節のパラグラフの歴史事象との関連において、異なる点は、<時期や時の表示に係わる>直接表現を取り止めて、王位継承の<代から代に替わる継承者ら>を示す言葉、“その子らは、〜、、”の文言から進めて、その事象内容を予見開示していることである。このパラグラフでの北と南とによる軍事模様は、一般史的次元からの照合を見て取るならば、第4次の戦争(古代ヘレニズム時代のシリア戦争と明記されたもの)に同定されうる。これは、いわゆるセレウコス朝を衰微から立ち直らせ、再興、隆盛させたアンティオコス3世(在位223-187BC:241生)を主眼とした事蹟を主内容としている。だが“その子らは、”としているから、複数人であり、暗に3世王の子ら、セレウコス4世、特にアンティオコス4世(エピハネス)をもターゲットとして含み入れたかに思われる向きとなる。   ここで、その頃の時代の北の王・セレウコス朝と南の王・プトレマイオス朝、それぞれの王の在位継承順の王たちを列記しておこう。・北・セレウコス朝:アンティオコス3世メガス(223-187年BC)⇒子・セレウコス4世フィロパトル(187-175)⇒弟アンティオコス4世エピファネス(175-163)⇒子の幼少アンティオコス5世エウパトル(163-161)⇒セレウコス4世の子であるデメトリオス1世ソテル(161-150、生:185)⇒152年前者と並立したアレクサンデル1世バラス(150-146BC)⇒ その後は、デメトリオスとアレクサンデルの双方の子らの間での継承紛争を軸とした状況過程が続いた。・南・プトレマイオス朝:プトレマイオス4世フィロパトル(221-204年BC)⇒幼年の同5世エピファネス(204-181)⇒エピファネスの妻・摂政女王クレオパトラ1世(193-176)プトレマイオス6世フィロメトル(180-145)⇒6世の子で同7世ネオス・フィロパトル(145/144)⇒前王暗殺後 同8世エウエルゲテス(145-131)⇒夫に対するクレオパトラ2世の反乱、宮廷での紛争期(131-124)⇒プトレマイオス8世エウエルゲテスの復位(127-116) ⇒プトレマイオス9世ソテル2・ラテュロス(116-110、109-107、88-81)この王は、弟・同名10世アレクサンドロスとの間、母クレオパトラ3世の権力介入により、交互に王位の廃・復位を繰り返した。[注]:王朝・王家の娘たちについて、その嫁ぎ先は、父王らも強く望むほど奨めたごとく、かっての大王の下、その後継者らの血筋の王家か、或いは関連の王国かが、その共通の対象フィールドであった。後継者らは、暗黙のうちに大王下後継血筋の王家であるべくの徳価にこだわって、互いに戦争をし合っても、その王家の起点べースを忘れることなく、それを維持せんとした。ところが、時代が下るにつれ、むずかしい状況事態になってゆく。その先がけとも、兆候ともなったのが、その初期エジプト・プトレミー朝の娘らからはや起ってくる。プトレマイオス1世と2番目の妻ベレニケ1世との娘アルシノエ、彼女はマケドニア・トラキア王リュシマコスに嫁ぐが、子への王家相続問題、王国継承問題やらの紛争で、命からがらエジプトに逃れ、舞い戻ってしまう。戻るはいいが、彼女は、同母弟であり、いまや王となったプトレマイオス2世の王妃アルシノエ1世(トラキア・リュシマ王の娘であったが故か)をひどい困難な目にあった腹いせをも込めてか、追い落して王妃の座を奪ってしまう。同母(異母)婚の最初の例であり、女王アルシノエ2世の共同統治の始まりであった。(婚儀は公けの形式儀礼であったが、、)   もう一つの例は、生みの親でなく、幼児途中からアルシノエ2世を母として育てられたプトレマイオス2世の娘ベレニケ・フェルノホラスである。
この娘は、先に上記した予言での注目渦中の女で、セレウコス王家・アンティオコス2世王に嫁いだ娘である。彼女はひどい災難どころか、生きのびる事ができず、殺されてしまう。
こういった事件事例がもとで、王朝王家の娘らは、つまずき以上に、大きな歴史的トラウマを抱えてしまう。他王家に嫁いでもどうなるものかと、先の分からない現実に、、もはや、嫁ぎ出てゆくのをためらうものとさえなり、将来の生き方を早くから目視する。、、、、このような訳で、かっての大王後継者系王家対象フィールドの共通規定枠は消沈してゆくものとなる。エジプト・プトレマイオス王家では、公然、慣習化したかのように、兄弟姉妹婚による王家の維持が計られ、守られるものとなる。この傾向は、シリア・セレウコス王家にも飛び火して行なわれたケースを見る。その最初の同母出結婚は、ラオディケ4世の一度目は長子と、2度目(セレウコス4世との)3度目は4世エピファネス。196年と192−190年と175年頃。彼らは、アンティオコス3世メガスとラオディケ3世の子らであった。特にエジプト、シリア両王家の間には深刻なわだかまりが出来て、互いに嫁がせるような状況を心情的にも完全に喪失してしまっていた。この状況は、193年、アンティオコス3世メガスが、無理やりにでも娘・クレオパトラ1世をエジプト王家に嫁がせる事で切れたかに見えたが、、これは、対ローマへの両家の同盟体勢が取れうるならの願いの策が込められたものであった。だが外的環境は、ローマのアジア、東方への進出により、一層深刻な問題となる。  彼らの時勢、時節は、13節、及び15節以降、19節まで該当すると見なせるが、順次追っての後述となるが、これらの文節範囲は、従来的見かた解釈を考慮しつつ、再度の検証、照合をすべきところであり、秘潜儀的、妙理暗明的な処、秘められたる何がしかの内象をあらわし示す事になるであろう。    *この10節以降のパラグラフからは、厳密にして正確なる検証の試みが必要、求められる事になるが、実際の一般史が示すところは複雑、広範囲的な記述内容であるので、その照応立証には困難極まりない難しさが伴う。10節での<その城にまで攻め寄せる〜、、>とは、北のアンティオコス3世がBC219年に数多の大軍を率いてエジプト・アレキサンドリアの玄関口、ペルシュウムの要塞ペルシオンまで攻め込んできた事を示している(第4次シリア戦争BC219年〜217年までの始まり)この進攻には、222-221年でのアンティオコス3世のメディア、ペルシスなど、その総督らによる反乱を鎮圧する時期に合せて、南のエジプト・プトレマイオス4世の軍勢が、シリア北部、港湾都市セレウキア・ピリエのなどへの進攻がなされた背景があった。この時、南のプトレマイオスも大軍をもって対応しますが、北のアンティオコスは、何らかの理由で不利と見て、ペルシオン城砦の攻略をあきらめ撤退を余儀なくされます。しかし、その途中、ガザの近辺、パレスチナで両者は対峙し、激戦ともなり、<11節>で記されているように、南の王は大軍を起こすけれども、その軍勢の多くを失います。つまり、この折は双方共にあいこで、多くの軍勢を失い、218年には一時撤収します。   翌217年6月、アンティコス3世は、再び南シリアに侵攻、ここでガザ近郊のラフィアでの戦いとなり、これはヘレニズム時代有数の大会戦として知られていますが、<12節>では、南のプトレミー4世が、北のアンティオコス軍を打ち砕きます。この大会戦には勝利しますが、“勝つことはありません。”との表現で、状況を伝えていますが、、確かにこれで和議を結び、終結の線引きをしたわけではないからです。そして、つぎの13節の文言に繋がってゆく状況を示しているからです。    E、<13節の文言>および<15節から19節の文言まで>   この13節文言は、再び北のアンティオコス3世が、その機に乗じて南シリア(コエレ・シリア)に進攻して来ることを示します。(第5次シリア戦争BC202−195年に比定)これにはプトレマイオス4世の204年の死、幼少のプトレミー5世の継位に絡む宮廷内紛という状況を見てのものでその好機を捉えての進出であったと見られる。南のエジプトも内紛のさなか、有力な傭将の将軍スコパスに大軍を率いさせて進出します。この時、199年にスコパスは一足さきにパレスチナの各地を占拠、奪回したかに見えたが、198年での<パニアスの戦い>で敗北、一挙に逆転されて、これが事の成り行きを決める最終的な決戦結果となり、アンティオコス3世の完全勝利を導き出します。(パニアスは、ヨルダン川の源流点、ヘルモン山系の南西麓の、のちに改名されたピリポ・カイザリア付近に当たります。)このイクサ模様は、15節以降の内容との照応となりますが、この北の王は、アンティオコス3世であり、その勢威そのものです。彼はその勢いで、アレクサンドリア本国を占取し、自国に併合せんとの思いに駆られますが、<17節>では、それを取りやめ、和睦して自分の娘を与えて、先々の事を計らんとします。これは、193年BC頃にクレオパトラ1世(当時12才ほど)が、南の王プトレマイオス5世エピファネス(17才ほど)に嫁ぐことに照応しています。
<18節>の“その後、”では、北の王アンティオコスは、アナトリア(小アジア)の海沿いの国々(ヘブル原典、70人訳ギリシャ語では、島々ともなっているが、これらを含めて、)を征取して、マケドニア、ギリシャ方面にも進出して行きます。ところが、彼のこの進攻に対して、ローマからの大将(将軍)のひとり、二人が率いる軍勢により、彼アンティオコスがその進攻により与えた恥辱を、今度は自分の上に返されるものとなります。(原典、70人訳では、敗北という“彼自身の恥辱の<他に>”と訳すことができ、その恥辱を彼の上に返した。ともなります。これは、191年BCのテルモピュライの戦い、190年のマグネシアの戦いでの彼の敗北でその和約、アパメイアの和約も非常に手厳しい内容で、他国との同盟禁止、捕虜獲得の禁止、軍船数の最小な制限、戦象の放棄と禁止、膨大な賠償金を課せられるという、大変な恥辱を返されるものとなる。(アナトリアの領有地すべてを失う、タウロス山系以西、以北での領地を失ったあげくでの状況下で、、)<19節>では、これらの履行、賠償金の支払い財源に困窮し、アンティオコス3世は、遂につまづき倒れるものとなる。(187年、自国領地内の要塞を含め、金品となるものはないかと隈なく顔を向けるなか、スサの神殿で金品となるものに手をつけ、収奪せんとしたが、地元民の猛反対に遭い、暗殺されてしまう。)    *ここで、注意すべきところは、上記した文節文の間にある、<14節>の文言の照合である。“そのころ多くの者が起こって、〜、、、”“南の王に敵する”のは、北の王(セレウコス王朝)だけではなかったようです。ヨルダン川以東のモアブ、アンモン、ナバテア、南のエドム、アフリカでは、北のリビア、南のエチオピアなどから、、、この<14節の文言>が的確に表示している特徴は、二つの点に絞れます。一つは、<南の王>に対しての敵意を示している事。二つ目は、ダニエルの自民族、ユダヤの民からも、敵意反抗を発揚顕示して、かねてより印象付けられ、その思い描いた<幻を実現>しようとしたが、<失敗する>というもの。この二点から注意すべきは、どうやらこの予言は、アンティオコス3世の治世時代の事柄で、その子の代、アンティオコス4世エピファネスがエルサレムを暴虐的に占領した時勢さ中での事柄ではないということです。(ユダヤの民・マッカバイオス一家から始まる民族的な自主独立への戦争、最終的にはアサモナイオス・マカベアのユダヤ王国ハスモン朝の確立と、それに合した直後のシリア・セレウコス朝の支配から独立した前141年に至る事情のものに該当せず。)その文言(14節)の歴史的背景には、プトレマイオス1世当時からのシリア占有(320年)、失退、奪回(312年以降)の繰り返しの時代があり、プトレマイオス2世フィラデルフォスの治世時代には、ユダヤとの関係は友好関係になって来ていた。(ヨセフスの古代史によれば、エジプトでのユダヤ人奴隷約12万人の解放と、王国図書館及び、学書研究センターのための蔵書収集行政の一環として、ユダヤ人の保有する<モーセ5書>の翻訳が許される時代、時に至ったと見え、ギリシャ語への翻訳事業が着手される(旧約聖書70人訳の初段階の試みBC258年)等々で、良好な関係を見せているかのごとくであった。だが、このような経過の一面があるなか、北のアンティオコス朝と南のプトレマイオス朝との双方には、すでに第2次となる戦争抗争の継続(260-253年)状況を辿るさ中にあった。そして、先に上記したように第3次(246-241年)、及びアンティオコス3世メガスの王国低落からの大躍進への第4次の戦争(219−217年)、第5次(202-195年)の戦争へと繰り返されてきた事を見たが、その第3次の戦争後の状況下で、ユダヤ・エルサレム内外では、エジプト支配下からの離脱を望み、自主独立の気運が目覚めてきていた。このような気運のさ中、プトレマイオス4世フィロパトルが、217年6月頃のラフィアの一大会戦で、セレウコス朝アンティオコス3世を降したわけであったが、その直後、彼は、エルサレムに入都し、かの神殿で戦勝への拝儀礼をするつもりで、供犠、及び至聖所への入拝をなさんとするも、(律法によるユダヤ側のしきたりにより、)不名誉な反対妨害を被るものとなる。(第4次戦の終息直後)他国の宗教儀礼の掟など何一つ知らなかったプトレマイオスであったが、王としての体面をひどく傷つけられたとして、怒りをあらわにし、サレクサンドリアに帰った暁には、そこに在住のユダヤ人をすべて追放、さもなくば処刑殺害するとの目論み意向を申し渡して、エルサレムを去るという思わぬトラブルの一件があり、この事件により、ユダヤ・エルサレムのエジプトからの離脱を大いに叫び、事を起こさんとする猛者連中が発揚したわけであった。だが、民衆はこのさわぎに際し、2分されることなく、親エジプト派(大祭司門下衆、及び代表議員衆)の内外対応処置により、彼らの試みは失敗するものとなった。<14節の文言だ。>だが、彼ら一派は、アンティオコス3世メガスとの結び付きを強くし、これが彼のエルサレム来都への意識付けを濃くし、その水先アピールとなった。その頃までの戦場となる所域は、地中海の海岸寄りの平地方面がおもであり、ヨルダン川方面に至る丘陵地や、内陸の山々の織り成す平地地域などは、さほど戦火にさらされることはなかった。<16節>で、この<麗しい地に>彼は初めて立ちます。そして、<その地は荒らされます。>と表示されています。先に上記した199年から198年中の、南の王が送り出した傭将軍・スコパスと、来攻してきた北の王アンティオコス3世メガスとの内陸地での、ユダヤ、パレスチナを含めたコエレー・シリア(広範囲シリア)の争奪戦となったものです。アンティオコスは、ナバテア王国と手を組み、その主力をヨルダン川の東側から回り込ませて上ガリラヤの麗しき地への進攻を自らが軍勢を率いて行なってきたと見られます。    *ここで、アンティオコス3世メガスの子・アンティオコス4世エピファネスについては、いまだ何も記していませんので、言及すべきかと思われる。   4世エピファネスは、父・3世メガスの末っ子(三男)として生まれた。不幸にして父のローマに対する敗北(上記したが191、190年の両戦役にて)し、その戦後処理の<アパメイアの和約>の締結条項により、189年からローマへの人質となった。彼は、定かでないが、215年頃の生まれであったから、その時は、丁度、青年期盛りの25、6才だったと見られる。しかし、父・アンティオコス3世が187年に亡くなり、兄(次男)のセレウコス4世が王位を継いだ関係で、その息子・デメトリオス1世ソテルが彼と交換に人質となり、エピファネスは、3年余ほどで解放された。   しかし、その後、しばらくは自由人として、ローマに留まり、あるいはローマに拠点をおいてローマの状況ばかりでなく、ギリシャの諸都市の文化、伝統の空気を思う存分に吸い込んだと見られる。特にローマの実力、共和政の体勢、元老院での政治あり方、その権力など、かなり自分なりの把握して熟知したものと見られる。彼のこの情報知識との兼ね合いの性向は、対ローマへの基底的位置付けとなって、やがてのち強く表面化するものとなる。(アナトリア、エジプトを含め、わが東方のギリシャ文化領域を再統一して、ローマに対しなければならないという思いつき考想が心のうちに根ざして)彼の政治的ポリシーなど、その立場は、それゆえ、彼の父・アンティオコス3世とは、対照的なものとさえなったと云える。父のアンティオコスは、スサの近隣生まれで、スサ、バビロンでの育ちである。そこではヘレニズム化の趨勢が見られるとはいえ、いまだペルシャの文化、伝統色が息づいているところであったが、そのヘレナイズ以前に、この方面での知識の源泉的なカルティベイトは、ヘブライ的なものを兼ね備えていた。(アレクサンドリア学派ができる前に、バビロン学派があったほどに。)父・3世アンティオコスは、バビロン、及びメソポタミアに在住していたユダヤ人家族2000世帯ほどを小アジアのリュディア、フリュギアに難なく移住させるほどの実力者、彼のユダヤ人への信頼また、かの地域に住むユダヤ人の彼への支持、信頼度は意外なほどあったと見られる。彼は、ユダヤ・エルサレムに対しては、そのユダヤ人らにはそれ相応に慎重に対処したと見られる。(ヨセフスの「ユダヤ古代史Ⅻ」でも記している。)彼は、まさにかってのペルシャ大王キュロス路線を継承するようなものとなっていた。したがって、ユダヤ人、及びその宗教的伝統に対しても、一応の理解を示していた。当時の公用語は、ギリシャ語が主であったが、庶民レベルでは、アラム語が広く常用されており、宮中の書記官、史官クラスの者らのうちには、バイリンガルなユダヤ系の者が幾人かは仕えていたと見られる。   (ダニエル書が、第2章4節から7章の終わり28節まで、アラム語で記され、他はすべてヘブル語で記されているという<言葉の使用構成>となっている。これは非常に注目に値する事であり、秘すべきところ、開放黙認よろしきところ等々で、その当時での対応、反応など、興味深々といったところである。いつ頃、ダニエル書、その封印の巻物の巻が解かれるものとなったであろうか。モーセ5書がアレキサンドリアでギリシャ語に翻訳<70人訳>された、その初期段階のBC250年代頃には、すっかり開封されていたというものであったろうか、、、、。)その父に対して、子のエピファネス4世は、175年、王位を確保したが、ローマの重いくびき(賠償金支払い・アパメイヤの和約)に苦しめられて、王国の支配運営は、ほとほと思わしくなかった。父の偉業とその健全なる王国を継承できなかったエピファネス4世は、エルサレムへの破滅的荒廃をなすような所業を自ら行なうような結果を自分に継ぐものとなった。これは、ダニエル書の第8章9節以下、14節での内容における、彼の所業の見かけ上の外観の様子を描いているものでり、エピファネス4世の予言である。これは、父3世アンティオコスの代わりに、その悪い暴虐な所業予言を全部、自らをして自分に科したというかたちで、その予言史事情が成就しているというものである。そのダニエル8章の予言記事も、後半15節以下、その明説予言で、何か二重的な予言性を示している。それ故、そこでは、キーワードとなる<言葉>を取り出す事ができる。(大王アレクサンドロスとその後の4つの国への変遷事蹟で、8章と11章以降には史的同事性の深い係わりがある事から、、、) ■ダニエル書・第8章テキストの部分参照:ここをクリックにて。・18節<深い眠りに> ⇒これは、11章が10章から連続して続く文章記事として、その   10章9節の<深い眠りに>の言葉との、いわゆる“共通項”を   なしている。なんでもない表示文のように思われるが、実は非常   に注目すべき事象的形相、及びその深層的な啓示想式が秘められ   ている。(これを論示するだけで、大変な文章量になるので、割   愛するが、簡単に、)非常に重要な<共通項>である。  *ダニエルが実際にこの<深い眠りに>陥ったという状態で、啓示内容の展開が始まる。
これは、“深い眠り”という起点的様態形式を暗に表現する事で、本書でのダニエルの他の啓示受容の様式とは異なることを示している。  
 (<深い眠り>そのものの事象的表現に類似したものは、聖書中、アダムの創2:21、アブラハムの15:12節ほか数点見られる)  
*現代科学的な<夢心理学>の分析上では、眠りの科学分析の認識としては、深い眠り状態では、夢を見る事のない熟睡状態と同一視できるということになるが、、ダニエルの場合はこれとどう違うものかの論点があり、立場、意見の違いも出てくる。  *ダニエルは、心の計り知れない深層心理を知的に自覚、意識して   <深い眠り>状態をそれに当てて示そうとした。   神からの啓示内容をまさに深層ぶかいものとなし、そのような次   元からでないと、その啓示そのものの本意が成立しない、啓示内   容の真意が欠け、充足する事無く表現できず、伝えられないと。ダニエルの他の啓示内容とは異なり、この二箇所の内容は、その   <共通項>でもって、重厚なるものとしている。   ダニエルは、ほんの一時<深い眠り>の状態に陥った。が、彼の   脳中での眠りの(心理)状態には、普通の人と比べ、深さと広さ   とかで、量的に富んでいたとも、、、それで、実際に   <深い眠り>の時点において、神により掌握された状態から、神   の啓示手行によりその占有、浮上的な彼の意層に啓示内容が印映   移植されるものとなったということが起りえたと、、、。   或いはまた、その啓示授受の心理的程度の状態差があるとして、   それがどのようであれ、意識的にその啓示内容を文書化するにあ   たり、<深い眠り>という状態形式を内容表現のための重要な欠   くことの出来ない手段として、その表現中に取り入れたという見   方も可能となる。この場合では、彼の意識的文書著述の能力は、   まさに天才を越えた天才とも言えようか。、、  *ここでの<共通項>の“深い眠り”の啓示内容の真相にあって、   二重複相的に予見された対象事象があり、一方が表立った形で、   他方を被い秘めたものとして表示されているという啓示的仕組み   が見られる。(啓示幻の授受言示のエリアは、<深い眠り>の領   域外であり、それへの説き明かしのアプローチで、<深い眠り>   を入り口に、その規定内へと展開。そこからまた規定外の幻内容   を見直すと、そこに新たな事相が表化し得るという可能性の余地   が見い出される。)・17節<終わりの時> ⇒この言葉には、二つの使い分けがあり、それを示す事柄、意味す   るところが異なっている。   @、19節の“憤りの<終りの時>”:この表現は、23節の“彼らの国の<終りの時>”と、同次元的であり、この二つは、同じ時、同じ時期を示すものである。しかも、<定められた終りの時>にかかわるものという、次の時代への継続的性向関係を示しているものとなる。  
A、同じ19節の“定められた<終りの時>”:この表現は、17節の“この幻は<終わりの時>にかかわるものです。
”の<終わりの時>と、同次元的で、その<時>を限定特定して用いた言葉となっている。そして、この<終わりの時>は、ユダヤ・イスラエルの旧約民族としての<終わりの時>を暗示するものである。(エルサレムの滅亡)これはまた、ダニエル書内のテキスト上では、@での二つから続くかたちで、対照できるもので、この<終わりの時>は、11章27節の“定まった時”の来るまで、或いは同29節の“定まった時なって”の、その時に至る事により、現前してくる“終わり”という表現のニュアンスの時と同義である。“定められた<終りの時>”という時の範疇の内にあって<定まった時になって、>を経由併展直後して、⇒その<終わりの時>へ、である。そして、また、11章40節の<終わりの時になって、>のそれそのものと同じであり、それを予め指し示すものである。   *史実的事蹟ではその8章9節〜14節内の事柄は<アンティオコス4世エピファネス>の悪業を予見したものとして、あえて表示されているかの如くであるが、これを事象的兆例とし、また、<終わりの時>の事として、“悟りなさい”というものです。つまり、<終わりの時>にも同じようなことが起るが、それは、なし崩し的で、断続的で、幻などで一つに表示説明できないほど、複雑、多混様な事象ものとなるからである。(ローマのポンペイウスのエルサレム占領BC63年からウェスパシアヌス、ティトスの占領AD70年それ以後にまでかかわるからである。、、)・23節<ひとりの王> ⇒ヘブル語{メレク}、ギリシャ語{バシレウス}で、共に英語のような冠詞(a)は   付されていない。(両語には(a)に比すべき不定冠詞はなく、   (the)に比定する冠詞だけがあり、それぞれ常用されている。)   文法的訳上により、{a king}となる訳だ。邦訳では、英訳に   準じて、{一人の}となるが、日本語の修飾性が高いから、さらに   その修飾の規定が強く印象付けられてくるわけだ。   @ここでの王、メレク、バシレウスは<ひとりの>という観念規定に捉われてはならないということだが、しかし、同時的に一度に何人もの王が起こり成立することはないから、その継承上での代々の王を含めた意味で、ひとつに纏めたところの代表者的表現の<王>と見なすべきとの点も考慮しなければならない。   Aこの王の起る時期(時代)は、本文テキストでははっきりと明示されている。
前節(23節)の<4つの国が起った>事を受けて、その後の、
“彼らの国の終わりの<時に>なり、”
と表示され、しかも彼ら共々その国々の罪業が、もう許しがたくその限界を超えて満ちてきた状態の時に、という形相的に示された条件も付随しているその時期に、という事になる。   前項で記した<終わりの時>に関して、<彼らの国の終わりの時>という表現もあると、すでに指摘したわけだが、これのギリシャ語訳:“エプ エスカトーン テース バシレイアース アウトーン”はその<4つの王国の終わりの時に、>を示すもので、8章9節以下の文言との関係においては、それらと結びつけられる時代時期的次元のものではないということである。つまりアンティオコス3世メガス、及びその子のアンティオコス4世エピファネスを示す事象として解釈するならば、その彼らの事蹟は、彼らの王国の後半の時期に入っていまだ間もないもので、<終りの時>には該当しないということになる。(彼らセレウコス朝はBC310年頃から64年までと見られ、彼らの在世時期は、BC200年前後から160年代までの時であり、250年の全存続期間の、それは、110年〜150年過ぎた中後半への過渡期に当たる時となる。確かにこの後半への彼らの時期は、もはや衰退してゆくばかりの始まりの時で、再び隆盛することなく、残り100年ほど世代を重ねて、その終りの時に至るというものである。)  B23節の<王>の起こりの言及から25節までは、その王の特徴とか、所業の様相を象徴表示したものとなっている。これらについては、つぎの項目で記すが、<日本聖書協会訳>での本文テキストから、  “その顔は猛悪で”と邦訳された観点について分析しておこう。   原典ヘブル語では“メレク”(王)に続いて“アズ⁻パーニーム”とある。ギリシャ語訳は、“バシレウス”のあと“アナイデース プロソーポィ,”   ・アズ{-עז }= アナイデース{αναιδης} ⇒ 邦訳:猛悪で、   ・パーニーム{פנים }= プロソーポィ,{προσωπω,} ⇒   邦訳:その顔はこれら言葉は、王に直接かかる説明的修飾語である。邦訳では、この部分を一つの文節でもって意訳して、日本語の文章形式での表現を巧みなものとしている。しかし、“顔は猛悪で”という訳文は、一見、ひどく印象付けられるが、ただ単に顔面、つらがまえが猛悪??という事であるに過ぎないとすれば、また何か一見、子供じみた感じのもの、、ともなり兼ねない。   英訳ではどうか、見てみると、  ・a king of bold countenance,(Ame'canRevised-Sd版)  ・a king of fierce countenance,(KingJames版)  ・a king bold in counterance,(70人訳ギリシャ語対訳版)などがある。   countenance は、“顔つき、表情”などで、容貌、外貌、外見、風貌などに通じる。顔の表情でその人物の性格の一面が少なからず感じられるという考えがあるが、、、   bold は、一般に“大胆な”“無遠慮な”と辞書に出ているが、 それだけでの邦訳適用では、今一しっくりしない。 この語にはもっと幅のある意味深長な多様的、概念 的ニュアンスがあるようだ。(太っ腹な、臆する事のない気心、豪胆な、等々)   fierce は、“荒々しい、猛烈な、険悪な”などがあるが、。  この語の意味にかの日本語の“猛悪な”が介在  しているようである。結論として、英語のboldとfierceの両方をあわせたような存在性と捉えるのが妥当と見られる。だが、それだけではない、続いて記事原典テキストは、接辞接続字でもって、特記すべき特徴を付け加えているから、、ゆえにつぎの項目の分析へ、、、・23節<なぞを解き> ⇒ヘブル語{ゥメービーン ヒィードォーッ} <:ומבין חידות >   ギリシャ語{カイ スニオーン プロブレーマタ.}   <και συνιων προβηματα.>・25節<君の君たる者>⇒  (注:翻訳のギリシャ語旧約聖書は、古代ローマ時代、AD2世紀140年代頃までに3種類のものが世に出ている。これらより古いものは、良く知られている<70人訳セプティアギンタ>で、BC256年頃アレクサンドリアで、まず“モーセ5書”が、72日間かけて、72人のエルサレムからのユダヤ人翻訳者らによって完結している。その後、ほかの預言書、史書、詩文書、他などが、逐次翻訳追加されて、BC200年〜150年前後までに完成したと見られている。ほかの3種類もユダヤ人によるものだが、以下の人々による。・アキラ<Aquila>キリスト教の発展に70人訳書が大いに貢献し、そのお株を奪われたことで、ユダヤ教に転向したアキラが、ユダヤ教及びユダヤ人のために翻訳、しかしヘブル語底本からの遂字訳を意図したものとなっている。(abt.AD126年)・テオドティオン<Theodotion>彼は、セミ・キリスト教とも別称されるエビオン派からの転向者で、70人訳を全面的なベースとしており、まさにそれの改訳をなしたものである。もちろんヘブル本だけでなくアキラ訳を参照使用したが。
・シンマコス<Symmachus>
彼もエビオン派に属する人で、上記アキラ訳の粗野的な 逐語訳を嫌って、優美さのこもった意味訳の翻訳をしている。
このダニエル書の言及分析では、70人訳ギリシャ語のものを用いているが、その訳巻がヘレニズム時代の200年〜 遅くとも 150年頃までに、或いは封印の遵守の定めを守り、それ以後、100年頃までに一般的な公開としてその翻訳が完了したという、見方
により、あえて、その時代との同時代性における訳者の時代感覚の妙映痕跡を探る意味も込めて使用するものとしている。)密接に関連した8章の後半部分に係わる上記解述で、ひどく本論に戻るのが遅れましたが、ここで再び、第11章の続き部分に移ります。

Unknown Future
http://www.geocities.jp/sayufm_musiclabo_s/micoHP/indexb.html













posted by datasea at 00:00| Comment(0) | ◉ 黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月01日

Billy Meier交信記録: 人類のルーツ,恐竜時代〜原始時代

Introduction
Contact Reports volume: 5 (Plejadisch-plejarische Kontakberichte, Gespräche, Block 5)
Page number(s): All
Date/time of contact: Saturday, February 28, 1987, 2:09 AM
Translator(s): Benjamin Stevens et al.
Date of original translation: Ben translated portions in bold by Sunday, January 31, 2010
Corrections and improvements made: N/A
Contact person: Quetzal
Synopsis
This is the entire contact.
Two versions are presented: an authorised but unofficial translation by Benjamin Stevens and two authorised and official extracts.
Contact Report 215 Translation

Future of Mankind
http://www.futureofmankind.co.uk/Billy_Meier/Contact_Report_215






(要約)
Billy Meier(ビリー・マイヤー)交信記録: 人類のルーツ,恐竜時代〜原始時代
コンタクトレポート数:5(Plejadisch-plejarische Kontakberichte,Gespräche,ブロック5)
ページ番号:すべて
連絡日時:1987年2月28日(土)2:09 AM
翻訳者:Benjamin Stevens他
更新日:2010年1月31日日曜日
担当者:Quetzal
Benjamin Stevensによる非公式翻訳と2つの承認された公式の抜粋
Billy Meier (ビリー・マイヤー):
他のことについて教えてください。
グイドと私は先史時代,石器時代の人類について話しました,
そしてそこで,彼らが実際にこれまで彼らがより大きなグループに結束するまで来た時,
そしてこれらまたは彼らの子孫が最初のより小さなそしてより大きなさらに,地球上の最も遠い先祖代々の先祖をそのように指定することができれば,最初の本物の元祖先史時代の男性について話すようになりました。
ここで,問題は,彼らが実際にどれくらいの大きさであり,彼らがすでに直立して歩いていたかどうかです。
また,恐竜絶滅後に哺乳類が地球を占領した時代。
具体的に言えば,最初の哺乳類,そしてその後の生物がどのように進化していったのか。
さらには,恐竜,大型哺乳類などの時代。
地球の気候が安定し始めた時代の事を教えてください。
Quetzal:
地球の気候が安定し始めたのは約3500万年前だ。
そして,それよりももっと以前,大災害後の約6500万年前に出現した哺乳類とその捕食者についての情報を提供しなければならないのなら,
始新世と漸新世の時代(the times of the Eocene and Oligocene)
について話さなければなるまい。
ご存じかもしれんが,約6,500万年前,宇宙で大爆発がおきて,地上のほとんどの生命体は死に絶えた。
その世界で生き延びたのは小さな生き物だけだった。
せいぜい10〜12kg以下の小さな生き物だけだった。
人類のルーツ。
その起源において「人間」として特定しうる最初の人間の形態は,およそ4900万年前に出現した。
この時点では,彼らの外見は人間ではない。
現代人が「初期の人類,原人」として想像するような形であった,
実は,「原人」の大きさはわず約80センチであった。
腕が長く,木登りが得意な猿の一種だ。
そして彼らの中で足で半直立する者があらわれた。
これら「原人」の進化は非常に長い時間をかけてゆるやかに進んだ。
「原人」の進化は多様な相ですすみ,一部が現在認識可能な「人間」に発展した。
現在認識可能な「人間」が出現したのが約850万年前,同じ属の他の種が出現したのが650万年前と450万年前だった。
「人間」出現の前兆があったのが1670万年前と1260万年前。
アフリカ,オーストラリア,日本,中国,アメリカ,南アメリカ,ヨーロッパ。。
地球上の様々な場所に出現した。
この時代には,すでに初期の住居の集まり - 集落 - があり,そこに親族同士が集まって生きていた。
恐竜絶滅後の世界にも,例えばティラノサウルス・レックス(the Tyrannosaurus Rex)と比肩するような大型の捕食者は当然いた。
例えばハイエナドント類(the family of Hyaenodonts)。
ハイエナドント類は体長170〜180cm,かみそりのような鋭い歯を持っていた。
特に大臼歯は獲物の最も厚い骨さえ噛み砕く事のできる鋭い研削ツールだった。。
これらは今日のハイエナの先祖ではない。
彼らは攻撃的で冷酷な捕食者だった。
エンテロドン(Entelodonts)はハイエナドント類よりもさらに大きな捕食者。
そして,無限に広がるサバンナと広葉樹林を狩猟場にしていたエンテロドン(Entelodonts)はハイエナドントと共に生存していた最も強力な捕食者だった。
エンテロドン(Entelodonts)の体長は2m以上に達し,体重は1000kg以上だった。
これらの動物は非常に攻撃的で,今日のイノシシに近い。  
エンドロサクス(Endrosacus)は体重1トン超の極めて攻撃的な捕食者。
今日の羊の最も遠い祖先。
恐竜絶滅後の世界ではおそらく地上最大の捕食者であった。
彼らの唯一の天敵は,同種の彼ら自身だった。
彼らが互いに遭遇した場合,彼らは剃刀のような鋭い歯で固定された最大1mの顎で互いに攻撃して虐待した。
200万年以上前,最も強力で珍しい哺乳類,メガテリウム(the Megatherium)が地球に出現した。
これは巨大なナマケモノで,後ろ足で直立して歩いて葉を食べた。
ただ今日のナマケモノと違うのは,メガテリウムは巨大で木には登らない。
中型の象と同じくらいの大きさで,体重は4,000kg以上。体長は6mだった。
この巨大ナマケモノはほんの数千年前まで南北アメリカに住んでいたが,これもまた完全に絶滅したマンモスと同様,そのおいしい肉を求めた人間による狩猟によって絶滅した。
それ以外の動物が絶滅した原因は,気候の激変と自然災害であった。
巨大マンモスといえば,現在の象の先祖を思い浮かべるだろう。
これは何百万年も前に生存していたネウレテリウム(Neureterium)であり,非常に長い進化の過程を経て,現在象として知られる形態へと進化した。
馬の元来の先祖はカリコテリウム(the Chalicotherium)。
非常に小さく,大きさは30cm以下であった。
それが,長い首,長い足,短い鼻を持つ,大きさが3m以上の生物に進化した。キリンに似た形状だ。
Billy Meier :
ありがとうございました。

fgfdgfg pc







posted by datasea at 05:52| Comment(0) | ◉ 黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月08日

アメリカの近未来〜考えられるオプション

2018年10月 4日 (木)
アメリカの近未来〜考えられるオプション
マタイ24章、ルカ21章の預言が現実と化しつつある世の中。
アメリカも水面下で内ゲバの権力闘争が始まっているようです。
トランプに送られた劇薬入りの郵便物、
両親の470億円もの脱税幇助疑惑、
元不倫相手とされるポルノ女優の暴露本
とまあ〜、盛り沢山で集中砲火ですわねえ〜。
おそらくアメリカには3つのオプションが考えられます。
@ 大自然災害〜イエロー・ストーンの活動が活発化している模様。
また、西海岸のサンアドレアス、中西部地域のニュー・マドリッド断層にも要注意。
A 内戦による連邦制国家の崩壊〜FEMA CAMP
B 米露最終決戦〜Show Down!
のいずれかが考えられます・・・これに携挙が絡んでくるのでは?と・・・
最後にルカ伝21章から抜粋してみましょう。
日本を襲う台風の大型化かつ凶暴化、インドネシアを襲った大地震と津波、火山の噴火・・・
そして、中東ではS−300(地対空ミサイル防御システム) VS F−35(メイドインUSAの最新型ステルス戦闘機) 
のバトルが見られるのだろうか?
イドリブに非武装地帯を設置したはいいが、あのテロリスト連中が大人しく武器を捨てて退却するだろうか??はなはだ疑問である。
21:8イエスが言われた、「あなたがたは、惑わされないように気をつけなさい。
多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がそれだとか、時が近づいたとか、言うであろう。彼らについて行くな。
21:9戦争と騒乱とのうわさを聞くときにも、おじ恐れるな。こうしたことはまず起らねばならないが、終りはすぐにはこない」。
21:10それから彼らに言われた、
「民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。
21:11また大地震があり、あちこちに疫病やききんが起り、いろいろ恐ろしいことや天からの物すごい前兆があるであろう。
〜中略〜
21:25また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。
そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、
21:26人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。
21:27そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
21:28これらの事が起りはじめたら、身を起し頭をもたげなさい。あなたがたの救が近づいているのだから」。
21:29それから一つの譬を話された、「いちじくの木を、またすべての木を見なさい。
21:30はや芽を出せば、あなたがたはそれを見て、夏がすでに近いと、自分で気づくのである。
21:31このようにあなたがたも、これらの事が起るのを見たなら、神の国が近いのだとさとりなさい。
21:32よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。
21:33天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-1237.html
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-175f.html








コメント
先ほどの投稿の続きです。
で本編である巻物が開封されてから 起きたのが、[7つのラッパ]です。これが時系列ではありません、
たとえば最初は第5のラッパ[第一の災い]から始まります。
黙示録9章のいなごとは中世の暗黒時代 しかも五ヶ月=150年間とあります。
調べた結果、
[教会大分裂]1378年 ローマとアヴィニョンにふたり教皇がいる南北朝時代のような異常時代
がありました、これは1417年まで続きます。
教皇庁はまたローマに戻りましたがバチカンの堕落は改善されません
異端審問や魔女狩りが行われています。
1515年 免罪符を発売
1529年 ルターはカール五世に[抗議書プロテスタキオ]を送ります
プロテスタント教会による聖書と信仰の救い福音に立ち返る運動 さそりの毒の五ヶ月=150年が 第5のラッパ 第一の災いの真相です。
続いて、黙示録9:13-16第六のラッパ[第2の災い]がそれから約四百年後の
1914年 第一次世界大戦
で始まります。
1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国皇帝の世継がサラエボでセルビア人に暗殺された
ことで オーストリアは7月28日にセルビアに宣戦布告
さらに
第二次世界大戦は1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドへ侵攻したことがきっかけで
9月3日に英仏がドイツに宣
投稿: オバデヤ
2018年10月15日 (月) 17時25分

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-175f.html







posted by datasea at 21:11| Comment(0) | ◉ 黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月24日

天から来る白馬の騎士&青い巻物

【2018.12.17啓示】天から来る白馬の騎士&青い巻物
啓示/預言2018.12.19
ダビデの星の秘密を明かす時が来た!
世界最古のピラミッド
塩ノ山の【預言者】三枝クララです。
◆天から来る白馬の騎士
2018.12.17の明け方、こんな啓示を受けました。
私の心が解放されると、青空が広がり、その青空を見上げると、天から降りて来た白馬に乗った赤い衣のイエス・キリストが空に浮いてこちらを見ていました。
私は自分の目を何度も疑いましたが、威厳を放つその御姿は、間違いなくイエス・キリストでした。
しかし、私が、地上に目をやると、イエス・キリストの御姿が、見える人と、全く見えずにいつもの生活を送る人の二つにハッキリと別れていました。
真っ赤な衣のイエス・キリストは、地上の私に近づくと、この地上で私が預言者として 活動するための帯封が付いた軍資金を幾束も私に下さると、馬から降り、横になられました。
するとイエス様の御顔は、磔刑の時の悲しい血が顔に流れていたので 私は白い包帯で傷の手当てをさせて頂きながら、ふと、足元を見ると、霧のような雲のようなモクモクとした白いもやの中に 幾つもの青い巻物がありました。
なぜ、こんなにもイエス様の御姿が見えない人がいるのかと、私は、隣町の山梨市の知り合いのお店に行って見ましたが、そこもイエス様の再臨の聖霊の雲が流れているのも関わらず、店の中の人も外の人も全くイエス様が見えておらず、日常の生活を送っていました。
イエス様だけでなく、私の姿も見えていないようでした。
そこの聖霊の雲の中にも青い巻物を見つけました。
以前、私は赤い巻物を賜わったことがあり、後にそれは聖書だったとわかりましたが、青い巻物は始めってだったので カッターでその青い巻物の封印を解くと、カメラの脚立のような金属性のものが、どの青い巻物からも出てきました。
啓示は以上です。
神社の御神馬は、イエス・キリストがお乗りになる白馬のことです。
イエス様が下さった軍資金は、先月11月22日穂見神社の秋の大祭で賜った軍資金のことだたと思います。
青い巻物の意味は、今は、まだハッキリとはわかりませんが、神の最後の審判が近づいていることは、確かです。
私が見た青い巻物から現れた金属のような物は、サタンに膝まづく者たちを刺し抜く物であって、第三次世界大戦を示すものではありませんようにという恐れと、この啓示を受けた時の青空のイエス様の清々しさの二つの思いを 今の私は、抱え込んでいます。

預言者★三枝クララ
https://shionoyama.com/hakubanokishi/







pp6520181224{5}27.jpg
メリークリスマス







予知情報:黙示録解析,2018年
2017/11/18 23:17
Revelation13.net: 
Prophecies Calendar, recent Past and Future dates -- 2017 2018 to 2020 -- 
New Age, Nostradamus, Bible prophecy, King James version Bible Code, and Astrology Predictions of World Events
Revelation13.net
http://revelation13.net/calendar.html
http://revelation13.net.ej.b.hpi.transer.com/int666.html
予知情報:黙示録解析,2018年
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2016年10月3日,ユダヤ暦新年祭(Rosh Hashanah),777年サイクルの始まり。
「777」はギリシア語で「十字(The Cross)」の数。
ヨハネの黙示録を含む新約聖書の原典では「666」は「反キリスト」の数。
「888」はギリシア語で「イエス」の数。
6x6x6=216(「2016」に似た並び,反キリストに関係)。
2016=42x48=42x6x8。黙示録の記述「反キリストが支配する42ヵ月」。「42」は反キリストに関係。
2017年11月13日、金星と木星が見かけ上3度以内に接近。反キリスト、キリストに関連
2017年12月3日、スーパームーン。月が地球に接近、大きな月
2017年12月21日 2017年間ずっと射手座エリアにいた土星が2017年12月21日、山羊座エリアに入る。
2018年1月2日、スーパームーン。月が地球に接近、大きな月。
2018 = 2000 + 6 + 6 + 6。666(ヨハネの黙示録13の反キリストの数)。 
2018年1月31日。西北アメリカで皆既月食。 
2018年2月。第1次世界大戦開戦の1914年8月から6×6300日(サタニックサイクル)、
また、1914年8月1日(第1次世界大戦開戦)から6×6300日の2018年2月,世界イベントを操る反キリストPutin一族は全盛。 
2018年5月9日,木星と地球がオポジション。木星-地球-太陽が直列。 
2018年5月27日,占星術パターン6-6-6。双子座太陽6度-魚座木星6度-蟹座土星6度。 
2018年8月26日。太陽-乙女座土星-山羊座海王星-牡牛座がグランドトライン(Grand Earth Trine Astrology pattern,三位一体パターン,)で天体エネルギーは増幅。
2018年6月6日,映画「The Omen」デーミアンの42才の誕生日。
映画「The Omen」は1976年6月6日(666がヨハネの黙示録13章の反キリストの数に由来)に公開。
ヨハネの黙示録13章「反キリストの政権42ヵ月間」。「42」は反キリストに関係。
2018 = 2000 + 6 + 6 + 6に注意。 
June 27 2018. Saturn/Satan at opposition, closest to earth.
2018年6月27日,土星と地球がオポジション。土星-地球-太陽が直列。 
2018年7月13日。オーストラリアと南極大陸で部分日食。 
2018年7月27日。ヨーロッパ、アフリカ、アジアで皆既月食。 
2018年8月11日。カナダ(グリーンランド)で部分日食。 
2018年8月26日,乙女座太陽-山羊座土星-牡牛座海王星がグランドトライン(Grand Earth Trine Astrology pattern,三位一体パターン,)で天体エネルギーは増幅。
2018年9月7日。乙女座水星-山羊座土星-牡牛座海王星がグランドトライン(Grand Earth Trine Astrology pattern,三位一体パターン,)で天体エネルギーは増幅。
2019年4月,反キリストPutinの誕生日1952年から66年6ヵ月,ハルマゲドンの危険性。
ヨハネの黙示録16章「中東で大きな核戦争がおき、ハルマゲドン(第3次世界大戦)になる」。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2018年〜2019年,Putinは核ミサイル攻撃に出るか?第3次世界大戦はおきうるか?
ヨハネの黙示録19章「反キリスト軍はキリスト軍(宇宙人勢力)に敗れる」
キリストは2018年-2020年に再臨するのか。キリスト軍(宇宙人勢力,W56 aliens,)のUFOが地球に来るのか。
King James版黙示録19:11「そして私は天が開かれ、現れた白馬を見た」(:UFO??)。
黙示録19:14「そして白馬のキリストに続いて天の軍が現れた」
黙示録19:15「そして彼の口から出た鋭い剣が国々を打った」(強力なUFOの武器は地球の国々を破った)。 
ヨハネの黙示録7,14「そしてキリストのもとに144,000人の選ばしたものは集い天の宇宙軍を助けた」。
宇宙軍侵攻の本意は地球温暖化と地球環境の破壊の阻止にある可能性。
キリスト軍が地球の支配をを引き継ぎ、地球は宇宙の本部になる。
ヨハネの黙示録11:18「地球を破壊する彼らは滅ぼされるべきだ」。 
宇宙軍はW56系宇宙人(W56 aliens)かもしれない。
また宇宙軍侵攻時、地球上の数百万人が姿を消す「携挙(The Rapture)」がおきる
黙示録21:10「そして天国から神が下り、私にその巨大都市(神聖なエルサレム)を見せてくれた」。
ヨハネの黙示録21章にある新エルサレム(New Jerusalem)は、2020年の宇宙人侵攻後に形成される巨大な宇宙人都市でありうる。
ヨハネの黙示録21章と22章は、宇宙人による地球を再編の記述か。
宇宙人のリーダーはキリスト。黙示録7章と14章は144000の選ばれしものの記述。
黙示録14章「選ばれしものが集う」場所は私はニューヨーク市だと思う。
「額に印をつけられた144000人」とは,宇宙軍侵攻に備え,宇宙人にチップを脳移植された拉致被害者だと思う。
((まとめ))
31年サイクル:
666日の17サイクル= 31年。
1945年8月第2次世界大戦終戦、
1914年8月第1次世界大戦開戦から31年(666日の17サイクル= 31年)後の1945年8月第2次世界大戦終戦。
このサイクルでは、この間におきたファシズムの高まりと敗北がおきた。
第2次世界大戦終戦後の次のサイクルは1976年に終了。
このサイクルでは、一連の事件と毛主席の死亡による共産主義の没落がおきた。
次のサイクルは2007年に終了。
このサイクルでは、反キリスト・プーチンの台頭がおきた。
次のサイクルは2038年8月に終了。
このサイクルでは、反キリスト・プーチンの盛衰の後、おそらく地球外勢力の侵入がおきる。 
17年3ヵ月サイクル:
150(権力,聖詩150,Psalm 150,)x42(反キリストは42ヵ月支配した,ヨハネの黙示録13,)= 6300
6300日(サタニックサイクル,6300日:17.248年:17年3ヵ月)は、反キリストとこれに類する独裁者(Hitler,毛主席/Chairman Mao)の出現に関係する。
第1次世界大戦開戦の1914年8月1日、666日サイクルの始まり。 
1914年8月1日(第1次世界大戦開戦)から1×6300日,1931年11月のHitler台頭。Hitlerは翌年1932年に二回目の選挙出馬で当選。
1914年8月1日(第1次世界大戦開戦)から2×6300日の1949年2月,この8ケ月後の1949年10月に毛主席/Chairman Maoは中華人民共和国を建国。
3 x 6300 days = May 1966, Chairman Mao began the cultural revolution in May 1966. Also note that was just before 6/66.
1914年8月1日(第1次世界大戦開戦)から3×6300日の1966年5月,毛主席は文化革命を開始。これは6/66の直前であった。
1914年8月1日(第1次世界大戦開戦)から4×6300日の1983年8月,4×6300 = 69年。
1914年8月1日(第1次世界大戦開戦)から5×6300日の2000年11月,反キリストPutinがロシアで政権に復帰,2000年5月にロシア大統領選で再選。
1914年8月1日(第1次世界大戦開戦)から6×6300日の2018年2月,世界イベントを操る反キリストPutin一族は全盛。 

fgdgf pc




黙示録21:10「そして天国から神が下り、私にその巨大都市(神聖なエルサレム)を見せてくれた」。
ヨハネの黙示録21章にある新エルサレム(New Jerusalem)は、2020年の宇宙人侵攻後に形成される巨大な宇宙人都市でありうる。 
(T. Chase画)






黙示録のタイムライン
Timeline for Revelation
http://www.rapturechrist.com/timeline.htm
▼封印
1番目の封印 黙示録 6:1 キリストがサタンに打ち勝つ
2番目の封印  黙示録 6:3 戦争
3番目の封印  黙示録 6:5 飢餓
4番目の封印 黙示録 6:7 武器、飢饉、邪悪な男性の死。
5番目の封印  黙示録 6:9 神の言葉に従う者に宗教的迫害や試練がふりかかる。バビロンの崩潰。 (世界は現在ここにいる!)
6番目の封印  黙示録 6:12  天国のサイン。イスラエルの12部族のなかから14万4千人のイスラエルの民が天国にはいる。この時点で空中携挙がおきる。
7番目の封印  黙示録 8:1-2
この時点で 獣のマークが必須のものになる。
▼トランペット
1番目のトランペット 黙示録 8:7 雹や火が血と混ざる。
2番目のトランペット 黙示録 8:8 大いなる山が燃え海に投れこむ。
3番目のトランペット 黙示録 8:10 星が天から落ちる。 水は苦くなる。
4番目のトランペット 黙示録 8:12 3つの星(太陽、月、星)がぐるぐるまわる。
5番目のトランペット 黙示録 9:13 アビスが開かれる。人が「バッタ」の被害にあう。
6番目のトランペット 黙示録 11:15 20億人の軍隊が現れる。人類の3分の1が死ぬ。6番目のトランペット が終わるまでに2人の証人が殺される。
7番目のトランペット 黙示録 11:15 24人の長老。バビロンの崩潰。
▼怒りのボウル
1番目のボウル 黙示録 16:02 獣の刻印を持つ男性に潰瘍がみつかる。
2番目のボウル 黙示録 16:03 すべての海洋生物が死ぬ。海は血のようになる。
3番目のボウル 黙示録 16:04 川や噴水の水が血のようになる。
4番目のボウル 黙示録 16:08 太陽は火で人を焼く。
5番目のボウル 黙示録 16:10 獣の王国が闇になり、人は痛みのあまり自分で自分の舌をかむ。
6番目のボウル 黙示録 16:10 ユーフラテス川までが干上がる。ハルマゲドンの準備。
7番目のボウル 黙示録 16:17 この時点までにはキリストが地球に戻っている。
黙示録 19:14,黙示録 20:4 ハルマゲドン 
黙示録 16:16,黙示録 19:11-21 ハルマゲドン 、偽キリストの敗北。
獣と偽キリストは摘発され火の海に投げ入れられる。 
黙示録 19:20 サタンが鎖につながれる。
黙示録 20:1-2 サタンが鎖につながれ1000年のあいだ奈落の底に落とされる。
黙示録 20:2 キリスト1回目の復活
黙示録 20:2 獣の国が殺した人々が復活する。
▼ミレニアム
ミレニアム 黙示録 20:4 キリストの政府が地球に誕生する。地球で1000年つづく。
ミレニアムの終わり、サタンはしばし鎖から解かれる。
サタンは再び人をだまし、戦争をはじめる。
サタンの最後の敗北。天使たちが次におこる出来事をつたえる。キリスト2回目の復活 
黙示録 20:11-15 ホワイトスローンによる審判。人は復活して肉体を得る。そしてそれぞれの行いによって裁かれる。
▼新しいエルサレム 
黙示録 20:4 神は新しい天国と地球をつくりそこに新しいエルサレムをつくる。

local pc







posted by datasea at 19:10| Comment(0) | ◉ 黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月22日

ヒートマップ:過去140年の最高気温をビジュアル化

pp6520180722899.png


ヒートマップ:過去140年の最高気温をビジュアル化
天気・天候
東京の夏が「昔より断然暑い」決定的な裏づけ
過去140年の最高気温をビジュアル化
荻原 和樹 : 東洋経済オンライン編集部
2018/07/21 6:00
このヒートマップは、夏期(6月から9月)の東京における過去140年間の日別平均気温を表したものだ。
横軸は月、縦軸は年(1876年から2018年)を示している。
つまり、ヒートマップの下に行くほど現代に近づく。
それぞれのセルの色はその日の平均気温が色で表現されている。
「18度未満」「18度以上20度未満」「20度以上22度未満」……「30度以上」と、2度刻みで青から黄緑・黄色を経て赤へと変わっていく。
たとえば平均気温が20度なら黄緑、31度なら濃い赤となる。
元データとなる日別の平均気温は気象庁のウェブページから入手した。
ヒートマップの描画にはP5.jsと呼ばれるJavaScriptライブラリを用いている。
1920年代から徐々に上がり始めた
ヒートマップを見ると、夏の気温は1920年代から徐々に上がり始めたことがわかる。
特にその傾向が顕著になったのは1960年代から1970年代にかけての高度成長期だ。
1990年代に入ってからは、7月の前半から平均気温が30度を超える日も珍しくなくなる。
一方で、冷夏として知られる1980年付近や1993年では、帯が入るように前後の年と色が変わって見える。
逆に記録的な猛暑で話題となった2010年も同様だ。ま
た、気温の上昇と合わせて、暑さのピーク期間が長くなっていることが読み取れる。
特に2000年代後半からは9月に入ってからも平均気温が30度を超える日があり、厳しい残暑になっている。
年によって変動はあるものの、夏の暑さが徐々に厳しくなっていることは疑いがない。
炎天下での運動を避ける、室内ではエアコンを使うなど、最大限の注意が必要だ。

東洋経済オンライン
https://toyokeizai.net/articles/-/229965?page=2
https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/temperature/



pp6520180722655.png

posted by datasea at 11:09| Comment(0) | ◉ 黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月18日

水道民営化

あまり報道されない「水道民営化」可決。外国では水道料金が突然5倍に
2018年7月12日
ニュース
※本記事は、『らぽーる・マガジン』 2018年7月9日号の一部抜粋です。
ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
7月5日、水道民営化を含む水道法改正案が衆議院で可決された。
海外では水道料金が5倍に急騰するなどの問題が起きているが、日本国民には十分に周知されていない。(『らぽーる・マガジン』)
問題化した「水道の老朽化」が後押し。民営化で解決するのか?
あっという間に可決された「水道民営化法案」
7月5日、水道法改正法が衆議院本会議で可決されました。
これについて、週刊文春は以下のように言及しています。
W杯での日本代表の活躍に湧き、オウム真理教の松本智津夫被告ら7名の死刑執行に驚かされた7月第1週だったが、
7月5日、水道事業の運営権を民間に売却できる仕組みを導入することなどが盛り込まれた水道法の改正案の採決が衆院本会議で行われ、
自民・公明両党と日本維新の会と希望の党などの賛成多数で可決された。
出典:オウム死刑執行とW杯に埋もれた「水道民営化」問題の“重要発言”まとめ – 文春オンライン(2018年7月7日配信)
水道法改正案が審議入りしたのは6月27日。
働き方改革関連法案に押されて審議入りは未定だったものが、6月18日に発生した大阪北部地震により21万人以上が水道の被害を受けたことで、「老朽化した水道」という問題がクローズアップされ、一気に審議入りしました。
市町村の赤字体質が「水道の老朽化」を招いた?
市町村などの水道事業者は人口減による収入減などで赤字体質のところが多く、老朽化した水道管の更新が遅れていた。
そもそもこれが水道法改正の背景にあるようで、老朽化した水道管更新が遅れているのは水道事業者の赤字にあるというのです。
その解決法が、民間企業参入を認めるということだと政府は考えているようです。
2013年に麻生氏が「水道民営化を目指す」と断言
水道管老朽化対策促進の名目で、市町村などが経営する原則は維持しながら民間企業に運営権を売却できる仕組み(コンセッション方式)も盛り込んだのが、今回の水道法改正になります。
国鉄、タバコ、電信、郵政と、いわゆる「三公社五現業」の民営化が続いてきました。今回は水道事業の民営化のようです。
自民党は以前から水道民営化を推進しようとしていた。麻生太郎氏による「この水道は全て国営もしくは市営・町営でできていて、こういったものを全て民営化します」という発言は、2013年4月にアメリカのシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)で行われた講演でのもの。麻生氏は「水道の民営化」を目指すと断言している。
これは、2013年4月にアメリカのシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)で行われた麻生太郎財務大臣兼副総理の講演でのものです。
明確に麻生大臣は「水道の民営化」を目指すと断言しています。
公明党が主導した今国会での成立
今国会で水道法改正案の成立を主導しているのは公明党だと言われています。
公明党が水道法の改正に積極姿勢を示すのは、来年の統一地方選や参院選をにらんだ動きだと文春は指摘しています。
水道事業の経営悪化は地方の生活に直結するため、3,000人の地方議員を抱える公明党は水道法改正案の成立にとりわけ熱心だと文春記事にはあります。
受注会社の自由度が高い「コンセッション方式」
水道事業の民営化に関してのキーワードは、「コンセッション方式」です。
コンセッション方式とは、高速道路、空港、上下水道などの料金徴収を伴う公共施設などについて、施設の所有権を発注者(公的機関)に残したまま、運営を特別目的会社として設立される民間事業者が施設運営を行うスキームを指します。
この特別目的会社を「SPC」と言いますが、SPCは公共施設利用者などからの利用料金を直接受け取り、運営に係る費用を回収するいわゆる「独立採算型」で事業を行う事になります。
「独立採算型」事業では、SPCが収入と費用に対して責任を持ち、ある程度自由に経営を行うことができます。
例えば、利用者の数を増やすことによる収入の増加や、逆に経営の効率化による運営費用の削減といった創意工夫をすることで、事業の利益率を向上させることが可能です。
竹中平蔵氏が推進する「インフラ運営権」の売却
コンセッション推進と言えば、経済財政政策担当大臣、金融担当大臣などを歴任した、内閣日本経済再生本部産業競争力会議(民間)議員などを務めるパソナグループ取締役会長の竹中平蔵氏がすぐに出てきます。
竹中氏はいろんなところで、国や地方などの公的部門がインフラの運営権を売却することを提案してきています。
その成功例として空港運営の民間委託を挙げていますね。
竹中氏は2013年4月に行われた第6回産業競争力会議でも
「インフラの運営権を民間に売却して、その運営を民間に任せる。
世界を見渡してみれば、港湾であれ空港であれ、インフラを運営する世界的企業が存在します」
と発言しています。
海外では失敗している「水道民営化」
ただ、この水道事業民営化においては、海外ではいくつか失敗例も見受けられます。
水道の民営化の失敗例としてよく知られているのが、マニラとボリビアの事例です。
マニラは1997年に水道事業を民営化しましたが、米ベクテル社などが参入すると水道料金は4〜5倍になり、低所得者は水道の使用を禁じられました。
またボリビアは1999年に水道事業を民営化したものの、やはりアメリカのベクテル社が水道料金を一気に倍以上に引き上げ、
耐えかねた住民たちは大規模デモを起こし、200人近い死傷者を出す紛争に発展しました。
当時のボリビア・コチャバンバ市の平均月収は100ドル程度で、ベクテル社は一気に月20ドルへと値上げしたのです。
大規模デモは当時の政権側は武力で鎮圧されましたが、その後、コチャバンバ市はベクテルに契約解除を申し出ると、同社は違約金と賠償金を要求してきたそうです。
世界の潮流は「再公営化」
外資が参入してきて水道料金を引き上げ、水道料金が支払えない低所得者層は水が飲めずに、衛生上よくない水を飲んで病気になるケースもみられます。
民間の水道事業者が利益ばかり追いかけたことにより、「再公営化」が世界の潮流となりつつあるという指摘もあります。
この外資企業と言われるのが「水メジャー」と呼ばれる企業で、2強と呼ばれるのが
スエズ・エンバイロメント(フランスや中国、アルゼンチンに進出)と
ヴェオリア・エンバイロメント(中国、メキシコ、ドイツに進出)
です。いずれもフランスの企業です。
人間が生きていくうえで必要なのは「空気」と「水」。
私たち国民には十分に知らされないまま、水道法改正法が衆議院本会議で可決されました。

MAG2
https://www.mag2.com/p/money/490231?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000204_thu&utm_campaign=mag_9999_0712&l=unq0156e88









私企業に「水」が奪われる!─水道民営化の罠─
2017/3/24 2017/3/27 ブログ, 新自由主義
私企業に「水」が奪われる!
3月7日、安倍内閣は水道法改正案を閣議決定しました。
麻生太郎副総理兼財務相が
「水道は全て国営もしくは市営・町営でできていて、こういったものをすべて、民営化します」
(2013年4月19日、米戦略国際問題研究所CSIS講演より)
と語った通り、水道法改正法案は水道民営化に道を開くものだと思います。
 実際、改正案では「地方公共団体が、水道事業者等としての位置付けを維持しつつ、厚生労働大臣等の許可を受けて、水道施設に関する公共施設等運営権を民間事業者に設定できる仕組みを導入する。」とされています。水道の運営権を民間事業者に委ねるということです。
 しかし国民の生命と生活を支える社会的インフラをビジネスの対象として民営化すべきではありません。
故中川昭一元財務相は『朝日新聞』(2009年4月28日)のインタビューで、次のように述べていました。
水のビジネスは、最終的に安全保障の問題だと思っています。
「もうからないから、やめて帰っちゃえ」
といわれたら、困るわけです。
電気やガスとも違う。水は国民の生命であり、財産であり、採算性だけでやるものではない。
安倍政権は水道民営化を目指しているようですが、仮に民間企業の水道ビジネスが始まった場合、我々国民の生命と生活は脅かされることになります。
ここでは、本誌2014年7月号に掲載したIWJ記者・佐々木隼也氏のインタビュー「私企業に「水」が奪われる!─水道民営化の罠─」を紹介します。(YS)
月刊日本 2014年 07 月号 [雑誌]
posted with ヨメレバ
ケイアンドケイプレス 2014-06-22
雨水にも料金を課されたボリビア
── 水道民営化は各地で失敗に終わっています。
佐々木 
民営化により効率が上がり、サービスも向上し、料金も低下すると喧伝されてきました。
しかし、そもそも民営化とは、公益セクターに市場原理を導入することです。
世界中の民営化した民間企業を見ると、例えば水道管が老朽化し、その整備をしなければならない場合、自社の資本を投入することはほとんどなく、銀行からの貸し付けを受けたり、投資物件として売り出して資金を工面したりしています。つまり、事業を投資として成り立たせ、そこで利潤を得ようとしているのです。結局、水道料金を上げるか、コストを削減しようとするのです。コスト削減のため、更新すべき施設をきちんと更新しなかったり、必要な人員を削減したりしています。その結果、サービスの悪化を招きます。経営が悪化した場合に、民間の水道会社が追加の補助金を申請するといったことも、世界中で起こっているのです。
世界の水道市場では、ウォーターバロン(水男爵)とも呼ばれる
フランスの
ヴェオリア、
スエズ、
イギリスのテムズ
の3社が独占的な立場にありますが、アメリカのベクテルなども各地で水道事業に参入しています。
例えば、フィリピンのマニラでは、1997年にアメリカのベクテルや三菱商事が参入する形で水道が民営化されました。
しかし、結局水道料金は4〜5倍に跳ね上がりました。
水道メーターの設置料4000ペソを払えない人は、水道の使用を禁止されました。
しかも、他人に水を与えたり、分けたりすることも禁止するなど、かなり強硬なことが行われました。
ボリビアは「水紛争」で有名ですが、1999年に同国のコチャバンバ市で水道事業がベクテルの子会社にコンセッション方式で民営化されました。
ダムの建設が必要だという理由で上がり始めた水道料金は、やがて際限なく上がっていき、月給100ドルの家庭に月20ドルの水道料金が請求されるというような事態に陥りました。
さらにベクテルは、雨水の利用にまで料金の支払いを要求するようになりました。契約上、天から降る水の利用権もベクテル側にあるとされたのです。これに市民の反発が高まり、ストライキや暴動に発展、死者まで出す惨事に至りました。これが「コチャバンバ水紛争」です。
 ついにベクテルは折れて、撤退を表明しました。ところが、ISDを利用してベクテルはボリビア政府に対して2500万ドルの損害賠償を要求したのです。未だにその決着は着いていません。
── ウォーターバロンは、すでに日本にも進出しています。
佐々木 ヴェオリアは2006年に広島県と埼玉県で下水道の維持管理の包括的契約を獲得、2007年には千葉県で下水道施設、さらに福岡県と熊本県でも上水道施設を運営しています。2012年には愛媛県松山市の浄水場運転業務を受託しました。
 この間、日本でも世界の市場に打ってでようという動きがありました。
もともと、日本には極めて高い「膜ろ過」技術などがありますが、それだけでは十分ではありません。
施設の設計・建設から運転維持、整備などをパッケージングする必要があります。
そこで、2000年に三菱商事と日本ヘルス工業の共同出資による水事業会社としてジャパンウォーターが設立され、
運営をパッケージングして世界市場に進出しようという構想が動き始めたのです。
そのために、まず国内の民営化を進めてノウハウを蓄積することが求められました。
ところが、逆にヴェオリアの参入という黒船ショックを招くことになったのです。

月間日本
http://gekkan-nippon.com/?p=11988








貧乏人は水を飲むな。「水道民営化」を推進するIMF、次のターゲットは日本(MONEY VOICE)
投稿者 赤かぶ
日時 2016 年 4 月 30 日 18:40:05:
igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
貧乏人は水を飲むな。「水道民営化」を推進するIMF、次のターゲットは日本
http://www.mag2.com/p/money/10990
2016年4月28日 MONEY VOICE
IMFの役割は、すで明確になっています。
少なくともボリビアとフィリピンは気が付いているはずです。
「貧乏人は水を飲むな、貧乏人は死ね」
の世界を経験したからです。
(『カレイドスコープのメルマガ』http://www.mag2.com/m/0001609520.html
「貧困層は死ね」と言うのか? 水道民営化の悲惨な現実
■南米諸国の「民営化」推進の陰にIMF(国際通貨基金)
IMFは、財政的に貧困な国の政府に、
「国の非効率な公営事業を民営化すれば、公共料金がもっと安くなるうえにサービスも充実する」
という甘言を使って世界銀行から借金をさせます。
そして、その資金で民営化を進めさせるのですが、そのときに入り込んでくるのが多国籍企業です。
理由は、「その国の企業にはない高度な技術を多国籍企業は持っているから」というものです。
最初のうちは確かに公共料金は下がるのですが、徐々にそれを吊り上げていきます。
そして、国民が耐えられないところまで引き上げてしまうのです。<中略>
■IMFと世界銀行の「毒牙」にかけられた最貧国ボリビア
南米大陸最貧国のボリビアは、IMFと世界銀行の毒牙にかけられた典型的な国です。
世界銀行の融資を受け入れたボリビアは、ほとんどの公益事業を民営化させられてしまい、国民の生きる糧である水道事業までも民営化されてしまいました。
その結果、何が起こったのかというと、水道料金は以前の4倍に跳ね上がり、提供された水は細菌の入った不衛生なもので病気になる利用者が増えてしまったのです。
サービスの質の向上と料金の引き下げは「嘘」だったのです。
このボリビアの水道事業を丸抱えで請け負ったのが、あの悪名高いべクテル社です。べクテル社の株主は、ブッシュを始めとするネオコン政府の連中であることは世界周知です。
ボリビア大統領は、米国の甘言に乗った自分がバカだった、と気が付いたのですが、時すでに遅し。
ボリビアでは反政府暴動が活発になり、それを扇動しているのが米大使であることを突き止めたボリビアの大統領は、この米大使に国外退去を命じました。
闇金まがいの高利貸しに金を借りたばっかりに、家庭の中は荒られてしまい、さらにその闇金業者は子供(ボリビア国民)をそそのかして、一家の主(あるじ)の権威を失墜させて家ごと乗っ取ってしまおうと画策していたというわけです。
事実、IMFと世界銀行は、すべての発展途上国に対して、電気や水道、電話、ガスといった国有インフラの売却を融資の条件としてきました。
これらは推定4兆ドルの公有財産になります。
今では、ボリビアだけでなく、南米の国々がIMFと世界銀行によって破壊されつつあるのです。獰猛なグローバル・エリートによる南米支配は確かに着々と進められています。
■金のないヤツには一滴の水も飲ませない!ボリビア「水戦争」
10年前の4月、ボリビアのコチャバンバで、同市において最も重要な天然資源の1つである水をめぐり、歴史的な争いが起こりました。
この「水戦争」はシアトルのWTO抗議行動から数ヵ月後に発生した出来事でした。
コチャバンバ市の路上で起こった米ベクテル社に対する暴動は、企業のグローバリズムに対する国際的な抵抗運動を象徴するものととらえられました。
「金のないヤツには水を飲ませない!」
こんなことが現実に世界の途上国で起こっているのです。
1999年、世界銀行はボリビア政府に、ボリビアで3番目に大きい都市、コチャバンバ市の公営水道会社「SEMAPA」を民営化させる計画を押し付けました。
もし民営化すれば、適切な料金で水道配管の敷設や水の供給を行うことが可能になる上、600万ドル(当時の日本円での7億円)の多国間債務(借金)を免除してやる、という条件をボリビア政府に提示したのです。
水道インフラの整備がままならず、借金に喘ぐボリビア政府は、しぶしぶ「飲料水及び衛生法」という法律を作り、コチャバンバ市の公営水道事業を民営化したのです。
まず、公営水道会社「SEMAPA」を民間企業に改組。 その後、水道事業のノウハウを持つ米国最大の建設会社ベクテル社の子会社アグアス・デル・ツナリ社が実際の運営を引き受けました。
ボリビア政府にベクテルを推奨してきたのは、ほかならぬ世界銀行でした。
世界銀行の言っていた「適正な料金で市民に水道水を供給できる」というのは、真っ赤なウソで、結果は水道料金が以前の倍以上に跳ね上がり、水道料金を払えないどころか、食事さえも満足にできない家庭が続出したのです。
アグアス・デル・ツナリ社は、なんと、支払い不能者には容赦なく水の供給を停止し、さらに、自分たちの管理下に置いた井戸水の安い料金までも引き上げたのです。
人間は命を維持していくには水を摂取していかねばなりません。
水道水、及び井戸水の料金を払えない人々は浄水されていない水、汚染された水、腐敗水などを飲むことしか許されず、その結果、バタバタと倒れ死に至り、尊い命が次々に奪われていったのです。
こうしてボリビアでは、べクテル社による大量殺人が合法的に平然と行われたのです。
■「水は神からの贈り物、商品ではない」市民の反撃
水道事業が民営化された翌2000年1月に、「水と生活を防衛する市民連合」が結成され、大衆の運動によりコチャバンバ市は4日間機能停止に追い込まれました。
翌月の2月に、市民は 「水は神からの贈り物であり商品ではない」というスロガーンを掲げ平和的デモを行い、それに賛同した何百万人もの国民がコチャバンバ市を行進しました。それは、ますます大きなうねりとなるばかりだったので、とうとうボリビア政府は水道料金の値下げを約束したのです。
しかし、ボリビア政府は水道料金の値下げの約束を守らず、その年の4月にIMF(国際通貨基金)と世界銀行、米州開発銀行に圧力をかけられて政府は戒厳令を布き、抗議の沈静化を図るようになったのです。
(「緊急事態条項」(http://webronza.asahi.com/politics/articles/2016030100008.html)という言葉が、頭の中を横切りませんか?)
政府による沈静化では、抗議する市民や活動家たちを逮捕し9名を殺害。約100名がひどい怪我を負わされた他、数十名が逮捕され、メディア規制がしかれるという、信じられない弾圧が行われたのです。
しかし、このような不当な弾圧が長く続くはずがなく、IMF(国際通貨基金)と世界銀行に盲目的に従ったバンセル政権は転覆しかけます。結果、市民は勝利を手に入れたのです。
※Democracy Now!http://democracynow.jp/dailynews/20100419
■後に残ったのは膨大な借金と賠償金
とうとう40年間に及ぶ水道民営化の契約は破棄され、はてさて、水道事業が公共事業SEMAPAの手に戻ったのはいいのですが、開発費の借金と、水道配管設備の工事代金など膨大な借金が市民に負わされたのです。
その上、ボリビア政府は契約破棄料の2500万ドル(約25億円)の賠償金をまで要求されたのです。
「民営化すれば、インフラ整備が進み、多くの人が水道水を飲むことができる。これはいいことだから、そうしなさい」と騙しておきながら、実際は水道代が払えないほど料金が上がり、死者が続々と出たのです。
すると、世界銀行とIMFは政府に暴力を持って市民を制圧するように“アドバイス”したのです。
※ボリビア水戦争 〜水と公共事業は誰の物か〜
http://www.thesalon.jp/themagazine/social/post-21.html
■フィリピンの「水道民営化」に長期融資、アジア開発銀行の罪
フィリピンのマニラ市も、水道事業の民営化に踏み切りましたが、結果は、ボリビア同様、水道料金が民営化前の4〜5倍にも跳ね上がったのです。
マニラ市民は、「まんまといっぱい食わされた」ことを悟ったのです。
※フィリピンのMWSS民営化の呪い:民間経営の失敗と労働者の災難[PDF]
 http://am-net.org/water/0506/mwss.pdf
ここにも悪の多国籍企業・べクテルが進出してきました。
フィリピンのマニラでは、水道を使えない人に水を売ったり分けたりすることさえ禁じられ、公園などの今まで無料で水を飲むことができた公共水栓も使用できなくされてしまったのです。
http://research.n-fukushi.ac.jp/ps/research/usr/db/pdfs/00048-00001.pdf
発端は、1997年8月、ラモス政権下のフィリピン政府が、世界銀行の提案を受け入れて、首都・マニラの水道事業を民営化したことです。
マニラを東西のエリアに分けて、西側のエリアはフランスの水企業大手スエズ(現在はオンデオ)に委託され、マニラの東地区の水道事業民営化には、イギリスのユナイテッド・ユーティリティーズ(United Utilities)とアメリカのベクテル、日本の三菱商事が参加することになりました。
世界銀行、アジア開発銀行(ADB)は、水事業の効率化を謳って、これらの事業に多額の長期融資を行ったのです。
市民グループは、水は公共財であり、公共機関が管理すべきものであるとして、公営水道事業の民営化を批判してきました。
水は生命維持に不可欠の物質であり、金持ちも貧乏人も等しく水に対する権利を有しており、したがってこの権利は民間セクターの利益追求の対象とされるべきではないという理由からでした。
そうした反対を他所に、フィリピン政府は水道事業の民営化を強行した結果、マニラ西地区の水道料金は、公営のときの4倍に跳ね上がり、マニラの東地区に至っては5倍にも高騰してしまったのです。
水道インフラの工事は投資効率の良い地区=一定の人口密度があって中流以上の人々が住んでいる地区が優先され、貧困層では、いくら人口が密集していても、水道インフラ工事は行なわれなかったのです。
事実、低所得者層のパローラ集落の3,000世帯(人口の40%近く)が、民間水道にアクセスを許されなかったのです。彼らには水道メーター設置のための初期費用4000ペソを支払う金がなかったからです。
こうした地区にインフラ投資を行っても回収できないと踏んだ民間水道事業者は、水道管の敷設に同意しなかったのです。
さらに悪いことに、その民間水道事業者は水道が届いていない人々に水を分けたり、売ったりすることまで禁じてしまったのです。
以前は公園などの「無料で」水を供給していた公共水栓もまた、民営化されてから使用を禁止されてしまいました。文字通り、「貧乏人は水を飲むな」という世界ができ上がっているのです。
アジア開発銀行(ADB)は、本部をフィリピンのマニラに置く67ヵ国の加盟国からなる国際開発金融機関です。
日本は、その設立準備段階より参画する原加盟国で、米国と並んで最大の出資国となっています。
設立の目的は、「貧困層に配慮した持続可能な経済成長や社会開発、グッド・ガバナンスを通して、アジア・太平洋地域における貧困削減を目指す」という建前になっています。
マニラの貧困層から水さえ取り上げてしまう「民営化」という事業に長期融資を行ったアジア開発銀行(ADB)は、当初の理念とかけ離れたことをやっているようです。
つまり、「貧乏人は死ね」ということ(一部、「マニラの水道民営化の失敗」(http://www.jacses.org/sdap/water/report04.html)から引用)。詳しくは「日本の水道をすべて多国籍企業に売り渡す自民党」(http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-2044.html)をお読みください。
■IMFと世界銀行による世界支配、スティグリッツ教授の懸念
ここに世界銀行とIMF(国際通貨基金)の隠された陰謀について暴露した人物がいます。
ジョセフ・E・スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz, 1943年2月9日 – )米コロンビア大学教授が、その人です。
彼はアメリカ人の経済学者で、1979年にジョン・ベーツ・クラーク賞、2001年にノーベル経済学賞を受賞しました。現在における最も活動的かつ影響力のある経済学者の一人と言われている人物です。
そういえば、スティグリッツ教授は、今年の3月16日、安倍内閣が主宰する消費税引き上げの最終検討を行うための国際金融経済分析会合に招かれ、いくつかの提言を行いました。
スティグリッツ教授が日本側に提言したのは、
「TPPは悪い貿易協定であるというコンセンサスが広がりつつあり、米国議会で批准されないであろう」
ということと、安倍首相に直接、
「アベノミクスを停止し、経済政策を180度転換することによって、7月のG7サミットで主導権を取るべきである」
とアドバイスしたことの2点でした。
スティグリッツ教授は、グローバリゼーションに反対はしていませんが、
世界の富を独占しているグローバル・エリートが進めようとしている世界市場の単一化には強く反対しています。
スティグリッツ教授による、グローバル・エリートがコントロールしている世界銀行の目的と、その主な手口とは、
1)民営化を薦めて、相手国を破綻させる
破綻した国の資産を売却するとき、10%のワイロをとっている。それはスイスの銀行の秘密口座へ入れられる。
2)資本市場の自由化の強制
オフショアへの資金移動について課税することを認めない。
3)価格決定の自由化
物価が上がり、参入外国企業は暴利をむさぼることができる。
4)自由貿易
「救済」という甘言に乗せられた国が、口をさしはさむことを許さない。
の4つで、これが世界銀行による世界の市場支配戦略の柱になっています。
1)と2)は説明不要でしょう。今まさに、パナマ文書の流出によってタックスヘイブンの闇の一端が解き明かされようとしています。スティグリッツ教授は、世界銀行自体がタックスヘイブンを利用している、と言っているのです。
2)〜4)は、まさにTPPのことです。特に4)はISD条項のことを言っています。
IMFと世界銀行という「温厚な二人の紳士」は、通貨危機や飢餓に苦しんでいる国の背後から静かに近づいて、
「あなたの悲痛な顔を見るに忍びない。私たちが助けてあげましょう」
と囁くのです。
その誘いに乗ったが最後、法外な金利で金を貸し付つられたり、貸付の条件として国民のライフラインである水道やガス事業を国営から民営に移せ、と迫ってきたりするのです。
水道事業、ガス事業などのエネルギー事業は、何より安全性と安定供給が求められるはずです。
本来、競争原理になじまない、こうした公益事業を解体させて民営化を迫るのです。
これは、今現在、ウクライナで実行されていることです。
そして、時には、自分たちの資本を注入して支配するために財閥解体などの荒療治もやってのけます。
近年では韓国がいい例です。
この「条件付融資」によって国家の解体を進める計画のことを「構造調整プログラム」といいます。
■IMFの「構造調整プログラム」という毒薬
構造調整プログラムは、開発途上国のマクロ経済政策を改善するとともに、なるべく政府の介入を少なくし、民間セクターの活力により所得の向上を促すことで開発問題に対処する考え方です。
このプログラムの実施に向け、1980年代より、IMFと世界銀行を中心として、国際社会は発展途上国に対して、多様な“支援”を行いました。
「融資の効果を阻害するような政治状態の国」には、
「政策改善」を条件にした融資を行うようになった。
この際に、対象国に課せられる要求のことを「構造調整プログラム(Structural Adjustment Program)」と呼ぶ。
このIMFの構造調整プログラムにより、アフリカや南米、アジアなどの発展途上国では、様々な経済問題(失業など)が発生し、 社会が混乱に陥ったという見解が多い。
出典:国際通貨基金 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%80%9A%E8%B2%A8%E5%9F%BA%E9%87%91#.E5.95.8F.E9.A1.8C.E7.82.B9
いったん、IMFの構造調整プログラムを受け入れると、民営化された水道事業、ガス事業などは利潤の追求を優先するようになって、
水供給サービスの急激な質の低下を招き、住民には、マズイ水や火力が不安定なガスが供給されるようになるのです。
「民営化」とは名ばかりで、自由競争とはいうものの、IMFや世界銀行の息のかった業者への随意契約によって委託されますから、水道料金などは好き放題にぐんぐん吊り上げられたりします。
競争とは名目に過ぎず、実質は独占です。
2014年、日本政府は「ウクライナの復興のため」という名目で、最大約1,500億円の支援を実施すると発表しました。
http://www.excite.co.jp/News/economy_g/20140326/Cobs_46082.html
これは、
「IMFなどを中心とした国際的な支援枠組みの下、世界銀行による支援と連携しながら、ウクライナの経済改革に必要な資金を各国・機関との適切な分担の下で供与する」というものです。
これこそが、IMFの構造調整プログラムです。
早くもウクライナは世界銀行からの融資返済のめどが立たなくなっています。
ここ数年、国際社会も「構造調整プログラムは、その効果が非常に限られていた」と批判されるようになっており、見直しを迫られています。
にもかかわらず、構造調整プログラムは生きているのです。
そして、日本政府もそれに協力しています。
こうしたことはジョセフ・E・スティグリッツの
『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』
に詳しく書かれてあります。
■消費税の増税を執拗に日本政府に迫るIMFの魂胆
2010年、民主党の鳩山政権から菅直人の政権に移ったとき、菅首相は
「みなさんは、IMF(国際通貨基金)が日本に乗り込んできてもいいんですか」
と街頭演説で叫んだことがありました。
IMFは、日本への「年次報告書」で
「2011年度から段階的に消費税を引き上げるべき」
と財務省に本腰を入れて迫ってきたのです。
そのとき、国民の多くは唖然とさせられ――
本記事は「カレイドスコープ」のメルマガ臨時増刊号 2016/4/26 を一部抜粋・再構成したものです。
興味のある方はぜひ初月無料の定期購読をお願いいたします。
4月中に購読手続きをすれば、今回の記事の全文もすぐご覧いただけます。

★阿修羅♪
http://www.asyura2.com/16/hasan108/msg/170.html









20000000 [水道民営化,日本] 2000年,三菱商事と日本ヘルス工業の共同出資による水事業会社としてジャパンウォーター設立
20000000 [水道民営化,日本] ジャパンウォーター:運営をパッケージングして世界市場に進出しようという構想
20000000 [水道民営化,日本] ジャパンウォーター:運国内の民営化を進めノウハウを蓄積することが求められた
20060000 [水道民営化,日本] ヴェオリア(ウォーターバロン)は2006年に広島県と埼玉県で下水道の維持管理の包括的契約を獲得
20060000 [水道民営化,日本] ヴェオリアの参入という黒船ショック
20060000 [水道民営化,日本] ヴェオリアはさらに福岡県と熊本県でも上水道施設を運営
20070000 [水道民営化,日本] ヴェオリア(ウォーターバロン)は千葉県で下水道施設を運営
20090428 [水道民営化,日本] 水は国民の生命であり,財産であり,採算性だけでやるものではない 中川昭一財務相
20100300 [水道民営化,日本] みなさんは、IMF(国際通貨基金)が日本に乗り込んできてもいいんですか 菅直人
20120000 [水道民営化,日本] ヴェオリア,愛媛県松山市の浄水場運転業務を受託
20130000 [水道民営化,日本] 竹中平蔵,国や地方などの公的部門がインフラの運営権を売却することを提案
20130400 [水道民営化,日本] インフラの運営権を民間に売却してその運営を民間に任せる 竹中平/第6回産業競争力会議で
20130419 [水道民営化,日本] 水道は全て国営もしくは市営・町営でできていて,こういったものをすべて民営化します 麻生太郎副総理兼財務相
20130419 [水道民営化,日本] 麻生太郎財務大臣兼副総理,アメリカのシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)で講演
20150910 [水道民営化,日本] 内閣委PFI法一部改正案 「水道事業」について
20170201 [水道民営化,日本] これをやる事で行く末が創造できるのにそれでも実行するのは,政府側に何か意図があるよね? 名無
20170202 [水道民営化,日本] ≪ヤバイ≫水道法改正案を今月に提出へ!水道事業の譲渡を追加!条件付きで事業委託が可能に!阿修羅♪
20180000 [水道民営化,日本] 民間の水道事業者の過度な利益追及>>水道再公営化が世界の潮流となりつつある らぽーる・マガジン
20180000 [水道民営化,日本] 外資企業2強:スエズ・エンバイロメント,ヴェオリア・エンバイロメント
20180307 [水道民営化,日本] 安倍内閣は水道法改正案を閣議決定
20180618 [水道民営化,日本] 18日の大阪北部地震により21万人以上が水道の被害>>水道老朽化問題がクローズアップ
20180627 [水道民営化,日本] 水道法改正案が審議入り
20180705 [水道民営化,日本] 水道法改正:7月5日,水道民営化を含む水道法改正案が衆議院で可決
20180705 [水道民営化,日本] 水道法改正:市町村などが経営する原則は維持しながら民間企業に運営権を売却できる仕組み(コンセッション方式)
20180705 [水道民営化,日本] 水道法改正:水道管老朽化対策促進の名目
20180705 [水道民営化,日本] 水道法改正:W杯,オウム松本被告ら死刑執行に隠れてひっそり決まった水道法改正
20180705 [水道民営化,日本] 水道法改正:日本国民には十分に周知されていない らぽーる・マガジン
20180705 [水道民営化,日本] 水道法改正:国鉄,タバコ,電信,郵政といわゆる「三公社五現業」の民営化に続く水道事業民営化 らぽーる・マガジン
20180708 [水道民営化,日本] 世界の潮流は「再公営化」 らぽーる・マガジン
20180708 [水道民営化,日本] 条件付融資によって国家の解体を進める計画のことを「構造調整プログラム」といいます カレイドスコープ
20180708 [水道民営化,日本] 自由競争とはいうものの,IMFや世界銀行の息のかった業者への随意契約によって委託されます カレイドスコープ

dsxnnsjmn pc









19970000 [水道民営化,マニラ]マニラは1997年に水道事業を民営化
19990000 [水道民営化,マニラ]米ベクテル社などが参入>>水道料金は4〜5倍に上昇,低所得者は水道使用を禁じられた
19990000 [水道民営化,マニラ] 外資参入>水道料金引き上げ>>料金が払えない低所得者層は衛生上よくない水を飲んで病気になるケース
20180000 [水道民営化,マニラ] 民間の水道事業者の過度な利益追及>>水道再公営化が世界の潮流となりつつある らぽーる・マガジン

dsxnnsjmn pc








19990000 [水道民営化,ボリビア] 1999年,世界銀行はボリビア政府にコチャバンバ市の公営水道会社「SEMAPA」を民営化させる計画を要求
19990000 [水道民営化,ボリビア] 民営化すれば適切な料金で水道配管の敷設や水の供給を行うことが可能になる上,7億円の多国間債務を免除 世界銀行
19990000 [水道民営化,ボリビア] 1999年にコチャバンバ市で水道事業がベクテルの子会社にコンセッション方式で民営化
19990000 [水道民営化,ボリビア] 世界銀行の融資を受け入れ,ほとんどの公益事業を民営化させられ,水道事業までも民営化された
19990000 [水道民営化,ボリビア] ダムの建設が理由で水道料金上昇>>月給100ドルの家庭に月20ドルの水道料金が請求される事態
19990000 [水道民営化,ボリビア] ベクテルは雨水の利用にまで課金
19990000 [水道民営化,ボリビア] 契約上,天から降る水の利用権もベクテル側にある ベクテル
20000100 [水道民営化,ボリビア] 水道事業が民営化された翌2000年1月に「水と生活を防衛する市民連合」が結成
20000100 [水道民営化,ボリビア] 水は神からの贈り物、商品ではない 水と生活を防衛する市民連合
20000100 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:大衆の運動によりコチャバンバ市は4日間機能停止に追い込まれた
20000200 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:市民は 「水は神からの贈り物であり商品ではない」というスロガンを掲げ平和的デモ
20000200 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:デモに賛同した何百万人もの国民がコチャバンバ市を行進
20000200 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:デモはますます大きなうねりとなる>>ボリビア政府は水道料金の値下げを約束
20000400 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:ボリビア政府は水道料金の値下げの約束を守らず
19990000 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:水道民営化>>市民の反発,ストライキ/暴動
20000400 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:政府はIMF,世界銀行,米州開発銀行に圧力をかけられ戒厳令を布き沈静化を図る
20000400 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:政府による沈静化で,抗議市民や活動家を逮捕し9名を殺害,約100名がひどい怪我
20000400 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:数十名が逮捕,メディア規制がしかれるという弾圧
20000500 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:IMF(国際通貨基金)と世界銀行に盲目的に従ったバンセル政権は転覆しかけます
20000500 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:市民側の勝利,後に残ったのは膨大な借金と賠償金
20000500 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:コチャバンバ市はベクテルに契約解除申出
20000500 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:ベクテルは折れ撤退を表明
20000500 [水道民営化,ボリビア] コチャバンバ水紛争:ISDを利用してベクテルはボリビア政府に対して2500万ドルの損害賠償を要求
20160400 [水道民営化,ボリビア]IMFと世界銀行の「毒牙」にかけられた最貧国ボリビア moneyvoice
20160400 [水道民営化,ボリビア]南米大陸最貧国のボリビアは、IMFと世界銀行の毒牙にかけられた典型的な国 moneyvoice

dsxnnsjmn pc


posted by datasea at 10:28| Comment(0) | ◉ 黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月13日

[作品]心象風景,つげ義春

pp6519680000175.JPG


pp6519680000178.JPG


pp6519680000157.JPG


pp6519680000159.JPG


[作品]心象風景,つげ義春
1960年代後半,つげ義春作品

fdgsgd pc




posted by datasea at 21:38| Comment(0) | ◉ 黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月07日

予言者ダニエル

-エンカルタから見る-
ダニエル書
ダニエルしょ Book of Daniel
旧約聖書の一書。前606年ごろ,バビロン捕囚でエルサレムからバビロンにつれていかれた預言者ダニエルの記録とされる。
しかし,年代などは史実と一致せず,実際には前2世紀の中ごろ,無名の作者によって書かれたという説が有力である。
「ダニエル書」が聖書にくわえられたのは後90年ごろ,ヘブライ語正典の第3部「諸書」の中におさめられた。
第2部「預言書」にはいらなかったのは,成立時期が遅かったためと思われる。
聖書には「ダニエル書」以外にも,ダニエルにまつわる「スザンナ」「ベルと竜」「三人の若者の賛歌」の3つの物語があるが,
ユダヤ教,カトリック教会,プロテスタントにより位置付けに違いがある。
ユダヤ教とプロテスタントでは,これらの物語を外典とし,カトリックでは「ダニエル書補遺」として第二正典の中にふくめている。
「ダニエル書」の最初の6章には,ダニエルの6つの物語が列挙されている。
もっともよく知られているバビロニア王の夢を解釈した話(4章)のほか,
壁に字を書く指の幻を解釈したり(5章),
獅子の洞窟になげこまれたが難をのがれる話(6章)
などがつづく。
またダニエルの3人の友人は,金の像の崇拝をこばみ,もえさかる炉になげこまれるが,神の救いにより生還する(3章)。
後半部にはダニエルの4つの黙示がある。
ダニエルのみた幻の多くは,メソポタミアやペルシャの神話にもとづいている。
大きな困難に直面しながら真理をつらぬいたダニエルの物語は,
前2世紀ごろ,セレウコスの王アンティオコス5世の迫害をうけていたイスラエルの人々をなぐさめ,はげます目的で書かれたものと思われる。
「ダニエル書」の一部は,1947年にクムラン付近で発見された死海写本の中にもはいっている。

聖書研究デスク
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/8769/bible-desk/danieru-e.htm













pp6530_00000550bc5121.jpg

予言者ダニエルとバビロン,拙画






ユダヤ人の歴史
B.C.2000年紀,ヘブライ人 カナン(約束の地)に移住
セム系であるヘブライ人は,メソポタミアのウルからカナン(現在のイスラエル・パレスチナ付近・地中海とヨルダン川・死海に挟まれた地域一帯)へ移住し,
遊牧生活をしていた。
B.C.17C,ヘブライ人 エジプトに移住
大飢饉のため,カナン地方から古代エジプト(エジプト第2中間期第15王朝-ヒクソス政権)に移住し厚遇される。
エジプトはヒクソス人により支配されていた。
ヒクソス政権を破り,再びエジプト人がエジプトを統一したエジプト新王国第18王朝になると,ファラオイアフメス1世はヘブライ人を奴隷として酷使,迫害する。
BC13C,出エジプト
エジプト新王国第19王朝ラムセス2世の時代,エジプトで迫害されていたヘブライ人を,モーセが率いてエジプトから脱出する。
神に与えられた約束の地,カナンへ向かう途中,十戒を授かったとされる。
BC12C
カナンに定着
ヘブライ人がカナンへ辿り着いた時,カナンの地はカナン人(フェニキア人),ペリシテ人が定住していた。
長年にわたる拮抗の末に駆逐または同化させて,ヘブライ人はカナンの地に定着した。
この頃からイスラエル人を自称するようになり,ヘブライ語もこの頃にカナン人の言葉を取り入れて成立したと考えられる。
BC11C
カナンでイスラエル王国を建国
ダビデの時代,ペリシテ人を撃破し,近隣王国と友好同盟を結び,イスラエルをその地方の強カな勢力に作り上げ,エルサレムを王都に定め,イスラエル王国の礎いしずえを築いた。
ソロモンの時代,外国との交易を広げて経済を発展させ,官僚制度を確立する。フェニキアの技術を導入してユダヤ教のエルサレム神殿を建立する。
BC10C,イスラエル王国の分裂
ソロモンの死後,部族間の抗争により統一体制は崩れ,北と南に分裂する。
イスラエル王国(北王国)10部族が独立 首都サマリヤ
ユダ王国(南王国)首都エルサレム
以後両国は盛んに争い,この戦争によって国力が衰えていった。
BC8C
イスラエル王国(北王国)の滅亡
アッシリアのサルゴン2世によって首都サマリヤは陥落し,ヘブライ人は奴隷または追放され,メソポタミアからの異民族が移住し,北王国は滅亡する。
イスラエル王国の故地に残ったヘブライと移民との間に生まれた人々がサマリア人と呼ばれるようになり,後に,サマリア人は,混血したことや移民たちの信仰をユダヤ教に混交させたことから後に差別される存在となる。
BC8C
ユダ王国(南王国)の滅亡とバビロン捕囚
紀元前609年 メギドの戦い エジプト末期王朝時代第26王朝(ネコ2世)に敗戦し,ユダ王国はエジプトの支配下に入った。
紀元前605年 カルケミシュの戦いでエジプト第26王朝のネコ2世が新バビロニアのネブカドネザル2世に敗れる。
紀元前597年 新バビロニアのネブカドネザル2世によりエルサレムは包囲され,ユダ王国は属国となり,ユダ王国ヨヤキン王を含め約1万人のヘブライ人は捕虜としてバビロンに連行される。(第1回バビロン捕囚)
紀元前589年 エジプトの新バビロニア侵入にユダ王国も乗じて新バビロニアに反乱を起こす。
紀元前587年 新バビロニアは再びエルサレムを包囲し,翌年ユダ王国は陥落。エルサレム神殿は破壊された。ユダ王国は属州として併合され,多くの捕虜は首都バビロンへ連行された(第二回バビロン捕囚)。
B.C.6C
ヘブライ人のエルサレム帰還
新バビロニアを滅ぼしたアケメネス朝ペルシアのキュロス2世により,バビロン捕囚となっていたヘブライ人は紀元前538年に解放され,一部のヘブライ人は再びエルサレムに帰還する。

世界の歴史まっぷ
https://www.sekainorekisi.com/%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%B9%B4%E8%A1%A8-%E5%8F%A4%E4%BB%A3/















バビロン捕囚
バビロン捕囚(バビロンほしゅう)は,新バビロニアの王ネブカドネザル2世により,
ユダ王国のユダヤ人たちがバビロンを初めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行され,移住させられた事件を指す。
バビロン幽囚,バビロンの幽囚ともいう。
西暦前587年または586年,ネブカドネザルはエルサレムを滅ぼした。
ラキシュやアゼカを含め,ユダの他の都市も征服した。
ネブカドネザルは,生き残った人々の大半をバビロンに強制移住させ,人々は捕囚にされる。
流刑の後,ユダヤ人はアケメネス朝ペルシャの初代の王キュロス2世によって解放され,故国に戻ってエルサレムで神殿を建て直すことを許される。
ユダの捕囚民
ユダの捕囚民の大部はバビロニアにあるニップル市そばの灌漑用運河であるケバル川沿いに移住させられた(『エゼキエル書』による)。
この地域はかつてアッシリア人の要塞があったが,新バビロニア勃興時の戦いによって荒廃しており,ユダヤ人の移住先にここが選ばれたのは減少した人口を補うためであったと考えられる。一方で職人など熟練労働者はバビロン市に移住させられ主としてネブカドネザル2世が熱心に行っていた建設事業に従事することになった。
『エゼキエル書』などの記録から,当初ユダの捕囚民達はこのバビロニアへの強制移住は一時的なものであり,
間をおかず新バビロニアは滅亡して故国へ帰還できるという楽観論を持っていたといわれている。
これに対しエレミヤとエゼキエルはエルサレム神殿の破滅が近いことを預言し,繰り返し警告を与えたが「救いの預言者」と呼ばれた人々は楽観論を吹聴してまわり,捕囚民達は滅びの預言に耳を傾けることはなかった。
しかし,上述した如く紀元前586年にエルサレム神殿が破壊されると,ユダの捕囚民に広がっていた楽観論は粉砕された。
ユダヤ人とバビロニア文化
すぐに故国に帰れるというユダヤ人の希望は幻と消え,長期に渡ってバビロニアに居住することになったユダヤ人は現地の文化の著しい影響を受けた。
1,2世代を経るうちに,捕囚民の中にはバビロニア風の名前を持つ者が数多く現れた。
エホヤキン王の孫ゼルバベル(「バビロンの種」の意)の例に見られる如く王族の間ですらその傾向は顕著であった。
また月名にバビロニア月名が採用された。旧来のユダヤ月名は「第一月」「第二月」のように番号でもって呼称されていたが,
これが
「ニサン月(第一月)」
「イヤル月(第二月)」
のようにバビロニア名でもって呼ばれるようになった。
そして文字文化にも大きな影響が齎された。旧来の古代ヘブル文字に変わってアラム文字草書体が使用されるようになり,文学にもバビロニア文学の影響が見られるようになった。
一方でバビロンのユダヤ人たちは,バビロニアの圧倒的な社会や宗教に囲まれる葛藤の中で,それまでの民族の歩みや民族の宗教の在り方を徹底的に再考させられることになった。宗教的な繋がりを強め,失ったエルサレムの町と神殿の代わりに律法を心のよりどころとするようになり,神殿宗教であるだけではなく律法を重んじる宗教としてのユダヤ教を確立することになった。また,この時期に神ヤハウェの再理解が行われ,神ヤハウェはユダヤ民族の神であるだけでなくこの世界を創造した神であり唯一神である,と理解されるようになった。バビロニアの神話に対抗するため,旧約聖書の天地創造などの物語も,旧約聖書学で「第2イザヤ」「祭司記者」などと呼ばれている宗教者たちにより記述されていった。後のローマ帝国以降のディアスポラの中でも失われなかったイスラエル民族のアイデンティティはこうしてバビロン捕囚をきっかけとして確立されている。
オリエントの強制移住[編集]
古代オリエント社会においては,反乱の防止や職人の確保,労働力の確保を目的として強制移住が行われることは頻繁に見られるものであり,
ユダヤ人のバビロン捕囚も基本的にこれと変わるものではない。
紀元前592年に捕囚民に対して与えられた食料の供給リストがバビロンから出土しているが,このリストにはユダ王エホヤキンやユダヤ人ガディエル,セマフヤフ,シェレミヤフなどの名前とともにツロ人,ビュブロスの大工,エラム人,メディア人,ペルシア人,エジプト人,ギリシア人などの名が上げられており,広範な地域から人間が集められた事がわかる。
ユダヤ人のバビロン捕囚はこういった強制移住政策について今日最も詳細に記録が残されたものとして重要性を持つ。
バビロン捕囚の終焉
西暦前537年の初めごろ,ペルシャの王キュロス2世は,捕らわれていた者たちがエルサレムに帰還して神殿を再建することを許す布告を出した。
総督ゼルバベルと大祭司エシュアに導かれた,4万2,360人の「流刑囚の子ら」に加えて,7,537人の奴隷や歌うたいたちが約4か月の旅をした。
アイザック・リーサー訳の聖書の第6版の脚注は,その人数が婦女子を含めて約20万人に達したことを示唆している。
彼らは秋の第7の月までに自分たちの都市に定住した。

Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%B3%E6%8D%95%E5%9B%9A







死海文書の謎
死海文書は,死海の北西(現在のイスラエル)のクムラン遺跡の近くで遊牧民族の羊飼いの少年たちが洞窟の中のツボから発見したとされています。
イエス・キリストが生きていた,まさにその時代に纏められたと推定される,900の断片からなるこの文書を死海文書と言います。
死海文書は発見された場所のクムラン遺跡の地で暮らすクムラン教団の信徒が作成したという説が有力です。
クムラン教団
クムラン教団とは,ユダヤ教の一派であり,エッセネ派の人々と考えられています。
ローマ帝国に支配されていたユダヤ人は西暦66年に反乱を起こし,エッセネ派も参戦します。
しかし,ユダヤ人はローマ帝国の前に敗退し,エルサレム神殿は火が放たれて破壊されてしまいます。
その後,彼らが暮らしていた場所も追われることになり,ユダヤ人は住む場所を失い,各所に散る事になります。
そのような状況の中,クムラン教団の人々は,文書を後世に残すために,洞窟に隠したと考えられています。
今回のテーマの死海文書もその一部だと考えられます。
死海文書は6つの重要な文書を含んでいて,
「ダニエル書」と「戦いの書」は,2000年以上後の今を予言しているとされています。

都市伝説まとめ大辞典
http://urbanlegend-jp.com/blog/daniels-book/














確かに,人類のためにご計画を遂行されるために,神は正確に時に従って行動されていることがわかる。
◆ 洪水の時
◆ 出エジプトの時
◆ キリストがこの地上に来られる時
◆ キリストのバプテスマの時
◆ キリストの十字架の時
◆ キリストの復活の時
◆ キリストが昇天の時
◆ 聖霊が降下した時
◆ 「終わりの時」の始まる時
◆ さばきの時が始まる時
◆ キリストの再臨の時―神だけが正確の日時を知っているが,….。
ミラーは,次のように言っている。
「もう1つ真にわたしの心に感動を与えた証拠は,聖書の年代であった。
・・・・過去において成就した預言のできごとは,しばしば定められた期間内に成就したということを,わたしは見いだした。
洪水までには,120年(創世記 6:3)。
洪水に先だつ7日間,
そして,預言された?が40日間(同 7:4)。
アブラハムの子孫の400年の寄留(同 15:13)。給仕役の長と料理役の長の夢のなかの3日(同40:12-20)。
パロの夢の7 年(同 41:28-54)。
荒野の40年 (民数記 14:4 3 ),
3年半のききん (列王紀上 17 : 1 )〔ルカ 4:25参照〕,
・・・・70年の捕囚(エレミヤ25:11),
ネブカデネザルの7つの時(ダニエル 4:13-16),
ユダヤ人のために定められた7 週と62 週と1 週から成る70 週( 同9:24-27)。
―時に区切られたできごとは,みな,かつては預言に過ぎなかったが,その預言どおりに成就したのである。」大争闘下9
ハバククは,神の時間表は遅れるように見えることがあるが,決してそういうことはなく,「定められた時」があることを明確にしている:
「この幻はなお定められた時を待ち,終りをさして急いでいる。それは偽りではない。もしおそければ待っておれ。それは必ず臨む。滞りはしない。」ハバクク2:3
セブンスデー・アドベンチストは,1260日,2300日の預言のタイムラインの始めと終わりについては動じない確信を持っている。
しかし,1798年,1844年から160年も再臨近し,世の終わりは近しと説き続けて,もはや160年も過ぎた。
キリスト再臨の切迫感は徐々に喪失し,地上歴史約6千年も説かなくなった。
時はまだ延びるのだろうか?神の定められた時は思った以上に迫っているのだろうか?
過去において,神は定められた時に従って行動してこられた。キリストは「時満ちるに及んで」受肉された。
「神はモーセにご自分の民を救出する時が近づいていることを告げられた。」(ST,1-13 1881)
今日,私は,神は間もなくご自分の民の永久的な救出,解放についてその時を告げられると信じる。
今日またもや時に関する研究が盛んになっているからである。勿論,「その日,その時は誰も知らない」という強力な議論が持ち出されるであろう。キリスト再臨の日時は「天からの神の声」で発表される時までは分からないが,ダニエル,黙示録の近年の研究では,日曜休業令が発布されると非常にその時が近いこと,どれほど近いかを知ることができるのである。
「ダニエルの預言にメシヤ来臨の時期が示されたが,だれもがそのことばを正しく解釈したわけではなかった。
1世紀また1世紀と過ぎて行き,預言者たちの声はやんだ。圧制者の手はイスラエルに重く,多くの者は『日は延び,すべての幻はむなしくなった』といまにも叫ぶばかりであった(エゼキエル 12:2 2 )。だが定められた広大な軌道にある星のように,神の目的は急ぐことも遅れることもない。大いなる暗黒とけむるかまどの象徴を通して,神はアブラハムに,イスラエルがエジプトで奴隷生活を送ることを示し,その滞在期間は400年であると宣言された。『その後かれらは多くの財産を携えて出てくるでしょう』と神は言われた(創世記 15:1 4 )。このことばに対して,パロが誇りとする帝国は,全力をあげて戦ったがむだだった。神の約束に定められていた『その日に,主の全軍はエジプトの国を出た』(出エジプト 12:4 1 )。同じように,天の会議では,キリスト来臨の時が決定されていた。時という大時計がその時間をさし示すと,イエスはベツレヘムにお生れになった。」1希望22
「イエスは,この世の両親との関係を無視されたのではなかった。彼は両親といっしょにエルサレムから帰って,骨折って働く彼らの生活を手伝われた。イエスはご自分の使命の奥義を自分自身の心にかくし,ご自分の働きを始めるべき定まった時.....のくるのをおとなしく待たれた。ご自分
が神のみ子であることをみとめてから18年の間,イエスはナザレの家庭につながるご自分のきずなをみとめ,息子として,兄弟として,友人として,市民として,その義務をつくされた。」1希望77,78
イエスは時を知って行動された:
イエスは天の大時計がちょうどその時を示した時に,お生まれになっただけでなく,
公生涯を開始なさるためにメシヤとして立たれた時も,天父の時に従ったのであった。その公生涯に3つの面が覗える。
1.「わたしの時はまだ来ていない」ヨハネ2:4,7:6,8,30,8:20
2.「時は近づいた」マタイ26:18、45
3.「時は来た」ヨハネ13:1,17:1,マタイ26:45

ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1223.html













紀元前2000紀,ヘブライ人 カナン(約束の地)に移住
         V
紀元前2000紀,ヘブライ人 カナン(約束の地)で遊牧生活
         V
BC17C,ヘブライ人,エジプトに移住
         V
古代エジプト:エジプト新王国第18王朝になると,ファラオはヘブライ人を奴隷として酷使,迫害
         V
BC13C,出エジプト,エジプトで迫害されていたヘブライ人をモーセが率いてエジプトから脱出
神に与えられた約束の地,カナンへ向かう途中,モーセが十戒を授かった
         V
BC12C,ヘブライ人,カナンに定着
ヘブライ人,この頃からイスラエル人を自称する
         V
BC11C,ヘブライ人/イスラエル人,カナンでイスラエル王国を建国
イスラエル王国:BC11C,ダビデの時代
         V
3000年前,ダビデ王の下,ユダヤ民族国家イスラエルは黄金時代
         V
古代イスラエル王国/ソロモン王の死(BC928年)
         V
ソロモン王の死後,北イスラエル王国(10支族)と南ユダ王国(2支族)に分裂
         V
ソロモンの死後、部族間の抗争により統一体制は崩れ北と南に分裂
         V
BC10C,イスラエル王国の分裂
イスラエル王国(北王国)10部族が独立 首都サマリヤ
ユダ王国(南王国)首都エルサレム
         V
分裂以後,北南王国は盛んに争い,戦争によって国力が衰えていった
         V
北イスラエル王国はBC722年にアッシリア帝国に滅ぼされた
イスラエル王国(北王国)の滅亡,10支族は以後行方不明(失われたイスラエル10支族)
         V
約2700年前,中東で暮らしていたユダヤ人:失われたイスラエル10支族
[日本の建国は北イスラエル王国の10支族が国を追われ東に向かいアジア各地に散ってから約60年後 ]
[神武天皇。西暦紀元前660年2月大和を平定]
         V
紀元前612年,アッシリアの都メデスの陥落
         V
紀元前609年,メギドの戦い :ユダ王国はエジプト末期王朝時代第26王朝に敗戦,エジプトの支配下に入った
         V
紀元前597年,新バビロニアのネブカドネザル2世によりエルサレムは包囲される
         V
紀元前587年,新バビロニアは再びエルサレムを包囲,翌年ユダ王国は陥落
         V
ユダ王国は新バビロニアの属国となり,ユダ王国ヨヤキン王を含め約1万人のヘブライ人は捕虜としてバビロンに連行される[第1回バビロン捕囚]
         V
第二回バビロン捕囚:ユダ王国は属州として併合され,多くの捕虜は首都バビロンへ連行された
■ユダ捕囚民のダニエルはバビロニア王の下僕となる
ダニエル幻視,ネブカドネザル王が見た夢を言い当て解釈
         V
西暦前587年,ネブカドネザルはエルサレムを滅ぼした
         V
BC000000586,0000 紀元前586年にエルサレム神殿が破壊される
         V
■バビロニア王ネブカドネツァルの子ベルシャツァル王の治世元年にダニエルは幻を見る
ダニエルは「終わりの時」を幻視
         V
西暦前537年の初めごろ,ペルシャ帝国がバビロンを征服
[第2の国:メデイアペルシャ ダニエル書]
         V
バビロン捕囚の終焉 :ペルシャ王キュロス2世は,捕囚民がエルサレムに帰還し神殿を再建することを許す布告
         V
ユダヤはシオンの地に戻ることを許されイスラエルを再建
         V
[第3の国:ギリシャ帝国 ダニエル書]
         V
         V
         V


posted by datasea at 18:47| Comment(1) | ◉ 黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする