2021年02月13日

加藤諦三: やさしくなれるか,なれないか〜「すぐに張り合ってくる人」が“人生を焦っている”ワケ


加藤諦三: やさしくなれるか,なれないか〜「すぐに張り合ってくる人」が“人生を焦っている”ワケ
「すぐに張り合ってくる人」が“人生を焦っている”のはなぜか
2/1(月) 11:51配信
出典:加藤諦三(著)『やさしい人』(PHP研究所)
作家で早稲田大学名誉教授である加藤諦三氏は、著書『やさしい人』にて、やさしくなれない、いつも他人と張り合ってしまう人の特徴を述べる。
今の日本、あまりにもやさしさがない。そして、あまりにも優しさが尊ばれない。 作家で早稲田大学名誉教授の加藤諦三氏は、このようにいう。 加藤氏は著書『やさしい人』(PHP研究所)にて、「イヌの好きな人に悪い人はいない」という例を出し、やさしくなれない、いつも他人と張り合ってしまう人の特徴を述べる。 好かれたいのに、他人を見下げる行動を取ってしまうのは何故なのか。詳しく解説していく。 ※本稿は、加藤諦三 著『やさしい人』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集してお届けする。
■自分の好きなものを持つ人は“焦らない”
やさしくなれるか、なれないかで大切なのは、「これさえあれば、あとは何もいらない」というようなものを、その人が持っているか持っていないかである。 よく、「イヌの好きな人に悪い人はいない」とか、「花の好きな人に悪い人はいない」と言われる。それは当たっているところがあると私は思っている。 なにもそれは、花やイヌである必要はない。ある人にとっては料理であるかもしれないし、ある人にとっては水泳かもしれない。 つまり、自分の飼っているイヌと一緒にいれば、もうかわいくてあとは何もいらないと思う。そうすればその人は、名誉とかお金とか権力を強迫的に求めることはないであろう。 早くもう一つ上のポストを得なければ、と焦ることもないだろう。 日常生活の中で、「こんなことをしてはいられない」と焦ることがない。焦ることがなければイライラすることもない。心理的に落ち着いていられる。 そうなれば、「あれも欲しい、これも欲しい」がない。おそらく、「あれも欲しい、これも欲しい」と言う人は、今持っているものに満足していない。
■すねる人、ひねくれる人、妬む人
すねている子に、「飴、いくつ欲しい?」と聞く。 「いっぱい」と答える。 「数を言って」と言う。 「だったら、全部」と答える。 無理とわかっていながら、あえて相手の困る言葉を言う。 ひねくれている子に、「飴、いくつ欲しい?」と聞く。 ひねくれている子は心の中で、「この人は他の子にもあげるつもりだ。だから自分は、ほんとうは五個全部欲しいけど、そのまま言ったら嫌われる」と思う。 そこで、「いらない」と言う。 自分が「いらない」と言ったら、相手は「この子は私を嫌っている」と思うだろう。相手に「自分は嫌われている」と思わせたい。だから「いらない」と言う。 相手は拒否されたと感じて驚くだろう。だから、「いらない」と言う。 妬む子に、「飴、いくつ欲しい?」と聞く。 ほんとうは五個全部欲しいけど、よく思ってもらおうとして、「二個でいいです」と答える。でも内心は、自分に気を遣って五個くれると思っている。 しかし、「はい、二個」と渡される。 そこで、「えー……?」と不満になる。 自分の好意は踏みにじられたと思い、悪意を抱く。 すねる人も、ひねくれる人も、妬む人も、「自分はこれが欲しい」というものがない。自分自身の欲求がない。いつも人にどう思われるか、人にどう思わせるかだけ。 すねる人も、ひねくれる人も、妬む人も、飴を舐めながら不満な顔をしている。好きなだけ食べている人は、満足した顔をしている。
■あなたを見下げる人は、劣等感に苦しんでいる
好かれたいのに、自慢話などして嫌われる行動をしてしまうのはなぜか?その理由は二つある。 一つは、自分の好きなことがないから。もう一つは、周囲の人と張り合っているからである。 もちろん、この二つは関係している。好きなことがないから人と張り合ってしまうのである。 欠けているところを認められないのは、「あいつに負けて悔しい」とか、「私を軽蔑したあの人が許せない」とかいう、「あいつ」や「あの人」がいるからではないだろうか? 小さいころ、あるいは大人になってから、だれかに傷つけられることを言われた。自分に欠けているところをバカにされた。 そのときの心の傷に、その後の人生を支配されてしまっているのである。自分を見下げた人を許せないのである。だからどうしても、自分に「それ」が欠けていることを認められないのである。 頭の悪いことをバカにされた。そこで、「どうせオレは頭が悪い」と投げやりになった。 あるいはことさらに、「オレは頭がいい」と周囲の人に見せる。「オレは頭がいい」と言い張る。そう見えるための努力をする。 そして、頑張って燃え尽きる。燃え尽きる人は意味のない努力をしているのである。 燃え尽きるときに、エリートコースに乗っていても意味がない。エリートコースに乗っている人が生命力があるわけではない。こうして、燃え尽きる人はいろいろと勘違いをしている。 まず、あなたの欠けているところを指摘してあなたを見下げようとする人は、ひどい劣等感に苦しんでいる。 やさしい人は心が満たされている。心が満たされている人は相手を認める。だから、あなたの欠けているところを指摘してあなたを見下げる人は、心が満たされていないのである。 その人があなたを認めないのは、その人自身が自己蔑視に苦しんでいるからだ。自己蔑視に苦しんでいる人の一言一言を、どうしてそんなにまで重要視するのか。 あなたを見下げた人は、心理的に溺れかかっている。その人はあなたを軽蔑することで、自分の心を癒そうとしている。じつは、その人と張り合っているあなたも、劣等感に苦しんでいる。 やさしい人は燃え尽きない。それは、自分の弱点をうけいれているから燃え尽きない。やさしい人の努力は報われる。
加藤諦三(早稲田大学名誉教授、ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員)

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