2019年05月28日

[動画][TV] グラハム・ハンコック: 神々の指紋・完全映像版
































































古代エジプト王朝
時代王朝名年代
初期王朝時代黎明期前3150頃-前3050頃
第1王朝前3050頃-前2890頃
第2王朝前2890頃-前2686頃
古王国時代第3王朝前2686頃-前2613頃
第4王朝前2613頃-前2498頃
第5王朝前2498頃-前2345頃
第6王朝前2345頃-前2181頃
第1中間期第7王朝前2181頃-前2173頃
第8王朝前2173頃-前2160頃
第9王朝前2160頃-前2130頃
第10王朝前2130頃-前2040頃
中王国時代第11王朝前2134頃-前1991頃
第12王朝前1991頃-前1782頃
第2中間期第13王朝前1782頃-前1650頃
第14王朝前1720頃-前1665頃
第15王朝前1663頃-前1555頃
第16王朝前1663頃-前1555頃
第17王朝前1663頃-前1570頃
新王国時代第18王朝前1570頃-前1293頃
第19王朝前1293頃-前1185頃
第20王朝前1185頃-前1070頃
第3中間期第21王朝前1069頃-前945頃
第22王朝前945頃-前715頃
第23王朝前818頃-前715頃
第24王朝前727頃-前715頃
第25王朝前747頃-前656
第26王朝前664-前525
末期王朝時代第27王朝前525-前404
第28王朝前404-前399
第29王朝前399-前380
第30王朝前380-前343
第31王朝前343-前332
マケドニア朝前332-前305
プトレマイオス朝前305-前30

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2019年03月15日

ペルセポリ(ペルシャ人の都)




古代中東都市の地理的意味アヌンナキが地上を分けた四つの領域。
それらの領域の中で発展した各文明にあって,最も神聖視され続けた信仰上の聖地を地図上で見てみる。
シュメールの聖都エリドゥ,エジプトのヘリオポリス,インダスのハラッパ,何も地形の許す限り,いずれも
北緯30°線
に接して建設されているのはただの偶然なのだろうか?この
「北緯30°線の法則」
は1000年後まで続いたものと思える。
紀元600年頃にペルシャの王たちはその王都を拡大して,全ての国家にとって神聖な都を建設した。
都市の建設地として選ばれたのは遠い無人の地で,文字通り何もないところに広大な石造りの床を敷き詰めて,宮殿を建てた。
すべては有翼円盤の神を祀るための都市であった。
その場所をギリシャ人たちはペルセポリ(ペルシャ人の都)と呼んだが,住民は一人も住んでおらず,ただただ春分の日に新年を祝うために王が家来を連れて訪れるだけの場所であった。
このペルセポリスがやはり北緯30°線上にあるのだ。
面白いことにこの緯度線をさらに延長させるとチベットの古い都市ラサにぶつかる。
この仏教の都市がいつ建設されたのかは定かではないが,やはり北緯30°線上にあることは事実なのである。
この北緯30°線の神聖性の起源は,おそらく聖なる測定者がこの戦場にギゼー三大ピラミッドの位置を定めた神聖なるグリッド,すなわち着陸用フライトパスにまで遡れるに違いない。
そうであるとするならば,彼らにとって最も重要な宇宙港ーシナイ半島のどこかにあった第4領域を決める時だけ,この神聖なる緯度線が無視されたはずはないであろう。
最後の手がかりはギゼーに残されたもう一つの謎・大スフィンクスに秘められている。
全長24フィート高さ65フィート,王冠を戴く人頭獅子身の巨大な怪物は,いつ誰に建設されたのであろうか?
その目的は何だったのであろうか?誰の姿に似せたのだろうか?なぜ他の場所ではなくわざわざここにこれ一つだけ建てられたのだろうか?
謎はあまりに多く,答えはあまりに少ない。
しかし確かなことがひとつだけある。
スフィンクスは北緯30°線に沿って,正確に東方向を見つめている
ことである。このことをさらに強調するように,スフィンクスの前方には正確に東西の軸線に沿って一連の建造物が建てられている。
19世紀の初頭までは肩のあたりまで砂漠の砂に埋まっていたのであるが,学者たちが掘り出したところ,
長い石段,踊り場,講壇,さらに2本の柱を立てた上り階段の廃墟
が出てきたのである。
その高さはスフィンクスの頭と揃えてあり,視線の先がちょうど2本の柱の間を通るように置かれてあった。
考古学上はローマ時代の遺跡とされているが,バールベックの例で見たように太鼓から同じ場所に記念構造物が繰り返し再建されてきたようだ。
ギリシャやローマの征服者達がファラオのスフィンクス信仰の伝統をそのまま忠実に受け継いたことは,現在ではすっかり証明されている。
大スフィンクスそのものは第2ピラミッドに通じる堤のそばにあるために,
カフラー王が自分の墓の守護神として自然の巨岩を利用して作らせたものだというのが定説であるが,これは全く事実の基盤を書いている。
スフィンクスが先史時代からそこにあったのではないかと疑う学者がいることである。
明細目録の石碑が証明するように,スフィンクスはクフ王の時代にはもうそこに存在していた。
明細目録の石碑の銘文で,クフ王はスフィンクスを
「その視線で風を導く大気の守護神」
と呼んだ。そして「神の姿をかたどったもの,その顔を東に向けたまま永遠に存在するだろう」と記している。
彼はまたその側に生えていたエジプトイチジクの木がこの
ホル=エム=アクヘト(地平線の鷹の神)
の場所へ天の大神が降り立った時に倒れたとも述べた。
これこそがファラオたちが最も頻繁に使った
「スフィンクスの神の名前」
なのである。ファラオ時代にスフィンクスの復元工事を監督したバラエンヘブという人物の立てた石碑には,
計測用の測量網,
地底世界の秘密,
天空船の上昇,
空中の横断,
聖なる砂漠にある保護地帯
のことが歌われていた。
この銘文の中では「隠れたシェムの場所」のことだとしてして,
「シェティ=タ」
という言葉が使われているが,ヘブライ人の預言者にとっては,「シェティ」とは
「聖なる線」
「ヤーヴェが聖なるシナイからやってくる」のを見守る方向
のことであった。
その「シェティ=タ」が聖なる砂漠にあったという。
聖書用語では「カディシュの砂漠」がぴったりそれを意味している。
そこへスフィンクスから「計測用の測量網」が伸ばされ,「天空の船が上昇して」,「空中を横断した」。
この描写は,ギルガメッシュがマシュ山に到着して,シェムが昇り降りするのを目撃したと証言とほとんどそっくりである。
つまり「聖なる線」,つまりエルサレムを貫く神聖グリッドの中央線と,スフィンクスの視線,すなわち聖なる北緯三十度線とが交差する保護地帯。
そこにこそ天と地と地の門がある神々の宇宙港があったのに違いない。
この二つの線の交差する交点はシナイ半島の中央平原の中に位置している。
死者の書で描かれているデュアトそのままに,中央平原は山々に円形に囲まれた広い谷間である。
そのなだらかで広い平地の天然の形表はディンギルたちの宇宙船の滑走路にまさにうってつけだったのであろう。
「旧宇宙基地」の飛行管制センター・ニップルと全く同じことが,この新宇宙基地のエルサレムについても発見できるのは当然といえば当然のことだ。
―第10番惑星に宇宙人がいた,ゼカリアシッチン著,サラブレッドブックス

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2019年02月05日

古代エジプト歴代君主



古代エジプト歴代君主
古代埃及三十王朝 君主列表

時代

王朝名

年代

王名

備考

初期王朝時代第一王朝紀元前3100年頃〜ナルメル(メネス、ホル・アハ)初めて上下エジプトを統一した。
ジェル
ジェト(ワジ)
デン
セメルケト(セメル・ヘト)
カア
第二王朝紀元前2900年頃〜ヘテプセケムウイ(ヘテプ・セヘムウイ)
ラーネブ
ニネチェル
ペリブセン(ペル・イブ・ゼン)
カセケムイ(ハア・セヘム)
古王国時代第三王朝紀元前2700年頃〜サナクト(ネブ・カア)
ジョセル(ネチェリケト)階段ピラミッドを建造。
セケムケト(セケム・ヘト)
カーベ(カーバ)
フニ
第四王朝紀元前2600年頃〜スネフェル屈折ピラミッド・赤ピラミッド・崩れピラミッドなどが有名。
クフギザの第一ピラミッド。母はヘテプエレス。
ダドフラー(ジェド・フ・ラー)
カフラー(ケフレン)ギザの第二ピラミッド。
メンカウラー(ミケリヌス)ギザの第三ピラミッド。
シェプセスカフ
第五王朝紀元前2500年頃〜ウセルカフ
サフラー
ネフェルイルカラー
シェプセスカラー
ネフェルエフラー
ネウセルラー
メンカウホル(メン・ハウ)
ジェドカラー(イセシ)
ウナス
第六王朝紀元前2350年頃〜テティ
ウセルカラー
ペピ1世(メリラー)
メルエンラー
ペピ2世(ネフェルカラー)在位94年
第一中間期第七王朝紀元前2180年頃〜ネフェルカラー混乱期
ジェドカラー
第八王朝紀元前2180年頃〜ネフェルカラー
カカラー・イビ
ネフェルイルカラー
第九王朝紀元前2160年頃〜アクトエス1世(ヘティ)
ネフェルカラー
アクトエス2世
第十王朝紀元前2130年頃〜メルハトヘル
アクトエス3世
メリカラー
中王国時代第十一王朝紀元前2040年頃〜メントゥ・ホテプ1世
イントフ1世
イントフ2世
イントフ3世
メントゥ・ホテプ2世
メントゥ・ホテプ3世
メントゥ・ホテプ4世
第十二王朝紀元前2000年頃〜アメンエムハト1世他のピラミッドから石を盗んでピラミッドを建てた。
センウスレト1世
アメンエムハト2世
センウスレト2世
センウスレト3世
アメンエムハト3世
アメンエムハト4世
第二中間期第十三王朝紀元前1800年頃〜セベク・ホテプ1世
アメンエハアト
セベク・ホテプ2世
セベク・ホテプ3世
ネフェル・ホテプ1世
セベク・ホテプ4世
セベク・ホテプ5世
ネフェル・ホテプ2世
セベク・ホテプ6世
メンハウラー
第十四王朝紀元前1800年頃〜不明十三王朝期と統治期間が同時期
第十五王朝紀元前1700年頃〜メルウセルラー大ヒクソス王朝
セウセルエンラー
アアウセルラー
第十六王朝紀元前1700年頃〜ハアウセルラー小ヒクソス王朝
アアヘテプラー
スヘアエンラー
第十七王朝紀元前1650年頃〜イントフ5世
ソベクエムサフニ1世
ソベクエムサフニ2世
イントフ6世
イントフ7世
セケエンラー
カメス
新王国時代第十八王朝紀元前1550年頃〜アメンホテプ1世(ジュセルカラー)
トトメス1世(アアケペルカラー)
トトメス2世(アアケペルエンラー)
ハトシェプスト史上唯一の女性ファラオ。
トトメス3世(メンケペルラー)
アメンホテプ2世(アアケペルウラー)
トトメス4世(メンケペルウラー)
アメンホテプ3世(ネブアマトラー)妻は史上最高の美女ネフェルティティ。
アメンホテプ4世(アクエンアテン)アテン神の一神教を創始。
スメンクカーラー
ツタンカーメン(トゥトアンクアメン)黄金マスクで有名。妻はアンケセナーメン。
アイツタンカーメンの宰相。暗殺の首謀者。
ホルエムヘブツタンカーメン暗殺実行犯か?
第十九王朝紀元前1300年頃〜ラムセス1世
セティ1世
ラムセス2世妻は絶世の美女で史上ただ一人神殿を持つネフェルタリ。
メルエンプタハ
アメンメス
セティ2世
第二十王朝紀元前1200年頃〜ラムセス3世
ラムセス4世
ラムセス5世
ラムセス6世
ラムセス7世
ラムセス8世
ラムセス9世
ラムセス10世
ラムセス11世
第三中間期第二十一王朝
タニス王朝
紀元前1070年頃〜スメンデス1世
ネフェルカラー(アメンエムネスト)
プスセンネス1世
アメンエムオペト
プスセンネス2世
第二十二王朝
ブバスティス王朝
紀元前950年頃〜シェションク1世
オソルコン1世
シェションク2世
タケトロ1世
オソルコン2世
タケトロ2世
シェションク3世
ピマイ
シェションク5世
オソルコン4世
第二十三王朝
タニス王朝
紀元前800年頃〜パドゥバスティス
シェションク4世
オソルコン3世
タケトロ3世
第二十四王朝紀元前730年頃〜テフナクト
ボカリス
第二十五王朝
クシュ王朝
紀元前750年頃〜カシュタ
ピアンキ
シャバカ
シェビトク
タハルカ
末期王朝時代第二十六王朝
サイス王朝
紀元前660年頃〜ネコ1世(ネカオ)
プサメティコス1世
ネコ2世
プサメティコス2世
アマシス
プサメティコス3世
第二十七王朝
ペルシャ統治
紀元前530年頃〜カンビュセス
ダリウス1世
クセルクセス1世
アルタクセルクセス1世
クセルクセス2世
ダリウス2世
アルタクセルクセス2世
第二十八王朝紀元前400年頃〜アミュルタイオス
第二十九王朝紀元前400年頃〜ネフェリテス1世
アコリス(ハコル)
ネフェリテス2世
第三十王朝紀元前380年頃〜ネクタネボ1世
テオス(ネト・ホル)
ネクタネボ2世


司徒's Home
http://www.geocities.jp/aydahn42df5/egypt1.html

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