2019年01月15日

スウエーデンボルグ:霊界の街の記録

スウエーデンボルグ:無数にある霊界の団体
彼は私を5つ6つの町や村(これが霊界の団体であるのは後で知った)に連れて行った。
街はこの世の街のように見えたが,違っていたのは1つの街なり村なりはそれぞれ全部の住居が街中または村中,石造なら石造,木造や土造なら木造や土造といったように同じ材料で,しかも同じような建て方で作られていたことである。
同じ街や村の霊の顔つきや性格には,たとえ顔つきの外形が異なっていても,どこか共通した性質を持っており,その相似はこの世の人間の親子・兄弟・姉妹よりもっと濃く,親密さもそれ以上だったこと。
それから,もう一つ特に眼に付いたのは,どの街も村も円形に作られており,その中心には最も権威と格が高いらしい霊がいて,次第に外側に向かっていくにつれ少しずつ中心のものよりも劣っていくらしいことだった。
私は街や村を連れ歩かれた時のちょっとした小さな事件を2つほど記すことにする。
ある街を訪ねたときである。
この時私は街に入る前から何か不思議にこの街は自分の街だと言う気持ちがしていた。
街に入ると霊たちが家の中や街角から飛び出してきて私たちを取り囲んだ。
この霊の顔つきや様子に私は実に驚いた。
なぜならどの顔も私がすでに何千年も前から知っていた親しい間のような気がしたからである。
また,彼らも私をさも親しい者の様に迎えた。
どの顔にも歓迎の喜びが溢れていた。
私はなぜか心の和むのを憶えないわけにはいかなかった。
それはまさに長年生まれ育った故郷に何万年かぶりかで帰ったような気持ちであった。
もう一つは別の村の中でのことである。
彼は私を連れて村の中を歩いていたが,見知った顔にあったらしく,その霊と話を交わし始めた。
私はその霊の後ろに回ってその霊の肩越しに村の様子を見回そうとした。するとその時彼の視線が強く光って,私を見据えたように思った。次の瞬間私は何故かわからないうちに地面に投げ飛ばされていた。彼は私の手を取って起こしながら言った。
「人の背後に回るは霊界では最も非礼の行為なり。何時,以後気をつくべし」。
霊界の街や村を連れてだって歩いた後,彼は再び私を先の山頂に連れてきた。
そして眼下に開ける街や村の様子を指差しながら霊界の団体のことを説明した。
彼はおおよそ次のように話した。
「霊界には無数の団体があって,これが一つ一つ街や村を形作って一緒に住んでいる。霊界の団体の数はおそらく数千億いやもっとになるかもしれない。
霊界にこんなに多くの団体があるのは霊となって肉体の束縛を出した後は,人間がその本質本来の姿に帰り本当の霊的性格を取り戻す結果なのである。
これは永遠の生命を送る霊界では心霊は自分を偽ったりせずに本来の性格に戻らなければ生き続けられないからだし,本来の性格の合うものだけが一緒に集まって団体を作って生活を送るのだから性格の多様さに応じて無数の団体ができることになる。
1つの街や村が同じ住居だったり同じ雰囲気を持っているのはそこに住む霊の性格が全く同じだからである」。
この後彼は私の疑問に答えるように次のように語り続けた。
「村や街が円形をなして霊たちが住んでいるのは霊界の秩序の1つを表している。
中心に住んでいる霊はその団体の秩序を維持するための役目と権力と力を持っている」。
また,私は団体で加入されて,私自身も故郷に帰るような懐かしさを感じたのは全然不思議ではなく,私はその団体に続すべき霊として既に決められているかいるからだと言った。
それから, 霊の背後に立つことが非礼なのだという霊界の不思議な礼儀については,そのようなことをすると前の霊が霊界の太陽から受ける霊流を乱して,それに苦痛を与えるからである。
なぜなら霊流はそれぞれの霊の顔から流れ入り後から流れ出ていくものだからだと言った。
ここまで話すと彼は霊流のことで思い出したのだろう。次のように言った。
「汝, 霊界で知るべきことを,まだ多くあり。先の中心霊の力,今の流の話など全て理解の太陽のことを知らざる限り正しくは理解できぬ事なり。我いずれ霊界の太陽のことについて話そう,しかれども,その前に我,まだ汝に見せるべきものあり。そのことを先に見せん」。
「あれに汝,水平の如きものが見えるか?」
彼は遠くの空を指差して私に言った。私は言われた方向に方向を見たが,そこには何もない空があるだけで文字通り空であった。
「汝の霊的視力未だ開けておらず我表層にて見せん」。
彼がそう言うとその空の一角にごく薄い空気の膜のようなものが水辺に浮かんでいて,その上に私たちがいる世界と同じような世界がもう一つあるのが見えてきた。まさにそのそれは中空に浮かんだ世界でしか見えなかった。私の驚きをよそに彼は続いて指差しながら語った。
「かの世界に汝,この世界と同じものを見ゆるべし,また多くの霊の姿も街も道も山も見るべし,下の世界もまた霊界である。
実は光の世界があり,我ここにこれよりそれを汝に教える」。
彼の言葉に従ってその世界はいろいろなものを私の目の前に表してきた。
だが,私の驚きはこれに止まれなかった。彼はまたその世界のさらに上の方を指差していたからである。
「この世界の宿にも汝薄空の枠を見るべし,その幕の上の方を指差してその幕の上の方をさらによく見るべし」。
驚いたことに中空の世界のさらに上つまり,その中空の世界の中空には同じような空気の幕が水平にどこまでも続いていて,その上にまた世界が,つまり山や川や夢や町や村,そして霊たちの姿が見えているのであった。
彼はここにまで見せてから説明を始めた。
「霊界には3つの世界があって,それを
上,中,下の3世界
という。
光の世界は霊界であると言う点ではいずれも同じで性質もよく似ているが,光の世界に住む霊の性質には主にその霊の人格の高さという点に違いがある。
上の世界に住む霊は心の窓もよく開けて,中の世界はこれに続き,下の世界は中の世界よりも劣るということになっている。この霊の性質の違いに応じて光の世界の有り様にはいろいろなものにも程度の違いがある。しかし詳しいことを自分の目で見るのが一番良い」。
ー私は霊界を見てきた,エマニュエル・スウェーデンボルグ,今村幸一訳,

owopzxoo pc









あの世
2014/2/2(日) 午後 11:09
死後の先輩たちは光り輝く天使にもなっていないし、呪われた小悪魔にもなっていない。
人相や容貌だけでなく、強さも弱さも、賢さも愚かさも、たずさえた生前のその人のままである。
コナン・ドイル、なわ
人が死ぬと、その魂は、目の前に横たわっている死体とは別に、まったく同じ姿をした光り輝く肉体をまとっていることに気づいてびっくりする。
ただし、この肉体は、物質からできているものではないらしい。
家具や壁はもちろん、山のなかでさえ、何の抵抗もなく通り抜けてしまう。
どこかへ移動しようと考えると、一瞬のうちにそこへ行ってしまう。
知覚がひじょうに明晰になり、感覚はより鋭く、完璧になっていて、より自由な行動ができるようになっている。
なわ
あの世では、思ったことがすぐに具体的な形になって現れる。
悪い人は悪い事を想像するから、おどろおどろした所になる。
思えば何でも創れるが、霊魂だけは創れない。
なわ
あの世で安楽に暮らすための方法とは何か。
少しでも上の階層に行くこと。ひと言で言えば、人の喜ぶことをしてやる、人の喜ばないことをしない、というのが大原則である。
子供のような人間、ひとにだまされやすい人間が、あの世ではいちばん好まれるのである。
この世の地位、財産や学歴が無い者ほど好まれる。
丹波哲郎、なわ
転生している時より霊界にいる時の方が、現実をずっと良く自覚しているのだ。
一種の混乱期を経るとは言え、魂は霊界で真の生を見い出し、色々な事を自覚するのだ。
霊界は君たちの世界以上に実体のあるところ。君たちの世界というものは、霊界の実像が歪められて投影されたものに過ぎないのだ。
ギリェム
霊界では太陽は動かず、天の一点に留まっており、その明るさには変化がない。
地上のような四季もない。霊界では空間の感覚もない。
どんな遠くでも思っただけで瞬時に移動できるし、意識も瞬時に通じ合える。
なわ
死後の世界は何をやっても自由だが、だんだんと自分を縛っていた欲望が薄れていく。
食べなくても生きていけるので食べることが少なくなる。
替って出てくるのが霊性を高めたい成長したいという意欲。
死後の世界の生活のパターンは地上生活とよく似ています。
違うところといえば、地上生活は地球の自転をはじめとする環境の力によって制約されますが、こちらでは当人の精神的欲求によって決まるという点です。
人間でいたとき、社交界の花形だとか、自分が善く思われようとばかり思っていた人は、霊の世界では悪霊となる。
その霊の本質がそのまま現れる。
名声が欲しいために慈善家になっているような人も悪霊。
アセンションしたいために善人ぶっている人も悪霊。
なわ、大摩邇
霊の世界は、その人間のもっとも内部にある本質が明らかにされる。
だから、人間だったときの外面は、霊界ではまったく役に立たない。
それをもっとも典型的に示す例は、学者だった者などの外面的知識とか、宗教家たちの偽の信仰などが、霊界でまるで役に立たなくなるケースである。
なわ、大摩邇
「赤ん坊は無垢なのだから、死後、すぐ最上の天国に招き入れられるのか」
これに対し、その霊は答えた。
「彼らは無垢とはいえ、それは悪に接する機会や、悪を自分で発揮する機会がなかったということにすぎない。
だから、それだけでは最上の天国に入る資格はない」
なわ、大摩邇
地獄の霊は、人間のときの悪業に対する刑罰として地獄に落とされ、そこで刑罰を受けているわけではない。
地獄の霊は、地獄が自分に合っているがゆえに、自分で自由に地獄を選んでそこに行くということだ。
なわ、大摩邇
死んだ人間は、死後の第1状態から第2、第3状態への変化を経験しつつ、本物の霊になっていく。
この変化は、霊界における一時的な居留地である精霊界で行なわれる。
第3状態に進めば、はじめて本物の霊になるわけだが、その前の第1、第2状態では、まだ人間と霊の中間の存在に留まっている。なわ
幽界は、地上で蒔いた種が芽を出すところでもある。
疑い深い人、自殺者、発狂者などは、幽界でも人里離れたうす暗い谷間のような場所に住む。
地獄的な心を持っていれば、地獄のような世界が現われる。
これに対し、天界的な心を持っていれば天界のような世界が現われる。
なわ、大摩邇
現界が物質分子でできているように、幽界の自然や事物は、幽質分子で構成されている。
幽体をもって幽界の大地を歩けば、肉体をもって現界の大地を歩くのと同じ感じがする。
空行く雲、流れる水、野辺の花、森の木、すべては現界と変わりがない。
なわ、大摩邇
この世は物質の世界である。
この物質界に比べて、見えない死後の世界・幽界は物質になりきらない半分だけの物質(これを半物質、または霊物質という)の世界である。
霊魂も幽体もオーラなども半物質である。
なわ、大摩邇
木内鶴彦さんは死亡後に幽体離脱し、1000年前の四国へ行き、当時の人の体を借りて、土佐神社の神木に「つる」というひらがなを書きつけた。
生き返った木内さんは土佐神社の神木に「つる」の字を発見した。
新科学と健康と雑学
死んだら、大ていの人は目が醒めると大人の人に連れられて、地上と同じ家のたくさんあるところへ行くのです。
いま家があると言ったけど、本当は無いんです。
でも地上の家と同じように、そこに住むことが出来るんです。
あたしが心の中で家のことを考えるとそこに家が出来るんです。
あたしたちのお友だち同士が子供に見えるのも、お互いが心の中に子供のイメージを画いているからなのです。
おばさんたちだって、お互いが子供の気持になって付き合ったら、次第に子供に見えてくるはずよ」
あたしの身体は地上の人が固いと言ってるもので出来ているのではありません。
空気よりもずっと軽くてキメの細かいもので出来ています。
その身体には自分が思う通りの形や色を付けることが出来ます。
大摩邇
霊の世界では思念が具体化するようである。
それで“物”が存在するように思える。
進化するとその一種の創造力が別の形で活用されることになる。
なわ
金日成は意識の世界(死後の世界)ではかなり責められているようです。
金正日も責められることでしょう。
現世で崇められる存在になると、死後は悲惨であるようです。
ひふみ神示、日月神示☆
そして、来世は前世と正反対の立場になって、凶暴な国の奴隷的存在になることでしょう。
死後の世界は現世とあまり変わらない世界だが、欲望を満たすことをやめようと思えばやめられる。
食べることをやめようと思えばやめても生きていける。
そして、向上しようと思う意欲ができてきて、何かを学び始める。
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1002-1.html
霊界における年の取り方は、たとえば70歳で死んだとすると、人間界とは逆にだんだん若返っていき、「20歳」までさかのぼると、そこで年齢がストップする。
また、幼くして死んだとすると、これはだんだん成長していって、やはり「20歳」でストップすることになるのだ。
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/osanami-toshie.html
死後の世界では、似た者同士が集まり異質の者は反撥し合う。
かくして美しい界層はますます美しくなり、醜い界層はますます醜くなっていく。
そして邪心に満ちた者ばかりが集まってその邪心をむき出しにし合いながら生活している。
そこを地獄という。
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse0911-2.html#30
人間が肉体の衣を脱いで“心と魂”があの世へ行くと、心を肉体とした霊人になるのです。
心も魂も霊界ではこの世の肉体と同じく形のある“身体”なのです。
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/apocalypse-bbs1107.html
“死”は1つの部屋から別の部屋へ移る通路でしかありません。
2つの部屋は装飾も家具の配置も非常によく似通っています。そこが大事な点です。
皆さんにもぜひ理解していただきたいことです。
この世もあの世も、同じ神の支配下にあるのです。
同じ神が、全界層を経綸しておられるのです。

徹底検索、堀進
http://blogs.yahoo.co.jp/horisusumu8/









posted by datasea at 12:29| Comment(0) | + 墓地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スウエーデンボルグの霊界記録:地獄


霊界記録:地獄
現世で悪いことや不道徳な生涯を送ったものは,死後は地獄へ投げ入れられ,そこで永遠の罰を受ける。
これは西洋・東洋とわずに世界中の宗教が説いている地獄の教え。
だから私がわざわざ取り上げて紹介するまでもないことであろう。
しかし,これは私に言わせれば宗教の上での必要から作った作り話であって,少しも根拠は無い架空の話だ。
私は記録する地獄は,これとは全く違った地獄であって,その地獄は別に現世の悪業の報いとして投げ込まれる地獄でもなければ,地獄に住むというサタンやデビルなどにより永遠の苦しみを与えられると言う地獄でもない。
私の記録する地獄はさっきも少し触れたように霊界の中の1つの世界として現実に存在する地獄であるからである。
人間が死んだ後に精霊となったもののうちで,どんなものが地獄行くか,一口で言うと,つまり霊に目覚めないで,霊界の存在が見えない精霊達だと言うことになる。
しかし彼らとしても,宗教の言うように現世で悪行を重ねたために,神のようなものによって罰として地獄に行くわけではない。
彼らは彼らの欲するところによって自ら地獄行くに過ぎない。
ただ,これら霊に真に目覚めることのできない精霊の中には,確かに現世で悪行を行っていたものは全て含まれるから,その点では結果的,表面的には宗教の教えと同じことになるように見えるが,実際の理由は,いろいろな宗教の言う所とは全く違うのである。
地獄へ行く精霊は,現世にいたときに,例えば物質的欲望,色欲,世間的名誉欲とか支配欲などといった人間の外面的,表面的感覚を喜ばすことばかりに心を用いて,本当の霊的な事柄を極端にないがしろにしたものである。
これらのものは霊的事物には全く目が開かれていなかったために,聖霊界に入ってもやはり開かれないものが多い。
このようなわけで彼らの精霊としての心は霊界の太陽の光や霊流を自分の内部に吸収することができない。
そして霊界にどんなに長い期間いても彼らは霊界の太陽の光や熱の与える幸福や霊的理性の輝きを感じるようにはならないで,逆に彼らは霊界よりも地獄界の火に心惹かれて, 地獄界の凶霊たちに親しみを感じるようになる。
この結果として彼らは自分の希望するところに従って,その自然の凶霊的な心の命ずるままに地獄界に入っていくのである。
これは人間でも似たもの同士が集まるのと理由は全く同じなのである。
地獄の世界の凶霊は霊界の光や霊流から霊としての喜びや幸福を感じることができない代わりに,自分の欲望を満足させることを喜ぶ。
これらの欲望は,他の凶霊を支配したり,他の霊に悪行を働いており,あるいは他の霊の賞賛を得たりしたいといった,人間で言えば外面的・物質界的な低級な欲望ばかりであるが,それにしてもいくら欲望とは言え,これを満足させる事は彼らには喜びであることは間違いない。
そこで彼らはこれらを彼らの光として永遠の生命を送ることになる。
霊界の霊は自分たちの生命の源も幸福の源も全て霊界の太陽であることを知っている。
そこで彼らは自分は本当は自分の主ではなくて,太陽が主であって,その太陽が霊界に行き渡っている霊界の秩序に従って生を送ることこそが最も正しい生だと知っている。
これに対して, 地獄界の霊の生の源は彼ら自身の欲望であって,この欲望は彼らの光である。
そこで彼らにとっては主は自分自身であって,他に何の主の存在も認めないことになる。
地獄の世界が争いの場であって苦しみと汚れに満ちた場になるのは,彼らのひとりひとりが自分を最上の主だと考えているからに他ならない。
ー私は霊界を見てきた,エマニュエル・スウェーデンボルグ,今村幸一訳,業文社,

owopzxoo pc





posted by datasea at 11:54| Comment(0) | + 墓地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月08日

MAHAO:からだも場,ひとつの場,木さん植物さんのおしえ(・・;)

MAHAO:からだも場,ひとつの場,木さん植物さんのおしえ(・・;)
からだも場,ひとつの場
今日は身体のお話です
木さん 
植物さんに
身体について
こんな事を教えてもらいました
「生命力の気がつけかえ磁場や術で奪われにくい理由
それは
生命力の気が宿る場は体の中だから 」
体の中?(・・;)
「すべては場
気は想いに呼応して宿る場は変わる
身体はひとつの場」(・・;)
「超若くなりたい
超長生きしたい
超健康になりたい
若返り
寿命を飛躍的に延ばしたい 
その想いに呼応する気は
身体の外ではなく内に宿る
身体の中にその気がないと若返りや寿命は具現化しない 」(・・;)
「身体の内に宿った気は外に運びだしづらい
体内にあるから見た目の雰囲気や錯覚やイメージでは持ち出しづらく運ぶ想念にもわかりづらい  
それが生命力の気が術やつけかえで運びづらい理由 」(・・;)
「でも 
お金持ちになる
有名になる
というエネルギーは身体の内ではなく身体の外の現実
だから
その気は 
身体の表面
周囲に宿る
気が身体の外を場としてるから目に触れやすくわかりやすい
だから狙われ 
ちょっとの錯覚や術で奪われやすい 」(・・;)
「権力者たちが身なりを気にするのは
自分の周囲の気が自分の外の現実を作ってくれることを知っているから
服と雰囲気は違うが錯覚される
鳥や虫たち
運ぶ想念には服の概念がなく
服の色をオーラとおもって 
服の色の組み合わせに似たオーラを運ぶ 」(・・;)
「権力者たちが囚人や奴隷などに特定の服しか着せないのはその服の色の気をのせたいから
着せられる色によっては富や自由をはく奪するような気をのせられたりする
着せられる色で想いを判断される 
運ぶ想念は勝手にそう解釈する
だから 
奴隷や虐げられてる人々が様々な現実を望んでも
着せられる制服の色で望んでる現実と別な現実がもたらされたりもする」(・・;)!
「身体の外の現実を作る気は移ろいやすく運ばれやすい
そしてそのことを知っているものは自分の身体のまわりではなく 
自分の所有地 
自分の場に
冨や名声がもたらされるようにした 
建物の中にその気を置けば人体と同じ
外の者たちに吸いづらくなる
彼らはそのために願い方を変えた
宗教という場を作り国という場を作った 
組織に属する人々の現実の気も組織の建物や場に宿される場合が多い
そして組織に属した人々の気は場の管理者の意向で現象の出先を変えられたりする」(木さんのことば)
ということを教えてもらいました
なんでも生命力や寿命の気が吸われづらいのはその気が人体の中を場として集まるからだそうで(・・;)
逆に
自分の身体の周囲の現実を作る気
例えば お金持ちになるとか 
有名になるとか 
これが欲しい
などの気は自分の身体の周囲にまとわれ集う気になるのでそう言う気は運ばれたり吸われやすくなると言っていました
また自分が何かの組織に属していると(または属しているとみられると)
自分の身体の外の気は組織の場の管理者に自由に使われたり現象の出先を曲げられたりするとも教えてもらいました 
「体内の気は術や錯覚で吸いづらい
だから昔の支配層は生命力ある者を見つけると快楽漬けにした 
歓びを感じさせれば
満足感を与えれば 
自発的に生命力の気は吐きだされるから」(・・;)
「生命力は快楽で放出させるしかない
不快感を与えれば生命力を与えることになってしまう
どんな強い組織でも 
組織の管理者に喜びや快楽を感じさせれば
組織の場に宿されてる気は放出させられてしまう
盤石を誇った帝国がたった一人の女性に滅ぼされてしまうのもそれが理由
快楽を与える事が運気を吸う最も簡単な方法
そして取り返されづらいもっとも確実な手段 」(・・;) 
「元々現代の支配者層は寿命はあまりなかった
彼らの寿命がのびたのも傍でサポートしている者たちの深層意識が優越感を感じたから 
その代わりサポートしてる者たちの寿命は減った 
現代の支配者層を持ちあげてる者たちはおびただしく老化していってる 」(・・;)・
「雰囲気は雲のようなもの
雲行きを見て天気を占うように
雰囲気を見てその者の現実の先行きをある程度は推測できる
でも雰囲気はあくまで雲のようなもの 
雲が一瞬で晴れるように
雰囲気にあらわれた現実も一瞬で変わる
むしろ確実な未来を知りたいのなら身体そのもの
実体を見た方が確実に掴める」(木さん植物さんのことば)
そしてこんなあめも見ました
あめに饒速日があらわれこんな事を教えてくれました
「魂がのる器(肉体)は実は死者が作っている 」
死者?(・・;)
「肉体 骨 身体
魂が宿る場は実は死者の魂が作っていることが多い
器(人体)は死者の想いから作られる 」(・・;)
「生き続けたい死者の魂はまた現実に肉体を持って 
様々な体験や想いをかなえようとする
その死者の生き返りたいの想いが生者を動かし 
死者の魂が宿れる身体を作っている」(・・;)・
「意識は生者の緩衝を受けるが
身体は死者に動かされる
身体が死者の想いで作られたから
だから 
死者の想いを叶えるのは生者が現実を守りたい想いの裏返し 」(にぎはやひのことば)
ということを
にぎはやひに教えてもらいまちた
\(-o-) 
身体は実は生者ではなく死者たちの想いから作られていて
だから
意識は生きてる人に誘導されても身体は死者たちに誘導されたり 
動かされたりすることが多いということも教えてもらいました
ですが
ここで一つ疑問点も生まれました(・・;)
疑問を感じたのはある政治家の記事を見てからのことでした 
その政治家は日本に原発を作らせるきっかけを作った政治家で
首相もしていて 
風見鶏とも言われていて
コシコシしながら権力者の座を築いた人物の様でした
そして 
彼の画像を見てみると
若い時には顔に鳥族のリーダーさんの気が  
現在は顔に神官のような雰囲気がついていて
それで風見鶏と言われたんだなと想いました 
でも
彼の身体を見ると
本性は鳥族ではなく犬族に近く
犬族の中でも小悪党の性質であることがわかりました
このタイプは鳥族と違い情に欠けています 
ご褒美
序列と引き換えに 
苦しんでる人達を簡単に見捨てられる性質です
そして 
彼が進めた政策のせいでたくさんの人が家を失い
結果としてたくさんの人たちが命を失いました 
そんな彼が首相経験者でベスト2に入るくらい長寿を生きている 
彼の身体に今現在取り返しが来ている様子はない
そういえば
彼だけでなく多くの権力者たちがたくさんの人を犠牲にしているけれど
犠牲にされた人々より寿命を謳歌していることも多い
死者の想いが身体をコントロールするのなら 
どうして彼らには取り返しが起らないのだろう?
このまま寿命を遂げれば権力者たちは逃げ得になるんじゃないだろうか?(・・;)?
そんな疑問を抱きました??(・・;)?
そしたら
木さん植物さんは教えてくれました 
「自分の繁栄と引き換えにたくさんの犠牲を作ったもの
だが繁栄と引き換えに犠牲を作った系譜はそれ以降衰退する 
それが
彼らに与えられる対価 」(植物さん木さんのことば)
木さん植物さんは
搾取をしたり 犠牲をたくさん作った搾取者は寿命を全うできても
その後その系譜は確実に衰退すると言ってました
でも
不思議に想いました
もし 搾取者の系譜が衰退したとしても
搾取者自身が繁栄を遂げ寿命を全うしたら
搾取者自身は逃げ切れたことにならないのだろうか?(・・;)?
ですが木さん植物さんは言いました 
「系譜が衰退すれば搾取者と同じ骨型が絶えていく
逃げた搾取者の魂がのる器が少なくなる
逃げた搾取者の魂は 
生き返ろうとしても次に宿せる魂の器に困るはず
生きてる時 たくさんの魂の家や器を奪った魂が宿す器がなくなる
意志を強く持てなければそのまま魂は記憶を失って系譜全体が消えていく
これが対価
大きな月の緩衝の後それは発動する」(植物さん 木さんのことば)
権力者や権力者に搾取をさせてた人たちは 
その生涯において逃げきれたとしても 
その後器が少なくなるようで
よほどの意志がないとその器を作ることは困難になるようでした
その後にぎはやひがこんな事を教えてくれました 
「死者は死んだあと様々な事に気づくようになる
本当に奪っていたものが誰だったのか
争わせて漁夫の利を得てたものが誰だったのか
奪わせていたものが誰だったのか
意識で惑わされて気づかなかった真実に気づくようになる  
そして 死者の想いは器(肉体)を作る 
死者たちの取り返しの想いが膨らむと
来世に宿れる肉体は作りづらくなる 
特に搾取した系譜程 
神経質なぐらい病的で宿せる器も限定される
宿せる器が作れなければ生き続けたいという意志がない限り
自分の記憶 意識は保てなくなる
消える 
それが取り返しの緩衝
月の緩衝後
大きく起こりはじめていく 」(にぎはやひのことば)

幻の桜
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-2017.html
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/













お水の飲み方
最近
MAHAOは以前にもまして
水をごくごく飲むようにしはじめてるのですが(・・;)
ですが
イマイチ水だけだと飲みづらくて
一日6リットルから7リットルぐらいの水を飲むくまちゃんに比べると 
余り量多く飲めません
(・・;)ショビビーン
一体どうしたらそれだけ多く飲めるのだろう?(>ω<)?
そんなことを疑問に想っているとくまちゃんがこんなことを教えてくれました
「あのね 
MAHAOちゃん
水を量多く飲むなら
何か食べる時一口食べたごとにすぐに飲むといいよ 」
一口ごとに飲む?(・・;)?
「ほら
水だけだと味もなくて飲みづらいでしょ?
特に空腹時多量の水を飲むと具合を悪くするでしょ?
でも何か一口食べて直後に飲むと水が飲みやすくなるんだ
一口お菓子を食べたらすぐに水を飲んで
お弁当を一口食べたらすぐにまたお水を飲んで 
そうすると
一日に摂取する水の量が自然と増えると想うよ 」(くまちゃんのことば)
と言う感じの事をくまちゃんに教えてもらいました
確かにくまちゃんの水を飲んでる姿を見ると
ごはんを食べる時
お菓子を食べる時
食べると
すぐにそれを流し込むようにごくごく飲むのが特徴的でした(― ― )ゴクゴク (・・;)
そこでMAHAOもやってみると確かに一口づつ水を飲むと
水だけ飲んでる状態よりもスムーズに水を飲める感じでした(>ω<)/
なので
夏の間にお茶や ジュースなどとは別に一日2リットル
水を飲めるようになりたいなあーと想っている現在です(>ω<)ノシ))パタパタパ
以上
今日は
からだについての記事でした

幻の桜
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/







posted by datasea at 20:23| Comment(0) | + 墓地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする