2019年09月12日

惑星ニビル情報: -サム博士の学説〜ロシア天文学会は2021年初旬二ビル接近と予測


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By Cara 
Nibiru - Dr Sam... Nibiru's Discovery and to it's Date of Arrival
Tuesday, September 10, 2019 18:24

 BEFORE IT'S NEWS
http://m.beforeitsnews.com/spirit/2019/09/nibiru-dr-sam-nibirus-discovery-and-to-its-date-of-arrival-2516162.html
https://t.me/BeforeitsNews
https://beforeitsnews.com/v3/spirit/2019/2515380.html
https://beforeitsnews.com/v3/spirit/2019/2515386.html







(要約)
惑星ニビル情報: -サム博士の学説〜ロシア天文学会は2021年初旬二ビル接近と予測
2019年9月10日火曜日18:24
イスラエルの天文学者Sam博士が惑星ニビルについてのニュースを伝えている。
原語はアラビア語で,ポルトガル語に翻訳されブラジルのTio ABADOMのYouTubeチャンネルに投稿された。
興味深い話だ。
Sam博士によれば,ニビルは2021年初期に地球を通過する予定だという。
しかし、サム博士がこの講演と以前の講演で述べているが,ニビルは天体物理学のすべての既知の法則に反する。
博士による講義
09/08/2019
おはよう…慈悲深い神の名において…惑星ニビルが発見されて以来,この天体について,根拠のない伝説,物語,空想科学,小説が溢れているが,その理由は,真相を知る世界のエリート天文学者の秘密と清算のせいであり,真相を知る市民はすくない...我々は一般的学説を脇に置き,二ビル接近の日付を我々の視点で考える。
1986年,ソビエト連邦はアメリカの科学者と会合し天文情報を共有した。
ソビエト連邦は,惑星二ビルが2010年に最接近するとした。一方,アメリカは2017年〜2018年であるとした。
そしてロシア天文学会の最近の結論は,二ビル最接近は2021年初旬であるという事だ。ロシアのアシュレスク天文台(Asuresk Observatory)の推定値はまだタイムライン内にありいくらか誤差はあるが,概算で2021年初旬であるという事だ。
今日,我々人類には高度なソフトウェアと正確な天文計算により構築した素晴らしい技術開発があり,食の時間,彗星の軌道とその接近時期,流星群の日付を知っている。
しかしこの偉大な技術開発にもかかわらず,計測不可能な天体は存在するのか?
…答えはイエスだ…二ビルの動きはこれらの計算の範囲内ではない…エリートはそれを知っている...
単一の天文法/通常の軌道計算のみで計測した場合,ニビルが1979年の発見からいつ到着するかはわかっていたはずだ…しかし残念ながら,二ビルにその方法は通用しない。天体物理学の法則に反し,時に加速し,時に停止するためだ。
一般的な計測方法による予測値はあくまで参考にしかならない。
考えうる方法は,侵入者フィールドの強度の変化を測定することだ。
煙がたてばそこに火が発生していることがわかる..わかりやすく言えばそういう事だ。
7月以前の地球と以降の地球は状態が全く違う。
磁場速度(the velocity of the magnetic fields)は,7月以前は上空400kmの障壁を通過しなかった。しかし7月以降,ニビルは未だ地球から遠い距離にあるもかかわらず,現在は磁場の崩壊障壁が1450〜1500kmのポイントに到達している。
この統計的変化。ここから最接近ポイントに到達するまでにどれくらいかかるのか?
地震の統計,
気候の温暖化,
極氷の融解,
地球の電磁移動,
マグマの異変,
エネルギー貯蔵の増加
など。これらはすべて毎月記録された昇順の記録だ。 そしてこの段階においてさえ,まだ手で日光を遮ることを主張する人々がいる…..
これらの増加の原因は何か。
根拠は何もないのか…??。
私はロシアの天文情報を信頼している。そこから考えると,来年最接近と考えるのが妥当だ…。
あなたへのアドバイスは,事実だけを信じる事。 真相を追求せずに既存の一般的事実を受け入れる。それが賢明で知的な人だというのかも知れないが。しかしエリートが伝える情報を信じるべきではない。
信じるべきは今おきている現象だ。
地球の磁場の崩壊を信じるべきだ。
これから地球を襲う大規模な巨大地震を信じるべきだ... !!
イエローストーンが呼吸する時…!!
地球の亀裂。
目に映る煙のほうを信じるべきだ。
最後に。
8月の月はいて座方向にある。その近くに土星がある。
画像の天文図に従って望遠鏡で観測すれば,射手座エリアに月とリングのある土星を観測できるはずだ。このエリアは最も重要なエリアの1つであり,二ビルはこの方向から接近する。
平和とあなたに神の慈悲と祝福あれ。

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2019年07月21日

[動画][超常] 中東の砂漠に出現した巨人の幻影,あるいは巨人








Anonymous: What They Found in The Desert Shouldn't Exist.. This Is Beyond Comprehension!
Friday, July 19, 2019 11:46

Before It's News
https://beforeitsnews.com/v3/paranormal/2019/2543441.html



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2019年04月26日

[画像メモ] 月のピラミッド,内部都市


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[画像メモ] 月のピラミッド,内部都市
謎だらけ、月の構造
ジム・ア-ウインによるジュネシスロックの発見
NASA(1972年1月12日)刊行 『アポロ15号』より
1971年7月26日早暁「明確な意図」を持った3人の宇宙飛行士
ジェームス・アーウイン、
デイビッド・スコット、
アルフレッド・ウオーデン
が、現在まで最強のサターン5号-アポロ宇宙船に乗り込み、ケープケネディから飛び立った。
160キロ上空の地球軌道を3時間飛行した後、彼らはサターン第2段ロケットを6分間噴射して速度を上げ、月へのコースに乗った。
7月28日、アポロ15号は月の引力圏へ滑り込み、朝になってスコット、アーウイン両飛行士は「ファルコン」に乗り移って司令船から分離した。 
3時間後、月着陸船は着陸エンジンに点火して下降を開始、12分後の1971年7月30日、2人のアポロ飛行士は地球の唯一の衛星である月に着陸した。
翌朝の7月31日午前9時、着陸船は内部減圧を行った。スコット飛行士がファルコンの4段の階段を降り、続いてアーウイン飛行士が降りた。彼らは月面に降り立った7番目と8番目の宇宙飛行士となった。
スコット船長の最初の言葉は意味深いものだった。地上の我々は、彼の言うままを聞いた。「私は驚きに満ちて、この未知のハドリー谷に立ち、我々の本性の中に基本的な真実があるように思う。人間は探検をすべきであり、そしてこの探検は最高のものである」
アーウインは短いが、若者らしくぶっきらぼうに、
「やあ、外はビューティフルだよ、まったく!」
と叫んだ。月面滞在3日間の最初の目的は、月面車を運転して8km離れたハドリー谷と4000mの高度をもつアペニン山脈のふもとまで行くことだった。
ハドリー谷はアペニン山脈と平行して伸び、この谷は「絶望の沼」と呼ばれる暗く広大な地域で断ち切れている。もちろん月に沼地などないが、一見沼のように見えたので科学者たちが気まぐれに名付けたのである。
月面車による月面活動(EVA)の第1回目に、彼らはアペニン山脈で科学的な大発見をした。そして、これまで採取した中ではもっとも古いと思われる岩石を集めた。
彼らは地球との交信を保ち、見るものすべてを科学者たちに送信してきた。
スコットが地表から1.5m以上深くドリルで穴を開けられなかったということは大変な発見である。このことは地表からわずか下が固い岩盤になっていることを意味している。
スコットとアーウインは、月面活動の1日目が終わって疲労困ぱいした。2人とも管制センターの質問に答えたり、月軌道上の司令船にいる同僚ウオーデンとお喋りするまで何にも口をきかずに食事をとった。
8月1日、日曜日の朝3時44分、2回目の月面車による横断を行った。
彼らはアペニン山脈に沿って、記録的な7時間13分のドライブをやってのけた。
彼らは歓喜に満ちた様子で交信をしてきた。
「お目当てのものを見つけたぞ!」 
つまり、月誕生後間もないころに形成されたと思われる結晶岩石を発見したのだ。
「いわゆるジュネシスロックである」
8月2日、彼らは月面車に乗って3度目の、そして最後の探検に出かけた。
彼らは岩石標本を採ってくるためにドリルで穴を開けた場所へ行った。
スコットは穿孔したドリルを抜くのに苦労した。
地球の管制センターに、彼らが息を切らして仕事をしている様子が伝わってきた。
彼らは堪えがたい状態になっていた。
そこで管制センターは指示を送って最後のセクションを中止させ、帰り道に標本を拾うようにした。
宇宙飛行士たちは着陸船ファルコンに帰り、再び内部の気圧を上げた。
司令船パイロットのウオーデンは月軌道を周回していたが、すでに彼は32周目に入っていた。
機械船の外側には2台のカメラが取り付けられ、1台には1600mのフィルムがは入っていた。
8月2日は忙しい1日だった。
スコットとアーウインは月面車にテレビカメラをセットし、着陸船の離陸の様子を月面から見られるようにする必要があった。
月面に67時間滞在した後ファルコンは離陸し、火花と破片の雨をまきちらした。
地球の見物人はテレビ放映が短くて満足しなかった。というのはヒューストンが月面車カメラでの宇宙船の上昇を追うのを拒んだのだ。
実際にカメラは、その後2日間も実況放送を続けていたというのに・・・。
2台の宇宙船は結合し、スコットとアーウインは司令船エンデェバーに乗り移った。
ファルコンは切り離され、月面への衝突コースへ入った。
ウオーデンは月軌道を1人で3日間飛行している間に、レーザー高度計を使って月の外形を測定し、月がゆがんでいることを立証した。
エンデェバー号は8月7日、地球の120km上空で大気圏に入った。
8分後にパラシュートの1つが開き、さらに1分後メインのパラシュートの2つが開いた。
着水場所はハワイから5000km離れた北太平洋の洋上だった。
残された疑問点
月着陸船ファルコンは切り離されて任務の最後に科学へ大きな貢献をした。
ALSEP地震計から70Km離れた月面に衝突させられた。
この時の衝撃は2000万m・kgであった。
地球上なら、この衝撃は小微動として約2分間記録されたであろう。
しかし、地球物理学者たちは月への着陸船衝突の結果に仰天した。
衝撃波は月面上の地震計で55分もの間。記録されたのである。
ラモンド調査研究所のモーリス・ア-ウイング博士はこう述べている。
「これは、誰かが教会の鐘突き堂で1回鐘を鳴らしたら、55分間鳴りつづけたようなものだ」 
これは何を意味しているのか?
『月の先住者』の著者ドン・ウイルソンはNASAのゲーリー・レイサム博士の見解を次のように紹介している。
「地震計のとらえたデータによると、月の内部深くに2本のベルト「梁(はり)」の存在を察知した。2本のベルトは、少なくとも長さは1000Km、深さは1000Kmあって、互いに交錯していない。それも巨大な分裂組織ではない。なぜならば、月振動と潮汐作用との規則正しい相互関係が存在しないからである。たとえばベルトが鉄のようなもので出来ているので、月の他の部分のように弾力のある特性は備えていないことも考えられる。
 アポロ計画の最高責任者、故ブラウン博士の言葉も紹介している。
「振動は15マイルの深さまで徐々に伝わり、そこから極端に加速される。
この急激な加速は、内部物質の密度の差から来るものである。
40マイルの深さでは速度は何と毎秒6マイルだが、40マイルの地層圧力を受けていると思われるどのような岩石でも、毎秒6マイルもの速度の振動は伝えない。どのような物質が、このように振動を遠くまで伝搬させるのであろうか」
NASAの科学者たちは入手したデータに基づき月の模型を製作した。
ところが出来上がった模型は、表面は固い物質で被われているが、内部は空洞でチタニュウムで出来た球体が最も適していたのだ。
どうも「月」は内部が空洞の「構造物」ではとする説も充分妥当と考えられるのだ。
月面からのカメラが2日間も実況放送を続けたのにヒューストンが月面車のカメラで宇宙船の上昇を追うのを拒んだのはなぜか。
NASAに長年勤務していたスタントン・フリードマンは次のように指摘している。
「アポロからのテレビ電波は秘密の周波数でヒューストンへ直接送られ、検閲によってNASA外部では見ることの出来ない部分がある。省略するところは省略してヒューストンから全国へ放送されるわけだ。ジェミニ計画やマキューリー計画の時は会話はまったくオープンで、たやすくハム愛好者たちにも受信できたものだが・・・」
月からのテレビ中継は、時間差を置いて一般に放映されているが、おそらくアポロ15号の時は月上空に多くのUFOが飛び交ったために、2日間もの長時間放映では、いつカメラのフレームにUFOが入ってくるか分からない。それをヒューストンが恐れたとしか思えない。他に拒む理由は存在しない。ドン・ウイルソンによると、NASAの地上司令室に収録されている記録には、アポロ15号のジム・アーウインとデビット・スコットが、月の上空を一瞬で飛行するUFOをみたとはっきり証言している。

神の暗号・聖書の暗号
http://dateiwao.fc2web.com/apollo15scotto.htm
http://dateiwao.fc2web.com/index.htm
http://www.246.ne.jp/~y-iwa/davidhoshimonsho.htm
http://dateiwao.fc2web.com/hakobune.htm




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2019年04月24日

[天体] 惑星二ビルは天秤座方向






















By Cara
Red Nibiru - Comes Like a Thief in the Night
Sunday, April 21, 2019 9:05

YouTube
https://youtu.be/Wuwu4LqGRcE

BI'N
https://beforeitsnews.com/v3/spirit/2019/2515226.html




(要約)
Cara
[天体] 惑星二ビルは天秤座方向
2019年4月21日日曜日9:05
惑星二ビル(Red Nibiru,the Red Kachina)の現在の位置は
黄道上240°,天秤座方向。
黄道上60°,プレアデスと正反対の方向。
おうし座とオリオンの方向に向かって太陽系の中心から離れてゆく軌道上にある。
太陽の二度目の接近通過がおきて,太陽系の中心から離れてゆく相だ。
だから,ニビルが太陽のそばに見えるのは,電磁気層上への映写であるかもしれない。

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ミチオ・カク-二ビルは大きな問題だ
Michael Moore
2018年9月19日水曜日9時33分
Dr Michio Kaku – Now Nibiru Is a Big Problem for All of US
Wednesday, September 19, 2018 9:33
BEFORE IT'S NEWS
https://beforeitsnews.com/v3/alternative/2018/3637339.html
https://beforeitsnews.com/v3/alternative/2018/3637158.html
ニビルの影響
学会で正式に認められていないが,巨大な軌道,地球上の生命に影響を与えるような強い磁気をもつ惑星ニビルは,今この太陽系内にあると私は信じている。
二ビルの問題に取り組む研究者の観測によれば,惑星ニビルは現在太陽系から離れる局面にあり,2018年9月から2019年1月にかけてニビルが地球に接近,影響が懸念されるという。
Stephen Hawking,Michio Kakuらのメッセージを拡散してほしい。
超新星爆発(ガンマ線破裂),気候変動,人間が引き起こす核戦争,小惑星の衝突など,Stephen Hawkingは人間が絶滅する可能性のある自然現象についてよく語っていた。
Stephen Hawkingは人類が宇宙時代に入ることを望んでいた。だからこれらの課題をよく語っていた。
Hawkingは,人類の未来はあると考えており,生き残る事が困難な災害から脱出する方法は,生活の場を宇宙に移す事であると考えていたようだ。
しかし,生活の場を宇宙に移す動機が,こういった災害から脱出する方法という選択肢以外にも,
重工業を宇宙空間に移動させる方法,
地球を小惑星から保護する方法,
知識の探索,
月や小惑星の資源の探索,
DNAとは異なる原則に基づいた生物学の探索,
冒険や観光のための方法,,,,
などいろいろあるはずだ。
地上の研究者たちの計算によれば,惑星ニビルが地球に及ぼす影響は1日1度ずつ高まっているらしく,2017年10月14日には影響は25度に達するという。
惑星ニビルの接近により,気温が上昇し,氷河が溶け,地球規模の海面上昇がおき,そして地球のポールシフトがおきる。
高さ100mを超える巨大な波は沿岸部を破壊する。
地球はマグニチュード11を超える巨大地震で揺れ動き,地表では巨大な嵐とハリケーンの風が吹き荒れる。
有名なイエローストーンを含む火山は一斉に噴火を開始する。
そして暖流は止まり,氷河期が始まる。
Skywatch Media Newsによれば,惑星ニビルは3600年の楕円公転軌道の半分の位置で,太陽を廻った後,
現在太陽系から離れる局面にあり,ニビルは再び地球に接近しているという。
惑星ニビルの磁力は非常に強く,48.6AU(天文単位,AU=地球と太陽の距離)に影響を与える。
再び地球に接近しているニビルは,強い磁気引力で地球に問題を起こしている。
「惑星ニビル」として知られる不可解な惑星についての不可解な理論。
巨大な惑星が地球を通過するのは,黙示録のサインだと語る者もいる。
キリスト教の数学者David Meade(人類死刑予言者!)は,著書「Planet X - The 2017 Arrival」で彼の理論を発表した。
Meadeは,ニビルの地球接近が聖書に啓示された占星術の星座と一致すると主張している。
しかし黙示録の前夜,Meade氏は,「世界は終わりそうにない」と主張するようになった。
無数の陰謀理論家が「世界が終わりつつある」と警告している。
多くの予兆とともに,2012年に起きた大災害は「マヤ黙示録」と一致するものだった。
「世界は終結していないが,我々が知る世界は終わりつつある
(The world is not ending, but the world as we know it is ending,)」
「世界の大部分はいつもの10月とは異なる」
とWashington Post紙は語った。
太陽系内をすすみ帯電したニビルは現在,「プラズマエネルギー粒子」波を放出している。
エネルギー流は地球の「中核の流れ」を乱し,地球の気候の壊滅的な変化を引き起こす。
未来には恐ろしい状況があり,2018年1月1日前に災害がおきると,聖書の4人の預言者は言う。
1996年以来激増する地震,火山活動の増加,異常気象,自然災害...
惑星ニビルの影響を感じている。
NASA,ペンタゴン,CIAは迫りくる惑星ニビルを認識している。。
米国の偉大な百科事典「Meat4All」,
天候の知識,国の救済,薬草による治療,浄化のソリューション,害虫の駆除,焚火の技術,レンガつくりの技術,革細工の技術,
植物染料,農耕の技術,天然茶とトニック,グラノーラ,パン製造,ビールの缶詰・保存技術,
ソーセージ製造および肉喫煙技術,食品の乾燥技術,家庭用おもちゃ作りの技術,製紙,ろうそく作り,
自家製石けんおよびシャンプーの技術,バターおよびチーズ製造技術,釣り・狩猟の技術.....
原始生活の技能....
サバイバル.....

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天体情報:惑星ニビルと彗星ラッシュの関係

LavenderRose
Before It's News
http://beforeitsnews.com/space/2013/03/planet-x-nibiru-in-real-time-our-two-suns-meteor-showers-are-just-the-beginning-2456926.html
2
2013年3月26日火曜日23:57

惑星ニビルが近日点に近い
小型赤色わい星、太陽の双子恒星である惑星ニビルが近日点に近いとされる。
太陽と惑星ニビルの距離は約2.85AU(1AU=9300万マイル)にまで接近、太陽面暴発と放電がおきており、太陽から離れrる位置にはいっているという。

一方、2月15日金曜日午前ロシアチェビリンスク(the city of Chelyabinsk, Russia)に彗星が落下した。
時速40,000マイルで落下した彗星は高度20kmでミサイル射撃により破壊され被害は最小限に食い止められた。
また同日キューバロダス(Rodas)にも大型車サイズの彗星が落下したが、この彗星をはじめ、地球では各地で隕石の被害/目撃情報が報告されている。
地球に落下する彗星の数は毎年平均約500個で、うち地表に達する彗星/隕石の数が5個に満たない事から考えても今年は彗星が多いし、
日中落下するものが多いから太陽の方向からくるものが多い気がするが、これらの彗星は地球の引力圏にはいり地球にとりこまれた惑星ニビルの隕石群ではないか。


惑星ニビルの隕石群は惑星ニビルとともに3,657年の周期で太陽系を公転している。

米国安全保障局(The U.S. security state)と国際安全保障局(The international security state)はNASA赤外線天文人工衛星(IRA、Infrared Astronomical Satellite)を使い1983年以降調査を続けて来た。
また南極大陸のアムンゼン-スコット南極基地(the Amundsen-Scott South Pole Station)は望遠鏡を使い2007年以降調査を続けて来た。

Zecharia Sitchin氏は惑星ニビルの雑多な情報集めからはじめシュメール人の古代文献にたどりついた。
Anunnakiは聖書の創世記で「Nephilim」と記録された宇宙人だが、Sitchin氏はシュメール人がAnunnakiとテレパシーで交信していたとした。
Sitchin氏は2003年惑星ニビル接近説を否定した。
Nancy Lieder氏はサイト「ZetaTalk」でZetaからテレパシー受信した惑星ニビル情報を1990年代から発信しつづけている。


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Washington Post/Mystery Heavenly Body Discovered
謎の天体発見される
1983年12月31日
Before It's News
http://beforeitsnews.com/watercooler-topics/2013/02/planet-x-7x-is-it-real-99-2431726.html
赤外線衛星の観測によると、木星クラスの大きさの巨大惑星が地球付近に存在する可能性がある。
方向はオリオン座の方向位置は地球から500億マイル。
巨大なガスの惑星だ。
不可解なのは、この天体が低温で光を発しない事で、それゆえにこれまで地上や宇宙空間の光学望遠鏡ではとらえられなかった。
またこの天体が惑星なのか、浮遊星なのか、巨大な彗星なのかわからない事も不可解。
ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)IRASチーフGerry Neugebauer博士
「この天体については、ただわからないとしか言えない。」。

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惑星ニビル情報
2012年9月12日
youtube.com
Gill Broussard
Before It's News
http://beforeitsnews.com/space/2012/09/after-confirming-planet-x-incoming-navy-doctor-died-mysteriously-dr-robert-harrington-interview-with-zacheria-sitchin-in-this-film-confirming-sitchins-work-and-the-existence-of-planet-x-2446198.html
youtube.com
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=S8sVddT3HEQ
1972年、NASAはETへのメッセージをのせた衛星PIONEER10号の打ち上げを行った。
打ち上げの目的は、天体の観測、特に、存在しうる第10惑星の観測であった。
1992年、NASAは観測結果の発表を行なった。
NASA
「冥王星と海王星の軌道の間、太陽から700万マイルの距離に、黄道面から大きく傾いた軌道をもつ地球の4-8倍の惑星があるようだ。」。
この20年、天文学者はこの存在しうる惑星の研究を続けてきた。
そして「第10の惑星」という意味の「Planet X」と命名した。
1981年1月16日、DEtroit News紙はこの惑星の記事を掲載した。
以下、1990年に行なわれたRobert Sutton Harrington氏によるZecharia Sitchin氏のインタビューより引用。
Harrington氏「1968年8月14日、私は冥王星の衛星を発見した6ケ月後、冥王星の質量を解明しました。
思ったよりも軽くて、海王星の軌道を影響するような大きさでない事がわかりました。
そんな時、NASAが冥王星と海王星の軌道の間に地球の4-8倍の惑星があると発表した。」。
「1978年、私はNASAの予言を基盤に観測をはじめました。私は海王星の観測をつづけています。
海王星は今は天秤座の南のエリアにあります。
Sitchinさんがおっしゃるエリアと近いですよね。」。
「この惑星は今冥王星付近にある。もしこの惑星の軌道周期は3800年なら惑星ニビルという事になる。
そして私が計算したこの惑星の軌道は、あなたが予言した軌道と同じだった。」。
Zecharia Sitchin氏
「もしも惑星ニビルがあるなら、我々人類はこの太陽系でひとりではないという事だ。」。

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2019年02月10日

エラム文化


エラムについて
簡単な説明
ここでは、エラムについて、簡単に(ホント簡単に…)説明する。
⬛地理
エラムと呼ばれた地域は、メソポタミアの東の、イラン高原南西部のザグロス山脈沿いの地域である。
古代メソポタミア文明に近かった為に、文化的な影響を強く受けたようだ。
しかし、砂漠や湿地帯によって交通が阻まれていたようで、政治面ではイラン高原地帯との関わりが深かった。
中心的役割を果たした都市は、アンシャンとスサである。名前の由来エラム人は自らをハタミと呼んでいた。
そして、自分たちが住んでいる土地を、ハルタムティと呼んだ。
現在、エラムと呼ばれているのは、エラム語のハタミが、シュメール語に転訛したものだと言われている。
⬛言語・文字
エラム人は、エラム語という言語を話していたが、この語の系統は不明である。
また文字は、原エラム文字と呼ばれ、絵文字である。
この文字は、イランやアフガンなど広範な地域で見つかっており、エラム文化の影響がこの地に大きかったことがうかがえる。
その後、おそらく紀元前2000年頃までには、エラム人も楔形文字を使用するようになっていたらしい。相続制度エラム人の相続制度は、オリエント地域にしては特異である。
王位は子ではなく、弟に譲られていく。
この相続制度は基本的に、ずっと用いられ、他民族のの影響を受けることもなかった。
⬛周囲との影響・衰亡
エラムは、その長い歴史の中で、メソポタミアに建てられた王朝、アッシリアやバビロニアと抗争を繰り返し、滅ぼしたり滅ぼされたりしながら衰退していった。
その中で、バビロニア文化の影響を受けつつ、また、メディア・ペルシア・ギリシアなどの王朝へ、文化的・政治的影響を色濃く残している。
最終的にはアッシリアに首都スサを滅ぼされて滅亡、ペルシアの支配後は、二度とエラム人による国家が建つことはなかった。

司徒's Home
http://www.geocities.jp/aydahn42df5/index.html




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2018年12月18日

エルサレム・アララト山・ピラミッド,その地理的連関,北緯30度線の謎


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詩篇第29篇ではシオンの神の声が届く地球上の場所の一部が列挙されている。
そこにはシナイ半島中央の「神々の地」の入り口の都市カデシュも,「レバノン杉の地(バールベック)」も入っている。
ウガリト文献には,バールがバールベックに
「光輝の石(通信装置)」
を設置することで獲得した能力を,一方の唇は地へ,他方は天へつけつけることができる力だと記述されている。
エルサレムが飛行管制センターの務めを果たすためには,ニップル同様に,着陸用のフライトパスを二等分する長い中央線上に位置しなければならない。
ユダヤの伝承によると,この聖地は「地のへそ」とされていた。
預言者エゼキエルはヘブライ人のことを
「地のへその上に住む者」
と呼んだ。この表現は,エルサレムこそが中心となる通信センターであって,聖岩が正確な測地中心点の印であることを意味している。
「聖岩」をヘブライ語で「エベン・シュテーガー(世界を紡ぎ出す石)」というのもだから偶然ではないのである。
しかしこうした表現や伝説がいくら暗示的であっても,問題はこのエルサレムがギゼーのピラミッド群とウム・シュマール山の両地点と,起点のアララト山とを結んでできる着陸用フライトパスを二等分する中央線上に存在するかどうかということである。
答えはまさにその通り。
エルサレムはぴったり正確にその線上にある。
しかも,エルサレムは,バールベックと聖カタリナ山を結んだ線が,ちょうどその中央線と交差する地点にも位置しているのである。
またエルサレムからヘリオポリスまでの距離と,エルサレムからウム・シュマール山までの距離はぴったり同じで,
両線の開いた角度は正確に45°
である。
エルサレムとバールベックとギゼー/メンフィスとの相互関係は聖書時代にも知られていて,こうと讃えられたものである。
「偉大なるかなヤーヴェ天主の都で崇められ聖なる山でも讃えられメンフィスでは敬われる歓喜は全地に満ちて」
シオンの山にザボンの山に溢れる聖書外伝の一つ「ヨベル記(別名モーセ黙示録)」ではエルサレムは地上に4箇所ある「天主の場所」の一つとされた。
他の三ヵ所は「レバノン杉の山」の中の「永遠の楽園」,「東の山」つまりアララト山,それにシナイ山である。
とすると,このアララト山から伸びる中央線ー「エルサレム線」上のどこかに,新宇宙港そのものも存在していたに違いない。
最後のビーコンもやはりそこに置かれていたはずである。
つまり砂漠の中心にあるシナイ山として。ここで重大な役割を演じるのが,現在北緯30°線と呼ばれている分割線であるが,
そのためにはシュメール神話の世界を振り返る必要がある。
既に見たように,兄妹神エンリルとエアは異母兄弟のライバル同士で,大洪水以前の世界は,「アヌの道」という幅の広い領域を挟んで,北方の地域がエンリルの「道」として,南方の地域がエアの「道」として分割支配されていた。
ノアの大洪水の後もこの対立関係は続いていて,両者の子孫神まで持ち越された。
世界の運命を決める彼らの討議については,様々なシュメール文献に記録されている。
その一つ「エタナ叙事詩」にはこう記録されている。
「運命を決める偉大なアヌンナキは,地上世界について意見をたたかわせた。
彼らは地上を四つの領域に分け,居住地を設けて監督に当たったが,人間から見ればそれはあまりにも恐れ多いことであった」。
この四領域のどれを誰が統治するかについて,エンリル家とエア家の間でくじ引きが行われた。
その結果,アジアとヨーロッパはエンリルとその子孫に,アフリカはエアとその子孫に与えられることになった。
「第一領域」はメソポタミアと周辺地域で,
山地(エラム,アッシリア,ペルシア)エンリルの息子ニヌルタに,
平地(メソポタミア南部からシナイ半島まで)は次子ナンナル(アッカド名シン)に,
北西部地方と小アジア,地中海諸島は末子イシュクル(アッカド名・アダド)に
それぞれ割り当てられた。
この領域からはシュメールから始まるメソポタミア文明,地中海文明,さらにはギリシャ文明が興隆した。
「第二領域」はアフリカ大陸で,ここを与えられたエアはやはり細分して息子たちに割り当てた。
この領域の中心文明をナイル河流域に起こしたラーというエジプト名の神はおそらくその一人である。
「第三領域」はインド・アジア大陸で,ここにもシュメールに約1000年遅れてインダス文明が栄えていたことが,50年ほど前に発見された。
その中心地ハラッパでは男神ではなく女神が崇拝されていた証拠があるが,この文明の残したインダス文字がまだ解読できないので,
何という名前の女神だったのかはわからない。
しかし私の結論ではおそらく,シン神の娘でシュメール人がイルニニ(強く甘い香りの婦人)と呼んだ女神,つまりアッカド名を
「イシュタル」
という女神こそその人であろう。
なぜならシュメール文献ではこの女神の支配地は「アラッタ」と呼ばれる遠い地域で,そこは穀物の豊かな穀倉地帯だったとされるが,「ハラッパ」もその通りの土地であったからである。
「第四領域」は人間の為ではなく神々専用の特別地帯として設けられた。
許可がない限り立ち入りできない神聖な地域とされるその一帯を,シュメール人は「ティムル・シン」と呼んだ。
その最も重要な施設の管理責任はやはりシンの息子のウトゥ(アッカド名シャマシュ)に任された。
つまり新宇宙港のことである。
―第10番惑星に宇宙人がいた,ゼカリアシッチン著,サラブレッドブックス

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古代中東都市の地理的意味アヌンナキが地上を分けた四つの領域。
それらの領域の中で発展した各文明にあって,最も神聖視され続けた信仰上の聖地を地図上で見てみる。
シュメールの聖都エリドゥ,エジプトのヘリオポリス,インダスのハラッパ,何も地形の許す限り,いずれも
北緯30°線
に接して建設されているのはただの偶然なのだろうか?この
「北緯30°線の法則」
は1000年後まで続いたものと思える。
紀元600年頃にペルシャの王たちはその王都を拡大して,全ての国家にとって神聖な都を建設した。
都市の建設地として選ばれたのは遠い無人の地で,文字通り何もないところに広大な石造りの床を敷き詰めて,宮殿を建てた。
すべては有翼円盤の神を祀るための都市であった。
その場所をギリシャ人たちはペルセポリ(ペルシャ人の都)と呼んだが,住民は一人も住んでおらず,ただただ春分の日に新年を祝うために王が家来を連れて訪れるだけの場所であった。
このペルセポリスがやはり北緯30°線上にあるのだ。
面白いことにこの緯度線をさらに延長させるとチベットの古い都市ラサにぶつかる。
この仏教の都市がいつ建設されたのかは定かではないが,やはり北緯30°線上にあることは事実なのである。
この北緯30°線の神聖性の起源は,おそらく聖なる測定者がこの戦場にギゼー三大ピラミッドの位置を定めた神聖なるグリッド,すなわち着陸用フライトパスにまで遡れるに違いない。
そうであるとするならば,彼らにとって最も重要な宇宙港ーシナイ半島のどこかにあった第4領域を決める時だけ,この神聖なる緯度線が無視されたはずはないであろう。
最後の手がかりはギゼーに残されたもう一つの謎・大スフィンクスに秘められている。
全長24フィート高さ65フィート,王冠を戴く人頭獅子身の巨大な怪物は,いつ誰に建設されたのであろうか?
その目的は何だったのであろうか?誰の姿に似せたのだろうか?なぜ他の場所ではなくわざわざここにこれ一つだけ建てられたのだろうか?
謎はあまりに多く,答えはあまりに少ない。
しかし確かなことがひとつだけある。
スフィンクスは北緯30°線に沿って,正確に東方向を見つめている
ことである。このことをさらに強調するように,スフィンクスの前方には正確に東西の軸線に沿って一連の建造物が建てられている。
19世紀の初頭までは肩のあたりまで砂漠の砂に埋まっていたのであるが,学者たちが掘り出したところ,
長い石段,踊り場,講壇,さらに2本の柱を立てた上り階段の廃墟
が出てきたのである。
その高さはスフィンクスの頭と揃えてあり,視線の先がちょうど2本の柱の間を通るように置かれてあった。
考古学上はローマ時代の遺跡とされているが,バールベックの例で見たように太鼓から同じ場所に記念構造物が繰り返し再建されてきたようだ。
ギリシャやローマの征服者達がファラオのスフィンクス信仰の伝統をそのまま忠実に受け継いたことは,現在ではすっかり証明されている。
大スフィンクスそのものは第2ピラミッドに通じる堤のそばにあるために,
カフラー王が自分の墓の守護神として自然の巨岩を利用して作らせたものだというのが定説であるが,これは全く事実の基盤を書いている。
スフィンクスが先史時代からそこにあったのではないかと疑う学者がいることである。
明細目録の石碑が証明するように,スフィンクスはクフ王の時代にはもうそこに存在していた。
明細目録の石碑の銘文で,クフ王はスフィンクスを
「その視線で風を導く大気の守護神」
と呼んだ。そして「神の姿をかたどったもの,その顔を東に向けたまま永遠に存在するだろう」と記している。
彼はまたその側に生えていたエジプトイチジクの木がこの
ホル=エム=アクヘト(地平線の鷹の神)
の場所へ天の大神が降り立った時に倒れたとも述べた。
これこそがファラオたちが最も頻繁に使った
「スフィンクスの神の名前」
なのである。ファラオ時代にスフィンクスの復元工事を監督したバラエンヘブという人物の立てた石碑には,
計測用の測量網,
地底世界の秘密,
天空船の上昇,
空中の横断,
聖なる砂漠にある保護地帯
のことが歌われていた。
この銘文の中では「隠れたシェムの場所」のことだとしてして,
「シェティ=タ」
という言葉が使われているが,ヘブライ人の預言者にとっては,「シェティ」とは
「聖なる線」
「ヤーヴェが聖なるシナイからやってくる」のを見守る方向
のことであった。
その「シェティ=タ」が聖なる砂漠にあったという。
聖書用語では「カディシュの砂漠」がぴったりそれを意味している。
そこへスフィンクスから「計測用の測量網」が伸ばされ,「天空の船が上昇して」,「空中を横断した」。
この描写は,ギルガメッシュがマシュ山に到着して,シェムが昇り降りするのを目撃したと証言とほとんどそっくりである。
つまり「聖なる線」,つまりエルサレムを貫く神聖グリッドの中央線と,スフィンクスの視線,すなわち聖なる北緯三十度線とが交差する保護地帯。
そこにこそ天と地と地の門がある神々の宇宙港があったのに違いない。
この二つの線の交差する交点はシナイ半島の中央平原の中に位置している。
死者の書で描かれているデュアトそのままに,中央平原は山々に円形に囲まれた広い谷間である。
そのなだらかで広い平地の天然の形表はディンギルたちの宇宙船の滑走路にまさにうってつけだったのであろう。
「旧宇宙基地」の飛行管制センター・ニップルと全く同じことが,この新宇宙基地のエルサレムについても発見できるのは当然といえば当然のことだ。
―第10番惑星に宇宙人がいた,ゼカリアシッチン著,サラブレッドブックス

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ゼカリア・シッチン:大洪水前の社会と惑星ニビル
古代人は第10番惑星の周期的な到来を予期していただけではなく,その軌道の取り方も記録した。
イザヤ書,アモス書,ヨブ記等の聖書のあちらこちらで「主」の運行が様々な星座の位置と関係づけられて語られている。
「主はただ一人で諸々の天を前進し,最も高遠なる深淵を踏破する」
「彼はおおぐま座に,オリオン座に,シリウスに,そして南の星座群にも到達する」
「彼は牡牛座と牡羊座に笑顔を向けて,牡牛座から射手座へと進むだろう」
これらの文章はこの惑星の運行が全天に渡るだけではなく,すでにメソポタミア文献から割り出したように,太陽系を時計回りの方向に動いていることを示している。
この点について極めて明快に記述したメソポタミア文献がある。
マルドゥク神の星その出現の際は水星天弧を30度上昇して木星天上の戦いの場に立つ時にはニビルこの記述は,学者たちの説のように,ただ単純に一つの星を異なる名前で呼んでいるのではない。
第10番惑星の運行を観察できる3大ポイントがあったことを暗示しているのである。
この惑星が当時地球の近くに戻ってきたときの軌道上,最初に観察するチャンスがあったのはそれが水星と並んで見えた時であった(図のA点)。
私の計算では,太陽=地球最接近時の仮定軸から30°離れた方向だ。
最も地球に近づいて,地表からさらに上昇して見えるようになった時,木星の軌道を横断した(B点)。
最後に天上の戦いの場(かつてティアマトと衝突した場所)である近日点,すなわち「横断の場所」に到達するとこの惑星はニビルとなったということなのである(C点)。
地球にも最接近したこの近日点を過ぎると,マルドゥクは再び遠い宇宙空間の深淵に向かってその長大な楕円軌道上を帰っていったのである。
古代メソポタミアとヘブライの文献の中に見られる「主の日」への期待はこのように「神々の星」の周期的な回帰現象を目撃した地球人類の実体験に根ざしたものなのである。
この周期的に出現と消滅を繰り返すのも,この惑星が多くの彗星と似たような長い楕円軌道を持っているからである。
例えばハレー彗星は75年ごとに地球に接近する時だけ見れるので,天文学者は同じ彗星であると納得するのにも苦労したものである。
人類史上で目撃された記録が一度しかない彗星も多いが,これは公転周期が何千年もの長さになるからである。
例えば1973年に発見されたコホーテク彗星は,翌年にはもう太陽の反対側に隠れてしまった。
天文学者の計算ではこの次に現れるのは7500年後から75000年後だという。
これに比べると第10惑星はもっと何度も出現したように記録されているから,公転周期ももっと短いであろう。
それでも天文学者がその存在にまだ気づかないのは,たとえコホーテクの最短推定周期の半分ほどでも,冥王星よりも6倍も遠くに行ってしまう計算になり,これでは地球からは到底見えないからである。
事実,土星よりも遠い惑星はすべてまず視覚ではなく数学的計算によって発見された。
既知の諸天体の軌道に微妙な狂いを生じさせる引力の放射源として,その位置を突き止められたのである。
ことによると第10番惑星もこの方法で天文学者たちに発見されることになるかもしれない。
すでにいくつかの彗星軌道のかすかな狂いからそのような道の惑星 X が存在するのではないかという仮説も出されている。
1972年,カリフォルニア大学ローレンスリバモア研究所のジョセフ=L=ブラディはハレー彗星の軌道の擦れから木星ほどの大きさの未知の惑星が1800年の周期で太陽を公転している可能性があることを発見したのである。
推定距離は60億マイルであるが,今のところ数学的に探知されたにすぎない存在である。
しかしメソポタミア文献と聖書文献をよく検討すると,第10番惑星の公転周期がちょうど3600年だという強力な証拠を見つけることができる。この
「3600」
という数字はシュメールでは大きな円で表現された。
「神々の星」の別名は「シャル(至高の統治者)」というがこれはまた「完全な円」「完成された円」の意味でもあってさらに数字の
「3600」
をも意味していた。この三つの言葉
「星」「軌道」「3600」
の一致は単なる偶然では済まされないだろう。
バビロニアの学社神官で天文学に長じていたベロッソスは紀元前3世紀頃,大洪水以前の地上を治めていたという10人の支配者について書き残した。
要約すれば
「これらカルデアの10人の王の統治期間は合わせて120シャル,すなわち432000年に達して,大洪水の時まで続いた」
とあったという。
1シャルは確かに3600に相当する。
アリストテレスの弟子アビデノスも大洪水以前の10人の王について,ベロッソスの記述を引用し,全統治期間は120シャルに及んだとした。
彼はさらにこれらの王とその都は古代メソポタミアにあったと明言している。
シュメール学が始まるとともに,ベロッソスが根拠にあげた古文書そのものも発掘されて解読された。
それはシュメールの列王表で,明らかに王権が天から下された時から,大洪水が地上を一掃するまで統治した10人の大洪水以前の王にまつわる伝承を記録したものであったのである。
そのひとつテキストW-B144の番号で知られる列王表には5箇所の定住地,つまり都市での神権政治が記録されている。
まず最初のエリドゥには二人の統治者がいたとあり,両者の名前には「開祖」を意味する接頭語「ア」がついている。
王権が天より下された時王政はエリドゥで始められたエリドゥが王になって28800年納め...
―第10番惑星に宇宙人がいた,ゼカリアシッチン著,サラブレッドブックス

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「99年ぶりのアメリカの皆既日食」と「北緯 33度線」がクロスする唯一の都市へいざなっ てくれた使者たち
チェックマーク1 2016/11/18
次々とやってくる「33度線からの使者」
最近……とはいっても、すでに1カ月以上前ですが、
・悪魔顔のハリケーン、米国Yahooの情報スキャン懸念へのスノーデ ンさんの言葉に思うこと、そして、北緯33度線から私のもとにやって きた静かな使者、などのエトセトラ 2016/10/06
という記事の後半の「アトランタからの使者の意味」というセクショ ンで、個人的で、かつ、やや無意味なことにふれました。
それは、全然使ってはいないのですが、私のツイッターのアカウント がありまして、それがどなたか知らない方にログインされていたので すね。
不正ログインそのものは、今では SNS から銀行口座に至るまで、今 の社会の当たり前の日常ですので、それはいいのですが、ログインさ れた方が、表面上ですが、アメリカのジョージア州アトランタからア クセスされていることに、やや興味を持ったのでした。
どなたかによるログインの通知
どういう興味かといいますと、このアトランタは、「アメリカの北緯 33度線上での代表的な都市のひとつ」だからです。
「なるほど、北緯 33度線のことなどを記事にしていると、ちゃんと 33度線から、使者がやってきよる」と納得しながら、そのアトランタ の文字を眺めていたのですが、その続報といっていいのかどうかわか らなのですが、最近また「やや似たような」ことに遭遇しましたの で、ものの流れとして、そちらのことも書いておこうと思います。
ちなみに、先ほどのツイッターのアカウントに関しましては、パス ワードを変更しまして、英語と数字の混合の意味のない 12桁のパス ワードという強固なものに変更しましたら、3日ほどして、またも別 の方にログインされました(だめじゃん)。だめな時は防御は効かな いものなのかもしれません。
今度は、東京の皇居周辺からのアクセスということで、一気に気高い 空気が流れる不正ログインでしたが、そのあたりについては、
・アメリカの北緯37度線を巡るエイリアンの実相。そして「北緯33度 線上の唯一の火山」が日本にあるという意味 2016/10/08
という記事に書いています。
さて、続きというのは、そのツイッターの続きの話ではないです。
私は、この In Deep などのブログを運営というか、しているのです が、
今はレンタルブログを使用していないですので、自分である程度 メンテナンスというか、チェックしたりということをします。
それで、まあこれは不正なアクセスという意味ではないですが、
セ キュリティ関係のいろいろなプログラムがありまして、そこには、い ろいろ「アクセスの痕跡」が残ったりしまして、
その数は多いときに は結構なものなんですが、そういうセキュリティ関係でチェックして いた時でした。
もしかすると不正アクセス(のようなもの)をしようとされていたか もしれない方々のアクセス先を見ていた時に、各国の都市名がズラッ と並ぶ中に、聞いたことのないアメリカの都市の名前がありました。
それは「スコッツデール」という名前の都市名でした。
通常は、こういうところには、ある程度代表的な都市名しか出てこな いですので、アメリカで聞いたことのない街が表示されているという ことは、
「これは、もしや」
ということで調べてみましたら、ビンゴ! で、スコッツデールはアリ ゾナ州にある都市で、下のように北緯 33度線上にある街なのでした。
ジョージア州アトランタに続いて、アメリカの北緯 33度線上からイン ターネットを通じた友情のアクセスが(友情じゃねーだろ)実を結ん だ感じがいたします。
まあ、これまでアリゾナ州のスコッツデールという街を知らなかった のを知ったのはいいことだと思います。
そして、私には、
「次は……」
と考える「場所」があるのです
実は、私がこれからのアメリカで注目している都市がありまして、ま あ今年はもうそろそろ終わりですので、来年でもその先でもいいので すが、
それは、サウスカロライナ州にあるチャールストンという街で す。
チャールストンが迎える2017年8月21日に向かって
チャールストンは、北緯 33度線上でアメリカの東側の入り口に位置す る都市なのですが、
そのチャールストンが、来年、「アメリカの北緯 33度線上で最も、象徴的な位置となる」出来事があります。
それは、
・「感染する幻覚」と「北緯33度線」を結ぶ、アメリカ合衆国で「99 年ぶり」に観測される皆既日食が描くライン 2016/10/18
という記事に書きましたが、アメリカでは、2017年8月21日に、アメ リカ本土では「 99年ぶりとなる皆既日食」が見られるのですけれ ど、それと関係しています。
まず、この 2017年8月の皆既日食は、
「全世界でアメリカ合衆国だけで観測される」
のです。
2017年8月21日に皆既日食が観測されるライン
しかも、
「アメリカの北緯 33度線上でこの皆既月食が通過するのはチャールス トンだけ」
なのです。
なので、
「 99年ぶりの皆既日食が、33度線とクロスする場所がチャールスト ン」
ということになるのです。
2017年の皆既日食のラインと北緯33度線のライン
まあ、こういうことは、一般的にはどうでもいいことなのですが、何 しろ、非常にぶっちゃけて書けば、このブログ Un Deel で(綴り間 違ってるぞ)、In Deep で、これまでの記事で知り得た、いろいろな 伝承や伝説から、「この世の中での不吉であり悪魔的な現象と概念の ビッグスリー」は、
・虹
・日食(月食含む / 皆既になればなるほど強い)
・33
となっていて、これらについては何度も書いたことがあるような気が します。
それらの過去記事のリンクをすべて示すのは難しいですが、リンクと して、
・虹関係の記事のリンク
・日食関係の記事のリンク
・33関係の記事のリンク
を示させていただきます。
そんなわけで、そのビッグスリーの中の「皆既日食と 33度線が 2017 年の夏にシンクロ」するチャールストンは、示唆的だと思います。
アメリカでの皆既日食は 99年ぶりですが、この 99も「 33 × 3 」とい うことでもあり、いろいろとバッチリな感じもありまして、来年の夏 に向けて注目している次第です。
なんといっても、来年のアメリカ合衆国はすでに、第45代大統領の虎 无婦(無理に漢字で書くなよ)、トランプ大統領の支配下のアメリカ になっているわけですしね。
ちなみに、最近、その「チャールストン」のキーワードでニュースを 検索したりすることがあるのですけれど、このチャールストンでは、 今から 130年前の 1886年に、「大地震が起きた6日後に、小石が雨 あられと降り注いだ不可解な事象が公文書に記録されている」という ことを最近のニュースで知りました。
2016年11月17日の米国メディアより
・postandcourier.com
サウスカロライナ州で大地震が起きたということがあったということ も初めて知りました。
このあたりは、ふだんは「まったく」地震がな い場所です。
今現在も基本的に、ほぼまったく地震はありません。
1886年の地震は、英語版 Wikipedia によれば、マグニチュード 7.0 の 地震だったそうですが、その6日後に、「空から小石が降り出した」 のだとか。後年、科学者などが研究した結論としては「悪質な冗談」 ということで落ち着いたようですが、来年のチャールストンなら、空 から石が降ってきても不思議ではないのかもしれません。
どうも最近は、そんなことを思ってしまうほどに 33度線の「示唆」が 激しくなってきているようには思います。
ちなみに、第 35代アメリカ大統領のジョン・F・ケネディさんが 1963年11月22日に暗殺されたダラスも北緯 33度線上でした。
私はこ の時、まだ3カ月の赤ちゃんでしたので、詳細は覚えていないです。
そして、私のもとへの様々な、あるいは不正かもしれないアクセスも また新たな知識を私にもたらしてくれるという意味で有用なのだと実 感します。

In Deep
http://indeep.jp/33-degrees-and-2017-total-solar-eclipse-in-charleston/




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2018年12月12日

佐治芳彦:崑崙山はアララト山,高天原伝説考


高天原「地上」説は,高天原を現在の日本民族を構成した人々の原郷と考える限りにおいて,当然出てくるはずのものである。
だが,それは新井白石が
「神は人なり」
「天は海なり」
と見て,歴史を人間の営みの奇跡と考えるまで,長らく忘れられていた。
新井白石以降,高天原ー祖先の神々が住みたもうた所ーといえども,天空や仮空の存在ではなく,地上の実在であって,ただその位置だけが問題となったのである。
民族学者の丘正雄によると,日本神話は
北方系のタカミムスビ神話と
南方系のイザナギイザナミ神話,それに
土着のアマテラス神話
などの組み合わせによって構成されされているという。
したがって,私たち日本人の祖先の神々のいわば原郷である高天原の原イメージは三通りあることとなる。
まず,
朝鮮半島,
中国東北部(旧満州)
シベリア東方,
モンゴル草原
が北方系の高天原であって,後の高天原天上説もやはり,この系統の神々の子孫が作り上げたものでものである。
南方系つまりイザナギ・イザナミ神話的高天原は
東南アジアから
中央アジア,
西アジア
にいたる地域である。
そしてアマテラステラス神話でいう高天原はむしろ
高「海」原
と言うべきものであって,南海の諸島からマラッカ海峡,アラフラ海,チモール海などを経てベンガル湾,インド洋,アラビア海からペルシャ湾ないし紅海にわたる大海原である。つまり古代航海民の活躍舞台だ。
高天原に対してこの日本列島を
「葦原の中ツ国」
と言う。古代,日本列島の海岸一帯がまだ開拓されず,葦が繁茂していた光景からの名称であって,高天原人(神)のネーミングである。
この葦原の中ツ国は素戔嗚尊命の後継者大国主命が補佐神・少名昆古那神や子の事代主命の協力を得て経営していた。
古代の稲作は水辺や沼沢地,つまり葦などが茂っているところで行なわれていたのだから,葦原の中ツ国は高天原から見れば開拓極めて有望な地域であった。
そこで「記紀」神話でいう「国譲り」の交渉が始まった。
もちろん中ツ国側では譲らなければならない理由などなかったのだから,高天原側からの一方的な要求ということになる。だからその根拠と言えばはっきりしない。
天照大神が
「豊葦原の千秋長五百秋の瑞穂国は,我が御子,正勝吾勝速度日天忍穂耳命の知らず国ぞ」
と勅してアメノオシホミミを天降らせようとしたと古事記にあるだけなのである。つまり葦原の中ツ国は自分の子が治めるべき国だと言う,一方的な宣言だけなのである。
多分この葦原の中ツ国は自分の親・イザナギ・イザナミが生んだ国である。したがって自分の子がこの中ツ国を治めるのが正当なのかというのが根拠と言えば根拠だろう。
だが記紀この部分を読めば,葦原の中ツ国に対する高天原の野望はアマテラスと言うよりは高木神ことたカミムスビノカミが主導的だったことが,はっきりしている。
ともあれアメノホシホミミはアマテラスの勅を奉じて天降ろうとして「天の浮橋」に立ったものの,
「豊葦原の千秋長葦原五百秋の瑞穂の国いたく騒ぎてあり」
と述べ降臨を中止した。おそらくは葦原の中ツ国の抵抗を察知したのであろう。
三輪山信仰の祭祀であったオオタタネコが選んだとされる「秀真伝」という「古史古伝」がある。その15章に
「西の国玄圃積国」
という地名が出てくるが,これは中国の伝説の国で
「天帝のいるところ」
ということになっている。
ところが秀真伝では天祖クニトコタチノミコトの8人の子(トホカミエヒタメの8神)がそれぞれ8つの地域の王として降臨した際に,第三皇子が芝居したのが,この玄圃積国を含む赤県州となっている。
玄圃積国という名はその地には中国で最も貴重とされている「玉」が一面に散らばっている事からきたものである。それで崑崙山だともいわれている。そこには中国の伝説的女神「西王母」が住んでいたともされている。
歴史時代には,確かに現在の地図上の崑崙山ではあるが,西王母伝説自体が,さかのぼればさかのぼる程「西」の方になる。そして結局はコーカサス山脈の仙境の女王アルテミスと同一視されるに至る。コーカサス山脈のアララト山(ノアの方舟が漂着した山)が崑崙山というわけだ。
古代に赤県州を支配していたトヨクンヌの妃となったという西王母は,はるかアララト山から嫁いできたということになる。
これはまた,西王母という名前で中国で呼ばれている神仙の女王は,コーカサス山麓の高天原から中国大陸の中ツ国へ降臨したということになるが,これはやはり中ツ国移動の一駒であろう。
中国の伝説は崑崙の「玉」にウェイトを置いたために,彼女をいわゆる地図上の崑崙山脈の女王とみなしたのかもしれない。
さて「宮下文書」の真郡州以前の本拠(中ツ国)はおそらくこのコーカサスから下ったチグリス・ユーフラテス両河地方だろうが,もしかしたらエジプトであったかもしれない。
というのも天之御中世の神皇の五代以降の諱は四代を除き全て「農」がつくし,特に五代神皇は
「神農比古」
という。中国伝説の神農氏は
「牛首人神」
の神であってこれは古代エジプトの農業神を連想させるからである。
ー日本国成立の謎,佐治芳彦,ラクダブックス,1988年

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CHH:人間のゲノムの約90%はアヌンナキの操作を受けていると考えています。
ただ、幸運にも人間の事を思ったアヌンナキ−
二メア(Ninmah)、
エンキ(Enki)、
ヘルメス(Ningishzidda/Hermes)
が、我々に考える余地を与えてくれた。
シュメールのタブレットには、最初の人間たちが学んだ、聖職・管理など、科学・社会的ノウハウが記録されている。
そして、非常に早い時代(前洪積期)に、二メアは彼女の都市シュルパク(Shuruppak)にAdam/Adapa、Noah/Ziusudraなど10人の地球人に王位(女王,家来)を与えて統治させている

夢日記
http://datasea.seesaa.net/article/452472402.html






その一つ「エタナ叙事詩」にはこう記録されている。
「運命を決める偉大なアヌンナキは,地上世界について意見をたたかわせた。
彼らは地上を四つの領域に分け,居住地を設けて監督に当たったが,人間から見ればそれはあまりにも恐れ多いことであった」。
この四領域のどれを誰が統治するかについて,エンリル家とエア家の間でくじ引きが行われた。
その結果,アジアとヨーロッパはエンリルとその子孫に,アフリカはエアとその子孫に与えられることになった。
「第一領域」はメソポタミアと周辺地域で,
山地(エラム,アッシリア,ペルシア)エンリルの息子ニヌルタに,
平地(メソポタミア南部からシナイ半島まで)は次子ナンナル(アッカド名シン)に,
北西部地方と小アジア,地中海諸島は末子イシュクル(アッカド名・アダド)に
それぞれ割り当てられた。
この領域からはシュメールから始まるメソポタミア文明,地中海文明,さらにはギリシャ文明が興隆した。
「第二領域」はアフリカ大陸で,ここを与えられたエアはやはり細分して息子たちに割り当てた。
この領域の中心文明をナイル河流域に起こしたラーというエジプト名の神はおそらくその一人である。
「第三領域」はインド・アジア大陸で,ここにもシュメールに約1000年遅れてインダス文明が栄えていたことが,50年ほど前に発見された。
その中心地ハラッパでは男神ではなく女神が崇拝されていた証拠があるが,この文明の残したインダス文字がまだ解読できないので,
何という名前の女神だったのかはわからない。
しかし私の結論ではおそらく,シン神の娘でシュメール人がイルニニ(強く甘い香りの婦人)と呼んだ女神,つまりアッカド名を
「イシュタル」
という女神こそその人であろう。
なぜならシュメール文献ではこの女神の支配地は「アラッタ」と呼ばれる遠い地域で,そこは穀物の豊かな穀倉地帯だったとされるが,「ハラッパ」もその通りの土地であったからである。
「第四領域」は人間の為ではなく神々専用の特別地帯として設けられた。
許可がない限り立ち入りできない神聖な地域とされるその一帯を,シュメール人は「ティムル・シン」と呼んだ。
その最も重要な施設の管理責任はやはりシンの息子のウトゥ(アッカド名シャマシュ)に任された。
つまり新宇宙港のことである。
―第10番惑星に宇宙人がいた,ゼカリアシッチン著,サラブレッドブックス

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<高天原はスバルである>
<太古、神人はスバル、北極星、オリオンからやってきた>
・本書の「陰陽歴史論」とは、高天原の昴(スバル)系の氏族とアースガルトやアガルタの地底系氏族という
“陰と陽”の二系統の血脈の関わり、
抗争の中で歴史は動いてきたのであり、それが歴史の真相であったことからつけたものである。
・さらにこの“陰陽”の二系列は
地底信仰の氏族のシャンバラ(セム)系とアガルタ(ハム、ヤペテ)系の二つにも見られ、
後者はさらに親高天原と反高天原に分かれた。
<スバル、北極星、オリオンの三位一体>
・これまでわが国の天皇家の天之御中主神(あめのみなかぬし)や
キリスト教の“天の父なる神”がスバル(プレアデス)信仰にあたり、
セム系氏族が北極星、北斗七星信仰、ハム系氏族がオリオン、シリウス信仰であることを明らかにしてきた。
・なおヤペテ系氏族はスバルと同じ牡牛座のアルデバラン(ヒアデス星団の赤星)信仰と考えられる。
・この地底世界の実体は不明だが、
一部にはプラズマ亜空間説が出されている。
空間が歪曲して異空間へとつながっているという説明もあり地底世界というより、別次元の世界と考えられる。
・厳密にはアガルタとシャンバラを区別しなければならないようである。
つまり、ヤペテ系やハム系の神域がアガルタで、シャンバラは、セム系の神域ということである。
・藤原氏の北極星、北斗七星信仰はシャンバラ信仰、
物部氏のオリオン信仰はアガルタ信仰となる。
・このヤペテ、ハム対セムの対立は天界で天の父なる神に反抗した堕天使に対して
ヤハウェ(またはミカエル)が天使の三分の二を率いて天の父なる神の側につき、
堕天使とそれに従った三分の一の天使を地底世界に落とした事に遡る。
セム系対ハム系、ヤペテ系の対立で、
後者がヤハウェ側と天使側の半分ずつに分かれたことで、三分の二対三分の一となる。
・セム系民族はエンキの北極星、北斗七星信仰、ハム系民族はエンリルのオリオン信仰であった。
・我が国の神社の大半がスサノオやニギハヤヒ、
つまりバールやミトラを祭祀し、
その系列神を祭神とした物部氏の神社で、
オリオン信仰であり、ハム系の神々を祀ったものであった。
・イザナギの黄泉の国訪問譚はギリシア神話のオルペウスの話がモデルで、
途中で約束を破って振り返って見たため永久に妻を失ったエピソードなど同一のものである。
なお、イザナミのいた黄泉の国は地底世界でアガルタ(シャンバラ)である。
・大伴氏と物部氏は天皇家をはさんで、
セム系とハム系の陰陽の関係にあり、
東日本を大伴氏、西日本を物部氏が支配したが、本来は対立関係にあった。
・ハムもセムもノアの子としてアースガルト、アガルタ、シャンバラという地底に起源をもつが、
北欧神話などを読むとセム系とハム系の住む領域も異なり(シャンバラはセム系の世界)、
元々は対立していたのが、セム系がハム系に服属して和解したことになっている。
・シャンバラとアースガルト(アガルタ)は対立関係にあった。
セム系は北極星、北斗七星信仰で、
ハム系はオリオン、シリウス信仰で別系統のものが系図で兄弟とされている。
・セム系は“文”の性格が強く、ハム系、ヤペテ系は“武”の血脈である。
ハム系の中でもカナン人は、ノアによって呪われ、“カナンの呪い”という言葉が残っているが、
聖書の中でもキリストが忌々しきものマムシの末裔として避難している。
・この我が国におけるセム系とハム系、高御産巣日神系(たかみむすび)と神高巣日神系(かみむすび)が、
天皇家を間において対立・抗争してきたのが日本の歴史で、
しかもそれは国民の一割前後の民族の抗争であったとするのが本書である。
<天孫降臨の地は飛騨である>
・スワティカ(卍)は、もともと宇宙エネルギー発動の神聖な表現である。
・北欧神話のアースガルトがインド神話のアガルタという地底世界への信仰を有するトゥーレ協会という
一種の秘密結社で、ヒトラー自身が、その地底世界を求め探検隊をチベットに送ったり、
そこで知りえたものと思われる。
・ナチスとアガルタの結びつきについては多くの人が論じている。
有名なスウィフトの『ガリバー旅行記』もケルトによる地下世界探検譚を集めて書かれたものである。
『宇宙戦争』{ソリトンの鍵}
光悠・白峰     明窓出版   2006/5
<エイリアンが、地球で行う生体実験・・・それは、宇宙戦争の歴史のカルマの清算と修復である>
<源氏と平家―両極を動かす相似象とは>
・日本でもこれと相似象のことがけっこうあるのですよ。
その最もたるものが、源氏と平家の争いですが、
源氏はオリオンの系列で、平家はプレアデスの系列なのです。
源氏と平家の発祥は違いますが、
平家は西国が多いですね、
源氏は東国が多いでしょう。
広島の安芸の宮島には海底遺跡があったそうです。
あの辺は超古代にプレアデス星人の宇宙基地があったと言われています。
・そして、源氏の旗は白で、平家は赤。
日本の国旗は白と赤でしょう。
だから、日本民族の星の起源を遡ると、オリオン系とプレアデス系ということになります。
・この二大勢力は地球の古代の歴史上ではアトランティスとレムリアで、
日本では源氏と平家です。
神の世界でいえば、イザナギ、イザナミになるかもしれません。
すなわち、物を大事にする方、精神を大事にする方という、
両極のものが、歴史を動かしてきたのです。

ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1094.html






歴史情報
シュメール神話の大洪水!
2016/3/23(水) 午前 6:38 ♡古代史・神話♡ 練習用
シュメール神話の大洪水!
シュメール神話を一躍有名にしたのは、ゼカリア・シッチンの「宇宙人アヌンナキ」説だけではない。
それ以前にも、一大センセーションを巻き起こしている。それは、「ギルガメシュ叙事詩」が発掘されたときだ。ギルガメシュというのは、シュメール神話で大活躍する、世界最初の英雄のこと (後に日本では、Hな深夜番組のタイトルとして有名になったが・・・)。この叙事詩の中に、かの有名な「賢人ウトナピシュティム」のエピソードが登場する。
「人は、いつか死ぬ。当分の間、自分の番ではないとは言うものの・・・」
と考え込んでしまった、無敵の英雄・ギルガメシュ。悩んだあげく、「不死の人」という評判の賢人ウトナピシュティムを訪ね、教えを乞うことにした。遠路はるばる訪れた英雄に、賢人は「大洪水」の思い出を語る。
>神々が大洪水を起こすことを企むが、エア神(註:人類創造者のエンキ神と同一の存在)は、大洪水がやってくる機密を葦屋に向かって、壁に向かって漏洩した。ことの次第を悟ったウトナピシュティムは、船をつくって家族・親族や動物などを乗り込ませた。
>嵐がやってきて、大洪水が起こり、あまりの凄まじさに神々さえも恐れおののいた。七日目にようやく大洪水が引いた。船はニムシュの山に漂着する。最初はハト、次にはツバメを放つが戻ってきた。最後にカラスを放つが、戻ってこなかった。
>ウトナピシュティムは神々に犠牲をささげた。犠牲の匂いによって、エンリル神は大洪水を逃れた人間がいたことを知って立腹するも、エア神のとりなしが功を奏した。エンリル神は、ウトナピシュティムとその妻を神々の如くし、はるか遠くの河口に住むよう命じた。
何から何まで、旧約聖書でおなじみの「ノアの箱船」のストーリーとほぼ同じ。粘土板に刻み込まれたシュメール神話は、旧約聖書よりも、はるかに古い。こちらがオリジナル・ストーリーなのは明らかで、欧米人の聖書観に大きな変更を迫ることになった。
旧約聖書の場合は、唯一神ヤハウェが、人類を創造してみたり、その人類を大洪水で滅ぼそうとしてみたり、その一方ではノアに箱船を作らせて生き残らせてみたり・・・と、矛盾する行動をとって、解けないナゾを残している。
でも、オリジナル・ストーリーであるシュメール神話を見れば、その疑問は氷解する。いわく、人類を創造したのは、エンキ神だ。でも、最高神エンリルは、騒がしい人類を快く思わず、大洪水を起こして滅ぼそうとした。エンキ神は、「神々の会議」で決定された大洪水に、表立っては異論を唱えなかったが、カゲで賢人ウトナピシュティムに箱船を作らせ、ひっそりと生き残らせた。エンリル神はそれを知って激怒したが、時すでに遅し・・・。
これを見れば、旧約聖書における神様の矛盾した行動は、「エンリルとエンキ」という、2柱の神様の対立した言動を、むりやり「唯一神ヤハウェ」にまとめたことから生じたものであるということが理解できる。
この「大洪水」のストーリーは、シッチン氏に言わせれば、「氷河期が終わって、南極の氷が溶けたときの話」ということになる。人類はほとんど絶滅したが、一部の人類が生き残って、新しい時代を作った。それが、現代のわれわれにつながっている。このとき、「人類を創成した宇宙人」たちは、大洪水でメチャメチャになった地球を見捨てて、彼らの母星・ニビルへと帰っていった・・・。
その真偽は、誰にも分からない。もっとも、シュメールが、わざわざ「南極の氷」が溶けるまでもなく、もともと洪水が多い地域なのは確かだ。シッチン説に水を差すつもりはないのだが・・・(笑)
ゼカリア・シッチンの「宇宙人アヌンナキ」説に、突っ込みどころが満載なのは事実だ。でも、だからといって否定したり、無視したりできるものではない。実際のところ、世界的に多くのチャネラーやスピリチュアリスト達から、この説は、(条件つきながら)支持されている。ダリル・アンカ氏がチャネリングする「バシャール」も、シッチン説をおおむね肯定している。ただし、バシャールによれば、「惑星ニビル」は、天然の惑星ではなく、人工物なのだ・・・ということだ。あの坂本政道氏も、高次の知的存在から、「シッチンの説は、当たらずと言えども遠からずだ」と告げられたという。
確かに、なんらかの存在が、人類に遺伝子操作して進化を促進したという可能性は、大いにありうる。それも、人類を彼らの奴隷として、コキ使うために・・・(?)。
なんといっても、人類最古の文明の発祥地が残した、世界最初の神話・伝説。それだけに、なんらかの意味で、人類誕生の秘密を伝えている可能性は否定できない。それこそ、かつて「プリズム・オブ・リラ」の編著者が述べたように、「これを事実と受け取るのも、なんらかの象徴的なストーリーと見るのも、読者の自由である」ということだろう。
船井幸雄氏は、「この遺伝子操作により、地球人類はエゴが強くなり、エゴの文明が始まった」と言っている。もっとも、どちらにしても、現代のわれわれにとっては、いまさらどうしようもないことではあるのだが・・・(笑)。
(引用部分は、中公新書『シュメル神話の世界』より)
真実かどうかは解らないけど、興味深い神話のエピソードですね♪

麗奈の日だまりVol-1 Dream and Vision
http://blogs.yahoo.co.jp/ayanoreina/13493913.html



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2018年11月25日

大洪水前のシュメール社会,シュメール王名表

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地球は「8人の宇宙人たち」が241000年にわたり支配していた!「シュメール王名表」が語る衝撃の真実
2016.12.21
やはり、古代文明は宇宙人によって支配されていたのだろうか? 
そう思わざるを得ない驚愕の事実が発覚した。
なんと、シュメール文明の公式王名簿に、8人の宇宙人が24万1200年にわたり世界を支配していたという衝撃の歴史が記載されていたというのだ!
■『シュメール王名表』が明かす衝撃の事実
『シュメール王名表』「Wikipedia」より引用
『シュメール王名表』とは、古代メソポタミアにおける王朝の王をシュメール語で列記した古代の王名簿である。
2600年前に実在したとされるギルガメッシュ王の名も記載されており、“公式な”王権や王の在位年数を記録した、歴史的価値が高い名簿とされているが、中には常識では考えられない記述も散見される。
オルタナティブニュースサイトなどによると、
『シュメール王名表』
に記載されている初代の王アルリムは、ギルガメッシュ王よりも数十万年遡った時代に存在したとされ、在位期間はなんと2万8800年! 
間違いなく人間ではないだろうが、一体この王は何者だったのだろうか? 
『シュメール王名表』の記述をみてみよう。
「王権が天から降りてきた。王権はエリドゥにあった。
エリドゥでは、アルリムが王になった。アルリムは2万8800年に渡って統治した。
次に、アラルガルが3万6千年間王位にあった。2人の王が、6万4800年の間統治した」
「5つの都市に8人の王がいた。彼らは合わせて24万1200年に渡り統治した。その後、洪水が全てを洗い流した」
8人の王それぞれの在位年数は以下の通りである。(在位年数)
アルリム(28800年間)
アラルガル(36000年間)
エンメンルアンナ(43200年間)
エンメンガルアンナ(28800年間)
ドゥムジ(36000年間)
エンシブジアンナ(28800年間)
エンメンドゥルアンナ(21000年間)
ウバル・トゥトゥ(18600年間)
8人の王で24万年以上も統治したとは、話が壮大すぎて開いた口が塞がらないが、
このような浮世離れした事実が本当にあったのだろうか? 
専門家らの答えは単純だ。
このリストは、そもそも事実のみを記述したわけではなく、歴史以前の神話上の王も含めてしまっているというのだ。
しかし、王が天から降りてきたのは何故だろうか? 
シュメール風の王権神授説(王権は神から付与された絶対の権利とする政治思想)だろうか? 
陰謀論者らは、それでも疑問は残ると考えているようだ。
それというのも、これら8人の王がどのような最期を向かえ、どのように大洪水が地球を襲ったかまで詳細で緻密な記述があるからだという。洪水の後には、「別の王権が天から降りてきた」と物語られ、ミステリアスな王がまた世界を支配する様子が描かれているそうだ。確かに、王権神授説を唱えるための作り話ならば、王権を2つに分割して正統性に疑問がもたれるような面倒なことをする理由が無いのではないだろうか?
また、そういった事情に加え、多くの著述家や研究者は、神話説に異議を唱え、反論しているという。
では、天から降りてきた8人の王が実在した歴史上の人物だとしたら、どの説が最も合理的だろうか? 
1つの可能性は、「古代宇宙飛行士説」だろう。
『王名表』には記載されていないが、シュメールの神話においては、惑星ニビルに住む「アヌンナキ」という知的生命体が古代の地球に降り立ち、文明を興したと伝えられている。シュメール文明と地球外生命体との関係は以前より指摘されており、今年10月にはイラクの運輸大臣も「シュメール人はUFOで惑星間飛行をしていた」と、公の場で発言している。
「古代宇宙飛行士説」を提唱する、超人気UFO研究家ジョルジオ・ツォカロス氏も過去に、
「シュメール文明には進化の痕跡が無いため、高度な知的文明が技術を伝えた可能性が高い」
と、「Legendary Times.com」のインタビューで答えている。
これら8人の王の実在は現時点では確認されていないが、神話であると断言することもできないだろう。
シュメール文明の成り立ちを考える上では、肯定するにしても否定するにしても、まずは宇宙人との関係を考慮に入れる必要があるのではないだろうか? いくら結論を急いでも、過去は変わらない。全ての可能性を検討する時間は十分にあるだろう。
(編集部)

TOCANA
https://tocana.jp/2016/12/post_11828_entry.html
























































































































































時代

王朝名

王名

備考

初期王朝時代T
(大洪水以前)

エリドゥ王朝

アルリム
アラルガル

バド・ティビラ王朝

エンメンルアンナ
エンメンガルアンナ
ドゥムジ

ララク王朝

エンシブジアンナ

シッパル王朝

エンメンドゥルアンナ

シュルッパク王朝

ウバル・トゥトゥ

初期王朝時代U

キシュ第1王朝

ジュシュル
クルラッシナ・ベル
ナンギシュリシュマ
エンタラフアンナ
バブム
ブアヌム
カリブム
ガルムム
ズカキブ
アタブ
マシュダ
アルリム
エタナ
バリフ
エンメヌンナ
メラム・キシュ
バルサルヌンナ
ザムグ
ティズカル
イルクウ
イルタサドゥム
エンメバラゲシ
アッガ

ウルク第1王朝

メスキアッガシェル
エンメルカル
ルガルバンダ
ドゥムジ
ギルガメシュ
ウル・ヌンガル
ウドゥル・カランマ
ラバシュム
エンヌンダランナ
メスヘデ
メラムアンナ
ルガルキドゥル

ウル第1王朝

メスアンネパダ
メスキアグナンナル
エルル
バルル

初期王朝時代V

アワン王朝

名前不明
名前不明
名前不明

キシュ第2王朝

ススダ
ダダシグ
ママガルラ
カルブム
トゥゲ
メンヌンナ
名前不明
ルガルング

ハマジ王朝

ハダニシュ

ウルク第2王朝

エンシャクシュアンナ
ルガル・ウレ
アルガンデア

ウル第2王朝

ナニ
メスキアグナンナ
名前不明

アダブ王朝

ルガルアンネムンドゥ

マリ王朝

エンシャクシュアンナ
アンブ
アンバ
バジ
ジジ
リメラ
シャルム・イテル

キシュ第3王朝

ク・バウ唯一の女王

アクシャク王朝

ウンジ
ウンダルル
ウルル
プズル・サニラー
イシュ・イル
シュ・シン

キシュ第4王朝

プズル・シン
ウル・ザババ
ジムダル
ウシ・ワタル
イシュタル・ムティ
イシュメ・シャマシュ
シュ・イリシュ
ナンニア

ウルク第3王朝

ルガルザゲシ

アッカド時代

アッカド王朝

サルゴン
リムシュ
マニシュトゥシュ
ナラム・シン
シャル・カリ・シャッリ
イギギ
イミ
ナヌム
エルル
ドゥドゥ
シュ・ドゥルル

ウルク第4王朝

ウルニギン
ウル・ギギル
クダ
プズル・イリ
ウル・ウトゥ

グティ時代

ウルク第5王朝

ウトゥ・ヘガル

ウル第3王朝

ウル・ナンム
シュルギ
アマル・シン
シュ・シン
イビ・シン

イシン・ラルサ時代

イシン第1王朝

イシュビ・エッラ
シュ・イリシュ
イディン・ダガン
イシュメ・ダガン
リピト・イシュタル
ウル・ニヌルタ
ブル・シン
リピト・エンリル
イルラ・イミッティ
エンリル・バニ
ザンビヤ
イテル・ピシャ
ウル・ドゥクガ
シン・マギル
ダミク・イリシュ

イシン第2王朝

マルドゥク・カビト・アヘシュ
イティ・マルドゥク・バラトゥ
ニヌルタ・ナディン・シュミ
ネブカドネザル1世
エンリル・ナディン・アプリ
マルドゥク・ナディン・アヘ
マルドゥク・シャピク・ゼリ
アダド・アプラ・イディナ
マルドゥク・アヘ・エリバ
マルドゥク・ゼリ
ナブー・シュム・リブル


司徒ブログ
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シュメール王名表
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
シュメール王名表(シュメールおうめいひょう)は、古代メソポタミアにおいて、シュメール人、及びセム系などの他の民族の王朝の王をシュメール語で列記した古代のテキストである。後世のバビロニア王名表やアッシリア王名表もこれと同様のものである。
王名表には、「公式な」王権や王の推移が王の在位年数とともに記録されている。
概説
当時の王権観では、王権は神から授けられ、軍事的征服によってある都市から別の都市へと推移すると考えられていた。シュメール王名表に記されている唯一の女王は、キシュ第3王朝の1代限りの君主であった酒場の女主人ク・バウである。
シュメール王名表には、大洪水以前の時代の在位期間が異常に長い、明らかに神話上の人物であると考えられる王や、存在が確実視できる王が混在している。
だからといって、そうした王名表の初期の王たちを切り捨ててしまうべきではない。
実在と考えられる王たちもまた、後世に同様に神話的偶像となったからである。
なお、不自然に長い在位期間の多くは「12」で割り切ることが可能である。
近年の考古学上の発見によって実在が確認された王名表中の最古の年代の人物はキシュ王エンメバラゲシであり、
彼の名はギルガメシュ叙事詩にも登場する。
このことは、ギルガメシュもウルクの実在の王であり、単なる伝説上の人物ではないということを示している。
王名表にはラガシュの歴代エンシ(祭司王)の名が含まれていないが、彼らについては前25世紀頃以降の碑文から直接窺い知ることができる。もう一人、王名表に記された初期の王で存在が確実視されているのが、ウルク王ルガルザゲシ(前23世紀)である。
彼はラガシュを征服したが、後にアッカドのサルゴンに倒された。
他に正確な史料が少ないため、前3千年紀の年代学においてはシュメール王名表が中心的な史料となる。
しかし、このシュメール王名表にも問題はある。
初期の王の在位期間が異常に長い場合がある上、諸王朝は1つずつ交替するのではなく同時代に複数存在し、それぞれ独自の都市を支配していたと考えられるからである。
このため現在では、初期の王の西暦紀元年代が古い刊行物によるものよりもっと新しくなると思われる。
グティ時代の継続期間がかなり不確実なため、ウル第3王朝(前21世紀)以前の出来事の年代を特定するのはほぼ不可能である
(シュルギ、ウル・ナンムの項も参照)。
初期王朝時代I(大洪水以前)
エリドゥ王アルリム(在位28800年間)
エリドゥ王アラルガル(英語版)(Alalĝar、在位36000年間)
バド・ティビラ王エンメンルアンナ(在位43200年間)
バド・ティビラ王エンメンガルアンナ(在位28800年間)
バド・ティビラ王ドゥムジ(牧神)/タンムーズ(在位36000年間)
ララク王エンシブジアンナ(在位28800年間)
シッパル王エンメンドゥルアンナ(在位21000年間)
シュルッパク王ウバル・トゥトゥ(在位18600年間)
初期王朝時代II
キシュ第1王朝
ジュシュル(在位1200年間)
クルラッシナ・ベル(在位960年間)
ナンギシュリシュマ(在位670年間)
エンタラフアンナ(在位420年間)
バブム(在位300年間)
ブアヌム(在位840年間)
カリブム(在位960年間)
ガルムム(在位840年間)
ズカキブ(在位900年間)
アタブ(在位600年間)
マシュダ(在位840年間)
アルリム(在位720年間)
エタナ(在位1500年間) 「牧人、天に昇った者、国土を固めた者」
バリフ(在位400年間)
エンメヌンナ(在位660年間)
メラム・キシュ(在位900年間)
バルサルヌンナ(在位1200年間)
ザムグ(在位140年間)
ティズカル(在位305年間)
イルクウ(在位900年間)
イルタサドゥム(在位1200年間)
エンメバラゲシ(在位900年間) エラムを征服。
アッガ(在位625年間)
ウルク第1王朝
メスキアッガシェル(英語版)(在位324年間) 太陽神ウトゥ(英語版)(Utu)の息子とされる。
エンメルカル(在位420年間) ウルクの創建者。
ルガルバンダ(在位1200年間) 牧人。
ドゥムジ(英語版)(在位100年間) 漁師。キシュ王エンメバラゲシを捕虜とした。
ギルガメシュ(在位126年間) ここではリラ(後の死霊リルー)の息子とされ、クラブ(クラバ=ウルクの神域)のエン祭司とされる。
ウル・ヌンガル(在位300年間) トゥンマル文書等の異本ではウル・ルガル
ウドゥル・カランマ(在位15年間)
ラバシュム(在位9年間)
エンヌンダランナ(在位8年間)
メスヘデ(在位36年間)
メラムアンナ(在位6年間)
ルガルキドゥル(在位36年間)
ウル第1王朝
メスアンネパダ(在位80年間)
メスキアグナンナル(在位36年間)
エルル(在位25年間)
バルル(在位36年間)
初期王朝時代III
アワン王朝
3代の王(名は不明)が計356年間統治した。
キシュ第2王朝
ススダ(在位201年間)
ダダシグ(在位81年間)
ママガルラ(在位360年間) 船頭。
カルブム(在位195年間)
トゥゲ(在位360年間)
メンヌンナ(在位180年間)
(不明)(在位290年間)
ルガルング(在位360年間)
ハマジ王朝
ハダニシュ(在位360年間)
ウルク第2王朝
エンシャクシュアンナ(在位60年間) 初めて「国土の王」の称号を使用した。
ルガル・ウレ(またはルガルキギンネドゥドゥ)(在位120年間)
アルガンデア(在位7年間)
ウル第2王朝
ナニ(在位120年間)
メスキアグナンナ(在位48年間)
(不明)(在位2年間)
アダブ王朝
ルガルアンネムンドゥ(在位90年間)
マリ王朝
アンブ(在位30年間)
アンバ(在位17年間)
バジ(在位30年間)
ジジ(在位20年間)
リメラ(在位30年間)
シャルム・イテル(在位9年間)
キシュ第3王朝
ク・バウ(クババとも、在位100年間)
アクシャク王朝
ウンジ(在位30年間)
ウンダルル(在位6年間)
ウルル(在位6年間)
プズル・サニラー(在位20年間)
イシュ・イル(在位24年間)
シュ・シン(在位7年間)
キシュ第4王朝
プズル・シン(在位25年間)
ウル・ザババ(在位400(6?)年間)
ジムダル(在位30年間)
ウシ・ワタル(在位7年間)
イシュタル・ムティ(在位11年間)
イシュメ・シャマシュ(在位11年間)
シュ・イリシュ(在位15年間)
ナンニア(在位7年間) 宝石商。
ウルク第3王朝
ルガルザゲシ(在位25年間)
アッカド王朝
アッカドを参照。
ウルク第4王朝
ウルニギン(在位7年間)
ウル・ギギル(在位6年間)
クダ(在位6年間)
プズル・イリ(在位5年間)
ウル・ウトゥ(またはルガル・メラム)(在位25年間)
グティ時代
ウルク第5王朝
ウトゥ・ヘガル(在位年数は、427年、26年、7年など諸説ある) グティ人を放逐。
ウル第3王朝
ウル第3王朝を参照。
イシン王朝
イシンを参照。

ウィキペディア(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%8E%8B%E5%90%8D%E8%A1%A8

















   
=【シュメール王名表】:解明、新解説所見=
●シュメール王名表からの所見、新解説:
当該のウィキペディア・ページには以下の説明概説文があります。(抜粋引用)
・・・・・・・・・・・・・・・
<“シュメール王名表には、大洪水以前の時代の在位期間が異常に長い、明らかに神話上の人物であると考えられる王や、存在が確実視できる王が混在している。
だからといってそうした王名表の初期の王たちを切り捨ててしまうべきではない。
実在と考えられる王たちもまた、後世に同様に神話的偶像となったからである。
なお、不自然に長い、、、省略、、、、、
近年の考古学上の発見によって実在が確認された王名表中の最古の年代の人物はキシュ王エンメバラゲシであり、彼の名はギルガメシュ叙事詩にも登場する。
このことは、ギルガメシュもウルクの実在の王であり、単なる伝説上の人物ではないということを示している。 
王名表にはラガシュの歴代エンシ(祭司王)の名が含まれていないが、彼らについては前25世紀頃以降の碑文から直接窺い知ることができる。
もう一人、王名表に記された初期の王で存在が確実視されているのが、ウルク王ルガルザゲシ(前23世紀)である。
彼はラガシュを征服したが、後にアッカドのサルゴンに倒された。
他に正確な史料が少ないため、前3千年紀の年代学においてはシュメール王名表が中心的な史料となる。しかし、このシュメール王名表にも問題はある。
初期の王の在位期間が異常に長い場合がある上、諸王朝は1つずつ交替するのではなく同時代に複数存在し、それぞれ個々自存的に都市を支配した期間もあったからである。”
など々と、、、、>
・・・・・・・・・・・・・・
この上記説明文を参考アドバイスとして、
<シュメル王名表の存在、存立意義>
の真相を探り、解説所見の一考としたいわけだが、現在その王名表として知られうる諸資料次元でのそれらの源となる原テキストは、その成り立ちの古代の当初にあって、2度、3度と書き改めの校正がなされたものであったと見られる。
つまり、最初期に伝承成立した伝統伝書のものが、アッカド・サルゴン時代に最大限に書き改められ、次ぎにウル第3王朝時代の間にもさらに改め校正された。そのウルの折にはシュメル語とアッカド語のもの、双方二つが最終的なものとして伝承成立したと推定されうる。
その後、イシン王朝時代に幾つかのコピー粘土板が造られ、一部恣意的な改校もなされた。
古バビロン王朝・ハンムラビ時代、古アッシリア時代にも、主要な各都市でシュメール語文字に慣れた書記者、書庫管理者により、コピー板が随時製作されたと見られる。
その写しにはコピーによるコピー板も登場する。
現在発掘出土した点数は、断片的で内容の欠けたもの、部分的なものを含めて、16から18種ほどに及んでいる。
その中で、粘土板形体ではなく、約20cm前後の角柱(4側面表記)のもので、造られた当初には柱の中心に心棒を通して回転させる工夫がなされ、回して読める仕組みのものでった事が知られている。
<WB444>と寄贈者イニシャルで分類された(Weld-Blundell Prism)ものがその手のものと見られる。
ラルサからの出土か、イシンかは定かでない。
製作年代はイシン王朝の年代終期に関係し、説が色々、BC1827〜1817年の頃とされているが、BC1800年前後とも推定されている。
以下、日本文ウィキペディアの<王名表の表示文言枠の抜粋>をベースとして、順次解究、新解説を示すものとする。
1){初期王朝時代第I期}(大洪水以前)
通常の年代設定を推定することも不可能。
ただし、地名については推定がなされている。
この初期グループの在位年数は、あり得ない異常なものである。
何か意図的な動機から手の込んだ算定となったという向きも無きにしも非ず。
後の世、現代に至るまでも、あたかも<なぞ解き>のような感じの設定をしているとさえ推察されうる。
*シュメル人の数の単位の種類で、
sars(60の二乗=3600が一単位)
ners(600を一単位)、
sosses(60を一単位)
が知られており、この三つの単位によって在位年数が算定されたとの説が提言、公表されている。
 @エリドゥ王アルリム(在位28800年間)3600x8sars
 Aエリドゥ王アラルガル(alalgar)(在位36000年間)3600x10sars
 Bバド・ティビラ王エンメンルアンナ (在位43200年間)〃x 12sars
 Cバド・ティビラ王エンメンガルアンナ(在位28800年間)3600x8sars
 Dバド・ティビラ王ドゥムジド(在位36000年間)牧神,タンムーズ,3600x10sars
 Eララク王エンシブジアンナ(在位28800年間)3600x8sars
 Fシッパル王エン・メン・ドゥル・アナ(在位21000年間)3600x5sars+600x5ners
 Gシュルッパク王ウバル・トゥトゥ(在位18600年間)〃 +600x1ner
*大洪水以前の前世という、ある何らかの前世に対して抱く観念的時世感覚や、伝説、伝承に関わる世相要因から、この王たちの在位年が余りにも法外とっぴなものとなっている。
それだからして、通常的な先史の枠組みの内にさえ宛がう事もできない。
常識を欠き、不適切、不可能な扱い対象となるような神話上の事由と見る他ないといった、現代感覚的な受けとめ方となる。
(だが、この法外な年数表示をなしうること自体が、その根底的背景で、単なるメソポタミアでのローカルな洪水ではない、とてつもなく大規模な洪水があった事をおぼろげながら遠因とするふうに暗示している。)
そんな神話創作上の在位年数を度外視して、現代的な歴史性の常識で、あえてその先史的年代を見定めるとすれば、
<旧石器時代末、新石器時代あるいは、金石併用の銅器時代〜青銅器時代>
の年代範囲(前12000年〜前6000年以降)のうちに想定される年代となる。
(文化期年代ではシュメール文明の発祥期とされる
先史ウバイド文化期〔前6500年前後−前4000年前後〕
に特定され、その時期を分断するかたちで、大洪水以前と、それ以後に成った王朝とに別けて記述されたものと考えられる。)
が、しかし、これには視点的問題がある。
<青銅器時代>に関わる年代設定において、、、、。
現代考古学的史観でのメソポタミア・シュメールにおける学者らの定説一般の見解では、その始まりを
紀元前第4千年期中葉以降(BC3300年)
の頃からと見なしているからである。
しかも大洪水は、遺跡での発掘時における洪水地層の<炭素14測定>が
BC2900年頃
を示すとして、メソポタミアの下手半分、南部地域に限られたローカルなものと推定して、その文明の一時的な断絶期を見定めている。
*シュメール人の数の単位に着目すると、初歩的な自然10進法の発達と、位取りが異なる60進法への進展、及び両者の数学的相互関係の認知や数量的な活用など、その発展過程がきわめて複雑なかたちで、
シュメール時代(前4千年期−3千年期)
社会に見られる訳である。

諸書 INDEX参考
http://www.geocities.jp/sayufm_musiclabo_s/EnsoTop/NextSanko/sumeruRon.html
http://www.geocities.jp/sayufm_musiclabo_s/EnsoTop/NextSanko/noadai-sin.html
http://www.geocities.jp/sayufm_musiclabo_s/EnsoTop/NextSanko/sankou.html








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ウルの旗章に酷似する旧日本旗章

















PS:古代日本とイスラエル10部族の謎というURLがあります。
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/032kodai.htm
その中で.......
『とはいえ、なぜイスラエル神殿に菊の紋が刻まれているのか――その理由や起源は、よくわかっていません。
ただこのデザインは、エジプトやペルシャ、その他の中東の諸地域において、宗教の中心地や、重要人物の棺の紋様として広く使用されていました。
菊の紋について、次の3つの考えがあげられています。
1つはイスラエルの菊の紋は、菊の花のデザインであろう、ということ。
2つ目は、それは太陽をデザインしたものかもしれないこと。
3つ目は、全く意味のない単なる美しいデザインかもしれない、
ということです。
いずれにしても菊の紋は、イスラエルにおいて、比較的広く使用されていたシンボルでした。
そこで、もし古代イスラエル人が日本に渡来したのだとすれば、
彼らが持ち込んだ菊の紋が皇室の紋として採用されたのではないか、
という考えが浮かんでくるわけです。
一方、日本の伊勢神宮の灯籠に、私たちは
「ダビデの星」
を見ることができます。
「ダビデの星」とそっくりのマーク(カゴメ紋)が、皇太神宮の参道わきの石灯籠に刻まれているのです
(ダビデの星は、奥宮の「伊雑の宮」の紋でもあり、古代からのものであるという)。
「ダビデの星」とは、言うまでもなく、古代イスラエルの王ダビデの紋です。
それは現在のイスラエル国旗のシンボル・マークとしても使用されており、ユダヤ人の印なのです。』
上の説明,つまり任意団体の
「伊勢三宮奉賛献灯会」
が、1955年当時、献灯目的で、これらの六芒星の石灯篭を設置されたことを知らないと大変な誤解を招くことになります。
http://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486/66543147.html

いつも一緒(旧Legacy of Ashes)
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/






























鳥居の聖人
2013-12-03 10:35:54
写真は、伊勢神宮の伊雑宮(イザワのみや)の鳥居の写真です。
入り口の大鳥居を内側の神域から写したものです。
私は約30年間も毎年のように伊雑宮への参拝をしておりますが、鳥居にスポットライトのような光が当たり、
木材の染みがコマ送りの動画のように訴え掛ける現象に出会ったのは初めてです。
太陽の位置からして、まだ西日の時間でも無いにも関わらず、木漏れ日が当たっていたのでしょうが、
コマ送りの動画の物語を私が認識して写真に撮影し終えますと、このスポットライトは消えてしまいました。
まさに見せられました。
同行者も鳥居に太陽光が反射しているのは目視が出来ました。
この時の鳥居の発光現象は、時間帯により誰でも見られるのでしょうが、私の脳裏にはハッキリとした動画でした。
まるで西洋の教会の壁画に在りますフレスコ画や、(壁に漆喰を下地に顔料で描きます)ステンドグラス画を思わせるような図柄でした。
私は、写真の鳥居の右側から2つめの染みが、
紀元前8世紀の古代ユダヤの大預言者・イザヤ
だと感得しました。
まるで天を仰ぎ見るように、左斜め上を見上げています。
そして、その視線の先の更に左側には、ユダヤ民族の起源となる大聖人・モーゼの横顔が、右側のイザヤの方に向かって話しかけています。
モーゼの染みの部分だけが、ひときわ大きく発光していました。
預言者イザヤは、旧約聖書にありますイザヤ書66章の預言を残しています。
その預言の中には、東方に存在する「海の島々」(伊勢志摩のこと)と、聖なる山々が存在することが記述されており、
そこに人類の救いが存在することが示唆されているでしょう。
旧約聖書のイザヤ書を解読することで、日本の大いなる秘密が解き明かされると思います。
伊雑宮の神紋は、籠目紋(かごめもん)です。
これはユダヤの象徴であるダビテの紋章と同じです。
そして、伊雑宮(イザワのみや)の名称の起源は古過ぎてハッキリしませんが、私には
「イザヤの御宮」
だと響きます。
イザワのみや=イザヤの御宮、
だと感じます。
旧約聖書のイザヤ書に、
東方の「海の中の島々」
の記述を読み取れますので、大預言者イザヤは伊雑宮に来たと夢想します。
以上の話は、伊勢神宮の正式な歴史とは一切関係がありません。
あくまでも、私の想像の物語です。
言えますことは、伊雑宮は本当に聖なる場所だということでした。
信じるか、信じないかは自己判断です。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

伊勢白山道 
http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/ea049a8773c5420a67bc9e5a0ecc6d84

かごめかごめを研究する会
http://kagome.biz/












88ヶ所から突然、カゴメの歌に
皆さん、たくさんのコメント、貴重な情報をありがとうございます。
写真は剣山山頂、『ウィキペディア(Wikipedia)』から拝借しました。
いま、harunoshinnさんからの情報で「剣山」は「鶴亀山」とありました。
そして四国はキリスト教的だと。
ということで、思いついたことをメモ代わりに書いておきます。
「剣山」が「鶴亀山」なら、カゴメの歌だ。
籠の中の鳥→剣山
に隠された契約の箱(アーク)?
いついつ出やる→契約の箱がいつ出るの?
鶴と亀が滑った→剣山が統べる?
剣山はスメル(天皇)?
キリストと関係があるなら、後ろの正面はキリストかな?
夜明けの晩って何だろう?
四国から太陽が昇る方向に伊勢神宮がある。
(夜明け?)
伊勢神宮から太陽が沈む方向に剣山がある。
(晩?)
時間にして10分くらいのぶっ飛び解読でした。

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つながっているこころ
http://cocorofeel.exblog.jp/8415883/











posted by datasea at 18:45| Comment(0) | ◉ シュメール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月24日

ゼカリア・シッチン:大洪水前の社会と惑星ニビル

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ゼカリア・シッチン:大洪水前の社会と惑星ニビル
古代人は第10番惑星の周期的な到来を予期していただけではなく,その軌道の取り方も記録した。
イザヤ書,アモス書,ヨブ記等の聖書のあちらこちらで「主」の運行が様々な星座の位置と関係づけられて語られている。
「主はただ一人で諸々の天を前進し,最も高遠なる深淵を踏破する」
「彼はおおぐま座に,オリオン座に,シリウスに,そして南の星座群にも到達する」
「彼は牡牛座と牡羊座に笑顔を向けて,牡牛座から射手座へと進むだろう」
これらの文章はこの惑星の運行が全天に渡るだけではなく,すでにメソポタミア文献から割り出したように,太陽系を時計回りの方向に動いていることを示している。
この点について極めて明快に記述したメソポタミア文献がある。
マルドゥク神の星
その出現の際は水星
天弧を30度上昇して木星
天上の戦いの場に立つ時にはニビル
この記述は,学者たちの説のように,ただ単純に一つの星を異なる名前で呼んでいるのではない。
第10番惑星の運行を観察できる3大ポイントがあったことを暗示しているのである。
この惑星が当時地球の近くに戻ってきたときの軌道上,最初に観察するチャンスがあったのはそれが水星と並んで見えた時であった(図のA点)。
私の計算では,太陽=地球最接近時の仮定軸から30°離れた方向だ。
最も地球に近づいて,地表からさらに上昇して見えるようになった時,木星の軌道を横断した(B点)。
最後に天上の戦いの場(かつてティアマトと衝突した場所)である近日点,すなわち
「横断の場所」に到達するとこの惑星はニビルとなったということなのである(C点)。
地球にも最接近したこの近日点を過ぎると,マルドゥクは再び遠い宇宙空間の深淵に向かってその長大な楕円軌道上を帰っていったのである。
古代メソポタミアとヘブライの文献の中に見られる「主の日」への期待はこのように「神々の星」の周期的な回帰現象を目撃した地球人類の実体験に根ざしたものなのである。
この周期的に出現と消滅を繰り返すのも,この惑星が多くの彗星と似たような長い楕円軌道を持っているからである。
例えばハレー彗星は75年ごとに地球に接近する時だけ見れるので,天文学者は同じ彗星であると納得するのにも苦労したものである。
人類史上で目撃された記録が一度しかない彗星も多いが,これは公転周期が何千年もの長さになるからである。
例えば1973年に発見されたコホーテク彗星は,翌年にはもう太陽の反対側に隠れてしまった。天文学者の計算ではこの次に現れるのは7500年後から75000年後だという。
これに比べると第10惑星はもっと何度も出現したように記録されているから,公転周期ももっと短いであろう。
それでも天文学者がその存在にまだ気づかないのは,たとえコホーテクの最短推定周期の半分ほどでも,冥王星よりも6倍も遠くに行ってしまう計算になり,これでは地球からは到底見えないからである。
事実,土星よりも遠い惑星はすべてまず視覚ではなく数学的計算によって発見された。
既知の諸天体の軌道に微妙な狂いを生じさせる引力の放射源として,その位置を突き止められたのである。
ことによると第10番惑星もこの方法で天文学者たちに発見されることになるかもしれない。
すでにいくつかの彗星軌道のかすかな狂いからそのような道の惑星 X が存在するのではないかという仮説も出されている。
1972年,カリフォルニア大学ローレンスリバモア研究所のジョセフ=L=ブラディはハレー彗星の軌道の擦れから木星ほどの大きさの未知の惑星が1800年の周期で太陽を公転している可能性があることを発見したのである。
推定距離は60億マイルであるが,今のところ数学的に探知されたにすぎない存在である。
しかしメソポタミア文献と聖書文献をよく検討すると,第10番惑星の公転周期がちょうど3600年だという強力な証拠を見つけることができる。
この「3600」という数字はシュメールでは大きな円で表現された。
「神々の星」の別名は
「シャル(至高の統治者)」
というがこれはまた
「完全な円」
「完成された円」
の意味でもあってさらに数字の
「3600」
をも意味していた。
この三つの言葉「星」「軌道」「3600」の一致は単なる偶然では済まされないだろう。
バビロニアの学社神官で天文学に長じていたベロッソスは紀元前3世紀頃,。大洪水以前の地上を治めていたという10人の支配者について書き残した。
要約すれば
「これらカルデアの10人の王の統治期間は合わせて120シャル,すなわち432000年に達して,大洪水の時まで続いた」
とあったという。
1シャルは確かに3600に相当する。
アリストテレスの弟子アビデノスも大洪水以前の10人の王について,ベロッソスの記述を引用し,全統治期間は120シャルに及んだとした。
彼はさらにこれらの王とその都は古代メソポタミアにあったと明言している。
シュメール学が始まるとともに,ベロッソスが根拠にあげた古文書そのものも発掘されて解読された。
それはシュメールの列王表で,明らかに王権が天から下された時から,大洪水が地上を一掃するまで統治した10人の大洪水以前の王にまつわる伝承を記録したものであったのである。
そのひとつテキストW-B144の番号で知られる列王表には5箇所の定住地,つまり都市での神権政治が記録されている。
まず最初のエリドゥには二人の統治者がいたとあり,両者の名前には「開祖」を意味する接頭語「ア」がついている。
王権が天より下された時
王政はエリドゥで始められた
エリドゥが王になって28800年納め
...
ー第十惑星に宇宙人がいた,ザカリア・シッチン,サラブレッドブックス,1983年刊,

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シュメール王名表
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
シュメール王名表(シュメールおうめいひょう)は、古代メソポタミアにおいて、シュメール人、及びセム系などの他の民族の王朝の王をシュメール語で列記した古代のテキストである。後世のバビロニア王名表やアッシリア王名表もこれと同様のものである。
王名表には、「公式な」王権や王の推移が王の在位年数とともに記録されている。
概説
当時の王権観では、王権は神から授けられ、軍事的征服によってある都市から別の都市へと推移すると考えられていた。シュメール王名表に記されている唯一の女王は、キシュ第3王朝の1代限りの君主であった酒場の女主人ク・バウである。
シュメール王名表には、大洪水以前の時代の在位期間が異常に長い、明らかに神話上の人物であると考えられる王や、存在が確実視できる王が混在している。
だからといって、そうした王名表の初期の王たちを切り捨ててしまうべきではない。
実在と考えられる王たちもまた、後世に同様に神話的偶像となったからである。
なお、不自然に長い在位期間の多くは「12」で割り切ることが可能である。
近年の考古学上の発見によって実在が確認された王名表中の最古の年代の人物はキシュ王エンメバラゲシであり、
彼の名はギルガメシュ叙事詩にも登場する。
このことは、ギルガメシュもウルクの実在の王であり、単なる伝説上の人物ではないということを示している。
王名表にはラガシュの歴代エンシ(祭司王)の名が含まれていないが、彼らについては前25世紀頃以降の碑文から直接窺い知ることができる。もう一人、王名表に記された初期の王で存在が確実視されているのが、ウルク王ルガルザゲシ(前23世紀)である。
彼はラガシュを征服したが、後にアッカドのサルゴンに倒された。
他に正確な史料が少ないため、前3千年紀の年代学においてはシュメール王名表が中心的な史料となる。
しかし、このシュメール王名表にも問題はある。
初期の王の在位期間が異常に長い場合がある上、諸王朝は1つずつ交替するのではなく同時代に複数存在し、それぞれ独自の都市を支配していたと考えられるからである。
このため現在では、初期の王の西暦紀元年代が古い刊行物によるものよりもっと新しくなると思われる。
グティ時代の継続期間がかなり不確実なため、ウル第3王朝(前21世紀)以前の出来事の年代を特定するのはほぼ不可能である
(シュルギ、ウル・ナンムの項も参照)。
初期王朝時代I(大洪水以前)
エリドゥ王アルリム(在位28800年間)
エリドゥ王アラルガル(英語版)(Alalĝar、在位36000年間)
バド・ティビラ王エンメンルアンナ(在位43200年間)
バド・ティビラ王エンメンガルアンナ(在位28800年間)
バド・ティビラ王ドゥムジ(牧神)/タンムーズ(在位36000年間)
ララク王エンシブジアンナ(在位28800年間)
シッパル王エンメンドゥルアンナ(在位21000年間)
シュルッパク王ウバル・トゥトゥ(在位18600年間)
初期王朝時代II
キシュ第1王朝
ジュシュル(在位1200年間)
クルラッシナ・ベル(在位960年間)
ナンギシュリシュマ(在位670年間)
エンタラフアンナ(在位420年間)
バブム(在位300年間)
ブアヌム(在位840年間)
カリブム(在位960年間)
ガルムム(在位840年間)
ズカキブ(在位900年間)
アタブ(在位600年間)
マシュダ(在位840年間)
アルリム(在位720年間)
エタナ(在位1500年間) 「牧人、天に昇った者、国土を固めた者」
バリフ(在位400年間)
エンメヌンナ(在位660年間)
メラム・キシュ(在位900年間)
バルサルヌンナ(在位1200年間)
ザムグ(在位140年間)
ティズカル(在位305年間)
イルクウ(在位900年間)
イルタサドゥム(在位1200年間)
エンメバラゲシ(在位900年間) エラムを征服。
アッガ(在位625年間)
ウルク第1王朝
メスキアッガシェル(英語版)(在位324年間) 太陽神ウトゥ(英語版)(Utu)の息子とされる。
エンメルカル(在位420年間) ウルクの創建者。
ルガルバンダ(在位1200年間) 牧人。
ドゥムジ(英語版)(在位100年間) 漁師。キシュ王エンメバラゲシを捕虜とした。
ギルガメシュ(在位126年間) ここではリラ(後の死霊リルー)の息子とされ、クラブ(クラバ=ウルクの神域)のエン祭司とされる。
ウル・ヌンガル(在位300年間) トゥンマル文書等の異本ではウル・ルガル
ウドゥル・カランマ(在位15年間)
ラバシュム(在位9年間)
エンヌンダランナ(在位8年間)
メスヘデ(在位36年間)
メラムアンナ(在位6年間)
ルガルキドゥル(在位36年間)
ウル第1王朝
メスアンネパダ(在位80年間)
メスキアグナンナル(在位36年間)
エルル(在位25年間)
バルル(在位36年間)
初期王朝時代III
アワン王朝
3代の王(名は不明)が計356年間統治した。
キシュ第2王朝
ススダ(在位201年間)
ダダシグ(在位81年間)
ママガルラ(在位360年間) 船頭。
カルブム(在位195年間)
トゥゲ(在位360年間)
メンヌンナ(在位180年間)
(不明)(在位290年間)
ルガルング(在位360年間)
ハマジ王朝
ハダニシュ(在位360年間)
ウルク第2王朝
エンシャクシュアンナ(在位60年間) 初めて「国土の王」の称号を使用した。
ルガル・ウレ(またはルガルキギンネドゥドゥ)(在位120年間)
アルガンデア(在位7年間)
ウル第2王朝
ナニ(在位120年間)
メスキアグナンナ(在位48年間)
(不明)(在位2年間)
アダブ王朝
ルガルアンネムンドゥ(在位90年間)
マリ王朝
アンブ(在位30年間)
アンバ(在位17年間)
バジ(在位30年間)
ジジ(在位20年間)
リメラ(在位30年間)
シャルム・イテル(在位9年間)
キシュ第3王朝
ク・バウ(クババとも、在位100年間)
アクシャク王朝
ウンジ(在位30年間)
ウンダルル(在位6年間)
ウルル(在位6年間)
プズル・サニラー(在位20年間)
イシュ・イル(在位24年間)
シュ・シン(在位7年間)
キシュ第4王朝
プズル・シン(在位25年間)
ウル・ザババ(在位400(6?)年間)
ジムダル(在位30年間)
ウシ・ワタル(在位7年間)
イシュタル・ムティ(在位11年間)
イシュメ・シャマシュ(在位11年間)
シュ・イリシュ(在位15年間)
ナンニア(在位7年間) 宝石商。
ウルク第3王朝
ルガルザゲシ(在位25年間)
アッカド王朝
アッカドを参照。
ウルク第4王朝
ウルニギン(在位7年間)
ウル・ギギル(在位6年間)
クダ(在位6年間)
プズル・イリ(在位5年間)
ウル・ウトゥ(またはルガル・メラム)(在位25年間)
グティ時代
ウルク第5王朝
ウトゥ・ヘガル(在位年数は、427年、26年、7年など諸説ある) グティ人を放逐。
ウル第3王朝
ウル第3王朝を参照。
イシン王朝
イシンを参照。

ウィキペディア(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%8E%8B%E5%90%8D%E8%A1%A8







=【シュメール王名表】:解明、新解説所見=
●シュメール王名表からの所見、新解説:
当該のウィキペディア・ページには以下の説明概説文があります。(抜粋引用)
・・・・・・・・・・・・・・・
<“シュメール王名表には、大洪水以前の時代の在位期間が異常に長い、明らかに神話上の人物であると考えられる王や、存在が確実視できる王が混在している。
だからといってそうした王名表の初期の王たちを切り捨ててしまうべきではない。
実在と考えられる王たちもまた、後世に同様に神話的偶像となったからである。
なお、不自然に長い、、、省略、、、、、
近年の考古学上の発見によって実在が確認された王名表中の最古の年代の人物はキシュ王エンメバラゲシであり、彼の名はギルガメシュ叙事詩にも登場する。
このことは、ギルガメシュもウルクの実在の王であり、単なる伝説上の人物ではないということを示している。 
王名表にはラガシュの歴代エンシ(祭司王)の名が含まれていないが、彼らについては前25世紀頃以降の碑文から直接窺い知ることができる。
もう一人、王名表に記された初期の王で存在が確実視されているのが、ウルク王ルガルザゲシ(前23世紀)である。
彼はラガシュを征服したが、後にアッカドのサルゴンに倒された。
他に正確な史料が少ないため、前3千年紀の年代学においてはシュメール王名表が中心的な史料となる。しかし、このシュメール王名表にも問題はある。
初期の王の在位期間が異常に長い場合がある上、諸王朝は1つずつ交替するのではなく同時代に複数存在し、それぞれ個々自存的に都市を支配した期間もあったからである。”
など々と、、、、>
・・・・・・・・・・・・・・
この上記説明文を参考アドバイスとして、
<シュメル王名表の存在、存立意義>
の真相を探り、解説所見の一考としたいわけだが、現在その王名表として知られうる諸資料次元でのそれらの源となる原テキストは、その成り立ちの古代の当初にあって、2度、3度と書き改めの校正がなされたものであったと見られる。
つまり、最初期に伝承成立した伝統伝書のものが、アッカド・サルゴン時代に最大限に書き改められ、次ぎにウル第3王朝時代の間にもさらに改め校正された。そのウルの折にはシュメル語とアッカド語のもの、双方二つが最終的なものとして伝承成立したと推定されうる。
その後、イシン王朝時代に幾つかのコピー粘土板が造られ、一部恣意的な改校もなされた。
古バビロン王朝・ハンムラビ時代、古アッシリア時代にも、主要な各都市でシュメール語文字に慣れた書記者、書庫管理者により、コピー板が随時製作されたと見られる。
その写しにはコピーによるコピー板も登場する。
現在発掘出土した点数は、断片的で内容の欠けたもの、部分的なものを含めて、16から18種ほどに及んでいる。
その中で、粘土板形体ではなく、約20cm前後の角柱(4側面表記)のもので、造られた当初には柱の中心に心棒を通して回転させる工夫がなされ、回して読める仕組みのものでった事が知られている。
<WB444>と寄贈者イニシャルで分類された(Weld-Blundell Prism)ものがその手のものと見られる。
ラルサからの出土か、イシンかは定かでない。
製作年代はイシン王朝の年代終期に関係し、説が色々、BC1827〜1817年の頃とされているが、BC1800年前後とも推定されている。
以下、日本文ウィキペディアの<王名表の表示文言枠の抜粋>をベースとして、順次解究、新解説を示すものとする。
1){初期王朝時代第I期}(大洪水以前)
通常の年代設定を推定することも不可能。
ただし、地名については推定がなされている。
この初期グループの在位年数は、あり得ない異常なものである。
何か意図的な動機から手の込んだ算定となったという向きも無きにしも非ず。
後の世、現代に至るまでも、あたかも<なぞ解き>のような感じの設定をしているとさえ推察されうる。
*シュメル人の数の単位の種類で、
sars(60の二乗=3600が一単位)
ners(600を一単位)、
sosses(60を一単位)
が知られており、この三つの単位によって在位年数が算定されたとの説が提言、公表されている。
 @エリドゥ王アルリム(在位28800年間)3600x8sars
 Aエリドゥ王アラルガル(alalgar)(在位36000年間)3600x10sars
 Bバド・ティビラ王エンメンルアンナ (在位43200年間)〃x 12sars
 Cバド・ティビラ王エンメンガルアンナ(在位28800年間)3600x8sars
 Dバド・ティビラ王ドゥムジド(在位36000年間)牧神,タンムーズ,3600x10sars
 Eララク王エンシブジアンナ(在位28800年間)3600x8sars
 Fシッパル王エン・メン・ドゥル・アナ(在位21000年間)3600x5sars+600x5ners
 Gシュルッパク王ウバル・トゥトゥ(在位18600年間)〃 +600x1ner
*大洪水以前の前世という、ある何らかの前世に対して抱く観念的時世感覚や、伝説、伝承に関わる世相要因から、この王たちの在位年が余りにも法外とっぴなものとなっている。
それだからして、通常的な先史の枠組みの内にさえ宛がう事もできない。
常識を欠き、不適切、不可能な扱い対象となるような神話上の事由と見る他ないといった、現代感覚的な受けとめ方となる。
(だが、この法外な年数表示をなしうること自体が、その根底的背景で、単なるメソポタミアでのローカルな洪水ではない、とてつもなく大規模な洪水があった事をおぼろげながら遠因とするふうに暗示している。)
そんな神話創作上の在位年数を度外視して、現代的な歴史性の常識で、あえてその先史的年代を見定めるとすれば、
<旧石器時代末、新石器時代あるいは、金石併用の銅器時代〜青銅器時代>
の年代範囲(前12000年〜前6000年以降)のうちに想定される年代となる。
(文化期年代ではシュメール文明の発祥期とされる
先史ウバイド文化期〔前6500年前後−前4000年前後〕
に特定され、その時期を分断するかたちで、大洪水以前と、それ以後に成った王朝とに別けて記述されたものと考えられる。)
が、しかし、これには視点的問題がある。
<青銅器時代>に関わる年代設定において、、、、。
現代考古学的史観でのメソポタミア・シュメールにおける学者らの定説一般の見解では、その始まりを
紀元前第4千年期中葉以降(BC3300年)
の頃からと見なしているからである。
しかも大洪水は、遺跡での発掘時における洪水地層の<炭素14測定>が
BC2900年頃
を示すとして、メソポタミアの下手半分、南部地域に限られたローカルなものと推定して、その文明の一時的な断絶期を見定めている。
*シュメール人の数の単位に着目すると、初歩的な自然10進法の発達と、位取りが異なる60進法への進展、及び両者の数学的相互関係の認知や数量的な活用など、その発展過程がきわめて複雑なかたちで、
シュメール時代(前4千年期−3千年期)
社会に見られる訳である。

諸書 INDEX参考
http://www.geocities.jp/sayufm_musiclabo_s/EnsoTop/NextSanko/sumeruRon.html
http://www.geocities.jp/sayufm_musiclabo_s/EnsoTop/NextSanko/noadai-sin.html
http://www.geocities.jp/sayufm_musiclabo_s/EnsoTop/NextSanko/sankou.html






神様方は長寿が多い。
最高級のご長寿はインドのジャイナ教の神話に登場する神様で、84億歳だと言われているのですって。
ところがです。アマテラスオオヒノ神の皇子は、260億2万1080歳だったというのですから驚きです。
あの方舟で有名なノアは、500歳の時にセム、ハム、ヤペテという3人の息子を産んだと言われるのですから凄過ぎます。
神様と人間の混血が神々の寿命を縮めたのかもしれませんが、神々の寿命も短くなっていったようです。

あほうどりのひとりごと 幸福への近道
http://www.あほうどりのひとりごと.com/article/461054572.html
http://www.あほうどりのひとりごと.com/







惑星と週
太陽系の惑星の定義が変更され、惑星の数が8個に減って しまいましたが、
調べ てみたら、惑星の名前は古代バビロニアの頃から引き継いでいることを初めて知りました。
木星は、ローマ神ユピテル(ギリ シア名ゼウス)からとって、英語名 ではジュピターと呼ばれていますが、木星は、バビロニア時代も、神々の王である、マルドゥク神をその名前としていたとの ことです。
□木星
中国名:木星
ローマ名:ユピテル
ギリシア名:ゼウス
シュメール名:アサルルヒ
アッカド名:マルドゥク
意味:主神
□火星
中国名:火星
ローマ名:マルス
ギリシア名:アレス
シュメール名:ムスタバル
アッカド名:ネルガル
意味:戦いの神
□金星
中国名:金星
ローマ名:ウェヌス
ギリシア名:アフロディーテ
シュメール名:イナンナ
アッカド名:イシュタル
意味:愛の女神
□土星
中国名:土星
ローマ名:サトゥルヌス
ギリシア名:クロノス
シュメール名:ザグウシュ
アッカド名:カイマール
意味:共通点なし
□水星
中国名:水星
ローマ名:メルクリウス
ギリシア名:ヘルメス
シュメール名:gu-ad
意味:共通点なし
このように、惑星に神の名前をつけることは、古代シュメールに始まり、バビロニアに受け継がれ、やがてギリシア・ローマ に入ったとのこと。
一方、週の概念は、これも古代バビロニア以来の伝統とのこと。
ただし、バビロニアでは、週の曜日と惑星名は関係せず、こ の関係が生まれたのはエジプトでと 推測されているとのことです。
バビロニアの週は、単純に1ヶ月という期間だけだと長すぎるため、新月から上弦まで/上弦 から満月まで/満月から下弦まで、 下弦から新月まで/と、1月を4当分して、7日を一単位とすることにしたとのこと。こうした話は、中国にもあって、古代 中国では、一月を3分して上旬、中 旬、下旬としていたとのことで、この習慣は殷代からのものだったとのことです。それでは、何故日本で、曜日に惑星名がつ けられ、中国ではそうなっていな かったか、という点については、 日 本語の曜日の名称はど うやって付いたのでしょう?というサイトに記載されていますが、要約すると、唐の時代、中国人僧がインドに 留学していた時に、 西方の知識として、インド人から伝えられ、そのとき、中国僧は、中国名の惑星名に翻訳しました。その中国僧が中国に帰国 したときに、日本からの留学僧であ る空海に伝え、日本にも伝わったとのことです。日本では、知識として所有され、実生活では用いられなかったのですが、明 治になってから、西洋の習慣が導入 されるとともに、この古代の知識が曜日名に利用されるようになったとのことです。この為、現代中国では、星期一、星期 二、星期三、星期四、などと数字が曜 日として利用されているとのことです。こちらの曜 日の名前の話というサイトには、現代各国語で、曜日にどのような言葉が使われているかについて、まとめられ ています。惑星と関連付けている国は、 ラテン系諸国と英語圏と日本語では、惑星名が利用され、ギリシアとアラビア語、ペルシア語、中国語、スラブ系諸語は数字 がメインで構成されているというこ とのようです。
ブルガリア語を例にあげますと
日曜 - ネデーリャ
月曜 - ポネデルニック
火曜 - フトルニック - 「第2の」という意味の「フトーラタ」から
水曜 - スリャーダ  - 「真中の」という意味の「スレッドナ」から
木曜 - チェトバルタック - 「第4の」
金曜 - ペータック - 「第5の」
土曜 - サボタ - ユダヤ教の安息日サバトから。サターン/サトルヌゥスとは関係がない。
となるようです(月曜、日曜は不明です。今度調べておきます)
17/Sep/2006

雑記
http://heartland.geocities.jp/zae06141/column.html






poster_israel_zoom.jpg

ウバイド期の考古学的発見によりエリドゥはウルの南にある中規模の都市国家でシュメール人の時からその滅亡の時まで、神殿が幾度も再建が繰り返されていた。メソポタミアの都市における神殿は、最低でも数回の再建を経ていた。
ウルの王墓で発見された「ウルのスタンダード(旗章)」シュメールの文明(ウルの旗章);
紀元前5千年頃、後にメソポタミアにユーフラテス河の沿岸地帯に、ある農耕民族が住みシュメール人は
世界最初と言われる船や車輪つき戦車なども造っていた。
暦それは、月の満ち欠けで、年月をはかる太陰暦と呼べるもので、世界最古の暦(こよみ) で 惑星の事細かな動きまで詳細に予想していた。シュメールの古文書には、天文学の知識、高度な医学、合金技術を「神々からの贈り物」という表現で記されている。     
これは彼等の農耕から同時に始まる神々の成り立ちが、自然を樹として農耕や知識に結びついている事を案じたものであった。
天文学の知識はこうして、神々を意識しだして、神々から与えられた既成の知識だという。    
イギリスの考古学者ウーリーによるウルの王墓発掘で有名な
「ウルの軍旗」
という資料には平和の場面、戦争の場面がある。 
ウルで発見された古代のゲーム盤とさいころは現代日本の先祖に引き継がれていた。
「正倉院保存」                                   
メソポタミアでは19世紀から20世紀前半にかけて重要な遺跡の発掘が行われた。

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プレアデス聖人ティノ
2016/4/14(木) 午前 11:39
次元上昇の時が来ました
2001年9月くらいから、地球上の人々はニビルによる影響を、かなり強く受けています。
ニビルが近づいていることで磁気圏が圧縮され、
また、太陽からの放射線による影響もあり、人々は、より疲れを感じたり、痛みを覚えたりしています。
また、緊張、不安、ストレスを感じやすくなっています。
さらには、感情が高ぶったり、敏感になることが多くなります。
しかし、なぜ、異常を感じるのかを理解している人は殆どいません。
これらの影響により、世界中で、そして身近な場所で暴力を振るったり残忍な事を行う人が増えています。
なぜ、そうなるのか。。。ニビルやフォトンによる影響を受けていることを知らないため、予防ができないのです。
ですから、心を静め落ち着いてください。睡眠を十分にとり、
影響を受けないようにしてください。
今、このような影響から自分を守るのに非常に良い機会なのです。
メディアでは一切報道されませんが、
地球上には、現在、非常に多くのネガティブ・エネルギーが降り注いでおり、
人々はそれによって大きな影響を受けているのです。
毎日の事ですから、暴力行為や感情の高ぶりがごく普通の状態に見えてきます。
ニビルが地球に接近し、地球物理学的に火山の噴火、地震、異常気象 温暖化などを起こしているだけでなく、
界中の人々に対しては精神的にも感情的にも、そして、身体的にも大きな影響を受けているのです。
ニビルからのエネルギーは、地球の通常のエネルギーを混乱させ加干渉しています。
そして地球の支配者(爬虫類種族)はニビルのネガティブ・エネルギーが地上に放出されていることを知っており、
ニビルのエネルギーを使って、陰の政治支配者が「フリーメイソン」などにより、
世界中の人々を彼等の思う通りに操作し支配しているのです。
彼等は、世界中の人々が益々暴力的になることを望んでおり、
それを口実に、さらなる急進的で厳しい方法で人々を取り締まろうとしているのです。
すでに、大勢の逮捕者を収容する強制収容所も各地に用意されています。
爬虫類種族が1年をかけて、この時が来るための準備をしてきたのです。
しかし、今、世界中の人々がそれぞれ持つ意識とタイムラインが統合し、
大きな一つの意識体とタイムラインを創っており、急激な意識のシフトが起きています。
ニビの接近はネガティブな影響だけでなく、ポジティブな影響も与えてくれています。
ニビルの接近により、今まで標準とされてきたもの(経済的にも、精神的にも、感情的にも)が全て崩壊し、
悪の政治家たちが隠蔽してきたことが、全部白日の下さらされるのです。国民にとって正しいものが勝つ時代がようやく実現します。
今世界的に有名な大富豪や大企業 政治家 マスコミの不正が続々と発覚してます。
新しい標準を創り出していきます。今まで必要とされてきたことが必要でなくなり、古いものが全て壊れていきます。
ですから、皆さんは、恐怖を感じることなく、しっかりとこのことを意識してください。
世界は滅亡していくのではありません。世界は拡張していくのです。
個人個人が特にスピリチュアル的に成長するためには今が非常に良い時期なのです。
しかしこのような状況下でうまく対処できない人々にとっては、生きていくのも非常に難しくなっていくでしょう。
そして、恐怖心を持つ多くの人々がこれ以上耐え切れなく感じて行き詰まり、暴動がおこるなど、
社会が大混乱し、世界中に影響を与えることになります。
これは人々の「宇宙の真理を知らない」無知からくる現象です。
人々は自分が望むレベルの影響をニビルから受けるのです。
ニビルの接近により人々が受ける大きな影響は、意識をシフトさせる上で必要なことであり、
大元の神が計画したことなのです。
今3600年ぶりに惑星Xニビルの接近は神の計画の一環なのです。
よく言われるように、ニビルが完全に悪魔の星であり、地球を混乱させ、
崩壊させようとしているというのは真実ではありません。それこそ宇宙の真理を知らない証拠です。
ニビルによって、地球上の人々がこれまで経験してきた時代が終わりを遂げ、
三次元の物質的な意識から、より高い次元に統合の意識に変る時代が来たのです。
今まで、地球を支配してきた者達は、今までどおり権力を行使できなくなり、
今後は、世界の人々が「一般市民と国民」成長し、明るい未来に向けて大きな一歩を踏み出し、
お互いに協力し合い、調和を重んじる社会が到来します。。。

言葉の寄木細工
http://blogs.yahoo.co.jp/takahash_yuuzan19/36285686.html

posted by datasea at 23:21| Comment(0) | ◉ シュメール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月14日

惑星ティアマトと惑星ニビルの激突

nibiru-c.jpg


惑星ニビル
> ティアマトとニビルの激突
太陽系の軌道に乗ったニビルであったが、その途中にはティアマトがあります。
ニビルの前に立ちはだかったティアマト対して、衛星を配備しました。
またニビルは前方に稲妻(放電現象)を配備し、燃え上がる炎で全身を満たしティアマト包み込むための網(磁場)を作ります。
更に天王星から恵みを受けた魔風、旋風、暴風を従えます。
即ち天王星から新たに加えられた衛星である。
そしてニビルより風(衛星)はティアマトより先に攻撃を仕掛けたのです。
「キングの陰謀を見破る」
ほど接近したニビルは網(磁場)を広げてティアマトを捕らえます。
ニビルの稲妻(放電現象)はティアマトの動きを緩め、恐怖したティアマトは過熱し、膨れ上がりました。
そして大きな亀裂がティアマトの地表を走りその亀裂に向けてニビルは「魔風」を吹き込みました。
この衛星によってティアマトの腹を引き裂き、内臓を切り裂き、心臓を貫いたのです。
ティアマトの命が消された後、ティアマトの衛星群がニビルの磁力と引力によって従来の引力から引き離され、
逆向きの軌道(反時計回りから時計回り)に乗せられてしまいます。
また、ティアマトの指揮官であるキングは他の衛星とは異なる運命をたどります。
ニビルは、キングの惑星となるべき「宿命」を奪い取り、ドゥッガエ(泥の塊)へと変化させました。
大気、水及び放射性部室を剥ぎ取られ文字道り「泥の塊」となったキングは、サイズも縮小され、
「鎖につながれて」
ティアマトの残骸の周りを永遠に周回することになったのです。
そしてティアマトを粉砕したニビルは太陽系の惑星となります。
ニビルは太陽系の星となってからも宇宙外へと飛び出していったが、惑星である以上ニビルは太陽系に戻ってこなければなりませんでした。
そして、遂に地球と月の創造が始まったのです。
ニビルの攻撃によってティアマトの残骸は真っ二つに割れました。
そして
「ティアマトの頭蓋(割れた上半身)」
はキングと共に誰も知らない場所に飛ばされます。
つまり、これまで惑星の存在しなかった場所へ飛ばされたのです。
そして、その弾き飛ばされたティアマトの残骸こそ地球であり、鎖でつなぎとめられたキングは月となりました。
ティアマトの残り半分は粉々に打ち砕かれ、ティアマトの割れた半分は槌打たれ、天界の手械になったのです。
そしてそれこそ火星と木星の間を取り巻くアステロイド帯となりました。

Mistery Planet
http://www.geocities.jp/mu_tyo/nibiru10-4.html







惑星ニビル情報
歴史文献にみる惑星ニビル
2000年8月
Andy Lloyd
Written by Andy Lloyd, author of 'The Dark Star' (2005) and 'Ezekiel One' (2009)
Published by Timeless Voyager Press 8th August 2000
Timeless Voyager Press
http://www.darkstar1.co.uk/ds6.htm
衛星ティアマット
古代シュメール文明には惑星ニビルの記録がある。記録によるとかつて惑星ニビルと地球の民と海の怪物ティアマット(Tiamat)の間で戦いがあったという。
シュメール記
「ティアマットは顔から稲妻を吐いていた。体からは火がでていた。男はティアマットを網にかけつかまえた。」。
聖書のヨブ記にもシュメール人の記録と同じ内容の文がある。
神が海の怪物レビアサン(Leviathan)と戦ったという記録だ。
聖書ヨブ記41: 18-21
「レビアサンの目はまるで日の出の陽の光のようにまぶしく光り、鼻からは稲妻が飛び散っていた。
まわりには強い風が吹き荒れ、口からは火を吐き、語る言葉も火であった。」。
聖書のほうはおそらく後に一神教であるヘブライ人が内容を書き換えたのだろうが、それにしてもこの2つの記録の内容は酷似している。
どちらも惑星ニビルの記録だろう。惑星ニビルは火の怪物だ。
その周囲には稲妻や火が飛び散り、後光に包まれている。
そして接近に先立っては、その衛星ティアマット(Tiamat)がまず接近する。
日食の時にできる日輪の上のコロナを見ればこの記録の意味がわかると思う。
惑星ニビルには7つの衛星がある。
記録の「風」とはつまり7つの衛星の事だろう。
衛星ティアマット(Tiamat)の大きさは地球よりも大きい。
という事は惑星ニビルの大きさはかなりのものであると予測できる。
Sitchin氏は惑星ニビルの大きさは地球と同じといっていたがこれは誤りだろう。
どうしてそう考えたのだろうか。惑星ニビルには生命体が住んでいるという。
だから地球と同じサイズだろうと考えたのだろうか。
以下、衛星ティアマットの記述。
惑星ティアマットの記述
「複数の衛星をもつ惑星ニビルと惑星ティアマットは互いに接近した。
惑星ニビルは惑星ティアマットの内部をスキャン、キングー計画(the scheme of Kingu)にのっとり惑星ティアマットに稲妻(divine lightnings、神の稲妻)を打って攻撃した。光と熱に包まれた惑星ティアマットの公転速度は下降、地表では噴火が多発、地殻に亀裂ができた。惑星ニビルはその亀裂に向かって邪悪な風(Evil Wind)という名前の衛星を打ち込んだ。邪悪な風は惑星ティアマットの心臓を切り裂いた。、惑星ニビルは惑星ティアマットを網でつかまえ、自らの衛星にした。」。
メシアと惑星ニビル
キリスト教圏外の地域には「メシアのドラゴン(Messianic Dragon)」をあがめる民族がいた。
わし座とへび座のエリアは「ドラゴンの住処(Domain of the Dragon)」と呼ばれる事もある。
わし座とへび座(the Eagle and Serpent、Aquila and Serpens)を組み合わせると空飛ぶヘビとなり、つまりメシアのドラゴンとなる。
惑星ニビルはこのエリアにみられる。またこのエリアはシリウスやオリオン座の反対のエリア。
「メシアのドラゴン」は中米インカ文明の神ケツァルコアトル(Quetzalcoatl)やエジプトのホルス神(Horus)のイメージとも通じる。
「メシアのドラゴン」は3400-3800年ごとに現れ、人類に破壊と進化の過程をあたえるという。
Bauval氏、Hancock氏
「太陽系が魚座の時代にはいったのはアレクサンダー大王 (Alexander the Great、356-323BC)の時代。
このころ東西の世界の境界が出来、また紀元前330年ころ東の世界にメシアが現れるとされた。
メシアはアレクサンドリア(Alexandria)に現れるという説が有力だった。そして実際にメシアがあらわれたのはその200年後のイスラエルだった。」。
紀元前11,000年に大洪水がおきたという記録がある。またSitchin氏によれば、惑星ニビルは紀元前3760年に地球に接近したというが、惑星ニビルの公転周期を3600年と考えれば計算があう。そして前回の接近は紀元前160年ごろだったはずだ。紀元前160年当時の大国といえばローマ帝国。ユダヤ人は次の惑星ニビル接近時にユダヤの王(a "King of the Jews")の再臨があると信じていたが、ローマ帝国は惑星ニビルの情報がなかったので、ユダヤの王再臨はローマ帝国の支配を逃れるためにでっちあげた寓話であると考えた。そして仮にもその寓話のユダヤの王が再臨するのなら、ユダヤの王は世界をローマ帝国以前の神権政治(the divine Kingship)の世界に逆戻りさせ、ローマ帝国の覇権をゆるがす脅威となると考えた。
古代エジプト神話
「オシリス神(Osiris)の子ホルス神(Horus)はイシス神(Isis)から生まれた。
イシス神は処女の女神(the virgin-star goddess)で、イシス神は性行為をせずにホルス神を生んだ。」。
シリウスはイシス神の星。
オリオンはホルス神の星。
当時シリウスが観測され、イシス神とホルス神が生まれると信じられた。

local pc









ティアマト伝説
カブトガニの生まれた海・・・・・テーチス海
二億年以上の昔、地球の大陸は一つにまとまっていて、東に開いたテーチス海と呼ばれる大きな内海がありました(図1)。
石油の元になったといわれる大サンゴ礁の広がるテーチス海で、三葉虫やアンモナイト、シーラカンス、そしてカブトガニが生まれ、栄えていったのです。このテーチス海の奥、西の端が今のアメリカ東海岸の近くであり、テーチス海の出口、東の端が日本など東アジアに当たります。
カブトガニは生きている化石と呼ばれ、五億年以上前の古生代初期に三葉虫と分かれ生じましたが、二億年前の中生代三畳紀以後は、ほとんど形態を変えずに生き残ってきた貴重な動物です。恐竜などよりはるかに古い生き物なのです。二億年前ごろから起きた大陸の分離と移動に伴い、カブトガニはいやおうなしにアメリカ大陸とユーラシア大陸に分けられ、北アメリカ東海岸と東アジアの海岸に生き残りました。
カブトガニの危機はいろいろな人が、いろいろな方法で訴え、救う方法をいろいろ考えています。
ここでは、そうした事をくどく繰り返すのは避け、美しかったテーチス海の語源になったギリシャ神話の女神テーチスの話をしながら、海を愛した私たちの先祖をしのび、海を守る気持ちを育てていきましょう。
海の女神? 海の怪物? ティアマト
海の女神テーチスはギリシャ神話に登場する女神ですが、その原型がメソポタミアの神話に登場する同じ海の女神ティアマトに見られます。
メソポタミア(イラク地方)の神話は現在残っている世界の神話の中で、最も古いものです。
これからお話しする神話は今から四千年も前にできていました。
少なくとも、キリスト教の聖書やギリシャ神話はこのメソポタミアの神話の影響を強く受けています。
メソポタミアの神話によれば、天も地もない大昔、この世にあったものは水と二人の神様でした。
塩水を支配していたのが女神ティアマト、
真水を支配していたのが夫のアプスー
でした。
しかし、その頃、塩水と真水はまじりあっていて、完全な海はありませんでした。
ティアマトは生命を生んだ乙女とも呼ばれています。
ティアマトたちの孫に、天上の精霊アンシャルと地上の精霊キシャルが生まれ、この二人の子供が,後に空の神になるアヌです。
そして、アヌの子がたいへん頭の良い神エアです(図2)。
こうして、神々は増え、自分勝手なことを始め、ティアマトやアプスーの言う事を聞かなくなります。
そして、ティアマトの反対に関わらず、アプスーは乱暴な神々を滅ぼそうとしたのです。
アプスーのたくらみに気づいたエアは逆にアプスーを滅ぼしました。
このエアの子が神々の中で最も強いマルドークです。
マルドークは、眼が4つ、耳が4つで、口から炎を吐く化け物のような神です。
そして、たいそう乱暴者でした。
あるとき、風をしばったので、風が吹かなくなりました。
また、神々にもいたずらをしました。
神々はマルドークの乱暴ぶりをティアマトに言い、マルドークを除くように頼みました。
ついに、ティアマトは秩序を守るため、マルドークを滅ぼす決心をしました。
ここに、神々の戦いが始まりました。
それは、天と海の戦いのようでした。
エアは子供のマルドークを助けようとして、天の精霊アンシャルに、
「女神ティアマトが天宮を滅ぼそうとしている。」
と嘘をつき、アンシャルを味方に引き入れたのです。
エアの父に当たるアヌもマルドークの味方になりました。
いつの間にか、神々に反逆したのは、マルドークではなく、ティアマトだということになってしまったのです。
最初の戦いで、エアがティアマトに立ち向かいますが、ティアマトの作り出した竜などの十一頭の怪物に恐れおののいて敗れ、逃げ帰ってしまいます。続いて、アヌが女神ティアマトに立ち向かいますが、怒り狂ったティアマトの前に、やはり敗れてしまいます。
最後に、もしティアマトを倒したら自分が神々の王になるという約束を神々と取り交わしたマルドークが進軍します。手には雷を持ち、つむじ風の戦車で前進します。怒り、残酷、嵐、突風の四頭の怪物がその戦車を引きます。ティアマトの軍勢はその姿に恐れおののきます。
さすが、ティアマトだけはひるむことなく前進しました。
しかし、巧妙に仕掛けられた罠にかかってしまいます。
それでも、どんな武器もティアマトの体を傷つける事はできません。
そこで、マルドークの軍にいた大嵐がティアマトの顔面に強い風を吹きつけ、ティアマトの口を閉れなくします。
そこへ、マルドークが大弓を引き、矢を放ったのです。
矢はティアマトの口を通って、内臓を貫き、心臓を引き裂いてしまいました。
その血は風が吹き飛ばしてしまいました。海の女神ティアマトは敗れたのです。
マルドークはティアマトの体を二つに分け、一方を高く上げて、大空にしました。
ティアマトの体の残り半分で大海の一部をおおい、大地の土台としたのです。空と陸ができたのです。
アヌを空(大気)の神にし、そして、エアを海の神にしました。
エアは、ティアマト軍の大将軍だったキングーの血と骨を材料に、人間をつくりました。
ティアマトを倒した、あの大弓は大空にかけられました。
大空にかけられた大弓は、虹、天の川、または太陽の通る道、黄道の十二の星座になったといわれています。
こうした神々の戦いは、メソポタミアで起った権力の交代とそれに伴う戦争を反映しているのでしょうか。
世界最古といわれるメソポタミアの文明を作った人々は、はじめは海の女神ティアマトを信じていたと思われます。
しかし、異民族の侵入も多く、権力の交代も激しかったメソポタミアの地で、信仰の対象は神王マルドークに移っていったのです。
マルドークの神殿は空高く築き上げられました。
キリスト教の聖書に出てくるバベルの塔はマルドークの神殿がモデルだといわれています。
バベルの塔は神に近づきすぎたとして破壊されるのですが、その話そのままに、マルドークの神殿も今に残りません。
マルドークもまた、ティアマトと同じ道を歩み、人々の心から消えていったのです。
マルドークの信仰の後、イラン(ペルシャ)に生まれたアフラを主神とするゾロアスター教がこの地方に広まったものと思われます。
そして、ゾロアスター教もいずれイスラム教に追いやられていくのです。
ティアマトはメソポタミア(イラク地方)の海の女神ですから、その海はペルシャ湾ということになります。
ペルシャ湾は、つい最近も戦争による原油流出によって汚されてしまった事は記憶に新しいところです。
私も湾岸戦争直後に調査に行ってきましたが、ひどいものでした。
戦いに敗れたティアマトは、メソポタミアの神話に続くギリシャ神話にも登場します。
しかし、海の女神としてではなく、海の怪物としてなのです。
いけにえにされたアンドロメダ姫を襲う海の怪物の名前がティアマトなのです。
海の怪物ティアマトは、アンドロメダ姫を救った英雄ペルテウスによって石にされてしまいます。
時代の流れとはいえ、海の女神の扱いにいささかの怒りさえ覚えます。
人類最古の文明を築き、女神ティアマトを信じていたと思われる人々は、ティアマトを残し、どこへ行ってしまったのでしょうか。
ある地域の神様が、別の地域あるいは別の神話で逆の扱いを受ける事は良くあります。
ペルシャ地方のゾロアスター教の主神で、火や明るさ、そして正義の神であったアフラは、バラモン教、ヒンズー教、そして仏教で、
アスラまたはアシュラ(阿修羅)
として、むしろ邪神として扱われるようになりました。
トルコ地方のメデューサも、ギリシャ神話では怪物の扱いです。
エジプトの神話では、根源の神アトン・ラーの子供に、大気の男神シュウと、水の女神テフヌトが出てきます。
その名前の類似からも、テフヌトは、女神ティアマトとの関連が感じられます。
テフヌトとシュウの子が、天の女神ヌウトと大地の男神ゲブです。
その二人の子に、エジプト神話で有名なオシリスとか、イシスがいます。
メソポタミアと同じ中近東で生まれたキリスト教の聖書には、神エホバ(またはヤーべ)が天地を創造する話があります。
最初、この世は水でおおわれ、神の霊が水面にあったとされています。
そして、そこに光を与え、昼と夜ができ、一日目が終わります。
次の日、神は水を上の水と下の水に分け、その間におおぞらを置き、そのおおぞらを天(空)と名づけます。
二日目です。三日目に、神は下、すなわち地上の水を一か所に集め、海と陸を分けます。
そして、植物をつくります。四日目に太陽と月と星をつくり、五日目に海と空の動物、すなわち、魚と鳥をつくり、そして、六日目に陸上の動物をつくった後に、自らの手で、粘土から人間アダムとイブをつくり、七日目に休んだとされています。この神話は、水がこの世の最初にあったとする世界中いたるところにある神話と共通するタイプの神話です。
古代の人々にとって、海はそれほど広大で永遠なものと思えたのでしょう。

伊藤富夫研究室: カブトガニの話・・・世界のカブトガニ
http://www.geocities.jp/tomioitow/sub1.html


















太陽系種族の物語!
2016/7/16(土) 午後 2:39
♡古代史・神話♡ 練習用
太陽系種族の物語!
太陽系創造神話[エヌマエリッシュ]によれば、太陽系における生命の母はティアマトです。太陽系内惑星の創造に関しては、必ず双子で創造されます。そして、生まれたての惑星は、親惑星の火山成分とほぼ同じで、熱く燃えながら飛び出し、まだ大気も海も無く、火山の噴火する岩石惑星です。
ティアマトは噴火により大気と少しの海が形成された。おそらく、この海に原始生命体が発生したのでしょう。ティアマトとほぼ同時に創造されたフェイトン、次に創造された火星、当然地球もまた生命の種子をティアマトから受け継いでいます。この生命の種子は、地球・火星・フェイトンと比較すれば、木星クラスの強い重力のもとでティアマトに誕生した。それ故、地球・火星・フェイトンの重力下では、ティアマト由来の生命体は弱い重力の基で巨大化してしまうのです。
ティアマト星系に最初に、次に火星とフェイトンに生命が誕生した。ニビルによりティアマトとフェイトンが粉砕された時、すでにフェイトンには恐竜が生息していた。古代太陽系での生命の進化の度合いが全惑星で同程度だとすれば、火星はフェイトンと同じく爬虫類が生息していたと考えても間違いはない。そしてフェイトンに住む知的生命体は、ニビル災禍を逃れ生命が生存できる一番近い惑星=古代火星に避難したとするのが常識的でしょう。
古代火星に文明を築いた後、火星の老化に伴い、新天地への移住を計画した。第一のグループはニビル星系への移住を計画し、外宇宙へと旅立った(おそらく、紀元前1万2千年以上前のことでしょう?)。ニビル星系に移住した古代火星人は、二ビル星での南北王朝の過酷な戦いを繰り返した。別のグループは、戦乱の続くニビル星から離れ地球に移住した。地球に移住したグループは、平和を愛するものたちで、地球の猿人の遺伝子を自らに取り込み、地球への適応を図った。
一方でニビル星系での永遠とも思える戦乱から逃れ、ニビル星から古代火星を経由し、地球への移住計画が練られていた。このことを知り、地球の遺伝子を持つニビル星人は、ニビル星での戦乱の解決を図るべく、ニビル星系へと移住した。
ついに、ニビル星系での戦乱は終わり、南北王朝の王と女王の婚姻によって統一された(神武東征時の平和裏の統合、出雲王朝や吉備王朝との統一と同じです。)。第十代アヌの時代に、ニビル星の大気の崩壊を食い止めるべく、地球に金を求めて飛来。地球での安定した文明基盤のための労働力として、二種類の地球人類を創造する。
一つはネアンデルタール人=イギギである。イギギも人類として火星並びに地球に移住、定着したと聞いています。もう一つは、ニビル星人とネアンデルタール人のハイブリッドである現生人類である。
さて、異星人を名乗る種族と、上記に説明した太陽系種族との関係を推断してみましょう。
最初に知っておくこととして、地球に飛来している異星人(琴座星人、ニビル星人、プレアデス星人、オリオン星人、シリウス星人、火星人)の母星は、各異星人の呼び名の星々ではではありません。あくまでも、同じ生命哲学を共有する者達のグループ名として、琴座、プレアデス、シリウス、オリオン、プレアデス、火星と名乗っているのです。つまり自民党、民主党などと同じ意味合いでなのです。呼び名=星座と勘違いすることで、異星人に対する大変な誤解が生じています。
リサ・ロイヤルの[プリズム・オブ・リラ]の情報を先生にお知らせしたところ、先生から下記のことを教えて頂いています。ほぼ、プリズム・オブ・リラと同じような返答でした。ただし、本書にはニビル星人に関する記述が無く、古代シュメル古文書との整合性がとれず、貴重な情報であるにもかかわらず、より混乱をもたらしている一面があります。
「オリジナルな文明は、
  琴座 ⇒ プレアデス星 ⇒ ニビル星 ⇒ 地球へと
伝えられ、それを伝えるに必要な高等な知性を持った生命体、即ち人間は必要に応じて、各母体惑星からDNAの移植により創造されたものだと。」
詳細は省いて、結論だけをまとめると、下記の通りです。
琴座A,B  = ティアマトとその衛星のフェイトン
琴座星人   = フェイトン星人
プレアデス  = 古代火星
プレアデス星人= フェイトンから古代火星へ移住した人々。その一部が古代地球へ移住。
ニビル星人  = フェイトンからニビル星に移住した人々。
シリウス星人 = ニビル星のアヌ王家以外の種族。王国を否定し、共和制へ移行。
オリオン星人 = 火星人類 及び プレアデス末期の巨人族
最後に、惑星間で繰り返される衝突が惑星を激変させ、その度に知的生命体は母星を逃れ第二の母星へと移住し、環境に最適な惑星人類を創造してきた。その後、新生人類による戦乱に次ぐ戦乱もまた勃発している。現在の地球の戦乱の様相は、太陽系種族の総決算ともいえるものではないのでしょうか。つまり、同じ科学と哲学を共有するが、人生観・生き方における違いからこれら太陽系種族の騒乱が繰り返されてきたのです。
金星系大サタン・サナンダの提唱する生命哲学では、必要悪の立場に立ち、現世を力強く生き抜く必要は無いとし、霊体から肉体への転生輪廻を提唱している。そして、霊体の転生輪廻を支配する一部の者達が全体を支配しており、現実は独裁体制でしかない。そもそも、霊体は人類だろうが異星人だろうが、生まれたときから人体に生体磁場として記憶されながら成長し、臓器の一部として働き出すのだ。死後、疑似細胞を形成し、肉体を放れ霊体となる。霊体もまた物質でできており、すべては物質世界しかない。だから転生輪廻はあり得ない。だから、転生輪廻は、現実世界をより良くしようという人類の意思を消滅させ、有りもしない来世に期待を掛けるという愚かな人々を量産し、己の見にくい権力欲を隠蔽し、悪の帝国の支配を永遠のものにしようとしているのです。
人間の肉体を持った一生は一度限りで、有意義に人生を過ごさなければ、人格は成長しない。死後、霊体になったとしても、貧弱の意識では生前の記憶の大半を失い、地縛霊のように迷妄の壁に閉じ込められてしまう。もしくは、類は友を呼ぶので悪霊の巣窟に閉じ込められてしまいます。しかも、霊体の人生も有限なのですから、生ある人生を有意義に過ごさなければ、霊体の人生とはいいえ価値あるものとはならないのです。
付け加えると、異星人はすべて人類と同じ姿形をしている。恐怖映画に出てくる宇宙人、決爬虫類人、グレーなどは知的生命体ではない。遺伝子操作による産物に近く、バイオアンドロイドなんです。
コーヒーでも飲みながら考えじっくり考えてきた!ましょう!

麗奈の日だまりVol-1 Dream and Vision
http://blogs.yahoo.co.jp/ayanoreina/13793485.html





posted by datasea at 00:00| Comment(0) | ◉ シュメール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする