2019年10月17日

南極古代遺跡の古代名が判明

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By Jeffery Pritchett
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Antarctica's Actual Name Revealed! Existence of Ancient Mythical Civilization From Antiquity!

Before It's News
https://m.beforeitsnews.com/paranormal/2019/10/antarcticas-actual-name-revealed-existence-of-ancient-mythical-civilization-from-antiquity-2544977.html

YouTube
https://youtu.be/-4-9fgyS_Ds
https://youtu.be/9jOr0Oo3ip8




(要約)
南極古代遺跡の古代名が判明
2019.10.10
古代の交差路(Crossroads of the Ancients)~ 78° 1’29.14″S 162°11’48.47″E
第二交差路(Secondary Crossroads)~ 78° 4’13.28″S 162°13’25.96″E
女の顔(Face of a Woman)~ 66°37’26.67″S 110°15’42.00″E
複雑な壁彫刻(Intricate Wall Sculpture)~ 75° 6’47.53″S 112°48’45.63″W “
キャノピー(Canopy Construction) ~ 75° 7’43.75″S 112°51’9.59″W
クジラの体(Body of a Whale)~ 66°36’34.93″S 110°14’22.27″E
ヒューマノイド像(Humanoid Figure)~ 75° 7’29.16″S 112°46’4.88″W
廃棄場(Refuse Center) ~ 75° 7’24.24″S 112°46’19.65″W
この先進の古代文明の進化した先に聖書の大洪水がおき,その先に始まった時代が石器時代であった。。
Keith Clarke
APeX 

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2019年09月22日

FB古代史研究会: 相撲神事,イスラエル,雨宮神社

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FB古代史研究会: 相撲神事,イスラエル,雨宮神社
坂口成事
古代エジプトのファラオや、片仮名を示す津丹仮面などの顔立ちは、私たちには馴染みのある顔立ちですが、日本人には、古代エジプト型の足型が多いといわれています。
個人的には、船の上での鬼ごっこの経験から、船の上で素早く重心移動するには、足の親指が発達していた方が、有利なように思います。
ところで、古代エジプトでの隼炎神の神官らは、どこに消えたのでしょう。改宗したのでしょうか。それとも滅ぼされたのでしょうか。
私は、消えたのは、速日(隼炎神)を祀る隼人が、日本へ帰って来たからだと思います。
また、二羽の片仮名のトキ鳥と黒犬で祀られてきた、私の中の宇宙(タカミムスビ、ヤタノカガカミ)と、宇宙の中の私(カミムスビ、カタカムナカミ)のトト神(呂)をサポートする速神を、犬神(八百万神、天使)として祀り、人は、天地(トト)を爾宜る(司る)もの(真名)でありながら、犬神(速日)との混血(ニギ速日)となったのです。
相撲や角松は、その関係性を角力する神事であり、ヤコブが、天使と相撲を取ってイスラエルとなりましたのは、人が、ひっくり返さねばならぬ課題を持っている象徴です。
ところで、犬夜叉というアニメはご存じでしょうか。
砕けた四魂の玉を集めるのですが、これは、荒霊(踊る石舞台の環境がある事)と奇霊(石舞台で踊る能力がある事)の△▽イクムスビと、和霊(神を知る能力)の○タルムスビ、幸霊(他人を知る能力のタマツメムスビの四能力(熊手、神の手)という、人の尊厳(神の実子)の能力です。
写真は、いつも載せています、雨宮神社(アメン)の下は、山ごと太陽神殿の、球磨の相良のトトロの森と、ヤコブの天使との相撲と、犬夜叉(TVアニメのエンディングソング(深い森)は私たちが四魂の玉を見失った姿)です。
写真は、お借りしています。

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https://www.facebook.com/groups/kodaishi/permalink/2084830478328358/


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FB古代史研究会: 岩戸山の歌詠みの修行

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FB古代史研究会: 岩戸山の歌詠みの修行
夜明けの晩(番)に、鶴と亀が統べった、その北斗七星と北極星が、天神として並立する蒼天となる古代、満干(みちひる)の謎が解かれました。
鶴亀の二つの星座は、柄杓の形をしています。
それは、水瓶を満たすための柄杓と、水瓶を干らすための柄杓です。満ち過ぎても干し過ぎても、水瓶はひび割れ災いを起こし、水瓶の火蓋が切れれば、戦争にもなります。例えば、私たちが、良かれと思って苦闘して蓄えた知識も、私たち自身を殺す兵器となり得ます。その災いの種となる要点は、飽くなき欲望です。
それで、岩戸山の歌詠みの修行では、冬至前までの三日間、捨てる(干らす)ための修行がなされていました。落ちたら即死の小さな石の上に立って、歌を詠みます時に、これまで蓄えた知識は役に立ちません。役に立たないので、捨てて良いのです。そして、冬至後の三日間、真知を得るのです。
それまで、逆立ちをしていましたから、知識を得る必要がありましたが、逆立ちを止めますと、誰彼に知識を尋ね求めるのではなく、おかしな表現ですが、私に問うという事で、聞くもの(耳)と話すもの(口)が同じ聖という事でもあります。尋ねるものと答えるものの、二つのバラバラだった今が、琴を奏でる時、事と成るのです。
ところで、先日の事、深夜に、皆さん方に声をかけ起こしました時、爆発音が聞こえたとおっしゃる方もおいででしたが、水瓶のひび割れの音だったのですね。それを鼓と琴の音に変える、それは、皆さん方のお役目です。
写真は、歌詠み場と、修行の霊人の姿が映る、その眼下の鼓ヶ滝と、拝ヶ石巨石群の鏡石に刻まれた天神(柄杓星座)と、FBを始めるにあたり、拝ヶ石巨石群の亀石に鶴(青井龍)が巻いた所です。

FB古代史研究会
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2019年09月21日

[旧跡] 八王子山金大厳

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八王子山
日吉大社奥宮
滋賀県大津市
金大厳という磐座を御神体としている奥宮
さらに登ると、八王子山山頂
おそらく古代祭祀場であったと思われる

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2019年09月14日

FB古代史研究会: 熊本県,菱形池

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FB古代史研究会: 熊本県,菱形池
皆さん方の中には、橋の下から拾われてきたと、親御さんからお聞きになられた方もおいでかも知れません。
ところで、モーセは、那入川で拾われましたが、これは、赤子を川に流して、神からいただき直すという、生まれ変わりに挑戦してきた、那(日本)人の信仰です。
赤子を川へ流す→雛人形を川へ流す→雛人形を飾る
となったのです。
また、モーセは、マナという食べ物で、300万人(屈強な成人男性は60万人)ともされる流浪のユダヤの民を、半世紀も食べさせてきたのです。
このマナの謎、白い種なしパンですが、まさに米(まんま)です。
木の実や果実、虫など、いろんな説はありますが、エジプトのオアシスや河川沿には、野生米が自生しており、また、保存などの面からも、疑いはありません。
それで、私たちは、正月には、まんまを今でもついて供えますし、ひな祭りには、菱餅を飾るのです。
写真は、△▽イクムスビの餅つきの菱形により、生まれ変わりに挑戦していたと思われる熊本の菱形池です。
宇佐神宮の元ともいわれています。
同じく、生まれ変わりの生人のための古墳(鬼道)と思われる、玉名のトンカラリンです。
吉村作治教授によりますと、エジプトのピラミッドの内部構造と、工法寸法まで似ているそうです。また、川に流された雛人形が、天に帰されるため、代わりに飾られました、実家の雛人形の掛け軸です。

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2019年09月10日

雑誌ムー: アラスカ・トライアングル

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雑誌ムー: アラスカ・トライアングル
超常現象研究家・並木伸一郎
フロリダ半鳥の先端とプエルトリコ,バミューダ諸島を結ぶことで浮かびあがる三角地帯
「バミューダ・トライアングル」
は,古来,船舶や航空機,ときには乗員だけが謎の消失を遂げる海域として知られてきた。
2015年5月16日には,90年前に行方不明となった貨物船「コトパクシ号」が突如として帰還し,100年以上前から,100を超える舶舶や航空機と1000を超える人間を呑みこんだ伝説が今なお生きていることが証明された。
謎の消失ゾーンは「魔の三角地帯」とも称されるが,類する異常地帯はほかにもある。
たとえぱ,干葉県野島崎,小笠原諸島,グアム諸烏を結ぶ三角形の海域は
「ドラゴン・トライアングル」と呼ばれ,調査船や航空機の遭難が多発している。
また,ブラジルのリオデジャネイロ中心部には,高層ピルを結んだ三角地帯で,車両や金品が日中晴天下でも忽然と消失する
「ブラジルのバミューダ・トライアングル」
がある。
だが,近年もっとも注目されているのはバミューダの北西に位一する
「アラスカ・トライアングル」
だろう。
アラスカ・トライアングルが注目されるきっかけとなったのは,1972年10月に発生した失踪事件だ。
当時の多数派国会議会のリーダー,ヘイル・ボッグズやアラスカ議会のニック・ペジヒ議員たちを乗せたプライベートジェットがアンカレジからジュノーに向かう途中で消息を絶ったのだ。
1か月以上にわたり,50機の民間航空機と40機の軍用機,何隻もの船舶が約10000平方キロに及ぷ捜索を展開したが,飛行機の破片ひとつ見つからなかった。
その後,この三角地帯では9年の間に2万人以上が謎の失踪を遂げているといい,バミューダ以上に危険な場所とされている。
この怪奇現象には,地中に眠るピラミッドが関係している可能性がある。
アラスカの凍土の下にピラミッドが眠っている。。
信じがたいかもしれないが,これは紛れもない事実だ。
なぜならぱ,それを裏づける証拠がいくつも獲得されているからだ。
アラスカでピラミッドの存在が取り沙汰されるようになったのは1992年のこと。
中国が強行した地下核実験による地震波が世界中をかけ巡ったとき,これを活用して地質字者や地震学者が地殼の特性を検証。
その結果,アラスカ西部に位置するノース・サウンドとマッキンリー山の中間地点の地下に,四角い異常構造物が存在することが判明したのだ。
地上からは捕捉しかたいがゆえに
「ダーク・ピラミッド」
と称されるようになった異常構造物が発見されたのは,マッキンリー山の南西約80キロ地域。
グーグル・アース上でも
北緯63度17分51.40秒,
西経152度31分24.49秒
地点で,平坦な地形の周囲とは明かに異なる四角形の地形が確認できる。
周辺には植物が自生し,季節によって彩りも変化するが,四角い異常地形が変化することはない。
地上に建造物がまったくないにもかかわらずこの地形ができたのは,周囲の地質と異なる何かが存在し,地表の植生に影響を与えたためだと考えられる。
実際に,地下のピラミッドを見たという人物もいる。
アメリカ在住のジャーナリスト,リンター・ハウは,2012年12月,自身のサイトで異常構造に関する調査報告を公表。
実際にピラミッドを目の当たりにしたという人物の息子から得た証言を公関している。
ウェスタン・エレクトリック杜に勤める匿名の男性によれば,彼の父親は1959〜1961年にかけて,謎めいたこの地で働いていたという。
父親は米海軍所属のエンジニアで,「地下に存在する巨大エネルギーにかかわる特別プロジェクト」に従事していた。
当地には地下へつづく長いシャフトエレベーターがあり,その先に鎮座するピラミッド状の構造物は強力なパワーを発生していたという。
父親が彼に詳細を語ることはなかったようだが。
アメリカ政府がこの未知なるパワーの秘密を隠すためにピラミッド自体の存在を封印し,関係者にも機密にさせていた可能性は高い。
だが,どんなにアメリカが隠蔽しようと,地下に眠るピラミッドの存在は公然の秘密となりつつある。
なぜなら,2011年5月,英放送局のBBCによって,ピラミッドの存在を示唆する赤外線衛星写真が公開されているのだ。
この写貞からは,17のピラミッド形構造と3000もの集落らしき形跡が確認された。
そればかりではない。口シア政府内では,ダークピラミッドに関する報告書が秘密裏に回覧されていたのだ。
■核のカーテンにかくされたピラミッド・パワー
ロシアに詳しい情報筋によれば,ロシア空軍航空宇宙防衛作戦戦略コマンド(VKO)が作成し,クレムリンに提出された
2012年12月10日付の報告書に
「アメリカ政府はアラスカで核実験を実施することで,ピラミッドの存在を隠蔽しようと画策している」
という主旨の一文が記されていたという。
ここで指摘される「核実験」とは,米加国境付近にあるユーコン・チャーリー・リパース国立保護区で2012年9月27日に起こった謎の大爆発,
その3か月後の12月5日に行われた未臨界核実験を指す。
9月の大爆発の際には,地元新聞によって蒸気を発する小さな火ロクレーターに写り込んだ航空写真がリークされたが,政府は当然のごとく沈黙をつらぬいた。
だが,北極にあるロシアの地震観測施設は爆発痕下にあるピラミッド状の構造物を見逃さなかった。
そして,3か月後に行われた未臨界核実験でも同様に異常構造を補足していたのだ。
もしかしたらVKOは,他にもさまざまな情報を得ていて,ふたつの核実験で露出したピラミッドの存在によって,アメリカの狙いを確信したのかもしれない。
いずれにしても奇妙なのが,12月の未臨界核実験については,
翌年1月26日,アメリカ国軍核安全保障局の公式ウェブサイト上で核実験全面禁止条約(CTBT)採択後,初めての地下核実験を実行したと公表していることだ。
1996年,国運総会で探択された核実験全面禁止条約(CTBT)では,地下を含む地球上の全碩域,及び大気圏内外といったあらゆる空間で核爆発実験が禁じされている。
とりわけ,アメリカが行った未臨界核実験はきびしい批判にさらされた。
ただし,アメリカは核実験全面禁止条約(CTBT)に署名しておらず,自国の核施設に対する査察をいっさいゆるさない資勢を貫いている。
よって,彼らが臨界核実験を行ったとしても特定することは困難だ。
それでも未臨界核実験の施設を公表したのは,世の注目を核実験へ向けることで,ダークピラミッドを秘匿しようとしたのだろう。
リンダーハウが別の証言者である元空軍中佐から得た情報によれば,当地から112キロ地点には不目然なほど立派な滑走路を俑えたフェアウェル航空基地があるという。
1942年に建設された同基地は,現在は運用されていないが,ピラミッド発見当時は前哨基地として機能していたのかもしれない。
だとすれば,ピラミッドは70年以上も秘匿されていたことになる。
だが,単なる古代遺跡だとしたら,これほど歳月をかけても満足のいく調査結果を得られないのは不自然だ。
むしろ,公表できない理由があると考えるのが妥当だろう。
これまでの経緯をみれぱ,秘匿される理由はひとつしかない。
ピラミッドが有する衆知のパワーを隠ぺいしたいに違いない。
はたして,その力とはどんなものなのだろうか?
■「ダーク・ピラミッド」はアトランティスの遺跡か
1930年代から,ピラミッド形の物体には不思議な力「ピラミッドパワー」が宿っているとされてきたが,科学的根拠はなく,現段階では疑似科学の領域を出ない。
ダークピラミッドのパワーを考察するのであれば,アラスカ・トライアングルとの関係を見ていくことが近道だろう。
この一帯では明らかな磁気異常が認められ,コンパスが本来の方角から30度ずれることもある。
幸運にも帰還することができた救出隊のメンバーの証言によれば,音響機器から酷い雑音がしたり,めまいや見当障害を起こすこともあるからだ。
本誌読者であれぱ,これがバミューダ・トライアングルで報告される事例と近しいことに気づくだろう。
それもそのはず,バミューダの海底にも,ピラミッドが存在するといわれているのだ,
やはり,ピラミッドと三角形地帑の怪異には深い関連があるに違いない。
バミューダートライアングルにおける消失事件の原因については,ブラックホールやワームホールが介在するという主張や
海底に埋蔵されるメタンバイトレートが原因だと考える学説,冷気の塊が引き起こすマイクロ波などが唱えられてきたが,いずれも怪異のすべてを説明するには至らなかった。
それゆえピラミッドの存在が,謎を解く鍵として注目を集めているのだ。
その正体は明らかになっていないが,太古の磁気エネルギー発生装置で,地球のパワーグリッドの役目をはたしていたと考えられている。
もし,アラスカのダーク・ピラミッドが古代遺跡だとしたらどうだろうか?
北アメリカに巨大ピラミッドを有する文明の歴史はないが,アトランティス大陸は北極海にあったという説がある。
バミューダとアラスカのピラミッドかその遺跡だとしたら……。
だが,その存在が秘匿されている現状では,これ以上のことはわからない。
残念ながら,ピラミッドと魔の三角地帯の解明にはまだまだ時間が必賢なようだ。    
雑誌ムー,2019.10号

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アラスカの古代ピラミッド
By Glenn Canady
Ancient Alaska Pyramid Can Power Canada!
Saturday, March 23, 2019 18:09
Earth File
https://www.earthfiles.com
Before It's News
https://beforeitsnews.com/v3/alternative/2019/3672016.html
アラスカの古代ピラミッド
2019年3月23日(土)18:09
Glenn Canady
アラスカの地下にねむる古代ピラミッドについて,Linda Moulton Howeが興味深い投稿をしている。
アラスカのピラミッドは,その頂点が約150フィートの地下にあるという。
2012年,Lindaは元米国陸軍対情報令状将校役員Douglass Mutschlerから内部告発の電子メールを受け取った。
以下メール文面
===========================================
1992年,アラスカのアンカレッジに駐留している時,地下にあるにピラミッドの話をきいた。
中国の核実験による振動を調査するためにアラスカにモニターを設置するプロジェクトがあり,
1992年5月22日,アラスカのアンカレッジで掘削をはじめた。
地下にピラミッドがある事がわかったのはその時だ。
デナリ山(Mt Denali)の60マイル西に飛行禁止区域があることは知っていた。
だからピラミッドはその地域にあるかもしれないと思った。
その後カナダ・メリーランド州のフォートミードの図書館に行く機会があり,個人的に調査した。
アラスカの地下に考古学的文献が埋まっているのかを司書に尋ねた。
司書はアラスカの地下から発見されたファイルを保管した金庫を見せてくれた。
座って読み始めたが,視線が気になる。
振り向くと,後ろに2人のグーンがいた。
「あなたはその情報を知る必要がない」と言う。
私はただ「何かを探している」と答えた。
彼らは言った
「あなたが何を探しているかはを知っている。
しかし,すぐにここから出ていけ。
あの事には触れたくない。」
===========================================
この情報によれば,このアラスカのピラミッドは1992年以前に既に知られていたことを示している。
Lindaはまた,1959年から1961年にかけて父親がWestern Electric Companyで働いていたという男性から情報を得た。
男性の父親
「黒フィルターの窓のバスで現地まで連れていかれた。
現地にはエレベーターシャフトがあり,それに乗って地下700フィートまで降りた。
そこには高さ550フィートの濃い黒いピラミッドの角があった。
米国政府がピラミッドの角を通り抜けて真ん中から上に向かってエネルギーを得ようとしている」。
この男性は元パイロットからも情報を得ていた。
パイロットによれば,この埋もれたピラミッドは当時のマンハッタン計画と同じくらい超機密事項であった。
だからその場所を誰も知っているはずはない。
パイロットによれば,それは何千年も前のある種の発電機であるという。
それがどこから来たのか,誰が作ったのかは誰も知らない。
しかしこの埋もれたピラミッドは,アラスカ全土とカナダ全土に電力を供給するのに十分なエネルギーを生み出すという。

夢日記
http://datasea.seesaa.net/article/465855511.html


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2019年09月06日

米クーパーズ・フェリー遺跡: 北米最古級石器が日本の石器と類似,人類北米到達の定説覆す新証拠

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米クーパーズ・フェリー遺跡: 北米最古級石器が日本の石器と類似,人類北米到達の定説覆す新証拠
人類の北米到達、定説覆す新証拠 アイダホ州の遺跡 アメリカ大陸最古級の石器、日本の石器との類似点も
日経ナショナル
2019/09/06
クーパーズ・フェリーの発掘調査で、1万5000〜1万6000年前にさかのぼる遺物が出土している。
従来、人類がアメリカ大陸に到達したと考えられていた年代より数千年古い。(PHOTOGRAPH BY LOREN DAVIS)
米アイダホ州西部の遺跡が、南北アメリカ大陸で最古の部類に入るとの研究結果が、8月30日付けの科学誌「サイエンス」に掲載された。
遺跡は、「クーパーズ・フェリー」と呼ばれる。放射性炭素年代測定によると、ここで人々が道具を作ったり、動物を解体したりしていたのは1万5000年〜1万6000年前。近年、アメリカ大陸への人類移住の時期やルートに関しては、従来の定説を覆す遺跡がいくつか見つかっているが、クーパーズ・フェリーもその重要な例として加わることになった。
⬛これまでの筋書き
20〜30年前までは、おおむね1万3000年前のクロービス石器が、アメリカ大陸で最初の人類による技術だと考えられていた。いわゆる「クロービス・ファースト」仮説だ。この石器を作った人々は、かつてシベリアとアラスカを結んでいた陸地、ベーリング陸橋を渡り、アジアから徒歩でやってきて初めて北米に入ったと、多くの研究者が考えていた。北米の内陸部を覆っていた広大な氷床がおよそ1万4000年前に後退し始め、氷の消えた回廊地帯(無氷回廊)が現れ、そのルート沿いに南下してきたというものだ。(参考記事:「米先住民の起源はアジア、DNA分析」)
これが一般的に言われる筋書きだった。
アメリカ大陸各地で、クロービスよりも古い遺物が見つかり始めるまでは。
「先クロービス」時代のものとされている遺跡は数十カ所ある。
しかし、年代が正確にわかっているのは今のところ数えるほどしかないと、米ワシントン大学名誉教授で考古学者のドナルド・グレイソン氏は言う。
チリのモンテベルデ(約1万4500年前)、
米テキサス州のフリードキン
およびゴールト遺跡(それぞれ1万5500年前と1万6000年前)、
米オレゴン州のペイズリー洞窟遺跡(約1万4000年前)
などがそうだ。ここに、クーパーズ・フェリーが加わることになりそうだ。(参考記事:「北米最初の人類に新たな証拠、マストドン狩猟も」)
「私の見るところ、クーパーズ・フェリーは極めて説得力のある先クロービス遺跡です」。今回の研究に関わっていないグレイソン氏は、こう評価している。
米サンディエゴ州立大学の考古学者で、今回の論文を査読したトッド・ブレジー氏も同様に、この遺跡は「『クロービス・ファースト』のモデルはもう成り立たない」ことを示す、さらなる証拠だと話す。
人類の北米到達、定説覆す新証拠 アイダホ州の遺跡 アメリカ大陸最古級の石器、日本の石器との類似点も
⬛より古い出土品が続々
クーパーズ・フェリーは、近くにサーモン川が流れる、夏は暑く冬は寒い素朴なところだ。先住民はこの地を、古代の村ニペヘと呼んでいた。
今回の論文を執筆した米オレゴン州立大学の考古学者ローレン・デービス氏は、1997年、博士論文の一環で、クーパーズ・フェリーを初めて発掘した。そこで、西部有茎尖頭器と呼ばれる、先をとがらせた石器を発見。槍などに取り付けられていたものかもしれないが、同じ小さな穴に埋まっていた骨と木炭を放射性炭素による年代測定にかけたところ、最も古くて1万3300年前と判定された。
最初の発掘からおよそ10年後、デービス氏はさらに広範囲な調査をしようと、再びクーパーズ・フェリーにやって来た。まだ消えずに残っている疑問、「90年代に自分が見つけた道具は、クロービスの道具より古いのか」を知りたかった。(参考記事:「クロービス文化の起源、定説に疑問」)
この10年の発掘で、デービス氏らのチームはさまざまな痕跡を見つけた。
太古のたき火による亀裂の入った岩、
道具作りや修理のための作業場、
動物の解体場、
動物の骨のかけら
などだ。デービス氏らは昨年、炉から出た木炭のサンプルを放射性炭素年代測定に回したところ、幅はあるが、およそ1万4000年前という結果に驚かされた。この結果を確認するため、クーパーズ・フェリーの出土品サンプルをさらに測定にかけた。
最初に大陸へ来たアメリカ人たちは、米アイダホ州西部のクーパーズ・フェリーで動物を解体したり、石器を作ったりしていた。(PHOTOGRAPH BY LOREN DAVIS)
「結果が次々と出ましたが、数字はどんどん古く、古く、さかのぼっていきました」
とデービス氏。クーパーズ・フェリーにある、遺物が詰まった堆積物の最も深い層は、
約1万5000〜1万6000年前
の範囲と測定された。「この遺跡がそこまで古いとは、全く考えたことがありませんでした」
⬛日本にもよく似た石器が
クーパーズ・フェリーの年代が判明したことで、北米大陸を南下できる無氷回廊が現れるよりも前に、南の土地にすでに人がいたという証拠がまた一つ増えた。だ。デービス氏や同僚の研究者たちは、今回の発見が、現在支持を集めつつある説の裏付けになると考えている。初めてアメリカ大陸を目にしたのは、船で太平洋岸に達した船乗りたちだとする見解だ。
「我々が考える最もシンプルな説明はこうです。人々は太平洋岸を下ってきて、コロンビア川の河口に出くわしました。つまり、沿岸の船旅を終えてもいい入り口です。そして、氷床の南の地域にうまく入っていける初めての内陸ルートも見つけたのです」
とデービス氏。コロンビア川を内陸へと遡ると、やがてサーモン川に行きつく。(参考記事:「北米最古、1万3000年前の人類の足跡を発見」)
クーパーズ・フェリーで出土した西部有茎尖頭器は、アメリカ大陸で見つかっている中で最古級の可能性がある。また、道具を作る技術がクロービス以前に発達していた証拠かもしれない。
「これらの新発見は、有茎尖頭器技術がアメリカ大陸最古の技術であるという事実を補強しています」。米ニューヨーク州にあるハミルトン・カレッジの考古学名誉教授、シャーロット・ベック氏はこう話す。
今回の論文で、デービス氏らのチームは、クーパーズ・フェリーで見つかった道具と、1万6000〜1万3000年前に日本で作られていた遺物の類似性に注目している。この点はひょっとすると、このタイプの有茎尖頭器の起源を暗示するのかもしれない。
しかしグレイソン氏は、2つを結びつけることには慎重だ。「遺物の類似性は、本当に手の込んだ物でない限り、関連性を示すとは言えません」
一方ブレジー氏は、この関連がまだほんの仮説にすぎないと認めつつも、「興味を引かれる」と感じている。
「今後の課題は、クーパーズ・フェリーと、ほかに少数ある北米の初期の遺跡、そして世界の遺跡との関連を調べることです」
とブレジー氏。「ストーリーを組み立てるには、まだまだやることがあります」(参考記事:「人類の出アフリカは早かった?アラビア半島で足跡」)
ラ・ベンタの石頭
1947年のナショジオの写真。
メキシコのラ・ベンタでオルメカ文明の巨大な石頭を調査する考古学者たちをとらえている。
オルメカ文明はメソアメリカ最初の文明であり、一帯の発展に関する貴重な手がかりの宝庫だ。(PHOTOGRAPH BY RICHARD HEWITT STEWART, NATIONAL GEOGRAPHIC)
文=Megan Gannon/訳=高野夏美

日経ナショナル
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/090500516/







 
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Japanese Artifacts Found in Idaho Predate Earliest Known Humans in America
Mysterious Universe 2019/09/07
日本の石器がアイダホ州で見つかり、その時代は、最初期のアメリカ人と考えられているものよりはるかに古かった
・クーパーズ・フェリー
科学において、「この発見はすべてを変える可能性がある」という表現はやや過剰であるものだが、しかし、アイダホ州からの最新のニュースは、北米大陸に最初に定住した人類について、これまでの定説を覆すかもしれない。
アイダホ州で見つかった石器と動物の骨の破片は、放射性炭素年代測定により 16,600年前のものだとわかった。この 16,600年前という年代は、これまでアメリカへの最初の入植者たちの文化と考えられているクローヴィス文化より 1,000年以上遡る。
さらに驚くべきことは、このアイダホ州で見つかった石器は、他のどの地域と同じ特徴を持っていたかということだ。それは、シベリアでなく「日本」で見つかったものと一致したのだ。
科学メディア「 SCIニュース」の取材に、この研究の研究者である米オレゴン州立大学のローレン・デイビス教授 (Professor Loren Davis)は以下のように述べている。
「下層の考古学的地層に 14,000年以上前の放射性炭素が含まれていることを初めて見たとき、私はとても驚きましたが、同時に懐疑的でした。それで、それが正しいことを確認するために、より多くの放射性炭素年代測定を実行したのですが、下層の年代は一貫して、14,000年前から 16,000年前を示したのです」
デイビス教授は、アイダホ州のクーパーズ・フェリー(Cooper’s Ferry)として知られる地域で発掘調査を 10年間行っている。この調査は、この地域の初期の先住民に関する論文から始まった。
クーパーズ・フェリーは、サーモン川の曲がり角にあり、サーモン川は、コロンビア川の主要な支流であるスネーク川によって供給される。
デイビス教授はこのように言う。
「この 10年間の調査の中で、発掘される年代はどんどん古くなってきています。最初は、この場所が、これほど古い年代が発掘される場となるとは思っていませんでした」
デイビス教授と研究チームは、これまでに 189個の石器の遺物(工具、発射体、刃など)に加えて、炭と、火によって割れた岩、そして、86個の大きな動物の骨の破片を発見した。
これらの石器や遺物の年代は、アメリカ大陸の最初の入植者によるものと長い間考えられているクローヴィス文化よりも古い。また、これらの石器や遺物の特徴は、クローヴィス文化の特徴とは違っていた。
そして、デイビス教授は、 SCIニュースに以下のように述べた。
「クーパーズ・フェリーで発見された最も古い遺物は、北東アジア、特に、日本で見つかった古い遺物と非常によく似ているのです」
なんと日本!
サーモン川は、スネーク川、そしてコロンビア川へと連なり、それは太平洋につながっている。これまでは、アメリカ大陸への最初の入植者たちは、シベリアからアラスカを辿って歩いてやって来たと考えられていた。
しかし、アメリカ大陸への最初の入植者は、そうではなく、大平洋を船で横断してアジアからやって来た可能性が出てきたのだ。
これについて、デイビス教授は以下のように述べる。
「これらの古い石器や遺物が、北東アジアのものと似ている理由としては、はっきりとしたことは言えないにしても、ひとつの可能性としてあるのは、この人たちは、大平洋を渡ってきたということです。そして、そこからコロンビア川の河口を見出し、その沿岸から移動してきたのではないかと」
しかし、このデイビス教授の予測は、あくまで可能性があるということであり、決定的なことを意味するものではない。
科学メディア「ライブサイエンス」では、米コロラド大学ボルダー校の北極高山研究所の研究員ジョン・ホッファー(John Hoffecker)氏が、その研究の中で、クーパーズ・フェリー周辺のアメリカ先住民は、当時の日本人との遺伝的関係を持たないことを指摘している。
あるいは、移動の中で絶滅した種族もいたのかもしれないが、いずれにしても、現時点では、北アメリカ大陸の最初の入植者が日本から大平洋を渡ってやってきたというのは仮説でしかない。
デイビス教授とチームは、クーパーズ・フェリーで発見された骨と、南米チリやテキサス州、オレゴン州など他の場所で発見された骨との遺伝的な比較調査を望んでいる。
今のところは、今回の発見が「すべてを変える」という段階になっているわけではないかもしれないが、しかし、今から 1万6000年前の時代に「日本から船でアイダホ州にやって来た人たちがいたのかもしれない」ということも、少なくとも可能性としてはあるのだ。
研究が進む中で、アメリカ大陸最初の人類に関してのこの神秘的な結果の結論が明らかになっていくのかもしれない。

In Deep
https://indeep.jp/earliest-humans-in-america-could-be-japanese/








[衝撃]最初期のアメリカ先住民が縄文時代の日本人だった可能性が浮上 : 米アイダホ州で発掘された1万6000年前の石器が語る古代人の大陸移動の真実
投稿日:2019年9月8日
2019年8月30日の科学誌サイエンスより
・science.sciencemag.org
人類の大陸移動についての従来の説が覆される可能性も
何だか最近は驚くべきニュースが次々と入ってきまして、8月31日の「ミツバチは肉食だった」ことがわかったという記事以来の、この 10日くらいの間の In Deep は、自分でも「こんなに驚くようなニュースが続くのは珍しいな」と思います。
そんな中の、今回のアメリカでの科学的研究の発表も、相当驚くべきもので、冒頭のサイエンスに掲載された論文に端を発します。
これそのものがとても衝撃的でありまして、これまで、アメリカ大陸に最初に定住したのは、クローヴィス文化というものを作り出した人たちだとされていました。
この年代が、放射性炭素年代測定によると、1万3000年前から、8500年前の間とされていまして、つまり、最も古い時代だった場合でも、1万3000年前くらいが、アメリカ大陸最初の人類の定住期だったと見られていました。
ところが、冒頭のサイエンスの記事にありますように、アイダホ州で発掘された石器や遺物は、放射性炭素年代測定により、
「 1万6500年前のものだとわかった」
のです。
つまり、今まで考えられていたより、場合によっては、3000年も昔に、アメリカに人類が定住していたという可能性が出てきたのです。
これ自体が大きな発見なのですが、この研究について、研究を率いた米オレゴン州立大学のローレン・デイビス教授に、アメリカの科学メディアが取材をしている中で、デイビス教授は、
「発掘された石器や遺物が、日本で見つかったものと非常に似ている」
と話しまして、そして、デイビス教授たちの研究チームは、現在、
「アメリカ大陸の最初の入植者は、日本から大平洋を渡ってやってきたという僅かな能性を捨てられない」
ということになっているのです。
平たくいえば、「アメリカの最初の先住民族は日本人だったかもしれない」ということをも示すものでもあります。
この発掘と研究自体は、10年に渡って続けられているものですが、まだ人骨の遺伝子の解析などの調査は進んでいないようで、現時点ではあくまで仮説ですが、非常に刺激的なものです。
今回は、そのローレン・デイビス教授の言葉を引用して、独自の記事を書いていましたアメリカのメディア記事をご紹介します。
なお、発掘されている場所はアイダホ州のクーパーズ・フェリーと呼ばれるところで、正確な場所の指定ではないですが、報道などから、大体の場所として、以下の記事の赤い円内にあると思われます。
平たく言いますと、1万6000年前に、下の図のようなことが起きていた「可能性」が出てきたということです(海を渡っているのが埴輪だぞ)。
1万6000年前に起きていた「かも」しれないこと
なお、この「 1万6000年前」というのは、今の学問では、「縄文時代が始まった頃」でもあります。
そう考えますと、
「縄文時代の開始と共に、日本とアメリカで同じような石器文明が開かれた」
というのは、それがもし事実だとすれば、不思議な話ではあります。
だいたいやねー(なんで竹村健一さん)、当時の造船技術で、日本から大平洋まで海を渡ることなんてできるのかなとも思いますしね。縄文人は空でも飛んでいたんですかね(投げやりかよ)。
まあ、以下の記事でもふれさせていただきましたけれど、もともと日本人の出自は「よくわからない」のです。
日本人はエイリアン : 核DNAの解析の末「オリジナルの日本人が周辺アジアのどこにも見つからない」ことで日本人の出自が完全にわからなくなっている今だからこそ言ってみる
上の記事でも書きましたけれど、それまで、日本人のルーツというのは、アフリカ大陸から、ユーラシア大陸へと人類が進み、現在の中国や朝鮮半島から人々が日本にやってきたのだろうと。
しかし、核 DNA の解析はこれを否定していまして、
「日本人はどこから来たのかよくわからない」
ということになっています。
そして、アメリカ大陸に最初に定住した人たちも、従来の説では、ユーラシア大陸から現在のシベリア、そして、アラスカと歩いて渡り、アメリカ大陸に到着したということになっていました。
しかし、今回の研究は、このアメリカ大陸のほうの人類のルートも、従来の説とは異なっている可能性を示したものです。
当時の人類がどのように移動して、どのように各地に出現したのかは、わからない部分が多いままで、そして、古代の日本人に関して、また謎が増えたということなのかもしれません。
ちなみに、今回の発見に関しては、海外の一般の報道では「日本から」という部分はあまり強調されていませんが、ここは日本ですので、その部分を強調した記事とさせていただきました。

In Deep
https://indeep.jp/earliest-humans-in-america-could-be-japanese/












FB古代史研究会: 米フロリダの7000年前のミイラのDNAが日本人のDNAに一致
坂口成事
アメリカのフロリダで発見されました、7000年前のミイラのDNAが、ネィティブアメリカンと一致せず、そのDNAを、世界に広げて調べた結果が、現代日本人と一致したという知らせは、起古代史に感心がある方たちを驚かせましたが、父は以前から、アメリカ大陸、特にメキシコ湾、ユカタン半島に近い所から、日本人由来のものが出るはずだと申しておりました。
そして、それは、インディアン(ネィティブアメリカン)のものではないという事でした。
なぜなら、インディアンの伝説では、白神の神が来るという事で、その神は、インディアンとは異なるからです。
父は、白神は、私は在るの実在(スクリーン、不二、山部赤人の歌の富士の高嶺の雪)を語る人で、白神の王である天皇だと申していました。
しかしながら、天武天皇が、天皇を宣言したのではなかったのかという疑問が湧きました。
ところで、天武天皇の子孫の清原(キヨハラ)元輔は、娘が清少納言と申しましたように、セイの発声のセイバルは、隠された発声でした。
さらには、清原は、山部赤人の母が歌詠みの修行をした岩戸山で、歌詠みの修行をしています。
そして、芳山岩戸山、玉名小天(大海)のその先には、雄略天皇の大刀で知られる、典型的な日の丸肥後家舟型(ノアの方舟型)の、玉名和水の、国宝江田船山古墳がありますが、この地は、セイバルと申します。
もうおわかりかと思いますが、マヤ文明が発祥した、ユカタン半島の地名もセイバルです。
フェニキア人、こちらではフキア(竺紫)人は、超古代の、世界の天皇であったのです。
それで、アブラハムは、古代都市国家でもありました、メソポタミアのウルをわざわざ出て、フェニキア人がいたカナンを目指したのです。
アブラハムを祖とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教以前、聖書以前の世界が、超古代日本の歴史であったのです。
武内宿禰が、超古代日本世界史(竹内文書なるものの元)を知りましたのも、芳山拝ヶ石の麓の、古代筑紫の中心でもありました、玉名小天(小天の地は白村江の戦いの敗戦後も、日本復活をかけて、一時期筑紫の中心)を平定したからです。
玉名和水のセイバルの、国宝の江田船山古墳の写真は、お借りしています。

Facebook-古代史研究会
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=899839657046968&id=100010628255647






日本の土器は世界最古である・・16000年前の煮炊きもの
14/02/03
「日本の土器は世界最古なの?・・ 東アジアで古く、焼いた土製器は中東でも(文化特捜隊)」                   朝日新聞2009年10月3日
東京池袋の古代オリエント博物館で、世界各地の古い土器など約200点を集めた博覧会が開かれている。同館研究員の津本英利さん(西アジア考古学)に聞くと、
「今のところ、東アジアの土器が世界で一番古いのは間違いありません」と答えてくれた。
現在世界最古と考えられる土器の一つが、青森県大平山元T遺跡の縄文土器。放射性炭素年代から推定すると、約16000年前。これらのことから多くの研究者は、遅くとも15000年前には日本列島で土器が使われていたと考えている。
ところが、他地域の最古の土器をみると南アジア、西アジア、アフリカが約9000年前。学校で習った、いわゆる四大文明の故地と比較しても、日本はとびぬけて古い。
でも、ロシアの遺跡などでは、約15000年前と考えられる土器が見つかっています。日本だけが古いというより、東アジア全体で古い時期に土器が生まれたとみるべきではないでしょうか。中国湖南省で約18000年前のものとされる土器が確認されたという報告もある。もっとも、“なぜ東アジアなのか”は、はっきりしない。
ただ中央大准教授の小林健一さん(日本考古学)は「土器の誕生は、当時の環境の変化と深いかかわりがあると考えられます」と説明する。小林さんは国立歴史民俗博物館で始まる「縄文はいつから?15000年前になにがおこったのか展」を企画。
「日本では、氷河期が終わりに近づいた16000年前〜15000年前、気温上昇にともない、亜寒帯的な森林から落葉樹もまじる森林へと変化した。その結果、どんぐりなどの植物性の食糧が入手しやすくなり、それらを食べるための、あく抜きに必要な容器として土器が生まれたのではないでしょうか」。
ちなみに現在国内最古と考えられているのは、模様のない無文土器。主に東日本で出土している。
だが約14000年前ごろになると粘土紐を張り付けた土器が生まれ、全国へ広がる。
「固い果実類であるコナラ、樫、椎などの分布が広がったことで、土器も普及したのだと思います」
と小林さん。一方やはり最古級の土器が出土したロシアでは、防寒や調理に使う魚油を取るために、魚を土器で煮ていた可能性が指摘されている。
「土器使用の始まりには漁労も大きく関わっているとにらんでいます」
と古代オリエント博物館研究部長の石田恵子さん(西アジア考古学)。生まれた理由も様々なのかもしれない。さらに、土器はある一か所で誕生し広がったのではなく、おそらく複数の場所で前後して発明された可能性が高い。
「日本列島に関しても、最古級の土器は東日本に多いが、遅くとも13000年前ごろには鹿児島でも無文土器が使われていたと思う。北と南で別箇に土器が生まれ、それらが広がったと考えるべきだ」
と、南九州縄文研究会代表の新東幸一さんは指摘する。でも土で作られた容器としての土器が、中東などでどうしてなかなか作られなかったのだろうか?筑波大教授の常木明さん(西アジア先史学)によれば、
「西アジアでは土器の利用以前から焼いた土製品は作られていた」
という。つまり彼らは粘土を焼くと固くなることを知っていたんです。だが実際に土器が使われ始めるのは9000年前。理由について常木さんは、
「西アジアでは先土器新石器時代から小麦が主食。パンを焼くのに、土器を作る必然性はなかったのだと思います」
と語る。少し前までの歴史学、考古学では、土器の誕生は農業や牧畜の開始、ひいては文明の発生と関連づけて論じられることが多かった。だが近今の東アジアでの発見は、狩猟や採取を基盤とする社会でも、土器が必要とされ、生まれ得ることを示唆する。
歴史発展のモデルは決して一つではない。最古の土器たちは、そのことを改めて教えてくれているのではなかろうか?

始まりに向かって
https://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/074e2bbab4f8dab38415330dddc8f165





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2019年08月24日

FB歴史Mind: 松代大本営〜大本営長野移転計画

FB歴史Mind: 松代大本営〜大本営長野移転計画
どうにも分からないことがありますので、皆様のご意見とご指導を賜りたく思います。
松代大本営についてです。
松代とは、現在は長野県長野市松代地区となっているところで、真田信之公が徳川家康公から賜って松代十万石を開いた土地であります。
さて、太平洋戦争末期、ここに昭和天皇陛下の玉体と大本営を移すという計画が陸軍によって立案され、戦争が長引けば実行に移されようとしておりました。
ウキペディアから該当ページのリンクを持ってこようかと考えましたが、流石に安直すぎるし資料としての信憑性はどこまでかと考えると避けた方がいいと判断しました。
ここで疑問に思うのは、陸軍にせよ海軍にせよ、首都機能を東京から移してでも戦争を続行しようとしていたという点です。
こりゃ、あまりにも戦略的に無理があり過ぎます。
海軍は日露戦争の昔にはクラウゼヴィッツを講読しており、現に森鴎外の日記に「クラウゼヴィッツの講義を海軍でやらされた」という記述があります。
そのクラウゼヴィッツの『戦争論』の冒頭の方に、「国土の開鍵」という用語が出てきます。
これは侵攻にあたり、防衛線は全ては突破する必要がなく、国土の主要地を落とすためのキッカケとなるポイントをつければ良いという考えであったかと思います。
日本は海で囲まれた国で、近代まではそれが防御線となっていました。
逆に言えば、上陸されれば脆いかと思われます。想像してみていただきたいのですが、仮に小田原あたりにどこかの軍隊が大挙して上陸してきたら、結果としてどうなるでしょうか?
現代兵器の展開力を考えると、至極短時間で日本の主要都市は陥落するかと思われます。
陸海軍ともこれを想像できなかったとは思えません。
さて、話を松代に戻します。
「上陸されたら全てが終わる」とわかっているのに、なんで降伏せずに最悪の場合長野まで戦線を下げることを想定したのか?
そもそも、長野に首都機能を持ってくること自体無理があります。1998年の長野オリンピックでインフラが整えられるまで、長野は別名「陸の孤島」と呼ばれておりました。そもそもアクセスが悪い上、関東平野と比較すると長野盆地は話にならないくらい狭く、大人口を収容できません。そんな有様になるまでなんで戦争を継続しようと思ったのか?
さらには、連合軍は松代に大本営を移転する計画を知っていた可能性があります。
1945年8月13日。連合軍にとって空爆すべき都市として優先度が低かったにも関わらず(なんでも62位だったとのこと)、長野市は突如として空襲を受けます。日本の降伏はご存知の通りその二日後です。なんだってここに至って長野は空襲を受けたのか? たまたまその日の目標が長野周辺だったというのは答えにならないかと思われます。
我が家の屋根裏部屋には、「大日本帝国陸師」と刻印された椅子がひとつあります。父親にこれはどこから持ってきたのかと尋ねたところ、昔大本営の人たちが持ち込んだものを父が勤めていた高校が保管しており、危うくそれが「古いから」という理由で廃棄されかけたのを父が引き取ったとのこと。たった80年前のことを人々は忘れ去ろうとしております。なぜその時そうした決断がなされたのかも十分に明らかにされないままに。
どうにも、「国体護持の手段がこれしかなかったから」では説明できない気がしまして、皆様のご指導を仰ぎたく思いました。よろしくお願いいたします。

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(-.-)
国土の75パーセントを山岳が占める我が国において、一箇所上陸を受けたことで直ちに主要都市が陥落する、という仮定が誤りかと存じます
(-.-)
森郎くん、ご返信ありがとう。
なるほど、そうかもしれない。
ベトナム戦争の例を挙げれば、山や密林でゲリラ戦を延々と繰り返されれば、アメリカといえども折れるだろうね。
しかし、旧日本軍の軍事ドクトリンでこれは可能だっただろうか?
たしかに、山や密林は防衛力とはなる。
しかし、それは期待できるものではないかもしれない。
例えば、インパールではどうだっただろうか?
日本軍は補給と航空戦力を考慮に入れずにこの作戦を敢行した。結果、山と密林の地形だったにもかかわらず、空挺強襲を含む手段で補給線を落とされ、撤退を余儀なくされた。
果たして松代でそれ以上の戦果を挙げられただろうか?
それとも見落としているだけで、実は連合国にせよコミンテルンにせよ、もう少し戦争が長引けば継戦できない事情でもあったのだろうか?
(-.-)
山岳と密林、稀薄な人口と貧弱な道路インフラは防御側に利するということです
インパール作戦について
日本軍はビルマから人口希薄地帯を通過し、アラカン山脈と密林に防御されたインパールを攻略する『攻勢』作戦を実施し、失敗に終わりました
(-.-)
いや、それらの防御力は戦術上は意味を成すことはあり、ベトナム戦争や中国共産党が井崗山に拠点を設けたことは、それを実証している。
問題は戦略上の意義なんだ。
本土上陸は太平洋戦争中結局なされなかったが、硫黄島で何があったかはよく知られている。
なんの因果か、指揮官の栗林中将は松代の出身だが、ここで日本軍はこれでもかとばかりの抵抗を見せた。
結果、硫黄島は陥落して、連合軍の補給線が伸びたので、本土空襲が激化した。
仮に制海権も制空権も取られて、果ては本土のどこかからB29が飛んできたら、それでも抗戦できただろうか?
出来ると踏んだから松代大本営の計画があったわけだが、その勝負にはどう考えても勝ち筋がない。国体護持が肝要なら、ますます早期の講和が必要で、なんでここまでして抗戦しようとしたのかその戦略的意義が疑問なんだよ。

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皆神山
「目覚めた魂」聖なる仲間へ
2016/8/1(月)午後7:48
日記幽霊、心霊
「天下泰平」さんより
「目覚めた魂」聖なる仲間へ
2016-07
テーマ:ブログ
http://livedoor.blogimg.jp/tackeypeace/imgs/2/9/298c07e8-s.jpg
【vol.55】こころとからだの健幸タイム|ゲスト滝沢泰平さん〜前編〜
世界各地への「祈りの旅」をご一緒いただいている滝沢泰平さんと、エヌ・ピュア代表・鳴海周平の共著『目覚めた魂』出版を記念して、「ぶらり旅」と「健幸対談」のコラボ企画をお届けします。
「祈りの旅」での氣づきやエピソードなどを、前編・後編でお楽しみください。
『目覚めた魂』対談ページから抜粋してご紹介します。
摩周湖の龍が教えてくれた「新しい時代」
鳴海周平(以下鳴海)
いよいよ「新しい時代」が始まった感がありますね。
世界各地をご一緒しながら、目にみえない世界に働きかける「祈り」の作用が、とてもわかりやすい時代になったことを実感しています。
滝沢泰平さん(以下滝沢)
そうなんですよね。目にみえない世界に働きかけている「祈り」に対して、天候やシンクロニシティなど、目にみえる世界での反応がとても早い。
祈りの後、すぐに日輪や彩雲などがあらわれることも、そう珍しいことではなくなりましたね。でも、2014年の夏に、北海道の摩周湖でみた「雲の龍」は、さすがに驚きました。あんなにリアルに、髭や手足まで……。
鳴海「まんが日本昔ばなし」の唄で、子どもが乗ってた龍みたいな(笑)。玉をくわえた蛇の雲もあらわれて、龍と絡み合いながら、山間にスーッと吸い込まれるように退場しました。摩周湖が、まるで壮大な寸劇会場になったかのようでしたね。
http://livedoor.blogimg.jp/tackeypeace/imgs/8/b/8bd6e476-s.png
滝沢これまでは、
陰と陽、
ムーとアトランティス、
出雲と伊勢、
平氏と源氏、
五芒星と六芒星
など、相反する「二元性」の時代でしたが、新しい世界は、そうしたものが1つになって調和される時代。
蛇と龍の姿を借りてみせてくれた壮大な雲の寸劇は、まさしく「融合・統合・調和」をあらわすひな形だと思いました。
2015年時代の節目で起こった出来ごとの背景にあるもの」
=皆神山=
滝沢鳴海さんが本書(『目覚めた魂』)の第1章で述べていたように昨年の9月23日から25日の3日間は、「この世」的な情報からみても時代の大きな節目だったと思います。
それは、この期間に訪れた場所を「ひな形」と考えると、よくわかります。
先ず、23日に行った長野県の皆神山ですが、ここは第2次世界大戦中、日本の戦況が悪くなった時に、
大本営(戦時中に設置された日本軍の最高統帥機関)、政府、皇室を含む首都機能を移転させる計画があったと云われているところで、世界最古のピラミッドとも呼ばれています。50年ほど前には、5年間で70万回以上という謎の群発地震が発生しましたが、原因は未だに解明されていないんです。
鳴海たしかに、見た目も人工物のような山ですよね。
滝沢山頂にある皆神神社には、通常の神社ではちょっと考えられないような紋章や文章が幾つもあるのですが、中でも「天地カゴメの宮」が建立された由来は驚きの内容ですよ。
「天(△)地(▽)カゴメ」という名称、「十六菊花紋の中に六芒星」という紋章も意味深でしょう?
さらに進むと、大本教の出口王仁三郎さんの歌碑があります。
http://livedoor.blogimg.jp/tackeypeace/imgs/2/9/29e9ddca-s.png
鳴海たしかに、凄い登場人物のオンパレードですね。
滝沢他にも、「世界最大最古の皆神山ピラミッド」「謎の皆神山ピラミッド物語」などの由緒書きが建ち並んでいて、もう何でもあり、という感じです。(笑)
鳴海この「カオス感」も、新しい世界のひな形なのかもしれませんね。
http://livedoor.blogimg.jp/tackeypeace/imgs/b/1/b1a9f3e9-s.png
滝沢皆神山の位置も、日本三霊山と呼ばれるうちの、富士山と白山から皆神山までがきれいな二等辺三角形で結ばれていて、そのまま垂直に伸びた線上の南には伊勢の「伊雑宮」、北には秋田県の「唐松神社」があります。
こうしたスポットが皆神山を通じてつながっていることは、それぞれが持つ役割から考えても、やはり「融合・統合・調和」という意味があるように思います。
=守屋山=
滝沢24日に訪れた守屋山は、『聖書』に登場するモリヤと同じ名前です。
イサクの燔祭(はんさい)
これらのことの後で、神はアブラハムを試された。神が「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が「はい」と答えると神は命じられた。
「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」
次の朝早く、アブラハムはろばに鞍を置き、献げ物に用いる薪を割り、二人の若者と息子イサクを連れ、神の命じられた所に向かって行った。
三日目になって、アブラハムが目を凝らすと、遠くにその場所が見えたので、アブラハムは若者に言った。
「お前たちは、ろばと一緒にここで待っていなさい。わたしと息子はあそこへ行って、礼拝をして、また戻ってくる。」
アブラハムは、焼き尽くす献げ物に用いる薪を取って、息子イサクに背負わせ、自分は火と刃物を手に持った。二人は一緒に歩いて行った。
イサクは父アブラハムに「わたしのお父さん」と呼びかけた。彼が「ここにいる。わたしの子よ」と答えると、イサクは言った。
「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする小羊はどこにいるのですか。」
アブラハムは答えた。
「わたしの子よ、焼き尽くす献げ物の小羊はきっと神が備えてくださる。」
二人は一緒に歩いて行った。
神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に載せた。
そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。
そのとき、天から主の御使いが「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、御使いは言った。
「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」
アブラハムは目を凝らして見回した。すると、後ろの木の茂みに一匹の雄羊が角をとられていた。アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす献げ物としてささげた。
アブラハムはその場所をヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)と名付けた。そこで、人々は今日でも「主の山に、備えあり(イエラエ)」と言っている。(創世記22章1−14節)
滝沢守屋山をご神体とする諏訪大社には、「御頭祭」というお祭りがあります。
ミサクチ神という諏訪の神様に、おこう(御神・神使)と呼ばれる15歳未満の少年を捧げ、少年は「御贄柱」に縛り付けられた後、竹のむしろの上に押し上げられ、刃物が登場したところで諏訪の国からの使者や神官によって解き放たれる、というものです。
http://livedoor.blogimg.jp/tackeypeace/imgs/e/2/e2df82da-s.png
鳴海なんだか「イサクの燔祭」と似ていますね。
http://livedoor.blogimg.jp/tackeypeace/imgs/2/9/297629ff-s.png
滝沢はい、まったく一緒です(笑)。ミサクチは「ミ(御)・イサク・チ(接続語)」なので、完全にイサク神を祀っているお祭りなんです。渡来した古代ユダヤ人は、縄文人と共生しながら、この地に独自の文化を築いていったんじゃないでしょうか。
つまり、守屋山と諏訪湖周辺は、ユダヤと日本の歴史を反映している「ひな形」の場所とも考えられるんです。
=諏訪湖=
滝沢諏訪湖には、本宮、前宮、秋宮、春宮という4つのお宮からなる諏訪大社がありますが、先の2つは「上社」、後の2つは「下社」と呼ばれていて、由緒なども異なっているようです。
鳴海第1章でも述べましたが、諏訪大社を訪ねた時に、本宮と前宮では「うっすらと淡い色合いの十字架」が、秋宮と春宮では「はっきりとした八芒星」がみえました。
滝沢そこがとても興味深いところなんですよね。
というのも、「上社」と呼ばれる本宮と前宮は、渡来してきたユダヤ系と関係が深いとされていて、御頭祭や蛙狩神事などがあるように、狩猟民族的とも云われているんです。一方、「下社」と呼ばれる秋宮と春宮は、農耕民族的と云われています。
御神渡という行事でも、湖面の氷に亀裂が入る現象を「上社にいる男の神が、下社にいる女の神のところへ通った跡」として、上社を男性的、下社を女性的なエネルギーの象徴とみなしています。
鳴海さんがみた「八芒星」は、統合や調和をあらわすシンボルでもあるので、これまで大きな割合を占めていた狩猟的・男性的なエネルギーが、下社に象徴されるような農耕的・女性的なエネルギーと程よく調和する時代に変わるサインだった、とも解釈できるんです。
また時代をさらに遡ると、上社と下社の関係は、この地の土着民族と時の政権の関係でもあったようです。「争いをせずに和合できた初めての場所」とも云われていますから、八芒星が示す意味合いにも通じていますね。
鳴海ユダヤと日本、土着民族と時の政権がとても深く関係していた場所でもあったんですね。
滝沢「イサクの燔祭」に少し話を戻しますが、キリスト教の見解の中には、4000年前に起きたと云われるこの出来ごとを、それから2000年後に起こる「イエスの処刑(生け贄)」の予型とする考え方もあるんです。
「モリヤの地」に着くまでの3日間、アブラハムの心の中で、イサクはすでに「死んだ存在」でした。しかし、御使いの声によってイサクは「生き返り」ます。
2000年後、同じモリヤの地(エルサレム)で「生け贄」となったイエスも、やはり3日後に「復活」を果たしていることから、先の出来ごとが予型とされているんですね。
鳴海「予型」は、後に起こることの兆しとなる「ひな形」に近い意味ですか?
滝沢はい、聖書の解釈方法の1つで、旧約聖書の事例が、新約聖書の予兆になっている、という考え方です。「イサクの燔祭」に出てくるセム系民族末裔のアブラハムには、異母兄弟であるイサクとイシュマエルという息子がいますが、イサクの子孫がユダヤ人、イシュマエルの子
孫がアラブ人となったといわれているんです。つまり、今日の宗教どうしの争いは、元を辿ればアブラハムの末裔同士の兄弟喧嘩ともいえるわけです。
ここにも現代につながる予型が示されているように思います。
鳴海モリヤの地は、さまざまな予型の舞台になっているんですね。
滝沢かつてソロモン王が神殿を建てたエルサレムのシオン山も、イエスが処刑された旧市街地のゴルゴダの丘も、モリヤの地だったと云われています。
日本では、守屋山と諏訪湖周辺が、このモリヤの地にあたるので、ここで起こったことは、これから起こる出来ごとの予型とも考えられますね。
=富士=
滝沢富士山北本宮では、鳴海さんも長さんも「光のカーテン」がみえていたんでしたね。
鳴海長さんから「光のカーテン=磐長姫様の羽衣」と教えてもらいました。
美人で知られる木花開耶姫に対して、姉の磐長姫はみにくかったと伝えられていますが、じつは「みにくい=みえにくい」という意味で、「目にみえないもの」が大切になる新しい時代の象徴ともいえる存在なんだ、と。
滝沢木花開耶姫をご祭神にしている富士山で、磐長姫があらわれる……。これは、本当に凄いことだと思います。これもまた「融合・統合・調和」のひな形なのでしょうね。
そもそも富士山は、世界開闢の祖国と云われているところです。
縄文時代に、ムーの末裔によってこの地に文明が生まれ、古代の神々と呼ばれる存在もここで即位していたと云います。2度の噴火によって都は滅んだとされていますが、富士山の神髄は、霊的な意味を含めた「富士曼荼羅」と呼ばれる仕組みにあるようです。
鳴海富士山は、たしかに特殊なエネルギー構造をしていますよね。
滝沢9月23日から25日というタイミングでこの地を訪れたことも、大きな意味があったのだと思います。というのも、この期間は「テトラッド」と呼ばれる極めて稀な天体現象の最後数日間と重なっているんです。
2014年4月15日から2015年9月28日までの約1年半の間に、部分月食を含まない皆既月食のみが4回連続しました。この「テトラッド」と呼ばれる現象が起こったのは、過去500年間でたったの3回だけと云われています。
鳴海今回の「テトラッド」は、特に珍しいタイプだったんでしょう?
滝沢そうなんです。1年半という期間に、2度の日食をはさむタイプで、これは約2000年ぶりのことらしいです。旧約聖書には「世界の終わり=古い時代の終わり」をあらわす最後の「テトラッド」として記されています。
こうした特異な期間に、皆神山、守屋山、諏訪湖という意味深い場所を訪れ、それぞれから「融合・統合・調和」の証が示されたことは、本当に意義深いことだと思うんです。
鳴海宇宙に存在する星々は、それぞれが独自のエネルギーを放ちながらお互いに影響を与え合っていますから、星の配列によって、環境や人の意識が変わることは充分考えられるでしょうね。
滝沢そういえば、4人が口を揃えて「なんだか大晦日みたいな雰囲気だね」って、言いながら「年越し蕎麦」を食べたんでした(笑)。
新しい世界が、いよいよ開けたんですね。(転載終了)
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こちらの対談は、本日7月22日に発売される新刊本「目覚めた魂」より一部抜粋したものです。
アースヒーラーの鳴海周平さんとの初の共著の新刊本。
目にみえない世界で起こっている変化のことは鳴海周平さんが主に解説し、目にみえる世界で起こっている変化、これから先に必要なことなどを自分が解説しています。
自分のパートは、対談についてはスピリチュアルな一面にも触れていますが、個人で書き下ろしている部分は普段から伝えているヘンプのことや微生物のこと、また全体的にはこれから起こる「お金の時代の終焉」における新たな生き方についてなどを書いています。
お金の話題、資本主義経済の話が中心的でもあるので、あまり現実的な話に興味ない人にとったら退屈な部分もあるかもしれませんが、イギリスのEU離脱をはじめ、日本国内も天皇家が大きく動き出した今、世界情勢は金融世界を中心にこれから大きな変化の局面を迎える大事な時です。
現実的に起こる可能性のある未来を予測をせずに、地に足つかずに理想だけを描いてフワフワしていると一気に足元をすくわれる危険性もあるのがこの過渡期であり、スピリチュアルも大事ですが、まずは日常生活の現実世界をしっかりと生きることが大切だと思っています。
そういった意味においては、お互いに会社経営やビジネス主体で活動している鳴海周平さんとは、目にみえない世界のことを語り合うにも非常に価値観や方向性が似通っている部分もあり、うまくバランスを取りながら大事なことをまとめられている本になっていると思っています。
本日より正式に全国各地の大型書店、Amazonなどで販売開始となっていると思いますので、ご興味ある方は是非ともご一読頂けたらと思います。
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目覚めた魂-あなた自身が「パワースポット」になる方法-(ワニプラス)
【内容紹介】
月間100万以上のアクセス数を誇るブログ「天下泰平」の執筆者であり、八ヶ岳の麓で自給自足のコミュニティを運営する「半農半X」の実践者・滝沢泰平と、健康エッセイストで、ブログ「魂の紀行」の鳴海周平のスピリチュアルコラボで贈る,「新しい時代」への道標が本書です。物理的、経済的な基準で判断する時代から、愛を基準として行動する時代へ。そして頭で考えて行動する時代から、こころとからだと魂の声を聞いて行動する時代へ――。「目覚めた魂」たちが創る新しい時代には、あなたのいる場所、そしてあなた自身がパワースポットになります。
【著者について】
滝沢泰平(たきさわ・たいへい)
1982年宮城県仙台市生まれ。「半農半X」を個人と企業へ普及させるために、2012年やつは株式会社・2016年に八ヶ岳ピースファーム株式会社を設立。八ヶ岳南麓を拠点に未来型の村と自給自足できる社会づくりを目指す。月間100万アクセスのWEBサイト「天下泰平」ブログ執筆者。著書に『レインボーチルドレン』『ここはアセンション真っ只中』『これから10年「世界を変える」過ごし方』(すべてヒカルランド)などがある。
鳴海周平(なるみ・しゅうへい)
1971年北海道生まれ。心身を癒す高波動製品の開発・普及にあたる潟Gヌ・ピュア代表として、スピリチュアルな内容も交えた健幸情報を、講演や著作などで発表している。またライフワークである世界各地への巡礼を、ブログ『魂の紀行』にて公開中。著書に『医者いらずになる1分間健康法』(帯津良一氏との共著)『[小食・不食・快食]の時代へ』(はせくらみゆき氏との共著・共にワニ・プラス)などがある。
<カバー表・裏両面の「曼荼羅」について>
イメージ(ビジョン)も、描くのも感覚的。
それがこの「曼荼羅」です。
図形や図柄、色など、その時、その人にとって必要な情報が
ハートに届けられ、それをそのまま紙に転写します。
幾何学模様や、線や点、色などには、言葉では表現できない情報が入っています。
この「曼荼羅」が、外側の何かや誰かではなく、
未だ出逢っていない自分自身と向き合うきっかけになれば幸いです。
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「キボウノタネ」
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「感謝」
地球へキボウノタネが蒔かれますことに感謝を込めて。
マナ(曼荼羅アーティスト)
今回、曼荼羅アーティストのマナさんに表紙などの曼荼羅デザインをお願いした時、そこで突如メッセージが降りてきて、見たことのないような古代文字をマナさんが書かれました。
調べると、どうも2000年ほど前にイエス・キリストが使っていたと言われる古代アラム語に似ており、そこに書かれていたのは「聖なる仲間」という言葉でした。
本著と曼荼羅が、この時代に約束した「聖なる仲間」のもとへ届くことを願っています。

プレシャンブルーの風に抱かれて
https://blogs.yahoo.co.jp/mappyhappy713
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posted by datasea at 23:18| Comment(0) | # 遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月19日

2019年08月07日

[遺跡] 浦上天主堂

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[九州長崎] 浦上天主堂
幻の世界遺産・浦上天主堂はなぜ取り壊されたのか? 長崎原爆の隠された真実に迫る  | ダ・ヴィンチニュース
小説・エッセイ 2013/8/9
ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」
ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」
ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 文藝春秋
ジャンル: 購入元:BookLive!
著者名:高瀬毅 価格:700円
※最新の価格はストアでご確認ください。
これは次世代に伝えるべき名著だ。
1945年8月9日、午前11時1分、広島に続き2つめの原爆が長崎に落とされた。
爆弾は浦上地区中央の上空で爆発し、アジア最大規模のキリスト教会のひとつであった浦上天主堂を破壊。
天主堂の廃墟は広島原爆ドームと同じように、後世に原子爆弾の悲惨さを伝えるため保存されるはずだった。
少なくとも、市議会では保存する方向で評決が一致していた。
市長も、保存に前向きであり、知り合いの建築家に保存法を調べさせることまでしていた。
しかし、その市長が、米国の招待により1カ月の視察旅行に出かけ、帰国したときは別人のように廃墟の取り壊しと撤去を頑強に主張。
同時期に当の教会には新教会の建設費用にと多額の寄付金が集められた。そして終戦13年後、もとの天主堂は取り壊され、建て替えられてしまった。一体米国で何があったのか、圧力、もしくは懐柔――?
「怒りの広島、祈りの長崎」とはウィキペディア日本語版にも項目があるほど人口に膾炙した言葉だが、なぜ、そのようなことになったのか。
なぜ、長崎の人々は被爆を受容し、あまつさえ、「原爆は神の摂理」などという言説をゆるしたのか。
それは、被爆の象徴ともいうべき遺構が喪われたからではなかったか―−。
被爆者を母に持つ長崎出身の著者がその謎に迫る。
もともと第一目標ではなかった長崎に原爆が落とされた理由と、第五福竜丸事件という日本人第3の被爆、
そして長崎が日本初の米国との姉妹都市になるまでにはどのような経緯があったのか。
第二次世界大戦と原子力についてばかりでなく、隠れキリシタンへの迫害と差別、
その隠れキリシタンを祖先に持つ信者たちがその手でレンガを運んで30年間かけて建てた旧浦上天主堂の歴史も記述されており、多層的な裏付けが読者を謎の深みへと引き込んでいく。
市役所の不審火で貴重な写真が失われ、関係者の何人かは亡くなっており、結論は推理するしかない。
しかし、著者の推理は筋が通った正しいものであり、よほど性根の曲がった偏見の持ち主でさえなければ、そのことは理解できるはずだ。

ダ・ヴィンチニュース
https://ddnavi.com/review/155916/a/









キリスト教徒へのインパクトを恐れた?
きょ @kyosshern 2017-08-06 21:58:42
NHKBSで、被曝した浦上天主堂の取り壊しの謎をやるのね。知らない人が多いことなので、ぜひいい番組を望む。総合でやるべきとも思う。
写真は、取り壊し前に父が撮ったもの。57-8年ごろ。
遺しておけば、とりわけキリスト教国の人々の心に訴えるものがあったと思う。 pic.twitter.com/qpuTQ7BEqn

togetter.com
https://togetter.com/li/1137885






2015/2/25
「原爆を投下するまで....」  
原爆を投下するまで日本を降伏させるな(遠藤富貴子さんのFBIより)
なぜ昭和天皇は原爆投下の日時・場所まで正確に知っていたのでしょうか
http://rapt-neo.com/?p=16982
http://blog.livedoor.jp/giranbarekanjya/archives/51394471.html
「このブログからその内容を引用する場合は引用元、すなわちオリジナリティーは安濃豊にあることを明記してください。
明白なる盗用については発見次第、盗用者の氏名を公表し、悪質な場合は法的措置をとりますのでご了承ください」という注意書きがありました。
安濃豊氏で検索すると.....
http://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A7dPFi8YQOxUXCQAdwiJBtF7?p=%E5%AE%89%E6%BF%83%E8%B1%8A&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=&afs=
安濃豊氏のプロフィール
http://profile.ameba.jp/radinos/
日米開戦のシナリオライター
http://blog.livedoor.jp/rainbow_drop777/archives/2007-02.html
関連記事:日本四分割協議〜危ないところでしたね
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/320.html
謝罪国家への道
http://soumoukukki.at.webry.info/200908/article_4.html
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「原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀」
関連記事:ヨハンセングループ(吉田茂)や昭和天皇は原爆投下の正確な場所や日時まで知っていた
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/904.html
トルーマン大統領は
戦後の東アジア全体のにとってのアメリカ戦略として
ソ連・毛沢東中国共産党の動きを制する為に、
... そして二種類の原爆による人体実験の為に
原爆を使用することを策動していた。
【日本は降伏しなかったから、原爆を投下された!? 】
服部 剛(横浜市公立中学校教諭)授業報告
〔原爆投下までのタイムテーブル〕
・1945年2/4 ヤルタ会談
米(ルーズベルト)英(チャーチル)ソ(スターリン)の首脳会談
※ヤルタの密約=ドイツ敗戦の2ヶ月〜3ヶ月以内にソ連は日本に宣戦する。
その見返りとして、ソ連に南樺太と千島列島を与える。
・4/12 ルーズベルト大統領、急死。
急遽、副大統領のトルーマンが大統領に就任する。
・4/25 トルーマン大統領、マンハッタン計画[原爆開発秘密計画]
の責任者・スチムソン陸軍長官から、はじめて「原爆」の詳細を知らされる。
※トルーマンの感想「ザ・モースト・テリブル・シング!(最も恐るべき爆弾)」。
この時、トルーマンが考えたこと。
@「ソ連は東ヨーロッパ・中国へ勢力を拡大するだろう。これはアメリカにとって脅威であり、早晩、米ソ関係は崩壊するであろう」
戦争終結後、アメリカは世界のリーダーになるべきだ。
原爆こそ、ソ連を震え上がらせる武器となる!
A「原爆を開発するために20億ドルもの巨額の予算をつぎ込んでいる。実は、この秘密を国民たちは全く知らされていない。もし議会で『税金の無駄遣いだ!』と追究されたら、どうしよう…」
  ↓
原爆を実戦で使用し、その威力を示すことで「勝利のために、原爆は必要な兵器なのだ」と認識させなければならない!
トルーマンの結論
何がなんでも、日本に原爆を投下しなければ!
・ではトルーマンは、どのようにして日本への原爆投下に持ち込んだのだろうか。
以降の流れを確認する。
・スチムソン陸軍長官の予定
7/4に、ニューメキシコ州で原爆実験を行う(成功)。
7/1前後に、原爆を日本に投下する準備が完了する。
・5/8 ドイツ降伏
→ソ連、いよいよ対日参戦への準備を開始。
・トルーマンの予定表を確認
トルーマンが、日本に原爆を落とすべき最も良い日と考えたのは
8/8 ソ連が対日参戦する予定日
〔トルーマンが知りたかったこと〕
「ソ連は、いつ日本に宣戦布告するんだ?」
〔トルーマンのあせり〕
「ソ連が中立条約を一方的に破って侵攻すれば、日本はすぐにでも降伏してしまうだろう。
日本が降伏してしまったら、原爆投下のチャンスがなくなってしまう!」
・5/28 トルーマン、特使ハリー・ホプキンスをソ連に派遣し、
スターリンから対日参戦の予定日を聞き出させることに成功。
ホプキンス
「ポーランドの処置はソ連に任せましょう。親ソ政権を立ててもいいですよ。
ところで、貴国の対日参戦はいつですか?」
スターリン「ソ連の対日参戦はドイツ降伏の3ヶ月後(8月8日)の予定だ」

・一方で、トルーマンは米英ソ3か国首脳によるポツダム会談を7月15日頃としていた。
この頃、英国首相チャーチルは、会談の早期開催を何度も申し入れていた。→トルーマンは、すべて「拒否」。
なぜトルーマンは、ポツダム会談の早期開催を拒否したのか?
→原爆の完成を待っていたから!
・5/31 「バーンズ・プラン」決定(国務長官バーンズ)
@できるだけ早く日本に対して原爆を使用する。
A目標は都市とする。
B事前警告をしない
・7/16 原爆実験成功(予定より12日遅れ)
・7/17 ポツダム会談(予定より2日遅れ)
トルーマン、スターリンから「対日参戦は8月15日前後」と聞き出す。
→これでソ連の参戦前に原爆が落とせるぞ!
※ トルーマン、妻への手紙
「これで日本はおしまいだ」
・7/24 トルーマン、原爆投下命令書を作成
・7/26 「ポツダム宣言」(日本への降伏条件提示)発表
《トルーマンのねらい、その核心に迫る》
ここで「ポツダム宣言」に仕組まれたカラクリについて探求
トルーマンの策略を白日の下にさらし、彼のねらいをはっきりさせる。
「ポツダム宣言」のカラクリ
「ポツダム宣言」は、最初の草案を変更して発表された。
変更部分は次の@Aである。
@共同署名国から「ソ連」を削除した。
A第12項にあった「天皇の地位の保持」
を丸ごと削除した。
@についてなぜ、ソ連の名前を隠したか?
→すでに日本は戦争終結の準備を進めており、ソ連に終戦の仲介を依頼中であったことを補足する。
「ポツダム宣言の署名国からソ連をはずしておけば、
日本は今後ソ連がアメリカとの仲介に立ってくれるものと期待し続けるだろう」
Aについて なぜ、「天皇の地位保障」を削除したのか?
ここで、次のエピソードを紹介する。
知日派の元駐日大使ジョセフ グルーは
「日本人が一番大切にしているのは天皇である。
これまでのような『無条件降伏』要求では日本人は最後の一人まで戦うだろう。
天皇の地位さえ保障すれば、日本は必ず降伏を受け入れる」と政府首脳に強く説いていた。
グルーの努力の結果、当初のポツダム宣言の草案には「天皇の地位の保持」 が書き入れられていたのである。
「日本が最も心配しているのは、戦争終結後に天皇の身柄がどうなるのかという点にある。ということは、我々が『天皇の地位』を保障しなければ、日本はまだポツダム宣言を受け入れないだろう」
「ポツダム宣言にはもう一つカラクリが仕組まれていました。それは…、」
ポツダム宣言を「宣伝文書」のような形式で発表する
「ポツダム宣言は日本に対する最後通牒でした。
しかしトルーマンは、わざわざ公式の外交文書の場合とは違って『宣伝文書』のような形式で発表しました。」
公式の形で発表しなかったのか?
『最後通牒』ということを意識させないように偽装して、
日本政府がポツダム宣言を黙殺しやすいようにしておこう」
トルーマンのねらい
「原爆を使うためには、まだ日本を降伏させてはならない!」
以下を確認
8/6 広島に原爆投下(ウラニウム型爆弾リトルボーイ)
→トルーマン、新聞記者に語る「今までに一番嬉しいことだ。」
8/8 ソ連対日参戦、満州に侵攻を開始する。
(原爆投下によって日本がただちに降伏することを恐れ、予定を早めて侵攻)
8/9 長崎に原爆投下(プルトニウム型爆弾ファットマン)
→トルーマン、満面の笑みで原爆投 下発表の記者会見。
・8/10 日本政府、「天皇の地位を保障する」という条件ならば、ポツダム宣言を受諾すると伝達。
(アメリカからの返答待ち)
・8/12 アメリカから「バーンズ回答」が届く
〜アメリカは、天皇の地位保障を暗黙のうちに了承した。
→要するに、ポツダム宣言の草案から意図的に削除していた「天皇の地位の保持」を復活させただけである。
・8/14 日本政府、ポツダム宣言受諾。
<まとめ>
トルーマン大統領と国務長官バーンズは…、
「原爆の威力を実証するために、日本を降伏させなかった。」
(2種類2発の原爆を投下するまで)
通説
「日本がもっと早くポツダム宣言を受諾して、降伏していれば原爆を落とされることはなかった。
広島長崎の20万人をこえる犠牲者が出たのは、軍部政府天皇の責任である」
注:教科書が教えない歴史
http://www.jiyuushikan.org/jugyo/jugyo43.html
-----------------------
アメリカは 1942年から研究開発を開始、
イギリスと共に1944年の段階で、既に
原爆を日本に落とす事を合意。
日本政府は少なくとも1945年5月に降伏の打診をしているが、
この打診は米政府によって公式に無視、あるいは拒否された。
(「アメリカの鏡」ヘレン ミアーズ)
http://soumoukukki.at.webry.info/201010/article_3.html
『 ↓マッカーサー(GHQ)による日本破壊という悪行の数々の一例↓
  GHQによる検閲
  http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/16833989.html
  GHQが行った洗脳政策WGIP
  http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/16834071.html
  「日教組」を作ったのはGHQ
  http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/17029009.html
  GHQが行った洗脳政策WGIP その2
  http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/17269372.html
  GHQによる日本亡国策略「公職追放」
  http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/19822125.html
  ↑これらの日本破壊工作は、
  所謂、東京裁判史観の一つとして
  今でも引き継がれ日本を破壊へと誘い続けている。
  故に、日本の亡国への道を閉ざすには、
  これらの日本破壊工作を粉砕し、
  東京裁判史観から解脱し、
  正しい歴史観を知り、
  日本人としての誇りを取り戻さなければならない!
「真珠湾は奇襲ではなかった」 米国務省の公文書公開
 (駐日大使グルーの国務省あての公電報)
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-773.html
アメリカが真珠湾攻撃以前に対日参戦していた証拠
http://soumoukukki.at.webry.info/201101/article_4.html
★今の「日本国憲法」は、共産主義者によって作られた
http://soumoukukki.at.webry.info/200802/article_5.html
日本には法的にも"戦犯"は存在しない!
http://soumoukukki.at.webry.info/201008/article_3.html
★日本は憲法と核拡散防止条約にも抵触せず核武装可能である!
http://soumoukukki.at.webry.info/200803/article_2.html
アメリカは日本の核武装を望んでいた!
http://soumoukukki.at.webry.info/200802/article_12.html
トルーマンとバーンズは、
日本が降伏する前に、またソ連が参戦してしまう前に
原爆投下の計画を、政府軍の高官に悟られぬよう極秘のうちに
巧妙に立てていた。
その計画のなかには、日本が「ポツダム宣言」
を最後通牒と受け取らぬような仕掛けも含まれていた。
更に終戦後、アメリカは
占領政策に於いて行った言論統制(検閲)、情報封鎖等の中でも、
※ 最も力を入れたものの一つに
< 原爆に関する諸事実の発表、報道に対する検閲 >
があった。
これは
< 原爆の威力に関する科学的情報を
アメリカが独占 >
する為であった。
この壮大な規模の検閲は
歴史的にみても、将来的にもまったくありえない
妄想的なまでの気合が入った取り組みだった。
更には 広島、長崎に投下された原爆の悲惨を日本国民の目から隠し、
占領軍への反撥、批判を押さえ込むための言論統制であった。
アメリカは占領時、原爆に関する情報の発表、普及を検閲によって、阻止した。
更には被爆者医療に関する医学記録を押収し、
被爆者の解剖記録などをアメリカに持ち去った事実。
こうしたアメリカによる検閲が、世界の人々に核兵器の恐ろしさを伝える事を遅らせたのである。
原爆投下は、あくまでも人体実験とソ連牽制が目的であった。
アメリカという国に、正義を主張する資格はない。
コメント一覧
2. 反米
2013年06月05日 06:52
アメリカというと聞こえはまあ良いが国家の内容はでたらめで金儲けのうまい連中が利益を独占できる国家のようです。1929年の仕掛けた世界恐慌によって各企業の株価が紙切れになった時に買い占めて企業を乗っ取り大儲けしている一部の連中が支配している国家になってしまったようです。小説にも出てくる金を追いかける民族ですね。いずれにしてもアメリカは大嘘つきで、利益のためならどこにも行って殺しまくる人種です。さすがカウボーイの国で銃武器で威圧してますし必要であれば殺しまくります。感情などない昆虫レベルですね。日本で原爆実験するために終戦を遅らせたという非人道的なことを平気で行うのも白人が有色人種を家畜扱いしている証拠です。
1. 反中、反韓
2013年06月05日 06:47
半島土人である韓国人はこの際人間でないので、ほっといて良いと思います。人間でない証拠は、整形ばかりして顔、体を変えているようです。中国は、やはり本当に腐敗してしまいました。一党独裁国家は、賄賂、泥棒の温床になり、ほろびるのですね。世界2位の経済大国などと大ほらですね。国民はアフリカ人より貧しいと思います。武器を売却してポケットにいれるなど、チャンコロは当たり前ですね。武器のない軍人だけの軍隊のようです。日本軍とは戦いにならないと思われます。中国の経済も今年がヤマダといわれています。昔の乞食国家に戻るのでしょうか。そうなってほしいと思います。北朝鮮もイスラエルに援助されているらしいようですが、3代目で滅びすと思います。そうなってほしいと思う今日この頃です。
おまけ〜ガザの真実
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管理人注:イスラエルとハマスの関係
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投稿者: tatsujin

ハムレットの水車小屋
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