2019年08月19日

[動画][資料] 驚異の砂漠都市ペトラ












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2019年08月07日

[遺跡] 浦上天主堂

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[九州長崎] 浦上天主堂
幻の世界遺産・浦上天主堂はなぜ取り壊されたのか? 長崎原爆の隠された真実に迫る  | ダ・ヴィンチニュース
小説・エッセイ 2013/8/9
ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」
ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」
ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 文藝春秋
ジャンル: 購入元:BookLive!
著者名:高瀬毅 価格:700円
※最新の価格はストアでご確認ください。
これは次世代に伝えるべき名著だ。
1945年8月9日、午前11時1分、広島に続き2つめの原爆が長崎に落とされた。
爆弾は浦上地区中央の上空で爆発し、アジア最大規模のキリスト教会のひとつであった浦上天主堂を破壊。
天主堂の廃墟は広島原爆ドームと同じように、後世に原子爆弾の悲惨さを伝えるため保存されるはずだった。
少なくとも、市議会では保存する方向で評決が一致していた。
市長も、保存に前向きであり、知り合いの建築家に保存法を調べさせることまでしていた。
しかし、その市長が、米国の招待により1カ月の視察旅行に出かけ、帰国したときは別人のように廃墟の取り壊しと撤去を頑強に主張。
同時期に当の教会には新教会の建設費用にと多額の寄付金が集められた。そして終戦13年後、もとの天主堂は取り壊され、建て替えられてしまった。一体米国で何があったのか、圧力、もしくは懐柔――?
「怒りの広島、祈りの長崎」とはウィキペディア日本語版にも項目があるほど人口に膾炙した言葉だが、なぜ、そのようなことになったのか。
なぜ、長崎の人々は被爆を受容し、あまつさえ、「原爆は神の摂理」などという言説をゆるしたのか。
それは、被爆の象徴ともいうべき遺構が喪われたからではなかったか―−。
被爆者を母に持つ長崎出身の著者がその謎に迫る。
もともと第一目標ではなかった長崎に原爆が落とされた理由と、第五福竜丸事件という日本人第3の被爆、
そして長崎が日本初の米国との姉妹都市になるまでにはどのような経緯があったのか。
第二次世界大戦と原子力についてばかりでなく、隠れキリシタンへの迫害と差別、
その隠れキリシタンを祖先に持つ信者たちがその手でレンガを運んで30年間かけて建てた旧浦上天主堂の歴史も記述されており、多層的な裏付けが読者を謎の深みへと引き込んでいく。
市役所の不審火で貴重な写真が失われ、関係者の何人かは亡くなっており、結論は推理するしかない。
しかし、著者の推理は筋が通った正しいものであり、よほど性根の曲がった偏見の持ち主でさえなければ、そのことは理解できるはずだ。

ダ・ヴィンチニュース
https://ddnavi.com/review/155916/a/









キリスト教徒へのインパクトを恐れた?
きょ @kyosshern 2017-08-06 21:58:42
NHKBSで、被曝した浦上天主堂の取り壊しの謎をやるのね。知らない人が多いことなので、ぜひいい番組を望む。総合でやるべきとも思う。
写真は、取り壊し前に父が撮ったもの。57-8年ごろ。
遺しておけば、とりわけキリスト教国の人々の心に訴えるものがあったと思う。 pic.twitter.com/qpuTQ7BEqn

togetter.com
https://togetter.com/li/1137885
posted by datasea at 02:35| Comment(0) | # 遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月03日

FB古代史研究会: 熊本山キ町〜古代日本の秘密を秘めた不思議な地

FB古代史研究会: 熊本山キ町〜古代日本の秘密を秘めた不思議な所
坂口成事
熊本の山キ(やまと)町には、幣立神宮参拝などで、すでにお越しの方もおいでだと思いますが、古代日本の秘密を秘めた、不思議な所です。
その秘密とは、村々にある中世の石橋です。
人口のわりに、世界でも有名な石橋が多い謎があります。
以前、ピラミッドの地下と、熊本の玉名和水のトンカラリンが、同じ寸法と同じ布石工法だという話をいたしましたが、私は、エジプトの布石工法の石積の石工は、近隣のイスラエルのベツレヘムなどだけでなく、遥々日本でも生き残ったのだと思います。
それで、いつも載せていますが、幣立神宮のものと、ユダヤのアークの一つの、モーセの石板の形が極似しています。
そして、最も有名な石橋の通潤橋を、私財を投じて造ったのは、布石の名に縁がある布田さんです。
長女は、布田さんの子孫の方と、小学校から高校まで、ピアノのデュエットを組んだ縁です。
その通潤橋がある矢部地区は、ヤーヴェと発声が似ているオマケ付きです。
この東京オリンピックのタイミングで、竹田氏の後任の山下泰裕氏は、山都町矢部の出身ですから、日本の古代が、ヤウマト(邪馬土)として、世界に繋がっている事をアピールしていただきたいと思います。
世界が一つだった超古代を知る事、ちょうど、コンピューターに不具合が生じた時に、不具合がなかった時まで戻りますように、歴史を知る事は大事です。
これからの季節は、幣立神宮と同じ蘇陽地区の馬見原の、火伏地蔵裸祭りを皮切りに、矢部の八朔祭りなどが続きます。
日本人のもの造りの原風景が見れる、祭りの写真はお借りしています。

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