2019年06月01日

バルクの黙示録 

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バルクの黙示録 
太陽の戦車
前回はフェニックスの食べのものである『マナ』と『糞(蛆)』について述べた。
→ http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/29236693.html
今日はギリシア語バルクの黙示録第6章13節の続きだ。
例によって引用はすべてバルバロイのサイトから。
13 そして、彼が話しかけているとき、雷鳴の響きのような雷鳴が起こり、わたしたちの立っている場所が揺れ動いた。そこで天使に尋ねた。『わが主よ、あの音は何ですか?』。すると天使がわたしに云った。
『今、天の365の門がことごとく開き、光と闇とが分かたれているところです』。
ところで、以前ブログの記事でも書いたが、一年が365日からなるというのはすでに紀元前3000年の頃から古代エジプトやメソポタミアではすでに使用されていたが、考古学的には紀元前4213年から4186年の間のエレファンティネ、あるいは紀元前2783年から2764年頃のメンフィスですでに使用されていたと推測されている。
暇があったらどうぞ ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/24919210.html
さて・・・、
これからバルクが見るのは創世記の最初の場面ではなく、おそらく一日の始まりであろう。
14 すると声が伝わってきて言う。『光を与える者よ、世界に光を与えよ』。
15 すると鳥の鳴き声が聞こえてきたので、云った。『主よ、あの鳴き声は何ですか?』。
16 すると云った。『あれは、地上の雄鶏たちを目覚めさせているのです。というのは、両刃のように〔鋭く〕、雄鶏も世界の中にある者らに、独特の鳴き方で知らせるからです。
つまり、太陽は天使たちによって備えられ、そして雄鶏は声によって〔備えられる〕のです』。
第7章
1 そこでわたしが云った。『いったい太陽はどこで〔仕事に〕専念するのですか、雄鶏が鳴いた後からは?』。
2 すると天使がわたしに云った。『聞きなさい、バルク。そなたに示したことはすべて、第一の天と第二の天にあることどもです。しかし太陽が通過するのは第三の天で、世界に光を与えるのです。
しかし、待ちなさい、そうすれば神の栄光を眼にできるでしょう』。
3 そしてわたしが彼と話しあっているときに、鳥と、それが眼の前にあらわれるのを見た、そして少しずつ少しずつ生長し、成鳥になった。
4 するとその〔鳥の〕背後に太陽が輝き出で、天使たちがそれ〔太陽〕とともにあって〔車を〕引き、その〔太陽の〕頭上に冠があったが、その〔冠〕の眺めをわたしたちは直視して見ることができなかった。
5 すると、太陽が光り輝くのと同時に、フェニックスも自分の翼を広げた。このときわたしはこのような栄光を見て、大いなる恐怖に萎縮し、逃げだし、天使の翼の中に隠れた。
6 すると天使がわたしに云った。
『恐れるな、バルクよ、むしろ待っていなさい、そうしたら彼らの没むのも眼にすることができよう』。
この文書中の鳥とはフェニックスのことだ。
しかし、どうしてもエジプトやメソポタミアにある有翼太陽円盤と重なってしまう。
いずれにせよ、このフェニックスに関する描写を見る限り、エジプトのベンヌの伝承と似ていてその影響のほどが見て取れる。
フェニクスとベンヌ → http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/29231193.html
エジプト人は太陽が沈む際に、ベンヌはハヤブサの姿で夜の間冥界で過ごし、そして朝日が昇る時にはサギの姿で新たな誕生を迎えたと言われている。
それにしても・・・、
このバルクの黙示録では、太陽、光、神という存在がどうも混同して描写されているような気がする。
太陽崇拝というのは、キリスト教が普及していった時期のローマ帝国内において、無敵の太陽神ソルという確固たる神が崇拝されていた。
無敵の太陽神ソルとローマ帝国 Part1
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/28011171.html
12月25日の真実 -無敵の太陽神ソルとローマ帝国 Part2
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/28049439.html
太陽が東から昇って西に沈み、夜が来て再び太陽が東から昇る。
太陽を崇拝する太古の人々は、こうした繰り返す太陽の動きを説明するために『太陽の船』や『太陽の戦車/馬車』を考案した。
このバルクの描写には
「天使たちがそれ〔太陽〕とともにあって〔車を〕引き・・・」
とあるが、おそらくその名残が在るのかもしれない。
まだ、古代エジプトでは、ヒクソスがチャリオット(戦車)をもちこむまで「車輪」を知らない時代が続いていたので、
『太陽の船』がもっぱらその役割を果たした。
車輪の伝承とともにヨーロッパにおいては「太陽の乗る戦車/馬車」が考案された。
一番有名なところでは、ケルト・ゲルマン系の文化の影響が残っていると思われるデンマークのトゥルンドホルムから出土した青銅器時代(紀元前1400年頃)のものと思われる太陽の馬車がある。
太陽とこの車との関係を示すものとしては何があるだろうか?
こぐま座やおおぐま座は、星座において北極星の周りにあって北半球では沈まない星(周極星)であるが、北極星の周りをぐるぐると回るその姿は、それ以前の古代ギリシアの天文学者によって
「小さな車(kleiner Wagen)」や
「大きな車(grosser Wagen)」
という言い方をされていた。
日本人にとってなじみの深い北斗七星はおおぐま座の一部で,舛の部分の4星を車に,牽引棒にあたる3星を車を引く人か馬に見立て、北極星の回りをグルグル回る「大車」とみたてることができる。お隣の中国では「帝車」、英国では「チャールズの車」などとも呼ばれているそうだ。
左のリンク(→http://mirahouse.jp/begin/constellation/Ursa_Major.html
一般にこれらは周極星と呼ばれる星座たちだ。
これは、地球上のある地点で沈まない星のこと。
つまり天の北極または天の南極に近接し絶対地平線下に沈まない星。
そのためその地点では何時でも夜の空で見られる
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/21/Zirkumpolar_ani.gif
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/21/Zirkumpolar_ani.gif
また、ちょっとわき道にそれるが、
小さい車と呼ばれた星座はギリシア神話に登場するヘスペリデス、そして大きな車(実際は今日のおおぐま座の“尻尾”にあたる3つの星は「ヘスペリデスの園の黄金の林檎」とされていた。そし、ヘスペリデスの近くにある「りゅう座」は、ヘラクレスの神話『11番目の功業』に登場するヘスペリデスの林檎を護るラドンである。
それはつまりこんな話だ。(以下ウィキペディア参照)
ヘスペリデスは世界の西の果てにある「ヘスペリデスの園」に住んでいる。
その近くでは、父アトラースが天空を背負って立っている。
「ヘスペリデスの園」にはヘーラーの果樹園があり、ヘスペリデスは果樹園に植えられた黄金のリンゴの木を世話して、明るい声で歌を歌っている。木の世話をしているヘスペリデスがリンゴを盗んでいるのを見つけたヘーラーは、百の頭を持つ竜ラードーンに木の周りをぐるぐる巻き付かせ、番をさせることにした。
以下のページを参照にちょっとした図を作成してみた。
http://mirahouse.jp/begin/constellation/Ursa_Major.html
間違いない・・・エヴァが木の実ではなく林檎を食べたとの思い違いはこのヘスペリデスの話が発端だ。
まざ、ちょっと話がそれてしまったが・・・、
太陽の光で見えないが日中も沈まないこの星座を、古代の人々が“太陽を運ぶ車”としてみたてたのは合理にもかなっている。
おそらく“目に見えない星がそこにある”ということは分かっていたのだろう。
ギリシアの太陽神ヘリオスやローマの太陽神アポロを描く時、チャリオット(馬車/戦車)に乗る姿で描かれるのは、こうした伝承の影響であるだろうし、このバルク書の記述もそれを繁栄している。
「その〔太陽の〕頭上に冠があったが、その〔冠〕の眺めをわたしたちは直視して見ることができなかった。」
この〔太陽の〕頭上に冠があるというのは、太陽を擬人化・・・もしくは擬神化しているといっていいだろう。
これはヘリオスやアポロ、そして無敵の太陽神ソルがかぶっている冠のことを指していることは間違いない。
おそらくバルクの黙示録が正典として認められない理由の一つは、この露骨に太陽崇拝の影響が出てしまっている
太陽=神
の描写が原因なのかもしれない。

オルタナティブを考えるブログ
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第8章
1 そしてわたしを連れ、わたしを日没の方へ導いた。そして日没の時がやって来たとき、わたしは見る――面前にまたもや鳥がやってきて、太陽が天使たちといっしょにやってくるのを。そしてそれ〔太陽〕がやってくると同時に、わたしは天使たちを見る、すると、その〔太陽の〕頭頂から〔天使たちは〕冠を脱がせた。
2 ところが、鳥はすっかり萎縮して、その翼をたたんでいた。
3 そこでそれを見て、わたしは云った。『主よ、どうして太陽の頭から冠を脱がせたのですか、また、鳥がこんなに萎縮しているのは、どうしてなのですか?』。
4 すると天使がわたしに云った。『太陽の冠は、1日経巡ってくると、4人の天使がこれ〔冠〕を受け取って、天に運びあげ、これを改新するのです、これとこれの光線が地上で汚れているからです。
そして今後も、毎日、そういうふうにして改新されるのです』。
5 そこでわたしバルクは云った。
『主よ、いったいどうしてその光線は地上で汚れるのですか?』。
すると天使がわたしに云った。
『人間どもの不法や不正を観るからです、すなわち、姦淫、姦通、盗み、掠奪、偶像礼拝、酩酊、殺人、争い、嫉妬、悪口、不平、陰口、占い、そしてそういったことどもに類似したこと、こういったことは神に喜ばれないのです。だから汚れ、だからこそ改新されるのです。
6 また、鳥について、どうして萎縮しているのかということだが。
太陽の光線を抑えているから、その火と、1日中燃えていることから、そのせいで萎縮しているのです。
7 その翼が、先ほど云ったとおり、太陽の光線を遮ることがなかったら、いかなる息あるものも助からないでしょうから』。
ふむ。。。地上に近づくにつれて光が弱まって悪が栄えると言うのは、ギリシア哲学もそうだし、カバラ的な要素も見え隠れする。

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チャリオット(馬車/戦車)

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アポロ神もしくは無敵の太陽神ソル

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小さい車と呼ばれたヘスペリデス、大きな車と呼ばれたおおぐま座の“尻尾”




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2018年10月20日

ハロウインの起源

2018年09月30日19:23
【拡散希望】ハロウィンは悪魔最大の祝祭!!アナタ、そのかぼちゃ、何を詰めたか知ってます?
今年もやってきました
恥ずかしいというか、情けないイベントの季節が
クリスマスの起源もろくなもんじゃないけど、
ハロウイン・・
すでにあちこちでハロウイングッズが売り出され、僕を暗澹たる気持ちにさせる
今年は10月31日(水曜)だそうだ
あーあ・・
ハロウインの起源・・
ぜひ知ってもらいたい
カブのジャック・オー・ランタン(アイルランド)
僕の読者の方でハロウィンなるもので浮かれておられる方がいないのを祈る・・
ってわかる人ほとんどいないでしょう
そりゃ本場欧米でもほとんどの人が知らないで
「お祭り」って認識してはしゃいでるのだから・・
でもねこんな仮装、変じゃありません?
アイルランド
古き良き?アメリカ
さて
動画見ます?
どうしてかぼちゃなのか?
「トリック・オア・トリート(Trick or treat.)」
って本当はどんな言葉なのか・・
では、どうぞ
必見です!
再び来るイエスキリストさんより
2015年10月22日
ハロウィンが流行する真の理由
街中にはこのようなハロウィンのイラストが溢れています。
描いている人には全く悪意なく、かわいく描いているのでしょうが、
仮装イベント、お菓子などで人々が受け入れやすい形にしながら、ハロウィンを流行らせる真の目的がなんであるかをよく知っておく必要があります。
ハロウィンの起源はケルト人
ハロウィンは古代ケルト人が行っていたサウィン祭という10月31日の夜から11月1日にかけて行う祭りが発祥です。
ケルトとは、ヨーロッパに紀元前1200年から紀元前1世紀頃にかけて発展してきた文化圏です。
紀元前1世紀にローマのユリウス・カエサルによって征服されました。
カエサルは自ら記した「ガリア戦記」に、ガリアのケルト社会がどのようであったかを詳細に記しています。
ケルトの神官ドルイド
ケルトの社会ではドルイドと呼ばれる「賢者」が人々の尊敬を集めていました。
ドルイドは、
相続や境界争いなどの裁判官であり、
またヤドリギという木の実を使った医者の役割を行い、
天文学に通じて農業を助け、また、未来について予言を行う神官の役割を担っており、
非常に強い権力を持っていました。
ケルト人はみな自分を神の子と考えており、自分たちはケルトの神々に仕えて生活していると考えていました。
人々は神々の神官であるドルイドを通じて、裁定や医療、天文学など、生活の中で役に立つ教えを聞きました。
しかし、その「神々」が最終的に求めているものはおかしなものでありました。
この「神々」が求めているものは、神々への捧げものとしての「人間」であったのです。
生け贄の儀式こそが最も神聖なもの
ドルイドの教えでは、生け贄の儀式こそが最も神聖なものと考えられていました。
ケルト人の間では、生け贄の儀式にでることを禁止されることが、最も厳しい罰とされたのです。
供犠から締め出されることは、共同社会の敵とされ、入獄よりも辛い、死にさえ勝る最悪のことでした。
神々は、盗みや略奪、その他の罪を犯して捕らわれた者たちが生け贄になるのをいっそう喜ぶと、彼らは信じている。
だが、そうした者が不足するときには、彼らは無実の者をさえ生贄にするのだ。
また、戦争の前に占いをして未来を予言する際には次のようにしました。
人を殺して未来を予言する
重大な関心ごとにおいては、彼らは人を殺そうと夢中になり、短剣を突き刺す……
そして、その身体が崩れ落ちると、
彼らはその落ち方と四肢のもだえから
さらには血のほとばしり具合から未来を読み取るのである
(ディオロールス・シクルス「世界史」)
彼ら(ガリア人)は自らの判断で死を運命づけた人間に対して、背後から剣を突き刺して殺し、その死に際の苦悶を見て未来を予言するのだった
(ストラボン「地理学」)
人肉食の祭儀
プリニウスは、宗教の名において行われる殺しと、そのあとの食人を伴う恐ろしい祭儀について不吉なものと書いた。
血塗られた祭壇
ここ(森)で崇拝されている野蛮な神々の祭壇には身の毛もよだつ捧げ物がなされ、すべての木々は血しぶきを浴びていた
彼はモナの野蛮な迷信に捧げられた森を殲滅した。
囚人の血で祭壇を塗りたくり、人の臓器を仲立ちに神々にうかがいを立てるのが、
彼らの宗教だったのだ(年代記)
ウィッカーマン
いくつかの部族は木の枝を編んで巨大な人の形の人形をこしらえ、そのなかに生きている人間を詰め込む。
それから人形は火をつけられ、なかの人間は炎に包まれて死ぬ(ガリア戦記)
なかには人間が詰め込まれている。
右下には監督役のドルイドと、運命を嘆く生け贄たちが描かれている。
そしてこのガリア人らは人身御供によって、テウタテース、エスス、タラニスの無慈悲な神々をなだめる。
雷神タラニスは火によってなだめられ、エススに捧げられる生け贄は剣で突き刺されたあと木に吊るされ、血を流して死ぬ。
またテウタテースのそれは溺死させられるのだ。
生け贄として溺死させる様子
この人間の生け贄を求める「神々」が悪魔でなくてなんでありましょうか。
最も恐ろしいことは、ケルト人全体が、この悪魔を神だと思って崇拝させられていたことです。
ドルイドたちは神に喜ばれようとしながら、騙されて悪魔の手助けをしていたのです。
悪魔の仕業だと気づかせないことが悪魔の最大の手口です。
最終的にその神々(悪魔)が求めているものは、
人間の生け贄、生き血、人肉食、幼児の生け贄という
残虐極まりない行為によって
人の精神を破壊し、人々に争い、殺人を起こし、神を不信させ、破滅へと導いていく
ことが悪魔の狙いです。
ハロウィンは悪魔最大の祝祭
ハロウィンは悪魔の世界では1年のうちの最大の祝祭です。
アメリカでは幼児の誘拐が年間80万人を超えると言われ、特にハロウィン当日の殺人発生率が非常に高くなっています。
ハロウィンの起源はドルイド教の人身供養を伴う悪魔崇拝で、現在もさらに勢いを増して続いています。
悪魔に親しみをもつようなかわいいイラストやコスプレを溢れさせて興味をもたせ、悪魔だと気づかないように、徐々に忍び込み、
いつの間にか多くの人々が悪魔の祭式を広げる手助けをさせられています。
死神、魔女、かぼちゃのお化け、へびなど、街中には悪魔の好むもので溢れかえっています。
「魔女」はハロウィンのイラストにあるようなかわいい存在ではなく、魔術を行う力を得るために子供を生け贄にして悪魔に捧げていた実在の女です。
気がつけば、子供たちの周りには、妖怪、魔女、お化け、悪魔などが、マンガ、アニメ、ゲームなどを通じて近寄ってきており、夢中になってその心をすでに掴まれてしまっている者も多くいます。
そして親たちも利用されていることに気づいていません。
悪魔の最終的な狙いがなんであるか、私たちはよく理解して、そこから離れなければなりません。
出典:
図説ドルイド(2000年)ミランダ・J・グリーン、大出健訳
ケルトの賢者「ドルイド」(2000年)スチュアート・ピゴット、鶴岡真弓訳
ドルイド僧 不可解な聖職者たち(1998年)A・P・フィッツパトリック、五十嵐洋子訳
ーーーー
さて、これでアナタは
ハロウインの真実を知ったわけですが、
どうぞ、かぼちゃに豚肉でも詰めて
ご近所に配られれば・・
ブラック・・

愛詩tel by shig
https://blog.goo.ne.jp/1shig/e/5b2c01e8036c1f1113a865fd32928424

大摩邇(おおまに)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2084967.html#more







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いくつかの部族は木の枝を編んで巨大な人の形の人形をこしらえ、そのなかに生きている人間を詰め込む。
それから人形は火をつけられ、なかの人間は炎に包まれて死ぬ(ガリア戦記)
なかには人間が詰め込まれている。
右下には監督役のドルイドと、運命を嘆く生け贄たちが描かれている。







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人々は神々の神官であるドルイドを通じて、裁定や医療、天文学など、生活の中で役に立つ教えを聞きました。






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2017年10月15日

播種神事

・播種神事
伊邪那岐大神の古伝に在るように、桃の実は、邪霊・邪気を駆逐し祓禳する働きがあります
清祓詞(黙念) 祓詞(天津祝詞・大祓詞) 祝詞 適当な場所で播種神事の順
妥当そうな処へ、桃の種を放り出して、そのまま退下(早い話が逃げる)してください
誰にでも、それぞれのレベルで行い得られる神事・神行です
神地・神域に鬱滞した邪気・邪霊の祓ひを、行はしめらるる場合も有り得ます
御影講サククシロの構築を、好ましく思わない、邪神・邪系もおります
・祝詞
祝詞は、自分の住所氏名生年月日を名乗り「御影講の播種神事を行う」旨を伝えればそれにてよし
ご自分の祈願があれば、当然、加えてよし
祝詞は平易な自分の言葉で黙念でいい
御影講の名の下で行うことで、その保護下・庇護下で行うことになり、
多少の粗相が在ろうとも御影講の責任であり、総責任者の私の方で修正することになります

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2015年02月02日

> そういえば、この店の名前は“緑の星”です。
> http://www.midorino-hoshi.com/
なかなか、面白そうなお店ですね。
本日の貴ブログにワカヒメという言葉がありましたが、
私のほうでもシンクロかもしれない出来事がありましたので念のためご報告いたします。
正月頃、久しぶりに書店に入りますと、『隠された言霊の神ワカヒメさまの「超」復活!』
という本が目に入り、パラパラとめくってまた棚に戻しました。
すると、すぐに店員さんがその
本を探しにきて手に取り、レジに戻り、
保留していたらしい電話をとって「あります。」と応答しています。
偶然、お客さんから取り置きの依頼があったようです。
後日、もう一度その書店に入りますと、またその本が入荷していたので、
これは読むべき本なのかなと思い、購入しました。
田舎の書店で、手にとった本がすぐ売れていくところを見るというのも
偶然にしては出来すぎのようにも感じたためです。
その本にはアワの歌というものも載っており、少し唱えてみたりもしました。
以上、ご報告まで。
よみがえる和歌姫さま。イサナキとイサナミが最初に産んだ子供、アワ歌の神さまでもある“ワカヒメ”は
なぜ古代から消されてしまったのか?(それは“言霊の秘密”を隠したかったから―)
ホツマツタヱの系統ですね。
正月頃から、ご報告した神社以外にも、2箇所ほど偶然訪れた小さな神社があるのですが、
その2ヶ所ともに、男根の形の石がありました。ネットで調べると「金精様」というものらしいですが。
連続したので、これも何か意味がありそうに感じました。
ちょっとご報告が憚られるのですが、関係がある事象かも知れないので恥を忍んでご報告します。
何故か、今年に入ってから、「夢精」が連続して起こりました。
特に、性的に興奮していたわけではありません。(酒に酔ってはいましたが)
私は、若い頃を振り返っても、夢精の経験は数えるほどしかありません。
「金精様」を見るようになったのとタイミング的に一致している気がします。
このメールは内容も内容ですので、非常に失礼なメールをお送りしている気もします。
単に事実のご報告であり悪気はもちろんありません。
これは重要です。
神社参拝を繰り返し、神拝を繰り返す。ということは鎮魂法の修練であり。
神域はエネルギースポットでもあり、神祇からエネルギーを受けます。
それにより身心を浄化し調え、魂魄を増大していくのが鎮魂法ですが。
ヨガのチャクラは内分泌腺と連関している事からも解る様に、身心は顕幽相関している。
鎮魂法を修練すれば、元気を増し、それは精気を増し、精力も増します。
それは性欲も高まる。これは、女人禁制という制度の存在する理由の一つなのです。
(早い話がビンビンに元気になるので、歯止めがないと、それこそ滅茶苦茶になる・・)
要するに、修道・修真とは、簡単に言えば、性的エネルギーのコントロールである。
である。と言い切るより、表裏一体であると申した方が、より正確でしょう。
アは五十音(いすず)の肇(はじめ)、ワは五十鈴の畢(おわり)。陰陽。
双方、文字(観字=表意文字)で書けば、吾。
恥を忍んでとは、恥を偲ぶにして、恥を知る。
吾恥(アハジ=アワヂ=淡路)とは、祖神様の恥にして、
つまり、天地・生命の創造・修理固成の神秘・秘儀・密儀を知る(悟る)をいふ。
「ご報告が憚られる」「悪気はもちろんありません」は、社会通念上の社交辞令と受け取って於きます。
ここにこそ秘鍵がある。と、気づくか、気づかぬか。それは、
聖と俗、仙と凡、生と死、真と偽、との天地懸隔の判れ目なるを。
性的エネルギー=生命エネルギー=天地の元気=魂=神
周天法(煉丹法)は、神→気→精と降るエネルギーを逆転させて、精→気→神と化す。
ただし、幾ら煉っても、元が濁精・後天の気なので、益は少なく、迂遠の行法。
その逆転させる働き・エネルギーが丹生津姫でもあり、若返りとも。
また、若(わか)は湧(わ)くなり。
若山(和歌山)の南紀白浜翻り、若狭還りて、真名井真名井に、若水(お水)取り。
→修二会http://www.todaiji.or.jp/contents/function/02-03syunie3.html
→籠神社http://www.kammuri.com/s1/motoise/kono/index.htm
はじめは、おわりにして。おわりは、はじまりである。
少しく、具体的に書きます。
「夢精」は悪し。
淫夢は見ていないと申しても、眠って居て覚えて居ないだけで、
実際には、淫夢を見ているから夢精が起こる。
自己の妄想による淫夢からなら、まだ幸いであるけれども、
これが、霊的な交渉あっての鬼交であれば、ごっそりとエネルギーを奪われて、危うし。
煉丹法により、濁精を還す還丹の法はあれども、前述の如く、その功は少なし。
殊に、個性単修の法に於いておや。
しかし、還丹の法にて、濁精を煉化して気に還すか、もしくは、
濁精=精液は放出せざれば、ついに発狂するに至る。
故に、陰陽双修の神法を共にすべきの至当相応の相手を得ざれば、縁結びを願えと申してある。
http://takehariy.seesaa.net/article/413214040.html
これ天?直系の神国日本の正法(神道)と、外国の左道傍門との天地懸隔の差あるの所以なり。
神祇を伏し拝(おろがみ)て、感謝し、滂沱感激すべきの光栄ならずや?
即ち、天孫(天皇陛下)を伏し拝みて、身の栄爵を感謝すべし。
また、女性に於いては、男精の陽を宇気ざれば、陰気増して到底成道し難し。
尤も、オカルト(隠された秘儀)なれば、目無き者には目前に在れども見えず。
天に口無し、人をして告げしむ。
天象・地象・人象を夜見て、悟るべし。
天?の秘機は、顕わに隠しあり。人々これを見て見えず、知るとも悟らず。
天帝の許しなくんば、行えども、行われず、反って身を滅ぼすのみ。
宮中より秘が漏らされて、忍びの者(陰陽師)により、国民教化のため普及された
( わらべうた ) ずいずいずっころばし: http://youtu.be/dHFh3LPvK48 @YouTubeさんから
かごめかごめ: http://youtu.be/VrgLy6TcO4o @YouTubeさんから
とおりゃんせ: http://youtu.be/MUmNEC1HWWI @YouTubeさんから
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さうさう
http://takehariy.seesaa.net/






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