荒俣宏『魔法のお店』〜ファンタジー短編傑作選
ちくま文庫『魔法のお店』荒俣宏解説
作品解題
◆『マッチ売りの少女』 H・C・アンデルセン
(Den lille Pige med Svovlstikkerne" by Hans Christian Andersen, 1848)
デンマークの童話作家として夙に有名なアンデルセンは,真正な幻想作家としての視点から眺めても後世に残るべき傑作をいくつも残しています。かれの150編余の童話から『雪の女王』や『人魚姫』の二つを挙げるだけでも,その一斑はおわかりでしょう。前者は偏見についての哲学小説,後者は疎外された人々に関する社会小説なのですから。
そして本編も「商業」の謎を明かすみごとな寓意小説になっているのです。実はマッチを売る少女というのは,ほかならぬ「魔女」のことなのです。この作品は山室静氏の訳(『マッチ売りの少女』 サンリオ・ギフト文庫, 1974年)を使用させて頂きました。
◆『われらの街で』 R・A・ラファティ
( “In Our Block" by R. A. Rafferty, 1965)
SF界では変人として知られるラファティの,奇想あふれる短編です。妙ちきりんな店がずらりと並ぶラファティの魔法横丁は,本書の最初の物語としてまさにうってつけと言えましょう。何年か前ロスのSF大会で見たラファティ氏は,たった独りで椅子に坐って考えごとをしていましたが,その姿はまるで本編に出てくる「何でも作る倉庫の主
人」に生き写しでした。出典はSF誌 『IF』1965年7月号です。
◆『星を売る店』稲垣足穂
文学に物理学を持ち込んだ作家イナガキ・タルホは,大阪船場に生まれ幼い頃兵庫県明石に転じ,神戸界隈で育ちました。関西学院卒業後上京し,はじめは飛行家,ついで画家をめざし,さらに文学に転じ佐藤春夫の知己をえて『チョコレット』 『星を造る人』などを発表しました。 『星を売る店』もそうした作品群の一つで、大正12年(1923年) 『中央公論』に発表され,のちに『ヰタ・マキニカリス』(書肆ユリイカ,1948年)に収録された珠玉の短編です。
◆『謎の水晶』 H・G・ウェルズ
( “The Crystal Egg" by H. G. Wells, 1897)
イギリスのSF作家ウェルズは,本書に二編も収録してあります。これらをお読みになればわかるように,もともと幻想小説の一変種としてのSFを手がけてきたこの作家の文学的才能は、当時のオカルト・ブームにも深く根ざしていたのです。しかもこの時期のオカルトは,科学であろうとした傾向のものでした。この作品は浜林生之助氏の訳(『盲人国』研究社出版,1923年)を使用させて頂きました。本作品はまさに宇宙がキイワードだった世紀末幻想の典型でありましょう。
◆『奇妙な店』 ウォルター・デ・ラ・メア
( "Odd Shop" by Walter de la Mare, 1955)
『三匹の高貴な猿』など傑作ファンタジーを書いたデ・ラ・メアは、もう本邦でも有名でしょう。かれの奇妙な店で売られている箱には,おそらく宇宙がひとつずつ収まっているに違いありません。こんな店がきっと都会の片隅にいつまでも存在しつづけなければいけないのです。 テキストはかれの最後の創作短編集『はじまり』 “The Beginning" に拠りました。
◆『おもちゃ』 ハーヴィ・ジェイコブズ
( "The Toy" by Harvey Jacobs, 1969)
ハーヴィ・ジェイコブズはアメリカに住むユダヤ系作家で,まだ知られた存在ではありませんが、すばらしいセンスをもつ短編作家です。かつてユダヤ系作家のSFだけを集めた『さまよえる星』という本が出たとき,かれの寄稿した作品は「けがらわしい」との理由でカットされました。 子供のない割礼手術師が,貯めこんだ皮をあつめてゴーレムみたいに子供を作ってしまう話です。短編集『グラクの卵』 “The Egg of the Glak” が出ています。
◆『マルツェラン氏の店」ヤン・ヴァイス
( "Nam Bylo Ego Zhal'..." by Jan Weiss, 1946)
チェコスロバキアの作家でカレル・チャペックと並び称されるヴァイスは,ふしぎにもわが国に紹介されておりません。下は奴隷から始まって上へ行くにしたがい身分が高くなっていく悪夢のような世界を描く『千階建の家」 “Dümo 1000 patrech" (1929) はとくに傑作の声高いファンタジーです。そんなかれのリリカルな傾向を代表する本編をお届けできることは,選者として喜びにたえません。訳出は沼野充義氏にお願いしロシア訳の
テキスト(1971年)を用いましたが本国版の詳しいデータはつまびらかでありません。
◆『魔法の店』H・G・ウェルズ
( “The Magic Shop" by H. G. Wells, 1911)
SFの父ウェルズには本編のようにすばらしいファンタジーがあります。それも無理はありません。かれは常に思弁的幻想を糧として作品を書いたのであって,ヴェルヌのように応用科学発展の予言者として立ったのではありませんでした。 その証拠に,透明人間やタイムマシンはいまだに幻想の世界に属しているのです。 テキストは『H・G・ウェルズ短編全集』 “The Complete Short Stories of H. G. Wells" (1927) を用い,翻訳には野村芳夫氏の手をわずらわせました。
◆『ピフィングカップ」 A・E・コッパード
( "piffingcup" by A. E. Coppard, 1921)
ウォルター・デ・ラ・メアが英国家庭の静かな日常に幻想を視た人であるとすれば,コッパードは貧しい辺土の村人たちが営む魔法のような日常に幻想を見つけだした人と言えましょう。かれの作品には,いつも貧民や頭のおかしい人びとや不幸な身の上の子どもたちが登場し,哀しいけれど笑いを宿した地方生活の裏おもてを演じてくれます。そのコッパードの数多い名作ファンタジーから今回は本編を選んで紹介しましょう。全編コッパード調の極めつけですが,とくに床屋が三人の娘たちに頼みごとを拒絶されるとき、その理由に「べつに生命が惜しいからではなかった」と繰り返すあたりは圧巻です。そう,悪運の憑いた悪い鉢は「色白な無垢の娘」の手で拾いあげられなければならないからです。 出典はかれの第一短編集『アダムとイヴ』 “Adam and Eve and Pinch Me" (1921) です。
◆『かどの骨董店』シンシア・アスキス
( “The Corner Shop" by Lady Cynthia Asquith, 1947)
貴族の令嬢で長いこと「ピーターパン」の作者パリー卿の秘書をつとめたアスキスは,英国有数の女流怪談作家として知られています。ここに訳出した作品も彼女のムードをよく伝えていますが、決して恐怖を煽る筋立てではなく読む者をしんみりとさせるムードにあふれています。出典は彼女の怪談集『うつし身の憂い』“This Mortal Coil" (1947)に拠りましたが,訳出にあたって広田耕三氏の手をお借りしました。
◆『ザカリウス親方』 ジュール・ヴェルヌ
( "Maître Zaccharius" by Jules Verne, 1854)
『八十日間世界一周』や『十五少年漂流記』で知られるフランスの作家ジュール・ヴェルヌはSFの先駆者の一人であり,初期には怪奇幻想小説も手がけていました。 『ザカリウス親方』は,26歳の時に雑誌『家庭博物館』に発表された最初の中編作品です。 リリック座支配人スヴェストの秘書をつとめて小喜劇を書いていたヴェルヌは,この頃ス
ヴェストの死によってボンヌ・ヌヴェル通りの小さな部屋でひっそり暮らしていました。この不遇な時代の影が色濃く『ザカリウス親方』には反映して,暗くあやしい雰囲気が漂っています。この作品は『オクス博士の幻想』(創元推理文庫,1970年)の窪田般弥氏の翻訳を収録させて頂きました。
◆『お茶の葉』 ヘンリー・S・ホワイトヘッド
( "Tea Leaves" by Henry S. Whitehead, 1924)
ラヴクラフトと並ぶアメリカの怪奇小説作家ホワイトヘッドは,米国聖公会の助祭になり西インド諸島へ布教活動に赴いた体験にもとづいて創作をはじめました。 怪奇小説専門雑誌『ウィアード・テールズ』の創刊をきっかけに,同誌に海を泳ぎまわる奇怪な人間を描く “Sea Change” と,その後につづくジェラルド・ケインヴィンが主人公の西インド諸島冒険譚シリーズなどを発表しました。つましいオールド・ミスがであった思わぬ幸運の話『お茶の葉』は,怪奇小説専門出版社アーカム・ハウスから刊行された“West India
Lights" (1946) をテキストに用いました。この作品は,ホワイトヘッドの短篇集『ジャンビー』 (ドラキュラ叢書9巻・国書刊行会、一九七七年)に収録されています。
◆『支那のふしぎな薬種店』 フランク・オーエン
( "Dr. Shen Fu" by Frank Owen, 1938)
アメリカの短編作家フランク・オーエンは支那趣味に徹した人で、その作品の大部分は「まだ一度も見ない」幻想の支那を舞台とした静かなファンタジーになっています。すでに1920年代から一部に知られた存在で,有名な怪奇小説誌 <ウィアード・テールズ>の寄稿者でありましたが,ラヴクラフトやハワードが一冊も単行本を出せない時期に早ばやと何冊もの美しい単行本を上梓していました。本編はオーエンの特徴が凝縮したような
佳品であります。 出典は第三短編集 『九谷焼き師の良人」 “A Husband for Kutani"
(1938) です。
◆『小鬼の市』クリスチーナ・ロゼッティ
( “Goblin Market" by Christina Rossetti, 1862)
ここに集められた魔法の店の物語のうち,本編がもっとも古い作品で,同時に物語詩の型式になっています。作者クリスチーナはイギリスの有名な画家で〈ラファエル前派〉の創立者ダンテ・ゲイブリエル・ロゼッティの妹にあたります。 彼女の血筋を遡れば,あのメアリ・シェリー(『フランケンシュタイン』の著者)に行き当たるといういわば英国ロマンチシズムを一身に具現した運命の家系の一員であります。 彼女には多くの童謡詩があり
ますが,本編はとりわけ著名な作品であり魔物の商人に魅入られた妹と,それを救う健気な姉とのすばらしい魔法物語に仕上がっています。
◆『瓶の中のパーティ』 ジョン・コリア
(“Bottle Party" by John Collier, 19xx )
イギリスを代表する奇妙な味≠フ作家であります。とりわけ猿を妻にめとった男の奇妙な生活を描く奇作『モンキー・ワイフ』 (1930) で名をあげて以来,かれの作品はことあるごとに同国の短編作家サキと比較されてきましたが,モダンな感性ではこのコリアが何枚も上手でしょう。ここに収めた短編が雄弁にその事実を語ってくれます。この作品は中西秀雄氏の訳(『ベスト・オブ・コリア』ちくま文庫,1989年)を使用させて頂きました。
◆『白いダリア』エルゼ・ラスカー=シューラー
( "Die weiße Georgine" by Else Lasker-Schüler, 1934)
ドイツ表現主義時代の特異な女流詩人エルゼ・ラスカー=シューラーは,ユダヤ教牧師を父に持ちベルリンで新しい文芸運動にたずさわりナチスの迫害を遁れてイェルサレムに亡命し,そこで生涯を終えました。 ヘブライやエジプトなど神秘な古代世界への憧れにあふれた夢幻詩を多数残した彼女が1934年にスイスの「新チューリヒ新聞」に発表
した本編は,白いダリアと青い櫛のシンボリックな恋愛を天国の香りもふくよかに描きだした神品で,イギリスのマイナー作家T・F・ポイスの傑作を想い出させる「オブジェ幻想」の寓話に仕上がっている。この作品は『怪奇幻想の文学・啓示と奇蹟』(新人物往来社,1977年)に収録されたものです。
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