2020年12月03日

[動画][資料] スーパーテレビ: 1970年代キャンディーズブームと全共闘


















[動画][資料] スーパーテレビ: 1970年代キャンディーズブームと全共闘
1980年代伝説〜昭和アイドル親衛隊の硬派な掟
アイドル親衛隊史編纂室
アイドルブームのど真ん中で熱に浮かされて応援というには度が過ぎる献身さでアイドルを支えた純粋すぎる漢たち。ファンじゃなければわかるまい。なぜ彼らがあれほど熱心に献身的にアイドルを応援したのか?なぜあれほどまでに連帯していたのか?CD を一人で何百万枚も買うよりもまっとうで正しいアイドル愛を再び!
■すべての始まりはキャンディーズ
アイドルブームは並外れたカリスマ力を備えたスーパーアイドルによって作られる。ブームの原動力となるのはアイドルファンたちであって,彼らが群がるかどうか,彼らが身銭を切ってくれるかどうかでアイドルの合否が決まる。これは今も昔も変わらない。ひとたび火がつけばアイドルファンは無味乾燥な日常を埋め合わせるかのように瞬く間に燃え上がる。空前のアイドルブームの時代,ファンの爆発力をまた強烈な物があった。。
アイドル親衛隊とは特定のアイドルファンの有志による私設応援団である。私設といってもそれは親衛隊の名前の通り厳格な規律によって組織された忠実なファンたちで,それは外見からはっきりわかる。
まずは統一された法被+ハチマキのユニフォームである。ベースは学生の応援団にあると考えられるが,詰襟学ランの代わりに白やピンクや紫の派手な法被に隊名や口上を刺繍して崇拝するアイドルの名前を縫い付けた鉢巻をきりりと締めて戦地たるイベントに向かった。鉢巻きの長さや洋服の刺繍で親衛隊の中の序列が分かるようになっていて,応援団によく似た品行方性を重んじる体育会系の規律によってコントロールされていた。
アイドルファンたちが連帯するようになったのは1970年代後半と考えられ,そのきっかけとなったのはキャンディズとピンクレディーである。それぞれ「全国キャンディーズ連盟(全キャン連)」「ジャパンピンクレディーサークル (JPC)」という巨大な応援歌が結成されて,全キャン連の場合は所属事務所が運営していたファンクラブのネットワークから誕生した。どちらも全国各地に支部を持つ巨大なファンクラブとなっておいて,特にキャンディーズの場合は東京支部だけでも1000人を超え,ブレインとなる行動するファンによって複数の私設ファンクラブを統合する形で形成されたのが全国キャンディーズ連名であった。。
強烈な動員力を持つキャンディーズが解散を発表した後の解散ツアーをサポートしたことでも知られる。全国キャンディーズ連盟は1978年4月4日,後楽園球場でのお別れコンサートでキャンディーズが活動停止したのと同時に解散している。
■1980年代アイドルの親衛隊
一大ブームを作ったキャンディーズの解散,ピンクレディーの人気に陰りが出てくると,当時のアイドルブームは一気に収束していく。1970年代末になると山口百恵もすでにアイドルと呼べなくなっていた。
1980年代に巻き起こったいわゆる「第2次アイドルブーム」というのは,1980年4月に松田聖子がデビューして,松本伊代,堀ちえみ,小泉今日子の「花の1982年組」が出揃って全盛期を迎える。それまではスター不在のいわゆるアイドル冬の時代であって,業界全体がキャンディーズの巨大な喪失感が漂う底冷えの状況にあった。
1980年代アイドルの親衛隊は全キャン連を踏襲する形で作られたのは間違いない。少なくとも同じアイドルを応援するファンたちがコスチュームを揃えて,時にはナイトのようにアイドルのガードマンを買って出て,そして常に身銭を切って献身的にサポートするというアイドル親衛隊の作法を決定づけたのは全国キャンディーズ連盟と考えて差し支えないだろう。
1980年代の元アイドル親衛隊メンバーに聞くと、彼らの得意な運営スタイルには元ネタがあったと指摘する声が多い。コスチュームを揃えて声援の節回しを統一するのはあるアイドル戦隊が元祖だったというのである。
「全キャン連もすごかったみたいだけれども,石野真子のファンクラブだね。。運営方法もそうだし,コールとか統制(声援をを揃えること)は結構参考にしていたと思う」ー元某アイドル親衛隊長
石野真子はアイドルの登竜門的番組『スター誕生(日本テレビ)』でグランプリを受賞した後に1978年1月にデビューした。元々ミュージックスクールに通っていたために歌唱力に定評があって,過去に決勝大会に出場した経験もあったためにデビュー前から大手芸能事務所が接近したと言われている。
■実は計画的に作られた元祖アイドル親衛隊
アイドル親衛隊は建前上ではファンが自主的に結成したボランティア組織となっている。ところが1980年代後半になるとファンから会費を集めてイベントのサポートやアイドルのボディーガードを行う親衛隊が出始める。トップクラスのアイドルともなればイベントも大掛かりになって,悪質な追っかけも後を絶たない。。そこで一部の親衛隊はアイドル側に立つというある種の特権を得つつ,自らもビジネスを開始したのである。
他愛ないように見えてその組織ぶりは徹底している。例えば南野陽子親衛隊の場合には,全国を北海道/東北/関東/北陸などのブロックに分けて,そのトップに全国総隊長を据えて,次いで総長代行,統制部長を置いていた。隊員は高校生が中心で,幹部クラスでも18歳という若さ。さらに次のような掟があったという。
上位の者には絶対服従
上位の者には挨拶励行
集合などには時間厳守
酒タバコ厳禁
抜け駆けのファン活動は厳禁
南野陽子クラスで会員は全国に約800人が在籍したと言われ,入会金8000円で約640万円の活動費が徴収できると考えれば一種のプロ集団と言っていいだろう。親衛隊の規模はそのまま組織の勢力を示しており,様々なビジネスが展開できた反面,歌番組の公開収録では親衛隊同士の暴力沙汰も頻繁に起きていたという。
「スケジュールを伝えたり法被ハチマキを用意するぐらいは行ったけど,一部では芸能事務所が裏で仕切っていた親衛隊もあった。新人を売り出すにはどうしても必要だったし,リクエスト番組の投票も大量にやってくれるから。。公開番組の入場券をばら撒くという筋の悪いのも多く喧嘩や金銭トラブルも多かった」
と言っても芸能事務所とファンの間に一定の信頼が成立していたからこそ,アイドル親衛隊という存在が認められていたのも事実である。彼らの存在がアイドルブームを下支えしたのは間違いない。当然そこには見返りなどない。彼らは恐ろしく純粋で一方のアイドルは いつでも会いに行けるという身近な存在ではなく遥か高みに輝いていた。
アイドルが正しく偶像であった時代,握手券をつけなくてもファンはレコードや CD を買い求め熱心にコンサート会場に足を運んだのである。
ー昭和の謎99

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posted by datasea at 21:14| Comment(0) | ♪  アート,エンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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