2020年07月31日

星野概念: あいまいのままでいることの意味〜曇空の心のままで生きる

星野概念: あいまいのままでいることの意味〜白黒を決めなくていい
星野概念×いとうせいこうの対談本『ラブという薬』に学ぶ、あいまいでいることの意味
2018.07.19
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こころ
働いていると、どうしても「生産性」や「費用対効果」などという言葉に縛られ、思考ががんじがらめになってしまいがちなこの世の中。何らかの救いがあればとビジネス書を手にとるも、「〇〇〇するための10カ条」「〇〇〇になるための法則」といった内容に、かえって強迫観念を助長されるような思いになる人も少なからずいるのではないでしょうか。
そんな”ビジネス書“的強迫観念を和らげてくれるのが、作家・いとうせいこうさんと、主治医である精神科医・星野概念さんとの対談本『ラブという薬』です。
いとうさんがカウンセリングを受けていることを公表し、悩みを掘り下げることで、「悩んでいい、弱くてもいい。けがをしたら外科に行くように、つらかったら精神科へ行けばいい」というメッセージを悩める人に伝えたい。本書にはそんな思いが込められています。
■精神科の診察室の舞台裏
ビジネス書といえば、おしなべてわかりやすく合理的。引きのあるタイトルとムダのない表紙のビジュアルで、その本を読むことで自分が何を得られるかを端的に教えてくれます。その点、本書『ラブという薬』はタイトルも表紙のイラストも含め「言い切らない」のが印象的。帯にあるのは「きつい現実が、少しゆるい現実になりますように」という、まるで“祈り”のような言葉です。今回お話をうかがった星野さんも「何も教えはないですからね、この本には(笑)」と笑います。しかし、精神科の診察室で繰り広げられるいとうさんと星野さんのやり取りを読み進めると、本質的なコミュニケーションのあり方について考えさせられ、いつしか自分の場合はどうだろうと客観的に自己分析していることに気がつきます。ある意味、ビジネス書よりもビジネス書らしいと言えるかもしれません。真逆だと思いますけどね(笑)。僕が読み直しても、明らかな教えは一個もないんですけど、読む人がどう取ってもいいしどう考えてもいいという自由さはありますね。たとえば僕は日本酒が好きですが、甘口とか辛口とか酸が立っているとか、感じ方は人それぞれ。正解は誰にも決められないんです。
『10の法則』などとうたったものを頼るのももちろん悪いことではないし、たしかに夢を見させてくれますが、自分の心地よさに身を任せても大丈夫、それでもそんなに失敗しないよっていうのは、この本で伝わるのではないかと思います。
論破せず、あいまいじゃダメですか?
本の中で「すばやく明確に自分の立場を表明するやつが偉い、みたいな空気はある」といとうさんが語っているように、白黒をつけ、論破しないとカッコつかない雰囲気のあるご時世で、「自分が心地よいグレー」があってもいいのではないかというのが星野さんの思いであり願いでもあります。
僕は昔NBAの選手になりたいという夢があったので、これさえやれば身長が20cm伸びるとか、英語がペラペラになるとかいうハウツーものに手を出したこともありました。でも、自分にはしっくりこなくて、あいまいさに身を任せているほうが心地がよかったんです。自分はダメなんだなと思いながら友だちと話していたら、意外と周りもそうだった。それからですね、心地よいグレーがあってもいいと思えるようになったのは。心が迷ってグレーゾーンから抜け出せない自分を責めてしまう人にとって、星野さんの言葉は大きな救いになるのではないでしょうか。
自分が心地よい環境で力が発揮できればいい。そんな思いを星野さんは「菌」にたとえて話します。星野さんが日本酒好きであることは先ほども紹介した通り。おいしく飲むうちに、発酵のおもしろさにハマったのだとか。
発酵のメカニズムはシンプルで、酵母などの菌は環境が整っていさえすれば発酵にひと役買えるんです。活躍できる環境がなければ何も起こらない。単純です。それは人にも言えることで、環境に恵まれれば活躍できるかもしれないのに、規則で「お前はこれをやれ」「1年目はこうあるべきだ」と決めつけられるのは、あう人はいいかもしれませんけど、僕みたいなタイプにはちょっと苦手かもしれません。
飲み会のときだけはしっかり力を発揮する宴会部長みたいな人が会社にいてもいいと思うんです。ちょっとだけ人の手が入っていい環境をある程度整えてあげて菌がうまく活躍できればおいしいお酒になる、と星野さん。それって、僕の仕事にも通じるなと思います。悩んでいる人の話を聞いて、その人の自助機能がうまく働くように整えてあげる。その感じは目指すべき精神科臨床だと思うんです。酒だけでなく醤油や味噌をつくる人たちがやっていることは精神科医とすごく重なる。それで、発酵にハマっているんですけどね。
これは会社のチームビルディングにも言えることかもしれません。部下にまかせて自由にやらせてみるけれど、いつも見守って、おかしな状況にならないように、いい結果につながるように、必要なときにはちょっと助け船を出す――。たとえば映画「オーシャンズ11」でジョージ・クルーニーが演じたリーダーのように。
僕、「オーシャンズ11」や「特攻野郎Aチーム」が大好きなんですけど、みんな勝手なんですよ。業務を忘れて兄弟喧嘩して、ライバルの泥棒に侵入されたりとか。それをリーダーのジョージ・クルーニー(ダニー・オーシャン)と、右腕のブラッド・ピット(ラスティ・ライアン)は『しょうがねーな』って感じで見てるんですけど、最後はどうにかなる。そういう感じが全体的にいいなって思います。
■人に心を開くのが苦手な人に読んでほしい
言い切らない。必ずしも白黒を決めなくていい。かといって合理性やわかりやすさを否定するわけでもない。
本書、そして星野さんの語り口には「断定しないことの心地よさ」があります。僕自身、合理性に乏しく考えをまとめるのも遅いし、こうして話していてもすぐ脱線しちゃうんですけど(笑)、そういう自分は存在価値がないと思う人にこの本を読んでもらえたらうれしいですね。僕は自分を否定してしまう人や、他人とうまく交われずに心を開くことが苦手な人に興味があるんです。自分がそうだからかもしれません。星野さんが精神科医の道を選ぶはじめのきっかけになったのは、いつもひとりぼっちだったあるクラスメイトの存在でした。家庭環境が人と違うだけで仲間外れにされる理由がわからなかったので、星野さんは事あるごとに彼女に声をかけていたそう。彼女は何も話さないし、無視されることもありましたが、それでも話しかけることをやめませんでした。
そんななか、林間学校の肝試しでその子と二人組になり、手をつないで歩いていたら思いのほか話が弾んだのだとか。閉ざしていた扉が開いたっていう感覚があって、なぜだかすごく感動したんです。ですから今でもそういった感覚を仕事に求めているかもしれません。経験上、扉が開くと表情がやわらかくなることを知っているので、患者さんが話せる雰囲気をつくることを心がけています。
本書のあちこちに、星野さんのやさしさが散りばめられている理由がわかった気がします。 閉ざした心の扉を開き、相手の本音を聞き出す精神科医のアプローチは、ビジネスでさまざまな人と会話を重ねる私たちにも生かせるテクニックかもしれません。

lifehacker日本版
https://www.lifehacker.jp/2018/07/the-medicine-called-love.html










2019年3月号 
宣伝会議
私の広告観
星野概念さんの感じる、アナログな場の大切さと現代の窮屈さ
星野概念さん
2018年2月にいとうせいこうさんとの対談本『ラブという薬』を出版した精神科医の星野概念氏。星野氏が感じる現代社会の生きづらさ、さらには"アナログな場"の重要性とは。
星野概念(ほしの・がいねん)さん
総合病院に勤務する精神科医。精神医学や心理学を少しでも身近に感じてもらうことを考えている。執筆や音楽活動も行う。雑誌「BRUTUS」「Hanako」「ELLE gourmet」、Web「Yahoo! ライフマガジン」「みんなのミシマガジン」での連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。著書に、いとうせいこう氏との共著『ラブという薬』がある。
■出版を通じて気づいた伝えることの難しさ
2018年2月に作家やクリエイターとして活躍するいとうせいこうさんと精神科医の星野概念氏の対談本『ラブという薬』が出版され、話題を集めた。
星野氏は病院に所属する勤務医としてだけでなく、ミュージシャンや文筆家など、多岐にわたって活躍している。星野氏といとうせいこうさんとの対談が実現したきっかけは、いとうさんのバンド「ロロロ(クチロロ)」で、星野氏がサポートギタリストをしていたことにあるという。
「いとうせいこうさんとは、バンドメンバーといっても全然お話したことはなかったんです。クリスマスイベントの時だったでしょうか、突然『相談に行きたい』とおっしゃられて。二人ともコスプレをしていた時だったので冗談かと思っていたのですが(笑)、本当にカウンセリングにいらっしゃいましたね」。
『ラブという薬』は、いとうさんのお悩みに星野氏が答える対談形式になっている。読者からは「読んで気持ちが楽になった」「友達に勧めた」という好意的なものも多く寄せられた。
一方で「"精神科に行こう"と言うけれど、行っても良い経験をしたことがない」という声もあったという。
「本の中でも、すべての精神科をお勧めできるわけではないと書いていましたが、宣伝文句に『精神科の敷居を下げる本』と書かれたことで、伝えたい意図が十分には伝わっていなかったのだと気づきました。本を出してみて、あらためて"伝える"ことの難しさを感じましたね。短い言葉で景色や物の雰囲気を感じさせたり、想像させたりする詩人や俳人はすごい。宣伝文句も、その伝え方によっては予想外に人を傷つけてしまうこともあるのかなと思いました」。
そうした「伝わらなさ」の壁を埋めていくための方法を得る機会となったのが、2018年11月に開催された『ラブという薬』のロングセラー記念イベントだ。星野氏といとうせいこうさんが登壇したほか、書籍の構成を担当したライターのトミヤマユキコさんが進行を務めた。こうしたイベントやライブでは、段取りを決めて準備万端で臨むよりも、その場で生まれる偶発性に委ねたいという星野氏の意向に合わせ、来場者からその場で悩みを募集し、それについて2名が話すというスタイルが取られた …
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宣伝会議
https://mag.sendenkaigi.com/senden/201903/view-ad/015565.php








「答えがないからこそ向き合い続ける」 精神科医・星野概念が考える「対話のカタチをした薬」後
By GQ JAPAN編集部
2019年6月19日
精神科医でミュージシャンという異色の肩書きをもつ星野概念さんに、カウンセリングについて話を聞いた。その前篇である。 文・杉本航平 写真・鈴木竜一朗 編集・横山芙美(GQ)
■読む処方箋
2018年、作家のいとうせいこうさんと、精神科医でミュージシャンとしても活動する星野概念さんの対談本『ラブという薬』(リトルモア)が刊行され、大きな話題を呼びました。
この企画のはじまりは、星野さんがいとうさんが参加している音楽ユニット(クチロロ)のサポートギターを務めていたことがきっかけ。数年前のある日、いとうさんから「ちょっと今度カウンセリングに行っていいかな」と声をかけられてから、ふたりは「主治医と患者」という関係を築くようになりました。
『ラブという薬』は、対話の場所を診察室から書籍という公の場へと移したもので、“読む処方箋”ともいえそうな、きつい現実を生きる人たちの気持ちをゆるくほぐしてくれる1冊です。
星野さんは、「悩みや苦しみを抱えているとき、精神科やカウンセリングに行くことをためらう必要はないのではないか」と言います。今回は、星野さんに精神科の診察や精神科医という存在について、そして「つらい気持ちへの向き合い方」について話を聞きました。
■心の居場所のひとつとして
──『ラブという薬』では「つらい気持ちを抱えた人が気軽に精神科やカウンセリングに行けるように」ということを中心にお話をされていますね。
星野:精神科やカウンセリングは心の傷を専門に治療する場所です。ケガをした人が外科に行くのと同じように、つらいときに精神科を受診することは不思議なことではありません。にもかかわらず、日本ではいまだに精神科に行くのが恥ずかしいことのように思われてしまっています。精神科へ行くことのハードルが高すぎるので、まずはその認識が少しでも変わればいいのにと思っていました。一方で、言い過ぎてしまったかなと思う部分もあります。というのも、たとえばバーに行ってマスターと話すとか、友だちとお茶をするとか、愚痴を言ったり悩みを相談できたりする場所があれば、それだって十分に有効だからです。
星野:つらいとき、渦中にいるのはその人自身にほかなりません。そして非常に孤独な状況に置かれてしまう。誰かとつらさを本質的には共有することができず、ひとりぼっちのように感じている人にとって、最も大切なことは「心の居場所」を見つけることだと思うんです。もしそれが見つからなければ、精神科やカウンセリングに行くというのもひとつの選択肢として考えても良いのではないか。それが、僕が『ラブという薬』の対談をしているうちに、伝わればいいなと考えるようになったことでした。
──「心の居場所」のひとつとして、精神科やカウンセリングがあるわけですね。
星野:そうですね。ほかにも、たまらなく好きなことを見つけるというのも「心の居場所」になると思います。僕は月1回、軽度の知的障害を抱える人が通う作業所で、利用者の方の話をじっくり聞くということをしているのですが、電車やゲームの話をするときに驚くほど饒舌になる人がとても多いんです。その内容は、電車やゲームに対して思いもよらない目のつけ方をしている話ばかり。話し始めたら止まらないし、斬新な話だから興味深くてずっと聞いてしまう。そうした“たまらなく好きなこと”があるというのは、ひとつの「心の居場所」なのではないでしょうか。
■悩みの伴走者になる
──いざ病院に行こうと思っても、精神科の病院やクリニック、心療内科など、種類が多くてどこに行ったらいいのかわからないというのも、ハードルが高く感じてしまう要因のように思います。
星野:「精神科病院」と「精神科クリニック(診療所)」の違いは、大きくいえば入院施設があるかどうかです。最もややこしいのは「心療内科」で、身体の疾患をメインに、その原因がわからなかったり、心理的な症状が出てくる疾患を内科医が診察する場所を指したりしていました。現在はそうした区分はかなり曖昧になっていて、精神科と心療内科はほぼ同義語になっているので、名称の違いはそれほど気にしなくても大丈夫だと思います。
──本のなかでいとうせいこうさんがおっしゃっていましたが、たとえば「うつ病だと確信してから病院に行かないといけないのかな」とか、「いい患者でいなければならない」とか思ってしまう人も少なからずいるように思います。
星野:悩みはその人自身のものなので、最終的には患者さん自身でどうにかしなければいけないものです。しかし、患者さんひとりではそれが難しいというのも事実で、精神科医は患者さんが悩みを自分のなかで扱えるようになるまでの「伴走者」のような存在です。だから、最初から自分の悩みや症状について明快に話せなければならないということは決してなくて、診察のなかで一緒に整理していければいいんです。
──患者さんが自らの悩みを解きほぐすきっかけを作ってあげるということですか?
星野:悩みの糸がこんがらがってしまうと、そもそもなにが問題なのかわからなくなってしまいます。でも、ひとつひとつほどいていけば、いずれは1本の糸になるはず。「もういやだ!」と投げ出したくなったりしてしまうところを、横で励ましたりアドバイスしたりするのが、精神科医の役割なんです。
■傾聴と共感
──星野さんといとうせいこうさんの対談本『ラブという薬』では、「傾聴と共感」が重要だと語られています。そのためには、患者さんとの時間をかけた対話が必要となってくるのでしょうか。
星野:まずはとにかく患者さんの話を聞くことに徹します。そして、共感できる部分がわかってきたら共感する。そのことがなによりも大事ですね。ほかにも、場合によっては認知行動療法など、専門的な心理療法の考え方を用いることもあります。患者さんにとって、話をすること自体がカタルシスを得る行為でもある。日常生活において、なにも気にせずに話を聞いてもらうことって、じつはあまりないと思いませんか? 医者には守秘義務があるので、診察室のなかではなにを話してもいい。そうした時間を持てるというだけでも、気持ちは楽になると思うんです。なかにはあまり話をしてくれない患者さんもいるので、難しいところではあるのですが……。
──そういう患者さんの場合は、時間をかけることで話をしてくれるようになるものなのでしょうか。
星野:たとえば、つねに怒っていて、こちらを罵倒してくるような患者さんがいたとします。そういう時に説教したりするのはどう考えても精神科医の仕事ではないですよね。そうではなくて、どうしてそういう言動をとっているのか、いつからそうなのかということを、本人やまわりの人に聞きながら、その状態自体を理解するように努めています。
■SNSにおける居場所とは
──ここ最近、診察のなかで感じる患者さんの傾向はありますか?
星野:単なる偶然か、もしくは土地柄ゆえかとは思うのですが、病院によって受診する患者さんの傾向が違うという印象があります。前に勤めていた病院は認知症の方が多く、今年度から勤務するようになった大学病院は前の病院に比べて人間関係などに悩んでいる若い方が多いかもしれません。
──「人間関係に悩む若い人」といえば、SNSについての悩みが多かったりするのでしょうか? 『ラブという薬』のなかでも、度々SNSについてお話しになっていましたね。
星野:SNSの悩みがメインであるという患者さんには、じつはほとんどお会いしたことがありませんが、SNSに疲れてしまったという方はいますね。診察において顕著な悩みとまでは言えませんが、僕の知り合いにはそういう悩みを持った人がとても多いです。
TwitterをはじめとしたSNSは、いまやひとつのコミュニティになっています。攻撃的な投稿に傷つくこともあるだろうし、自己肯定感の低い人は自分から発信することができず、コミュニティに馴染めていないと感じてしまうのではないでしょうか。ある種、言論の場のようになっていて、あたかも政治的なことやビジネスについて語れることが正しいとされる場所になってきているようにも感じます。そのなかでは、発言力を持たない人が居心地の悪さを感じてしまってもおかしくないと思います。
──SNSは、最初はむしろ、社会のなかで居場所を見出せない人がつながるツールでもあったはずです。それがある程度時間が経ち、様態が変化しているように感じます。
星野:「心の居場所」の問題ともつながるのですが、「自分はここにいていい人間なんだろうか」と考えてしまうことは、非常に居心地が悪く、不安なことですよね。
──SNSに限らず、現実社会においては、“どこかに存在するため”の役割や意見が必要とされてしまいます。
星野:人には、なにも考えずにただそこにいられるような空間というのが大事なんです。「ただそこにいること」は、すなわち、無意識に自分の存在を自ら肯定することにつながっているので、本来とても充実したことなんです。たとえば医療現場に設けられているデイケアや自助グループ、集団療法を行うスペースなどは「ただそこにいていい空間」と言えます。日常生活のなかでも、そう思える場所が増えればいいなと思うんです。
■精神医療の難しさ
──現代では、社会のなかで「正しい」とされていることに存在が絡めとられてしまう苦しみが大きくなっているのかもしれません。
星野:結局、いつも「精神疾患ってなんだろう」という疑問にぶつかってしまうんです。なんらかの悩みによって生きづらかったり、社会生活に支障をきたしていたりすると「疾患」と判定することになってしまう。癌やほかの病気のように明らかに病気だとわかる基準があるわけではない。いわば、社会生活を送っている“多数の人とは異なっている”から疾患とされるわけです。つまり精神疾患のうしろには、少数者の苦悩が横たわっている。もちろん少数者だからといって、その存在を蔑ろにして「正しさ」を押しつけてはいけません。極端なことをいえば、国民の80%の人に幻聴が聞こえていたら、幻聴が聞こえない人が疾患とされうるわけです。つねにその価値観は転覆の可能性に晒されていて、それこそが精神医療の難しさのように思います。
──その時々でなにを疾患とするかという判断基準はあれど、絶対的に揺るがない基準というものがない。
星野:患者さんと医療者のあいだでも、症状とされるものが顕れているかどうかという違いはあれど、どちらかが正しくて、どちらかが間違っているというわけではありません。あくまでも、なにかしらの事情で苦しんでいる人に対して「苦しみをマイルドにしましょう」と働きかけるのが精神科医の仕事であって、「治してしんぜよう」という立場ではないんです。そのあたりが医療としては特殊なところだと思います。言うなれば、精神科医という職業自体が曖昧な職業なんですよね。ですが、そもそも「心」というよくわからないものを扱っている以上、曖昧さが残らないことのほうが不自然なようにも思います。なにが正しくて、なにが間違っているか、白黒はっきりつけられると思うことのほうがおかしいのかもしれません。患者さんと対話していくなかで、その人のことをわかろうとすることこそが必要なんです。診療でも診療でなくても、人のことを理解しきれることは絶対にありませんが、すこしずつでもわかっていくような感覚は、悪いものではないと思っています。

GQ
https://www.gqjapan.jp/life/grooming-health/20190619/gainen-hoshino-interview-1









精神科医が教える
心の居場所探しが孤独感を和らげる
2020.6.8
星野概念
暮らし方
新型コロナウイルスが猛威を振るい、突如として外出の自粛を余儀なくされる生活が訪れた。家で過ごす中で思考を整理する時間が増えた一方で、孤独を感じている人も多いのではないだろうか。精神科医の星野概念さんに、いまの非日常を乗りきるためのヒントを聞いた。
大変な世の中になってきました。少し前までコロナと聞けば、ライムかレモンでも搾る? という思考が流れたはずなのに、いまや遠い昔の平和なおとぎ話のようです。すべての人ができる限りの巣ごもり生活を心掛けることが必要になり、決まっていた楽しみなイベントや、成長や成功のために立てていた計画はほとんどが延期か中止。
日々のストレスを発散するためにジムで運動したり、カラオケで声を出したり、カフェでお茶をしたり、酒場で語り合うなど自分なりの対処法として見出したことも、大体は他人の存在が近くにあって、ソーシャルディスタンスという耳慣れない遵守必須ワードとともに続けることができなくなりました。いま我々を取り巻く環境は、おそらく世界的に、まったく新しい規律のある社会に突然さま変わりしたと言えます。
人を含めた生物は皆、慣れない新しい環境に入るとそれに適応するのに数カ月ほどの時間がかかります。5月病という言葉がありますが、これは4月の新年度から職場や学校など環境が変わった人が、なかなか馴染めずじわじわと疲れ過ぎてしまって、不安や焦り、無気力感などに苛まれることをいいます。新型コロナウイルスの猛威に怯える現在、我々全員が5月病のような適応障害を呈する可能性があります。
慣れない環境に適応するまでは、その環境は非日常といえます。どんどん余裕はなくなり、物事を冷静にとらえられなくなる人も少なくないでしょう。当然です。巣ごもり生活に疲れてしまったり、客商売が成り立たず経済的に困窮する不安を抱えたり、社会的任務のために困難な仕事を続けなければならなかったり、事情は少しずつ違うかもしれませんが、皆過酷です。皆過酷なのですが、余裕がなくなると、“皆が過酷”というある種の連帯感を感じることさえできなくなり、自分はこんなに過酷だ、耐えられないと、つらさがさらに極まっていくかもしれません。
連帯感は、常に強く感じる必要はないと思いますが、まったくない状態に近づくとかなりつらいです。なぜなら連帯感が薄まることは孤独感が濃くなることだからです。人は基本的には社会的な生き物なので、孤独感が濃くなると絶望に直結します。この孤独感に対してどう対処すべきか。これは実は、コロナ前から我々の大きな課題です。
孤独感を和らげるために簡単なことは、集まることです。気の合う人たちと集まれば、連帯感を取り戻せます。ソーシャルディスタンスを守りながら、オンラインで集会をする人たちが増えているのは、おそらく無意識的にそういった居場所の必要性を感じているからだと思います。でもそれは万能なことでしょうか。
僕もオンラインの集会を何度か経験しましたが、なんとなくその特殊性にまだ慣れません。新しい社会自体に慣れていないためにオンラインの集会を気軽に楽しめないのかもしれませんが、ある種の人当たりのような息苦しさを覚えることがあります。直接会うのと違い、皆のノンバーバルな雰囲気を感じることが少し難しく、その分気を遣い過ぎているのかもしれません。人と集える居場所があるのはありがたいけど時々でいいかもしれないな、というのが現在の私見です。
ぬか床をはじめるため、COBOの「ウエダ家のにおわないぬか床」を購入。愛用歴は1カ月。目に入った食材すべてを漬けているという
もうひとつ、人と関係しなくても孤独感が和らぐことがあります。それは心の居場所を見つけることです。不安や焦りばかりに苛まれているとき、心は安心する居場所を失ってあたふたします。気の合う人と会うとき、その人との関係性を紡ぐことに心を使うため、それが心の居場所になります。それと同じで、少しの時間でもそのことをしたり考えたりするとうれしい、楽しいというものが見つかることは、心の居場所を得ることだといえます。たとえば自作のマスクをつくってみるとか、部屋の模様替えをしてみるとか、作業を楽しむことはそのひとつかもしれません。作業といえば、料理を工夫するなどは、生活に必須な上に時間がある程度ないとできないことなのでやりがいがあるのではないでしょうか。
ちなみに、僕は発酵に関することを考えたり触れたりすることが好きで、これまで味噌や醤油を趣味でつくってきましたが、4月からはついに、ずっとやってみたかったぬか床をはじめました。色々なものを漬けたり、気になる乳酸菌をまぶしてみたり、いまはぬか床がかわいくて仕方ありません。オンラインの集会よりもぬかを触りたい気持ちになったりもします。
また、作業でなくても、お気に入りの動画やYouTuberを探すのも楽しそうだし、働いているとなかなか取り組めない語学などの勉強に着手してみるのもよいのではないでしょうか。僕は、病院勤務がなければ英語の勉強をしてみたいと思っています。いざその状況になったら取り組むかどうかわかりませんが……。いずれにしても、人にとって必要なのは心の居場所だと僕は思います。新型コロナウイルスが広がってしまっている現在を無理やりポジティブにとらえるとすれば、心の居場所を探す時間が増えた、ということになるでしょうか。コロナ後の世界、自分で自分を労れる心の居場所が増えていれば、この苦しい期間は意味があったと言えるかもしれません。
文・イラスト=星野概念
執筆=4月19日
2020年6月号 特集「おうち時間。」

Discover Japan
https://discoverjapan-web.com/article/23704






あれ(相模原事件)から4年
星野概念
2020/07/26 23:53
2016年7月26日から4年が経ちます。僕は変わらず、病院や施設での勤務を続けています。事件の直接的なことについては、様々なところで議論され、記事にもなっていたりして、それらを読んだり読まなかったりしています。4年前、事件直後の報道はほとんどみられませんでしたが、だいぶ読むようになりました。僕が非常勤で勤務していた時に最もかかわりのあった看護師さんとは、本当に時々ですが連絡を取って、園のことやそれ以外のことを聞いたり話したりしています。
毎年、この日に思うことを、まとまりきらないままこの場所に書いています。
常に頻回に考えるのは、日々生活していて、何事かに対する差別の気持ちが少しもないという人がいるのだろうかということです。それが大きく意識にのぼってくるか否かは程度の差があるとしても、何事かに対する差別の気持ち、根拠がはっきりしない嫌悪感のようなものは、「ない」とは言えないのではないでしょうか。小さなことでも、自分の中にそれを見つける時、できるかどうかは別として、その気持ちをそのままにしておきたくないと考え、どうしたら良いのだろうかと悩みます。
人に対して好意の逆の気持ちが生じる時、その人のことを実はよく分かっていないことが多いような気がします。よく分かっていないのに、「あの人は〜〜な人だ」と、分かったことにするから、分断するような考えが生じるのではないでしょうか。そもそも人はみな違うので、その人のことを分かり切れるということはほぼ不可能なはずなのに、自分の中で違和感を感じることがあった時、「ああいう人」は嫌、とか、いらない、と止まってしまうのは怖いことです。その人をなるべく細かく分かろうとすることが大切なことだと思います。
その人が、その時点に至るまでには必ず物語があって、その物語には個人的な歴史、家族的な歴史、民族的な歴史など様々な側面があります。個人の努力ではどうにもならないこともたくさんあって、それらの様々な違いに思いを馳せることを忘れないようにしたいです。必ず、違いはあります。でも、その違う両者は、どちらが良いでも悪いでもないはずです。何かの側面で人より得意な人は、得意ではない人をその側面で支える、そうすると、予想もしていなかった側面で、支える・支えられるが逆転することもあるのだと思います。そのような形で色々なことが成り立ってほしいです。
ところで、僕はどの勤務先でも精神科の医師として仕事をしています。先ほど書いたように、診療で会う人のことをできるだけ分かりたいと思って日々臨んでいます。それなのに、やればやるほど、医師という立場が持つ圧について考えさせられます。病院で診療したり、訪問診療をしたりしますが、その時に会う人にとって、僕は、僕であると同時に、というかその前に、精神科の医師です。患者として精神科医と向き合う人が感じる、精神科医という立場が内包している圧迫感。それは、これまでの精神科医療の歴史や今もなお残る強制的な部分、精神科病院や施設という場所が持つ収容所性の恐怖感も紐づいているのだと思います。それらの側面が自分にありながら、どうしたら人として信頼してもらえるのか、ということに日々悩んでいます。ある関係性において、まずはどうしても強者のような雰囲気が生じてしまう場合、十分にそこに気を配る必要があるように思うのです。
僕が心に留めている言葉があります。それは、今年上映された想田和弘監督の映画『精神0』でも焦点が当てられた精神科医、山本昌知先生が提唱された「負ける精神医療」というものです。
『患者本人に対して我々医療者は勝ち過ぎてきた、我々の価値観、要求、専門的な考え方も全て押しつけて勝ちに勝ってやってきた、でも、勝とうという人ばかりに囲まれていたら、我々が関わる当事者は伸び切らないのではないか、「負けてくれる可能性がある」という状況の中で、初めて安心や安全感が増して元気も出てくるのではないか』(山本先生の2010年の論文、岡山の精神保健医療はどう変化してきたか これまでとこれから.より)
という考え方が「負ける精神医療」です。
また、『精神0』では山本先生が、長くかかわってきた患者さんに対して、「色々なことを教えてもらった。豊かな気持ちにさせてもらった。ありがとう」(言葉の詳細を記憶・記録していないので意訳です)という内容を言う場面があります。ある側面では支え、他の側面では支えられているというのはこのようなことではないでしょうか。これはまさに、山本先生がテーマにされてきた「共生」ということだと思います。このような関係を目指して、日々人間関係を築いていきたいです。
「生産性がない」という発言や、その雰囲気のある様々な言動に触れるたびに、何をもってそんなに言い切れるのかとモヤモヤをはるかに超える怒りを覚えます。でも、その発言の主にも、それを発言するに至る物語がきっとあるのだとも思いはします。
モヤモヤ、怒り、冷静さなどを行き来するうちに、だいぶ夜になってしまいました。全然まとまりませんが、色々なことを決めつけることなく、少なくとも考え続けていきたいと思っています。

note
https://note.com/ghoshino/n/nb9b7a878c77e





星野概念(ほしの がいねん)
PROFILE
病院勤務の精神科医、など。執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。著書に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』がある。

GQ
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星野概念 (@gainenhoshino) | Twitter
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The latest Tweets from 星野概念 (@gainenhoshino). 精神科医、など。病院に勤務しています。音楽は様々。連載は、Web:Yahoo!ライフマガジン、みんなのミシマガジン、 cakes 雑誌:BRUTUS、エルグルメです。いとうせいこうさんとの共著『ラブという薬』 ...

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精神病薬のリスク
驚愕!この時代だからこそ知っておくとイイ情報!
2019-09-28 21:15
みなさんこんちには
今回は知っておくと役立つ驚愕な情報をお伝えしよう
最近では仕事や人間関係のストレスまたはその他の理由からうつADHD統合失調症などで心療内科へ行く人もいますが基本的に心療内科では薬を飲ませるだけです
そこで知っておいていただきたいことはその薬に関する情報です
以前紹介した医師内海聡氏の著書にこう書いてあります
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
『例えば精神科でよく処方される抗鬱剤パキシルは添付文書に
自殺のリスクが増え錯乱したり幻覚を見たり死んだりする副作用が10人中7人に起こる』
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
え?マジ?これはっ!
ぶっちゃけ驚愕ですね
まカンタンに言いますと飲むと10人中7人は悪化するぞということです
これはもはやクスリとは呼べない次元のものである そもそもクスリの添付文書にこう書かれているわけですからこれは絶対に知っておいた方がよい情報事実です これをしっかりと知った上で心療内科へ行くかどうかを決めるようにしてください
つーかこれ知っていてあえて行く人いるんかい!
このことを知っているか知らないかで人生が大きく分かれます ですので心療内科へ行こうかと考えたことがある人は心療内科へ行く前に必ず内海氏の本を読んでおいた方がよいかと思います
あと周囲の人に相談された時にも
「心療内科にでも行ってみたらどう?」
と言ってしまわない為に絶対に読んでおいた方がよいかと思います
ではどうしてこのようなあぶない薬が存在しているのだろうか じつはこれには理由がある
「うつになると脳内のセロトニンが減少して・・・
と心療内科の医師は言う
これは『モノアミン仮説』というものなのだが
しかし実際はどうかと言うとモノアミン仮説は文字通り単なる『仮説』であり
じつはなんと!
確証的根拠はない
それどころかそもそも人の脳内のセロトニンは計測することすら出来ない だからじつは本当に脳内のセロトニンが減少してるかどうかは判らない
え?判らない?計測出来ない?それどーゆこと?
つまり
「ま〜セロトニンが減ってるかどうか判らないけどこのキケンな薬飲んでくださいな」
ということである
つまりセロトニンが・・・
というのはデタラメである
しかし心療内科のHPをいくつか観てみると
「セロトニンが・・・」
といまだに書かれているやはりそこはだまされなようにしないといけない
「セロトニンが・・・」
は『単なる仮説であり実際は計測出来ない』
としっかり知っておいてください
製薬会社と医師は薬を売れば儲かります
その為に事実無根のセロトニンが・・・を持ちだしているわけです そもそも
『心の病は薬では治せません』
ADHDや統合失調症もほとんどそれは性格であり人としての『個性』です 人とちがうからといってびょうきだと決めつけきけんな薬を飲ますのは明らかに間違いです 良心的な精神科医は
「ADHDなんてものはないそれは単に子どもらしさです」
と言っています つまり落ち着きがなかったり次々と興味が移り変わっていくのは子どもらしさだというわけです そもそも小さい頃落ち着きがなかった子どもであっても成長していけば自然と落ち着くようになってきます 子どもなのにみょ〜〜〜に落ち着き払った子どもなどかつての『えなりかずき』だけで十分です
(っておい!)
うつに関してもうつの原因となっている悩みや問題があるのでその悩みや問題としっかりと向き合って解決していくことで鬱から回復に向かいます
『うつはその原因になっている悩みや問題を解決することで回復出来る』
ですのできけんな薬を飲むのではなく悩みや問題を解決してゆくようにしていきましょう
で内海氏の本ですがこの本を1冊読むだけでかなり勉強になります 精神医療のことだけでなくこの本を読むといろいろな『社会構造』『人間心理』を知ることができますので 資本主義のこの世の中がどういう構造になっているか理解がかなり深まりますのでぶっちゃけかなりめちゃくちゃ超おすすめの本です
『テレビが報じない精神科のこわい話』詳細
こちら↑はマンガ版ですのでカンタンに読めると思います

- Arcadia Rose -
http://kanazawax.exblog.jp/



 








posted by datasea at 17:48| Comment(0) | H 医師健康オタク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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