2020年06月30日

ヤス(高島康司): 1993年から2013年までのサイクル〜経済の100年周期

ヤス(高島康司): 1993年から2013年までのサイクル〜経済の100年周期
やはり荒れそうな2013年 1
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今年はできるだけ早い更新を心掛けたいと思っています。いつもお読みいただいている読者の方々に感謝します。
■1993年頃から2013年までのサイクル
まとめると以下のよう
前々回の第205回では1月2日にネットラジオの番組で公開された霊媒,ジョセフ・ティテルの「2013年予言」の速報を紹介した。
ティテルは毎年その年の予言を公開しているが,予言には
1)ネットラジオのもの,
2)ユーチューブのもの,
3)ホームページで公開されるもの
の3つのバージョンがある。1)がもっとも早く公開されるが,バージョンが進むにしたがって内容が推敲されるようで,3つの予言で相互に内容が一致しない箇所が出てくる。
今回は,最初のラジオ番組の要約を掲載した。2012年の予言を引き継ぐような内容だった。
次に,ティテルの「2012年予言」の的中率を細かく検証してみた。すると,42.6%の的中率をという結果になった。
大抵,松原照子さんのような一部の例外を除くと,サイキック系の予言の的中率は恐ろしく低いので,42.6%というのはこの分野ではかなり高い的中率である。
前回の第206回の記事では,長期の歴史的な視点から2013年がどのような年になるのか概観した。
欧米のシンクタンクなどの記事に,「2013年は1913年と類似しているのではないか」とする内容が出回っている。
確かに,世界経済が初期のグローバリゼーションを達成した1893年から1913年までの時期と,現代のグローバル経済が始まった1993年頃から,現在の2013年までの期間を比較すると,実に多くの共通点が存在する。
まとめると以下のようになる。
1873年〜1892年 大不況 
新興国であるドイツとアメリカの工業製品を吸収できる世界市場が欠如し,約20年に及ぶ長期の世界不況になる
1973年〜1992年 長期の低迷
回復が早かった日本を例外として,73年のオイルショック以降世界経済は長期の低迷期に入る
1893年〜1913年 グローバル化による発展
世界のあらゆる地域にインフラ投資ができるイギリス中心の金融システムが形成され,ドイツとアメリカが急成長する
1993年頃〜2013年 グローバル経済の発展
中国やインドなどの新興国の成長を促進するアメリカ中心の金融システムが形成され,グローバル経済が大発展
両期間には同じような時期に金融危機が発生している。
1907年 07年恐慌
アメリカの銀行の破綻から始まった深刻な金融危機
2007年〜08年 金融危機
サブプライムローン破綻から始まった世界的な金融危機
このように,2つの期間は実によく似ている。翌年の1914年にははからずも第一次世界大戦が勃発している。もちろん世界大戦というわけではないだろう。だが,東シナ海や南シナ海の武力衝突が引き金となり,相当に緊張した状況にこれから世界はなって行く可能性はあるかもしれない。
前々回と前回はこのような内容を解説した。
今回の記事
安倍政権が発足して約1カ月になる。すでに総選挙の前後からだが,安倍政権のナショナリスティックな姿勢を懸念する記事が海外で多く出ている。こうした記事から,安倍政権がどのように見られているのか改めて見て見る。
第198回メルマガの記事を一部使用した。
アメリカに拒否された安倍政権
安倍政権の発足直後,オバマ大統領は祝福のメッセージを送ってきたものの,安倍総理が希望していた首脳会談ははからずも延期になった。
日本ではこの延期の理由を,TPP参加のようなお土産がなかったからだとか,財政の崖や債務上限引き上げ問題にオバマ政権が追われているためだとか,はたまた,安倍政権がロシアに急接近していることに対する懸念のためだとか論評されている。
しかし,安倍政権に対する海外の反応を見ると,安倍政権に対する一種の拒絶反応のような記事が多い。安倍政権は国際的孤立の度合いを深めており,受け入れられていないとの印象を強く持つ。
エコノミストの記事
名著,「戦後史の正体」の著者である孫崎享氏がすでに詳しく紹介しているが,英国の著名な経済専門紙,「エコノミスト」に安倍政権を批評する記事が掲載された。短い記事なので,以下に全文を翻訳した。
■低迷する安倍政権
日本の危険なほどナショナリスティックな内閣はアジアには必要ない
2013年1月5日
日本の新しい総理である自民党の安倍晋三氏は安全保障を強調したいようだ。いま日本人は経済的に無防備だと感じている。日本の景気は再度後退期に入っているし,政府が高齢化社会に長期的に対応できるかどうか大いに疑念がある。安全保障に関しては,日本は過去もっとも危険な状況に直面している。予測できない北朝鮮は,核弾頭を搭載できる長距離ミサイルを開発している。日本は,ロシア,韓国,中国の3つの周辺諸国と領土問題を抱え,旧ソ連圏の国々から外交的に孤立している。日本が実行支配している尖閣諸島への中国の攻撃的な姿勢は,(危険性が正しく認識されていないのだが)武力衝突の現実的な可能性に暗示している。
安全保障のみならず,安倍内閣は他の側面でも警戒感を抱かせる。この内閣には経済改革を主張するものは少ない。財務大臣の麻生太郎氏は,彼が総理だった2008年から09年の世界金融危機が最悪な時期に実施した財政刺激策を提案している。しかし,この短期の景気刺激策を長期の財政規律の維持に連動さえ,抜本的な構造改革を進めるプランはほとんどない。自由貿易協定であるTPPからは静かに身を引くようだ。残りの経済政策は,日銀いじめ,ならびに人気のない原発の再稼働を求める「原子力村」の大企業に擦り寄ることだけだ。
外交政策を見るともっと危うい。安倍が保守派の政権だというのは実態を表していない。閣僚の半分は親から地位を引き継いだものたちだ。実力主義ではないというだけではない。安倍政権の閣僚は,戦前の日本を「犠牲者」として描く歪んだ歴史観の持ち主なのだ。大多数の閣僚は兵士とともに戦争犯罪者を祭り,戦時中の残虐行為への「謝罪外交」を拒否する靖国神社に好んで参拝する。半数の閣僚は,日本の残虐行為を軽視している教科書をさらに書き換え,日本の軍国主義を曖昧にしようとしている。
なんと安倍氏はこのような考えに浸り切っているのだ。祖父は1930年代に旧満州国の管理者のひとりであった。
歴史修正主義者の戦時中の日本の行為に対する見方は,日本は勝者の正義の犠牲者になっているということである。修正主義者はアメリカが導入した平和憲法を拒否する。海外でも国内でも,日本は下級の同盟国と見なされている。文部科学相の下村博文氏は,戦後の歴史は「日本破壊の歴史」であると言い,安倍氏とともに「戦後体制」の転換を話し合っている。これは,自民党自らが管理し,地域に平和と安定をもたらした日本の経済的奇跡を不可解にするような描写だ。
いまやみなが犠牲者だ
犠牲者であることに焦点があたる地域では,これはとても危険なことである。もし安倍氏が従軍慰安婦に対する20年来の謝罪を見直すようなことでもあれば,韓国を怒らせる。歴史を修正し,犠牲者であることを強調している中国では危険性はもっと高い。中国は尖閣で緊張を高めている。先月,中国の偵察機が尖閣に接近した。これが記録された初めての中国機の日本の領空への侵入になる。
これはアメリカを奇妙な立場におく。安倍氏は,憲法に対する信条にもかかわらず,日米関係の強化を模索している。中国が攻撃的になると,安倍氏はアメリカの全面的なサポートを必要とする。だがこれは,歴史を修正したり,中国や韓国を怒らせることにまで拡大してはならない。この内閣は悪いスタートを切った。
■安倍政権に対する拒絶反応
このように,「エコノミスト」の記事はかなり辛辣に安倍政権を批判している。安倍政権に対する一種の拒絶反応である。
しかしこれは,この「エコノミスト」の記事に限ったことではない。同じような内容の記事は,他にも数多く掲載されている。
日本がアメリカを紛争に巻き込むので,アメリカは日米安保を見直すべきだとする米有力シンクタンク,「ケイトー研究所」の「東京にノーと言え」,米海軍の元高官でいま注目を集めている戦略家,マイケル・コールの「日本は中国と戦争のシナリオを追求している」,日本専門家による警告,「日本の右傾化はなぜアメリカにとって問題になるのか」,さらにゲイツ元国防長官のアドバイザーを努め,いまもっとも注目されている戦略家,ロバート・カプランの「有毒なナショナリズムへの回帰」など,それこそ枚挙にいとまがない。
安倍政権に肯定的な内容の記事は実に少ないのが現状だ。
ブルームバーグの記事
こうした記事のなかでも代表的なものは,経済紙「ブルームバーグ」のコラムニスト,ウィリアム・ペセクが書いた「右翼の日本は19世紀を追体験している」だ。
内容は,安倍,石原,橋下の三者に一種の拒絶反応を示している記事だ。総選挙の少し前に掲載された記事だ。内容を要約した。
右翼の日本は19世紀を追体験している
2012年11月13日
ウィリアム・ペセク
戦前の日本のスローガンは「富国強兵」であった。このスローガンの行き着いた先は,敗戦という全面的な破壊であった。
次期首相になる可能性の高い安倍晋三のスローガンは「強い豊かな日本を作る」である。安倍や自民党がなにを意図しているかは知るよしもないが,日本の右傾化ははっきりしている。これは2期目に入ったオバマ政権のアジア政策にとてつもない影響を及ぼすだろう。
安倍は,石原と橋本とともに,いまの日本ではもっとも重要な政治家と見なされている。彼らはさまざまな機会に満ちたグローバルな世界に日本を開くのではなく,内にこもって内向する方向に日本を引っ張って行くことでは共通している。これは間違いなく誤った方向だ。
安倍,石原,橋本の3人は,日本の国家主義を鼓舞し,中国を含むアジアの他の周辺諸国と日本を分離したがっている。アメリカやイギリスが日本をアジアでもっとも重要な国と考えるような状況や,日本が停滞する先進国の象徴とは絶対に見なされることがない状況を彼らは作りたがっているのだ。この方向を多くの日本国民は支持している。日本は「失われた20年」で失ったプライドと影響力を取り戻したいのだ。
これは軍備を強化し,核武装を志向する方向だ。だがこれは,いま日本が直面している問題を解決する方向ではまったくない。
小泉政権が行った構造改革は道半ばで挫折した。その理由は明白だ。構造改革を引き継ぐために選ばれた安倍は,改革を打ち切り,反対に「美しい国,日本」をスローガンにしたのだ。安倍はこれを最後までやり抜くだけの腹はなかった。その証拠に,実際に腹が痛くなって総理を辞任した。
また石原は小さな図書館に収められるほどの女性蔑視,在留外国人蔑視,ゲイ蔑視発言を繰り返してきた時代錯誤的な人物だし,橋本も多くの公務員を首にし,朝鮮で日本軍が性の奴隷として若い女性を徴用したことを否認する人物だ。
たしかに日本は,もっと注目されてよいすばらしい特徴を持った国だ。世界最高水準の産業,非常に低い犯罪率,高い識字率,小さい貧富の格差,低開発諸国への寛大な援助,世界最高の平均寿命,そして世界平和への貢献である。
日本が現在の問題を解決する道は,このようなすばらしい価値を投げ捨てて,軍事大国に向かうあまりに非現実的な外交路線を追求することでは断じてないし,また,安倍のような人物を総理に選ぶことでもない。
だが頭に入れておかなければならないことは,中国は現在の国際社会でまともな相手であるとは見なされていないことだ。こうした中国に,同じレベルの国家主義で対抗することはおろかである。
だれがこれからリーダーになるにせよ,次の政権は,過去の政権が解決できなかった多くの問題に向き合う責任がある。しかし,残念ながら安倍,石原,橋下の3人は,問題に現実的に向き合うことよりも,日本が強国であることを誇示することに一生懸命だ。これらの人物が理解していないことは,21世紀の世界で繁栄するために必要になるのは,19世紀の大昔の思想では断じてないということだ。
以上である。
かなり厳しい内容の記事だ。これに納得しない読者も多いことだろう。ここまで強い拒絶反応ではなくても,安倍,石原,橋下を非常に否定的に扱った記事はとても多い。ジャパンハンドラーのジョセフ・ナイも「日本で高まるナショナリズム」という記事を書いている。それも決して肯定的な内容ではない。
だが,なぜここまで強く拒絶されるのだろうか?見方によっては,中国がナショナリズムをあれだけ鼓舞しているのだから,日本にもナショナリズムを標榜する権利があってしかるべきだと思うかもしれない。
しかし,実はことはそう単純ではないのだ。1980年代や90年代の前半であれば,まだ許される余地があったのかもしれないが,21世紀のいまとなっては,特に世界第3位の経済大国である日本が,戦中の歴史を修正する史観や,それも基に一方的にナショナリズムを誇示することは許されないのだ。
■普遍的な価値とグローバリゼーション
グローバリゼーションというと,基本的には経済の国際化をイメージする。その進展に伴い,日本やアメリカのような先進国では,競争の激化,格差の拡大,社会保障の縮小と崩壊,大量失業などの社会矛盾が発生するというマイナスのイメージを持ち安い。
たしかに,グローバリゼーションは,あらゆる産業の生産拠点を労働力の安い地域に配置するグローバルな生産システムを実現するので,車や家電などの耐久消費材の製造業を中核に発展してきた先進国は,没落を余儀無くされた。その結果が競争の激化や格差の拡大である。
しかし,グローバリゼーションにはこれとは違った側面が存在する。上が経済のグローバリゼーションであるとすれば,もうひとつは価値観と意識のグローバリゼーションである。
グローバリゼーションは,ネットによるソーシャルメディアなどを駆使して,個人が国籍や国境に関係なく世界と自由につながることのできる環境を形成する。ここでは,情報は一瞬のうちの共有されるので,チベットで撮影された人権弾圧のビデオが,フランスで大きな抗議デモを巻き起こすなどということはしょっちゅう起こる。
このような環境では,どの国の国内問題も一国の範囲に止めておくことは不可能だ。「オキュパイ運動」,「アラブの春」,「プーチン抗議運動」,「中国の民主化運動」,「チベット人権弾圧抗議運動」など,近年発生したどの抗議運動も,一瞬のうちに世界に拡大し,世界的な規模で市民の共感と賛同を得た。「アラブの春」のように,そのうねりのなかで,多くの独裁政権を崩壊へと追い込むことに成功した運動もある。
そして,国境を越えたネットワークが形成される過程で,国や文化の違いに関係なく,多くの市民に尊重される普遍的な価値が出現している。それらは,「人権の尊重」「言論の自由の尊重」「民主主義」「自由と平等」などのとてもシンプルな価値だ。
このような価値に違反する政権は批判され,生き残ることが難しくなっているのが現代という時代なのだ。「アラブの春」で多くの独裁政権が崩壊したり,どれだけ経済的に発展しようとも,「民主化要求運動」や「チベット独立運動」などを平気で弾圧する中国政府に人気がないのは,こうした普遍的な価値に明白に違反した行動をしているからだ。
■徳をする軍産エネルギー複合体
今回,オバマ大統領は安倍総理との会見を延期したが,その背後には安倍政権に対するこのような一種の拒絶反応があると見た方がよいだろう。要するに,アメリカ,そしてイギリスでも安倍政権は受け入れられる状況には至っていないということだ。これは,日本がこれから孤立する予兆である可能性もある。
では,このような日本の孤立でだれが徳をするのだろうか?それは,ジャパンハンドラーの異名で知られるアメリカの軍産エネルギー複合体の一派だ。リチャード・アーミテージやジョセフ・ナイなど,徳に政府の要職には就いていないにもかかわらず,日本のマスコミではさもアメリカ全体の意向を表明しているかのように扱われている人々の一派だ。
米国の政権は決して一枚岩ではない。相互に矛盾した利益を追求するパワーグループが,政権に自分の利益になる政策を実行させようとしのぎを削る熾烈な権力闘争の場である。そうしたパワーグループには,「農業資本」,「キリスト教原理主義者」,「環境団体」,「イスラエルロビー」など多様なグループが存在する。「軍産エネルギー複合体」は大きな力を有し,米政権には一定程度の影響力はあるものの,多々あるパワーグループのひとつにしか過ぎない。オバマ政権全体の意向を代表するものでは決してない。
しかし,これまでもそうだが,日本のアメリカとの距離ができると,ジャパンハンドラーはあたかもオバマ政権を代表し,日本とアメリカとの仲介を果たすコンサルタントでもあるかのうように日本の政権に接近し,外交問題でアドバイスを与えながら,「軍産エネルギー複合体」の利害が実現できる方向に日本政府の外交政策を操作する。これが戦後何度も繰り返されてきた動きだ。
アメリカからの自立を目指しながら,従属を深める
要するにこれは,日本がナショナリズムを全面に出し,独立国家としての威信を回復しようとすればするほど,逆に日本は孤立し,対米従属は深化してしまうという逆説的な構図だ。いま安倍政権の日本はこの道を歩んではいないだろうか?
■他の道
おそらく日本のナショナリズムは死を招く。では,これをこの孤立を回避するにはどうしたらよいだろうか?その答えのひとつは,先に示した「人権の尊重」「言論の自由の尊重」「民主主義」「自由と平等」などのグローバルな市民社会の価値に訴え,そうした価値の守護者としての日本をアピールする道だろう。
記事が長くなるので,具体的にこれがどういうことなのかは記事を改めて書きたい。
コルマン博士の最新論文
いつものように,コルマン博士の最新刊,「目的のある宇宙」の翻訳チームのひとりであるキクチさんより,コルマン博士の最新論文の翻訳をいただいた。いつも貴重な翻訳を送ってくださるキクチさんには感謝する。以下である。
マヤ暦の”終わる”日付についての新しい考察
マヤ暦の中で起こったシフトの結果についていつの日か十分な解明が行われる前に,このシフトの意味についてより深く顧みるのにちょうど良い時である。私たちがマヤ暦の長期暦の13バクトゥンが終わる日だとしている2011年10月28日から,いくばくかの時間が経過した。この日付と対立する2012年12月21日が過ぎた現在,マヤ暦と,特にその継続について検証してもよいだろう。2011年10月28日(13アハウ)のシフトとは実際には何を意味していたのだろうか,そしてその時に,世界は何が変わったのだろうか? 本当のパラダイムシフトの性質とは,事前にはその表出を完全に予言できないものであり,そのためにいくらかのサプライズが伴ってくる。もしそうでないとしたら,それは本当のパラダイムシフトではないだろう。それはまた,そのようなシフトの後では,ほとんど誰もが,現実についての観念をある意味ではそれ以前に抱いていたものから変更するであろうし,たぶん現在がその時なのだ。
そのような視点からは,私たちのマヤ暦の理解が進化し続けることが避けられない。たとえば羽毛に覆われた蛇(それは7昼6夜の波動運動のマヤの呼び名だが)は,古代では時々脱皮して,予言されていたのとは異なる方法で進化を続けることが知られていた。そのような転回の後では,暦を再評価する必要があるだろう。何人かの考古学者は,古代マヤはAD829年に起こるバクトゥンのシフトにとても大きな期待をよせていたと信じている。それは新しい「日」が開始する時だった。このバクトゥンのシフトは,地球的な視点で,とくにヨーロッパでは確かに文明に向けたステップだと見られるだろう。だが,地域的に見れば,グアテマラとチアパスのマヤ人にとっては,古典期マヤ文化の崩壊を意味していた。マヤ自身は,多分この崩壊を予想しなかったし,それが後に彼らが長期暦を放棄した理由なのだろう(長期暦を記録した最後の石碑はAD909年である)。いま”終わり”の日を議論しているのがまさにこの暦なのだから,9世紀にマヤの人々が描いていた期待をシフトが満たさなかったために暦が放棄されてきただろうことは,奇妙である。”終わりの日”にばかり関心を注いできた人たちは,12月21日が比較的穏やかで,少なくとも世界的な事件に乏しかったことから,同じことをしたくなるだろう。
だが,マヤ暦は特定の日付について語っているのではなく,多かれ少なかれ,長期間にわたる人間意識のシフトを記述しているのだ。私たちの理解の助けとなり,そこに参加し,学者たちがそのような問題を解明する必要に迫られるであろう領域とともに現れるのが,そのようなシフトの重要性なのである。マヤ暦についての知識は静的で一度学べば済むようなものではないのだ。それは常に人類の目的を問うようなことなのだ。このように,意味深い方法でマヤ暦を使い続けようと望むのならば,時には基本的な仮定を問い直す必要が生じるし,誤解は正される必要がある。私自身は,正しく理解すれば,依然としてこの古代の暦システムからとても深遠で有用なことを学べるだろうと,これまでよりもさらに確信を深めている。このことを具体化するために,私は『パラダイムシフト三部作 The Paradigm Shift Trilogy』の執筆を開始している。そしてその第1作となる『グローバルマインドと文明の黎明−旧石器時代から現代までの意識の境界をたどるThe Global Mind and the Rise of Civilization ? Tracking the Boundaries of Consciousness from the Paleolithic to Modern time』を半年のうちに読者に届けたいと願っている。私は,この本が私たちの惑星上にどのようにして,そしてなぜ文明が現れたのかについて,この数十年で初めてオリジナルな考えを提供すると信じている。
おそらく失望のためにマヤの人々がはるか昔に長期暦を放棄してしまったために,この点についての私たちの知識は途絶えることのない生きた伝統から得ているものではない。その代わりに,この暦が古代マヤの人々にとってどのような意味を持っていたかに関心を抱く者や,この暦から世界について何かを学ぼうとする者は誰でも,考古学者によって引き出された情報にある程度頼らざるを得ないだろう。それを広める者が情報を理解せずに,あるいは歪めて使用すれば,人類の現在や未来の状態を理解する上でこの情報は現実の重大な危険となり,歪んだ形で浸透するだろう。マヤ暦研究のケースでは,このことは特に慎重さが要求される。わずか30年前には,この暦に関心を寄せたのは埃っぽい図書館の中で働く少数の学者だけだったし,その中の誰一人として,人類の未来についてこれがもっとも重要な情報の手がかりとなることを知らなかった。このようにして,彼らは後には最も関心を持たれる問題を掘り下げようとはしなかったし,その他の人々は無批判にギャップを埋めているのである。
マヤ学者たちの研究に基づいて,一般に長期暦とはそれぞれが394年の長さの13バクトゥンから構成され全体では55125年の長さの暦であり,BC3114年に始まってAD2012年に終わるのだと信じられている。この決定的な転換点は,しかしながら,この根本的な仮定が正しいのかどうか,再び問い直してみる時なのだろう。長期暦の終わりは世界の劇的な終末を意味するのだという,メディアがまき散らしたあらゆる馬鹿げた示唆はさておき,より精密な検査が必要なのである。このことは,13バクトゥンが終了した後で,長期暦と,そしてマヤ暦システムの9つの全ての波がどのように継続していくのかという問題に向かうことになる。私が述べることができる限りでは,原則としてこのシフトポイントの後で暦の波が継続する状態は3つ考えられ(Fig1のA〜C),そして,それらは相互に排他的と思われる。
Fig 1.13番目のバクトゥン(すなわち第7昼)終了後に継続する長期暦の状態には3つの可能性がある。
この3つの選択肢は,その他の8つの波にもあてはまる。
ホセ・アグエイアスは,1987年出版のザ・マヤン・ファクターでマヤ暦についての知識を最初に世界中に広めたが,上述のモデルAを提唱し,2012年12月21日に不連続性とともに歴史が終わると予言している。
「準備を整えるべきだ。この全惑星的な共時性のユニークな瞬間,光線の上の13.0.0.0.0が到来し,大周期[長期暦]だけでなく,ホモ・サピエンスと呼ばれる進化の暫定的な存在も終了するのだ。祭りの準備と畏怖すべき銀河−太陽のサインが物理的に受け取られる最中に,人類は動物やその他の王国と調和し,巨大な電磁波の波の中に正しい場所を得て,一つの循環として統一される・・・ 最後に地球は,惑星間文明の出現のための準備を整えるだろう。」
彼のこの日付に付せられた深刻な不連続性のヴィジョンは,その一部は13バクトゥンの後に長期暦が終了するという考古学者たちの発言に基づいていた。アグエイアスと違って,私は考古学者たちの”終わりの日”に疑問を抱き,それをアグエイアスよりも一年余り前に設定したが,それでも13バクトゥンの終わりには長期暦が終了するという彼のリードを信じて,そのために2011年10月28日を超えて進化的なシナリオを予言することは控えていた。私たちは,もちろん,はるかな未来の日付を刻んでいるマヤの石碑が存在することを知っていたが,それらを無視する選択をした。私はまた,マイケル・コウのような極めて卓越した考古学者たちが,13バクトゥンの後に長期暦が終了すると述べるのを読んでいた。このようにして,その時には私はこの問題をもっと深く探求する理由を見出さなかった。
しかしながら,アグエイアスと私がいずれも自分たちの理論の基礎に置いた,いわば13バクトゥンの終わりとは長期暦の終了を意味するという根本的な仮定は,今では,実際には古代マヤの史料によっては実証できないことが明らかになった。ごく最近になって,マヤ学者マーク・ヴァン・ストーンが初めて指摘したように(2012年:古代マヤの科学と予言),古代マヤの人々が13バクトゥンの終わりを長期暦の終了(または新たな長期暦の始まり)とみなしていた証拠は,実際には何もないのである。むしろ,証拠は反対の方向を指し示しているのである。すなわち,マヤの人々は現在の長期暦が中断することなくずっと進行すると信じていた。(このことは,10月28日と12月21日のどちらを信じるかとは無関係であることを注意しておきたい。これは長期暦が終了しないこととは別問題である。)
私はここでアグエイアスや,私とアグエイアスがその見解を知らされた考古学者たちを非難しようとは思わない。なぜなら,私は自分で問題を探求することも可能だったのだから。今から振り返ってみると,この過ちを犯したことは全く納得のいくものだと考えざるを得ない。現代人は,暦とは同じサイクルの繰り返しを記述しているという観念をしっかりと教え込まれているために,考古学者たちもその研究の中でマヤ暦と長期暦にも当然に同じことをあてはめていたのだ。BC3114年に始まった現在の長期暦(第五世界)には,BC8239年に始まった13バクトゥンの前長期暦(第四世界)が先行していたことは明白だったから,マヤ学者たちは単純に,現在の長期暦も同じく13バクトゥンに限定されると考えたのである。このケースでは,同じ期間の連続する「世界」が次々と続いていく。それでも,古代マヤの人々が彼らの暦システムをどのように考えていたかは明らかではない。新しい研究は,古代マヤは13バクトゥンを循環するサイクルとは見ていなかったことを示唆している。そうではなく,現在の長期暦は最後の創造であり,そのために終わりのないバクトゥンの連続として展開されたのだ。そうすると,Fig1の中で長期暦の「昼」と「夜」の波のシフトを正しく表すのは,Cに示されたモデルということになる。
もし読者が前2つのパラグラフで報告した発見を本当に驚くべきことだと思わないとしたら,その意味するところを十分には把握していないだろう。これは,私には,今日の多くの人々がごく普通のこととして受け入れるとは思えない。このように,新しい発見は,世界の暦システムの中で古代マヤがいかにユニークで変則的であったかを際立たせる。このような非周期性は世界の他の暦システムには見られないし,それはただ神秘性を加えるのである。この非周期性は,マヤの長期暦はその他の暦とは別の文脈での理解を必要とし,その他の天文周期に基づく暦と同列には見られないことを示している。
マヤの人々自身は,実際,これを形而上的な暦として扱っていた。彼らによれば,「最初の父が世界樹を立てた」ことによって長期暦が始まり,異なる霊的な質を持った神々に支配されるさまざまなバクトゥンとカトゥンがそれに続いた。マヤ暦についてのそのような作用に,私は個人的にはそれらの質の起程点としてのみ真剣に受け止めている。このようにして初めて,古代マヤが実際に語ったことから,私たちは自分自身の時代に生起する事象について意味深い結論を描くことが出来るのである。なぜ,今日の多くの人々がこのことを無視する権利があると考え,2012年12月21日だといわれている終わりの日に起こると思われていることを根も葉もなくでっち上げるのかは,私の手には負えない問題だ。
それにもかかわらず,Fig1で際立っているのは,モデルCが3つの選択肢のなかで2011年10月28日のシフトが不連続とはならない唯一のものであることだ。これは私たち自身の時代の何かを,私たちが通り過ぎたバクトゥンのシフトが,なぜドラマや即時に結果をもたらすことなく経験されたのかを,すでに説明している。上述のアグエイアスや私自身も含めて,多くの論者たちは,私たち自身の時代の不連続なシフトを含意するモデルの上に思考の基盤を置いてきた。しかし,モデルCから,そうではないことが理解できるだろう。私は,これは昨年(2011年)にはバクトゥンのシフトが起こらなかったとか,マヤの長期暦は私たちの惑星上の意識進化を正確に記述していない,などという意味ではないことを特に強調しておきたい。なぜならば,マヤの長期暦が歴史の進化を理解する最良の手段であることは,私自身や,同じ前提に立っているバーバラ・ハンド・クロウなどの著書で大規模に証明されているからである。これらの証明は依然として成り立つのである。成り立たなくなったのは暦が13バクトゥンに制限されるという点なのである。
新しい発見は,マヤの長期暦は,いわゆる26000年の歳差運動周期やその他の天文周期に基づいてはいないことを決定的に証明している。26000年という期間はマヤのどの文献にもまったく触れられていないし,なぜそうなのか,今では私たちは十分に理解できる。それは,長期暦は周期的な循環現象ではないからである。それでも,歳差運動は現代の長期暦解釈に広く用いられており,それはこの暦の本当の価値を拒み,陳腐な物質主義者の現象へと向かわせるのである。なぜこれほど多くの人々がこんな説明を信じて,何の証拠もない理論をもてはやすのか,正直なところ私は科学者としてまったく理解できない。おそらくは,多くの人々がマヤ暦のユニークさをつかみ損ね,本質的にヨーロッパやヴェーダの占星術に似たものだと安易に考えてしまったからなのだろう。だが,そうすることで,古代マヤ人の神秘性と,私たちの世界の形而上的な暦の作り手という彼らのユニークな位置を否定してしまうのだ。私が知る限り,古代マヤの暦システムは,私たちの世界で使用された暦の中で,周期的な側面に加えて非周期的なレイアウトを備えており,そこから私たちは人類の精神の進化が方向性を持っていることが理解できる,唯一の暦システムなのだ。
この新しい発見では,長期暦は終わらないし新しい長期暦が始まりもしないのだから,2011年10月28日に私たちが通過したバクトゥンのシフトは表面的には無意味なものに感じられるかもしれない。しかし,真実から遠ざかることはできない! 新しい発見は,ただ,バクトゥンのシフトの時になぜ私たちが不連続性を経験しなかったかを説明しているのだ。その他の点では,このシフトはとても重要であり,同様の重要さを持つシフトは見当たらないのだ。とりわけ,今や長期暦が無期限に続いていくことがわかったのだから。
2011年10月28日のシフトの重要性を理解するためには,9つの異なる波があり(長期暦はその6番目である),それらが同時に13段階(または第7昼)に入ったことを考慮する必要がある。9つの波のそのような同期は,有名なトルトゥゲーロ第6碑文の解読とも一致する(http://www.calleman.com/content/articles/the_tortuguero%20_monument.htm)。そこには,「9つの支えの神が降臨する」と刻まれているのである。私は,9つの(段/土台/支えの)神はおそらくピラミッド状の9つの進化のレベルのことを述べていると解釈した。古代マヤが私たちの時代について語った現存する唯一の碑文は,進化の9つの波のすべてがそのときに初めてシンクロナイズすることを意味しているのだ。
未来にこのようなシンクロナイゼーションが起こることを古代マヤの人々は確かに計算できたのであり,彼らが超人的な計算能力をもっていたと考える必要はないだろう。だが,この新しい光に価値があるのは,この有名なモニュメントは実際にはどの波も終わりに達するとは述べていないことを指摘した点である。古代マヤ人がこのような1400年も未来へ向けての注意を述べた石碑を立てたという事実は,たとえ9つの波が一つも終わらなくても,私たちの時代のシフトをとても重要視していたことを語っている。では,なぜ私たちの現在のシフトがそれほどまでにユニークなのだろうか? これを劇的に表現すれば,上述のモデルCに対応して,2011年10月28日のシンクロナイゼーションで,今や私たちは永遠の終わりのない時間に入っているということだ。もしヴァン・ストーンの発見が正しいのならば(私は正しいと信じている),トルトォゲーロのモニュメントを作った人々はこのことを知っていたことを意味する。
このシンクロナイゼーションは,164億年前のビッグバンから続いてきた宇宙を創造する9つの波の積み重ねが今や完了し,第9波の活性化によって締めくくられたことを意味する。2011年3月9日の第9波の活性化は,5125年の中で初めて,人類にとって形而上的な領域から統合意識がダウンロードされる可能性が開始したことを意味している。この形而上的な領域は,2011年3月9日から現在まで続いている人類の変容の第一原因となる因子である。それ以上に,第9波よりも高い周波数の創造波はもう出現しないことから,時間の加速が終わったことも意味している。このように,極めて重要なシフトが起こったことを否定する理由はなにもないのだ。
しかしながら,人々がこの新しい意識のフレームをダウンロードするにつれて創造されていく世界がどのようなものなのか,私たちはまだ完全に見ることはできない。それでも,私たちは第9波の活性化がただちにもたらした変化のいくつかをすでに見ることができる。これをFig2にまとめておいた。Fig2は2011年に世界で起こった顕著な抵抗運動を示している。2011年3月9日の第9波の活性化に続く周波数の高まりは,すぐに日本の地震と原子力危機となって現れ,そしてシリアとリビアで戦争が始まった。この年はアラブの春だけでなく占拠運動も発生し,そして世界は経済崩壊の瀬戸際で何度もバランスをとり続けた。私は世界中で湧き起こった多くの抵抗運動の詳細までは予言しなかったが,周波数の上昇が始まったときに,確かに極めて正確な予言をした。このように,抵抗運動はすべて,第9波が活性化されヴェールが取り除かれて,人々は突如として自分たちが生きている世界の抑圧システムの多くの側面に気がつき,変化への願望を膨らませた結果なのだ。(Fig2を見よ) すなわち,”内のごとく,外もしかりAs inside - So outside” なのである。
第9波の活性化のために,2011年は確立された秩序に対してグローバルな抵抗運動がもっとも広範囲に見られた年の一つであった。この年の終わりには,タイム誌はパーソンオブザイヤーとして「抵抗者たち」を宣言した。このように第9波の活性化は,その時に実際に起こった事実を通じて検証が可能な効果を伴っており,私はこの波の存在を疑う理由をまったく見出していない。しかし,これら政治的・経済的変化を求める運動が将来にわたってエスカレートしなかったのはなぜかという疑問が残る。較べてみると,2012年は実際に比較的事件が少なく,既存秩序への抵抗もスケールが小さくなっている(バラク・オバマが2012年のパーソンオブザイヤーに選ばれたのが典型例である)。そうすると,2011年10月28日のシンクロナイゼーションはこの変化を求める動きが,新しい,たぶん見えにくい形を取った日のように思われる。それはなぜなのか。
その理由は,モデルCによればおそらく,この日を境に9つの波の全てが「夜」に転じて,第9波だけが高い周波数のためにその後すぐに「昼」に戻ったためだろう。このような社会分析に基づくと,2011年3月9日と10月28日は世界の動きに極めて重大な効果を与えたことがとても明瞭に感じられる。そして2011年10月28日は確かにマヤ暦の9つの波の全てが同期したシンクロナイゼーションの日だったのだ。もしも2012年12月21日が正しくなかったとしたら,人々が予言した多くのことが決して起こらなかったのは自然なことである。今や私たちが経験した時代のシフトの本当の意味は,2011年3月9日に第9波が活性化され,そして2011年10月28日にその他の波が全て不活性化されたことなのだ。このうちの後者が再活性化されるパターンは,ここで検討するには複雑すぎる問題であり,私はこれを『パラダイムシフト三部作』の第三巻で取り上げようと計画している。
Fig 2. 2011年10月28日に至るまでの第8波と第9波の影響を受けた抵抗運動のいくつかを示した。
二つの波の特徴的な意識の極性も示してある。また,第9波はすぐに昼のモードに戻るが,これは第8波以下の他の波には当てはまらないことを注意されたい。
fig2
インドのワンネスユニバーシティによれば,2011年10月28日からは精神的に覚醒した人々の数が世界中で増加しており,現在ではより一層増大していることは,第9波の効果が継続していることからして驚くにはあたらない。これは個人が経験していることだから,新聞の見出しになるようなことではない。それでも,第9波を通して可能となった精神的な覚醒は,新しい世界の創造のためにとても大きな準備となることだろう。このシフトは次の言葉で表現することができる。その時の支配的な極性のために,2011年のあいだは,「先に世界を変えて,それから覚醒する」という感情だった。2011年10月28日のシンクロナイゼーションの後では,それは「先に覚醒して,それから世界を変える」へとシフトした。そして,おそらくは後者の方が幸福な結果を得られることだろう。
実際,私たちがマヤ暦から学んだレッスンの一つは,世界は”内のごとく,外もしかりAs inside - So outside”の原則で機能しているということだ。だから,私たちが覚醒した内面を投影すれば,外の世界はもっと美しくなることだろう。2011年10月28日のシンクロナイゼーションの後では,劇的な変化を期待する理由がある特定の日がやってくることはない。むしろ,この進行しているグローバルな共同創造の一部になることは,これからの2,30年にわたって多くに人々に喜びをもたらすだろう。私は,2012年12月21日に行われたいくつかのセレブレーションによって,人々はすでに起こっているシフトに追いつき,そして世界の変容に一歩一歩参加していくだろうと信じている。私たちが今や知っているとおり,第9波は終わることなく続き,世界の変容を導き続けることだろう。
Carl Johan Calleman
Seattle, December 31, 2012 (1 Oc)
(2013年1月6日訳)
以上である。
2013-01-12 | 予言一般 | コメント : 52 | トラックバック : 0 |

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1873年〜1892年 大不況 
新興国であるドイツとアメリカの工業製品を吸収できる世界市場が欠如し,約20年に及ぶ長期の世界不況になる
1973年〜1992年 長期の低迷
回復が早かった日本を例外として,73年のオイルショック以降世界経済は長期の低迷期に入る
1893年〜1913年 グローバル化による発展
世界のあらゆる地域にインフラ投資ができるイギリス中心の金融システムが形成され,ドイツとアメリカが急成長する
1993年頃〜2013年 グローバル経済の発展
中国やインドなどの新興国の成長を促進するアメリカ中心の金融システムが形成され,グローバル経済が大発展
両期間には同じような時期に金融危機が発生している。
1907年 07年恐慌
アメリカの銀行の破綻から始まった深刻な金融危機
2007年〜08年 金融危機
サブプライムローン破綻から始まった世界的な金融危機

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18730000 [大不況] 1873年〜1892年 大不況 
18730000 [大不況] 新興国であるドイツとアメリカの工業製品を吸収できる世界市場が欠如>>約20年に及ぶ長期の世界不況
19730000 [オイルショック] 1973年〜1992年 長期の低迷
19730000 [オイルショック] 回復が早かった日本を例外として,73年のオイルショック以降世界経済は長期の低迷期に入る
18930000 [グローバル化] 1893年〜1913年 グローバル化による発展
18930000 [グローバル化] 世界のあらゆる地域にインフラ投資ができる
18930000 [グローバル化] グローバル化>>金融危機
18930000 [グローバル化] イギリス中心の金融システムが形成され,ドイツとアメリカが急成長する
19930000 [グローバル化] 1993年頃〜2013年 グローバル経済の発展
19930000 [グローバル化] 中国やインドなどの新興国の成長を促進するアメリカ中心の金融システムが形成
19930000 [グローバル化] グローバル経済が大発展
19930000 [グローバル化] グローバル化>>金融危機
19071000 [大恐慌] 1907年大恐慌
19071000 [大恐慌] アメリカの銀行の破綻から始まった深刻な金融危機
20071000 [サブプライム危機] 2007年〜2008年,金融危機.1907年大恐慌の100年後
20071000 [サブプライム危機] サブプライムローン破綻から始まった世界的な金融危機

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■経済の100年サイクル

1900年代初頭の動き

2000年代初頭の動き

▼18730000 [大不況]
1873年〜1892年 大不況 

▼19730000 [オイルショック]
1973年のオイルショック以降世界経済は長期の低迷期に入る

▼18930000 [グローバル化]
グローバル化>>金融危機
イギリス中心の金融システムが形成され,ドイツとアメリカが急成長する

▼19930000 [グローバル化]
1993年頃〜2013年 グローバル経済の発展
中国やインドなどの新興国の成長を促進するアメリカ中心の金融システムが形成
グローバル経済が大発展
グローバル化>>金融危機

▼19071000 [大恐慌]
1907年大恐慌

▼20071000 [サブプライム危機]
2007年〜2008年,金融危機.1907年大恐慌の100年後
サブプライムローン破綻から始まった世界的な金融危機

















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