2020年02月23日

De Quincy「阿片常用者の告白」〜無限幻想の地獄

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De Quincy「阿片常用者の告白」〜無限幻想の地獄
阿片を使ってから久しい。
もしそれが私の人生の子細な事件であったとしたら,私はその月日を忘れたかもしれない。
しかし大きい出来事は忘れられるものではない。そしてそれに関係する事情からして,私の阿片使用は1804年の秋に帰さなければならないように記憶している。
■阿片との出会い
その季節の間,私はロンドンにいた。大学に入学して私は初めてこの場所へ来たのである。
そして私の阿片使用は次のように起こった。
幼い頃から私は少なくとも一日に一回は冷水で頭を洗う習慣を持っていた。ところがある時突然歯痛に犯された私はこの瞬間を一時中止した。怠惰のせいに帰して寝床から飛び出して冷水のはいった鉢に頭を突っ込んで,手と髪を濡らして眠った。翌朝は言うまでもないが目が覚めると頭や顔に激しいリュウマチ的な痛みを覚え,その後約20日あまりその苦しみから解放されなかった。
21日目の日曜日,私は通りへ出た。明確な目的があったわけではなく,むしろ苦痛から逃げ出したいためであった。
偶然私は阿片を薦める一人の学友に出会った。阿片!思いもよらない快感と苦痛と呼び起こす恐るべき力!
私は阿片についてはアンブロージアについて聞いていたと同じ程度に知っているだけで,決してそれ以上の情報は知らなかったのである。
それは今や私の魂に何という壮麗な和音を聞かせるのか!また何という悲しいかつ楽しい思い出の魂を打ち揺るがす振動を奏でることであろう!
しかしこれらの事実を顧みる時,私は楽園を最初に自分に開いた時と所と人間と関係する微細な事情にまつわる神秘的な重大さを感じるのである。
それは湿っぽい人気の日曜日の午後であった。実際この我々のイギリスの大地においてロンドンの雨の日曜日ほど陰鬱な光景を示すものはない。
私の帰り道はオックスフォード街を通るのであった。そして「英雄なるパンテオン」の近くに私は一軒の薬商を見つけた。薬商は自ら知らずして天上の快楽を与えるものは 日曜日の雨に同情しているかのように,しかもこの世の薬商が日曜日に期待されるような陰鬱な顔付をしていた。私が阿片を乞うと,店主は普通の人間がなすのと違わないさまで,事務的にそれを私に与え,さらに私にが渡した代金のつり銭として 真実の銅貨とおぼしきものを真実の木造のレジスターの中から取り出して私に渡した。かかる人間的性質の情報を入手するににもかかわらず,彼は私に対して特殊な使命を帯びて地上に遣わされた天上界の薬商の麗しい近影としてそれ以来私の心の中に存在している。
さて私が再びロンドンを訪れた時に「雄大なるパンテオン」の近くで 彼を捜したがついに発見することができなかったというこの事実は,先ほど述べたように彼を見なす私の確信を一層強固ならしめるのである。
しばらくして彼の名前を知らなかった私には彼が何かしら肉体的な仕方で移動したと言わいうよりは,むしろオクスフォードの町から消え失せたかのように思われた。
読者はおそらく彼を地上の薬屋以上のものではないと見なしたいのであろう。おそらくそうかもしれない。しかし私の信念の方が正しい。私は彼が焼失したがさもなければ 蒸発したと信じている。それゆえ,最初に霊薬を私に知らせいた時と場所と人間とにいかなる人間的記憶を揉む主義をつけたくないのである。
■服用
宿に帰って私は直ちに指定された分量を飲んだと想像されるかもしれない。私は服用する方法や技術を当然何一つ知らなかった。そして私が服用したのは事実に不利な状態においであった。しかし私はそれを飲んだ。そして1時間ほど経つと 非常に大きな激変が起きた。内的に精神が沈底から高揚に至ったのである。
私の内部世界の何という啓示があったことだろう。私の苦痛が消失したことは,私の目には子細な問題であった。この消極的効果よりも面前に開かれた積極的効果の無限の中に突然啓示された聖なる優越の神への中に飲み込まれてしまった。ここに一切の人間的災いの処方があった。ここに哲学者達が幾世代に渡って論争しあった幸福の秘訣がたちまちに発見された。「幸福」は今や1ペンスの値段で購入され,胸のポケットを詰めて携帯できることができるのである。持ち運びのできる幸福が1ピント入瓶に詰め込まれ,心の栄養は郵便馬車によってガロン宛で送られることもできるのだ。。
■苦痛
慇懃なるそして望むらくは寛容なる読者様。ここまで私に同行してくれたからには,約8年ほど,すなわち1804〜1812年に至るまで私に同行して進んでいただきたい。
学生時代は今ではすでに過ぎ去って,ほとんど忘れられてしまった学生帽は今や私の頭を押し付けることもない。
阿片を飲んで以来,身体の加減はどうなったのか?あっさりといえば機嫌はどうなったのか?読者諸君ありがとう。かなり達者に暮らしている。婦人達の言葉を拝借して言えば「期待されうる限り達者である」。
ありのままを白状するなれば,医師の理論を満足させるためには当然病気であるはずなのに,1812年の春ぐらい健康の優れていた時期は今までになかったのである。
1804〜1812年の八年に飲んだ阿片の量が私の健康を害しなかったのと同様,少しも処分の健康を害しいなかったことを希望する。アンブロージャ(Percy Shelley)から医学上の忠告をお受け取りになるのがいかに危険であるかは自ずとわかるだろう。
私の知る限りではあれは神学や法律にかけては良き助言者であるが医学に関してはそうではないのだ。 この方面ではバカン博士に相談される方が遥かにマシである。私はあの人の忠告は決して忘れることはない。25オンス以上の量を決して飲まないように特別に気をつけていた。少々くらいはよかろうからとそれを良いことに 濫用する人々への復讐を,少なくとも1812年において私が知りもしないというのも適度に使用したからだと考えていた。と同時にこれまでのところ十分間を置いて使うように用心して,未だ日常の食料品となるには至らなかったということも念頭に留めていただきたい。
ところが今や別の時代が来た。
読者様1813年へ進んで頂きたい。1812年の夏の甚だ憂鬱な事件と結びついた精神の状態。大いに体の健康を害したこの事件はそのために健康を害したという他に別段目下の問題とは関係がないからこれ以上詳しく言う必要もないだろう。
1812年のこの病気が1813年のそれと何か関係があるかどうかは知らないが,ともかく私はこの1813年に実に恐ろしい胃の痙攣に襲われた。それはすべての点において青年時代に私を苦しめた頭痛と同様にまた昔の夢の再現を伴うものであった。
これは私の告白物語の要点であって,阿片服用に対する自己弁明に関して私はこれから述べようとする全部が専ら依存するといって言っても良いものである。〜
■幻影
これから私はこの私自身の手記の主題ともいえる,夢の中で起こった事柄の歴史と日記とに話をうつそう。その理由はこれらが私に最も激しい苦痛の一番直接に近い原因であったからである。
私の肉体組織の内の夢に関係ある部分において進行していた重大な変化において,私が最初を気づいたことは,概して少年時代もしくは極度の焦燥状態において起こりやすい目の状態の 再発であった。
多くの子供,いやおそらく子供は大抵あらゆる種類の幻影を暗黒の表面に描く力を持っている。ある子供にあってはその力は単に目の機械的変調である。ところで,他の子供達はそういった幻影を放置したり共感したりする任意あるいは半ば任意な力を持っている。あるいはかつて私がある子供にこの事において訪ねた時その子供が言ったように「私は幻影に向かって行けと命令することができる。すると幻影は行ってしまう。しかし時とすると彼らは私が来いと命令もしないのにくることもある」。
この力が私にとってたまらなく苦しいものとなったのは1817年の半ば頃のことだったと思う。
夜分,床についたまま目を覚ましているとたくさんの幻の行列が憂いに沈んではいるが華やかに装って通り過ぎていった。果てしもなく続く物語の彫刻はエディパスやプライアもよりもタイアよりもメンフィスよりも前の時代から来た物語であるかのように悲しくもまた荘厳な気がした。
またそれと同時にそれに関連した変化が私の夢の中に起こった。ある劇場がにわかに私の頭の中に開かれて明るく照らし出された。しかもそれは現世のそれよりももっと華麗な夜景を呈するのであった。
そして次の四つの事実は日常平時における注目すべき事柄として申し述べて差し支えなかろう。
1 目が幻影を想像する状態が進むにつれて脳の目覚めた状態と夢見る状態との間にある共鳴が一点において起こるように思われた。
すなわち私が休み休み有意的意識的な動作によって暗闇の中に呼び出したりしていた幻影が夢に移動しがちであった。それゆえに私はこの力を働かせることを恐れた。マイダスがあらゆる物を黄金に化したがそれがかえって彼の希望を虚しくしてまた彼の人間的欲望を欺いたように,何によらず目に映るもの全てが闇の中でちょっと考えただけですぐその姿が目の幻影と化してしまった。そして明らかにそのそれと同様に必然的な過程によって,その幻影がしばらくして一度かすかなぼやけた色彩で描かれると,あたかもあぶり出しインキで描いたかのように,その幻影は私の猛々しい科学効果によって引き出されて私の心をイライラさせた。
2 私の夢の中で起こったこれらの事や全ての変化には言葉によっては表現しえないような深い心配と暗い憂鬱が伴った。
私は毎晩比喩的にではなく全く文字通りに岩の割れ目や太陽の照らない深い闇の中に深みから深みへとどんどんと落ち込んでいくような気がして,しかもそこから再び登ってくるのは全く絶望という気がした。そして目を覚ましてもそこから再び登ってきたという感じがしなかった。と言ってこのことを私は詳しく述べようとは思えない。なぜならこれらの華やかな風景に伴う暗黒状態には,暫時その暗黒の度合いを増していて,ついには自殺を招きかねない絶望の闇のような暗黒状態になるものであって,言葉には 表現することが、 できないからである。
3 空間の観念とそしてついには時間の観念とは両方とも強く影響された。建物とか風景といったようなものは肉眼で見えるのが困難なほどに非常な大きさで表現されて空間は膨張していき,名状しがたい無限の範囲にまで拡大された。
しかしこれとしても時間の広大な膨張ほどには私を煩わせなかった。時として私は一晩の間に70年あるいは100年もの間生活したような気がした。ある晩は一晩の間に2000年も経過したように感じて,あるいはそれほどでもないにしても経験の限度をはるかに超えた長い時間が経過したような感じがした。
4 子供の時間の極めて悲惨な出来事,もしくはその後年の忘れられた色々な場面がしばしば蘇った。しかし私もそれらのことを自分で思い出したとは思えなかったが,その理由は誰て目覚めている時にそれらの事は語られたとしても私はそれらを私の過去の経験も部分として承認することができなかったからであろうから。〜
ー阿片常用者の告白,De Quincy,岩波文庫,

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posted by datasea at 19:50| Comment(0) | ♪  詩・小説・著書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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