2020年01月28日

東海アマ: 日中戦争731部隊とコロナウイルス

東海アマ: 日中戦争731部隊とコロナウイルス
細菌兵器と武漢肺炎
2020年01月27日 (月) 17:22
カテゴリ : 未分類
731部隊
https://ja.wikipedia.org/wiki/731%E9%83%A8%E9%9A%8A
日中戦争開戦を遡る5年前、1932年、陸軍軍医学校防疫部、石井四郎ら軍医5人が属する防疫研究室が開設された。このとき、関東軍防疫班が組織され、翌1933年からハルビン郊外の背陰河において活動が始まった。つまり、開戦の五年前から、日本はすでにBC兵器を利用した中国国民殲滅作戦を計画していたことになる。
後に、日中戦争では、「三光作戦」すなわち、「焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす」という戦略を掲げて民衆大虐殺を繰り返したが、こうした作戦は、盧溝橋事件による戦争開始のはるか前から準備されていたことを意味する。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-12-03/ftp20081203faq12_01_0.html
1936年、関東軍参謀長 板垣征四郎によって関東軍防疫部の新設が提案され、同年8月には、正式発足した。これが、通称731部隊である。
これは通称「加茂部隊」とも呼ばれ、石井四郎の出身地である山武郡芝山町加茂部落の出身者が多数いたことに由来する。実は、同県内の里美村には、中国でアヘンを大量生産・生成して、戦争資金を得る目的で売りさばいた陸軍軍属、里見甫がいた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E8%A6%8B%E7%94%AB
これは陸軍内で、731部隊と、里見アヘン部隊(電通)が非常に近い関係だった可能性を示している。
第一次世界大戦における化学兵器の使用を受け、1925年のジュネーヴ議定書では戦争時における化学兵器・生物兵器(細菌兵器)の使用禁止が規定された。
しかし、731部隊は単に生物兵器の研究を行っていただけではなく、生物兵器を実戦で使用していた。731部隊ではペストやチフスなどの各種の病原体の研究・培養、ノミなど攻撃目標を感染させるための媒介手段の研究が行われ、寧波、常徳、浙贛などで実際にペスト菌が散布された。元関東軍の大尉であった小島隆男は、731部隊と協力し、中国大陸にコレラ菌を拡大させる作戦に従事した。
「コレラ菌は対象地域に撒きました。まず病気が発生したことを確認し、対象地域に入ります。日本軍が侵入すると中国人たちは逃げて、新しい人たちに次々に感染させ、我々の計画通りに病気を蔓延させます。死者の死体や動けない人々が、あたりに横たわっていました。夏になると蝿がたかり、ぞっとする風景でした。私たちは2週間これらの作戦を続け、任務成果報告書に中国人およそ2万人がコレラで死亡したと記入しました。」
731部隊関係者からの事情聴取によると、日中戦争において、浙贛作戦(1942年)などで12回の生物兵器の使用があった。また、ペスト菌汚染された蚤を空中散布した、チフス菌を井戸や畑の果物などに撒いた、細菌入りの饅頭を配ったなどとする証言者も複数存在する。部隊長石井四郎軍医は、フェル博士による尋問で炭疽菌の効果について次のように語っている。
「炭疽菌についていえば、もっとも有効な菌であると確信しました。量産できるし、抵抗力があって猛毒を保持し、致死率は80%〜90%にのぼる。最も有効な伝染病はペスト、媒介節足動物による最も有効な病気は流行性脳炎であると考えました」。
1940年の新京や農安でのペストの大流行が、731部隊の細菌散布により起きたとする元731部隊所属の金子順一軍医の「論文集(昭和19年)」が、2011年に日本の国立国会図書館関西部で発見された。
1940年6月4日に日本軍が農安(吉林省)でノミ5グラムをまき、1次感染8人、2次感染607人の患者が発生し、同年10月27日には寧波で2キロ軍機から投下し、1次・2次感染合計1554人、41年11月4日には常徳に1.6キロ投下し、2810人を感染させ、6つケースの細菌戦では感染者は計2万5946人に上ったと報告している。
1940年10月27日早朝に行われた寧波へのペスト菌攻撃は、低空飛行の飛行機から細菌をまく方法で行われた。この時使われたノミは、ペスト菌を持つネズミの血を吸い「ペストノミ」となったものだった。
2011年の金子論文発見により、ジャーナリストの渡辺延志は、新京でのペスト流行は新京から60キロの農安で始まった731部隊の細菌攻撃に端を発しており、農安から持ち込まれた犬が入院していた新京の日本人経営の犬猫病院を起点として、ペスト菌が拡大していったと述べている。
1941年に行われた浙贛への細菌攻撃では、1万人以上の被害が出た。コレラ患者を中心1700人以上が死亡したものの、犠牲者はすべて日本兵だった。被害にあった日本兵は上官から、「これは中国による生物兵器攻撃だ」と教えられたと供述している。
731部隊では生物兵器の開発や治療法の研究などの目的で、本人の同意に基づかない不当な人体実験が行われていた。石井四郎は医学研究において「内地でできないこと」があり、それを実行するために作ったのがハルビンの研究施設であった、と戦後に語っており、この「(日本)内地でできないこと」とは主に人体実験を指している。石井四郎の右腕といわれた内藤良一(のちの「ミドリ十字」の設立者)は、戦後のニール・スミス中尉による尋問で次のように証言している。
「石井がハルビンに実験室を設けたのは捕虜が手に入るからだったのです。(中略)石井はハルビンで秘密裏に実験することを選んだのです。
ハルビンでは何の妨害もなく捕虜を入手することが可能でした。」
さらに、細菌部隊のアイデアは石井ひとりのものだったとし、「日本の細菌学者のほとんどは何らかの形で石井の研究に関わっていました。(中略)石井はほとんどの大学を動員して部隊の研究に協力させていた」と供述している。
■実験材料「マルタ」と呼ばれた人々
人体実験の被験者は主に捕虜やスパイ容疑者として拘束された朝鮮人、中国人、モンゴル人、アメリカ人、ロシア人等で、「マルタ(丸太)」の隠語で呼称され、その中には、一般市民、女性や子供が含まれていた。ジャーナリストの西野瑠美子によれば、731部隊が性別、年齢層、人種を超えた、幅広い実験データを必要としたためであり、女性マルタは主に性病治療実験の材料になったという。
高い外壁で囲まれ、コンクリート造りの特設監獄(「マルタ小屋」と呼ばれた)に一度収容されると、脱出は極めて困難であったといわれる。石井四郎付き運転手であった越定男は、野外の安達細菌爆弾実験場で脱出を試みたマルタたち40人をトラックで轢き殺したとして、次のように証言している。
「一度、縛られていたマルタおよそ40人が、お互いに縄をほどき合って、散り散りになって逃げたことがあります。しかし、遠隔地の空港ですから、逃げおおせる場所はありません。トラックで次々に彼らを轢き殺しました。前輪でひっかけたり(中略)、轢いた時は衝撃を感じました」。
マルタの人数は、終戦後にソ連が行ったハバロフスク裁判での川島清軍医少将(731部隊第4部長)の証言によると3,000人以上とされる。731部隊の「ロ号棟」で衛生伍長をしていた大川福松は2007年に「毎日2〜3体、生きた人を解剖し(中略)多い時は1日5体を解剖した」と証言している。
731部隊における人体実験は通常、生体解剖を意味した。これは被験者が死亡してしまうと人体に雑菌が入るため、人体に雑菌が入らないうちに解剖して臓器などを取り出す必要があったからであるとする。
「ワクチンなしでペスト菌を注射されたその男性は(中略)、2、3日後には、高い熱が出て顔色が悪くなり、その翌日くらいには瀕死の状態で顔が黒っぽく変わっていきました。(中略)この男性はまだ息のある状態で裸のまま担架に乗せられ、私たちが待機している解剖室に運ばれてきました。
(中略)大山軍医少佐から「はじめよう」の命令がでました。細田中尉が、目でメスをわたすように私に合図します。足かせ手かせで固定された男は、カッと目を見開き、この凶行を確かめるように首を回しましたが、体の自由はききません。男は無念の涙を目にたたえ、天井の一点を見つめています。何か叫びを発しようとしているようですが、乾ききった口からは声は出ず、わずかに口を動かすだけです。
男の首をなで回していた細田中尉が、右手のメスでズバリと頸動脈に沿って切り下げました。血がジューッと流れ出しました。男は、ペスト病の苦しみと、切りさいなまれた痛さで首を左右に振り回します。そのたびに顎にかかっている首かせが食い込み、ついにガクリと首をたれ失神しました。私はあわてて血を抜き取りました。(中略)ビタカン(ビタミン剤とカンフル剤を混合したもの)を4本打っても、男の鮮血を絞ることはできません。「鬼子ッ!」男は憎しみの火と燃える一言を絞り出すとスーッと顔色が代わり、呼吸が止まりました。「解剖刀をよこせ」細田中尉は、解剖刀を逆手に握ると、上腹部から下腹部へ得意然として切りさいなみ、骨を切るノコギリを引いて肋骨を引き切り、内臓の全部を露出させました。」
731部隊では、ガス壊疽実験、凍傷実験、銃弾実験などのように、人体を極限まで破壊すると、人体はどのくらいの期間持ちこたえることができるのか、あるいはそこからどのように治療すれば回復させることができるのか、といった生理学的な研究も頻繁に行われた。こういった実験は、731部隊以外の陸軍病院などでも行われた。
元731部隊員の越定男によれば、731部隊で最も熱心に行われた人体実験は、ガラスで覆われたガス室の外から犠牲者を観察するガス実験であったという。越は、ガス実験に立ち会った時の様子を次のように語っている。
マルタと一緒に鳩、鶏などが籠に入れられたまま運び込まれる。(中略)背の高い眼鏡をかけた通訳生がマルタに適当な嘘を言って送り込んでくる。やがてガス発生機の音や風車の音がし始める。大抵ガスは眼に見えない。ガラス越しにマルタの表情を見て、ガスの濃度や効果を知るわけである。
ガラスを通してみるマルタの表情、動きは刻々に変わる。ガスの種類によって突然、泡を吹き出す者もあれば、苦痛に顔をゆがめる者もあり、鼻水を出したり、時には喀血する者もいる。使用ガスは、イペリット、ホスゲン、ルイサイト、青酸ガス、一酸化炭素ガスなどさまざまである。(中略)絶命したマルタは解剖室へ、半死半生のマルタは特別室へ入れて、二度、三度と実験に使い、決して生かしておくことはない。731部隊の印刷部員だった上園直二は、「2人の白系ロシア人の男性が零下40度から50度の冷凍室の中に素裸で入れられていました。研究者たちが彼らが死んでいく過程をフィルムに撮影していました。彼らはもがき苦しんでお互いの体に爪をめり込ませていました。」という証言をしている。
731部隊付き看護婦であった赤間まさ子によれば、石井四郎は日本への帰路において731部隊員と家族に対し、「戦争は負けた。俺は、君たちみなを故郷に送り返す。帰郷したお前たちが731部隊の秘密を漏らすようなことがあったら、この石井はどこまでも、草の根をわけても捜すぞ。」と悪魔のような形相で叫んだという。
731部隊の実験データの多くは元隊員たちが密かに持ち帰ったため、最終的にはアメリカ軍の戦後の生物兵器開発に生かされたと述べている。また、人体実験に手を染めたものの、ハバロフスク裁判を免れた軍医たちは連合国から戦犯として裁かれることなく、大学医学部や国立研究所や各地の病院に職を得たと述べている。
部隊員の戦後の処遇について、「戦後も、元隊員には多額のお金が支払われました。200万円もらった人もいます。昭和23〜24年当時に、このような支払いが行われたということは信じられないことです。恐らく、米軍からの支払いがあったのだろうと思います。731部隊関係者はほとんど例外なく、いくばくかのお金を受け取りました。731部隊の仕事は、最高の稼ぎを保証しました。大勢の大学教授が731部隊に関連していました。とりわけ厚生省の幹部のような上層部の人たちやワクチン関係者は、みな石井部隊と何らかの関係を持っていました。
米国が731部隊員に提示した条件は、以下の9項目。
--- 鎌倉会議で取り交わされた9ヵ条の密約 ---
日本人研究者は戦犯の訴追から絶対的な保護を受けることになる。報告はロシア人に対しては全く秘密にされ、アメリカ人のみに提供される。ソ連の訴追及びそのような(戦犯を問う)行動に対しては、絶対的な保護を受けるものである。
報告書は一般に公表されない。研究者はアメリカ合衆国の保護下にあるという事実が明らかにされないよう注意が払われる。主要な研究者は米国へ行くことを許可される。
アメリカ政府は次のように結論した。
a. 日本の生物戦研究の情報はアメリカの生物戦研究プログラムにとって大きな価値があるだろう。
b.【略】
c. アメリカにとって日本の生物戦データの価値は国家の安全にとって非常に重要で、「戦犯」訴追よりはるかに重要である。
d. 国家の安全のためには、日本の生物戦専門家を「戦犯」裁判にかけて、その情報を他国が入手できるようにすることは、得策ではない。
e. 日本人から得られた生物戦の情報は情報チャンネルに留め置くべきであり「戦犯」の証拠として使用すべきではない。
朝鮮戦争でアメリカは日本軍の731部隊のデータをもとに細菌戦を実施し、また石井四郎も従軍したといわれる。
************************************************
引用以上
ウィキペディアの731部隊に関する情報は、おそらく公開されている全資料のなかでも、もっとも価値が高いもので、編者に心から敬意を表したい。また、よくぞ、今まで、この内容が極右勢力によって改竄・歪曲されないですんでいることにも驚いている。
ここに引用したものは、ウィキの記載の1割程度しかない。詳細は、冒頭のリンクから確認していただきたい。私は、これを引用しながら、あまりの非人道、人間性崩壊の凄まじさに驚愕するとともに、激しい打撃を受けて、もう引用することも辛くなってしまったので短くした。
と同時に、この内容が、中国共産党政権による法輪功大弾圧に、あまりにも酷似していることに驚かされる。つまり、中国政府が行っている反共産党勢力に対する残酷の極地のような弾圧は、実は、日本軍731部隊の作戦行動から学んだものであることを、はっきりと理解することができる。
そして、現在、中国で進行形の武漢肺炎について、これがSARS・MARSと同じように、細菌戦争の作戦ではないかという疑いを強く抱かざるを得ない。
これを疑う、最大の理由は、感染のタイミングが春節にかかっているということである。春節は、日本人には、想像もできないほど祝日として最高ランクにあるもので、年間最大級の民族大移動が起きる。これによって、感染者は中国全土に拡大することが約束される。こんなうまいタイミングは、計画しなければできるものではない。中国全土に感染拡大パンデミックが及んだときは、中国の歴史最大級のパニックが訪れることだろう。
私は、日本にも数十万の中国人が押し寄せることから、これを中国共産党自身が仕組んだものであっても不思議でないと思っている。中国共産党にとっては、自国民の悲惨よりも、日本の弱体化の方が大切と思っている可能性がある。中国政府は、共産党の利権を守るためだけの組織であり、民衆を守るための組織ではないからだ。もしも、中国政府の陰謀だったなら、共産党幹部だけ、感染率が低くなるから分かるはずだ。
新型肺炎「武漢だけで、2月4日までに最大35万人超が感染」英米研究チーム
https://news.yahoo.co.jp/byline/iizukamakiko/20200127-00160519/
731部隊では、もっとも効果の高い細菌兵器は、「炭疽菌」であったと語られていた。感染者の致死率が高いという意味だ。しかし、細菌兵器の扱いや効果は極めて難しいもので、感染力も毒性も、実験培養室を離れた瞬間から刻一刻と変化し、時間とともに突然変異の確率が増して、効果を失ってゆくといわれている。これが、これまでの新型肺炎が、狙い通りの成果を上げられなかった理由だろう。細菌兵器を誰が散布したのか? については、もっとも可能性の高いのが、CIAかMOSADOによる中国の弱体化を狙った作戦だが、法輪功弾圧で分かるように、中国共産党政府自体が、非人道的で残酷な細菌兵器の開発に血道を上げてきたわけで、そうした開発過程で、何らかの自国民での実験を行った可能性も捨てきれないし、春節を利用した日本への感染打撃を狙った可能性も否定できない。
もし、アメリカやイスラエルが行ったのなら、おそらく中国政府は報復するだろうから、アメリカでも致死的な大規模感染が起きるだろうと予想している。
2017年、アメリカのCIAスパイが、数十名、(根こそぎ)中国政府によって殺害された事件があった。
https://www.sankei.com/world/news/170609/wor1706090003-n1.html
この頃から、アメリカ政府による中国政策は人道的抑制を超えて残酷な先鋭化の様相を帯びている。だから、いずれ、このような細菌兵器実験を行うに違いないと予想していた。
問題は日本だ。春節での中国人流入は、最低でも数十万人、あるいは100万人に上る可能性がある。中国政府は、今のところ団体旅行を禁止しただけで、個人旅行は禁止していないので、抜け道だらけだ。この結果、日本に新型肺炎コロナウイルスを散布したのと同じ効果があるわけで、金儲けしか興味のない安倍政権自民党が、疫学的な厳しい対策をできるはずがない。
■対策
日本でも、SARSの数十倍の感染者、死者が出るのは確実であろう。
中国政府が、事実上の経済破綻を起こしているので、この巨大なデフォルトの嵐に対する言い訳=正当化に使われる可能性も考えるべきだろう。
日本には、阿鼻叫喚の感染地獄がもたらされる可能性があることを視野に入れるべきだろう。
対策としては、
とにかく街中に出ないこと。やむをえず、スーパーなどに買い物に出るときは、厳格なウイルス防御対策を行うこと。
用事は電話ですませ、人には会わないようにする必要がある。濃厚感染のタイミングは、たぶん一ヶ月程度なので、その間、小さくなって閉じこもって過ごすべきだ。
コロナウイルス=エンベロープ型に必要な消毒資材は、まず、一番安く上がるのが、ブリーチ・ハイターの次亜塩素酸ソーダで、100円以下で買えるので、もっとも有効である。苛性ソーダが含まれていて、皮膚を溶かすので、100倍くらいに薄めて清掃に使用する。これを水虫に使っても効果がある。
放置すれば、分解して炭酸ガスと水になるので、安全性も比較的高い。
次に、エタノールだが、濃度が80%程度は欲しい。50%は効かない可能性がある。
イソブロピルは効果がないという。まずは70円で買えるブリーチを多用しよう。

東海アマブログ
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1011.html






2020年01月24日19:20
【バイオハザード】中国の武漢のアウトブレイク、これは他人事ではない!なんと東京の早稲田に同じものがあった!
みなさん、こんにちは。
「いまこれは私のAIアバターが書いている。」
なんていう時代が早く来てほしい。
さて、もっと深刻な現実の話をメモしよう。昨日のコロナウィルスのジョークネタの大本の根源についてである。
今朝、知人からメールで教わったものである。それをグーグル翻訳したものをメモしておこう。以下のものである。
元記事:
グーグル翻訳:
現実のアンブレラ社:武漢ウルトラバイオハザードラボは「世界で最も危険な病原体」を研究していました
現在、コロナウイルス流行のグラウンドゼロである武漢を含む7つの中国の都市と、約2,300万人の人々を収容する中国の都市が隔離されています...
...バイオハザードの悪名高いラクーンシティとの比較は暑くて重いです。 そして、現実はしばしば芸術ではなく確かにハリウッドを模倣する傾向があるので、今日早く武漢大学の医学研究所が中国版のアンブレラ社になるかどうかを冗談で尋ねました。
結局のところ、2017年2月にネイチャーが「 世界で最も危険な病原体を研究する態勢を整えた中国の研究室 」と呼ばれるものの広範なプロファイルを書いたことが私たちの注意を引いたため、冗談ではありませんでした。 このBSL-4評価ラボの場所は? なぜ、武漢。
このラボの目的を簡単に読んでみると、コロナウイルスの流行は、たまたまラボを逃れたばかりの兵器化されたウイルスではないかという差し迫った疑問が生じます。
武漢の研究室の費用は3億元(4,400万米ドル)で、 安全上の懸念を和らげるために、flood濫原よりはるかに高く、マグニチュード7の地震に耐える能力を備えていますが、この地域には強い地震の歴史はありません。 新興疾患の制御に焦点を当て、精製されたウイルスを保存し、世界中の同様の研究所にリンクされた世界保健機関の「参照研究所」として機能します。 「これは、グローバルなバイオセーフティラボネットワークの重要なノードになるでしょう」とラボディレクターのユアン・ジミング氏は言います。
中国科学院は2003年にBSL-4研究所の建設を承認し、同時期にSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行がプロジェクトの勢いを増しました 。 ラボは、新興感染症の予防と制御に関する2004年の協同協定の一環として、フランスの支援により設計および建設されました。 しかし、プロジェクトの複雑さ、中国の経験不足、資金の維持の難しさ、政府の長い承認手続きが必要だったため、2014年末まで建設は完了しませんでした。
ラボの最初のプロジェクトは、クリミア・コンゴ出血熱を引き起こすBSL-3病原体を研究することです。これは、中国北西部を含む世界中の家畜に影響を及ぼし、人に飛び付く可能性のある致命的なダニ媒介性ウイルスです。
今後の計画には、エボラ出血熱および西アフリカラッサウイルスに移る前に、BSL-4ラボを必要としないSARSを引き起こす病原体の研究が含まれます。
■BSL-4の意味?
BSL-4は最高レベルの生物封じ込めです。 その基準には、実験室を出る前に空気をろ過し、水と廃棄物を処理し、研究者が実験施設を使用する前後に衣服とシャワーを着替えることが規定されています 。 そのような研究室はしばしば議論の余地があります。 日本で最初のBSL-4ラボは1981年に建設されましたが、安全上の懸念が最終的に克服された2015年まで、低リスクの病原体で運用されていました。
そして、これがすべて問題である理由は次のとおりです。
心配は中国の研究室を取り巻く。 ニュージャージー州ピスカタウェイのラトガース大学の分子生物学者であるリチャード・エブライト氏は、 SARSウイルスは何度も北京の高レベル封じ込め施設から逃げ出しました 。
以下では、現在の証拠なしに、コロナウイルスの流行が武漢バイオハザード施設を「偶然に」逃れた可能性があることを強く示唆しているため、 Natureの記事全体を再投稿します。
世界で最も危険な病原体を研究する態勢を整えている中国の研究室
武漢の研究室は、世界で最も危険な病原体と協力することを許可されたという。 この動きは、2025年までに中国本土に5〜7つのバイオセーフティレベル4(BSL-4)ラボを建設する計画の一部であり、多くの興奮といくつかの懸念を生み出しています。
ハザードスーツは、武漢の国家生物安全研究所にぶら下がっています。武漢は、中国本土で最初に最高レベルの生物封じ込めを行った研究所です。中国以外の一部の科学者は、病原体が逃げること、および中国と他の国々との間の地政学的な緊張に生物学的側面が加わることを心配しています。 しかし、中国の微生物学者は、世界最大の生物学的脅威に取り組む力を与えられたエリート幹部への入場を祝っている。
「中国の研究者により多くの機会を提供し、BSL-4レベルの病原体に対する私たちの貢献は世界に利益をもたらすでしょう」と、北京の中国科学院の病原微生物学および免疫学の主要な研究所のジョージガオ所長は言います。 台湾にはすでに2つのBSL-4ラボがありますが、武漢の国立生物安全研究所は中国本土で最初のものです。
このラボは、1月に中国国家認証機関(CNAS)によってBSL-4の基準と基準を満たしていると認定されました。CNASは、研究所のインフラストラクチャ、機器、および管理を調査しました。CNASの代表者は、保健省がその承認を与える道を開いたと言います。 同省の代表者は、ゆっくりと慎重に動くと言います。 評価がスムーズに進んだ場合、6月末までに検査室を承認する可能性があります。
BSL-4は最高レベルの生体封じ込めです。その基準には、実験室を出る前に空気をろ過し、水と廃棄物を処理し、研究室施設の使用前後に研究者が衣服とシャワーを着替えることが含まれます。 そのような研究室はしばしば議論の余地があります。 日本で最初のBSL-4ラボは1981年に建設されましたが、安全上の懸念が最終的に克服された2015年まで、低リスクの病原体で運用されていました。
過去15年間にわたる米国およびヨーロッパでのBSL-4ラボネットワークの拡大(各地域で現在12を超える運用または建設中)も、非常に多くの施設の必要性に関する質問を含む抵抗に直面しました。 。
武漢の研究室の費用は3億元(4,400万米ドル)で、 安全上の懸念を和らげるために、flood濫原よりはるかに高く、マグニチュード7の地震に耐える能力を備えていますが、この地域には強い地震の歴史はありません。 新興疾患の制御に焦点を当て、精製されたウイルスを保存し、世界中の同様の研究所にリンクされた世界保健機関の「参照研究所」として機能します。 「これは、グローバルなバイオセーフティラボネットワークの重要なノードになるでしょう」とラボディレクターのユアン・ジミング氏は言います。
中国科学院は2003年にBSL-4研究所の建設を承認し、同時期にSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行がプロジェクトの勢いを増しました。 ラボは、新興感染症の予防と制御に関する2004年の協同協定の一環として、フランスの支援により設計および建設されました。 しかし、プロジェクトの複雑さ、中国の経験不足、資金の維持の難しさ、政府の長い承認手続きが必要だったため、2014年末まで建設は完了しませんでした。
ラボの最初のプロジェクトは、クリミア・コンゴ出血熱を引き起こすBSL-3病原体を研究することです。これは、中国北西部を含む世界中の家畜に影響を及ぼし、人に飛び付く可能性のある致命的なダニ媒介性ウイルスです。今後の計画には、BSL-4ラボを必要としないSARSの原因となる病原体の研究が含まれます。その後、エボラと西アフリカラッサウイルスに移ります。 約100万人の中国人がアフリカで働いています。 国は不測の事態に備える必要があるとユアンは言う。 「ウイルスは国境を知りません。」
Gaoは最近のエボラ出血熱の流行の際にシエラレオネを訪れ、ウイルスが新しい株に変異した速度をチームが報告できるようにしました。 武漢研究室は、彼のグループに、そのようなウイルスがどのように病気を引き起こすかを研究し、抗体と小分子に基づいた治療法を開発する機会を与えると彼は言う。一方、国際協力の機会は、緊急疾患の遺伝分析と疫学を支援します。 「世界はより多くの新しいウイルスに直面しているため、中国からのさらなる貢献が必要です」とGao氏は言います。 特に、人獣共通感染ウイルスの出現-SARSやエボラなどの動物からヒトに飛び込むもの-が懸念されると、フランスのリヨンにあるVirPathウイルス研究室のディレクター、ブルーノリナは言います。
武漢研究室の多くのスタッフは、リヨンのBSL-4研究室でトレーニングを行っており、一部の科学者は心強いと感じています。 また、この施設では、低リスクウイルスを使用したテスト実行が既に実行されています。
しかし、中国の研究室も心配です。 ニュージャージー州ピスカタウェイのラトガース大学の分子生物学者であるリチャード・エブライト氏は、SARSウイルスは何度も北京の高レベル封じ込め施設から逃げ出しました。 メリーランド州ダマスカスにあるCHROME Biosafety and Biosecurity Consultingの創設者であるTim Trevan氏は、BSL-4ラボを安全に保つにはオープンな文化が重要であり、社会が階層を重視している中国でこれがどれほど簡単かを疑問視しています。 「視点の多様性、誰もが自由に発言できるフラットな構造、情報の公開性が重要です」と彼は言います。
Yuanは、この問題をスタッフで解決するために働いたと言います。 「私たちは彼らに最も重要なことは、彼らが持っていることやしていないことを報告することだと言います」と彼は言います。 また、ラボの国際的なコラボレーションにより、オープン性が向上します。 「透明性はラボの基礎です」と彼は付け加えます。
ネットワークへの拡張計画は、こうした懸念を高めます。 ハルビンにあるBSL-4ラボの1つはすでに認定を待っています。 次の2つは北京と昆明にあり、後者はサルのモデルを使って病気を研究することに焦点を当てています。リナは、中国の規模がこの規模を正当化し、霊長類の研究に関しては、BSL-4の研究と豊富な研究猿(中国の研究者が西洋の研究者よりも少ない赤テープに直面する)を組み合わせる機会が強力になる可能性があると言います。 「ワクチンまたは抗ウイルス薬をテストしたい場合、非ヒト霊長類モデルが必要です」とリナは言います。
しかし、エブライトは、中国本土に複数のBSL-4ラボが必要であるとは確信していません。 彼は、拡大が米国とヨーロッパのネットワークに反応しているのではないかと疑っています。 彼は、政府はそのような過剰能力が生物兵器の潜在的な開発のためであると仮定すると付け加える。
「これらの施設は本質的に二重使用です」と彼は言います。 サルに病原体を注入する機会を増やす見込みは、興奮するのではなく、彼を心配させます:「彼らは走ることができ、引っ掻くことができ、噛むことができます。」
■中国国立生物安全研究所の中央監視室
それだけでは不十分な場合は、武漢ウイルス研究所からの2018年1月のプレスリリースで、「トップレベルのバイオセーフティラボ」の立ち上げを発表します。中国は、国家保健当局によると、 致命的な病気を引き起こす可能性のある高病原性微生物を用いた実験を行うことができる最初のレベル4バイオセーフティ実験室を稼働させました。 レベル4は最高のバイオセーフティレベルであり、エボラウイルスなどの致命的な病気を引き起こす可能性のある容易に伝染する病原体の診断作業と研究に使用されます。中国科学アカデミーの武漢ウイルス学研究所からの金曜日のニュースリリースによると、武漢国家レベル4バイオセーフティラボは最近、国民健康家族計画委員会が組織した評価に合格した。
ウイルス学者は、武漢のウイルス学研究所の中国初のレベル4バイオセーフティラボで、ウイルスサンプルの容器に関するデータを読み取ります。専門家は、研究室の人員、施設、動物、廃棄物、ウイルスの管理などを評価した後、研究室はマールブルク、バリオーラ、ニパ、エボラなどの致命的な病気を引き起こす可能性のある高病原性微生物の実験を行う資格があると考えました。
「この研究室は、世界をリードする完全なバイオセーフティシステムを提供します。これは、中国の科学者が自分の研究室で最も危険な病原微生物を研究できることを意味します」と武漢研究所は述べた。感染症の予防と制御に関する国の研究開発センター として、病原体収集センターとして、また感染症に関する国連の参照研究所として機能すると、研究所は述べた。
以前のメディアの報道は、武漢P4ラボが国内外の科学者に開かれると述べた。 科学者は、研究室でアンチウイルス薬とワクチンの研究を行うことができます。ニュースリリースによると、この研究所は新興感染症の予防と管理における中仏の協力の一部です。中央政府は、重度の急性呼吸器症候群の発生が全国に警報を広めた2003年にP4検査室を承認しました。 2004年10月、中国は新興感染症の予防と管理に関するフランスとの協力協定に署名しました。 これに続いて、一連の補足協定が続きました。
研究所の設計、バイオセーフティ基準の確立、および

大摩邇(おおまに)
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井口和基ブログ
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