2019年12月06日

東海アマ: 警戒エリアは東京〜関東に迫り来る直下型巨大地震

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東海アマ: 警戒エリアは東京〜関東に迫り来る直下型巨大地震
関東に迫り来る直下型巨大地震
2019年12月06日 (金) 16:52
カテゴリ : 未分類
関東地方にお住まいの方は、この数日、ひっきりなしに中規模地震が繰り返されている事態に、異様な不安感をもたれている方が多いのではないだろうか?
以下は、本日6日、15時の地震速報で、12月1日からの有感地震だけが記録されている。茨城・栃木・千葉の関東三県で、6日間で14回の有感地震があり、震度3以上の強震が5回起きている。
 ここには無感地震が記録されていないが、おそらく無感地震を含めれば数百回に上るだろう。
これほど、関東に集中して地震が起きている状況は、巨大地震前兆を疑わせるものだ。おおむね、巨大地震の前には群発地震が起きる傾向がある。例えば、阪神大震災前には、猪名川群発地震があった。これは1995年1月17日阪神大震災の2ヶ月前、94年11月9日から始まった数百回に及ぶ群発地震であった。
https://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/report/kaihou53/06-07.pdf
猪名川町から、阪神大震災震央の淡路町まで約40Kmであった。これには、中央構造線から分岐して、琵琶湖を経由して能登半島・佐渡島に向かう「日本断層」(木村政昭氏)の活動が関係してるように思われる。このときの、前兆が2ヶ月前からということで、今回の茨城県における多発地震が巨大地震に結びつくには、一定の時間がかかるものと予想している。
■今回の関東多発地震の震源
以下は、日本列島の巨大断層として知られる中央構造線とフォッサマグナの概念を示したものだが、木村政昭氏は、これに加えて、中央構造線が淡路島で分岐北上し、神戸・琵琶湖・福井西岸・能登半島・佐渡島を経る「日本列島断層」の概念を提起している。これは台湾から樺太まで繋がる壮大なもので、地形的に明らかな沈降地形が見られる特異な共通点があり、私は非常に信憑性が高いと考えている。
しかし、今回の震源域は、まさに中央構造線が東北沖の日本海溝に向かう銚子北と、フォッサマグナ東端線(阿賀野川〜利根川)の日本最大級の断層交点付近で起きている群発地震であり、およそ70年に一度起きるといわれる関東大震災が、1923年以来、96年も起きていないことを考え合わせると、極めて危険で、最大級の警戒を必要とすることが分かる。
木村政昭・日本列島断層
http://kimuramasaaki.sakura.ne.jp/site2/2016/05/22/1389/
実は、私が「東海アマ」という通称を使っている理由は、1990年前後から、アマチュア無線の仲間とともに、電離層の異常伝播から、巨大地震の前兆が確認できるかもしれないというアイデアで、地震予知研究会を行っていたことによる。
私たちが利用していた10mFMでは、大きな地震の前になると、バックスキャッターという異常電離層が発生し、震源地周辺よりも遠い地域が、まるでリニアアンプをかけたように強烈に入感することが知られていた。 これを原理にすれば、異常伝播が起きている向こう側の地域に、大きな震源が浮上していることになる。 しかし、資金問題や、私が中津川の谷間に移住して電波受信が困難になったことで、研究ができなくなってしまった。
もう一つ、私は1970年代から、鍵田忠三郎氏の「これが地震雲だ」という著作に触発されて、宏観地震予知の研究を行っていたが、研究者が老齢化で逝去されてゆき、これも連絡が途絶えてしまったが、私のHPにリンクしてある掲示板には、今でも書き込みが続いている。 http://tokaiama.minim.ne.jp/keijiban5/clipbbs.cgi
この掲示板は、私が病気で管理する余裕がなくなったので、閉鎖したのだが、削除してないので、今でも書き込みが続いている。 せっかく書いていただいている小林康晴さんやウサギさんには、本当に申し訳なく思っている。
なお、今回の前兆については、実は一か月以上前から、宏観連絡仲間の間で大騒ぎが続いている。 それは、池田市の宮崎さん、東大阪の高井さんなどから、「とんでもないことが起きている」との連絡が頻繁に入っていたのだ。
まずは、東大阪でラドンを定点観測している高井さんのレポート。
ツイッタ
https://twitter.com/takaiyasuharu
http://www.radgraph.com/
10月下旬から、一か月以上にわたって、東大阪市定点におけるラドン濃度が、50ベクレルを大きく超え、60ベクレルを超えることもあるという、かつてないもの凄く高いラドン濃度が長期間に渡って続いていると連絡があった。 ラドン濃度が上がるメカニズムとしては、おそらく地殻中の歪みに伴う強大な圧力によって、ピエゾ効果が起きて、花崗岩が割れながら、ラドンを地上に噴出すると考えている。 ラドンが大気に放射されると、大気の屈折率や透過率が変化し、「赤色遷移」を起こして、短波長が通りにくくなり、長波長の赤い光ばかりが透過するようになる。 このため、大気が赤色に染まって見えることになる。
私は間質性肺炎の自家治療のため、ほぼ毎日、早朝、中津川市内の山を歩いているので「赤焼け現象」を目撃する機会が多い。 実は、半月以上前から、連日、毎朝、雲の底が真っ赤に染まって見える「赤焼け現象」が続いていて、宏観観測仲間に警報を出していた。 何が起きるのか? と固唾を呑んでいたが、結局、茨城県周辺で群発地震が起き始めていて、おそらく関東の巨大地震前兆ではないか? と疑うようになっていた。 同時に、カラスが大騒ぎする生物前兆も延々と毎日続いている。これも滅多にないことだ。
しかし、まだ東日本大震災の半月前に見たような、長大な白帯雲=「清姫」の帯を確認していないので、巨大地震については確信が持てず、ブログに書くのは、これが初めてになる。 他にも、宏観前兆は無数にあるのだが、今のところは、赤焼け・生物前兆に絞って観測している。 もしも、「清姫の帯」を確認したなら、即座に、ブログに公開し、警戒・避難を呼び掛けるつもりである。
東日本大震災の前は、2月下旬に、凍結路でスリップして、鎖骨を4カ所骨折し、偽関節になるという重傷を負い、宏観観測データを公開することができなかった。 このときの心残りが、私を強く叱責している。

東海アマブログ
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-956.html




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プレート“おしくらまんじゅう”で出来た「かながわの地」+横浜散歩番外編
生き物とちきゅうの話
2015/06/1413:00 0 0
(日本列島誕生と神奈川の地の成り立ち)
地球科学の諸現象が災害科学そのもの
この記事の出典「日本海の拡大と伊豆弧の衝突」」の著者あとがきに『災害科学と言うと特殊な言葉のように聞こえるが、実はフツウに見られる地球科学現象が災害科学そのものである』と述べておられたことが、この記事を書いてみようかな?と思ったきっかけです。
(かながわの地に上陸したプレート境界)
「神奈川県立生命の星・地球博物館」
ミもフタもないのですが・・・詳しくは、いえ、より正しくは、出典編著者の一人、平田大二氏が館長の「神奈川県立生命の星・地球博物館」の以下のホームページを見ていただく方が早いです。でも私なりに面白いと思うところをまとめて書いてみます。
神奈川県立生命の星・地球博物館/「神奈川の自然を考える」
添えるフォトは横浜みなとみらいの散歩風景の番外編です。
箱根が騒がしくなってしまいました。早く収束することを祈っております。
富士、箱根の景観、伊豆、箱根の温泉、相模湾、駿河湾の海の幸、山々から豊かに流れる清水・・「かながわの地」とその周辺の恵みは、何千万年に亘る絶え間ない地殻運動で形作られた世界に類を見ない複雑な地質構造のおかげです。
「かながわの地」の自然の美しさや恵みは自然災害とは切っても切れない裏表、あるいは、双子の関係にあります。
私は横浜に暮らしていますので足元の大地「かながわの地」の成り立ちには大いに興味があります。神奈川ではなく「かながわ」と呼ぶのは、地質構造にとって行政区分など与り知らないためで、南アルプス以東で関東ローム層以西の地、伊豆、三浦の半島、富士、箱根、丹沢などの山々、駿河、相模の海、小田原、鎌倉、横浜などの街を含むイメージです(改めて「かながわ」は自然と文化のバランスがいいなと思います)。
⬛世界唯一、4つのプレートがせめぎ合う日本列島
そもそも日本列島そのものが4つものプレート(ユーラシア、北米、フィリピン海、太平洋の4プレート)がせめぎ合う上に乗かっていると言う(地質学的には)世界唯一の場所でその成り立ちはちょっとややこしいようです。
更に房総半島沖には3つのプレートがぶつかりあって沈み込んでいる世界で唯一の海溝三重点もあります。
プレート境界(一方のプレートの下にもう一方のプレートが沈み込む)はフツウ深海にあり深い海溝やトラフになっています。陸上にプレート境界があるのは世界でもたった2か所、アフリカ地溝帯ともう一つが日本の「かながわ」の地です。
(イルミネーション台とランドマークタワー)
箱根を囲んで駿河湾と相模湾を結ぶプレート境界
フィリピンプレートとユーラシアプレートの境界は駿河湾から上陸し、富士の東で右折、箱根の北を囲むよう東進、丹沢の南を過ぎたらまた右折、相模湾で再び海に入ります。
⬛5つのネックレスで出来た日本列島
弓状あるいはネックレス状に並ぶ島々のまとまりが島弧で、日本の土地は5つの島弧から成る弧状列島です。南から北へ、沖縄の島々からなる「琉球弧」、九州、四国と関東以西の西日本からなる「西南日本弧」、関東、東北、北海道西部からなる「東北日本弧」、北海道東部と北方四島を含む「千島弧」、そして本州に直角に南に延びる「伊豆小笠原弧」です。
(汽車道の鉄橋の船の交通標識)
逆方向に回転しながら大陸を離れた西南日本と東北日本
本州は一見一つの陸隗ですが、西南日本、東北日本は共にもともとユーラシア大陸の一部で日本海の誕生のときに大陸を離れ互いに逆方向に回転しながら現在の本州になりました。
⬛フォッサマグナにぶつかり今も押してる伊豆小笠原
西南日本弧と東北日本弧が出会う本州の真ん中を横切る凹地がナウマン命名の「フォッサマグナ」です。これら2つの島弧がぶつかり捻じれて、また、南からは伊豆小笠原弧がぶつかり乗り上げ、そのため「かながわの地」とその周辺にはたくさんの火山が出来ました。
(白い尾翼が並んでいるようなパシフィコヨコハマ)
南部フォッサマグナに伊豆小笠原島弧がぶつかり、火山活動とも相まって、駿河湾、伊豆半島、箱根や富士、相模湾、三浦半島、房総半島とその沖合は世界でも珍しい複雑な地質構造になったそうです。伊豆小笠原島弧は今でも本州を押し続けています。
「かながわの地」は地質構造が複雑な日本列島のなかでも土地の成り立ちが更にややこしいようで、世界に類を見ない複雑な地形を造ってきたようです。
⬛「かながわの地」が出来た《5つのステップ》
「かながわの地」の激変の成り立ちや歴史はザックリと5つの段階、あるいは時代で説明されるそうです。
第一段階、プレートの忘れ物がくっつく
第一段階、はるか1億年前〜3千万年前、まだ恐竜が闊歩していた白亜紀、日本はまだユーラシア大陸沿岸の一部で今は亡きイザナギプレートが潜り込むときに多くの付加体、プレートの上の海山などの出っ張った地形が潜り込みに取り残されユーラシア側にくっついてしまいました。これらは日本列島の背骨、中央構造線の南側に残りました。
三浦半島と房総半島は双子です
その後浸食や隆起がありましたが、三浦半島と房総半島には北から南へ、古いものから新しいものへと同じ付加体が帯状に重なっています。2つの半島は「双子」なんです。
⬛第二段階、日本列島誕生
第二段階、5千万年前〜1500万年前には、「日本列島の素」は日本海誕生とともに大陸を離れ弧状列島「日本列島」が生まれました。同じ頃、はるか南の海ではフィリピン海プレートが拡大、北上し、伊豆小笠原島弧が海底火山列として生まれ始めます。
凹地は日本海とフォッサマグナになった
西南日本弧と東北日本弧がユーラシア大陸を離れ、西南西と東南東と違う方向に移動することで、引き伸ばされたお餅のように隙間は凹地になり日本海が出来ましたが、同時にフォッサマグナも出来ました。
⬛第三段階、伊豆小笠原が成長し遂に浮上
第三段階、1500-800万年前にはいよいよ伊豆小笠原島弧が海上に姿を現し北へ日本列島に向かって北進を始めます。フィリピン海プレートに太平洋プレートが沈み込む南北方向の境界が伊豆小笠原海溝になり、沈み込まれる側、この場合は西側にマグマが上昇し火山列を作って噴火する火山フロントが出来ました。これが伊豆小笠原島弧の母体となる海底火山列です。
⬛第四段階、伊豆小笠原が南部フォッサマグナに衝突
第四段階、800-200万年前になると、フィリピン海プレートは北西から北へ進撃を方向転換、その上に乗った伊豆小笠原島弧が南部フォッサマグナに衝突し始めます。当初は海の底に堆積した岩塊だった丹沢山地は“上陸”し、プレート境界(フィリピン海、北アメリカプレート)も箱根を囲むように陸上を通るようになりました。
押されて南アルプスと関東山地は「八の字」型に
伊豆小笠原島弧に押された山地は北に押され、南アルプス赤石山脈と関東山地は「八の字」になりました。
⬛第五段階、富士、箱根など多くの火山が誕生
第五段階、200万年前から現在に至る最終段階では、第四期の火山群が出来ました。南部フォッサマグナを伊豆小笠原島弧が押し続けることで、八ヶ岳、富士山、箱根山、伊豆半島の天城山、伊豆大島などたくさんの火山が出来ました。
これらの火山から噴出した大量の火山灰が積もって「関東ローム層」になりました。
⬛「かながわ」の地殻変動は現在進行形
愛鷹山などほぼ終息したものもありますが、箱根や伊豆諸島などいまだ火山活動が活発な火山も多く、「かながわの地」の地殻変動は今も進行中であることが分かります。
ダイナミックな地殻変動が作る複雑な地質構造
中生代の古い岩体、土砂が積もった堆積岩、溶岩やマグマの貫入、火山灰などの層が重なり、捻じれ、回転し、変性して作り上げられた「かながわの地」とその周辺は、ダイナミックな地殻変動が繰り返された複雑な地質構造になりました。
更に、100万年前頃から氷期と間氷期に繰り返しが始まり、これに伴い、海進と海退が、また、浸食と隆起が繰り返されました。地殻のひび割れやズレもたくさん出来ました
その結果、多くの活断層を含む地殻のひび割れ、ズレがたくさん出来ました。「かながわの地」には、国府・松田断層、丹那断層、富士川河口断層帯、伊勢原断層など、その周辺には糸魚川・静岡構造線、藤野木・愛川構造線などがあります。
⬛足元の歴史に学ぶ減災
地球の大地の成り立ちやその変動の歴史を探る地球科学や地質学は、天災をよく知り、たとえ防ぐことはできなくてもこれからも起こる天災を減災する知恵を私たちが身につけるための大切な基礎であり基盤です。その割にはその重要性を市民が知る機会はまだまだ限られたものに留まっています。
出典: 「日本海の拡大と伊豆弧の衝突−神奈川の大地の生い立ち」2014年、藤岡換太郎氏、平田大二氏編著 (有隣新書)
出展: 神奈川県立生命の星・地球博物館 ホームページ
http://nh.kanagawa-museum.jp/
所在地: 〒250-0031 神奈川県小田原市入生田499

かながわミュージアム
http://nh.kanagawa-museum.jp/exhibition/permanent/kanagawa.html

パリにひとり n=1の心象
http://silverrapide.blog94.fc2.com/blog-entry-318.html




posted by datasea at 21:33| Comment(0) | ∞ 自然現象 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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