2019年11月13日

レイブラッドベリ: 火星年代記〜2005年の火星の孤独な砂金工(1950)

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レイブラッドベリ: 火星年代記〜2005年の火星の孤独な砂金工(1950)
火星年代記について
小笠原豊樹
レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)の「火星年代記」は1950年4月に初版がダブルデイ社から出版されて,それ以降版を重ねるたびに多くの賞賛と愛着を集めて,既にアメリカ SF 界の古典的名作となった小説である。
著者ブラッドベリは1920年にイリノイ州で生まれて1940年頃から文筆の世界に入って,1947年にオーヘンリー賞を受賞してからは,アメリカ文学会の異色作家として広く国際的にも知られるようになった。その多くの短編・長編・児童文学などはイギリス・ヨーロッパ各国・ソビエトにまで翻訳紹介されて無数のブラッドベリ・ファンを生み出している。
「火星年代記」は13の短編をさらに短い詩的な散文でつないだ連鎖小説ともいうべき形をとっていて,それぞれの独立した短編が有機的に関連して一つの長編を形作っている,という点でシャーウッドアンダーソンの「ワインズバーグ・オハイオ」などに似ているけれども,ブラックベリーの舞台はアンダーソンよりもはるかに壮大であって,宇宙時代にふさわしいスケールと人間心理の飛躍を取り扱っている。
舞台は20世紀末1999年の冬。地球から初の火星探査隊が出発する。最初の探検隊は二人の男だけで,到着と同時に極度にテレパシーの発達した嫉妬深い火星人の男に殺される。
同年夏,第二の探検隊が派遣。四人の男からなる探検隊で,火星の精神病医師に狂人と判断されて射殺される。
翌年の春,さらに大規模な第三の探検隊が火星に派遣されて到着するが,この頃までに地球人の植民地政策を悟った火星人たちの巧妙な罠にかかってやはり全員死亡する。
そして翌年第四の探検隊が重い警戒体制を固めて乗り込んだ時に,思いがけなくも火星人たちは地球人が持ち込んだ水疱症が原因でほとんど絶滅してしまう。その時から地球人の移住が始まって,火星の至る所に植民地が建設される。パイオニアたちの喜びと自負。数少ない生き残りの火星人との奇妙な精神的な交流。
しかし問題はむしろ古い地球の機構やしきたりや文化的無知がそのまま火星に持ち込まれたことであった。
眉をひそめさせるようなバンダリズムが新しい植民地に蔓延していく。。
それがほとんど頂点に達した2005年,突如として地球に核戦争が勃発。地球人の植民者達は先を争って地球へ帰りそれから20年。地球と火星との接触が絶えた火星は無人の星に戻り植民地の残骸が虚しく風雨にさらされる。
そして2026年10月。地球の文明に愛想を尽かした大家族が改めて火星移住者の第一号となる。。
ーレイブラッドベリ「火星年代記」,ハヤカワ文庫NV,1950年初版

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2005年11月
。。死んだ火星の海のへりに小さな白い沈黙した町があった。町は空っぽであった。動く人影もなかった。軒を並べた店々の中で一日中寂しい明かりが燃えていた。。
店のドアというドアはまるで鍵をかけずに人々が飛び出して行ってしまったようにあけっぱなしになっていた。
一月前に銀色のロケットに積んで地球から持って来られた雑誌類が,静まり返ったドラッグストアの店先の針金を張った売台の上で,茶色っぽく日に焼けてパタパタと風にはためいていた。
その町は死んでいた。家の中のベッドは空っぽで冷たくなっていた。聞こえる物音といえば未だに一人で勝手に動いている電線や発電機を流れる電気の唸りだけであった。
忘れられた浴槽に水が流れ込んで,居間やポーチに溢れ出て,そこから小さな庭に流れていって,手入れしてくれる人もない草花を養っていた。
暗い劇場の中ではたくさんの座席の下にくっついたガムが歯型を残したまま固まり始めていた。
町の向こうにロケット空港があった。
最後のロケットが地球に向けて飛び立っていった頃には,まだ激しい焦げたような匂いが漂っていた。
貸望遠鏡に20セント硬貨を入れて地球に向けてみたみたならば,そこに大戦争が起こっているのを見ることもできるだろう。
ちょっとしたら,ニューヨークが爆破されるところも見えるだろう。新しい種類の霧に覆われたロンドンも見えるかもしれない。そうすればなぜこの小さな火星の町が無人と化したかもわかってくるだろう。。
人々が引き上げた時。その引き上げ方はどれだけ早かっただろうか。試しにどの店でもいいから中に あるレジのキーを叩いてみればいい。現金の入った引き出しがピカピカ光った硬貨をジャラジャラ言わせてぴょこんと飛び出てくるだろう。。
地球のあの戦争はとても激しいに違いない。。
この街の人通りの絶えた街路を,低く口笛を吹きながら,一心不乱に空き瓶を蹴飛ばしながら,背の高い痩せぎすの男が歩いてきた。その瞳は暗い静かな孤独の色を輝かせていた。
男は骨ばった両手をポケットに突っ込んで,真新しい10セント硬貨をチャリンチャリン鳴らしていた。時おり10セント硬貨を地面に投げた。投げながら穏やかな笑い声を上げてまた歩き続けた。そしてところきらわずピカピカ光る硬貨を撒き散らしていた。
男の名前はWalter Grip。蒼い火星の 深い山奥に,砂金鉱山の丸太小屋を持っていて,2週間に1回,物静かで聡明な結婚相手を探しに町へ降りてくるのは習慣であった。しかしもう何年もの間,いつも一人ぼっちで,がっかりしながら丸太小屋に帰るのであった。
そして2週間前,町に来てみると今言ったような状態になっていたのである。町に降りてきたGripは本当にびっくり仰天してしまったが,ーとりあえず一軒の軽食堂に駆け寄って,開き戸を開け放つと,三つ重ねのビーフサンドイッチを注文した。「はい!只今お持ちします!」と自分で応えたGripはタオルを手にかけた。Gripは肉と前日焼いたばかりのパンを並べてテーブルの塵を払うと,自分自身を席に案内して食事を積み込んだ。
次にソーダ水売場を見つけ出して 炭酸ソーダを注文した。そこの主人もGripという名前で,びっくりするほど丁重ですぐさまソーダ水を作ってくれた。
Gripは自分の作業ズボンにお金を手当たり次第に詰め込んだ。
それから子供用の乳母車に20ドル紙幣を積み込んで街の中をすたこらさっさと走った。
Gripは不意に自分が何という阿呆であるかということに気がついた。お金なんか必要ないのである。
Gripは10ドル紙幣を元の場所まで持って帰ってサンドイッチの代金として自分の財布から10ドル出して,軽食堂のレジの金庫に入れて,25セント硬貨まで添えた。
その夜は熱いトルコ風呂に入って,美味しいキノコを下に敷いた脂の多いフィレ肉と輸入品の辛口のシェリー,ぶどう酢漬けのイチゴを食べた。
そして新しい青いフラノの揃いの背広を着込んで,ひょろ長い頭に高価な灰色のハンブルグ帽子を変な格好にちょいと乗せた。
Gripはジュークボックスに硬貨を入れて「私の古いお友達」という曲をかけた。町中の10〜20台のジュークボックスに全部,白い25セント銅貨を投げこんだ。
その夜,寂しい街路に「私の古いお友達」の悲しいメロディーが満ち溢れ,その中に,細長いひとりぼっちのGripは新しい靴を はいて冷たい両手をポケットに突っ込んで歩いたのであった。。
ーレイブラッドベリ「火星年代記」,ハヤカワ文庫NV,1950年初版

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posted by datasea at 09:30| Comment(0) | # 詩・小説・著書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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