2019年08月24日

FB歴史Mind: 松代大本営〜大本営長野移転計画

FB歴史Mind: 松代大本営〜大本営長野移転計画
どうにも分からないことがありますので、皆様のご意見とご指導を賜りたく思います。
松代大本営についてです。
松代とは、現在は長野県長野市松代地区となっているところで、真田信之公が徳川家康公から賜って松代十万石を開いた土地であります。
さて、太平洋戦争末期、ここに昭和天皇陛下の玉体と大本営を移すという計画が陸軍によって立案され、戦争が長引けば実行に移されようとしておりました。
ウキペディアから該当ページのリンクを持ってこようかと考えましたが、流石に安直すぎるし資料としての信憑性はどこまでかと考えると避けた方がいいと判断しました。
ここで疑問に思うのは、陸軍にせよ海軍にせよ、首都機能を東京から移してでも戦争を続行しようとしていたという点です。
こりゃ、あまりにも戦略的に無理があり過ぎます。
海軍は日露戦争の昔にはクラウゼヴィッツを講読しており、現に森鴎外の日記に「クラウゼヴィッツの講義を海軍でやらされた」という記述があります。
そのクラウゼヴィッツの『戦争論』の冒頭の方に、「国土の開鍵」という用語が出てきます。
これは侵攻にあたり、防衛線は全ては突破する必要がなく、国土の主要地を落とすためのキッカケとなるポイントをつければ良いという考えであったかと思います。
日本は海で囲まれた国で、近代まではそれが防御線となっていました。
逆に言えば、上陸されれば脆いかと思われます。想像してみていただきたいのですが、仮に小田原あたりにどこかの軍隊が大挙して上陸してきたら、結果としてどうなるでしょうか?
現代兵器の展開力を考えると、至極短時間で日本の主要都市は陥落するかと思われます。
陸海軍ともこれを想像できなかったとは思えません。
さて、話を松代に戻します。
「上陸されたら全てが終わる」とわかっているのに、なんで降伏せずに最悪の場合長野まで戦線を下げることを想定したのか?
そもそも、長野に首都機能を持ってくること自体無理があります。1998年の長野オリンピックでインフラが整えられるまで、長野は別名「陸の孤島」と呼ばれておりました。そもそもアクセスが悪い上、関東平野と比較すると長野盆地は話にならないくらい狭く、大人口を収容できません。そんな有様になるまでなんで戦争を継続しようと思ったのか?
さらには、連合軍は松代に大本営を移転する計画を知っていた可能性があります。
1945年8月13日。連合軍にとって空爆すべき都市として優先度が低かったにも関わらず(なんでも62位だったとのこと)、長野市は突如として空襲を受けます。日本の降伏はご存知の通りその二日後です。なんだってここに至って長野は空襲を受けたのか? たまたまその日の目標が長野周辺だったというのは答えにならないかと思われます。
我が家の屋根裏部屋には、「大日本帝国陸師」と刻印された椅子がひとつあります。父親にこれはどこから持ってきたのかと尋ねたところ、昔大本営の人たちが持ち込んだものを父が勤めていた高校が保管しており、危うくそれが「古いから」という理由で廃棄されかけたのを父が引き取ったとのこと。たった80年前のことを人々は忘れ去ろうとしております。なぜその時そうした決断がなされたのかも十分に明らかにされないままに。
どうにも、「国体護持の手段がこれしかなかったから」では説明できない気がしまして、皆様のご指導を仰ぎたく思いました。よろしくお願いいたします。

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(-.-)
国土の75パーセントを山岳が占める我が国において、一箇所上陸を受けたことで直ちに主要都市が陥落する、という仮定が誤りかと存じます
(-.-)
森郎くん、ご返信ありがとう。
なるほど、そうかもしれない。
ベトナム戦争の例を挙げれば、山や密林でゲリラ戦を延々と繰り返されれば、アメリカといえども折れるだろうね。
しかし、旧日本軍の軍事ドクトリンでこれは可能だっただろうか?
たしかに、山や密林は防衛力とはなる。
しかし、それは期待できるものではないかもしれない。
例えば、インパールではどうだっただろうか?
日本軍は補給と航空戦力を考慮に入れずにこの作戦を敢行した。結果、山と密林の地形だったにもかかわらず、空挺強襲を含む手段で補給線を落とされ、撤退を余儀なくされた。
果たして松代でそれ以上の戦果を挙げられただろうか?
それとも見落としているだけで、実は連合国にせよコミンテルンにせよ、もう少し戦争が長引けば継戦できない事情でもあったのだろうか?
(-.-)
山岳と密林、稀薄な人口と貧弱な道路インフラは防御側に利するということです
インパール作戦について
日本軍はビルマから人口希薄地帯を通過し、アラカン山脈と密林に防御されたインパールを攻略する『攻勢』作戦を実施し、失敗に終わりました
(-.-)
いや、それらの防御力は戦術上は意味を成すことはあり、ベトナム戦争や中国共産党が井崗山に拠点を設けたことは、それを実証している。
問題は戦略上の意義なんだ。
本土上陸は太平洋戦争中結局なされなかったが、硫黄島で何があったかはよく知られている。
なんの因果か、指揮官の栗林中将は松代の出身だが、ここで日本軍はこれでもかとばかりの抵抗を見せた。
結果、硫黄島は陥落して、連合軍の補給線が伸びたので、本土空襲が激化した。
仮に制海権も制空権も取られて、果ては本土のどこかからB29が飛んできたら、それでも抗戦できただろうか?
出来ると踏んだから松代大本営の計画があったわけだが、その勝負にはどう考えても勝ち筋がない。国体護持が肝要なら、ますます早期の講和が必要で、なんでここまでして抗戦しようとしたのかその戦略的意義が疑問なんだよ。

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皆神山
「目覚めた魂」聖なる仲間へ
2016/8/1(月)午後7:48
日記幽霊、心霊
「天下泰平」さんより
「目覚めた魂」聖なる仲間へ
2016-07
テーマ:ブログ
http://livedoor.blogimg.jp/tackeypeace/imgs/2/9/298c07e8-s.jpg
【vol.55】こころとからだの健幸タイム|ゲスト滝沢泰平さん〜前編〜
世界各地への「祈りの旅」をご一緒いただいている滝沢泰平さんと、エヌ・ピュア代表・鳴海周平の共著『目覚めた魂』出版を記念して、「ぶらり旅」と「健幸対談」のコラボ企画をお届けします。
「祈りの旅」での氣づきやエピソードなどを、前編・後編でお楽しみください。
『目覚めた魂』対談ページから抜粋してご紹介します。
摩周湖の龍が教えてくれた「新しい時代」
鳴海周平(以下鳴海)
いよいよ「新しい時代」が始まった感がありますね。
世界各地をご一緒しながら、目にみえない世界に働きかける「祈り」の作用が、とてもわかりやすい時代になったことを実感しています。
滝沢泰平さん(以下滝沢)
そうなんですよね。目にみえない世界に働きかけている「祈り」に対して、天候やシンクロニシティなど、目にみえる世界での反応がとても早い。
祈りの後、すぐに日輪や彩雲などがあらわれることも、そう珍しいことではなくなりましたね。でも、2014年の夏に、北海道の摩周湖でみた「雲の龍」は、さすがに驚きました。あんなにリアルに、髭や手足まで……。
鳴海「まんが日本昔ばなし」の唄で、子どもが乗ってた龍みたいな(笑)。玉をくわえた蛇の雲もあらわれて、龍と絡み合いながら、山間にスーッと吸い込まれるように退場しました。摩周湖が、まるで壮大な寸劇会場になったかのようでしたね。
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滝沢これまでは、
陰と陽、
ムーとアトランティス、
出雲と伊勢、
平氏と源氏、
五芒星と六芒星
など、相反する「二元性」の時代でしたが、新しい世界は、そうしたものが1つになって調和される時代。
蛇と龍の姿を借りてみせてくれた壮大な雲の寸劇は、まさしく「融合・統合・調和」をあらわすひな形だと思いました。
2015年時代の節目で起こった出来ごとの背景にあるもの」
=皆神山=
滝沢鳴海さんが本書(『目覚めた魂』)の第1章で述べていたように昨年の9月23日から25日の3日間は、「この世」的な情報からみても時代の大きな節目だったと思います。
それは、この期間に訪れた場所を「ひな形」と考えると、よくわかります。
先ず、23日に行った長野県の皆神山ですが、ここは第2次世界大戦中、日本の戦況が悪くなった時に、
大本営(戦時中に設置された日本軍の最高統帥機関)、政府、皇室を含む首都機能を移転させる計画があったと云われているところで、世界最古のピラミッドとも呼ばれています。50年ほど前には、5年間で70万回以上という謎の群発地震が発生しましたが、原因は未だに解明されていないんです。
鳴海たしかに、見た目も人工物のような山ですよね。
滝沢山頂にある皆神神社には、通常の神社ではちょっと考えられないような紋章や文章が幾つもあるのですが、中でも「天地カゴメの宮」が建立された由来は驚きの内容ですよ。
「天(△)地(▽)カゴメ」という名称、「十六菊花紋の中に六芒星」という紋章も意味深でしょう?
さらに進むと、大本教の出口王仁三郎さんの歌碑があります。
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鳴海たしかに、凄い登場人物のオンパレードですね。
滝沢他にも、「世界最大最古の皆神山ピラミッド」「謎の皆神山ピラミッド物語」などの由緒書きが建ち並んでいて、もう何でもあり、という感じです。(笑)
鳴海この「カオス感」も、新しい世界のひな形なのかもしれませんね。
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滝沢皆神山の位置も、日本三霊山と呼ばれるうちの、富士山と白山から皆神山までがきれいな二等辺三角形で結ばれていて、そのまま垂直に伸びた線上の南には伊勢の「伊雑宮」、北には秋田県の「唐松神社」があります。
こうしたスポットが皆神山を通じてつながっていることは、それぞれが持つ役割から考えても、やはり「融合・統合・調和」という意味があるように思います。
=守屋山=
滝沢24日に訪れた守屋山は、『聖書』に登場するモリヤと同じ名前です。
イサクの燔祭(はんさい)
これらのことの後で、神はアブラハムを試された。神が「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が「はい」と答えると神は命じられた。
「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」
次の朝早く、アブラハムはろばに鞍を置き、献げ物に用いる薪を割り、二人の若者と息子イサクを連れ、神の命じられた所に向かって行った。
三日目になって、アブラハムが目を凝らすと、遠くにその場所が見えたので、アブラハムは若者に言った。
「お前たちは、ろばと一緒にここで待っていなさい。わたしと息子はあそこへ行って、礼拝をして、また戻ってくる。」
アブラハムは、焼き尽くす献げ物に用いる薪を取って、息子イサクに背負わせ、自分は火と刃物を手に持った。二人は一緒に歩いて行った。
イサクは父アブラハムに「わたしのお父さん」と呼びかけた。彼が「ここにいる。わたしの子よ」と答えると、イサクは言った。
「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする小羊はどこにいるのですか。」
アブラハムは答えた。
「わたしの子よ、焼き尽くす献げ物の小羊はきっと神が備えてくださる。」
二人は一緒に歩いて行った。
神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に載せた。
そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。
そのとき、天から主の御使いが「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、御使いは言った。
「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」
アブラハムは目を凝らして見回した。すると、後ろの木の茂みに一匹の雄羊が角をとられていた。アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす献げ物としてささげた。
アブラハムはその場所をヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)と名付けた。そこで、人々は今日でも「主の山に、備えあり(イエラエ)」と言っている。(創世記22章1−14節)
滝沢守屋山をご神体とする諏訪大社には、「御頭祭」というお祭りがあります。
ミサクチ神という諏訪の神様に、おこう(御神・神使)と呼ばれる15歳未満の少年を捧げ、少年は「御贄柱」に縛り付けられた後、竹のむしろの上に押し上げられ、刃物が登場したところで諏訪の国からの使者や神官によって解き放たれる、というものです。
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鳴海なんだか「イサクの燔祭」と似ていますね。
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滝沢はい、まったく一緒です(笑)。ミサクチは「ミ(御)・イサク・チ(接続語)」なので、完全にイサク神を祀っているお祭りなんです。渡来した古代ユダヤ人は、縄文人と共生しながら、この地に独自の文化を築いていったんじゃないでしょうか。
つまり、守屋山と諏訪湖周辺は、ユダヤと日本の歴史を反映している「ひな形」の場所とも考えられるんです。
=諏訪湖=
滝沢諏訪湖には、本宮、前宮、秋宮、春宮という4つのお宮からなる諏訪大社がありますが、先の2つは「上社」、後の2つは「下社」と呼ばれていて、由緒なども異なっているようです。
鳴海第1章でも述べましたが、諏訪大社を訪ねた時に、本宮と前宮では「うっすらと淡い色合いの十字架」が、秋宮と春宮では「はっきりとした八芒星」がみえました。
滝沢そこがとても興味深いところなんですよね。
というのも、「上社」と呼ばれる本宮と前宮は、渡来してきたユダヤ系と関係が深いとされていて、御頭祭や蛙狩神事などがあるように、狩猟民族的とも云われているんです。一方、「下社」と呼ばれる秋宮と春宮は、農耕民族的と云われています。
御神渡という行事でも、湖面の氷に亀裂が入る現象を「上社にいる男の神が、下社にいる女の神のところへ通った跡」として、上社を男性的、下社を女性的なエネルギーの象徴とみなしています。
鳴海さんがみた「八芒星」は、統合や調和をあらわすシンボルでもあるので、これまで大きな割合を占めていた狩猟的・男性的なエネルギーが、下社に象徴されるような農耕的・女性的なエネルギーと程よく調和する時代に変わるサインだった、とも解釈できるんです。
また時代をさらに遡ると、上社と下社の関係は、この地の土着民族と時の政権の関係でもあったようです。「争いをせずに和合できた初めての場所」とも云われていますから、八芒星が示す意味合いにも通じていますね。
鳴海ユダヤと日本、土着民族と時の政権がとても深く関係していた場所でもあったんですね。
滝沢「イサクの燔祭」に少し話を戻しますが、キリスト教の見解の中には、4000年前に起きたと云われるこの出来ごとを、それから2000年後に起こる「イエスの処刑(生け贄)」の予型とする考え方もあるんです。
「モリヤの地」に着くまでの3日間、アブラハムの心の中で、イサクはすでに「死んだ存在」でした。しかし、御使いの声によってイサクは「生き返り」ます。
2000年後、同じモリヤの地(エルサレム)で「生け贄」となったイエスも、やはり3日後に「復活」を果たしていることから、先の出来ごとが予型とされているんですね。
鳴海「予型」は、後に起こることの兆しとなる「ひな形」に近い意味ですか?
滝沢はい、聖書の解釈方法の1つで、旧約聖書の事例が、新約聖書の予兆になっている、という考え方です。「イサクの燔祭」に出てくるセム系民族末裔のアブラハムには、異母兄弟であるイサクとイシュマエルという息子がいますが、イサクの子孫がユダヤ人、イシュマエルの子
孫がアラブ人となったといわれているんです。つまり、今日の宗教どうしの争いは、元を辿ればアブラハムの末裔同士の兄弟喧嘩ともいえるわけです。
ここにも現代につながる予型が示されているように思います。
鳴海モリヤの地は、さまざまな予型の舞台になっているんですね。
滝沢かつてソロモン王が神殿を建てたエルサレムのシオン山も、イエスが処刑された旧市街地のゴルゴダの丘も、モリヤの地だったと云われています。
日本では、守屋山と諏訪湖周辺が、このモリヤの地にあたるので、ここで起こったことは、これから起こる出来ごとの予型とも考えられますね。
=富士=
滝沢富士山北本宮では、鳴海さんも長さんも「光のカーテン」がみえていたんでしたね。
鳴海長さんから「光のカーテン=磐長姫様の羽衣」と教えてもらいました。
美人で知られる木花開耶姫に対して、姉の磐長姫はみにくかったと伝えられていますが、じつは「みにくい=みえにくい」という意味で、「目にみえないもの」が大切になる新しい時代の象徴ともいえる存在なんだ、と。
滝沢木花開耶姫をご祭神にしている富士山で、磐長姫があらわれる……。これは、本当に凄いことだと思います。これもまた「融合・統合・調和」のひな形なのでしょうね。
そもそも富士山は、世界開闢の祖国と云われているところです。
縄文時代に、ムーの末裔によってこの地に文明が生まれ、古代の神々と呼ばれる存在もここで即位していたと云います。2度の噴火によって都は滅んだとされていますが、富士山の神髄は、霊的な意味を含めた「富士曼荼羅」と呼ばれる仕組みにあるようです。
鳴海富士山は、たしかに特殊なエネルギー構造をしていますよね。
滝沢9月23日から25日というタイミングでこの地を訪れたことも、大きな意味があったのだと思います。というのも、この期間は「テトラッド」と呼ばれる極めて稀な天体現象の最後数日間と重なっているんです。
2014年4月15日から2015年9月28日までの約1年半の間に、部分月食を含まない皆既月食のみが4回連続しました。この「テトラッド」と呼ばれる現象が起こったのは、過去500年間でたったの3回だけと云われています。
鳴海今回の「テトラッド」は、特に珍しいタイプだったんでしょう?
滝沢そうなんです。1年半という期間に、2度の日食をはさむタイプで、これは約2000年ぶりのことらしいです。旧約聖書には「世界の終わり=古い時代の終わり」をあらわす最後の「テトラッド」として記されています。
こうした特異な期間に、皆神山、守屋山、諏訪湖という意味深い場所を訪れ、それぞれから「融合・統合・調和」の証が示されたことは、本当に意義深いことだと思うんです。
鳴海宇宙に存在する星々は、それぞれが独自のエネルギーを放ちながらお互いに影響を与え合っていますから、星の配列によって、環境や人の意識が変わることは充分考えられるでしょうね。
滝沢そういえば、4人が口を揃えて「なんだか大晦日みたいな雰囲気だね」って、言いながら「年越し蕎麦」を食べたんでした(笑)。
新しい世界が、いよいよ開けたんですね。(転載終了)
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こちらの対談は、本日7月22日に発売される新刊本「目覚めた魂」より一部抜粋したものです。
アースヒーラーの鳴海周平さんとの初の共著の新刊本。
目にみえない世界で起こっている変化のことは鳴海周平さんが主に解説し、目にみえる世界で起こっている変化、これから先に必要なことなどを自分が解説しています。
自分のパートは、対談についてはスピリチュアルな一面にも触れていますが、個人で書き下ろしている部分は普段から伝えているヘンプのことや微生物のこと、また全体的にはこれから起こる「お金の時代の終焉」における新たな生き方についてなどを書いています。
お金の話題、資本主義経済の話が中心的でもあるので、あまり現実的な話に興味ない人にとったら退屈な部分もあるかもしれませんが、イギリスのEU離脱をはじめ、日本国内も天皇家が大きく動き出した今、世界情勢は金融世界を中心にこれから大きな変化の局面を迎える大事な時です。
現実的に起こる可能性のある未来を予測をせずに、地に足つかずに理想だけを描いてフワフワしていると一気に足元をすくわれる危険性もあるのがこの過渡期であり、スピリチュアルも大事ですが、まずは日常生活の現実世界をしっかりと生きることが大切だと思っています。
そういった意味においては、お互いに会社経営やビジネス主体で活動している鳴海周平さんとは、目にみえない世界のことを語り合うにも非常に価値観や方向性が似通っている部分もあり、うまくバランスを取りながら大事なことをまとめられている本になっていると思っています。
本日より正式に全国各地の大型書店、Amazonなどで販売開始となっていると思いますので、ご興味ある方は是非ともご一読頂けたらと思います。
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目覚めた魂-あなた自身が「パワースポット」になる方法-(ワニプラス)
【内容紹介】
月間100万以上のアクセス数を誇るブログ「天下泰平」の執筆者であり、八ヶ岳の麓で自給自足のコミュニティを運営する「半農半X」の実践者・滝沢泰平と、健康エッセイストで、ブログ「魂の紀行」の鳴海周平のスピリチュアルコラボで贈る,「新しい時代」への道標が本書です。物理的、経済的な基準で判断する時代から、愛を基準として行動する時代へ。そして頭で考えて行動する時代から、こころとからだと魂の声を聞いて行動する時代へ――。「目覚めた魂」たちが創る新しい時代には、あなたのいる場所、そしてあなた自身がパワースポットになります。
【著者について】
滝沢泰平(たきさわ・たいへい)
1982年宮城県仙台市生まれ。「半農半X」を個人と企業へ普及させるために、2012年やつは株式会社・2016年に八ヶ岳ピースファーム株式会社を設立。八ヶ岳南麓を拠点に未来型の村と自給自足できる社会づくりを目指す。月間100万アクセスのWEBサイト「天下泰平」ブログ執筆者。著書に『レインボーチルドレン』『ここはアセンション真っ只中』『これから10年「世界を変える」過ごし方』(すべてヒカルランド)などがある。
鳴海周平(なるみ・しゅうへい)
1971年北海道生まれ。心身を癒す高波動製品の開発・普及にあたる潟Gヌ・ピュア代表として、スピリチュアルな内容も交えた健幸情報を、講演や著作などで発表している。またライフワークである世界各地への巡礼を、ブログ『魂の紀行』にて公開中。著書に『医者いらずになる1分間健康法』(帯津良一氏との共著)『[小食・不食・快食]の時代へ』(はせくらみゆき氏との共著・共にワニ・プラス)などがある。
<カバー表・裏両面の「曼荼羅」について>
イメージ(ビジョン)も、描くのも感覚的。
それがこの「曼荼羅」です。
図形や図柄、色など、その時、その人にとって必要な情報が
ハートに届けられ、それをそのまま紙に転写します。
幾何学模様や、線や点、色などには、言葉では表現できない情報が入っています。
この「曼荼羅」が、外側の何かや誰かではなく、
未だ出逢っていない自分自身と向き合うきっかけになれば幸いです。
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「キボウノタネ」
http://livedoor.blogimg.jp/tackeypeace/imgs/3/9/3911e485-s.png
「感謝」
地球へキボウノタネが蒔かれますことに感謝を込めて。
マナ(曼荼羅アーティスト)
今回、曼荼羅アーティストのマナさんに表紙などの曼荼羅デザインをお願いした時、そこで突如メッセージが降りてきて、見たことのないような古代文字をマナさんが書かれました。
調べると、どうも2000年ほど前にイエス・キリストが使っていたと言われる古代アラム語に似ており、そこに書かれていたのは「聖なる仲間」という言葉でした。
本著と曼荼羅が、この時代に約束した「聖なる仲間」のもとへ届くことを願っています。

プレシャンブルーの風に抱かれて
https://blogs.yahoo.co.jp/mappyhappy713
https://blogs.yahoo.co.jp/mappyhappy713/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=7




posted by datasea at 23:18| Comment(0) | # 遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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