2019年08月12日

生き盆と盂蘭盆

生き盆と盂蘭盆
2017年11月26日
折口信夫全集第一巻  古代研究(国文学篇)(46)
11月26日(日)
折口信夫全集第一巻
中央公論社:昭和51年6月10日
古代研究(国文学篇)(46)
国文学の発生(第三稿)
昭和二年十月稿、昭和四年一月「民族」第四巻第二号
まれびとの意義
七 生きみ霊(4)
古代における呪言(よごと)は、必ず、その対象の神・精霊の存在を予定していたものです。
賀正事(よごと)に影響される者は、天子の身体というよりも、生き御霊であったと見るのが適当です。
天子の生き御霊の威力を信じていたのは、敏達天皇紀十年閏二月蝦夷綾糟(えみしあやかす)等の盟いの條に泊瀬の中流に下り、三諸(みもろ)ノ岳に面し、水に漱ぎ、盟ひて曰はく…若し盟に違はば、天地の諸神、及び天皇の霊、臣が種を絶滅さむ。
とあるのは、恐らく文飾ではないでしょう。
正月、生き御霊を拝する時の呪言が「おめでたう」であったとすれば、正月と生き盆との関係は明らかです。
生き盆と盂蘭盆との接近を思えば、正月に魂祭りを
行ったものと見ることも、不都合とはいわれません。柳田国男先生は、やはりこの点に早くから眼をつけておられました。
 
短歌とわたし
http://blog.livedoor.jp/jintoku510/search?q=%E7%94%9F%E3%81%8D%E7%9B%86










三つのお盆
2009/8/17(月) 午後 9:55 一口法話 夏休み
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”三つのお盆”
●新盆 過去1年〜3年以内に死者のでた盆
●吉事盆 過去1年〜3年以内に不幸のなかった家の盆
●生き盆 過去1年〜3年以内に不幸もなく、両親も健在である家の盆
お盆は今、在る自分を見つめ中身のある人生を送る事を認識する期間 です。合掌

篠栗85番札所 祖聖大寺
https://blogs.yahoo.co.jp/soshiodaiji5885/30349401.html











ウランバナ」とは逆さ吊りの苦しみという意味です。 これが「盂蘭盆(うらぼん)」の語源です。
2019/8/11(日) 午後 10:07
転載記事 宗教
この項目では、仏教行事としての詳細について説明しています。
日本などの民俗行事については「お盆」をご覧ください。
■盂蘭盆会(香港)
盂蘭盆会(うらぼんえ)とは、7月15日を中心に7月13日から16日の4日間に行われる仏教行事のこと。
盂蘭盆(うらぼん)、お盆ともいう。
また、香港では盂蘭勝会と称する[3]。
『盂蘭盆経』(西晋、竺法護訳。今日では偽経とされる)、『報恩奉盆経』(東晋、失訳)などに説かれる目連尊者の餓鬼道に堕ちた亡母への供養の伝説に由来する。もともとは仏教行事であるが、唐代の道教の隆盛期に三元の一つの中元節の流行とともに儀礼の融合が進んだ[3]。
日本における日付については、元々旧暦7月15日を中心に行われていたが、改暦にともない新暦(グレゴリオ暦)の日付に合わせて行ったり、一月遅れの新暦8月15日や旧暦のまま行っている場合に分かれている。父母や祖霊を供養したり、亡き人を偲び仏法に遇う縁とする行事[4]のこと。
盂蘭盆は、サンスクリット語の「ウランバナ」(ullambana、उल्लम्बन)の音写語で、「烏藍婆拏」(『玄応音義』)、「烏藍婆那」とも音写される[5][6]。「ウランバナ」は「ウド、ランブ」(ud-lamb)の意味があると言われ、これは倒懸(さかさにかかる、逆さ吊り)という意味である。
一方、古代イランの言葉(アヴェスター語)で「霊魂」を意味する「ウルヴァン」(urvan)が語源だとする説もある。
古代イランでは、祖先のフラワシ(Frava?i、ゾロアスター教における精霊・下級神)が信仰され、それが祖霊信仰と習合し、「祖霊」を迎え入れて祀る宗教行事となったとする。
2013年、仏教学者の辛嶋静志は盂蘭盆を「ご飯をのせた盆」であるとする説を発表した。
それによると、盂蘭盆経のうちに
「鉢和羅飯(プラヴァーラ〈ナー〉飯)」
という語があり、これが前述の旧暦7月15日・安居(雨安居)を出る日に僧侶たちが
自恣(プラヴァーラナー 梵: prav?raṇ?)
を行うことに関連付けられる。
古代インドには自恣の日に在家信者が僧侶へ布施をする行事があったとし、それと盂蘭盆経が説く行為とが同じものであるとしている。
また、盂蘭盆の「盂蘭」はご飯を意味する
「オーダナ (梵; 巴: odana, 特に自恣の日に僧侶へ施されるご飯を強調する)」
の口語形を音写したものであり、それをのせた「盆(容器の名)」が「盂蘭盆」であると説明する。
盂蘭盆の行事は中国の民俗信仰と祖先祭祀を背景に仏教的な追福の思想が加わって成立した儀礼・習俗である。
旧暦7月15日は、仏教では安居が開ける日である「解夏」にあたり、道教では三元の中元にあたる。仏教僧の夏安居の終わる旧暦7月15日に僧侶を癒すために施食を行うとともに、父母や七世の父母の供養を行うことで延命長寿や餓鬼の苦しみから逃れるといった功徳が得られると説く[3]。一方、道教の中元節とは、宇宙を主るとされる天地水の三官のうち、地官を祀って、遊魂などの魂を救済し災厄を除くというもので、仏教の盂蘭盆とほぼ同時期に中元節の原型が形作られた[3]。
本来的には安居の終った日に人々が衆僧に飲食などの供養をした行事が転じて、祖先の霊を供養し、さらに餓鬼に施す行法(施餓鬼)となっていき、それに、儒教の孝の倫理の影響を受けて成立した、目連尊者の亡母の救いのための衆僧供養という伝説が付加されたと考えられている[5]。
■目連伝説
盂蘭盆会の由来に目連の伝説がある。
仏教における『盂蘭盆経』に説いているのは次のような話である。
安居の最中、神通第一の目連尊者が亡くなった母親の姿を探すと、餓鬼道に堕ちているのを見つけた。喉を枯らし飢えていたので、水や食べ物を差し出したが、ことごとく口に入る直前に炎となって、母親の口には入らなかった。
哀れに思って、釈尊に実情を話して方法を問うと、「安居の最後の日にすべての比丘に食べ物を施せば、母親にもその施しの一端が口に入るだろう」と答えた。その通りに実行して、比丘のすべてに布施を行い、比丘たちは飲んだり食べたり踊ったり大喜びをした。すると、その喜びが餓鬼道に堕ちている者たちにも伝わり、母親の口にも入った。
■歴史と習俗
盂蘭盆会に関する最早期の資料は竺法護訳の
『般泥恒後潅臘経』、
『仏説盂蘭盆経』、
『経律異相』
などで仏教上の儀礼としては六朝梁の頃には成立していた。
咸淳5年(1269年)に南宋の志磐が編纂した『仏祖統紀』では、梁の武帝の大同4年(538年)に帝自ら同泰寺で盂蘭盆斎を設けたことが伝えられている。『仏祖統紀』は南宋代の書物なので梁の武帝の時代とは、約700年の隔たりがあり、一次資料とは認め難い。しかし、梁の武帝と同時代の宗懍が撰した『荊楚歳時記』には、7月15日の条に、僧侶および俗人たちが「盆」を営んで法要を行なうことを記し、『盂蘭盆経』の経文を引用していることから、すでに梁の時代には、偽経の『盂蘭盆経』が既に成立し、仏寺内では盂蘭盆会が行なわれていたことが確かめられる。
唐代から宋代には中国の民俗信仰を土台として盂蘭盆、施餓鬼と中元節が同じ7月15日に行われるようになり、儀礼や形式、作法などにも共通性が見られるようになるなど道教の行事との融合が進んだ[3]。

情報収集中&放電中
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新盆・初盆・ご法要の準備はしましたか?
2015/7/18(土) 午後 3:15
日記 その他祝日、記念日、年中行事
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盆提灯の曽根人形です。
新盆・初盆・ご法要の準備はしましたか?
イメージ 1
曽根人形・人形の正栄ヤフーショッピング
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まずは、簡単に「お盆」とは何か、何をしたら良いのかを簡単にご説明いたしますネ。
お盆について
「お盆」というと帰省ラッシュ、盆踊りの風景などを想像される方が多いと思いますが、
「お盆」は先祖供養の儀式で、先祖の霊があの世から帰ってきて、家族と共にひとときを過ごし、再びあの世に帰っていく、という日本古来の祖霊信仰と仏教が結びついてできた行事です。
お盆の期間
お盆の期間は地域によってさまざまです。
東京では7月13日から7月16日、その他の地方では8月13日から8月16日に行われ、8月のお盆のことを旧盆とか月遅れのお盆といいます。
お盆のスケジュール
お盆の前日までに、精霊棚(しょうりょうだな)・仏壇に、
灯明、
線香、
生花、
果物
などのお供え物、精進料理を供えた霊供膳(仏膳)などを供え、盆提灯を飾ります。
(新盆の場合は、新盆用の白提灯を飾ります。)
いかがでしたか?
おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らしていると自然と覚えることも、最近では核家族が増えているので、いざ自分でやろうとしても難しくてわからない事だらけですよね。
ざっくりとした説明ですが、なるほど、そうなんだと思っていただけると嬉しいです。
盆提灯の曽根人形では高級感あふれる伝統の粋が生きる
盆ちょうちんの逸品を取り揃えています。

曽根人形・hina・お雛様のブログ
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死生二つの盆踊り(遊行の盆で)
書庫日記
カテゴリ練習用
2019/7/30(火) 午前 4:45
7月26日(土)は台風6号接近で各地の催事が中止順延になりました。
私は毎年藤沢の遊行寺で催される「遊行の盆」に出かけています。
既に私の「季節の体内時計」にインプットされているので行かないと気持ち悪くなりそうなのです。
昨年は秋田の竿灯もやってきて大通りを練りました。夕食を食べてから夕涼みがてらユックリ出かけようと思っていましたが。
午後4時になると高校野球のテレビばかり見て居られなくなってソソクサと出かけました。
私の楽しみは秋田県羽後町西馬音内に伝わる盆踊り「西馬音内盆踊り」を観る事です。
西馬音内の盆踊り。深い菅傘を被ったり黒い頭巾で顔を隠した踊り子が練り踊ります。
踊り子の服装は黒い地味な一重モノの上に友禅の羽織や西陣の帯を巻いています。想像するに服装は踊り子のお母さんやその先のお母さんの晴れ着や浄衣をこの日の為に大事に用意しておいて、「お母さん盆踊りに行くからね・・・・!」箪笥の底から引き出してきているのでしょう。もう一方で一重の着物で黒子頭巾をかぶっている踊り子がいます。黒子頭巾は文楽の人形遣いを思わせます。現代の文楽の人形遣いは黒子頭巾の人と素顔を出している人がいますが,元々は全員が黒子で顔を隠していたそうです。最近になって主遣いの人形遣いだけ顔を出すようになったそうです。黒子で顔を隠しているのはその踊り子が心霊的な存在であることを示しているのでしょう。少なくても盆踊りの見物には晴れ着の模様を観て「あれは昨年亡くなった▽▽さん、今年は初盆だわ!」何て思うのでしょう。
踊り子はお世話になった母や祖母の霊を取り込んで踊るのでしょう。
藤沢遊行寺通リで練る西馬音内の踊り子たち。
着物に先祖の晴れ着をパッチワークにしています。亡者とその子孫が一体になって踊っているのです。
同じく遊行通リを練る西馬音内の踊り子菅傘を被っている踊り子と黒子頭巾(ひこさ頭巾)で顔を隠した踊り子がいます。
そして盆踊りのお囃子が問題です。一般に盆踊りのお囃子は笛に三味線に鼓ですが西馬音内盆踊りには「摺鉦(すりがね)」が目立つのです。鉦とは空也上人が下げている鈴の事です。明らかに盆踊りと云っても盆の息抜きのバカ騒ぎではなくて、祖霊の供養の葬列です。その推測を証明するように西馬音内盆踊りの会長はその歴史を次の様に話していました。
1、西馬音内盆踊の歴史は鎌倉時代に遡り旅の上人様が豊作の祈願の踊りを教えてくれました。(藤沢市民はその上人こそ遊行寺のお坊さんであると確信しています」。
2、更に江戸時代になると、慶長6年(1601)西馬音内城主小野寺茂道一族が滅び、土着した遺臣たちが君主を偲び、旧盆の16〜20日までの5日間、宝泉寺(西馬音内寺町)境内で行われた亡者踊りと合流したのだそうです。農業の予祝踊りと亡き主君の慰霊の踊りが合体して現在まで存続してきたというのです。
黒子頭巾(西馬音の人に訊くと『ひこさ頭巾』と云うそうです。田の草取りの際に日焼けや目を守る頭巾は”頬カムリ”だそうです。
日本三大盆踊りを同時に観られるのが「遊行の盆」のいいところです。残りの二つが「阿波踊り」と「郡上踊り」です。「西馬音内踊り」の次は「阿波踊り」で例年高円寺の「朱雀連」の踊り子が来られます。西馬音内踊りは祖霊と一体になって踊る「亡者の踊り」なら阿波踊りは生きる喜びを爆発させる「生者の踊り」でしょう。
生きている喜びに溢れています。
薄物の襦袢は白で、法被半纏はピンクで帯は黒です。
連の先に女踊りがその後ろにヒョットコ踊り(滑稽踊り)の男達が続きます。
両者を合わせれば「高千穂神楽」です。オカメとヒョットコが嬉々として踊る事から。豊穣になり子孫も繁栄します。
これが高円寺の朱雀連による阿波踊りです。
この日は台風6号が近づいて中止も懸念されていました台風の風が襦袢の裾を乱して踊り子は大変見物の私のようなエロ爺さんは大喜びでした。久米の仙人なら歩道で卒倒したでしょう。
三番目最後の踊りが「郡上踊り」です。郡上踊りも中世に始まる「念仏踊り」や「風流踊り」の流れを汲みます。郡上八幡城主(青山氏)が宝暦一揆(百姓一揆)対策として、城下の住民が融和して踊る事を奨励したので、8月14日〜16日の盂蘭盆会を外さず一夏中踊られます。谷合の城下町のタップダンスのような下駄の音が響きます。
遊行の盆でも郡上踊りはその精神通りに見物人も連に加わって踊って
”令和になってら災害も無く平穏に平和にあって欲しい”
と踊りますが、やはり長良川と九頭竜川(福井)と荘川(富山)の分水嶺の谷合城下町の情趣は藤沢では期待できません。
郡上八幡には昨年春桜を見て長良川の渡し場の民宿に泊まりました。
”次は盆踊りの季節に参ります”約束しましたので、いつもの友人を誘ってゆきたいものです。それ迄はポスターを観て我慢しましょう。

羽後町観光協会
http://ugo.main.jp/bonodori/

毎日をロハスに
https://blogs.yahoo.co.jp/kamakurakannon/41564920.html



posted by datasea at 06:09| Comment(0) | ◉ 仏典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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