2019年06月14日

五島勉: 「ピリ・レイスの世界地図」は宇宙から描かれた

五島勉: 「ピリ・レイスの世界地図」は宇宙から描かれた
■紀元前の世界地図発見
トルコのイスタンブールは,世界で最も古い,または最も美しい都の一つである。
そこには古代ギリシャ時代の神殿,東ローマ帝国の頃の宮殿,イスラム教の聖都だった頃の無数の塔やモスクがボスポラス海峡の夕日に妖しく輝いている。
いくつかの博物館では,古代から中世にまたがる秘宝の数々,古代最大の征服者であったアレキサンダー大王の華麗な遺品が見られる。
街の地下には,大理石の美しい都がもう一つ水の中に眠っている。
なぜそんなものがあるのかだれも知らない。街全体が既に巨大な謎なのである。
この町に魅せられた1人の若者,ピーター・ビゲンスキーという学生が, 1929年の初め,ニューヨークからやってきた。
彼は街を彷徨い,景色をスケッチしたり,古代の影を残した難しい言語を習ったりした。
ある日,彼は古い神殿の中で,家来を連れた長い黒髪と黒い瞳の美しい娘が,荒くれた船員たちに乱暴されかかっているのを見た。彼はとっさに飛び込んで,ボクシングと体当たりでどうにか男たちを降り払ってやった。
娘は深く礼を述べて,彼をモスクのついた豪華な自宅へ案内した。
彼女はサルタン(豪族)の姫君だったのだ。
若者はさらに厚くもてなされ,たびたび遊びに行くようになったが,そのうち姫との間に激しい愛が燃え上がった。
しかし彼は旅人である。しかも異国のクリスチャンである。彼女はイスラムの掟で,生まれた時から婚約者が決まっている身分であった。どうなるものではなかった。
その上,不意に襲ってきた世界恐慌(暗黒の月曜日)の中で,若者は父親の破産の知らせを受けて,国に帰らねばならなくなった。
そして悲しい別れの日が来た。
その前夜,姫は姫は自邸から程遠いトプカピ宮殿に若者を連れて行った。
そこはちょうど改築のために整理中で,歴代のサルタン達の宝が山積みになっていた。
その中からどれでも好きなものを1つとって思い出にしてほしい,と姫はすすり泣きながら告げた。
しかしピーターも優しい若者であった。
彼は姫の立場を傷つけないように,高価な宝石や宝剣には目もくれず, 一番価値のなさそうなものを選び出した。それが一巻のボロボロの巻物であったのである。
アラーに誓って,最初に指差したものを1つだけ送る,と言う約束だったので,取り消しはできなかった。
しかし,姫はそれそれを見た途端,顔色を変えていった。
「それはふるい地図です。それには何か,恐ろしい秘密が隠されているそうですよ。
見れば呪いがかかるかもしれないので,私たちも今まで開けて見たことがありません。
もうお会いできないでしょうが,どうかアラーがあなたを守りくださいますように」。
若者は姫のこの言葉が気になった
彼は来る朝,辛い別れを惜しんでアメリカへ帰ったが,どうしてもその巻物を持っている気になれずに,友人を通じてワシントンの記録保存所という役所へ寄付してしまったのである。
地図の発見については,もう一つ説があって,トルコ軍の若い将校が姫君から渡されてアメリカに持ってきたことになっている。
しかしどっちにしろ,トプカピで見つかった事は間違いない。
■紀元前の世界地図,再発見
この将校の事ははっきりした記録がなく,姫君やピーターのその後のことも伝わってはいない。
残ったのはその地図だけであった。
それは厄介者扱いにされて,同じワシントンの国立図書館に移されて,長い間埃をかぶっていた。
それが再発見されたのは1956年。
再発見者はアメリカ海軍航路部のアーリントン・マレリーという技術少佐であった。
彼は図書館で調べ物をしていたときに,偶然その巻物に気づいて何気なく広げてみた。それは古い世界地図,いや世界の半分位の地図で,角に小さくトルコ文字とラテン語の書き込みが入っていた。
「余,すなわちトルコ海軍提督ピリ・レイスは, 2000年前の20枚の古い地図に基づいてこれを描いた」。
1513年6月4日という日付とサインが書かれていた。
なるほど中世のトルコ人が描いた地図か。しかも古代の地図のコピーか。
それじゃあどうせひどく幼稚なものだろう,少佐は思った。
しかしじっと見つめているうちに,彼はだんだん衝撃で震え始めた。
この地図には,中近東,アフリカ,ヨーロッパ,インドの一部,北アメリカの東側,そして南アメリカまでが描いてあったばかりではなく,南アメリカのさらに南に南極としか思えない大きな大陸がはっきりと描かれていたのである。
おかしい。
南アメリカや北アメリカの海岸線が正確に知られるようになったのはコロンブスやマゼランといった探検家たちが少しずつ確かめた後, 17世紀(1600年代)に入ってからである。
南極大陸の海岸線がはっきりわかるようになったのは, 20世紀後半(1970年代),各国の観測隊が危険を犯して現地へ乗り込んでからである。
それが1513年にできた地図に描かれていると言うのはどういうわけだ?
それがさらに2000年前,つまり紀元前4世紀の古代地図のコピーだと言うのはどういう冗談だろう?
もっともそれは現在の地図とはだいぶ感じが違っていた。
アフリカと南極は盛り上がったように妙にに大きく描かれていたし,南北アメリカは変に曲がって狭い幅に描かれていた。ただ海岸線はどれも非常に正確に描かれているようにみえた。
マレリーはこれらの謎を1週間考えたが, 一人だけでは手に負えず,軍の専門家たちに手助けを頼んだ。
まず科学の専門家が,地図の紙やインクを詳しく調べて,これは1500年代に描かれたものに間違いない,と判断した。
次に海図の専門家たちが,書き込まれている古い海流や島の名前を確かめて,それが古代のものである事はほとんど確実だ,つまりトルコのピリ・レイスと言う男が記している通り,これは紀元前4世紀に描かれた地図のコピーだ,と言った。
そして彼らはマレリーを含めて,気が狂いそうになってきた。
それでは紀元前4世紀に南北アメリカや南極大陸が知られていたのだろうか?
その海岸線を正確に描かれる見分ける誰かがいたのか?
信じられない。これをインチキだ。
インチキの証拠に,面積が間違っている。地図の真ん中の陸地ばかりがでかくて,端に行くほど寸詰まりになっているじゃないか。
ところがその時大変なことが持ち上がった。
1957年10月に,ソ連のスプートニク1号は初めて地球の大気圏を抜けて宇宙に飛び出したのである。
1961年ににはガガーリン少佐とテレシコワさんが,いみじくもパレンケのロケットと同じような形のロケットに乗って最初の有人宇宙飛行に成功した。
1960年にはアメリカのフレンドシップ7号が,グレン大佐を乗せてさらに高空を飛んだ。
この年から,自動カメラを積んだ人工衛星も次々に打ち上げられて,宇宙から撮った地球の写真が新聞やテレビの画面を飾るようになった。
これを見て,ヴァレリーははっと気がついた。アフリカか南太平洋の上の1点,何千kmかの高空に人工衛星を止める。そして地球を見下ろして撮影するか,スケッチしたとする。
そうすればもしかしたらこのトプカピの地図と同じもの,この地図の原本と同じようなものが出来上がるのではないか。
地球は丸いのだ。超高空からそれを見下ろせば,真下や真下に近いところは盛り上がったように大きく見えるだろう。しかし地平線に近い部分は, ひしゃげたように平べったく見えるはずだ。地平線すれすれに辛うじて見える地方は,弓のように引き延ばされて狭い寸詰まりの形になるだろう。
それを平面に写して描く。
当然いろんな歪みは出るが,それを平らな紙の上に収めるには,この地図のように描くしか手がなかったのではないか。
マレリーと同僚たちは息を詰めた。
もう彼らの手にも思えなかったので,地図はアメリカ地理学会のハブグッド教授に預けられた。教授は数学者のストラッカン博士と協力,この地図と取り組んで,いくつかの新しい発見と推定を導き出した。
この地図の南極大陸の中には1952年の観測で初めて見つかった山脈が,ちゃんと描かれている。
その後見つかった南極の高原と小さな島も描いてある。
これは現在は氷の下に埋もれ,レーダーでしかわからない。
しかしそれが透視でもしたように正確に描いてある。
しかも全体がマレリーの直感通り,人工衛星から撮った写真によく似ている。
アフリカの西南部の2000〜3000kmの上空から,カメラを真下に向けてシャッターを切れば,レンズに入る限りの地域はこの地図のように映るに違いない。
教授はこのことを「古代の海王たちの地図」というレポートにまとめた。
そしてその中で,紀元前4世紀かそれ以前,おそらく南極がまだ氷に埋もれていなかった頃,南極大陸やアメリカを高空から測量した未知の文明人か生物が確かにいた,と,科学者の立場でとうとう言い切った。
保守的な学者たちはもちろん反論した。
しかしそれはもう冷笑ではなく,それまでの学問の全てをかけた真剣な反論であった。
(中略)
その当時に優れた航海技術を持った民族がいたはずであり,これらは航海から作った地図であるという反論である。しかし当時の彼らは仮にそこまで行けたとしても,彼らには精密な測量技術は知らなかったはずである。
また仮にそんな精密な測量ができたということになると,今度はこの地図の面積のアンバランス,氷の下の山を探り当てた謎,大陸の弓のような歪みが説明できなくなってしまう。
そうであるとするならば,これはやはり南極にまだそれほど氷がなかった頃,数千キロ上空で誰かがスケッチしたとしか考えられないのではないか。
それは誰かが,そんな太古にそこまで昇れる乗物を持っていたということである。
(後略)
ー宇宙人謎の遺産,五島勉,祥伝社社文庫,1997年刊,

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posted by datasea at 14:00| Comment(0) | V 歴史分析 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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