2019年05月17日

雑誌ムー: 新元号「令和」の言霊を考える

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雑誌ムー: 新元号「令和」の言霊を考える
新元号「令和」。
この言語には果たしてどんな言霊が込められているのだろうか,その分析を試みてみる。
「令和」の典拠である万葉集5巻の
「梅花の歌の序」
それは筑紫国(福岡県)の太宰府(九州の行政官庁)に長官として赴任していた大友旅人は天平2年(西暦730年)正月13日(新暦2月)赴任先の邸宅で宴会を催した際に集まった人々(主に役人たち)が庭に咲く梅の花を詠んだ32種の和歌に対する序文として記されたものである。
したがってこの文の作者については,宴会の主催者である大友旅人と見るのが定説である。
典拠の核心部分である
「初春の令月にして気淑く風和し」
であるが現代語に訳すと,
「今は初春のめでたい正月であって,気持ちはよく,爽やかな風が吹いている」
となって,春の訪れを告げる梅の花が咲誇る陰暦正月の風流な情景を描写したものといえる。
ー雑誌ムー,2019年,

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「令和」は「梅」に縁を持つが,
「梅」
と言えば歴史上の人物で平安時代の文人・菅原道真を思い出す。
道真は梅の花このこよなく愛して,この花を読んだ新聞を数多く残したことで知られる。
道真を神として祀る全国の天満宮・天神社は梅の花を上の家紋とする。
しかしこれもまたよく知られているように右大臣にまで上り詰めた道真は,その昇進をねたむ藤原氏の陰謀によって地位を奪われて,太宰府に左遷されてしまった。
その左遷先は奇しくも大友旅人がかつて赴任して,梅の宴会を催した場所であった。
そして道真はその太宰府で都に咲く梅の花を恋い焦がれつつ,延喜3年(西暦903年)失意のうちに没してしまうのである。
ちなみに道真の有名な和歌
「東風吹かば匂い起こせよ梅の花主なしとて春な忘れそ」
(風が吹いたならば香りを送り届てくれ,梅の花よ。
主である私がいないからといって春を忘れるな)
太宰府へ左遷されるにあたって,日頃見せていた京都の自邸の梅との別れを惜しんで詠んだものと伝えられている。
道真が没してしばらくすると不思議なことに京都では藤原氏の有力者の急死や内裏への落雷等,怪事が相次いだ。すると人々はこれは道大の祟りだと噂するようになった。
当時の天皇は病気になりほどなく崩御してしまう。世を恨みつつなくなった道真は死して巨大な怨霊あらぶる雷人になったー当時の人々はそう信じて疑わなくなった。
大和朝廷・民衆は祟りを鎮めようと道真を天満天神として崇め奉り始めた。
これが全国にある天満宮・天神社の始まりである。
「令和」は梅と太宰府を媒介としてそんな恐るべき怨霊の神とどうしてもリンクしてしまうのである。
ー雑誌ムー,2019年,

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「令和」は「梅」に縁を持つが,
「梅」
と言えば出口ナオのお筆先をまとめた日月神示の一説を思い出す。
「三千世界, 一度に開く梅の花,艮の金神の世になりたぞよ。
梅で開いて松で収める,神の国の世界になりとぞよ」。
明治25年1892年2月艮の金神=国常立尊に憑依された当時57歳のナオはこの言葉で始まる神託を口走り始めて,これが大本開教の発端となった。
この神託は人類の救済神である国常立尊が神国をこの世に実現させるために地上世界に降り立ち
世の立て替え・立て直しを開始することを告げたものとされる。
そしてここにみえる「梅の花」は冬の厳しい寒さに耐えて早春にすべての花に先駆けて咲くことから,建て替え・立て直しの時節の到来の象徴,あるいは国常立尊の先触れであると理解することもできる。
したがってナオのお筆先を踏まえるならば,次のように解釈することもできる。
「咲き誇る梅の花を隠喩する元号・令和はこの時代に救済神・メシヤが到来して神の国・日本の言霊パワーが全開となって,理想世界としての神の国が実現することを予言している。
令和時代は怨霊の影に怯える不安な時代になるのか,それとも国号の言霊と結びついて輝かしい神国の世となるのか。はたまた享楽的な憂き世となるのか。
新天皇の即位とともに発動を始めた新元号の言霊が主なまもなく新時代の行方をあらわにしてくれることだろう。
ー雑誌ムー,2019年,

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posted by datasea at 14:02| Comment(0) | ◉ 日月神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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