2019年04月30日

[動画][資料] 森永卓郎:令和経済を大予想 -
























小泉構造改革とは何だったのか
投稿者 書記長
日時 2002 年 7 月 31 日 15:17:56:
これは少し前の自分の投稿に手直ししたものですが、「小泉改革」に対する分析としては今でも通用するものだと思います。
今は日本経済は基本的には上向きのサイクルに入っていると思いますし、世界の投資家たちや資本主義体制自体も
日本経済のもつ実力と潜在力に頼って今後を生き延びようとする傾向が強くなってくるような気もします。
国債格付けの一件を見てもわかるように未だに日本経済破壊とそれに続く日本経済のっとりという路線も国際的に強固に存在しているようで油断できませんが。
  *         *          *   
日本の財政が先進国中で最低というのは統計のウソという説を聞いたことがある。
アメリカと日本は社会保障の制度が他の先進国と全く異なるため比較しようがなく、あえて国の持っている資産を財政赤字と相殺させると日本の財
政は西ドイツよりも健全だとか。それは4年ぐらい前に聞いた話だが、2年くらい前国の財政バランスシートを作った時もそれほど悪くなかったように(百何十兆円の赤字)覚えているが・・・。
構造改革と呼ばれているものの中身を尋ねてみれば、返ってくる答えは緊縮財政とか民営化とか規制緩和とか合理化とかの使い古しの合理性が疑わしかったり近年橋本政権などの失政として否定されたスローガンばかり。
小泉はそれらを全部一括して再利用するために「構造改革」などというアメリカの偏見と政治的思惑によってつくられた差別用語を掲げているわけだ。
1980年代にアメリカ政府の
「おまえらの経済・社会は遅れた不公正なものだからこちらが迷惑している。早く直せ。」
という恫喝によって「日米構造協議」が開かれた。
小泉の「構造改革」はその時に日米のメディアに現れた「日本経済の構造改革」という日本を米政府の恫喝通りに責めるスローガンが源流である。
この概念は生まれたときから米政府の責任転嫁と異質なシステムに対する無理解と利己的国益追求の手段としての本質をもっていた。
こんなものを旗印にして総理大臣になれること自体が、現在日本社会の精神状態がまったく主体性とか自立性を欠いている証である。
今のほとんどの日本人には自分たちで日本や世界の未来を切り開いていこうとする発想が全くないのではなかろうか。
小泉首相は
「1・2%のマイナス成長は覚悟の上だ」
などと前から言っているが、この長期不況下にそんな発言をすることの意味がわかっているのだろうか?
たとえば土地やマンションを買ったり家を建てたりする場合、まだ価格が下がる可能性が高いならばとりあえず買い控えることが多いのではないだろうか?
まだ不況から脱しないどころかもっと悪くなると首相が宣言し、すなわちデフレもおさまらないという見通しが立っている。
こんな時に国民・企業の購買意欲や投資意欲が高まるはずもなく、当然消費・設備投資・株価みな下がり続けている。
そもそもここ数年来巨額の財政出動をしてやっと恐慌サイクルに陥るのを防いできたのだ。
すでに社会を維持するだけの消費をしなくなっている国民・企業の購買・投資行動には、変化がないどころか小泉発言のせいもありより収
縮している。だから財政支出を前年比で減らした分から景気悪化のサイクルが始まり、それは政府が金を出して介入してもなかなか止まらないのである。
民間の経済的自立を助けない小泉の構造改革は、いつまでもデフレの中で借金を続けるので「財政再建」という観点から見ても逆効果である。
森総理をボロクソに罵って小泉を選んだのは日本国民である。
小泉の構造改革には実は隠された側面がある。
それは要するに愚民のヒステリーをガス抜きし、まとも政治や経済に関する思考能力を持たない一般市民の改革志向を大騒ぎで煙に巻くことである。
だから小泉の行う改革政策には実質的な意味のない看板だけのものが多いし、宣伝の割には具体的な変化はほとんどないものも多いのである。
そもそも小泉政権は自民党の人気取り・政権維持のためと日本社会の
「小泉のほうが民主党の連立政権よりマシだ」
という社会的意思の合作に過ぎない。
つまり一般大衆の知的・道義的レベルが国家を崩壊させる水準にまで落ちているので、まともな判断力を持つ人々が社会維持の為にポーズをとるのが上手で口先だけで誤魔化すのが上手な政治家を担がざるを得なかったのである。
勿論小泉はアホでもない限り自分のそういう役割をよく認識しているものと思われる。
だから彼の構造改革は、「改革」とそれに伴う「犠牲」を声高に叫び続けるマスメディアと大衆からの社会防衛の為にやむを得ず合理的な理由もなく行われている部分と、宣伝のために無意味かつ有害に行われている部分と、彼の愚かさから本気で行われている部分と三つに分かれるのである。

★阿修羅♪
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小泉構造改革の真実とは。 
(「神州の泉」:引用) 
「小泉・竹中政策で死屍累々──小泉俊明議員、国会で弾劾!」(動画あり)
投稿者 明るい憂国の士
日時 2012年2月1日10:51:08
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小泉・菅・野田内閣を貫ぬくショックドクトリンとバーナード・ルイス計画 (神州の泉)
http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2012/01/post-284c.html
2012年1月29日 (日)
「小泉俊明議員、小泉・竹中構造改革路線を弾劾」に関する部分抜粋
我々は小泉政権を境界にして、社会の在り方が極端なネガティブ・ベクトルを有してきたことを痛感と言うか、日々体験している。
その性格は国民生活の破綻、非正規労働者の拡充、希望喪失、極端な階級格差社会、生活保護者の増大、後期高齢者医療制度、その他、国民を地獄に落とす悪法が次々と生まれていることに見える。
2010年2月9日、衆議院予算委員会で小泉俊明議員は、小泉・竹中構造改革路線を弾劾した。
その質疑を参照すれば、小泉元首相がやった改革は、日本経済、特に地方経済の衰退と国民経済の衰退をもたらした。
働く国民の1/3、1700万人の特に若い人たちが明日をも知らぬ契約社員となった。
2001年4月26日(小泉氏首相就任)に日経平均で約14000円あった平均株価が、2年後の2003年4月28日には約半分の7607円に下がった。小泉政権は、不良債権の強制的処理の名の下に貸し渋り貸し剥がしを行った。その結果、実体経済の血液である金融が止まり、株と土地が暴落し始めた。この時やったことが、時価会計と減損会計の強制導入であった。
これは元来、株と土地が上がった時にやる制度であり、これをしたために、ますます株価が暴落した。
そして、決め打ちが銀行と企業の株式保有の禁止だった。
元々銀行と上場企業は1/4ずつ株を持ち合っていたが、これを禁止したために、大量の株式が市場に放出され、株価が大暴落した。小泉俊明議員は畳み掛けて言う。この結果を見ると、小泉氏と竹中氏が故意に強制的に時価を下げたとしか思えないと。一方で株価を下げながらもう一方で何をやったのかと言えば、小泉元首相が行った為替介入は、平成15年(2003年)1月から平成16年(2004年)の15か月間で、35兆2565億円という史上最高のドル買い介入をした。これに使った原資は、政府短期証券と10兆円の米国債を日銀に引き受けさせ捻出したという。
なぜ、これほどの為替介入をしたのか。
2002年末、3781億ドルだった米国債保有が、
2004年11月末で7149億ドル、
この二年間で3368億ドル、
ちょうど為替介入した35兆円分の米国債を買ったのである。
これは、35兆円分の仕送りをアメリカにやったことになる。
その結果、アメリカは低金利・好景気になり、この米国債は売った者に現金ができ、その結果、空前の株高になった。
この膨大な仕送りで、米国債の売却者に余剰資金ができた。
この余剰資金は、米国に仕送りした35兆円のうち、平成15年から18年までの3年間で、その約半額、16兆9千億円近い余剰資金が日本の株を買い叩いたそうである。これは、日本が貢いだ金で、日本の優良資産が超激安で買い叩かれたことになる。まさに国賊的売国行為がもたらした日本売りなのであった。
以上、小泉俊明議員の勇気ある小泉・竹中路線弾劾の一部を羅列したが、小泉氏と竹中氏が行った、この人為的な金融操作を見て、何かを思い出さないだろうか。そうである。当時、経済学者の植草一秀氏は、この株価暴落と、りそな銀行の救済を起点として急激に株価上昇に転じた推移を鑑み、当時の竹中経済財政・金融担当相が設立した、金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム(PT)が、作為的に仕掛けた巨大なインサイダー取引の疑いを持ったのである。そして精力的に追及した。小泉政権は当初の自己責任原則を放擲(ほうてき)し、預金保険法のトリックでりそな銀行を救済、悲観論に陥っていた金融界を、いきなり金融モラルを無視した楽観論に切り替えた。その結果を受けて株価は急騰反転した。
植草氏によれば、2003年4月から8月にかけての株価急騰局面で外資系ファンドが莫大な利益を獲得したと見られている。この人為的な株価変動情報を予め入手した勢力が存在する可能性が高いというのが、りそなインサイダー取引疑惑の骨子である。植草氏が2004年4月の品川手鏡事件という国策捜査に嵌められたのも、氏によるこの糾弾が直接の主因になったと思われる。植草氏は小泉俊明議員が追求していたこの金融疑惑を、7年も前から糾弾しており、まさに救国のウォーリアーと言える行動をしていたのだった。
さて、植草氏が先駆けて糾弾し、小泉俊明氏が糾弾した小泉政権の構造改革路線は、国民を裏切った菅政権と野田政権にも踏襲されている。それを見て、植草氏は小泉氏をポチ1号、菅氏をポチ2号、野田氏をポチ3号と呼んでいる。彼らの飼い主は既得権益複合体と米国である。このポチ1号からポチ3号が採用している政策思想が「新自由主義路線」であることはあまりにもよく知られているが、今日は彼らに通暁(つうぎょう)するこの過激な思想を別の言い方で捉えてみようと思う。…


★阿修羅♪
http://www.asyura2.com/12/senkyo125/msg/575.html






小泉構造改革ーもう一つの罪(天木直人のブログ)
政治・選挙・NHK51
投稿者 クマのプーさん
日時 2008 年 7 月 12 日 08:13:33: twUjz/PjYItws
2008年07月11日
小泉構造改革ーもう一つの罪
「小泉構造改革の揺る戻しが随所で起きている・・・」
こういう書きだしで始まる平野春木氏の政策ウオッチ(7月10日付朝日)は、小泉偽改革のもう一つの罪を見事に言い当てている。
小泉改革の罪は何か。それは改革という耳障りのいい言葉で国民を翻弄し、その実はこの国を米国流の弱肉強食の競争社会に変えてしまった罪だ。
その背後にはもちろん米国金融資本の日本乗っ取りがある。
しかし、小泉構造改革の罪はもう一つある。
それは小泉改革が悪いからといって、なにもかも改革が悪いと、真の改革まで逆戻りさせる危険をもたらした罪である。
改革が悪いのではない。
改革すべきところをせずに、改革してはならないところを変えてしまった偽小泉構造改革が悪いのだ。
平野春木氏の記事は、診療報酬明細書(レセプト)の電子化を通じたオンライン請求が、遅々として進まない事を憂いている。
医療費削減の名の下に弱者を切捨てる医療改革はもちろん間違いである。
しかし、無駄をなくし、経費を節約する改革は必要である。
ところが3年前に方針が決まった診療報酬明細書(レセプト)審査の効率化が遅々として進まない。
政府の規制緩和改革会議の松井道夫委員(松井証券社長)は、
「人員はこんなにいらない。診療報酬点数表とのチエックも電子化で瞬時に実現する」
という。
ところが現実は、いまだに病院から届く年8億件以上のレセプトのチェックの大半が、社会保険診療報酬支払基金という天下り組織の事務職員5300人の手作業だという。
このための人件費が年に約500億円もかかっているという。
効率化には人件費削減が避けられない。
そのために人員を削減する事は避けられない。
しかし、雇用を奪われてはたまらないと、既存の行政組織や天下り組織がいつまでも温存されれば、つまるところは国民の間で税金の奪い合いになってしまう。
証券会社の社長が政府の規制改革会議の委員になってオンライン化を進める事についての適否の問題はあろう。
しかし、改革はすなわちリストラだといって、改革をすべて悪者にすることもまた間違いである。
重要な事は、何のための改革か。誰のための改革か。それを見極める事だ。
小泉構造改革の罪は、まさにそのところをごまかして逃げた事にある。

★阿修羅♪
http://www.amakiblog.com/archives/2008/07/11/#001000










先に進むために、小泉・竹中構造改革の見直しは重要(神州の泉)
投稿者 忍
日時 2009 年 5 月 25 日11:52:59
政治・選挙・NHK63
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(回答先: 景気対策に関する質問主意書と政府の答弁書(小野盛司)(神州の泉) 投稿者 忍
日時 2009 年 5 月 25 日 11:45:30)
先に進むために、小泉・竹中構造改革の見直しは重要
今日は田原総一郎氏司会のテレ朝の番組「サンデープロジェクト」を見ていた。
竹中平蔵氏と自民党元幹事長の加藤紘一氏が小泉構造改革について対論していたが、両者の見解は総じてすっきりしないものだった。
加藤紘一氏は小泉構造改革を批判する本を出したそうだが、内容が気にかかる。
加藤紘一という人は、管理人の思想的スタンスから言えば、チャイナ・ゲートの中心に位置していて問題の大きい人である。
この人の中国寄りは売国の域にあると思う。
だから、けっして好感は持っていない。政治姿勢も一貫性がなく腰砕けだという印象がある。
確か森政権の時、森総理に謀反(むほん)を企て、それなりに期待させたが、すぐに腰砕けになって、謀反の撤回をしたという、実に格好の悪いできごとがあったような気がする。どんな政治スタンスでも、決起行動を途中で挫折させるのは政治家の恥じである。まあ、そのような人でも、彼が小泉構造改革を面と向かって批判した本は読んでみたい気がする。竹中氏は相変わらず構造改革が中途半端だから、日本が陥った深刻なデフレ経済は浮揚しないのだという論調をごり押ししていた。
竹中氏という人物が、相変わらず厚顔無恥だと思ったのは、1990年代の「失われた10年」の是正に一役買ったのが小泉政権の成果だと強調していたことだった。この話に含まれる悪質な嘘は、宮崎学氏の「直言」に書かれた植草さんの次の小泉政権批判によく出ている。
以下は「Uekusa レポートPlus」の2006.06.25 第10回「失われた5年−小泉政権・負の総決算(4)」から一部引用。
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小泉政権の経済政策は2003年春に事実上、完全破綻した。
緊縮財政政策と企業の破綻処理推進の組み合わせは、日本経済を金融恐慌の入り口まで誘導し、多くの罪無き国民に悲痛な苦しみを与えた。結局、「自己責任原則」を代償として完全放棄することにより、金融恐慌を回避したのである。一連の経過のなかで、外資系ファンドを中心に巨大利益を供与された人々が存在することを忘れてはならない。
小泉政権の政策評価に際してもっとも重要であるのが、2003年のりそな処理なのである。
このりそな処理についての厳密かつ客観的評価なくして、小泉政権の政策評価は不可能である。
2003年から2006年までの株価反発、経済改善をもって小泉政権の「改革」政策を高く評価するような軽薄な論評には、まったく存在価値が無いことをしっかりと見抜かなければならない
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小泉政権のやったことは、福祉の切り捨て、累進課税構造の変更による大企業優遇、中小零細企業への税制的圧迫、非正規社員の増加、国家的安定システムとして、我が国の社会を守っていた郵政事業を解体し、その莫大な富を市場経済に投擲(とうてき=放り投げること)したこと等、彼の政策的行動原理がすべてフリードマン思想に立脚しているのである。官僚主導構造を縮小するという意味合いでの「小さな政府」ではなく、セーフティネットを無残に切り捨てるという文脈における「小さな政府」の断行であった。
もちろん、小泉構造改革の知恵袋として、この悪辣な政策の数々を牽引した竹中平蔵氏は、彼の政策的な基本スタンスが、新自由主義の開祖的存在であるフリードマンの思想であることは充分に承知していたと思う。その彼が、公共の電波で「自分は新自由主義者ではない」などと平然として言い切る態度は醜悪である。
竹中氏は加藤氏を、失われた10年を作った張本人の一人なのに、それを是正する改革を非難するのはおかしいと言っていたが、それこそがおかしいのである。自分のことを棚に上げて他者をあげつらう言い逃れが醜い。自分が敷いた郵政民営化で、その始動を監督もせず見届けもせずに議員を辞職したその行為こそが無責任のきわみである。米系外資が郵政資金の収奪をしやすくなる環境を整え、郵政利権の収穫ができるように道筋を付けたら、後は野となれ山となれという心境が露骨にあらわれていた。
小泉政権の2003年以降の株価反発や経済改善は、構造改革が奏功した結果ではなく、植草さんがダイレクトに指摘したように、それまでの政策スタンスを真逆に切り替えたせいである。自己責任原則を放擲(ほうてき=投げ出すこと)して、頼らないはずの政府に全面的に頼るという大変節をしたのである。それならば、それまでの厳格な自己責任原則の適用は何だったのかという話になる。何年にも及ぶ無用な景気低迷と、年間3万人を超える自殺者は生み出す必要がなかったことになる。
小泉改革をひと言でいうならば、『日本破壊』なのである。
小泉・竹中構造改革が、「隠しモデル」として採用したのが「新自由主義」であった。
これはアメリカが陰湿に仕掛けていた年次改革要望書の意を百パーセント汲んで行われていた。
加藤紘一氏が言ったことで、納得したことは、小泉構造改革の新自由主義が、市場主義経済だけを念頭において、社会を無視したことだということである。これはまったくその通りである。新自由主義路線には、社会の実体がなく、国民の幸福や福祉が完全な形で無視されてしまう。
そこにあるのは、金持ちだけがいかに効率よく金を稼ぐかという、無情な金銭至上主義だけが見えてくる。
資金力、資本力のない一般庶民や中小零細企業は、大企業や大金持ちに搾取され、収奪される対象としてのみ認識されている。
階級格差社会とは金持ちと奴隷階級の二極分化社会のことである。
この体制造りの中心を担った竹中平蔵氏の罪は重い。
皆様のコメント
同じく昨日のサンデープロジェクトに於いて竹中は〈アメリカの日本論評は小泉政権は高く評価しているが、その後の政権の評価は低い云々‥〉と世界不況の根源であり経済政策の失策を認めたアメリカの論評を恥ずかしげもなく公共の電波で口にしています。
〔アメリカが陰湿に仕掛けていた年次改革要望書の意を百パーセント汲んで行われていた‥〕
日本社会・日本経済の破壊の段取りをしてスイッチを押して逃げ出して高見の見物を決め込んだのは小泉・竹中である事は間違いの無い事実です。小泉・竹中国民切捨て改悪の結果を以後の政権の責任にする無責任さは人間として最低のレベルですね‥

★阿修羅♪
http://www.asyura2.com/09/senkyo63/msg/908.html





posted by datasea at 22:31| Comment(0) | $ 経済アナリスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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