2019年03月14日

海洋奇譚: 6年前に遭難した船

海洋奇譚:6年前に遭難した船
ロビンソンは貨物船コスロウ号に航海士として乗り込んだことを後悔し始めていた。
この船はインドの沿岸貿易の仕事であった。
彼の後悔の原因は何だったのか。
ロビンソンにもこの船で感じている不安がどこから起こってくるのかはっきりはしなかった。
エンジンも状態は良かったし,乗員も資格のある船乗りで編成されているわけではないが,自分の仕事はよく理解しているように思えた。
それなのにロビンソンはこの船を信頼できなかった。
多分船長のせいであろう。全長は風変わりな男で,口数も少なくて,感情を自分の中で押し込めているような感じで,表情を変えることない人であった。
命令する時もぶっきらぼうで,手短な言い方をして,突然行動で示しながら言いつけるのであった。
航海士たちとも仕事上の話しかしなかった。
1936年12月22日,ロビンソンは真夜中の当直であった。その時間には,空は晴れていた。
ロビンソンは時々舵に近づいて,船首の方向を確かめては,ブリッジの角で見張りを続けていた。
午前1時を少し回ったころ,ロビンソンは船とセイロンの東海岸の間に1つ弱い光が見えたように思った。
双眼鏡を当ててゆっくりと水平線を追うようにしてその灯の見えた方向へ視界をはしらせていた。
11キロ先だと見当をつけてから何の光なのか確かめようとした。
灯台だろうか,海図ではこの海域には灯台はなかった。
船の灯なのだろう,それにしても遠くでやっと見える位であった。
30分ほど過ぎた,
ロビンソンはずっとその光を見つめていた。
その光が船から出ているとすればその風にはとてもゆっくりと走っているはずであった。
なぜなら,その光は今やコスロウ号の後ろの方になってしまっていた。
ロビンソンはもうその光に注意を向けるのはやめた。
光は次第に消えかかっていた。当直の仕事はまた単調なものになった。
午後5時。
船長がブリッジに登ってきた。少し怖いような気持ちでロビンソンは船長を見つめた。
「エンジンを全部止めろ」。
船長が言った。
ロビンソンはまさかと思った。
しかしあの口数の少ないあの船長がそう命令しているのである。
透視能力を持っているのだろうか。
海の真っ只中でエンジンを全部止めるとは一体どういうことなのだろうか。
ロビンソンは命令を実行するのをためらって船長を見つめていた。
船長は待ちきれずに急いで機械室に行って,装置を動かした。
そして指示標を停止の位置に固定した。
エンジンの回転が止まった。
硬直の男たちは唖然として,不安そうに顔を見合わせていた。
コスロウ号は流れに乗って動いていたが,突然動かなくなった。
すると全く動かずにいる事,周りの静けさなどが船員たちに何か得体の知れない怖さ・不安を感じさせ始めた。
船長は不意にブリッジの中央に走りよって舵の近くに行って汽笛を鳴らす装置をひいた。
装置が作動して,汽笛が長く鳴り響いた。もう一度汽笛が鳴り響いた。
なるような汽笛が消えて静けさが海にのしかかるようにして戻りかけた時であった。答えるように別の船の汽笛が響いてきた。
うなるように響く汽笛は霧の中で反響して広がって,どの方向で鳴らしているのかはっきりしなかった。
船長はさらにコスロウ号の汽笛を鳴らして,二隻の目の見えない船は霧の中で話し合うかのように呼びかけを交わした。
2隻の船の汽笛による対応はしばらくの間続いた。少なくとも皆がそう思った。
向こうの方には見えずに右のほうに,あるいは左のほうにいるように思われた。
ロビンソンは船長の様子を見つめていた。
船長はじっとしたまま,きっとした顔つきで何かを待っているように見えた。
「あそこだ」。
大声を出したのは水夫であった。
塊のようなその際一,身体の各部は避けることができなかった。
傷つき傷つけられて, 一部がもぎとられた漂流船だろうと思われた。
その後,船の周りの霧が薄くなった時に,甲板の上の部分がひくく煙突も短いことがわかった。
長さ100メートルもある大物の貨物船であった。
その後にはコスロウ号から400メートル位のところを通過していった。
もしもこちらが航行をつづけていれば,確実にその大型船と衝突するところであった。
船長は望遠鏡を握り締めて
「トリコロール号だ」
とつぶやくように言った。
船長以外のものにはその貨物の名前は読み取ることができなかった。
その船は甲板に人影はなかったし,霧のせいで幻想的の実態のわからない姿しか見えなかった。
もう汽笛も鳴らさずにエンジンの音も聞こえてこなかった。
「ゆっくり前進だ」
と船長は命令した。機械室の操作機が操作されて,音を立てた。エンジンが始動する響きが伝わってきた。
コスロウ号は再び走り始めた。
海は軽くうねり,いくら荒れていた。
風が出てきた。
霧は風に追われて大きな裂け目を作り所々視界が開けた。水平線が見えてきた。
左側に遠く黒っぽい筋のようなものが現れた。
セイロンであった。
船長は針路を修正して,それからブリッジを出ていたが,その前にロビンソンのところに来てまるで言葉を惜しむように早口で
「トリコロール号だったよ」
とだけ言った。
ロビンソンは機械的にこう答えた
「はい,うまく切り抜けることができました」。
船長の目は奇怪な炎が燃えたっているようにギラギラしていた。
キッと向きを変えると船長は自分の部屋に向かっていった。
ロビンソンは舵の修正された針路をとっているかどうか確かめてから,双眼鏡で水平線をぐるりと見ました。
「信じられない」
とロビンソンはつぶやいた。
今はすっかり霧が晴れていた。
しかし海上には一隻の船も見ることができなかった。
コスロウ号と衝突しそうだった貨物船,あのトリコロール号の姿は消えてしまっていた。
1931年,同じ1月5日,グリシングリニッジ標準時間15時,セイロンの西海岸,ドンドラ崎の沖で海上黒煙が巨大な柱となって噴き上げていた。
海は穏やかで風もわずかであった。
煙の柱はまっすぐに立ち上って200メートルに達した。
その根元には煙が熱くうずまく渦巻き状になっていた。それが次第に大きくなっていった。
マルセイユ〜横浜航路の定期船ボルトス号の船上では,航海士がこの事故の様子を見つめていた。
火災を起こしたのであろう。
引火材の資材を運んでいたのに違いない。
ボルトス号は煙の方角に向かって進んだ。
事故のあった船の乗組員が甲板看板から脱出できていればいいが,と思っていた。
火災が原因で爆発が起きたのかどうか気しなかった。
先方の船までもう5キロばかりであった。
煙がものすごくて罹災した船を見つけることができなかった。
その船の周りを霧のようなものが取り囲んで,海上に停滞していた。
その霧の中から黒い点が2つ抜け出してきた。
救命ボートである。
ボートはボルトス号に近づいてきた。
30分後,ボートは定期船に接触して,遭難者たちが痛ましい姿で次々に登ってきた。
彼らの顔はつい今し方体験してきた惨劇の跡が残って残っていた。
39人であった。
船長, 航海士,水夫,機関係,乗客1人が欠けていた。
その人たちは突発した事件に,不意に船の中に閉じ込められてしまったんだろう。
何度も爆発音が響いたということであった。
そしてそのすぐ後に炎が船内に入って船は沈没したのであった。
水夫たちは救命ボートを海におろすのがやっとであった。
シンガポールで生存者たちは船を降りて,遭難したときの状況について聞かれた。
乗組員の証言では爆発はごく短い間を置いて起こった。
そのすぐ後に火災の炎と浸水とに同時に襲われて,機関室から逃げ出す時間しかなかった。
次々に質問が続けられた。
6200トンのノルウェーの貨物船の遭難は何が原因でどうなったのかよくわからなかった。
そして,この貨物船の名前が
トリコロール号
であった。
この名前はご存じのはずだ。
この船が遭難したのは,先に記したように1931年1月5日だった。
つまりこの船がコスロウ号の前に現れた6年前の同じ日に当たる。
ー海洋奇譚集,知恵の森文庫,ロベル・ド・ラクロワ,

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これは伝説でもないし噂話でもない。
コスロウ号の航海士ロビンソンが1958年にアメリカ合衆国の船舶協会の会報に載せた偽りのない事実なのである。
どういうことなのだろうか。
1つの説明を考えてみることにしよう。
船が現れたと思ったの幻覚だったのだろうか。
いやそうでは無い。
コスロウ号の乗組員全員がその船を見たのだ。
彼らの言ったことは一致している。
しかしその船は本当にトリコロール号だったのか?
その貨物船が現れていた短い時間に名前を双眼鏡を使って読み取ったのはコスロウ号の船長だけだった。
船長が読み違えてのだろうか?
思い違いはいつも起こりうることだ。
しかしなぜハッキリと「トリコロール号」という名前を口にしたのだろうか?
コスロウ号の航海室にはいってみることにしよう。
机の上に地図を広げてあり,鉛筆で船の航路が書き込まれている。
この航路の近く3キロほどのところに漂流中の船の方位が記入されている。
そして地図のまわりの白い部分に,
「この航路は漂流船M.S.トリコロール号,1934年1月5日の航路と一致する」。
と書かれている
だから船長は彼の船が漂流中の貨物船のいたすぐ近くを通ることも,またその貨物船のことも知っていたのである。
それに,船長は何度もインド洋を航行していたから,その名前も,遭難したときのこともよく覚えていた。
コスロウ号の船長の人柄と性格はすでに話したように,彼は大型帆船の船長たちの血を引く人間であった。
つまり,何かが起こる兆候,前触れに敏感になって,人間を支配している目に見えない力,あるいは現象によって生じる力の動きをとらえる能力を持っていたのである。
船長は夢想,あるいは事件の前に起こる動きによって何か察知して,彼の船を座礁,あるいは衝突から救ったのである。
そして近くのあまりの鋭く,分ごろに思われていたこの人の場合もそうが実際に目に見えていたようである。
危うく衝突するところであった相手の船が,その時コスロウ号の通っていた近くで沈没したトリコロール号となって海底から浮かび上がってきたのである。
海で起こった異常な出来事は1つとして単純なものはない。
このように説明してみても納得のいくものではないし,すでに食い違いを見せている。
トリコロール号らしい船が少しの間だけ現れた後で,急に霧が晴れたのであった。
その時見渡せた範囲は11キロから12キロはあった。
その船が普通の速度で下進んでいたとすれば,通過後45分間位はコスロウ号から見えたはずであった。
それなのにロビンソンによれば海には1隻の船も見つけることができなかったのである。
この謎はどのように説明したらよいのだろうか。
あの風変わりな船長の人格について謎はどうだろうか。
海に出て行く人について考えなければならない。
時代からも世間からも離れて,不安定なものに囲まれて,空に向かって自分の針路を尋ねる海の男は,文明生活が鈍らせてしまった感受性を取り戻す。
私たちの場合,大抵その力が鈍くなってしまっているのである。
海の男は風が知らせてくることを読み取って,水平線の彼方にこれから何が起こってくるのか,その前兆を見る。
海賊デュゲイ・トルバンは,幸運にも不運にも,やがて起こる事件の日付も,その場の状況も,わかっていると豪語していた。
三本マストの帆船アスク号の船長は次のように話している。
「つまり,幽霊が現れてホーン崎を通ってはいけない,そうしなければお前の船は燃えてしまうぞ,と言った」。
彼は声に従い迂回して進んだ。
そして偶然の一致だろうか。
アスク号は次の航海の途中,バルパライソでまさしく火災を起こしたのであった。
1907年,ブーゲンビル号の船長はホーン崎を廻り込むことができないだろうという知らせの声を聞いた。
彼はこの声に従って太平洋航路をとってサンフランシスコについたが,その時までにこの三本マストの帆船はどこかで沈んでしまったものと思われていた。
ただ1人で航海した人たちーヒュー・レベル,フランツ・ロメールは目に見えないものの声に導かれて危険な海岸の岩礁の間を通り抜けた。
他の男と海の男たちも何か起こる前の動きによって彼らの未来に気づいていた。
帆船アメリー号の見習い航海士は,
「今まで誰も見たことない光景を見ることになるだろう」
,と彼の友人にこっそり話していた。
そしてアメリー号からは何の連絡もなくなってしまった
これら海の男たちの人格や能力の謎のような部分は,何世紀にもわたって人類に恐怖と魅力を感じさせてきたものが,海そのものの謎と混じり合っているのである。
ー海洋奇譚集,知恵の森文庫,ロベル・ド・ラクロワ,

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