2019年03月08日

松原照子氏・予言の実際

DSC_0110.JPG
松原照子氏


DSC_0112.JPG
松原氏愛用の地図






松原照子氏・予言の実際
学研ムー・2017年1月号記事
特集・松原照子
「私のこの地図じゃないとあかんねん。」  
松原照子氏はそう言うと、使い込まれてくたっとした一冊の地図をテーブルに置いた。
ウェブサイト「幸福の近道」を開設した時に松原氏を支える古い知人の一人がプレゼントしてくれたものである。
といっても特別な地図ではない。中学生が社会の授業で使うような何の変哲もない地図である。
「ほら触る回数が多いからこのページは開きやすくなっている」。
少し苦笑いしながら松原氏が開いたページには関東から東北にかけての地図が掲載されていた。松原氏が住んでいる地域である。
しかしいったい何のために地図に触るのかと首をかしげる読者は少なくないと思う。
実は松原さんは指で地図に触るとそこでこれから何が起ころうとしているのかを読み取ることができるのである。
「指さん、指さん、教えてください、という気持ちで触るんよ」
そう言いながら、松原さんが地図に両手の指を滑らせていく。
「そうするとな、ここが動くと感じることもあるし、字が光って見えたり、大きくなったりすることもある。地図にない字が見えてくることもある」。
引き続き、愛用の地図を前にして松原さんに話を伺った。
「この地図な、少し不便なところがあるんよ」。
そう言うと松原さんは地図の一箇所を指差した。房総半島沖のはずなのだが、本来ならば海が広がっている場所に伊豆諸島の地図が配置されている。
「ここに触るとな、この島のことしかわからへん。
海のことが知りたいから、あんたとちゃうねんその下にある海やねん、と(伊豆諸島の地図に)言ってもやはり半島が感じられて海には触られへん」。
房総半島沖といえば巨大地震の震源地になるかもしれないと危惧されているエリアの一つである。
他の地図で確認するわけにはいかないのだろうか? 
「以前に何かの席で地図が古くなったし海に触れなくて少し不便やと言ったら、いろんな人が地図を送ってくださったことがあるの。そうやけどどうしてもこの地図がええねん」。
なるほどライナスの毛布のようなものか、と相槌を打つのも妙だが、思わずうなずいてしまう。そうさせる程松原さんの話には異次元的なリアリティがある。
そしてこのように生の言葉を聞いて愛用の地図を見せてもらえば、松原さんがあてずっぽうやハッタリで世見書いているわけではないことがはっきりと伝わってくる。地図に触れて指先で感じたことや目に見えたことをそのまま文章にしてサイトで発信しているだけなのだ。
ただその感じる見えるという部分が相当に超常的ではあるのではあるが。
驚きのエピソードはまだまだ続く。
「北海道の地図の触っていて指に火傷したこともあるなあ。熱い!て指を離したら水ぶくれができてた。触った場所には昭和新山があってそれからすぐに噴火したの。元気一杯の火山は熱いし、断層に触ると、動いてる感じがする」。
地図を見ているうちに、日焼けしたこともあるという。
「神戸にいた頃、地図を見終わってから指輪を外したらそこだけ白いままだった。これは何人も証人がいるし、面白いと騒いでいた友人もいるな」。
これはどうやら地図で触っていた現地の日差しが強かったためにそれに焼かれたものらしい。催眠術下で火傷したという暗示を与えるとそういう症状が皮膚に現れると聞いたことはあるが、地図に触っているうちに日焼けするとは何がどう作用しているのだろうか?
次の瞬間に松原さんはふと空を見て全く別のことを話し出した。
この現象は取材時にしばしば起きる。
何かの情報をいきなり松原さんがキャッチして、ライブよろしく見聞きしたことを中継してくれるのである。
「押してみると古い写真が見える。アメリカのどこかで大きな地震があった時の写真が白黒で見えている。だからどこかにこの写真があると思う。季節は冬なのかな。帽子をかぶってコートを着た人たちが瓦礫の前に立っている写真が1枚見える。サンフランシスコ地震だと思う。この地震は何月だったのかな?」
即答したいのは山々であったができるわけがない。事務所で仕事中のスタッフの人にお願いして調べてもらったら、サンフランシスコ地震は1906年4月18日早朝に発生したことはわかった。マグニチュード7.8の地震である。
帰宅してからネットで検索、4月半ばにコートを着ているとはサンフランシスコはそんなに寒い地域だったのかな?そう思いながらキーボードを叩いていると、松原さんの言葉に該当する写真が見つかった!まさに帽子をかぶってコートを着た人々が瓦礫と化した街に立っているのである!
この手のことに懐疑的な人ならば絶対にこうコメントするだろう。松原さんはあらかじめサンフランシスコ地震のことを調べて写真も見た上で演技をしているのであると。
こういった種類の意見に対しては、何のために松原さんがそんな面倒なことをしなければならないのだとまずはいいたい。
有名になりたいと言うなら、松原さんは既に有名人である。そればかりか去年の東邦出版の著作「聞いてビックリあの世の仕組み」それが10万部を超えるベストセラーとなっていっそうの注目が集まっている。
そういう状況の中で、一つ間違えればバッシングにつながりかねないような危ない橋を渡るだろうか?
狙いすました意味をするならもう少し上手くやってもいいところである。
。。。
文章が理解しにくいもうひとつの理由は、「不思議な世界」届いた音声や画像が聞こえにくい、見えにくい、というケースがあることである。
例えば次のような例がある。
ククルカン王と暦とのつながりも分かりません。
マヤ文明とククルカン王との関係、マヤ人とラ○ンドン族との関係も分かりません。
聞き取れなかった言葉は「ラカンドン族」であったと思われる。16世紀にスペイン人がマヤ文明の諸王国を征服しようとした時に、マヤ人の中でも低地に住む人々が熱帯雨林の奥地に逃げ込んで外部との接触を断って生活するようになった、それはラカントン族のルーツだと言われている。
次へ行こう。
「ブッシュには自信があった。
マドリードの中東和平会議の場。
シャミルは泣く泣くこの会議に出席した。
100億ドルの融資保証がイスラエルに行われていたら、オリンピア○○○ヨークは当選しなかった」。
聞き取れなかった単語は
「オリンピア・アンド・ヨーク」
だろう。
世界的な不動産開発会社だが、1992年に倒産した。
先に述べたラカンドン族もそうであるが、「ン」が聞き取れないのである。
このあたりに、松村さんが本当に何者かの声を聞いているという生々しさを感じる。
なおマドリードでの中東和平会議とは、湾岸戦争後にアメリカ主導で開かれた会議である。
シャミルとはイスラエル首相・イツハク・シャミルの事だろう。
アメリカの圧力によってこの和平会議に渋々参加したと言われる。
次の記事も面白い。
「ウトナピシュティムと大洪水の物語を私は知りませんが、不思議な世界の方の話では実際に起きたことであったようです。
北緯9・26・4n、東経44・15・3n
書けているのか不安ですが、目の前に見えたものを写しました。
海抜1870 m
この場所がどこなのかは今の時点ではわかりませんし、どのような意味のある場所なのかも分かりません。
。。。
もしも
ドナウ・ド=エストルト・エブル
その大河川が流入する黒海を古代ギリシア人たちがみたらどう思うのでしょうか?」
北緯何分という部分は
北緯39°26分4秒、東経44°15分3秒
のことだろう。
この地点の海抜は1870mだ。
ノアの方舟が埋もれている場所として有力視されている。
松原さんが「n」とみたものは秒の記号だったのだろう。
とした微妙な間違いは、見えたまま・聞こえたままを書き写そうとするからこそ生じるように思われてならない。
さらには
「ドナウ・ド=エストルト・エブル」
であるがこれは
「=」
ではなくてカタカナの
「ニ」
だろう。
おそらく松原さんの目には横書きの文字が見えたのだ。そのために
「ニ」を「=」
と間違えたのだろう。
これを正すと黒海を注ぎ込む
「ドナウ・ドニエストル・ドニエプル」
の三つの川であるとわかる。
参考までに、ウトナピシュティムとはギルガメッシュ叙事詩に登場した老賢人の名前である。
ギルガメッシュに大昔の大洪水の話をした人物だ。

jmtjmdn pc



posted by datasea at 22:52| Comment(0) | % 松原照子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: