2019年02月06日

前回の最終氷期から11500年後(1サイクル)>>>地球は今,氷河期に向かっている

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■地球は氷河期に突入した
・懐疑論...
そのうち朝起きたら,9階建てのビル分の雪に埋もれてるだろう。
氷河期というのは見事に,ゼンマイ仕掛けのように11500年の周期でやってくる。
気づいたら最終氷期が11500年前に起きてます...
・科学的知見...
CO2による温暖化効果は,軌道の変化や(例えばマウンダー極小期の)太陽活動の変動と比べて,ずっと大きいです。
ほんの数世紀前,地球は「小氷期」と呼ばれる比較的穏やかな氷河期を迎えた。小氷期の一部は太陽黒点数が著しく減少した期間(マウンダー極小期)と一致してます。太陽活動の低下と火山活動の頻発との組み合わせが大きく貢献し,ヨーロッパ地方では海洋循環の変動が効果があったとされてる。 
図1:太陽放射量(Total Solar Irradiance | TSI)。
1880年から1978年までSolanki。
1979年から2009年までPMOD。
今現在の時代にマウンダー極小期を体験する可能性はあるのか?
太陽活動は現在冷却化の傾向を示しています。
2009年の活動量ほど低くなったのは一世紀以上前です。
しかし,将来の太陽活動を予測するには問題があります。
グランド極大期(e.g. 20世紀後半)からグランド極小期(e.g. マウンダー極小期)の周期は無秩序で予測するのは難しいからです。
例えばマウンダー極小期が21世紀に起きたとしましょう。
地球の気候にどんな影響を与えるか?マウンダー極小期まで太陽活動が落ち着いた時,どんな気候応答が生じるかシミュレーションしてみると,太陽起源の温度低下より,人為起源温室効果ガスの温度上昇の方が断然強かった。太陽活動の低下から来る冷却化は0.1℃あたりと推定されており(マックス0.3℃),温室効果ガスからの温暖化は3.7〜4.5℃と推定されてます(排出量によって異なる)。 
図2:1961〜1990年をベースとした1900〜2100年の地球平均温度偏差。
A1B排出シナリオ(赤),A2排出シナリオ(マゼンタ色)。
太陽強制シナリオは三つ:平均(実線),マウンダー極小期(破線),マウンダー極小期からさらに放射照度を低下(点線)。NASAの観測された温度データ(青)。
しかし,過去の気候は小氷期よりもさらに劇的な変化を経験してます。
過去40万年,地球は何度も氷河期を経験し,10万年周期で,短期間暖まってます。
こういった氷期と氷期の間に来る温暖な期間は間氷期と呼ばれており,大体1万年続く。
現在の間氷期は1.1万年前始まりました。もしや間氷期が終わる頃なのか? 
図3:ボストーク,南極での気温変化。緑色の棒で間氷期がマークされてます。
氷河期はどうやって起動するのか?
地球の軌道が変化すれば,北半球へ当たる日光は夏に低下する。北部の氷床は夏,だんだん溶けなくなり,何千年もかけて発達する。これは地球のアルベドを増幅させ,氷床の発達と冷却をより強く強制する。この過程は1万〜2万年くらい継続し,氷河期となる。
間氷期の長さは皆異なります。
南極にあるドームCの氷コアを使って72万年前までの地球の温度を瞥見できます。
42万年前,地球の気候は現在の状態とさほど変わらなかったのです。
その期間,間氷期は2.8万年続いたので,現在の間氷期も,人間の介入を除外しても同じくらいの長さに続く可能性があります。
40万年前と現在の似たような状況は地球の軌道によるものです。
両間氷期とも,軌道要素の変化から来る強制力は他の間氷期と比べて少ないのです。
シミュレーションによれば,現在の間氷期はCO2排出なしでも1.5万年あたり継続されるとの事です。
もちろん,人間活動を除外した間氷期の推定は理論上のものです。
大事なのは,人間が介入すると氷河期起動のタイミングはどう影響されるのか。
この質問に答えた一研究によると,CO2濃度が高ければ高い程,氷河期を起動する「引き金」,日射量は低くなくてはなりません。
図4は様々な排出シナリオに基づいて気候応答を検証したものです。
緑線はCO2が無い「自然」な応答。
青線は人為起源CO2を300ギガトン排出した時のシナリオです(我々はもう既に超えてます)。
オレンジ線は1000ギガトンの排出,起きれば13万年氷河期を防ぐという計算です。
5000ギガトンの排出(赤線)が起きれば,氷河期時代を50万年遅らせる事ができます。
今の状態,比較的弱い軌道強制力と長いCO2の寿命,両方を合わせ考えると,過去260万年,最長の間氷期になる可能性があります。 
図4:将来の地球平均温度に対するCO2効果。CO2排出無し(緑),300Gton(青),1000Gton(オレンジ),5000Gton(赤)。
氷河期が間近という懸念は置いておいていいでしょう。氷河期が本当に切迫してると言うなら,北部の氷床に目を寄せてください。氷床が発達してれば,1万年かかる氷河期の過程が始まってるのかもしれません。しかし,現在の北極の永久凍土層は削剥,融解し初めています。北極の海氷は融解,グリーンランドの氷床は体積の縮小が加速してます。氷河期が起こる条件としてはいまいちです。 
 
雑学の世界
http://www.geocities.jp/widetown/japan_den/japan_den124.htm









■地球は今,氷河期に向かっている
地球は今,永いスパンでみると,氷河期に向かっている,ということです。
それを知った時,私は暗い気持ちになりました。
どうせその頃は私は存在しないから,どうでもいいようなものの,この地球が次第に冷えて氷河に覆われていく,というイメージは気持ちのいいものではなかった。
ところが,最近知ったのですが,地球上では氷河期の方が,むしろ生命の豊かな時代だったようです。
というのは氷河期には大気中の水蒸気が凍って地上に蓄えられ,少しずつ融けて常時適度に地面に水分が供給されるので,森が豊かに広がり,動物が大いに繁殖したのだそうです。
氷河期は空気が乾燥してむしろ雪が少なかったので,地表の草を動物が食べ易かった。
氷河期が終わると,地上の氷が融け,どんどん水蒸気になって上空に去り,地表は乾き,森が減り砂漠が増えました。
地上の乾燥とは逆に,空気は湿り,雪が増えて動物の食料の草を覆い隠し,それがマンモスの絶滅の一因になったと考えられています。
地表の乾燥と雪の増加とは矛盾するじゃないか,と私も奇異に思いましたが,つまり,こういうことではないかと思います。
陸上の生き物にとって不可欠な「真水」は,地球上のすべての水の一%しか存在しません。
ところで,宇宙から見ると,地球の全面積の五〇%が常に雲に覆われています。しかし,そのとき雨の降っている部分はその三%にしか過ぎません。雨を降らす雲は例外的な雲なのです。
早い話が,現在のような温暖期には,地球上の真水の大部分は水の形でなく,雲の形,または目に見えない水蒸気の形で存在し,そのうちの例外が地上に降って来るのです。
しかも,そのなけなしの真水も,強い日差しでたちまち水蒸気になって空に戻ってしまう。
さもなければ,河となって流れ去ってしまう(そして最終的には海に流れ込んで塩水になってしまう)。
ところが,氷河期には,その例外的に地表に降ってきた真水は,すぐに氷の形になってその場に貯蓄されます。蒸発もせず,河にもなりません。
塵も積もれば山となる。どんなに微々たる量の真水でも大部分が失われずにその場に蓄えられていけば,いつかは氷山になる。つまり,氷山とは真水の貯金箱なのですね。
地上に真水が増えれば,上空には水蒸気が減る。
従って空気が乾燥して雪が減る,ということになるのでしょう。
こうして氷河期は,生き物に必要な真水が,温暖期よりも地表に多く存在し,生き物の大いに繁殖する豊穣の時代になる,というわけです。
事実,氷河期の代表的な動物といえば,ご存知の通り巨大なマンモスですよね。
ところで,マンモスがなぜそんなに巨大になったか,といえば,それもまた,氷河期のせいだ,とのことです。
もちろん氷河期は豊穣の時代で,大食いの図体を養えるほど食料の草が豊富だったから,ということもありますが,それなら個体は小さくて数が多くてもよかった筈です。
それなのになぜあんなにマンモスが巨大になったか,といえば,寒い時には大きい方が有利だからです。
数学の時間に,
「面積は長さの二乗に比例し,体積は長さの三乗に比例する」
と習ったことを思い出して下さい。
動物の身長が2倍になると,表面積は四倍になり,体積は八倍になります。
そこまで増えなくても,体積が2倍になっても表面積は一・六倍程度しか増えません。
寒い時には表面積が大きいほど恒温動物の体温は沢山失われます。
だから同じ体積だったら表面積が小さい方が有利です。ところが,体積が増えれば増えるほど表面積の増え方が少なくなってゆく。
だから寒い時には図体が大きいほど有利なのです。だからマンモスはあんなに巨大なのです。
ただ,いくらでも大きいほど良い,というわけにもいかない。必要な食料も増えるとか,いろいろ他のデメリットとの兼ね合いで,あの大きさが最適,ということになったのでしょうね。
人類の発展にも,氷河期は大いに寄与しているようです。
南北アメリカ大陸がゴンドワナ大陸から分離した時には,まだ人類は発生していませんでした。
従ってアメリカ大陸には,人類はいませんでした。霊長類も南北アメリカには「原猿類」しか棲んでいません。
やがて氷河期が来て,ベーリング海峡が凍り,アジア大陸とアメリカ大陸が地続きになりました。
その時には既に現生人類にまで進化していたわれわれのご先祖は,お陰で自分の足で歩いてアジアからアメリカに渡って行きました。アラスカも氷に覆われていたので,却って足場がしっかりしていて,移動に好都合だったようです。
ベーリング海峡を越えた人類が,南アメリカ南端のマゼラン海峡まで達するのに要した時間は,当時の人類の文明段階を考えると驚異的な短さだったようです。
ともあれ,氷河期がなかったら,人類はコロンブスの新大陸発見まで,南北アメリカ大陸に一歩も足を踏み入れたことが無いままだったに違いありません。(そんなアメリカ大陸をちょっと見てみたかった気もしますがね)
そんなわけで,氷河期というものは,嘗て私がイメージしていたような荒涼たる死の世界ではなく,まさにその正反対の,豊穣と発展のダイナミックな世界だったようです。
地球の生物にとっては,むしろ「温暖化」の方が,よっぽど荒涼と死に近い世界なのでしょう。 
 
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■ミランコビッチ説
・氷河期
地球には過去に何度も氷河期とよばれる気温の低い時期がありました。7億年ほどまでの氷河期は地球のすべての表面が氷に覆われた「全球凍結」という超氷河期が頻繁にあったこともわかっています。
このような地球を「スノーボール・アース」といいます。
約6億年前のカンブリア紀直前にスノーボールを脱した地球はその後も何度かの氷河期を経験しましたが,全球凍結はおこっていません。
この原因は太陽の進化によって放射される熱エネルギーの総量が増加したためと考えることができます。
顕生代(カンブリア紀以降現在まで)には全球凍結はおこりませんでしたが,古生代末には生物種の90%以上が絶滅する大絶滅がおこりました。
この原因については天体の衝突という考え方もありますが,
氷河期の到来による氷河の発達→海水の減少→大陸棚の消失→植物プランクトンの死滅→酸素欠乏 
といった原因が考えられています。
中生代には目立った氷河期はありませんが,新生代になって強い氷河期が何度も到来しています。
過去200万年の第四紀は氷河期が普通で,氷河期と氷河期の間である間氷期のほうが短く,
現在は約1万年前に終わった氷河期(ヴュルム氷期)と次に来る氷河期の間氷期と考えられています。
ただし間氷期とは言わず後氷期といいます。
・氷河期になると
氷河期の程度にもよりますが,氷河期になると海水が大陸氷河となるため,海退(海面の低下)がおこります。約1万2千年前には海面が最大130m低下しました。日本付近では朝鮮半島・樺太・シベリアが陸続きで,日本海が湖となっていました。日本のような中緯度地方では,高山地帯で氷河が発達し,広葉樹林帯や針葉樹林帯の南限が南に下がってきます。また季節は 春−秋−冬 となり夏がほとんど無くなと考えてよいでしょう。  
・原因と考えられる諸説
科学的なものから非科学的なものまで過去に多くの氷河期の原因が考えられました。科学的なものを分類すると次の3つに分類できます。
・地球に起因するもの
地球自体が氷河期を招いているという考え方です。
ミランコビッチ説もここに含まれます。地球の公転や自転についてのさまざまなことがらや,プレートテクトニクスやプルームテクトニクスなどで説明しようとするものもあります。また火山の噴火によるチリが成層圏に滞留して地表に届く日射量が減少し,異常気象が頻発することも何度かありました。19世紀におこった天明の飢饉などは浅間山の噴火によるエアロゾルが原因であることがわかっていますし,1991年のピナツボ火山の噴火でも気温低下が観測されています。巨大な火山爆発が連続すれば氷河期の引き金になることも考えられます。
・太陽に起因するもの
太陽は核融合反応によってエネルギーを生産・放出しているのですが,常に一定というわけではありません。
黒点の増減などに周期性がありますし,さらに長い変動も観測されています。
またマウンダー極小期(1640-1715年頃)やシュペーラー極小期(1410-1540年頃)といって黒点がほとんど現れない時期もありました。
実際にこの時期には寒冷化がおこり「小氷期」とよばれています。
小氷期が氷河期の小規模なものかどうかは不明ですが,太陽が長い目で見ると変光星である可能性は捨て切れません。
その変化は恒星としては微々たるものではあるけれど,地球に対する影響は大きいと考えられます。
・太陽系外に起因するもの
太陽系は銀河の中を波打ちながら約2億年で公転しています。
数千万年ごとに銀河面を通過しますが,そのとき巨大な分子雲の中を通過することがあります。
このとき 太陽光線が分子雲によって遮られ日射量が低下する可能性があります。
太陽系の近傍には分子雲があり,数万年前に通過し終わったといいます。  
・ミランコビッチ説
地球の氷河期を地球の軌道面の変化と歳差運動,地軸の傾斜角で説明しようとする説のことです。
ユーゴスラビアのミランコビッチ(Milankovitch)によって1930年に唱えられました。
現在では主流となっている考え方ですが,まだまだ反対論も多いようです。
・地球の海陸の分布
地球上の大陸は北半球に集中しています。
ユーラシア大陸・北アメリカ大陸のみならずアフリカ大陸の半分以上が北半球にあります。
南アメリカ大陸も一部が北半球です。
図は陸半球とよばれる大陸塊を示しています。
反対に南太平洋を中心とする部分には陸地は10%しかありません。
大陸は海洋と違って熱容量が小さいので,熱しやすく冷めやすいという特徴を持っています。
つまり地表に届く太陽エネルギーの変化が海洋に比べてより顕著に表れます。
また一旦大陸氷河が形成されると,アルベド(反射能)が極端に変化します。
土の茶色や植物の緑色は太陽の光を吸収しますが,氷は反射してしまいます。
冬に降った雪が凍って夏を越すと,翌年にはさらに気温が低下してさらに広い地域に拡がります。
これによる正のフィードバックで氷河が成長すると考えられます。
この逆の現象は氷河の消滅にも適応できます。
いずれにせよ,北半球に大陸がかたまっている現在の状況は,北半球での日射量変化がたとえ少しでも氷河期の引き金になるということです。
・軌道の形の変化
地球の軌道は太陽を焦点の一つとする楕円軌道です。地球が最も太陽に近づく点を近日点,最も遠ざかる点を遠日点といいます。太陽と地球しかなければ軌道の形は変化しませんが,地球の軌道は他の惑星の影響を受けて(木星が最も大きい),約10万年周期で変動します。ただし太陽と地球の平均距離はほとんど変化しません。もし平均距離が変化すれば変化が蓄積されて地球は現在の軌道には存在しません。このような形の変化を離心率の変化といいます。公転軌道の形が最もひしゃげると,近日点と半年隔てた遠日点で,太陽の日射量の差は20%となります。最も丸くなると,その差は4%。現在その差は7%です。
・歳差運動と近日点移動
地球は,自転軸を北極星に向けたまま,自転と公転をしています。この自転軸が23.5度の傾きを保ったままで,2.6万年の周期で逆回転して首振り,みそすり運動をします。これを歳差運動といいます。だから1万年ほどするとベガ(織女星)の方向に自転軸が向いて,こと座のベガ(織女星)が北極星となります。地球軌道の形が変わらないとすれば,現在は太陽黄経が286度(1月7日頃)に近日点を通過します。北半球の真冬に地球は太陽に最も近づきます。ところが1万3千年後には1月7日は北半球の真夏になるということです。さらに,実際には地球の近日点は他の惑星の影響を受けて緩やかに前進します。歳差運動と近日点前進の結果,近日点通過の季節が約2万年の周期で変化します。現在近日点通過は,北半球の冬に,南半球の夏に起こっていますが1万年のちには近日点通過は北半球の夏に,南半球の冬に起こるようになります。
・地軸の傾き
現在の地球の自転軸は,公転軌道面に対して垂直から(傾斜角)23.5度傾いています。南北緯度65.5度(90度マイナス傾斜角)以上の極圏では,太陽の沈まない白夜と暗黒の極夜が半年づつ続きます。自転軸の傾きは,(地球が球でなく扁平なので)月と太陽の重力の引力で,21.8度から24.5度まで4万1千年位の周期で変化します。傾斜角が大きいと白夜や極夜の範囲が広くなり季節変化が大きくなります。
・大陸移動
上に述べたことがらによって,北半球への日射量は,たとえ太陽の全放射量が同じでも数万年から数十万年の規模で変化することがわかります。少しの寒冷化が引き金となって大陸氷河が成長しだすとますます寒冷化が進み,少しの大陸氷河が融け出せばさらに温暖化が進むという状況になるようです。現在の地球の大陸は北半球に多く海は南半球に多いのですが,これは最近数千万年の出来事で過去においては大陸が南半球に集中していた時代やバラバラになっていた時代もあったはずです。大陸はプレート運動によって離合集散を繰り返しているので,氷河期は現在の大陸分布が生んだともいえます。  
■氷期・間氷期サイクルの基礎
・Milankovitch cycle
天体力学的変動による日射量変動の効果で重要なのは,以下の2つ。
・赤道傾角 (obliquity) 項:赤道面と黄道面のずれが時間変化することから 発生する効果。高緯度地方の日射量の季節のコントラストに影響を与える。 obliquity は,約 4 万年(通常 41000 年と言われる)周期で, 22°〜 24°くらいの間で変化する。
・気候的歳差項:離心率の変化と歳差運動と近日点の移動の組合わせで, 北半球の夏が近日点にあるか遠日点にあるかということが変化する。 結果として季節のコントラストの大小に影響する。この周期は 23000 年 と 19000 年である。この周期は,歳差の周期 26000 年が 離心率の変化の周期(10 万年,40 万年)などで変調されたと思えば良い。 日射量変動に 10 万年や 40 万年周期の変動はない。
どちらの効果も季節のコントラストに関わりがある。北半球で季節変化が小さくなると氷が増えるとされている。
というのは,夏涼しいと氷が融けにくくなり,冬暖かいと湿潤になって雪が増えるからだ。 
・10 万年周期の変動
80 万年前以降の変動は 10 万年周期である。これを出す方法はいくつか考えられている。
・何らかの非線形性
気候的歳差項には 2.3 万年周期と 1.9 万年周期があり,その2つを合わせた時系列の envelope は
1/(1/1.9 - 1/2.3) = 10.9万年周期
で変動する。
これを何らかの非線型性で取り出せば良い。

雑学の世界
http://www.geocities.jp/widetown/japan_den/japan_den124.htm














■Paillard (1998) のモデル
間氷期(i)→中間(g)→氷期(G)→間氷期(i)→…
という3状態を繰り返すサイクルであるとするおもちゃモデル。
この g 状態ではゆっくり氷床が成長してその間は日射に応答するスイッチを切っておくことがポイント。
G→i, i→g は,それぞれ日射がある値を上回ったときと下回ったときに起こることにする。
すると,それらは比較的短い時間(気候的歳差の2万年程度)で起こることになる。
g 状態では,氷が十分成長するまで日射に応答しなくなる。
十分成長すると G 状態に遷移するものとする。
氷が十分成長するには5万年程度の時間がかかるとし,しかも日射量変動が少ない時期(10 万年周期の envelope の節の時期)に氷床の成長が起きやすいようなモデルを作る。
すると,g→G は,i→g の7万年程度後で,かつ envelope の節の時期あたりに起こるようになる。
そのようにして,実際の気候変動を再現できるようになる(しかしモデルにはいろいろなネジがある)。 
・時間変化の鋸歯状の非対称性
大きな氷床はゆっくり凍り速く融ける。
その理由は,次のようなものであると考えられている。それは
・氷が断熱材になるため,氷床の底は暖まって融けやすくなっていること。
・氷の重さで地面が下がることと,地面の応答が遅いこと。そのため 十分氷床が発達してから融け始めると,
・地面が下がって高度が下がっている分,氷が融けるのが容易になっている。
・地面が下がって周囲の水が流れ込みやすくなっており,その水の 流れが熱を奪って氷が融けやすくなっている。
である。 
・氷期・間氷期サイクルと温室効果ガス
氷期・間氷期サイクルと大気中の温室効果ガスの量の変化は連動している。以下で説明するように,気温と温室効果ガスの量との間には正のフィードバックが存在することが考えられ,それが気温と温室効果ガスの間の相関が高い原因であろう。そして,天体力学的な日射量の変動という些細なことで,気候変化が起こる原因なのでもあろう。以下,各論:
・水蒸気
「温暖になると湿潤になり,水蒸気による温室効果が増える」 という正のフィードバックがあるだろう。しかし,直接的な証拠は 堆積物にも樹木にも氷コアにも残らないので(もともとそれらのものは 水分を多く含んでいる),過去の変動はあまりよくわかっていない。
・二酸化炭素
氷コアの記録だと,たしかに氷期・間氷期サイクルと同期して変動している。 氷期最盛期で 200 ppmv くらい,間氷期で 270 ppmv くらい。 変化の理由はよくわかっていないが,海には大気中の 50 倍もの二酸化炭素が あることから海が関与していると考えられる。正のフィードバックがかかる 可能性として以下のようなものが考えられる。(1) 寒くなる→ 二酸化炭素の溶解度が上がる→海に二酸化炭素がたくさん溶けて大気中の 二酸化炭素が減る→温室効果が減ってますます寒くなる (2) 寒くなる→南北の寒暖の差が増す→風が強くなる→陸から海へ栄養が たくさん飛ばされてくる→海中の生物活動がさかんになる→糞という形で 炭素が海底堆積物中に固定される→温室効果が減ってますます寒くなる
・メタン
これも気温に対して正のフィードバックが考えられる:
寒くなる→沼地・湿地が乾燥するか凍る→沼地・湿地における バクテリアによるメタン生成が減る→温室効果が減ってますます寒くなる。 
 
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■過去の地球 −繰り返した気候変動−  
地球は四十六億年の歴史の中で,ダイナミックに気候変動を繰り返してきました。地球が氷の塊に,あるいは逆にサウナのような状況になるといった温度の大変化があったのです。そのたびに生物は絶滅と多様化を繰り返し,進化してきました。
そして,現在。おそらく地球は新しい局面を迎えています。これは過去から続く全体の流れをとらえ,その中に今の地球を位置づけることでより鮮明になるでしょう。
寒い地球(氷期)と暖かい地球(間氷期)を繰り返すリズムも,現在の位置づけを知るヒントです。氷期から間氷期への急激な地球温暖化は,この数十万年間に何度もありました。二万年前の氷期の最盛期以降,約一万年前に間氷期となり,六千年前には温暖のピークを迎えています。
この一万年前以降の急激な海面上昇がいわゆる"縄文海進"です。神奈川では現在より海面が四メートルほど,海水温は約二度高くなりました。現在では南の暖かい海にすむ貝が,当時の地層から見つかるように,貝たちの応答がかつての急激な温暖化の様子を知る手掛かりとなっています。
現在の地球温暖化は,人類の活動による要因が強いものです。温室効果ガスの二酸化炭素の増加もその一つです。その二酸化炭素濃度は,過去数十万年に知られる値をはるかに超えています。今後,地球のシステムがどのように作用するのかは予測不可能です。
地球環境問題を考えるとき,個々の情報の蓄積とともに,それらの情報をもとにして多面的に地球をとらえることが必要でしょう。それでも私たちは,地球のごく一部を見ているにすぎません。これから私たちはどう生きるか,過去の地球を知り,現在をとらえ,未来を考えていくことにしましょう。
■氷期と間氷期 −大小のリズムで変動−
月面では空気が無く,約十五日ごとに昼と夜が繰り返されるため,一カ月のうちに表面温度が約マイナス一七〇〜一二〇度の範囲で変化します。それに比べると空気があり,十二時間ごとに昼と夜が訪れる地球の表面温度は,非常に安定しているといえます。
しかし,四十六億年におよぶ地球史の中では,気候は大きなリズムや小さなリズムを持って常に変動してきました。およそ二十二億年前と七億年前には,地表のほとんどが氷に覆われた全地球凍結が起こりました。
それが解けた直後には反対に熱帯のような気候が訪れたようです。恐竜が栄えた中生代は全般に暑い時代でしたが,特に白亜紀には暑い時代が何千万年も続いたようです。
一般に氷河時代と呼ばれるのは,およそ百七十万年前から始まる新生代第四紀ですが,寒冷化は三百五十万年前頃から始まっています。その間,地球は寒暖を繰り返して,グラフはノコギリの歯のようです。
最近百万年の変化に着目すると,およそ八十万年前以降からは,約十万年周期の気候変動が顕著となっていることがうかがえます。これはミランコビッチ・サイクルとして説明されています。
しかし,気候変動が起こる原因は,太陽放射の変動や太陽からの距離の変動といった,エネルギーの入力から始まって,大陸の配置によって変化する海洋や大気の循環などのエネルギーの移動,それに地球からの放射量を左右する氷床の消長,大気の組成,エアロゾル(空気中に浮遊する微粒子)の量などが互いに影響し合っています。
それら相互のかかわりは大変に複雑で,原因と結果をはっきりと対応させることは非常に困難です。  
■下末吉期 −12.5万年前にも温暖化−
約六千年前にピークを迎えた縄文海進よりも昔の約一二・五万年前,縄文時代よりも温暖だった時期がありました。この時期は下末吉期(しもすえよしき)と呼ばれ,その海進は下末吉海進(しもすえよしかいしん)と名付けられています。
これは横浜市鶴見区の下末吉地域にちなんだ名前です。下末吉海進も縄文海進と同様に日本各地で確認されていますが,神奈川県では東京湾側,相模湾側から海が入り込み,二俣川−権太坂−上大岡地域で,三浦半島がかろうじてつながっていたというほど規模が大きい海進でした。
下末吉海進のときにたまった地層は,下末吉層または下末吉層相当層といわれ,神奈川県東部によく保存されていて,西部ではあまり確認できていません。川崎,横浜地域では,各地で行われた道路工事や宅地開発のたびに,下末吉層が確認され,当時の海の様子が詳しく分かっています。
下末吉期の海に生息していた貝化石から,当時の様子が分かります。東京湾側の港北区菊名付近からは,バカガイ,ナミガイ,ハマグリ,イタヤガイなど沿岸砂底にすむ貝の化石が見つかっています。戸塚や藤沢ではカキ礁の化石が見つかっていて,湾奥だったことが分かります。
また,さらに奥まった泉区岡津町などでは,現在有明海などの干潟にすむハイガイの化石が見つかっていることから,干潟が発達していたことが想像できます。ハイガイは現在の関東地方の海では寒くて生活できません。ハイガイの化石が見つかったことから,下末吉期が暖かかったことも分かるのです。
一方,陸の様子も違っていました。現在では絶滅したナウマンゾウが当時生息していて,横浜,横須賀,藤沢などから化石が発見されています。  
■縄文海進 −鶴岡八幡宮下まで海−
鎌倉の旧市街地は滑川の低地に広がっています。低地は二方を山に囲まれ,南が由比ケ浜の海に面しており,鶴岡八幡宮を頂点とする,ほぼ二等辺三角形となっています。この滑川低地には砂と泥の軟弱な沖積層が積もっていて,そこには縄文海進を示す保存の良い貝化石が含まれています。
以前,八幡宮境内に県立近代美術館が建設されたとき,地下から大量の貝化石が出ました。さらに鎌倉市国宝館の資料館ができたときにも,貝化石や昔の海岸を示す地形がみつかりました。これらの情報をもとに市街地の縄文海進最盛期(六千年前)の地形を復元すると,滑川低地は内湾となっていたことが分かりました。
湾口が由比ケ浜で幅約二キロ,湾奥が鶴岡八幡宮の東方に達していました。湾奥までの長さは約三キロとなり,湾口の広いわりに奥行きの浅い開いた入り江でした。湾の最も奥が鎌倉宮付近に達し,干潟となっていて,ハマグリやシオフキ,イボキサゴなどが生息していました。
湾奥に近い鶴岡八幡宮境内では,大イチョウのある石段の下まで海が迫り,波が打ち寄せるきれいな砂浜となっていました。そこには現在の相模湾沿岸には生息していないタイワンシラトリやシオヤガイ,ヒメカニモリなど熱帯から亜熱帯の暖かい海にすむ貝が生息していました。
また,鎌倉大仏のある長谷の谷は幅の狭い入り江となり,ここにも泥層が厚く積もっていることが大仏の地下から明らかになりました。この泥層からも熱帯にすむカモノアシガキのほか,イボウミニナ,カワアイなどの貝化石がみつかっています。  
■貝化石を読む −湾岸の古環境を復元−
東京湾や相模湾沿岸にみられる沖積低地は,泥や砂層が厚く積もって軟弱な沖積層となっています。大きな工事などで,これらの沖積低地を掘り起こすと,保存の良い貝化石をはじめ,海にすんでいたいろいろな生きもの化石がみつかります。
中でも泥層中には二枚の殻が合わさった貝化石が埋まっていることが多くみられます。これは貝が生きていた状態のまま化石になっていることを示しています。この貝の種類と生態,その種の分布が分かれば,貝が生きていた当時の海岸線や海底の環境を知ることができます。
この点に注目して,県内に分布している沖積層中の貝化石を貝類群集としてまとめてみると,内湾から沿岸にかけ分布する沖積層には,大きく十一のグループとなっていることが明らかになりました。
例えば,鶴見川低地や大岡川の低地の奥まった地点から産出するマガキやハイガイ,オキシジミは,内湾の奥の泥干潟に生息する貝で,この地点まで縄文海進で海水が入って入り江となっていたことを示しています。ハマグリやアサリ,カガミガイは内湾でも砂泥底の広がる干潟で,砂地に浅く潜って生息しています。
この化石が沖積層からみつかれば,そこはかつて内湾の砂地の発達する干潟となっていたことを示しています。チョウセンハマグリやダンベイキサゴ,ベンケイガイの化石が沖積層から産出すれば,この沖積層は湘南海岸や房総の九十九里浜のように外海に面した沿岸に堆積(たいせき)した地層であることを知ることができます。
サザエやアワビ,トコブシなどの巻き貝化石が砂礫(されき)層から産出すれば,外海に面した岩礁海岸付近で堆積した地層であることを教えてくれます。このように貝化石の示す情報から,縄文の海の古環境を復元することができました。 
■海面変動 −100年当たり2メートル上昇−
六千年前ごろ,神奈川では海面が今よりも約四メートル高く,縄文海進のピークを迎えていました。
二万年前の氷期最盛期の海面は百二十メートル低かったのですから,わずか一万数千年の間に急激に上昇したことになります。
この急激な海面上昇に伴い,積もっていった堆積(たいせき)物が川崎や横浜などの低地をつくる沖積層です。
沖積層から見つかる貝化石から,貝が生きていた当時の海岸線を復元できます。
たとえば,マガキは潮の満ち干する場所(潮間帯)にすむ貝です。
そのカキ礁の化石が見つかれば,その場所がかつての海岸線であった証拠となります。
また,放射性炭素(炭素14)が一定の速度で壊れることを利用した年代測定(14C法)から沖積層中の貝殻の年代を知ることができます。
多摩川・鶴見川低地では,沖積層の貝が多数見つかっています。
その貝が見つかった深さと年代測定の値から海面変化曲線を描きました。
潮間帯にすむ種の点を結んだ曲線が,海面の高さの変化を表しています。
0メートルは現在の海水面の高さです。
横軸は年代,縦軸は高さ(深さ)を示しています。
一万年前以降,海面が急激に上昇した様子がよく分かります。
図中の八千八百年前,深さマイナス三八メートルの青点は,羽田空港地下から見つかったマガキによる情報です。
八千八百年前は,それだけ海面が低かった証拠です。
約九千年前から七千五百年前にかけては,三十メートルも海面が一気に上昇しています。
これは百年当たり,およそ二メートルも上昇したことになります。急激な海面上昇の後,六千年前におよそ約四メートルの高さまで海面が達しました。
神奈川の沖積層からの貝を使って,過去に起こった地球温暖化による海面上昇を具体的に示すことができました。氷期には多量にあった南極の氷が,地球温暖化により一気に解けて海面上昇をもたらしたのです。 
■縄文の海 −見つかった「温暖種」−   
房総半島南部から相模湾沿岸の沖積低地を埋めている砂や泥層には,現在の南関東沿岸では全く生息していないハイガイやシオヤガイをはじめ,タイワンシラトリ,カモノアシガキ,ベニエガイなど,熱帯から亜熱帯の暖かい海にすむ貝(温暖種)が産出します。
これらの温暖種がいつごろ相模湾沿岸まで進出してきたか調べてみると,二回に分かれてやってきたことが明らかになりました。最初にやってきたグループはハイガイやシオヤガイ,コゲツノブエ,ヒメカニモリ,カニノテムシロガイです。
縄文海進が始まったおよそ九千五百年前に出現し,海進最盛期の,海面が現在より四メートル前後も高くなった六千年前にもっとも繁栄していたことが分りました。その後,この温暖種は生息していた干潟が海面の低下によって失われていくのにつれ,相模湾沿岸から消滅していきました。
次にやってきたグループはタイワンシラトリやカモノアシガキ,チリメンユキガイ,ベニエガイの熱帯種で,房総館山の沼や三浦の油壺で知られる礁サンゴと一緒に六千五百年前に黒潮に乗って,房総南部から相模湾沿岸まで北上してきました。
この時期は地球温暖化が最も進み,海面と海水温が高くなりました。熱帯種の貝と礁サンゴが見つかったことから,南関東では海水温が現在より二度ほど高かったことが明らかになりました。その後,これらの温暖種は四千二百年前まで生息していましたが,海水温と海面の低下によって相模湾沿岸から完全に消滅してしまいました。
ちなみに,タイワンシラトリはタイワンの名がついているように熱帯の貝です。現在生息しているところは,台湾以南の熱帯の海で,遠浅できれいな砂浜海岸にみられます。 
■古中村湾 −隆起した縄文期の海−
古中村湾は,大磯丘陵南西部の小田原市と二宮町の境を流れる中村川(河口付近では押切川)の低地にできた内湾です。縄文海進によって,約九千年前から中村川の谷へ海が入りはじめ,六千五百年前には現在の海岸線からおよそ二.五キロも奥まで広がる古中村湾となっていました。
昨年,中村川流域の造成工事により古中村湾にすんでいた貝化石がみつかりました。その中に,現在は紀伊半島より南の暖かい海にすむハイガイ,シオヤガイ,コゲツノブエなどが見られます。約六千五百年前の相模湾沿岸は,現在よりずっと暖かい環境だったのです。
さて,この古中村湾の貝を含む地層は,現在海抜二十メートル付近まで分布しています。このように六千五百年前の古中村湾の地層が台地の上の高さにまで分布しているのは,地震による隆起を繰り返してきたためです。特に相模湾湾奥を震源とする巨大地震によって,大磯丘陵が大きく隆起することが分かっています。
地震による隆起の結果,古中村湾から海水が退き,浜名湖のような海水と淡水が入り交じっている汽水湖の古中村潟が誕生しました。その年代は約六千五百〜六千三百年前の間です。古中村潟には,これまでの古中村湾にすむ海の貝たちに代わり,汽水域にすむヤマトシジミが潟にすみつくことになったのです。
そして,縄文前期(約五千七百〜五千三百年前)には,羽根尾貝塚が古中村潟の西岸につくられました。この古中村潟も,その後に続いた巨大地震によって湿地へと変化していきました。
この地域では,縄文海進による海面の上昇よりも大地の隆起量が大きく,縄文海進のピーク前に海が退くこととなりました。大磯丘陵に見られる海面の変動を考えるときには,温暖化などによる地球規模の海面変動の動きだけでなく,地域の沈降や隆起といった地震に伴う大地の動きも合わせる必要があるのです。 
■沼サンゴ層 −北限群生地に熱帯種−
房総半島南端の館山湾には,現在,規模は小さいながら水深一〇メートル前後の海底にサンゴの群生地があります。そこでは二十五種類のサンゴが生息していて,世界で最北の群生地点として大変貴重です。
ところが約六千五百年〜五千五百年前の縄文時代には,この海に現在よりはるかに規模の大きな群生があり,八十種類以上ものサンゴが生息していたことが化石調査により分かっています。化石では細かな組織構造や軟体部が失われていますので,種類を決めるのは難しいことですが,それでもこんなに多く見つかっています。
当時,実際にはもっと多くの種類がいたと想像できます。このさんご礁は,館山湾周辺の沼(ぬま)地区に分布する沖積層に化石さんご礁として残っていて,「沼サンゴ層」と呼ばれています。また,化石の中には,現在では鹿児島県以南にしかいない種類が含まれています。
サンゴは一年間で成長できる速さが海水温によって違います。そのことをキクメイシというサンゴでみますと,伊豆半島江ノ浦の現生種では三.〇一ミリ,奄美大島では四.八二ミリ,そして沼層化石では四.六一ミリです。沼層産化石の年間成長率は,奄美大島の値に近いものです。サンゴ化石と一緒にみられる貝化石からは,ベニエガイ,ヨロイガイ,オハグロガキなど,現在の南関東には分布していない熱帯種が見つかっています。
このような点から沼さんご礁が分布していた約六千五百年〜五千五百年前の館山湾の環境を推定すると,現在の紀伊半島以南,南九州から奄美大島ほどの暖かな海水の洗う内湾になっていたと考えられます。 
■貝塚 −環境変化知る指標に−
土器の使用が始まった縄文時代草創期,人々は旧石器時代と同様に狩猟や採集に頼る生活を営んでいました。
やがて縄文時代早期(約九千年前)になると気候が温暖化し,海面の上昇により海岸地帯におぼれ谷の地形が発達して,内湾や入り江がつくり出され,遠浅の砂浜や干潟が拡大されました。このころから海と人間との深い結びつきが始まり,人々は河口や入り江に出て魚や貝の捕獲を行うようになったのです。
食料に用いられたあとの魚の骨や貝の殻は,彼らの住まいの周辺に捨てられました。そこにはイノシシやシカの骨や角,土器のかけら,作りかけの銛(もり)や釣り針,折れた石器なども混じっています。それらは長い時間を経て堆積(たいせき)し,貝塚を形成したのです。
横須賀市吉井貝塚は縄文時代早期末から中期に至る,およそ六千五百〜四千五百年前に形成された貝塚です。上下二つの貝層からなり,下部は海進最高期に,上部は海退期に形成されました。下部貝層は内湾の潮間帯の砂地や泥地に生息するマガキ,ハイガイを主体に,オキシジミ,ハマグリなどの二枚貝が多く見られ,ここからは早期末の土器が出土しています。
上部貝層はマガキ,ハイガイなどの二枚貝が減少し,イシダタミ,スガイ,クボガイ,レイシガイ,サザエなどの波打ち際の岩礁地帯に生息する巻き貝が多く見られ,ここからは中期後半の土器が出土しています。
このことは,早期末の海進最高期に伴って発達した内湾が,中期以降になると次第に縮小され,マガキやハイガイの生息できる環境が失われていったことを示しています。
このように,同一場所における貝層の様相の違いは,時期によって,自然環境が変化していったことを知る手掛かりになっています。 
・温室効果 −濃度増す二酸化炭素−
地球全体での平均気温は,およそ一四度です。
これは地球の表面を覆う「大気」の働きによるものです。
もし大気がなければ,マイナス一八度になってしまうと考えられています。
太陽からの光は,大気を素通りするので地表が暖まります。暖められた地表は宇宙へ熱を逃がすのですが,この逃げていく熱の一部が大気を暖めます。この様子が農業で使う「温室」のガラス屋根の役割に似ているので,「温室効果」といいます。
大気の成分の中で,温室効果に大きな影響を与えるのは,水蒸気です。温室効果全体の八割以上を受け持っているといわれます。水蒸気の量は,季節や場所での変動が激しく,大気中の濃度は0.1〜5%と幅があります。
このほかには二酸化炭素やメタン,フロン(ハロカーボン)があります。
これらは「温室効果ガス」として地球温暖化問題の原因物質として扱われています。
この温室効果ガスは,観測の結果,量が増えてきていることが分かりました。
図は,二酸化炭素濃度と気温との関係を示しています。
気温は紫色の棒グラフが各年の値,赤い折れ線が五年間の移動平均を示しています。
二酸化炭素濃度は,波を打っている水色の線が観測値で,中央の青い線が五年間の移動平均を示しています。
気温の上昇と,二酸化炭素濃度の上昇のカーブが似ていると思いませんか? 
温室効果ガス濃度の増加は,気温の上昇を招くと考えられています。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した未来予測では,このまま何の対策も取らずにいると,百年後には最大で九〇〇ppmまで二酸化炭素が増大し,気温も四.五度上昇すると警告しています。 
・リズム −狂った?寒暖の周期−
地球の気候変化には一定のリズムがあるようです。
過去を振り返ると,暖かい時期と寒い時期は交互にやってきています。
今は暖かい時期を終え,寒くなっていく時期にあたるはずです。
図は,ここ最近の(といっても,地球の歴史の中でのことで,私たちの感覚ではずっと昔のことですが)環境の変化をイメージしたものです。矢印は,気温や海面の高さなどの変化の傾向を表しています。丸顔は,神奈川の大地の変化を示しています。丸の上側にある緑色の部分は陸地で,下側の水色は海です。この企画展では「かながわくん」と呼んでいます。
気温の高い時期,かながわくんも暑がっています。この時期では,下側にある海の部分が増えています。
寒い時期,かながわくんは震えています。暖かい時期に比べると海が狭くなっています。
矢印の変化にも注目してください。暖かくなる変化は急激に進み,逆に寒くなる変化はゆっくり進みます。
神奈川では,一万年前から六千年前にかけての縄文海進期に,海面が一気に,およそ四十メートルも上昇したことが分かっています。おそらく,暖かくなると,さらにその暖かくなることを助ける仕組み(正のフィードバック)が働くのでしょう。
またこの矢印は,大気中の二酸化炭素CO2濃度の変化も示しています。
赤い点線は,産業革命以前の過去数十万年間での南極での濃度の最高値(約二八〇ppm)です。現在は,この濃度を超えてしまっています。
これは何を意味するのでしょうか?CO2などの温室効果ガスの濃度は,気候の変動に大きな影響を与えるといいます。気候変化のリズムからみれば寒くなっていくはずの気候。逆に暖かくなってしまうのでしょうか?
■佐渡の1万年後,10万年後の姿
■1,暖と寒の10万年サイクル 
筆者が出版した『黄金と流刑の島佐渡」では,島の誕生から,佐渡市の誕生までを書いた。
筆者の本の締めくくりは,佐渡島民の終焉(終り)を考えていた。
それはまた人類の死滅を書くことになる。
気の重い話である。
筆者は,「・・・佐渡」の本の中で,氷河期のことを書いた。
ミンデル(40万年前),リス(20万年前),ヴエルム(7万年前)との説に従って,佐渡渡来の人類の歴史を書いた。
その人類の滅亡を予測することはさして難しいことではない。
古地理学,古気候学,動物学,古生物学などでは人類滅亡後のそれに取って代わる動植物のシナリオもできている
一つの種が死滅すればほかの種がそれにとって代わるのである。
最近「2億年後の生命世界」なる本も出版された。
学者の学説や科学的データーに基づき,佐渡島の未来や島民の未来を書き残しておくこととした。
まず間違いのないことは,この地球も50億年くらいで消滅するとされているから,佐渡島も永久に存在することはない。
また人類は,500万年も存在することはなく,100万年内に死滅するであろう。
この辺まではほぼ間違いのない推論である。 
そこで,筆者は人類の大量死滅はどのような場合に,どのような状況で起きるのかについて推論を試みる。
結論から先に述べると,人類は,4000年ないし5000年先の地球の極度の温室化によって死滅の速度を速め,1万年ないし2万年先の氷河期の到来によってほぼ死に絶える。
間氷期と氷河期は,通常10万年周期で繰り返される。
つまり温暖期1万年,氷期9万年のサイクルは,地球誕生から繰り返されてきている。
現在のウルム氷河期は6000年前に間氷期に入り,地球は温暖化し,現在に至っている。この温暖化傾向は後4000年は続き,その後9万年間の氷河期が待っているのである。その9万年の氷河期を人類が生き延びることはほとんど困難と筆者は考えるのである。これからなぜそのように考えるかについて述べる。 
2,人類が地球に現れたのは,1日のうちの1分相当
地球の誕生から現在まで,50億年という月日が流れているが,人類は地質学上の新世代になって現れた。
いまから400万年前に猿人が現れ,
80万年前にジャワや北京に原人が現れ,
次に15万年前にネアンデルタール旧人,
3万年前にクロマニヨン新人が現れた。
このことから,人類らしきものが地球上に現れたのはせいぜい400万年前であり,地球の誕生から現在までを1日経過したと仮定すれば,人類は,ほんの1分前に現れたことになる。
人類が現れてから400万年間に,10万年サイクルの氷河期は,40回起こった。
特に200万年前から1万年前までの氷河時代(地質学上更新世)は,氷河の発達,後退が繰り返された。
現代はヴエルム氷河期のうちの温暖化のすすむ後氷期に属する。
先に述べたごと4000~5000年はこの温暖化傾向が続くのである。
3,人類は地球温室効果期を生き延びれるか
現在地球上では,温室効果の抑制が叫ばれ,世界各国が石油の消費を削減するための条約いわゆる京都議定書を締結しようとしたが,アメリカの反対にあってはできなかった。その結果空気中の二酸化炭素,有毒ガス,ちりの量が多くなり,世界各地に酸性雨が降り,植物や動物が死滅しつつある。
人類は核兵器の実験を繰り返し,戦争で大量の爆薬を使用している。
これらは大気を著しく汚染している。
また筆者の著書「佐渡」の144ページでも指摘したとおり,,農薬,化学肥料,合成洗剤などの界面活性剤が大量に河川から海へ流され,魚介類を経て人間の口に運ばれている。DDT,.PCB,.LAS,ダイオキシンなどの環境ホルモンも母体から胎児へと受け継がれている。これらの環境ホルモンは,内分泌攪乱物質であり,子孫を産めなくさせ,人間の正常な知能活動を阻害する。
酸性雨による松枯れ現象,少子化現象,児童の殺傷事件の頻発など,筆者の恐れていた人類による地球破壊の兆候が現れはじめている。
プレートテクスにクスの理論により,やがて大陸の移動に伴う海や陸の火山活動が活発になり,それに人為的なフロンガスの放出,ガソリンなどの異常な消費などにより,大気の上層は,ちりと灰の細かい粒子が充満し,太陽からの放射熱をさえぎる。
その結果気温が下がり,動物は死に始め,植物もしおれはじめる。
筆者は本の中で「これを食い止める手だては,人類がおごりを捨て,謙虚に自然と向かい合うことができるかどうかにかかっている」と述べた。
人類の多くは,この地球温室化現象や火山活動,環境汚染などで死滅したが,それでも幾人かの人類は生き延びていくのである。 
4,10万年後の人類の死滅
間氷期の温暖化時代は4000年~5000年で終り,それに続いて,10万年サイクルの氷河期が,9万年続くのである。
そしてしぶとい人類も,その氷河期を生き残れることはほとんど不可能であった。
今から1万年後にやってきた氷河期は,人類にとって厳しいものとなった。
北アメリカのほとんどは氷の下になった。北ヨーロッパ氷の下になり,その氷の厚さは,3キロであった。アマゾン川流域にあった緑の鬱蒼とした熱帯雨林は,乾燥した草原に変わった。大量の水が氷になり,海面は150メートル低下した。
人類のエネルギー消費が,地球を揺るがす壊滅的な結果をもたらしたため,生態系がずたずたになった。冬の夜は気温は摂氏マイナス60度を下回った。表土の下にある,永久凍土層は,1年中凍ったままで,水を通さなかった。
北ヨーロッパにも春は訪れる。表土はゆるみ,ツンドラは水溜りが点在する,湿地となった。
このような厳しい環境が続いたため,人類は作物を作ることができず,飢のために次々に死んでいった。また食用の動物,たとえば牛とか,豚とかあるいは飢えと寒さで死滅し,魚類の大半は,氷の海に閉じ込められ,死滅していった。このためい人類は,食用の植物群,食用の動物群を失い,絶滅の道をたどっていった。
100万年の間に,間氷期と氷期が10年サイクルで10回も訪れたため,この繰り返しで,人類のみでなく,人類とともに同期に生存した,動物たちや植物群も死滅してしまった。
人類は絶滅したが,生命が絶滅したわけではない。滅んで言った生物の代わりに,環境に適応した別の動物や植物が誕生していくのである。
今後500万年の早い時期に,人類は滅亡すると予測するものがいる(ドウーガル・ディクソン)。
筆者は,1万年から始まる氷河期から人類は死滅への道を歩み,氷河期のピークの来る10万年後までには全人類は死滅すると推測する。
人類が現れたのは,せいぜい400万年前で,長い地球の歴史から見れば,ほんの一瞬である。そしてこれからの地球は,大陸の移動,火山活動,凍結,氷河期を繰り返しながら,50億年というとてつもない年月を刻み続けることになる。 
 
雑学の世界
http://www.geocities.jp/widetown/japan_den/japan_den124.htm







■最近の気候温暖化は何のせい?
現在,気候条件は19世紀の前半(前節で触れたドルトン極小期あたり)以降,確実に暖かくなってきました。
国連に関係した機関であるIPCCによると,最近100年間に,地球表面全体で平均して0.6℃ほど気温が上がったと報告されています。
こうした温暖化が,果たしてなぜ生じたか,今後の気候推移はどうなるか,これについては,最近,議論が沸騰しているようです。
詰まる所,
『地球温暖化に温室効果気体の濃度上昇がどれほど関与するものなのか?』
『太陽活動の盛衰が気候変動に及ぼす影響が,これまで考えられていた以上に大きいのではないか?』
というあたりで議論が盛んに闘わされている状況といえるかもしれません。
とくに最近になって,太陽活動の盛衰が及ぼす地球大気へのさまざまな影響が次々と明らかになったり,説として出されたりしています。
古くから,太陽活動が活発になると日射量が増加し,気候温暖化に結びつく,と,言われて来ました。
しかし,この日射量の変動の幅は,せいぜい2ワット毎平米程度,太陽定数の0.何%に過ぎず,これだけでは大きな気候変動につながらないという矛盾がありました。最近になって,太陽の盛衰によって紫外線量が最大8%も変動することがわかり,これが低緯度・高緯度のそれぞれの上部成層圏から中間圏あたり(高さが約50km程度)の気温差を大きく変動させることがわかりました。例えば太陽活動が活発になって,上空で吸収される紫外線が増え,緯度による気温差が大きくなると,温度風,この場合は上空のジェット気流の強さが増します。そうした風の吹き方に現れた違いが巡り巡って,地上付近の季節風の吹く頻度,熱帯付近の雲の発達のしやすさなど,さまざまな面に影響が出て来ることがわかってきています。いずれも,太陽活動が活発になると気候が温暖になる方向に機能していきます。
太陽活動と地球の気候との関連について,以下のようなものもあります。
まだ説の段階で正式に認められたわけでもありませんが,宇宙線の降って来る量が変動し,雲の量の変動に繋がる,というものです。
太陽からは太陽風という磁場を伴ったプラズマの粒子(陽子とか電子とか)が出ています。
これは通常,地上付近には降って来ません。地磁気のせいで北極,南極に集められ,オーロラを発生させたりするのみです。
ところが宇宙ではもっとエネルギーが強く,銀河の中心付近からはるばるやって来るといわれる銀河宇宙線というものがあります。これはエネルギーが強く,普通,地上近く(対流圏)まで降って来ます。この宇宙線は大気分子にあたると分子が荷電し,それによって寄り集まった空気分子の塊(クラスターと言います)を核として霧が発生します(霧箱って,高校の物理で習いましたよね)。太陽活動が不活発な時には,地球の外の磁気雲を形成する太陽風の吹き方が弱かったり,太陽からの磁場そのものが弱くなるくことが少ない結果,電荷を帯びた沢山の銀河宇宙線が,たやすく地球大気,それも下層の対流圏までやってきやすくなり,雲を多く発生させる,ということです。また逆に太陽活動が活発になると,磁気を帯びた太陽風が沢山でたり,太陽から発生する強い磁場のために,電荷を帯びている銀河宇宙線を散乱させるようになり,銀河宇宙線が地球大気に降ってこなくなり,雲のできる量も少なくなり,太陽放射が地面に届きやすくなったり降水量が減少したりして地上付近の気温も上昇するとされています。今,世界のさまざまな研究者が太陽や磁場・宇宙線の観測,加速器などを使った実証実験,古環境の調査や解析結果などを通して,このスベンスマルクの説の検証が進められています。
あくまで個人的意見として……
温室効果ガス濃度上昇=温暖化,と,一般にはイメージされがちですが,正確なところこの濃度上昇が,現に起きている温暖化にどの程度寄与しているかを定量的に高い精度で突き止めたり証明した人は誰もいません。温室効果ガスがとてつもない地球温暖化をもたらすというのは,メカニズムの説明が至極簡単な一つの説に過ぎないのですが,温室効果の説明が至極簡単であっただけに,環境保護を錦の御旗に掲げての『啓蒙』に使用しやすく,また一般への浸透も早かったので,現在のような状況に至ったと個人的には考えます。最近起きてきた気候の温暖化を,ただ盲目的に温室効果ガス濃度上昇のせいとするのでなく,具体的に,以前にどの程度の気候変動があったのか,それが何によってひき起こされたのか,今後,どの程度の気候変動のリスクがあるのか,それらを正確に調べることが我々,気象学・気候学,さらには地球物理などを専門としている者の責務である,と純粋に考えたりもしています。自然科学を志したる者なら,こうして真実を知りたがるのが本来の正常な姿だと思うのです。 
・都市化がもたらした昇温
前に述べた小氷期とくらべると,現在は,都市でないところでは2℃程度の気温上昇で済んでいるのに,都心ではそれ以上上昇していることが多くみられます。これは都市の構造や,人間活動,大気汚染などのために都市の大気が暖められて(特に夜間に)できる『都市ヒートアイランド』が,気候値にもたらした悪戯と言えるでしょう。こうして気温などの年々の推移に都市の昇温が影響した量を専門的には都市バイアスと呼びます。夜間のヒートアイランドは主に,次に挙げた項目が原因でできると言われています。
○都市の建物による多重反射のお陰で,日中,太陽光がたっぷり吸収される。
○都市の建物や道路が熱を溜めやすい。
○交通,産業活動により消費されたエネルギーが熱として放出される。
○大気汚染,特に塵などが都市からの熱の放射を吸収・遮断。ミニ温室効果が起こる。
○屋根より下のレベルでみると,建物間の街路に熱が溜まり易い。
これらの積み重ねが年々の気温の移り変わりを大きく左右します。またその影響の度合も年々で変化することが,話を複雑にしています。そこに都市がなかったと仮定した場合の気温(自然値)と,実際の都市のなかの温度との差を『都市効果』と,以後,呼ぶことにします。
京都での3月の気温の都市効果を見ると,図2にあるように,今世紀に入ってどんどん増え,1970年あたりにピークに達しました。
これは大体,どんな都市でも見られる現象のようです。
都市効果自体も季節や時間によって異なります。
夏場より冬場,また昼間より夜間のほうが都市効果が大きく出る傾向にあります。
1970年以降は,都心での昇温は一段落といったように見られます。
ところが開発が盛んな周辺の衛星都市では都心を追いかけるように昇温が今なお進んでいます。
すこし調べて見たのですが,都心の気温の自然値をベースに,周辺地点の気温と比べて見ると,
1910〜30年代には都市化が進みはじめた福島や天王寺で昇温が始まっており,
1970年頃には岸和田市で相対的な昇温がみられ始めました。
また現在でも枚方市の片町線津田駅近くにあるアメダスの冬の気温の値は,都心を追いかけるように,相対的に上昇し続けています(図3)。 
■寒冷期と温暖期の繰り返し
寒冷期と温暖期は定期的に繰り返しており,最近の温暖化傾向も自然のサイクルと見る方が科学的ではないのですか。
また,もうすぐ次の寒冷期が来るのではありませんか。
過去に氷期と間氷期がほぼ周期的に繰り返されてきました(注1)。
この気候変動は,主として地球が受け取る太陽エネルギー量(日射量)の変動に起因すると考えられています。
しかし,20世紀後半からの温暖化は,日射量変動のみでは説明できず,大気中の温室効果ガス濃度の人為的な増加が主因であることがわかっています。
また,2万〜10万年スケールの日射量変動は理論的に計算でき,日射量変動による将来の氷期が今後3万年以内に起こる確率は低いと予測されています。
近い将来に寒冷期が始まるとは考えられていません。
・日射量の変動は気候を変える重要な因子である
地球の歴史をみると,氷期と間氷期が約10万年の周期で起こっていたことがわかっています。
この気候変動には,複数の原因が指摘されていますが,中でも北半球夏季の日射量変動が重要な因子であることがわかっています。
また,今から過去2000年間に着目すると,比較的小規模な気候変動があったことがわかっており,これについても日射量変動が影響していたと考えられています。
以下では,これら二つの時間スケールの自然の気候変動について説明します。
・2万〜10万年スケールの日射量変動による気候変動
pp6500000000311.gif

図1(a)は,過去80万年間の南極の気温変動を示しています。
このデータは,南極氷床の過去につくられた氷(氷床コア)を分析し復元(推定)したものです(注2)。
気温が顕著に高い間氷期の間隔は約10万年であり,長期スケールの氷期と間氷期の繰り返しが明瞭にみられます。
この気候変動の原因は,地球の自転軸の傾きや地球が太陽の周りを回る軌道が周期を持って変動することによって生ずる2万〜10万年スケールの北半球夏季の日射量変動と密接に関係していることがわかっています
(この周期変動をミランコビッチサイクルといいます)。
詳細な変動機構の説明は割愛しますが,この日射量変動がきっかけとなり気温が変化し,気温変化→氷床や二酸化炭素濃度の変化→気温変化というように気温変化の増幅(注3)を繰り返しながら,気候が遷移したと考えられています。
また,氷期から間氷期に遷移するときの気温上昇は,20世紀後半から起きている気温上昇と異なります。
例えば,今から約2万1000年前の最終氷期から次の間氷期に遷移する約1万年間での4〜7℃の全球気温上昇に比べて,20世紀後半から起こっている気温上昇速度は約10倍も速いのです。
以上のことからわかるように,ミランコビッチサイクルに起因する気候変動では,今も続く現代の温暖化の傾向を説明することができません。 
(a)過去80万年間における南極の気温の推定値の時系列。
約10万年スケールでの気温の変動がみられ,氷期と間氷期が繰り返す気候変動が起こっていたことがわかる。 (Jouzel et al. [2007] のデータをもとに作成)
(b)過去1800年間の復元された北半球の気温偏差の時系列。
1961〜1990年の平均気温の偏差として示す(複数の推定法を用いたため,値には幅があります)。 中世の温暖期(約900年から約1400年)や小氷期(約1400年から約1900年)と呼ばれるような気候変動があったことがわかる。また,約1970年頃(20世紀後半)から気温が短期間で急激に上昇した,最近の温暖化がみられる。(Mann et al. [2008] PNAS, 105, 36, 13252-13257)(Copyright [2008] National Academy Science, U.S.A.)
■今から過去2000年間の自然の気候変動
今から過去2000年間の気温の推移[図1(b)]をみると,
「中世の温暖期」や
「小氷期」
とよばれる,北半球気温の変動幅が1℃未満の気候変動がありました(注4)。
これらには数百年スケールの太陽活動の強弱による日射量変動が影響していたと考えられています。
例えば,中世には太陽活動が比較的活発であったために温暖であったと推測されており,
一方で15〜19世紀頃には太陽活動が低下したために小氷期がもたらされたと考えられています(注5)。
しかし,20世紀後半には太陽活動の活発化はみられないことから,20世紀後半の温暖化を太陽活動の変化のみによって説明することはできません(注6)。
・20世紀後半の地球温暖化の主因は温室効果ガスの増加である
図1(b)をみると,20世紀半ば以降,短期間で急激な気温上昇が起こっていることがわかります。
しかし,上述したように,ミランコビッチサイクルや数百年スケールの太陽活動の強弱に伴う日射量変動では,20世紀後半からの気温上昇を説明できません。では,20世紀後半から起こっている地球温暖化の主因はいったい何なのでしょうか?
これを調べるために,気候モデル研究者らは,20世紀の気候変化に寄与すると考えられるさまざまな因子(温室効果ガス濃度の増加だけでなく,人為起源の硫酸エアロゾル排出の変化,オゾン層の変化,火山噴火,太陽活動変化なども含まれる)を考慮した気候モデル実験(20世紀再現実験)を行いました。この実験では,これら因子をすべて考慮した計算に加え,いくつかの因子を考慮しないなど仮想条件での計算も行い,それらの結果を観測データと比較することにより,20世紀後半の気温変化に対する各因子の寄与度を検討しています。この研究の結果,温室効果ガス濃度の増加を考慮しなければ20世紀後半の温暖化を説明できないことが示されました。これを受けてIPCC第4次評価報告書では,20世紀後半の温暖化の主因は温室効果ガス濃度の人為的な増加である可能性が非常に高いと結論付けています。
・今後3万年間に氷期が始まる確率は低い
太陽活動の変動の詳しいメカニズムはまだ明らかになっていないため,今後数十年から100年の間の太陽活動の変化による気候変動予測は困難です。しかし,太陽活動の変化が過去2000年間に起こった程度の強弱で繰り返されると仮定するなら,その影響による気温変動幅は小さいことから,今後100年で予測される人為的な温暖化を打ち消して寒冷化することは考えられません。
ミランコビッチサイクルで説明される,長期スケールの気候変動については,2万〜10万年スケールの日射量変動は理論的に計算でき,氷期が今後3万年以内に始まる確率は低いと予測されています。また,現在の高い大気中の温室効果ガス濃度により氷期の開始が遅れる可能性があるとも指摘されています。
現時点で,今後数10年〜100年の期間でわれわれが優先的に対応を考えるべきは,自然の気候変動ではなく,人為的な温暖化やその影響であるといえるでしょう。

(注1)ココが知りたい温暖化「氷床コアからわかること」を参照
(注2)ここでは南極の気温の推定値のみを示しましたが,各地の気候変化を示す指標(プロキシーデータ)から,図に示したような気候変動が地球規模で起こったことがわかっています。
(注3)ココが知りたい温暖化「氷床コアからわかること」を参照
(注4)これらはヨーロッパでは顕著だったが,全球的には顕著な現象でなかったかもしれないことが報告されています。
(注5)なお,別の寒冷化メカニズムとして,火山噴火の活発化も考えられます。
(注6)ココが知りたい温暖化「太陽の黒点数の変化が温暖化の原因?」を参照 
■太陽黒点数の変化が温暖化の原因?
太陽の黒点数の変化と気温の変化との間に強い相関があると聞きました。ということは,太陽活動の活発化が温暖化の主要な原因なのではないのでしょうか。
太陽黒点数の変化は,太陽から地球に降り注ぐ放射エネルギーの変化をもたらすため,地球の平均気温を変化させる可能性はあります。しかし,地球の平均気温は,太陽活動だけでなく,大規模な火山噴火,温室効果ガスや大気汚染物質の増加などによっても変化することに注意が必要です。
最新の観測データを見ますと,20世紀半ば以降,長期的には太陽黒点数はほぼ横ばいか減少傾向を示しており,太陽活動が活発化しているとは考えられません。太陽活動が地球の平均気温に及ぼす影響については,まだよくわかっていない点もありますが,温室効果ガスの増加が最近の温暖化の主要な原因であることはほぼ間違いないといえます。
・太陽黒点数は太陽活動のよい指標,黒点数の変化は気温の変化をもたらし得る
太陽黒点は太陽表面に見られる黒いしみのような領域を指し,周囲よりも温度が低いために黒く見えています。複数の黒点がまとまって発生することが多く,このまとまりを黒点群と呼びます。太陽黒点数の定義には複数ありますが,一般によく使われているのは相対黒点数と呼ばれるもので,黒点群の数と個々の黒点群に含まれる黒点数から算出され,太陽活動の変化をよく表現した指標として知られています(以降,黒点数=相対黒点数とします)。
太陽表面には,黒点の他にも白斑と呼ばれる周囲より温度が高い(=明るい)領域も存在し,黒点の近くによく現れます。太陽の明るさは,黒点により暗くなる効果と白斑により明るくなる効果のバランスによって決まりますが,白斑の効果がわずかに上回るため,太陽黒点数が増えると太陽の明るさも増加します。この“太陽の明るさ”は地球に降り注ぐ太陽放射エネルギーに相当し,地球の気候システムの駆動源となっています。そのため,太陽黒点数の変化に応じて地球の平均気温が変化することは十分考えられます。
・気温を変化させる要因は,太陽からの放射エネルギーの変化だけとは限らない
一方で,地球の平均気温を変化させる要因は,何も太陽エネルギーの変化だけに限られているわけではありません。二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの増加が気温の上昇をもたらすことはよく知られていますし,大規模な火山噴火により成層圏にまで運ばれた火山性ガス(亜硫酸ガスや硫化水素など)から生成される硫酸エアロゾル(硫酸液滴の微粒子)は,地表面に届く日射を遮ることで気温の低下を招きます。同様の効果は,人間活動に伴う大気汚染物質の放出によっても引き起こされます。逆に,煤などは日射を吸収することで地球の大気を暖める効果ももっています。オゾン層の変化や森林破壊(耕作地の拡大)なども地球の気温に影響を与えています。また,これらの要因がなくても,自然界の長い時間の中で変動する“気候の揺らぎ”(注1)も存在し,これによっても気温は変動します。地球の平均気温が変動する原因を考える際には,これらのさまざまな要因についても検討しなければならないことに注意が必要です。
・20世紀半ば以降の黒点数はほぼ横ばい,最近の温暖化は温室効果ガスの増加が原因
太陽黒点数と地球の平均気温の経年変化  
太陽黒点数(青く塗られた部分)と地球の平均気温(赤線)の経年変化。(Solar Influences Data Analysis Center の太陽黒点数のデータおよび,Climatic Research Unit の地球の平均気温のデータを元に作成)地球の平均気温は1961〜1990年の30年平均値からの偏差を示している。
以上を踏まえた上で,実際に観測された過去150年間の太陽黒点数と地球の平均気温の変化[図]を見てみましょう。
太陽黒点数は約11年の周期を持って増減を繰り返していますが,その最大値は必ずしも一定ではなく,周期ごとに異なっています。
この最大値の変化と地球の平均気温の変化を比較しますと,19世紀後半から20世紀前半にかけては,たしかに両者の相関が高いように思われます。
しかし,この時期にはすでに温室効果ガスも徐々に増加し始めており,それに伴う気温上昇も考慮しなければなりません。じつは,この時期に観測された気温変化の原因についてはまだよくわかっていないのですが,太陽活動の長期的な変化だけでは説明しきれないと考えられています。
一方で,20世紀半ば以降には,太陽黒点数の長期的な変化はほぼ横ばいかむしろ減少傾向を示しており,そもそも太陽活動が活発化しているとは思われません。
つまり,太陽活動の活発化が最近の温暖化の主要な原因であるとは考えられません。
詳細は省きますが,気温を変化させる可能性のあるさまざまな効果をできるだけ考慮に入れた最新の研究によれば,二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの増加を考えなければ,20世紀半ば以降に観測された温暖化を定性的にも定量的にも説明できないことが明らかになっています。
・他の太陽活動指標と温暖化との関係も指摘されているが,現段階では信憑性が低い
地球の平均気温の変化に影響を及ぼす可能性のある太陽活動指標として,太陽黒点数の他にもいくつか候補が挙げられており,最近では,地球に到達する宇宙線(宇宙空間を漂っている電気を帯びた原子核)の強度が注目されています。太陽活動が活発な時期には磁場が大きく乱されるため地球に到達する宇宙線が減少しますが,それに伴って地球を覆っている雲の量が減少し,地表に到達する日射量が増加するために気温が上昇する,とする説です。
ここでのポイントは宇宙線強度と地球の雲量の関係で,この説によれば,宇宙線により大気中に生成されたイオンが種となって雲を生成する,とされています。たしかに,定性的な説明としてはあり得るかもしれませんが,このようにして生成される雲は地球全体の雲量のどのくらいの割合を占めるのか,など,定量的にはまだまだ多くの不明な点が残されています。温室効果ガスの増加に伴う気温上昇に関して,大気中の二酸化炭素が2倍に増えたときにどのくらい気温が上昇するか,などの定量的な議論が行われていることと比較しますと,太陽活動−宇宙線−雲の変化による温暖化説は,現段階では信憑性が低いと言わざるを得ません。今後の研究次第では,太陽活動−宇宙線−雲の変化に伴う気温上昇の定量的な議論が可能になるかもしれませんが,それによって,温室効果ガスの増加に伴う気温上昇が無視されることは考えられず,温室効果ガスの増加が最近の温暖化の主要な原因の一つであることは間違いありません。

(注1)気候の揺らぎ:太陽からの放射エネルギーの変化や大規模な火山噴火,人間活動に伴う温室効果ガス排出量の増加など,気候システムの外部からの強制が一切なくても,大気や海洋,雪氷などが相互作用することにより生じる変動を指します。
エルニーニョだけでなく,冷夏や暖冬などの年々変動も気候の揺らぎの一部と考えられます。 
■氷期‐間氷期サイクルにおける大気CO2濃度変動の役割
氷期−間氷期サイクルは,人類が進化してきた第四紀(過去258万年間)という時代を特徴づける気候変動である。
特に,過去約80万年間の氷期−間氷期サイクルは,約10万年の周期で繰り返し,その振幅は平均気温で5℃以上,大陸氷床の拡大に伴う海水準変動で120mに及ぶ。氷期‐間氷期の繰り返しは,地球軌道要素(公転軌道離心率,地軸の傾動,地軸の歳差運動)の周期的変化が引き起こす地球への日射量の緯度分布や季節分布の変動(いわゆるミランコビッチ・サイクル)に起因することが,既に明らかにされている。しかし,そうした地球軌道要素に伴う日射量の変動は,地球全体が年間に受ける日射の総量をほとんど変化させないため,古気候記録に示されるような,氷期−間氷期サイクルに伴う全球規模の大きな気温変動を引き起こすためには,地球の気候システムに内在する何らかの増幅過程が必要となる。しかしながら,こうした日射量変動がどの様にして増幅されるのか,そのメカニズムは未だに完全には解明されていない。そして,それを解くカギは,氷期から間氷期への移行過程において,何がどういう順番で変化していたのかを知ることにあると考えられている。
南極の氷床コアが保持する古気候記録は,この問題の解明に繋がる重要な情報を与えてくれる。
これまでの研究で,氷期から間氷期への移行期(融氷期と呼ばれる)における氷床の融解より数千年先行して,南極の気温および大気中のCO2濃度の変化が起こっていた事が明らかにされており,更に,Monnin et al. (2001)の研究により(少なくとも最終融氷期においては)南極の気温の上昇が,CO2濃度の上昇に数百年先行していたとされていた。これに対し,本研究は,より厳密な対比を行い,南極の気温がやや先行しているようにも見えるが,むしろ,両者は誤差(100年程度)の範囲で同時であり,強くカップリングしていると見るべきだと主張している。
氷床コアの記録において,南極の気温の指標には氷の水素同位体比が用いられており,一方,大気中のCO2濃度は,氷に含まれる気泡に保持された大気の分析値を用いている。ここで,両者の時間差の評価に誤差が生じるのは,氷の水素同位体は,その層準が地表にあった時の降雪の水素同位体比を記録しているのに対して,気泡は,氷床表面下50〜120m位のところで,圧密で気泡が閉じた時点での大気のCO2濃度を記録しているためである。従って,気泡が閉じる深度(Lock-in Depth=LID)をどのくらい正確に推定するかが,時間差の推定誤差を小さくするカギとなる。
本研究では,気泡中のN2の窒素同位体比を利用してLIDをより正確に推定した。
気泡が相互に通じているLIDより浅い部分では分子拡散により同位体分別が起こり,LIDの深さに比例してN2の窒素同位体比は増大する。この性質を利用してLIDを推定したのである。LIDは,積雪速度や雪の圧密速度など様々な要因で変化する。本研究では,LIDを各層準ごとに細かく推定し,その時代変化を考慮することで,同一層準における気温とCO2濃度記録の時間差をより正確に推定した。
本研究におけるもう一つの工夫は,南極全域をカバーする5地点での気温データを重ねて平均化することにより,南極気温変動データのノイズを著しく小さくしたことである。この結果,気温とCO2濃度の時間差の推定誤差を90〜160年にまで抑えることが出来た。これを基に,最終融氷期(2〜1万年前)における気温とCO2濃度の変化を比較した結果,誤差の範囲で両者の変動のタイミングが一致していたことが示された。また,両者の変動が相関係数0.99以上で相関している事も示された。これらの結果は,どちらかと言えばわずかに気温が先行しているものの,南極の気温と大気中のCO2濃度が強くカップリングしていることを意味する。一旦変化が始まると,両者間の正のフィードバックにより,変化が増幅されて大きくなってゆくのである。
本研究の結果は,氷期から間氷期への変化において,どこにおけるどういう変化が融氷期のきっかけとなったのか,という問題の答えを与えるには至っていない。しかし,南極における気温あるいはそれに直接的に影響を与える海氷分布や表層水における鉛直混合の変化が引き金になっている可能性を強く示唆している。これが本当なら,氷期間氷期サイクルが北半球高緯度域における夏の日射量変動により引き起こされている,つまり,北半球高緯度における変化が引き金になっている,とするミランコビッチの仮説に基づいたこれまでの考え方を修正する必要があるかもしれない。 
■氷期−間氷期サイクルの周期は,いつ,どの様に変わったのか?
現在,私たちは,約3400万年前に始まった地球史の中で最も新しい氷河時代の中にいる。
氷河時代は,しばしば,寒冷化して氷床が拡大した氷期と,相対的に温暖で氷床が縮小した間氷期の繰り返し,いわゆる氷期−間氷期サイクルで特徴づけられる。そして現在は,約300万年前の北半球氷床の出現で始まり,それが拡大する過程で顕在化した氷期-間氷期サイクルの中の最も新しい間氷期(後氷期と呼ばれる)に当たる。
氷期−間氷期サイクルは,地球軌道要素の変化(地球の公転軌道の離心率変化や自転軸の傾きの変化,そして公転軌道に対する自転軸のゴマスリ運動)によって引き起こされる日射量の緯度分布および季節分布の準周期的変動(一般に,ミランコビッチサイクルと呼ばれる)が,地球システム内で増幅されることによって引き起こされている。氷期−間氷期サイクルがミランコビッチサイクルに同調している事は既に周知の事実で有るが,今から約125万年前以前には,およそ4万年の地軸傾動周期に同調していた氷期−間氷期サイクルが,およそ70万年前以降はおよそ10万年の離心率変動周期に同調するようになった事は,専門家以外には余り知られていない。この周期の変化は,更新世(Pleistocene:258万年前−約1万年前)の只中に起こったため,MPT(Mid Pleistocene Transition)と呼ばれており,その原因や変化の詳細を明らかにする事は,ミランコビッチサイクルがいかにして氷期−間氷期サイクルを引き起こしたかと言う,未解決の大命題を解く上での重要な手掛かりを与えてくれると期待される。
MPTについては,これまで,「底生有孔虫と呼ばれる海底に棲む単細胞生物の石灰質な殻の酸素同位体比が主に海水の同位体比を反映し,海水の同位体比は大陸氷床の体積(=海水準)を反映する」との仮定のもと,世界の色々な海域から報告された底生有孔虫殻の酸素同位体比の変動を重ね合わせて平均化したデータに基づいてその特徴が議論され,125万年前から70万年前にかけて,氷床が徐々に大きく成ると共に,4万年周期が10万年周期に置き換わって行ったと言われている。これに対して著者らは,底生有孔虫殻の酸素同位体比は,海水の同位体だけでなく殻を沈殿させた時の水温の影響も受けるので,氷床体積の指標としては不完全であると指摘している。そして,南太平洋ニュージーランド沖の水深3290mの深海底から回収された掘削コアから分取された合計1485個の試料中の底生有孔虫殻について,酸素同位体比と同時に水温の指標であるMg/Ca比を測定し,殻が酸素同位体を取り込む際の水温の影響を取り除くことにより,海水の同位体比の変動を過去150万年間に渡って復元した。
復元結果は,従来の考えを覆すもので,数々の示唆に富んでいる。即ち,氷床体積の変化は,従来言われていたように数十万年かけて徐々に起こったわけではなく,95万年前から87万年前の8万年間で急激に起こった事が明らかになった,一方,底層水温の変動様式は,氷床コアに記録された南極の気温の変動様式とよく似ており,南極の気温を反映している事を示唆している。そして,氷期極相期の水温は−1.7℃前後と低く,過去150万年間余り変化が見られない事が示された。一方,間氷期の深層水温は,45万年前以前には,1℃弱低かった。更に面白いのは,間氷期極相期直後の深層水温低下は,氷床体積増加に先行しており,間氷期から氷期に向かうプロセスの前半では,主に水温低下が有孔虫殻の酸素同位体比増加に寄与しており,後半は,主に氷床体積の増加が寄与している事である。そして,少なくとも研究された地点においては,深層水温の変化が有孔虫殻の酸素同位体比変動の半分近くを説明している。
著者らは,更に,何がきっかけで,MPTで氷床体積急増が起こったかについても考察している。即ち,酸素同位体比ステージ24で氷床が成長した後,ステージ23で氷床が余りほとんど融けなかった事が,次のステージ22で更に氷床を拡大させることになったと主張し,同位体ステージ23で氷床が余り融けなかった原因は,この時に,南半球高緯度域の夏の日射が余り上昇しなかったからだと論じている。(そして,筆者はあまり注目していないが)それは,40万年周期で離心率が極小になった時期と一致している。)この解釈は,南半球高緯度の夏の日射量変動が,氷期−間氷期サイクルに影響を与えているという主張を含んでいる点でも重要である。それは,現在,氷期−間氷期サイクルのペースを決めているのが,ミランコビッチが提唱したように北半球の夏の日射量なのか,それとも南半球の日射量なのかで盛んに議論が戦わされているからである。
Elderfieldは,70歳に近い研究者であるが,未だにNature やScienceなど,トップレベルの雑誌に論文を書き続けている。そのアクティビティーの高さには,恐れ入るばかりである。  
 
雑学の世界
http://www.geocities.jp/widetown/japan_den/japan_den124.htm






・現在は第4氷河期の間氷期
氷河期中の寒い時期と温暖な時期(間氷期)の間隔には周期性があり,明らかに10万年周期の機械的なメカニズムが働いているが,これは
ミランコビッチ・サイクル
と言う天体運動の周期性により説明されている。
CO2温暖化説で今世界のみんなが大騒動しているが,最後の第四氷河期が始まったのが10万年前なのでミランコビッチ周期が正しいなら,
次の第五氷河期はいつ始まっても不思議ではない。
ミランコビッチの説は,地球の公転運動(地軸の傾きや離心率)の変化で,太陽から地球に届く輻射量(熱量)が変化するためだというものです。
CO2地球温暖化説は,地表から宇宙に逃げていく輻射量(熱量)だけを考えた説で,温暖化で海水面が暖められ雲量が増えると太陽からの地球に入ってくる輻射(熱量)が減るというような事は考えていないようですし,ましてや太陽から地球が受け取る熱量の変化などは全く考えていない大雑把なものです。
過去の人類の歴史で起こった『寒冷化』は,浅間山の大噴火のような大量の粉塵を巻き上げる天変地異(太陽からの輻射熱の減少)で地球が寒冷化し未曾有の大飢饉を引き起こしていた。
核戦争での大火災(大量のCO2を放出)や巻き上がった粉塵で『核の冬』が起こるとしたカール・セーガンの考え方も実際にあった過去の歴史を科学的に検証して出来上がっているのでしょう。  

雑学の世界
http://www.geocities.jp/widetown/japan_den/japan_den124.htm




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カナダ, 2019.2







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