2019年02月10日

エラム文化


エラムについて
簡単な説明
ここでは、エラムについて、簡単に(ホント簡単に…)説明する。
⬛地理
エラムと呼ばれた地域は、メソポタミアの東の、イラン高原南西部のザグロス山脈沿いの地域である。
古代メソポタミア文明に近かった為に、文化的な影響を強く受けたようだ。
しかし、砂漠や湿地帯によって交通が阻まれていたようで、政治面ではイラン高原地帯との関わりが深かった。
中心的役割を果たした都市は、アンシャンとスサである。名前の由来エラム人は自らをハタミと呼んでいた。
そして、自分たちが住んでいる土地を、ハルタムティと呼んだ。
現在、エラムと呼ばれているのは、エラム語のハタミが、シュメール語に転訛したものだと言われている。
⬛言語・文字
エラム人は、エラム語という言語を話していたが、この語の系統は不明である。
また文字は、原エラム文字と呼ばれ、絵文字である。
この文字は、イランやアフガンなど広範な地域で見つかっており、エラム文化の影響がこの地に大きかったことがうかがえる。
その後、おそらく紀元前2000年頃までには、エラム人も楔形文字を使用するようになっていたらしい。相続制度エラム人の相続制度は、オリエント地域にしては特異である。
王位は子ではなく、弟に譲られていく。
この相続制度は基本的に、ずっと用いられ、他民族のの影響を受けることもなかった。
⬛周囲との影響・衰亡
エラムは、その長い歴史の中で、メソポタミアに建てられた王朝、アッシリアやバビロニアと抗争を繰り返し、滅ぼしたり滅ぼされたりしながら衰退していった。
その中で、バビロニア文化の影響を受けつつ、また、メディア・ペルシア・ギリシアなどの王朝へ、文化的・政治的影響を色濃く残している。
最終的にはアッシリアに首都スサを滅ぼされて滅亡、ペルシアの支配後は、二度とエラム人による国家が建つことはなかった。

司徒's Home
http://www.geocities.jp/aydahn42df5/index.html




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