2019年01月27日

コンドラチェフ・サイクル


コンドラチェフ・サイクル
「アメリカの景気循環:メキシコ、日本と比較して」                   
横浜商科大学 尾関修
筆者は、投資水準と経済成長率を指標としてドイツの景気循環を日本や韓国と比較し、シュンペーターの3循環図式に建設循環を加えた4循環図式でモデル化を行った[1]。ドイツの設備循環は、遠く離れた日本の設備循環と同時性を示しており、その高低によってインフラ循環の山谷を判断すると、ドイツと日本のインフラ循環もまた同時性を示している。在庫循環には違いがあるが、建設循環にも同時性が見られるため、ドイツの4循環図式は日本と同じパターンを示すことになった。4循環図式によって示される複合循環の大底は、日本は2004年であるのに対し、ドイツは2002年から2005年と判断される。ドイツでは政府債務残高GDP比率に回復の兆しがあり、情報技術革命のブームに加えて環境産業革命が進行している。日本では政府債務残高GDP比率の回復の見通しがなく、情報技術革命はともかく環境産業革命が立ち遅れているため、この4、5年の動きが注目される[2]。
筆者はまた、90年代を日本の複合循環の低下過程と位置付け、これを転換する基礎的イノベーション[3]として、環境産業革命の重要性を論じてきた[4]。
現在、地球環境問題を軸とした環境産業革命が世界的に起こっているが[5]、環境産業革命を促進し複合循環を回復過程に転ずるためには、国内的な努力だけではなく、エコロジカルな経済統合を構築する必要がある[6] 。エコロジカルな経済統合とは、貿易や資本流入よりも環境や文化を重視する地域主義[7]を基礎にした経済統合である。EUは、自由貿易協定ではなく歴史的文化的結合を基礎にしており、環境問題への取り組みも熱心なので、地域主義の性格を備えているのに対し、NAFTAは、自由貿易協定として発足し、当初より環境問題を軽視しているという批判があった[8]。NAFTAの中にあって、環境産業革命に必ずしも積極的でないアメリカの複合循環が、如何なる段階にあるかを検討して見ることは、メキシコや日本にとって意義がある。NAFTAとアメリカを参考にして、日本の複合循環の回復過程に注目することを本稿の課題としたい。
1、投資水準で見た複合循環
始めに、図1によってアメリカの投資水準(総投資/GDP)を示す。
アメリカの統計では、1929年以降のGDP、民間総投資、政府総支出と1949年以降の政府総投資が分かるため、国内総投資GDP比率を推計によって求めた。国内総投資GDP比率の動きは、政府総投資の分だけ民間総投資GDP比率の動きを底上げしたものとなっている。特に第2次大戦中の政府総投資GDP比率は大きく、国内総投資GDP比率を押し上げている。国内総投資(総固定資本形成+在庫投資)/GDPの推移は、在庫循環、設備循環、建設循環を複合した動きを示すが、基礎的イノベーションのための設備投資や建設投資によって引き起こされるインフラ循環をも複合している。すなわち、投資水準(国内総投資GDP比率)は、4つの景気循環の複合循環を示し、上昇、下降、低下、回復過程[9]を経て超長期のインフラ循環の周期(後で述べるように60年と仮定する)で循環していると仮定できる。この仮定によれば、図1からアメリカの複合循環の大底は、1932年と1991年にあると判断できる。1932年はシュンペーターが「真の谷」として承認しているが[10]、1991年についてはさらに検討する必要がある。
次に図2によって、アメリカの複合循環をメキシコ、日本と比較する。プロダクトライフサイクルに従ってアメリカが輸出超過から輸入超過へ、ドイツや日本などの先進国は輸入超過から輸出超過そして逆輸入、メキシコや韓国などのNIESが輸入超過から輸出超過へ移行するため[11]、生産を規定する投資水準はアメリカ、日本、メキシコの順で雁行形態を描く。1944年と2004年が大底と考えられる日本の複合循環[12]より、アメリカの投資水準は10年くらい早い複合循環を示していると仮定できるのに対し、1981年にピークを示したメキシコの投資水準は、日本の10年前の複合循環を追いかけていると仮定できる[13]。アメリカから他の先進国やNIESへの海外投資が1950年代後半から1960年代にかけて増加し、日本は1970年代後半から1980年代にかけて海外投資が増加した。アメリカは日本より20年も早く海外投資を大幅に拡大したことが、複合循環のピークを不明確にしていると考えられる。
アメリカの複合循環は、フーバー大統領時代(1929~33年)に急落し大底を示したが、シュンペーターによれば3循環全部の不況段階の一致によって大恐慌となった[14]。ルーズベルト大統領時代(1933~45年)は、連邦政府の介入を拡大することによって大恐慌からの回復を図る過程であった。トルーマン大統領時代(1945~53年)は、トルーマン・ドクトリン(1947年)によって冷戦が開始され、マーシャル・プラン(1948~51年)によってヨーロッパ復興に乗り出し、アメリカの技術的優位によって輸出と国内投資が上昇した過程であった。アイゼンハワー大統領時代(1953~1961年)は冷戦が全世界に拡大し、EECの成立(1957年)によりヨーロッパへの海外投資が展開し国内投資は横ばいとなったが、州間高速道路システムなどインフラストラクチアへの投資が進んだ[15]。ケネディ大統領時代(1961~63年)は、キューバ危機(1962年)が冷戦の頂点を記録する一方、OECD(1961年)や進歩のための同盟(1961年)の成立などによって先進国だけでなく開発途上国への投資が増加した。
ジョンソン大統領時代(1963~69年)はベトナム戦争が拡大する一方、オーストラリアや日本、ブラジルやメキシコへの投資が増大し国内の投資水準は横ばいを続けた[16]。ニクソン大統領(1969~74年)はベトナムからの撤退を進めたが、フォード大統領(1974~77年)が撤退を完了した年(1975年)の投資水準は大きく落ち込んだ。輸入が増加し貿易赤字が恒常化したカーター大統領時代(1977~81年)は、海外から投資が流入して投資水準は回復をみせた[17]。レーガン大統領(1981~89年)がソ連に対抗して採用した軍備拡大と減税というサプライサイド経済学は、輸入と公的債務を倍増させ投資水準を低下させた[18]。ブッシュ大統領時代(1989~93年)に、ベルリンの壁の崩壊(1989年)とソ連の解体(1991年)によって冷戦が終わり、湾岸戦争(1990~91年)の短期終結もあって投資水準は1991年に大底を示した。クリントン大統領(1993~2001年)は、富裕層に対する増税と政府支出削減を組み合わせた財政再建法案を通過させ、NAFTAの批准にも成功して投資水準を回復過程に導き、1996年に再選された。
2、設備循環、建設循環、在庫循環
アメリカの民間総投資については1929年以降の統計が得られるため、図3によって設備循環、建設循環を検討する。
アメリカの民間設備投資GDP比率は、1933年と1943年に大きな谷がある。
先にも述べたように、大戦中の政府総投資には大きな設備投資が含まれるので、国全体の設備循環は1933年の谷が大底であったと推定できる。
戦後日本の設備投資は、
1951年、
1961年、
1970年、
1980年、
1990年
に山があり、10年サイクルを示している 。
なかでも、
いざなぎ景気(1965~71年)
における1970年の山は、民間設備投資GNP比率が最も高く、1950年代から始まった輸送・通信・エネルギーなどのイノベーションによる投資のピークであった[19] 。
これらの基礎的イノベーションは、1930年代から1940年代にかけてアメリカで発生したものを導入したのであるから、アメリカの民間設備投資GDP比率は、1970年より10年以上前にピークがあってしかるべきであるが、1978年にピークを示している。これはベトナム戦争(1955~75年)とこの間の資本収支GDP比率がマイナスであることに見られるように海外への資金流出が大きかったためと考えられる。
アメリカの民間建設投資GDP比率も、1933年、1943年に大きな谷がある。
やはり大戦中の政府総投資は大きな建設投資が含まれるので、全体としての建設投資は1933年が大底であったと推定すると、
20年周期の建設投資は戦争がなければ1943年は反対に山であったはずであり、1963年頃に次の山を迎えたはずである。
日本の場合は田中角栄政権(1972~74年)が日本列島改造ブームを起した1973年に建設循環がピークを示した。
建設循環は設備循環と同様にイノベーションのピークを示すものと考えれば、1973年より10年位前にアメリカの民間建設投資GDP比率のピークがあってしかるべきであるが、
1950年の後は1978年にピークを示した。これも海外投資の拡大とベトナム戦争の影響と考えられる。
アメリカの民間在庫投資GDP比率は、1932年に大底がある。
複合循環の大底が1932年であったのは、在庫循環の落ち込みが大きかったためである。
その後、
1936、
1938、
1943、
1945、
1947、
1949、
1954、
1958、
1961、
1964、
1968、
1970、
1975、
1980、
1982、
1986、
1988、
1991、
1995年
に谷を示している。
平均周期3.31年はキチン循環の40ヶ月=3.33年に近い。
在庫循環は戦争の影響が少なかったと考えられる。
3、4循環図式:アメリカの場合
先の論文でも述べたように、筆者は4循環図式の標準周期として、次のような仮説を立ててきた[20]。
ジュグラー循環は3個のキチン循環を含み、
コンドラチェフ循環は6個のジュグラー循環を含む
というシュンペーターの洞察に基づき、キチン循環の平均周期40ヶ月をベースとし、設備循環の標準周期を10年、インフラ循環の標準周期を60年と仮定する。
また、コンドラチェフ循環は、クズネッツ循環を3個含むと考えて、建設循環の標準周期を20年と仮定する。
ここで固定的な標準周期と巾のある平均周期を区別したのは、これまで計測されてきた
短期循環(キチン)、
中期循環(ジュグラー)、
長期循環(クズネッツ)、
長期波動(コンドラチェフ)
の平均周期から見て、
在庫循環、
設備循環、
建設循環、
インフラ循環
の理想モデルとして採用できる標準周期を想定するためであった。
このような理想モデルを想定することは、マックス・ウェーバーの
Idealtypus(理念型)
によって意味づけられる。
アメリカの場合においても、在庫循環、設備循環、建設循環、インフラ循環を、それぞれ標準周期40ヶ月、10年、20年、60年と仮定し、
シュンペーターに倣って周期の比を振幅の比とし、
3.33:10:20:60 = 0.333:1:2:6
と仮定して描いたサインカーブによるモデルを、図4に示した。
設備循環の振幅を1としたのは、在庫循環を除く3循環図式で、振幅比を
10:20:60 =1:2:6
としたためである。
サインカーブは、下記の数式を採用した。
インフラ循環 = 6 sin ( 360 n / 60 ) 
設備循環 = 1 sin ( 360 ( n + 3 ) / 10 )
建設循環 = 2 sin ( 360 ( n + 10 ) / 20 )
在庫循環 = 0.333 sin ( 360 ( n + 2 ) / 3.33 )
数式中のnは、1948年を起点とする経過年数を示している。
1948年を起点としたのは、アメリカのインフラ循環の大底を設備循環と建設循環の大底が一致する1933年と想定して計算したものである。
1948年は、マーシャル・プランが実施されアメリカがヨーロッパ復興に乗り出した年でアメリカ経済が拡大に向かう画期的な年である。
インフラ循環の山は1963年頃と計算されるが、1956年に12ヵ年計画で発足した州間高速道路システム建設のピークと重なると考えられる[21]。
アメリカの設備投資GDP比率は、1933年に谷があるので、(n + 3)と調整することによって10年周期のサインカーブの谷と一致させた。アメリカの建設投資GDP比率も 1933年に谷があるので、( n + 10 )と調整することによって20年周期のサインカーブの谷と一致させた。在庫循環は1932年に大きな谷になっているので、この年にサインカーブが谷になるように、( n + 2 ) と調整した。図4のアメリカの4循環図式では、インフラ循環の山は建設循環の山となるが、設備循環は谷となり日本の場合と違っている。
図5は合成された循環を示すが、インフラ循環(点線)、建設循環+インフラ循環(薄く表示した)、設備循環+建設循環+インフラ循環(改良された3循環図式)、在庫循環+設備循環+建設循環+インフラ循環(4循環図式=複合循環)が、同時に描かれている。4循環図式は理想モデルであり、景気循環の実績値との乖離は避けられないが、アメリカの景気循環の物差しとして、実績値と比較してみることにしたい。
図6は、図1に示されたアメリカの投資水準の実績値と4循環図式の比較である。
ただし、図6の4循環図式は、(実績値の最高値−最小値)/(標準値の最高値−最小値)=1.05と、実績値の平均値17.2%で調整して投資水準の実績値と重ねあわせている。
この調整方式で見ると、1930年代、1940年代、1950年代前半では、実績値が標準値を上下しているが、
1950年代後半、60年代は、実績値は標準値を大きく下回っている。
大きく下回った理由は海外投資の増加とベトナム戦争と考えられる。この傾向は1970年代からのドルの切り下げと海外からの資本流入によって克服され、実績値は標準値を上回るようになった。80年代の投資水準の傾向的下落は標準値の傾向と一致しており、1991年以降の回復も標準値の傾向と一致している。実績値回復の背景としては、新しいインフラストラクチアである情報技術革命と環境産業革命のための設備投資と建設投資があると考えられるが、資本収支GDP比率の上昇に見られるように海外からの資本流入によって支えられている。
4循環図式は、標準周期のサインカーブを複合した理想モデルであり、投資水準の実績値と理想モデルを出来る限り一致させた4循環図式のパターンが、投資水準(景気のレベル)の標準値を示すことになる。図6によれば、アメリカの投資水準の実績値は、GDP比4~22%を示しているのに対し、標準値は8~25%の振幅を示している。貿易環境や財政金融政策によって投資水準は大きく左右されるものであるから、標準値との乖離は避けられないが、アメリカの4循環図式の底は1932年の後は1992年であることから考えると、アメリカの複合循環の大底を1991年とするのは妥当であり、投資水準は既に回復過程にあると見られる。
4、4循環図式と経済成長率
図5に示した4循環図式は、景気循環の標準的振幅を示すが、これは景気の水準(レベル)を示している。
シュンペーターが3循環図式に加えて、その変化率の図式を示したのは、成長率循環の標準的振幅(レイト)を示すためであった。
実質経済成長率の循環は、在庫循環と必ずしも一致せず、景気の成長率循環の振幅を示していると考えられ、現実の景況感と一致しているので、実質経済成長率と4循環図式の変化率との関係を検討してみる。図7が、アメリカの実質経済成長率を、アメリカの4循環図式の変化率と比較している。ただし、変化率は、経済成長率と比較するため、(対前年との差分*2.85+3.58) と調整した。経済成長率の実績値の平均3.58%を加え、(実績値の最大値−最小値)/(標準値の最大値−最小値)=2.85で4循環図式の対前年の差分を拡大して、直接比較できるようにしたのである。
戦前のアメリカは経済成長率の振幅は大きいが、1950年代以降は標準的振幅のパターンの中にある。
実績値がマイナスを示した1954、1958、1970、1974、1975、1980、1982、1991年は標準的振幅も谷を示していることが多い。
山の方は必ずしも一致していないが、パターンとしては類似しており、1990年代の経済成長率の回復は成長率複合循環に沿ったものといえる。
これがニューエコノミー論を生んだ背景と考えられる。
5、公的債務残高と景気循環
4循環図式が、アメリカの投資水準と経済成長率の動向を予測する根拠となっているが、公的債務が複合循環を下降低下させる要因となっていることを、ドイツ、日本の例で見てきたので、アメリカ、日本、メキシコについても複合循環と公的債務の関係を見てみよう。
図8は、アメリカ、日本、メキシコの公的債務残高/GDPの推移を比較したものである。アメリカの公的債務残高は、5兆6562億ドル(1999年9月末)で、GDPの61.1%である。公的債務には、連邦政府だけでなく州および地方政府の債務が含まれている。アメリカの公的債務残高GDP比率は第2次大戦中に極度に増大したが、戦後は冷戦の継続にもかかわらず一貫して減少してきた。ベトナム戦争(1955~75年)のコストは全体で2000億ドル[22]と見積もられているが、これがなければもっと早くに戦前の状態を回復したと考えられる。しかし、石油危機以降は改善が見られなくなり、1981年にレーガン政権が登場して軍備拡大と減税を行って以来再び増大しブッシュ政権でも増大してきた。1991年に冷戦が終結し複合循環が大底を示した後にクリントン大統領時代(1993~2001年) に入って横ばいとなり、1995年に67.2%を記録して以来回復してきている。
図1と図8を比較すると、第2次大戦中の公的債務の増大が民間総投資を減少させたことがよく分かる。戦後に民間総投資は復活し政府総投資を大きく上回るようになった。これが公的債務残高GDP比率を減少させてきた要因である。
1981年にレーガン大統領がレーガノミックスを実施した時の公的債務残高GDP比率は32.9%であり、今日の日本とは比べものにならないが、それ以降の公的債務の増加は民間総投資の減少となった。このことからも財政再建が棚上げされれば、投資水準の回復には時間がかかることになる。
アメリカの4循環図式の大底は1932年と1992年で、複合循環は大底を通過し、投資水準の回復と公的債務残高GDP比率の改善があるので、アメリカの複合循環は回復過程にあるといえる。
日本の政府債務残高は、478兆円(1999年12月末4兆6748億ドル)であり、GDPの96.4%に達している。
これは中央政府だけの債務で、地方自治体の債務を含まないので、アメリカの大戦中の水準に達しているといえる。
日本の大戦中の政府債務も大きかったが、アメリカと違って
日本の4循環図式の大底は1944年と2004年
であり、政府債務残高GDP比率の大底は、これと一致する動きをしていると見ることができる[23]。
こう考えるならば、日本の複合循環は4、5年で底を打ち、アメリカの10年遅れで回復過程に入ると期待される。
メキシコの政府債務残高GDP比率は1兆1755億ペソ(1999年12月末1236億ドル)で、GDPの25.7%である。
これは連邦政府だけの債務である。
メキシコの政府債務残高GDP比率は、1982年の債務危機によって悪化し1987年に72.1%に達した。
サリーナス大統領時代(1988~94年)になってからの外資導入政策とNAFTAを見越したバブル経済によって改善した。
バブルが弾けた1994~95年のメキシコ通貨危機で再び40.8%にまで悪化したが、その後は急速に戻してきた。
これはアメリカ、日本を初めとする国際的な支援とNAFTAを梃子としたメキシコの対米輸出拡大によるところが大きい[24]。
しかし、経常収支の赤字は再び増大してきており、外資の流入によって支えられている。
アメリカはNAFTAをチリやカリブ諸国に拡大しようとしており、メキシコ経済は安泰ではない。
先にプロダクトライフサイクルが投資水準の雁行形態を引き起こすと考えて、日本の複合循環はメキシコより10年先んじていると仮定した。10年前の日本の政府債務残高GDP比率は、バブル経済によって一時的な回復を見せ1991年には50%を切るところまで回復したが、その後バブル経済の崩壊とともに悪化を続けている。
このことから見ると、メキシコの政府債務残高GDP比率は、NAFTAの拡大により外資の流入が反転する時点で再び悪化する可能性がある。
アメリカでもNAFTAによる資本の流出は大きかったが、他からの資本流入が大きく情報技術革命と環境産業革命が雇用を吸収してきたと考えられる。
おわりに
1990年代後半において、日本の設備投資は下降し標準的循環から外れているのに対し、アメリカの設備循環は上昇し標準的循環から外れている。
日本ではインフラ循環が低下しており、アメリカでは上昇していることの影響と考えられる。
アメリカの設備投資は、45.5%が情報化投資(1999年)[25]であり情報技術革命が進行している。
また、大気保全、水質保全、廃棄物処理、その他分野の環境対策支出は、
1218億ドル(1994年対GDP比1.73%)
で、
企業65%、
政府25%、
個人10%
の割合であり、対前年比では実質7.3%と高率の伸びを示している[26]。
環境産業革命の進行を示す指標である。
日本の環境対策支出は、9兆7550億円(1990年725億ドル対GDP比2.27%)であり[27]、最近の設備投資は、製造業でも非製造業でも減少してきた中で、
二酸化炭素の削減や省エネルギーなどの環境対策投資が高い伸びを示し1999年は若干持ち直した。
日本でも環境産業革命という基礎的イノベーションが進行している。
通貨危機から立ち直ったメキシコの場合、日本の4循環図式の10年前を当てはめれば、一時的回復はあっても、さらに低下過程を辿った後に回復過程に転じるという予測になる。メキシコの保税加工地区マキラドーラには、アメリカが日本やアジアNIESからの輸出攻勢に対抗するため進出し、日本は円高と対米迂回輸出という動機から進出し活況を呈してきた。
しかし、マキラドーラの環境問題は悪化し、1994年のNAFTA成立後もさらに悪化を続けてきた[28]。
このため、1997年からアメリカとメキシコは共同して国境地域の環境保護に乗り出しており、環境規制から進んで汚染防止のためのプロジェクトを展開している[29]。
メキシコの環境産業革命は、こういう形で始まっていると考えられる。
メキシコの貿易赤字は日本が最大となっているため、日墨自由貿易協定が提起されている[30]。
しかし、マキラドーラの北米向け保税制度の廃止、人件費の高騰、治安の悪化などが重なり、日本企業には撤退の動きもある。
NAFTAは、アメリカとメキシコの歴史的文化的結合の意味合いを強め、共同して環境問題にも取り組んでおり、エコロジカルな経済統合に変貌し、アメリカの複合循環の回復に役立っている。
このことから見ると、日本は、歴史的文化的結合という点から考えて、メキシコよりも韓国との経済統合を優先し、日本の複合循環を回復過程に転換させるだけでなく、韓国の複合循環をも転換させることが望ましいという先の論文の結論は妥当であろう[31]。
韓国では、南北首脳会談が実現し、経済交流に活路が求められている。日本も、北朝鮮との冷戦構造を終わらせ、東北アジアにエコロジカルな経済統合を形成する道筋をつけることによって、複合循環を回復過程に転ずることができる。

尾関修のページ
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1184/environ.html
http://www2.ocn.ne.jp/~ozeki/foreign.html



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[1] :尾関修「ドイツの景気循環:韓国、日本を比較して」景気とサイクル(景気循環学会機関誌)第28号(2000年1月刊)。ドイツと日本の景気循環の同時性を見ることは難しくない。 
[2]:尾関修「景気循環の現段階:メキシコ、韓国、日本を比較して」景気とサイクル(景気循環学会機関誌)第26号(1998年12月刊)。日本の4循環図式をここで検討している。 
[3] :Gerald Mensch “Stalemate in Technology” Ballinger Publishing Company, pp.47-50. メンシュは、新しいタイプの人間の活動を生み出すイノベーションを基礎的イノベーションと定義している。基礎的イノベーションから派生するイノベーションは、改良的イノベーションと呼んでいる。
[4] :Osamu Ozeki “ Reconsideration on the Present Phases of Business Cycles, Comparing Mexico, South Korea and Japan “ 横浜商大論集第32巻第2号(1999年3月刊)141頁。筆者は、1970年代の2度にわたる石油ショック後、基礎的イノベーションは、資源制約と環境制約という2つの条件を満足するシステム原理に基づくものでなければならなくなったと指摘した。尾関修「資源制約時代に企業はどう対応するか」1980年、三菱総合研究所刊、5頁。
[5] :Carolyn Chase “ The next industrial revolution” San Diego Earth Times, Dec 1998, (http://www.sdearthtimes.com/et1298s7.html) この記事は、Industrial Environmental Association の会議の報道で環境産業革命を論じている典型である。早くには、20年も前にバッテル・コロンバス研究所のフォウセット社長は、環境産業革命を論じている。Dr. S.L.Fawcett “ Comments from the President “ The President Report & Annual Review 1977, Battelle Memorial Institute, pp.2-3
[6] :前出、Osamu Ozeki “ Reconsideration on Present Phases of Business Cycles, Comparing Mexico, South Korea and Japan “ 171頁。 日本と韓国、韓国と北朝鮮の関係は、歴史的文化的結合であり、協力して環境問題に取り組むべき地域であると論じた。最近の南北対話は注目される。
[7] :玉野井芳郎「地域主義の思想」1979年、農山漁村文化協会刊、113頁参照。人間と自然の関係を踏まえて地域というものをとらえ直すことを地域主義と呼んでいる。それは、バイオリージョナリズムと呼ばれるものと一致している。バイオリージョナリズムは、80年代から基礎的イノベーションとして取り組まれてきた社会的実験であり、環境産業革命の一環だったのである。
[8] :尾関修「ラテンアメリカと環太平洋経済の発展」横浜商大論集第27巻第2号(1994年3月刊)131頁。
[9] :上昇、下降、低下、回復は、シュンペーター、クズネッツの図式Prosperity, Recession, Depression, Revivalに対応している。前出、Gerald Mensch “Stalemate in Technology”, pp.39-40を参照。
[10]:J.A. Schumpeter “ Business Cycles “1939, Abridged edition reprinted 1989 by Procupine Press, p.342.
[11]:Gerhard Mensch “Stalemate in Technology “1979, Ballinger Publishing Company, pp.63-69
[12]:前出、尾関修「景気循環の現段階:メキシコ、韓国、日本を比較して」 日本の4循環図式から、日本の複合循環の大底を1944年、2004年と判断した。 
[13]:尾関修「メキシコの通貨危機と経済成長の長期見通し」景気とサイクル(景気循環学会機関誌)第22号(1996年11月刊)。ここでは筆者は、輸入輸出比率のピークをインフラ循環のピークを考えて、メキシコの3循環図式を作っており、複合循環のピークを1975年とした。しかし、投資水準のピークが複合循環のピークとなるという仮定を優先し、1981年を複合循環のピークと仮定する。
[14]:前出 J.A. Schumpeter “Business Cycles” p.331
[15] :Encyclopedia Britannica Online(Accessed 18 April 2000) “ Eisenhower, Dwight D. ” <http://www.eb.com:180/bol/topic?eu=32714&sctn=1>また、次を参照。“roads and highway” <http://www.eb.com:180/bol/topic?eu=127628&sctn=1
[16]:Bureau of Economic Analysis “International Investment Data, U.S. Direct Investment Abroad : Country Detail for Capital Outflows” 1966-1976, <http://www.bea.doc.gov/bea/di/diacap66.htm
[17]:前出  Gerhard Mensch “Stalemate in Technology “ p.66, 1965年にアメリカはドイツに15億マルク投資したのに対し、ドイツはアメリカに6900万マルク投資した。しかし、1976年にはドイツはアメリカに13億マルク投資したのに対し、アメリカはドイツに3億5600万マルクの投資しか行わなかった。
[18]:Encyclopedia Britannica Online(Accessed 29 April 2000) “ Reagan, Ronald W. ” <http://www.eb.com:180/bol/topic?eu=64466&sctn=1
[19] :篠原三代平「戦後50年の景気循環」1994年、日本経済新聞社。28頁の図6 および 20頁参照。クズネッツ循環は建設循環というより、技術革新の波として大きな役割を果たしたと指摘されている。経済成長率の7ヶ年移動平均で見たときのピークは、50年、69年、87年であるが、70年を境に水準は下降している。7頁の図1を参照。
[20] :前出、尾関修「景気循環の現段階:メキシコ、韓国、日本を比較して」52頁参照。
[21]:Encyclopedia Britannica Online(Accessed 29 April 2000) “ expressway ” <http://www.eb.com:180/bol/topic?eu=34043&sctn=1
[22]:Encyclopedia Britannica Online(Accessed 28 April 2000) “ Vietnam War ” <http://www.eb.com:180/bol/topic?eu=77300&sctn=1
[23] :前出、尾関修「景気循環の現段階:メキシコ、韓国、日本を比較して」57頁。
[24] UNITE “The NAFTA Scam” <http://www.uniteunion.org/reclaim/politicalarchive/nafta/nafta.hyml>  メキシコの通貨危機直前の1993年には対米貿易赤字17億ドルであったが、通貨危機の翌年の1996年には162億ドルの対米貿易黒字となった。
[25] Bea News Release “Gross Domestic Product, First Quarter 2000(advance)”, Table 3 <http://www.bea.doc.gov/bea/newsrel/gdp100a.htm
[26] Christine R. Vogen “Pollution Abatement and Control Expenditure 1972-94” Survey of Current Business, September 1996 < http://www.bea.doc.gov/bea/an/0996eed/maintext.htm
[27] 経済企画庁経済研究所国民経済計算部「日本における環境保護支出勘定の試算」1999年6月<http://www.epa.go.jp/99/g/1999061kankyouhogo/menu.hyml
[28] :U.S.-Mexico Border Environmental Indicators 1997 : Chap5, Environmental Health < <http://www.epa.gov/usmexicoborder/indica97/chap5.htm
[29] :U.S.-Mexico Border Environmental Indicators 1997, Key Federal Agencies Implementing Border XXI < <http://www.epa.gov/usmexicoborder/indica97/ic.htm
[30] 日本メキシコ経済委員会「日墨自由貿易協定のわが国産業界への影響に関する報告書」1999年4月 < <http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/pol226/index.html00/05/23

尾関修のページ
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えんとろぴい(エントロピー学会誌)第46号2000年5月掲載
「景気循環と環境問題」        
尾関 修  
1999.8. 18
はじめに
債務に喘ぐアジアやラテンアメリカは、通貨危機や環境問題によって揺さぶられており、
長期波動の下降によって頓挫した経済成長を回復するため、地域統合を発展させる貿易投資や、各国の地域経済を活性化する観光投資を求めている。しかし、この地域の環境問題の深刻化を考えると、景気対策は従来型のものであってはならないと考えられる。一方、EUでは、環境問題をクリアしなければ国際競争ができない時代に入っており、ドイツを始めとして環境産業革命が進行している。この影響は、日本とアジアにも及んでいる。アメリカは、ドイツ、日本に先んじて、金融、情報、環境を梃子にして長期波動の回復過程に入ったと見られるが、金融、情報だけではなく環境問題への取り組みにおいても先んじている点は多い。地球環境問題の緊急性を考えると、景気循環と環境問題というテーマが、国際経済の現実として浮かび上がって来る。コンドラチェフ、シュンペーターを手掛かりとして景気循環を考えてきたが、シューマッハーが「スモールイズビューティフル」によって行った経済学批判の意義はますます大きくなっている。そこで、景気循環と環境問題という視点でこれまでの研究を見直してみたい。
1.景気循環と熱力学の法則
コンドラチェフは述べている。
「われわれは動態理論のなかで、とくに可逆的過程と不可逆的過程を、それらを同時に、だが混合することなく、研究対象とすることができる。
可逆的過程の研究と説明のさい、われわれはいうまでもなく、逆に不可逆的過程の性格をも研究しなければならない。
だが、このことはそれらを区別する必要性をいささかも妨げはしない。
さまざまな形態のエネルギーの変換を研究することによって、物理学者は熱力学第2法則をみいだしうる。
だが、エントロピー法則の存在によって、エネルギーの変換の問題が消えうせるということではまったくないからである。」
(経済的静態・動態および景気変動の概念の問題によせて1924年)
(コンドラチェフ景気変動論亜紀書房185頁)
コンドラチェフは、動態的過程の可逆性と不可逆性の区分を、熱力学における法則と対比しているだけでなく、景気循環の解明に不可欠としている。「熱力学の発展の1つ1つは、経済過程と熱力学の原理の間の結びつきについての、新たな証拠をつけ加えていくものであった。−−熱力学は概していって経済価値についての物理学なのであり、カルノーは無意識のうちに、そのようなものとして展開している。」(ジョージェスク・レーゲン:エントロピー法則と経済過程1971年)(日本語訳358頁)ということを考えると、コンドラチェフは、景気循環と熱力学の原理との間の結びつきを意識した経済学者であった。
2.景気循環の規則的可逆性の根拠
シュンペーターは述べている。
「歴史的にも統計的にも、1コンドラチェフ循環にたいして6ジュグラー循環を、および1ジュグラー循環にたいして
3キッチン循環を数えることができる、平均としてではなくて、すべて各個の場合に。
−−そこには、このような規則性を保証するものは何もない。
反対に基本的な観念からの論理的期待は、不規則性であろう。
けだし、なぜ懐妊期間、および革新を体系のなかに吸収するのにかかる時間の点で非常に違っている革新がいつも、
それぞれ
60年弱、
10年弱、および
40ヶ月弱
の循環をもたらすか、は実際知ることが困難だからである。」
(シュンペーター:景気循環論1939年)
(金融経済研究所訳第1巻258頁)
シュンペーターは、景気循環の可逆性の根拠を革新(イノベーション)に見出したが、イノベーションは資源の新しい利用形態であり、景気循環の不可逆性の実体ではあっても、可逆性の根拠としては納得しにくい。景気循環が規則的可逆性を示すので、これに対応するため、歴史的に多様なイノベーションが人間によって繰り返されたと理解する方が、その反対よりも、より納得しやすい。しかし、イノベーションが発生しなければ、可逆性も失われるので、シュンペーター説によって、基礎的イノベーションの不連続的発生を実証し、「革新は不況を克服する」としたメンシュの説にも根拠がある。(G.Mensch "Stalemate in Technology"1979p119参照。) 景気循環の可逆性は、在庫、設備、建設、インフラに対する投資水準と関係があるとする説は、マルクスに始まる。イノベーションは新規投資を必要とし従来の投資の更新時期に普及していくと考えられるので、シュンペーターのイノベーション説とも符号する。
しかし、景気循環の可逆性の実体がイノベーションを含む投資水準であるとしても、規則性の根拠としては十分ではない。
この点を問題とし、ジェヴォンズの太陽黒点説を復活した嶋中雄二氏の説が、景気循環の規則的可逆性を説明する有力な説と考えられる。(嶋中雄二「太陽黒点説の復興」景気とサイクル創刊号1986年)氏は、太陽黒点の各種のサイクルが、気象などを通じて人間の経済活動に影響を及ぼし各種の景気循環となると論じた。このことから、景気循環の規則的可逆性の本質は、人間の経済活動にとって大きな存在である太陽エネルギーの影響による自然な景気循環が、産業革命による石炭の導入、その後の石油、原子力、天然ガスなどの導入によって増幅・撹乱されている状態と考えられる。不可逆性の本質は、そこにおける人間の経済活動をエントロピーの法則が貫徹するためと考えられる。
3.複合循環と総投資の水準
シュンペーターは、
コンドラチェフ、
ジュグラー、
キッチン循環
をそれぞれサインカーブで示し、これを合成した3循環図式で複合循環をモデル化した。
振幅を周期に比例させて合成することによってイノベーションに大小をつけている。
メンシュによる基礎的、改良的、擬似的イノベーションの分類とも通じている。
しかし、投資水準を可逆性の実体と考えるならば、
コンドラチェフ循環はインフラ循環、
ジュグラー循環は設備循環、
キッチン循環は在庫循環
が実体であると仮定できる。
イノベーションの大小とも対応する。
さらにクズネッツ循環は建設循環
が実体であると仮定できる。
ここで問題となるのは、インフラ循環の内容である。
戦後の日本では、道路、新幹線、通信施設、発電所などがインフラ投資の対象と考えられてきた。
これは自動車・コンピュータ・電子機器・原子力などの基礎的イノベーションと関係している。
今日の日本では、金融システム、インターネット、リサイクルなど金融、情報、環境に関するインフラ投資の必要が叫ばれている。
これらは、明日の基礎的イノベーションだからである。
これらのインフラ投資は、公共投資と同じではなく、建設投資や設備投資、在庫投資の中に含まれると考えなければならない。
これらのことから、総投資{総固定資本形成(建設投資+設備投資)+在庫投資}の水準は、4つの投資循環を複合していると考えられる。サインカーブは合成されると複雑系を表現することが出来る。振幅を周期に比例させてインフラ循環、建設循環、設備循環、在庫循環を合成した4循環図式を、複合循環すなわち長期波動の規則的可逆性の標準値とすると、総投資の水準は、この4循環図式にそって上昇、下降、低下、回復を経過してコンドラチェフ循環の周期で循環すると仮定できる。GDP比率によって日本とドイツにおける建設循環、設備循環、在庫循環の山を確認し、それぞれのサインカーブの山と出来るだけ一致させるように調整した上、総投資GDP比率の実績値に対応するように振幅を調整したものが図1である。ドイツと日本では振幅の違いはあるが、4循環図式と総投資の水準の関係はよく一致している。この図は、先に述べたように景気循環の規則的可逆性の本質は、太陽エネルギーの影響による自然な景気循環が化石燃料、原子力の導入で増幅・撹乱されている現象であり、イノベーションを含む投資水準は、この本質と関係していると仮定することの有効性を示している。
4.プロダクトライフサイクルと景気循環の不可逆性
イノベーションを含む投資水準が景気循環の可逆性の実体であるとしても、イノベーションを含む投資活動は不可逆性の実体である。新たな景気循環の発生もしくは撹乱要因ともなる。
産業革命以来のイノベーションが、再生不能の化石燃料、原子力エネルギーを導入し、鉱物資源や植物資源をリサイクルすることなく浪費してきたので、景気循環の振幅はますます増幅されてきた。この30年、プロダクトライフサイクルによる投資行動とこれを促進する財政金融政策が、これらのイノベーションを国際的に波及させ、債務危機と地球規模の環境破壊を生み出してきた。(スーザン・ジョージ「債務ブーメラン」朝日選書1992年)
プロダクトライフサイクルとは、イノベーションが多国籍企業の投資行動によって国際的に展開していくことを説明する理論である。(R.Vernon "International Investment and International Trade" 1966)イノベーションが、アメリカからイギリス、ドイツ、日本などを経て、NIES諸国へ波及していくプロセスを説明しているこの理論は、そのまま環境問題の地球規模の拡大を意味するものとなった。この理論は、個別製品の国際的波及を示すミクロ理論であるが、国全体の工業化を示すマクロ理論として応用できる。すなわち、輸入代替の過程では国内投資が増大し、生産が消費を上回り輸出指向に転じる時点から、海外投資が増大する。反対に生産が消費を下回り逆輸入が増加すると国内投資が復活する。このような投資活動を促す財政金融政策は、複合循環すなわち長期波動を新たに生み出す。 
このことを、イノベーションを含む投資水準で見てみたい。(図2、図1も参照)
アメリカの総投資の水準が低いのは、50年代60年代から多国籍企業の展開によって、生産を海外に移していったためと考えられる。70年代には生産が消費を下回り、国内投資の復活が見られるほどであった。80年代の低下は財政赤字、90年代前半からの回復は、金融、情報、環境を梃子にした新たな長期波動の開始ではないかと判断できる。
ドイツ、日本の総投資の水準は50年代60年代に上昇を示したが、70年代後半以降は下降し、80年代後半の一時的回復の後90年代は低下過程にある。この30年来のドイツ、日本がとった産業政策は、自動車・家電・電子機器・その他の機械輸出、原子力の拡大であったが、これらのイノベーションが環境を悪化させた点も同様であった。
ドイツは包装容器・自動車・家電・その他のリサイクルと脱原発を図ることを、次世代のイノベーションとして取り上げているが、日本は、それらのリサイクルの取り組みが遅れる一方で、放射性廃棄物の再処理によってプルトニユーム利用を図っている。しかし、このリサイクルはコストとリスクが大きく、新たな長期波動を開始させる力は弱いと考えられる。
韓国、インドネシアなどの総投資の水準は、50年代60年代にアメリカ、日本からの投資によって新たに作り出された長期波動の上昇過程にあったが、90年代になって下降過程に転じている。その総投資の水準のパターンは、日本の20年前とよく似ている。90年代後半の長期波動の下降に対応して、自動車・電子機器・その他の機械輸出、原子力の導入に力が入れられているのも、20年前の日本の景気対策と酷似している。
これらの3つのパターンはプロダクトライフサイクルの存在を示している。
技術移転は、環境問題の波及でもあった。
戦後アメリカから導入した自動車・家電・電子機器・原子力などのイノベーションは、ドイツや日本の環境問題のメインテーマとなっていることをNIES諸国は知らなければならない。そして、環境産業革命を先取りする必要がある。
5.おわりに:長期波動と環境産業革命
シューマッハーが警鐘を鳴らしたにもかかわらず、モノとカネが中心の開発援助と、プロダクトライフサイクルと呼ばれる多国籍企業の投資行動が、従来型のイノベーションを普及させ、景気循環を増幅し、不可逆的過程を加速し、地球環境を悪化させてきた。イノベーションと投資活動は、人と環境が第一でなければならないと主張したシューマッハーの経済学批判の意義はますます大きくなっている。シューマッハーは「スモールイズビューティフル」(1973年)の冒頭で、「現代のいちばん重大な誤りは、『生産の問題』は解決ずみだという思い込みである。」と述べている。シューマッハーの環境問題の捉え方は包括的で「経済学の用語を使えば、工業文明は再生不能の資本をのんきに所得と思い込んで、それに頼っているのである。私は、そういう資本として3つのものをあげた。化石燃料と自然の許容度と人間性である。」(小島・酒井訳講談社学術文庫27頁)と指摘している。これらの自然資本を保全することがいわゆる環境産業革命の課題となると考えられる。
ハードエネルギー(化石燃料、原子力)から
ソフトエネルギー(省エネルギー、再生可能エネルギー)
への移行を主張したエイモリー・ロビンズのソフトエネルギーパス(1976年)は、シューマッハーの主張に触発された構想であったが、カーター政権に影響を与え、高速増殖炉の開発延期と公共事業規制政策法(1978年)でソフトエネルギーの導入が決定された。
ソフトエネルギーパスは、熱力学を一国のエネルギー問題に応用したもので、自然の許容度を犯すハードエネルギーから転換し、所得と考えられる太陽エネルギー利用の増加を目指している。ここからアメリカの環境産業革命は始まったと考えられる。
バッテル研究所のフォウセット社長は「地球の利用の今後の進化において、ただのものは何もないということを我々が認識し始めたのは、この10年のことである。
もはや、ただの空気や水、エネルギーや土地といったものはない。
人間が利用するための材料や製品、そしてサービスを作り出すどのシステムも閉じたものでなければならない。
インプットとアウトプットは、基本的に同一か、少なくとも環境に対して不活性で侵害しないものでなければならない。
我々が現在突入しつつある第2の産業革命において、企業は、新しいゲームのルールに基づいて行動し、経済的に最適化していかなければならない。」(S.L.Fawcett "Comments from the President"1977)と述べた。
アメリカでは、
太陽エネルギー利用、
風力発電、
有機農業、
グリーンビルディング、
バイオリージョナリズム、
環境都市計画
などが草の根的に広がりを見せ、多国籍企業の中にも環境会計などの考えが浸透していった。
これが、90年代に入って新たな長期波動を生む1つの梃子になっていると考えられる。
しかし、その一方で、遺伝子組替え作物など従来型のイノベーションも成長している。 
戦後のドイツは日本とともにアメリカからイノベーションを導入してきたが、1991年には高速増殖炉の開発を中止し、ソフトエネルギーの開発を本格化してアメリカの環境産業革命の後を追うことになった。
包装容器・自動車・家電のリサイクルの社会システムでは先進的といわれるようになり、企業活動の環境監査、燃料電池、風力発電、脱原発、有機農業、自然住宅、天然塗料なども取り上げられている。これらは、化石燃料を節約し、自然の許容限度を超えない企業活動を促し、生産と消費において人間性を回復するものである。
事故のため余儀なく高速増殖炉の開発延期に追い込まれている日本においても、環境産業革命は外からの圧力で開始されているといってよいが、ドイツに比べ立ち遅れていることは明らかで、反対に、ダイオキシンの発生量において世界の50%を上回ると推定される日本は、外国からは気が狂っていると酷評されている。
金融ビッグバンやインターネットだけではなく、環境産業革命というイノベーションにおいても、プロダクトライフサイクルを追求し、新たな長期波動を作り出していくことが、日本の景気対策として急務である。
現在、日本に限らず世界的には天然ガスの利用が増大しており、熱併給発電や燃料電池などが普及すれば、原子力や石油にとってかわるエネルギーに成長すると見込まれている。
しかし、これを梃子としてソフトエネルギーパスを追及し、雇用を拡大することが必要である。
産業革命以来の化石燃料、原子力の利用を逆転し、景気循環の振幅を緩和し、過剰設備や過剰生産に悩まされることの少ない経済を作り出し、バブルによって失われた人間性を復活し、土壌や水質を保全し、化学物質過敏症や環境ホルモン、放射能や核爆発の心配のない生活を取り戻すことが環境問題の解決である。
そのためには、スモールイズビューティフルの経済学と哲学を採用する以外に人類の希望はないと考えられる。          以上               
        
尾関修のページ
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1184/environ.html
http://www2.ocn.ne.jp/~ozeki/foreign.html

datasea[& コンドラチェフ]
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「景気循環論」はほとんど非科学的である
古くから経済現象には「周期性」なるものが存在することが知られてきた
(もっとも、「経済学」という学問が誕生したのが19世紀の初頭であり、したがって「経済学」自体が非常に新しい学問ではあるが)。
そして、この「周期性」の中でも最もよく知られているものと言えばやはり景気が良くなったり悪くなったりする現象
(みなさんも知っているとおり、この現象は「景気循環」と呼ばれている)であろう。
そして、古くからこの「景気循環」は短いものから順に
「キチン循環」(その周期は約3年)、
「ジュグラー循環」(同10年)、
「クズネッツ循環」(同20年)および
「コンドラチェフ循環」(同50年)
の4種類存在すると考えられてきたのである。
しかし、実はこれらの景気循環にはいずれもほとんど科学的な検証がなされていないのである。
つまり、これら4つの景気循環は過去においてたまたまある間隔ごとによく似た局面(波動における「位相」と大体同じ意味。
なお、景気変動は複数の異なる循環の重ね合わせによって生じると考えられている(この学説を「複合循環説」と呼ぶ)。)
が現れたからその存在が信じられているにすぎないのである。
言いかえると、これらの景気循環説はいずれも「経験則」の域を脱していないのである。
ところで、物事を一切理論的に考えずに経験だけで考えることはわれわれ生物の最も悪い習性の一つなのである。
すなわち、ある物事についての「傾向」、「関係」や「性質」などが「法則」として認められるにはまずその物事を観測することが必要であるが、この観測結果が理論によって裏付けされてはじめて「法則」と名乗る資格が与えられるのである。そして、科学はこの「法則」を理論によって検証する論理体系に他ならないのである。すなわち、物事を理論的に考えてはじめてその考えが科学的な思考となるのである。
 ところで、これらの景気循環説の中でも特に
「コンドラチェフ循環」
については長い間その原因が「技術革新」にあると考えられてきたのであった。
しかし言うまでもなくこの「技術革新」なる現象は突発的な現象であり、したがって当然のことながらこの「技術革新」は周期性をもたないのである。
しかし、それにもかかわらずこのように非周期的な「技術革新」を原動力として生じる
「コンドラチェフ循環」(実際にはこんな景気循環は存在しないが)
は周期性を持つと考えられてきた。このことに関しては、この景気循環説を提唱した学者には物事を理論的に考える能力がない以外に説明のしようがないのである。すなわち、過去において偶然「技術革新」なる現象が50年ごとに現れたからこの「技術革新」を原動力として生じる景気循環は50年という周期をもっていると信じられてきたにすぎないのである。
そして、「遺伝」のところでも触れたとおり、このように物事が生じる原因について研究するときにそれが「偶然」であるのかそれとも「必然」であるのか判別できないことは、特に「社会科学」をふくむ「生命科学」(厳密に言うと、社会科学は生命科学の一分野にすぎないのである。)においては致命傷となりかねないのである。
実在が確認されている「キチン循環」と「ジュグラー循環」
しかし、それでも「キチン循環」と「ジュグラー循環」については曲がりなりにもその存在が確かめられ、さらにそれが生じる原因が解明されているのである。
この中でも特に「キチン循環」についてはその原因が在庫の増減にあることがはっきりと確認されている(したがって、この「キチン循環」は「在庫循環」とも呼ばれている)。
また、この「在庫循環」は需要と供給の変化が一致しないから生じることが証明されている。すなわち、ほとんどの財物は需要に合わせて生産されるが、当然のことながら財物は現在ではなく幾分過去の需要に合わせて生産されるのでその結果この財物の需要量と供給量が食い違ってくる。これらの両者の食い違いが蓄積されていわゆる「在庫」となるのである。したがって、供給量から出荷量(言うまでもなくこの出荷量は需要量に等しい)を差し引いたものを積分したものが在庫量となるのである。また、当然のことながら在庫の変化は生産の変化よりも遅れることがわかる。なぜなら、先述のとおり生産量を積分したものが在庫量となり、さらに言うと、円関数などの周期関数を積分するとその位相がもとの関数よりも1/4周期(=90°)遅れるからである。
また、生産量は需要量のみならず在庫量によっても左右されることがわかっている。
つまり、需要量が等しい場合でも在庫量が少ない場合には生産量は多くなり、逆に在庫量が多い場合には生産量は少なくなることが証明されている。
なお、在庫量が多いときにその在庫を減らすために生産を減らすことは「在庫調整」と呼ばれている。
また、この「在庫循環」の周期は生産量と出荷量(=需要量)の位相の時間差によって決まることがわかる。
つまり、生産量と出荷量の時間差が大きいほど在庫の変化も大きくなり、その結果在庫調整にも長い時間かかるので「在庫循環」の周期も長くなるのである。
また、「ジュグラー循環」についてはそれが生じる原因が設備投資の増減にあることがほぼ確認されている。
つまり、工作機械などの生産設備の経済的寿命(その生産設備がコスト面で採算が取れる期間、一般に物理的寿命よりも短い)がほぼ10年であるために設備投資の変化も約10年周期となるのである。ただし、設備によってその寿命には長短いろいろあり、そのために設備投資の変化はきちんとした10年周期にはならないのである。
なお、「クズネッツ循環」についてはその周期が約20年であると考えられているが、この周期はちょうど「ジュグラー循環」の周期の2倍となっていることに気付いてもらいたい。
つまり、ある変化が周期的に生じる場合この基本周期の整数倍も周期となるのである
(なお、周期のうち正の最小の周期を「基本周期」という)。
したがって、この「設備投資循環」についてはその周期を10年とする説と20年とする説の2つが存在し、このうちこの周期を20年とする説が「クズネッツ循環」に対応しているわけである。
ところで、「ジュグラー循環」の周期はちょうど「キチン循環」の周期の3倍であると考えられているが、このようにある景気循環の周期が他の景気循環の周期の整数倍となっていることは決して偶然ではないのである。なぜなら、複数の景気循環の位相が接近しているときには短いほうの景気循環の位相を長いほうの景気循環の位相に合わせようとする働きがあるからである。この理由は、景気変動は複数の景気循環の合成で生じることが明らかになっているが、これらの景気循環は互いに独立したものではなく、互いに影響を及ぼしあって景気変動を生ぜしめるからである。したがって、「キチン循環」の位相は「ジュグラー循環」の位相に左右され、同じく「ジュグラー循環」の位相は「クズネッツ循環」の位相によって影響を受けるためにこれらの循環の周期が1:3:6という整数比となるのである。
「好況・不況」と「豊作・不作」はまったく別の現象である
ところで、一般的には好況のときには物不足となり、逆に不況のときには物余りとなるのである。
このように、景気と財物の需給関係は互いにまったく正反対の変化をするのである。
この理由は、好況のときにはもちろん生産も増えるがそれ以上に需要が増えるからである(もちろん不況のときには逆に生産以上に需要が減る)。さらにこの理由は、工業製品など生産者の意志でその生産量を決定できる財については需要に合わせてその財が生産されるからである。
したがって、好況・不況と豊作・不作はまったく別の概念なのである。
そのため、一方を他方と関係付けることはまったく不可能である。すなわち、生産が増えるという面では好況は豊作に似ているかも知れないが、資材が足りなくなるという面では好況はむしろ不作に似ているのである。
「社会主義」神話の形成と崩壊
以前は社会主義は階級がなく平等で資本家による民衆への搾取もない「理想の体制」であると信じられてきた。
しかし、社会主義国家の実態が明らかになるにつれて社会主義はわれわれの通説とは裏腹に国家が民衆への搾取ばかりやっていて一握りの国家の指導者だけが並外れて豊かでそれ以外の民衆はきわめて貧しいという「最悪の不平等社会」であることが判明し、この「社会主義」が「平等」であるという「幻想」はあっけなく崩壊したのであった。
みなさんも御存知のとおり社会主義はマルクスが労働者が貧しいのは資本家が労働者を搾取しているためだと考え、したがって生産手段(工場など)を公有化すれば資本家が存在しなくなり、したがって貧困もなくなって平等な社会になるはずであると考えた結果生まれたものである。しかし、先述のとおりこのマルクスの幻想とは裏腹に社会主義経済は資本主義経済以上に不平等なものとなったのである。
の理由は、われわれが自然淘汰の結果生じた生物の常として自己の利害だけを考え、ほとんど公共の利益について注意を払うことがないからである。言いかえると、われわれが「神」でないがゆえに社会主義が実現しなかったのである。この理由は、言うまでもなく政府は自己の利益を追求せず、公共の利益だけを考えて行動すると信じられているからである。しかし、政府を操っているのがわれわれと同じく自己の利害だけで行動する生身の生物である以上、「平等」な社会主義経済など実現不可能なのである。なお、マルクスの考えたことは言うまでもなく「大きな政府」なる考え(御存知のとおり、ケインズも似たようなことを考えていた)であり、「公有化」なる表現においてもちろん「公」とは「政府」のことである。
それにもかかわらず、未だに社会主義は「平等」であると盲信され続けている。
この理由は、言うまでもなく有名な学者の考えた理論ならばいくら「例外」が存在してもその「例外」を無視してそれを「科学理論」として認める科学界の病的な体質にあるのである。
資本主義は「主義」ではない
ところで、少し考えてみると皮肉なことにこの「社会主義」経済では「資本主義」経済以上に「資本主義」の欠陥が現れていることに気付くはずである。
つまり、「社会主義」経済では政府を動かしている「政治家」や「官僚」がマルクスが言うところの「資本家」となってそれ以外の民衆を搾取しているのである。
すなわち、強いものが弱いものを搾取するという行為(これがマルクスが言う意味での「資本主義」である)は「弱肉強食」および「優勝劣敗」という自然の法則から生まれるのであって政治や経済のしくみ(このような社会のしくみのことを「体制」と呼ぶ)とは一切関係がないのである。
したがって、この「資本主義」を「主義」と呼ぶことは明らかに誤りなのである。
なぜなら、先述のとおり「資本主義」体制なるものはわれわれが意識してつくりあげなくても自然発生的に生じるものだからである。
したがって、この「資本主義」を「資本経済」と呼んだほうが適切なのである。
ところで、この「主義」なる語は「体制」なる語と切っても切れない関係にあるのである。
つまり、学者が考えた政治や経済のしくみが「主義」であり、この「主義」を後に革命などによって実現させると「体制」となるのである。
そして、もちろんこの「社会主義」の場合はマルクスが考えたことが「主義」でレーニンがロシア革命で実現させたことが「体制」となるのである。
そのうえ、マルクスが考えたこととレーニンがロシア革命で実現させたことが一致しているかと言えばそうではないのである。
アダム・スミスの最大の過ち…「慈愛心」の否定
ところで、アダム・スミスの有名な台詞に
「われわれがパンを食べてゆけるのはパン屋の慈愛心によってではなく、パン屋の利己心によってである」
という文がある。
しかし、この文章を注意深く読むと重大な誤りがあることに気付くであろう。
この誤りとは、言うまでもなくパン屋に利己心のみがあって慈愛心がまったく存在しないのならば、そのパン屋は消費者をだまして、パンをなるべく小さくしようと
(あるいは、そのパンを大きく見せようと)するはずであるということである。
このように、ビジネスにおいて経営者に慈愛心が存在しないのならば、この世界には詐欺や強盗以外のビジネスは存在しないことになり、したがってその関係者(消費者、従業員など)は損害を受けることはあっても利益を受けることはないはずである。
したがって、アダム・スミスの台詞の「慈愛心によってではなく」という表現を
「慈愛心のみによってではなく」
という部分否定の表現に改めねばならないのである。
すなわち、アダム・スミスの最大の功績は言うまでもなく経営者と消費者の利害が対立しあうことなく共存共栄が可能であることを述べたということである。
つまり、アダム・スミスは利己心が企業同志の競争を生み、この競争が各企業の経営効率を高めて、その結果社会全体のパイを増大させることを主張したわけである。
しかし、当然のことながら全体のパイが増大することは決してその当事者同志でのパイの奪いあいが起こらないことを意味しないのである。
すなわち、一方が儲かることは必ず他の誰かが損することにつながるわけである。
したがって、経営者が利潤を追求すればするほど他の企業の経営者や関係者は不利益をこうむり、したがって「法律」によって消費者や従業員などを保護する必要性が生じてくるわけである。
ところで、この社会に「法律」なるものが存在すること自体どんな経済体制においても多かれ少なかれ「社会主義」的な要素が存在していることの現れなのである
(ここで言う「社会主義」とは公共の利益のためには私権を制限することが必要であるという主義である)。
なぜなら、言うまでもなく「法律」をつくっているのは政府であり、また政府がこの「法律」をつくる理由は企業に対して社会に不利益となるような事業(詐欺など)をさせないためである。
また、この「政府」は他にも社会が必要としているが利潤が出ず、したがって民間が行わない事業も引き受けているのである。
すなわち、「政府」なるものはこの世で唯一の「慈善事業」を行っている団体なのである。
なぜなら、政府は公共の利益だけを考えて行動することができるからであり、それが可能なのは言うまでもなく政府が税金を取っているからである。
ただし、こうした「政府」の「慈愛心」に満ちた行為が可能なのはその政府を運営している政治家や官僚などの指導者が自己の権利だけを主張せず、社会全体の利益を考えて行動する場合だけであることを忘れてはならないのである。
逆に言うと、社会主義国家が破綻したのはその指導者が自分だけに都合の良い政治を行ったからであり、多くの社会主義国家において指導者がそれに反対する者を虐殺したことはその現れである。
そして、われわれ人類にほとんど「慈愛心」なるものが存在しないことは現在でも大きな問題となっているのである。
例をあげると、われわれはごく最近(20世紀前半)までたびたび戦争を行い、その度に多くの財産が失われ、多くの人々が死んできたことはその現れなのである。
「日本式経営」に対する誤解
以前は「終身雇用」および「年功序列賃金」(およびその結果としての企業別労働組合)をその主な特徴とする「日本式経営」が海外でも高い評価を受け、
この「日本式経営」を企業経営に取り入れるべきだとする意見(このことはもちろん日本国外での話である)まで存在したほどであった。
しかし、後にこの「日本式経営」は日本の高度成長期(1950年〜1970年頃まで)のような急激な経済成長が数十年にわたって続くときにしか経営者にとっても労働者にとってもメリットが存在しないことが明らかとなったのである。
したがって、現在では「日本式経営」は経済成長および人口増加(いずれも永久に続くはずがないものである)を前提とした経営システムであるために、日本国内でさえもきわめて評判が悪くなっている。
つまり、「終身雇用」は産業構造の変化がない場合にのみその実行が可能なのである。
なぜなら、「終身雇用」は文字通り一度就職した会社で肉体的、精神的に就労が困難となるまで一生働き続ける雇用制度であるために、これを雇用者側から見ると労働力が過剰になっても容易に解雇できないという問題を抱えているのである。したがって、当然のことながら倒産やリストラが頻繁に起こる経済情勢、すなわち産業構造の変化が激しい場合にはこの「終身雇用」なる雇用システムは実行不可能なのである。
また、「年功序列賃金」に至ってはその企業が成長していなければまったく実行不可能なのである。
なぜなら、「年功序列賃金」とは読んで字のごとく年々給料が上がって行く賃金体系であり、このことは労働者側から見ればまことに喜ばしいことではあるが、一方ではこの「年功序列賃金」を経営者側から見ると年々従業員に支払う人件費が増大してゆくことを意味しているのである。したがって、年々順調に売上が増えている企業、すなわち成長企業においてのみ「年功序列賃金」なる賃金体系が維持できるのである。
また、この「年功序列賃金」は年齢が低くなるほどその数が多くなる人口構成をしている場合、すなわち人口が増加している場合にのみそれが実施できるのである。
なぜなら、「年功序列賃金」においては年齢が高くなるほど賃金が高くなり、したがって全従業員の平均年齢が高いほど従業員全体の人件費が高くつくことを意味するからである。このことは、「ネズミ構」(会員を勧誘すればそれを勧誘した会員が金をもらえる組織。もちろん法律ではこの「ネズミ構」は認められていない。)が早かれ遅かれ必ず破綻することとまったく同じ理由なのである。すなわち、「ネズミ構」の会員は会員をある一定数以上加入させなければ自分が支払った会費以上の金をもらえず、したがって「ネズミ構」なる組織はその会員が増えなければ維持できず、したがって会員の増加が無限に続くことはあり得ないのでこの「ネズミ構」はいずれ破綻するのである。
そして、高度成長期における日本ではこれら2つの条件がきっちりと満たされていたのである。
つまり、高度成長期には年率10%を超える経済成長が20年にわたって続き、そのうえ業種間の成長率の格差が極めて小さく、言いかえるとどの業種もほぼ同じようにこの高度成長の恩恵にあずかれたのである。したがって、高度成長期の日本ではほとんどの企業が「終身雇用」および「年功序列賃金」を採用したほうが有利だっために多くの学者がこれを日本人の民族性に基づくもの(「日本式経営」なる呼称もここから来ている)であると勘違いしてしまったのである。
つまり、戦前の日本には「日本式経営」の柱である「終身雇用」も「年功序列賃金」(およびその結果としての「企業共同体」)も存在しなかったのであるが、日本はもともと血縁社会であったためにこうした戦後の日本における企業の方針を日本人の集団志向に基づくものであると勘違いしたのであり、戦後は「企業」が太古からの「家族」の役目を担っているという学説(「企業共同体」なる呼称もここから来ている)はその最たるものである。そして、現在では日本でさえこの「日本式経営」を行っている企業はほとんどなくなっているが、この理由は言うまでもなく現在は高度成長期とは経済環境が大幅に変化したからである。
この例からもわかるように、経済環境の違いを「文化」やさらには「民族」や「人種」の違いにすりかえて考えることは学者の犯している過ちの中でも最も多く見られるものの一つであり、またこの過ちは過去に幾度となく民族差別や人種差別につながったのである。例えば、白人が黒人よりも頭が良い理由は遺伝的に白人は黒人よりも脳が発達しているからであるという説(要するに、白人が黒人よりも脳が発達しているのはヒトが他の動物よりも脳が発達しているのとまったく同じ理由であるという学説である)がその代表例である。この誤った学説が白人が黒人を無差別に殺したり奴隷にしたりすることを正当化したのである。
そして、この考えは「豊かさ」や「平等さ」などのような量的なものを「経済構造」さらには「主義」や「体制」のような質的なものにすりかえて考えることにもつながったのである。この明らかに間違った考えのために先述のとおりほとんどの学者が「社会主義」は「資本主義」とは根本的に(すなわち、質的に)違うものであり、したがっていくら社会主義国家の実態が明らかになっても「社会主義」は「資本主義」よりも平等であると信じて疑わなかったのである。

「魂」の量子論
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/3422/mat51.htm
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/3422/index.html














B経済成長理論
・ 成長理論
<ハロッド=ドーマー>
保証成長率Gw=S/v (政府の介入がない場合)…@
     Gw=(S/v)(1―t) (政府の介入がある場合)
   S:貯蓄性向 v:資本係数(=K/Y) t:税率
<新古典派>
保証成長率Gw=SY/K (@でv=K/Yを代入。)
・ 自然成長率
Gn=n+λ  n:人口成長率 λ:技術進歩率
ハロッド=ドーマー:生産関数が非代替的と仮定しているので成立しない。
新古典派成長理論:生産関数が代替的と仮定しているので成立する。
・ 資本の生産性
資本係数の逆数 Y/K
・ ナイフエッジ原理(不安定性原理)
ハロッド=ドーマーの成長理論では、
現実の成長率Gと
保証成長率Gw、
自然成長率Gn
の3者が一致する必要はなく、かえってGとGwがひとたび乖離すると、その乖離はますます大きくなる。
このような不安定性のことをいう。
価格メカニズムが硬直的であること、生産技術が硬直的であることが前提とされて、一致させるメカニズムがない。
・ 景気循環
コンドラチェフ・サイクル 50年        技術革新
クズネッツ・サイクル   20年        建設投資
ジュグラー・サイクル   10年        設備投資
キチン・サイクル     3〜4年(40ヶ月)  在庫投資
・ 新古典派の成長理論
sf(k)/k=n  (保証成長率=自然成長率)
k:一人あたり資本量(=K/L)
変形するとf(k)=nk/s
この両辺の二つのグラフの交点が保証成長率=自然成長率が達成されている点である。
・ コブダグラス型生産関数の経済成長率
△Y/Y=△A/A+α△K/K+(1−α)△L/L  △A/A:技術進歩率
・ 経済成長率の黄金律
毎期の一人あたりの消費を最大にする成長率。資本の限界生産力と自然成長率が等しくなっている。  

ミッチーワールド
http://www.geocities.jp/mittiy00/study/macro/3.html
http://www.geocities.jp/mittiy00/study/index.html
http://www.geocities.jp/mittiy00/















・ ケインズ消費関数(絶対所得仮説)
現在の消費が所得のみに依存するという考え方。国民所得が増大すると平均消費性向(C/Y)は減少する。
・ クズネッツ
ケインズの考え方に対して、平均消費性向が一定だったということを観察。
したがって、消費と所得の変化の関係がほぼ一定であり、限界消費性向と平均消費性向が等しくなる。
・ 相対所得仮説(デューゼンベリー)
現在の消費が過去の最大の所得や消費レベルに依存すること。
所得が下がっても、かつてのレベルの高い消費水準の影響を受けがちになる。(平均消費性向が上がる)
・ ライフサイクル仮説(モディリアーニ)
現在の消費は一生の間に消費することの出来る所得の総額に依存する。生涯所得が安定的なので、平均消費性向は長期的に一定。
生涯所得=生涯の消費総額
・ 恒常所得仮説(フリードマン)
現在の消費は毎年稼げると思う平均の所得である恒常所得に依存する。
一時的な所得の変動(変動所得)は恒常所得の水準を変動させないので、消費水準を大きく変動させない。
・ 流動資産仮説(トービン)
消費が、所得以外に流動資産(預貯金など)に依存する。所得増加による消費性向の減少を流動資産増加による消費性向の増加で相殺することで、長期的に平均消費性向が一定であると示唆している。
・ ピグー効果(実質残高効果)
物価水準の下落により、人々の保有する貨幣残高が大きくなり、財市場の需要を高めて、IS曲線を右にシフトさせ、景気を回復させる。
ケインズモデルでは物価はIS曲線に影響を与えないが、与えるということを指摘した。
・ 依存効果(ガルブレイズ)
消費者の消費活動が企業の宣伝活動(コマーシャル)に依存していること。
・ ヴェブレン効果
価格が上昇すると、かえってその財の消費量が増大する現象。宝石など。
・ 加速度原理
投資が国民所得の変化分に比例して変動する。
I=v△Y v:資本係数(K/Y)
・ 資本ストック調整原理
今期企業が最も望ましいと考える工場設備の量と前期の実際の資本ストックの差が、すべて今期に実現するとは考えず、その一部だけが今期に実現(そのために投資)されると考える。
I=λ△K  λ:伸縮加速子
加速度原理を一般化したもの。加速度原理ではλ=1である。
・ トービンのq理論
q=株価の時価総額/生産設備総額
株価の時価総額:企業の価値
生産設備総額:企業がもっている生産設備を市場で買い入れるならばいくらになるか。
q>1なら投資が増える。
・ 景気変動の理論
サミュエルソンやヒックスは、投資の持つ乗数効果を加速度原理の考え方を結びつけて景気変動の理論を構築。
・ 信用創造
預金総額=初めの預金額/銀行の準備率
信用創造額=預金総額ー初めの預金額
・ マネーサプライとハイパワードマネー
マネーサプライ:(現金C+預金D)
ハイパワードマネー(日本銀行がコントロールできるお金):(現金C+支払い準備金R)
関係式:
M=(C/D+1)/(C/D+R/D)×H(信用乗数は1より大きくなる)
・ 債権価格と利子率
資産価格=毎期の収益(円)/(利子率(%)+リスクプレミアム(%)−収益の増加率(%))
・ フィッシャーの数量方程式
MV=PT(M貨幣残高、V貨幣の流通速度、P物価水準、T取引量)
VとTが一定になり、MがPに比例する。
・ マーシャルのk
貨幣の流通速度の逆数のこと。
・企業の価値
企業の価値=企業の収益/市場利子率
企業の価値=株価×発行株式数+債券額
・ アブソーション
国内需要。海外要因を除いた部分。
・ クラウディングアウトがもたらす国民所得の減少分を問う問題。
@ クラウディングアウトが発生していないときの投資の増加による国民所得の増加分を計算
→貨幣市場を考慮しない財市場のみの乗数理論。
A クラウディングアウトが発生しているときの投資の増加による国民所得の増加分を計算
→貨幣市場も考慮して乗数理論。
@の答え−Aの答えが求めるものである。

ミッチーワールド
http://www.geocities.jp/mittiy00/study/macro/3.html
http://www.geocities.jp/mittiy00/study/index.html
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