2019年01月15日

スウエーデンボルグの霊界記録:地獄


霊界記録:地獄
現世で悪いことや不道徳な生涯を送ったものは,死後は地獄へ投げ入れられ,そこで永遠の罰を受ける。
これは西洋・東洋とわずに世界中の宗教が説いている地獄の教え。
だから私がわざわざ取り上げて紹介するまでもないことであろう。
しかし,これは私に言わせれば宗教の上での必要から作った作り話であって,少しも根拠は無い架空の話だ。
私は記録する地獄は,これとは全く違った地獄であって,その地獄は別に現世の悪業の報いとして投げ込まれる地獄でもなければ,地獄に住むというサタンやデビルなどにより永遠の苦しみを与えられると言う地獄でもない。
私の記録する地獄はさっきも少し触れたように霊界の中の1つの世界として現実に存在する地獄であるからである。
人間が死んだ後に精霊となったもののうちで,どんなものが地獄行くか,一口で言うと,つまり霊に目覚めないで,霊界の存在が見えない精霊達だと言うことになる。
しかし彼らとしても,宗教の言うように現世で悪行を重ねたために,神のようなものによって罰として地獄に行くわけではない。
彼らは彼らの欲するところによって自ら地獄行くに過ぎない。
ただ,これら霊に真に目覚めることのできない精霊の中には,確かに現世で悪行を行っていたものは全て含まれるから,その点では結果的,表面的には宗教の教えと同じことになるように見えるが,実際の理由は,いろいろな宗教の言う所とは全く違うのである。
地獄へ行く精霊は,現世にいたときに,例えば物質的欲望,色欲,世間的名誉欲とか支配欲などといった人間の外面的,表面的感覚を喜ばすことばかりに心を用いて,本当の霊的な事柄を極端にないがしろにしたものである。
これらのものは霊的事物には全く目が開かれていなかったために,聖霊界に入ってもやはり開かれないものが多い。
このようなわけで彼らの精霊としての心は霊界の太陽の光や霊流を自分の内部に吸収することができない。
そして霊界にどんなに長い期間いても彼らは霊界の太陽の光や熱の与える幸福や霊的理性の輝きを感じるようにはならないで,逆に彼らは霊界よりも地獄界の火に心惹かれて, 地獄界の凶霊たちに親しみを感じるようになる。
この結果として彼らは自分の希望するところに従って,その自然の凶霊的な心の命ずるままに地獄界に入っていくのである。
これは人間でも似たもの同士が集まるのと理由は全く同じなのである。
地獄の世界の凶霊は霊界の光や霊流から霊としての喜びや幸福を感じることができない代わりに,自分の欲望を満足させることを喜ぶ。
これらの欲望は,他の凶霊を支配したり,他の霊に悪行を働いており,あるいは他の霊の賞賛を得たりしたいといった,人間で言えば外面的・物質界的な低級な欲望ばかりであるが,それにしてもいくら欲望とは言え,これを満足させる事は彼らには喜びであることは間違いない。
そこで彼らはこれらを彼らの光として永遠の生命を送ることになる。
霊界の霊は自分たちの生命の源も幸福の源も全て霊界の太陽であることを知っている。
そこで彼らは自分は本当は自分の主ではなくて,太陽が主であって,その太陽が霊界に行き渡っている霊界の秩序に従って生を送ることこそが最も正しい生だと知っている。
これに対して, 地獄界の霊の生の源は彼ら自身の欲望であって,この欲望は彼らの光である。
そこで彼らにとっては主は自分自身であって,他に何の主の存在も認めないことになる。
地獄の世界が争いの場であって苦しみと汚れに満ちた場になるのは,彼らのひとりひとりが自分を最上の主だと考えているからに他ならない。
ー私は霊界を見てきた,エマニュエル・スウェーデンボルグ,今村幸一訳,業文社,

owopzxoo pc





posted by datasea at 11:54| Comment(0) | + 墓地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: