2018年12月08日

[古代文献] 東方ミトラ教,ミトラ教とキリスト教の酷似


■■■第4章:神智学・人智学運動は東方ミトラ教の再興であった
前出のミトラ教研究家の東條真人氏によれば、マダム・ブラバッキーの創始した「神智学協会」の教義は、バビロニア=ストア学派直系の教えであり、古代ミトラ教の神学を伝えるものだという。「人智学協会」を創始したシュタイナーに関しても同じで、彼の教義もミトラ教がオリジナルだという。
参考までに、東條真人氏の見解をコンパクトに整理して、以下に載せておくことにする。
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日本人のほとんどの人は、ミトラ教やシーア派の神学の高級な部分に触れたことがないため、シュタイナーやブラバッキーの神智学が、とても新鮮に見えるようである。しかし妙に科学的に解説しているという部分を取り去ると、ミトラ教の神学で既に確立していることばかりで、目新しいものは何もないのである。時代を7つに区切る発想法、世界教師論、7光線の瞑想法、秘教占星学など、どれも彼らのオリジナルではなく、ミトラ教がオリジナルである。シュタイナーのキリスト論は、ほとんど全てを東方ミトラ教の教義に基づいている。ロゴスや聖霊に関するシュタイナーの解釈は、マニの教義の受け売りである。
ミトラ教のオリジナルを本当の意味で発展させたのはシーア派である。
シュタイナーは、『輪廻転生とカルマ』の「人智学運動のカルマ1」の中で、人智学運動に携わる人は、かつて中部ヨーロッパと南ヨーロッパにいた秘教的キリスト教徒だと述べている。キリスト教やミトラ教の歴史に疎い人は、“ああ、そういうキリスト教徒もいたんだ”くらいで通り過ぎてしまうだろうが、この記述はそういう軽い記述ではない。
シュタイナーがいう「秘教的キリスト教」とは、東方ミトラ教の一派「パウロ派」「ボゴミール派」「カタリ派」のことである。シュタイナーは、ソフトな表現ながら極めてはっきりと人智学運動は東方ミトラ教の再興であることを明言しているのである。このような考えを持つシュタイナーが大マニを高く評価するのは当然のことと言えよう。このような系譜論をはっきりと捉えることにより、“東の智慧と西の智慧はイエスの中で結びついた”というシュタイナーの言葉は、とても具体的なものになるのである。
アリス・ベイリーの著作もミトラの秘儀のひとつメタトロン神秘主義やハランのミトラ教団(サビアン教団)の教義を下地にしている。また、表にはっきりと明示していないが、カバラが重要なベースになっている。ベイリーの著作を読めば分かるが、ベイリーに知識を与えたというジュアル・クールは、チベットの大師という表看板とは裏腹に、チベット仏教についてはほとんど何も知らず、むしろ「ズルワーン神学」やカバラにやけに詳しいのである。
ブラバッキーにミトラ教の神学の伝統を教えたのは、イラン人ベフラムシャー・シュロスである。シュロフからもらった秘教占星学に関する知識をもとに、7光線占星学の解説書が書かれたのである。そもそも古代において、惑星の秘儀を持っていたのは、ミトラ教だけである。その他にも秘儀があったが、それらは惑星には一切関係していない。
また、スーフィズム(イスラム神秘主義)を欧米に最初に紹介したのはグルジェフであるが、グルジェフのスーフィズムは「ナクシュバンディー教団」の教えの一部である。しかし、グルジェフはイスラム色を払拭して西洋にスーフィズムを紹介したので、グルジェフの教えがスーフィズムを基礎にしていることを知らない人もいる。
スーフィズムの教義とブラバッキーやアリス・ベイリーの教義は、用語に違いがあるだけで、本質、定式化、組織化手法などは同じである。ブラバッキーを仏教の焼き直しだというのは的外れな批判である。ブラバッキーの著書『神智学の鍵』に書かれているように、現代神智学は、プロティノスの定式化を現代に継承したものである。
ブラバッキー自身は自らの教義を「東方神智学」と呼んでいる。
スーフィズムも「東方神智学」と呼ばれている。
アリス・ベイリーは『未完の自叙伝』の中で、
「サンスクリット語や仏教用語の濫用が、神智学の正しいスムーズな普及の障害になった」
と記している。
シュタイナー、
ブラバッキー、
アリス・ベイリー
の著作は、それまでの西洋にない知識を西洋世界に広め、東方ミトラ教を再興した点では偉大な功績があった。
もともと現代神智学は、欧米による東洋再発見という歴史的流れの中で生まれたものである。
そのため、インド的な発想にかなり傾斜している。
これは仕方のないことである。
なぜなら、ブラバッキーが現代神智学の基礎を築いた19世紀末から20世紀初頭には、ミトラ教やイスラムのことは、ほとんど欧米には知られていなかったからである。これらに関する研究が盛んになったのは、欧米でも戦後になってからなのである。
本格的に秘教を学ぼうとする者は、彼らの著作は真の秘教に至るための中継点に過ぎないと認識して、彼らがどこから知識を持ってきたのかを探り、幅広く秘教の伝統を学んでいくことが大切である。
現在欧米では、アカデミズムの影響が広がって、西欧神秘主義の虚構に満ちた歴史が見直され、スーフィズムなど東方ミトラ教の影響力が再認識されつつある。
では、結局、ブラバッキーと、シュタイナーと、アリス・ベイリーとは何者だったのか? 
結論から言うと、この3人は非西洋の宗教的伝統を、欧米に紹介したにすぎないのである。
シュタイナーも非西洋なのか? 
という人がいるかもしれないが、シュタイナーのキリスト論は、ほとんど全てが東方ミトラ教の教義に基づいている
(例えば、ロゴスや聖霊に関する解釈は、シュタイナーのオリジナルではなくて、マニの教義の受け売りである)
ので、西洋=キリスト教文化と考えるなら、シュタイナーのキリスト論は、非西洋といっていいだろう。
この3人は、非西洋、つまり、
仏教、
スーフィズム、
東方ミトラ教
といったアジアの宗教思想や、カバラなどのごった煮のパッケージを独自ブランドでぶち上げて、その権威化を図ったのである。
それが1900年頃のことである。
※ 以上、東條真人氏の見解である。なかなか鋭い指摘だと思われる。

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■■■第5章:ミトラ教と日本のつながり
●「ミトラ教」は、
「ミトラス教」(古代ローマ帝国)、
「明教」(中国)、
「マニ教」(摩尼教/中央アジア・中国)、
「ズルワーン教」(ペルシア)、
「ボゴミール派」(東欧)、
「カタリ派」(フランス)
などとも呼ばれる。
ボゴミール派やカタリ派をキリスト教の一部とみなし、その異端とする考え方は古い見方で、最近の宗教学では修正され、
もともと思想も系譜も異なる東方オリエント系の宗教のキリスト教世界への伝播と考えられるようになってきている。
●「ミトラ神」は、キリスト教徒にとっては「キリスト」そのもので、ユダヤ教徒にとっては「大天使メタトロン」であり、
イスラム教徒によっては「イマム・マーディ」、ヒンドゥー教徒によっては
「カルキ神」、または
「クリシャナ」
の再臨とされている。
神智学では、ミトラ神のことを「ブラフマー」あるいは「ロゴス」と呼び、その地球上での姿を「世界教師」と呼んでいる。
「ミトラ」という名前は、サンスクリット語で「マイトレーヤ」と転訛し、インドやチベットなどではマイトレーヤと呼ばれている。
一方、イラン系ミトラ=ミスラがミフルと転訛。続いて
ミクル→ミルクル→ミルク
となり、最終的に
「ミロク」
と呼ばれる。
このミロクが漢字に翻訳されて
「弥勒」
となり、マイトレーヤの訳語となる。
これが「弥勒菩薩」である。弥勒菩薩は仏教におけるメシアである。
このように、世界中の主要な宗教の中にミトラ神の像が組み込まれている。
●ミトラ信仰は、中央アジアから中国・古代朝鮮を経由して日本にも伝えられ、弥勒信仰の中に生きている。
日本において弥勒信仰は、そのまま仏教だった。
当時、いち早く仏教を取り入れようとしたのは、蘇我氏であった。
彼らは仏教を政治的に利用して、古代日本の支配権を手に入れた。
その際、蘇我氏がバックにつけたのが仏教を持ってきた渡来人たちであった。
なかでも、最大の力を誇っていたのが
「漢氏(あやし)」
なる一族だった。
漢氏は、ペルシア系渡来人で、仏教のほかに奇妙な信仰を持っていた。
それは、漢氏にちなんで「漢神信仰」と呼ばれたが、その中心は雄牛を殺す儀式にあった。
この儀式はミトラ教の密儀に通じている。
●12世紀以降の中央アジアと中国では、東方ミトラ教ミーフリーヤ派(弥勒派)が活発な活動をし、彼らから朱子は東方ミトラ教を学び
「朱子学」
を興した(12世紀)。
さらに王陽明が「陽明学」を築いた(15世紀)。
東方ミトラ教は別名を
「明教」
というが、中国では明(1368〜1644)という王朝名の由来となった。
朱子学と陽明学は東洋版神智学の双璧である。
日本では江戸時代に林羅山、三浦梅園らが「日本朱子学」を興隆させ、中江藤樹らが陽明学を興隆させ、伊藤仁斎らが
「古学」
を起こし、荻生徂徠が
「徂徠学」
を起こし、本居宣長らが
「国学」
を起こした。
●「神智学」はマダム・ブラバッキーやルドルフ・シュタイナーの十八番と思われがちだが、そうではない。
東方神智学的な認識は、日本の朱子学や陽明学、徂徠学、国学などのいわば日本版神智学と極めて類似した思考パターンを示している。
国学=日本版神智学
と考えたほうが正解である。
なお、20世紀初頭、インドの巨星タゴールの詩集をいち早く翻訳した功労でも知られる三浦関造氏が、ブラバッキーの
『霊智学解説』
を翻訳出版したが、この本が日本における神智学資料の草分け的存在になり、現在、三浦関造氏は日本神智学の祖とされている。

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■■■おまけ情報:キリスト教とミトラ教の共通点
キリスト教とミトラ教の共通点を簡単に挙げておきたい。
【誕生の予言と目撃】
ミトラ誕生は、3人の占星術の学者たちが予言し、羊飼いがその誕生を目撃する。
そして彼らは捧げ物をもって誕生を祝いに行った。
これは福音書のイエス誕生と通じている。
【誕生日】
ミトラの誕生日は、冬至の日、12月25日。
これはイエス・キリストの誕生日に置き換えられた。
【奇蹟】
ミトラは死者をよみがえらせ、病気を治し、目の見えない者の目を見えるようにし、歩けない者を歩けるようにする。
イエスの数々の奇蹟と共通している。
【12弟子】
イエスには12人の使徒がいた。
ミトラは12星座に囲まれる。
ミトラ教において、12星座は12人の神に象徴される。
【復活祭】
ミトラの勝利を春分の日に祝うことがもとになっている。(キリスト教の復活祭)
【最後の晩餐】──もとはミトラのオリンポスでの祝宴
これはミトラが天上に帰還する前日に12人の光の友たちと最後の晩餐をすることがモデルになっている。
【聖体拝領】(パンとブドウ酒)
もとは、ミトラとアポロンが催す宴席に信者一同が参加し、聖なるパンとワインを分けてもらうことで自分たちがアポロン同様に
「ミトラの友」
であることを確認する儀式であった。
新しい仲間を迎えるときも、同様の儀式をした。
ミトラ教の密儀では、牛を殺して、その肉と血をメンバーとともに食べる。
これは、そのままキリスト教における聖餐の儀礼である。
ただ、食べるのが
イエスの肉=パンと
イエスの血=ワイン
であるかの違いである。
【洗礼の儀式】
ミトラ教では、メンバーが水に体を浸す洗礼という儀式がある。
説明するまでもなく、これはキリスト教の儀式そのままである。
【昇天と再臨の予言】
もとはミトラの天への帰還と再臨の予言である。ミ
トラは天上に帰る際、自分が再び復活して、光の友と一緒に歩むとの言葉を残している。
【復活の日と最後の審判】
もとはミトラ教におけるコスモスの終末に先立つ、死者の復活とその最後の審判のことである。
【最終戦争とハルマゲドン】
もとはミトラの最終戦争である。
ミトラの友は最後の戦いで光の天使軍に加わり、闇の軍団と戦う。
『ヨハネの黙示録』
によれば、終末の日、イエスは白馬に乗った姿で現れる。同じくミトラも白馬に乗ってやってくる。
■その他の共通点
●イエスはメシアである。ミトラも救世主である。
●イエスは厩(うまや)で生まれた。当時の厩は洞窟であり、岩屋でもあった。
ミトラはまさしく岩の中から生まれた。
●ミトラ教の聖なる日は、日曜日である。
『旧約聖書』によれば安息日は土曜日であったが、キリスト教はミトラ教の影響で、安息日を日曜日にした。
●ミトラ教の最高司祭は
「パテル・パトルム」(父の中の父)
と呼ばれていたが、これがそのままカトリックの教皇の名称「パパ(父)」に通じる。
●ミトラ教の密儀は、洞窟や地下で行われた。原始キリスト教徒は、みな地下の共同墓地カタコンベで儀礼を行った。
●イエスは創造主なる御父がいる。
『アヴェスタ』
においてミトラは創造主アフラ・マズダの子供とされている。
●イエスは自らを世の光と呼び、ときに義の太陽と称される。
ミトラは光明神であり、太陽神でもある。
このように、ミトラ教の儀礼をみれば、キリスト教にオリジナルな儀礼など、何もないことがはっきりとわかるだろう。
結局、「イエス・キリスト」は何者だったのか? 
これについては、別ファイル「秘教的キリスト教」において詳しく考察していきたいと思う。
なお、「ミトラ神学」についてはまだ研究中なので、まとまり次第、テキストを追加していきたい。
(1998年3月)

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posted by datasea at 02:21| Comment(0) | ◉ ミトラ教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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