2018年07月20日

[歴史情報] 祇園祭(=シオン祭)の秘密


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2004/08/07(土)
祇園祭の大いなる秘密
読書
『祇園祭の大いなる秘密−日本神仏祭祀の謎を読み解く』(久慈力、批評社、1,890)、読了。
前から読みたいと思っていたが、ブックオフでたまたま見つけて買った。
いわゆる日猶同祖論的な説で、祇園はシオンの転訛だという主張がある。
これだけだったらゴロ合わせで終わってしまっていて、まともな人ならば誰も見向きはしないだろうが、
この本では祇園祭とシオン祭を徹底的に比較・検証している。
シオン祭とは何か?
紀元前1000年頃、古代イスラエル統一王国のソロモン王の時代に神殿があった場所がシオンの丘と呼ばれた。
そのソロモンが王として即位したことを祝う祭が、シオンの祭だった。
京都の八坂神社の祭礼である祇園祭は、その古代イスラエルのシオンの祭を模倣したものだというのが著者の主張だ。
いわゆるイスラエルの失われた十部族が古代の日本を訪れていたという説があり、そのような主張をよく知らない人にとっては、
祇園祭=シオン祭
説は、「トンデモ」以外の何物でもないと考えても無理はないだろう。
だが、著者は祇園祭の神事の内容を詳細に調べ上げ、古代イスラエルの神事との類似点を、さまざまな視点からとらえている。
特に私が説得力があると感じた部分は以下のとおりだ。
1. 仮庵祭と祇園祭の神幸祭は七日間行われる。
2. どちらも七月中旬に行われる。
3. どちらも水と火と光の祭であり、神霊が降臨し、宮清めが行われる。
4. 仮庵や山鉾を花、木の枝、植物の房、幕などで飾り立てる。
5. どちらも水を汲み、水を注ぐ儀式が行われる。
6. 榊とヒソプ(ユダヤ教の清めの儀式で使用する植物)は同じ役割を果たす。
7. 祇園祭は、ノアの箱舟がアララテ山の山頂に達した日である7月17日にピークを迎える
以上は著者の主張するところのごく一部にすぎない。
これだけのことが一致するとなると、これは偶然とするのは
無理があるだろう。
この本では、重要な事実をあっさりと書きすぎている部分があるのと、後半ちょっと論旨が強引な部分があるのが残念だ。
だが、これまでの類似の本では書かれていなかったことが多く、それなりの価値がある本だろう。

●探求三昧 by N.Momose● 何でも探求するブログ
http://d.hatena.ne.jp/nmomose/20040807/1396008494






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祇園祭とイスラエルの祭との類似
日本では毎年、7月17日に、「夏祭」と称する「祇園祭」、別名「天王祭」が全国一斉に行なわれます。
とくに総社である京都・祇園神社の祭は、大規模に7月17日から1週間にわたって行なわれます。
じつはこの7月17日という日は、イスラエルにおいても、非常に重要な日でした。かつてノアの箱舟がアララテ山に着いたのが、まさにこの日なのです。
「箱舟は第7の月の17日に、アララテの山の上にとどまった」 (創世8:4)
と聖書に記されています。
そのため古代ヘブル人は、この日に謝恩祭を行なっていたようです。
しかしモーセ以後は、ちょうどこの時期に収穫祭 (仮庵の祭ともいう)が行なわれるようになりました (第7の月の15日から1週間)。
京都で行なわれている祇園祭は、こうしたノアの箱舟の記憶や、イスラエルの収穫祭を思い起こさせるものがあります。
祇園祭では、「舟車」といって舟の形をした山車が、町内をめぐります。
また神輿には、鳩に似た小鳥の彫刻や、榊の小枝をくわえた鳥の模型がついています。
これらのことは、ノアの箱舟や、箱舟にオリーブの小枝をくわえて戻ってきた鳩の話を、思い起こさせるものであるわけです(創世8:11) 。
明治維新の頃、日本に来た商人で、N.マクレオドという人がいます。
彼も京都で祇園祭を見たとき、ひじょうに強い印象を受けました。
たとえば祇園祭の中で、人々は木の枝を持ち歩いていました。
古代イスラエルの収穫祭でも、人々はたくさんの木の枝を持ち、また農業の収穫物を持って行列に参加しました。
またマクレオドは、祇園祭で使われる香炉が、イスラエル神殿で用いられていた香炉に非常によく似ている、と観察しました。
さらに祇園祭の行列の中に、「7つの腕のある道具」を持ち歩いている人たちを見ました。
これはイスラエル神殿で用いられていた7つの腕を持つ燭台(メノラ)に非常によく似ている、と彼は考えたのです
また日本文化において12という数字が、いろいろな場面において用いられていることをも、発見しました。
天皇は12人のお妃を持ち、京都の御所には12の門がありました。
宮城には12の飾り付けがあり、神社の祭では12本の棒がゆわえつけられていました。
こうしたことは、イスラエルで神の民や神殿に関するものに12という数字がよく用いられていたことを、ただちに連想させるものでした。
祇園祭について、ユダヤ人ラビ・トケィヤー氏はこう言っています。
「いずれにせよ、ユダヤ人がこの祇園祭を見たときに感じることは、「ギオン」という名前はエルサレムの別名である「シオン」ではないか、ということである。 
・・・その祭自体が、古代イスラエルの歴史を、ドラマ化したものであるように感じるのである」。
このように、イスラエルの習慣に精通している人々にとって京都の祇園祭は、イスラエルの祭を連想させるものであるようです。
しかしこれはイスラエルの正統的な宗教行事の場合ですが、そうでない場合もあります。
たとえば、日本の神社の中には、牛を祭神としているところが多くあります。
さきに、神道は基本的には偶像崇拝ではないと述べましたが、一部には偶像崇拝も事実入っているわけです。
この風習は、古代イスラエル民族が行なった異教の偶像崇拝の名残りではないか、とマクレオドは考えました
聖書にも、古代イスラエル人は唯一の神を信じながらも、しばしば「子牛礼拝」などの偶像崇拝に陥ったことが記されています。
とくに失われた10部族は、そうした偶像崇拝に陥っていましたから、偶像崇拝が一緒に日本に持ち込まれたと、考えられるわけです。
また、「山伏」に関する様々のことが、古代イスラエルの習慣に非常に良く似ていると、指摘されています。
山伏――頭につけているのが兜巾。
たとえば山伏は、額に「兜巾」(ときん)と呼ばれる黒いものをつけます。
これは古代イスラエルの祭司が額につけた黒い聖なる箱「ヒラクティリー」にそっくりだ、と指摘されているのです。
今日もユダヤ教徒は、祈りのとき、ヒラクティリーを額につけます。こうした習慣は、ユダヤ教徒と日本の山伏にだけ見られるものです。
山伏が吹く「法螺貝」も、イスラエル人が祭のときに吹く「ショーファー」という笛に、よく似ていると言われています。 
イスラエル人のショーファーは、ふつう雄羊の角で作られますが、必ずしも雄羊の角である必要はありません。
実際には、手に入る材料で作ってかまわないのです。
日本は羊は少なく、海洋国家なので、法螺貝が用いられたのではないかと言われています。
両方とも同じような音をたてるのです。そのほかにも、山伏の習慣には古代イスラエルの習慣を思わせるものが多々あり、両者には、
「偶然とは言えないほどの一致点が存在している」
と、トケィヤー氏は述べています。

古代日本とユダヤ・キリスト教
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/032kodai.htm











2012年4月23日 (月)
古代イスラエルはエフライム部族=日本人説の可能性?
今回は日ユ同祖論についてのお話です。
実はワタクシ、日ユ同祖論に関しては、
「一部が日本に来ている可能性は高いだろう。確かに古代ユダヤ所縁の風習、文化的要素はある。
だからとって絶対そうだと断言するのは危険ではないのか?そうかもしれないし、違うかもしれない」
と中立の立場を取ってました。
ところが最近、日ユ同祖論者の急先鋒とも言うべき、久保有政師の著書から間接的にお聞きしまして(久保師の著書は読んでませんです、ハイ)、
99.9%の確率で、日本人みながそうだとは言わないが、失われた10部族が日本に来ていた、
古代ユダヤの血が日本人の中に混じっているに違いないと思うようになりました。
特に大和朝廷として、飛鳥時代に日本国建国をリードしてきた人たちの中には多かったのだろう?などと。
元来、大和民族というのは存在せず、
日本人は、遠くはシルクロードから、大陸から、南方から渡来し、島国独特の文化を作り上げ、日本人と呼ばれるようになった、とは聞いてましたが。
まあ、日本人って、近隣では中国人、朝鮮人、モンゴル人などに比べ、まさに濃い顔で、彫りの深い西アジア系(有名人では元Jリーガーの長島明浩、俳優の北村一輝など)、
色黒の南太平洋系、アジアン=テイストのインドシナ、フィリピンなどの東南アジア系(歌手の杏里、一発で終わってしまったトーコなど)、
半島系(俳優の佐野史朗など)、
平面的な顔の中国系(歌手の渡辺美里、キャスターの小宮悦子など)、
まさにモンゴリアン(タレントのたけし −−;)、
ほかのアジア諸国に比べ、実に混血度の高そうな多種多様な顔のオンパレードです。
さて、話を戻しましょう。事の次第はこうです。
これだけで十分でしょう。
このような祭りは、世界中で日本にしかないそうだし。
○ 諏訪大社では、背後にある守屋山の前で少年を木に縛りつけ、一人の神官が小刀を振りかざし、
その直後、別の神官が出てきてそれを止めさせる、そして代わりに鹿を数頭殺して捧げる、その鹿の中の一頭は耳に傷がついている。
これは聖書を、特に創世記のアブラハムとイサクのモリヤ山での物語を知る者としては、反論の余地なしでしょう。
知らない人のために、簡単に言いますと
神の友と呼ばれ、ユダヤ人およびアラブ人の祖でもあるアブラハムは、
晩年に生まれた子イサクをモリヤの山で神に捧げよと言われて、本当に捧げようとします。
続いて、天使(直接なる神の声?)が現れてそれを止めます。
すると藪に角を引っ掛けた羊が見つかり、それを身代わりとして捧げるというお話。羊と鹿の違いはあれどほとんどいっしょ。
〜創世記22章参照のこと〜
私も日本とはなんと不思議な国なんだ?とは思ってました。
アジアで唯一?(タイもそうだったか?)
欧米の植民地とならず、独立を保ってきた。あの元寇でさえ、耐え忍んだ。
日清日露戦争での勝利。
負けはしましたが唯一、欧米列強白人帝国にたて突いた、黄色人種の国。
あのゼロ戦、戦艦大和を建造し、欧米列強を恐怖に陥れた。
西ドイツとともに、戦後の奇跡的な経済成長。
その反面、広島、長崎、福島と核を三発も喰らった悲劇の国。
世界で一番早くバブルが崩壊し、塗炭の苦しみに。
世界に類を見ない偶像崇拝の国。(古代北朝イスラエルもひどかった)
だとするなら、日本には天皇家があるのだから、サマリヤ王朝はエフライムあたりの末裔なのだろうか?
混血しているとはいえ、ユダ族の末裔は中東のスファラディー=ユダヤがそうであろうし、
この部族が南朝ユダとしてのアブラハムとの契約とするなら、
北朝イスラエル=日本??はあのヨセフの末裔の可能性としては高いことでしょう。
ちょっと強引なのですけど、ヨセフとヨセフを売った、ほかの10人の兄弟たちの話。
ヨセフは苦難に会いながらも波乱万丈の末、古代エジプトの宰相の地位に登りつめます。
そして飢饉がおこり、兄弟たちは(当然4男のユダも含まれる)エジプトに食料を求め、
エジプトにおいてヨセフと再会します。
詳しくは創世記後半のヨセフの物語をお読みください。
何度読んでも、自分を売った兄弟たちと心穏やかならずとも再会を果たし、兄弟たちを許し、
涙を流して抱き合う姿は、とてもじゃありませんが3000年以上も昔の話とは思えず、
リアルにその様子が甦ります(ToT)・・・旧約のなかでも、この創世記はそれほど難しくもなく(難しい箇所は読み飛ばせばいいです)、
おもしろいので是非!お読みください。お持ちでない方は聖書を買いましょう!
そのヨセフの息子が、マナセとエフライムなわけです。
つまり、こういうことです。ヨセフが頑ななるユダを救い、古代ユダヤが合体し、キリストの再臨の準備が整う・・・
霊的な意味で聖書的には、ヨセフはパロ(エジプトの王)への執り成し手として全権を委任された主イエスの型(予表)であるとされています。
であるならば・・・これを物質的な側面に類推解釈し、聖書のデュアリティー(二重性、二面性)として、
日本とイスラエルの関連性を全面否認することは出来ないだろうと。
出来すぎでしょうかね?(笑)
それでも断言はいたしませんので各々、どうぞご自由にこの妄想をアレンジしてください。
しかし、そのためには日本において、まずは!!リバイバルが起こることが条件ですがね。
もしこの仮説が正しいとするなら、黙示録7章2節の「もう一人の御使いが、
生ける神の印を持って、日の出る方から上って来るのをみた。」の「日の出る方」とは日本の可能性が高くはなりますが −−;
このようなことが公に出てくるのは、やはり時は終末なのだろうと。
どなたかも言っておられたのですが、だから日本はサタンとNWOから目の仇にされ、
いぢめられ続けなければならないのか?と。
知らぬは日本人ばかりと −−;
サタンはなんとしても、神のご計画を阻止し、
キリストの再臨を阻止し、この地上に自らの天国(ここで言う天国とはこの世の地獄のことですが −−;)を造りたいのでしょうね・・・
2012年4月23日 (月) 黙示録、聖書預言 | 固定リンク

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-d415.html








3800年くらい前(BC1800年ころ)、シナイ半島の遊牧民であったセム人、アブラハムの子孫が増えてユダヤ民族となった。
(当時のセム人はバスク人・パレスチナ人などに似た黒毛で、モンゴロイド要素の強い人種、地中海系人とは異なる)
3000年前(BC1000年ころ)、ダビデ王の下、ユダヤ民族国家イスラエルは黄金時代を迎えたが、
その後、南北に分裂し、北イスラエルが滅亡後、南ユダ国も2600年前(BC600年ころ)にバビロニアに征服され、人々は奴隷としてバビロンに連れ去られた。
これが「バビロン捕囚」である。
バビロン捕囚のときバビロンにあって石造建築を扱わされたことで石工組合のようなものが成立し、これがフリーメーソンの原形になったと思われる。
2500年前、バビロンを征服したペルシャ帝国によって、ユダヤはシオンの地に戻ることを許されイスラエルを再建する。
2000年前、ローマ帝国によって滅ぼされるまでの時代に、タルムードが発展し、明確なユダヤ教が成立した。
ユダヤ教の根幹教義は、旧約聖書モーゼ五書(トーラー)とタルムードである。
旧約聖書がいつの時代に編纂されたのか諸説あってはっきりしないが、ユダヤ教はこれをユダヤ人に教える教師をラビと呼び、
とりわけタルムードを元に生活規律を求める者を律法学者と呼んだ。
イエスが忌み嫌ったパリサイ人、律法学者は、バビロニア・タルムードの定めを人々に強要していた者たちのことである。
ユダヤ教徒という定義は、タルムード律法を守る者とされていた。

youtube.com
http://www.youtube.com/watch?v=zf9FdnlFKSY&hd=1 
http://www.youtube.com/watch?v=irKv6C_t1xA&playnext=1&list=PLADB418BA17E5C440&index=5

予知情報
http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/yoti01.htm









歴史情報 農業の起源
農業の起源
農業の起源は近代考古学においてもっとも難題とされてきた分野である。
紀元前9600年頃に起きた気候の大変化の直後、世界各地で突如として農業が始まったという事実を説明するため、これまでにたくさんの学説が浮かんでは消えてきた。
1886年、アルフォンス・デ・カンドル(1806〜1893)が植物学的見地からこの問題に取り組んだ。
「栽培植物の地理的起源を知るための最も直接的な方法は、その植物はどこの国で人の手を借りることなく自生しているかということを調べれば良い。」
ソビエトの著名な植物学者ニコライ・イワノビッチ・バビロフ(1887〜1941)は、
カンドルの方法論に可能性を見出していた。
バビロフは長い間かけて世界中から5万種類以上の野草を集め、この作業を通じて主な栽培植物の発生源として8つの場所を特定することに成功した。
なんと、これらの全ての場所には地球上で最も高い山脈との直接的な相関関係がはっきり認められたのだ。
今日不可欠とされている栽培植物が最初に生えていた場所は、ヒマラヤ、ヒンドゥークシ、中近東、バルカン半島、アペニン山脈など、
世界に冠たる山脈が集まる、北緯20度から45度の地域に集中している。
ヨーロッパ、アジア、アフリカにおいてはこれらの地域は緯度に沿って伸び、南北アメリカにおいては経度に沿って伸びている。
どちらの場合も、大きな山脈がある地域と一致しているのだ。
バビロフは、また、今日世界中で栽培されている植物が元々は海面よりはるかに高い位置にある山岳部に生えていた植物を源としていることを証明した。
アトランティスの伝説をエジプトの文献で知ったプラトンは、地球上を大洪水が襲った直後からの復興の最初の日々について、
その最後の著作「法律」の中で記している。
アテネ人「大昔の話には真実が少しでも含まれていると思いますか?」
クリニア人「何の話に?」
アテネ人「人類がしばしば大洪水や疫病、その他の災害によって滅亡させられた結果、僅かの生存者しか残らなかったという話です。」
クリニア人「みんなが真実であると信じていることでしょう。」
アテネ人「それでは多くの災害を思い描いてみましょう。特にノアの洪水の時に起こった災害のことです。」
クリニア人「それについて何を思い描くのでしょうか?」
アテネ人「破滅を逃れた人々の多くは丘の上に住んでいた牧夫であり、人類のほんのわずかな生き残りがどこかの山の上に落ち着いたということです。」
クリニア人「明らかに」
アテネ人「平野や海の近くにあった街はその時全て壊滅してしまったと仮定しましょうか?」
クリニア人「いや、こう仮定しましょう」
アテネ人「それでは破壊が起こった時に、人類はどのような状態にあったとしましょう。陸地には無人地帯が広範囲にわたって存在していて、動物はほとんど死滅してしまった。ほんの少しだけ生き残った牛や山羊が、牧夫の手に渡っていったとしたら?」
プラトンのこうした記述は、家畜の出現に関して初めて理にかなう説明をつけたものである。
彼の理論は、農業の起源や動物の家畜化の始まりが、アトランティス文明でかなり昔から実践されていた手段を再現したものだということを仮定している。
史上最古の農業的実験が行われた時代は、アトランティスの滅亡した時代とぴったり一致するのである。
−MU BOOKS/アトランティスは南極大陸だった!! 1996年刊

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気象情報:約12,240年の地球温暖化は急速にすすんだ
2013年12月5日
The Extinction Protocol
Volcanic ash reveals rapid Ice Age climate change
Posted on December 5, 2013
by The Extinction Protocol
December 5, 2013
Climate Science
http://www.reportingclimatescience.com/news-stories/article/volcanic-ash-reveals-abrupt-climate-change-during-last-ice-age.html
The Extinction Protocol
http://theextinctionprotocol.wordpress.com/
http://theextinctionprotocol.wordpress.com/2013/12/05/volcanic-ash-reveals-rapid-ice-age-climate-change/
オックスフォード大学/クリスティーン・レーン (Christine Lane、Oxford University)
とGFZ独地質調査センター(the GFZ German Research Centre for Geosciences) /アキム・ブラウア (Achim Brauer) による独英合同地質学研究チームの調査によれば、氷河期の気候変動は地域により約120年の時間差はあるものの、地球の各地方で訪れる。
気候変動ははやいスピードでおこりうるという。
約12,240年におきた前回の氷河期の終わり、氷河期終期に約1100年続いた寒冷期/ヤンガードレアス期(the younger Dryas)のおわり、アイスランドのカトラ火山(the Katla volcano)で大噴火がおき、
火山灰は偏西風にのって北ヨーロッパ、中央ヨーロッパの大部分のエリアにおちたが、
独英合同地質学研究チームの最新の研究書/「Geology」の記事によれば、西ドイツ/アイフェル地域(the West German Eifel region)/マーフェルダーマール湖(the Meerfelder Maar lake)の沈殿物の堆積パターンと南ノルウェーのクラケネス湖(Lake Krakenes)のそれには約120年の時間のずれがみられた。
つまり、アイフェル地域で最初に温暖化が起き、その約120年後にノルウェー南部で温暖化が起きたが、両エリアで起きた温暖化はどちらも等しく急速だった。
Achim Brauer
「湖底に沈んだ火山灰沈殿物から正確に火山灰の年齢を測定することが出来る。
これにより時間を正確に特定できる。」。

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Orion/Preides/Siriusの聖盃・聖なる子宮の配置
人類の創造主のいるおうし座を崇拝する古代おうし座信仰



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天体情報,
7月19日(古代エジプトの元旦)
一般に、エジプトの歴史はBC4241年の第一王朝のはじまりとされているが、
この前の時代に何がおきたのかは全く不明である。
そして「太陽の種族」を特色づけるほどに発達した文明がゼロから短期間で形成されたというのは
おかしいと考える研究家は多い。
実際、「歴史の父」として知られるヘロドトスの文献には、
彼がテーパイで、彼の訪問の11000年前に作られた341体の木像を見たとの記述がある。
そして、そのように考えるロシアの研究者が、カイロの考古学者の協力を得て、現在調査を行なっている。
この4年に行なわれた調査結果はまだ公表できないが、
どうやらエジプト文明の起源は一般に考えられているそれよりも、もっとずっと古いものだといえそうだ。
フランスの学者ジャック・ヴァ―ネは、エジプトの暦について次のように書いている。
「エジプトの1年はわれわれの7月19日からはじまる。
この日、太陽はシリウスと同じ位置にある。
さらに、この日はナイル川の水が満ちはじめる日でもある。
シリウスがナイルの干潮に影響をあたえる事はないだろうから、これは単なる偶然だろうが、
このような偶然がエジプトの民のこころを打ち、彼らの暦の基礎になったのだろう。
しかし、4年後、シリウスは年明けの2日後にのぼるようになり、
12年後には4日となる。このような狂いを修正するために、閏年をエジプト人は考え、
修正を加えるようになった。
このような修正によって、シリウスはふたたび、毎年7月19日にのぼる事になった。
ところで、だれのものともわからないエジプトの墓から発掘された碑銘には、
1461年の周期が25回くりかえされていた。
25x1461=36525
もちろんBC4241以降の歴史を加算する必要があるが、
そうすると、エジプトの起源はBC40000年を遡る事になるのだ。
多くの保留がかけられているとはいえ、さきのロシアの研究者は、
エジプト人はインドネシアから渡ってきたと考えている。
ムー帝国は遊星の墜落によって起きた宇宙規模の異変によって
BC8000〜BC10000年におきたと考えているようで、
そう考えるならば、BC4000年のエジプト文明は、知られざる素晴らしい世界の栄光を
わずかばかり反映させたものに過ぎないという事になる。
―神々の秘密,ボーダーランド文庫,

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ハムレットの水車小屋
旧いつも一緒・Legacy of Ashes・OUT OF EDEN・ハムレットの吹かす風・ゲームの達人
2016/5/31
「アトランティスの暗号」  
思いつくままに〜オバマ元ビンラディン大統領のスピーチに隠された暗号を解く
古代との交信
オリオン座に注目するようになった。
きっかけはコリンウィルソンの「アトランティックの謎」を読んだことだ。
定説に反し、10万年前の古代、その時代に高度な天文学の知識が存在したという。
高度な文明の存在したその証明にオリオン座、特にその3連星のほぼ直線な並びのわずかなずれが重要な役割を果たす。
我らが銀河系はさまざまな星団や星がさまざまな周期で運行しているが、
その最大周期をこの3連星の並びのずれを通じて正確に知っていたという。
そのオリオン座がここバリの地では夜空にはっきりと見える。
東京では星を眺めることもなかったので、オリオン座を特に意識的に見たことがなかった。
ある日の夕食の後、ビラの外にでて夜空を眺めた。
雲も無く大気は澄んでいた。
オリオン座の3連星はほぼ直線的に並んでいる。
しかしよく見るとほんの少しずれているのが見える。
そのずれを確認した刹那、10万年の時空の隔たりが消えた。
遠くにバイクの音が聞こえ、突如古代との交信は瞬時にして途絶えた。
これをきっかけにしてかつて訪れたクスコ周辺の石造遺跡や、
さらにコリンウィルソンの「アトランティックの謎」の中に記述された、いながらにして世界を見る能力に思いを馳せてみた。
石の加工技術
南米ペルーのマチュピチュ遺跡やクスコ周辺の石造遺跡をみて、
その石の加工技術に驚かぬ人はいない。
皆一様に、剃刀の刃一枚入らない組石の精巧さに驚嘆する。
西洋の教会建築の石組みとは、切り口の精巧さでは、全く比較にならない。
隔絶している。
そして、12角形やそれ以上の形にあたかもやわらかい粘土をナイフできるような技術にもただただ頭をかしげる。
いまだに合理的な説明がつかない。
ダイヤモンド鋸で切ったらようやくこのシャープさが実現できるらしいが、
そんなにダイヤが産出するはずも無い。
ある建築家が丸い石でたたく方法で平面化する実験をしていたが、
なるほど平面にはなるものの12角形の切り口のシャープさと自由な組み合わせの説明には全くなっていない。
いかなる高度文明があったのだろうと不思議に思う。
ちなみにナスカの地上絵は超常能力を持ち出さなくても、拡大図を描く要領で十分説明がつくそうだ。
日本の小学生がどこかの先生の指導の下に運動場に地上絵を再現していたが、
小さな絵を杭と拡大倍率に伸ばしたロープで見事に再現されていた。
また、よくある数字合わせの不思議もトイレットペーパなどを使っての反論説明をみるとなるほどと思わされる。
クフ王のピラミッドの底辺と高さがπを表現しているという話も簡単に反論されていた。
正確に南北を表しているということもある星を基準にすると精度は実現できるという。
だからトンデモ本をみるような疑いの視点も必要なのだが。
アヤワスカ
一方、コリン・ウィルソンの「アトランティスの暗号」によると、
インカ文明は車輪をすら作れなかった。
このギャップを埋める説明がつかない。
コリン・ウィルソンによると、現代文明とは全く異質の文明があったと推測している。
岩をシャープにカットする技術のみならず、アヤワスカという植物を飲んでいながらにして世界を見る能力とか、
ブラウン気体だとか。
ブラウン気体は、酸素と水素の混合気体で、これまたにわかに信じられないが、
熱くないのに、金属を溶かしたりできるもので、ユル・ブラウンという最近まで生存したブルガリア人が発明した。
このような超常科学がインカに存在し、石をシャープに切ったのかと想像してしまう。
それにしても、車輪すらつくれなかったのに。
なんだかトンデモ本のようだが、あのコリンさんが書くのだから半信半疑くらいの立場は許されるだろう。
いながらにして世界を見る能力で、天体の動きを正確に把握し、
正確な冬至、夏至の把握などを可能にしたのではとの仮説だ。
特に注目したのはアヤワスカという植物による幻覚のなかに世界をみるという記述だ。
瞑想
仏教徒などの瞑想もそれに近いのだろう。
仏教徒はせいぜい茶に頼るほかは薬用植物によらないのは明らかだから、
瞑想によって同じ効果をもつこと、たとえばドーパミンのような物質を脳内から分泌させて観仏するのだろうか。
薬用植物の効果は疑似脳内物質だから本来誰もが脳の中に持っていると思われ、
それが瞑想修行によってふんだんに分泌されると想定することもゆるされるだろう。
瞑想による修行はなにも仏教に限らない。キリスト教でもある。
空海が土佐の洞くつで明けの明星が口の中に飛び込んできたという話が伝わっている。
DMTを試みた人が星のかなたに飛び込んでいくような幻覚をみるがそれと同質のものであると思える。
空海は瞑想だけでおなじ体験をしたと思う。

ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1209.html
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2104
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2105
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2107
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2108
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2109
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惑星ニビルとピラミッド
Greg Jenner
Nibiru and the 'Great Pyramid' Connection by Greg Jenner
http://www.darkstar1.co.uk/gregjenner17.html
二度生まれし者
古代エジプトはなぜピラミッドを作ったのか。その目的は何だったのか。一般には、ピラミッドはKhufu王、Cheopsの墓であるとされる。しかし研究の結果、そうではない事がわかってきた。
古代エジプトの聖職者や筆記者たちは皆ピラミッドの中にある石棺の目的と意味を知っていた。つまりそれは、「二度生まれし者たち、二度生まれし者(the Twice Born Ones、The Aspiring One)」といういわば超能力者が異世界を旅するための設備だった。
「二度生まれし者」となる者は、ピラミッドの中の王の間(the Kings Chamber)の中にある花崗岩で出来た石棺の中に横になり、「二度生まれし者」となる。いわばイニシエーションの儀式。こうする事で、魂は肉体から出て異次元の世界と交信する。そして無限の知恵を得、魂は石棺の中にある肉体に再び戻る。このプロセスを「子宮の中での再生(Womb of Rebirth)」という。「二度生まれし者」は白く輝く人に変わり、ファラオに値する者となる。そして称えられ、生き神として古代エジプトの民衆にあがめられる。そしてまた、この「二度生まれし者たち」は交信によって、「脅す者」(Frightener、つまり惑星ニビル)の天文情報を集めていた事がわかってきた。
著書「The Kolbrin Bible from The Book of the Silver Bough SVB」:7:18
「我は二度生まれし予言者「Elidor」。何世代も前の大昔の出来事を語ろう。…その者の体は赤く…地球全体に破壊をもたらす。日の出ずる所に現れ、日の沈む所に消える。その日は決断の日(the Days of Decision)。人のこころは盲目であり、悩むであろう…。」。
死海文書:9:1
「ピラミッドの中では、つらい『死の儀式(FALSE DEATH)』がある。Koriladwen(肉体から精神を遊離させるための飲み物『』(口あたりがよく、幻覚を起こす作用がある一種の酒。苦い。)を飲む。多くの者はこの儀式で本当に死んでしまう。これに耐え生き残った者は、『二度生まれし者』となる。Ogofnaumに入る…。」。
Peter Tompkins著「Secrets of the Great Pyramid」( 1971年刊、 256頁-257頁)
「ピラミッド研究家William Kingsland氏によれば、古代エジプトでは初歩教育として、天文サイクルとそのサイクルを用いる知識を教えた。当時の古代エジプト社会では天文学は単に宇宙のメカニズムを知るといった表面的な学問でなく、ニビルの公転周期や人類の進化をふくめ、もっと大いなるもののサイクルを知るという目的があった。」 。
「バラ十字団やテンプル騎士団といった集団は、ピラミッドにおけるこういった儀式を継承し続けている。」。
火の子の書:2:3
「1サイクル7年を3サイクル務めた者のみが挑戦しうる。男性である事、仮死状態から生きかえる精神力、知恵、勇気がある事が要求される。また純粋さ、自律心、犠牲心、義務意識も要求される。このうちどの要素が欠けていても生きて帰って来る事は出来ない。」。
予言者Elidorの「二度生まれし者」が知る惑星ニビルの知識
古代エジプトのルーツは古くフリーメーソンの入会儀式。この記録はKolbrin文書にもある。Kolbrin文書によれば、古代エジプトの王権は派遣団を作って各国を旅させ、「二度生まれし者」が得た情報を世界に伝えた。この派遣団が「Elidor」という名の予言者集団であった。「Elidor」は北の地にある「ケルトの国」に「二度生まれし者」が得た「脅す者」(惑星ニビル)の情報を伝え、古代エジプトに帰国した。これが英国とエジプトの最初の国交であった。
Marshall Masters著「The Kolbrin Your Own World Books Master Edition」
Kolbrin文書:33:5
「家はばらばらに壊れ、新たな家を捜す。国も人と同じように、老い、そして死ぬ。Osireh神が光を運びし時から120世代。私の国エジプトは老いている。星々は4回新しい位置へ移り、空を太陽が進む向きは2回変わり、破壊者(THE DESTROYER、惑星ニビル)は2回地球にぶつかり、天は3回開閉し、地上の土地は2回水で洗われた。」。
「これも運命だ。祖国が崩壊しようとも、泥の上に建てた宮殿が倒れようとも、私は行かねばならぬ。躊躇している時ではない。一人では洪水を止めようがない。」。
Kolbrin文書:4:18
「長い努力、犠牲、忍耐により、私はものの本質を知る洞察力を得た。人には奇異に聞こえるだろうが、伝える必要がある…なぜ、あなたは私の教えを笑い疑うのか?考えを変えろなどと言っているつもりはないのに」 。
Kolbrin文書:4:19
「あなたがたケルトは我々Elidorを笑って言う。可愛そうに。おまえは狂っている。このケルトの国から出ていけ。おまえの言う事など信じるものか。」。
Kolbrin文書:4:20
「我々Elidorがあなたがたケルトと比べて劣っているとでも言うのか?そうかもしれん。あなたがたケルトほどの力はない。我々Elidorがここで生き延びているのはあなたがたケルトが攻めないという慈悲心ゆえだ。しかし我々Elidor、しいてはエジプトにはピラミッドがある。それによって、あなたがたケルトの常識をはるかに越えた力の秘密を学んでいる。慈悲などいらない。我々Elidorの知識があれば富と力を得る事などたやすい。しかしそれをしなかった。その代わり、予言者として生きるほうを選んだのだ。それが我々Elidorが誠実であるという証明になるはずだ。」。
この文からわかる事は、過去、地球に少なくとも4回のポールシフトがおきたという事。ポールシフトの原因は、Elidorが言うところの『脅す者』(惑星ニビル)。そしてElidorは「二度生まれし者」が知った惑星ニビルの情報をケルト族に伝えようとした。
Kolbrin文書:7:18
「『脅す者』(惑星ニビル)の事について話そう。前回この地球に接近したのは遠く何世代も前の大昔だ。『脅す者』(惑星ニビル)は恐ろしく大きい星。カニの形をしている。最初赤く見え、それから緑色に変わり、それから青色に変わる。破壊の規模は地球全体におよぶ。この時に人類の分離(the Days of Decision)がおきる。覚醒、光の世界へ向かう者、快楽と快適に沈む者に分かれる。」。
Kolbrin文書:7:19
「精神的なものへの疑惑。この原因は無知。疑惑は愛と自然の中に疑惑はない。疑惑は口から生まれる。
混乱の時と、大声で疑惑を叫んでも無為だ。未知なる恐怖に怯える人々のこころは、快楽と快適さを追う生き方から、精神的なものを追う生き方へ変わる。」 。
Kolbrin文書:7:20
「葛藤の時代、自分の側に大いなる魂がいてくれるよう祈らないでほしい。時間の無駄。むしろ、大いなる魂の側に自分がついているよ、と祈ってほしい。」。
Kolbrin文書:7:21
「私は来るものについて語る。私の声に耳を澄ませてほしい。『脅す者』(惑星ニビル)は近づいても徴候がない。だから人はほとんど備えをしていないだろう。そして『脅す者』(惑星ニビル)は突然来る。人はその日の暮らしの事で頭がいっぱいだ。そして『脅す者』(惑星ニビル)は突然来る。『脅す者』(惑星ニビル)が近づく時代、男は男らしさを失い、女は女らしさを失う。社会は混乱と混沌の中におかれるだろう。」。
結論
ギザ・ピラミッドの目的は2つあった。
1つめは巨大なバッテリー。超能力者である二度生まれし者(the Twice Born Ones、The Aspiring One)」のイニシエーションの場。ピラミッドの構造は巨大なバッテリーとして動くよう設計された。エネルギーはピラミッドの中にある王の間と女王の間に集中する。そこで超能力者を作り、異次元の世界と交信させた。
2つめは巨大アーカイブ。記録。ピラミッドの構造、位置は惑星ニビル通過、ポールシフトにも耐えるよう堅牢に配置され作られている。
Peter Tompkins著「Secrets of the Great Pyramid」(1971年、217頁-218頁)
「ギザのピラミッドは惑星ニビルの記録である。」。
「ギザの3つのピラミッドは惑星ニビル接近の前に建設された。ポールシフトがおき、星は空から落ち、世界がひっくりかえるという情報を知った時の王が建設した。」。
「Ibrahim ben Ebn Wasuff Shah氏によれば、ギザ・ピラミッドを建設したのは当時の王Surid(Saurid)。巨大な惑星が地球に落ちるのを夢で見て、建設を決意した。巨大な惑星とは惑星ニビルの事だったのだろう。」。
ibn-Batuta
「Hermes(ヘブライ語でエノク、Enoch)によれば、ヘジラ(the Hegira)の730年後、イスラム暦622年、当時のエジプトの王は星の様子から災害が近い事を知り、当時の学問を残すため、子孫たちに災害の警告をするためにピラミッドを建設した。」。
「Abu Zeyd el Balkhy氏によれば、ギザ・ピラミッドが建設された時代、琴座が蟹座の位置にあった。つまり、ヘジラ(the Hegira)の36000太陽年の2倍前、73,000年前という計算になる。」。
Peter Tompkins著「Secrets of the Great Pyramid」( 1971年刊、 260頁)
「Henri Furville氏著『La Science Secrete』によれば、Kolbrin文書は、Elidorがケルト族に与えた惑星ニビルの警告だった。Kolbrin文書:7:22:私は命令により、あなたがたケルト族に『脅す者』(惑星ニビル)を警告する。」。
ピラミッドの中で「子宮の中での再生」を経験し「二度生まれし者」となった者が『脅す者』(惑星ニビル)を警告した。そしてその警告は現代の我々にまで伝わった。その意義は大きい。

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FOUR TIMES THE STARS HAVE MOVED TO NEW POSITIONS AND TWICE THE SUN HAS CHANGED THE DIRECTION OF HIS JOURNEY. TWICE THE DESTROYER HAS STRUCK EARTH AND THREE TIMES THE HEAVENS HAVE OPENED AND SHUT. TWICE THE LAND HAS BEEN SWEPT CLEAN BY WATER.
Kolbrin文書:33:5
「家はばらばらに壊れ、新たな家を捜す。
国も人と同じように、老い、そして死ぬ。
Osireh神が光を運びし時から120世代。
私の国エジプトは老いている。
星々は4回新しい位置へ移り、空を太陽が進む向きは2回変わり、
破壊者(THE DESTROYER、惑星ニビル)は2回地球にぶつかり、
天は3回開閉し、地上の土地は2回水で洗われた。」。

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さてさて伊雑宮の復活とは、伊勢が三つ星化することに他ならない。
伊雑宮、籠神社、熱田神宮はいづれも物部系の神社ですが、この三社の動きが今後の方向性を決定化する。
※飛鳥情報では「物部神道=旧約、秦神道=新約」という区切りをしているが、
何故、旧約の物部系神社に新約のレガリアであるイエスの十字架や罪状版が安置されているか?というように、ツッコミどころは満載。。
外宮・内宮・伊雑宮の三宮の配置はオリオン座の三つ星を表していて、エジプトのギザのピラミッドと同様のもの。
更には五十鈴川はナイル川や天の川を表していたのとも同じ。
これを隠蔽したのが八咫烏の指令を受けた藤原不比等。
それは来るべき時まで知られないようにする必要があったからだと推測されている。
伊勢三つ星
(伊勢のオリオンの三つ星)
物部神道の復活のついては「カゴメ唄」に隠された秘密からも解けると飛鳥氏はいい、
「この唄は、本来、籠神社の隠し歌であり、そこには日本の国家成立にかかわる重大な秘密が暗号として隠されているのです。」
と籠神社宮司の海部氏の談話を紹介している。
この籠神社に伝わる極秘伝は、
カゴメ歌に登場する「鶴」は伊雑宮を指し「亀」は籠神社を指すいうもの。
八咫烏からも籠神社と伊雑宮はそれぞれ「阿」であり「吽」であり、
AとZ、アルファとオメガ、はじめと終わりであると知らされたという。
ただし、藤原氏の謀(はかりごと)によって、藤原京移転時に旧京に残された物部氏は中央政治の表舞台から外され、歴史から消された。
しかし、この2013年に至り物部神道が復活するとは、、、これは藤原氏を生かし物部氏を封印したのは八咫烏の策略なのか? 
それは表と裏をひっくり返すための舞台装置なのかもしれない。つまり、この逆転激が雛型となり、
日本列島に伝播・拡散・横展開して大ドンデン返ししていくのだろうか?
う-む、日月神示が初期大王家(物部神道)に関するというオイラの洞察は正しかったとなる(ふふふふ)。
伊勢がオリオン化しイエス顕現化するのに対し、中央構造線で繋がる諏訪湖では武田菱が見つかったという。
これは『甲陽軍鑑』に記されているように信玄公の水中墓ではなかと期待されているが、
実は、まだまだ全貌は不明なまま。
少なくとも菱形の窪地地形があることだけは確かだという。
(武田菱 クロス線が細いのが宗家。甲斐源氏の名門ですが宗家は途絶え、庶家が江戸時代以降も続く)
そして、この武田菱は十字架を表している!!!
諏訪の近くの茅野は縄文文化の一大中心地であり、かつて諏訪神社は洩矢氏が宮司であり、近くには守屋山がある。
諏訪で祀られるミシャグチ神は「御イサクの地」という意味だと語り部は言う。
この「モリヤ」という名は旧約聖書に出て来るエルサレムにあるとされる地名で「イサクの燔祭」があったという場所。
モリヤには「主が備える地」あるいは「主顕現の地」という意味があるという。
また、この「イサクの燔祭」記述をそのままにした御頭祭も諏訪神社で行われていて、
縄文とヘブライ的な物部神道の痕跡が濃く残っている地なのです。
伊勢と諏訪の復権、、、これはきっと何かの予兆的符合だすな。
まぁ、言霊的にはこの二箇所のネーミングは、、、
イセ+スワ → イセスワ → イサワ → イザワ → 伊雑 ということなのか? 
あるいはイエス → イェシュア → イセスワ なのかもしれない(笑)

悩くん フルスロットル
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-2546.html








2013年7月5日金曜日13:40
InLikeFlint
(Before It's News)
http://beforeitsnews.com/space/2013/07/the-universe-ancient-astronauts-and-atlantis-2-2462418.html
http://beforeitsnews.com/space/2013/07/the-universe-ancient-astronauts-and-atlantis-2-2462418.html?currentSplittedPage=2
ゴベクリテペ(Gobekli Tepe)は1990年代に発見された12,000年前の古代寺院。
保存のために完成後地中に埋められた。ギザ・スフィンクスの建設時期と同時期だったという説もある。
地質学的記録によれば、ギザピラミッドの建設時期は12,900年前でゴベクリテペ建設の前で、
多くの動物相が消えた世界的破滅イベント/ヤンガードレアス期イベント(the Younger Dryas Impact Event、YD)がおきたころ。
ヤンガードレアス期イベントがおきたのは、前回の氷河期のおわりで、地球の気温上昇がはじまったころ。至る所に森が出現したころのイベント。
原因は1994年7月に木星に落下したシューメイカー-レヴィ彗星(Comet Shoemaker-Levy 9)のような彗星の落下であるとされる。
ちりと氷からなるこの彗星は空中破裂爆発を引き起こし、現在の最大の水素爆弾より強力な爆発をおこした。
爆発をおこしたエリアは、米国48州クラスのエリアをおおうほどの大きさだった。
結果、ローレンタイド氷床は溶け、海面は300フィート上昇、メキシコ湾流をはじめとした海流循環は変化、
北半球の気温は下がるといったヤンガードレアス期イベントがおきた。
このイベントは、アトランティス大陸沈没の伝説と符号する。
そしてもともと赤道直下エリアにあった古代文明王国はポールシフトにより極地へ移動、
そして地球は1000年ごとにおきるとされる氷河時代にはいっていった。
スフィンクス、ギザピラミッド、ゴベクリテペ(Gobekli Tepe)などを造った古代文明諸国は、大洪水の生き残りで、
子孫たちが文明をまたゼロから作る必要がないよう、極地の氷の下に消失した古代文明王国にあった記録をこれらの遺跡に記録したのだろう。
我々の先祖に宇宙の働き、次の大災害から記録を護る方法の知識があり、
その記録を残したとするなら、彗星落下といったイベントを生き残る方法を知る事も可能なはず。
大災害に周期があるなら、その大災害の警告であるかもしれない。

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posted by datasea at 15:18| Comment(0) | ◉ 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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