2016年12月29日

アステカ伝承


古代アステカ伝承
マヤの予言と一口に言っても、実は様々なものがある。
大きな範囲でマヤの予言を取り上げようとすると、マヤ地域、つまり現在のメキシコやグアテマラを中心とした地域に伝わる予言伝承や予言体系全般が関わってくる。厳密なマヤの予言というよりも、包括的な意味でマヤ以外の他の部族の予言も含まれることになる。
中央アメリカ地域全般の予言は、マヤ暦と類似した暦の体系や、それに基づく周期説が常に背後にある。マヤの暦他の部族も使っていたので、厳密にマヤだけを取り上げて境界線を引くことは難しく、またこれらの予言は相互に関連している。
マヤの人々やその他中央アメリカに生きる人々にとっては、少なくともスペイン人がやってくる16世紀までは、彼ら独自の暦と同時に予言もまた文化の一部であり、生活の一部であった。また毎日の生活を司る彼らの暦そのもの、そして多く残されている遺跡やピラミッド群が、暦の体系すなわち予言の体系をもとにして作られてると言っても良い。
この意味では彼らの予言は「預言」となっていたと言えるだろうし、また彼らの建造物は、マヤ文明が滅亡を自ら予言した事実を物語るかのように、今も無言の声で私たちに語りかけている。
彼ら古代のマヤ人やマヤと文化的に交流のあったその他の部族は、毎日を生きることで予言そのものを生きていた。
この事実を踏まえることが、マヤや他の中央アメリカの部族の予言の解釈において、重要な要素の一つであるように思う。
以下、中央アメリカの予言の中で最も代表的なものと思われるものを紹介しよう。
まず、予言の基盤となるものとして、次の伝承が挙げられる。
古代アステカの人々の間で伝承されてきた物語に、「5つの太陽の伝説」と呼ばれる神話がある。この伝説は、人類が創造された場所に関する記述や、過去に4つの太陽が滅び、どのようにして5番目の現在の太陽の時代がやってきたのかについて、述べられている。
メキシコシティの国立人類学博物館の代表的な展示物、アステカのカレンダーストーン(暦石)に記録された4つの太陽と5番目で中央の太陽の姿を思い浮かべられる読者もいるかもしれないが、まさにあの石の彫刻を裏付けるような物語である。
この伝承における太陽とは、単なる物理的な太陽魚さすだけではなく、特定の時代区分をさす。
太陽は地上に光をもたらす存在であり、俺は地上の生き物は、全て光によって物事を認識する。また、物理的な意味で地球は太陽の周りを公転しながら1年という時を刻んでいる。事実、私たち地球に住む者たちの時間は、太陽にもよってもたらされていると言っても良い。つまりすべての物事は太陽にその起源を持つのである。このような考え方は特にこの伝説をもたらしたトルテカ人やアステカ人に強く見られ、彼らは「五つの太陽」と呼んで、各々の時代を太陽に見立て語る。資料によって数値(年表)の表記が、表記の内容に様々なバリエーションがあるが、この伝説の内容の一例を次に見てみることにしよう。
第一の太陽は彼らの暦に基づいて、「4・虎」という名前が与えられている。この時代は676年間(52年×13)続いた。この太陽の人に住む者たちは「1・葦」の年、「4・虎」の日に虎に食われて、その太陽と世界は消滅した。
第二の太陽は「4・風」と呼ばれる。この太陽の下にあるもの全ては「1・火打石」の年、「4・風」の日に吹き飛ばされてしまい、人間は全て猿になってしまった。この太陽の時代は364年間(52年×7)続いた。
第三の太陽は「4・雨」と呼ばれ、312年間(52年×6)続いた。この世界は火の雨が降って滅びる。太陽は燃えあがり、家は焼けてしまった。「1・火打石」の年、「4・雨」の日の事であった。
第四の太陽は「4・水」と呼ばれ、676年間(52年×13)続いた。この世界は「1・家」の年、「4・水」の日に滅亡した。天が崩れ落ちるように水が落ち、52年間地上は水浸しになり、人間は魚になった。
このようにして4つの太陽の時代は過ぎ去った。「4・虎」、「4・風」、「4・雨」、「4・水」と呼ばれる太陽は、それぞれ「土」、「風」、「火」、「水」の太陽とも呼ばれ、自然の4大元素や4方向にも関連づけられている。そして、最後に中央の5番目の太陽の時代、すなわち今の時代がやってきた。
第五の太陽は、「4・動き」と呼ばれている。この太陽は最初は止まったまま動き始めることがなかったが、神々に死がもたらされることで、太陽は動き始める。それは「13・葦」の年、西暦で言うと751年のことだったと「クワティトラン年代記」には書かれている。
また西暦699年にあたる年から、この年までの52年間は、世界は活動やめており、動き出すことはなかったと記録されている。これらの伝説や記録を総合すると、私たちは西暦751年から、新しい「第五の太陽の時代」に入ったことになる。
事実、この 「クワティトラン年代記」によれば、翌年の西暦752年から、トルテカ帝国が始まった。トルテカとは、この時期以降に中央アメリカ地域を席巻することになる部族の名前である。
マヤ暦は、2012年をもって5000年以上にわたった大きな歴史の1サイクルが終わる。
ここで興味深いのは、西暦752年から、この暦の終わりの時点である2012年まで、正確に1260年であることである。つまり、見方によっては、この時期から1260年間という、最後で第五番目の太陽サイクルに私たち人類は生きているのである。
また、そのまま伝説を継承した形でこの時代が滅びるとすれば、「4・動き」の日に、何らかの「動き」で滅びることになる。この「動き」は、アステカ人のサワトル語で「オリン」と呼ばれ、変化や地震、または飢餓を象徴するものである。
これらの伝説を読み解くにあたって、ポイントは二つある。一つはこれだの伝説が全てマヤの暦法の基本となる52年のカレンダーラウンド(還暦)を一周として、その倍数によって構成されているということである。
中国式の60年1サイクルの還暦というよりも、マヤやアステカの暦はむしろ52年サイクルをひとまとまりとしている。マヤの予言はこの周期を基本としているが、中央アメリカ地域の予言を語るにあたっては、この52年1サイクルの周期が常に背景にあるのである。
−日本文芸社 予言の全て 1996年刊

jdpkm pc






posted by datasea at 00:10| Comment(0) | ◉ アステカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: