2013年10月30日

予知情報

2013.10.28
まさかの神界情報、豊受大神伊勢より離れる
神界で動きがあるようです
伊勢神宮外宮の豊受大神様の情報です
上野公園さんのブログ 「神言会」より転載
→ http://kamikotokai-b.jugem.jp/?day=20131010
「まさか!のマル秘情報、豊受大神伊勢より離れる。
大本教神芝居の総仕上げか?。」2013.10.10
最近、とある方から私に神界情報が送られて来ました。一般的に神界情報と言ってもガサネタが多いのですが、私の神界における本当の身分は豊受の神が私に伝えられた「言葉の〇」以外は秘密にされており、私の神界における本当の役目はほとんどの御神霊は御存知無いのですが、その方に降りている御神霊は御存知でしたので、かなり高い地位にある方と読み取れます。一般的に考えればまさかの話なのですが、その神界情報は起きえた出来事かも知れないのです。
三十数年前、私は稲荷神界に神界修業の足を踏み入れました。その伏見稲荷山において、稲荷大神首座神であり,伊勢外宮の豊受姫様が 私にとんでもないことを言われました。それは、豊受様が自分の御代であった師匠の口を通じて、「綾部に帰りたい。綾部に帰りたい。綾部は神の聖都」 と私に泣かれて言われたのですが、神様なのだから自分で勝手に帰れるだろうに、変なことを言われるなと聞いていました。ところが、今は亡き叔父が、豊受様は綾部から出られた神様だ。何としても自分の目の黒いうちに豊受様が綾部から出られた神様の証拠を掴みたいと言っておりましたが、それも果たせずに帰幽しました。しかし、その豊受様は綾部から出られた神の話は思わぬところにありました。それは大本教出口王仁三郎聖師が豊受様は綾部の本宮山に降臨されたが本当であり、現在の京丹後市旧峰山町にある豊受様の比治山に降りた話は、豊受様が伊勢に行かれてから綾部の本宮山ではなく、峰山の比治山に話が移されたです。
峰山の比治山久次の豊受伝説において、疑問が投げかけられていたのは天女である豊受様が水浴したとされる場所らしきものが見当たらないことです。
大本教の出口王仁三郎聖師は、その水浴された場所は本宮山の側を流れる由良川(和知川)の並松だと書き残しておられます。現在の並松は、昭和28年台風13号の大水害により松並木があった場所が堤防化され松並木は消えました。私が子供の頃は本宮山の下の由良川の反対側は見事な松並木であり、松林の岸は子砂利の浜であり、そこは浅瀬で子供でも入れる川水浴の場所だったのです。そこならば、水浴された話も辻褄が合います。そしてその由良川の本宮山側には屋形船が並び、出口王仁三郎聖師の七福神の舟遊びと称して、屋形船で遊んで居られる写真が残るように、料亭や貸しボート屋さんも存在しました。今はその面影はほとんどありませんが、並松の地名で解るのです。
さて、私に伝えられた神界情報とは、今年は伊勢神宮の式年遷宮が行われたわけですが、この式年遷宮をもって全ての区切りとして、豊受様が伊勢外宮を去られて綾部に帰られることになったです。10月5日に外宮で遷御の儀。6日には遷宮の全神事が終了しましたが、それらを全て終えて帰綾される。豊受様は伊勢外宮のお役があるので、自分は「綾部」に帰りたいと思っておられても、外宮のお役を辞してでないと帰れないがあったのかも知れません。また伏見稲荷山の伏見稲荷大社は創設には「秦」氏が関わっているのですが、この「秦」氏は綾部に居たところの秦氏一族が京都に下って河勝などに名を変えたと地元の考古学者の説もあります。元々綾部の名は「漢部」で、漢の帰化人である絹織りの技術者達が集まっていた場所の意味であり、由良川沿いは 昔は一面の桑畑でした。では、その帰綾される場所はどこかとなりましたら、元々居られた本宮山と言うことになるのでしょう。しかし、そこは大本教の敷地であり、私が子供の頃には自由に入れたのですが、今は聖地として入山をさせないようにしています。豊受様が伊勢から帰綾される理由は、最後の審判後に現出するみろくの世において「綾部が神の聖都」となる一連の神の仕組みに関してのことだという神示です。すなわち、審判後に復活する人々の生活に備えて 豊受様は綾部に戻り、そのみろく神業に従事されると言うことです。
私は以前に大本教が告げた綾部は「神の聖都」の霊的映像を見たのですが、その時にあれ?と感じたのは、北と南が入れ替わっている。すると、これは180度違っている以上、最後の審判による岩戸(一八十)開け以後の映像であると判断しました。みろく世の光景です。
私が三十数年前に稲荷講に入った時、豊受様に世の大立替は何時ですかと聞きましたところ、その時期は何時とは言えない。だが、そなたが生きている時にそれは起こる。そなたはその大嵐の中を突き進む。その時には人類は一人として生き残らないと告げられました。この一人も生き残らないは私が知るコノハナサクヤ姫様も言われていますので、別に驚く話ではありません。ただ、コノハナサクヤ姫と名乗っている存在も多数在りますので、そうしたことを言われる存在もあれば 言われない存在もあるということになるとは思います。どちらが正しいのかは、本物とかニセ物論議よりも、起きてみないと解らないのです。
だが、それは三次元界における話であり、私達が五次元界に復活する道でもあるのです。その五次元界とは「みろくの世」であり、日月神示などでは「働かない者にも満足に食べさせる世」です。多くの犯罪は、満足に食べていけないなどから起きて来ます。だが、それにはみろく世の住民が永遠に不自由なく食べられる「衣食住」が保証されなければなりません。それがなければ「嬉し嬉しの世」とはなりません。それが出来るのは「衣食住」の神である豊受神様となります。問題はその原資となるお宝はどこに隠してあるかなのです。その場所がどうも「綾部」と考えられます。
大本教の出口王仁三郎聖師は、本宮山の下側にあるかっては底なし沼としての伝説が残る場所を 「金龍海」と呼び、そこは「陸の龍宮城」だと述べておられます。その底なし沼と言われた水脈は舞鶴沖の冠島・沓島まで続いているとも言われて来ました。ですから、無尽蔵とされる龍宮城にみろく世の原資はあるということになります。ただ、そうしたお宝とは人の目に見えるものではありませんので、そうしたものを掘り当てるなどは出来ません。ただ、そうした働きを司るのが豊受の神ということなのです。
私は人類に助かる道は無いのかと悩み模索している時、豊受の神は私に「米」型の八角形の屋根の「夢殿」の真ん中に立つ光景を見せてくださった。そうしたことを考えますと、いよいよその「トキ(鴇)」が来たかと言うことです。
カゴメ、カゴメ、カゴの中の鳥(鴇)はいついつ出ある
出口王仁三郎聖師、みろく下生は西暦1945年と説かれる
夜明けの時(トキ)を告げる鳥は七十の酉(西暦2014)
こうしたことは信じる信じないは個々の自由である話ですが、大本教予告神芝居、いよいよ総仕上げとなって来たようです。この神界情報の真偽は、豊受様が伊勢外宮の祭神を退かれたとなりますと、人間サイドでは解らないとしても、神界レベルでは衝撃なことになります。追認情報が入って来れば起きたと考えなければなりません。こうした神界情報はこれからは次々と出て来るでしょうが、
神は愛だ!光だ!。何をしても赦されるのだと、人々が自分の良心神の発露で「悔い改める・改心」を妨害することを説いている者の上には 本当の神の情報は出て来ないでしょう。何故ならば、邪神にとっては人が自己の良心神に気づかれるとやっかいだからです。
朝鮮に残された予言には、最後の審判前に救世の為に「米」一字の教えが起きる。その教えが終わり最後の審判に入った時、その教えに従わなかった者達の上には大いなる神の罰が下るがあります。まして、それを種に大金を出せば等と言うインチキ師にも本当の神界の情報は出て来ません。何故ならば弥勒世行きの切符は金では絶対に買えないからです。仏教の葬儀に金さえ出せば院号軒号を出すという類の話ではないからです。
最後の審判においては、一人一人の「良心」神が判定されるのであり、神に誠を持って尽くした功績。他の人を助けた功績。この世の苦労に耐えて正しく生きた実績等が魂に加点されて出る点数が良心神として判定されるからです。
いよいよ年貢の納め時が近づいて来たようです年貢は「米」「麦」「芋」の何れかで支払いますそれまでに残された期間はそれほど長くはないでしょう。なお、及ばずながら、少しでもみろくの世に渡ることが出来る人が増えますように、私も更にみろく世に渡る道を模索して、解り次第このブログで発信させていただきます。
Last updated 2013.10.29 13:06:50

゜.+° Rosy  Life  ゜+.゜
http://plaza.rakuten.co.jp/poohsanmama/




posted by datasea at 01:25| Comment(0) | ◉ 日月神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: