2013年08月15日

遺跡情報:11,000年前の最古の寺院ゴベクリテペ

562604_10151761146553130_68563604_n-1.jpg

Smithsonian_map_göbekli_tepe.jpg


Gobekli Tepe: Fantastic New Photos Of 11,000 Year Old Temple Complex, The Oldest Known
Sunday, August 11, 2013 15:44
(Before It's News)

google.com
https://docs.google.com/file/d/0B8yAiUCdzj53U2w5aEJaZXVFcVU/edit

facebook.com
https://www.facebook.com/gobeklitepe

Before It's News
http://beforeitsnews.com/blogging-citizen-journalism/2013/08/gobekli-tepe-fantastic-new-photos-of-12000-year-old-temple-complex-the-oldest-known-2448608.html

gobekli.net
http://gobekli.net

twitter.com
http://twitter.com/gobeklitepe









(要約)
遺跡情報:11,000年前の最古の寺院ゴベクリテペ
2013年8月11日日曜日15:44
Alton Parrish
(Before It's News)
ゴベクリテペ(Gobekli Tepe) はトルコの古都サヌルファ(Sanliurfa、古代名Urfa/Edessa)近く、アナトリア南東地方(the Southeastern Anatolia Region)の山の頂上に建てられた11,000年前の現存する最古の寺院。
高さは約15m(49フィート)、直径は約300m(984フィート)。海抜は約760m(2,493 フィート)。金属器や陶器類さえまだなかった11,000年前の当時に彫刻が施された巨石はミステリー。
遺跡は長く農地だったが、1964年にイスタンブール大学とシカゴ大学が最初に調査、坂は人工的につくられたものではなく、自然の坂であったが、その地下にビザンチウム式の墓地が発見された。また多数の火打ち石と石灰岩スラブが発見された事から、墓であるとされた。
Deutsches Archaologisches Institutの考古学者Klaus Schmidt氏
「放射性炭素年代測定法、比較測定法の分析によれば、ゴベクリテペは現在までに見つかった最古の宗教的遺跡。標高100マイル(160km)の山頂に建つ大聖堂。ゴベクリテペは石器時代の聖地、丘の上の大聖堂であった。」。
ヨハネスバーグ/ヴィトヴァーテルスラント大学考古学教授David Lewis-Williams
「ゴベクリテペは、世界で最も重要な考古学的遺跡。遺跡からは鹿、ガゼル、ブタ、ガチョウといった動物の骨が多数見つかっている。狩猟採民の集会場でもあったこの考古学的遺跡の発見により、農業コミュニティのみであったという学説はくつがえされた。」。
トルコの古都サヌルファの記録は紀元前4世紀/紀元前500年代にさかのぼるが、古都サヌルファの周囲の都市ヂュル(Duru) 、ハラン(Harran) 、ナバリコリ(Nevali Cori) の記録は紀元前9000年にさかのぼる。いずれもメソポタミアの文明の揺りかご、ユーフラテス川-チグリス川流域の諸都市。トルコのイスラム伝統ウルファ(Urfa、ビザンチウムの時代からあった名前)によれば、ハラン(Harran)は聖書に記録されたカルデア人の都市ウル(Ur)。しかし考古学的証拠から考えると、ウル(Ur)があったのは南イラク。また、エイブラハムの出生地はいまだ不明。ウルファ(Urfa)はヨブの出身地として知られる。

local pc









歴史情報:古代先進文明からまなぶ
2013年7月5日金曜日13:40
InLikeFlint
Before It's News
http://beforeitsnews.com/space/2013/07/the-universe-ancient-astronauts-and-atlantis-2-2462418.html
http://beforeitsnews.com/space/2013/07/the-universe-ancient-astronauts-and-atlantis-2-2462418.html?currentSplittedPage=2
ピラミッド、天文寺院、巨人石構造といった考古学的人工建造物の遺跡が証明するように、世界ではかつて技術的先進文明は多く存在した。これらは、世界に散ったこれらの社会の生き残りが作ったものではないか。
ゴベクリテペ(Gobekli Tepe)は1990年代に発見された12,000年前の古代寺院。保存のために完成後地中に埋められた。ギザ・スフィンクスの建設時期と同時期だったという説もある。
地質学的記録によれば、ギザピラミッドの建設時期は12,900年前でゴベクリテペ建設の前で、多くの動物相が消えた世界的破滅イベント/ヤンガードレアス期イベント(the Younger Dryas Impact Event、YD)がおきたころ。
ヤンガードレアス期イベントがおきたのは、前回の氷河期のおわりで、地球の気温上昇がはじまったころ。至る所に森が出現したころのイベント。原因は1994年7月に木星に落下したシューメイカー-レヴィ彗星(Comet Shoemaker-Levy 9)のような彗星の落下であるとされる。
ちりと氷からなるこの彗星は空中破裂爆発を引き起こし、現在の最大の水素爆弾より強力な爆発をおこした。爆発をおこしたエリアは、米国48州クラスのエリアをおおうほどの大きさだった。
結果、ローレンタイド氷床は溶け、海面は300フィート上昇、メキシコ湾流をはじめとした海流循環は変化、北半球の気温は下がるといったヤンガードレアス期イベントがおきた。このイベントは、アトランティス大陸沈没の伝説と符号する。そしてもともと赤道直下エリアにあった古代文明王国はポールシフトにより極地へ移動、そして地球は1000年ごとにおきるとされる氷河時代にはいっていった。スフィンクス、ギザピラミッド、ゴベクリテペ(Gobekli Tepe)などを造った古代文明諸国は、大洪水の生き残りで、子孫たちが文明をまたゼロから作る必要がないよう、極地の氷の下に消失した古代文明王国にあった記録をこれらの遺跡に記録したのだろう。
我々の先祖に宇宙の働き、次の大災害から記録を護る方法の知識があり、その記録を残したとするなら、彗星落下といったイベントを生き残る方法を知る事も可能なはず。大災害に周期があるなら、その大災害の警告であるかもしれない。
聖書と創世記第1章。災害を生き残ったこの記録の大部分は何世代もの間に書き換えられたとする説はあるが、まあ、しばらくはそういう疑惑を止め考えてみよう。
巨石(the megaliths)建築は、おきうる次の災害イベントの複雑な記録を巨石の配列にこめた。
創世記では、昼と夜、1週間の比喩を用い、世界の創造のタイムラインを記録した。この比喩は、複数の意味があると思う。つまり、イベントのタイムラインの記録であり、同時に宇宙論、次元の記録ではないか。
長さ、幅、高さの3つの次元と、時間によって、物理的なプロセスモデルは解説しうる。これで4日/4つの次元。創造の次のの3つの曜日はどうか?長さ、幅、高さの3つの次元と、時間の次元を越えた次元を説明可能か? 可能だ。7日/7つの次元は現在の我々の3次元力学空間外で作用する力であり、現在の我々の3次元力学にこれら7次元を加えれば合計10の次元になる。 物理学の10次元ジオメトリー(a 10-dimensional geometries)に基づいた縞理論(String Theory)というものがあり、関係あるかどうかはわからないが、いずれにせよ、古代の宇宙論に現れた「7」という数字が、一週間の日数と同じなのが面白い。生き残りが古代の先進文明を幼児にさえ教えられる形の単純な創造神話にするにはいい喩えだったのかもしれない。
しかし、なぜ、解析された古代文明の記録が一般に知られていないのか? 前にPTB(Powers That Be、その時代の権力者)の記事を書いたが、つまり、秘密オカルトが一般人から記録を隠ぺいしたからだ。「知識は力」という古い格言がある。
PTB のため、世界は持てる者と持たざる者の闘いになった。世界の恩恵の全てを望む裕福なエリートと富を得られない持たざる者の世界と言うのが今の世界の構図。まさに貪欲だ!

古代の記録が伝える事、それはかつて理解されていた宇宙論、フリーエネルギー、宇宙旅行を可能にする反重力テクノロジー。インターネットの出現でこれらの知識にアクセスできるようになった今、現在世界の持たざる者は自分自身でそれを見つけ出し、実現し、支配から逃れられる。 我々一般人が無尽蔵のフリーエネルギーを手に入れれば、PTBの一極支配のコントロールに翻弄される事はなくなり、支配から逃れられる。 何としてでも手に入れて、自分達の運命を達成するべきである。

local pc







Unknown (///)
2011-02-20 09:28:58
13000年前あたり(ピラミッドが建設された時代)に、高度な航海技術を持って日本→北米→南米→インド→中東を繋げていた環太平洋文明の民族が、ヤンガードレアス期の寒冷化(北半球の半凍結)により南下してメソポタミアへ移動、やがて寒冷化が終わり、今度は温暖化で南下していた文明が北上を始め、アジア、北米に拡散していった・・・・。その後(約6500年前)に地球規模の大災害(ノアの大洪水)で低地の環太平洋文明都市は崩壊してしまい、偶然、高地に住んでいた極少数の民族だけが生き残り、約1000年後にまた低地に文明社会を築いた(←世界四大文明の勃興)!という文明周期説も参考になります。


始まりに向かって
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/639ae0033705c33515cb4b1fa2ac2a02








過去に地球でおきたとされる海水位上昇の時期の特定に成功
2012年4月2日
Sandiego1blog39
Before It's News
http://beforeitsnews.com/story/1968/971/The_Mega-Flood_Swept_The_World_14,600_Years_Ago.html
過去に地球でおきたとされる海水位上昇について、それがいつだったのか、これまで正確に特定する事は出来なかった。しかし、アイマーゼレー大学(an Aix-Marseille University)研究チーム、オックスフォード大学(Oxford University)Alex Thomas博士、Gideon Henderson博士による研究チームがその時を特定する事に成功した。
研究チームによると、過去に地球で海水位上昇がおきた時は、14,650年前-14,310年前。ボーリング温暖化現象(the Bolling warming)がおきた時が14,600年前なので、ちょうど重なる。この頃、地球では急激な気候変動がおき、平均気温は急激に上昇、極地に近い北半球の高緯度地方では、平均気温は10年で15度も上昇した。この頃の海水位上昇の主な原因は南極の氷が溶けた事だったという。大量の水が海に流れ込み、地球全体で海水位が上昇したようだ。

local pc






posted by datasea at 23:52| Comment(0) | # 遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: