2020年08月20日

ラボックライト事件

ラボックライト 
2010/10/14(木)午後6:12
太陽系と地球の真実その他超常現象
■ラボックライト事件
その摩訶不思議な事件は,1951年の8月25日の夜に,アメリカのテキサス州ラボックという街で起きた。
名門大学で有名なテキサス工科大学の教授たち4人が突然のように飛来した「謎の発光体群」を目撃した。
4人の教授たちは,目撃した時刻を各自が覚えており共通して午後9時20分だという。
その夜,4人の教授たちは博士の家の裏庭でお茶を飲んでいたところ,しばらくして,突然,北の方角から南へ向かって光の飛行編隊が頭上を通過した。色は青緑で半円形に近いV字型の編隊を保ちながら無音で飛行していた。
一体コノ発光体群は何だろう?と科学者として興味を駆られた教授たちは,もう一度出現するかもしれないと何故だか思って,今度は観測者として準備をして待っていた。
すると約1時間後に彼らの思惑通り,再び発光体群は出現したが,結局はソノ発光体群の正体はわからなかった。
翌日の新聞に昨夜の事件が掲載されると街中で大騒ぎとなり,謎の発光体群は「ラボックライト事件」と呼ばれるようになった。
教授たちは何とか正体を突き止めようと2人の学生を動員して本格的に観測した。
これは客観的なデータを集めるためだったが,この教授たちの願いが通じたのか,発光体群は翌日も姿を現した。合計で2週間にわたって一晩に2〜3回も飛来したというのだ。
合計で12回にも及んだ「謎の発光体群」の観察の結果,ラボックライトは必ず北の水平線45度の角度の高さに出現し,街の天頂を通過して南の水平線上45度の高さで忽然と姿が消えることがわかった。この間30秒程度。
だが,正確な高度は夜間ゆえにわからなかった。この世の物とは思えない発光体群を目撃したのは4人の教授と2人の学生だけではなかった。ラボック周辺だけで,約2週間の間に何百人とという人たちが目撃したという。
教授たちも目撃報告を調査したところ,かなりの確率で共通点があった。ラボックライトは夜間に突然のように空に出現し,高速で飛行したために写真を撮影するのは当時の技術としても困難だった。
だが,そうした中でも,アマチュアカメラマンで当時はテキサス工科大学1年だった18歳の少年がシャッターチャンスを捉えている。
翌日,彼は写真店にフィルムを持ち込み,出来上がった写真にはV字型に多数の発光体が規則正しく並んでいることがハッキリと写っていた。
夜に目視したときと明らかに違っており,高速で飛んでいたからわからなかったのだが,写真では発光体だけでなくV字型の機体のようなものまでが写っていた。
これらは後に全国紙と地方紙の新聞にも掲載され,ラボックライト事件の騒動がアメリカ全土に広がる一因にもなった。
そして,世界的に有名な「ライフ」誌にも掲載され,ラボックライト事件は世界に知られるようになった。UFO否定派の学者の中には,4人の教授たちやハート少年を始めとする多数の市民が目撃したラボックライトは,大気によって屈折した街灯が空に反射して見えたものだと主張したりした。
それに,夜に飛んでいたチドリの群れをUFOだと誤認したものだろう!という否定派の意見もあるが,夕暮れ時ならわかるが,果たして夜にチドリが群れをなして飛ぶだろうか?
またハート少年の撮影した写真もトリックだと主張する者まで出現した。
■ラボックライト事件調査
このラボックライト事件について調査したのは,当時のライトパターソン空軍基地の航空技術情報センターのルッペルト大尉だった。
事件の報告を受けた彼は物的証拠ともいうべきハートの写真をアメリカ空軍ではトップレベルの写真分析を行う研究所に持ち込んで解析した。4枚のネガフィルムを解析したが,コノ時点でネガには多数の傷が付いていたという。
傷と発光体の区別した結果,発光体は丸い点の光源であるので,傷とは明らかに違っていた。ルッペルト大尉は写真からでは発光体の高度や大きさや速度がわからないので現場検証を行った。
ラボックライトの上空での通過時間は約4秒だったが,ハートはその間にも3回ほどシャッターを切っている。当時のカメラでは連写をするためには,シャッター後は手動でフィルムを巻き上げる作業が必要になるが,UFO否定派の学者たちはコノ点に着目した。
4秒の間に手動式の巻上げカメラで3回もシャッターが切れるのか?という疑念をぶつけてきた。
ルッペルト大尉は当時の軍人とは思えないほど公平な態度で専門家の意見を求めたところ,人間は極度の興奮状態になると通常よりも特殊な能力が発揮される場合があるので,4秒で3回のシャッターを切ることは可能だとの見解を述べた。
そしてプロのカメラマンの意見でも,日頃から撮影に慣れた者ならば可能だという。実際にハート自身もスポーツイベントの写真撮影も行うほどの腕前だったようで,シャッターに関する疑念は晴れた。
その他,最初の目撃者である4人の教授たちは,一様に「発光体は不規則に並んでおり整然とV字型に並んでいなかったし,もっと光は弱かった…」と主張した。だが,夜間にアッという間に高速で通過したモノを見た場合にはハッキリとは覚えていないものだ。
特に発光体の場合では,赤外線領域の波長を発する物体ならフィルムには強く反応する傾向がある。多くの目撃証言よりも写真が真実を物語っている。この事件を調査したルッペルト大尉が目撃者から聴取した情報の1つに,事件の本質に迫る重要な証言があった。
この発光体群を目撃した住人たちの中でも,牧場主の妻の証言は貴重だった。その話によれば,青みがかった光が2個1組となって規則正しく並んでおり,V字型の形に揃っていたという。これはハートの写真と確実に一致するものだった。
ソノ上,この発光体の周辺に黒い場所が存在し,飛行機のボディーのような機体を見ていたのだ。この機体の形は胴体の無いV字型の翼だけの飛行機のようだったという。これを聞いたルッペルト大尉はラボックから250マイル離れたアルバカーキで同様の目撃事件が発生していたことを思い出した。
ラボックで発光体群が最初に目撃された8月25日の午後9時20分頃から約20分ほど前にの午後9時頃,アルバカーキでも謎の発光体群が目撃されていた。
目撃者によれば,突如として飛来した発光体群に目を奪われ,良く見てみると発光体はそれぞれが独立しているのではなく,V字型の大きな機体に付いているライトであることがわかった。
その機体は胴体の無い翼だけのV字型をした飛行機で,高速で頭上を通過したという。これはラボックの牧場主の妻が目撃した謎の全翼機と全く同じであると考えられる。
ルッペルト大尉の調査によれば,同様の目撃事件はノースダコタ州のファーゴ,ノースカロライナ州のグリービル,カリフォルニア州のランドル空軍基地とベイカーズフィールドでも同様の形をした全翼機が目撃されている。
この謎の光るライトが付いた全翼機は,軍のレーダーにも映っていたようで,8月26日の早朝にワシントン州の防空レーダー基地でも補捉されていた。このレーダーでは,時速900マイルで北西に向かって飛行する未確認飛行物体を6分間にわたって観測したという。
これを受けて,F-86戦闘機がスクランブル発進したが,現場の上空に到達した時は既に飛行物体は消えていた。ルッペルト大尉は,レーダーで捉えられたものが未確認飛行物体であると思ったが,軍の判断は「特殊な気象現象」であるという公式見解を発表し,「この気象現象は国防上の脅威を与えるものではない」と公式発表された。
様々な場所での調査で,ルッペルト大尉はラボックライト事件での謎の全翼機や各地で目撃された全翼機は同じ未確認飛行物体だと確信していたが,軍人である彼は軍の公式発表に従うしかなく,その後のマスコミによるルッペルト大尉へのインタビューでは,ラボックライト事件を「蛾の大群が街灯に照らされて写ったものである」と証言していた。
この光るライトを付けた巨大なV字型の全翼機の目撃事件は,気象現象と蛾の群れを誤認したことによる集団幻覚という幕引きで終わって騒動は沈静化した。しかし,この調査の何処が科学的な検証した結果なのだろうか?
こうした公式発表で一般大衆の多くは目撃事件についての興味が失せていったが,UFO研究家やオカルト研究家などからは批判や再調査すべきだ…という意見が相次いだ。その後,ルッペルト大尉は「未確認飛行物体に関する報告」を出した。
これは日本語訳が開成出版から発売されているものだが,これによれば,自らが詳細な聞き込み調査を行ったのとは対照的に,軍の上層部からの意向が働き,あっけないほど簡単に最終結論が導き出された経緯が記されている。
この文面からはルッペルト大尉自身が最終結論に全く納得していないことが伝わってくる。その後の改訂版には,軍が公式発表した真相「気象現象と街灯に照らされた蛾の群れを誤認した」という最終結論が追加されている。
この本を出した後,ルッペルト大尉は突然の心臓発作で37歳という若さで亡くなった。UFO研究家の間では当局による暗殺説が言われている。
ルッペルト氏が大きな疑念を残しながらも最終的に「街灯に照らされた蛾の大群の誤認である」ということを書かざるを得なかったことは明白である。
だが,そして,軍が「気温の逆転現象」もあったと発表しようが,ラボックライトと周辺地域やアメリカ各地で目撃された巨大な全翼機の正体は異星人のUFOである。異星人といっても遥か彼方から飛来している存在ではない。
彼らは我々と同じような太陽系内に住む人間である。この頃から情報操作のプロ集団(NSA)が存在し,偽情報をマスコミやUFO研究家にリークして大衆を撹乱してきたのだ。
だから,心理学に基づいた情報操作を行い,それが効を奏している。今や多くの大衆が「UFOなどインチキだ!」と思わせるような撹乱が行われてきた。
約60年前のラボックライトと1997年のフェニックスライトのUFOは両方とも確かにV字型なのだが,実は形が少し違う。形が大きく異なるのではなくV字型の角度が少し違うのである。ラボックライトのUFOは約90度の角度で,ドチラかと言えばL字型に近い。
一方のフェニックスライトでは鋭角なV字型をしており,ライトの数も大幅に異なる。写真ではラボックライトのUFOはライトの数が22個であるが,フェニックスライトのUFOは5〜7個という数だった。
これらの2つの形を合わせると,ナント!フリーメーソンのシンボルマークと酷似している。このことから,2つのUFOは地球製ではないかと主張するUFO研究家もいるが,果たして1951年にあれだけ無音で飛ぶ巨大な全翼機を米軍が造れたかどうかである。
この2種類のUFOを製造している人たちは,遥か古代に設立された秘密結社フリーメーソンであり「真のフリーメーソン」である。現代のような世界中に支部を持つフリーメーソンではない。
彼らはノアの大洪水が起きる前の時代まで地球上に住んでいた人たちである。彼らが再び地上に帰還するために龍脈などのレイラインや地上の状態を調査に来ている。
彼らは,古代の物語に記された天空の城「ラピュタ」のような「宇宙を航行できる要塞都市」に住む人たちであり,かつて絶対神エロヒムによって空に登った預言者エノクに率いられた民の末裔も含んでいる可能性が高いのだ。
「エノクは365年生きた。エノクは神と共に歩み,神が取られたのでいなくなった:創世記第5章23〜24節」
「信仰によって,エノクは死を経験しないように,天に移されました。神が彼を移されたので,見えなくなったのです:ヘブライ人への手紙第11章5節」
「天使たちが出てきてエノクを連れ去り,上の天に上げた:エノク書第18章」「かの男たちが私を呼び,翼に私を乗せて飛翔させた:エノク書第3章」

徒然ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/beautyhappinesshide






それでもアセンションは進む
現在のところ、太陽はもとより地球自身、そして動植物・鉱物など自然界のアセンションは、全体の工程のほぼ中盤にさしかかっています。地上の人類だけが遅れに遅れているわけですが、それでも例えば過去10年間の、人々の意識の変化を否定できる人はいないでしょう。この社会で、かつては考えられなかったような選択が、選挙や仕事や消費などについて、次々と行われるのはそのためです。また、人類のアセンションが現に進展していることの、もっと明白な証拠もあります。知らないうちに、肉体の変化も進行しているのです。
1950年代に、普通は2本鎖であるはずのDNAの螺旋構造に、第3の鎖があるケースが発見され、当初これは、初めて人間が創られた頃の原始的な遺伝要素の残骸だと推定されました。しかし1980年代になって、この判断に疑いが出てきました。多数の遺伝学者が、元々の2重螺旋に囲まれた4つの塩基対へ、問題の第3鎖がきちんとつながり始めていることを確認したからです。それだけでなく、第3鎖によって活性化した遺伝子は、驚くべき特性を発揮することがわかりました。
活性化した第3鎖を持つ幼児は、驚異的な知性とテレパシーなどの霊的能力を併せ持っていることがわかったのです。初めは、このような幼児は多くありませんでしたが、1990年代になると、世界的に多数見られるようになりました。その後、大人にも、塩基対につながる前段階の第3鎖を持つケースが世界的に出現し始めました。1995年に、メキシコシティーで密かに開かれた遺伝学者の会議では、もっと研究が進むまでこの事実を封印することが議論されたのです。彼らは、本質を読み取ることができず、何か恐ろしいことが起こる前兆ではないかと考えている者が少なくないようです。

アセンション・オンゴーイング
http://homepage3.nifty.com/gaia-as/
http://homepage3.nifty.com/gaia-as/ongoing2.html
posted by datasea at 00:00| Comment(0) | % ET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする