2020年04月08日

佐橋慶女: 食養生の知恵・豆類〜おばあさんの薬箱

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佐橋慶女: 食養生の知恵・豆類〜おばあさんの薬箱
おばあさんの薬箱
■伝統食の知恵
食事とは本来何かという事を皆様と一緒に考えていきたいのです。そしてその上でこの薬箱を参考にして頂きたいのです。薬箱と言ってもその引き出しには薬ばかり入っていないで,生活が,日本人の知恵が入っているのですから。
養生とは病気の手当てをする意味と,生命を保ち健康な暮らしを測るという二つの意味があります。「食養生」とは賢い食事をすることで二つ目の意味の生き方をすることです。私が成人するまで母から聞いた生活の中の諺はいくつかあるのでしょうか。とにかく私の母は何かにつけ諺で諭すのでした。
「薬より普段の食事養生」
これは母が食事の度に言っていたことで,「ニンジンが嫌い」「トマトが嫌い」という私たちをいつも諭しながら結局は母が盛り付けた分を母の意のままに全部食べさせたんです。母は一人一人に盛りつけた食事を子供たちが残すことは大層嫌いました。どうしてこんなにうるさくしつけるのかと思うほどで,それは信念ともいえるものでした。
母は全員揃って食事の前に四方拝をし,親子揃って仏前にお参りをしてから食卓に着くのが習わしでした。そして食卓につくと父がお箸を取って,皆もお箸を両手に揃えて「本当に生きんがために今この食をいただきます。与えられた天地の恵みを感謝して祖先に感謝します」と全員唱和するのでした。
〜当時のこととてラジオのある家は少なく,相撲放送,講談,浪花節,落語などを聞きに村の人々が来て座敷がそれなりのサロンとなっていたのは覚えています。今思い出してみてもああいう雰囲気や暮らしはいいものがあったと思うのです。そしてそういう集まりのある時父は決まって「まずはお茶でも一服」とお抹茶をたてて村の人たちをもてなすのでした。私の家の暮らし向きはこんな具合でしたが,実は私の家の父方が肺病の兄と母方が内臓のガン系統で私は小さい頃から体が弱く毎学年何週間も病気で休んだり,母は産後の調子が悪かったりと医者とは縁が切れません。そんな家系や家族の健康を考えた母は「薬屋にまわすお金を肉屋に回せ」という主義で努力してこれを実行していたように思います。ですから当時どこの家もそうだったように医者の通帳があって,富山の薬屋さんの紙袋がありましたが,病気でもこれは専門家が必要だ,薬の必要だと判断するまで母はあまり薬を飲ませなかったようです。「まず薬を」という考えは母にはなかったようです。
■食養生
食養生とは何か。
一口に言えば字のごとく食事による養生です。
初めに申しました二つ目の意味で,毎日食事を偏りなくバランスよく摂りその人の健康の最上の状態に保つことなんです。
一食10種3回食べるから一日30種。少なくとも20種をバランスよく食べることです。
食品は皆カロリーと栄養分を待っています。
栄養分の中には養生的な力,薬効的な成分が含まれます。それを上手に使うのです。
この本で紹介する食養生の数々は日本各地の家に伝わるものです。漢方の基本姿勢,思想,知識を日本風に玩味して咀嚼して女たちは実行してきたわけです。漢方的な食養生の原則は
1.身土不二
2.食動平衡
3.一物全体食
4.食物配合
の4つ。
身土不二とは人の生活は自然でなければならないということ言ったものです。この法則を後の三つとも関連して非常に応用範囲が広く含蓄のあるものですからぜひ基本姿勢として取得して欲しいのです。
食動平衡とは朝は3,昼は2,夜は1。活動に備えた朝は王のごとくたっぷりと10分目。昼は王子のごとく朝よりやや控えめの9分目。そして夜は休息の時間ですから貧者のごとく8分目。そして年齢が上になるにしたがって朝9昼8夜7と一部ずつ少なくしていくことです。朝の果物を金とすれば昼は銀,夜は銅の値打ち。食と動がバランスをとった生き方です。
一物全体食も文字通り。無駄にすることなく全部使いましょう。大根の葉も皮も魚の骨も上手に骨せんべいにして活用しましょう。仏教の教えからすれば,生物を食糧とする人間の業としてはそれが供養でもあります。
食物配合も文字通りです。
次代の日本を背負っていく子供たちにこの食養生の基本ルールを正しく伝え,少なくとも毎日の食生活に実行していく。お母さん方の美味しく,健康によく,見た目に楽しい食べるコツと知恵と技,心と思いやりがほしいものです。
私は「伝統塾」を主催していますので全国の知恵のあるおばあさん・おじいさんを辻聞き書きしたり,聞いたりしたことを辻説法をして次世代に伝えています。また本にして生き方考え方を教え技心を伝承していくことに生きがいを感じています。それは 無上の幸せであって喜びと楽しさです。
私たちが生きるる現代など粟粒のようなものです。
そして人間は家族単位でこれからも命を伝え,健康を伝えていく。精神も肉体も健康に存在しなければなりません 。
ーおばあさんの薬箱,講談社+α文庫,佐橋慶女,1995,

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■大豆
・豆腐とわかめの味噌汁
味噌汁に豆腐とわかめを入れるのは豆の毒性をわかめを組み合わせることによって弱めていると言われます。また椎茸・えのき茸・しめじなどきのこ類を加えた味噌汁の場合はきのこの香りが食欲を刺激して,おまけにコレステロールを抑えて有害物質の生成を低くしたり,胆汁酸の分泌を促し胆汁酸の分泌を促すなど薬理効果があります。
食事とは口と腹を満たして栄養を取ることのほかにこういう養生をするわけで,私がことあるごとに「食は養生です」という意味はそこにあります。
大豆は不老長寿の保険食であって,タンパク食品の少なかった昔から煮たり加工したり様々な形で重宝されてきましたが,最近になって太りすぎの人・コレステロールなど気にする人・血圧を気にする人などにも見直されて,アメリカでも豆腐の人気・普及の速さは凄まじく,今では健康食として重宝されています。また牛乳より長所の多い豆乳がよく飲まれるようになりました。
この大豆も豆だけを煮て使うよりも他のものを加えて用いると良いのです。古い家では黒豆も小豆もごぼうと一緒に煮ます。その他に人参・たけのこ・こんにゃく・れんこん・昆布をよく入れますし,海藻類はよく合っておいしいもの。これには功まぬ配剤の妙があるわけなのです。
大豆は薬用にも用いられますが豆類の持つサポニンという多糖体成分が血管凝固作用をするので,海藻類を加えて調理をすると昆布のアルギン酸がサポニンの特性を抑えるものだということです。
お惣菜の姿にも深い知恵があるというもので,互いの素材の持つ特性を取り合せによって相乗効果を良くしたり,どうして考えたかわからない組み合わせの効果がここにもあります。
・おでん鍋や湯豆腐
昆布を入れるのは毒性の相殺であって,同時に煮炊きを促進して早く柔らかくする効果があります。
おでん鍋の昆布も湯豆腐の場合も出汁をとるという普通の狙いの他にそういうことが考えられてのことらしいですし,湯豆腐に削り節・ねぎ・昆布を組み合わせるのも妙味といえます。魚を煮る時の昆布敷もそんな効果を狙ったものだなのでしょうか。また一説には海藻アルギン酸はカドミウムが骨について沈着するのを防ぐと思うのも聞きました。
■黒豆
・黒豆の煎じ汁
大豆の仲間黒豆を松葉と南天の葉で煎じた汁が咳喘息などのどの症状によく効きます。
私の母もこの黒豆の煎じ汁を常用して療養していましたが,よく効き,咳・たんの出が軽くなって医者をびっくりさせたものです。生薬・漢方薬は西洋医学が及ばないもの持っていることを母の療養生活から知って今更ながら驚くのです。
ついでに申し上げると,砂糖お湯におろししょうがを加えて飲ませたり,水飴に大根・かぶ・キンカンを漬けたものや,夏に作って冷凍しておいたヘチマ水を薄めて飲ませて咳や痰を切って貧血を軽くし熱を下げます。
足に刷り込めば足を冷えから守ったり,ヘチマの種を黒焼きにしてすり鉢ですってその粉を白湯で飲ませて咳喉,口腔内のただれ,痛みを取ったり,それは色々と母の指示に従って私はを学びました。
鳥獣の肉による中毒にも黒豆と甘草を合わせて煎じて飲むと良かったり,酒の二日酔いに効き目がありますし,吐き気や食あたりには黒豆の煮汁を飲むと早く吐いて後はすっきりします。産後の養生をして乳の出を良くするためにも黒豆は大いに活用応用したいものです。
タンパク質は大豆が一番たくさん含んでいますが,黒豆小豆もそれぞれタンパク質やビタミンB1,B2を豊富に含んでいて大豆より消化の良いデンプンが多く健康に良い働きを持っています。
・黒豆汁粉
黒豆はリュウマチ・水腫・アレルギー体質・薬物中毒・心臓病・胃潰瘍・感冒・不感症によく,喉咳に良いのですが,ここで黒豆汁粉の作り方を紹介しましょう。
黒豆と小豆を各150g,これに黒ゴマを5g用意してそれをそれぞれよく煎ってください。芯が通ったらすり鉢に一緒にしてすります。ミキサーで挽いても良い。この粉末1/2カップに水1カップ,黒砂糖を加えて煮立てると大変美味しいもので,体力の回復に効果があります。片栗粉などでとろりとさせるとなおよろしいですからお試しください。
黒豆にはこんな使い方もあるのです。黒豆は食欲を増進させ,強心,疲労回復に効果があって脚気,腎臓病のむくみ,産後の腎炎,便秘を治し利尿,浄血に良く糖尿病や整調に良いのです。
■小豆
・小豆飯
おばあさん達が毎月1日と15日には小豆飯を食べていたというのも白米に不足しがちなビタミン・ミネラルを補うという知恵が働いたのでしょう。
小豆はコレステロール値を下げるので動脈硬化・心臓病・高血圧・糖尿病・肥満症・貧血・胃腸障害など多くの病気に効果があります。
ーおばあさんの薬箱,講談社+α文庫,佐橋慶女,1995,

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Wayne Biddle: ウイルスの基礎知識, インフルエンザとの格闘の歴史

Wayne Biddle: ウイルスの基礎知識, インフルエンザとの格闘の歴史
■ウイルスとは
ウィルスはアリやミツバチなどと共に様々な災いをもたらす自然の一部と見なされてきた。今はそれは放射能に加えて人類がお互いを故意に傷つけ合うための天然の手段と化している。兵器としての使用はそれまでにも全くなかったわけではないが,2001年のバイオテロではそれが少なくとも心理的には大掛かりな様相を呈し,そのために我々は従来よりも邪悪な企てによりウイルスに遭遇する可能性を考えるようになった。単純に不運によりウイルスに遭遇するよりも意図的に狙われる方が脅威なのである。もちろんウイルス自体は変化していない。兵器化されるおそれのあるごく一部のウイルスは医学的処置に抵抗し得ないし,人間自身の免疫システムも依然として有効である。
我々は常に人間よりも桁外れに数の多い微生物の海の中で生きてきたし,これからもそれは変わらない。そのほとんどは無害であって,有益なものさえある。実際のところを我々は微生物に依存しているといえる。しかし現代ではある種の最悪のウイルスが邪悪な意図により我々に差し向けられる懸念がある。
これにはどのように対処すべきであろうか?富裕な国々なら巨額の資金を投じて公衆衛生システム,疾患監視や日常の警察業務を強化したり,ワクチンや抗生物質の備蓄を積み持ちしたりすることが考えられる。経済的にこうした対応ができない地域,はっきり言えば世界の殆どは相変わらずはるかに日常的な医療上の問題,例えば衛生設備の不備,医薬品の欠乏,医者の不在といった問題にそれどころではないのであろう。この本を買って読むことができるような方には悪意による感染を目的とする微生物はテロが発生するような状況下においてさえ依然として非日常的な存在である。したがってここでは心配するだけの価値のある情報を取捨選択して無用のパニックにより利益を得る者たちの餌とならないようにすべきである。まず基本的な事柄に立ち返ってみると良いだろう。
黴菌(Germ)と言うと悪口めいて聞こえるが,この言葉はもともと「萌芽」を意味するラテン語から来たものであって,正確な科学用語ではない。ここで問題としている顕微鏡的な微生物ほとんどがバクテリア(細菌)とウイルスである。
細菌は単細胞の寄生生物体であって,とめどなく宿主の肉体を犯して病気を引き起こすか,強力な毒素を放出する。ウイルスはそれ自体は不活性なくせに宿主の代謝を侵害するいやらしい能力を持っている。
■インフルエンザ
インフルエンザ(influenza)は世界中の人々がかかる病気で,一般的には単にひどく悪性の風邪と知られている。インフルエンザは肺炎を起こす場合があって,とりわけ老人や栄養不良,慢性肺疾患/心疾患で弱っている人には危険である。インフルエンザの原因ウイルスは驚くほど変異しやすいために,ワクチン製造会社は毎年イチかバチかの賭けを強いられている。通常さほど心配することはないのであるがそれでもこのウイルスにはものすごい災厄をもたらす力が潜んでいる。
普通の年でさえ米国で 2500〜5000万人がインフルエンザにかかって,1〜4万人が死んでいるのである。インフルエンザによる肺炎はアメリカ人の死亡原因の第6位を占める。
インフルエンザの病原体はウイルスの水準からすれば小さくて複雑な構造をしている。タンパク質と脂質の薄い層に保護された表面がザラザラの球体をなし,その中に遺伝物質として動物の染色体に良く似た長い螺旋状の鎖を持っている。その球体は表面に700個以上もあるタンパク質の突起を使って宿主を襲うのだが,抗原と呼ばれるそのタンパク質は赤血球細胞と溶け合うようにしてその幕を突破する。
ウイルスが増殖するには遺伝物質の鎖がほどける必要があるが,その過程で子孫を死なせるかと思えば,次世代の能力を高めるなどの様々な「エラー」が生ずる。ヒトの免疫系抗体はタンパク質の突起に立ち向かっていくのであるが,ウイルスの抗原の方は時間の経過によって移動標的のように変化して,つまり変異することができる。従って人はインフルエンザウイルスの一つの品種との勝負に勝っても,部分的に変化した相手からは再試合を挑まれることになるのである。
「不連続的抗原変異」という大きな変化の結果,特に強力な新変異株がどこかに現れるとそれは急速に世界中に拡がる。これは病床にある患者等はもとより研究者にとっても苛立たしいシナリオである。
■インフルエンザの歴史
インフルエンザの流行は人類の歴史と同じくらい古くからあったが,症状が発熱・疲労・咳・くしゃみなどごく一般的なものなので,歴史をたどるのは難しい。ちなみに一般に信じられているものに反してインフルエンザウイルスが腸に病気を起こすことはなく「腸インフルエンザ」という名称は誤っている。
紀元前430年にアテネで流行したわけのわからない猛烈な流行病の原因として病原性の高いインフルエンザが考えられる。
16世紀に猛烈なインフルエンザが発生したことは明らかで,その証拠に1580年にアフリカとヨーロッパ全土に広がった大流行の最初の記録が残されている。
1647年には北アメリカでインフルエンザが記録されてその流行はカリブ海からニューイングランドまで北上して数千人を死亡させた。この病気は「流行り風邪」「空騒ぎ」「新顔」など俗称で呼ばれていたが,1732〜1733年にアメリカ植民地で流行が起こった時にジョン・ハクザムというイギリス人医師が初めて「インフルエンザ」という言葉を導入した。これはイタリアに古くからある言葉で,悪寒・咳・発熱を占星術でいう星の「影響(Influence )」と結びつけたものである。
インフルエンザはどの時代にも多くの生命を奪ってきたにも関わらず,何世紀もの間医学会が本気で注目するには至らなかったのは,はるかに激症の病気が他にあったからである。この状況を一変させたのは1918〜1919年にかけて流行した「スペイン風邪」で,これは近代欧米社会の直面したものとしては,どの前から見ても20世紀最悪かつ致命的であった。いうまでもなくスペイン人はこの言葉を好まなかった。しかもこの流行が実際にはスペインではなくアメリカから始まったのだから尚更だ。
控えめに見積もっても世界中で死者数が約2100万人,患者数は10億人にのぼった。インドでは少なくとも1200万人が死んだ。アメリカでの死者の確かな数は55万人である。1918年の冬の間,アメリカの労働者の20人に1人が病床についていた。アメリカ軍の1/5そして一般市民の28%かインフルエンザにかかった。1918年秋にはニューヨークで2万人以上が死んだ。ウイルスは都市住民を殺すだけでは満足しなかった。アラスカのイヌイット民族のそんらくが一掃されて,サモアでは住民の20%を失った。
医師たちにしてもどうしてこのような大災難が起こっているのか,それを避けるために人々に何と助言するのすれば良いのか全くわからなかった。
インフルエンザウイルスそのものは1901年にニワトリから分離され いたのだが,インフルエンザの原因ウイルスとして認識されるのは1915年のことであった。
1919年以降インフルエンザには周期的な波があって,1968〜1969年には香港インフルエンザで約7万人のアメリカが死亡した。我々は今(2009)のところおそらく大きな波に続く大きな谷間にいるのであろう。
スペイン風邪という災難をきっかけに科学界も自己満足にふけっているわけにはいかなくなって様々な研究に着手した。1931年にブタの鼻汁からインフルエンザウィルスが分離され「豚ザインフルエンザ」という言葉が生まれ,1918〜1919年にブタがヒトからインフルエンザをうつされたという,獣医たちの確信を裏付ける形となった。実際豚インフルエンザのウイルスはヒトのウイルスとは近い関係にあったのであるが,あの大流行を引き起こしたスペイン風邪の原因が何だったのか,血液のサンプルが保存されなかったためにもう誰にも知る術がない。
いわゆるインフルエンザAウイルスは現在最も一般的なものであって,1933年に感染した人々の喉から発見された。さらにインフルエンザ B が1940年に,比較的珍しいインフルエンザ C が1947年に発見された。これら三つが基本的なインフルエンザウィルスで,その変異体は B香港,Aニュージャージー,Aバンコクなど一般的にはそれぞれが最初に流行を起こした場所の名前で呼ばれている。
1918年以降,インフルエンザAは1957年と1968年は2回連続的抗原変異を起こした。
新しいウイルスの自然界の餌場はおそらくブタと水鳥ーカモやカモメであって,それらが糞を介してヒトを含めた他の生物に周期的にウィルスを伝染すのである。1980年にはインフルエンザAがアザラシの間で流行して,それらを助けようと世話をした人々が結膜炎にかかった。インフルエンザを確実に防ぐ方法はないし,かかってしまえば有効な薬もない以上,ワクチンだけが唯一の医学的な防衛手段である。毎年次の冬にはどの種類のインフルエンザが優勢になるのか情報を集めた上で予測することになる。例えばアメリカの疾病管理センターは1994年3月,世界中の120箇所の研究所から集めた1500のインフルエンザウィルスの標本を研究して,1994〜1995年に流行が予測される三つの株からワクチンを作ることにした。AテキサスとBパナマとA山東(1993年からA北京の代わりである)。重大な合併症を起こす危険がある人々のために7000万人分のワクチンが四つの製薬会社によって製造された。
こうしたウイルスに対する免疫はワクチン接種後1〜2週間以内に出来上がる。ワクチンは殺したウイルスから作るので予防注射でインフルエンザにかかることはない。ただワクチン株の培養にはニワトリの卵を使うので,卵アレルギーの人はワクチン接種を避けるべきである。六十歳以上の人の場合,ワクチンによってインフルエンザにかかる罹患率は半減する。ワクチン接種してもインフルエンザにかかることはあるが,この場合は症状が軽くすむだろう。アメリカでは一度だけ国民全体にワクチンを接種して流行を防ごうという壮大な計画に乗り出したことがある。それは「1976年の大失敗」と言われるジェラルド・フォード大統領の豚インフルエンザ対抗作戦であった。フォードはアメリカ国民に対して1918〜1919年型のウイルスが戻ってくると語り,予防接種を推進する活動のために1億3500万ドルを支出する法案をに署名した。しかしワクチンは結局全人口の1/4に届いただけであった。この計画はラルフ・ネーダーやアルバート・セービンなど大勢の著名人から批判を受けたばかりではなく,まれに麻痺を起こすギランバレー症候群の患者がワクチン接種者の間で通常の10倍の高い確率で現れたために達成に挫折したのであった。さいわいインフルエンザの流行は拡がらずに済んだ。連邦政府は結局損害賠償金として約9300万ドルを支払い裁判所を通じて製造責任という波紋を医学界に投げかけた。そのためアメリカの医薬品業界はいかなるワクチンの製造も意欲を削がれることになってしまった。ついでながらインフルエンザウイルスは乾いた粘膜の中で何時間も生き続ける
ーウイルスたちの秘められた生活〜決定版ウイルス百科,角川文庫,Wayne Biddle,2009年

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posted by datasea at 06:26| Comment(0) | H 医師健康オタク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする