佐橋慶女: 食養生の知恵・豆類〜おばあさんの薬箱
おばあさんの薬箱
■伝統食の知恵
食事とは本来何かという事を皆様と一緒に考えていきたいのです。そしてその上でこの薬箱を参考にして頂きたいのです。薬箱と言ってもその引き出しには薬ばかり入っていないで,生活が,日本人の知恵が入っているのですから。
養生とは病気の手当てをする意味と,生命を保ち健康な暮らしを測るという二つの意味があります。「食養生」とは賢い食事をすることで二つ目の意味の生き方をすることです。私が成人するまで母から聞いた生活の中の諺はいくつかあるのでしょうか。とにかく私の母は何かにつけ諺で諭すのでした。
「薬より普段の食事養生」
これは母が食事の度に言っていたことで,「ニンジンが嫌い」「トマトが嫌い」という私たちをいつも諭しながら結局は母が盛り付けた分を母の意のままに全部食べさせたんです。母は一人一人に盛りつけた食事を子供たちが残すことは大層嫌いました。どうしてこんなにうるさくしつけるのかと思うほどで,それは信念ともいえるものでした。
母は全員揃って食事の前に四方拝をし,親子揃って仏前にお参りをしてから食卓に着くのが習わしでした。そして食卓につくと父がお箸を取って,皆もお箸を両手に揃えて「本当に生きんがために今この食をいただきます。与えられた天地の恵みを感謝して祖先に感謝します」と全員唱和するのでした。
〜当時のこととてラジオのある家は少なく,相撲放送,講談,浪花節,落語などを聞きに村の人々が来て座敷がそれなりのサロンとなっていたのは覚えています。今思い出してみてもああいう雰囲気や暮らしはいいものがあったと思うのです。そしてそういう集まりのある時父は決まって「まずはお茶でも一服」とお抹茶をたてて村の人たちをもてなすのでした。私の家の暮らし向きはこんな具合でしたが,実は私の家の父方が肺病の兄と母方が内臓のガン系統で私は小さい頃から体が弱く毎学年何週間も病気で休んだり,母は産後の調子が悪かったりと医者とは縁が切れません。そんな家系や家族の健康を考えた母は「薬屋にまわすお金を肉屋に回せ」という主義で努力してこれを実行していたように思います。ですから当時どこの家もそうだったように医者の通帳があって,富山の薬屋さんの紙袋がありましたが,病気でもこれは専門家が必要だ,薬の必要だと判断するまで母はあまり薬を飲ませなかったようです。「まず薬を」という考えは母にはなかったようです。
■食養生
食養生とは何か。
一口に言えば字のごとく食事による養生です。
初めに申しました二つ目の意味で,毎日食事を偏りなくバランスよく摂りその人の健康の最上の状態に保つことなんです。
一食10種3回食べるから一日30種。少なくとも20種をバランスよく食べることです。
食品は皆カロリーと栄養分を待っています。
栄養分の中には養生的な力,薬効的な成分が含まれます。それを上手に使うのです。
この本で紹介する食養生の数々は日本各地の家に伝わるものです。漢方の基本姿勢,思想,知識を日本風に玩味して咀嚼して女たちは実行してきたわけです。漢方的な食養生の原則は
1.身土不二
2.食動平衡
3.一物全体食
4.食物配合
の4つ。
身土不二とは人の生活は自然でなければならないということ言ったものです。この法則を後の三つとも関連して非常に応用範囲が広く含蓄のあるものですからぜひ基本姿勢として取得して欲しいのです。
食動平衡とは朝は3,昼は2,夜は1。活動に備えた朝は王のごとくたっぷりと10分目。昼は王子のごとく朝よりやや控えめの9分目。そして夜は休息の時間ですから貧者のごとく8分目。そして年齢が上になるにしたがって朝9昼8夜7と一部ずつ少なくしていくことです。朝の果物を金とすれば昼は銀,夜は銅の値打ち。食と動がバランスをとった生き方です。
一物全体食も文字通り。無駄にすることなく全部使いましょう。大根の葉も皮も魚の骨も上手に骨せんべいにして活用しましょう。仏教の教えからすれば,生物を食糧とする人間の業としてはそれが供養でもあります。
食物配合も文字通りです。
次代の日本を背負っていく子供たちにこの食養生の基本ルールを正しく伝え,少なくとも毎日の食生活に実行していく。お母さん方の美味しく,健康によく,見た目に楽しい食べるコツと知恵と技,心と思いやりがほしいものです。
私は「伝統塾」を主催していますので全国の知恵のあるおばあさん・おじいさんを辻聞き書きしたり,聞いたりしたことを辻説法をして次世代に伝えています。また本にして生き方考え方を教え技心を伝承していくことに生きがいを感じています。それは 無上の幸せであって喜びと楽しさです。
私たちが生きるる現代など粟粒のようなものです。
そして人間は家族単位でこれからも命を伝え,健康を伝えていく。精神も肉体も健康に存在しなければなりません 。
ーおばあさんの薬箱,講談社+α文庫,佐橋慶女,1995,
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■大豆
・豆腐とわかめの味噌汁
味噌汁に豆腐とわかめを入れるのは豆の毒性をわかめを組み合わせることによって弱めていると言われます。また椎茸・えのき茸・しめじなどきのこ類を加えた味噌汁の場合はきのこの香りが食欲を刺激して,おまけにコレステロールを抑えて有害物質の生成を低くしたり,胆汁酸の分泌を促し胆汁酸の分泌を促すなど薬理効果があります。
食事とは口と腹を満たして栄養を取ることのほかにこういう養生をするわけで,私がことあるごとに「食は養生です」という意味はそこにあります。
大豆は不老長寿の保険食であって,タンパク食品の少なかった昔から煮たり加工したり様々な形で重宝されてきましたが,最近になって太りすぎの人・コレステロールなど気にする人・血圧を気にする人などにも見直されて,アメリカでも豆腐の人気・普及の速さは凄まじく,今では健康食として重宝されています。また牛乳より長所の多い豆乳がよく飲まれるようになりました。
この大豆も豆だけを煮て使うよりも他のものを加えて用いると良いのです。古い家では黒豆も小豆もごぼうと一緒に煮ます。その他に人参・たけのこ・こんにゃく・れんこん・昆布をよく入れますし,海藻類はよく合っておいしいもの。これには功まぬ配剤の妙があるわけなのです。
大豆は薬用にも用いられますが豆類の持つサポニンという多糖体成分が血管凝固作用をするので,海藻類を加えて調理をすると昆布のアルギン酸がサポニンの特性を抑えるものだということです。
お惣菜の姿にも深い知恵があるというもので,互いの素材の持つ特性を取り合せによって相乗効果を良くしたり,どうして考えたかわからない組み合わせの効果がここにもあります。
・おでん鍋や湯豆腐
昆布を入れるのは毒性の相殺であって,同時に煮炊きを促進して早く柔らかくする効果があります。
おでん鍋の昆布も湯豆腐の場合も出汁をとるという普通の狙いの他にそういうことが考えられてのことらしいですし,湯豆腐に削り節・ねぎ・昆布を組み合わせるのも妙味といえます。魚を煮る時の昆布敷もそんな効果を狙ったものだなのでしょうか。また一説には海藻アルギン酸はカドミウムが骨について沈着するのを防ぐと思うのも聞きました。
■黒豆
・黒豆の煎じ汁
大豆の仲間黒豆を松葉と南天の葉で煎じた汁が咳喘息などのどの症状によく効きます。
私の母もこの黒豆の煎じ汁を常用して療養していましたが,よく効き,咳・たんの出が軽くなって医者をびっくりさせたものです。生薬・漢方薬は西洋医学が及ばないもの持っていることを母の療養生活から知って今更ながら驚くのです。
ついでに申し上げると,砂糖お湯におろししょうがを加えて飲ませたり,水飴に大根・かぶ・キンカンを漬けたものや,夏に作って冷凍しておいたヘチマ水を薄めて飲ませて咳や痰を切って貧血を軽くし熱を下げます。
足に刷り込めば足を冷えから守ったり,ヘチマの種を黒焼きにしてすり鉢ですってその粉を白湯で飲ませて咳喉,口腔内のただれ,痛みを取ったり,それは色々と母の指示に従って私はを学びました。
鳥獣の肉による中毒にも黒豆と甘草を合わせて煎じて飲むと良かったり,酒の二日酔いに効き目がありますし,吐き気や食あたりには黒豆の煮汁を飲むと早く吐いて後はすっきりします。産後の養生をして乳の出を良くするためにも黒豆は大いに活用応用したいものです。
タンパク質は大豆が一番たくさん含んでいますが,黒豆小豆もそれぞれタンパク質やビタミンB1,B2を豊富に含んでいて大豆より消化の良いデンプンが多く健康に良い働きを持っています。
・黒豆汁粉
黒豆はリュウマチ・水腫・アレルギー体質・薬物中毒・心臓病・胃潰瘍・感冒・不感症によく,喉咳に良いのですが,ここで黒豆汁粉の作り方を紹介しましょう。
黒豆と小豆を各150g,これに黒ゴマを5g用意してそれをそれぞれよく煎ってください。芯が通ったらすり鉢に一緒にしてすります。ミキサーで挽いても良い。この粉末1/2カップに水1カップ,黒砂糖を加えて煮立てると大変美味しいもので,体力の回復に効果があります。片栗粉などでとろりとさせるとなおよろしいですからお試しください。
黒豆にはこんな使い方もあるのです。黒豆は食欲を増進させ,強心,疲労回復に効果があって脚気,腎臓病のむくみ,産後の腎炎,便秘を治し利尿,浄血に良く糖尿病や整調に良いのです。
■小豆
・小豆飯
おばあさん達が毎月1日と15日には小豆飯を食べていたというのも白米に不足しがちなビタミン・ミネラルを補うという知恵が働いたのでしょう。
小豆はコレステロール値を下げるので動脈硬化・心臓病・高血圧・糖尿病・肥満症・貧血・胃腸障害など多くの病気に効果があります。
ーおばあさんの薬箱,講談社+α文庫,佐橋慶女,1995,
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