2019年12月18日

坂口成事: 納めの観音・冬至の挑戦

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坂口成事: 納めの観音・冬至の挑戦
坂口成事
2019.12
古代の日本人が遺した、納めの観音、冬至の挑戦と、私は雲に乗ってくるの真意。
微細な波動は、すり抜けますので、私に違和感を与えず、存在そのままの、心地よさが失われる事がありません。しかしながら、それだけでは、その存在そのもの(私は在る)に気づく機会は遠のきます。あなたは誰かの問いに答えたイエスの、私は在るものだの、私は在るとみるとは、観自在(観音、耳と口が同じと観る、666)という事であります。
話を戻しますと、ですから、人生では、ひっかかりがあり、違和感があり、ぶつかり合いがあり、悩み苦しみがあります。その息苦しさとは、孫悟空が挑戦した、天津金木(神算木、迦那木)と同じ81の苦難です。
この挑戦により、108の煩悩は81がひっくり返る(角力される)のですが、27(999)の愛(親妻子)の契り(三三九度)が残ります。それは、孫悟空が乗ってきた雲(きんとうん、角力斗雲)で表現されるのですが、その、ひっかかりがない水蒸気を雨とひっくり返す雲に、イエスも乗ってくると申しましたのは、同じ人生の苦難を味わうという意味です。さらに、999は、角力の一週間、祇園(シオン)祭の七の月)で、666の不動の視点面である一人子の自覚となるのです。終末(1999年七の月→666の一人子の気づき)という事です。この流れが、なぜ、弥勒の下生かと申しますと、時計の文字盤に、逆さに開らく369の生命の木花が、その挑戦だからです。
666の蕾が、369と開き始める、666→567→468→369
の、567である、56億7千万年という弥勒の下生のその数字は、木花咲耶の兆候を暗示しています。
明日は納めの観音であり、七の挑戦の初日です。
一番鳥が鳴く(冬至)までの三日間は、ペテロ(岩戸)のように、私は真理(キリスト)を知らないという姿勢で臨まなければなりません。坂口のような、自信を持っていてはいけないという事です。そうしますと、真理は素直には入ってきて、冬至三日後の復活となるのです。
写真は、いつも載せています岩戸観音の雲と、祖霊の木花咲耶姫が転生したと伝わる聖観音の像と、挑戦の弓矢(弓月)を持つ手が重なった所です。666は、耳と口が同じ聖観音を暗示しています。
ところで、西洋では、666の視点面(額の八咫鏡)は、悪魔を示しています。イエスの兄弟たちを迫害したローマが編纂した聖書にも、666の年を経た蛇(縄文)の悪魔という文言は都合が良かったため、残されたのですが、雲に乗ってくる(角力される)という逆転のキーワードがある事を、支配とは無縁の縄文人(鎮守の森の守屋人)や、初期のキリスト教徒を迫害して、都合のよい支配体制を造ってきた彼らは、聖書にある鍵に、気づく事はできなかったのです。

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大洪水が去った事を祝う、京の祇園祭ですが、七の月とは、冬至の一週間と同じく、七段階の禊ぎではありますが、新たな世の幕開け、籠目出たしの一666→一999の角力(1999→1666)の、本末転倒を終末する、明けましてお目出とう、という事です。
(1999の七の月)
ところが、ノアにとって、その禊ぎの失敗を知る事件が起きます。裸で寝ていたノアに、セムとヤフェトは服をかけたわけです。
私たちにとりましては、セムとヤフェトの行為は当然で常識的ではありますが、ノアにとりましては、アダムとエバが、裸を恥ずかしいとしていなかった時に、直らなければならなかったのです。それではなぜに、恥ずかしいと思わなかったハムと、その子の迦那安が呪われなければならなかったかと申しますと、ノアから、角力する役目、すなわち、厳しい禊ぎは、常識を転換していたハムしか、引き継ぐ事ができなかったからです。それでハムは、松(祭司)という厳しい試練を受けます。なぜ試練かは、神の願いを知れば、セムとヤフェトの子孫から殺されようとしましても、簡単に、返り討ちする事が躊躇されますので、この世界は、だんだんと、セムとヤフェトの子孫に支配されるからです。菊池や楠木の戦いのようにです。これが、聖書で謎とされる、意味不明なため避けられてきた、カナンは呪われ、奴隷となるというノアの慟哭の真意です。ですから、祭司である迦那人は、厳しい役目ではあるのです。
ところで、ノアの子孫の、ユダヤのアークのありかを探るために、学者を派遣していたと考えています、ロックフェア一財団は、その御曹司を、球磨郡須恵村に派遣しました。そこで、エンブリ一博士が驚きましたのは、裸を恥ずかしいとも思わない村人たちでした。また、彼らの暮らしは、助け合いの姿の何ものでもありませんでした。それは、つい近年まで、どこにもあった日本の原風景でした。アダムとエバのような、神成(ラィエデン)を見つけたのです。
その後、エンブリ一博士は、敗戦後の日本のGHQ統治(奴隷)の大幹部に、若くして抜擢されようとされましたが固辞され、アメリカでの日本人迫害を、日本人友好へと転換するために奔走されました。残念ながら、交通事故で、若くしてお亡くなりになられました。そのエンブリ一博士の事も知る、百歳間近だった、かって村長を勤めた義継は、隠されてきた、すえ阿蘇の迦那のお伽話を、小学生だった私に託し逝きました。エンブリ一博士が、驚き守ろうとなされた日本が、私たちにとりましては母国です。
そのハム(公、キとミ)としての自覚、君が代の実現に立つ時は今です。

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今のイスラエル周辺であるカナンを、漢字で示しますと迦那安となります。
那は、那人(うちゅうの烏と烏の中主のちゅら、烏土の生宮)である日本人の事ですが、迦は、世界の海を渡っていたフェニキア(フキア)人などの、大海人を示していると考えています。面白い事に、天上天下唯我独尊(イエスでは一人子)の、釈迦の釈迦族の迦でもありますが、斑鳩のバール神と同じ形です。
ところで、厩戸王といわれる聖徳太子も斑鳩ですが、厩戸王としましては、イエスと同じ呼び名となります。実際の所、イエスは、馬小屋で産まれたのではなく、洞窟で産まれているのですが、それは、日本語では産屋(うぶや)がウマヤという事になるのですが、神道では、産屋は天の岩戸となります。
迦那語は、人類の言語の元であるのですが、今の日本語とヘブライ語が似ている謎は、迦那語に最も近いからです。
話を戻しますと、この仏教とキリスト教の不思議な繋がりの謎は、聖書以前の超古代を生きた、日本の古神道(海幸彦、隼人、カタカムナの迦那人)の教えが元であるからです。その紫(藤)貝が好きなフキア(迦那人)の、筑紫と天竺も同じです。
オリンピックの五輪の名の元の五輪書を、宮本武蔵が記した所でもあり、日本国にとりまして重要でありますのは、天地開闢、日本の歴史を伝える、古今の歌詠みの修行が行われた所であるという事です。古今伝授の間は、同じ熊本の水前寺成趣園内にあります。
皆さん方は、お笑いになるのかも知れませんが、坂口は、洞窟の斜め上のヤマももの木で祈っていた母に宿り、岩戸山の通称では岩戸観音の、納めの観音(12月18日)に生まれました。この日から12月24日までの、太陽の復活(冬至前の3日と冬至と冬至後の三日)が始まります。
岩戸山から登った、河内芳野東門寺の、拝ヶ石巨石群の太陽の日の復活の日は、産屋に日を引き込む仕組みであり、面白い事に、迦那人の地(カナチ)を示す拝ヶ石巨石群と同じ光景が、ご両親が河内出身の藤森ペルー元大統領の国の、ペルーのマチュピチュにも同じ△イクムスビが出現いたします。
皆さんもご存じのナスカの地上絵も、ペルーのカワチ神殿の一部だと見ています。
今の世界宗教がまだなかった、超古代の祖先の歴史により、万教は一つだという事を知って、人類は、宗教間で争ってはなりませんね。

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坂口成事: 拝ヶ石巨石群/頂上石〜∞の交差点

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坂口成事: 拝ヶ石巨石群/頂上石〜∞の交差点
坂口成事
2019.12
木星がユダヤの王の星の真意は、行ったり(行基)、来たり(来常)、止まったり(不動)する動きにあります。
それは、∞の交差点、獅子と狛犬の羽の交差点、タカミムスビとカミムスビの交差点が、聞くもの(耳)と話すもの(口)が同じ心の支配者(王)である、あなたの意志です。意志がある事が人の尊厳であり、神の子の証明(王)である、聖という事です。それは同時に、私の中の宇宙と宇宙の中の私の2面×行基、来常、不動の3面の6面、それに顕幽神三界をかける666の面が八咫の鏡面であり、モーセの石板の合わせ鏡です。
また、△▽○のストーンサークルと、△▽□の比日密土に反射する曲玉の、二つの片仮名を合わせるユタ(豊)の、真名合わせ(マナセの壺△▽○△▽□)であります。また、天からの火雷剣、地からの草薙ぎ剣(ムラムラと湧き立つ天叢雲剣、草から飛び立つ雉馬)が、天地人と合わさるアロンの杖であります。その三種の神器が納められますのが、ユダヤのアークであるケルビムの羽の神輿という事です。
写真は、拝ヶ石巨石群の頂上の、NHKのスペシャル番組ではウルトラマン石と紹介された、不思議な磁力があるストーンサークルと、おむすび△石です。

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posted by datasea at 20:27| Comment(0) | # 遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする