2019年09月16日

[暦メモ] ティシュレの月/ユダヤ暦新年〜ユダヤ教の祭祀まとめ


ユダヤ教の暦と祭祀
2014/8/22(金) 午前 6:44
歴史のための基礎知識 ブログバトン
■ティシュレ
ティシュレの月が一年の始まりに当り、その1日と2日は新年(ローシュ・ハッシャーナー)に当ります。
この日に神が「生命の本」という帳面を開くとされていて、そこには天国もしくは最後の審判の後に現れる世界に招かれる運命にある総ての人間の名前が記されている、と信じられています。
ティシュレの月の10日が贖罪(しょくざい)の日(ヨーム・キップール)で、神に罪の許しを請う日とされ、水さえも飲まない厳しい断食を25時間続け、人によっては一日シナゴーグで祈りを捧げます。ユダヤ教徒にとって最も神聖な日で、彼らは神に大目に見てもらうため日頃の行いを反省し、正します。

Rain On Green
https://blogs.yahoo.co.jp/rintamom/







9月4日 良いお年を
2013/9/6(金) 午前 5:53 ユダヤのこと 練習用
ユダヤ暦では明日が新年、ということで午後からお店は閉まり始め、年末のそわそわした感じだけが街に残っています。
このところ「シャナトバ!」とよく人々が言い合っているのをよく耳にしており、
きっと「良いお年を」みたいな意味だろうなと実際に調べてみると、まさにその意味。
早速使ってみたくなり、カフェの店員さんに言ってみたら「シャナトバ!」と返ってきました。
年末のため人々が浮足立っているのもわかるのですが、久しぶりに腸が煮えくり返る思いをしました。
先週の金曜日に薬局でいくつか薬を注文したところ、
「日曜日にはそろっていると思う。届いたら電話をするから」と言われました。
そうは言っても、電話はなかなか来ないだろうし、予定通りに薬も届かないだろうと見越した私。
このような約束の多くがきちんと守られないということを、もうすでに知っています。
そして日曜日。電話も来ず、こちらからかけてみると
「まだ来てないの!」とのこと。案の定だ・・・。
翌日月曜日。
お店が早朝から開いているため、朝7時に電話すると
「まだ来ていないの!多分、午前中のうちにはくるから来たら連絡するね!」
近くで用事があり、店に顔をだすと
「まだなの!13時くらいには届くはず・・・」
でも、13時をすぎても一向に電話がこない。しびれを切らして、13時半に店にいくと、
ハッとした様子で店員が薬を注文する電話をかけ始めました。
「ドライバーが遅れてて・・・10分でくるはずだけど、どこか外で待ってる?来たら電話かけるから」
これには私も頭にきて、
「ずっと、ずっと待ってるんだけど!もうこの店内で待つことにする!!」
と伝え、腕組みをして待ちました。途中、店員が気を遣って、
「イスをどうぞ・・・」と差し出してくれたので、それに座って待ちました。
きっと、他のお客さんからは「感じの悪い客がいるなあ」と思われたことでしょう。
そして、担当の店員が
「このナディアに引き継ぐから。あとは彼女が対応するわね。シャナトバ!」と言って退社。
なんて責任感ないんだろう!とまた私は内心怒りました。40分ほど待ったものの、受け取ったのは注文した薬の一部で
結局全て受け取ることができたのが、今日、水曜日、年末ギリギリでした。
日本の薬局は絶対こんなことないなあ、日本を基準に考えたらやっぱりだめだなと、私もまだまだ読みが甘いなと感じた、年末の出来事。
シャナトバ!

ブジブログ
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9月10日 新聞より
2012/9/12(水) 午後 9:56
新聞記事より 練習用
本日のエルサレム・ポストより面白かった記事をいくつか。
「新年の準備を眺める少年たち」
嘆きの壁(ユダヤ教の聖地)では、訪れた人たちが壁のすきまにお祈りを書いた紙をねじ込むのですが、新年を迎えるにあたって、全て取り除いているのだとか。
私も4月に来た時に願を書いてねじこみました。この紙の処分方法が気になるところです。そのまま一般ごみとして処分されていたらどうしよう。
せめて、燃やしたりしてもらえれば願いが届きそうな気がするのですが。
ユダヤ教の新年は9月18日なので、今がちょうど年末。
ユダヤ暦、イスラム暦、西暦とここではそれぞれの暦で1年が回っています。
エルサレムは不思議。
エルサレム:最高気温28度、最低気温18度。
どうりで朝晩涼しいわけです。
ちなみに
死海地方:最高気温39度、最低気温28度。
暑すぎます。

ブジブログ
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Yahoo!
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GBCラジオ〜ヘブルカレンダー ティシュレの月
2017-09-25 05:59:04
テーマ:ラジオ番組
ー今日のGBCラジオ
聖書暦5778年 ティシュレの月
2017年9月21日〜10月20日
ティシュレの祝福
1. エフライム族の月です。
実り豊かな者となり、増加しましょう。
祝福が多くくる月です
創世記49:22に
ヨセフは実を結ぶ若枝、
泉のほとりの実を結ぶ若枝、
その枝は垣を越える。
創世記49:26
あなたの父の祝福は、
私の親たちの祝福にまさり、
永遠の丘のきわみにまで及ぶ。
これらがヨセフのかしらの上にあり、
その兄弟たちから選び出された者の
頭上にあるように。
2. 7月目です。
最も「愛しい」月です。
3.神の摂理が「始まり」を作り出す月。
4. 6ヶ月間の「反映する光」の期間の始まり。
イザヤ60:1-3
起きよ。光を放て。
あなたの光が来て、
主の栄光があなたの上に
輝いているからだ。
見よ。やみが地をおおい、
暗やみが諸国の民をおおっている。
しかし、あなたの上には主が輝き、
その栄光があなたの上に現れる。
国々はあなたの光のうちに歩み、
王たちはあなたの輝きに
照らされて歩む。
ヨハネ8:12
イエスはまた彼らに語って言われた。
「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」
5. ヘブル文字のlamed [ל]の月
6. リターンの月です。
7. てんびん座の月です。
8. 「タッチ」の月。
9. 胆嚢の月。
10. 苦々しさに注意しましょう。
ヘブル12:15
そのためには、
あなたがたはよく監督して、
だれも神の恵みから
落ちる者がないように、
また、苦い根が芽を出して
悩ましたり、これによって
多くの人が汚されたりすることの
ないように、
11. バランスが良い支配の月。
12. 今月はヨセフと関係しています。

まきの今日のみことば
https://soundcloud.com/god-blessings-church/9-25-517a

RIEのみことばパラダイス
https://soundcloud.com/god-blessings-church/9-25-pastor-rie

まなちぇるの祈り
https://soundcloud.com/god-blessings-church/9-25a





2013年9月3日 23時51分
5774年秋の例祭
9月5日(厳密には4日の日没)から、ユダヤ暦5774年が始まる。
この新年にの始まりには、重要な例祭が続く。

シオンの城壁
http://cavazion.seesaa.net
http://judahephraim.seesaa.net/
http://cavazion.seesaa.net/article/464634466.html

あなたが生まれてきた理由
https://blogs.yahoo.co.jp/pikacudesu





ユダヤ教の暦と祭祀
2014/8/22(金) 午前 6:44
歴史のための基礎知識 ブログバトン
■ティシュレ
ティシュレの月がユダヤ暦一年の始まりに当り、その1日と2日は新年(ローシュ・ハッシャーナー)に当ります。
この日に神が「生命の本」という帳面を開くとされていて、そこには天国もしくは最後の審判の後に現れる世界に招かれる運命にある総ての人間の名前が記されている、と信じられています。
ティシュレの月の10日が贖罪(しょくざい)の日(ヨーム・キップール)で、神に罪の許しを請う日とされ、水さえも飲まない厳しい断食を25時間続け、人によっては一日シナゴーグで祈りを捧げます。ユダヤ教徒にとって最も神聖な日で、彼らは神に大目に見てもらうため日頃の行いを反省し、正します。
■仮庵の祭り(スッコート)
ティシュレの月の15日からは仮庵(かりいお)の祭り(スッコート)で、モーセのエジプト脱出の後、荒野をさまよっていた頃雨露をしのいだ仮の住まい(スッカー)を記念するための祭りです。ナツメヤシやハコヤナギの枝で屋根を葺いた小屋のようなものを作り、7日間この中で食事をします。男性は寝泊まりもします。神殿があった頃は犠牲が捧げられましたが、現在シナゴーグではラビがルラヴと呼ぶナツメヤシの葉、エトログというレモンに似たシトロンの実、アラヴァーという柳の葉やハダスというテンニンカの枝を振りながら祈りを捧げる特別な儀式を行います。
■律法の喜び祭り(シムハット・トーラー)
仮庵の祭のすぐ後の22日は律法の喜び祭り(シムハット・トーラー)で、シナゴーグで一年かけて読まれてきたトーラーの最後の書、申命記の最終章を読み終え、直ちに創世記の第一章を読み始めるのを祝う日です。これは律法には初めも終わりもないことを示すためだそうです。イスラエルでは22日に祝われるこの祭りは、イスラエル以外の正統派、保守派のコミュニティでは23日に行われ、22日は仮庵の祭の最終日として先祖への追悼儀礼と雨乞いが行われるシェミニ・アツェレス(集合の8日目の意)というお祭りになっています。
■宮潔めの祭り(ハヌカー)
キスレヴの月の25日からテヴェットの月の2日は宮潔めの祭り(ハヌカー)で、起源は外典のマカバイ記にあります。
紀元前164年にセレウコス朝シリアのアンティオコス4世エピファネスの軍隊を、ハスモン家のユダとその兄弟がエルサレムから追い出し、神殿を清めたことを記念して行われるようになったものです。戦闘の間、神殿の小さなオイルランプの火が奇跡的に8日間消えずにいたことを讃えて、8日間かけてろうそくをひとつひとつ灯し、油を使った料理(アシュケナージはポテトパンケーキ、スファラディはドーナツやフリッター)を食べ、子供達は「素晴らしい奇跡がそこで起こった」とヘブライ語で書かれたドレイデルという四角い独楽(こま)で遊び、プレゼントももらえます。
アーダルの月の14、15日はくじ祭り(プリム)で、諸書のエステル記に起源があります。ペルシア帝国の皇帝アハシュエロスの大臣ハマンが、自分に敬意を払わないユダヤ人のモルデカイに腹を立て、国中のユダヤ人を皆殺しにしようと目論みますが、王の妃でモルデカイの養女エステルがその禁止を皇帝に訴えてユダヤ人を救い、逆にハマンとその子供など多くの敵を倒した、という話ですが、これは歴史的事実ではなく、エステル記自体が物語だと考えられています。
くじ祭りの名は、ハマンが計画実行の日をプルというくじ(プリムは複数形)を投げて、アーダルの月の13日に決めたことからつきました。この日シナゴーグでは、メギッラーという巻物に書かれたエステル記が読み上げられ、貧しい人々への施しや友人、知人、隣人たちとの食べ物や飲み物の交換、ダンスや仮装など楽しい催しもあるそうで、子供達が心待ちにするお祭りの一つだそうです。
■過ぎ越しの祭(ペサハ)
ニサンの月の14日から21日(イスラエル以外では22日まで)が過ぎ越しの祭(ペサハ)で、これも出エジプト記に起源をもちます。エジプトで奴隷のように扱われていた頃、神がモーセとその兄アロンに子羊一頭を殺し、その血を同胞の家の入り口の二本の柱と鴨居に塗って目印にするよう命じていいます。
「その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との総ての初子(ういご)を討ち、またエジプトの総ての神々とに審判を行うであろう。私は主である。その血はあなた方のおる家々で、あなた方のために印となり、私はその血を見て、あなた方のところを過ぎ越すであろう。私がエジプトの国を撃つ時、災いが臨んで、あなた方を滅ぼすことはないであろう。」
この祭りの2日目からは種入れぬパンの祭りとも呼ばれ、
急いでエジプトを離れた先祖がパンに種(イースト)を入れる暇もなかった苦労を忍ぶ意味でマッツァーという種なしパン、奴隷の生活を象徴するマーロールという苦い草(ロメインレタス、パセリ、セロリの葉、ホースラディッシュの根など)を生のまま添え、
更に涙の象徴の塩水に漬けたセロリやゆでたジャガイモなどをカルパスと呼び、奴隷としてピラミッド建設などに携わったことの証しとしてモルタルに似せた砕いたナッツ、おろした林檎にシナモンと蜂蜜を混ぜたハロセットを加え、
ゼロアーと呼ぶ焼いた子羊や山羊、鳥の手羽、神殿の犠牲の象徴であるベイツァーと呼ぶ硬ゆで卵、といった中から6つを磁器や銀の皿に盛り、4杯のワインとともに食されます。
マーロール、ゼロアー、ハロセット、ホースラディッシュをおろしたもう一つのマーロール、カルパス(ここではセロリの茎)、ベイツァー
セデルでは3枚重ねたうちの2枚目を割り、アフィコマン(ギリシア語でデザートの意味するエピコメン、エピコミオンからきた)といって別にとっておき、食事の後に食べる
これは単なる会食ではなくキドゥーシュという祈祷に始まり、ヘレルという祈祷で終わる祭りの最初の夜の儀式でセデルと呼ばれ、食べる順番も決まっていて、4杯のワインもその進行に従って飲まれます。子供達にも大切な役割があり、なぜ今夜は特別なの? といった4つの決まった質問を決まった言い回しで発し、セデルの主催者がハガダーの出エジプトに関する箇所を引用しながら答えます。こうして次の世代に先祖の苦労と遺徳を教え込み、普段の日常がいかに恵まれているか気づかせるのです。
ペサハはユダヤの祭りでも最も古く、最も盛大に祝うもので、前の日からハメイズと呼ぶ種入りのパンなどを燃やしたり、発酵を止めたりして準備し、祭りの期間中食べるのはもちろん、自分の所有地に種入りパンを持ち込むのさえ控え、イーストのついた器具を封印します。
イヤルの月の18日はラグ・バ・オーメルというお祭りで、オーメルは麦の束、ラグは33という意味で、過ぎ越しの祭から33日目に行われます。13世紀に始まった比較的新しいお祭りで、盛大なたき火で祝います。
いわれは、バル・コクバの最初の勝利の祝いとも、ラビ・アキヴァの弟子が疫病で24000人もの犠牲者を出した後、猖獗(しょうけつ)が収まったことの祝いとも言われています。
シヴァンの月の6日は7週祭(シャヴオート)、五旬祭(ペンテコステ)とも言われるお祭りで、出エジプトから7週目(50日目)にモーセがシナイ山で十戒を授けられたことを祝います。これはその年の最初に収穫した果物を神殿に捧げる日でもありました。
古代では、農民が金や銀の籠に盛った初物の葡萄、イチジク、ザクロなどの果物を、角に金メッキして花やレースで飾り立てた牛の背中に乗せてエルサレム目指して歩き、楽隊の音楽と一緒に華やかなパレードをしながら神殿につくと、収穫を奉納して祝いました。
この時期は大麦の季節の始まりと小麦の季節の終わりが重なるので、参加者に2斤のパンが振る舞われたといいます。
現在は、家やシナゴーグを花や緑の葉が沢山ついた木の枝で飾り付け、朝からシナゴーグに集まって神を讃える詩を朗読し、諸書のルツ記を読み上げ、家ではチーズケーキやチーズ入りのパンケーキやサモサなどのスナックを食べ、夜はシナゴーグに戻って徹夜でトーラーを勉強します。そのため、前の晩は普段より早く休みます。この徹夜の勉強は16世紀から続く習慣だそうです。
花や緑で飾るのは、ミドラーシュというタナハの注釈書の中で、律法が授けられようとする時、シナイ山の頂上が突然花や緑で覆われた、と書かれていることに由来するとも、生後3ヶ月のモーセを乗せた籠が、ナイル川のパピルスの茂る岸辺に着いたことに由来するともいいます。
最後はアーヴの月の9日という祭りの日付がそのまま名前になった、ティシュア・ベ・アーヴです。これは第一神殿と第二神殿が同じ日に破壊された、との伝承からきたお祭りです。またモーセに率いられたユダヤ人達が約束の地カナンに偵察隊を潜り込ませたところ、カナンは豊穣が約束された土地だが軍隊が強く攻略困難だ、との報告にみんなが動揺して統率が乱れたために神に罰せられカナンに入れなくなった日とも言われています。さらに135年にバル・コクバの反乱軍がこもった最後の砦、ベータールが落ちた日、ともされています。同じ日にエルサレムでは神殿とその周りの土地が、ローマの指令官ルフスによって平らにならされてしまったとも言われます。
この日は25時間断食し、入浴や洗濯を控え、クリームやオイルを身体に塗るのも禁じられ、靴(特に皮靴)もはかず、夫婦は禁欲します。この日に限ってトーラーの勉強も、いくつかの部分を除いて許されていません。それはこの日は精神的な喜びにつながることも控えるべき、と考えるからです。この日読むことが出来るのは、哀歌、ヨブ記、エレミア書の一部などで、床の上や低いストゥールに座って読みます。仕事はできるだけ休み、挨拶や贈り物のやり取りも慎み、電気も消すか暗くして、睡眠も床の上に枕もなしで普段より短い時間で我慢します。
第一神殿が2日間燃え続けたことから、断食が終わった後も肉やワインを控え、入浴や洗濯、散髪や音楽を聴くのも善しとされません。シナゴーグではキノットと呼ばれる詩が詠唱されますが、これは神殿の崩壊はもちろんのこと、ホロコーストなどこれまで民族が経験した様々な悲劇を嘆いたものですが、スファラディはヨブ記を読むことになっています。
仮庵の祭、過ぎ越しの祭とシャヴオートはユダヤの3大巡礼祭りとされ、特に大事なものです。
彼らは2千年、3千年前の祖先の記憶を忘れないために、戦時においても出来るだけこれらの祭りを続けようと努力してきました。
その情熱と意思の固さは我々日本人にはやや常軌を逸しているようにも見え、理解し難い部分もありますが、
彼らはこうした儀礼を実行するからこそユダヤ人なのであって、どこにいても、見た目が違っていても、文化によって同胞としてつながっている、と考えているのでしょう。
バル・ミツヴァーでの様子 右の男性の額にあるのがテフィリン、トーラーを読み上げている男の子の腕と頭にもテフリンのひもが見え、後頭部に被ってるのがキッパという帽子
儀式の後は家族、友人、隣人などを招いてのパーティーとなりますが、近年はホテルの大広間などを借りて大々的に行われることもよくあり、百人単位の招待客があることも珍しくないようです。ユダヤ教に関する本や文房具、ギフト券や学資保険、現金などのプレゼントが用意され、その数や金額の合計は縁起の良いとされる18の倍数になるようにします。またタリットも、この日から初めて身に付けるようになるので、頻繁に贈られます。女の子にはアクセサリーもプレゼントされますが、女性にとって特に名誉とされる蝋燭に灯をともす役目に就くようになることから、蝋燭のプレゼントもしばしば見られます。
バル(バト)・ミツヴァーについてはトーラーには記述がなく、14世紀まではこの用語が使われた形跡はないようです。ただタルムードでは男の子は13歳になるとその誓いは拘束力を持つとされ、中世も末期になって行われるようになったと考えられています。
参考文献 
「ユダヤ人」 上田和夫 著 講談社現代新書
「ユダヤ古代誌 1」 フラフィウス・ヨセフス 著 ちくま学芸文庫
参考資料 Wikipedia 「ユダヤ暦」「ヨム・キプル」「仮庵の祭り」「過越」「シャブオット」
「ラグ・バオメル」「ティシュアー・ベ=アーブ」「仮庵の祭(英語)」「過越(英語)」
「ハヌカー(英語)「シャブオット(英語)」「ラグ・バオメル(英語)」
「ティシュアー・ベ=アーブ(英語)」その他
図版   Wikipedia 「仮庵の祭(英語)」
「過越(英語)」「シャブオット(英語)」

Rain On Green
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神のキングダムのブログ
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ユダヤ教の暦と祭祀
2014/8/22(金) 午前 6:44
歴史のための基礎知識 ブログバトン
■ユダヤ教の暦と祭祀
ここではユダヤ教の暦と主な祭祀について書いていきます。
その前に、まずユダヤ暦と西暦との対照表を記しておきます。
ティシュレ(エタニム)       9〜10月
ヘシュヴァン(ブル)        10〜11月
キスレヴ              11〜12月
テヴェット             12〜1月
シュヴァット            T〜2月
アーダル              2〜3月
ニサン(アビブ)          3〜4月
イヤル(ジブ)           4〜5月
シヴァン              5〜6月
タンムズ              6〜7月
アーヴ               7〜8月
エルール              8〜9月
かっこの中の別名はバビロニア暦の影響を受ける前の名前で、タナハの中で未だに使われているので併記しました。
秋に新年が始まるのは、元々政治歴という古代ユダ王国で使われていた暦で、現在のイスラエルでもこの歴が採用されています。
もうひとつバビロニア、ペルシアなどオリエントで広く見られた春分に新年が始まる宗教歴と併用されていました。
これらはいずれも太陰暦ですから、4年に一度閏月(うるうづき)がアーダルの月の後に挿入されます。

Rain On Green
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ユダヤの暦と祝祭日
2013/7/31(水) 午後 5:46

世界で共通に使われている年号は、西暦です。
実はこれはキリスト教徒のものです。
西暦を略してAD××年などといいますが、Anno Domini(「アノ・ドミニ」主の年に)の略号ですから、
明らかにキリストの生誕日からの計算の意味です。
ユダヤ教徒は使いません。使わざるを得ない場合も、CE(Common Era「コモン・イアラ」共通暦)の何年という言い方をします。
紀元前も西暦では、BC(Before Christ)ですが、ユダヤ人はBCE(Before Common Era)といった略号を使います。
ユダヤ暦の年は、西暦に3760年を足した年数に等しいですが、これはラビたちが聖書に基づいて天地創造から計算したという年数を採用したものです。日本人は、戦前には神武紀元(皇紀)を用いていましたが、神話に基づいていて、科学的でないという非難がありました。ユダヤ人の場合、堂々と神話に基づく天地創造、あるいはアダムの時代からの年号を、民族としてまたイスラエル国家として採用しているのは、興味深いと思われます。
ユダヤ暦の新年は、西暦では9月から始まります。
そのわけは後でお話しします。暦の単位である「月」は、聖書では、新月から次の新月までの29日か30日の時間を1カ月とする太陰暦です。
地球が太陽を1周する時間を1年とするのが太陽暦ですが、太陰暦12カ月は、太陽暦との間に約11日間の誤差が出てきます。
春の月がいつの間にか季節を外れてしまい、大変不都合をきたします。
それで、それをうまく調節する工夫が考案されて、ユダヤ暦が出来上がりました。
タルムード時代に作られたものが基本的に現在でもユダヤ教で用いられ、イスラエル国も公式にはこの暦で行事が執り行なわれています。
具体的には、太陽暦とのバランスは、19年に7回閏年を設けて、閏年は1年13カ月として調節されます。
つまり、閏月を加えるわけです。それで、大体春の祭り、過越しの祭り(ペサハ)は西暦の3月か4月に来ることになりました。
キリスト教徒のお祭り、例えば、復活節(イースター)は実は、ユダヤ暦のペサハの日なのですが、4世紀ごろ、キリスト教の宗教会議でユダヤ人の暦を使うのは沽券にかかわるというわけで、計算式をつくってその日(ほとんど同じ日)を決めることにしたそうです。実質的には、教会の大事な行事の幾つかもユダヤ暦に沿っています。
それでは、イスラエルでは西暦は通用しないのかと言うと、もちろん、そんなことはありません。
国際時代ですから、2008年セプテンバー(9月)何日と言います。
と同時に、イスラエルの英字新聞でも日付が5769年エルール月の何日と併記されています。
しかも、イスラム暦の日付も載っているのも面白いですね。
ただし、国の公式行事はユダヤ暦でします。
1948年5月14日にイスラエルは独立しましたが、その日はユダヤ暦でイヤールの月5日でした。
このように独立記念日などは毎年、西暦によれば異なった日付になります。
日常生活では通常西暦で通しています。現代ヘブライ語の月の名前は、英語の月名の翻訳に近いですね。
一般市民の間では「今日はアヴの15日です」という言い方はしません。ヤヌアル(1月)、フェブルアル(2月)などと呼んでいます。
■祭りの種類
ユダヤ人が今も歴史と伝統を大事に守っているのが、1年間の祝祭日の行事からもうかがえます。
行事が多様ですので、まずざっと総括的にお話しして、次にそれぞれを各章に分けて説明しましょう。
大きくは3つに分類されます。第1のグループは、旧約聖書に守るべく規定されているもの。第2のグループは、旧約聖書に記された出来事、または古代の民族史に由来するもの。第3のグループは、近代の歴史の出来事に由来する記念日。
第1グループには、聖書に3大祭りとして記されているお祭りがあります。もともと遊牧民だったユダヤ民族ですが、カナンの地といわれたパレスチナに定住して農業を生活の糧にした時代が長く続きました。農業や自然と関連して生まれた祭りで、季節の節目に祝われたものです。
春の過越し祭(ペサハ)、夏の七週の祭り(シャブオット)、秋の仮庵の祭り(スコット)がそれです。これらの祭りの日には、「年に3度、男子はすべて、主なる神の御前に出ねばならない」(出エジプト記23:17)と定められていますので、3大巡礼祭とも呼ばれています。これは、エルサレム神殿への巡礼のおきてになりますが、実際にすべての人が実行したわけではないようです。
その他、新年と贖罪日(ヨム・キプール)が第1グループにあたります。もっとも厳粛な、宗教的な祝祭日です。このグループは、安息日と同様に労働を禁じられた日で、「聖日」として扱われます。
第2グループは聖書に祭りとして守るように規定されていませんが、長い年月を経てユダヤ民族の伝統の中に生きているものです。モーセの律法とは関係がありませんし、また会社や銀行、官庁が休みにもなりません。いわば、半分聖なる日です。そのような祝日を「小さな祝祭日」と呼んだりします。
小さな祝祭日というとき、通常、ハヌカ、プリム、ティシャ・ベアヴ(神殿崩壊日)という祭日あるいは記念日のことを指します。さらに、ローシュ・ホデシュ(毎月の1日、ユダヤ暦で新月の日に当たる)、ラグ・バオメル(オメルの33日)、トゥ・ビ・シュバット(樹木の新年)などを含めることもあります。
第3グループには、ホロコースト記念日、イスラエル独立記念日、戦没者追悼日、エルサレムの日などがあります。ユダヤ人全体の記念日というより、イスラエル国内の行事です。しかし、世界各地のユダヤ人が全く無関心というわけでもありません。

あなたが生まれてきた理由
https://blogs.yahoo.co.jp/pikacudesu/33076902.html
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■新年「ローシュ・ハシャナ」
新年のことを、ヘブライ語で「ローシュ・ハシャナ」(年の頭の意)といいます。
以下ではローシュ・ハシャナと呼びます。
旧約聖書のレビ記23章には、神からモーセが命じられた祝祭日の一覧が載っています。
実はレビ記のその箇所には、新年という言葉で出てきません。
何と言っているかというと、
「第7の月1日をあなたの安息の日とし、角笛(ショファール)を吹き鳴らして記念する聖なる集会の日としなさい」
とあります。
この第7の月1日がいま、ローシュ・ハシャナとして祝われる日です。
週の7日目が安息日で聖なる日であるように、月の第7番目は1年のうちで聖なる月だとされるわけです。同様に、年についても7年目は安息年であり聖なる年と見なされます。
ここで、聖書に言う第1の月は過越し祭のあるニサンの月で、4月頃に当たります。
上掲の表にあるユダヤ暦の月の名称は、聖書時代以後、バビロン捕囚の間に現地から借用したものです。
第7の月は、ティシュレーといいます。
レビ記23章には、「第7の月の10日は贖罪日である」とあります。
ローシュ・ハシャナから10日目に贖罪日(ヨム・キプール)が来ます。
聖書には、1日と10日を特に結び付けていませんが、ユダヤ教では暦のうえで、この10日間を特別な日々と見なしてこの期間を一体に考えています。そして「畏れの日々(ヤミーム・ノライーム)」とか「裁きの日」とか言われます。
この祝祭日は、他の祭日と違って、歴史の出来事や農業の祭日とは関係のないのが特徴です。例えば、過越し祭(ぺサハ)は、出エジプトの出来事を記念しますし、また春の祭りとして大麦の収穫を祝います。秋の仮庵の祭り(スコット)は、出エジプトの荒野の天幕生活をしのび、また収穫感謝の歓喜の祭りでもあるわけです。ところが、新年から始まる10日間は、自己を点検して内省し、神の前に悔い改めの時を過ごすという、純粋に宗教的な祝祭日なのです。
■贖罪日「ヨム・キプール」
ユダヤ新年の後、10日目に来る贖罪日(ヨム・キプール)は、10日間の悔い改めの期間の最後を締めくくる、ユダヤ人にとってもっとも聖なる日です。常日頃はシナゴーグに行ったこともない人も、仕事を休み、シナゴーグに祈りに行ったり、家で静かに過ごします。イスラエルでは日本の元旦以上にあらゆる公の活動は停止します。バスも空港も休日です。旅行者はご注意のほどを。
この祭日は、旧約聖書に由来しますが、民数記19:7に「その7月の10日に聖会を開き、かつあなたがたの身を悩まさなければならない」とある箇所の「身を悩ます」は断食を意味すると、ユダヤ教の伝承は解釈しているのです。
そのほかに、「身を悩ます」はレビ記の16:29、23:27にも出てきます。この日には、24時間飲食を断つほか、夫婦の交わり、体を洗ったり、油を塗ったり、革靴を履いたりすることも控えます。
■仮庵の祭り「スコット」
ヨム・キプールに続いて、その5日後、仮庵の祭りがやって来ます。
ちょうど秋の収穫の季節にあたりますから、春の過越し祭(ペサハ)、七週の祭り(シャブオット)と並んで、農業祭の一面があります。イスラエルの民が農耕民となって、神の恵みを感謝したことに由来したのかもしれません。と同時に、ユダヤ人の祭りは必ず民族の歴史と結び付けられて祝われます。
仮庵の祭りは、ヘブライ語で「スコット」と言いますが、1週間続き、シェミニ・アツェレット、シムハット・トーラーなどの歓喜と愉悦に満ちたお祭りがやって来ます。
この祭りは農業祭が起源でしょうが、旧約聖書は次のように述べています。
「あなたがたは7日の間、仮庵に住まなければならない……これはわたしがイスラエルでの人々をエジプトの国から導き出したとき、かれらを仮庵に住まわせたことを、あなたがたの子孫に知らせるためである。私はあなたがたの神、主である」(レビ記23:42-43)
仮庵のことをヘブライ語でスカー(その複数形がスコット)と言いますが、仮庵を建てるのは、約束の地に行く途中で荒野に40年間流浪したことを記憶するためだというわけです。
仮庵の祭りの名称については、出エジプト記の23:16では、「取り入れの祭り(ハグ・ハアシーフ)」と呼んでいます。
また、タルムードでは単に「祭り(ハグ)」と言えば、このスコットを指します。
こんな使い方が生まれたのは、スコットがもっとも楽しく、華やかに祝われたからなのかもしれません。
ミシュナーに次のような格言が載っています。「ベート・ハショエヴァの儀式を見たことのない者は、本当の歓喜というものを知らない」(スカー5:1)。このベート・ハショエヴァとは、スコットの2日目の夕べ、シロアムの池から汲んだ水をエルサレム神殿に運び、それを祭壇に注ぐ儀式のことです。スコットは乾季の終わる時期にあたるので、雨乞いの象徴でしょう。歌い、踊り、手に手にたいまつを持って進む行列は、さぞ見事なものだったと想像されます。
新約聖書(ヨハネ7:38)に、イエス・キリストが、仮庵の祭りに「私を信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」と叫んだとあります。このイエスの言葉は、神殿に水を注ぐベート・ハショエヴァの祭りを意識して、その儀式をよく知っているユダヤ人に語りかけたことが分かります。
スコットは、「巡礼の祭り」とも言われます。
ペサハやシャブオットも同様です。

あなたが生まれてきた理由
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ユダヤ教の主な儀礼その1
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2014/8/27(水) 午前 7:37 歴史のための基礎知識 ブログバトン
ユダヤ教の主な儀礼その1
ここではユダヤ教徒が人生の節目に行う主な儀礼について書いていきます。
■安息日(シャバト)
まず取り上げるのは、安息日(シャバト)です。
これは創世記で、神が6日かけて世界を作った後7日目に休んだことに由来しますが、ここから現在世界中で使われるカレンダーが週で区切られ、特定の日を休みとする習慣が広まったのですが、元々の起源はバビロニアの暦にあり、かの地で7の倍数の日に祭祀が行われた名残です。現在もイスラエルでは一日の区切りは日没から次の日没までなので、正確には金曜の日没から安息日が始まります。
さて、よく誤解されるのは安息日とは「休んでいい日」というものですが、ユダヤ教においては「休まなくてはいけない日」であり、労働はもちろんのこと長距離の移動、火をおこすことなども禁じられており、金曜日の日没直前に蝋燭を点けたらそのまま点けっぱなしにしておかなくてはなりません。料理などの家事も労働と見なされるので、その前に丸一日分の食事を用意しなければならず、準備のための掃除や入浴などで金曜日の主婦はなかなか忙しいようです。現在のイスラエルでも、学校や職場は金曜は午前中までで、日没後は商店なども店を閉め、公共の交通機関も止まってしまいます。
この夜は夕食の前に2つの歌を歌います。
一つはこの日に現れる天使の訪れを歓迎する歌で、もう一つは一日働き通しだった主婦を讃える歌です。
それが済むとハラーと呼ぶヒモ状にした生地を6つ編みにして焼いたパンを祝福し、肉か魚、もしくは両方を食べます。
3回の食事を終える度にシナゴーグに盛装して出かけ、祈りを捧げます。
土曜の日没後、夜空に3つの星が見えると安息日は終わります。区切りを意味するハヴダラーという儀式で安息日の終わりと、新しい週の初めを祝います。一杯のワインと香りの良いスパイス、ねじったり編んだりした専用の蝋燭の灯りとともに祈祷を唱えます。
専用のカバーに入れられたハラーは必ず2斤用意するのが決まりとされる
■割礼(ブリット・ミラー)
ハヴダラーで使う蝋燭とスパイス入れ(左)、ワインのためのカップ
生後8日目の男子に施されるのが割礼(ブリット・ミラー)ですが、これはヘブライ名の命名式も兼ねていて、
家族、親戚、友人などを沢山招いた中で盛大に祝い、儀式が終わるとパーティーになります。
女の子はゼヴェド・ハバットあるいはシムハット・バットという命名式をしますが、これはごく内輪で祝います。
元々女の子の命名式についてはミシュナーにもタルムードにも明確な記述がなく、20世紀になって伝統の復活と男女同権への意識の高まりから行われるようになったものです。アシュケナージの間では、中世までは男の子も女の子も同じようにホレクレイシュという儀式で命名されましたが、ドイツ語圏では後述するようにユダヤ人の立場は非常に不安定でしたので、女の子の儀式はいつの間にか廃れて行ったと思われます。
割礼は、そもそもアブラハムと妻サラとの間に息子イサクが生まれようとする際、神との契約の証しとして施すよう命じられた行為です。
そのときアブラハムには、侍女ハガルとの間に13歳になるイシマエルという息子がいて、父アブラハムともども割礼をし、神との契約を守ります。
具体的には、包茎の治療と同じで男性器の包皮を環状に切り取るというもので、
トーラーでは父親の役目とされていますが、進んでやりたがる人がほとんどいないため、
一般にモヘルというラビか医師もしくは両方の資格を持ち割礼の訓練を受けた人が行います。
モヘルは元々男性しかなれませんでしたが、現在では正統派以外の宗派には女性のモヘルもいます。
儀式はシナゴーグか自宅で行い、クヴァター(女性ならクヴァテリン)と呼ばれる人が、両親から赤ちゃんを受け取り、モヘルのところへ連れてきます。これは名誉ある役目で、元は古いドイツ語でキリスト教の洗礼式の名付け親を意味するゲヴァッターがなまったともいわれています。招待された人々の見守る中、決まった道具で決まった手順により、麻酔も鎮静剤も使わず、儀式は簡単な説明の後にほんの数分で終わります。
現在割礼を受けたユダヤ人男性は信者全体の9割ほどだそうですが、日頃それほど信心深くない人も息子の割礼だけは行う傾向がある一方、異教徒との結婚で生まれた子にはしないことも多いようです。
割礼自体の起源ははっきりしませんが、ヘロドトスによればエジプトやエチオピアにも見られた習慣で、オリエントではそれほど珍しくなかったようです。理由としては、清潔に保つためともいわれますがそれほど説得力はありません。性病感染の予防には効果が認められるようですが、神への犠牲あるいは通過儀礼としての意味合いが強いようです。いずれにしても、この習慣はイスラム教徒にも受け継がれ、全世界の男性の3分のTが割礼を受けているといわれています。
男の子が13歳、女の子が12歳(改革派は13歳)になると、それぞれバル・ミツヴァー、バト・ミツヴァー(ヘブライ語でバルは息子、バトは娘の意)という成人式を行います。この儀式を経るとユダヤ社会では大人として認められ、それまで免除されていた断食を初めとする613の戒律(ミツヴァー)すべての順守、倫理観に基づいた生活習慣の実践、責任ある行動などが要求される一方、コミュニティの一員として儀式や礼拝への参加も正式に認められ、昔、つまり近代国家の一員としてそれぞれの国法に縛られる以前は、ユダヤ法(ハラハー)に基づいてユダヤ法廷で証人として証言すること、個人的な資産を持つこと、結婚の権利なども認められていました。
男の子達はこの年齢になるまでに、ヘデルという寺子屋のような学校でヘブライ語やトーラーに関する初等教育を受け、各儀式での祈祷の朗誦が出来るようになっていなければなりません。女の子への教育は近代までは重視されず、ヘデルに通うのはもっぱら男の子だけでしたし、シナゴーグでの儀式や礼拝に出席することもありませんが、結婚すると男性と隔てられた席での出席が出来るようになります。近代になると男女同権の意識により、保守派や正統派以外の宗派では女性が礼拝で祈祷文を朗誦することも出来るようになりました。
男の子は儀式のT〜3ヶ月前からテフィリンという律法の一節を書いた羊皮紙が入った小さな箱をひもで腕と頭に巻き付け、多くは13歳の誕生日から最初の安息日の日に、たまに月曜から木曜の朝の礼拝の際、タリットという儀式用の白いショールを羽織り、その週に読む分のトーラーの一節を読み上げ、儀式を進行し、トーラーの問題点についての議論を行ったりします。

Rain On Green
https://blogs.yahoo.co.jp/rintamom/19333432.html





参考文献
「ユダヤ人ゲットー」 大澤武男 著 講談社現代新書
「ユダヤ古代誌 1」 フラウィウス・ヨセフス 著 ちくま学芸文庫
参考資料 
Wikipedia 
「ユダヤ教」「ユダヤ暦」「バビロニア暦」「安息日」「割礼」「バル・ミツワー」「安息日(英語)」「割礼(英語)」「モヘル(英語)」「バル・ミツワー(英語)」
「バト・ミツワー(英語)」
図版   
Wikipedia 「ハラー(英語)」「ハヴダラー(英語)」「割礼(英語)」「バル・ミツワー(英語)」
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つこづく思うに,祇園祭はイスラエルの過ぎ越しの祭りに似ていますよね。
古代ユダヤ教(イスラエル10支族)と古神道(原日本人)の深い繋がりが見え隠れしていますね。
そして,ノアの一族が箱船で救われたのが,7月17日。
ヘリアカル・ライジング(シリウスと太陽が同時に東の空に昇る現象)が起こるのが,7月26日。
マヤ暦の新年の始まりも,7月26日。
さらに7月22日には,太陽系惑星による六芒星が描かれるという珍しい現象も起こります。
http://stat.ameba.jp/user_images/20130611/08/amezisto0214/88/ed/j/t02200192_0575050112571759704.jpg
7月26日にはポータルが開いて,宇宙から新たなるエネルギーが流入して覚醒が進む・・・
この流れは,もう誰にも止められない・・・まさに天の配剤ですね。
ちなみにヘリアカル・ライジングの「ヘリアカル(Heliacl)」は「太陽に近い」・「ライジング(Rising)」は「昇る」の意味で,シリウスのスピリットを受け継ぐ古代マヤ人たちが,ヘリアカル・ライジングという儀式をやっていたそうです。
太陽とシリウスが一緒に手を携えて昇ってくるさまは,天照大神(男神)と妻の瀬織津姫(縄文女神)が和合して,この時代に現れる象徴のようにも見えますね。
以下の記事が,とても面白くてためになりました。
『シリウス文明がやって来る』−「ヘリアカル・ライジングは,シリウス星系と繋がるための儀式」
http://mihoh.seesaa.net/article/157516022.html
八坂神社と茅の輪くぐり
http://ameblo.jp/kazue-fujiwara/entry-10289082202.html
平安京の災害と怨霊と祇園祭

プレシャンブルーの風に抱かれて
https://blogs.yahoo.co.jp/mappyhappy713/53853335.html








「夏越の祓から祇園祭・ヘリアカル・ライジングへ」
2013/6/30(日) 午後 10:27
日記 幽霊,心霊
「アメジストの紫峰の輝き」さんから
「夏越の祓から祇園祭・ヘリアカル・ライジングへ」
今日6月30日は  夏越の祓(なつごしのはらえ)で,神社では「茅の輪くぐり」が行われ,一年の真ん中での穢れを祓い,禊(みそぎ)を行おうと,大勢の方が茅で作った大きな輪(茅の輪)をくぐります。
私も先日,初夏の海を楽しみながら,早々と江ノ島神社で済ませてきました。
http://stat.ameba.jp/user_images/20130630/15/amezisto0214/85/30/j/o0220025312593584471.jpg
この「茅の輪くぐり」の正式の仕方は
(1) 輪の正面に位置し
(2) 輪をくぐり,輪の左側を通って正面に戻る。
(3) 輪をくぐり,輪の右側を通って正面に戻る。
(4) 輪をくぐり,輪の左側を通って正面に戻る。
・・・で,くぐるときに次のような言葉を唱えます。
http://stat.ameba.jp/user_images/20130630/09/amezisto0214/3e/54/j/o0390029312593258281.jpg
(二回目の,右の輪を右回りにくぐるときに唱える言葉には,やはり「麻」が出てきますね!神聖なる植物です。)
左螺旋が男性性,右螺旋が女性性を表わし,∞は宇宙の創造エネルギーであり,DNAが右巻き螺旋だから,まさにこのくぐる図は,森羅万象の生成エネルギー構造を表わしているのでしょう。
禊(みそぎ)によりゼロポイントフィールドに戻り,新たなる創造のプロセスに上昇することを示しているようにも見えます。
本来の意味は,特にこの梅雨の時期から夏にかけては,天然痘などの疫病がはやることが多く,そういった「疫病除けに茅の輪が有効と考えられていた」といわれますが,それは表の意味で,実は・・・
大和朝廷が日本を統治するプロセスで,憤死させてしまった王族や公家の怨念がこもった霊は,平安京に災害をもたらす怨霊とみなされていたので,そのひとりとしての出雲族のスサノオの怨霊を鎮めるため。。。
あるいはスサノオの怨霊をもって,厄病神を鎮圧する=毒をもって毒を制する・・・という裏の意味があったのではないか?ということです。
スサノオの出雲族や縄文王族に思いを馳せながら,茅の輪をくぐるのもまたよいかもしれませんね。。
ちなみにそれ続いて,7月1日から1ヶ月間にわたって行われる京都の祇園祭も,これらの怨霊を安全な御霊に変えるべく行った宗教的儀式であるそうです。
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もう少し具体的に言えば,日本神話の最大の暴れ者であるスサノオノミコトに,災害をもたらす怨霊から平安京を守ってもらうと言う祭りです。
平安京の穢れ(ケガレ)を山鉾巡行で取り除いた後に
平安京外の国中神社(綾戸国中神社)にあるスサノオの荒魂と
平安京外の祇園社(八坂神社)にあるスサノオの和魂を祇園社で合体させ,
その合体によって復活したスサノオを平安京の御旅所へ神輿で運び,
一週間の間,怨霊からの厄祓(ヤクバライ)をします。
一般に祇園祭のメインと考えられている山鉾巡行は,実はスサノオを平安京に呼ぶにあたっての下準備なのです。
(平安京の災害と怨霊と祇園祭 より)
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さて,この茅の輪くぐりの,左→右→左の順番というのは,深い意味があるようです。
例えばこの左→右→左の順番の原型はあちこちに見られ
(1) 神社を参拝する前に左→右→左の順番に手を洗う。
(2) 清めの塩を左→右→左の順番にまく。
(3) 神職が大麻(おおぬさ)を左→右→左の順番に振る。
(4) 切麻(きりぬさ)を左→右→左の順番に体にかける。
これは
黄泉の国から逃げ出してきたイザナギが,水の中に入って,黄泉の国で身についた穢れを洗い流すときに
○左目を洗うと天照大神(あまてらすおおみかみ)が
○右目を洗うと月読命(つくよみのみこと)が
○鼻を洗うと建速須佐之男命(すさのおのみこと)が,それぞれ生まれた。
イザナギが,左目→右目→鼻の順番で洗ったことに由来するようです。
左→右→左の順番で茅の輪をくぐるのも,つまりはごく自然なお祓いの流儀です。
どうして「茅の輪」をくぐるのかということですが,次のような話に由来するそうです。
旅の途中,疫病神(やくびょうがみ)の牛頭天王(ごずてんのう)は,その土地に在住する兄弟に宿を乞うた。
このとき,リッチな弟の巨旦将来(こたんしょうらい)は泊めてくれなかったが,貧乏な兄の蘇民将来(そみんしょうらい)は泊めてくれた。
牛頭天王は,旅の帰りに再びこの地を訪れ,蘇民将来の一族に茅の輪をつけさせた上で,茅の輪をつけていない巨旦将来の一族を疫病で皆殺しにした。
そして牛頭天王は,今後も疫病神として現われることがあっても,蘇民将来の一族だけは助けると約束した。
牛頭天王は,インドの祇園精舎の守護神であり,牛の頭をした疫病神でもある。
その疫病神が,疫病を感染させるかどうかの判定に使ったのが,茅の輪だったということ。
この厄病神の牛頭天王を祀っているのが京都の八坂神社で,牛頭天王が暴れないようご機嫌をとるお祭りが,祇園祭なんだそうです。
祇園祭では「蘇民将来子孫也」(蘇民将来の子孫です)と書かれたお札が売られ,このお札を家の玄関に貼ると疫病にかからないそうです。
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ちなみに京都で茅の輪くぐりが行われている神社は,スサノオの系譜と怨霊に関係する神社が中心となっているそうです。
つこづく思うに,祇園祭はイスラエルの過ぎ越しの祭りに似ていますよね。
古代ユダヤ教(イスラエル10支族)と古神道(原日本人)の深い繋がりが見え隠れしていますね。
そして,ノアの一族が箱船で救われたのが,7月17日。
ヘリアカル・ライジング(シリウスと太陽が同時に東の空に昇る現象)が起こるのが,7月26日。
マヤ暦の新年の始まりも,7月26日。
さらに7月22日には,太陽系惑星による六芒星が描かれるという珍しい現象も起こります。
http://stat.ameba.jp/user_images/20130611/08/amezisto0214/88/ed/j/t02200192_0575050112571759704.jpg
7月26日にはポータルが開いて,宇宙から新たなるエネルギーが流入して覚醒が進む・・・
この流れは,もう誰にも止められない・・・まさに天の配剤ですね。
ちなみにヘリアカル・ライジングの「ヘリアカル(Heliacl)」は「太陽に近い」・「ライジング(Rising)」は「昇る」の意味で,シリウスのスピリットを受け継ぐ古代マヤ人たちが,ヘリアカル・ライジングという儀式をやっていたそうです。
太陽とシリウスが一緒に手を携えて昇ってくるさまは,天照大神(男神)と妻の瀬織津姫(縄文女神)が和合して,この時代に現れる象徴のようにも見えますね。
以下の記事が,とても面白くてためになりました。
『シリウス文明がやって来る』−「ヘリアカル・ライジングは,シリウス星系と繋がるための儀式」
http://mihoh.seesaa.net/article/157516022.html
八坂神社と茅の輪くぐり
http://ameblo.jp/kazue-fujiwara/entry-10289082202.html
平安京の災害と怨霊と祇園祭

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エフライム工房: 奈良・酒船石遺跡の暗号〜イスラエル民族の歴史年表としての酒船石,2029年の予言

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イスラエルの歴史としての酒船石
■前1292年出エジプト
東端の窪みと中央にはしる溝との交点
■前997〜998年ダビデがイスラエルの王となった
酒船石の頭部の内寸幅=630mm
頭部〜北側の凹みの長さ=245mm
北側の最初の枝分かれの長さ=120mm
630+245+120=995
(前997〜998年ダビデがイスラエルの王となった)
■前928年イスラエル分裂
酒船石の頭部の内寸幅=630mm
東端の窪み〜南側の溝の最初の長さ285mm
南側の溝の最初の凹みへの枝分かれの幅=80mm
1292-630-285-80=927
(前928年イスラエル分裂)
■前701年 エルサレム包囲
中央の溝の最初の長さ=590mm
1292-590=702
(前701年 エルサレム包囲)

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■前967年ソロモン王即位
東端の窪みと中央にはしる溝との交点
■前597年 第一回バビロン虜囚
東端の窪み〜南側の溝の最初の長さ285mm
南側の溝の最初の凹みへの枝分かれの幅=80mm
967-285-80=602
(前597年 第一回バビロン虜囚)
■前63年 ローマ・ポンペイウスの支配
東端の窪み〜南側の溝の最初の長さ285mm
南側の溝の最初の凹みへの枝分かれの幅=80mm
南側の2番目の溝の長さ540mm
967-285-80-540=62
(前63年 ローマの支配)

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『私だけの古代史・第一部 酒船石編』
■酒船石の時間軸の真相
「先生、ということは、エジプトには430年間もいなかったということですか?」
「石井さん、ソロモンは知恵で有名ですが、知恵ゆえに間違ったということもあるのです。確かに、出エジプト記を正しいものとすると、間違っているのは430年間という期間です。でも、歴代志上7章20には別の記録もあります。それは、ヨセフの子エフライムから、モーセの次の預言者ヨシュアまでの500年間の系統です。それによると、エフライムを含めて11代でヨシュアに至りますから一代平均は約45年になります。これでは、モーセまでの4代では180年ということになります。レビがエジプトに住み始めた頃は、コハテはすでに生まれていたので、実質は3代という計算になるのですね」
 私は少し考えてから質問した。
「では、レビからモーセまでの四代は明らかにおかしいということになりますね」
「そうです。でも、ソロモンはこれを正しいとして出エジプトの年を計算したのです」
「それはどうしてですか?」
「その理由は、古代イスラエルに独特の世界観にソロモンも従ったからではないでしょうか。バーバラ・スィーリングの『イエスのミステリー』には、エノク書に見出される世界史の最初の体系というものが紹介されています。難解な聖書学的な暦の算出法なのですが、この中に、世界年、世界週という490年単位の暦があります。天地創造から490年ごとに1週と数え、10週で最後の審判に至るとする考え方です。これによると、アブラハムから出エジプトまでが490年で、次のサイクルがソロモンの治世に遭遇するわけです。そこでソロモンは、工期が10年とする神殿建設の着工を480年目に置いたわけです。
 ところが、実際には480年ではなく、出エジプトから340年しか経っていなかったわけです。
まあ、490年サイクルの年表という考え方に無理があるのだから、ソロモンも確信犯的に年表を利用したというのが真相ではないでしょうか。
あるいは、ソロモンが、自分の統治時代に節目が来る暦を創作したとも考えられます。
いずれにしても、ソロモンは、神殿建設の正当な理由が欲しかったのだと思います。
何しろ、難事業は目に見えていましたからね。
イスラエルの民にとっての記念碑である出エジプト記念事業ならば、民意を得られると愚かにも判断したのでしょう」
「先生は、ソロモン神殿を評価していないわけですね」
「それは当然です。サムエル記7章によると、神自らが神殿は必要ないとソロモンの父ダビデに忠告しているほどですから。
ソロモンは、自分の誉れのために神殿を建てたかったのでしょう。
だから、神殿建設からイスラエルの崩壊が始まったのです。
さて、ソロモン神殿の時代には、モーセの兄であるアロンの子孫が祭司になっていました。
彼はアロンから14代目に当たりますから、一代平均は24歳くらいになります。
ここからも、レビからモーセへのエジプト時代の系図には疑問が出てくるわけです」
 先生は、レビからモーセまでの系図に疑問を投げかけているのだ。
でもこの材料からは、私でも、ソロモンのようにエジプト奴隷時代を短縮して考えるかもしれない。
ところが、先生はここでも、あっと驚くウルトラCを用意していたのだ。
「では、この系図は無意味なのでしょうか?僕も随分悩みましたが、聖書に無意味なことが書かれているわけがないと考えることにしたのです。
そこで、発想を転換し、文学的な解釈を試みたのです。
イスラエルの民は文学的な方法論(レトリック=修辞学)として、文の前後を鏡のように構成する交差配列法を用います。
これを先の系図に応用すると、次のようになります。
すなわち、レビ80歳、コハテ133歳、アムラム137歳、モーセ80歳。
これらの年齢を全部足すと430歳になります。分かりやすいように、書き出してみましょう」
  レビ137歳〜コハテ133歳〜アムラム137歳〜モーセ80歳
  レビ 80歳〜コハテ133歳⇔アムラム137歳〜モーセ80歳
  レビ 80歳〜コハテとアムラムを足した270歳〜モーセ80歳
「石井さん、もう分かりましたね。レビとアムラムが137歳だったのは、コハテを境に対称形に配置することにより、彼らの年齢を鏡のように見なさいというメッセージだったのです。ヤコブと共にエジプトへ来たときのレビの年齢が80歳位と気が付けば、エジプト王の前に立ったモーセの年齢と同じであることから、四代の年齢が鏡のように見えて来るのです。さらに、コハテとアムラムの年齢を足したものが切りの良い270歳になることから、生命(いのち)の樹のような中央と左右という構成になります。ここからは、430年という数字に行き着くのは簡単です」
「ということは、大事なのは系図ではなくて、430年という期間ということになりますか?」私は尋ねた。
「おそらく、出エジプト記の年齢表記の目的は、430年間という数字を忘れないようにするためにあったのだと思います。
年表の記憶術として、系図や年齢が使われたということですね。
でも、酒船石に関しては、出エジプトまでの暦を解き明かしたに過ぎません。
次は、頭部から出ている三本の溝について、聖書学的に説明が可能かどうか確かめてみましょう」
 私は、ソロモンや聖書学者が解き明かすことのできなかった年齢表記の謎を、先生が文学的な手法で解き明かすのに驚嘆した。そして、聖書の謎というのは、いたずらに虚実や真贋を追い求めたり、数字に振り回されては解く事ができないものと理解できた。先生が良く使う言葉である象徴というものを、ただの図形的な解釈においてのみ用いてはいけなかったのだ。象徴には文学的なものもあるし、それが鏡像のような手法を必要とする場合もある。レビからモーセへの系図は、わずかに完全な鏡像を構成しないが、それが、酒船石の左右(南北)がわずかに非対称な形であることに共通するように思える。もしかして、これもフラクタルなのかもしれない。
「さて、酒船石の頭部はエジプトという囲いを意味していました。
では、頭部から出ている三本の溝は何を意味するのでしょうか?
酒船石が時間軸を有している以上、この謎を解くには、出エジプト後のイスラエルの歴史を知らなくてはなりません。
そこで簡単ですが年表を用意してみました。
ただし、出エジプトまでは聖書学的な年代解釈ですが、イスラエル建国後は定説としての年代となります。
出エジプトが実際に紀元前何年のできごとかは分からないのです。
モーセとラムセス二世が兄弟として育てられたとする説にもおかしなところがあるし、ヨセフの年齢も二通り考えられるのです。
ですから、これからも聖書学的な年代解釈で謎解きをすることになるので、それを基本と心得てください。
またそれが、聖書の存在を尊重するスタンスなのです。では瞳ちゃん、いいですか」
「はーい」瞳は、プリントした年表を渡してくれた。↓参照
出エジプト後の古代イスラエルの年表 
前1292年 出エジプト
前1252年 カナンへ定住
前998年 ダビデ王となる
前967年 ソロモン王となる
前964年 ソロモン神殿の着工
前928年 イスラエルの分裂
前721年 北イスラエル王国の滅亡、アッシリアの虜囚となる
前701年 エルサレム、アッシリアに包囲される
前603年 七倍罰の始まり?
前597年 第一回バビロンの虜囚となる
前586年 第一神殿破壊、南ユダ王国の滅亡(第二回バビロンの虜囚)
前582年 第三回バビロンの虜囚
前538年 バビロンからの帰還
前515年 第二神殿完成
前445年 第三回目の帰還
前332年 アレクサンドロス大王の統治
前311年 エジプト・プトレマイオス王朝の支配
前198年 シリア・セレウコス朝の支配
前164年 マカベアのユダ、エルサレム奪還
前140年 ハスモン家による国家の復興
前63年 ローマ・ポンペイウスの支配
前37年 ヘロデ、エルサレム奪還、王国を確立
前7年 イエスの誕生
後33年 イエスの磔刑
後70年 エルサレムの陥落
後73年 マサダの悲劇
後135年 古代ユダヤ国家の滅亡
■イスラエルの暦の謎
聖書の年齢表記は問題が多く、ヨセフの年齢にしても異なる算出方法があります。
ヤコブのエジプト寄留も、ヨセフが呼んでからすぐと考えるか、ヨセフとの年齢差から算出するかで大分異なるのです。
僕は、ヤコブがエジプトに来た時の130歳を基準にし、ヨセフが生まれたのがヤコブが60歳頃と判断し、
イスラエル12部族の独自の年表を作成しました。
旧約聖書の物語としての側面からは、ヤコブはヨセフが若い宰相の時にエジプトへ来たとする方がタイムラグを感じさせないようです。
しかし、ヤコブがエジプトへ来たときが130歳ならば、ヨセフは老人に近い年齢であり、
孫のエフライムが後継ぎになっていてもおかしくないのです。
リアリストの僕は、物語性よりも年齢表記に託されたメッセージを読み取ろうとしました。
その結果、見過ごしてはならない様々なものが発見できたのです。 
1.南北朝分裂先生は年表を見ながら
「年表の数字については,研究者によって細部で違いますが,基本的にはこんなものでしょう」
と言った。私は年表をしばらく見つめていたが,前928年のイスラエルの分裂が酒船石に刻まれていないわけがないと思えた。
「先生、この年表で重要なのはイスラエルの分裂と滅亡ですよね」
「そうですね。イスラエルが南北朝に分裂し,その後,アッシリアやバビロンの虜囚となって滅亡に至ります」
「ということは,イスラエルの分裂と,酒船石の溝の枝分かれが関係しているわけですね?」
「では,それを確かめて見ましょうか。瞳ちゃん、今度は三本の溝の枝分かれと,それに続く凹みを,溝の数だけイラストにしてください」
「はーい,ちょっと待っててくださいね」
と言って,瞳はIllustrator(イラストレーター)を開いた。
「先生、今度はイラストレーターですか?」
「うん,今度の作業は,酒船石の図から必要な線を選択してトレースすることになるから,曲線の修正がしやすいイラストレーターがいいんだよね。
でも基本的に,作業手順の感覚を理解していない人のプログラムだと思う。
下絵の濃度を決める準備や,直線を引くだけならばPhoto studio 2000が使いやすい。
マニュアルを読まなくては操作できないツールは,絵を描く感覚からずれていると思う。
ポスター製作用のいろんなツールやフィルターよりも,トレースで線情報だけを取り込むとかの,基本的な機能を強化して欲しいね」
「先生は,読む前にいじくり回すタイプですからね」瞳がマウスを動かしながら口を挟んだ。
でも,日本画というのは、下絵の作成から始まり,トレース、墨入れ(線描の事),下塗り,などという手順を,色の重ねによる発色を計算しながら行うものである。だから、基本的には,試行錯誤を画面上で行うことには向いていない。色が濁ってしまうからだ。画像編集ソフトに付き物のレイヤーという機能は,アニメの原画のセルにたとえて解説されているが、実は日本画の製作過程は,十層以上の仮想レイヤーの上に成り立っているのである。だが,昨今の才能のない作家は,油絵のように岩絵の具を使って発色を台無しにしてしまっている。彼らには,コンピュータグラフィックスの訓練が必要なことだろう。それはともかくとして,先生のような仮想レイヤーの達人が画像編集ソフトの開発に加われば、そのソフトは格段に使い良くなるに違いない。
 瞳は悪戦苦闘しながらも,ようやく作業を終えた。
デッサンで,線を引くという基本的なことが一番難しいと教わったことがあったが、コンピュータグラフィックスとの比較で、本当に難しいということが実感される。もしかして,今の世代のコンピュータでは,先生の望むような機能は無理なのかもしれない。それほど,絵を描くという行為は,複雑で高度な脳の働きを必要としているのだろう。図−30参照
 図−30 酒船石のパーツ(左上A.全体図,左下B.南ユダ,C.北イスラエル、右D.中央の暦)
「では,図を見ながらイスラエルの歴史に沿うかどうか見て行きましょうか。
最初に,前928年のイスラエルの分裂が刻まれているかどうかでしたね」
「はい」
「酒船石の頭部がエジプトという囲いを表し,前1292年の出エジプトが,中央の溝との交点で示されていた。
ここで,頭部の形を良く見ると,楕円の片方(図では下側)が直線的になっている。
この理由を考えると、次のように推理できる。すなわち,三本の溝が接している部分は,基本的に同じであることを暗示すると。
この場合の同じは,時間軸としての同じ暦を意味する。
だから,三本の溝は,前1292年という同じ年を起点とする別々の暦を形成する。
石井さん,この考えで良いでしょうか」
「では瞳ちゃん,酒船石の南北の溝に,南ユダと北イスラエルの年表を書き込んで見ましょう。
寸法の1cmが暦の10年となる換算率です。
1mmが1年ですね」
「はい」
「最初は,前1292年の出エジプトを南北の起点に。
次は、それぞれの溝の最初の長さ285mmと245mmを。
次は、南側の溝の最初の凹みへの枝分かれの幅80mmを。
そうすると,南側は前927年と計算されます。
次は,北側の最初の枝分かれの長さの120mmを。
こちらも同じように前927年が凹みへの入り口となります。
実際のイスラエルの分裂は前928年ですが,酒船石の寸法では1mmの誤差なので、無視できるでしょう。
というか,僕が採寸したときは,このようなミリ単位の精度は必要ないと思っていたこともあるし,石の磨耗もひどいので,これで良しとしたいと思います。石井さん,どうでしょう」図−31参照
図−31 南北の溝のイスラエル分裂の暦
「はい,精度については無視できると思いますが,酒船石の南北の溝からの凹みが,南北へ分裂したイスラエルを表していたとは驚きです。
やはり凹みは,囲いを表していたのですね」
「そうなりますね。でもこの段階では,イスラエルの分裂に関しての説明ができたに過ぎません。
実際、この年表から先は,寸法を辿って行っても実際の歴史とは合致しないのです」
「先生、それでは,北イスラエルのアッシリアの虜囚とか,南ユダのバビロンの虜囚とかは,どうなってしまうのでしょう?」
2.アッシリアの虜囚
私は,イスラエルの分裂の暦を酒船石に発見できたのに,その先が説明できないとの先生の答えに戸惑った。
南北の溝と凹みの謎解きは,イスラエルの分裂という大きな節目を説明しただけで終わるのだろうか?
だが,先生の次の言葉で、私は酒船石の恐ろしいまでの奥深さに驚嘆したのである。
「石井さん、酒船石はフラクタルですよね。そのことを忘れてやいませんか?
フラクタルとは自己相似です。
だから,イスラエルの暦も,自己相似として展開されるのです。
一つの凹みが一つの囲いだけを意味するのではなく,別の時代の別の囲いを意味することができる。
それが象徴の極意であり,奥義なのです。
例えば,分裂後の北イスラエルの囲いを,エジプト時代の囲いとして見てみましょう。
すると,囲いから先は570cmの直線になっていますから,出エジプトから570年後を表します。
さてその年代はと言うと,前722年のアッシリアの虜囚ということになります。
さらに,酒船石の頭部から南北へ開く溝は57度でした。
一度を十年として換算すると,やはり570年が算出され出エジプトから570年後の前722年が現れます。
ここでも一年のずれはありますがね」
先生はニヤリと笑いながら,私の顔を覗き込んだ。
私は,もう一年のずれなどはどうでも良かった。
先生の謎解きの腕の冴えに,本当に感動していた。
酒船石に謎を刻み込んだ方も凄いが,その謎を解き明かす先生も本当に凄い。
私は窓を開けて,大きな声で凄いよーと言いたい気分だった。
だが,アッシリアに関しては,まだ続きがあったのだ。
図−32 
a.アッシリアの虜囚の暦 
b.ダビデ王の即位の暦 
c.ソロモン神殿の暦
「さて,アッシリアの虜囚は,イスラエル分裂に端を発しています。
では,イスラエルの分裂が起こった原因はというと,直接的にはソロモンの息子のレハベアムが父以上の重税を課したからとなります。
ソロモン治世の重税にあえいでいた民は,レハベアムに対抗してヤラベアムを立てて王としました。
これが北イスラエル王国の始まりです。
しかし,イスラエル分裂の種は,実はダビデの時代に蒔かれていたのです。というのも,ダビデは自分の出身部族であるユダ族を,徴税と徴兵から免除し,他部族の反感を買っていたからです。僕は,個人的にはダビデもソロモンも尊敬してはいませんが,彼ら程度でも王または預言者になれたのか,それとも古代の人の霊性はそれほどひどかったのか,正直理解に苦しむものです。
ともあれ,イスラエルの歴史の中で,ダビデとソロモンは抜きにして語ることはできません」
「ということは,酒船石にダビデもソロモンも刻まれているということですか?」
「それは,考え方次第ですね。
酒船石の頭部の内寸幅の630mmに,北側の凹みまでの245mmと120mmを足すと995mmとなります。
995という数字は,ダビデがイスラエルの王となった前997〜998年に極めて近いものです。
また,北側の凹みをアッシリアの囲いと見なすと,枝分かれの溝の幅70ミリが,虜囚期間の70年を意味すると捉えることができます。
この枝分かれの始まりを前721年の虜囚の年として,頭部の凹みまでを逆算すると,前966年のソロモン神殿の建設開始に至ります。
実際に何年だったかは,前965〜967年と定説が分かれていますから,ちょうど真中になります。
さあ,これらの数字を偶然と考えるべきでしょうか?」図−32−b〜c参照
先生の質問は,偶然かどうかではなく,偶然という摂理に対して向けられていた。
先生が偶然を神による必然と受け止めるのは目に見えている。
その上で,歴史的な出来事も,フラクタルとして展開されていることを暗示しているのである。
自己相似とは,科学的な性質だけではなく,歴史の繰り返しや,年表の数字に至るまで,ありとあらゆる物に及んでいる摂理なのだ。
偶然というのは,その摂理の一部分でしかなく,偶然性にとらわれていては摂理の本質を見失う。
「先生,問題は,偶然かどうかよりも,説明が可能かどうかですよね」
「そうですね。酒船石のパターンがフラクタルとして展開されている以上,そこには無限の事象が当てはまる可能性があります。
もしかして,瞳ちゃんの個人的予言が記されているかもしれないのです」
「先生,私の予言は,晩御飯は先生のおごりでお寿司です」
「あっ,やっぱりおぼえていた?」
「当たり前です!ドロミちゃんと言った口を呪うんですね」
「じゃ,回転寿司でいい?」
「おまけしておきましょ。じゃ,行きますか?」
瞳は私にお出かけを催促した。
そう言えば,今日は講義の時間が随分と長かった。
瞳も,イラストレーターで疲れたのだろう。続きは晩御飯を食べてからがんばろう。

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■前967年ソロモン王即位
東端の窪みと中央にはしる溝との交点
■前603年七倍罰のはじまり
東端の窪み〜南側の溝の最初の長さ285mm
南側の溝の最初の凹みへの枝分かれの幅=80mm
967-285-80=602
(前603年七倍罰のはじまり)
■1917年エルサレム解放
-603+360x7=-603+2520=1917
■(2029年ハルマゲドン)
中央の楕円1380mm
中央西端の長い直線1350mm
1350+678=2028

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■酒船石の預言
4.七倍罰
「ということは,前701年,前597年,前5年,前582年,前538年を酒船石に見つければ良いのですね」
「そういうことになりますね。確認してみましょう。瞳ちゃん,中央の溝の暦を出してください」
「はーい,酒船石の首のところですね」
瞳が先生の指示通りに出した暦は,エルサレム包囲が,出エジプトから590年後の前702年になっていた。
やはりここでも一年の誤差だが,きわめて正確である。
でもどうして,南ユダの象徴である南の溝と凹みではなくて,中央の溝と凹みなのだろう?
私の疑問を確かめるかのように時間を置いてから,先生は質問した。
「さて,この暦を見て,何か疑問に思いませんか?」
「それは,南ユダの暦なのに,どうして中央の溝なのかということですか?」
「それもありますが,もう少し基本的なことです。でも,南ユダの暦を見ながら考えたほうが良いかもしれませんね。
瞳ちゃん,今度は南ユダの暦を出して下さい」
「先生,七倍罰の方ですね?」瞳は,返事を待たずに次の図−34↓を出した。
「先生,この暦にはバビロンの虜囚が載っていますね。
しかも,バビロンにたとえられるローマも次の囲いに予定されています。
それに興味深いのは,ソロモンが王位に就いたのは前967年だから一年ずれていますが,この暦では,ソロモンからイスラエルの悲劇が始まったと見ることができます。とても暗示的です。でも,前603年の七倍罰の始まりとは何ですか?」先生は,一つ頷(うなず)いてから言葉を切り出した。
「石井さん,七倍罰というのは『レビ記26章』にある預言です。
イスラエルの民が神に背いた場合,民の罰を七倍重くするというものです。
この場合,七倍という概念が問題とされますが,聖書学上は,一日を一年とする計算で七年とされています。
だから,一年が360日の暦では,七倍の2520日が罰の期間となり,一日が一年なので2520年間が七倍罰の期間となります」
 先生はそこで言葉を切った。私に考えろと促(うなが)しているのだ。
前603年からの七倍罰は,2520年を足せばよいから,終わりは1917年。
もしかして1948年のイスラエル建国につながるエルサレム解放の年?
「先生,この暦には,未来が含まれているのですか?
もしも未来が含まれているとすると,七倍罰の終わりは1917年のエルサレム解放の年となります。
ということは,酒船石は預言を刻んだ神聖なオブジェということになります!」
 私は,事の重大さに初めて気がついた。
今までは,酒船石や益田岩船は,聖書の民が残した,神を証しする石造物くらいにしか思っていなかったからだ。
それが,未来を預言するともなれば,その存在意義は途方もないものになる。
私は,これ以上知ってよいものだろうか?
 その時,私は,怖れと驚きと興奮が交差した中で,一瞬のうちに理解した。
先生が南ユダの暦を中央の溝で示した訳を。それは,前701年のエルサレムの包囲から起算すると,中央の長楕円の凹みと,それに続く溝との長さを加えれば,2700年も先の世界,すなわち七倍罰の終わった時代を指し示すのではないかと。そして,その時代とは,概算でも西暦2000年となる。まさに,リアルタイムで私はその渦中にある。
 私が呆然としていると,瞳が「だから,私の個人的な予言が刻まれてると言ったでしょう」と笑いながら囁(ささや)いた。なるほど,ちゃんと伏線が張られていたのか。あの時は冗談かと思って気にも留めなかったが。うーん,なんかくやしい。自分だけが分かっていなかったなんて!そう思ったら,猛然と知りたい気分になってきた。「先生,もう驚かないから,何でも教えてください」
「では,中央の凹みの残りの部分について,暦として見てみましょう。
長楕円の始まりが前702年でしたから,138pの楕円の終わりは,単純計算で1380年後の西暦678年となります。
でも,紀元前ゼロ年は西暦元年ですから,マイナス1年,ゼロ年,プラス1年ではなく,マイナス1年,プラス1年という一足飛びの計算になります。従って,先の計算に1年足した西暦679年が正しい暦となります。
次に,長楕円の終わりから135pの長い直線の終わりまでを計算すると,679年プラス1350年で西暦2029年となります。
石井さんも瞳ちゃんも生きて迎える時ですが,この年に何が起こるのでしょう」
私は,とっさにハルマゲドンという言葉を思い出した。
世界最終戦争の舞台と言われるメギドの平原。
そこに立つ不気味な予言の言葉を書いた看板。
それが,西暦2029年に始まるのではないか。
酒船石に,ハルマゲドンの開始時期のメッセージが込められていたのだとしたら,余りに救いがない。
私は,絶望するために講義を聴きに来ていたのだろうか。
いいや,そんなはずはない。先生も瞳も,絶望の淵には立ってはいないからだ。
 先生はかって絶望の淵にいたという。でもそれは,私の絶望とは異質の,聴く耳を持たざる者たちへの諦めなのだ。
今の先生は,瞳によって救われている。
とすれば,先生は,決して絶望を教えるために講義してはいないことになる。
ならば,酒船石の暦の終点はハルマゲドンではないのだろうか。
先生は,そんな私の表情を知りながら,あえて無視するように言葉を続けた。
「酒船石が聖書の預言を刻んだものだとしても,単純に末の日を指し示しているのではありません。
1センチを10年に換算するとしても,聖書の知識無しに暦を再構成することは不可能なのです。
でもその知識は,読んだだけでは得ることができません。
というのも,聖書の預言の性質上,象徴を読み解く必要性がありますが,それは技術ではなく,直感あるいは神の霊によってもたらされるものだからです。ですから,コンピューターで酒船石の寸法を解析しても,一番大事な部分は解読不可能ということになります。
同じ事は,人間による解読作業にも言えます。
数学のあらゆる方程式や古代尺を暗記して計算する能力がある人でも,古代尺の本質を見極める目がなくては,酒船石にアプローチすることは不可能なのです。
だから,ここから先は,ある意味で非論理的な作業でアプローチすることになります。
とは言っても,非論理的に書かれた聖書にチャレンジするわけですから,聖書を書いた人と同じスタンスに立つということなのです。
預言者と同じスタンスに立つのですから,多くの人には畏れ多いとか傲慢と映るかもしれません。
でもそれは間違いです。
なぜならば,神は預言者を,地位としてや,社会的な規範として備えたのではないからです。
モーセは,神の召しを辞退しようとしました。でも,できませんでした。
神はふさわしくない人は召さないし,試練も与えないからです。
もしも,酒船石の謎に迫る資格がないと神が判断するのなら,僕には何も解明できなかったでしょう。
怖れはいりません。
必要なのは,真理を受け入れる心の強さと純粋さだけなのですから」
先生はそう語って,私に,真理を受け入れるための心の準備をするように時間を作った。
酒船石の最後の謎は,覚悟を必要とするだけの内容なのだろうか。
私は,すでに覚悟はできていたつもりだった。
でも,あらためて心の準備をしたい気持ちになってきた。
先生がすべてを賭して解明した謎を,私は全身全霊で受け止めたいのだ。
それは,近未来に自分が体験する聖書の奥義なのかもしれない。
第11章 終わり
検索で訪れた方へ。このページはエフライム工房の『私だけの古代史』第一部・酒船石編です。
他の章へはトップページから入り直して下さい。全部で12章あります。
また,引き続き第二部のエジプト編もご覧下さい。

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エフライム工房: 奈良・酒船石遺跡の暗号〜ゲマトリア数秘術,ダニエル書黙示録

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『私だけの古代史 酒船石編』
第12章 イエスの再臨
1. ダニエル書
私だけの古代史も最後を迎えた。
酒船石と言う奇妙な石造物の謎が、今日、完全に明かされるのだ。
酒船石は、実に多くのファクターから成り立っている。
従って、それだけ多くのアプローチを可能にしているのだが、それが酒船石が謎に満ちている所以である。
けれど、謎解きの正解は一つしかない。酒船石に対して多くのアプローチは可能だが、それらが単独では謎解きの鍵とはならないのだ。
さらに、謎が封印されていたということから、そこに、この謎解きの難しさが理解されるだろう。
一人先生にのみ、酒船石の謎解きは可能だった。その理由は、先生には総合する能力があることと、封印を解く鍵を手にする資格があったということになる。その資格とは何かと言うと、自分が導かれていると素直に感じる心である。だから、先生は、本やテレビからのちょっとした情報を、自分のために備えられたヒントとして掘り下げ、深く追求する。その時の集中力は、凡人には絶対に真似のできない凄(すさ)まじさである。
さて、今日の講義は七倍罰の詳細ということで、『ダニエル書』に書かれている数字の謎に迫ることになる。
『ダニエル書』というのは、新バビロニア王国のネブカデネザル2世に仕えた、ユダ族の虜囚ダニエルのエピソードを綴ったものである。
第一章から第六章までのエピソードは、ダニエルがいかに神の霊と共にあったかを記している。
ダニエルはベルテシャザルと呼ばれ、ネブカデネザルの息子ベルシャザル王にも仕えたが、いずれも博士の長として、国の第三の司としての地位に挙げられた。新バビロニア王国がダニエルの預言のようにペルシャとメデアに分裂すると、ダニエルはメデア王のダリヨスに仕え、120人の総督の上に立つ3人の総監の一人に数えられた。ダニエルは事実上の長官として王の信任を得たが、他の総監や総督の謀(はかりごと)によって、無実の罪で獅子の穴に投げ入れられた。しかし、獅子はダニエルを害さなかったので、逆にダニエルを訴えた者たちが妻子と共に獅子の穴に投げ入れられた。
 このようなエピソードの後に、第七章からダニエルの見た幻が語られるのである。
幻は、後の時代に起こる国の興亡とエルサレムの荒廃が、さまざまな象徴によって示されたものである。
しかし、象徴によって示されたはずのものも、末の日に起こるものを象徴するという、言わば二重の象徴という形式を備えているのである。
従って、最初の象徴を読み解いても、その答えが象徴する第二の答えに窮することになる。
どうして難解な二重の象徴によっているのかというと、書の最後にあるように封じられているからである。
ダニエルは明らかに象徴の意味を知ることができた。
けれど、封じることを神に命じられていたので、二重の象徴という構成を取って書き記すことになったのである。
だから、ダニエル書の象徴が読み解かれたときは、末の日が迫っているということになる。
また、ダニエル書には意味不明の数字が登場する。
その数字の意味が理解されないとダニエル書を読み解いたことにはならないが、いたずらに数字の謎を追い求めても象徴を読み解くことにはならない。このように難解なダニエル書だが、読者と共に一部を読んでから、先生の謎解きを再現しよう。でも、できるなら、ダニエル書を全部読んでから謎解きに臨んで欲しいけどね。
■ダニエル書の謎解き
第七章から、ダニエルの見た幻の解き明かし
「第四の獣は地上の第四の国である。これは全ての国と異なって、全世界を併合し、これを踏みつけ、かつ打ち砕く。十の角はこの国から起こる十人の王である。その後にまた一人の王が起こる。彼は先の者と異なり、かつ、その三人の王を倒す。彼は、いと高きものに敵して言葉を出し、かつ、いと高き者の聖徒を悩ます。彼はまた時と律法とを変えようと望む。聖徒はひと時と、ふた時と、半時の間、彼の手にわたされる。しかし審判が行われ、彼の主権は奪われて、永遠に滅び絶やされ、国と主権と全天下の国々の権威とは、いと高き者の聖徒たる民に与えられる。」
 第八章から、二人の聖者の会話
「常供(じょうく)の燔祭(はんさい)と、荒らすことをなす罪と、聖所とその衆群がわたされて、足の下に踏みつけられることについて、幻に現れたことは、いつまでだろうか」「二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する」
 天使ガブリエルの言葉
「あなたが見た、あの二つの角のある雄羊は、メデアとペルシャの王です。また、かの雄山羊はギリシャの王です。その目の間の大きな角は、その第一の王です。またその角が折れて、その代わりに四つの角が生じたのは、その民から四つの国が起こるのです。しかし、第一の王のような勢力はない。彼らの国の終わりの時になり、罪びとの罪が満ちるに及んで、一人の王が起こるでしょう。その顔は猛悪で、彼は謎を解き、その勢力は盛んであって、恐ろしい破壊をなし、そのなすところ成功して、有力な人々と、聖徒である民を滅ぼすでしょう。彼は悪知恵をもって、偽りをその手に行い遂げ、自ら心に高ぶり、不意に多くの人を打ち滅ぼし、また君の君たる者に敵するでしょう。しかし、ついに彼は人手によらずに滅ぼされるでしょう。先に示された朝夕の幻は真実です。しかし、あなたはその幻を秘密にしておかなくてはならない。これは多くの日の後にかかわる事だから」
 第九章から、天使ガブリエルの言葉
「あなたの民と、あなたの聖なる町については、七十週が定められています。これはとがを終わらせ、罪に終わりを告げ、不義をあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言者を封じ、いと聖なる者に油を注ぐためです。それゆえ、エルサレムを立て直せと言う命令が出てから、メシヤなる人の来るまで、七週と六十二週あることを知り、かつ悟りなさい。その間に、しかも不安な時代に、エルサレムは広場と街路とをもって、建て直されるでしょう。その六十二週の後にメシヤは絶たれるでしょう。ただし、自分のためにではありません。また来るべき君の民は、町と聖所とを滅ぼすでしょう。その終わりは洪水のように臨むでしょう。そしてその終わりまで戦争は続き、荒廃は定められています。彼は一週の間多くの者と、堅く契約を結ぶでしょう。そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう。また荒らす者が憎むべき者の翼に乗って来るでしょう。こうしてついにその定まった終わりが、その荒らす者の上に注がれるのです」
 第十二章から、ダニエルの質問と天使の言葉
 わたしは、かの亜麻布を着て川の水の上にいる人に向かって言った、「この異常なできごとは、いつになったら終わるでしょうか」と。かの亜麻布を着て、川の水の上にいる人が、天に向かって、その右の手と左の手を上げ、永遠に生ける者をさして誓い、それは、ひと時とふた時と半時である。聖なる民を打ち砕く力が消え去るときに、これらの事はみな成就するだろうと言うのを、私は聞いた。私はこれを聞いたけれど悟れなかった。私は言った、「わが主よ、これらの結末はどんなでしょうか」。彼は言った、「ダニエルよ、あなたの道を行きなさい。この言葉は終わりのときまで秘し、かつ封じておかれます。多くの者は、自分を清め、自分を白くし、かつ練られるでしょう。しかし、悪い者は悪いことを行い、一人も悟ることはないが、賢い者は悟るでしょう。常供の燔祭が取り除かれ、荒らす憎むべきものが立てられる時から、千二百九十日が定められている。待っていて千三百三十五日に至る者はさいわいです。しかし、終わりまであなたの道を行きなさい。
あなたは休みに入り、定められた日の終わりに立ってあなたの分を受けるでしょう」
「今日は、酒船石の謎解きに欠かすことのできない『ダニエル書』の解読から始めます。最初に、石井さんにダニエル書を読んだ感想を聞いておきましょうか」
「はい、ダニエルの見た幻のうち、実際の歴史に沿う形で、パレスティナの国々の興亡があったように思いました。特に、ギリシャが分裂して、ギリシャ、マケドニア、プトレマイオス朝エジプト、セレウス朝パレスティナの四つの国に分かれたことは幻の通りです。さらに、マケドニアのアレクサンダーやプトレマイオスのクレオパトラと推定できる人物が登場することで、後の時代の、ローマによる古代ユダヤ国家の滅亡が暗示されていることが分かります。しかも、メシアとしてのイエスの死も語られています。でも、全体としては抽象的な表現が多くて、特に数字に関してはまるで分かりません」
 先生はそう言うと、私に考えるように促した。けれど、私には何も分からなかった。先生は何を言いたいのだろう。そのように困っている様子を見て、先生は再び語り始めた。
「酒船石とダニエル書には同じ数字が出てきます。たとえば、7週と62週を足すと69週になります。石井さん、酒船石には69という数字が登場しましたね」
「あっ、そう言えば、酒船石には69度という角度と、二倍した138という数値が寸法として出てきます」
「三分の一の23という数字を忘れていませんか」
「23?ああ、2300の夕と朝の間の!」
「2300は69の33.3333…倍で、聖数の3がどこまでも続くことになるのです。それだけではありませんよ。酒船石の頭部の内寸幅は63センチでした。これを4倍してみて下さい」
「えーと、63掛ける4は252です。そうか、七倍罰の2520年ですね」
「そうです。でも、どうして同じ数字が登場するのか?その理由は、69の半分の34.5がエルサレムの冬至の南中高度だからでしょうか?それとも、63センチは1.2神聖キュビトだからでしょうか?実は、この答えにはイエス・キリストが関係しているのです。でも、その前にダニエル書の数字の謎を明らかにしておきましょう」
 先生はそこまで語ると、何かを飲みたそうに瞳の顔を覗いた。瞳は冷蔵庫から野菜ジュースを出してコップに注いだ。真っ赤なトマトの色は、イエス・キリストの血のように感じられた。そして先生は一気に飲み干すと、謎の核心を語り出した。
「ダニエル書の八章には、一人の偉大な王が登場します。そして、この王のときから2300の夕と朝の間、エルサレムの苦難が続くとあります。だから、この偉大な王が誰を指すのかを知らなくてはなりません。でもそれは簡単ですね。石井さんが言ったように、この王はアレクサンダーに違いありません。従って、紀元前332年のアレクサンダーのエルサレム入城から2300年間とカウントできるのです」
 私は、頭の中で素早く計算した。前332年に2300年を足すと何年になるのか。それは、1969年である。
「先生、1969年ですね」
「では、1969年にどのような意味があるのでしょう?そう、下二桁が69というイエス・キリストを象徴する数字になっていますね。従って、この年は末の日の基となるのです。そして、メシアが来る迄69週が定められているのです。でも、69週を単純に483日として計算するわけではありません。1週を1年として計算するか、1日を1年として計算するか迷いますね。従って、ここでもフラクタルの原理を応用するのです。すなわち、69週の場合もあり、69日の場合もあり、69年の場合もあるのです。ただし、ダニエル書では最後の1週を足して70週に数えられています。これはどうしてかというと、暦というのは数え年のような性格を有しているからです。70週の半ばとは、69週とプラスアルファであり、実質69で計算して構わないわけです」
「では、69年として見ると、1969+69=2038年ですか?」
「そうですね。単純に計算しても良いのですが、1969年が69年間の最初の1年目と数えると、2037年が正解となります」
「それはどうしてですか?」私は少しばかりムッとして質問した。
「それは、2037年にイエスの再臨が期待されるからです」
 私は、イエスの再臨が具体的な暦として提示されたことに戸惑った。世界中の聖書学者や、神学者や、教会関係者が血眼になって捜し求めているイエスの再臨の時期が、地位も名もない一人の日本人によって明らかにされたからだ。これが事実なら、確かに先生は天才である。先生の才能は、神が与えた賜物なのだから、私のような凡人には計り知ることができない。先生がイエスの再臨を2037年と断言するからには、先生には余程の根拠があるに違いない。
「先生、どうして2037年と分かるのですか?」
「それは、クフのピラミッドの解析や、聖書の数字の解読など、僕が体験した幾つもの謎解きの結末が、一致して2037年を指すからです。ただし、2037年は、巳年の西暦33年のイエスの磔刑から、2千年後の初めての巳年に当たります。ノアの洪水やイエスの磔刑など、ヤハウェに関わる重大事件は巳年に起こっています。だから、イエスの磔刑から2千年後の初めての巳年に、我々は関心を寄せるべきでしょう」
「先生、ヤハウェは蛇で象徴されているからですか?」
「その通りです。でも、巳年に最初から注目するのは邪道かも知れませんよ」
「先生、それって、蛇(じゃ)と邪(じゃ)をかけたんですか」瞳が突っ込みを入れた。
「邪道って、マムシに象徴される悪魔の方の蛇の道を指すからね。だから毒蛇の柄(がら)から取って、ヨコシマって読むんだよ」先生はすまして答えた。
「じゃ、休憩にしましょうか」瞳は笑いながら立ち上がった。
■鏡の法則
 休憩の間、私は七倍罰の起点について考えていた。前603年がエルサレム解放から逆算したものだとしたら、起点を何年に置くのが正しいのだろうか。先生がイエスの再臨の年とした2037年から逆算すると、単純計算で前558年となる。これは前586年の第一神殿の破壊と、前538年のエルサレム帰還の間に当たり、バビロンの虜囚の真っ最中である。やはり、起点とするにはインパクトが弱い。もしかして、2037年という暦の設定に無理があるのではないか。そのように悩んでいたとき、先生はそろそろ出番かなという調子で話し始めた。
「前にも言いましたが、ダニエル書の数字には相関関係があります。2300の夕と朝の間と、七倍罰の後半部分、1260年プラスアルファの1335年間は同じ物を指すのです。でも、石井さんが悩んでいる通り、単純な計算では絶対に関係付けることはできません。それが封印なのです。だから封印を解くための鍵が必要になります。でもその鍵は、誰でも手にすることは許されません。ある意味で、鍵を手にするための資質が問われるのです。けれど、資質とは才能ではありません。むしろ感性と言った類のものです。なぜならば、鍵は隠されておらず、誰の目にも触れているのですから。それが鍵と気が付く感性があれば、酒船石もダニエル書も容易に解き明かすことができるのです。例えば、酒船石は水が流れる構造でした。では、水から何を連想することができるでしょうか。そう、時間の流れですね。でも、それだけではありませんね。石井さん、古典文学的に何を連想しますか?」
「はい、古典で水と言うと、水鏡があります」
「そうですね、水鏡は天界を映す鏡ですね。この鏡をどのように用いるのかと言うと、まず、鏡という文字に注目します。鏡の旁(つくり)には、境という意味があります。鏡が接する境から、像は反対側に展開されます。では、鏡に映るものが像ではなく、時間だとしたらどうでしょう。古代に遡ると、鏡の世界では逆に未来となります。例えば、西暦元年に鏡を立てた場合、前3年は後4年に映し出されます。紀元後の方が1年多くなるわけです。これを鏡の法則と言います。従って、前701年のエルサレムの包囲は、紀元後何年に映し出されるでしょう。さあ、あとは簡単ですね」
 先生はそう言って、私に考えさせた。前701年のエルサレム包囲が鏡の法則では後702年となる。これは、紀元前ゼロ年が紀元元年になるからだ。紀元元年に鏡を立てたのだから、元年プラス701年と計算される。だから702年となるのだ。すると、702年に1260年、1290年、1335年を足して行けば良いから、答えは1962年、1992年、2037年となる。ああ、やっぱり2037年で良かったのだ。
「先生、1335日目は2037年です!」私は、先生を少しばかり疑ったことも忘れて感激していた。「鏡の法則かぁ、先生、やるじゃん!」私は心の中でそう叫んでいた。酒船石黙示録図参照(図をクリックすると別ウインドウで精細な画像が出ます)
   4. 荒らす憎むべきもの
「酒船石は、中央の凹みが138センチとなっていて、69の二倍になっていました。ということは、これは凹みの中央を境にして見ることを指し示しているのではないか。そこで、この位置に鏡を置いたとして年表を見ると、頭部側の端は前701年のエルサレムの包囲になります。酒船石の寸法に従えば、前702年として1年のずれが出てきます。実際、これが味噌だった訳ですね。前702年を線対称にすると、面倒な計算をしなくても後702年が出てきます。要するに、楕円の反対側の端が後702年となるわけです。あとは聖書の知識があれば、長楕円に続く135センチの溝が1335年を意味することに気が付く訳です。実際、寸法を正確に暦に直すと、長楕円の半分は690年、これに1350年を足すと2040年になります。2037年との差の3年は、3ミリしかないので誤差の範囲でしょう。それよりも、酒船石は聖書の知識がある人が解析するという前提で造られた物だと思います。だから、寸法を杓子定規に暦に換算するのではなく、聖書の奥深さを翻訳するという態度が好ましいのではないでしょうか」
「先生、私にも分かりました。聖書では、七倍罰とは言いながら、3.5倍罰プラスアルファの1290日とか、1335日とかの、七倍罰の後半部分だけを強調していた訳を。要するに、末の日に関わるものだから、起点からの単純計算では表現できなかったのですね。十字架を挟んで新約と旧約の神が同じという鏡の性質を見極めれば、七倍罰の起点も自ずと鏡に映し出される仕組みになっていた。そういう解釈で良いのでしょうか」
「そうですね、七倍罰が単純な2520年と算出されるのなら、封印も何もないわけです。封印しながらも、知恵のある人には読み解くことができるように仕組まれている。そういう意味では実に恐ろしいと思います。いたずらに数字の謎解きに走る人は、永遠に真理から遠ざけられたままで終わるからです。でも、ダニエル書にはまだ謎が残っていますね。それは、荒らす憎むべきものと表現されるものです」
「先生、それは立てられたものなんですね?」
「そう書いてありますね」
「ではそれは、異教徒の神殿や教会を指すのですか?」
「僕も最初はそう思いました。でも今は違います…」
 先生は言葉を切り、少しばかりの決断をする表情を見せて続きを語り出した。
「エルサレムの荒廃に目を向けると、必ずしも異教徒の侵略に原因を求める必要はありません。むしろ、神に背いたイスラエルの人々に原因があるのです。その典型がソロモンの背教であり、民への重税です。
民に過酷な税を課し、神殿と宮殿の建築に情熱を傾けたソロモンは、エルサレムの荒廃を招いた張本人なのです。
だから、荒らす憎むべきものとはソロモン神殿に他ならず、エルサレムに近い将来造られる第三神殿がソロモン神殿を雛型にしている以上、
ここから末の日の本当に最後のカウントダウンが始まるのです。
石井さん、前966年のソロモン神殿の建造開始に、七倍罰の2520年を足してみて下さい」
「えーと、西暦1555年です」
「では、69週の483日を483年として、さっきと同じように計算してください」
「1555年から483年目は、…あっ、又しても2037年です」
私は、2037年の三度目の出現に本当に驚いていた。
「483日から一年360日を差し引くと、123日が残ります。これは、藤ノ木古墳の副葬品の金銅製帯の幅123ミリに関係しているのかもしれません。金銅製帯とは、古代イスラエルの預言者が締めていた帯の象徴です。すると、藤ノ木古墳は、ダニエル書を証しするために封印を解かれて、この末の日に蘇った事になります。エルサレムに荒らす憎むべきものが立てられるとき、シバの女王を代表とする、諸国の王からソロモンに贈られた金666タラントの数字の意味が明らかになるのです。すなわち、ソロモン第三神殿に玉座を据える独裁者が、ヨハネの黙示録に666で象徴されている獣だということが。そして、この時から最後の一週が始まり、週の半ばの3.5日目に、イエスを雛型とした預言者は絶たれるのです。それから、イエスの再臨まで、ひと時とふた時と半時があるのです。その時が3.5のフラクタルとして展開されるとき、それが3日半なのか、3週間半なのか、3ヵ月半なのか、3年半なのか、人は知ることになるのです」
■ゲマトリア
 こうして、酒船石の謎は、聖書の封印された謎と共に明らかにされた。
残された謎は、酒船石に69という数字が刻まれている理由である。
先生はそれを、イエス・キリストに関わるものと暗示している。
イエスと69という数字の関係は、聖書学的な対象では有り得ない。
なぜならば、聖書を研究している人で、69という数字に特別な意味を見出しいているのは先生だけなのだから。
先生は一体どういう手法を用いて、この最後の謎を解明するのだろうか?
「酒船石の謎解きも、いよいよ最後を迎えました。
謎解きのフィナーレは、予告通りに、ゲマトリアという数秘術を用いて行います。ゲマトリアというのは、3×3の升目を1から9までの数字で埋めたもので、縦、横、斜めの数字を足したものが全て15になる配列です。瞳ちゃん、中央が5のゲマトリアを出して下さい」
「はい、七五三ですね」瞳はそう言って、次のような升目を示した。図−35−A〜C↓
「さて、これは中心が5で、縦、横、斜めの合計が15になるゲマトリアです。数字を全部足すと、中心の9倍となります。この場合は45ですね。中心を6、7と変えると、合計がそれぞれ54、63というゲマトリアが出来上がります。
 中心が5のゲマトリアの場合、左右を入れ替えても、上下を入れ替えても同じように思えますが、実はAのオリジナル形に深い意味が隠されています。石井さん、升目を縦に柱として見て、何か気が付きませんか」
「えーと、右の柱の276は、69の4倍です。あっ、ここでも69が出てきました」
「そうですね。69を半分にした34.5という数字は、エルサレムの冬至の南中高度だけではなく、ノアの洪水の起こった聖書紀元1656年に関係していましたね」
「はい、34.5×48(4世帯8人)=1656でした」
「では、今度は斜めの456に注目し、同じ48で割ってみましょう。答えは9.5ですが、この意味は何でしょう?」
「分かりました、ノアの950歳です」
「そうですね。このように見て行くと、もう一方の斜めの数852は71×12でウルの太陽角度が出てくる。まるで子孫のアブラハムがウルに住むことを予言しているみたいだね。さて、話を戻しましょう。69はアラビア数字ですが、その形から陰陽道における二つ巴(図36↓)を意味し、旧約と新約の神が同じであることを表しています。すなわち、イエス・キリストを指す数字ということになります。生命の樹において、三本の柱のうち、右の柱はイエス・キリストの柱でした。ということは、このゲマトリアも右の柱がイエス・キリストの柱ということになりませんか」
             図−36 二つ巴 飛鳥氏の著書より
「でも、左右を入れ替えることもできます。この配列の必然性が示されなくては納得できません」
「確かに、その通りでしょう。では、奇数の数字だけを見て下さい。どうなりますか?」
「はい、奇数だけを見ると…、あっ、十字架が構成されました」
「そうです。十字架が構成されるということは、ゲマトリアにイエス・キリストにかかわる奥義が隠されていることを意味します。例えば、十字の頭の部分は9ですが、9という数字は救世主のシンボルだと学びましたね」
「はい」
「ということは、このゲマトリアの配列は、救世主であるイエス・キリストを象徴していることになるのです。その証拠を示しましょう。石井さん、十字架の部分の数字を、大きいほうから順に見て行ってください」
私は、十字架の数字を大きいほうから見て行った。
すると、それは頭の部分からジグザグにつながっていた。
図−37 ↓
「先生、ジグザグというかアルファベットのZの字に見えます」
「分かりましたか。ジグザグはイエスの象徴である雷を、Zはイエス自身を指す最後の文字を意味するのです。
イエスは自らを『始めであり終わりである』と語ってます。
終わりを意味する言葉は、ギリシャ語の聖書ではオメガですが、アルファベットではZになるのです。
だから、この配列以外はイエス・キリストを象徴するとは言えない訳です。
さらに、このゲマトリアは隣同士を結ぶと、57、58、79、17、51という数字が見つかります。
これらの数字は、太陽角度として登場したものです。ここに、太陽神としてのイエス・キリストが数字で象徴されていることになるのです。だからこそ、太陽の直径は6957000kmと、69と57というエルサレムの太陽角度で説明が付いてしまうのです」
「先生、分かりました。私は、何かとても感動しています。このゲマトリアがイエス・キリストに関わるからこそ、右の柱に象徴されるイエス、すなわちヤハウェの起こしたノアの洪水に関わる数字や、聖都エルサレムの太陽角度が右の柱に現れるのですね」
「そうです。でも、ゲマトリアの奥深さは、まだまだこんなものではありませんよ」
先生はそう言うと、少しばかり遠くを見る目になった。
中心数7のゲマトリア
「ゲマトリアというのは、中心の数字を変えると、別のゲマトリアになります。
例えば、中心を6にすると、縦、横、斜めの数字の合計は18になります。
18というのは、6+6+6ですから、悪魔の象徴の666になるわけです。
この場合、偽キリストの十字架は偶数で構成され、頭の部分は10ということになります。
これが、ヨハネの黙示録に記される‘この世を滅ぼす獣’が持つ、10本の角として象徴されるものの正体なのです」↓ 図−38
図−38
「このゲマトリアをよく見てください。救世主の象徴である9が、何と左下にあります。これは、救世主を足下に踏みつけるという暴挙を表しているのです。偶数の十字架は、西暦の偶数年に‘世を滅ぼす獣’がしるしを見せる事をも意味します。悪魔が勝利する年が偶数年なのですね」
 そう言えば、今年(2002年)は冬季オリンピックやサッカーのワールドカップで、目に余る不正なジャッジが横行したり、発言力の強い国家がやたらに戦争をしたがったり、自分たちに都合のいいルールを作ったプロ野球チームが圧勝したり、まさにサタンが勝利した年だった。私も、先生に出会わなかったら、絶望的な日々を過ごしていたかもしれない。
「このように、中心が6のゲマトリアは偽キリストの象徴となりますが、中心が聖数7のゲマトリア(↓ 図−39)こそ、我が酒船石の最後の姿なのです。奇数の十字架部分を見てください。酒船石の三本の溝が構成する角度の57がありますね。そして同様に、益田岩船の穴が73度と79度に穿たれていた理由も、十字架から分かるでしょう。
図−39
さて、酒船石の頭部は左右(南北)対称ではなく、
内寸幅で北側35cm、南側28cmとなっていました。
僕が酒船石を解析し始めた頃、最初に疑問に思ったのは、実はこの寸法の意味です。35pも28pも7の倍数です。それは理解できました。でも、どうして7の倍数なのか、その必然性に苦しんだのです。まあ、そのお陰で、神聖キュビトが7.5cm×7だと分かったのですが、それでも頭部の非対称の理由が分かりませんでした。でも、今は完全に理解しています。それは、酒船石の頭部には、内寸幅の63cmで7×9を暗示し、中心が7で九つの枠の合計が63となるゲマトリアを連想させる目的があったということを。左右対称だと、誰も7cmの倍数で造られていると気が付きませんからね。実に、酒船石の九つの凹みは、ゲマトリアの九つの枠に対応していたわけです。もっとも、今は欠損して見えない凹みもありますが、それもちゃんとした理由があって欠損しているのです」
先生の話では、酒船石の欠損には、欠落させるべき理由があると言う。
一つには、『ゼカリヤ書』3章8〜10の記述である。
そこには、こうある。
「大祭司ヨシュアよ、あなたも、あなたの前に座っている同僚たちも聞きなさい。
彼らはよいしるしとなるべき人々だからである。見よ、私は私のしもべなる枝を生じさせよう。万軍の主は言われる、見よ、ヨシュアの前に私が置いた石の上に、すなわち七つの目を持っているこの一つの石の上に、私はみずから文字を彫刻する。そして私はこの地の罪を、一日の内に取り除く。万軍の主は言われる、その日には、あなた方はめいめいその隣人を招いて、ぶどうの木の下、いちじくの木の下に座すのである」
 大祭司ヨシュアとは、モーセの次の預言者でエフライムの子孫である。この記述は末の日に主がなさることを告げたもので、いちじくの木はエフライムの象徴となっている。要するに、酒船石は七つの目を持つ石として、エフライムの子孫が末の日に備えられることを証しているのである。あるいは、先生もその一人かもしれないが。
 それにしても、酒船石がゲマトリアを構成していたとは驚きである。でも、先生はどうやって、この不可思議な謎に満ちた石造物を、ゲマトリアで説明し得るのだろう?私は、期待と共に、固唾を飲んで次の言葉を待った。
「中心が7のゲマトリアは、奇数の十字架の部分の合計が35になります。残った偶数部分の合計は28。これらは酒船石の頭部の凹みの、内寸の幅に見られます。また、縦、横、斜めは、足すとそれぞれ21になりますが、これらを全部足すと168になり、高松塚の鏡などの16.8cmの説明となります。
 さて、酒船石の凹みは、欠損部を含めると九つで、7のゲマトリアに置き換えられます。7のゲマトリアは、十字架の頭の部分が11となっています。これを酒船石の頭部の凹みに当てはめて見ましょう。瞳ちゃん、酒船石のパターンとゲマトリアをミックスしてください」
「はい、最初は11が頭のやつですね」瞳は、要領良く酒船石ゲマトリアを展開した。図−40−A〜C ↓
図−40−A  
「さて石井さん、このゲマトリアを見て何か気が付きませんか?」
「はい、ノアの箱舟を象徴する凹みに、ノアの家族数と同じ8が入っています」
「そうですね。それから、イエスを象徴する9が欠損部に置かれることになりますね」
「先生、ということは、イエスが今現在はいないことを表しているのですか?」
「ご明察。一番下の3も天の三神を表しますから、やはり不在のため欠損部に置かれます。けれど、この配置はもっと深い意味が込められているのです。例えば、頭部の11という数字に注目しましょう。この数字は、ヨセフの亡くなった110歳を連想させます。従って、ヨセフの亡くなった前1722年からの暦として考えてみましょう。ここで大事なのは、十字架を構成する五つの数字のうち、欠損部に置かれる5と9です。イエスの磔刑のときの十字架は、頭の部分のないT字形のものでした。そこで、ここでもT字を構成する四つの数字を用います。これを縦、左右の順に3759と並べます。欠損部の数字が後になりますね。さて、十字架の頭が無いのですから、何かを足して十字架を完成する必要があります。この場合は、頭に関係する数字を足せばいいですね。具体的には、3759を年数と仮定して、先のヨセフの亡くなった前1722年を足してみてください」
 私は、3759年+(−1722年)と素早く計算した。そして、出てきた答えに四度驚くことになった。なぜならば、その答えこそ、あの2037年だったからである。
■預言されていた謎解き
 私は、ゲマトリアというものを、数字を使った占いやそれに類するオカルトと考えていた。
だから、余りの奥深さに畏怖すら感じ始めていた。
だが、7のゲマトリアに関して、先生はまだ言い足りないことがあったのだ。
「今まで説明した酒船石の7のゲマトリアは、頭部を上にしたものでした。
酒船石を人体にたとえて見るのだから、それは自然ですね。
でも、酒船石にはパレスティナの地図としての、頭部を下にした逆さまの姿もあります。
今度は、その逆さまに数字を当てはめて見ましょう。
瞳ちゃん、今度は逆さまのやつを出して下さい」そう言って、頭が3になっている酒船石のゲマトリアを説明し始めた。↓ 図−41 
図−41
「このゲマトリアも、ノアの箱舟に相当する凹みに、ノアの洪水時の年齢600歳を暗示する6が置かれています。
それから、イエスの不在を示すように、9の数字はやはり欠損部に置かれています。
 さて、酒船石は水が流れる構造でした。しかも三本の溝の中で、造られた時点から見て未来を指し示していたのは真中の溝だけでしたね。
そこで今度は真中の溝に注目し、水が流れる方向に沿って数字を並べて暦を作ります。
すると3711年となります。
これにまたヨセフの亡くなった前1722年を足します。
ヨセフから3711年後という計算ですね。石井さん、答えは何年ですか?」
「はい、3711年+(−1722年)は1989年ですが、この年はもう過去になります。先生、一体この年に何があったのですか?」
先生は、私の質問にすぐに答えないで、しばらく間を置いた。そしておもむろに口を開いた。
「西暦1989年。この年は、僕の古代史が始まった年であり、酒船石に興味を抱いた年でもあります。
僕の古代史は、酒船石に預言されていたのです。しかし何より、この年から平地をシンボルとする平成が始まりました。
実に、エフライムの奥義が明らかにされる基が、1989年に置かれたということになります。
思えば、上ナイルのSを頭文字とする昭和天皇が、酒船石の7のゲマトリアを暗示する一月七日に亡くなったのも、天の計らいだったことになります。昭和が63年で終わったのも、酒船石の頭部の63pに呼応しているように思えます。この年に注目された藤ノ木古墳の径48を、1989年に足しても2037年になります。時代は、下ナイルに象徴されるエフライムの時を迎えるのです。元号のように、あるいは生命の樹に見られる慈悲の柱(頭が平)のように、平らかに成すというイエス・キリストの預言の成就が待ち望まれるのです。高い山が崩れ去り、人々は上下関係による支配から解放されます。愛と自由の本質が明かされる時、僕の古代史も正しい評価を得られるでしょう。でもそれまでは、僕は僕の道を行くしかありません。僕は、自分が幸福な時をすごす事ができたことを感謝します。石井さん、そして瞳ちゃん、本当にありがとう」
 先生はそう言うと、涙をたたえて微笑んだ。私は、自分が受けた講義の重さに気が付き、心から先生と瞳と、初めて神に感謝した。そして、この私だけの古代史は、先生の最後の言葉で終わりを告げた。
「さて、酒船石の最後の謎は、中央の長楕円に斜めに突き刺さるように見える凹(くぼ)みです。なぜ、このようなデザインを施す必要があったのか。その理由は、ゲマトリアが明かしています。中心が7のゲマトリアは、斜めの凹みに10または4が置かれています。10は‘この世を滅ぼす獣’、4は‘死’を意味します。そして、斜めに突き刺さっているのは、イエスを貫いたロンギヌスの槍を象徴しているからに他なりません。
イエスは獣によって死を与えられましたが復活しました。
実に、復活がなかったら、この世は空しいだけでしょう。誰がこんな悲惨な世を造ったのだと文句の一つもいいたくなりますよね。
でも、復活があるからこそ、我々はこの世の苦しみを試しとして受け入れることができるのです。
やがて復活があるとすれば、人生は無駄にはできませんね。なぜならば、死によって全ては終わらないからです。死はつかの間の休息に過ぎず、その後の最後の審判によって住むべき世界が決められるのです。
だから、二人とも決しておばさんになってはいけません。オバタリアンなんてもってのほかです。年齢を重ねても純粋さを失わなかったならば、いつまでも美しいままでいられるでしょう。そして、できることなら、自分が正しいと思うことは、神に対しても取り成しを求めるような人であって欲しいと思います。神には、この世を造った責任があるのだから、どんなに小さな人の声でも、真実ならば無視できませんからね。いやむしろ、神と人との間に立って、取り成す人を待っているのかもしれませんよ。では、この講義を終わります」
私と瞳は心からの拍手を先生に贈った。先生は照れながらも満足そうに頷き、
「瞳ちゃん、モーツァルトのトルコ行進曲かけてね」と言った。
私は「クフのピラミッドの謎解きはいつするのですか?」と尋ねた。先生の答えはふるっていた。
「もう一人美人を連れてきたらいつでも」その瞬間、瞳がCDケースで先生の頭を引っ叩いた。カーン?(完)
     
エフライム工房
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井口和基: エプシュタイン(上級イルミ)逮捕>>ハリウッドセレブはQAnonから避難のため日本へ


井口和基: エプシュタイン(上級イルミ)逮捕>>ハリウッドセレブはQAnonから避難のため日本へ
ハリウッドの偽ユダヤ人富豪エプシュタイン逮捕とハリウッドセレブが日本に来るわけ!?:ほとぼりが冷めるまで退避中かいな!?
2019-09-09 14:34
【閲覧注意】以下には結構怖い内容が含まれていますゾ!良い子のみなさんや心の弱い人やドラエモンには見せられないよ!
みなさん、こんにちは。
さて、日が変わると今日覚えていたこともまた次のことに気が移って忘れてしまう可能性大。そんなわけで、せっかく日本を旅する米人セレブの話が出たついでにこれもメモしておこう。
ひょっとしたら、セレブが日本に来るのと関係があるかもしれないからである。
先日これをメモしておいた。
この「一斉逮捕」というのが何かというと、これはいわゆる「イルミナティー」という闇組織が世界に張り巡らされていたのだが、このメンバーをつなぎとめるための、通過儀式(イニシエーション)に「悪魔主義」が使われ、その儀式のときには、正真正銘の殺人儀式が行われてきたのである。
し・か・も
しかも、その時の生贄は若い女性や小児であり、その前に参加者の門前で、性交を命じられるのである。有名なのは、アメリカのスカル・アンド・ボーンズである。
当ブログでもだいぶ前のdoblog時代からずっとメモし続けてきたことだが、ここのブログ1の時にも以下のものをメモしておいた。
この悪魔主義は、キリスト教やユダヤ教やイスラム教やさらには、フリーメーソンやバラ騎士団やテンプル騎士団など。。。あらゆる結社や宗教に侵入し、さらには、米海軍のような軍産複合体にまで侵入してしまったと言われているのである。実際に、米海軍のイニシエーションにおいても、新隊員は全く知らないうちに悪魔主義儀式を行わさせられるのである。さらに、アメリカの大学には、ギリシャ文字の3文字を使った、フラターニティーシステムという、非常に変わった学生組織がある。一見、大学の周りの学生寮の名前であり、そういう学生寮が各組織を兼務しているというようなものだ。我が国で言えば、学生自治会と自治学生寮が合体したようなものである。
もともとスカル・アンド・ボーンズもそういうイェール大学のフラターニティが変化したものである。
ちょっと説明しないと、アメリカの大学青春映画の面白さもわからない。
たとえば、リベンジオブナーズ(ナーズの復讐=オタクの復讐の意)
これが典型的なフラターニティーのお話である。ナーズというのは、変なやつという意味で、ニート、オタク、ホモなどのギークの集まりの意味である。ギークというのは、英語で出来損ないの意味のバッドワードである。差別用語。かつて、ギリシャ時代のスパルタ人やローマ時代のローマ兵が自分の子が見てくれの悪い子が生まれると、
ギーク
といって投げ捨て殺したという伝統に端を発するといわれている。
西洋では、新生児の男児がイケメンで強くなりそうな子でないと、殺してしまったわけだ。これがいまもアメリカで残り、ギークという差別的言い方があるわけだ。彼ら金髪碧眼米人にとり、出来損ないのニート、ホモ、秀才、天才、オタク、。。。こんな奴らが皆ギークと罵られ、ナーズと呼ばれるようになったわけだ。
さて、そのナーズもナーズばかりが入寮するフラターニティーを作った。必ず名前がギリシャ文字の3文字だ。
ΠΚΛ(パイ、カッパ、ラムダ)
そんなやつだ。
一方、アメフトのエース達も自分たちの金髪碧眼のイケメンボーイズ専用(だけしか入寮できない)フラター二ティーを持っている。すると、それぞれのフラターニティーでそれぞれのルールを持ち、それぞれの入会式=入会の儀式=イニシエーションを行う。日本で言えば、看護師の卒業式の儀式のようなものだ。これが西洋人の伝統のかなり根幹に存在するわけですナ。我が国の夏の修学旅行のファイヤーストームとか、そういうものをイメージしては間違う。似て非なるものである。たまにディズニー映画にもこれが出てくるし、アメリカのカトゥーンにも出てくる。
問題は、大人の組織でもこれをやるっていうことだ。フリーメーソンも入会儀式がある。そして、その時に悪魔主義の団体では、生贄をとり、
儀式殺人
を行うのである。だから、白人はインディアンや日本人や他国の民族をバカにはできない。もし日本人は神道の儀式で酒をお供えするとか、仏教の儀式で動物をかたどった野菜のお供えをするといって誹謗中傷するのであれば、それはちゃんちゃらおかしい。奴らは、若い女性や子供を生贄にするからだ。
さて、本題に戻ると、大量逮捕の対象案件は、この儀式殺人を行った組織やそのメンバーに対して、また、そういう組織に女性や子供を提供した下請けのメンバー、そういう下っ端の連中に対してである。
ちょっと前の10数年前までヘンリー・キッシンジャーとか、ビル・クリントンとか、アル・ゴアとか、ジョージ・ブッシュとか、こういう連中がカリフォルニアのボヘミアン・グローブにある悪魔主義結社で、子供を狙って狩りをしたとか、そういう事件の噂が絶えなかったのである。
全米では毎年何万人もの子供の行方不明者がでる。この大半が、そういう悪魔主義組織や売春や臓器売買に回されたと考えられてきたわけだ。しかしながら、悪魔主義者のメンバーたちがNWO(ニューワールドオーダー)を作り出し、イルミナティーを名乗り、各国の政治家要人になってしまったのである。というわけで、だれも歯向かうことができなかった。
ところが、トランプ時代に入り、QAnonが登場し、まるで昔の我が国のねずみ小僧のような義勇軍のようなものが現れてきた。そして、米軍複合体のうちの米軍の方からトランプのQAnonに加担するものが増えてきたわけだ。そして、法曹界や警察なども一致団結して、悪魔主義の殺人を取り締まるようになったわけだ。
それがこの問題の発端。
そして、ハリウッドにまで侵入していた悪魔主義の親玉がジェフリー・エプシュタインだったというわけだ。こいつは偽ユダヤ人だが、生贄を提供する側である。我が国で言えば、AKBやSKBやNGTやら似たような会社を作り、若い女性をたぶらかして、フリーメーソンや悪魔主義のメンバーのご老人たちに、その肉体を提供する秋元康のようなやつといえるだろう。
実際、安倍晋三政権の側近の一人、北朝鮮人ルーツの谷内正太郎は、ときどきアメリカに行って、パラビオーシスして若返りを図っていた疑惑がある。パラビオーシスとは、若い子供の血と自分の老人の血を入れ替えることである。すると、若いほうが一気に老け、年取った方が一気に若返る。長寿を得るために幾多の若者をカンフル剤のように使役するのである。
黒柳徹子や女優がスイスへ行って、あっちで黒羊の胎盤の血を入れるという美容を行って若返りを行うという話が出てだいぶ経つが、実際黒柳徹子は至って元気だし、インタビューする徹子より、インタビューされているもっと若い俳優の方が先にどんどん死んでいく。同じく谷内正太郎も年齢以上に若々しい。きっとAKBの女子とも幾多となくセックスしてきただろう。谷内はヘンリー・キッシンジャーにこれを教えられたというのである。キッシンジャーはもう100才近い年である。いまだ元気だし、ジョージ・ソロシュも何十才も若い妻をもらっている。
こういう悪のネットワークのリストをつかまったエプシュタインが持っていた。つかまえた方の警察はそのリストを見つけて解析中だというわけだ。その人数が万のオーダーである。
むろん、デカプリオ筆頭にトランプ政権ができる時に反トランプをぶち上げたハリウッド俳優や歌手もそのリストに入っている可能性が高い。
というわけで、日本でもよくあるように、
ほとぼりが冷めるまで、どっかで身を隠しておく!
とまあ、そんなこんなで、ハリウッドセレブはいま、メキシコのカンクンや、世界中の辺鄙な場所、あるいは、日本、そういう場所に逃げ隠れているんちゃうかいな?
というのが俺個人の見方なんですナ。エプスタインと秋元康はやっていることがそっくりだし。
ほんと偽ユダヤ人と偽日本人ってやることがよく似ているよナ。だから、ユダとニダ同祖論をぶち上げるわけだヨ。
いやはや、世も末ですナ。

Kazumoto Iguchi's blog 2





エプスタインが死んだ?! あのペドフィリア重要容疑者である!
19/08/13 00:00
いわゆるペドフィリア(小児性愛・生贄)事件の重要容疑者である!
多くの陰謀説が持ち上がっている…!
左はトランプマターがあり、
右はヒラリー・クリントンマターがあるからである。
死んだ(自殺)のか?
殺されたのか?
それとも生きているのか?
ジェフェリー・エプスタインは生きている?!
との情報もある。
ヒラリーの実弟トニー・ロダム (Tony Rodham, 本名:アンソニー・ディーン・ロダム(Anthony Dean Rodham)が
本年6月7日に死亡したと言われているが、
その遺体がジェフェリー・エプスタインの身代わりになっているとの噂だ。
ジェフェリー・エプスタインは、2019年7月6日、ニュージャージーで逮捕され、性的人身売買と未成年者への陰謀で起訴された。
大富豪で、自身の名を持つ「Epstein's Pedophile Island」をセント・ジョーンズ島に所有し、頻繁にプライベートジェットで要人を招いてパーティーが行われたいた。これは以前から知られていたことである。その要人名には、元米国大統領ビル・クリントンを始め、アンドリュー王子まで幅広く闇は深い。
そこで何が為されていたのか?
小児性愛・人身売買が行われていた。それ以上の事も含まれる。
その核心を担ったジェフェリー・エプスタインが、自殺した?
余りにも唐突であり、当然のことながら口封じ説も登場する。
自殺か?
他殺(謀殺)か?
それとも死んだ事にして、身辺警護を完璧化した?
とにかく、ペドフィリア事件の最重要容疑者である。彼は生きている。との情報も根強い。まずは重要証言を引き出すことが先決だとのその根拠である。
ペドフィリア(小児性愛・人身売買・生贄)事件
全世界を揺るがしている大事件である。
宗教界・王室・支配エリート・マスコミ・エンターテイメント界、政界まで及んで組織的にその網は広がっている。一種の秘密結社の悪行の契りである。
世界の結社に入り込む登竜門として、一度はその洗礼を受けなければならない。それは一連托生の悪の契りとしての儀式である。それを経ると、決して抜け出ることが許されない悪魔との契約である。
最終的に「悪魔の儀式」として、
生贄・人肉徒食、
文字通り「血のワイン」聖餐が控えている。
怖ろしくも凄惨な儀式である。
その犠牲者として、幼い稚児が供物と捧げられる。俄かに信じがたい所業が日常的に行われている。
中心人物としてジェフェリー・エプスタインが担っていた。セントジョーンズ島の「Epstein's Pedophile Island」がその場所の一つであり、似た場所は全米に200余り存在するという。
「Epstein's Pedophile Island」はハリケーンに一部破壊されたが、山の頂に寺院が存在する。その寺院は、地上部分は数階建てながら、地下部分は何階になっているか想像すらつかない。
Epstein's Pedophile Island, Little St. James USVI Drone July 2019 3 (1/2) 
嘗ても上梓したが、バンカーとしてその秘密結社に深く入り込んだオランダ人ロナルド・バーナードの告白でも明らかである。
世界を支配しようとする手段が、利益(利権)と悪行への頚木(くびき=縛り)という、飴と鞭が使われている その犠牲に幼い子供や若い女性が用いられる。怖ろしい世界が存在する。
はたして、成り行きは今後どうなるだろうか?Q情報によると、「計画がある」と言う。その一環であろうと思われるが、ペドフィリア事件の解明とその根絶が世界の浄化の最大の関門である。
QAnon @Qanon76
 ・ 2019年8月11日
The Left wants the truth about #Epstein because they think he has the goods on Trump. 
The Right wants the truth about #Epstein because they think he has the goods on Bill Clinton. 
A KEYSTONE connects both sides of an arch.
See how this works? 
TRUST THE PLAN.
Anons know.

飄(つむじ風)





posted by datasea at 12:52| Comment(0) | △ オカルト主義研究者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする