2019年07月17日

松原照子霊視: 岩崎弥太郎,石油発見の時代

松原照子霊視: 岩崎弥太郎,石油発見の時代
2019.6
「アメリカ先住民が,昔のままアメリカでくらしていたなら,地球は今のようになっていなかったのですよ」
キッチンのテーブルで原橋を書く私に誰かが話しかけてきます。女性の声です。。
耳をすますと、CDのヴァイオリンの音がいつものように流れて,ユリの香りと合体して心を癒してくれます。
その合間を縫うように女性が話をつづけます。。
「北米にある五大湖のひとつエリー湖には、自然に湧きだす石油がありました。
インディアンたちは、この石油を神からの恵みと思い煮炊きや暖を取ることに使っていました。
筱らは自然を愛し自然とともに生と死を味わいなから暮らしていたのです。。
そこへやってきにのがエドウインL.ドレイクです。
被は石汨の大量採掘を史上はじめて行い、成功させました。1959年のことです。
こうして1960年代には石油が天下をとる時代を迎えました。
このときからロックフェラーがアメリカを午耳るようになっていくのです。
いえ、世界を手に入ていくのです」
沈黙が流れました。
エドウインL.ドレイクは1959年8月27日、ペンシルヴァニア州のオイルクリークで原油を堀り当て、多量の採油に成功した。
たが、採油の特許取得に失敗し、やがて石油投機で財産を失った。
「エドウインL.ドレイクは地中から石油を取り自す方法を発見したが、ジョンD.ロックフェラーは石油から金を引き出す方法を発見した」
という言葉があるそうだ。
ジョンD.ロックフェラーは、ドレイクが石油をり当てた3年後の1863年に
クラーク・ロックフェラー・アンドリウス製油所
を設立し、製品を「スタンダート・オイル」と名づけた。
これがスタンダード石油のはじまりで、1883年にはアメリ力で産出する石油のうち約90パーセントをに輸入・輸送・精製・販売する巨大会社となった。
「岩崎弥太郎という人物を知っていますか??」
「はい。名前だけは」
「彼はロックフェラー家の一員になった最初の日本人で、死の商人といってもよい人です。
アメリカ南北戦争の終結後、明治改府に式器・弾薬・艦船を納めなけれは、あるいはこのときに岩崎弥太郎とロックフェラーとのバイプラインか生ま
れなければ、日本は第2次世界大戦に突入しなかったと、私たちは見ています」
澁澤栄一という人物がら日本郵船を奪い取り、三菱と三井は、このときロックフェラーの支配下に入ったのです」
岩崎弥太郎は三菱財閥の創業者。
南北戦争後のアメリカから武器や船舶を調達して明治政府に納め、それによって明治政府政は西南の役を鎮圧した。
西南の役後、明治政府が使用した武器は三菱財閥に安く買い下げられ、財閥の基となたといわれる。
新ー万円札の顔となることになった澁澤栄一は、岩崎が設立した郵便汽船三菱会社に対抗するため、三井財閥を中心に共同運輸会社を設立。
両社は2年半にわたるビジネス戦争を経て合併し、日本郵船となった。
「一般の人々は知ろうとしないのか、それとも知ることができないのかは知りませんが、時代によって異なりますが、今の日本がひと握りの人の手でつくられたことを知っておくことが大切です」
そうそう、石油か発見されていちはん喜んだのは鯨だったのかもしれません。
そハまで北米では、鯨油を採るために鯨漁が行われていましたが、石油の発見で姿を消したからです」
ここで皆様に、インディアンのショーニー族の戦士テカムセの言葉をおくります。
「朝おきたら、太陽の光と、お前の命と、お前の力に感謝することだ。
どうして感謝するのか、その理田がわからないとしたら、それは、お前目身の中の罪がとぐろをいている証拠だ」
彼は1813年45歳でこの世を去りました。
私たちは独自の価値観で物事を量り、文明の利機や便利さを追求した品々にかこまれて暮らしています。
そのにめが、生きることの本当の意味を忘れてしまったのがもしれません。
彼が亡くなった206年前の世界を想像することすらできませんが、インディアンの生き方は見事だと思えるのです。
私たちは、インディアンの心を持たなけれはいけない気がいたします。
―雑誌ムー,2019年7月号,

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posted by datasea at 01:31| Comment(0) | % 松原照子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする