2019年07月11日

[文明800年周期説] hideチーフ: 少子化は文明サイクルの一局面であり危機ではない

[文明800年周期説] hideチーフ: 少子化は文明サイクルの一局面であり危機ではない
世界の向かう先についての考察
2011/12/2(金)午後0:27
覇権と文明の移行その他国際情勢
文明800年周期説,村山節
hideチーフ
■文明の移行現象
アジア思想的価値観が今世紀から復活し始めている背景には、文明の移行現象が大きく関係しているとも思われます。
孔子の後にも多くの弟子たちが討議し編纂したり追加していった。
キリスト教も同様であり、様々な宗派に別れていき、分かれた宗派もまた分派していったことで勢力争いも生じた。
何故に繁栄した文明が腐敗していくのでしょうか。
そして、文明の交代期が近づくに連れて、嘗て覇権を握っていた支配層や為政治者が、腐敗きっていることが露呈するのでしょうか。
要するに先人の思想を後人が討議したり吟味したりできる自由がなくてはならない。
文明が爛熟し腐敗していく裏には、人間というものの本性があります。
逆境は人間を強くしますが、贅沢は人間を堕落させていきます。
世界史を見れば、どの地域に存在した王朝でも、元々は騎馬民族がルーツだとか海賊がルーツといった事が多いですが、支配者の地位に上ると途端に思考が変化していきます。
其の支配者や特権階級となった貴族の子や孫は贅沢を覚えます。そして、其の贅沢が慣れていき未来永劫に渡って其の体制を維持させたいが為に、平気で非人道的な行為にも手を染め人間的に堕落し腐敗ていくのです。
嘗て、武力によって欧州と北アフリカと中東、そして地中海までも支配したローマ帝国の子孫は贅沢を覚え鍛錬を嫌悪し酒池肉林に溺れていった。
そして、権力や不正な賄賂などを使って兵役を回避していく。
そして警護の為に北方の蛮族として侮蔑し差別していたゲルマン人を傭兵として雇うようになり、其のゲルマン人を傭兵として雇用するローマ帝国の貴族たちが増えていったのです。
其の元ゲルマン人の傭兵部隊が各地で反乱を起こしたことによってローマ帝国は内部からも崩壊していったのです。
また、ローマ帝国の内部崩壊に呼応して、欧州に訪れた急速な寒冷化による不作や森林伐採による洪水の多発によって、飢えた北方のゲルマン民族や中央アジアから東欧にかけての騎馬民族だったフン族や匈奴系騎馬民族も流入した。
こうして西ローマ帝国は急速に領土を失っていき、西欧地域は戦乱となった。現在もローマ市に残る粗末な狭いエリアの城塞があるように、其のエリアを最後の領土として西ローマ帝国は消滅した。
武人の子孫が鍛錬を忘れ享楽に溺れ、聖職者の子孫が勉学や知識の習得を忘れ、富裕者の子孫が自制心と理性を忘れ自己中心的な振る舞いをするようになると、其の支配は急速に衰退していきます。
そうなると、リーダーの求心力は低下の一途を辿り、大衆がリーダーを軽蔑し批判するようになると、其の支配は衰退に向かい著しく低下していく。
そうなると他の支配者に其の隙に入り込まれ取って代わられます。国のリーダーたちが既得権益や自分たち一族の利権を最優先し、国家や国民のためになる勉強をしなくなると、虎視眈々と狙う異民族に隙を突かれます。
こうして、全くの異民族がリーダーや支配層の座に就くことなど、世界史には数多く存在している。世界各地で「逆境は人間に必要であり、贅沢は敵だ」と言うのは、そうした過去の教訓が含まれているからなのです。
しかし、人間は当事者にならないと其の言葉が理解できません。
自分に災いが降りかからないと大半が他人事なのです。これは、現代人にも該当すると思う。
特に親の世代、彼らが貧しいながらも苦学をして頑張り現在の地位を得たとする。
気づけば“一周遅れのフロントランナー”に!世界危機で聞こえ始めた「2012年日本再浮上」の福音【真壁昭夫コラム】
しかし、子供に幼少期から贅沢や自己中心的なワガママを許せば、子供は腐敗し堕落し大人になっても親に依存し続けるのです。
贅沢に慣れることで、其の贅沢を自分自身で得る努力をするよりも依存して生きる道を安易に選択する。
子供は自分の運命を自分で決める力を失っていき、次第に親を侮蔑し他人も傷つける行為に走る場合もあります。
そういう中でも自立心のある子もいるが、贅沢と依存心に浸かっているとナカナカ抜け出せません。
戦後の団塊世代は非常に苦労しました。
しかし、自分たちが苦労したことで子供には苦労させたくないという親心は理解できます。
しかし、そういった甘やかし行為が子供を精神的にも自立的にも強くすることは稀です。団塊ジュニア世代は、苦労した親から其の価値観を受け継がなかった人たちも大勢います。
現在において報道される事件の多くが、其の世代の人たちが関与している場合が増えています。其の世代が青少年期を過ごしたバブル期の享楽も、彼らに植えつけられた其の後の思考に大きく影響しているとは思います。
親の世代は、食糧難の他にも誰もが我先と競争していた戦後の混乱期を経験し、勤勉に働き1代で資産を築き、精神的な強さと勿体無いという価値観を持っています。
しかし、彼らの子供たちは其の豊かさを生まれたときから享受しており、親の世代が苦労した上に成り立ったものだとは気づきませんし知ろうともしません。
人生の明確な目的意識や価値観を持って来なかったため、安易な享楽に走り更なる刺激を求めてドラッグに手を出し退廃的になって人生を棒に振ったり、利己主義こそが至上だというライフスタイルに陥り、他人だけでなく友人までも騙す対象としてカネを儲けるようになる人もいます。
モチロン、この世代の人たちの大半は各方面で立派に活躍している人も多いのも事実ですが、其の大多数においては贅沢が当たり前という病に罹患しているようにも感じます。
団塊ジュニアの子供たちは更に強い精神力を受け継いでいませんので、軽い逆境にも直ぐに逃げてしまう傾向があると言えるでしょう。親が存命だから甘えることが出来ますが、其の親も自然の摂理として自分よりも先に亡くなるものです。
確かにニートや引きこもりの増加は、世界的金融危機や構造の陳腐化などによる景気後退からくる求人の減少や失業率とも大きな関係性があります。
しかし、高校生の皆さんが安易に大学進学してしまったために、いざ就職となると高卒と同等の仕事を敬遠する傾向もあると思います。
給与を得るための職場は、授業料を払う大学生の頃とは間逆の思考を要求されます。最初の職場で失敗して叱られたりすると、直ぐに退職してしまう傾向も増えています。自己嫌悪からくる仮病でダラダラと休んでいたら戻れなくなってしまったとか。
彼らは精神的に傷付き易い性格だとは思いますが、其れをニートや引きこもりを続ける主な言い訳や理由にしている人も中にはいます。誰にでも失敗はあります。私も生きているのが恥ずかしくなるような失敗を幾つもしてきました。
感受性が高く傷付き易いからといって、正面から立ち向かわずに逃げているのはラクですが精神的に強くなりませんし人間性や協調性が育っていきません。其の必要の無いプライドの存在が、更に挫折感へと向かっているようにも感じます。
現在、就職難だとされています。
■少子化は危機ではない
顧客の要望が10年前と比較して格段に高くなっていることや、直ぐに利益を生んでくれるような即戦力が求められていることも大きいでしょう。
つまり、たとえ新人でもプロの仕事が求められているのです。だから、近年では経験者や即応性が要求されています。
しかし、子供に幼少期から贅沢や自己中心的なワガママを許せば、子供は腐敗し堕落し大人になっても親に依存し続けるのです。贅沢に慣れることで、其の贅沢を自分自身で得る努力をするよりも依存して生きる道を安易に選択する。
其れに応えられないと直ちに烙印を押されかねない厳しい時代なのです。其れに対応するために学生時代から自分に合った職種を見出すために、何らかの行動を起こすことが必要です。
子供は自分の運命を自分で決める力を失っていき、次第に親を侮蔑し他人も傷つける行為に走る場合もあります。そういう中でも自立心のある子もいるが、贅沢と依存心に浸かっているとナカナカ抜け出せません。
以前、作家の村上龍さんが14歳から仕事についての知識を得ることの必要性を説いていましたが、そうした知識を多く得ることも重要ですし、学生時代のアルバイトなども貴重な経験です。
戦後の団塊世代は非常に苦労しました。しかし、自分たちが苦労したことで子供には苦労させたくないという親心は理解できます。
中には、念願かなって憧れの職種に入社しても、学生時代のアルバイトの仕事内容の方が自分に合っていたと言って辞める人もいますから今は個々人の嗜好は様々です。
しかし、そういった甘やかし行為が子供を精神的にも自立的にも強くすることは稀です。団塊ジュニア世代は、苦労した親から其の価値観を受け継がなかった人たちも大勢います。
近年、地方でもリサイクルショップや小規模の自動車整備工場などでも、インド系と思しき外国人労働者が増えています。
経営者や日本人社員の補佐として重い製品の移動など重労働作業を担当しています。
現在において報道される事件の多くが、其の世代の人たちが関与している場合が増えています。
其の世代が青少年期を過ごしたバブル期の享楽も、彼らに植えつけられた其の後の思考に大きく影響しているとは思います。
必要があって其の会社に依頼したときに、彼ら外国人に少し話しを聞いてみると、現地の大学を卒業している者ばかりなのに驚きます。
親の世代は、食糧難の他にも誰もが我先と競争していた戦後の混乱期を経験し、勤勉に働き1代で資産を築き、精神的な強さと勿体無いという価値観を持っています。
中にはスゴイ資格を持っている人もいますが、子供が多いために母国での通常の仕事では子供たちに十分な教育を受けさせられないから、円高の日本で働いているのだという。
しかし、彼らの子供たちは其の豊かさを生まれたときから享受しており、親の世代が苦労した上に成り立ったものだとは気づきませんし知ろうともしません。
彼らは平均寿命が50歳台という地域ということや兄弟が多いということもあって、親に甘えることが出来ないことから、何としても自分で切り開かなくてはならない気概を持っています。
人生の明確な目的意識や価値観を持って来なかったため、安易な享楽に走り更なる刺激を求めてドラッグに手を出し退廃的になって人生を棒に振ったり、利己主義こそが至上だというライフスタイルに陥り、他人だけでなく友人までも騙す対象としてカネを儲けるようになる人もいます。
知人の子供ですが、マダ十分に使えるのに新しいスマートフォンを買ってくれないからといってプチ家出した子もいますが、まさに子が親を脅迫しているかのようです。
モチロン、この世代の人たちの大半は各方面で立派に活躍している人も多いのも事実ですが、其の大多数においては贅沢が当たり前という病に罹患しているようにも感じます。
現代は、子供の頃から必要以上に甘やかされ続けて物質的な贅沢に慣れ過ぎた結果、就職して社会に出ると常に怒られるので嫌だとか、労働の素晴らしさを親に教えられてこなかったカワイソウな人たちが、社会に対して背を向けているのかもしれません。
団塊ジュニアの子供たちは更に強い精神力を受け継いでいませんので、軽い逆境にも直ぐに逃げてしまう傾向があると言えるでしょう。親が存命だから甘えることが出来ますが、其の親も自然の摂理として自分よりも先に亡くなるものです。
しかし、どうやら、其れは今に始まったことではないようなのです。
日本の歴史を見ても、江戸時代の昔から好景気に後に大衆娯楽文化やレジャー産業が脚光を浴びるようになり、女性が社会進出始めたりすると少子化が進む傾向がありました。
確かにニートや引きこもりの増加は、世界的金融危機や構造の陳腐化などによる景気後退からくる求人の減少や失業率とも大きな関係性があります。
そうなると、巷には放蕩者や遊び人などが存在していましたから、経済や文化レベルが急激に上がった後の長期不況期には、其のような生産に従事しない人が増えるのも、ある種の「人間のサガ」という事なのかもしれません。
しかし、高校生の皆さんが安易に大学進学してしまったために、いざ就職となると高卒と同等の仕事を敬遠する傾向もあると思います。
政府や役人や有識者が主張している少子化は危機でも何でもありません。
単に其のサイクルの存在を勉強不足で彼らが知らないだけなのです。
給与を得るための職場は、授業料を払う大学生の頃とは間逆の思考を要求されます。
最初の職場で失敗して叱られたりすると、直ぐに退職してしまう傾向も増えています。自己嫌悪からくる仮病でダラダラと休んでいたら戻れなくなってしまったとか。
少子化現象は日本の歴史上、過去にも何度もあったのにも関わらず、それが今回が初めて起きたことのように「少子化が日本衰亡の危機をもたらす現象」であるかごとく喧伝がされている。
彼らは精神的に傷付き易い性格だとは思いますが、其れをニートや引きこもりを続ける主な言い訳や理由にしている人も中にはいます。誰にでも失敗はあります。私も生きているのが恥ずかしくなるような失敗を幾つもしてきました。
わかっているだけでも、平安時代には貴族文化から派生した国風文化が発展して、女性の社会進出や女性が主流の文化が流行した後に少子化が起きている。
感受性が高く傷付き易いからといって、正面から立ち向かわずに逃げているのはラクですが精神的に強くなりませんし人間性や協調性が育っていきません。
其の必要の無いプライドの存在が、更に挫折感へと向かっているようにも感じます。
室町時代には、世界初の商品先物取引などの金融業が大発展し、定期航路による海運業などの商品物流経済も発展し、現代の日本建築の基礎となった書院造りなどの建築様式が確立されたのもこの時代である。
現在、就職難だとされています。顧客の要望が10年前と比較して格段に高くなっていることや、直ぐに利益を生んでくれるような即戦力が求められていることも大きいでしょう。
更に、狂言や能などの娯楽も生まれた。
そうした経済と文化が発展した後に少子化が起きている。
江戸時代にはバブル的好景気の後に元禄文化を始め、様々な社会制度の確立に伴い武士文化の一部から派生した町人文化の大発展によって、女性の社会進出の増加と晩婚化が進み、歌舞伎や浄瑠璃など各種大衆娯楽文化の発達の後に少子化が起きている。
其れに応えられないと直ちに烙印を押されかねない厳しい時代なのです。
其れに対応するために学生時代から自分に合った職種を見出すために、何らかの行動を起こすことが必要です。
このような歴史上の少子化現象が、経済や文化が大発展した後に訪れた長い不況期に起きているということを見ないで危機感ばかりを喧伝すべきではない。
どうやら少子化現象と親に依存する放蕩者の増加がセットになっているようなのです。
以前、作家の村上龍さんが14歳から仕事についての知識を得ることの必要性を説いていましたが、そうした知識を多く得ることも重要ですし、学生時代のアルバイトなども貴重な経験です。
中には、念願かなって憧れの職種に入社しても、学生時代のアルバイトの仕事内容の方が自分に合っていたと言って辞める人もいますから今は個々人の嗜好は様々です。
近年、地方でもリサイクルショップや小規模の自動車整備工場などでも、インド系と思しき外国人労働者が増えています。経営者や日本人社員の補佐として重い製品の移動など重労働作業を担当しています。
必要があって其の会社に依頼したときに、彼ら外国人に少し話しを聞いてみると、現地の大学を卒業している者ばかりなのに驚きます。
中にはスゴイ資格を持っている人もいますが、子供が多いために母国での通常の仕事では子供たちに十分な教育を受けさせられないから、円高の日本で働いているのだという。
彼らは平均寿命が50歳台という地域ということや兄弟が多いということもあって、親に甘えることが出来ないことから、何としても自分で切り開かなくてはならない気概を持っています。
知人の子供ですが、マダ十分に使えるのに新しいスマートフォンを買ってくれないからといってプチ家出した子もいますが、まさに子が親を脅迫しているかのようです。
現代は、子供の頃から必要以上に甘やかされ続けて物質的な贅沢に慣れ過ぎた結果、就職して社会に出ると常に怒られるので嫌だとか、労働の素晴らしさを親に教えられてこなかったカワイソウな人たちが、社会に対して背を向けているのかもしれません。
しかし、どうやら、其れは今に始まったことではないようなのです。日本の歴史を見ても、江戸時代の昔から好景気に後に大衆娯楽文化やレジャー産業が脚光を浴びるようになり、女性が社会進出始めたりすると少子化が進む傾向がありました。
そうなると、巷には放蕩者や遊び人などが存在していましたから、経済や文化レベルが急激に上がった後の長期不況期には、其のような生産に従事しない人が増えるのも、ある種の「人間のサガ」という事なのかもしれません。
政府や役人や有識者が主張している少子化は危機でも何でもありません。単に其のサイクルの存在を勉強不足で彼らが知らないだけなのです。
少子化現象は日本の歴史上、過去にも何度もあったのにも関わらず、それが今回が初めて起きたことのように
「少子化が日本衰亡の危機をもたらす現象」
であるかごとく喧伝がされている。
わかっているだけでも、平安時代には貴族文化から派生した国風文化が発展して、女性の社会進出や女性が主流の文化が流行した後に少子化が起きている。
室町時代には、世界初の商品先物取引などの金融業が大発展し、定期航路による海運業などの商品物流経済も発展し、現代の日本建築の基礎となった書院造りなどの建築様式が確立されたのもこの時代である。
更に、狂言や能などの娯楽も生まれた。そうした経済と文化が発展した後に少子化が起きている。
江戸時代にはバブル的好景気の後に元禄文化を始め、様々な社会制度の確立に伴い武士文化の一部から派生した町人文化の大発展によって、女性の社会進出の増加と晩婚化が進み、歌舞伎や浄瑠璃など各種大衆娯楽文化の発達の後に少子化が起きている。
このような歴史上の少子化現象が、経済や文化が大発展した後に訪れた長い不況期に起きているということを見ないで危機感ばかりを喧伝すべきではない。どうやら少子化現象と親に依存する放蕩者の増加がセットになっているようなのです。

徒然ブログ
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ダイヤモンドオンライン
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[文明800年周期説,村山節]
最初の西洋文明期(紀元前3600年〜紀元前2800年)
人類の建築・土木技術が格段に大発展しました。
エジプト古王国はピラミッドを建設しました。ナイル川の灌漑工事が始まったのもこの頃です。
第2の東の文明期(紀元前2800年〜紀元前2000年)
文字が発達しました。メソポタミアでは、シュメール文明が楔形文字を活発に使いました。
第3の西の文明期(紀元前2000年〜紀元前1200年)
衣服や食生活が大幅に向上しました。エーゲ文明では人々は豊富な衣服やアクセサリーを身につけ、また葡萄酒が大量に生産されて食卓に上るようになりました。
第4の東の文明期(紀元前1200年〜紀元前400年)
宗教や思想が大発展を遂げました。インドでは仏教が登場し、中国では春秋時代に諸子百家が出て、儒教・道教など後の東洋思想の源流が出揃い確立されました。
第5の西の文明期(紀元前400年〜紀元400年)
ギリシャ・ローマ文明です。後に西の文明の基盤となるキリスト教をはじめ、次の文明の基本となる自然科学はこの時代に大発展しました。
第6の東の文明期(紀元400年〜紀元1200年)
詩や芸術が大発展しました。
仏教がアジア各地に普及し、大仏などの東洋芸術の基礎はこの時代に確立されました。
第7の西の文明期(紀元1200年〜紀元2000年)
物質文明と機械文明の時代です。
金融と資本主義が生み出され、製品の生産力と保存技術や医療技術が大幅に拡大して人類の人口が数十倍にも増加しました。
第8の東の文明期(紀元2000年〜)

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2019年07月10日

beautyhappinesshide: 惑星ヤハウェ,惑星フェイトン

beautyhappinesshide: 惑星ヤハウェ,惑星フェイトン
古代の太陽系大激変と旧約聖書
2010/12/4(土) 午後 6:28
太陽系と地球の真実
その他自然科学
日本を始めとした様々な国からの搾取や軍産複合体を富ます戦争は、最新兵器の実験場として役割と資金集めとして行われている側面もあるようである。
だが、多くの人たちが宇宙意識に目覚めることで、彼らが目論む計画は最終的には失敗に終わるだろう。
その理由の1つにヨーロッパが再び中世期に突入するということもある。
それに、古代に枝分かれした彼らが地球に帰還するということ以上に、地球は空から訪れる大きな災厄の脅威にさらされている。地球上の生命に極めて深刻な危険をもたらす「宇宙における周期的な大事件」である。
これは戦争やテロのことではない。あくまで宇宙的自然災害である。これは未知の天体によって太陽系の調和が乱されることで引き起こされるものだ。
この惨事は地球人にも責任がある。地球だけにしか高度文明が存在しないということが常識化し、宇宙的な厄災など決して起きるわけが無いように振舞って来た。
宇宙的な厄災は過去に何度もあったのにも関わらず、それは単なる作り話だと思ってきた。そのツケが回ってくるかのようだ。こうして「宇宙的な災厄」が再び巡ってくるのである。
「ノアの大洪水」を地球上の起こした巨大彗星ヤハウェは、水星にも接近したことで水星が収縮させた。その上、ヤハウェに破壊された惑星フェイトンの残骸を水星にも叩きつけたので、水星も月と同様なクレーターが多数ある。
一般的に、天体に落下しなかった小惑星や隕石が惑星の重力圏に捕まったときに、その惑星にリングが出来ることがある。
数が少ないと火星の衛星のような存在となるが、形が小さいもので数が多いとリングになる。
これらは全て巨大彗星だったヤハウェが引力で引き連れていたフェイトンの残骸で、これらを木星や土星、それに天王星や海王星にあるリングの一部は小惑星の残骸によって形成された可能性が高い。
その他にも特に土星のリングはその大きさから、土星の衛星が破壊された残骸も混じっているのではないかと思われる。その中で天王星は巨大彗星ヤハウェとニアミスしているようで、地軸が97.9度という横倒し以上の角度で自転するようになっている。
土星の衛星イアペタスは赤道をなぞるように高さが19キロもある突起構造があり、他の天体と接触したときに出来たと思われる表面に削られた跡がある。
これはデススターに似た形状で、もしかするとスターウォーズの製作者は、公表されていなかった宇宙情報を予め知る立場にあったのだろうか。それに人工構造物も存在しているという。
天王星の衛星であるミランダも表面のアチコチに引っかき傷のようなものが存在していることから、巨大彗星ヤハウェとの接触で出来た可能性もある。そして海王星にも多数の衛星があるがその中のトリトンも海王星の他の衛星とは異なり公転方向が逆になっているばかりか公転角度が大きく傾斜している。
その表面の様子は北半球と南半球とでは全く異なっているのだ。
北半球は起伏が無いのに何故か南半球は地表が変化するほどの引っかき傷がありデコボコして荒れている。
特に最下部近くはデコボコが酷い。
これも巨大彗星ヤハウェとの接触によって出来たものだと思われ、そのままビリヤードのように弾き飛ばされ現在のような異様な公転方向と公転角度になってしまったのだろう。
そして、このときに海王星の衛星が弾き飛ばされたのが冥王星と、その同一軌道上を冥王星を追いかける形で太陽を公転しているヘメラである。それに冥王星の衛星であるカロンを含めて3つとも海王星の他の衛星と似ていることから、おそらく海王星の衛星だった可能性が高いだろう。
冥王星にはカロンの他にもニクスとヒドラという衛星があるが、これは火星の衛星であるフォボスとダイモスのようにフェイトンの残骸のような歪な形をしている。
実は冥王星の大きさは直径が約2300キロで月よりも小さいことがわかったことと、冥王星の外側を公転する惑星エリスが発見され、そのエリスは冥王星よりも大きかったために冥王星は矮惑星に降格した。冥王星の軌道は異質で楕円軌道である。
太陽系の惑星は正確には真円軌道ではなく楕円軌道なのであるが、その誤差が極めて少なく地球の離心率は0.02であるが、冥王星は0.25であり楕円軌道を描いている。その影響で海王星の軌道と一部で交差しており、1999年までは海王星の方が冥王星よりも外側を公転していた。
他の惑星は地軸の傾きは様々だが公転面は横道面とほぼ同じである。
しかし冥王星の軌道は約17度も傾いており、海王星の公転面と比較しても約15.4度傾斜している。
このことは全く斉一論では説明がつかない。
これは明らかに太陽系の調和が乱されて宇宙規模の大激変があったと思われるのである。
現在、海王星にもリングが存在することがわかっている。
これも他の大きな惑星と同様に巨大惑星ヤハウェが引き連れていた破壊された惑星フェイトンの残骸が海王星の引力に捕まったからだと思われるが、その他にも衛星が破壊された可能性も高い。
どうやら、現在では小惑星帯になっている破壊された惑星フェイトンの他にも木星・土星・天王星・海王星の衛星も幾つか破壊されているようだ。それに小惑星帯の中に1つの球体をした惑星が発見された。
他の小惑星帯にあるような小さく歪な形とは明らかに異なることから、破壊された惑星フェイトンの衛星だった可能性が指摘されている。その他にも太陽を公転している小惑星は12個存在していることがわかっている。
そうなると大小あわせて合計する20以上の惑星が公転していることになる。
だから月よりも小さな惑星である冥王星が降格したのだ。それにマダ正式には公表されていない「惑星X」と呼ばれる惑星の存在も
明らかになっている。
これは惑星ヤハウェと同様に大衆に知られては困る惑星である。
ナント他の惑星と比較しても異常とも思えるような垂直に公転しているのである。
横道面から87.2度の角度で、冥王星よりも比べ物にならないので、斉一論による「ガス円盤が回転して太陽系が形成された」という説明では全く解明できない現実であり、太陽系に大激変が起ったことを物語っている。
この惑星の公転周期は冥王星の248年よりも遥かに長いことは確かなようだが、弾き飛ばされた影響なのか、冥王星の外側から土星の内側を通る公転軌道なのである。太陽系の中でも異質な存在である、この「惑星ノクス」は今のところはハッキリと公転周期がつかめていない。
それもエハン・デラヴィ氏が主張しているような約3600年周期で公転している太陽の伴星ではなく、キチンとした惑星であり大気も存在しており、主成分は窒素で少量だが酸素も存在しているようで地球に似ている惑星ということだったのだ。
だが、太陽から遠いためか全域が氷で覆われている。
しかし、その氷はメタンではなく普通の水が凍ったものだという。
衛星の数は7個で全てが火星の衛星と似た小惑星のような歪な形をしている。
一方で、ある天体が必要以上に接近したとき、その天体が地球の大きさに近いほど重力による「潮汐作用」を大きく受けることになり、地球に世界規模の地殻変動をもたらし地球上は大変な状態に陥る。
ノアの時代に、エノクのいた町が人々を乗せたまま空中高く浮遊して何処かへ消え去ったという伝承があるが、これを牧師だったスウィフトに「ラピュタ」物語の構想を思いつかせたのである。
そして「聖書外典」にはエノク自身が空中を浮遊したという記述もあり、これもプラズマ領域が関与したことが十分に考えられる。地上から消えたエノクの町は太陽に向かったとする伝承が残されている。
その直後に「ノアの大洪水」が起きていることから、この現象も天体の超接近によって重力が変化してプラズマ領域が至る所で引き起こされたことだろう。
当時、世界各地で様々な温度の自然プラズマが発生していたことは、インド北部とパキスタン南部のモヘンジョダロ一帯に散在しているガラス状地形は、摂氏数千度の超高熱プラズマで大地が焼かれたことを意味していと思う。
イギリスの考古学者であるジョン・マーシャルは、古代に大規模な自然災害が発生したと考えた。
だが、それをに異を唱える古代史研究家のデーヴッド・ダヴェンポートとE・ヴェンセンティは、その大災害こそが古代文明同士で核兵器による戦争が起きた跡であると発表して世界中で驚きと共に支持された。
確かに既存の核兵器の爆発による高熱現象はプラズマによるものであるが、古代においての核戦争は突飛過ぎるのである。核兵器を製造するような文明は長い歴史的積み重ねによって出来るものなのである。
それを造る設備や工場や人材と様々な化学的環境が無ければならないので、イキナリ核兵器を造れるような文明が発生したとは思えない。世界中探しても原子炉施設があった形跡すら存在していないのである。
だから、古代に核戦争が起きたことことは極めて無理がある。
要するに、これだけの超高熱を生むようなことは科学的兵器でなければ出来ないという前提の下で考え出されたものであり、超高熱を生むことは自然現象では起きるはずがないというのも現代科学が抱える傲慢さである。
こうした現象が自然に発生するということを大衆に知られたくないという思惑も一部には存在したのだろう。実はモヘンジョダロが位置する緯度と近い場所に多くの天変地異が集中して起きていたのである。
それは北緯28度近辺であり、世界各地で天変地異が頻発していたころに、インド北部で大発展していたモヘンジョダロが一夜にして廃墟となった。果たして、古代の地球に超高熱を発するような自然災害が起きていたのだろうか。
紀元前1290年、古代イスラエル人はモーセに率いられてエジプトを脱出。
このことは歴史的事実であり作り話や物語ではない。
旧約聖書の記述が非現実的に思えるために、現代のアカデミズムは幾つかの奇跡的な現象を神話や作り話として扱って無視している。しかし、これまで述べたように聖書の記述を宇宙規模で俯瞰した場合、そこには現実の出来事だったことを見つけることが可能となる。
「モーセの奇跡」とされている部分は旧約聖書の「出エジプト記」に書かれており、その1つにナイル川が血の色のように真っ赤に染まって魚が殆ど死滅したことが記されている。
「彼は杖を振り上げてファラオとその家臣の前でナイル川の水を打った、川の水はことごとく血に変り川の魚は死に悪臭を放ち、エジプト人はナイル川の水を飲めなくなった。こうしてエジプトの国中が血に浸かった」(出エジプト記、第7章20〜21節)
殆どのユダヤ教徒や一部のキリスト教徒は、この部分をナイル川だけに起きた現象と思っているようだが、エジプトと隣接しているシナイ半島に「紅海」があるが、この「紅」の意味は、過去に海までも赤く染まったことから由来している。
バビロンでも天から降ってきた赤い塵と血の雨が記録されており、これがエジプトだけで起きたことではないことを物語っている。
エジプト人であるイプワーは「川は血なり」とパピルスに書き残し、更には
「水を求む。それこそが我々の最大の望み。これが無ければ一体何を求めようか。後はすべて破滅だけである」
とも記している。
これは聖書以外で起こされているものである。そしてアメリカ大陸の古代マヤ文明の「キチェ文書」にも
「大地が揺れ動き太陽は静止し、川の水は血に染まった」
とあるという。
北欧のフィンランド伝承である「カレワラ」にも
「天空で動乱があり、世界中が真っ赤に染まった」
と残されている。
アジアのアルタイの地に住んでいたタタール人の伝承にも
「血で世界を赤く変えた」
とある。
古代ギリシャの「オルフェウスの賛歌」にも
「壮麗なオリンポスが振動し、海洋が赤紫色の波頭を上げた」
と記されており、バビロニアの神話にも
「天魔ティアマトが傷を負ったとき、地が流れて大地を赤く染めた」
とある。
ティアマトは、ユダヤ系ロシア人の精神分析医だったヴェリコフスキーはフェイトンという名で表現している。
このことから、惑星フェイトンが破壊された影響で地球上に赤い錆びが降ってきたという意味にも取れるのだ。
つまり、モーセの時代に地球上に想像を絶する天変地異が頻発していたのである。
現在のエジプト一帯には鉄分を多く含んだ地層が残されているが、これは酸化鉄(錆び)が降ってきた可能性を示しており、鉄分は惑星の内核の他、小惑星や隕石の重要な成分でもある。
特に酸化第二鉄は処理方法によっては錆びると真っ赤に変色するのだ。
その上、聖書ではエジプト全体やパレスチナを襲った疫病についても記述している。
「見よ、主の手が甚だ恐ろしい疫病を野にいるあなたの家畜、馬、ロバ、ラクダ、牛、羊に臨ませる」
(旧約、出エジプト記第9章3節)
最近の研究によれば、インフルエンザを含む疫病の蔓延が、彗星の到来する時期と不気味に一致していることがわかってきた。1977年にこのことに気づいたイギリスの天文学者たちは、「ウィルス宇宙起源説」を発表。
1918年に第1次世界大戦の最中に世界中を襲ったインフルエンザが発生した。
それは後に「スペイン風邪」と呼ばれ、最初はアメリカ兵の間で急速に蔓延し、6月にはイギリスに飛び火してイギリス国内に感染が拡大。
そして一気に世界中で広がったことで、その間は僅か2年の間で約2500万人もの死者を出し、日本では約38万人が死亡したのである。
太陽からの放射線を直接受ける宇宙空間の方が、ウェイルスの突然変異が起き易いようで、最近のアメリカでの成層圏より上の高度検査でも、我々の予想以上に多くの未知なる細菌やウィルスが浮遊していることがわかった。
体が溶解していく難病である、劇症溶連菌感染症の患者が初めて発見されたのが、ハレー彗星が地球に最接近した1986年2月9日に近日点を通過したが、その後に最初の患者が発見されたのである。
こうした絶妙なタイミングで新たな難病や奇病が発生していることは、宇宙から降ってきた何か未知の病原体が引き起こしている可能性も考えられるのです。
そして、古代のイスラエル人だけでなく、現代のユダヤ教徒が最高の奇跡として認めている「モーセの紅海割れの奇跡」は、出エジプト記の最高潮の話だが、海が底を現すほど2つに割れるというシーンは圧巻だ。
海には引き潮と満ち潮があるから、これは引き潮が起きたのではないか?という意見も多いようだ。確かに太陽と月と地球が直線で結ぶように真っ直ぐになる新月と満月の大潮の時は干満の差が最大となり海流の方向が変る現象も起きる。
ノバスコシアのファンディ湾は13mの差が発生するし、モン・サン・ミシェルは、海の中に建築された修道院だが、1日に2回も潮が大きく引けて全長が18キロの海の底が出現する。だから、モーセの紅海割れは引き潮だ!という説もある。
しかし、その後の紅海では「紅海割れ」と同様の現象が1度も起きていないことから、当時は未曾有の潮汐作用が働いたと思われる。
地球と同程度の天体が接近したとき、凄まじい潮汐作用は生じて強風を伴う大嵐で海面が高く盛り上がって、一方の海岸線の水が大きく引けることもあるという。そこを偶然にモーセ一行が通りかかったというが、これは旧約聖書の記述とは異なってしまう。
「イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行き、水は彼らの右と左に壁のようになった」(旧約、出エジプト記第14章22節)
このことから、天体の接近による潮汐作用の他にも凄まじい磁場が発生し自然プラズマ現象が頻発して起きたのではないか。
以前、テレビ番組で見たことがあるが、九州大学の工学部生体情報システムの実験で、幅10センチ長さ1m深さ5cmの細長い水槽に水を入れて、そこに強い磁場を発生させたところ、水が左右に分かれて底部が露出したのである。
まさにモーセの紅海割れと同様な現象が発生した。水が磁場の強い方から弱い方に向かって動く反磁性を持っていることは事実であり、物理学で既にわかっている。
そして医療用MRIの数倍の強い磁場を放射すると、その磁場を中心として水が両側へ押しやられることで水が垣根のようにそそり立ち底が露出する現象が起きる。その強い磁場を地上の大気中に発生させた原因が地球と同程度の天体なのである。
それは現在では地球の近くに存在し太陽を公転している星である。当時は誕生間もない時期で巨大彗星としてプラズマの尾を引きながら地球に接近した天体とは巨大彗星メノラーだった金星である。プラズマの尾が地球に接触したことで凄まじい磁場を発生させた。
この天体規模の磁力線の交差現象は、太陽表面で起きるプラズマ現象と似た特殊なプラズマを発生させたのだろう。太陽表面で起きている磁力線の特殊な交差現象は既に各国の太陽観測衛星で確認されている。
これは通常のプラズマ火球を発生させる交差とは少し異なっているもので、当時の地球上では想像を絶するような凄まじい雷鳴が鳴り響き、巨大な雹が降り地上全体を暗闇で覆ってしまったことだろう。
「主はエジプトの地に雹を降らせられた。雹が降りその間を絶え間無く稲妻が走った。それは甚だ激しく、このような雹が全土に降ったことは、エジプトの国が始まって以来かつてなかったほどであった」(旧約、出エジプト記第9章23節~24節)
このときエジプト全土を覆った凄まじい闇の記述は、暗黒化したプラズマ現象と非常に酷似している。
「モーセが手を天に向かって差し伸べると、3日間エジプト全土に暗闇が臨んだ。人々は3日間、互いに見ることも自分のいる場所からも立ち上がることもできなかった」(旧約、出エジプト記第10章22節〜23節)
地球に最接近した巨大彗星メノラー(金星)によって、地球の磁場が捻じ曲げられ、地上では信じられない磁気嵐が生じて自然プラズマ現象が起きていた可能性もある。それが紅海割れを起こしたのだろう。その強い磁気嵐によって自然プラズマが凄まじい雷となって地上を這い回ったと思われる。
プラズマによる巨大彗星メノラーと地球との間で発生した莫大な静電気で、モーセの後を追ってきたエジプト軍の戦車の金属部品を使用した車輪が重くなり速度が遅くなったことも頷ける。
これが聖書で言う「火の柱がヘブライ人を守った」ということに繋がるのだ。
こうして、そのとき地球上では超高熱プラズマが大気中を飛び交っていたと思われるのです。
「主は彼らに先立って進み、昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされたので、彼らは昼も夜も行進することができた」(旧約、出エジプト記第13章21節)
こうして古代エジプトで凄まじい天変地異が起きていた頃、同緯度に存在したインド北部では、モヘンジョダロ周辺に超高熱のプラズマが乱舞し荒れ狂い、地面も含めてレンガや陶磁器など様々な物をガラス状に溶解した。
同緯度で起きた事が天体の超接近によって引き起こされたものであるといえる。実は、このことを木星から噴出した巨大彗星メノラー(金星)と気がついたのが、ユダヤ系ロシア人の精神分析医だったヴェリコフスキーだった。
彼は誕生して間もない灼熱状態で彗星のように長い尾を引いていたと考えて、それがモーセの奇跡を引き起こしたと主張したのである。その根拠として、古代の文献や物語の中に金星に関する記述が紀元前2000年以上前には全く存在しないことに気づいた。
それ以後からは古代バビロニアの粘土板に金星と思われる惑星の記述が登場し、
「大きな星たちに加わった大きな星」
と記されていることから、金星が新しく出現した星と解ったという。古代ローマのアポロニウスの記述にも
「全ての天体が全部そろっていない時代があった」
とある。
古代バビロニアのシュメール人も金星の神イシュタールを"髪のあるもの"と記し、その後の新バビロニアの記録にも「髭のあるもの」とあることで、当時の金星が彗星のように尾を引いていたことだとしている。
金星の誕生について、ヴェリコフスキーはギリシャ神話の中に、「美の女神ヴィーナス(金星)はゼウス(木星)の頭から出てきた」記されていたことに注目し、木星の爆発現象で飛び出した灼熱の金星は、今の公転軌道に収まるまで太陽系内を暴れ回っていたと主張したのである。
以前も書いたが、モーセの奇跡にある天から降ってきた食べ物である「マナ」も空気中の炭化水素が細菌の作用と絶え間ない大気プラズマ放電現象によって食べられる物質へと変ったと思われ、強力なプラズマの発生時に降るフラクタル物質の一種なのだろう。
「朝には宿営の周りに露が降りた。この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄く壊れ易いものが大地の霜のように薄く残っていた。・・・イスラエルの家では、それをマナと名付けた。それはコエンドロの種に似て白く、蜜の入ったウェファースのような味がした」旧約、出エジプト記第16章13〜31節)
「モーセの奇跡」は木星の超巨大火山「クロノス」から噴出した巨大彗星メノラー(金星)が引き起こした現象であれば、それは世界規模で起きていたはずであるから、シナイ半島を移動中にイスラエル人たちの前に降ったマナと同じものが世界には存在する。
それは「ギリシャ神話」に残る天から降った食べ物である「アンブロシア」であり、インド神話にもある甘い食べ物「マドウ」でもあり、中国での呼び名は「甘露」という名である。
甘露の意味を国語辞典で調べると「天から与えられた不老不死の霊薬」や「中国古来の伝説にある天子が仁政を行う前に降るという食べ物」と書いてある。これで、古代中国にもマナが降ったことは間違いないと思われる。
そして、モーセがエジプトを脱出した紀元前13世紀頃は、地球の南北が入れ替わった時期でもあった。イプワーの書いたパピルスにも「夏の代わりに冬がやってきて、月日は逆に進み時間は混乱した」とある。
同じ頃の中国でも東西南北の『測量をやり直して、暦を新しく作る作業を皇帝が命令している。古代ギリシャの史劇「エレクトラ」にも「モーセウスは太陽の位置を変え、西からではなく東から上がるようにした」とある。
ヴェリコフスキーは紀元前1400年頃にも再びメノラー(金星)が地球に大接近し、地球を大きく傾斜させたと主張した。これは以前も書いたように聖書のヨシュア記の中に「太陽が1日中、天空で停止した・・・」と記されている。
これは地球が静止したのではない。もし地球の自転が静止すれば赤道付近では時速1674キロもの猛スピードで地上にある物は全て東へ向けて飛んでいってしまうだろう。これは自転が停止するのではなく地球が回転するポールシフト(極移動)が起きたことを示している。
モーセの跡を継いだヨシュアの時代、約束の地である「シオン」を手に入れるべく、アモリ軍との戦闘の時にも大異変は起きた。このとき集結していた敵軍の数が多く、ヘブライ人の運命は風前の灯に近かった。
そこでヨシュアは絶対神ヤハウェに祈ると、ナント太陽が空中で静止したことで敵軍の頭上へ凄まじい大量の岩を降らせたという。
「彼らがイスラエルの前から敗走し、ベト・ホロンの下り坂に差し掛かったとき主は天から大石を降らせた。それはアゼカまで続いたので、雹に打たれて死んだ者はイスラエルの人を剣で殺した人よりも多かった」(旧約、ヨシュア記第10章11節)
天空から巨大な岩石が降ってくるという描写は、今で言えば隕石の大群の「流星雨」だろう。そして巨大な雹まで降ってきたというから、これは大気圏は天体が引き起こす潮汐作用と大規模な気象変動のために、凄まじい状態に陥っていたと考えられるのだ。
このときの起きた極移動によって、モーセの時代に南北が入れ替わった地球が再び回転して元に戻って現代に至っていると思われる。その後、巨大彗星メノラー(金星)は火星とニアミスを起こして火星と衝突寸前にまで接近した。
これはギリシャ神話に登場したアレス(マース・火星)と金星となったアテナは、ホメロスの叙事詩「イリアス」に敵対する関係として登場している。トロイの王プリアムは自国を包囲したギリシャに対して戦いを挑むが、そのときに関わる神の名をギリシャ軍が「アテナ」、トロイが「アレス」としている。
これは実際に起きた戦争を火星と金星が宇宙空間で争ったことを実際の戦争に当てはめたものだと気づいた古代ギリシャの学者ヘラクレイトスは、叙事詩イリアス中に描かれた神々の戦いは、天体同士のニアミス或いは衝突を意味するものと考えた。
同じような表現は古代アメリカのネイティブの伝承にもあり、インカ帝国の守護神「ケツァルコアトル」は金星を意味し、敵対していたアステカ人を「フィチロポチトリ」として火星を示しているという。フィチロポチトリは戦いと殺戮の神とされている。
メキシコに古くから伝わっている宗教儀式の中に、ケツァコアトルの役をする祭司が、フィチロポチトリに矢を射かける場面があるのだが、これは灼熱の巨大彗星メノラー(金星)が火星に向けて惑星間でプラズマ放電したことを意味しているのだと考えられる。
そしてアレキサンダー大王が築いたエジプトのアレキサンドリア図書館にも、紀元前3世紀の図書館長だったエラトステネスが書き残したといわれる文書に「金星は火星を捕らえ、激しい情熱で火をつけた」と記されているというのである。
アッシリアやバビロニアにある碑文を見ると、古代において火星が紀元前9〜8世紀頃になると突如「軍神マルス」として人々に恐怖をい与える天体に変貌したのである。火星は金星から矢を受けると真っ赤な血の色に変化した・・・という伝承もある。
こうしたことは、それまでの軌道から弾き出されて不安定な軌道を描き始めたことによるものだろう。このときに弾き出された影響が現代も続いているかのように、今でも少しづつではあるが火星は地球への接近が継続している。
金星の分厚い大気の下にある地表は赤い色をしている酸化鉄であることは金星探査で判明しているようだが、何故に火星が急に「軍神マルス」として畏敬と恐怖の対象に変化したのかということは、金星から放出された酸化鉄によって火星の表面の一部が赤い色の変ったからだと考えられるのだ。
実際に火星の表面の全部が赤い色をしているのではなく、約半分が赤い色をしているだけで、残りのエリアは黒褐色の大地である。このことから、金星と接触した側に赤い色が付いたのだろう。
これがモーセの時代に地球にも降ってきた赤いサビではないか。金星と火星が衝突寸前のニアミスをした後、火星が急に恐怖の対象となった理由は、巨大彗星メノラーとして金星が太陽系内を暴れまわった代わりに今度は金星に弾き飛ばされた火星が太陽系内を暴れまわったからである。
そして地球に最接近して大災害を与えたから、人々は火星を恐怖の対象とした。そのことは、紀元前702年にアッシリア王だったセンナケリブは、イスラエル南朝ユダ王国のヒゼキヤ王の治世にエルサレムを包囲し、献上された莫大な財宝を戦利品として持ち帰った。
だが、ヒゼキヤが自国の防衛のためにエジプトやエチオピアと同盟を結んだために怒ったセンナケリブは大軍勢を率いて再び南下してきた。
紀元前688年にはアッシリアの遠征軍の数は約20万人という大軍勢に膨れ上がっており、しかし突如としてアッシリア軍勢の殆ど(約18万5千)の人数が何者かによって瞬時に壊滅状態にまで陥ってしまったのである。
「その夜、主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で18万5千人を撃った。朝早く起きてみると彼らは皆死体となっていた」(旧約、列王記、下、第19章35節)
これは火星の大接近によって発生した灼熱のプラズマがアッシリア軍勢の陣営がある場所に出現し、大勢の命を奪ったことを意味している。「主の御使い」とは光輝くプラズマ火球のことだろう。
そして他の記述には「主の御使いの舌で多くの敵軍が撃たれた」とあるから、大きな光輝くプラズマ火球からアチコチに稲妻のような放電現象が生じたものと考えられる。
「イザヤは答えた。ここに主によって与えられるしるしがあります。それによって主は約束をなさったことを実現されることがわかります。影が10度進むか10度戻るかです。ヒゼキヤは答えた。影が10度伸びるのは容易なことです。むしろ影を10度後戻りさせてください。そこで預言者イザヤが主に祈ると、アハズの日時計に落ちた影を10度後戻りさせた」(列王記、下、第20章9〜11節)
これが意味することは、太陽が東から昇って西へ移動するのではなく、西から昇って東へ移動したことになる。このとき地球は逆回転していたのである。この異変の主犯は金星であるが、地球に直接的に天変地異をもたらしたのは火星なのです。
何故なら、この当時の記録の多くが火星が凶暴星として扱われているのである。この頃は金星は既に落ち着き始めており、火星は地球よりも小さいために地球に与える潮汐作用も金星ほど大きくなく僅かに地球が傾いた程度の地軸傾斜が起きただけで済んだ。
しかし、地上では凄まじい極移動現象が起きていた。それまで北半球の温暖地域だったシベリア地域が突然に極寒の極地に移動し、マイナス50度前後の地域へと変貌したのである。キンポウゲなど温帯性植物を食べていたマンモスの群れが瞬時に窒息死してしまった。
肺胞へ急激に冷気が入ると肺の中の水分が凍ってしまうのである。南半球では、それまでオーストラリア南部にあった南極の氷河が瞬時に温暖な気候地域に移動したことで、温暖だった現在の南極大陸が極寒の南極地となってしまったのである。
紀元前2世紀頃の中国の歴史家ファイ・ナン・ツェが記した古代現象の中に「ルー・ヤン公がハンと戦っていたとき、戦いの半ばに太陽が沈んでしまったので、公は槍を振って太陽を呼び戻したところ、太陽は公のために三宮だけ戻ってきた」という記述が残っているという。
この現象が起きた頃は中国では紀元前5世紀以前の現象だとされている。三宮というのは横道12宮の中の3つという意味である。こうした現象などで火星が「軍神」として恐れられるようになった記録はアッシリアにも存在したようです。
それにはアッシリア軍が「主の御使い」の攻撃で壊滅したときの王だったセンナケリブは「ネルガル(当時のバビロニアでの火星の名)が嵐の王であり戦いの神で、これが我らに敗北を与えた」と記している。
その後、センナケリブの子で王の座に就いたエサルハットンも、ネルガル(火星)は全能の神として崇拝し、凶暴さと恐怖を与える神として畏敬の念を表している。
古代インドでも紀元前8世紀頃を境に、火星に対しての認識が変わって絶対に観測を怠ってはいけない天体になった。
ローマ帝国の創立は紀元前748年だが、この年のパレスチナでは「ウジアの騒動」と呼ばれる大災害が起きており、中近東では「ナポナサル紀元のはじめ」として全暦の大変革が行われた。
このときに日数を増やして1年を365日に変更したのである。中米マヤの暦の中に1年を360日とした「トゥン暦」が存在するが、これは当時の名残りなのである。この時期を境に火星は「軍神マース」と変り、不吉な星として認識されるようになっていったのです。
「ノアの大洪水」以前の太陽系の惑星は不安定な軌道を描いており、現在のような公転軌道には落ち着いていなかったようで、隣り合った惑星同士は頻繁にニアミスしていた可能性が高いのである。
地球と同じ構造の地殻をもった惑星である金星が木星の大赤斑の真下にある巨大火山「クロノス」から噴出したのであれば、地球も太古に木星から噴出したことになるだろう。エジプトの3大ピラミッドは墓ではない。
一種の神殿でもあり、スフィンクスは日本の神社でいうところの狛犬やキツネに相当し、反対側に口の開いたスフィンクスが存在した可能性がある。それらは「ノアの大洪水」が起きる以前の文明の遺物なのだ

一般的な定説となってしまったクフ王やカフラー王が建造したものではないということになる。ヘロドトスは著書「歴史」の中で、大ピラミッドをクフ王が築いたものであると記していた。
しかし、彼は晩年になって「間違いだった」と記しているが、それはアカデミズムでは取り上げられていないのである。彼らは「定説」が歪められたり覆されるような都合の悪い仮説や発表は黙殺する傾向にある。
彼はクフ王やカフラー王が築いたピラミッドは3大ピラミッドの脇に建つ3つの小さなピラミッドだった!というのである。
大ピラミッドの中の重力拡散の間に記述された「クフ王」を意味する文字は、イギリスのリチャード・ハワードという詐欺師が自分の手柄としたいために自分で書いたもので文字が間違っているという。
構築してきた斉一論や進化論をモデルとする「定説」が覆されるのは困るのだろう。もしかするとハワードは彼らの代理人だったのかもしれない。
エジプトの古い伝承では大ピラミッドを建造したのは「ノアの大洪水」の時代のエノク人とされている。スフィンクスは大洪水で奇跡的に破壊を免れたものなのである証拠に、想像を絶するような大規模な水で短期間で浸食された痕跡が残っているという。
実は「ノアの大洪水」以前の地球上には身長が3mを超える巨人族が存在したようだ。その巨人族の中には5mを遥かに超える民族も存在した。巨人族が存在したことは旧約聖書の中にも、それらしき記述がある。
「当時もその後も地上にはネフィリムがいた」(旧約、創世記第6章4節)
「ぺリシテの陣地から1人の戦士が進み出た。その名をゴリアトといい、ガト出身で背丈は6アンマ半」
(旧約、サムエル記、上、第17章4節)
ノアの大洪水以前の時代には世界中に様々な巨人族が存在し、彼らは戦争に使われ大きな戦力となっていたようですし、彼らも巨大であるというだけで人類の一種だったようです。この旧約聖書の記述にあるネフィリムは巨人族の意味で、英雄とも訳される存在である。
ダビデと戦ったとされるゴリアトも巨人族の1人だった可能性も高く、1アンマが約50センチ弱くらいだから、ゴリアトの身長は3m以上あったと推測される。その他の地域にも更に大きな巨人族がいたと思われます。
そして、今では巨体の哺乳類だった可能性が高くなってきている恐竜と同様に、ノアの大洪水の後に起きた地球大激変の影響で自転速度が遅くなったことで生じた重力変化や酸素濃度の急激な低下現象によって、彼らは次第に自分で立ち上がって歩くことも難かしくなくなってしまって絶滅してしまったと考えられる。
これは、斉一論と進化論を基盤としている現代アカデミズムが根底から覆されることであるから今まで西洋地域を主として隠蔽されてきた。しかし、アジア地域の人々は、そんなことなど関係なく公表しているから、いずれアカデミズムの大崩壊または大幅な修正を余儀なくされることだろう。
こうなるとピラミッド建造した方法が解明できるかもしれない。こうなると定説とされているピラミッド建造方法は虚構となり、巨人族によって建造された可能性が出てくるのである。
今やテレビ放送や図鑑などで定説のような扱いで紹介されている吉○教授やザ○博士などの専門家の主張する仮説も、その根底には斉一論や進化論を基盤としていることから、彼らも近未来において修正を余儀無くされることになるだろう。
殆どの学者は斉一論や進化論から突出した仮説を発表しても取り上げてもらえないどころか、学会から異端視されてしまいますから学者を続けるために彼らも痛し痒しの思いでいる人も多いでしょう。彼らも大変な仕事だと思います。
いまだに未発表である惑星ヤハウェの存在は、現代アカデミズムを完全に崩壊させてしまうほどの威力を持ったものであるからナサも発表できずにいる。しかし、いつまでも隠蔽し続けることは出来ないだろう。
近い将来において太陽の向こう側から顔を出す時が近づいている。多くのアマチュア天文家に発見され彼らが騒ぎ出す直前に発表されるかもしれない。
だが、それは我々人類にとって「ノアの大洪水」が史実であったことや、恐竜が絶滅した年代が数千万年以上前としている定説を覆し、その恐竜などが絶滅した時代が今から約4500年ほど前だったことが信憑性を帯びるとともに、それを確実に証明するものになる。
そうすれば月の真実の姿や「ノアの大洪水」を起こした膨大な水が何処から降ってきたのか、それと共に火星の高度文明が滅亡した時期が「ノアの大洪水」と同じ時代だったことが明らかになるだろう。
これは地球と公転軌道が2点で交差する軌道を描いている。ナサが未発表のまま隠蔽し続けている惑星ヤハウェは、約4500年ほど前に木星の大赤斑の真下に存在する超巨大火山から噴出したものである。
木星から噴出した当時はマダ彗星のように太陽系内を超楕円軌道を描いて公転していた。この巨大彗星だった惑星ヤハウェが地球に最接近したことで、地球の姿を大きく変えてしまったのである。
太古の地球は今よりも1周り小さくて、地上も1つの大きな大陸のような陸地が存在した。上空には分厚い水蒸気の層が重なっている雲があり、これが地球上の多くを温暖な気候にしていた。
「天の下の水は1つに集まれ。乾いた所が現れよ」(旧約、創世記、第1章9節)
これは明らかに天地創造の記述であり、「天の下の水」は海を意味しており、その海を1箇所に集めるためには陸地も1つであるはずだ。ノアの大洪水が起きるまでの地上は「パンゲア」という1つの大陸だったのだ。さらに天地創造の記述もある。
「神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された」(旧約、創世記、第1章21節)
ヘブライ語で大きな怪物を調べるとTANHANIMで、その意味は「首を長く伸ばす」という意味である。
もう、わかるだろう。
この怪物とは恐竜のことである。
当時の地球は自転スピードが今よりも少し速かったので重力が今よりも小さく、様々な大きさの人類が存在しており超大型哺乳類だった恐竜と数種の人類が共存していたのだ。
しかし、突如として宇宙的天変地異が起きた。
巨大彗星と化した惑星ヤハウェの超接近で、氷天体で内部に膨大な水を内包していた月はヤハウェの潮汐作用で表面の地殻の一部が破壊され穴が開き、そこから莫大な量の水が噴出。
それが宇宙空間の絶対零度によって氷塊になり地球の引力で地上に落下した。
大気圏に入ると氷は融けて未曾有の大雨として約40日も地上に降り注いだ。何故、旧約聖書の記述に40日も大雨が降ったことが書かれているかといえば、ヤハウェが接近したときの重力で月が地球に「ロッシュの限界」まで接近した。
つまり、地球を周回しながら膨大な水を噴出させたのである。当時は今よりも1周り程度小さかった地球は一時的に水で覆われてしまった。ノアの大洪水の伝説は、このことを表しているのです。
巨大彗星ヤハウェの潮汐作用によって、急速に地球は膨張し始めプレートテクトニクスが初動し大きな大陸は分裂していった。
「ノアの大洪水」の記述にあるように、地表は一時的に水没したが、地球が膨張し始めたので再び地表が出現した。
だが、そのときに再び出現した地表は元の大きな大陸ではなかった。
大陸が分割して移動し、それらが衝突した場所に山脈が形成されたのである。
トルコのアララト山系からノアの箱舟の発見され、各地でも巨大な木造船が見つかっている。
アカデミズムで構築した仮説を定説にまで持ち上げることによって、これが一般人には荒唐無稽な作り話と思わせておき、それらの出来事が約4500年前の出来事だったことを未だに隠蔽し続けている。地球を襲った巨大彗星ヤハウェは、その後に近日点を通過し太陽系の深部に向かった。
ヤハウェは数々の惑星とニアミスし太陽系内を暴れて調和を大きく乱した。
以前にも書いたが、再び木星に接近し月と同様の氷天体の衛星を破壊して木星に木星の重力圏でリングを形成させ、土星に至っては幾つかの氷天体の衛星が破壊されて大きなリングを形成させた。
天王星に超接近して衛星を破壊してリングを形成させた上に天王星の自転地軸を横倒しにした。
海王星も衛星を破壊されたようでリングが存在しているし、その海王星の衛星の中には多数の傷が表面に存在している。
それに元々は海王星の衛星だった冥王星と衛星カロンと冥王星と同一軌道上を公転している惑星ヘメラも現在の横道面から約17度も傾斜した公転軌道となっている。
しかも楕円軌道を描いて海王星の公転軌道の内側に入るという太陽系の惑星としては異質な公転をしているから、海王星の衛星だった3つが冥王星の軌道である現在位置まで弾き飛ばしたと思われる。
冥王星や衛星カロンと惑星へメラの形は海王星を公転する多くの衛星に酷似している。更にナサは未だ発表をしないで隠蔽し続けている垂直軌道を描いて太陽を公転している「惑星ノクス」がある。
これは一説によれば太陽の伴星のネメシス「惑星X」でゼカリア・シッチン氏の主張するニビルではないか?と言われているようだが、シッチン氏の大胆な仮説も斉一論の範疇から抜け出せていないように感じる。
だから、そういう見解になってしまうのだろうし、ジュメール石板の解読ミスも多くあると思われるのである。
この「惑星ノクス」は極寒であるが地球に似た惑星であることを知られたくないという当局の思惑もあるのだろう。
その垂直軌道になった時期が「ノアの大洪水」の時期と重なるかもしれないのである。
こうして、火星の古代巨石文明が滅亡した時期と、ヤハウェの潮汐作用で比較的小さな惑星だったフェイトンが破壊され小惑星帯であるアステロイドベルトが出来た時期と、地球で「ノアの大洪水が起きた時期が、ほぼ同じ時代だったと考えられる。
ホークランドは「火星の古代文明が滅亡したのは約50万年前である」と主張して多くの学者に支持されている。だが、そうではない。火星の古代巨石文明は約4500年前に滅亡したのであるが、何故に50万年前という数字が算定されるかといえば、そう・・・斉一論を基準としているからなのである。
しかも、その火星に存在した古代巨石文明の担い手も我々人類と同じ存在だったのである。
アカデミズムは斉一論と進化論を基盤とした数々の派生モデルを死守するとしたい狙いがある。
それと共に、世界支配層にとっては地球と同時期に地球以外の惑星に我々の様な人類が高度な文明を築いていたということから、目を逸らしたい思惑も働いているように思われるのです。
もはや定説とされている「ラプラスの惑星形成論」は間違っていたのです。
いずれ、金星も地球も火星を始数多くの衛星も木星の超巨大火山から噴出したものであるということが明らかになるだろう。
それに木星と土星と天王星と海王星などの大きな惑星は太陽の地殻に存在する超ド級巨大火山から噴出されたものであるという。
そう、太陽からも惑星が生まれているのです。太陽黒点はいつまでも存在するわけではなく、1年以上存続するものもあれば3日ほどで消えてしまうものもあります。
そして、それら多数の黒点が現れる位置には明らかな共通性があり、現れる時代は大きく違ってもほぼ同じ経緯度に出現しているというのである。

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beautyhappinesshide: 方舟は7月17日アララト山頂に漂着した(創世記7章13), 惑星ヤハウェとノアの大洪水

beautyhappinesshide: 方舟は7月17日アララト山頂に漂着した(創世記7章13), 惑星ヤハウェとノアの大洪水
2011
約4500年前に恐竜と古代文明の消失したのは「ノアの大洪水」である。
旧約聖書にはノアの大洪水が地上の殆どの生物を死滅に追いやったとある。
それは地上の管理を神から任されていた人間が堕落し神への畏敬の念を忘れて欲望のままに行動していたからだとしている。
「わたしは人を創造したが、これを地上からぬぐい去ろう。人だけでなく家畜も這うものも空の鳥も」
(旧約、創世記第6章7節)
「わたしはあなたと契約を立てる。あなたは妻子や嫁たちと共に箱舟に入りなさい。また、全て命あるもの、全て肉なるものから、2つずつ箱舟に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい」(旧約、創世記第6章18節)
このときに新世界を切り開くために生き残る生物の中に恐竜は含まれなかったのである。その結果として地上を謳歌した恐竜や人間を含む無数の生物たちの遺骸は、現代では膨大な量の石油となって世界中の人々の生活エネルギーとなっていることは皮肉である。
動物が石油となったように、樹木植物は大洪水で流されて特定の入り江などの漂着し、地球が膨張し始めて陸地が移動して、その隙間に海が出来たり地球内部のマントル層下の外核へ逆流したことで水が次第に引いていくと、積み重なった大量の樹木が化石となり石炭層を形成したのである。
これらの遺物をエネルギーとして現代社会が発展してきた。
世界を沈めた大洪水は世界中で伝説として語り継がれている。
日本の古事記にもイザナギとイザナミの男女が、虚ろなドロの漂う海面に島を造っていった記述が残されていることから、大洪水のときに出来た泥の海を表現する記述だろうと思われる。
「国稚く浮ける脂の如くして、海月なす漂へる時」(古事記、天地の初め)
南北アメリカのネイティブインディアンの間にも洪水伝説が残されているし、古代インドの叙事詩「マハバーラタ」にもマヌの他7人だけが巨大な船に乗って大洪水を生き延びて、ヒマバト山に漂着した伝説がある。これはノアと7人の家族が大洪水を生き延びてアララト山に漂着した話と似ている。
「ノアも、息子のセム、ハム、ヤフェト、ノアの妻、この3人の息子の嫁たちも箱舟に入った」
(旧約、創世記第7章13節)
「第7の月の17日に箱舟はアララト山の上に止まった」(旧約、創世記第8章4節)
これと似た大洪水伝承がインドの「プラーナ聖典」にもあり、聖なる魚に導かれた船によって大洪水を生き抜いたサチュラワタの話が載っている。
北欧の神話にも似たようなエッダ伝説があり、ベルゲルメルと其の妻が大洪水と天に見えた「火の星」がから来た受難を巨大な船で逃れたという。
これは、大洪水のときに出現した謎の天体のことが書かれている。
中国神話の中にも大天変地異で世界が大海原になった記述や、兄と妹が巨大な瓢箪に入って助かったという民間伝説もあり、ノアの大洪水と良く似た物語が世界中に存在している。
イヌイットの伝承にも
「氷と強風とと共に一気に大洪水が押し寄せてきた」
という伝承があり、そのときは数人の家族だけがカヤックを幾つか繋いで洪水を乗り切ったという。
インドネシアでも
「造物主デバータの怒りによって引き起こされた大洪水で世界が壊滅したかのように思えたが、高い山に上っていた夫婦が生き延びた」
という話が残っている。
このように世界中に大洪水の伝承や伝説が多く残されているということは、これが単なる御伽噺ではなく本当に起きたことなんだろうと思われる。
現代アカデミズムは、これら世界各地の千節や伝承などを「局地的に起きた洪水の話である」として全く取り合わないどころか笑いものとしている。
ノアの時代は世界中に散った人類は、文明を発展させて多くの巨石文明を築いたが、やがて神(大自然)を畏怖することを忘れて高慢の極みに達し、自らの利益のためだけに何の罪もない大勢の人間を殺戮し、享楽と退廃し堕落した生活をおくるようになっていたから神が粛清をしたということである。
「この地は神の前に堕落し、不法に満ちていた。神はこの地をご覧になった。見よ、それは堕落し、全て肉なる者はこの地で堕落の道を進んでいた」(旧約、創世記第6章4節)
そこで神は後の世に生まれてくる子たちのために、腐敗し堕落しきった世界を一度滅ぼす必要があると感じ、ノアやその他の預言者を通じ、巨大な船を造らせた。その箱舟は巨大で特殊な3段構造になっていたと聖書にはある。
「この日、大いなる深淵の源がことごとく裂け、天の窓が開かれた。雨が40日40夜地上に降り続いた」
(旧約、創世記第7章11〜12節)
これまでは「ノアの大洪水」の記述が非科学的であり、地球規模の大洪水が1度に起きたことなど絶対にありえないとされてきた。
そのようにアカデミズムが考えた理由は、当時において地球全体を水没させるような水の量が、一体全体どこから来たのかを斉一論を基準として考えた場合、全くもって説明できないからである。
例えば、全ての氷河と氷床が仮に全部解け出してしまったとしても、現在の地球上全てを沈めるような規模にはならないから、ノアの大洪水は神話や御伽噺であり科学的には有り得ないというのがアカデミズムの見解であるようだ。
だが、これは理にかなっているように思える。
しかし、このような見解は、旧約聖書を良く読んでみれば、その見解が間違いだと言うことがわかるのである。
「地の深淵・・・」という言葉を考えた場合、大地の深い所である場所を指し、地の底から膨大な量の水が溢れ出したとも思えるのだ。
プレートテクトニクスやプリュームテクトニクスを考えると、地殻(プレート)が沈み込んでいる海溝と呼ばれる場所と、海底火山やマグマが噴出しプレートの出来る場所である海嶺とがある。
旧約聖書でいう「地の深淵」とは地の裂け目である海溝のことだろう。
そこから大量の水が噴出してきたということは、分厚いマントル層の下に大量の水が存在していると考えられる。
現代において判明している地球内部の構造を見てみると、地表から深さ2900キロまではマントル層と呼ばれるものがあるが、そのマントル層から約5100キロ下には流動体の外核があるという。
この流動体の正体は現在のところは不明なのだが、超高圧に晒された液体層である可能性が考えられる。地震波の横波は水中を伝わらないことから、その外核は液体で満たされているのだと思われる。
これが超高圧下にある水の層だったならば、マントルに亀裂が入ったならば、一気に噴出してきたことだろう。
その圧力は凄まじく爆発的であり、海を高さ1000m以上も熱い水柱を無数に上げていただろうと推測できる。
このときの水蒸気は火山噴火のような規模で一時的に地球を覆ってしまった。
圧が抜けた地球内部では急激に圧力低下が起こり、同じ裂けである海溝から今度は海水が逆流して吸い込まれ外核を満たし、液体層が再び外核に形成されたのである。
大洪水の水が引いていった理由は、マントルが相移転を起こして地球が膨張しプレートテクトニクスが発動たことによるものと共に、「地の底」から噴出した水が再び吸い込まれていったためだと思われるのだ。
一方で、大洪水の時代は地球全体が厚い雲に覆われており、地上に降りそそぐ紫外線などの宇宙線の殆どを遮断していた。
御存知のように紫外線は体の細胞を破壊させ老化することを助長する働きがあることは知られているが、仮に紫外線を遮断できたのなら延命する可能性が高い。
その上、大気中の酸素濃度が現代よりも約50%ほど多かったのかもしれないので、それならば比較的ラクな呼吸で酸素を吸入できるために心臓や肺の負担が減って長寿に貢献していたと考えられる。その他の様々な要因もあっただろうが、ノア自身も950歳まで生きたと記録されている。
「アダムは930年生き、そして死んだ・・・中略・・・
セトは920年生き・・・
エノシュは905年生き・・・
ケナンは910年生き・・・
マハラエルは895年生き・・・
イエレドは962年生き、そして死んだ」
(旧約、創世記第5章3〜20節)
他にも
メトシュラは969年、
レメクは777年である。
ノアは500歳でセム、ハム、ヤフェトの3つ子を妻に産ませている。
そしてノアが600歳のときに大洪水が発生した。
だが、それに比べて現代人の寿命は短命である。
何事も無ければ100歳〜120歳まで生きるのがせいぜい可能であるという程度である。
これはテロメアという自殺遺伝子が存在しているからだと言われている。
それが人間には基本的に約120年分が用意され、それから人間の寿命は120年程度とされていったのであろう。
このことが旧約聖書に書かれている。
「主は言われた『私の霊は人の中に永久に留まるべきではない。人は肉に過ぎないのだから』こうして人の一生は120年になった。」
(旧約、創世記第6章3節)
この言葉は大洪水以前の人々の罪が極限に達したときに発せられたとされている。神が命じたとされる地上の人類への罰として短命したのだということを表現している。これから以後は、次第に人類の寿命はごく一部を除いて短命化していき最終的には約120年になった。
遺伝子が研究されていなかった時代なのに何故に、こういう記述が残っているのだろうか。
大洪水を生き延びた巨大生物たちは、当時の人類よりも長寿だったと思われ、その大きさからすれば数千年くらい生きていたのかもしれない。
もし、それらの古代動物の生き残りが世代を重ねることなく単体で生き抜いていたとしたら、ネッシーを含む世界各地で目撃されるUMAの存在が明らかになっていくかもしれない。
旧約聖書には大洪水までの神の目から見た天地創造の記述は存在していても、地上に住んだ人間側から見た天体の記述は極めて少ない。
聖書外典の記述では、地上に住む者で厚い雲の層を知ることが出来たのはアダムから続く預言者たちだったようで、聖書外典という聖書に編纂されていない聖書のことで、通常ではアポクリファーと呼ぶ。
未来と天体に関する知識の多くは、霊界に住まう絶対神から地上の預言者たちに伝えられ、その預言者を通して一般人に伝達されていた。ノアも其の1人であり、大洪水が到来する可能性が高いことを知らせてきた神の声を聞いたのだろう。
しかし、結果的にはノアの家族8人意外は誰も彼の言葉に耳を傾ける者はいなかったのであろう。
その大洪水を引き起こした膨大な量の水は主として天から降ってきたとされる。
地の深淵から溢れ出てきたこともあるだろうが、当時の全世界の殆どを水没させるような水量は地球上に存在していなかったのだ。
地球上に40日も滝のような豪雨が降り続いたことから、それだけの水が水蒸気も含めて大気圏内に存在したとは思えない。
それは宇宙空間、それも地球に一番近い天体から降ってきたのである。実は水は宇宙空間でも珍しい物質ではないことがわかっている。
月探査機「クレメンタイン」によって月に膨大な量の氷が存在していることがわかった。
太陽系内でも太陽に飲み込まれそうなくらい接近して公転している水星でも1992年に氷の存在が確認されている。
火星には氷冠となって氷が極地に多く存在しているし、それに火星の赤道付近では大昔に大洪水が起きていたことが、火星探査機「マーズ・グローバル・サーベイヤー」によって確認されているという。
木星の衛星であるエウロパは全表面の地殻が分厚い氷で出来ており、その中に膨大な量の水が蓄えられているようだ。
このエウロパのような天体は「氷天体」と呼ばれ、他の惑星を公転している多くの衛星は氷天体も多く含まれていることが確認されている。
そしてナサは最近になって、横倒しで太陽を公転している天王星の太陽の光が当たらない側に地表の上に氷の層が存在しており、それは深さが約8000mの「海」が存在していることを公表した。
・・・ということは、天王星を始めとして木星、土星、海王星など、今までガス惑星だとアカデミズムで言われてきた惑星も分厚い大気の下には海と大陸が存在する地殻天体であり、それがボイジャーなどの探査機によって判明しているのである。
そして、木星、土星、天王星、海王星のリングも殆どが、赤道上空を周回している氷の塊の集合体であることがわかっている。そのリングは各惑星を公転している氷天体の衛星が、かつて太陽系内を暴れまわった惑星に破壊された残骸である可能性が高いのである。
それに、地上に落下する隕石にも水が含有されている。
それだけ、宇宙には水は当たり前に存在している物質である。
ノアの大洪水は小惑星が落下して大津波が引き起こされて低地を飲み込んだだけとは思えないのである。
小惑星や隕石落下説ならば、多くの生物(特に水棲生物)が多く生き残った理由が説明できないのです。
それに、旧約聖書には大洪水の水が150日間も引かなかったと書かれているので、彗星や小惑星や隕石などが落下し大津波を起こしたとしたら、全く辻褄が合わないのです。
「水は150日の間、地上で勢いを失わなかった」(旧約、創世記第7章24節)
両極の氷床が全て融けて大洪水が起きたのではないかという説が持ち上がっているがこれも有り得ない。
大洪水は突発的に起きたものであり、太陽系内の秩序が乱されて起きた現象なのであり、何年もかけてジワジワと海面が上昇していったのではないということだ。
この仮説が不可思議であることは誰にでもわかりそうなものだが、地球温暖化が叫ばれている昨今では意外と支持されてしまっているのだ。でも、40日も断続的に滝のような豪雨が降り、地の深淵からも水が服出してきたとある。
だから、両極の氷床が全て融けて海面が上昇していったということが有り得ないことは、良く創世記を読めばわかることなのだ。ノアの大洪水は当時の地球上にいた全ての人類や動物にとっては、まさに晴天の霹靂ともいえる突発的な天変地異であり、それが宇宙規模で起きたことの副産物であったのです。
人類史上で一番古い記録は旧約聖書であるが、アカデミズムはドチラかといえばメソポタミア文明の初期にあたるシュメール文明の粘土板に書かれた記録が一番古いとしている。ゼカリア・シッチンの惑星ニビル仮説も、この粘土板を独自に解読したことから成立している。
確かに旧約聖書の記述はシュメールの影響を受けていると思われる。
だが、考えてもらいたい。旧約聖書には詳細に人類の祖先であるアダムからの系図が示され、大洪水後の詳細な記述までも書き残されているし、現在よりも太古の地球が重力が少なく酸素濃度も高かったからなのか、彼らが現代人よりも10倍近く長寿だったことまで書かれているのだ。
古代にパンゲアと呼ばれる1つの超巨大な大陸が存在し、その大陸が分割移動して現在のような世界へと変化したという「大陸移動説」が、1912年にドイツ人のアルフレッド・ウェゲナーによって提唱された。
この大陸移動説は、南アメリカの東海岸とアメリカの西海岸の海岸線がジグソーパズルのように合わさることから発案されたものであるが、それが意味することは現在のような分割された各地域の大陸は元々は1つの大陸だったということを主張している。
ウェゲナーは、ブラジルとアフリカの地形が合わさるだけでなく地質でも似ていることに着目し、同種の植物や淡水魚が多く存在しているという共通項が多く見つかった。それらが大挙して大西洋を渡ったとは思えないから、太古に大陸が接合していた証拠だと指摘したのです。
彼はオーストラリア大陸や南極大陸やインド亜大陸も同様に1つの大陸だったものから分離したと主張した。
しかし、古い体質で斉一論と進化論を基盤としたアカデミズムは、この説を異端視して全面的に攻撃したことで、大陸移動説は葬り去られてしまったのです。
しかし第2次世界大戦後の1950年から、機器の発達によって海洋学が大幅に進化し、相次いで海底火山や延々と続く海底山脈が発見され、正確な位置と長さを割り出すと海底火山の中央部に深い裂け目のような亀裂が多く存在していることが判明し、そこを境に地殻プレートが左右に分離していることがわかった。
イギリスのケンブリッジ大学の教授だったF・J・バインとD・H・マシューズは、プレートが大陸と接した部分から海溝に落ちて入り込んでいる様子を確認して公表した。これが「海洋拡大説」として賛否両論の論争に発展していきました。
これを基盤として数名の学者たちが共同で研究し、後に「プレートテクトニクス理論」へ発展したのです。
ここでもアカデミズムは彼らを異端視し、もし仮にパンゲア大陸が実在したとしても、その時代は約2億年以上前の現象だと主張している。
その2億年という数字は、現代のプレートが移動する速度を当てはめて計算した数字であり、地球が突如として起きた大激変の末に現在のような世界になったとは微塵も思っていないようである。
実は斉一論は天体同士がニアミスしたり接近時に互いの激しい潮汐作用を受けて天体内部が攪拌されたり、最悪の場合は互いを破壊してしまうほどの力を持った現象であり、そういう歴史が太古に存在したという話には全くもって反論できないばかりか殆ど無力に等しいので、異端視したりトンデモ学者のレッテルを貼ることしか対抗できていない。
もはや空虚であるだろう。恐竜を滅亡させ人類の殆どを死に追いやった「ノアの大洪水」の直後から、地球の内部も大きく攪拌されて海溝と海嶺が活発化しプレートは現在よりも高速で移動してパンゲア大陸が南北に引き裂かれ、ゴンドワナ大陸とローラシア大陸になり、その後も分裂を続けていったことで、ついにはプレート同士が激しく衝突した。
こその衝突した場所に高い山脈が形成されていったと考えられるのだ。
それが起きたのが、約4500年前であり、短期間のうちに地球は全く様変わりしてしまったということになる。
このことが旧約聖書にも記述がある。
「エベルには2人の息子が生まれた。ひとりの名は、其の時代に土地が分けられたので、ペレグといい、その兄弟はヨクタンといった」
(旧約、創世記第10章25節)
旧約聖書には大陸が分割され移動したことまで書かれていたということになる。
ここがノアの大洪水の後に勃興したシュメールのギルガメッシュ叙事詩とは異なる点である。
旧約聖書の中には
@太陽系の誕生と地球の黎明期の様子が書かれている
A首の長い巨大な怪物が存在した
B1つの大陸と1つの海があった
C大洪水で地上の生物の殆どが死滅した
D大陸が分割して移動した
E巨大な人類が存在した・・・
ことが書かれていると思われる。
旧約聖書とは、単なるユダヤ教の経典というだけでなく、実は地球の歴史を記した凄い記録書だということがわかる。
ただの宗教書ではないのだ。
日本にも古代の記録が書かれたと思われ、旧約聖書の記述と似たものが存在している。
それは「富士宮下古文書」である。
1883年(明治16年)に「富士宮下古文書」が公開された。
それには伊豆半島が約2000年前に移動してきて日本と接合して形成されたという記述がある。
南の沖合いから伊豆半島の陸地が接近してきて本州と衝突して誕生したのが伊豆半島だと書かれている。
当時から日本のアカデミズムは、伊豆半島は最初から日本列島の一部であったとして嘲笑し、挙句の果ては「富士宮下古文書」の記述は偽モノであり、その全てが御伽噺だと主張し「偽書」としたのである。
その後に、静岡県小山町の山奥で、衝突時の形跡と思われる「神縄断層」が発見されたが、それでも国内外のアカデミズムは「もし仮に衝突したとしても、衝突時期は斉一論を加味した結果では約100万年前である」と主張した。
「だから富士宮下古文書」は偽書であり昔の小説のような物語であると糾弾したのである。
伊豆半島の形成の他にも、富士五湖の形成プロセスが書かれていて、それが地質的にも一致しているのだが、形成された年代が斉一論と大きく違うためにアカデミズムは未だに認めていないのが現状である。
この約2000年前という数字は、そう、イエス・キリストが誕生したときに天空に見慣れない星(ベツレヘムの星)が出現し、そのときに天変地異が世界中で頻発していた時期でもある。
そして海外でもユダヤの「ミドラッシュ」にはモーセの出エジプトの頃に頻発した天変地異を
「空は騒がしく・・・、山々は動いた」
と記し、また「ラビの書」には「最初の騒音で天空と大地は移動し、海洋と川は疾走し、山と丘には深部に緩みが起きた」と記されている。
この約2000年前の当時にも、明らかに大地は速く移動したことが記されているのである。
エジプトの「パピルス・イプファー」という記録書にも、
「騒音の年代、騒音には終りが無く、願わくば大地の騒音を止めんことを、もうこれ以上の騒がしさはいらない」
と記され、他の地域との共通点が見られるのです。
ギルガメッシュ叙事詩にも「天は空高く、うなりを発し、大陸はそれに反響して動き騒いだ」とある。
古代中国にも孔子(紀元前551〜479年)が書き残した「書経」には、
「大洪水の後、帝の代に、日の出と日の入りの方向が入れ替わったために、東西南北、及び四季の長さと暦を新しくさせた」
とある。
これらの天変地異は何度も起きたことが推測され、大規模な地殻変動を伴った大激変が幾度も起きていたことは間違いなく、その元凶が太陽系を暴れまわった幾つかの惑星だったのです。紀元前の時代に幾度も起きたポールシフトで南北の極が入れ替わったり、極が移動アチコチに移動しては、そこが一時的に極寒の地となった。
だから氷河期などは1度も無く、単に極が移動した場所に分厚い氷床や氷河が短期間に作られたのだろう。
アフリカのサハラ砂漠にも氷床痕があり、オーストラリアにも氷床痕があることから、各地が一時的に極地になったのであろう。
現在の南極大陸が昔は温暖な気候の時代が存在したことが既に判明している。
そして氷漬けマンモスが出土することからも、前回の北極はシベリア地域だと想定される。
それは太陽の裏側を公転しているナサが隠蔽している未発表の
「惑星ヤハウェ」、
その後に誕生した金星が
「巨大彗星メノラー」
として太陽系内を暴れ、その金星に弾き飛ばされた火星も太陽系内を暴れ地球に幾度もニアミスや最接近した。
こうして火星は戦いの神「軍神マルス」と言われるようになった。
特に惑星ヤハウェは「ノアの大洪水」を引き起こした主犯であり、火星の古代文明を壊滅させ、
現在の小惑星帯(アステロイドベルト)にあった惑星とニアミスして破壊させた惑星であるから、太陽に隠れて天文家でも見えないのをいいことにナサは未だに発表しないでいる。
惑星ヤハウェの存在が表沙汰になれば、「ノアの大洪水」が事実だったことが判明するばかりか、斉一論や進化論を基盤に構築してきた既存のアカデミズム体系が全て虚構となり完全に崩壊してしまうからである。
古代アメリカのマヤ文明では、太陽が逆行することを「テオトル・リクスコ」と読んで畏怖した。
以前も書いたが、地軸移動や地軸傾斜と、ポールシフト(極移動)とは明確に異なる現象なのです。
極移動は自転軸は特に変らないのだが、地球そのものの球体が転ぶ現象であり、一定方向に回転しながら引っくり返る現象である。
それに地軸傾斜や地軸移動もポールシフト(極移動)と同時期に起きたことがあると思われるのだ。
こうして地球規模で大変動が起きることで、地上の生物にも「天変地異」という物理的な影響が与えられるのだ。
月の内部にあった水が地球上へと落下したことで起きた「ノアの大洪水」のような事は、既に月が空洞になっているから、仮に惑星ヤハウェがニアミスしても同様な大洪水は起きないと思われるが、もしかするとポールシフトや地軸傾斜が起きる可能性は十分にあるのである。
その未知の惑星によって近い将来において再び引き起こされる可能性も高いかもしれない。
マヤの暦が終わるという話は、最悪の場合はポールシフトが起きて暦も季節も大きく書き換えられるという可能性を暗に示唆しているようにも感じるのだ。
詳細は「地球問題」の書庫の「かつて世界は大激変した」シリーズをご覧下さいませ。

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木内鶴彦霊視: 月の誕生,ノアの大洪水 (>>祇園祭)
超古代の宇宙を飛ぶ
時空を自由自在に生まれるのならば,古代の宇宙を確かめたいという衝動に駆られました。
三途の川や故人との出会いは私の中では第一臨死体験として,未来や古代宇宙等の体験は第二次臨死体験として私の中では記憶しています。
■臨死体験で見た古代地球の歴史
私が第二臨死体験で見てきた地球の歴史は,現在の常識では考えられないものでした。
月が誕生する前,地上では高度な文明社会が築かれていました。
その世界は今の歴史学の常識からすれば,信じられないような姿だと思います。
この古代都市は当初地球の地下に作られました。
人間が自分たちの生活空間を地下に求めた理由は実にシンプルなものでした。
地上に街を作ると自然を破壊しなければならないからです。
当時の文明は,地球の生態系の主役は植物だと言う認識に立脚していたんです。
都市と同じ理由から道路や線路も作られませんでした。
道を作らなくてもいいように,彼らは空を移動する乗物を開発しました。
それは今で言えば飛行機というよりもUFOに近いものでした。
緑に覆われた大地,そこには数々の動物が循環を繰り返していました。地下に住む人間も巨大な恐竜も共存して生きていました。
そうです,月が誕生するまで前まで人間と距離は1つの生態系の中で生きていたのです。
人間は文明の進化とともにその生息圏を拡げていきました。
それは草しか生えないような山岳地帯に植物を育てたり,砂漠地帯を緑に変えるための移住です。
当時の科学力はある意味では現在よりも進んでいたのかもしれませんが,価値観が今とは異なるので,比べるのが難しいところもあります。
でも天文に関しては今と同程度位まで発展していました。
だからこそ,臨死体験から戻ったときに月の年代を割り出すための正確なデータが得られたんです。
残念なことにこの超古代文明は月が地球にもたらした大洪水によって失われました。
■月の誕生
第二臨死体験の中で,私の意識は,その当時の天体観測をしていた人の体に入り込むことによって当時の星空の詳細を観察しました。
そして臨死体験から生還。3ヶ月近い入院生活を終えた私は,しばらく実家に戻って休養しました。退院したとはいえ,職場に復帰できるほどに体力はまだまだなかったからです。
臨死体験で見てきた親戚や友人の様子など,様々なものを後からアルバムで確かめました。
その結果はどれも私の見てきたものを事実だと思わせるものばかりでした。臨死体験で見てきたものが事実であるならば,そこで見た地球の歴史もまた正しいはずです。
そこで私は確かめられそうなものから色々と検証してみることにしました。
最初に確かめたのは月でした。
月は私たちにとって大変身近な存在ですが,まだわかっていないことも多い天体です。いつどのようにして誕生したのかといったについても,まだ定説はありません。
地球の一部がちぎれてできたと言う説もあれば,太陽系を漂っていた小惑星が地球の引力に取り込まれたと言う説もあります。
地球から見た月はいつも同じ顔をしています。そのために地球から見える側が表,見えない側が裏といわれています。
これは月の一公転に対して一回の自転しかしていないからです。
そして月の一定面を常に地球に向けているのは,表側の方が裏側よりも質量が重いからです。
私は月のクレーターの数から月が地球の衛星となってからの年数を割り出すことを考えました。
星の歳差運動は一定の周期に基づいているので,計算すれば何年の北極星がどの星かということがわかります。それと星の固有の運動から割り出した数字を合わせれば,かなり正確な年代が確定できるというわけです。
そうして私が導き出した,月が誕生した年代は,約15,000年前というものでした。
巨大彗星が地球に接近して地球環境を大きく変化させたのは意外にもそれほど古い時代のことではありませんでした。すでに人類が誕生して,文化的な生活を営んでいたんです。
月がもともと巨大な彗星であったならば,月のクレーターは水分が蒸発して地球に吸い取られた後にできたと考えることができます。クレーターというのは隕石の地表にぶつかったときの衝撃でできる凹みのようなものだからです。
月には暗い部分と明るい部分があって,暗い部分は「海」,明るい部分は「陸」と呼んでいます。
私の幼い頃にウサギだと信じていたのは,この海と呼ばれる体の部分でした。
なぜ「海」が暗く見えるのかというと,ここは「陸」と呼ばれる部分よりも少し低くて,光の反射率が悪いからです。「海」はクレーターの数が少なくて,比較的楽に観察することができます。
そこで一定期間この海の部分にできる新しいクレーターの数を観察して,平均値を出します。
そして現在あるクレーターの総数をその平均値で割れば,月の誕生したおおよその年代を特定することができます。
こうしたクレーターの観察結果をもとに月の年代を測定したところ,やはりここでも約15,000年前と言う,私の臨死体験から導き出した答えと一致する数字が出たのです。
15000年前,地球は今とだいぶ違う状態にありました。
現在の地球の陸と海の割合は約1:2ですが,当時は海は地表の3分の1しかありませんでした。そして月が存在していなかったのです。
今よりも水が極端に少なかった地球は,質量が少ないために重力も少なかったようです。
地球が緑におおわれるのに伴い,様々な動物も海から陸に上陸して, 水圧から解放された動物は重力の弱い陸上で巨大化していきました。
現在恐竜の化石を復元すると,体の割に足が小さいためにうまく歩くことができなかったのではないかという説を唱える人がいますが,私の臨死体験で見た光景はこの疑問を解決してくれます。
私は臨死体験の中で,約15,000年前に大量の水分を含んだ巨大彗星が地球に大接近したのを見ました。
巨大彗星は火星の付近まで到達したときに,水分が蒸発して太陽よりも巨大なガス状の天体に変化しました。
そのガスは地球にまで達しました。
そしてガスの部分は地球の引力に引き寄せられて行きました。ガスは地表に近づくに従って冷えて,雨になって地上に降り注ぎます。こうして大地の3分の1が海底に沈むほどの大雨が地球に注いだんです。
その頃すでに文明を持っていた人類は天文についての知識もあったので,巨大彗星接近による被害を予想していました。少しでもその被害から生まれるために人々は高い山の頂上などに避難していましたが,それでも大多数の命が失われてしまいました。恐竜が絶滅したのもこの天変地異によってです。
その洪水から生き延びたのは,高い山の山頂に避難できたごくわずかの人でした。
巨大彗星が持っていた水が地球に降り注いだことによって地球上の水分量は
旧約聖書のノアの方舟の物語を始め,世界各地には洪水の伝説が広く残っています。
7日7晩降り続いた大雨によって高い山までが水の下に沈んだという伝承の全てが想像の産物であるとは私には思えません。
これらの伝説は月が誕生したときに地球におきた異変を伝えるものなのかもしれません。
私は臨死体験での自分の記憶を頼りに地球上の陸地と海の割合の変化から,増えたと考えられる水分の量を計算して,それを現在の月と合わせてみたんです。するとそれは見事にバランスが取れたんです。
ー生き方は星空が教えてくれる,木内鶴彦,サンマーク文庫, 2015年8月刊,

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2019年07月09日

[動画][ホロスコープ,西洋占星術] 大旗ハルミ: 2019年7月16/17日 やぎ座24度4分,満月/部分月蝕


















星読み徒然草Harumi Ohata/大旗ハルミ
2019/07/09 に公開
パワフルな皆既日蝕のあとは、これまたパワフルな部分月蝕です。
動画でしっかり言い忘れましたが、今回NNと金星が合、土星とオポジッションです。
愛で生きていくこと、自分の💛と感情をしっかり大切に生きることがとてもたいせつですよ。
SNの月蝕は、とにかく手放し、Let Goが最大のテーマです。
7月はかなり複雑なエネルギーが来ています。
しっかり理解して、思いっきりこのパワフルなエネルギーを活用しましょう。
星読み徒然草 Japan Project 2019に引き続き、マウリースフェルナンデス先生によるオンライン Astrology Workshopが開催されまます。その詳しい内容などをマウリース先生からご紹介していただくイントロ無料特別WebinarはYouTubeで配信しています。
先生が素晴らしいリーディング技術をちょっとだけデモンストレーションしてくださっています。
5月の特別割引/優待割引のプロモーションは終了しましたが、こちらのオンラインワークショップはずっと受付をしています。
2019年末までは、特別価格でご提供していますから、まだ申し込まれていない方は、ぜひどうぞ!
オンラインワークショップとJapan Project 2019ワークショップのオンライン受講のお申し込みはこちらからどうぞ。
https://ws.formzu.net/dist/S75723328/
詳しい情報はharumiohata.comでご覧いただけます。

エネルギーナビゲーター大旗ハルミの星読み徒然草
https://www.harumiohata.com/
https://www.facebook.com/hoshiyomi333
https://www.harumiohata.com/blank-4
https://ws.formzu.net/fgen/S12143227/
https://ws.formzu.net/fgen/S93332556/







第3回Webinarで解説した2008年から2020年までの変容の流れのなかで、
2017年後半の大きなエネルギーシフトである木星と土星のイングレス(サインがかわること)を詳しく解説し、
具体的に活用して生きるヒントもお伝えします。
第3回 Webinar「2020年へのストラテジー第2弾」の動画視聴のお申し込みはこちらからどうぞ。
https://ws.formzu.net/dist/S7484857/
第1回 Webinar「月のノード しし座水瓶座徹底的活用法」
の動画視聴、資料のお申し込みはこちらからどうぞ。
https://ws.formzu.net/fgen/S40597270/
エネルギーナビゲーター大旗ハルミの【星読み徒然草】Facebook Community Page
https://www.facebook.com/hoshiyomi333
大旗ハルミのインタビュー記事(リンカリンカさんの素敵図鑑)は下記からご覧ください。
http://linkerlinker.net/2017/02/09/%E...

エネルギーナビゲーター大旗ハルミの星読み徒然草
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[動画][資料] 魚ちゃん: 蛍原は一人でも大丈夫(2018年) ほか, >>雨上がり決死隊闇営業-
































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2018年1月 宮迫、占い師に「2年後ヤバいことになる」と言われる
805,340 回視聴
かんのあき
2019/06/25 に公開
2018年1月28日の番組にて

YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=CIxCnD_vmc8




541 件のコメント
ひろくん
4 日前
闇営業したのは5年前なので、バレる時期を予言したもの。
Abby Koos
4 日前
この占い師が一番びっくりしてそう笑
ゆーや
4 日前
左上『あの人の予言あたってました』は草
たけあん
4 日前
振り子とゆうより、振り込みがキーワードやったね(笑)
ぬこ ねこ
3 日前
何歳か聞かれて47と答えた時の占いが49の時に当たったね 2年後... ドンマイ笑
ガルドサザン
1 週間前
これはマイナスの方向に振り切れてしまったなw
Kin Wake
3 日前
宮迫が「文春くるな!」って言った後に 占い師がそこで「いえ、フライデーです」って言ってたら怖い事になっていたんだけどなぁ
SJ.s Project
3 日前
この時宮迫が47歳
2年後の今が49最近めっちゃビンゴでめっちゃ怖いやん。
Supe
4 日前
2019年に導火線引火
2020年に芸能界引退
ホトちゃんガンバレ!応援してます!
山田夢の進
4 日前
宮迫が一番心配ゆうてるヒガシノリも見る目あるよな
yuiinzuma999
1 週間前
フライデー「きたよ」
サンドリリスナー
4 日前
2年後ってことはこれからもっと凄いニュース出ます!
多分
U3 Suzuki
3 日前
これは高評かせざるを得ない‼️www
ぎょーや
3 日前
フライデーは行きました。’(だって来るなっていったのは文春なんだもん)
EI ISS
3 日前
今回はマイナスに振れすぎて円運動起こしそう。
ぴよぴようなぎ
6 日前
本当にヤバい事になりました
o J
2 日前
現在を予測してたかのような占いで草
オールはんちんきょちん
1 週間前
1:21 宮迫「来んなよ、文春!」
フライデー「やあ!」
take-pon
4 日前
フライデー「やあ!」(´●ω●`)
S fav
4 日前
宮迫の場合は大体そうなりそうだろ
くまさん
1 週間前
これを思いついて調べたらあったww
流斗岡
4 日前
さようなら!闇迫さん。
あお
1 週間前
フライデー来ちゃったね
てかすごいね あかつきさん

YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=CIxCnD_vmc8





足元が揺らぐ「ジャニーズと吉本」テレビ業界に吹き始めた“新風”
2019/7/9(火) 7:09
「先月、6月18日に、弊社の社長、ジャニー喜多川が病院に緊急搬送されました」
7月1日に行われた「嵐を旅する展覧会」の記者会見の冒頭で、ジャニーズ事務所社長であるジャニー喜多川氏の病状について発表した“嵐”の松本潤。事務所の大先輩である近藤真彦や東山紀之、中居正広などを差し置いての発表には、マスコミやファンの間で様々な憶測が飛んだ。
「情報番組のMCに何人もの司会を送るジャニーズだけに、彼らの番組で発表する可能性もありました。ですが、初めて社長の容態について公の場で口を開いたのは松本だった。彼らを手塩にかけて育て、マネジメントについて絶大な権力を持つ、ジャニー喜多川氏の姪に当たるジュリー藤島さんが決めたと言われています。彼女がジャニーさんの後継者であることを内外に示したかったことがひとつ。さらに、ジャニーズの中で、嵐が一番手の存在であることをほかのタレントに見せつける意味もあったのでしょう」(芸能プロ関係者)
だが、その“嵐”でさえ、2020年いっぱいでの活動休止が決まっている。
稼ぎ頭である彼らが抜けることは、ジャニーズにとって大きなパワーダウンになることは否めない。
「テレビ局にとって、ジャニーズのタレントを起用する一番の大きな理由は、その番組にスポンサーが付くからです。つまり、彼らが出演するCMが、必然的に番組に広告を出してくれる。しかも、嵐が出るような企業は、誰もが知るようなナショナルクライアントです。高額のスポンサー料が見込めるので、テレビ局側も彼らを喜んでキャスティングしていた。その状況がジャニーズ事務所の力の源泉でした。ですが、嵐が出演していたCMが無くなるとなれば、当然、局側のジャニーズのタレントを使う“旨味”は減ってしまうでしょうね」(広告代理店関係者)
最近では、2019年9月いっぱいで、TOKIOの国分太一が司会する『ビビット』(TBS系)の打ち切りが濃厚と言われている。つまり、テレビ局による“ジャニーズ離れ”は、少しずつだが進んでいる。
「TOKIOの長瀬智也や関ジャニ∞の錦戸亮など、事務所に不満を持つ人たちは少なからず存在します。ですが、彼らをつなぎ止めていたのが、“芸能界の父”であるジャニー氏の存在でした。ただ、彼の入院が長引くようなら、くすぶっていた不満が爆発するかもしれませんね」(レコード会社関係者)
一方、“闇営業”問題で窮地に立たされているのが、吉本興業だ。
『FRIDAY』が「雨上がり決死隊」宮迫博之や「ロンドンブーツ1号2号」田村亮らが、詐欺グループの忘年会に出席していたことを報じたのが約1か月前。その後も「スリムクラブ」が暴力団幹部の誕生日会に参加してことなどが報じられるなど、芸能界に波紋を広げた。
「吉本は詐欺グループと芸人たちを繋いだ、入江慎也だけを切れば乗り切れると、問題を軽視していたのでしょう。
しかも、吉本のトップである大崎洋会長が“闇営業”について取材に応じましたが、記者会見ではなく共同通信社の単独インタビューという形。
これでは、世間は吉本が“闇営業”について『包み隠さず説明している』とは感じなかったでしょう。実際に詐欺グループや暴力団関係者から受け取った金額を明らかにしていませんからね」(スポーツ紙記者)
しかも、吉本が怒らせてしまったのは、世間である視聴者だけではない。
民放テレビ局の番組にお金を払うスポンサーまで、敵に回してしまった。
「NHKは吉本が謹慎を発表する前の6月19日から、“闇営業”に関わった芸人が出演する番組を放送せずに差し替えた。だが、“雨上がり決死隊”宮迫博之が出演する『アメトーク』(テレビ朝日系)などは、その後も出演番組を放送し続けた。番組スポンサーが何社か降りても、なかなか処分を下さなかった吉本に対し、その他のスポンサーも怒り、広告代理店も事態を収拾させることはできなかった。吉本芸人が出演する番組には今後、CMを出さないという企業が出てきかねない状況ですよ。となると、彼らを起用することをためらう番組が出て来ても不思議ではないでしょうね」(テレビ局関係者)
テレビをつければ、毎日のように目にするジャニーズタレントと吉本芸人。
芸能界を席捲していた彼らの立場も、ここにきて足元が揺らいでいるのは間違いなさそうだ。

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https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190709-00010001-friday-ent





闇営業問題で“復帰計画”頓挫 島田紳助が宮迫博之に激怒の真相
7/9(火) 9:26配信
騒動の余波は広がっている。
反社会的グループのパーティーに参加し、100万円のギャラを受け取ったとして「無期限謹慎処分」となった「雨上がり決死隊」の宮迫博之(49)。同時に処分を受けた他の芸人たちに比べ、レギュラーを多数抱える売れっ子だけに、芸能界に与えた影響は計り知れない。
そうした宮迫の騒動に、宮迫と同じ元吉本興業の島田紳助氏(63)が激怒していると一部週刊誌が伝えた。島田氏は8年前の2011年8月に、暴力団との親密交際で引退している。
事によれば、紳助氏は、今年の「24時間テレビ」放送直後の「行列のできる法律相談所」にゲストとして出演する計画があったという。日テレ局内で“Sプロジェクト”と呼ばれていた上層部肝いりの企画だったが、今回の騒動で、プロジェクトは頓挫。紳助氏は「自分の教訓が後輩芸人にまったく生かされていない」ことに憤り、特に「行列」で紳助の後釜となった宮迫に対しては涙を流しながら怒っていたという。テレビ局関係者が声を潜めて話す。
「紳助氏の復帰計画が極秘裏に進められていたのは本当です。観覧席に座らせておいて、たまたま見に来たという演出も検討されていたと聞いています。それで視聴者の反応など、復帰への観測気球を上げる意図もあったようです。しかし今回のことで、計画は即座に中止となってしまった」
紳助氏の引退理由は、当時、指定暴力団山口組の高山清司若頭と、極心連合会の橋本弘文会長のスリーショット写真が写真週刊誌にスッパ抜かれたこと。引退会見では
「自分の中ではセーフだと思っていました」
と涙ながらに語ったが、暴力団排除条例制定の動きが広がる中での親密交際を裏付ける写真流出は致命的。
「明日からは一般人として静かに暮らしていきたい」
と語っており、その後、沖縄の恩納村のマンションで生活する様子などがたびたび報じられていた。
「紳助氏は京都、大阪、東京などに複数の不動産を所有しており、行き来しているようです。表向き“復帰の意思はない”とされていますが、有名どころの後輩芸人との交流は続いているようです。たびたび流れる復帰待望論に、本人もまんざらではなく、チャンスがあればと考えているようです」(ワイドショー芸能デスク)
しかし計画は完全に頓挫。
宮迫自身も周辺も、“雨上がり”とは程遠い状態が続きそうだ。

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あれもこれも言わせて
闇営業で宮迫博之が消えたら後釜に座りそうな芸人は誰か
公開日:2019/07/07 06:00 
更新日:2019/07/07 06:00
「闇営業」で雨上がりの宮迫、ロンブー亮ら芸人が当面の間、謹慎するとのこと。収録済みの番組はテロップ対応や全面カットの画面処理で、いないことにしたりとテレビ局も対応に大わらわだ。
先月27日の「アメトーーク!」(テレビ朝日系)などどんなふうにカットされるのか、逆に興味津々で見た視聴者が多かったのか、視聴率は8.4%と前週の7.6%からアップした。皮肉なもので宮迫は見事に消されており、テレビ技術の進歩がうかがえた……。
それはさておき、たとえ謹慎が明けたとしても今回のメンバーに対する世間の目は相当厳しいものになる。
たとえば次長課長の河本準一に対する風当たりがいまだに強いように……。
となればテレビ局としてはオフホワイトやグレーな芸人を使うのはもうこりごりなので他の清廉潔白な芸人たちにしてみれば、格好のチャンスになる。

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posted by datasea at 11:04| Comment(0) | ■ 占い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月07日

[天体メモ] 七夕


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2019年07月06日

木内鶴彦霊視: 月の誕生,ノアの大洪水 (>>祇園祭)

木内鶴彦霊視: 月の誕生,ノアの大洪水 (>>祇園祭)
超古代の宇宙を飛ぶ
時空を自由自在に生まれるのならば,古代の宇宙を確かめたいという衝動に駆られました。
三途の川や故人との出会いは私の中では第一臨死体験として,未来や古代宇宙等の体験は第二次臨死体験として私の中では記憶しています。
■臨死体験で見た古代地球の歴史
私が第二臨死体験で見てきた地球の歴史は,現在の常識では考えられないものでした。
月が誕生する前,地上では高度な文明社会が築かれていました。
その世界は今の歴史学の常識からすれば,信じられないような姿だと思います。
この古代都市は当初地球の地下に作られました。
人間が自分たちの生活空間を地下に求めた理由は実にシンプルなものでした。
地上に街を作ると自然を破壊しなければならないからです。
当時の文明は,地球の生態系の主役は植物だと言う認識に立脚していたんです。
都市と同じ理由から道路や線路も作られませんでした。
道を作らなくてもいいように,彼らは空を移動する乗物を開発しました。
それは今で言えば飛行機というよりもUFOに近いものでした。
緑に覆われた大地,そこには数々の動物が循環を繰り返していました。地下に住む人間も巨大な恐竜も共存して生きていました。
そうです,月が誕生するまで前まで人間と距離は1つの生態系の中で生きていたのです。
人間は文明の進化とともにその生息圏を拡げていきました。
それは草しか生えないような山岳地帯に植物を育てたり,砂漠地帯を緑に変えるための移住です。
当時の科学力はある意味では現在よりも進んでいたのかもしれませんが,価値観が今とは異なるので,比べるのが難しいところもあります。
でも天文に関しては今と同程度位まで発展していました。
だからこそ,臨死体験から戻ったときに月の年代を割り出すための正確なデータが得られたんです。
残念なことにこの超古代文明は月が地球にもたらした大洪水によって失われました。
■月の誕生
第二臨死体験の中で,私の意識は,その当時の天体観測をしていた人の体に入り込むことによって当時の星空の詳細を観察しました。
そして臨死体験から生還。3ヶ月近い入院生活を終えた私は,しばらく実家に戻って休養しました。退院したとはいえ,職場に復帰できるほどに体力はまだまだなかったからです。
臨死体験で見てきた親戚や友人の様子など,様々なものを後からアルバムで確かめました。
その結果はどれも私の見てきたものを事実だと思わせるものばかりでした。臨死体験で見てきたものが事実であるならば,そこで見た地球の歴史もまた正しいはずです。
そこで私は確かめられそうなものから色々と検証してみることにしました。
最初に確かめたのは月でした。
月は私たちにとって大変身近な存在ですが,まだわかっていないことも多い天体です。いつどのようにして誕生したのかといったについても,まだ定説はありません。
地球の一部がちぎれてできたと言う説もあれば,太陽系を漂っていた小惑星が地球の引力に取り込まれたと言う説もあります。
地球から見た月はいつも同じ顔をしています。そのために地球から見える側が表,見えない側が裏といわれています。
これは月の一公転に対して一回の自転しかしていないからです。
そして月の一定面を常に地球に向けているのは,表側の方が裏側よりも質量が重いからです。
私は月のクレーターの数から月が地球の衛星となってからの年数を割り出すことを考えました。
星の歳差運動は一定の周期に基づいているので,計算すれば何年の北極星がどの星かということがわかります。それと星の固有の運動から割り出した数字を合わせれば,かなり正確な年代が確定できるというわけです。
そうして私が導き出した,月が誕生した年代は,約15,000年前というものでした。
巨大彗星が地球に接近して地球環境を大きく変化させたのは意外にもそれほど古い時代のことではありませんでした。すでに人類が誕生して,文化的な生活を営んでいたんです。
月がもともと巨大な彗星であったならば,月のクレーターは水分が蒸発して地球に吸い取られた後にできたと考えることができます。クレーターというのは隕石の地表にぶつかったときの衝撃でできる凹みのようなものだからです。
月には暗い部分と明るい部分があって,暗い部分は「海」,明るい部分は「陸」と呼んでいます。
私の幼い頃にウサギだと信じていたのは,この海と呼ばれる体の部分でした。
なぜ「海」が暗く見えるのかというと,ここは「陸」と呼ばれる部分よりも少し低くて,光の反射率が悪いからです。「海」はクレーターの数が少なくて,比較的楽に観察することができます。
そこで一定期間この海の部分にできる新しいクレーターの数を観察して,平均値を出します。
そして現在あるクレーターの総数をその平均値で割れば,月の誕生したおおよその年代を特定することができます。
こうしたクレーターの観察結果をもとに月の年代を測定したところ,やはりここでも約15,000年前と言う,私の臨死体験から導き出した答えと一致する数字が出たのです。
15000年前,地球は今とだいぶ違う状態にありました。
現在の地球の陸と海の割合は約1:2ですが,当時は海は地表の3分の1しかありませんでした。そして月が存在していなかったのです。
今よりも水が極端に少なかった地球は,質量が少ないために重力も少なかったようです。
地球が緑におおわれるのに伴い,様々な動物も海から陸に上陸して, 水圧から解放された動物は重力の弱い陸上で巨大化していきました。
現在恐竜の化石を復元すると,体の割に足が小さいためにうまく歩くことができなかったのではないかという説を唱える人がいますが,私の臨死体験で見た光景はこの疑問を解決してくれます。
私は臨死体験の中で,約15,000年前に大量の水分を含んだ巨大彗星が地球に大接近したのを見ました。
巨大彗星は火星の付近まで到達したときに,水分が蒸発して太陽よりも巨大なガス状の天体に変化しました。
そのガスは地球にまで達しました。
そしてガスの部分は地球の引力に引き寄せられて行きました。ガスは地表に近づくに従って冷えて,雨になって地上に降り注ぎます。こうして大地の3分の1が海底に沈むほどの大雨が地球に注いだんです。
その頃すでに文明を持っていた人類は天文についての知識もあったので,巨大彗星接近による被害を予想していました。少しでもその被害から生まれるために人々は高い山の頂上などに避難していましたが,それでも大多数の命が失われてしまいました。恐竜が絶滅したのもこの天変地異によってです。
その洪水から生き延びたのは,高い山の山頂に避難できたごくわずかの人でした。
巨大彗星が持っていた水が地球に降り注いだことによって地球上の水分量は
旧約聖書のノアの方舟の物語を始め,世界各地には洪水の伝説が広く残っています。
7日7晩降り続いた大雨によって高い山までが水の下に沈んだという伝承の全てが想像の産物であるとは私には思えません。
これらの伝説は月が誕生したときに地球におきた異変を伝えるものなのかもしれません。
私は臨死体験での自分の記憶を頼りに地球上の陸地と海の割合の変化から,増えたと考えられる水分の量を計算して,それを現在の月と合わせてみたんです。するとそれは見事にバランスが取れたんです。
ー生き方は星空が教えてくれる,木内鶴彦,サンマーク文庫, 2015年8月刊,

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臨死体験
22歳当時,事件は突然起こりました。
当時私は茨城の百里基地で飛行管理という仕事についていました。
この仕事はただでさえハードなのですが,ちょうどその頃はミグ25と言う当時のソビエトの最新鋭ジェット戦闘機の亡命事件があったために連日普段以上の仕事量とプレッシャーを強いられていたのです。
そんなハードな業務にいた1976年3月,私は倒れ,搬送され臨死体験をする事になります。
。。。
朦朧とした意識の中でただ聴覚だけが異様に研ぎ澄まされていたのです。
そんな私に,廊下で両親に病状を説明している医師の声がまるで耳元で話しているかのようにはっきりと聞こえてきました。
「残念ですがお宅の息子さんは持ってあと1週間でしょう。腸閉塞を起こしている事は確かですが,このようなケースはこれまでに症例もなく,検査も十分にできない状態なので,病名は分かりません。ただ言えるのは,今の状態で検査をすれば確実に済むと言う事だけです。」
。。。
私が一命を取り留めることができたのはレントゲン撮影のおかげでした。右側を下にして「く」の字に曲げた体勢なら背骨と動脈との間にわずかですが隙間ができて,十二指腸の完全閉塞を逃れることがわかったからでした。体を曲げた状態で思いをさせることができたのもこのためです。
ー生き方は星空が教えてくれる,木内鶴彦,サンマーク文庫, 2015年8月刊,

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木内鶴彦
チュニス・木内・中村彗星
土屋・木内彗星
メトカーフ・ブルーミントン彗星
スウィフト・タトル彗星(1992年再発見)
4つの彗星を発見した世界的に有名なコメットハンター(彗星捜索家)。
1976年,突然襲った病魔と臨死体験で宇宙の仕組みと地球がたどる未来を垣間見る。
ベストセラーの単行本「生き方は星空が教えてくれる」は2015年に文庫化。

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2004/08/07(土)
祇園祭の大いなる秘密
読書
『祇園祭の大いなる秘密−日本神仏祭祀の謎を読み解く』(久慈力、批評社、1,890)、読了。
前から読みたいと思っていたが、ブックオフでたまたま見つけて買った。
いわゆる日猶同祖論的な説で、祇園はシオンの転訛だという主張がある。
これだけだったらゴロ合わせで終わってしまっていて、まともな人ならば誰も見向きはしないだろうが、
この本では祇園祭とシオン祭を徹底的に比較・検証している。
シオン祭とは何か?
紀元前1000年頃、古代イスラエル統一王国のソロモン王の時代に神殿があった場所がシオンの丘と呼ばれた。
そのソロモンが王として即位したことを祝う祭が、シオンの祭だった。
京都の八坂神社の祭礼である祇園祭は、その古代イスラエルのシオンの祭を模倣したものだというのが著者の主張だ。
いわゆるイスラエルの失われた十部族が古代の日本を訪れていたという説があり、そのような主張をよく知らない人にとっては、
祇園祭=シオン祭
説は、「トンデモ」以外の何物でもないと考えても無理はないだろう。
だが、著者は祇園祭の神事の内容を詳細に調べ上げ、古代イスラエルの神事との類似点を、さまざまな視点からとらえている。
特に私が説得力があると感じた部分は以下のとおりだ。
1. 仮庵祭と祇園祭の神幸祭は七日間行われる。
2. どちらも七月中旬に行われる。
3. どちらも水と火と光の祭であり、神霊が降臨し、宮清めが行われる。
4. 仮庵や山鉾を花、木の枝、植物の房、幕などで飾り立てる。
5. どちらも水を汲み、水を注ぐ儀式が行われる。
6. 榊とヒソプ(ユダヤ教の清めの儀式で使用する植物)は同じ役割を果たす。
7. 祇園祭は、ノアの箱舟がアララテ山の山頂に達した日である7月17日にピークを迎える
以上は著者の主張するところのごく一部にすぎない。
これだけのことが一致するとなると、これは偶然とするのは
無理があるだろう。
この本では、重要な事実をあっさりと書きすぎている部分があるのと、後半ちょっと論旨が強引な部分があるのが残念だ。
だが、これまでの類似の本では書かれていなかったことが多く、それなりの価値がある本だろう。

●探求三昧 by N.Momose● 何でも探求するブログ
http://d.hatena.ne.jp/nmomose/20040807/1396008494





祇園祭とイスラエルの祭との類似
日本では毎年、7月17日に、「夏祭」と称する「祇園祭」、別名「天王祭」が全国一斉に行なわれます。
とくに総社である京都・祇園神社の祭は、大規模に7月17日から1週間にわたって行なわれます。
じつはこの7月17日という日は、イスラエルにおいても、非常に重要な日でした。かつてノアの箱舟がアララテ山に着いたのが、まさにこの日なのです。
「箱舟は第7の月の17日に、アララテの山の上にとどまった」 (創世8:4)
と聖書に記されています。
そのため古代ヘブル人は、この日に謝恩祭を行なっていたようです。
しかしモーセ以後は、ちょうどこの時期に収穫祭 (仮庵の祭ともいう)が行なわれるようになりました (第7の月の15日から1週間)。
京都で行なわれている祇園祭は、こうしたノアの箱舟の記憶や、イスラエルの収穫祭を思い起こさせるものがあります。
祇園祭では、「舟車」といって舟の形をした山車が、町内をめぐります。
また神輿には、鳩に似た小鳥の彫刻や、榊の小枝をくわえた鳥の模型がついています。
これらのことは、ノアの箱舟や、箱舟にオリーブの小枝をくわえて戻ってきた鳩の話を、思い起こさせるものであるわけです(創世8:11) 。
明治維新の頃、日本に来た商人で、N.マクレオドという人がいます。
彼も京都で祇園祭を見たとき、ひじょうに強い印象を受けました。
たとえば祇園祭の中で、人々は木の枝を持ち歩いていました。
古代イスラエルの収穫祭でも、人々はたくさんの木の枝を持ち、また農業の収穫物を持って行列に参加しました。
またマクレオドは、祇園祭で使われる香炉が、イスラエル神殿で用いられていた香炉に非常によく似ている、と観察しました。
さらに祇園祭の行列の中に、「7つの腕のある道具」を持ち歩いている人たちを見ました。
これはイスラエル神殿で用いられていた7つの腕を持つ燭台(メノラ)に非常によく似ている、と彼は考えたのです
また日本文化において12という数字が、いろいろな場面において用いられていることをも、発見しました。
天皇は12人のお妃を持ち、京都の御所には12の門がありました。
宮城には12の飾り付けがあり、神社の祭では12本の棒がゆわえつけられていました。
こうしたことは、イスラエルで神の民や神殿に関するものに12という数字がよく用いられていたことを、ただちに連想させるものでした。
祇園祭について、ユダヤ人ラビ・トケィヤー氏はこう言っています。
「いずれにせよ、ユダヤ人がこの祇園祭を見たときに感じることは、「ギオン」という名前はエルサレムの別名である「シオン」ではないか、ということである。 
・・・その祭自体が、古代イスラエルの歴史を、ドラマ化したものであるように感じるのである」。
このように、イスラエルの習慣に精通している人々にとって京都の祇園祭は、イスラエルの祭を連想させるものであるようです。
しかしこれはイスラエルの正統的な宗教行事の場合ですが、そうでない場合もあります。
たとえば、日本の神社の中には、牛を祭神としているところが多くあります。
さきに、神道は基本的には偶像崇拝ではないと述べましたが、一部には偶像崇拝も事実入っているわけです。
この風習は、古代イスラエル民族が行なった異教の偶像崇拝の名残りではないか、とマクレオドは考えました
聖書にも、古代イスラエル人は唯一の神を信じながらも、しばしば「子牛礼拝」などの偶像崇拝に陥ったことが記されています。
とくに失われた10部族は、そうした偶像崇拝に陥っていましたから、偶像崇拝が一緒に日本に持ち込まれたと、考えられるわけです。
また、「山伏」に関する様々のことが、古代イスラエルの習慣に非常に良く似ていると、指摘されています。
山伏――頭につけているのが兜巾。
たとえば山伏は、額に「兜巾」(ときん)と呼ばれる黒いものをつけます。
これは古代イスラエルの祭司が額につけた黒い聖なる箱「ヒラクティリー」にそっくりだ、と指摘されているのです。
今日もユダヤ教徒は、祈りのとき、ヒラクティリーを額につけます。こうした習慣は、ユダヤ教徒と日本の山伏にだけ見られるものです。
山伏が吹く「法螺貝」も、イスラエル人が祭のときに吹く「ショーファー」という笛に、よく似ていると言われています。 
イスラエル人のショーファーは、ふつう雄羊の角で作られますが、必ずしも雄羊の角である必要はありません。
実際には、手に入る材料で作ってかまわないのです。
日本は羊は少なく、海洋国家なので、法螺貝が用いられたのではないかと言われています。
両方とも同じような音をたてるのです。そのほかにも、山伏の習慣には古代イスラエルの習慣を思わせるものが多々あり、両者には、
「偶然とは言えないほどの一致点が存在している」
と、トケィヤー氏は述べています。

古代日本とユダヤ・キリスト教
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/032kodai.htm













3800年くらい前(BC1800年ころ)、シナイ半島の遊牧民であったセム人、アブラハムの子孫が増えてユダヤ民族となった。
(当時のセム人はバスク人・パレスチナ人などに似た黒毛で、モンゴロイド要素の強い人種、地中海系人とは異なる)
3000年前(BC1000年ころ)、ダビデ王の下、ユダヤ民族国家イスラエルは黄金時代を迎えたが、
その後、南北に分裂し、北イスラエルが滅亡後、南ユダ国も2600年前(BC600年ころ)にバビロニアに征服され、人々は奴隷としてバビロンに連れ去られた。
これが「バビロン捕囚」である。
バビロン捕囚のときバビロンにあって石造建築を扱わされたことで石工組合のようなものが成立し、これがフリーメーソンの原形になったと思われる。
2500年前、バビロンを征服したペルシャ帝国によって、ユダヤはシオンの地に戻ることを許されイスラエルを再建する。
2000年前、ローマ帝国によって滅ぼされるまでの時代に、タルムードが発展し、明確なユダヤ教が成立した。
ユダヤ教の根幹教義は、旧約聖書モーゼ五書(トーラー)とタルムードである。
旧約聖書がいつの時代に編纂されたのか諸説あってはっきりしないが、ユダヤ教はこれをユダヤ人に教える教師をラビと呼び、
とりわけタルムードを元に生活規律を求める者を律法学者と呼んだ。
イエスが忌み嫌ったパリサイ人、律法学者は、バビロニア・タルムードの定めを人々に強要していた者たちのことである。
ユダヤ教徒という定義は、タルムード律法を守る者とされていた。

youtube.com
http://www.youtube.com/watch?v=zf9FdnlFKSY&hd=1 
http://www.youtube.com/watch?v=irKv6C_t1xA&playnext=1&list=PLADB418BA17E5C440&index=5

予知情報
http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/yoti01.htm






歴史情報 農業の起源
農業の起源
農業の起源は近代考古学においてもっとも難題とされてきた分野である。
紀元前9600年頃に起きた気候の大変化の直後、世界各地で突如として農業が始まったという事実を説明するため、これまでにたくさんの学説が浮かんでは消えてきた。
1886年、アルフォンス・デ・カンドル(1806〜1893)が植物学的見地からこの問題に取り組んだ。
「栽培植物の地理的起源を知るための最も直接的な方法は、その植物はどこの国で人の手を借りることなく自生しているかということを調べれば良い。」
ソビエトの著名な植物学者ニコライ・イワノビッチ・バビロフ(1887〜1941)は、
カンドルの方法論に可能性を見出していた。
バビロフは長い間かけて世界中から5万種類以上の野草を集め、この作業を通じて主な栽培植物の発生源として8つの場所を特定することに成功した。
なんと、これらの全ての場所には地球上で最も高い山脈との直接的な相関関係がはっきり認められたのだ。
今日不可欠とされている栽培植物が最初に生えていた場所は、ヒマラヤ、ヒンドゥークシ、中近東、バルカン半島、アペニン山脈など、
世界に冠たる山脈が集まる、北緯20度から45度の地域に集中している。
ヨーロッパ、アジア、アフリカにおいてはこれらの地域は緯度に沿って伸び、南北アメリカにおいては経度に沿って伸びている。
どちらの場合も、大きな山脈がある地域と一致しているのだ。
バビロフは、また、今日世界中で栽培されている植物が元々は海面よりはるかに高い位置にある山岳部に生えていた植物を源としていることを証明した。
アトランティスの伝説をエジプトの文献で知ったプラトンは、地球上を大洪水が襲った直後からの復興の最初の日々について、
その最後の著作「法律」の中で記している。
アテネ人「大昔の話には真実が少しでも含まれていると思いますか?」
クリニア人「何の話に?」
アテネ人「人類がしばしば大洪水や疫病、その他の災害によって滅亡させられた結果、僅かの生存者しか残らなかったという話です。」
クリニア人「みんなが真実であると信じていることでしょう。」
アテネ人「それでは多くの災害を思い描いてみましょう。特にノアの洪水の時に起こった災害のことです。」
クリニア人「それについて何を思い描くのでしょうか?」
アテネ人「破滅を逃れた人々の多くは丘の上に住んでいた牧夫であり、人類のほんのわずかな生き残りがどこかの山の上に落ち着いたということです。」
クリニア人「明らかに」
アテネ人「平野や海の近くにあった街はその時全て壊滅してしまったと仮定しましょうか?」
クリニア人「いや、こう仮定しましょう」
アテネ人「それでは破壊が起こった時に、人類はどのような状態にあったとしましょう。陸地には無人地帯が広範囲にわたって存在していて、動物はほとんど死滅してしまった。ほんの少しだけ生き残った牛や山羊が、牧夫の手に渡っていったとしたら?」
プラトンのこうした記述は、家畜の出現に関して初めて理にかなう説明をつけたものである。
彼の理論は、農業の起源や動物の家畜化の始まりが、アトランティス文明でかなり昔から実践されていた手段を再現したものだということを仮定している。
史上最古の農業的実験が行われた時代は、アトランティスの滅亡した時代とぴったり一致するのである。
−MU BOOKS/アトランティスは南極大陸だった!! 1996年刊

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気象情報:約12,240年の地球温暖化は急速にすすんだ
2013年12月5日
The Extinction Protocol
Volcanic ash reveals rapid Ice Age climate change
Posted on December 5, 2013
by The Extinction Protocol
December 5, 2013
Climate Science
http://www.reportingclimatescience.com/news-stories/article/volcanic-ash-reveals-abrupt-climate-change-during-last-ice-age.html
The Extinction Protocol
http://theextinctionprotocol.wordpress.com/
http://theextinctionprotocol.wordpress.com/2013/12/05/volcanic-ash-reveals-rapid-ice-age-climate-change/
オックスフォード大学/クリスティーン・レーン (Christine Lane、Oxford University)
とGFZ独地質調査センター(the GFZ German Research Centre for Geosciences) /アキム・ブラウア (Achim Brauer) による独英合同地質学研究チームの調査によれば、氷河期の気候変動は地域により約120年の時間差はあるものの、地球の各地方で訪れる。気候変動ははやいスピードでおこりうるという。
約12,240年におきた前回の氷河期の終わり、氷河期終期に約1100年続いた寒冷期/ヤンガードレアス期(the younger Dryas)のおわり、アイスランドのカトラ火山(the Katla volcano)で大噴火がおき、
火山灰は偏西風にのって北ヨーロッパ、中央ヨーロッパの大部分のエリアにおちたが、
独英合同地質学研究チームの最新の研究書/「Geology」の記事によれば、西ドイツ/アイフェル地域(the West German Eifel region)/マーフェルダーマール湖(the Meerfelder Maar lake)の沈殿物の堆積パターンと南ノルウェーのクラケネス湖(Lake Krakenes)のそれには約120年の時間のずれがみられた。
つまり、アイフェル地域で最初に温暖化が起き、その約120年後にノルウェー南部で温暖化が起きたが、両エリアで起きた温暖化はどちらも等しく急速だった。
Achim Brauer
「湖底に沈んだ火山灰沈殿物から正確に火山灰の年齢を測定することが出来る。
これにより時間を正確に特定できる。」。

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2010.12.4
宇宙的な厄災は過去に何度もあったのにも関わらず、それは単なる作り話だと思ってきた。
そのツケが回ってくるかのようだ。
こうして「宇宙的な災厄」が再び巡ってくるのである。
「ノアの大洪水」を地球上の起こした巨大彗星ヤハウェは、水星にも接近したことで水星が収縮させた。
その上、ヤハウェに破壊された惑星フェイトンの残骸を水星にも叩きつけたので、水星も月と同様なクレーターが多数ある。
一般的に、天体に落下しなかった小惑星や隕石が惑星の重力圏に捕まったときに、その惑星にリングが出来ることがある。数が少ないと火星の衛星のような存在となるが、形が小さいもので数が多いとリングになる。これらは全て巨大彗星だったヤハウェが引力で引き連れていたフェイトンの残骸で、これらを木星や土星、それに天王星や海王星にあるリングの一部は小惑星の残骸によって形成された可能性が高い。その他にも特に土星のリングはその大きさから、土星の衛星が破壊された残骸も混じっているのではないかと思われる。その中で天王星は巨大彗星ヤハウェとニアミスしているようで、地軸が97.9度という横倒し以上の角度で自転するようになっている。
土星の衛星イアペタスは赤道をなぞるように高さが19キロもある突起構造があり、他の天体と接触したときに出来たと思われる表面に削られた跡がある。これはデススターに似た形状で、もしかするとスターウォーズの製作者は、公表されていなかった宇宙情報を予め知る立場にあったのだろうか。それに人工構造物も存在しているという。
天王星の衛星であるミランダも表面のアチコチに引っかき傷のようなものが存在していることから、巨大彗星ヤハウェとの接触で出来た可能性もある。そして海王星にも多数の衛星があるがその中のトリトンも海王星の他の衛星とは異なり公転方向が逆になっているばかりか公転角度が大きく傾斜している。その表面の様子は北半球と南半球とでは全く異なっているのだ。北半球は起伏が無いのに何故か南半球は地表が変化するほどの引っかき傷がありデコボコして荒れている。特に最下部近くはデコボコが酷い。これも巨大彗星ヤハウェとの接触によって出来たものだと思われ、そのままビリヤードのように弾き飛ばされ現在のような異様な公転方向と公転角度になってしまったのだろう。そして、このときに海王星の衛星が弾き飛ばされたのが冥王星と、その同一軌道上を冥王星を追いかける形で太陽を公転しているヘメラである。それに冥王星の衛星であるカロンを含めて3つとも海王星の他の衛星と似ていることから、おそらく海王星の衛星だった可能性が高いだろう。
冥王星にはカロンの他にもニクスとヒドラという衛星があるが、これは火星の衛星であるフォボスとダイモスのようにフェイトンの残骸のような歪な形をしている。
実は冥王星の大きさは直径が約2300キロで月よりも小さいことがわかったことと、冥王星の外側を公転する惑星エリスが発見され、そのエリスは冥王星よりも大きかったために冥王星は矮惑星に降格した。冥王星の軌道は異質で楕円軌道である。
太陽系の惑星は正確には真円軌道ではなく楕円軌道なのであるが、その誤差が極めて少なく地球の離心率は0.02であるが、冥王星は0.25であり楕円軌道を描いている。その影響で海王星の軌道と一部で交差しており、1999年までは海王星の方が冥王星よりも外側を公転していた。
他の惑星は地軸の傾きは様々だが公転面は横道面とほぼ同じである。しかし冥王星の軌道は約17度も傾いており、海王星の公転面と比較しても約15.4度傾斜している。このことは全く斉一論では説明がつかない。これは明らかに太陽系の調和が乱されて宇宙規模の大激変があったと思われるのである。現在、海王星にもリングが存在することがわかっている。これも他の大きな惑星と同様に巨大惑星ヤハウェが引き連れていた破壊された惑星フェイトンの残骸が海王星の引力に捕まったからだと思われるが、その他にも衛星が破壊された可能性も高い。どうやら、現在では小惑星帯になっている破壊された惑星フェイトンの他にも木星・土星・天王星・海王星の衛星も幾つか破壊されているようだ。それに小惑星帯の中に1つの球体をした惑星が発見された。他の小惑星帯にあるような小さく歪な形とは明らかに異なることから、破壊された惑星フェイトンの衛星だった可能性が指摘されている。その他にも太陽を公転している小惑星は12個存在していることがわかっている。そうなると大小あわせて合計する20以上の惑星が公転していることになる。だから月よりも小さな惑星である冥王星が降格したのだ。それにマダ正式には公表されていない「惑星X」と呼ばれる惑星の存在も明らかになっている。
これは惑星ヤハウェと同様に大衆に知られては困る惑星である。ナント他の惑星と比較しても異常とも思えるような垂直に公転しているのである。
横道面から87.2度の角度で、冥王星よりも比べ物にならないので、斉一論による
「ガス円盤が回転して太陽系が形成された」
という説明では全く解明できない現実であり、太陽系に大激変が起ったことを物語っている。
この惑星の公転周期は冥王星の248年よりも遥かに長いことは確かなようだが、弾き飛ばされた影響なのか、
冥王星の外側から土星の内側を通る公転軌道なのである。
太陽系の中でも異質な存在である、この「惑星ノクス」は今のところはハッキリと公転周期がつかめていない。
それもエハン・デラヴィ氏が主張しているような約3600年周期で公転している太陽の伴星ではなく、キチンとした惑星であり大気も存在しており、
主成分は窒素で少量だが酸素も存在しているようで地球に似ている惑星ということだったのだ。
だが、太陽から遠いためか全域が氷で覆われている。
しかし、その氷はメタンではなく普通の水が凍ったものだという。
衛星の数は7個で全てが火星の衛星と似た小惑星のような歪な形をしている。
一方で、ある天体が必要以上に接近したとき、その天体が地球の大きさに近いほど重力による「潮汐作用」を大きく受けることになり、
地球に世界規模の地殻変動をもたらし地球上は大変な状態に陥る。
ノアの時代に、エノクのいた町が人々を乗せたまま空中高く浮遊して何処かへ消え去ったという伝承があるが、
これを牧師だったスウィフトに「ラピュタ」物語の構想を思いつかせたのである。
そして「聖書外典」にはエノク自身が空中を浮遊したという記述もあり、これもプラズマ領域が関与したことが十分に考えられる。
地上から消えたエノクの町は太陽に向かったとする伝承が残されている。
その直後に「ノアの大洪水」が起きていることから、この現象も天体の超接近によって重力が変化してプラズマ領域が至る所で引き起こされたことだろう。
当時、世界各地で様々な温度の自然プラズマが発生していたことは、インド北部とパキスタン南部のモヘンジョダロ一帯に散在しているガラス状地形は、摂氏数千度の超高熱プラズマで大地が焼かれたことを意味していと思う。イギリスの考古学者であるジョン・マーシャルは、古代に大規模な自然災害が発生したと考えた。だが、それをに異を唱える古代史研究家のデーヴッド・ダヴェンポートとE・ヴェンセンティは、その大災害こそが古代文明同士で核兵器による戦争が起きた跡であると発表して世界中で驚きと共に支持された。確かに既存の核兵器の爆発による高熱現象はプラズマによるものであるが、古代においての核戦争は突飛過ぎるのである。核兵器を製造するような文明は長い歴史的積み重ねによって出来るものなのである。それを造る設備や工場や人材と様々な化学的環境が無ければならないので、イキナリ核兵器を造れるような文明が発生したとは思えない。世界中探しても原子炉施設があった形跡すら存在していないのである。
だから、古代に核戦争が起きたことことは極めて無理がある。
要するに、これだけの超高熱を生むようなことは科学的兵器でなければ出来ないという前提の下で考え出されたものであり、超高熱を生むことは自然現象では起きるはずがないというのも現代科学が抱える傲慢さである。こうした現象が自然に発生するということを大衆に知られたくないという思惑も一部には存在したのだろう。実はモヘンジョダロが位置する緯度と近い場所に多くの天変地異が集中して起きていたのである。それは北緯28度近辺であり、世界各地で天変地異が頻発していたころに、インド北部で大発展していたモヘンジョダロが一夜にして廃墟となった。果たして、古代の地球に超高熱を発するような自然災害が起きていたのだろうか。
続く・・・

徒然ブログ
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アポロ計画の謎と月空洞論
2008/11/25(火) 午後 4:19
宇宙関連 その他自然科学
人類は本当に月へ行ったのか!?
人類は月には行っていないのか!?アポロ疑惑の裏に隠された恐るべきエイリアン情報とは何か。
NASAの極秘情報をもとに、かつてソ連もまた月面に人類を送り込んでいた事実を暴露するとともに、月が空洞であることを証明する。
方向が違う影や明るい陰、同じ背景なのに違う場所…、次々と指摘されるアポロ映像の疑惑に対し、NASAは必死に反論するが、いったい真相はどこにあるのか!
当局が企む陰謀の裏の裏まで知り尽くした男、ジェームズ・J・ジェファーソンが今、すべてを暴露する!月面で巨大UFOと遭遇していたのは、アポロ宇宙飛行士だけではなかった。
飛鳥氏が書かれた過去の本を数多く読んだ方には、新鮮味が薄いかも知れませんが自分にとっては驚愕の情報が満載です。
55億円の予算で「月」に行った日本の「かぐや」…
未だに思っていたほど月面の詳細な情報は入ってきておりません。
故障したという情報もあるが、はたして真実なのか。アメリカの圧力なのか、自主的に公表できないのか。
本書は月の内部写真とアポロ11号が遭遇したとされる巨大葉巻型UFOとデルタ型子機UFOの写真から始まります。
綿密に隠蔽されたアポロ計画の謎が解明されている。アポロ飛行士が言う「サンタクロース」とはUFOの隠語でした!
オルドリンがわがままで希望し、アームストロングと入れ替わって最初に着陸していて、おまけにロシア人もルナ15号で同じころ月に着陸していたという。放送上都合の悪い映像のときはシャットダウンしていたようだ。
予めエリア51で夜間撮影していた映像も巧妙に混じっているという。
だからチグハグな影が指摘されて「アポロ11号の月面着陸捏造説」がまことしやかに言われるのだ。
本当にアポロ11号は月に到達していた。
地球が空洞であるというので、興味を引かれて月が空洞の謎を知りたくなった。
月の内部にあった膨大な水が「ノアの大洪水」を引き起こしたということには驚いた。
地球空洞論はプラズマで覆われた亜空間で「アルザル」と呼ばれる地球内天体と地球の金属核が同時に存在しているが、月空洞論の場合は実際に単なる「がらんどう」なのだ。
しかし、月が空洞であるならば、どうして月の地殻よりも深いところで月震の震源があるのかという疑問がある。
それは、地殻の裏側に溶解した核がある程度の厚さでへばりついているのが「月の海」と呼ばれている場所だという。
その内部の核が非常に歪な形になっているというデータが判明したことは、これまでの推論を裏付けるのみならず、月震そのものの原因も明らかにしたのだ。
何を隠そう、月震の原因はエイリアンが巨大掘削機で「月の海」と呼ばれる浅黒い地域において、元は月の核だったレアメタルを採掘している為に起きている。
本当のエイリアンは「グレイ」などではなく我々地球人と同じ姿をしており、人種的にも日本人に近い"兄弟"のような存在なのだという。
彼らは絶対的な平和主義者であることをいいことに、アメリカ政府とアメリカ軍は露骨なまでの宇宙開発を進め、月を軍事的な支配下に置こうとしている。
近い将来、アメリカ軍はHAARPや軍事衛星などと連動したプラズマ兵器をより高度なものとし、本格的にエイリアンと戦うつもりでいる。
月面及び月内部に住んでいるエイリアンを叩き潰すことに成功した暁には、いよいよプラズマで覆われた地球内天体「アルザル」へと攻撃を進めるに違いない。
しかも、アメリカはテロ対策や中東戦争の費用の他に対エイリアン攻撃のための軍事費の多くも、エイリアンの同属国家である日本から出させようとしている。
アメリカにとって日本は属国であって年次改革要望書を毎年送りつけており、まるで51番目の州と同様な位置としてみているかのようだ。
また、日本人は敵対するエイリアンに対する人質でもある。
特に天皇は最後の切り札といってもいい。

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木内鶴彦霊視: 臨死体験,あの夏の日にかえる

木内鶴彦霊視: 臨死体験,あの夏の日にかえる
臨死体験
22歳当時,事件は突然起こりました。
当時私は茨城の百里基地で飛行管理という仕事についていました。
この仕事はただでさえハードなのですが,ちょうどその頃はミグ25と言う当時のソビエトの最新鋭ジェット戦闘機の亡命事件があったために連日普段以上の仕事量とプレッシャーを強いられていたのです。
そんなハードな業務にいた1976年3月,私の体は突然悲鳴をあげました。
■余命1週間
その日夜勤についていた私は勤務終了時間が近づく夜明けの空を眺めていました。駐機場に並べられた戦闘機もその奥に見える筑波の山並みもすべてのものが一斉に朝焼けに染まり美しい景色でした。
「美しい」。。
そう思っていた刹那に今まで経験したことのない激痛が体を襲ったのです。体中の血が一気に引いて私はその場に倒れました。意識を奮い立たせて,状況が全く理解できないながらも私はそばにあったソファーに這い上がって,身を横たえました。助けを呼びたくてもあまりの痛さに声も出せません。
幸い隣の部屋で仕事をしていた別のクルーが異音に気づいてすぐに衛生班に連絡してくれました。
病院に運ばれ診察を受けましたが,私の様子を見た医者はもっと設備の整った大きな病院で手術をしなければ手遅れになると,その夜のうちに東京医科大学病院へと私を移しました。
私の病気はストレスなどから背骨と動脈の間に十二指腸が挟まれて腸閉塞を起こすという世界でも120例しか報告されていない非常に珍しい病気でした。
しかも、病気になって一命をとりとめた人がいないという大変恐ろしい病気だったんです。
日本では病名もなかったために私のカルテには担当医によって「上間肋骨動脈十二指腸閉塞」というちょっと長い病名が記されることになりました。
。。。
嘔吐した意識の中でただ聴覚だけが異様に研ぎ澄まされていたのです。
そんな私に,廊下で両親に病状を説明している医師の声がまるで耳元で話しているかのようにはっきりと聞こえてきました。
「残念ですがお宅の息子さんは持ってあと1週間でしょう。腸閉塞を起こしている事は確かですが,このようなケースはこれまでに症例もなく,検査も十分にできない状態なので,病名は分かりません。ただ言えるのは,今の状態で検査をすれば確実に済むと言う事だけです。」
。。。
■臨死体験
そして迎えた1週間目の朝。
その時の私は傍目には意識不明で昏睡状態に見えるのですが,実は意識もはっきりしていて,父と医師が話している内容も全て理解していました。父の言葉を聞いた私の正直な感想は,そうか,そういえば自分は何の病気かわかっていなかったんだというものでした
どれほどの時がたったのでしょうか,次に意識が戻った時,なぜか私は真っ暗な場所でぬかるみを這っていました。ここはどこだ。なぜ俺がこんなところにいるんだ。ベッドに横たわっていたはずの自分が暗闇を這っている。。
私の頭は混乱するばかりでした。
混乱した頭ではいずり回って,疲れ果てて,ぐったりと横たわっているときに,遠くのほうにかすかな一点の光が見えました。それはまるで暗い夜空でやってみることができ6等星ほどの明るさの光でした。
真っ暗闇の中で光を目指して進んでいくと,光は面積を広げてその光が洞窟の出口であるらしいことがわかりました。
私は洞窟から外に出ました。
外は一面の草原で後ろを振り返ると土手に大きな穴が開いていました。
暗闇から解放されましたがその草原も決して明るい場所ではありませんでした。
家の照明を小さい電球だけにした時よりももう少し暗い位の明るさです。
その暗い空の彼方に一点だけ輝いている場所がありました。その光源が全体を照らしている,そんな印象でした。
私はその光へ進みました。
しばらく歩いていくと,中国の揚子江を思わせるほどの大きな河が左から右の方へゆっくりと流れているのを見ました。
これが「三途の川」というものなのかな,と思って私は昔お年寄りから聞いた話など思い出しながら船頭を探し始めました。
探しても船頭は見つかりません。
それでも光のある対岸に何とかして渡らなければ,と思って,川べりを調べながら歩いていると,木造の小さい舟を見つけました。幸いなことに水は漏れていません。
乗って手で水をかきながら私は対岸を目指すことにしました。
ところが水を掻いても掻いてもなかなか対岸につきません。
腕が疲れて,棒のようになっています。
しかし戻る戻るに戻れない微妙な距離にあり,やはり進むしかないと,また生ぬるい川の水に腕をつっこみます。なんとか休みながらやっとの思いで対岸にたどり着いた私は舟から這い出して疲れ切った体を岸辺に横たえました。
ふと頭を見上げると15メートルほど離れたところに焚き火のような光のひらめきのみました。
そこには喪服の女性が立っています。
女性は私のところまで来ると私に向かって話しかけてきたんです。
「鶴彦,お前は何をしに来たんだ?」
何をしに来たと言われても,来たくて来たわけではないので答えようがありません。
黙っているとその女性は「ついておいで」と言って私を連れて行きました。
3人の年寄りと1人の青年が立っていました。
青年の顔をよく見てみるとその人はなんと私の中学生の時に亡くなった仲のよい従兄弟だったんです。
従兄弟は亡くなった当時の姿そのままの姿でした。私と従兄弟は,しばらく振りに会った親戚よろしく,家族の消息などを私に訪ねて,私たちはしばしば世間話に花を咲かせたんです。
。。。
■あの夏の日に帰る
私はどうすることもできない自分の肉体の事よりも,不思議な今の現象のほうに興味をそそられるようになっていきました。強く思うだけで空間を自由に飛びことができる。それも瞬間的に移動できるのです。
私は自分が6歳の時のある夏の日をイメージしました。
6歳の時に起きた事故。
私と姉は川に水遊びに行き,ちょっと危ない斜面を降りていました。
その時誰か上の方から「危ない!」という声が耳に響いて,その声の方を見ると大きな石が斜面の上から落ちてきたのです。私は大きな石が今にも姉の上にあるのを見てびっくりして,前を歩く姉の背中を強く押しました。
姉を押した反動で私は後ろにひっくり返り,その間を大きな石が転がっていきました。危ないところで姉は石の直撃を逃れました。しかし私の背中を押された姉は岩場を滑り落ちてさらに落石の辺が当たって足の指の爪を剥がしてしまいました。
私は必死になって「危ない!」という声がしたから姉を助けるために背中を押したのだと説明しましたが,付近を探しても声の主はなく,私の訴えを信じてもらえずに,結局,私のいたずらということになってしまい,ずっと悔しい思いを引きずっていたのです。
だからあの時の声の話を確かめたいと思ったのです。
「あの夏の日に行きたい」
そう思った瞬間に,私は幼い自分と姉の姿を上から見下ろしていました。
幼い日の記憶を頼りに私は声をした方を探していました。
確かにこの辺に誰かがいたはずだ。そう思っていたんですが,誰の姿もありません。
そのうちにあの瞬間が近づいてきました。
石が転げ落ち,姉がまさにその場所に足を乗せようとしたときに私は思わず叫んでしまったんです。
「危ない!」
幼い自分が私の方をぱっと見て姉の背中を押しました。
あの時の声の主は自分だったんです。
■未来に行く
1976年の病室に戻って,冷静を取り戻取り戻したところで私は再び考えました。
過去に行くことができたのだから未来へも行くことができるのではないだろうか?
そこでとりあえず「未来」と言うことだけを強く思っていました。
私は畳が敷き詰められた大広間にいました。
そこでは中年の男性が30人ほどの若者相手に何やら話をしています。
広間はとても風格ある造りで,広い床の間には幅1メートル高さ1.5メートルほどの掛け軸がかけられていました。それは何か見取図のように見えました。
人々はコの字型に座って,灰色のシャツを着た中年の男性の話を熱心に聴いていました。
私は中年の男を覗き込みました。老いていましたがそれは確かに私でした。私は朝の話を中心に地球環境の大切さをテスト大答えていました。
それを見た私は漠然とした希望を抱いたんです。
未来の自分が存在しているという事はもしかしたら生き延びられるかもしれないと思ったんです。
さらにもっと未来をと強く思うと,次に現れたのは初老の私でした。
しかし目の前にある世界は息を鮮明なものではありませんでした。それは2つの条件がまるで二重露出のフィルムのように重なるダブついた景色でした。
強く見えたのは,廃墟のように荒れ果てた大地で廃墟の石に手をかけて呆然としている私でした。
そのビジョンに重なるように見えていたもう一つの情景は,背景のビジョンよりもさらに不鮮明なものでしたが,緑の多い場所で星を見ている私でした。
二つのビジョンが同時刻の同じ場所だという事は,私の容貌と空の星の輝きが教えてくれました。
私は臨死体験の中で,宇宙の始まりから生命の発生,そして人類の歴史までを見てきました。
私の心臓が停止して蘇生するまでの時間はわずか30分です。
そのわずかな時間の間に私は膨大な時を経験したのです。
。。。
■生還
私が一命を取り留めることができたのはレントゲン撮影のおかげでした。右側を下にして「く」の字に曲げた体勢なら背骨と動脈との間にわずかですが隙間ができて,十二指腸の完全閉塞を逃れることがわかったからでした。体を曲げた状態で思いをさせることができたのもこのためです。
ー生き方は星空が教えてくれる,木内鶴彦,サンマーク文庫, 2015年8月刊,

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木内鶴彦
チュニス・木内・中村彗星
土屋・木内彗星
メトカーフ・ブルーミントン彗星
スウィフト・タトル彗星(1992年再発見)
4つの彗星を発見した世界的に有名なコメットハンター(彗星捜索家)。
1976年,突然襲った病魔と臨死体験で宇宙の仕組みと地球がたどる未来を垣間見る。
ベストセラーの単行本「生き方は星空が教えてくれる」は2015年に文庫化。

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気象情報

気象情報
近畿から関東、大雨に=梅雨前線南下、奄美も激しく−九州南部の死者2人に
2019年07月04日19時56分
梅雨前線が西・東日本の太平洋岸に延び、前線上の低気圧が東へ進んだため、4日朝から夕方にかけ、近畿南部から東海、関東甲信で大雨となった。
前線は5日にかけて南下し、奄美地方では非常に激しい雨が続く見込みで、気象庁は土砂災害に警戒し、落雷や突風に注意するよう呼び掛けた。
〔写真特集〕2019年台風・大雨
九州南部は雨がほぼやんだが、3日までの記録的な大雨で土砂災害が起きやすくなっている所がある。
鹿児島県曽於市では土砂崩れが起きて民家が倒壊。女性(85)の死亡が確認され、6月29日からの大雨による死者は2人となった。
鹿児島県の各地に出されていた避難指示・勧告は4日夜までに、鹿児島市の一部地域を除いて解除された。
総務省消防庁の4日夜のまとめでは、
鹿児島県内で5人が軽傷。
住宅の損壊・浸水被害は鹿児島、宮崎、熊本、石川各県で計232棟。
午後6時時点の避難者数は、鹿児島県で957人となった。
国土交通省によると、4日朝までに鹿児島県を中心に崖崩れや土石流など43件の土砂災害が発生した。
西・東日本の沿岸付近に停滞した梅雨前線は、5日は奄美地方まで南下した後、6日以降に再び北上する可能性がある。
鹿児島県・中之島では4日午前7時40分までの1時間雨量が77.0ミリとなり、7月としての観測記録を更新。三重県鳥羽市では同5時20分ごろまでの1時間に60.5ミリの非常に激しい雨が降った。
5日午後6時までの24時間予想雨量は多い所で、奄美地方150ミリ。

Y!
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019070401104&g=soc&utm_source=yahoo&utm_medium=referral&utm_campaign=link_back_auto
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190705-00000073-jij-soci





「今後の予報心配」、住民警戒=避難指示全面解除−鹿児島
7/5(金) 18:34配信 時事通信
記録的な大雨となった鹿児島県で、崩れた県道の路肩を調査する国土交通省の職員ら=5日午後、鹿児島市
記録的な大雨で2人が死亡した鹿児島県では5日、すべての地域で避難指示が解除された。
雨もやみ、「何事もなく良かった」とほっとした様子の住民がいる一方で、地盤の緩みによる土砂崩れを警戒する人もいる。
行政担当者は「雨が上がってから時間がたっていない。危機意識を持って細心の注意を」と呼び掛けている。
5日に最後の避難指示が解除されたのは鹿児島市吉野町の磯・竜ケ水地区。
周囲は崖と海に挟まれており、過去にも大雨による土砂崩れなどが発生している。1993年8月の水害では、同地区などで49人の死者・行方不明者が出た。
同地区に住む無職高山薫さん(78)は、93年の水害で、親族2人を土砂崩れで失った。
当時、消防団長として住民の救助に当たった高山さんは、水害の恐ろしさは身にしみているといい、「今後の雨予報が心配だ。空振りでもいいから避難は続けたほうがいいのでは」とつぶやく。
無職千代森賢二さん(71)は避難指示解除を受け、避難所から帰宅したが「地盤が緩んでいるし判断が難しい」と不安を拭えない様子だ。
50代の会社員女性は7日まで市内のホテルで避難生活を続ける。「避難指示が解除されても土砂崩れが起きるかもしれない。自己責任で気をつけるしかない」と話した。 

Y!
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190705-00000073-jij-soci






2018
荒れに荒れる気象の中、日本にスーパー台風「マリア」がやって来る。
また、あのドクロ顔と共に 投稿日:2018年7月7日
2018/7/8(日) 午後 10:19
世界の事 その他国際情勢
荒れに荒れる気象の中、日本にスーパー台風「マリア」がやって来る。また、あのドクロ顔と共に
投稿日: 2018年7月7日
7月7日の英国エクスプレスの報道より
・express.co.uk
今、日本は台風とは関係ない「通常の悪天候」の中で大変な自然災害の渦中にあります。
これを書いているのは、7月7日の午後ですが、この時点で今後もさらに大雨は継続していく見込みの上に、被害の状況もわかっていない場所も多いようです。
下の写真は岡山県倉敷市の 7月7日の午前の様子ですが、このような状況となっている場所は他にも SNS に多数投稿されていて、どこがどのようになっているのか、今のところは完全にはわかっていないというのが現実のようです。
7月7日午前9時前 岡山県倉敷市
・朝日新聞 映像報道部
そんな現状の中、日本方面に向かう予測の台風が発生しており、これがいわゆる「スーパー台風」になる可能性が高いようなのです。
冒頭ではイギリスの報道をご紹介していますが、日本では「台風 8号」という名称となり、英語名では「マリア(Maria)」となります。
スーパー台風の定義は日本では正確に定められてはいませんが、海外でこの言葉が使われる場合は、「アメリカ軍合同台風警報センター」が定義している台風のレベルの中で「最も強いもの」に相当する場合に使われます。
そういう意味では、厳密な比較ではないですが、アメリカのハリケーンでいう「カテゴリー5」と大体同じような形のものと考えてもよろしいかと思います。
そのようなスーパー台風が、「 7月の初めにやってくる」というあたりが、今の時代を感じます。
ちなみに、昨年でいえば、10月23日に静岡県に上陸した台風 29号が同じスーパー台風と定義されていました。その被害等は「平成29年台風第21号 - Wikipedia 」などをご参照下さい。
今回の台風 8号は、現在予測されている進路を見ますと、日本の領域では沖縄が強く影響を受けそうですが、ただ、現在、豪雨の被害を受けている日本列島の九州、四国、本州などには影響は(今のところ)ないと考えられています。
この台風の米軍による 7月7日時点の予想進路は以下のようになっています。
7月7日のアメリカ軍「星条旗新聞」より
・stripes.com
沖縄や台湾、そして上海を含む中国がかなりの影響を受けそうですが、冒頭で、なぜ英国のエクスプレスの記事を取りあげたかといいますと、タイトルが、
「日本のスーパー台風マリア(Japan Super Typhoon Maria)」
と「日本の」とされていたからでした。
もちろん、この台風により沖縄が強く影響を受ける可能性は大きいですので、「日本の」という表現は間違っていませんが、実際の予測では、中国圏など他の地域の被害の想定のほうが大きいと思われる中で「日本の」とつけられているところに、台風の被害の代名詞として「日本」という言葉が出やすいのかなと思った次第です。
そして、実は、何よりも思ったことが、この台風の名前が、
「マリア」
だったことでした。
皆様方は、ハリケーン「マリア」をご記憶でしょうか。
昨年 9月にカリブ海諸国を壊滅的に破壊したハリケーンでした。
しかも、それは、このカリブ海諸国が、その直前に、ハービーとイルマというふたつのハリケーンの被害を受けたばかりの時で、実に「無慈悲」なハリケーンだったと言えます。
それについては以下の記事などで記したことがあります。
上の記事でもふれていますが、最近の台風やハリケーンと共に現れる最も強い印象を与えるイメージが何かといいますと、それは「ドクロ」なんです。
これは、台風やハリケーンの衛星画像の赤外線カメラの精度が上がり、台風の状態が以前よりよくわかるようになってきているのですれど、それがどれも「ドクロ」っぽいのです。
昨年のハリケーン「マリア」の衛星画像は下のようなものでした。
ハリケーン「マリア」の 2017年9月18日の衛星画像
では、同じ「マリア」という名を持つ、今近づいている台風 8号はどのような感じになっているかといいますと、現時点では以下のようなルックスです。
7月7日 グアム付近を進む台風8号「マリア」
・Weather Channel
まだ、「ドクロ」というような感じにはなっていませんけれど、この先、台風の目がはっきりとしてくると、スーパー台風の多くは「ドクロ的」になります。
たとえば、一昨年の 2016年10月に、カリブ海諸国などに被害を出したハリケーン「マシュー」は台風の目が発達した時には下のようなルックスでした。
2016年10月5日のハリケーン「マシュー」の衛星画像
・CNN
ところで、
「台風の名称はどのように決められるのか」
ということについては、最近はよく知られるようになりましたが、日本は、1号…2号…と並べていく方式をとっていますが、他の多くの国では英語名で呼ばれるのが普通で、その台風の英語名は「あらかじめ用意された 140個の名称を順番につける」ということになっています。
つまり、次に来る名称は最初から決められています。このあたりは、気象庁のページ「台風の番号の付け方と命名の方法」に記載されていますので、興味のある方はご参照下さい。
なお、この台風 8号のマリアは、「アメリカによりつけられた名称」であり「 13番目の台風」ということになっています。
・気象庁
昨年のハリケーン「マリア」の印象が強く残っているだけに、この台風8号の名前が「マリア」だったことには意外感がありました。
先ほども書きましたけれど、この台風マリアは、予想では沖縄以外の日本に影響を与えることはなさそうですけれど、そういうことだけではなく、いろいろとありそうな気配はあります。
私個人は、今年、台風やハリケーンが特別に多くなるとは思っていないのですけれど、7月からこんなスーパー台風が発生しているようでは、どうも先行きも何ともいえない感じですね。
どうして地球はこんなことになっているのかを少し大きな範疇で考える
今現在の日本の豪雨なども含めて、なぜ「地球全体」がこのような異常な気象となっているのかということについては、きちんと書ける時があれば書いてみたいと思いますが、もちろん、私は気象の素人ですので、気象に関しては、一般的な理論とは違うものとなってしまう話であるのですが、結局は、
「何が雲を作っているのか」
ということと、
「何が海水温度を支配しているのか」
ということが大きなポイントなのだとも思います。
前者(雲)は一般的な科学認識では、宇宙線によるものとなっていて、後者(海水温度)は不明ですが、個人的には、海底からのメタンガスの噴出の量と、海底火山の活動が海水温度に大きな影響を与えていると思います。
しかし、いずれにしましても、どちらも宇宙からの作用がとても大きいものであるということについては、疑う部分がなく、これは、下の先日の記事で、「地震と火山噴火」が「太陽活動と関係する」というように述べられていたことと似たような感じだとも思います。
太陽系といえば、たとえば今、「火星の全体がスーパー嵐に見舞われて」いることは、一般的にも報じられているので、ご存じの方も多いと思われます。
日本語でも下のような記事で紹介されています。
・火星で地表の4分の1覆う超巨大嵐 探査車オポチュニティー、太陽光遮られ休眠
 産経ニュース 2018/06/14
この産経ニュースの記事には「地表の4分の1」とありますが、その後、「ほぼ全体」とということが判明しています。
下の写真は、2016年の火星と 最近の火星の比較です。現在の火星のほぼ全域が、塵の嵐に覆われていることがおわかりかと思います。
2016年と今年7月の火星の写真の比較
・Raffaello Lena
突然、台風から火星の話になってしまいましたが、つまり、太陽系の中の地球という場所にいる私たちは、その「太陽系の惑星としての影響」を他の惑星と同じように受けている、というような認識が私にはあります。
もちろん、そこにさらに地球の環境の中での具体的な原因などが存在するわけですけれど、小さな部分から大きな部分まで「すべてがつながっている」というような考え方はそれほど間違ってはいない気もします。
もちろん、そんなことを考えても災害の被害をなくせるわけではないにしても、何も考えないよりは考えたほうが将来への意義はあるのかなともまた思います。

203高地のブログ
https://blogs.yahoo.co.jp/k203keyboard/folder/1832721.html?m=lc&p=10
https://blogs.yahoo.co.jp/k203keyboard/



posted by datasea at 18:09| Comment(0) | ∞ 自然現象 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする