2019年06月15日

マシュー: マシューメッセージ ,2019.4


マシュー君のメッセージ
2019/4/24(水) 午後 7:36 日記 春
マシュー君のメッセージ April 14, 2019
http://www.galacticchannelings.com/english/matthew14-04-19.html
ここにいる全てのソウルから愛をこめて挨拶をします。マシューです。
「文明の進化速度を加速させるために、ライトワーカーが地球での生活において、
特別な事「何か一つに注意を注ぐとしたら何ですか?」
という質問を受けました。
地球の文明が計り知れぬほど長い間衰退してきた理由は、人間が人同士及び動物たちに対して非人道的な扱いをしてきたからです。
従って、その正反対である愛や親切、すべての生命を大切にすることを実行することが、文明が進化するための道に繋がると言えます。
親愛なる家族の皆さん、まさにその通りなのです。
光の高いバイブレーションは、人々の思いや心を開かせ、地球上のすべての命に慈悲心を持つよう、社会を動かしています。
また、その動きは、地域によってかなり遅れを取っているのも事実です。これに関連した質問がある読者から届いています。
「私たちの監獄と法体制について、マシューさんの滞在している領域のソウルたちはどのように考えているか、そしてそのシステムが地球や人のアセンションにどのような影響えお与えているのかを知りたいです」
監獄に閉じ込められるということは、それはカルマ上の選択であったかもしれません。
とはいえ、牢獄に入っている人がいるということは、地球における最大の難点の一つです。
私たちは、あなたたちがすることを見ています。
弾圧的な体制では「反体制派」の人たちは法的な保護なしに牢屋に入れられ、しかも拷問がよく使われます。
捕虜も同様な扱いを受け、「少数派」と呼ばれる人たちは、少しの違反をするだけで長い刑期の判決を受けて牢獄に送り込まれます。
しかもその牢獄は定員以上の囚人が押し込められているケースがほとんどで、そこで社会復帰に向けての助けがされることはほとんどありません。
しかも、問題がある法組織や、退廃した法組織の下では、無実が明らかな人でも罪になってしまうこともあります。
いわゆる「ホワイトカラー」(知的労働者)の人たちが犯罪者になったときは、重罪でも刑期は短く、普通に快適で利便性の良い場所にいられます。
精神的疾患を持った人は、適切な治療がなされる医療施設ではなく牢獄に入れられることもよくあります。
このような不公正さは広く見られますが、地球のアセンションには何の影響はありません。
地球は5次元の密度に向かっての道を、着々と進んでいます。
しかし、個人のアセンションについては、かなり事情が違います。
個人のアセンションとは、その人の生涯の選択が、どれだけ自分のソウルの契約に沿っているかどうかであり、これは、その人が生まれる前に一生を共にする他の人たちと共に合意した契約の一部となっています。このように考えた場合、まず思うのは:牢獄に入ることもその合意の一部なのだろうか?
もし合意していたのなら、裁決は、それが公正であろうがなかろうか、関連する全ての人を成長させたり、第3密度での学びを完結したり、合意した仲間の成長を助けるという経験になります。人生を変えるような経験を、前向きな姿勢で、直観に従って行えば、望んでいた通りの成長が得られます。もしも裁決が合意したものでなくとも、裁決の公平、不公平にかかわらず、囚人や裁決に関わったすべての人々にも同様に成長する機会が与えられます。しかしながら、ソウルの契約にはなかったような困難な状態に落ち入った人によくありがちなのですが、不公正さに対する苦々しさや怒りや混乱が長引くと、大きく成長するせっかくの機会を認識できないこともあります。
全ての囚人に共通するその他のことも契約の範囲外である可能性があります。
例えば、他の囚人や監視員たちに対する行動、牢獄内での過ごし方、仮釈放された場合の行動、態度、旧知の人や新しく知りあった人たちとの付き合い方、などです。こうした状況下での反応の度合いは、収監される前に選択していた事情にも影響を受ける為、だからこそ、世界中の囚人たちのアセンションの状態は様々で、第3密度の人や第4密度の状態の人もいるし、他の文明からボランティアソウルとして地球に来て囚人になった人はもっと高い密度の状態です。
欲と汚職は、逮捕をちらつかして力を行使する権力者に付き物であり、それに対する社会の対応の仕方と、牢獄に入れられた数百万人の人たちの将来は、地球の文明の進化の速度に大きく影響します。そして、あなたたちは捕虜収容所にいる人たちや、圧制体制の国のリーダーたちに暴政をやめさせるよう愛の光のエネルギーを送っています。しかし、あなたたちがこの様な行為を行っている事を知る人はほとんどいません。それでも、広く知られていることがあります。それは、このような悪行を減少させるには、その原因となる要素を無くす必要があるということです。貧困による絶望感、麻薬や武器が簡単に入手できること、教育や指導の不足、低賃金と雇用機会の無さ、それに様々な偏見などがこうした要素です。
歴史を振り返ってみると、このような事態の改善策やその他の事に大きな影響を与えるスタートは地域単位から始まり、そこからどんどん広がっていき、やがて国レベルでの犯罪を防ぐための対策や、公平な裁判や公平な刑期、囚人に対する教育や職業訓練、釈放後の就職支援、前科者や「少数派」の人たちへの差別を禁じる法律ができるものです。民間企業による監獄を無くす必要もあります。民間人が経営する監獄は、犯罪者が増えれば増えるほど儲かりますので、監獄の所有者と裁判官の間に金銭的な協力関係ができる可能性があり、実際にそのような関係ができています。
あなたたちのすることに嬉しい進歩も見られます。
牢獄や法体制の中には、前記の改善策を取り入れたところもあり、「ホワイトカラー」の犯罪者が有罪になるケースが以前より増加しています。
また、死刑を廃止した国の数も増えています。バイブレーションが高まっている結果として、公平で公正な裁判や判決、すべての囚人に対する丁寧な扱い、それに捕虜収容所や死刑制度文化の廃止などがますます増えてくることでしょう。地球の黄金時代が真っ盛りになったときには、世界中から牢獄が無くなっていることでしょう。
「菜食主義やビーガンは、DNA再生の役に立ちますか?」
こうした食事の目的が、動物の工場生産を止めさせることにあるのならば、ある程度は役に立ちます。このような目的で、食事を選択する一人ひとりに対し、私たちは敬意を表します。しかし、個人の態度や信念、行動などの総合的なエネルギーによってその人の体が吸収する光の量は決まります。炭素に基づいた細胞をクリスタルに基づいた細胞に変化させるのは光であり、それによって休眠しているDNAの螺旋が活性化されます。
「もしも、高度に進化した人間の細胞を現在の研究室で検査したとしたら、炭素系の細胞とクリスタル系の細胞の区別はできますか?もしできたとして、人体で起きたこの『原因不明』の変化を科学者はどのように判断するでしょうか」
かなり高度な感度を持った検査方法があるとしたら、炭素系とクリスタル系の細胞からなる組織のわずかな違いを検出する事ができるかもしれませんが、たとえ違いが分かったとしても、その原因を現在の科学者が知ることはないでしょう。地球に住んでいる人間は進化し続けているし、進化した人間がまた生まれ変わってくるので、クリスタルに基づいた細胞は「新たな常識」となることでしょう。このように進化した人の中にいる科学者たちは、光が細胞の構造にどのような影響を与えているかを知る事になります。
「人体にエーテル状の器具を移植する、ということに対して何かコメントを頂けますか?
誰がそんなものを移植するのか、その理由と目的、そして最も大事なのはどのようにそれを取り除くか、その方法をどうか教えてください」
あなたが「エーテル状の器具」と呼ぶものは、たぶん細胞の記憶を持続させるようなDNAコードのことだと思います。
このコードは、様々な文明で肉体をもって転生を繰り返して生きてきたソウルが、自分たちの原点と先祖代々の伝統の知識を失わないようにするためのものです。
それとは別に「物理的」な移植もあり、中には人を操作するためのマインドコントロールの役目をするものもあります。でも古代では、恐怖を植え付けるための策略でしかありませんでした。闇の勢力の手先たちは、初期の文明をすべての分野において弱小化するために、人々のDNAの螺旋を不活性化した上で、人々のマインドコントロールが可能で、しかも子孫代々受け継がれるような、取り除くことの出来ない物質を移植したと人々に告げたのです。人々に恐怖を植え付けるのに、これ以上巧妙な方法はあるでしょうか?恐怖を抱いた人々のバイブレーションは下がり、そのために闇の勢力の力は促進され、増強し、彼らの存続を確定する事ができたのです。
各地の文明が進化するとともに、移植をしたという主張は忘れ去られました。そして直線的時間の観点から長い年月が経過した後に、闇の勢力の人たちは、マインドコントロールを実践し始めたのです。彼らは捕まえた人たちを肉体的、精神的、感情的にひどい虐待をして抵抗力を弱めてから、その人たちをコントロールするための器具を移植しました。その器具の「スイッチを入れる」と、その人は言われた通りの仕事をしました。男たちは銃を乱射した後に自殺するようにプログラムされ、女性は秘密情報を特定人物に運んだり、言われればセックス行為を行い、その後はすべてを忘れるようにプログラムされました。
とはいえ、このようなプログラムが開発されるかなり前から、既に宗教の教義や学校教育を通じて人々のマインドコントロールは成功していました。
このような闇の勢力によるマインドコントロールは、知られたら困るような事の全てを、人々に知られないようにする事を可能にしました。
闇の勢力にとって都合の良い「敵」を殺すことは愛国主義であり、国を愛する証拠であるとか、「権力者」がすることはすべて人々のためになると思い込まされました。古代においては、アリーナやコロシアムでの戦い、数千年後の現代では映画やゲームの暴力は人々のための娯楽である、などという概念を刷り込む事に成功しています。また、闇の勢力の様々な悪行が明るみに出てしまった際は、コントロールされた主要なメディアは、それを単に陰謀論の一つに過ぎないとして片付けてしま、この陰謀論という言葉自体が真実の情報の信頼性を損なう事に繋がっています。
強さを増している光が、次々と暗闇に光を当てていくにつれ、闇によるマインドコントロールは次第にその効果を失ってきています。個人にスイッチを入れて行動を起こさせるプログラムは、すでに彼らによって放棄されました。闇はもはや、人々が政府や宗教団体、メディアや経済界、企業、医療機関、スポーツ業界、エンタメ業界、それに法律や裁判関連の権力者たちに疑いを持つことを止める事ができなくなりました。彼らは、人々が闇の勢力の支配から脱出するのを止めることはできないし、親愛なる皆さん、そうしたことが、地球の文明の進化の底支えになっているのです。
「すべての億万長者や大富豪たちはイルミナティなのでしょうか?
『貨幣の再評価』を行うことは、そうした人たちのお金を奪い去り、一般の人たちに分配することにつながるのでしょうか?」
いやいや、世界のトップ級の金持ち全員がイルミナティであるわけではありません。
イルミナティが違法に、もしくは不道徳に取得した富だけを回収するのです。
そのお金は世界中の貧困を終わらせることに使用されます。
『貨幣の再評価』は世界の経済の仕組みを貴金属に基づいたものにするのが目的です。
ドルは元々貴金属を元にしていました。
それをイルミナティが世界の金の供給をコントロールするため、また通貨の貿易や、国の国家資源を支配下に置いたり、株式市場を操作したりして大儲けできるようなシステムを作ったのです。そうしたことのすべてが、世界中で『持てる者』と『持たざる者』の格差を拡大させたのです。地球に住んでる人達も、そのうち進化した人たちがとっくの昔に学んだことを学ぶことになるでしょう。それは、物と奉仕の交換や、その惑星に住むすべての人たちが繁栄するように助けあうことが、すべての人が豊かな生活をし、平和な世界で調和を保って生きていくことを可能にするということです。
「マシューさんや別の光の使者たちは、イルミナティは世界規模の政府を作ろうとしたが、その為の力を失ったと言いました。最近私は、統一された世界規模の政府に関する記事を読みました。それはイルミナティの計画のように聞こえます。この件についてマシューさんに質問をしてください」
その記事が、統一された政府をどのように描いたか知らないので、私たちが知っていることのみをお話しします。
「新世界秩序」と「一つの世界政府」とは、イルミナティが、戦争や疫病、毒性の公害物質、それに飢餓を用いて世界の人口のほとんどを消滅させた後に、設定するよう計画した独裁支配にまつわる二つの呼び名です。彼らの目的は、自らの食事の材料を育て、それを調理し、医療や教育を担当させ、自らの家や公共の建物を掃除させ、交通機関を提供させ、電気、衣類、建設、造園、それに修理をさせるのに十分な数の人たちだけを生き残らせることです。要するに、イルミナティが必要とするものを提供してくれる召使いのみを残すのが目的なのです。
こうしたイルミナティの計画と実際の地球の将来の間には大きな違いがあります。
あなたたちの現在の統治哲学の最善の部分のみを抽出し、それを統合させ、それを世界中のすべての人々のために使うことになるでしょう。
それは、普遍的な法則と自然を尊ぶことを基本とし、知恵や分別があり、その道徳的な整合性が国際的に認められた人がリーダーに選ばれます。
このような形の統治方法は、直線的な時間の現在においてはまだ話し合いが行われており、計画段階ではありますが、連続した時間においては既に見事に成就しており、喜びに満ちた人々は繁栄しています。人が作った宗教の教義や不公平な法律は、進化したスピリチュアルや意識の気付きに取って代わっており、弾圧や敵対などはもはや過去のものとなっています。また、カースト制度や人々を表面的に分割するその他の様々な制度も過去のものです。今後は、すべての人類が地球の豊かさを分け合います。
愛しいライトワーカーの皆さん、あなたたちは、究極的にこのような世界を作り上げる事となる強い動きの最先端にいます。
この、地球の人々への奉仕活動において、あなたが一人になることは絶対にありません。
神と、この宇宙に存在する光の存在たちの無条件の愛が、あなたたちがたどる道の一歩一歩をサポートしていますよ。
_______________________

レインボウ・ジャーニー〜Rainbow Journey〜
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ジム・ロジャース: 日本市場と今後の展開について, 1995年

ジム・ロジャース: 日本市場と今後の展開について, 1995年
ジム・ロジャース
1995
私は最初に日本人がどのようにして窮地から抜け出したか思い起こした。
日本は現在,世界最大規模の外貨準備を持っている。
その大部分は長年巨額の貿易黒字を貯めてきた事によるものである。
戦後多くの国が裕福になったのは,日本とドイツが特にそうだが,ハードカレンシーを手にしたからだ。
ドル,マルク,円をより沢山持てば, ロシアや中国では経済的にも潤う。
第二次大戦後,日本はどのようにすれば外貨を得られるのかを考えて輸出した。
ハード・カレンシーを持つ人々が欲しがっているものは何か?そしてそれは品質の良い品であるということを学んだわけである。
国は破壊されており,日本円では何も買うことができなかった。
それ自体に価値がなく,それに外貨の蓄えがなかったから,日本円は国外では価値のないものと考えられていた。
日本の輸出はそこから始まった。
アメリカ人は日本の商品はモノマネだと言うがそれは違う。
日本人はただ客が何を買っているかを調べて,客が欲しがっている品はテレビであって,
より安くより良いテレビを作らなければ,彼ら日本人が作った品は売れないと言う厳しい現実を直視したのである。
その結果はどうだったのか?
戦前の経済水準まで回復した1957年から1970年までの間に,日本経済は年10%も成長して,そのスピードはアメリカよりも数倍早かった。
さらには1980年までに自動車生産で米国を超え,1988年には,アメリカの輸入量のほぼ1/4を日本が供給するようになっていた。
この日本人の態度とアメリカ政府の態度がいかに違うのか!
アメリカは
「ドルの価値を下げれば生産価格が抑えられて,もっと売れるに違いない」
と言う。しかし短い期間を別にして,そういう政策が世界の歴史の中で効を奏したことなど決してないのである。本来の価格以上で売ることなどできはしない。
なぜか。
シボレーやトヨタはほとんど同じ車を10,000ドルで売っている。
もしアメリカがドルの価値を30%下げるのであれば,シボレーは10,000ドルでもトヨタは13,000ドルになってしまう。一見するとアメリカの自動車産業に従事する労働者の仕事は保護されるのだから,これはアメリカにとって良いことのように思える。
アメリカの市場で日本が売り難くなることで,アメリカに害が及ぶわけではないからである。
しかしながら,現実の世界で起こることは違う。
歩価値を下げた通貨の下で,シボレー,フォード,プリマスは価格を10,000ドルから例えば1,1500ドルに引き上げる。海外との競争を安易に考えるのは簡単である。
人々が雇用され続けるならば,アメリカを一位するのならば,便乗値上も無意味ではないと言う人もいるだろう。しかしそうはうまくはいかないのである。
シボレーは自動車の価格を13,000ドル, 14,000ドルと売れなくなるまで価格を上げていくが,トヨタは低い価格で売り続けるだろう。
そしてシボレーの市場占有率は低くなる。
このシナリオが繰り返されていくうちに,金融は強烈に引き締められることになる。
ほとんど逃げられないだろう。
コストが再び価格に追いついて,もはやドル減価を行わざるをえなくなる。
自国通貨の減価は決して終わることのない悪循環を生み出す。
もし減価が自然にうまい具合に作用するのであれば,絶え間ないインフレは起こらなかったであろうし,世界で最も経済力のない国の1つであるザイールが世界で最も効率的な生産者になっているはずである。
天才投資家の世界バイク紀行,ジム・ロジャース,1995年,

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東京はとてもエキサイティングな街で,活気のある都会である。
非常に多くの投資の機会がある。それは私が旅を終えた後にそこに移住しようかと思うほど強く惹きつけるものであった。
もっとも日本に問題がないとは言わない。
アメリカの新聞が誇張して伝えるほど,日本の子供たちは親のように一生懸命には働かない。
アリのように働く日本の労働者の次世代の子供たちは,彼らの親と同様の規制は払わないつもりのつもりでいるようだ。富の第二世代は決して精一杯は働かず,富が第3,第4世代に受け継がれる頃には,しばしばバイタリティーは失われている。
これまで日本の人口急増は日本にとって都合の良いことであったが,その伸び率は1980年代半ばまでには史上最低の年間0.6%まで下がっていた。
今日1990年代後半ではさらにその半分である。
これに対して1990年代,アメリカの人口はこの2倍の倍率で増えている。韓国は3倍の倍率で超えている。
日本の主たる労働力は老齢化していき,その際に人口に占める非執行の高齢者の割合が高まり,経済的社会的な負担が増大するだろう。
その上問題なのは,日本は天然資源を持たず,工業生産に頼りきっていることである。
将来のある時点で日本人は大きい天然資源のベースを持たなければならない。
もし彼らが金で買えるものを見つけられないとすると, 1930年代のように侵略でもしなければならなくなる。それはありえないし,そうでないなら,最終的に衰退へ向かわざるを得ないだろう。
こちらの方がよりあり得るケースである。
しかしながら21世紀に出てきて戦略的な開発がなされ,それは日本にとって良い方向に作用するかもしれない。
中国はその膨大な人口のために資源が必要であるが,これらは使用できる資本以上に多くの労働者を抱えている。一方で多くの土地と資源を有しているシベリアには労働力と金がない。
日本には資源とするものは何もなく労働力も十分ではないが,資本がある。
私には日本の資本が中国の労働力と結びついて,シベリアの広大な資源を開発して,途方もない富を生み出す姿が見える。
天才投資家の世界バイク紀行,ジム・ロジャース,講談社文庫,1995年,

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成田空港に着いた。
中国とは何と言う違いであろう。
中国ではほとんどの要求が
「没有(ありません)」
という一言で片付けられた。それには,
「今日はダメ」
「外国人にはダメ」
「多分後で」
「休んでいるからダメ」
「それについては何も知らないからやってみるわけにはいかない」
というようなそういう意味があった。
日本人はどんな要求にも対処してくれて,できるかできないかにかかわらず,元気よくイエスと言う。
午後5時になった。私は次の瞬間にも税関の職員が
「今日はもう閉めるから」
と言うのではないかと危惧した。
しかしながらここの公務員たちは最後まで私たちの通関処理につきっきりあった。
世界の他の地域の国境の役人や官僚たちが同じような態度をとったならば,皆が日本人のように金持ちになれただろうに。
私たちは日本の異質さに目を見張った。
世界中の他のほとんどすべての地域と違っていた。
道が美しい。
公園・建物もきれいだ。
すべてに手入れが行き届いている。
ニューヨークやローマやロンドンさえも第三世界ではないかという感覚に襲われる。
知らず知らず頬を緩めそうしながら,タバサと私は東京の帝国ホテルまでバイクで行った。
皇居の前を通って,ロビーに寄せて止まった。
バイクは泥だらけで,スペアタイヤが後部から落ちそうになっていて,ボディーの表面も壊れていた。
しかしロビーの周りにいる彼も気にかける様子もなかった。
ホテルの贅沢な部屋の中に入ると,嬉しさと夢ではないかと言う気持ちがない混ぜになるのだった。
1990年の1月,私はバロンズ誌で日本の株式市場は少なくとも50%下落すると予想した。
日本のジャーナリストに追いかけられて, 40,000円近くから29,000円にまで下落している今の市場をどう思うか尋ねられた。
「これで底入れ/底打ちしたのでしょうか?」
「投資家は買いに入るべきでしょうか?」
日本の新聞にそこにはゴルフの会員権の相場欄があるということを聞いた前日だっただろうか,あるクラブの会員権が100万ドル(約1億8000万円)に足していた。
ゴルフクラブに入るのに100万ドル!
これは投機的なバブル以外の何物でもない。
根源的な価値のない金融,その熱狂の頂点であった。
このように途方もない価値のものに出くわしたときには,一歩引き下がって何かがおかしいのではないかと自分自身に聞いてみること,立ち止まって考えてみることである。
おそらく周りの誰もが舞い上がっているはずである。
どこの世界に100万ドル(約2億円)もするゴルフ会員権があるのだろうか。
私は株式と不動産の市場がもっと下がると答えた。
というのもこの程度の下落では市場参加者の誰もが苦しまない事は明らかであった。
ゴルフ会員権の非常な高値に加えて,日本の不動産価格はまだ雲の上のレベルであった。
皇居がある地域一角はフロリダ州全部よりも価値があると言われていた。
さらに日銀はマネーサプライを絞っていた。
投機的なバブルから逃れたいとの思いであったのだろう。
日銀が何かを伝えようとするときには,ドイツのブンデスバンクと同様に,本気でそう考えているのである。
しかし日本の市場参加者は「強気相場」という事以外,何も知ろうとはしなかった。
物事が変わるということを知らなかった。
彼らが株式について知っていたことといえば
「右肩上がり」
だけであった。現実の世界ではそのようにはいかないのだけれども,彼らは私の言うことには耳を貸そうとはしなかった。
天才投資家の世界バイク紀行,ジム・ロジャース,講談社文庫, 1995年,

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Who would possibly do something so crazy? Pretty much everyone in Japan
sovereignman.com 2019/06/11
誰がそんなクレイジーなことを行う? …日本のほとんどの人たちは,それをするのだ
2017年11月14日のことだ。
その日の午前 9時44分を正確に20秒経過したとき,東京の郊外にある南流山駅から,つくばエクスプレス 5255号が出発した。
電車が駅を出るということについて,特別に注目に値するようなことは普通はほとんどないだろう。
電車は世界中で毎日無数に出発している。
このつくばエクスプレス 5255号の出発予定時刻は,午前9時44分を「40秒過ぎた時」に出発する予定だったので,列車は予定より20秒早く出発したということになる。
世界の他のほぼすべてのどんな国であっても,列車が 20秒早く出発することについて,それが問題になることなど想像もつかないし,そもそも,誰もそんなことに気づきはしないし,気にすることもない。
しかし,ここは日本なのだ。
20秒早く列車が出発したことが大問題になる。
特別に遅れたわけでもなく,この列車が 20秒早く出発したことは,すぐに大問題となり,運営する首都圏新都市鉄道は,
「なぜこのような犯罪的な出来事が起きたのか」
として大調査を行った。
その後,列車の運営会社のCEOは正式に謝罪したのだ。
もう一度書くが,起きたことは,「列車が 20秒早く出発しただけ」だ。
20秒……。
日本という国は,明らかに世界で最も珍しい場所のひとつだ。
私はこれまで 120カ国以上を訪れたが,日本の他の国との異なりようは,あまりにも大きく違いすぎて,どの国とも比較しようがないものだ。
このようなことから,私は,日本を「プラネットジャパン(惑星日本)」と呼んでいる。
勘違いしないでほしいが,私はこのような日本を揶揄するつもりもないし,悪く言おうとしているわけでは決してない。プラネットジャパンは,本当に素晴らしい場所であり,モダンで,魅惑的で,そして非常に訪れる価値のある場所だ。
実際,私がこれまで最も数多く訪れている海外が,この日本なのだ。
しかし,この日本は,その素晴らしさと同時に,果てしなくパラドックスに満ちた場所であることは事実だ。
日本が,2011年3月にマグニチュード 9.0の巨大地震に見舞われ,東日本が壊滅的な惨状となったときのことをご記憶かと思われる。
あのときの光景を思い出してほしい。
地震と津波で何もかも壊滅した直後の日本の人々は,そんな状況の中でもパニックに陥ることもなく,略奪が起きることもなく,被災者たちは,破壊された家の外で静かに座り,近くの原子炉がメルトダウンを起こしたときでさえ,静かに当局による発表を辛抱強く待ち続けていた。
あのような壊滅的な災害の後に,このような静かで忍耐強い光景が出現する国は,日本以外にはあり得ない。
しかし,そんな勇気があり,忍耐強い人たちの住む日本では,電車の中で頻繁に,女性に触れる性犯罪が日常的で,また,多種多様な,私たちには想像もできない性ビジネスが横行している国でもある。
東京の通りはどこも清潔で美しい。東京の通りを歩けば,何キロもゴミひとつ見ることもなく歩いて行くことができる。
この公共を清潔に保つ習慣も彼らの文化だ。しかし,そんな尊い文化を持つ日本人は,世界で最もアニメやオタク文化に熱中する人々が多い。
パラドックスは,文化だけではなく,経済にも広がる。
日本は,歴史上,唯一,原子爆弾で攻撃された国だ。1945年,終戦で焼け野原となった日本は,その後,経済発展に身を投じた。そして,日本は,すぐに経済力において世界で最も繁栄した国となった。そうなるのに,時間はほとんどかかっていない。
今日の日本は,裕福で非常に発達している。
ところが,その日本の経済は,もう数十年も停滞したままだ。
日本の一次株価指数である日経平均株価は現在約 21,000円だ。
この株価は,1987年3月の株価水準を,近年で初めて上回った。
言い換えれば,日本の株式市場が,投資家の利益がマイナスからゼロまで戻ってくるのに30年かかったことになる。
日本は非常に革新的な国だ。
ここでは,最も基本的で日常的なものが最先端の作りであることが多い。
たとえば,トイレのようなものでさえ,ロボット化や機械化がなされている。
こんなに革新的な場所なのに,日本には起業家精神がほとんどない。
そして,若年労働者たちの間には自殺の問題が横行しており,2018年には 30年ぶりの最悪の水準に達した。
日本政府の債務負担は世界一だ。
その額は,おおよそ 1100兆円で,これは,約10兆ドルに相当する途方もない額であり,日本の債務は日本の経済規模の全体の2倍以上の大きさとなっている。
そして,日本の債務は悪化し続けているだけで,好転する気配はない。
日本には,年金や健康保険などの優れた社会保障制度がある。
…ところが,それはすでに国庫の大きな負担となっている。
日本では著しい高齢化が進行しており,65歳以上の人口の割合が世界で最も高い。
平均寿命も非常に高い。
最近,日本の財務大臣が,90歳になる頃の人たちへの将来の年金受給について懸念を表した。
その際,財務大臣は,このように述べた。
「皆さんは,何歳まで生きるおつもりだろうか」
2018年には,債務を返済する分と,社会保障制度を支払うために,日本政府は税収の95%を要した。
何と95%だ。
たった5%だけが文字通り政府の他のすべてのために残された。
このような状況では,日本政府は借り続けなければならないのだ。
そして,中央銀行は,金利をマイナスの水準に引き下げることを義務付けている。
日本の 10年国債の現在の利回りは,何とマイナス 0.12%だ。
その中で,人々は,この破産したような政府の債券を購入しなければならない。
クレイジーだとはお思いにならないだろうか。
普通に考えれば,誰がマイナス金利などというものに投資するという異常なことをするだろうか?
ところが,日本のほとんどすべての機関がそれを行っている。
大手企業,中央銀行,個人投資家,あるいは年金受給者でさえ,これらのマイナス利回り債券に自分の現金を投資している。
そしてもちろん,日本の商業銀行もこれらの国債を購入しているのだ。
つまり,プラネットジャパンのほぼ全員が,銀行にお金を持っていても,このゴミのようなものにさらされていることになる。
しかし,これについては,今後,日本だけの問題ではなくなるだろう。
中央銀行が永遠にお金を印刷することができ,そして,各国の政府が永遠にお金を借りることができ,すべての銀行や大企業が永遠に融資を続けることができるようになる。
この方法は「すべてが終わるまでは」問題がない。
北米とヨーロッパの多くは,金融に関しては,現在の日本と同じ船に乗っている。
日本人がそうであるように,他の国の多くの人々も,その国で永遠にすべてが大丈夫に続くだろうという高い賭けの渦中にいる。
しかし,経済が混乱するか自然災害によって打撃を受けるか,あるいは政治体制が混沌とするか,どのような理由からでも,将来的に,あなたのお金や資産は,いつでもすべて失われる可能性がある。

203高地のブログ
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「日本人は他と違いすぎる」 : 世界120カ国を訪れたアメリカ人が描く日本人の特異性から思いだす私自身の2011年3月11日以来の「日本への狂気の愛」 記事をクリップするクリップ追加
2019/6/15(土) 午後 11:21
日本の事 その他政界と政治活動
「日本人は他と違いすぎる」 : 世界120カ国を訪れたアメリカ人が描く日本人の特異性から思いだす私自身の2011年3月11日以来の「日本への狂気の愛」
投稿日: 2019年6月12日
2019年6月12日のアメリカのブログ記事より
・sovereignman.com
むしろ心の中で肥大していく「日本人はエイリアン」の感覚
In Deep メルマガでは,たまに「日本人」のことについて書かせていただくことがあります。
それは,よくあるような愛国的な視点とはまるで違う観点からのもので,現在の私自身が持つ「日本人と日本語への異常なほどの愛着」を語ることになることが多く,場合によっては狂気にも近い内容になることもあります。とらえられ方よっては,「この人は吉祥寺のガイなのではないか」と思われかねないですので,ブログのような公開された場では,最近はあまり日本のことについては書かないですが,その想いは,終末的な世界状況が進む中でむしろ募るばかりです。
ちょうど前回のメルマガが,「本来の日本人」というものについて書かせていただいたもので,タイトルも以下のようなちょっとアレな感じのものでした。
 > メルマガ 42号「少子化を解消するには《徹底的に経済が崩壊していくしかない》という理論」
基本的に,私の持つ日本人という存在への観念は,
「日本人と日本語は,この地球の中であまりにも突出していて,あまりにも他とは違うために《基本的に,他の国との共存はできない》」
というものでして,いわゆる鎖国主義者といっていいかと思います。
鎖国で日本がどれだけ貧しい国になっても,その代わりに得られるものの価値は,壮絶に大きなものだと確信しています。
実現不能なそういう夢はともかく,私が,このような考えになったのはいつかというと,2011年3月11日からの数日でそうなったのです。大震災の時です。
被災地の方々の姿を見ている中で,たちどころに,宇宙,言葉,生命,日本語,食べるということなどについてが,怒濤のごとく頭のなかに噴出してきまして,震災後の約 2週間ほどのあいだ,私は取り憑かれたかのように,ブログで殴り書きを続けました。
「取り憑かれたかのように」と書きましたけれど,その時は実際に取り憑かれていたようで,つまり「頭で考える前に,指がキーボードで文字を打っている」という自動書記でした。
まあ,何に取り憑かれていたのかというと,それは明白で,「別の自分に取り憑かれていた」のだと思われます。
つまり,「深層心理の中にい続けた《自分が気づいていなかった自分》が,表層の自分を支配していた時」だったのだろうなと。火事場の馬鹿力という表現がありますが,それの心理版のようなものかと。
その時期に書いたものは,ほとんどの内容が,「記事を書いた後」まで,自分でも気づいていなかったことでした。
震災から6日後の以下の記事の後半では,私は,「人類と宇宙の歴史の関係」に気づいています。もちろん,記事を書いている中でさえ,私はこんなことを思ったことはなかったのにです。
・アカシックレコードからの脱却と独立を果たした奇跡の生命
In Deep 2011年03月17日
この記事の後半で,人類は「宇宙の記憶」から独立して歩んでいる唯一の存在だということが書かれてありますが,今でも何が書かれているんだかよくわからないです。「火事場の馬鹿潜在意識」というような感じでしょうか。
いずれにしても,その後,私はこの「人類は」という表現を「日本人は」というように考えるようになっていきました。
まあ何であれ,2011年3月に,私は自分の中にある価値観のすべてが変わり,背も20センチも高くなり,ハンサムになって,女の子にモテるようになりました(ここで変なウソを書くのかよ)。
まあまあ,それはともかく,この時を境にして,私は「人間の存在」というよりは,「日本人の存在」というものを,それまでとは違うように考えるようになりました。
その要点は,さきほど書きましたように「日本人は何もかもまったく違う」ということです。
これは大事なことですので,書いておきますが,日本人が「他と比較してすぐれている」と言っているのでは決してありません。優劣の問題とはまったく関係しません。
比較ができないほどの唯一性だと理解していただくとよろしいかと思います。
そうしましたら,今日,アメリカのブログ記事で,「日本人のあまりの特異性」について書かれてあるものがありました。
それはあまり良い意味で書かれているものではないですけれど,それでも,十分におもしろいものであり,最初にご紹介したいと思います。
なお,記事の冒頭に出てくる列車のエピソードは,2017年に海外で一斉に報じられたものです。下は当時の英国 BBC の記事の冒頭です。
日本の鉄道会社,定刻より20秒早く出発し謝罪
BBC 2017/11/17
日本の鉄道会社が14日,定刻より20秒早く出発したことで,謝罪した。
東京・秋葉原と茨城県つくば市を結ぶ「つくばエクスプレス」を運営する首都圏新都市鉄道は発表文で,
「お客様には大変ご迷惑をおかけしましたことを,深くお詫び申し上げます」
と述べた。同社によると,電車の出発予定は9時44分40秒だったが,9時44分20秒に出発したという。
同社の謝罪にソーシャルメディアでは,驚きの声が多数上がった。
最後のほうが少し論調が変化していますが,実はこれを書いた方は,アメリカの作家の方のようで,結果的には,ご自分の著作を紹介していまして,そのために,このような書き方となっています。
記事全般のことは周知のことですので,ともかくとして,記事に,2011年3月11日の東北の震災のことが書かれてあります。
当時,世界中で報道を見ていた外国人たちが,心底驚いたのが,東北の人たちの,その姿でした。
これに関しては,震災数日後のアメリカのモダン・サバイバル・ブログというプレッパー系ブログの記事を翻訳してご紹介したことがあります。
それを再掲させていただきます。
私自身,この東北の被災者の方々の姿を見て,宇宙と人間に関しての「価値観が何もかも変わった」のでした。
ここからです。
Civility During Japanese Disaster
巨大な自然災害の中での日本人の礼儀正しさを前にして
日本の大震災の発生以来,メディアを通じて,私は日本の光景を見続けている。
恐ろしくて凄まじい災害の光景と共に,われわれが驚くのが日本人たちのふるまいだ。どの映像を見ても略奪も奪い合いもない。
人々は恐怖と疲労の頂点の中で冷静な判断で淡々と現状を見つめている。
私たちアメリカ人にこのようなふるまいができるだろうか? 
いや,できる,できないではなく,私たちはこれらの日本人の態度を学ばなければならない。
これは単なる同情や無意味な賛辞ではない。
災害や大きなアクシデントの際に生き残りたいのなら,もっとも重要なことは,冷静な判断だ。これはとても重要なことなのだ。
多分,そのことをアメリカ人は忘れている。ハリケーン・カトリーナの後にどんなひどい略奪や奪い合いが起きたかを思い出しても,今のアメリカ人に,この日本人たちのような態度を期待するのは難しい。
しかし,私たちは学ばなければならない。
いつかは,アメリカもほぼ必ず同様の困難に見舞われる。その際に,アメリカに「奇跡」が起きるとしたら,我々が今の日本人のように振る舞えることだけなのだ。
アメリカ人である私たち個人が今の日本人を救うことは難しい。
しかし,私たちはこの日本人の光景を見続ける必要がある。
そしてここから学ぶのだ。私たちアメリカ人には想像もできないこの日本人の思考を学ぶのだ。
ここまでです。
これは,2011年3月16日の「日本人という存在理由」という過去記事に掲載しています。
いずれにしましても,日本や日本人というのは,もういろいろと違いすぎるのです。
その中で,私が最も他のすべてと相容れないと思うのは,たくさんあるとはいえ,たとえば,
・言葉
・食べ物のこと
・聴覚
などは別次元のものだと思っています。
くどいようですが,これは優劣の比較ではありません。「優れている」のではなく,「異なる」のです。比較できないものです。
言葉については,以下の記事で「日本語の異様性」を書いたことがあります。
上に挙げましたうちの「食べ物」というのは,たとえば,今の私たち日本人の一般的な食生活の根幹は,実は,
「縄文時代とあまり変わらない」
のです。

203高地のブログ
https://blogs.yahoo.co.jp/k203keyboard




作家の山本七平さんの『日本人とは何か』という著作の中に,古代文明などを研究する学者の人々と会合した時に,そこに並べられている食べ物が「縄文時代と変わらない」ことに気づいて,笑い合う光景が書かれています。
山本七平『日本人とは何か』より
面白いのは,日本料理の中には今も縄文時代の食物の名残が数多くあることである。ある料亭で数人の学者と会合していたが,その一人が縄文時代の食物残渣を発掘した話をした。すると別の一人が,「では,いまわれわれが食べているものとあまり変わりがないのですな」と言った。
そこでみなが改めて食卓を見ると,栗・ぎんなん・貝・川魚・沢ガニ・エビなどがあり,みな思わず笑い出した。料理の仕方は変わっても,この種の日本の天然物を料理することは昔も今も変わっていない。
前述の中国人が指摘したように,料理に関する限り,日本人は縄文的であって中国的ではないらしい。一体なぜこのような,中国とも韓国とも違う食文化が生じ,それが現代まで継続しているのであろうか。
ここまでです。
縄文時代は,1万6000年前頃から 2300年前頃まで続いたとされていますので,私たちは,1万年以上前と同じような食事をしている。
1万年前と現代とで,基本的に同じような食事をしているという民族は,ほとんどないかと思います。
特に家庭料理は,その感じが強いです。今でも日本の家庭料理の根幹は,煮たり焼いたり生で食べたりと料理法はいろいろでも,山や海の素材のままのものが多いです。
逆にいえば,1万年以上前に,日本人の食生活は,日本人のための食餌としては,すでに「完成していた」のかもしれません。
あと,項目にある「聴覚」というのは,よくおわかりにならないかもしれないですが,これは,昨年 11月のメルマガの中に書いているのですけれど,
「日本人以外には,虫の声が聞こえない」
のです。
聞こえないという表現は正しくないですが,
「虫の声としての認識はできない」
のです。ほぼすべての外国人にとって,虫の声は,「環境の中の雑音」としか響きません。
これは,東京医科歯科大学名誉教授の角田忠信さんの研究でわかったもので,1978年の著作『日本人の脳』に書かれてありますが,
「西洋人は虫の音を機械音や雑音と同様に音楽脳(右脳)で処理するのに対し,日本人は言語脳(左脳)で受けとめる」
ということが研究でわかったというものです。
西洋人は,虫の声も他の環境の音も,すべて右脳で処理するために「雑音と虫の声は同じ処理」をされ,つまり,虫の声も街中のすべての雑音と一緒になり,虫の声だけに価値が見出されることはないのです。
日本語をネイティブで話す日本人の脳は,「雑音と,虫の声が別の処理」となるために,環境音の中から「虫の声が浮かび上がる」わけです。
あるいは,他の生き物たちが作り出すさまざまな声や音に対してもそうなのかもしれません。
ここでも書かせていだきますが,これは,良いとか悪いとか「比較としての価値観」の話ではないです。
日本人を他の民族と比較するというのが,どれだけ意味のない行為で,そして,「そのこと自体が,どれほど日本人的ではないこと」かを知っていただれれば幸いです。私たちは比較される民族ではありません。優劣の評価など要らないのです。
まあ,この「虫の声」については,「合理的」に考えれば,そんなものはどうでもいいことで,たとえば,ビジネスだけに明け暮れているならば,虫の声を楽しむ必要なんてないし,それを環境音から聞き分ける必要もない。それらは単に「無駄な時間」といえます。
そういう意味では,
「日本人の脳は本来,合理的ではない」
わけです。
物質文明的な世界で言われる「合理的」という観念とは相容れない。
しかし,日本人の脳は,誰よりも自然の存在を楽しめる脳となっている。
もっと言えば,味覚などを含めて,
「日本人は,この世界を五感すべてで体験している」
ということかもしれません。
なお,日本人は「色彩感覚も違う」のです。
これについてふれると長くなりますので,割愛しますが,日本での「色の分類」の度合いの壮絶さを思い出していただければと思います。
そして,本来は合理的に生きることが合わない日本人は,先ほどのアメリカ人のブログにありましたが,戦後,怒濤のごとく,世界のビジネスシーンに登場し,あっという間に頂上に登っていきました。
西洋文明&中国文明型の「物質文明社会」の頂点に走り向かった。
私たちは,そういうことも確かに成し得た。
しかしですね。
もういいんじゃないかと。
日本語,そして,日本人の脳は,合理的に生きるようにできていません。
地球の自然を五感すべてで楽しみ,合理的ではない,水のように流れる感情表現と,そして自然な礼儀の中で生きています。
食べ物をあえて音を立てて食べ,そして,日本人以外の方々には雑音にしか聞こえないさまざまな自然の音を楽しむ。
海外の人から見れば,狂気の民族ですよ。
そして,これらは,海外の方々が,どれだけ文献から研究しても,根本のところはわかりようがないのです。
まあ,最終的には以下の記事のように,どうも日本人は「出自」そのものに謎がありまして,「地球に奇妙な登場の仕方をした」可能性も高そうなんです。
何だか内容が混沌としてきましたので,いったん切り上げさせていただきますね。
日本について書き出すと,メルマガでも混沌として,わけのわからないものとなることが多く,申し訳ないと思っています。
締めは,江戸末期の 1861年に,日本に来たマーガレット・バラというアメリカ人女性の手紙からの抜粋で締めさせていただきます。
マーガレット・バラ(1841-1909年)
・Margaret Tate Kinnear Ballagh
マーガレット・バラさんは,宣教師の奥さんとして 20歳で来日し,日本が気に入り,そのまま一生を横浜で暮らした方です。
彼女が,アメリカに送った手紙の一部です。
今の日本人には,あまりこういう部分が見えづらいですが,日本人には本来こういう特性があるはずなのです。
マーガレット・バラの書簡より
いつまでも悲しんでいられないのは日本人のきわだった特質のひとつです。
生きていることを喜びあおうという風潮が強いせいでしょう。
誰かの言葉に
「自然がいつも明るく美しいところでは,住民はその風景に心がなごみ,明るく楽しくなる」
というのがありましたね。
この国の人たちがまさにそれで,日本人はいつのまにか,そういう自然に感化され,いつも陽気で,見た目のよいものを求めながら自分を深めてゆくのです。

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posted by datasea at 19:17| Comment(0) | $ 経済アナリスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする