2019年05月27日

エフライム工房: 与那国海底遺跡にユダヤの痕跡をみる

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エフライム工房: 与那国海底遺跡にユダヤの痕跡をみる
沖縄与那国海底遺跡博物館・海底地形尺図の解析 
これは、新嵩喜八郎(あらたけ きはちろう)氏の私設博物館である与那国海底遺跡博物館に掲載されている海底遺跡図の寸法に解析を試みたものです。
A〜Mは、寸法の小さなものから大きなものへ当方で割り振ったもので、
原図(海底遺跡ポイント尺図及び深度図)には書かれていません。
また、寸法の意味については、当サイトの太陽角度連動メートル法の実際、酒船石は語る等で解説していますので、そちらをご覧下さい。

エフライム工房
http://www.geocities.jp/his/atelier_efraym/yona.htm








沖縄与那国海底遺跡
寸法
A 4.3m   直角−地軸の傾き23.5度×2=43度 A+B=10m
B 5.7m   エルサレムの夏至の日没角度28.5度×2=57度
C 6.8m   (直角−ギザの冬至の南中高度36.5度×2)×4=17度×4=68度
D 7m     2/3神聖キュビト×20=35p×20
E 7.8m   (直角−エルサレムの緯度32度×2)×30=26度×30
F 8m     A+10レメン  
G 10.5m  神聖キュビト52.5p×20
H 11.3m   不明
I 12.4m  (神聖キュビト52.5p−レメン37p)×80=15.5p×80
J 12.7m  アブラハムの妻サラの享年127才
K 13.5m  3/20直角=13.5度
L 14m    2/3神聖キュビト×40=35p×40
M 15.5m  (神聖キュビト52.5p−レメン37p)×100=15.5p×100
N 28m    2/3神聖キュビト×80=35p×80
M 28.5m  エルサレムの夏至の日没角度28.5度

エフライム工房
http://www.geocities.jp/his/atelier_efraym/yona.htm
file:///C:/Users/user/Desktop/gethtmlw-8.3.0/www.geocities.jp/his/atelier_efraym/yona.htm



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○歴史を覆すかも?与那国島付近の謎遺跡 NAVER まとめ
与那国島だけではなく、他の場所からも幾つもこういった海底遺跡が見付かっています。
例えば、京都の若狭湾にも。
「日御碕(ひのみさき)」といって、出雲大社の近くの日本海でも同じような遺跡が見つかっています。
出雲大社もまた、悪魔崇拝者たちから重要視されている場所です。
さらに、同じ鳥取県の「隠岐ノ島」の近くでも見つかっています。
さらに、和歌山県の近海でも。
さらに、青森でも。
恐らく、探せば他に幾らでもこういった日本の海底遺跡が見つかるはずです。
これらの遺跡がどれぐらいの時期に作られたものなのか、今のところはっきりと解明できていないようですが、
例えば与那国島の遺跡は、地質学的な観点から見て、
少なくとも一万年以上も前のものではないかと考えられているようです。
つまり、この日本には縄文時代よりも遙か以前に高度な文明があったということです。
そのため、この日本こそが世界最古の文明の発祥の地ではないかという説を唱えている学者もいるほどです。
もちろん、この説は正統派の学者たちからトンデモ扱いされているようですが、
この世で正統派と言われている学者こそインチキである可能性が高いということは、
このブログの読者の方なら重々お分かりのことと思います。
で、私がこんなことを何日もあれこれと考えていた最中、
この仮説をはっきりと証明してくれるような記事が、
つい数日前、たまたまある有名ブログにてアップされました。
とても秀逸な記事で、私は思わず度肝を抜かれました。
この記事を読んだ限りでは、もはや日本こそが悪魔崇拝の発祥の地であることがほぼ完全に証明されたも同然ではないかという気がします。
やや長くなりますが、ここにその全文を掲載させていただきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(以下、wantonのブログより転載)
フリーメーソンしか知らない、富士山の“重大な秘密”と日本のピラミッド〜葦嶽山
今現在、私は広島に住んでいますが、
私の家から車で2時間半のところに庄原という土地があります。
その庄原にピラミッドなるものが存在するとされています。
実は、昨日、そのピラミッド=葦嶽山(あしたけやま)に行って来ました。
という訳で、記事の更新が出来ませんでした。
日本のピラミッドで一番有名なのが葦嶽山です。
葦嶽山と隣の鬼叫山には、人工的と思われる巨石が一杯あります。
大正初期に神武天皇の財宝が埋められている という噂によって、
この巨石がたくさん倒されました。
また神代アヒル文字が刻まれた岩もあったそうで、超古代遺跡の可能性も。
葦嶽山(あしたけやま)は、広島県庄原市の東部、本村町に位置する山である。
標高815m。中腹部から山頂付近にかけ人工的に積み上げたようにも見える岩の形跡などのあることから、
”日本ピラミッド”として知られており、古くは神武天皇陵と伝えられていた。
Wikipediaより
超古代遺跡
日本ピラミッドといわれる葦嶽山(あしたけやま)は、
昔から神武天皇陵といい伝えられ、その神秘的な山容と巨石群は古代遺跡の謎とされていましたが、
昭和 9年にピラミッド研究家の酒井勝軍が山頂で太陽石と磐境を発掘し
「世界最古のピラミッドの本殿で北側の鬼叫山が拝殿である」と発表しました。
葦嶽山の近くに、蘇羅比古神社というのがありますが、
蘇羅比古神社の狛犬(こまいぬ)は空を向いているそうです。
☆葦嶽山と鬼叫山(広島県庄原市)
1934年ピラミッド研究家「酒井勝軍」が山頂から直径約3mの太陽石とそれをとりまく円形と方形の磐境を発掘しました。
が、戦前の国家権力によって頂上 の中心石、敷石等は破壊されたということです。
何でもないものを破壊してしまうとは、考えにくいので、この葦嶽山は、かなり本物である可能性があります。
もし、頂上の中心石、敷石等が、現存していたら、恐らく、今頃は大変な騒ぎになっていたことでしょう。。
ところで、このピラミッドが建造された年月日が大きな問題です。
なんと、2万3千年前に造られたと科学分析されています。
○葦嶽山にある日本ピラミッドは広島県庄原市にある霊山で太古の謎とメッセージを秘めている! [地球環境サイトH3]
アトランティス大陸が沈没したのが、およそ1万5千年前。
そうなりますと、怖ろしい仮説が成り立ちます。
古代ユダヤの最古の源流は、我が国、日本の地であった事になるのです。
ロスチャイルドやイルミナティが、日本に対してなみなみならぬ関心を寄せるのは、これが本当の真相かもしれないのです。 
日本⇒アジア大陸⇒アトランティス⇒古代ユダヤ人
そして、その祖先が、歴史を遡ってアジア大陸を逆流していつからか、
日本の地に舞い戻って来た。尚且つ、
日本の土地とその全てを手に入れようとしている可能性が大きく浮上して来ました。
この事を真に理解しなければ、今、日本と世界で起こっている様々な出来事を本当の意味において知ることは出来ないでしょう。
日本からアジアを渡りアトランティスへ、その末裔が古代ユダヤ人で、また日本に舞い戻って来た!
○地球のがっかりしかた 第2回
ピラミッドとして神秘視されるのは、ただ三角であることだけが理由ではない。
最初に述べたように、頂上付近に謎の巨石群が存在するのである。
古代の人が儀式に使用していたとされる巨石群。
それらがあることが、この山を神秘視し、神のように奉っていたことの証拠となるそうだ。
日本からアジアを渡りアトランティスへ、その末裔が古代ユダヤ人で、また日本に舞い戻って来た!
「達人さんの記事」より一部引用します。 
「ピラミッドはアトランティスの生き残りが作った」〜元イルミナティ幹部、「暗黒の母」が証言
2008年1月帰国の日にシアトル空港近くのデニーズ前で。
向かって左がシスコさん,右が元侍女のシェリーさん。
暗く悲しい過去にもかかわらず死ぬ覚悟が出来ているので底抜けに陽気なのが救いでもあった。
「暗黒の母」の侍女だった多くの女性は、口封じの為に、例外なく今日まで暗殺されて来ました。
イルミナティを脱会したシスコさんと元侍女のシェリーさんは、今でも命を狙われ続けています。
掛け値なしの文字通り、本物のイルミナティだった人達です。
シスコさんのポートランドの家。
今は矯正施設になっている。窓にはライフルで威嚇された弾丸の跡があった。
シスコさんは現在ワシントン州に住んでいますが命を狙われているのは変わらない。
シスコさんによるとピラミッドはアトランティスの生き残りが作ったと言っていましたがこの写真を見る限りそうとしか言いようがない。
管理人
真性ユダヤ人は、もしかしたら、アトランティス人の末裔かもしれませんね。
経緯を眺めるとそうとしか思えません。
ピラミッドを建造したのは、ユダヤの石工と云われています。
イルミナティというのは、そのユダヤ人の歴史の中に入り込んでユダヤ人になりすました白人の人達で偽ユダヤ人とも云われ、
いわゆるアシュケナ−ジと呼称されている集団です。
日本の歴史の中心に君臨して来たのは、ユダヤの末裔という説が根強くあり、
その信憑性はかなり高いようです。
日本に渡来して来たのは、他にも、漢民族、朝 鮮族、マレ−系とか様々な民族の血が混合した人種には違いありませんが、
しかし、常に、社会の最上部に君臨して、日本の歴史を創って来たのは、ユダヤの末 裔であると云う事らしいです。
http://cosmo-world.seesaa.net/article/114709064.html
〜より一部引用
数年前、ロスチャイルドは淡路島や八坂神社・貴船神社・伊勢神宮を回り感嘆したと伝えられる。
そこにあったものは、古代ユダヤ儀礼の再現であった。
今では日本こそ失われた末裔の地だというのがラビたちの共通認識となっているといわれる。
いったい、ここ日本ははどのような地なのか? 
日本には古代ユダヤの血が息づいている。
それは間違いなく、だからこそロスチャイルドも日本になみなみならぬ関心を寄せ、自分で淡路島に立ち、その土地を買った。
−引用終わり−

映画エリジウムの医療ポッド解禁を目指して。Φ(;´π`)φ
http://ameblo.jp/z777x888/entry-11960710531.html










紀元前10500年のノアの大洪水の後に何が起きたのか〜古代タイムラインの中でみる大洪水
ZEG TV HIDDEN FROM THE PUBLIC
The Big Secret of What Happened After The Great Flood of 10500 BC Finally Revealed
ZEG TV HIDDEN FROM THE PUBLIC
チャンネル登録19万,55,377回視聴
Youtube
https://www.youtube.com/watch?v=W1iAMICQ_Hs
■方舟の遺跡
紀元前10500年におきたとされる大洪水。
当時の世界で古代宇宙人,人類の上流社会の人々はいかに生きたのかについて話をしたい。
James George Frazer著「旧約聖書の民俗誌(folklore in the Old Testament)」の内容を織り交ぜて話をしたい。
一般に,大洪水は,当時進行していた文化的汚染の浄化のためであり,また大洪水の後,ほぼ人類のすべてが滅亡した後の世界で,文明の再生がはじまったのは高地からであったとされる。
しかし真相はどうであったのか。
世界各地にのこる洪水の神話は,どれも非常に似ている。
それらの神話は多くの場合,数千年にわたり口伝によって伝えられてきた。
という事は,洪水の原因が,現代的文化的汚染現象の浄化であったとは考えづらい。
そこで,私は私なりに大洪水の原因について考えた。
アトランティス文明のような先進的な文明。
そういった文明をコントロールしていたのはETであった。
Sitchin氏によれば,そのETとはアナンナキだった。
私は問うた。
ヤンガードレアス期(the Younger Dryas freeze)のような氷河期のあとにどういった事がおきたのか。
氷河期の時代,ヨーロッパ・北米のほぼ全域は寒冷地で,カリフォルニア州のほとんどは氷河におおわれていた。
温帯は地球上でごくごく限られた地域だった。
そして12,000〜13,000年前,ヤンガードレアス期のあと,1200年つづいた氷河期が終わり,寒い世界が突然に暖かくなった。
逆に考えれば,ヤンガードレアス期は現在の更新世の夜明けの時期であった。
私を魅了したのは現在も残る「Deunapar/de una par」の地名だった。
その地名の由来は,この土地の上空を最初に飛んだトルコの軍のパイロットの名前だった。
このトルコのDeunapar地域を撮影した写真がある。
舟の形をしている。
多くの皆さんには舟の形に見えると思う。
強制する気はないが。
この地域では1950年代後半に調査が行なわれている。
Google Mapsの画像でDeunapar地域を見てみるとやはり舟の形がはっきりと映っている。
ちなみにこのDeunapar地域はアララト山(Mount Ararat)ではない。
アララト山近くのアララト山系内の標高6500ftの地域だ。
60年代に撮影された別のショットにもこのエリアの全体像がクッキリ映っている。
2017年頃に撮影されたDeunapar地域の写真には船尾部分からみた船の側面が映っている。
船尾部分も側面も化石化しているが地面に対して垂直な舟の側面が見える。
しかし,このような巨大な舟が標高6500フィートの山中に打ち上げられた状況を説明できる人はいない。
Life誌1967年記事の写真とほぼ同じアングルだ。
1960年代にはDeunapar地域に科学者と軍のチームが入って調査が行なわれた。
しかし岩ばかりで,舟の跡とみられる木片は見つからず,舟の形は偶然にできた地形に過ぎないという結論がなされた。
その後,この地域を調査に訪れる人年々増加した。
考古学者David Fassold氏はこの地域のDrogueと呼ばれるエリアで方舟のものと見られる巨岩を発見,
以後その岩は「Drogue Stones」と呼ばれている。
この「Drogue Stones」の鉱質はこの地域には見られない鉱質であるという。
「Drogue Stones」は方舟の碇だとする説が有力だ。
そしてこのDeunapar地域の舟形の地形の長さは50キュビト。
聖書の記録
「方舟の長さは50キュビトであった」
の記述と一致する。
この舟型の元の形は,巨大な舟。
その舟の寸法の比率は聖書の記録と一致する。
エジプト人の測定によると,舟形の長さはちょうど555キュビト。
これも聖書の記述「555キュビト」とピッタリ一致する。
現在残っているのは舟の側面の侵食された部分のみ。
だから分析には地中レーダーが必要だった。
そして地面に地中レーダーを突込み,舟を発見した。
そしてわかった事は,この石化した船には
クロスするキール・ビーム
垂直に立つスパー
デッキ
があった事。
言い換えれば,舟には,現在の船のもつすべての機能があったという事だ。
地下に埋まった化石化した木材群。
現時点では石化はしているが,当時は木材だったのだろう。。
地中レーダーが現す形状は明らかに人工的な建設物だ。
実際に使われたであろう碇石(the drug stones)も見つかった。
金属製のリベットが見つかった。
おそらく舟のリベットだろう。
リベットの金属の材質は,非常に珍しい鉄鉱石の混合物のようなもの。
それが現在のものではなく,聖書の時代のものであると考えると,何か奇妙な気分になる。
この時代にToball Cainという名の男がいた。
おそらくこの時代の金属加工のマスター/名人で,ノアの方舟の建造に協力した人物。
この歴史的記録が伝えるところは,当時の世界に金属加工のマスター/名人がいた事。
遺跡からはリベットのほか,
動物の組織片。
犬や猫などの毛。
■古代文献からみる大洪水当時の世界
Russell Crowe主演の映画「Noah」を観る。
今やすっかり映画スターが板についたRussell Crowe。
実際のNoahがここまでイケてるハンサムかどうか。。
金属加工の技術で方舟の建造に貢献した人物Toball Cainは映画では悪役に描かれている。。
いろいろ引っかかる部分はあるが。。
映画にはいろいろ細かな描写がある。
観られた方はご存知だろうが,大洪水の前の世界では,日中の空に星が輝いていた。
大気中に水蒸気がないので星が見えるという設定だろうか?
太古の地球の大気の組成は現在のそれとは異なる。
聖書の記録によれば当時の世界では,地上のどこであれ,暖かい霧の作用によって温暖な気候であった。
大気は霧の作用によって蒸気を蓄えたままで,降雨の必要はなかった。
洪水の前の地球では,火星から飛来した偵察者が姿を見せ始めていた。
聖書の中での偵察者の記述はごくわずかだが,外教徒の本にはいくらか詳細な記録がある。
当時の火星は,地球とニビルの間の中継ステーションだった。
彼らは火星での重労働に疲れ病気に倒れていった。
火星に住む女性も次々と病気で死んでいった。
火星には女性の数が減り状況は深刻になった。女性が必要になった。
不幸な彼らは主神Yahweh Elohim(ヤハウェ・エロヒム)の背後で,地球の女性を誘拐しようと画策した。
そして,人間の女性を誘拐し,火星に連れ去り妻にしようと決めた。
火星から地球に飛来した偵察者の数は,聖書は200人と記録されている。
シュメールのタブレットの記録にも,この偵察者の記録はある。
映画「Noah」の中にも,この偵察者は登場する。
偵察者 は街の民衆からNoahを守る働きをする。
映画では,アヌンナキの一味Ajitが偵察者のひとりとして登場する。
偵察者の数は200人。これは聖書からの引用だろうか。
偵察者とAjusshiの二者には2つのパラレルストーリーが展開する。
実際にはGG(GG revolt)のリーダーは反乱者だ。
サタン(SATA,Satan)という名前の反乱者だ。
■古代のタイムラインの中の大洪水
地球の支配者・EnkiとEnlilを描いたシュメールの筒印。
そこにはEnki,Enlilらが第12惑星ニビルから来たことが描かれている。
そして,地球のルーツである惑星ティアマト(Tiamat)の記録も描かれている。
かつて太陽系では天体の衝突がおきた。
惑星ティアマト(Tiamat)は二ビルと衝突して砕け,その破片のひとつが地球になった。
この解釈には議論が多いが,しかしSitchin氏はこれは実際におきた事だと言う。
Neil deGrasse Tysonのような人々はこのような歴史を否定するが。。
しかし,実際に海を除いて地球を見れば,それは惑星にはみえない。
あたかもトウモロコシでできた網のように見える。
この太陽系にはあらゆるサイズの球状の天体があるにもかかわらず,地球のサイズの天体は他にはない。
地球はこのサイズの唯一の天体だ。
水は揮発性物質だ。
太陽フレアによって揮発してしまうはず。
その揮発性物質が太古の昔から残っている。
不思議な事だ。
そしてその事について,決定的な科学的根拠はいまだに見いだされてはいない。
月について。
月の天体を構成する物質は基本的には地球と同じであるとされている。
科学的論拠はいまだにないが,想像するに,天体の生成期において,原始地球の自転エネルギーによって地球から剥離した部分が月になったのではないか。
そして小惑星帯(the asteroid belt)にあるセレス(Ceres)をはじめとする小惑星もまた,構成する物質は基本的には地球と同じだ。
この太陽系には,地球のサイズの天体は他にはない。
この事実から想像できる事は,地球も,月も,小惑星帯にある小惑星も,ひとつのより大きな天体から分かれてできたという事だ。
数千年前のシュメール文献に記録があるが,かつて太陽系では天体の衝突がおきた。
惑星ティアマト(Tiamat)は二ビルと衝突して砕け,その破片のひとつが地球になった
やがて,惑星ティアマト(Tiamat)の破片のひとつの地球には生命が宿り,進化してゆく。
そしてその星にAnunnaki(アヌンナキ)が飛来する。
Anunnaki(アヌンナキ)やNephilim(ネフィリム)やイギギ(IGG)は身長13フィートの巨人であったとされる。
巨大な足跡の化石が残っているのだから,地球にかつて巨人がいた事は確かだろうが,
それがアヌンナキやネフィリムであったとは断定できないと思う。
私自身はアヌンナキやネフィリムが巨人であったとは考えていない。
最初の人類がいかにして創られたのか。
EnkiとNimahが人類を創った歴史について,Sitchin文献には記録がある。
人類は金鉱採掘をする奴隷として創られた。
最悪の奴隷人種。
アヌンナキの資産。。
しかし,地球の金鉱採掘に際しての奴隷製造の可否については,真剣な議論が重ねられたのだとSitchin氏は語る。
そしてアヌンナキ達は決断に至る。
「我々は人間である」とは「我々は魂と意識をもつ生物だ」という事を意味する。
奴隷として作った人間ではある。
しかし人格と魂をもった尊厳ある存在としてこれからは扱っていこう。
それは彼らアヌンナキ達が私たちに与えなければならないという意味ではない。
しかしアヌンナキ達は人類に何よりも大きな宝を与えた。
彼らが持つ遺伝学の技術を駆使して,我々人間の遺伝子に「感情」や「意思」といった遺伝子を組み込んでいったのだった。
このプロセスを最初にはじめたのがEnkiとNimahらであった。
そうなると,EnkiとNimahらの存在は,古代エジプトの神Isisにあたる存在にあたる事になる。
人間と創造主。
最初の男性Adamと神Isisの関係。。
Isis,Osiris,Horusと人間の関係だ。
神と,神によって作られた小さな者(人間)の関係 。
古代エジプトの神の記録。
それは大洪水の後に新たに作られた古代エジプト文明において,かつての歴史の記録を描きなおしたものではないのか。
私には,Stitchinと交流があった友達がいる。
彼からStitchinの話はよく聞く。
Stitchin博士は,シュメール文明,二ビル,アヌンナキに関して多くの発見をした。
友人が語るところによれば,
Stitchin氏は研究を進めていくにつれ,Anunnaki(アヌンナキ)たちの当初描いていた人物像が誤りであったと考えるようになったという。
Anunnaki(アヌンナキ)は実際は道徳的な人々であったという。
彼らは道徳的存在であって,地球に及ぼす影響を非常に長く非常に懸命に考えていたようだ。
そして最終的に地球でおきた事態について心を痛めていた。
古代エジプト文明において崇められていた,
Isis,Osiris,Horus,Seth
は古代エジプトの神と女神であった。
そして,現代の世界で,NASAの宇宙計画のマークに繰り返し描かれる像は,この古代エジプトの神と女神,
Isis,Osiris,Horus,Seth
である。Isis,nimahは基本的に同じ意味だ。
Anunnaki(アヌンナキ)は長く地球にとどまった。
Anunnaki(アヌンナキ)は人間をこしらえて労働者にして働かせた。
アヌンナキたちの中には人間を好む者もいたし,嫌う者もいた。
そして,アヌンナキたちは,金を採掘し終えた先の事を議論した。
そしてアヌンナキの王Anu(アヌ)は,最終的に地球を去る決断をした。
そもそも,地球に来た目的が,二ビルの大気環境の修復のための金の採掘なのだから,採掘が終わったら去るのが当然といえば当然だ。
「この地球で我々アヌンナキが為した事は良い事ではなく,結果として混乱を作ってしまった。
だから,我々はこの地球を去らねばならない」。
アヌンナキたちは思った。
アヌンナキは地球から去って二ビルに戻った。
しかし全員が去ったのではなく,地球に残ったアヌンナキもいた。
聖書の黙示録にもその記録はある。
黙示録によれば,1割のアヌンナキはアジアでNephilim(ネフィリム)として生きたという事だ。
ネフィリムたちは,文明の再建を始めた。
地球に残ったごく少数のアヌンナキたち。
ネフィリムたちが何を考えたのか。
私が想像するに,地獄のような地上を支配するよりも,天で王に仕える方が良いと考えたのではないか。
アヌンナキの最後の王はGoliath(ゴリアテ)であった。
アヌンナキの王に替わって,最初の人間の王になったのがダビデ王。
ダビデ王が,アヌンナキに替わる王の血筋となった。
ダビデ王の家系をたどっていくと,Angie(アンジー)の息子と娘,そしてEnlilに至る。
聖書に記録されたCain(カイン)とAbel(アベル)の物語。
そのもとになったのは,この当時の世界を描いたシュメールの物語だった。
アヌンナキの子供たちの物語だ。
アヌンナキの子供。
アヌンナキの男子の名前はKane(カイン>>Cain)といった。
アヌンナキの女子の名前はAbel(アベル)といった。
Kane(カイン)はAbel(アベル)を殺した。
そしてさらにKane(カイン)はAbel(アベル)を殺し,さらに殺し,
争いは深まり,ヘブライ語の聖書の記録によれば,当時の戦争は最終的に核戦争に至った。
(アトランティス国とムー国の戦争??)
Lowellが地球の王の王位を継承する中,Anunnaki・Enlilの子供MardukはAnunnakiに対して何度か反乱を起こした。
Mardukの叔父Enlilが地球上で続けていたAnunnakiの王位継承に異を唱えての反乱であった。
危険にさらして地球に来,最初に基地を建設し,街を作ったのはEnlilだった。
Enlilの子供Mardukは意に介さなかった。
Enlilらがやろうとしていた事は公正だった。
EnlilらはMardukを火星のLAMU(Marduk赴任の後に改名)に送った。
Mardukの暗殺計画も何度かあった。
しかし実行には至らなかった。
Marduk率いる人類とAnunnakiとの対立は深まった。
そして最終的にMardukが地球の王位を勝ち得た。
そしてそれ以降,人類世界に秘密結社(シークレット・ソサエティ)が生まれた。
Mardukはいわば秘密結社の太祖である。
それから時代は過ぎ,大洪水がおきて地上の世界は消えた。
そして洪水から120年後,地上にNephilimが現れた。
新しい世界で,神人(the divine beings)は生き残りの子孫たちとともに生きたという。
日本の沖縄諸島の南端・与那国島沖の深さ30〜40フィートの海底には与那国海底遺跡がある。
遺跡については様々な議論がなされた。
自然の造形だという人もいるし,人工物だという人もいる。
私は与那国海底遺跡は明らかに人口の遺跡だと思う。
海底遺跡がかつて陸上にあった事を考えると,遺跡は1万年以上前のものだという事になる。
2000年代初頭に米History Channelは現地にダイバーを送って映像を撮った。
映像には中南米にある遺跡と類似する装飾が多数確認できた。
これはノアの洪水を示す跡だと考えている。
トルコの標高5000mには塩湖がある。
普通,高地にある湖の水は淡水だ。
山に降った雨や雪が窪みに溜まればそれは淡水湖となるはずだ。
しかし,ここの湖は海水のような塩水でできた湖だ。
これもこれはノアの大洪水を示す跡だろう。
この塩湖は先ほどノアの方舟の遺跡の話をした,アララト山系のDe Rounapar付近にある。
古代シュメール文明が発祥したシュメール砂漠はこのアララト山系の麓にある。
さらにそこからアフリカのほうに進むと,古代エジプトのナイルデルタ地域がある。
非常にわかりやすい経路が見えてくる。
アッシリア文明・メソポタミア文明・フェニキア文明。
メソポタミアの肥沃な三月地帯(the Fertile Crescent)で発祥した異なる3つの文明と,さらにその南方におきた古代エジプト文明。
それら文明が,ほぼ同時期に生まれている。
誰も本当の正確なタイムラインは知らないが,
おそらく,これらの文明が生まれた時は,
ノアの大洪水がおきた1万2千年前(BC10000)の後だろう。
これらの文明において,Anunnaki(アヌンナキ)がやったことは,これらの異なる文明を再構築する事だった。
しかし災害の前と同様,世界の指導者は,人類の事はあまり考えない,Anunnaki(アヌンナキ),Enki,Nimahに仕える者たちであった。
Enki,Nimahは今や夫婦であった。
EnkiはAnuの息子だったので,Enkiが所有する家畜・人類もまたAnuの法的配偶者の権利を持つ。
それがEnki,Nimahが夫婦になった背景だ。
だから正統な血統からは大きく外れてはいた。

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■小笠原諸島の「新島」はケイシー予言の「アトランティス大陸」か?
2013年11月20日、火山噴火により小笠原諸島の西之島の近くに突如現れた「新島」。
この火山島は目覚ましい勢いで拡大し、ついに隣の無人島である西之島と一体化。
今もなお、「新島」は面積を拡大し、海上保安庁の発表によると、昨年11月の出現時の40倍にまで拡張したという。
もしかするとこの「新島」こそがアトランティス大陸なのではないだろうか? 
この先、この島がどんどん大きくなり、やがてアトランティス大陸として形成していく。
アトランティスの人々の魂はこの地球上に転生していると言われている。
やがてアトランティス大陸の出現と共に、アトランティスの魂を持った人々は過去生の記憶を思い出し、内なる霊性を取り戻していく。
そして、新たなステージの霊的世界を再浮上したアトランティス大陸で形成していく……。
そう、エドガー・ケイシーの予言が、時を経て、今まさに始まろうとしているのではないだろうか?
いずれにせよ、小笠原諸島一帯で大規模な地殻変動が起こっていることは間違いないのである。
火山の噴火と大地震の関連は大いにある。また地下のマグマの活性化を考えると、富士山噴火も心配される。
ケイシーの予言「日本沈没」も怖い。2014年は、特に大災害に気をつけならねばならない年となるだろう。
今後も「新島」の成長ぶりに注目である。

tocana.jp
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2019年05月26日

竹村健一: 文明時代と文明後時代ーテレビ人間がかえたもの,1984年,

竹村健一: 文明時代と文明後時代ーテレビ人間がかえたもの
神の摂理ーテレビ人間
1984年
現在社会を解体方向に進ませる最大の原動力は新しい文明後時代の申し子ーテレビ人間である。
彼らは本質的に解体性向を内蔵した人間だと私は考える。
これが神の摂理というものであろう。
人類史上第二の大転換期である文明の後の時代の始まりには,ちゃんとそれに適した人間が生まれつつあるのである。
文字と活字で育った旧時代人間には,解体の方向が本質になる事はありえない。
活字媒体には本質的に「集中化,画一化」の性質があるからである。
彼らはオルテガの言う「貴族」であって,パスカルの言う「考える葦」であった。
「メディアはメッセージである」と喝破して,マーシャル・マクルーハンはメディアが人間を大きく変えることを我々に教えた。
そのメディアの中でも彼は特に
文字,活字,テレビ
をチャンピオンとする電気メディア,この3つを人類の最も大きく変えたものとして文明史を3つに分けた。
つまり15世紀中期,グーテンベルクが活字を始めするまでを文明史の第1期,
20世紀電気メディアの発明までを第2期,
現代を第3期
としたのである。
私は文字と活字を同じ方向の性質を持つものと考えるので,文字の発明以来テレビの登場までをひとまとめにする。
この分類はケネス・ボールディングの分け方,すなわち
文明前時代(文字のない時代),
文明時代(文字活字の時代),
文明後時代(ラジオテレビが主流の時代)
とも一致するのである。
そして文明後時代を背負うメディアは電気メディアであって,この電気メディアで育った人間はぴったり解体時代の性質を含んでいると考えるのである。
文明時代は,人間が「生産者」になったためにまず神から離れて,さらに人間からも離れた方向であった。
文明後時代は,その間違った道を解体者になることによって元へ戻る過程である。
本質的に解体性向を持ったテレビ人間がこれからの時代に生まれ育つというのは,全く神の摂理としか言いようがない。
公害によって宇宙の創造神は人間に警告したのである。
これ以上「文明化の道」を進むな,というわけである。
活字的思考の結果,人間は機械を産んで,機械的にひとつの事しかできない奇形人間を大量に作った。
それが進歩の証であると誤解をしてきた。
この専門バカたちには,公害という打撃を与える以外には,今までやってきたことを反省させることができなかったのである。
しかしテレビ・メディアの中で育った新しい人間たちは公害という「神のムチ」を受ける前から機械的組織を嫌い,機械人間になることを拒否し始めていた。
その先鋭的な表れは「ヒッピー族」であるが,いわゆる「意識3型」の若者が,人間らしい生き方を求めて大企業組織を離れつつある。彼らには公害という神の警告は必要なかった。
人間本来の怠け心を内蔵して育ってきたからである。
怠け心を否定する人間はまだ多い。
文明人とは「人間は働くべきもの,働かざるもの食うべからず」と教え込まれてきた「人間にあらざる人間」である。
この文明人には老子のいう
「我は愚人の心なる,沌沌たり」
と言う無為の心境はなかなか理解できない。
せいぜいわかるのは「エコノミック・アニマル」と言われて「もっと休日を多くして,生産を落とせ」と同時代の人間に言われた時である。
ニクソン声明で円切り上げを迫られて,初めて働きすぎが必ずしも良くないことに気づく程度である。
この程度の覚りであっては根本的解決にはならない。
いわゆる文明国は先進国であるほど神の摂理からより離れて,よりエコノミック・バランスを壊しているのだ,という根本的理念の認識が必要なのである。
繰り返すがいわゆるテレビっ子にはこういう解説は必要ない。
体の中に
「仕事よりレジャー」,
「確一集中的な専門家よりも拡散型多様性あるジェネラリスト」
という気持ちが内蔵されて育っているからである。
豊かな社会に育ったテレビっ子たちは努力する気がない,と貧しい社会で育った大人を批判する。
向上心がなく,現在の恵まれた状況を当然だと受け入れて感謝もしない。その通りである。
しかし私はそれが社会の流れだと考えている。
大人がいかに「働かざるもの食うべからず」といっても現実に働かずに食えているのだから,その言葉が説得力を持たない。
「向上心のない人間は人間のクズだ」と大人が叫んでも,「クズ的人間」の喜びをあえて見いだすのは新しい意識3型人間なのである。
もうこれ以上人間の延長たるものはいらない,人間そのものをもっと大事にしたい,と「新人種」は言うのである。
人間らしく生きたい,もうこれ以上科学を発達させたり, SST空港を作るのに努力したくない。
西洋社会を作り上げてきたのは競争の原理であるが,これからは東洋的な調和で生きたい。
そのために進歩が止まってても結構だ。
精神や頭脳を集中して,努力していくよりも,好きなようにバラバラな生き方(分散)をしたい。
こんなふうに新人種(ライクの言葉では「意識3型人間」)は言うのである。
これは文明社会の解体である。
しかしこれが人類の種としての滅亡を未然に防ぐ生き方ではないだろうか。
私は人間の知恵を信頼している。
文明社会の人間は新しい文明後社会の生き方がわからない。
新しい時代には新しい人種の知恵に頼りたいのである。
竹村健一,解体への思想ー文明後時代への手がかり,中公文庫,1984年,

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年間、かなりの人が自殺する。外務省も例外でないようだ。佐藤氏は、周囲に五人の自殺者を知っているという。
昔、竹村健一という評論家がいた。
彼はマスコミにも出ず、本も見かけない。その竹村健一が、佐藤氏に身の引き方を伝授したという。
その結果、佐藤氏はテレビには出ないのをモットーにしているようだ。
佐藤優x片山杜秀著,平成史
1 外務省の役人も普通以下の人間がいる?
外務省に入ってから隣の課の人が首をつった。その一年上の人間も飛び降り自殺した。練炭自殺した人間もいる。
外務省には、陰険な官僚が多い。パワハラ上司の集まり。
「君はどうして仕事ができないの?能力ができないからできないの? やる気がないからできないの? その両方なの?」
とひたすら問い詰める局長がいるという。その部下が東大出の官僚だが、精神を病んで、地下のボイラー室で首をつった。昔は
自殺の大蔵、
汚職の通産、
不倫の外務
と言われたが、ある時期から外務省が三冠王になった。
佐藤氏が勤務していた国際情報局と同じ五階に待命中の大使の部屋があった。五階トイレにあった手拭き用たタオルに、自分のウンコをなすりつける大使がいた。この大使は自分の人事に不満があったという。この現象は平成になってから出てきたようだ。
2 有名人のうまい身の引き方とは?
竹村健一は3つ教えてくれたという。
「一つは、テレビとの付き合い方。
評論家マクルーハンは、97パーセントの情報はテレビで伝達され(今はインターネットか)、残りの3パーセントは活字で伝わると指摘。
消費されるだけだから、テレビには気をつけろと。
活字の世界で長生きしてメディアで影響力を持ちたいなら、テレビとの距離感が大事だ」と。
2つ目はコマーシャルに出帝はいけないと。
「もし、その商品に欠点が見つかったり、会社が問題を起こすと責任をとらされる」と。
3つ目は、人と会う場所。
「政治家や出版社の幹部に呼び出されてもこちらから出向くなと。
向こうからのオファーならこちらに来てもらえ。あるいは中立的な場所を指定せよ。
こちらに用がある場合は、自ら相手の指定する場所へ行く。
何より教えられたのは身の引き方。
彼は、最初、テレビから消えた。
次に、ラジオを辞めた。
最後に活字の世界から引退した。その過程で、自身が持っていた数十の会社を畳んだ。消え方は恰好よかった」と。
よく考えると、20年前、よく本を書いていた人が突如、見かけなくなる人が他にもいる。外交評論家の落合も最近あまり本を見ないが。どうしているんだろう。
3 優先順位の必要性?
井上ひさしによると、
「作家になったら、常にやりたいリストを100個作っておくことと。
そして半年おきにハイクオリテイの順に並べ替えよ。そのうち1割が2割しか実現しないが」
と。これは、僕の日常生活でも応用できると思う。
目標はあくまで高くして、今の自分が本当にしたいことをリストにする。100は多いかもしれないが、それに近づけることはできる。
4 最近は右翼の特定の人へのテロがない代わりに、楽しく見える人を標的に?
「戦前なら社会に対する不満があれば、権力を持つ特定の誰かを狙った。原敬や浜口雄幸、犬養毅らがそうだった。
しかし、現在は、特定の個人に集中しない。権力のシンボルが存在しない。だから、豊かに暮らしていそうな人、楽しく生きていそうな人に憎しみが向かった。その象徴が秋葉原にトラックで突っ込んだ秋葉原無差別殺傷事件だった。
秋葉原はパリのシャンゼリゼ通りやマンチェスターのコンサート会場が狙われたテロと共通している」
と。
最近も、川崎の事件が起こったが、いつ、我々も標的にされるかわからない。
また、車をぶつけられ殺されてもおかしくない時代だ。
普段のメールやラインでもあてはまる。
PCのメールで二日返事を出さなくても問題はありません。
しかし、LINEを既読にして一日返事しなければ、恨みを買う。
殺人事件に発展する可能性が十分ある。
或る意味では、昭和の戦前時代の方が庶民にとっては住みやすかったのではないか。
5 日本人はどうして、テレビの報道を信じるのか?
「3・11の震災直後、下りの新幹線の席が取れない状況だった。しかし、メディアは報道しなかった。
大手メディアの幹部は家族を九州や沖縄に避難させていた。原発事故後の報道統制をみると、この国は非常時に翼賛体制がとれる。
メディアは繰り返し、「絆」「自己規制」「不謹慎」を言った。
みんなが逃げ出したり、見棄てたりしないように翼賛的な情報で操作した。その結果、パニックが起こらず、ソフトランディングできた。
たくさんのボランティアが被災地に入った。ボランティアは、現代における翼賛と言える。
誰も強制しないが、自発的に国に奉仕する。ボランティアの動きを見ても翼賛体制を作れる社会だとわかる」と。
思えば、3・11の時、下りの新幹線が一杯などとメディアの報道を見た事がなかった。彼らの家族を優先させて無事避難させていたとはびっくりした。テレビのいう事を日本人は100パーセント信じているのではないか。
いざと言う時の人間の姿が垣間見えて面白い。
6 小保方晴子氏の両親はあらかじめ知っていた?
小保方晴子氏の両親は危機管理能力がある。
STAP細胞発見当初、彼女はメディアにもてはやされた。しかし、両親は一度も表に出なかった。
この種の報道の場合、親が登場して、「うちの晴子は・・・・・」と自慢する。きっと、両親は知っていて出てこなかった。
「また晴子がしでかした。今回はスケールが大きいから大変だ」と。
7 コンビニと監獄は似ている?
「村田沙耶香の『コンビニ人間』を読んで想起したのが監獄だった。
導入部分で客がポケットに手を入れて小銭を出そうとする。
小銭に音を聞いて、タバコか新聞を買う客だと推測するシーンがある。
佐藤氏はここを読んで、既視感を覚えた、という。
東京拘置所で、看守が鍵束を出す音とタイミングで自分の房が開くかどうかが分かると。
あとは主人公が同棲相手に与える餌。
監獄では「配当!」という合図とともに小さい窓から食事が入れられる。
コンビニと監獄の間にアナロジーがあると。社会の監獄化を表現した小説なのか」と。
これは、日々の習慣で感じることでないだろうか。
同じ時間帯に同じ人に道端出会い、此の身振りの後に、挨拶ほをするなとか、上司がこういうと、恐らく、怒られるだろうとか予想がつくのと似ている。
8 最近の芥川賞の本は読む価値がない?
「芥川賞の変質が顕著になったのは、2003年の綿矢りさ、金原ひとみからでしょう。
その翌年から本屋大賞が設立された。
従来の文学賞に対する不満があった」と。
9 西邊邁氏の自殺は保守というより唯物論者として自殺した?
「人間は二十歳のころに本格的に触れた何かから離れられない。
思想でも音楽でも宗教でも、無意識にそこに回帰していく。西邊邁は大学時代にブント(共産主義者同盟)に加入している。彼は原点だったブントの活動家に立ち返って自殺した」と。
いろいろな説があるもである。オフェーリアの真似た自殺という説もあるが

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エフライム工房: 法隆寺にみるノアの洪水の暗号

エフライム工房: 法隆寺にみるノアの洪水の暗号
『私だけの古代史・第一部 酒船石編』
法隆寺と聖書の暦
「これから解説するのは法隆寺の寸法ですが、聖書やギザのピラミッドに関係するものを集めたものです。
本来は一冊の本になるような内容の一部を、今までの講義の流れに則して紹介するので、断片的になるのは承知してください。では、瞳ちゃん」
「はい、最初は五重塔の内周の一辺600p」
「洪水の始まりの時のノアの年齢600歳」
「次は、橘夫人念持仏(たちばなぶにんねんじぶつ)の厨子の高さ263p」
「それは、藤ノ木古墳玄室の幅と、カフラーの石棺長にもあった長さですね。でも、クフのピラミッドには整数倍の寸法がありましたね」
「入り口から地下への
105.2m=263p×40、
大廊下の最内幅
105.2p=263p×0.4
です」瞳がすかさず答えた。
「そうですね、263は鳩を放した洪水の263日目です。
40は40日間の雨。ただし、ノアの洪水から出エジプトまでが1052年間ですから、これもフラクタルですね」
「次は、五重塔真ん中の柱間268p」
「それは、1年を365日で計算した場合の、鳩を放した268日目です」
「次は、金堂下層周囲長が17pギザ尺で282尺」
「それは、1年365日で計算した場合の、鳩が帰らなかった282日目です。ただし、地軸の傾き23.5度×聖数12=282でも説明できます」
「次は、五重塔の基壇の幅1240p」
「それは、箱舟の高さの
31キュビト×40日の雨=1240
」「次は、金堂の高1420p」
「それは、箱舟の高さの14.26mの近似値。
又、神と契約したヤコブの年齢40×カナンの冬至の南中高度35.5。
岩船中央矩形部の幅は10分の1ですから、岩船にもヤコブの契約が象徴的に刻まれていたことになりますね。
ここで特に重要なのは、金堂の高さに用いることによって、ヤコブが見た天に届く梯子を象徴しているということです」
私は、オリエントの太陽角度で作られた尺度、
17pや35.5p
が、法隆寺から見つかることに驚きは無かった。
しかも、放した鳩のシンボルである
263
という数字がに出てくることに、偶然性というものを全く感じなかった。
やはり、尺度と聖書の暦は別々ではあり得ない。
二つのものは、気が遠くなるような年代を経て保持されてきたのだ。
法隆寺もノアの洪水と鳩によって象徴されている。
すると、救世観音像は名前からもイエス・キリスト像ということにならないだろうか。
待て待て、結論を急ぐなと先生は手綱を引き締めている。もう少し説明を聞いてみよう。
「ところで、法隆寺の構造は、柱がエンタシスという中央がふくらんだ形になっています。
これは、柱の太さをどこで測るのかとか、データを取る上で非常に都合が悪いのです。そこで考えました。
それならば、ノアの洪水の象徴である8という数字で統一できないか?
方法としては、0.8神聖キュビト、すなわち42pの柱を想定し、各部の寸法を決めるというものです。
42pは、エルサレムの太陽角度でも説明が付くし、古くは三内丸山古墳からも見つかる。
実際、柱を42pとして計算すると、あらゆる寸法が聖書に関係したものになるのです」
先生は、そこまで語るといきなり「藤ノ木古墳の被葬者を知りたいですか?」と尋ねた。
私は、突然の提案に言葉が出なかった。先生は本気で言っているのだろうか。
被葬者を知る手掛かりは何も無かったはずである。それで私は「分かるのでしょうか?」
と聞き返してしまった。すると先生は
「分かるというよりも、今までの解析方法の応用で推理するということです。
例えば、{玄室の高414p/奥行き631p=cos49°}
から、49歳で亡くなった聖徳太子も候補に上がるということです。
副葬品の鏡に17.9pのものがありましたが、聖徳太子をモデルにした救世観音像の身長は10倍の179pです。
妙に符合しませんか。そうやって見ると、馬具も厩戸皇子を象徴したものと捉えることができます」
先生はそう言うと、瞳にお茶を催促した。
私は、象徴を読み解くという先生の言葉を考えていた。藤ノ木古墳も法隆寺も、聖書にまつわる象徴で彩られていた。岩船も例外ではない。すると、酒船石も当然ながら聖書にまつわる象徴で造られていることになる。そこに思いが至ったとき、もう一つの酒船石というものの存在が思い出された。
「先生、今までに出てきた遺跡は、すべて聖書に関する象徴で造られていました。すると、酒船石も例外ではないという前提が成り立ちます。けれど、酒船石は余りに複雑です。藤ノ木古墳のような具象的なシンボルは見つけられません。
しかも、もう一つの酒船石という存在も関係してくるわけですよね。
私には、もう一つの酒船石を加えることによって、話しが余計にややこしくなっているように思えます。
今まで謎を解いていたつもりでも、酒船石に関しては、謎が深まったようにすら思えます。私、大丈夫なんでしょうか?」
「石井さん、封印された謎に近付くためには、謎に近付く資格というものをクリアしなくてはいけません。それは純粋さであったり、知識の重みに耐える強さです。石井さんは今、その知識の重さに不安になっているのです。これ以上知識を得ても、永遠に真理から遠ざけられた状態にあるような、相反した心理状態です。人間には、進みたいという欲求と相反する大きさで、留まっていたいという欲求があります。留まっている方が楽ですから。でも、留まっていたいと思ったら、芸術家としておしまいです。ピカソのように、自分を壊して新たな自分に出会うという体験とは無縁になるでしょう。もしも疲れたのなら、少し休みましょう」先生はそう言うと、瞳と何か相談している。
瞳は頷くと、私の手を取って「面白い体験をさせてあげる」と言って、瞳のベッドに引っ張っていった。
「はい、横になって」と言いながら、半ば強引に私を寝かしつけた。
そして、先生に向かって「準備できました」と言っている。
ちょっと待ってよ、私は生贄のような気分で不安になってきた。
先生は横に座ると、左手でいきなり私の右手を取った。その瞬間、私の指先は、電気に打たれたかのようにピリっと感じた。
そして、先生が右手を額にかざしてきた時、私は顔が温かくなるのを感じた。
先生が頭のほうに手を向けると、頭が温かさを感じる。
私は、これがヒーリングというものだと理解した。
私は目をつぶり、先生の手から出てくるエネルギーだけを感じるように集中した。
目をつぶっていても、先生の手の動きが分かる。何て気持ちがいいんだろう。
苛立っていたような頭の疲れが取れてくる。私は、いつのまにか夢を見ていた。それは、ヤコブの子ヨセフの物語だった。
法隆寺に関しては、中門が42尺とされているが実際にはそうではないとして謎とされてきた。
しかし、本当は42センチの尺度を用いるとピッタリ割り切れるのである。
42センチは0.8神聖キュビトなので、藤ノ木古墳の42センチの沓がそのまま尺度になる。
ありもしない古代尺を想定して、それを用いて42尺ではないと文句を垂れるより、
発想の転換で42センチ尺を暗示したメッセージと捉えることができれば、法隆寺の本質に理解が及ぶのである。

エフライム工房
http://www.geocities.jp/his/atelier_efraym/saka6.htm
http://www.geocities.jp/his/atelier_efraym/saka11.htm





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